全手動軽文量産機

──A.L.M──

書庫へ戻る |  日記過去ログ |  アビス総合目次 |  ジャンク作品目次 |  お勧め一次創作 |  お勧め二次創作 |  掲示板 |  注意書き |

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

第1話 「ルークの誓い」


「──────っいて!」

 どこか階段を踏み外したとき感じるような浮遊感の後、全身を少なくない衝撃が貫いた。俺は鈍痛を訴える腰をさすりながら、定まらない意識のまま顔を上げて、周囲を見渡す。

 見覚えの無い部屋に自分は居た。あまり飾り気のない簡素な様相だったが、その中にもどこか温かい雰囲気を感じさせる。

 視線を彷徨わせる内に、俺は自分が部屋に唯一置かれたベッドから転げ落ちたことを理解した。

「ご主人さま!」

 意外と派手に音が響いていたのか、ミュウとコライガが俺のところに一目散に駆け寄って来る。かなり近い位置にいるのにその勢いは止まらない……って、危なっ!

「ぐお──っ!?」
「ご主人さまご主人さま。心配したですの~!」

 胸の中にタックルしてきやがった小動物二匹の抱擁に、俺は激しく咳き込みながら辛うじてぶっ倒れるのを防ぐ。

 なんというか、一日中寝てたときみたいに頭がボッとしてうまく思考が回らない。なんで、こいつらはこんなに感動してるのかと記憶をあれこれ探る内に──……思い出す。

 ああ、そうか。
 俺、レプリカだったんだな。

 俺は涙ぐみながら縋り付いてくる二匹に視線を移し、背中をゆっくりと撫でてやる。確かに、あんな衝撃発言聞かされた後でぶっ倒れりゃあ、心配もするわな。

 しばらく撫でていると、二匹もようやく落ち着いたのか、俺から離れた。

「……皆は、どうしてるかわかるか?」

 俺の問い掛けに、ミュウは目に見えた狼狽を浮かべた。

「……別にどうなってようが気にしねぇよ。いいから、教えてくれないか?」
「みゅうぅぅ……。皆さんは、あのアッシュとかいう人とタルタロスで地上に戻ったですの」
「そっか……」

 まあ、妥当な判断ってところか。イオンが言ってたように、奴がアクゼリュスの崩落だけを狙ってたって保証はどこにもないんだ。こんな忙しいときに、錯乱したあげく寝込んじまったような奴を置いていくのは、当然の措置だろう。

「そんで、ここはどこだ? ユリアシティの宿屋か?」
「ここはティアさんのお家で、ティアさんがご主人さまを診てくれてたんですの」
「へ……あいつは、残ってるのか?」

 かなり呆気にとられた俺の問いかけに、ミュウは頷いてみせた。

「迷惑かけちまったか……ほんと、ティアには世話になりっぱなしだな」

 屋敷から飛ばされたときも、彼女は俺の面倒をみてくれた。王都に帰るまでの間も、俺を気づかっていた。そして俺がアクゼリュスを崩落させた後も……。

 額を押さえて、俺はため息をつく。

 いろいろと割り切って進もうとは思ったが、その大前提が崩れちまった。

 俺って……結局何なんだろうな? 

 レプリカで、模造品で、でき損ないの……人造人間ってやつか?

 自分に似てるだけの別人が、自分に成り代わってるのを見たら、そりゃ誰だって腹も立つだろう。アッシュの奴がいやに俺に敵意を振りまいていやがった理由も……まあ、理解できる。しかもその成り代わってるのが、俺みたいなバカと来たもんだ。家庭教師連中の嘆きよう見る限り、あいつの頭は良さそうだしなぁ。

 それに……ナタリアのこともある。自分の想い人が紛い物と一緒に居るんだ……激昂も、するよな。

 やばいな……かなり参ってるな……俺……。

 どんどん後ろ向きな考えが沸いてくるのに耐えられなくなって、俺は部屋の外に出てみることにする。

 すぐ目の前にある扉を潜って、顔を上げ──その先に広がる光景に、息を飲む。

 淡い光を宿した花が中庭を包み込んでいる。どこか仄暗いクリフォトの大地にあって、花々の放つ淡い光であってさえも、どこまでも優しい光となって、周囲を照らす。

 そんな幻想的な花畑の中心に、彼女は佇んでいた。

「気付いたのね……ルーク」

 俺に気付いて振り返ったティアの呼び掛けに、俺はぎこちなく手を上げて応える。

「あ、ああ……。ここ……花畑か?」

 なんだか自分の調子が狂わされるのを感じながら、俺はなぜか熱くなった顔を逸らして、なにかを誤魔化すように、咄嗟に頭に浮かんだ問い掛けを放っていた。

「ええ。セレニアの花よ。魔界で育つのは夜に咲くこの花ぐらい……ここは外殻大地が天を覆ってるからほとんど日が差し込まないの……」

 どこか遠くを見据えるティアの瞳に、俺も花畑に視線を移す。

 日が射し込まない大地に咲く花か……。

 淡い光を宿したセレニアの花を眺めるうちに、どこかで見た覚えのあることに気付く。どこだったか思い出そうと頭を捻るうちに、初めて俺が海を見た場所の光景が鮮やかに蘇る。

「そうか……あそこで見たのか。見覚えあるのも当然だよな……」
「……なんのこと?」

 首を傾げる彼女に視線を合わせて、俺はあの場所のことを告げる。

「セレニアの花って、タタル渓谷で咲いてた花と一緒だろ?」
「あ……そうね。あそこに咲いていたのも、確かにセレニアの花よ」
「俺が初めて見た外の光景だったからな。今も印象に残ってるぜ」

 俺は僅かに目を閉じて、あの夜見た景色を思い描く。

「……夜に咲く花ぐらいしか育たないって言っても、俺にはセレニアも十分綺麗に見えるけどな」
「私には……この花の有り様が、どこか寂しげに見えてしまうの。夜にしか咲けないセレニアの花は、どこかこの都市で生きる人々に重なるわ。誰にも顧みられることのない存在として……」

 ティアが魔界出身だということはタルタロスで既に聞いている。魔界に唯一の街がここだということも。

「ティアは……この街出身だったのか?」
「正確には違うわ。育ったのはここだけど……私の故郷はホドよ」

 ホドっていうと……確か十六年前のキムラスカとマルクトの戦争で……最終的には消滅したと言われる島だ。

「ホド戦争で……消滅した島か」
「ええ。ホドはアクゼリュスと同じように魔界に崩落したわ。その時、兄さんと私を身ごもった母さんも、魔界に落ちた。多分兄さんも譜歌を詠ったのね。……兄さんはいつも言っていたわ。ホドを見捨てた世界を許さないって……」
「師匠……ヴァンが、そんなことを……」

 戦争によって、自らの生まれ育った故郷を奪われた……。アクゼリュスの崩落も、そうした憎悪の行き着いた先だったんだろうか? 俺の前では常に悠然と微笑んでいたヴァンがそんな嘆きを抱えていたなんて、考えもしなかった。

 俺は七年間も一緒に居ながら、結局奴について、なにも知らなかった。知ろうとしなかったのだ。

「俺って、やっぱりバカだよな……」

 思わず洩らした俺の言葉に、ティアが先を促すように静かな視線を向ける。

「俺はさ、結局自分からいろいろなことを知ろうとしてなかったんだよ。自分がバカだからって言い訳して、ほんの少し頭使えば理解できるようなことまで、無理だって決めつけて知ろうとしなかったんだ。俺は確かにバカだけど、それ以上に……バカでもできることすら、投げ出してたんだな」

 もし、俺が自分のバカさ加減を言い訳にせず、いろいろなものに目を向けて頭を使っていたら、なにかがわかったのかもしれない。

「俺は確かにルーク・フォン・ファブレじゃなかったかもしれないけど、バチカルで七年間を過ごしたのは他の誰でも無い俺自身で、その間いろいろな事を投げ出してきた当然の結果として、アクゼリュスは……崩落しちまったんだな。もし、俺がもっと知ろうとしていれば……なにか変わったのかな」

 かつて助けられなかった彼も、なにも告げずバチカルを去ったあいつも、そして憎しみを抱えていたヴァンも……。もう少しでいいから、俺が自ら知ろうと動いていたなら、なにかが変わったのかもしれない。

「仮定に意味が無いのもわかってる。だからこそ……もう二度と繰り返したくない。俺は前に進みたい。
 俺は──変わりたい」

 自然と外へ溢れ出した俺の願いに、それまで静かに耳を傾けていたティアがその口を開く。

「本気で変わりたいと思うなら……変われるかも知れないわ。でも、あなたが変わったところでアクゼリュスは元に戻らない……何千人という人たちが亡くなった事実も。あなたは超振動を放ち……私は兄を止められなかった。私達の背負った罪は、何一つ変わらない」

 ゆっくりと紡がれた彼女の言葉の重みを受け止め、俺も真剣に頷きを返す。

「ああ。今更取り返しのつかないことだってのは、俺もわかってるつもりだよ。……ティア。確かナイフ持ってたよな?」
「ええ、持ってるけど……」
「ちょっと貸してくれないか?」

 戸惑いながら手渡されたナイフを手に握り、もう片方の手で髪を束ねる。

「背負った罪は変わらない……それでもある種の区切りは必要だ。だから、これは俺なりのケジメだ」

 ナイフを振り降ろし、束ねた長髪を切り裂く。

「ルーク──?」

 風が吹く。断ち切られた赤毛がふわりと舞い上がり、緩やかに虚空に消える。

 俺の行動に目を見開くティアに向き直る。彼女の顔を正面から見据え、いつのまにか俺の中で誰よりも大きな存在になっていた彼女に、誓いの言葉を告げる。

「俺を見ていてくれ、ティア。俺はもう、自分にできることを誤魔化さない。俺はバカだから、すぐには上手くいかねぇと思う。当然、何度も間違えるとも思う。それでも、もう自分の頭の悪さにすべての責任を押しつけるのは止めだ。俺は──変わってみせる」

 見据える俺の瞳から顔を逸らさず、ティアは少し間を置いた後で、深く頷きを返してくれた。

「……ええ。見ているわ。この日変わることを誓った、あなたのことを──……」

 静かに俺を見据えるティアの瞳が光の加減で揺らめく中、彼女は続けてその口を開く。

「あなたは強い。私とは違って……それは見せ掛けの強さじゃない」
「そうか? 俺なんかよりも、ティアの方が強い気がするけどな」

 少し気恥ずかしくなって返した言葉に、彼女は静かに首を振る。

「いいえ。私は……そうあろうとしているだけよ。でも、あなたはそれが自然体になっている。兄を止められなかったことは確かに悔やむべきことだけど、ただ嘆いていても取り返しはつかない。立ち止まっていても、なにも変わらない……。
 それなら──私も前を向かないとね」

 そう言って微笑を浮かべた彼女の表情に、俺は見とれてしまう。

「この過ちを繰り返さないために、私も前を向いて歩くわ、ルーク」

 彼女からの思いがけない宣言に、俺は最初驚きに目を開いたが──すぐに破顔する。

「わかったぜ。これからもよろしくな、ティア」
「ええ。これからもよろしく、ルーク」

 俺とティアの視線が交錯する。俺達は互いの決意に敬意を表し、最後に微笑を浮かべあった。

「──さて。それじゃさっそく、俺達も動き出すとするか。一人勝ちしてやがるヴァンの横っ面に拳を叩きつけてやろうぜ。とりあえず、外郭大地に戻るのが先か?」

 拳を掲げ大げさな表現を使う俺に、ティアが苦笑を浮かべる。

「そうね。でもその前に市長……お祖父さまにセフィロトについて、少し聞いておきましょう。兄がなにを企んでいるとしても、無駄にはならないと思うわ。今は執務室に居ると思う」
「よっし! 行くか」

 こうして──俺達はいつものように他愛もない言葉を交わしながら、再び動き始める。
 突然すべてを変えることはできないだろうが、それでも俺は変わることを誓い、前へと進む
 この誓いがたとえ言葉だけのものに終わろうとも──俺はこの日、この瞬間のことを、決して忘れることはないだろう。




             * * *




 執務室とやらに続く扉の前に立って、俺は大きく深呼吸をする。

 これから俺は初めて、仲間以外の──俺がアクゼリュスを崩落させたことを知っている人間と会うわけだ。十分な心構えと、なにを言われても向き合えるように準備をしておく必要がある。

 緊張した俺の様子に、少し顔を曇らせながら、ティアが扉を叩く。

 数度のノックの後、中から少ししゃがれた声で、入りなさいと答えが返る。

 踏み込んだ室内には書類が溢れていた。積み重ねられた書類の中に、辛うじて埋もれていない机が部屋の奥に見える。その机に腰掛けた、書類を手にしていた老人が顔を上げる。

「ティアか。そちらは、確か……」

 額を押さえ名前を思い出そうとする相手に、俺は一歩前に出て深く頭を下げる。

「……はじめまして。ルークです」
「ミュウですの」
「ぐるぅぅる」

 一瞬、なんとも言えぬ空気が室内を包み込む。

「……おまえらは黙ってろ。いいな?」

 素早く二匹の背中を掴み上げ、耳元で小さい声で恫喝。続けて俺は二匹を背後に押しやり、改めて市長と向き直る。

「アクゼリュスを崩落させてしまったこと……今更言っても、償いようのないことだって言うのはわかっています……。それでも……これだけは言わせて下さい……すみません、でした……っ!」

 自然と声が震えるのを押さえきれぬまま、俺は頭を下げた。
 顔を上げられない俺の頭に、市長の興味深そうな視線が注がれているのがわかる。

「きみがルークレプリカか。なるほど……よく似ている」
「お祖父様!」

 市長の何気ない言葉に、なぜかティアが鋭く反応し、非難するような言葉を放つ。
 市長は大して気にした様子も見せず、わずかに苦笑して見せた。

「これは失礼。しかし、ルーク。アクゼリュスのことは我らに謝罪していただく必要はありませんよ」

 返された言葉は、俺の理解を超えていた。なにか聞き間違ったのかと思いながら、俺は顔を上げて相手と視線を合わせる。

「……どういうことですか?」
「アクゼリュスの崩落は、ユリアの預言に詠まれていた。起こるべくして起きたのです」

 預言に……詠まれていただと?

 耳にした情報に、俺の意識が殴りつけられたような衝撃が走る。なんだ、それは……それじゃあ、まるで、奴がセフィロトで言ってた言葉のようだ。

 ──彼は死ぬべくして、死んだのだ……──

 絶句する俺の横で、ティアもまた初耳だったのか、表情を強張らせながら市長に食ってかかる。

「どういうこと、お祖父様! 私……そんなこと聞いていません! それじゃあホドと同じだわ!」
「これは秘預言──クローズド・スコア。ローレライ教団の詠師職以上の者しか知らぬ預言だ」

 クローズド・スコアだかなんだか知らないが、こうなることを知っていながら動かなかった……そう言っているのか?

「預言でわかってたなら、どうして止めようとしなかったっ!」

 今にも理性のたがが外れ、相手に掴みかかりそうになるのを必死に押さえる。全身から沸き上がる憤激を叫び声に込める。

 そんな俺の詰問に、しかし市長はわずかに咎めるような視線を向けてきた。

「ルーク。外殻大地の住人とは思えない言葉ですね。預言は遵守されるもの。預言を守り穏やかに生きることがローレライ教団の教えです。それをお忘れになったか?」
「そ、それとこれは別問題……」
「いいえ、違いません。誕生日に何故預言を詠むか? それは今後一年間の未来を知りその可能性を受け止める為だ。定められた未来を変えようとすることではありません」

 ローレライ教団の教えは申し訳程度には理解している。それでも、この相手が言っている言葉を認めるわけには行かなかった。

「なら……どうして、アクゼリュスの消滅を世界に知らせなかったの?」
「そうだ! それを知らせていたら死ななくてすむ人だっていたはずだろ?」

 俺達の言葉に、市長は初めてどこか困ったように眉を寄せた。

「それが問題なのです。死の預言を前にすると人は穏やかではいられなくなる。時には錯乱のあまり、定められた可能性から逸脱しようとさえする」

 まるで癇癪を起こした園児を評するような口調で、死に抗おうとする人間の行動を語った。

「そんなの、当たり前だろっ! 誰だって死にたいはずがない……っ!」
「それでは困るのですよ。ユリアは七つの預言でこのオールドラントの繁栄を詠んだ。その通りに歴史を動かさねば、きたるべき繁栄も失われてしまう。我らはユリアの預言を元に外殻大地を繁栄に導く監視者。ローレライ教団はそのための道具なのです」

 まるでそれが普遍の真理のように、揺るぎなき言葉が市長の口から紡がれた。俺は自分でも気付かぬうちに、一歩気押されたように後退っていた。

 この相手の思考方法は、根本的に自分とは異質だ。

「……だから大詠師モースは導師イオンを軟禁して戦争を起こそうとした……?」

 ティアのつぶやきに、俺の頭も動き出す。アクゼリュスに親善大使として送られた理由を思い出せ。俺はなぜ親善大使に選ばれた? 

 ──すべては預言に詠まれていたことだ……──

「ヴァンも預言を知っていて、俺にアクゼリュスを……?」
「その通り」

 ようやく理解の追いついた俺達を、市長は出来の悪い生徒を見守るような優しげな瞳で見据えている。

「……お祖父様は言ったわね。ホド消滅はマルクトもキムラスカも聞く耳を持たなかったって! あれは嘘なの!?」
「……すまない。幼いおまえに真実を告げられなかったのだ。」

 そこではじめて申し訳なさそうに瞳を揺らした市長は、しかし真実を告げなかったことには申し訳なさを抱いていても、ホドを見殺しにしたことに対しては何ら痛痒を感じていないようだ。

「……兄さんは、ホドのことも知っていたの?」
「ヴァンは真実を知っている。あれもホドのことで預言を憎んでいた時期もあったが、今では監視者として立派に働いている。結構なことではないか」

 相手の言葉に、俺はもう我慢できなかった。

「……立派? アクゼリュスを見殺しにしたことが立派かよっ!? おまらおかしいぜっ! イカレちまってるよっ!!」

 もはや敵意を隠そうともせず怒鳴り散らす俺に、しかし市長はすべてを悠然と受け流し、静かに言葉を返す。

「そんなことはない。ユリアは第六譜石の最後でこう預言を詠んでいる。ルグニカの大地は戦乱に包まれマルクトは領土を失うだろう。結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる……と。未曾有の繁栄を外殻大地にもたらすため、我らは監視を続けていたのだ。たとえそこに至るまでの流れに死の預言が含まれていようとも、我等はそれを真摯に受け止めなければならない」

「……じゃあやっぱり兄さんは世界に復讐するつもりなんだわ。兄さんは言ってたもの。預言に縛られた大地など消滅すればいいって!」

「ティア。先程も言ったように、ヴァンが世界を滅亡させようとしているというのは、おまえの誤解だ。それに……仮にそうだったとしてもなんら問題はない。何しろ、預言には何も詠まれていないのだからね」

 何度言い聞かせてもわかってくれない子供をあやすように、市長はそう言葉を締め括った。

 さらになにか言い返そうと口を開いた瞬間、まるで見計らったようなタイミングで外から扉をノックする音が響く。

「……テオドーロ市長。そろそろ閣議の時間です」
「今行く。ふむ……困ったものだ。二人とも、そんなに心配ならユリアロードで外殻大地へ行ってみなさい。預言により確定された事象以外に、起きることなどなにもないとわかるだろう。
 おまえたちの心配は杞憂なのだよ。すべては確定された事象のままに流れ行く」

 それでは失礼すると、市長は取るに足らぬ議論を交わしたといった態度で、この部屋を後にした。

 残された俺達は、明かされた事実に呆然と立ち尽くす。
 俺はかぶりを振って、とりあえず今後の行動を考える。

「……ティア、外殻大地へ戻ろう。あいつらは……駄目だ。ここにいても、埒があかない」
「ええ……そうね。でも、まさか……こんなことが……」

 自らの生まれ育った街の真実に、ティアも少なからぬ衝撃を受けているようだ。表情には動揺が浮かび、いつもの冷静な様子は影をひそめている。

「……大丈夫か?」
「ええ……私は大丈夫。行きましょう」

 先を歩き始めた彼女の背中を見据えながら、俺は思わず発しかけた言葉をぐっと飲み込んだ。

 ……たとえそれが虚勢であっても、大丈夫だと答えた相手にグダグダと慰めの言葉をかけることに意味はない。それよりも今は行動で示すことの方が重要だろう。

 俺は気合を込めるべく、顔を両手で叩き、彼女の後に続いた。


 それから慌ただしく旅立ちの準備をすませ、俺達は地上に続く通路たるユリアロードを前にしている。


 柔らかい光を放つ譜陣を前にして、俺はこれから取るべき行動を考える。

 ……やっぱり、皆と合流するのが先か。

 アクゼリュスが崩落した現在、俺達は死人のようなものだ。一度でも故郷に顔を見せようものなら、アクゼリュスでなにが起きたのか散々情報を搾り取られた挙げ句、もう二度とそんな危険な行動はするなと拘束されるのが関の山だろう。生存情報を伝えておく必要はあるだろうが、直接顔を見せるのは止めておきたいところだ。

 いろんな意味で……重要人物ばっか、揃ってたからなぁ。

 仲間の顔を思い浮かべながら、それぞれの背景を考える。そんな俺達の中で、唯一、直接姿を見せて生き残っていたのを証明した後でも、そのまま前線で動き回れそうなのは……やっぱ、帝国の軍人であるジェイドの奴ぐらいだろうか。となると、向かうとしたらグランコクマか……。

「ルーク、少しいいかしら?」

 そんな風に物思いに耽っていた俺に、突然ティアが声をかけてきた。

「ん。なんだ?」

 振り返った俺に、ティアは一冊の本を渡してきた。

「こいつは……?」

 パラパラと中身を捲る俺に対して、ティアが説明を口にする。

「音素学の本よ。あなたに必要だと思ったから。超振動も第七音素で発生するから、この本がきっと役に立つはず。もう繰り返さないためにも……あなたは超振動を制御する術を学ぶべきよ」
「……そうだな。ありがとな、ティア」

 本を掲げて礼を言う俺に、彼女は大したことではないと首を振って見せた。

 ……なんというか、いろいろと良く気がつくというか。俺の方もしっかりしないとなぁ。

 交わした約束のためにも、俺はこいつと対等で居られるようにならなければならない。

 一人気を引き締めることを誓う俺を余所に、譜陣に近づいたティアが俺達に確認する。

「この道を開くとダアト北西のアラミス湧水洞に繋がる。あそこは魔物の巣窟だけど、準備はいい?」
「ああ、いいぜ」
「ボク、ドキドキするですの」
「大丈夫よ、ミュウ。──さあ、道を開くわ」

 譜陣の中心に立ったティアが杖を掲げる。

 光が譜陣を中心に集束し──俺達の姿は、その場から消え去った。



スポンサーサイト
  1. 2005/08/30(火) 14:47:15|
  2. 【家族ジャングル】  第四章
  3. | コメント:0

第2話 「予期せぬ再会」


 まず視界に飛び込んだのは、緑の広がる大地。
 一瞬の浮遊感の後、俺の身体は湧き水の中心に出現した。


「──って、いきなり水の中かよっ!!」


 濡れるっ、と悲鳴を上げる俺に、ティアが落ちついた声音で告げる。

「大丈夫。セフィロトが吹き上げる力で水を弾くから、濡れることはないわ」

 言われて見れば、湧き水の中心に突っ立っているというのに、全然水に濡れたような感じはしない。セフィロトの摩訶不思議な効果に感心しながら、俺は湧き水から外に出る。

 湧き水の漏れ出す場所を中心に、周囲は崖のようなものに囲まれている。教団が長い間秘匿していただけあって、一般人がこの道に気付くのは至難の業だろうなぁ。

「なんにしろ、ここが……あらめの湧水洞か?」
「アラミス湧水洞」

 俺がうろ覚えのまま口にした単語を、ティアが冷静に訂正する。

「ぐっ……ちょ、ちょっと言い間違っただけだ」
「もう誤魔化さないんじゃなかったの?」

 さらりとした口調で、正確無比に俺の急所を射抜く。

 これには俺も頭を掻きむしって叫び返すしかない。

「だぁー! 俺が忘れてましたよ! ……これでいいかよ?」
「それはあなたの決めることでしょう?」
「……ホントお前、相変わらずキッツイよな」

 半眼を向ける俺に、彼女は軽く肩を竦めて見せた。

 ……というか、むしろこれまで以上にズケズケものを言われるようになった気がしてならない。これは気のせいじゃないはずだ。やはり、あの誓いのせいなんだろうか?

 ……早まったか、俺?

 少し本気で考え始めた俺を無視して、ティアが先を歩く。
 動かない俺を振り返って、彼女は口の端に微かな笑みを浮かべて問いかける。

「どうしたの? 行きましょう」

 その笑みに一瞬呆気にとられる。だが、すぐに俺も理解する。

 ……そういうことかい。

 がくりと肩を落とし、俺はうなだれる。ようするに、俺は彼女にからかわれていたわけだ。

「ご主人さま、行かないですの?」
「わかってるっつーの!」
「みゅ、みゅ、みゅ~っ!」

 俺はミュウの身体を抱き上げて、乱暴に耳を撫でまくる。すぐ隣にいたコライガびっくりしたように耳を逆立て、おろおろと俺の回りを彷徨う。

「やれやれ……とりあえず、がんばろ」

 いろいろな面で、俺は気持ちも新たに一歩踏み出すのであった。




              * * *




 洞窟内は魔物が出るとは言っても、それほど手こずるような相手はいなかった。そこそこ気楽に進み行き、俺は久しぶりに味わうのんびりした空気を満喫していた。

「……ルーク、少し気を抜きすぎよ」
「ん、そうか?」

 頭の後ろに腕を組んだまま俺は振り返る。視線の先でティアが腰に両手を当てて、俺を睨んでいた。

 そうよ、と短く答える彼女に、俺は少しの気まずさを感じながら、頬をかく。

「ま……言われてみればそうかもな。あのときから考えれば、ようやく落ち着けたようなもんだし」
「……ごめんなさい。私、無神経だったわね」
「あー……いや、そこまで気にする必要はねぇよ。ちょっと、これからのこと考えてただけだって」

 責任感の強い相手の言葉に苦笑しながら、俺は否定を返す。

 ティアは少しいろんなもんを気負いすぎる傾向がある。気が利くのはいいことだが、それでも常に神経を張りつめていたら、身体が持たないだろう。
 ……まあ、アクゼリュスを壊滅させた俺なんかが言えた義理じゃないけどな。

 それよりも、外に出る前に聞いておきたいことがある。

「港に着いたら、とりあえずどうする? ティアはなんか考えあるか?」
「そうね……まず大佐達と合流するのが先決だと思うわ」

 うん。やっぱりティアもそう思うか。

「やっぱそうだよな。ヴァンの動向を探るにしても、アッシュと先行してる大佐達が、なんか情報仕入れてる可能性が高い。できることなら相手の場所を確認とかしときたいが連絡する手段は無いし……現状で一番皆が居る可能性が高いのは、マルクトのグランコクマってところかね?」

 いつもは頭の中で一人グダグダ考え込んでるような事を口に出して、相手の意見を求める。

 そんな俺の問い掛けに、ティアが驚きに目を瞬かせている。

「……驚いたわ。意外と考えていたのね」
「僕も驚いたですの~」

 ミュウまで同意しやがった。もう、なんか、勝手に言ってくれって感じだよな。

「あー……そうかいそうかい。そうですかい」

 引っかかるものが無かったわけじゃないが、今までの自分の様子を考えればこんなもんか。

 コーラル城前でガイに注意されてから気をつけてはいたんだが、それでもほとんどの場合、一人頭の中で考え込むだけ考え込んで、結局は訳のわからん袋小路に陥って思考を放棄するのが常だった。

 誰かに自分の考えを口に出して伝えるようなことは、全くしていなかったもんなぁ……。

「一応言っておくと、これまでも考えるだけは考えてたんだぜ? まあ、それでも大して意味は無かったわけだが……。これからは積極的に、口に出して皆の意見とか聞くようにするよ」
「良いことだと思うわ」

 真剣な表情で頷いてくれるティアに、俺は気恥ずかしくなって顔を背ける。

「──ああ。随分と成長したな、ルーク」

 不意に、俺にとってよく聞き慣れたあいつの声が響く。

 ぎょっとしながら声の届いた方に顔を向けると、そこにそいつは立っていた。

「よっ、待ちくたびれたぜ、ルーク」
「ガイ……」

 気軽に手を上げて応えて見せる親友の登場に、俺はうれしさよりも困惑が先に立つ。大佐達と地上に戻ったと聞いていたのに、どうしてガイがこんなところに居るんだ?

「へー、髪を切ったのか。いいじゃん。さっぱりしててさ。……あん? どうした?」

 黙り込んだままの俺を不可解そうに見据えるガイに、俺もようやく口を開く。

「いや……お前、どうしてここに?」
「やれやれ。ここは普通、感動する場面だろ?」

 おどけた仕種で肩を竦めて見せるガイに、俺は混乱した頭のまま、ともかくその理由を尋ねる。

「いや……そんな冗談はともかく。なんで、お前ここに? アッシュと地上に戻ったって……」
「ヴァン謡将に関してある程度情報が集まったから、大佐達とは別れたんだ。ユリアシティから地上に戻るにはここを通るはずだって、アッシュのやつに聞いてな。お前達が来るのを待ってたってわけだ」
「アッシュが……?」

 あいつがそんな情報を洩らすとは……正直思いもしなかった。

 そんな俺の考えを察してか、ガイが苦笑を浮かべる。

「アッシュも複雑そうな奴だからな。ま、ルークもいろいろ思うところはあるだろうが、今回に関しては素直に感謝しとけ。おかげで俺と行き違いにならずに済んだんだからな」

 ガイと会話を続けるうちに、俺は気付く。再会してから一度も気負った様子も見せず、ガイはごく自然に俺の名前を呼んでいる。

「まだ俺を……ルークって呼んでくれるんだな」

 思わず洩らした言葉に、ガイが俺の頭をはたく。

「って! いきなりなにしやがる、ガイ!」
「あー!! もう、そんな自虐じみた言葉はお前には似合わない! とっとといつものように、アホっぽく、俺は俺だって胸張ってろ! 俺が親友になったのは、そんなお前だよ、ルーク!」

 捲くし立てられた言葉の内容に、俺は一瞬胸をつかれたように息を飲んでしまう。

「ガイ……こいつめっ!」
「ぐわっ! てっ、いきなりなにするよ!? 今、本気で殴ったろ!?」

 振りかぶった俺の拳に殴り飛ばされたガイが、顎を押さえながら声を張り上げる。

「うるせぇっ! この人タラシっ! なんか、思わず感動しちまっただろうがっ! 」

 怒鳴り返した俺の言葉を耳にして、ガイがぽかんと口を開く。

「……ルーク、ひょっとして、お前照れてるのか?」
「う、うるせえ! 確かに、グダグダ言っててもしょうがねぇよな。もうアホっぽく宣言してやるよ。
 俺は、俺だっ! ガイ……お前と親友になった、ルークだよ!」

 顔を真っ赤にして宣言した俺に向かって、なんとガイのやつは腹を押さえて馬鹿笑いを上げやがった。

「わ、笑うんじゃねぇよ!」
「ははっ、す、すまん。くくっ、もう、お前があんまりにもお前らしい反応を返すもんだから、つい」
「こ、こいつは……っ!」

 笑いの衝動が押さえきれないと言った感じのガイに、俺はふつふつと沸き上がる怒りを感じて両腕をわななかせる。

 そんな俺達のやり取りを、ティアは一歩引いた位置で、どこか微笑ましそうに眺めているのであった。




              * * *




「……ってなことがあったわけさ」

 とりあえず今後どう動くか決めるためにも、ひとまずガイの入手した情報を聞くのが先決だろうと全員一致で同意した。落ち着いて話せる場所を探し出し、これまでガイから話を聞いていたというわけだ。

 そして今、大方の情報を聞き終わった訳だが……

「地核から強制的に記憶粒子が引きずり出されちまうことで……」
「……パッセージリングの暴走と、それに伴う大地の崩落が引き起こされている」

 うーん、とガイから聞かされた情報の深刻さに、俺とティアは唸り声をあげる。

「他の地方が崩落する危険があるって、かなりやばくないか?」
「そうだな。アッシュに聞いた話だと、次はセントビナーが危ないらしい。それを聞いたから、大佐達も一旦帝都まで戻って、皇帝に崩落の危険を示唆して、救助隊を出させるとか言ってたな」
「……もう着いてる頃かしら?」
「いや……どうだろうな。途中タルタロスの修理で、ケテルブルクに寄ることになるかもしれないとも言っていたからな……。
 直接グランコクマに向かうなら、俺達がこれから後を追っても十分合流できると思うぞ」
「そう……」

 二人の会話に耳を傾けながら、俺はひとまずの決断を下す。

「……よし。一先ずグランコクマに行こう」

 二人の視線が俺に集中する。理由を尋ねる視線に、自分の考えを述べる。

「一応の理由としては、実際に崩落するにしろ、俺達だけじゃどうしょうもないってことがある」

 皆に言葉が浸透するのを待ってから、その先を続ける。

「次に崩落するかもしれない土地がマルクト領だってこともある。これはかなりデカイと俺は考えた。なんせ、ここに居るのは帝国側にはさして後ろ楯もない人間ばっかりだからな」

 それに……俺には少し気になっていることがある。それが解決しない限り、バチカルになんの備えもないまま戻る気にはなれなかった。

「確か……イオンも大佐に同行してるんだろ?」
「あ、ああ。そうだ」
「なら、やっぱりグランコクマに行くのが一番いいと俺は思うんだけど……って、どうした?」

 突然目尻を拭い始めたガイの奇行に、俺はぎょっとして言葉が止まる。
 ガイが俺の肩をポンポン叩く。

「いや、ルーク。お前、ほんと立派になったな」
「……馬鹿にされてるようにしか感じないのは、俺の気のせいか?」

 一人納得行かない俺と大げさに感動した素振りを見せるガイのやり取りに、ティアが微笑を浮かべる。

「彼、変わるんですって」
「……そうか」

 込められた意味を察してか、ガイが表情を少し引き締める。からかい混じりだった視線にも、今は真剣なものが混じっているのがわかる。……俺としては、むしろ冗談まじりの方がまだマシだったけどな。

 軽く首を回した後、俺は自分がどう変わろうと思ったか、ガイにも言っておくことした。

「償いの意味とかは……やっぱ俺にはまだよくわからねぇ。それでも、思考を放棄するのはもう止める。……コーラル城で折角ガイが忠告してくれてたのに、結局俺はこうなるまでわからなかったけどな」

 以前、突っ走った俺を諫めてくれたガイの言葉を思い出し、俺は少し顔を曇らせる。

「それでもわかったなら、まだ遅くないだろ? とりあえず、今はそれでいいんじゃないか?」

 俺の気を紛らわせようとしてくれるガイに、すまないと俺は小さく呟く。

 なんにせよ、落ち込んでてもなんも変わらんよな。俺は顔を上げて、気を取り直す。

「ともかく、やっぱグランコクマに行くのが一番いいと思うんだが……それで大丈夫そうか?」
「ええ」「異論はないぞ」

 間髪入れずに返って来た二人の答えに、俺も一先ず安堵する。

「それじゃ方針も決まったことだし、そろそろ外に出るか。ここら辺の港ってダアト港だったか?」
「ああ、そうだな。ここを抜けて、すぐにある」
「分かった。行こうぜ」

 こうして、俺達はアラミス湧水洞を抜けて、ダアト港に向かうのであった。




              * * *




「……なんか、空気がおかしいな」

 ダアト港についたところで俺は違和感を覚える。

 周囲を見渡すと、港の所々に人々が寄り集まって、ヒソヒソと言葉を交わしている。

「……崩落を理由に、キムラスカが戦争の準備を始めたとか……」
「……それにマルクトも警戒を強めて、近々港が封鎖されるそうだよ……」
「……おっかない世の中になったもんだねぇ。いったい預言ではどう詠まれているのやら……」

 耳をすませてみると、どうも戦争が起きるらしいとかいう噂が熱心に囁かれているようだ。

「……随分と物騒な噂だな」
「やっぱアクゼリュスの崩落で、社会的な不安が高まってるせいか?」
「……それだけじゃないかもしれない」

 ティアが暗い表情で顔を伏せる。ガイが怪訝そうに首を捻るが、俺にはその理由がわかった。

「そっか……スコアか」

 俺の洩らした言葉に、ティアが無言で頷いた。

「どういうことだ?」
「ガイにはまだ話してなかったけど、アクゼリュスの崩落は……預言に詠まれていたんだとよ」

 胸の内でくすぶる苛立ちが押さえきれなくなって、思わず言葉尻が荒くなる。

「なっ! それは……?」
「キムラスカとマルクトの戦争も預言に詠まれてるらしいわ。ローレライ教団は、預言を遂行するための道具だって、お祖父さま……テオドーロ市長は言っていた。大詠師モースが動いていたのも、戦争という預言を成就するため……」
「ヴァンが俺にアクゼリュスを崩落させたのも、同じ理由だ」

 言葉を無くすガイに、ティアと俺は淡々と告げた。

「……さすがに、俺も言葉が無いな」

「ああ。俺もそうだったよ。でも俺の方はまだいいとして、問題なのは戦争だ。俺達は今死んだことになってるけど……十分、開戦の口実になり得るんだよな、俺らのメンツって」

 重要人物勢ぞろいの仲間達の顔を思い浮かべる。特に、キムラスカ側からすれば、マルクトからの要請で送った王位継承者の親善大使を失ったことになる。宣戦布告するには、十分な理由だろう。

「……グランコクマには大佐が向かってるわ。それなら、私達が王国に向かうというのも一つの手よ」
「今からバチカルに戻って、説得か? うーん。ナタリアは居ないが、ルークの生存を知らせるだけでも、十分意味はあるかな? ファブレ公爵ならそれなりに影響力を持ってるけど……どうだろうな」

 ティアの提案に、ガイが難しい顔で腕を組む。二人の意見はどっちももっともだと思う。しかし、俺にはそれ以前の段階で、どうしても気になっていることがあった。

「……オヤジ達は、どこまで知ってたんだろうな」

 俺の言葉に、二人がはっと息を飲む。

「ずっと考えてたんだ。……俺が親善大使に選ばれた理由は、スコアに詠まれてたからだ。それって、どこまでを指してたんだろうな? アクゼリュスに赴いて……崩落して……戦争が起こって……キムラスカが栄える。一連の預言の流れは、テオドーロ市長の言葉から考えるとそんなもんだ。ひょっとして、オヤジ達は、すべてわかってた上で、俺をアクゼリュスに寄越したんじゃないかって……」

「……否定してあげたいけど、その可能性も否定できないわ」

 どこか痛ましげに瞳を伏せるティアに、俺もそのまま言葉を続ける。

「それに……うちのオヤジは公私を完全に切り換える。仮に、自分の息子の命が、王国全体の利益にとって効果的な切り札になりうるなら、あっさりと使うだろうな。そして、もし今回がそうだったなら、俺の帰還は決して喜ばれない。戦争を起こすための理由そのものが消えちまうことになるんだ。下手したら……」

「お前が生き残ったという事実そのものが……無かったことにされるかもしれないってか?」

 ガイの怒りを滲ませた瞳に、俺は笑みを浮かべて見せる。

「まあ、本当は全然そんなことなくて、心配してるかもしれないけどな」

 自分でも全く信じていない言葉を口にして、ひとまずこの話題は終わりだと意思表示する。

「……もしルークの推測が当たっているなら、やはり大佐達と……イオン様と合流するのが一番かもしれない。導師の言葉は一国の指導者であっても、そう無視できるものではないから……」

 少なくとも話を聞いてくれないということはないと、どこか言いにくそうにティアは締め括った。

 俺の答えを待つ二人に、俺も顔を上げて応える。

「とりあえず王都に戻るのは後回し。先に大佐達と合流して、帝国にはセントビナーの崩落に備えて貰う。戦争阻止に関しては、それから動く。……そんなとこでいいか?」

 俺の確認に、二人も頷いてくれた。

「じゃ、早いところ向かおうぜ、帝都グランコクマにさ」

 なるべく気楽に聞こえるように呼びかけたつもりだったのだが、それでも皆の表情は晴れなかった。




              * * *




 こうして俺達は定期便に乗って旅立ったわけだが、問題が無かったわけではない。俺達の乗った船は、なんとグランコクマに停泊できなかったのだ。なんでも非常時は要塞化されるらしく、現在帝都の出入りは制限されているらしい。俺達は船頭に相談して、ひとまずローテルロー橋付近で降ろさせて貰った。

 陸路で帝都に向かうにはテオルの森と呼ばれる半ば要塞化された森を通って行かにゃならんという話だ。そこでガイが大佐に認識票を貰っているから、これを見せれば通してくれるはずだと主張した。それなら試してみようと森まで進み、森の守備隊に認識票を提示した。

 それが、ついさっきの話だ。

「……それで、こりゃいったい、どういう状況だ?」
「はははっ。こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」

 額の汗を拭うガイに、俺とティアの冷たい視線が突き刺さる。

 現在、俺達は怪しい奴らだと見なされて、砦の一角に拘留されていたりする。

 それでも一応大佐の認識票が効いたのか、装備とかは没収されていないし、牢屋とかに閉じ込められてもいない。連行された部屋もそこそこ快適で、簡易取調室と言ったところだろうか。

「まあ、大佐の名刺がどうにかしてくれることを祈るしかないな」
「って、結局人頼みかよ! これでどうにもならなかったらどうすんだっつーの!」
「お、落ち着けルーク! く、首はやばい~!」

 無責任なことを抜かすガイを吊り上げて、激しく前後に揺すりまくる。

『あ~もう! さっきからそこ、うるさすぎっ!! 今度うるさくしたら……潰すよ?』

 隣の部屋からガンガン壁を殴る音と一緒に、やさぐれた発言内容の割には随分と可愛らしい声が届く。

 ……しかし、なんか聞き覚えのある声のような気がする。

「なあ、ちょっと隣、見て来ないか?」
「え? どうして?」
「いや、なんか妙に気になるというか……」
「喧嘩売るとかは、止めてくれよ」
「そんなことしねぇよっ!」

 ともかく、俺も理由はよくわからんまま、第六感の訴えに従って隣の部屋へと赴く。

 数度のノックの後、扉の内側から苛立たしげな声が返る。少し気まずさを感じながら、扉を開け放つ。

「って、アニス? それにイオンもかよ!? どうしたんだ、こんなところで?」

 扉を開けてみると、そこには見慣れた連中の姿があった。

 一番手前に居たアニスが、口元を押さえながら目を見開く。

「はわぁ。アッシュ? ……って、ルークか。髪切ったの? なんでチンピラがここに?」
「……なんか、アニス。お前変わったというか……むしろ地が出てねぇか?」
「え~? なんのこと? アニスちゃんわかんな~い」
「……」

 ま、まあ、もとからこういう奴だってのはわかってたから、別にいいけどな。

 完全に猫かぶり止めたアニスに顔を引きつらせていると、イオンが一歩前に出る。

「またあなたに会えてうれしいです、ルーク。どうやら……立ち直れたようですね」
「イオン……へへっ。まあ、いつまでも立ち止まっているわけには行かない……そうだったろ?」
「はい。これからもよろしくお願いします」

 言い笑顔を浮かべて、うれしいこと言ってくれるイオンの頭をポンポン撫でる。

「ルーク……ですの」

 部屋の一番奥に、ナタリアが立っていた。

「ナタリア……久しぶりだな」

 ナタリアとの顔合わせに、俺もぎこちなく片手を上げて応える。

 少しの沈黙の後、俺は頭を下げた。

「──ナタリア、すまねぇ!」
「──ルーク、ごめんなさい」

 俺達は同時に頭を下げていた。

『え……?』

 互いの行動の理由がわからず、俺達は顔を見合わせる。

「えーと、俺は……そのだ。自分は約束した相手じゃなかったわけで、それについてはナタリアに一度謝っとかなきゃいけないと思ったまでで……」
「私は……ずっとあなた自身を見ずに、記憶を取り戻させようとしていたことを謝らなければいけないと思って……」

 俺達は相手が思っていたことに、それ以上の言葉を無くす。

「なになに、結局どっちも自分が悪いって思い込でた、直情径行の似た者同士ってやつ?」

 アニスの揶揄に、俺達はむっとしてアニスの顔を睨む。直ぐに両手を上げて降参するアニスに、俺達は馬鹿らしさを覚えて苦笑する。

 少し和んだ空気の中で、今度はナタリアと自然に視線を合わせることができた。

「まあ、俺はレプリカだったわけだけど……これからも、よろしくな」
「そんな……あなたが私の幼馴染みであることに、変わりはありません、ルーク」

 どこかナタリアの表情には無理が見て取れたが、それでも必死に俺のことを考えてくれた上での答えだってことがわかった。
 だから、俺は今も自分をルークと呼んでくれるナタリアに、笑みを返す。

「……ありがとな、ナタリア」

 そんな感動的な再会を演じている俺達を余所に、ガイが気になっていてしょうがないといった感じでイオンに尋ねる。

「再会を喜ぶのもいいんだが、それよりイオン様。大佐は一緒じゃないのか?」
「それが……」
「聞いてよ聞いてよ! ひどいんだから!」

 暗い表情になってなにかを言いかけたイオンの言葉を遮り、アニスが憤慨したと地団太を踏む。

「な、なんだぁ?」
「それが………」

 どうもアニスの話を聞くに、一応大佐もアクゼリュスで死んだことになってたらしく、事の真偽を確かめるために一人先行したらしい。
 そんな待ち時間の間に、マルクト兵が殺されているのを発見。
 慌てて通報したものの、とりあえずお前達も怪しいぞと拘束されてしまって今に至るのだそうな。

「はぁ……なんか、厄介なときに俺達も来ちまったってことか」
「見張りが殺されたねぇ……教団兵か?」
「とりあえず、大佐が戻るのを待つしかなさそうね。幸い、一方的に犯人扱いされてるわけでもなさそうだし、もう少し我慢しましょう」
「う~」

 ティアのもっともな言葉に、アニスが口を尖らせる。


 その後、俺達は折角合流したことだしと、いろいろと互いの目新しい情報を交換しあった。
 しかし、それが終われば後は退屈な待ち時間があるばかりなわけで……。

「それにしても、まだかなー……」
「ただ待つのも結構大変ですわね」
「だよなぁ。マルクトの連中もけち臭いこと言わないで通してくれればいいのによ」
「けち臭いって……」

 俺の言葉にガイが呆れたように額を押さえる。しかしアニスは激しく同意と身を乗りだしてきた。

「だよね~。まったく、こんなに可愛いアニスちゃんのどこが怪しいって言うのよ。マルクト兵士の目は節穴かっちゅーの。ま……どっかの劇のやられ役染みたチンピラ相手ならまだわかるけどね~」

 俺に向けて意味深な視線を送ってくるアニスに、俺は頬が引きつるのを感じる。このケンカ、買った。

「自分で可愛いって言ってりゃ、世話ないな」
「何よ~。アニスちゃんは可愛くないとでも言う訳!?」
「やられ役のチンピラに何言われたって気にすることねーだろ? ミュウ並みに色気なしのくせによ」

 チラリとアニスのまっ平らな胸元に視線を投げ掛け、へっと鼻で笑ってやる。

「んなっ! ミュウ並みとはなによ! あたしだって成長したら、ティアみたいにでっかくなるんだから!」
「ハッ。ばーか。お前があんなメロンになる訳ねーだろっ! ……あ」

 勢いに任せて言ってしまった後で、俺は自分がなにを言ったのか悟る。
 恐る恐る視線を向けると、メロンの持ち主が怒りに肩をプルプル震わせているのが視界に入る。

「メ、メ、メロンって何なのよっ! あなたたち馬鹿!? 少しは静かになさいっ!」

 顔を真っ赤にさせて怒鳴り声をあげるティアに、俺達は小さく縮こまって部屋の隅に移動する。

 ……そんなに怒らなくてもいいのに……

 俺とアニスの視線が交差する。俺達は互いの認識を確認し合い、仲直りをするのであった。
 ティアは怒り冷めやらぬ様子で部屋の中央に仁王立ちして、目尻を涙ぐませながら息を荒らげている。
 そんな彼女の下に歩み寄ると、ナタリアはティアの肩に手を置いて、神妙な声音で訴えかける。

「……ティア。それでも持たざるものの気持ちも、わかって下さいませ」
「……そ、そういう問題かしら……?」

 本気で戸惑いに首を傾げるティアに、ナタリアが真剣な表情でそうですわ、と力強い頷きを返す。

「それにしても、入口のマルクト兵。僕達が森に入ろうとしたら『罠かもしれない』と、随分警戒していましたね。ティア達が拘束されたのも同じ理由ですか?」

 話の収拾がつかなくなったのを感じてか、イオンが唐突に全く関係ない話題を振ってきた。

「え、ええ……。でも、それだけマルクトとキムラスカの関係が悪化しているということね」

 躊躇いながらも話題に応じたティアを見て、俺とアニスもさっきの件を誤魔化すべく一斉に口を開く。

「だよな。やっぱ状況がよっぽど悪ぃんだろうなぁ」
「だよね~。まったく、イオン様も居たのにさ」
「申し訳ありません、僕の力不足で……」

 今度はアニスがイオンの地雷を踏んだようだ。顔を伏せて暗い顔になってしまったイオンに、アニスが両手をわたわたと動かしながら、慌ててフォローする。

「違いますよぅ! そういうことじゃないんですぅ!」
「何にせよ、結構やばいところまで来てるってことだよな。このままじゃ本当に戦争が起きちまう」

 厄介なものだと首をふるガイに、俺達は改めて示された状況の難しさに、ため息をつく。

『──うわぁあああ!!』

 部屋の外から、悲鳴が届く。

「今のは……!?」
「行ってみましょう!」

 外に駆けつけると、そこには見張りの兵士が地面に倒れ伏していた。

「大丈夫──っ!」

 駆け寄ろうとした瞬間、俺の背筋が泡立つ。
 咄嗟に後ろに飛び退くと同時──俺のうなじを掠めて薙ぎ払いの一撃が通りすぎた。
 俺は素早く獲物を握り、抜き払いの一撃を背後に叩きつける。

「むっ──!」

 獲物を弾かれた巨漢の体勢が崩れる。

「そこですわっ!」

 裂声と共に、ナタリアが弓を射る。しかし、その一撃を相手は素手で受け止めた。

「お姫様にしてはいい反応だな」

 ニヤリと笑って、受け止めた矢を二つにへし折る。

「お前は砂漠で会った……ラルゴ!」
「覚えていたか」

 尚も弓を構えるナタリアに対しても、ラルゴはまるで怯む様子も見せず豪快に笑って見せた
 崩落から初めて対峙する六神将相手に、俺は押し殺した声で詰問する。

「ヴァンは……いったい何を考えている」
「無論、預言からの解放だ。あの方ならば、必ずやり遂げるだろう」

 笑みを消し去って応じたラルゴの顔に、どこか面白がるような表情が浮かぶ。

「それよりも、前ばかり気にしていていいのか、小僧?」

 突然構えを崩したラルゴが鎌を肩に載せる。不可解な相手の行動に戸惑い、俺はそれに気付くのが一瞬遅れた。
 視界の端に映ったのは、ラルゴに弓を構えるナタリアに向けて、振り降ろされる剣の切っ先──。

「──アブねぇっ!?」
「きゃ──!」

 ナタリアを突き飛ばして位置を入れ代わる。振り降ろされた斬撃を受け止め、俺は武器を振り降ろした相手の名を叫ぶ。

「ガイ!? どうしたっ!? 止めろ!」

 俺の呼び掛けに、ガイは武器を握る両手を震わせながら、苦しそうにうめき声をあげる。

「ちょっとちょっと、どうしちゃったの!?」
「これは……カースロット!? いったい……いえ、それよりも、おそらくどこかに術者がいるはずです……!」

 アニスの後ろに庇われたイオンが術者を探して下さいと叫ぶ。

 しかし、そんなことを言われても……この体勢だと俺は動きようがない。
 俺が少しでも隙を見せれば、ガイはナタリアに切りかかるだろう。
 純粋な前衛のガイに襲いかかられたら、ナタリアじゃ対処しきれないはずだ。

 膠着状態に陥った俺に向けて、ラルゴが鎌を構える。

「おっと、俺を忘れる──むんっ!」

 言葉の途中で放たれた矢がラルゴの額を掠める。

「させませんわ! ガイをもとに戻しなさい!」
「ふ、ふははははははっ! やってくれるな、姫!」

 怒りを滲ませるナタリアの一喝に、ラルゴは面白そうに破顔した。

 それぞれが動き出せない状況のまま、一人自由に動けるティアが周囲の気配を探っている。
 ガイを引き止めるのも、そろそろ限界に近づいた、そのとき──大地を振動が貫いた。

「きゃっ、また地震!」

 悲鳴をあげるアニスに関わらず、冷静に周囲の気配を探っていたティアが視線を一点に集中する。

「そこっ!」

 右上に生える木に向けてナイフが放たれる。虚空を突き進む白刃が木の葉を切り裂き──木立の中に潜んでいた相手に弾かれる。

 舌打ちとともに木から降り立った男が地面に片膝をつく。同時にガイの肩を中心に、禍々しい譜陣が一瞬虚空に浮かび上がって消えた。

「……地震で気配を消しきれなかったか」

 気絶したガイを見据え、仮面の男──シンクが苦笑を浮かべた、

「やっぱりイオンを狙ってやがるのか! それとも……別の目的か?」
「大詠師モースの命令? それともやっぱ、主席総長?」

 武器を構える俺達に、ラルゴがまったく揺るぎのない声を返す。

「どちらでも同じことよ。俺たちは導師イオンを必要としているのだからな」
「それにしてもアクゼリュスと一緒に消滅したと思っていたが……大した生命力だね」

 嘲笑うシンクに、潔癖なナタリアが我慢ならないと叫ぶ。

「ぬけぬけと……! 街一つを消滅させておいて、よくもそんな……!」
「ふっ。はき違えるな。消滅させたのは、そこのレプリカだ」

 鎌で俺を指し示しながら告げられた言葉に、俺の中で憎悪が燃え上がる。

 ──それをさせたのは、いったい、どこの誰だと思っていやがる……っ!

 じりじりと高まり行く緊張感に、今にも戦端が開かれようとした──そのとき。

「何の騒ぎだ!」
「地震の影響か? だが戦闘音が聞こえたぞ」
「ともかく、急行するぞ」

 遠くからマルクト兵の声が届くと同時に、シンクが大きく背後に飛び退り、間合いを離す。

「ラルゴ、いったん退くよ!」
「……やむを得んか」

 武器を構える俺達を警戒しながら、ラルゴが鎌を地面に突きたてる。
 突然の行動に一瞬眉をしかめるが、すぐに俺はこの攻撃が見覚えるのあるものだと気付く。
 これはダオ遺跡で見た……

「やばい、伏せろっ!」

 俺は咄嗟に地面に倒れ伏すガイを肩に担ぎ上げ、ラルゴから距離をとる。

「ふんっ──地龍吼破っ!」

 鎌が薙ぎ払われると同時、大地に亀裂が走り、鎌の一振りに巻き込まれた無数の岩石が俺達に押し寄せる。
 俺は自分に直撃しそうなものだけに狙いを絞り、片手に握った剣で弾き返す。

 舞い上がった粉塵に視界が覆い隠される中、急速に遠ざかる二人分の気配を感じる。
 ようやく土煙が収まった頃には、六神将の姿は消え失せていた。周囲を見回すと、全員が頷きを返す。

 どうやら全員無事なようだな。

 なんとか収まった状況に、思わず安堵の吐息が漏れちまう。
 しかし、安堵するにはまだ少し早かった。駆けつけてきたマルクト兵達が、この場の惨状に息を飲む。

「な、何だお前たちは! これはいったい?」

 いち早く冷静さを取り戻したティアが、軍人口調で大まかな状況を説明する。

「カーティス大佐をお待ちしていましたが、不審な人影を発見し、ここに駆けつけました」
「不審な人影? ……ああ、先程逃げた連中のことか?」
「神託の盾騎士団の者です。彼らと戦闘になって、仲間が倒れました」

 俺の肩に担がれたガイに視線が集まる。しかし、兵士達の視線が直ぐにイオンやアニスに移る。

「だが、お前たちの中にも神託の盾騎士団がいるな。……怪しい奴らだ。連行するぞ」

 捲くれ上がった地面に、倒れ伏すマルクト兵に、満身創痍の俺達。
 こんな光景見せられたら、そりゃ警戒するなって方が無理な話しだよな。
 俺はガイを肩に担ぎ上げながら、厄介なことになったと空を仰ぐ。


「やっぱ……抵抗しない方がいいよな」
「もう……当たり前でしょう」

 俺の一応の確認に、ティアが心底呆れたように深くため息をついた。
 まあ、一応聞いてみただけだったんだぜ? 嘘じゃない。

 ……いや、本当にな。



  1. 2005/08/29(月) 19:34:39|
  2. 【家族ジャングル】  第四章
  3. | コメント:0

第3話 「闇の胎動」


 あの後、俺達は兵士達に周囲を囲まれたまま、帝都まで連行された。
 なんとも窮屈な思いをしながらグランコクマまで着いたところで、街の入り口に大層な人数の兵士が並んでいるのが見えてくる。

 んー……随分と大仰なお出迎えだな。


「フリングス少将!」
「ご苦労だった。彼らはこちらで引き取るが、問題ないかな?」
「はっ!」

 俺達を連行した兵士が緊張した様子で敬礼を返し、少将に道を譲る。
 奇妙な展開に呆気にとられていると、銀髪のフリングス少将とか呼ばれた人物は俺達に歩み寄る。
 少将は先程まで兵士に対して向けていたしかめっ面を不意に崩し、俺たちに爽やかな笑みを浮かべた。

「ルーク殿ですね。ファブレ公爵のご子息の」
「へ……どうして俺のことを……?」

 突然出たオヤジの名前に間抜けな言葉を洩らす俺に、フリングス少将の笑みが苦笑に変わる。

「ジェイド大佐から、あなた方をテオルの森の外へ迎えに行って欲しいと頼まれました。その前に、少し厄介な状況になってしまったようですが……」
「すみません、マルクトの方が殺されていたものですから……」
「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。ただ、騒ぎになってしまいましたので、皇帝陛下に謁見するまで皆さんは捕虜扱いとさせていただきます」

 申し訳なさそうに告げる少将に、俺は気苦労の多そうな人だなぁと思ってしまう。

「わかりましたよ。あと、仲間が倒れちまってるんで、どうにか……」
「──彼はカースロットに侵されています」

 突然進み出たイオンが俺の言葉を遮る。ついで俺の肩に担がれたガイを伺いながら、表情を暗くする。

「……しかも、抵抗できないほど深く侵されたようです。どこか安静に出来る場所を貸して下されば、僕が解呪します」
「イオンが何とか出来るのか?」
「というより、僕にしか解けないでしょう。これは本来、導師にしか伝えられていないダアト式譜術の一つですから」

 ダアト式譜術って……チーグルの森で使ってたようなやつか。
 しかし、なんで導師にしか伝えられん譜術をシンクが使ってたんだろね。
 まあ……森で見たのは大層な威力もってたことだし、使えそうだからって理由で、ヴァン辺りが勝手に盗み出したってところだろうか。

 そんな風に考え込んでいると、俺達の会話を黙って聞いていたフリングス少将が口を開く。

「わかりました。城下に宿を取らせましょう。しかし陛下への謁見が……」
「皇帝陛下には、いずれ別の機会にお目にかかります。今はガイの方が心配です」
「わかりました。では部下を宿に残します」

 少将の指示に、数人のマルクト兵がイオンに従う。
 俺も肩に担いでいたガイを彼らに渡しながら、頼みますと小声でお願いしとく。
 兵士達は本来なら敵国の人間にかけられた言葉に少し戸惑ったようだが、最後には頷きを返してくれた。

「私も行きますっ! イオン様の護衛なんですから」

 慌てて同行を宣言するアニスに、お願いしますね、イオンが苦笑を浮かべ同意した。

「ガイのやつ大丈夫かね……」
「ええ。それにしても、人間を操るなんて、許せませんね」

 まあ、イオンがどうにかできるらしいから、そんなに心配することはないだろうけどな。
 そんな風に楽観的に構えていると、宿屋に向かおうとしていたイオンの足が突然止まる。

「ナタリア……いずれ分かることですから、今、お話しておきます。カースロットというのは、けして意のままに相手を操れる術ではないんです」

 へっ? 意のままに操れる術じゃないだって? 
 ナタリアも同じことを思ってか、イオンに真意を尋ねる。

「どういうことですの?」
「カースロットは、記憶を揺り起こし理性を麻痺させる術。つまり……元々ガイにあなたへの強い殺意がなければ、攻撃するような真似は出来ない。……そういうことです」

 なん、だと。俺はイオンの顔を覗き込む。そこに嘘を言ってるような気配は微塵も感じられない。

 ……本当だって、言うのか。

 イオンから告げられたカースロットの真実に、ナタリアの顔が青ざめる。

「……そんな……」
「解呪が済むまで、ガイに近寄ってはいけません」

 イオン自身も、そうした注意を告げるのが心苦しいのか、沈痛そうな面持ちで顔を伏せる。
 それ以上の言及を避けるように俺たちに背を向け、足早にこの場を去った。

 去っていくイオンの背中を見送り、俺達は無言のままその場に立ち尽くす。

「よろしければ、しばし城下をご覧になってはいかがですか? 街の外には出られませんが、気を落ち着けるにはその方が……」

 少将がナタリアの様子を伺い、そんな提案をしてくる。

 確かにナタリアの状態を見る限り、間を空けないことにはどうしょうもないか。
 相手からのありがたい申し出に、俺も感謝の意を込めて頷きを返す。

「すんません……そうさせて下さい」
「わかりました。それでは我々は城の前に控えていますので、声を掛けて下さい」

 少将はそう言い残し、少し心配そうに俺たちの様子を伺いながら、この場を去った。
 残された俺達の視線は、否応なしにナタリアに向かう。

「……少し、一人にさせて下さい」

 ふらふらと離れていく彼女を咄嗟に追いかけようとして──俺はその一歩を踏み出せない事に気付く。

「ルーク? 追いかけないの?」
「俺は…………」

 ティアが俺の背中を押すような言葉をかけてくれたが、俺はそれに答えようと口を開くも、その先に続く言葉が見つからなかった。

 ──俺は彼女の求めたルークじゃない……──

 一瞬脳裏を過った考えがどうしても打ち消せず、俺はたった一歩が踏み出せない。

「……俺も少し、一人にさせてくれ」

 結局出て来たのは、そんな誤魔化しの言葉でしかなかった。

 自分の情けなさに、正直反吐が出る思いだな……くそっ。

「……ガイ……」

 親友の名を呟くが、当然返事があるはずもない。
 行き場を無くした呼び掛けだけが、帝都の街並みに虚しく響いた。




              * * *




 譜術によって巻き上げられた水が勢いよく流れ落ちる。
 虚空へ飛び散った水滴が微細な霧となって周囲を包む。

 水の都とはよく言ったもので、水上都市であるグランコクマの空気はどこか澄んだものを感じさせた。譜業によって囲まれたバチカルとの違いに、自分も遠いところまで来たもんだと考えさせられるね。

 そんなどうでもいいことが頭に浮かぶのは、俺が動揺を抑えようとしている証拠だろう。

 こんな意味のないこと考えていても、気分が晴れるはずもないってのにな。自嘲の笑みが浮かぶ。

「……」

 俺は一人噴水を眺め、思考に沈む。

 前へ進もうと誓った。
 あの誓いに嘘は無い。

 あの七年間は他の誰でも無い俺の過ごししたものだ。
 この想いに偽りは無い。

 それでも、俺以外の人間がどう思っているかまでは……正直、わからなかった。

 結局俺があいつと入れ代わっていた事実に変わりは無い。ガイはそんな俺を親友だと受け入れてくれた。ナタリアも戸惑いながらも、俺をルークと呼んでくれた。

 だが、俺はそんな二人のことさえ、碌にわかっていなかったんだな……。

 ウジウジした考えを否定しきれないでいると、不意に、俺は自分の後ろに立つ誰かの気配を感じる。振り返るまでもなく、俺にはそいつが誰かわかった。

 俺はため息混じりに顔を上げる。

「……一人にさせてくれって、言ったよな」
「約束したわ。あなたを見ているって」

 俺の遠回しな拒絶にもまるで怯んだ様子も見せず、ティアは応えた。その先に何か小言が続くのかと意識を向け続けるが、彼女はそれ以上なにを言うでも無く、ただ静かに俺の後ろに佇んでいる。

 ……気を遣われちまったな。

 彼女の不器用な気遣いに、胸の内に苦笑が浮かぶ。約束を前に押し出していても、ただそれだけじゃないことぐらい俺にもわかる。
 だから、気付けば口を開いていた。

「……コーラル城で、言ったよな。俺はガイの親ついて、なにも知らなかったってさ」

 両親が既に死んでいたというガイ。コーラル城の譜業機関が設置されていた部屋で、俺は初めてその事実を知った。

「両親を亡くしてたことも知らなかったし、誰かを……殺したい程憎んでたことも知らなかった」

 七年間の付き合いの間に、俺が知るべきものは無数にあった。本当に……俺はどれだけのものを見落としていたんだろうな。もし、これが俺じゃなく、あいつだったなら……

「アッシュなら、わかってやれたのかもしれねぇ……そんなしみったれた考えが、どうしても否定しきれなかった。アホだよな、俺。ナタリアがあんな状態だってのにさ。情けないことに足が踏み出せなかったよ」

 自嘲の笑みが浮かぶのをどうしても止められない。

 俺の言葉を吟味するように少し間を置いた後で、背後からティアの言葉が届く。

「……あなた達三人が、私は少し羨ましい。ユリアシティに暮らす人々は、どこか私とは距離を置いていたから」

 彼女は俺の思いもしなかった言葉を語りかけてきた。

「あなた達三人が過ごした時間に偽りは無い。ナタリアの約束した相手があなたでなかったとしても、あなたはここに居る。他の誰でもない……あなたの言葉を彼女に掛けることは出来る。
 ここで一人考え込んでいても、何も変わらない。あなたなら……それがわかっているはずよ」

 背中越しにかけられた彼女の言葉はどこまでも厳しく、同時にどこか優しさを感じさせる。

「ナタリアを探しましょう、ルーク。……私も、居るから」

 最後の言葉に、俺は気付けば振り返っていた。彼女の瞳に、俺の姿が映る。

 まじまじとティアの顔を見据えていると、彼女の頬が朱に染まる。

「な、なに?」
「やっぱ……ティアは凄いな」

 どうしてこうも……俺のかけて欲しい言葉を言ってくれるんだろうね。

 彼女にはよく意味がわからなかったようで、不可解そうに目を瞬かせている。

「どういうこと?」
「いや……なんでもねぇよ」

 俺は目を伏せて、口元に微かな笑みを浮かべた。

「僕達も居るですの~」
「ぐるぅぅう」

 続けて放たれたコライガ達の能天気な声に、場の空気が一気に軽くなる。
 さっきまであれほどまでに悩んでたのが、馬鹿らしくなってくる。

「ま、確かにそうだよな」

 他の誰でも無い。俺にできることをやる。つまりは、いつも通りの俺でいいってことだよな。

かぶりを振って、陰気な考えをふき飛ばす。

「そんじゃ、ナタリアを探すとするかね」

 未だ納得いかなげなティアを尻目に、俺は気分も新たに勢いよく、その一歩を踏み出した。




              * * *




 マルクトの港に立ち、ナタリアは一人海を見据えていた。

 なんとなく掛ける言葉が思いつかず、俺は無言のまま彼女の隣に並ぶ。

「私は……至りませんわね」

 しばしの沈黙の後、彼女は不意にそう言葉を洩らした。

 至らない……か。自分が気付いてやれなかったことを気に病んでるだろうか。考える方向性まで似ているとは、参ったね。思わず苦笑しそうになるが、ここで笑うのはさすがに場違いだ。

 だから、俺は自分の考えをナタリアに伝えることにした。

「……誰かを殺したいほど憎む気持ち。俺も、わからないわけじゃねぇんだ」

 ナタリアがはっと顔を上げる。

 ───ヴァン・グランツ。

 俺に七年もの間剣を教えた師匠にして、アクゼリュスを俺に崩落させた六神将の長。

「ヴァンに裏切られた瞬間、俺の中に沸き上がった感情は、どう贔屓目に見ても、殺意としか言いようがなかったな。あの感情は……一度抱いたら滅多なことじゃ忘れられねぇとも思ったよ」

 もし奴が目の前に現れたなら、俺は自分でもなにをするのかわからないだろうな……。後半は言葉にはせず、顔を伏せる。ナタリアはなにも言わず、俺の言葉の続きを待ってくれている。

 でもさ、と俺は重苦しい口調を一転、伏せていた顔を上げて言葉を続ける。

「今は、それよりも知りたいって気持ちが強いんだ。どうしてヴァンは俺にあんなことをさせたのか、その理由が知りたい。奴の話しを聞きたい」

 憎しみが消えた訳じゃない。それでも感情の全てが、憎しみに占められている訳でもない。

「だから、まずガイと話そうぜ。あいつがなにを抱えていたのかはわからねぇけど、それでもあいつはこの七年間、俺達と笑って過ごしてたんだ。あの笑顔に嘘は無いって、俺は信じられる。
 ガイが気付いたらあいつと話す。悩むのは、それからにしようぜ。俺も一緒に考えるからさ」

 もっとも、あんまり役に立たないかもしれないけどな、と俺は肩を竦めて見せた。

「ルーク……」

 俺の感情の赴くまま放たれた勝手な言い分に、ナタリアが初めて俺と顔を合わせた。彼女の碧眼が海の蒼を反射する。綺麗だなぁーと俺は素直に思った。

「ええ。そうですわね。まず彼と話す……悩むのは、それからですね」

 顔を上げて自らの思いを口にするナタリアの様子に、ひとまず胸をなで下ろす。なんとか持ち直せたようだ。

 後は、実際にガイと話さないことには解決しないだろうが、その辺のことは心配していない。かつてがとうであろろうと、あいつが今も憎しみに囚われているなんてことはありえない。これだけは断言できる。

 いろいろと気に食わないところもあるが、それでも、俺はガイの親友だからな。

「それじゃ、謁見しに行くとするか」
「わかりましたわ」

 足どりも軽く歩き出す俺の後ろに続いて、ナタリアとティアがなにか言葉を交わしてる。

「……彼は、どこか変わりましたね」
「変わりたい……彼はそう言っていたわ」
「おそらく、ティアの影響を受けているのでしょうね」
「わ、私の影響?」
「少しだけ……悔しいですわね」

 なかなか動き出そうとしない二人に、俺は大声上げて呼び掛ける。

「おーい、早いとこ行こうぜ。結構待たしちまってることだしさ」
「ええ。わかっていますわ──ルーク」

 ナタリアは笑みを浮かべて、自然とその名前を口にしていた。




              * * *




「よう、あんたたちか。俺のジェイドを連れ回して帰しちゃくれなかったのは」
「……は?」

 閉口一番放たれた訳わからん台詞に、俺は口をあんぐり開けて、呆気に取られる。

 言葉を無くした俺達の様子に、脇に控える高官が呆れたように額を押さえるのが目に入る。

「えーと、あんたがピオニー……陛下?」
「ルーク!」

 俺のあんまりにも不作法な呼び掛けに、ティアが諫めるように俺の名を短く叫ぶ。

 しかし、俺の気持ちもわかってほしい。だってそうだろ。マルクト帝国皇帝陛下がこんな気さくな兄ちゃんだなんて、いったい誰が思うよ?

 日に焼けた健康そうな体躯に、簡素ながらも仕立の良い衣装を身に包んでいる。王族としての威厳が無いわけじゃないが、それよりも先に親しみやすさを感じる

「おうよ。俺がピオニーだ。そう言うあんたはルークか。ふむ……」
「な、なんだ?」

 俺の顔をしげしげと見据え始めた兄ちゃんに、なんだか言葉にできない迫力を感じて気押される。

 しばらく俺を見据えていたかと思えば、マルクトの皇帝は唐突にニヤリと笑う。

「なに。あのジェイドに気を遣わせた大物の顔だ。一度じっくり拝ませて貰いたいと思ってたんでな」
「……へ?」

 ついで放たれたのは、まるで訳わからん言葉だった。ジェイドに気を遣わせる? そんな絶対的に不可能に近い偉業を成し遂げたような覚えは、俺の記憶には無いがね。

 なんの冗談だと一人首を傾げていると、ジェイドが苦虫を噛み潰したような表情で額を押さえる。

「……陛下。冗談でもそういうことを仰るのはお止めになって下さい」
「ハハッ、全部が全部冗談ってわけでもないんだがな。ま、アホ話してても始まらんか」

 ひとしきり笑うと、ピオニー陛下の表情が引き締まる。
 どこか重々しい空気が場を見たし、重厚な声音が謁見の間に響く。

「本題に入ろうか。ジェイドから大方の話は聞いている……」

 皇帝がそう切り出したのを皮切りに、俺達は帝国側の動向を説明された。

 なんでも帝国側でもセントビナーの地盤沈下については把握してるらしい。それならさっさと住民を避難させればいいと思うが、事はそう簡単ではないようだ。

「何故ですの、陛下。自国の民が苦しんでおられるのに……」

 ナタリアの疑問に、大佐がメガネを押し上げ表情を隠す。

「キムラスカ軍の圧力があるんですよ」

 そう告げた大佐に続けて、脇に控える将軍がなにかを読み上げる。

『王女ナタリアと第三王位継承者ルークを亡き者にせんと、アクゼリュスごと消滅を謀ったマルクトに対し、遺憾の意を表し、強く抗議する。そしてローレライとユリアの名のもと、直ちに制裁を加えるであろう』

 事実上の宣戦布告の言葉だった。

 予測していなかった訳じゃないが……それでも現実として目の前に突き付けられると、動揺を感じる。

「父は誤解をしているのですわ!」

 ナタリアの抗議の声も、俺にはどこか遠く感じられた。

 ──スコアに詠まれていたことだ──

 俺が親善大使に選ばれたとき、告げられた言葉が俺の耳から離れない。

 ナタリアとは対照的に沈黙する俺に、ジェイドが視線を向けてくる。将軍とナタリアの言い合いを目線で示し、俺は大佐に止めてくれと訴える。

 ジェイドはやれやれと肩を竦めた後で、二人の間に割って入ってくれた。

「ナタリア、落ち着いてください。アクゼリュスの件は皆把握しています。本当にキムラスカが戦争のためアクゼリュスを消滅させたのかは、この際重要ではないのです」

 ジェイドが仲裁に入り、俺たちはひとまず問題点を整理することになった。

 議会が動かないことには動きようがない。そもそも皇帝自身も、ジェイドの報告を聞くまでは、キムラスカが超振動を発生させる譜業兵器を開発したと考えていた。故に、救援を差し向けた途端、セントビナー諸共消滅されられるのではという危惧を止められないという。

 改めて突き付けられた問題に、俺たちは考え込む。

 つまり軍を動かすわけには行かないってことか。だが、セントビナーにはマルクト軍の基地があったはずだ。それなら、最悪セントビナーを放棄しろって皇帝からの命令があれば、住民の避難に協力してもらえるかもしれない。

 そんなことを思いついて口を開こうとした瞬間、ナタリアが俺の前に出る。

「どうしても軍が動かないなら、私達に行かせて下さい。それなら不測の事態にも、マルクト軍は巻き込まれないはずですわ」

 皇帝はナタリアからの訴えに、驚いたように僅かに目を開く。
 しばし考え込むような間を置いた後で、ナタリアを見据えながら皇帝は顎を撫でる。

「……驚いたな。どうして敵国の王族に名を連ねるお前さんが、そんなに必死になる?」
「敵国ではありません! 少なくとも、庶民たちは当たり前のように行き来していますわ。それに、困っている民を救うのが、王族に生まれた者の義務です」

 ……王族たるものとしての責務を果たそうとする、か。

 たとえ王族だろうが、滅多に言い切れない言葉だ。そんな言葉を躊躇うことなく言い切れるナタリアの姿を、俺は少しの眩しさを感じながら見つめた。

「……そちらは? ルーク殿」

 将軍の問い掛けに、皆の視線が俺に集まる。

「俺の理由……か」

 瞼を閉じて、俺は自分の理由を改めて見つめなおす。

 脳裏に過るのは、アクゼリュス崩落の記憶。剣から流れ込んだ大量の死。気が狂いそうになるほど、響きわたる死にたくないという人々の悲鳴。すべてが、俺に訴え掛ける。

 なぜ、自分たちを、殺したのかと。

「アクゼリュスは……俺の手で崩落した」

 どんな要員が絡まっていようが、あれは俺の背負った罪だ。これだけは、誤魔化すことはできない。

「今回の事態も、まったく俺が関係してないわけじゃない。俺は……あんな思いをするのはもう二度と御免だ。セントビナーの崩落を直接的に引き起こしたのが俺じゃなかったとしても、そこに居る連中を助けたいって思う。……敵国とか、そうじゃないとか、正直俺にはよくわからねぇよ。
 ただ、目の前に救えそうな人間が居るなら、手を出したい」

 こんな俺なんかでも、救える命があるなら救いたい。

「……そう思うのは、そんなにおかしいことなのか?」

 マルクト皇帝の顔を見返して、俺は逆に問い返していた。

 皇帝はしばらくの間、面白そうに俺の言葉を吟味していたが、不意に不敵な笑みを浮かべた。

「とことん甘い考えだが……そうだな。当然、おかしくないわな」

 俺の支離滅裂な答えに、皇帝は満足そうに頷いた。ついで脇に控える将軍に、顔を向ける。

「どうだ、ゼーゼマン。お前の愛弟子ジェイドも、セントビナーの一件に関してはこいつらを信じていいと言ってるぜ」
「陛下。『こいつら』とは失礼ですじゃよ」

 二人のどこか惚けたやり取りに、先程までの圧迫感が一瞬で霧散し、場の空気が軽くなる。

 ジェイドが僣越ながら、と二人の話しに口を挟む。

「セントビナーの救出は私の部隊とルークたちで行い、北上してくるキムラスカ軍は、ノルドハイム将軍が牽制なさるのがよろしいかと愚考しますが」
「小生意気を言いおって。まあよかろう。その方向で議会に働きかけておきましょうかな」
「恩に着るぜ、じーさん」

 将軍がジェイドの提案に同意し、皇帝は軽口を叩いている。

 どうやら、なんとかなりそうだな。

 次々と決定されていくエンゲーブの救出計画に、俺たちもようやく安堵する。

 最後に皇帝は俺たちの瞳を真剣な表情で見据える。

「……俺の大事な国民だ。救出に力を貸して欲しい。頼む」
「全力を尽くすぜ」
「私もですわ」
「御意のままに」

 俺たちの返答に深く頷き返すと、マルクトの皇帝は勢いよく玉座から立った。

「──よし、俺はこれから議会を招集しなきゃならん。後は任せたぞ、ジェイド」

 踵を返し、皇帝は機敏な動作で謁見室を去っていた。

 あれが……王族か。

 国民の命を双肩に課せられた人物。ちょっとしか話せなかったけど、なかなかの傑物だったように俺には思えた。預言に頼りきっていないからか、それとも今の俺がキムラスカに思うところがあるせいか。

「やれやれ、大仕事ですよ。一つの街の住民を全員避難させるというのは」

 皇帝が完全に去った後、俺達の下に近づいてきたジェイドが、厄介なことになったと被りをふった。

「弱音を吐くなんて、ジェイドらしくないぜ?」

 俺が笑みを浮かべ揶揄すると、ジェイドは軽く肩を竦めて見せた。

「冷静に事実を述べたまでですよ。それにしても……」

 一旦言葉を切って、ジェイはどこか苦笑染みた表情を浮かべた。

「私の予測を上回るとは……やはり面白い人ですね、あなたは」

 面白いって、そりゃネタとして飽きないってことか? それはそれで、どうにも複雑な気分だ。

「まぁ……ともかく、具体的にはこれからどうするんだ?」
「陛下のお話にもありましたが、アクゼリュス消滅の二の舞を恐れて、軍が街に入るのをためらっています。まずは我々がセントビナーへ入り、マクガヴァン元元帥にお力をお借りしましょう」
「ああ、そっか。さっきの将軍が守備を引き受けてくれるから、セントビナーの軍人も手を貸してくれるのか」
「……よく気づきましたね」

 また、それかい……。

 もはや最近お馴染みとなってきた言葉に、俺はがくりと肩を落とす。

「はいはい。そうでしょうよ。……ったく、そんなに俺は考え無しに見られてたのかよ」

 俺のぶつぶつ洩らした愚痴に、さすがのジェイドも失笑を洩らす。

 ともあれ、ジェイドの具体的な指示で、なにをするのかわかったのだ。気を引き締めていかないとな。

 アクゼリュスの二の舞は……もう御免だ。

 いろいろと細かい打ち合わせをしながら歩き出そうとしたところで、ティアが言い難そうに告げる。

「その前に、ガイやイオン様たちの様子を見ないと……」

 ナタリアの足が止まり、わずかにその身体が強張るのがわかった。

「ナタリア……」
「大丈夫ですわ、ルーク。ガイと、話しましょう」

 そこには俺のよく知ってる、決して諦めないと瞳で語るナタリアの姿があった。

 やれやれ……ガイのやつめ。俺たちにこんな心配かけさせるとは、宿であったら覚えてやがれよ。

 頭の中でガイに語りかけると、想像の中でガイはどこか困ったような表情を浮かべていた。




              * * *




 いろいろと覚悟は決まったわけだが、宿屋の前まで行くと、さすがに俺たちの間を緊張が漂う。

「ご苦労」
「はっ。導師のお許しは出ています。どうぞ」

 兵士が敬礼を返し、中への扉を開く。

 俺たちは宿屋の中に足を踏み入れた。

 宿の奥まった部屋、寝台に腰掛けたガイの姿があった。

「ガイ、もう大丈夫なのか?」
「ああ……迷惑かけちまったな。特にナタリア、すまなかった」

 やはりナタリアの姿はどこか沈んで見えたんだろう。ガイは真っ先にナタリアへ向けて、頭を下げた。

「いえ……私の方こそ……」

 少し躊躇いながら、言葉を選ぶように謝罪の言葉を探すナタリアの台詞を、ガイが手を上げて制する。

「そうじゃない。そうじゃないんだ」

 首を振って、謝ろうとするナタリアの行動を否定した。

 集まった視線の中、ガイはなにか決定的な判断を躊躇うかのように、少しの間、瞼を閉じる。

 再び目が開かれたとき、ガイの瞳には覚悟の光が宿っていた。

「俺は……マルクトの人間なんだ」
「え? ガイってそうなの?」

 アニスの場の空気を無視した軽い合いの手に、ガイは少し苦笑を浮かべたが、そのまま言葉を続ける。

「ああ。俺はホド生まれなんだよ。で、俺が五歳の誕生日にさ、屋敷に親戚が集まったんだ。んで、預言士が俺の預言を詠もうとした時、戦争が始まった」
「ホド戦争……」

 ティアがどこか哀しげに呟く。そう言えば……ティアもヴァンも、ホドが故郷だったか。

「そう。あの戦争でキムラスカの奴らに、公爵が率いる軍に俺の家族は殺された。家族だけじゃねぇ。使用人も親戚も……すべてあの戦争で、無くしちまったんだ」
「あなたが公爵家に入り込んだのは、復讐のためですか? ──ガルディオス伯爵家、ガイラルディア・ガラン」

 ジェイドの斬り込むような鋭い言葉に、ガイが驚いたと両手を上げる。

「うぉっと。ご存知だったって訳か」
「ちょっと気になったので、調べさせてもらいました。あなたの剣術は、ホド独特の盾を持たない剣術、アルバート流でしたからね」
「正確には、俺が使ってるのはアルバート流から派生したシグムント流……いや、シグムント派とでも言うべきものなのかな」

 なにかを懐かしむように、目を細めて見せた。だがすぐに、後悔するように瞳を伏せる。

「大佐のいった通り、俺は最初、公爵に俺と同じ思いを味わわせてやるつもりだったんだ。そのために、屋敷に入り込んだ。そうして屋敷で虎視眈々と機会を狙ってたわけだったんだが……」

 顔を上げたガイの表情には、苦笑が浮かんでいた。

「おかしなもんで、お前ら二人と付き合ううちに、俺は復讐しようなんて気持ちは忘れちまったよ。いつのまにか、ルークとナタリアの二人と、本気で友達になってたんだ。七年間、そうして一緒に過ごしてきた中で、憎しみは消えたはずだったんだがな……心の底では、まだキムラスカに思うところがあったのかもしれない」

 再び真剣な表情になって、ガイはナタリアに頭を下げた。

「本当に……すまなかった、ナタリア」

 頭を上げようとしないガイに、ナタリアがそっと手を伸ばす。

「いいえ……いいのです、ガイ。頭を上げて下さい。私の方こそなにも気付かず、あなたを苦しめていたのですね」

 顔を上げたガイの掌をとって、ナタリアが視線を合わせる。

「だから、私にも言わせて下さい。ごめんなさい……ガイ」
「ナタリア……」

 どうやら、二人は仲直りできたようだ。

 だが、俺はガイの言葉を聞いて、どうしても確かめなければならないことができた。

「ガイ……一つ聞かせてくれ。カースロットは人間の記憶を掘り起こし理性を麻痺させる術だ。ホドを直接攻めた公爵家の人間じゃ無くて、ナタリアに斬りかかったのは……俺がレプリカだったからか?」

 問い掛けながら、ガイに視線を向ける。実際に聞きたいのは、そんなどうでもいいことじゃない。ただ、俺は聞きたかった。俺がレプリカだから友達になれたのか、聞かずにはいられなかった。

 俺の瞳を真っ向から見返し、ガイが俺の考えを見抜いたのか眉間に皺を寄せる。

「今度そんなこと言ったら、本気で殴るぞ」

 どこか怒ったようにガイの瞳が燃える。だがすぐに、なにかを躊躇うように瞳の光が揺らぐ。

「……そりゃ、全く関係ない訳じゃないとも思う。それでも、俺が憎しみに囚われなくなったのは、お前がレプリカだったからなんかじゃない。この二年の間、ずっと前を向くのを止めようとしなかった……ルーク、ナタリア、屋敷の人たちの姿を目にして……俺は過去を振り切ろうって、思い切れたんだ」

 瞳を逸らさず、ガイはかつて過ごした日々を懐かしむように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「決してルークを見捨てようとしなかったナタリア。あんな経験をしながら、最後には自力で立ち上がったルーク。そんなお前たち二人を見ていて、俺は憎しみを捨てようって思えたんだ。
 ──ようするに、敵国がどうとか仇だとか考えるのが、馬鹿らしくなったってことだな」

 軽い口調で、最後にはそう肩を竦めて見せた。俺が皇帝に問いかけた言葉と、どこか似ているな。

「……馬鹿らしいか」
「ああ、馬鹿らしい。そう思うだろ?」

 俺とガイは同時に吹き出して、笑い合う。俺達につられるようにして、ナタリアも笑みを浮かべた。

 復讐を誓ったガイが、当時どれだけの決意で屋敷に乗り込んできたのかはわからない。それでも、ガイはかつて失った過去よりも、俺たちと過ごした日々を取ってくれたんだ。

 軽い言葉の裏に隠された想いの深さに、ここはもう……笑うしかないってもんだろ?

「さて。いい感じに落ち着いたようですし、そろそろセントビナーへ向かいましょうか」

 意味もなく笑い合う俺達三人に向けて、ジェイドが出発を促す。

 確かに崩落が迫ってるんだ。こんなとこでいつまでも馬鹿笑いしてる訳にはいかないか。

「あ、イオン様はカースロットを解いてお疲れだし、危険だから 私とここに残りま~す」

 手を上げて主張したアニスに、イオンが異を唱える。

「アニス。僕なら大丈夫です。それに僕が皆さんと一緒に行けばお役に立てるかもしれません」
「イオン様!?」
「アニス。それに皆さん。僕も連れて行ってください。お願いします」

 一人驚愕するアニスを尻目に、イオンが俺たちに頭を下げた。

「ヴァンがイオンを狙ってるなら、どこだろうが危険だし……俺は連れて行っていいと思うけど?」
「目が届くだけ、身近の方がマシということですか? ま、仕方ないですかね」

 大佐も同意を返し、イオンが同行することが正式に決定した。

「もうっ! イオン様のバカ!」
「大丈夫ですよ、アニス」

 アニスの悲痛な叫びにも、イオンはニコニコ笑いを浮かべたまま、呑気に請け負うのであった。

 まあ、純粋なのはいいけど、もう少し危険に敏感になって欲しいもんだ。

 まるで危機感の無いイオンンの笑顔に、つい、俺もそんなことを考えてしまうのであった。




              * * * 




「ですから父上、カイツールを突破された今、軍がこの街を離れる訳にはいかんのです」
「しかし民間人だけでも逃がさんと、地盤沈下でアクゼリュスの二の舞じゃ!」
「皇帝陛下のご命令がなければ、我々は動けません!」

 マルクト軍のベースキャンプで、親子ほど歳の離れた軍人と老人が激論を交わしていた。部屋に入った俺たちの姿にも、気付く様子が無い。

「あー……ピオニー皇帝の命令なら出たぜ」

 どうしたものかと思いながら発した俺の言葉に、二人の視線がこちらを向く。ついで、軍人の視線がジェイドを映し、驚きに目を見開く。

「カーティス大佐!? 生きておられたか!」
「して、陛下はなんと?」

 軍人の方は大佐の生存情報に固まっていたが、老人の方は落ち着いたもので、冷静に俺たちの言葉の続きを促した。

「民間人をエンゲーブ方面へ避難させるようにとのことです」
「しかし、それではこの街の守りが……」

 大佐の言葉に我に返って抗弁する軍人に、ジェイドがまだ先があると言葉を続ける。

「街道の途中で私の軍が民間人の輸送を引き受けます。駐留軍は民間人移送後、西へ進み、東ルグニカ平野でノルドハイム将軍旗下へ加わって下さい」
「了解した。……セントビナーは放棄するということだな」

 どこか苦々しげながらも、命令なら仕方ないとその軍人は頷いて、部屋を後にした。

「さて、私達も動きますか。エンゲーブ方面へ住民を誘導するのに、人手があって足らないということはないですからね」

 そんな大佐の言葉を皮切りに、俺たちはセントビナー住民の避難に向けて動き始めた。

 もともとアクゼリュスでこういう活動を想定してたからか、思ったよりも順調に誘導は進んだ。

 あとは俺たち同様、住民の避難活動を手伝ってくれていたマクガヴァン老以下、街の人たちを残すばかりってとこまで行き着いた。意外となんとかなるもんだと、張りつめていた気が少しだけ緩むのを感じる。

「それではマクガヴァン元帥。あなた達もそろそろ……」

 避難して下さい、とジェイドが続けようとしたところで、視線も鋭く上空の一角を見据える。

 何事だと思いながら、大佐の視線を追う。視線の先、空の一転に影が生じた。急速に迫り来る巨大な影は一切速度を落とさぬまま進み行き──マクガヴァン老の家に突っ込んだ。

「な、何だ……!?」

 突然の出来事に、誰一人動き出せないまま、事態は進み行く。

 マクガヴァン元帥の家屋の瓦礫を撒き散らし、飛び出したのは──巨大な譜業兵器の存在だった。

 頭の方に迫り出した操縦席のようなものの上に立ち、白髪メガネが高笑いを上げる。

「ハーッハッハッハッ! ようやく手に入れましたよっ!!」

 耳障りな声を上げながら、突き出されたディストの手に握られているのは、一振りの槍。どこか血に濡れたような朱色に彩られた刃が、ギラついた光を放つ。

「あれは我が家の家宝、プラッドペイン!」

 マクガヴァン老の言葉に、ジェイドが視線も鋭くディストを睨む。

「この忙しい時に……。昔からあなたは空気が読めませんでしたよねぇ」

 大佐の厭味な言葉で、ディストはジェイドの存在に初めて気付いたといった様子で目を見開く。

「おや、そこに居るのはジェイドじゃありませんか? これはいい! もののついでです。導師イオンを渡していただきましょうか!!」

 キモイ動作で差し出された掌の上で、薔薇が地上に舞い落ちた。

 大佐がうざそうに薔薇の花びらをたたき落とし、満面の笑顔で顔を横に振る。

「お断りです。……それより、元帥の家から盗み出したそれを、いったいどうするつもりです?」
「ムキー! 私がなにをするかなどあなたにはどうでもいいことなのでしょう!! ネビリム先生のことを……諦めたあなたには……」

 ネビリムという名前を発した瞬間、ディストの表情が一瞬曇る。
 大佐がわずかに動揺したように瞳を揺らし、メガネを押し上げ表情を隠す。

「お前は……まだそんな馬鹿なことを!」
「さっさと音を上げたあなたにそんなことを言う資格はないっ! もう、お話の時間は終わりです!!
 ──さあ、導師を渡して貰いましょうかっ!!」

 叫ぶと同時、譜業兵器の迫り出した部分が沈み込み、槍を手にしたディストの姿が内部に消える。

『───奏器駆動機関、起動シマス』

 機械的な音声が周囲に響き、譜業機関が駆動音を立てながら動き出す。



 闇が、生まれた。



 何処とも知れぬ場所から生じた漆黒の闇は急速に譜業兵器を包み込む。闇の現出は兵器を完全に覆い尽くした後も止まらない。溢れ出した闇の残滓が大地に流れ込む。流出した闇の先端部分は、まるで生き物のように地面の上をビチビチと跳ね回り、醜悪な動作で蠢き回る。

「これは……異常なまでの第一音素の高まりを感じる」

 ジェイドが闇を見据え息を飲む。ついで視線も鋭く俺たちに忠告を発する。

「皆さん、気をつけて下さい。どうやら、いつものディストとは違うらしい」

『ハーッハッハッハッ! 第一奏器を内蔵せしカイザァーッディストッ! CH!! の力の前に平伏しなさい、ジェイド!!』

 地面を跳ね回っていた闇の触手が一斉にその先端をもたげ、譜業兵器の前面に展開される。闇の触手はその先端を鋭く捩じらせながら、放たれるのを待ち望む矢のごとく後方に引き絞られる。

「──ティア、譜歌をお願いします!」

 大佐の指示に疑問を返すでも無く、ティアが即座に譜歌を歌い出す。彼女もまた、目の前の譜業兵器の異様さに気付いているからだろう。

 譜歌の美しい旋律と、闇の触手が地面を這いずり回る音だけが、周囲を満たす。

 譜歌の完成まで残すところ後僅かというところで、解放の時を今か今かと待ち望んでいた闇の触手が、不意にその動きを停めた。

「来ます!」

 醜悪なりし闇の触手は、豪雨のごとき奔流となって降り注ぎ───

 俺たちの視界を、埋め尽くした。



  1. 2005/08/28(日) 20:15:08|
  2. 【家族ジャングル】  第四章
  3. | コメント:0

第4話 「漆黒の闇 ─ソリスト─」


 僅か数センチ先の空間を闇の触手が跳ね回る。

 触手が俺たちを貫くかと思われた──正にその瞬間、間一髪で譜歌は完成した。
 展開された障壁に遮られた先で、闇の触手が悔しげにその身を捩らせる。


『む、なかなか鋭い反応ですね。ならば、こちらから攻め込むとしましょうか』


 漆黒の闇に覆われた譜業兵器が、無骨な鋼鉄の足を踏み出す。
 一歩進み出る毎に本体から溢れ出した闇の残滓が周囲を蛇のようにのたうち、地面を這いずり回る。


 ──アレはやばい。


 常にヴァンと行っていた生死を強く意識した訓練で、無意味なまでに高まった俺の危機察知能力が、最大限の警鐘を鳴らしてやがる。
 正直、見ているだけで背筋に怖気が走る光景だ。


「……なんなんだ、アレは?」

 全身に怖気が走るのを感じながらのつぶやきに、大佐が譜業兵器に視線を据える。

「見たところ……動力部から汲み出した第一音素を、半ば物質化するまで集束させ、譜業兵器の装甲にまとわせているようですが……実際の効果の程は未知数ですね。正直、私もこんな術は知りませんし」

 大佐にも見当がつかないのかよ。本気で意味わからんと俺は闇を凝視する。

「しかし……機動性はかなり低いようですね」

 さっきから譜業兵器がこちらに近づこうと動いているのだが、一歩を踏み出すだけでもかなりの時間がかかっている。
 どうも地面をのたうち回ってる触手が譜業兵器の動きを阻害してるようだな。

 ん? あの触手……見た感じだと剣でも弾けそうだな。大佐の分析だと第一音素の塊だって話だが。

「さっき物質化とか言ってたけど、あのキモイ触手、剣とかでも叩き落とせるってことか?」
「そうですね……引きずられた触手が地面に跡を残しているので、剣で触れることも可能でしょう。地面に接触した部分を見る限りでは、特にこれと言った特殊な効果も無さそうですしね」

 今の所はですが、と最後に付け足して大佐は肩を竦めて見せた。
 なるほど。ともあれ、あの量を捌けるなら、前衛が動いても大丈夫ってことか。
 俺は剣を構え、一歩前に進み出る。俺の動きに、皆の視線が集まる。

「とりあえず、俺とガイが突っ込んでみる」
「俺も!?」
「雨みたいに降り注ぐ触手の中で動けんのは、完全な前衛の俺らぐらいなもんだろ。諦めろ、ガイ」
「……まあ、仕方ないかね」

 嫌そうに顔をしかめ、地面をのたうち回る触手を見やりながら、ガイが刀を肩に担ぎ、了承を示す。

「大佐は相手の反応を探ってくれ。ティアとナタリア、それにアニスは適宜援護頼む。かなりマジで」

 あの量を捌くのは俺ら二人でも、さすがにギリギリの線なので、かなり切実に頼んでおく。

 皆もそれはわかっているのか、深く頷いてくれた。

「障壁を解くタイミングはどうするの? 一応、私に伝えてくれれば、その瞬間に解除できるけど」

 ティアの申し出に、俺は一瞬考えた後で、すぐに答えを出す。

「ガイ、頼めるか?」
「ん? 俺でいいのか?」
「俺より、いろいろと良さそうだからな。……特に運とか」
「…………運か」

 これは参ったとガイが額を抑えた。ちなみに冗談とかではなくて、本気だ。

 一瞬でもタイミングを間違えれば、飛び出たところをディストに狙い撃ちにされて、見事な昆虫標本が出来上がることだろう。

 かなり運の要素が高い判断に、ここはやっぱ俺みたいな墓穴堀りまくり野郎よりも、ガイみたいな大吉男に任せたいのが正直な所だ。

「……飛び出す瞬間、私に合図して。そのとき解除するから」
「わかった。しかし、あの中に飛び込むのか……」

 ガイの言葉に、俺も改めて闇に視線を向ける。視線の先で、触手が地面を蠢いている。

 う……こうして改めて見ると、マジでキショすぎる。あれで本当に音素かよ、と疑念が沸き上がるのが止められない。

 そんな風に闇を見据えていると、少し間が空いた後で、ガイが俺に目配せをしているのに気付く。俺はそれに応じ、足に力を込めて、そのときを待つ。

「ティア、頼む!」

 障壁が消える。俺達は突進する。譜業兵器が俺たちに気付く。触手が蠢く。

 ……相手の攻撃の威力がどれほどのものかわからんが、いなす程度のことはできると信じたい。

『ハーッハッハッハッ! 自ら飛び出して来るとは潔いことです。一撃で仕留めて上げましょう!』

 前に出た俺たちに向けて、触手が降り注ぐ。

 俺とガイは隣だって並び立ち、上下左右から押し寄せる闇の触手を弾き、いなし、時にはかわして、しのぎ続ける。

 う……ってか、切りが無くないか……マジ……キツイ……

 考えてた以上に、圧倒的な奔流となって触手は押し寄せ続ける。

 俺は絶え間なく押し寄せる攻撃だけに集中してるのが耐えきれなくなって、防御の合間に思わず触手の発生源を見やる。

 げげっ! こりゃ、切りが無いはずだぁ……。

 なんとも呆れ果てたことに、譜業機関の装甲から地面に溢れ出した闇の先端から、次々と新たな触手が生み出されてやがるのが見えた。

 隣のガイに目配せする。すると同じ事実に気付いたガイの表情が一気に引きつるのがわかる。

 一応、後方から時折思い出したように矢とか譜術が放たれているのだが、触手の攻撃は一向に収まる気配を見せない。
 今のところ持ちこたえているが、弾いた触手と、新たに生み出される奴が合わさって、加速度的にその数を増していく。
 このまま行ったら押し切られるのはわかりきってるわけで……


 だぁーっ! もう、一か八かだ!!


「ガイ、ちょっとの間、頼んだぜっ!」
「な、ちょ、ルーク!? うおぃっ!!」

 悲鳴を上げるガイをその場に残し、俺は数歩後退する。


 こうして下がって見てみると、改めて敵の攻撃の異様さがわかる。

 集中してくり出される触手をガイが死に物狂いでさばいている。
 後衛からくり出された譜術が直撃し、数本の触手が引きちぎられる。
 触手はしばらくの間地面を跳ね回り、悲鳴のような音を残して消えた。

 ぶ、不気味な。マジで、なんなんだよ、アレは……。

 全身に鳥肌が立つのを感じながら、ともかく俺は考えていた行動にさっさと移る。


 刀身に音素をまとわせ、納刀する。
 譜業兵器を見据え、意識を研ぎ澄ませる。


 脳裏に蘇る。ティアから貰った音素学原論に記された内容。
 グランコクマに至るまでの間、船上で教えてもらった基本的な音素を感じる術。
 フォン・スロットへの取り込み方。意識的に操る術。


 腰を落とす。深く深く沈み込ませる。
 意識を集中する。細く細く練り上げる。


 体内にフォン・スロットの存在を感じる。大気に満ちる音素の流れを感じる。
 フォン・スロットを解放する。第六音素を体内に取り込む。


 鞘に納められた刀身に、片手を添える。


 昂った意識の中で、しかし思考は冷静なまま、俺は譜業兵器に向けて──駆ける。


『ハーッハッハッハッ! 正面から突っ込んで来るとは愚かですね!』


 耳には何も聞こえない。
 ただ闇をまとった譜業兵器を見据える。
 それ以外に視界に映るものはなにも無い。


『──死になさいっ!!』

 抜刀、刺突、音素解放。

《──翔破》

 闇に覆われた譜業兵器の装甲に、剣先が触れる。

《────裂光閃っ!!》


 膨大な光をまとった一撃が闇の衣とぶつかり合い──
 第一音素と第六音素の力の押し合いは一瞬の拮抗の後、呆気ない程簡単に崩れさった。


『なんですと~!?』


 光の奔流の前に装甲を覆う闇がごっそりと削り取られた。
 無防備となった譜業兵器の巨大な体躯がふき飛ばされ、轟音をあげながら瓦礫に激突する。

 土煙を舞い上げながら瓦礫の中に倒れ伏す譜業兵器を見据え、俺は独り言ちる。


「……これが、音素の流れを感じるってことか」


 かつていない威力を持った一撃に、自分でもちょっとばかし感慨深いもんを感じる。
 少しの間、両手を見下ろしていると、駆け寄ってきたガイが俺に向けてからかうように笑い掛ける。

「随分と凄い一発だったな、ルーク。俺一人にされたときはどうなることかと思ったぞ?」
「あー……まあ、なんも説明しなかったのは悪かったぜ」

 ばつが悪くなって頭を掻く俺に、ガイは軽く俺の肩を叩いて応じた。だがすぐに真剣な表情に戻る。

「で、やったと思うか?」
「……どうだろうな」

 相手も一撃で倒れるほど脆くはないだろう。
 そう言葉を続けようとした正にその瞬間、瓦礫がふき飛ばされる。

『ムキーッ! よくもやりましたねっ! ですが、このカイザァーッディストッ! CH!! にその程度の攻撃は屁でもありません!! なぜならば──』

 スピーカーから声が響くと同時、譜業兵器の装甲を再び闇の衣が覆い尽くす。

 なっ、再生しただって!?

『ハーッハッハッハッ! たとえ剥がれ落ちようとも、闇はより強固な力となって蘇るのですよ!!』

 高笑いするディストの言葉に、俺はどうしたもんかと大佐に視線を寄越す。
 大佐はディストの言葉に、じっと譜業兵器を観察していた。

 不意に、大佐の視線が譜業兵器の装甲に止まる。
 先程の一撃ではダメージを負っている様子を見せなかったと言うのに、闇に包まれた装甲には無数の亀裂が走っていた。


 闇は掻き消される前よりも、その濃度を増している。


「なるほど。そういうことですか」

 ニヤリと笑うと、大佐が俺たちに指示を飛ばす。

「ルーク、先程のように光属の技を、繰り返し放って下さい。ティアとアニスも、ルークと同じように光属の譜術をお願いします」

 言いながら、大佐も詠唱を始める。

 詳しい理由の抜け落ちた指示だったが、今は悠長に説明してるような余裕は無いってことか。

「ガイ、援護を頼む!」
「任せろ!」

 こうして、俺たちの反撃が始まった。

 譜業兵器そのものの動きは鈍く、本体からの攻撃は注意していれば避けられない程ではない。
 俺とガイは極力間合いを詰め、相手に闇の触手を放つ隙を与えない。
 どうもあの攻撃には少しのためが必要らしく、先程から相手は間合いを詰めた俺たちに対して、うるさそうに手足を振り回している。

 動きが止まった所を、背後から放たれた第六音素の譜術が直撃し、闇の衣を引き剥がす。
 俺も時折後ろに下がって、フォン・スロットに取り込んだ音素を載せた一撃を放つ。

『くっ! 無駄無駄無駄ぁといっているのがわからないのですかぁっ~!!』

 俺は音素を取り込み、技を放つ。間を開けずに譜術が直撃する。
 無意味とも思われる一連の攻撃は果てなく続き……

 ピシリ──

 もう何度繰り返したかもわからなくなった攻防の後、不意に奇妙な音がその場に響き渡る。

『へっ……?』

 ディストが間の抜けた声を上げた。

 一度響いた奇妙な音は、次々と重なり行く。
 譜業兵器の装甲には、無数の亀裂が浮かび上がっていた。

「貴重なヒント、ありがとうございました」

 大佐が慇懃無礼な態度で、礼を取る。
 引き剥がされる度に濃度を増して行った闇は、今やその牙を内に包み込んだ譜業兵器に向けていた。

『こ、こんな馬鹿なぁ~!!』

 とうとう周囲を包み込む闇の圧力に耐えきれなった装甲が、ベキベキと音を立てながら一斉に捲れ上がる。

 機関部に致命的な亀裂が走り、譜業兵器の中心に闇色の光が集い始める。
 集束した闇は一瞬の停滞の後──爆発した。

「覚えてなさい、ジェイドォ────ッ!!」

 そんな捨てぜりふを残し、ディストの姿はいつかのように、空へと消えた。
 さすがというべきなのか、譜業兵器の爆発に巻き込まれながらも、その手にはマクガヴァン邸から奪い取った槍が握られていた。


 なんというか、無駄に頑丈なやつだよな。


 呆れながら空に消えたディストを見送り、俺は大佐に視線を移す。

「……そんでジェイド。結局、どうなったんだ?」
「ディストの言葉通り、私達の攻撃を受け剥がされる毎に、あの闇は力を増しているようでした。ですが、皮肉なことに装甲の方が闇の圧力に耐えきれなかったようです。あの程度のことも見抜けぬまま、設計するとはねぇ。
 ま……今回ばかりはディストの間抜けさに助けられましたね」

 あの大佐が助けられたねぇ。その言葉だけでも、どれだけやばい相手だったかわかるってもんだな。

「……あの闇はいったいなんだったのでしょう?」
「私としても気になる所です。どうも動力に秘密がありそうでしたが……おや?」

 爆発四散した譜業兵器の残骸に目をやっていた大佐が、なにかに目をとめる。

「あれは……」

 残骸の中心、虚空に浮び上がる一本の杖が存在した。

「……杖」

 記憶が刺激される。俺はこれに似た物を、確かに見た覚えがある。

 なにかに操られるように、俺の足が杖に近づく。
 浮び上がった杖は、闇色の燐光を周囲に漂わせながら、時折鼓動を響かせている。
 先端部分が無数の輪に繋がれた、どこか錫杖じみた杖に向かって歩く。

「ルーク?」

 仲間が俺に呼び掛けるが、俺はそれらを無視して杖の前に立つ。

 杖に、手を伸ばす。

 ドクン──

 掌に伝わる鼓動を最後に、周囲を漂っていた燐光は、いつのまにか止んでいた。

 手の中の杖に視線を落とす。見た目はまったく違う。
 だが、似ている。

「……ヴァンがアクゼリュスのパッセージリングに、これと似た杖を突き刺してたんだ」

 アクゼリュス崩落の時、ヴァンの奴がパッセージリングに突き刺していた杖と似ているのだ。
 俺の洩らした言葉に、イオンもまたあのときの光景を思い出したのか、はっと顔を上げた。

「ふむ……どうやら、あの譜業兵器の動力源に使われていたもののようですね。しかし、ヴァン謡将がアクゼリュスのパッセージリングにねぇ……もしや……」

 大佐が言葉を続けようとして、突然なにかを思いなおしたようにかぶりを振る。

「……いえ、今はこの杖に関する話は置いておきましょう。とりあえず、それはルークが持っていて下さい。今は、セントビナーの住民を避難させる方が重要です」

「そだな。わかったぜ。しかし、俺が持ってるのか……」

 うーむ。あんなデロデロの触手を出していた譜業兵器の動力源だ。
 俺はちょっと不気味に想いながら、爪先で杖をつまみ上げ、道具入れの中にしまい込む。

「さて、時間も無いことですし、住民の誘導に戻りましょう」

 ジェイドの促しに、俺たちも頷いて動き出す。
 そのとき、一際強い振動が大地を貫いた。

「うおっ!」
「きゃっ!」

 体勢が崩れる。慌てて両足を踏み込み、すっ転ぶのを辛うじて防ぐ。

 動けぬまま振動に耐えていると、視界の先で大地に亀裂が走る。
 同時に地鳴りのような音が周囲に響き始め、セントビナーはかつてのアクゼリュスのように沈み始めた。

 地面に走った亀裂に別たれた先、マクガヴァン老以下、取り残された住民達の姿があった。
 沈み込み始めた大地の先を見下ろし、俺は避難が間に合わなかった悔しさに歯を噛みしめる。

「くそ! マクガヴァンさんたちが!」
「待って、ルーク! それなら私が飛び降りて譜歌を歌えば……!」

 そうか、譜歌があったか! 俺は顔を上げて、ティアに頷き返す。
 今にも動き出そうとした俺達に、しかし大佐が制止の声を上げる。

「二人とも待ちなさい。まだ相当数の住人が取り残されています。ティアの譜歌で全員を護るのはさすがに難しい。もっと確実な方法を考えましょう」

 確かに……取り残された住民の数は相当なものだ。あの人数を譜歌で護り切るのはさすがに無理か。
 歯痒い思いで立ち尽くし、なにか方策はないかと考え込む俺達に、取り残された住民が呼び掛ける。

「わしらのことは気にするなーっ! それより街のみんなを頼むぞーっ!」

 心配するなと、気丈にも笑いかけて来た。
 ……あんな人たちを見捨てることなんてことが、俺達にできるはずもない。

「くそっ! どうにかできないのか!」

 無力さに俺は苛立ちを吐き捨てた。
 不意に、なにかをずっと考え込んでいたガイが口を開く。

「……そういえば、シェリダンで飛行実験をやってるって話を聞いたことがあるな」
「飛行実験? それって何なんだ?」

 聞き慣れない言葉に顔を向けると、ガイが空を見上げる。

「確か……教団が発掘したっていう大昔の浮力機関らしいぜ。ユリアの頃はそれを乗り物につけて空を飛んでたんだってさ。音機関好きの間でちょっと話題になってた」
「確かキムラスカと技術協力するという話に了承印を押しました。飛行実験は始まっているはずです」

 浮力機関、教団が発掘、そんでキムラスカが技術協力……なるほど。

「イオンかナタリアの名前を出せば、その飛行実験に使ってる奴を借りられるかもしれねぇってことか。なら、シェリダンに行こうぜ。急げばマクガヴァンさんたちを助けられるかもしれねぇ!」
「しかし……間に合いますかね? アクゼリュスとは状況が違うようですが、それでも……」
「兄の話では、ホドの崩落にはかなりの日数がかかったそうです。魔界と外殻大地の間にはディバイディングラインという力場があって、そこを越えた直後、急速に落下速度が上がるとか……」

 ジェイドの疑問に、少し自信が無さげながらも、ティアはまだ猶予があると保証してくれた。
 そういうことなら話は早い。なにより、こうしてグダグダ論じてる時間が惜しい。俺はジェイドに向き直る。

「確かに間に合うかは問題だが、やれるだけやってみようぜ。何もしないよりマシだろ?」
「そうですわ。出来るだけのことは致しましょう」

 俺達の言葉に、大佐もやれやれと肩を竦めた。

「シェリダンはラーデシア大陸のバチカル側にありましたね。キムラスカ軍に捕まらないよう、気をつけていきましょう」
「よし、急ごうぜ」

 こうして俺達はシェリダンに向かうことが決定した。

 移動するのに新たな船を手配してもらう余裕があるはずも無く、俺達はアッシュが残し、大佐達が移動するのに使っていたタルタロスで移動することになった。


「しかし……大丈夫かよ?」

 俺はローテルロー橋付近に停泊されていた戦艦を見上げた。
 一度は魔界に落っこちた船だ。途中でぶっ壊れないもんかと心配になる。
 そんな俺の考えを察してか、大佐が口添えする。

「これでも戦艦ですからね。むしろ魔界にすら耐えきった頑丈な一品という見方もありますよ」
「そういうもんか?」
「そういうものでしょう」

 俺と大佐のどこか抜けた会話に、ガイがふと思いついたといった様子で入って来る。

「そう言えばオラクルの襲撃にも耐えきったしな。ある意味、刻まれた傷は歴戦の勲章ってとこかね」
「歴戦の勲章……なんか激しく使い方を間違ってる気がする」
「まあ、軍では既に廃艦扱いされてるのは確かですけどねぇ」

 最初の頃と比べて、どこかくすんだ印象の戦艦を見上げる俺達に、ティアが呆れたと額を押さえる。

「他に代わりの船がない以上、気にしていても意味は無いわ。……早く出発しましょう」

 確かにその通り。
 俺達三人は不毛な議論に見切りをつけて、促されるままタルタロスに乗り込むのであった。




              * * *




 かくして、気ばかり急く中進み行き、とうとう俺達はシェリダンに到着した。

 譜業の本場、技師の街ってだけあって、音機関好きのガイが妙に浮ついてやがった。
 それでも事が事だけに、ガイも泣く泣く街を突っ切り、シェリダン技師のまとめ役達が集まる場所へ俺達を案内した。

 そして現在、集会場でまとめ役と交渉しているわけだ。
 幸いイオンやナタリアの顔が知られていたこともあって、貸し出しの承認自体はすんなり取り付けられた。


 しかし、予想だにしなかった問題が俺達の前に立ち塞がった。


「はぁ!? 故障してて飛ばせないだって!?」

 ここまで辿り着いて、初めて明かされたあんまりな事実に、叫んでしまう。

「うむ。幸いなことに、動力に使われておった飛行譜石はオラクルの軍人さんが回収してくれたがな」

 イエモンさんの続けた言葉に、俺達を緊張が走る。

「……オラクルがここにいるのか?」
「いや、一号機の飛行実験自体、少し前にやったもんだし、既におらんよ。なんでもメジオラ高原に魔物討伐に派遣されたらしくてな。墜落現場にたまたま居合わせて、パイロットを救出がてら、ここまで届けてくれたんじゃよ」

 のほほんと本気で助かったという様子で続けられた言葉を聞く限り、別に俺達を狙っていたという訳でもなさそうだ。

「しかし……なんとなくオラクルってだけで、胡散臭い話しに聞こえちまうよな」
「魔物討伐ねぇ。確かに今までの経験上、なんか裏があるもんじゃないかと勘繰りたくなるよな」

 俺とガイが顔を見合わせ苦笑すると、ティアとアニスが抗議の声を上げる。

「オラクル全体が、私達を狙っている訳ではないわ」
「そうそう。二人ともひっど~い! 本来ならそういう一般信者じゃ対応できないような事態に当たるのが、オラクルの役目なんだからね! ……そりゃあ、今は六神将や総長に牛耳られちゃってるけど」
「……そうですね。僕の力が至らないばかりに」

 顔をうつむかせてしまったイオンに、アニスが慌ててイオンに顔を戻す。

「そ、そういうことじゃありませんよ。イオン様落ち込まないで下さい!」

 まあ……確かに教団の行動がすべて俺達を狙ってるなんてのは考えすぎだったか。
 イオンを宥めるのはアニスに任せて、とりあえず話を戻すことにする。

「ともかく、結局空を飛べる音機関は用意できないのか?」
「いや、調整中の二号機があることにはあるんじゃが……」

 言葉を濁すイエモンさんに、どういうことかと視線で先を促す。

 すると、困り顔で技師達三人が次々と口を開く。

「それについてはこっちも困っているのよ」
「戦争にあわせて、大半の部品を陸艦製造にまわしてしもうた」
「二号機完成に必要な部品が足らんのよ」

 ……なるほどね。俺もようやくイエモンさんが言葉を濁した理由を理解する。
 戦争準備のせいで部品が全て戦艦に回されちまってる訳か。ったく、こんなとこまで戦争の影響があるとはな。

 どうしたもんかと顔を上げたところで、なにやら考え込んでいる様子の大佐に気付く。

「どうしたんだジェイド?」
「いえ……少し私に考えがあります」

 言って、イエモンさん達に向き直る。

「タルタロスも元は陸艦です。使える素材があるなら使って下さい」
「なんと! 部品さえあれば、わしら、命がけで完成させてやるぞい」

 大佐からの思わぬ申し出に、イエモンさんが大きく請け負って、任せておけと胸を叩く。
 しばらくの間大佐といろいろと話し込んでいたかと思えば、すぐに技師達は慌ただしく動き出す。
 作業に移り出した技師達を見据えながら、俺は少し気になったことをジェイドに確認する。

「……大丈夫なのか?」

 緊急時とは言っても、国が管理してるもんを勝手に処分しちまって大丈夫なのか。そんな意味を込めた問い掛けに、大佐が心配ないと次のように説明する。

「タルタロスは既に廃艦扱いされていますからね。問題ないでしょう。それに今回の事態に当たり、ピオニー陛下から可能な限り便宜を図ると一筆頂いています。もしもの場合も、これで権力を笠に着ればどうとでもなりますしね。今は少しでも有効に活用できるものがあるなら、使ってしまう方が重要です。ま……これもある意味節約の美徳というものですかねぇ」
「うんうん。無駄を省く精神、大佐もわかってますねぇ~」
「さすがにアニスには負けますよ」

 このこの~と肘を突き出すアニスに、大佐が身をかわしながらにこやかに応じていた。

「せ、節約って……そういう問題かぁ?」

 二人のやり取りに、ガイが少し退いた位置で顔をひきつらせた。

 まあ冗談はともかく、大佐が問題ないって言うなら、本当にその通りなんだろうけどな。それにしても、どこまでも抜かりなく手を回しておく辺りは、さすが大佐といった感じだよな。

 権力を笠に着る云々の部分に多少の呆れを感じながら、俺達は大佐の用意周到さに改めて感心するのであった。

 ともあれ、その後突貫で工事は押し進められ、アルビオール二号機は完成した。

「よし、ついに完成じゃ! 二号機の操縦士も準備完了しておるぞ」

 案内された工房の中で、顔に煤を付けたイエモンさんが工具を手に握りながら興奮した様子で語った。続いて、タマラさんが上品に顔をほころばせる。

「おたくらの陸艦から部品をごっそりといただいたよ。製造中止になった奴もあったんで、技師たちも大助かりさ」
「おかげでタルタロスは航行不能ですね」

 肩を竦めて見せる大佐に、アニスが空を飛べるという事実に少し興奮した様子で言葉を返す。

「でも、アルビオールがちゃんと飛ぶなら、タルタロスは必要ないですよねぇ」
「『ちゃんと飛ぶなら』とはなんじゃ!」

 老人三人組の中でも一際職人らしさを漂わせているアストンが憤慨したと身を乗り出した。

「わしらの夢と希望を乗せたアルビオールは けして墜落なぞせんのだ!」

 空を見上げながらの決め台詞に、その場に居た技師一同が『おおおおおおお~!!』と騒めく。しかし興奮した様子の技師達を余所に、俺達全員の心の声は計らずとも一致していた。

 ……一号機は墜落したじゃん。

 それでも口にしても詮ないことだと悟っていたから、誰も言わなかったけどな。

 ともかく、不毛な言い合いよりも、今後の予定に話を移すとしますか。

「そんで、二号機の方は無事に完成してるんだよな?」
「おうとも。ばっちりじゃ!」

 イエモンさんがぐっと親指突き出し請け負ってくれた。なんだかシェリダンの技師達のノリについていけないもんを感じるが、とりあえずどこに行けばいいか聞こうと口を開きかけた、そのとき。

 工房の扉をガンガン叩く音が、外から響く。ついで言い争うような声が外から聞こえて来る。

『ここにマルクト船籍で乗り込んだ連中がいるはずだ! そこを退け!』
『おやっさ~ん! 早いところ客人達を俺らの夢に乗せて飛ばしてやって下さい!! ここは俺らに任せて下さいや!』
『なっ! こら、何をする!? うぉっ!?』
『さぁさぁこっちで休憩して下さい兵隊さん。いつもお勤めご苦労さまです』
『や、止め……うっ──』

 外から聞こえてきたやり取りに、工房内に沈黙が降りる。

「兵隊さんってことは、キムラスカの守備隊かね?」

 タマラさんの切り出しに、大佐が真っ先に反応する。苦笑を浮かべながら、メガネを押し上げる。

「なるほど。私の姿がキムラスカ兵に見られていたのかもしれませんね」
「そうか、あんたマルクトの軍人さんだったねぇ」
「この街じゃ、もともとマルクトの陸艦も扱かってるからのぅ。開戦寸前でなければ咎められることもないんじゃが……」

『お、おやっさ~んっ! 早くして下さいっ!! 扉が壊されそうっす!』

 外から届いた呼び掛けを聞く限り、呑気に反してるような暇はないようだ。

「アルビオールの二号機は?」

 改めて確認を取る大佐の言葉に、イエモンさんが工房の奥へと続く扉を指差す。

「外の兵士はこちらで引き受けるぞい。急げ!」
「ですが、外の兵はかなり気が立っていますわ。私が名を明かして……」

 ナタリアの言いかけた言葉を遮り、老人三人組が任せておけと胸を叩く。

「時間がないんでしょう? 私たちに任せてくださいよ」
「年寄りを舐めたらいかんぞ! さあ、お前さんたちは夢の大空へ飛び立つがいい!」
「わしらの夢を託したぞい!」

 三人からの熱い言葉に、俺達もそれ以上返す言葉はなかった。ただ皆の無事を祈り、力強く頷く。

「後は頼みます!」

 駆け出した俺達は工房の奥に進み、アルビオール二号機の艦橋らしき場所へと辿り着く。

「お待ちしておりました」

 金髪にゴーグルを付けた実直そうな姉ちゃんが操縦席らしき場所から身を起こし、俺達に向き直る。

「あんたは?」
「私は二号機専属操縦士ノエルです。高原で怪我を負った一号機の操縦士、ギンジ兄さんに代わって皆さんをセントビナーへお送りします」

 率直でいて丁寧なノエルの物言いに、俺としてはかなりの好感を抱いた。
 なんにしても、美人さんはいつ見ても癒されます。近頃切迫した状況があんまりにも続いてたせいか、こういう出会いが不足していたと、しみじみ俺は思うわけですよ。

 しかし、今回は状況的にどう見ても悠長に自己紹介してるような余裕はないので、とりあえず無難な挨拶で終えておく。

「そっか。よろしく頼むぜ、ノエルちゃん」
「……い、いえ、こちらこそよろしくお願いします」

 俺の馴れ馴れしい呼び掛けに、ノエルはどん引きしてるようにも見えなくもなかったが、きっと俺の気のせいに違いない。気のせいのはずだ。
 なんとなく彼女を見つめたままでいると、ノエルがあからさまに顔を背ける。

 ……気のせいだったらよかったのにな。

 相手の反応に一人落ち込んでいると、ノエルが操縦席に戻る。

「それでは行きましょう!」

 うおっ!?

 ノエルが操縦桿らしきもんを握ったかと思えば、機体が動き出す。……って、さすがに突っ立ったままじゃ危ない。俺達は慌ててブリッジに用意された席に座り込む。

 操縦席についたノエルの雰囲気が変化する。どこか近づき難い空気を放ちながら、彼女は真剣な表情で前方を見据えている。

 徐々にハッチが開いていき、外から光が射し込む。
 進行方向に向けて伸びた通路が照らし出される中、機体が急激な加速を始める。


 一瞬の衝撃の後──
 周囲から固唾を飲んで見守る技師達の視線が集中する中、


 アルビオールは果て無き空へ──飛び立った。




  1. 2005/08/27(土) 18:52:39|
  2. 【家族ジャングル】  第四章
  3. | コメント:0

第5話 「交わされる砲火」



「マクガヴァンさん! みんな! 大丈夫かーっ!」


 セントビナー上空に停止したアルビオールからの呼び掛けに、建物の中に居た人々が続々と外に出る。
 誰もが一様に空を見上げ、今まで見たことも無い音機関の登場に呆然としている。

 上空から見る限り、ヒビ割れた大地は間断なく地響きを上げ続けている。
 それでも沈み込むスピードは緩やかなもので、この分なら完全な崩落までまだまだ時間はありそうだ。

 なんとか間に合った。その事実に俺は安堵する。
 そのままセントビナーを見下ろしていると、アルビオールの異様に騒めく人々をかき分け、マクガヴァン老が姿を現した。


「おお、あんたたちか! しかし、この乗り物は……?」
「元帥。話は後にしましょう。とにかく乗って下さい。みなさんも早く!」

 ジェイドの促しを受け、それもそうだと全員が慌ただしく動き出した。


 一時的に広場の部分にアルビオールを着陸させて、住民を乗り込ませる。
 その間も、いつ完全な崩落が起こるかわからない以上、気を抜くことはできない。
 なんとか残された住民全員をアルビオールに乗り込ませ、再び離陸できた段階になって、俺達もようやく緊張を解くことができた。


「ふぅ。どうにかなったな」
「ああ。だが……問題が無いわけでもないけどな」

 沈み行くセントビナーを見据えながらつぶやかれたガイの言葉が、俺の頭に妙に残った。
 その後、少しの休憩を挟んでから、ブリッジに街の代表者を集めて話をすることになった。

「まずは助けていただいたこと、感謝しますぞ」

 マクガヴァン老が頭を下げると同時に、他の街の有力者達も一斉に感謝の言葉を述べる。

「しかし、セントビナーはどうなってしまうのか……」

 暗い表情になって思わずといった様子でつぶやいたマクガヴァン老に、ティアが言い難そうに答える。

「今はまだ浮いているけれど、このまましばらくするとマントルに沈むでしょうね……」
「なんと! どうにかならんのか!?」
「ここはホドが崩落した時の状況に似ているわ。その時は結局、一月後に大陸全体が沈んだそうよ」
「ホド……」

 その言葉を口にした後、マクガヴァン老はどこか不自然な程表情を無くし、口を閉じた。

「そうか……これはホドの復讐なんじゃな」

 小さくつぶやかれた言葉に、俺は思わず顔を向ける。

 ホドの……復讐? 復讐という言葉で、俺の頭に浮かんだのはヴァンの姿だった。
 他の連中にはマクガヴァン老の言葉は聞こえなかったようで、今後どう行動するかの話を進めている。
 俺は静かにマクガヴァン老の隣に並んで、そっと尋ねる。

「ホドの復讐って……どういうことですか?」
「……君は?」
「俺はルークと言います。キムラスカのファブレ公爵の……」

 息子、と続けようとして、言葉を止める。

 よくよく考えてみれば、それもあんまり正確な表現じゃない。
 そもそも俺に血のつながりがある人間は存在しないわけで、オヤジ達は俺の育ての親ってことになるかもしれないが……俺の真実を知った二人が、それで俺をどう思うかまでは、わからない。

 難しい顔で黙り込んだ俺を不思議そうに見返す相手に、とりあえず現時点で確かな事実を告げておく。

「まあ……関係者です」
「ファブレ公の関係者ということは、キムラスカのお人か。君たちは……ホドについて、どう聞かされているかね?」
「……ファブレ公爵が攻め込んだ後、崩落したと」

 俺の答えに、マクガヴァン老は皺の刻まれた顔に複雑な感情を過らせる。

「……機密に属するため、詳しくは言えん。だから、これは老人の戯言と思ってくれ」

 深い悔恨の思いを浮かべながら、マクガヴァン老はその言葉を告げる。

「ホドの崩落は、わしの背負った罪だ」

 マクガヴァン老の洩らした懺悔に、俺はそれ以上尋ねることができなかった。

 マクガヴァン老はかつてマルクトの元帥だったと言う。
 かつてそれほど軍の上層部に居たなら、教団からなにがしかの情報を受け取っていてもおかしくはない。
 ホドの崩落がスコアに詠まれていたなら、教団はそうなるべく誘導しただろう。
 それを受けて元帥がどう行動したか……改めて考えるまでもない。


 口を噤んでしまったマクガヴァン老と俺の間に重苦しい空気が降りる。
 こういうドンヨリした空気は、なんとも耐え難いもんがあるだけどなぁ……。

 俺は小さくため息をついて、マクガヴァン老から仲間達に視線を戻す。

 今後どうするかについて話し合っていたはずだが、向こうは向こうで難しい顔して首を突き合わせている姿が目に入る。どうやらかなり煮詰まっているようだ。

「本当になんともならないのでしょうか?」
「住む所がなくなるのは可哀想ですの……」
「大体、大地が落っこちるってだけで常識外れなのに、なんにも思いつかないよ~。超無理!」

 お手上げと騒ぎ始めるアニスを宥めるように、ジェイドがまぁまぁと手を掲げる。

「とりあえず、ユリアシティに行きましょう。彼らはセフィロトについて我々より詳しい。ルーク達の話を聞く限り、協力を申し出るのは難しそうでしたが、セントビナーは崩落しないという預言が狂った今なら……」
「そうだわ。今ならお祖父様も力を貸してくれるかもしれない」

 ティアも同意し、ひとまずユリアシティに行くことで意見がまとまったようだ。

 しかし、俺としてはうまくいくかどうか疑問だね。

「ユリアシティに行って相談か……本当に、協力してくれんのかね?」
「お祖父さまも……そこまで話のわからない人だとは思わない。今はスコアから外れた現象が起きているわけだし……」
「……悪い。そうだな。確かに、今なら話を聞いてくれるかもな」

 顔をうつむけるティアの姿に、俺は自分の考えの足りなさを思い知らされる。
 どんな考え持った相手だろうと、テオドーロ市長はティアの肉親だ。信じたいって気持ちは……俺にもわかる。

 俺達の会話を黙って聞いていたノエルが、操縦席から身を乗り出して確認を取る。

「では、ユリアシティに向かうということで、よろしいですか?」
「ええ。お願いします。おそらく旧アクゼリュスの崩落部分から、魔界に降下できると思います」

 大佐の言葉を受けて、ノエルがアルビオールの操縦桿を握る。

「わかりました。──それではアルビオールを発進させます!」

 アルビオールの銀影が雲を切り裂き、蒼天を駆け抜けた。




              * * *




 ユリアシティのドックにアルビオールを停泊させる。
 セントビナーの住民を誘導し、ひとまず市長に挨拶しようと街の入り口付近まで移動したところで、思いがけぬ人物に遭遇する。


「お祖父様!」
「来ると思って待っていたぞ」 

 港から街に続く部分に佇み、テオドーロ市長が深刻な顔で俺達を出迎えた。


「お祖父様、力を貸して! セントビナーを助けたいんです」
「それしかないだろう。よもやこのような事態になるとは。預言から外れし行動……恐ろしいものだ」

 市長が協力すると約束してくれたのを見て、イオンが前に進み出る。

 憔悴したセントビナーの住民の様子を気にしていたイオンは、次のような提案を告げた。

「お話の前に、セントビナーの方たちを休ませてあげたいんですが」
「そうですな。こちらでお預かりしましょう」
「……お世話になります」

 テオドーロ市長の指示を受け、セントビナーの住民が街のある方に案内されていく。

 これで当分の間はなんとかなったってことだが、崩落がどうにかならない限りセントビナーの住民に本当の意味での安息は訪れない。

 残された俺達は改めて市長に向き直り、本題に入る。

「市長、崩落は……本当にどうにもならないんですか?」
「……ひとまず、会議室に移動しましょう」

 疲れ切った表情の市長に促されるまま、俺達は会議室まで移動した。

 やはり、市長としてもセントビナーが崩落するなんて事態に動揺が大きいんだろう。
 たとえそれが……どんな考えから来たもんであろうとも、な。
 少し冷めた思いで市長を見据えていると、俺の考えを読み取ったのか、ジェイドが小さく囁いた。

「アクゼリュスの預言については聞いています。ですが、個人的な感情は抑えて欲しいものです。今は協力を取り付けることが重要ですからね」
「……わかってるさ」

 少しふくれっ面になって応じた俺に、ジェイドは肩を竦めて見せた。

 俺だってそこら辺のことはわかってる。気に入らない相手だろうと、多少の我を押さえることぐらいはできる。
 もっとも今後の話の展開次第じゃ……俺もどう出るかわからねぇけどな。

 内心で不穏なことを考えていると、いつのまにか会議室に到着していた。
 縦長の机が部屋の中心に据えられた部屋で、俺達はさっそく話し合いを始める。

「単刀直入に聞きます。セントビナーを救う方法はありませんか?」
「……難しいですな」

 渋面になって、市長が現在セントビナー周辺を支えるセフィロトに何が起こっているか説明した。

 それによると、現在セントビナー周辺のセフィロトを制御するパッセージリングから、外郭に向けて伸びるはずのセフィロトツリーが確認できなくなっているらしい。
 仮にセフィロトツリーを復活させたとしても、一度勢いを失くしたツリーでは崩落を停めることはできないという話だ。


「崩落すること自体は停められないってことか……」

 専門家から告げられた自体の深刻さに、俺達としても頭が痛い。
 そう言えば、と不意に市長がなにかを思い出したように顔を上げる。

「ユリアが使ったと言われるローレライの鍵があれば或いは……とも思いますが」
「ローレライの鍵? そいつは何ですか? なんか聞いたことがあるような、ないような……」

 おぼろげな記憶を探り、なんだったか思い出そうと頭を捻っていると、ジェイドが説明してくれた。

「ローレライの剣と宝珠のことを指してそう言うんですよ。確か、プラネットストームを発生させる時に使ったものでしたね。ユリアがローレライと契約を交わす際に用いられた触媒のことを指していると聞いたことがありますが」
「そうです。ローレライの鍵はユリアがローレライの力を借り受ける為に作られた第七音素限定で力を発揮する響奏器と言われています」

 二人の話を聞く内に、俺の記憶が刺激される。
 ──脳裏に浮かぶのは一本の剣。
 剣は音叉のような形状をしている。

「ローレライの剣は第七音素を結集させ、ローレライの宝珠は第七音素を拡散する。鍵そのものも第七音素で構成されていると言われているわ。ユリアは鍵にローレライそのものを宿し、ローレライの力を自在に操ったとか……」
「その真偽はともかくセフィロトを自在に操る力は確かにあったそうですな」

 俺がアクゼリュスを崩落させたとき、剣は周囲から第七音素を集束させていた。
 ヴァンやアッシュはあの剣のことをなんて呼んでいた? そう、確か二人はあの剣のことを──

「……鍵だ」

 唐突な俺の発言に会話が止まり、皆の視線が俺に集中する。

「そうだ、鍵だ。バチカルの廃工場を抜けた先で、アッシュが俺に預けた剣を……俺がアクゼリュスを崩落させた時に周囲から第七音素を集束させていた剣を、ヴァンの奴は鍵って呼んでいたぜ」

 あの剣が俺の放った超振動の威力を後押ししたのも、第七音素を結集させるローレライ鍵だったからって理由なら、理解できる。アッシュの奴も、俺に対して鍵を預けるべきじゃなかったとか吐き捨ててたっけな。

「……その剣は今どこに?」
「今はアッシュが持ってるはずだ。セフィロトを自在に操る力があるんなら……そのローレライの鍵があれば、セントビナーの崩落もどうにかなるのか?」

 市長の顔を見つめ返す。市長としても鍵の話はとりあえず話しに出してみるかぐらいに思っていたんだろう。動揺したように眉をしかめながら、必死に事実を整理しようとしている様が見て取れた。

 ティアが俺の出した鍵の話題に、なにかを思い出しながら途切れ途切れ口を開く。

「ローレライの鍵は確か……プラネットストームを発生させた後、地核に沈めてしまったと伝わっていたはずだけど……」

 ティアの出した新たな情報に、市長が辛うじて口を開く。

「確かにそう伝えられている。ルーク殿が仰られた剣がローレライの鍵のことであり、鍵が現存していたというなら、それは驚くべき事実です。事実なのですが……先程述べたように、一度崩落したセントビナーを外殻大地まで再浮上させるのは、どちらにせよ無理だと思います」
「……いったい、どうして?」
「仮に鍵が現存しているにせよ、今も正常に機能しているかどうかはわかりません。セフィロトを自在に操る力があったというのも、ローレライとの契約があった上でのこと。地核に沈められた際にローレライは鍵から解放されたとも聞いています。再び契約を結ぼうにも……契約に必要となる大譜歌も、今では第七譜歌が失われており、再現することは難しい」
「そうですか……」

 ようするに、アッシュの持ってる剣が鍵であったとしても、話しに伝わっている程の力を発揮できる可能性は薄いってことか。確かにアッシュの奴も、なんだか鍵の機能が正常に作動してなさげなのを気にしてたような気がする。俺に剣を握らせて何かを確かめようとしてた節があったっけな。

「それにしても、大譜歌ですか? ……そういえば、譜歌には何個か種類があるんだったけか?」

 市長から視線を移し、俺は譜歌に詳しいティアに問いかけた。

「ええ。ユリアの譜歌は全部で七つあるの。今のところ私の扱える譜歌は第一と第二だけ……。譜歌はたとえ旋律を知っていても、そこに込められた意味と英知──『象徴』を正しく理解しなければただの歌でしかないの」
「譜歌ってのは、随分と厄介なもんなんだな」
「そうね……私も第三と第五の象徴は未だわからない。それと、先程お祖父さまの言った大譜歌とは、七つの譜歌を連続して詠うことで発動する譜歌のことよ。これは象徴を知らなくても機能するの。歌が契約の証そのものだから」

 もっとも七番目の歌詞はわからないけれど、と最後に付け加えた。

 どうやら、ますます鍵があってもどうしようもなさそうだ。
 さっきの話しには出て来なかったが、そもそもローレライが存在するかどうか自体も証明されてないとか、キャッツベルトの船上でジェイドが言ってたもんな。
 そして仮に存在したとしても、契約に必要な七番目の譜歌がわからないと。


「う~ん。結局、どうしようもないのかなぁ」

 アニスがこれまでの話しを踏まえ、なんとも簡潔にまとめてみせた。
 一同を重苦しい空気が包む中、市長が不意につぶやく。

「……いえ、もしかしたら、液状化した大地に飲み込まれない程度なら、或いは……」
「方法があるんですか!?」

 思わず立ち上がって問い詰めた俺に、市長が少し考えをまとめるように瞼を閉じながら提案する。

「セフィロトはパッセージリングという装置で制御されています。パッセージリングを操作してセフィロトツリーを復活させれば泥の海に浮かせるぐらいなら……」

 なんとかなるかもしれません、と少し自信なさげに締め括った。
 俺達は顔を見合せ、さらに詳しい話を聞いてみることに決めた。
 どれほど可能性が低くても、それ以外に対策がないなら、かけてみるしかないだろうな。

「具体的には、どうすれば?」
「セントビナー周辺のセフィロトを制御していたパッセージリングがある場所へ赴き、直接操作する以外にないでしょうな」

 なんでも件のパッセージリングがある場所はシュレーの丘と呼ばれており、イオンによると、自分がタルタロスからさらわれた時に連れ行かれたのも、そこだったって話だ。

「後は問題となるのは、パッセージリングの操作を封じていた封咒に関することでしょうな」
「封咒……っていうと、あのイオンが解除させられてた奴みたいなのですか?」
「ええ。それもあるのですが……問題はセフィロト内部にあるものでして……」

 市長によると、封咒はパッセージリングの防衛機構全体のことを指し、大きく三段階に別れているらしい。
 第一段階がセフィロトへの出入りを不可能にする「ダアト式封咒」。
 もう一つはホドの第八セフィロトとアクゼリュスの第五セフィロトによって、すべてのセフィロトのパッセージリングを操作できないようにした「アルバート式封咒」。
 最後は、パッセージリングの制御そのものを規制する「ユリア式封咒」。

 これらのうちアルバート式封咒に関しては、かつてのホド消滅と、俺の起こしたアクゼリュスの崩落によって完全に無効化されている。
 ダアト式封咒に関しては、イオンが拉致されて解かされた場所が無数存在する。

 そして問題となっているのが、最後のユリア式封咒だ。
 驚くべきことに、これをヴァンの奴がいったいどうやって解除しているのか、市長とイオンどっちにも検討すらつかないらしい。


「本来、ユリア式封咒は約束の時まで解けるはずがなかったのですが……」


 なんというか、どこまで行っても問題ばっかだな。
 新たな問題にますます頭が痛くなってきたところで、ひとまずジェイドがまとめに入る。


「ともかく、今はグランツ謡将がどうやってユリア式封咒を解いたかは後にしましょう。テオドーロ市長、パッセージリングの操作はどうすればいいのですか?」
「第七音素が必要だと聞いています。全ての操作盤が第七音素を使わないと動きません」
「それなら俺たちの仲間には三人も使い手がいるじゃないか」
「私とティアとルークですわね」

 ガイとナタリアの言う通り、操作する人材に関しては心配する必要なさそうだな。

「あとはヴァンがパッセージリングに余計なことをしていなければ……」

 自分の孫が仕出かした事態だ。さすがに焦燥した様子で市長がつぶやく。
 だが、それに関してはここで言っていても始まらない。

「……それは行ってみないとわからないわね」
「シュレーの丘はセントビナーの東辺りか。それならたぶん街と一緒に崩落してるよな」

 とりあえず行ってみるしかないか。俺達は今後の方針を決め、シュレーの丘へ向かうことになった。


 去り際になって、市長が今思い出したといった様子で、ティアを呼び止める。

「ああ、それとティア。レイラが探していたぞ。第三譜歌の象徴に関して、何かわかったらしい」
「レイラ様が? わかったわ」

 そのまま会議室を出たところで、ひとまず準備のために一時解散することになった。
 それぞれ装備を整えに、街へ別れていく。
 そんな中、去り際の市長とティアの会話が気になった俺は彼女に近づく。

「第三譜歌って、さっき言ってたティアがまだ使えない譜歌のことだよな?」

 不躾な俺の問い掛けに、ティアは少し意外そうに瞳を揺らした後で、こくりと頷きを返す。

「ええ。私が外郭に行っている間、レイラ様に頼んで第三譜歌の象徴について調べて貰っていたのだけれど、なにかわかったのかもしれない。……これからレイラ様のところに行くけど、ルークも来る?」
「一緒に行ってもいいのか? なら、お願いするよ。譜歌について、少し気になってたんだ」

 アッシュが持ってた剣が鍵なら、譜歌についてより詳しく知っておくのは無駄にならないはずだ。
 自分の考えに沈んでいると、そうした俺の様子になにかを察してか、ティアが俺の顔を覗き込む。

「アッシュのことが気になる?」
「……まあな。あいつが鍵って呼んでた剣を、俺も少しの間持ってた訳だからな」

 ローレライとの契約が無理だとしても、あの剣に第七音素を集束させる力があるのは確かだ。アクゼリュス崩落の際……身をもって思い知ってるからな。

「しかし、いったいヴァンの奴は何がしたいんだろうな……」

 アクゼリュス崩落直後は、事態の深刻さに頭がよく回らなかった。
 だからこそ単純に世界に復讐しようとしてるのかと考えていられたわけだが、こうして時間が経って、いろいろと情報が集まった中で改めて考えてみると、どうにも復讐だけを狙ってるようには思えなくなってきてしまった。

 ガイから聞いた話からも、大地の崩落が地核から記憶粒子を引き出した結果起きる副産物的なものだとかって話だしな。

 まあ、目的は何にしろ、厄介な事態に違いはないわけだが、それでも気になるものは気になるわけだ。

「今のところわかってる情報すり合わせて考えてみても、やっぱ最終的な目的がなんも見えて来ないんだよなぁ……。ティアはその辺、どう思うよ?」
「そうね……大地を崩落させ、世界に復讐する。それだけが兄の考えだとは、私にも思えない。……リグレット教官が言っていた『スコアから解放された世界』が意味するものが……私は気になるわ」

 確かに、ヴァンの奴もアクゼリュスのセフィロト内でスコアについていろいろと言ってたな。あのときは単なる戯言と聞き流してたが、けっこう重要な事を言っていたのかもしれない。

「このままヴァンの起こした行動に対処するだけじゃ、正直まずいと思うんだけどな……」

 俺達の起こした行動は全て、後手に回っているのが現状だ。
 このまま相手の目的もわからんまま場当たり的な対処を繰り返していては、そのうち目的に気付けたとしても、そのときには既に取り返しのつかない事態になってそうで、俺としては落ち着かない。

「……ディストがセントビナーを襲撃した理由も気になるわね」
「ああ……確かに。なんかマクガヴァン邸から奪って行ったっけな」

 家宝とか呼ばれてた槍が盗み出された光景を思い出す。
 その際、ディストの乗ってた譜業兵器の残骸に、どこか見覚えのある杖が残されてた訳だが。

「この杖も何なんだろうな……」

 道具入れから杖を取り出し、改めて見据える。

 手に入れた直後は奇妙な鼓動を繰り返し、異様な雰囲気を放っていたが、今では大人しい限りだ。普通に店で売っているような杖と変わらない。

「ガイの話を聞く限り……アッシュは兄さんが響奏器を集めさせているとも言っていたそうね」

 響奏器って言うと、鍵と同じように、集合意識体を使役するってやつだよな。
 
 ……ん? 話の流れから考えると、ティアはこの杖を疑ってるってことか?

「この杖が……響奏器だっていうのか?」
「まだわからないわ。でもシュレーの丘から帰ったら、響奏器に関して調べてみる必要がありそうね」

 確かに……今のところわかってる限りでも、かなりの部分で響奏器が関係している。
 アッシュのもってた剣も突き詰めれば奏器の一種だ。
 ディストがマクガヴァン邸を襲撃した際、奪って行った槍も響奏器である可能性は高い。
 そう考えると、響奏器ついて調べてみるのは無駄じゃないだろう。


 そんな風に話してるうちに、目的の場所に到達した。


 巨大な譜石が安置された空間。
 なにやら機械が設置された部分で作業をしていた女性が部屋に入った俺達に気づき、顔を上げる。

「待っていたわ、ティア」
「レイラ様。第三譜歌の象徴について、何かわかったと聞いてますが……?」
「ええ。ヴァンの残した本があったの。本自体はどこにでもある譜術の研究書よ。ただ、一番最後に隠されたページを見つけたの」

 席を立ち、レイラが一冊の本を手渡す。

「これが写しよ。私には意味がわからないんだけど、あなたなら……」
「これは……!」

 開かれたページを見据えていたティアが急に声を上げた。同時に、音素の光が彼女を中心に集束する。

「ヴァ・レイ・ズェ・トゥエ……。母なる者……理解……ルグニカの地に広がる……壮麗たる……天使の歌声……」

 目に見えるまで強まった音素が、光の粒子となってティアの周囲を舞い踊る。

「な、なんだ?」

 突然目の前に広がった光景に思わず間抜けな声を洩らした俺に向けて、レイラが注意を促す。

「静かに。ティアは瞑想に入ったわ。……やっぱり、これは譜歌の象徴だったのね」

 茫洋とした瞳でトランス状態に入っていたティアだったが、しばらくするとその瞳に光が戻る。

「……わかったわ。これが第三譜歌なのね」

 音素の光も既に収まり、ティアもすっかり普段の様子を取り戻している。

「それで、隠されたなんとかってのを理解できたのか?」

 ちょっとオドオドしながら、ティアに肝心の譜歌が習得できたのか尋ねると、彼女は静かに頷き返す。

「ええ……」
「おめでとうティア!」

 うおっ! 俺とティアの間に割って入り、どこか興奮した様子でレイラがティアの手を取る。そんなレイラの様子に、ティアもまた表情をほころばせて応じる。

「ありがとうございます、レイラ様。それと……この象徴の写し、もらっていってもいいですか? ここには他の象徴についても記述されています。ただ……」

 少しいい難そうに、その先の言葉を続ける。

「私の理解力では、まだ使いこなすことができないけれど……」

 しかし、レイラは特に拘るでもなく、ティアの肩に両手を添える。

「もちろんよ。いつか役に立つわ。あなたの力がもっと強くなったときに、ね」

 優しい瞳を向けるレイラに、ティアもまた力強く頷きを返す。

「はい! ありがとうございます」

 こうして、ティアは第三譜歌の力を手に入れた。

 しかし……なんというか、俺って場違い?
 感動した二人から離れた場所にポツンと佇み、俺はひとり疎外感を味わう。
 ま……まあ、別にいいけどな。




              * * *




 シュレーの丘は入り口が譜術によって隠されていたが、それ以外に障害らしい障害はなにもなかった。
 これまで行く先々で六神将に邪魔されてたのを考えれば順調そのものといった感じで、俺達はセフィロト内部のパッセージリングがある箇所まで呆気なく到着した。
 淡い音素の光が立ち上るパッセージリングを見上げ、どう操作したものかと皆で首を捻る。


「ただの音機関じゃないな。どうすりゃいいのかさっぱりだ」

 音機関に詳しいガイもさすがにお手上げのようだ。

「……おかしい。これはユリア式封咒が解除されていません」
「どういうことでしょう。グランツ謡将はこれを操作したのでは……」

 パッセージリングを見上げていたジェイドの思わぬ言葉に、俺達としても途方に暮れてしまう。

 ユリア式封咒が解除されてないなら、俺達にも操作はできない。

「え~ここまで来て無駄足ってことですかぁ?」
「何か方法がある筈ですわ。調べてみましょう」

 パッセージリングの周囲を歩きながら、なにかしらの反応がないもんかと皆で調べて回る。

 俺が見る限り一番怪しいのは、やっぱ入り口から見た正面にある操作盤らしきもんだろうな。どっかそれらしき部分はないものかと、目を凝らしながら制御盤らしきもんに近づく。


 思考に、ノイズが走る。


 ────■■■を据え■■世界■■■し繰り返されし■■地獄■■解放────


「ぐっ……」

 いつも電波が飛んで来るとき感じるような激しい頭痛に襲われ、俺はその場に膝をつく。

 俺の様子に気付いたガイがいち早く駆け寄って来る。

「ルーク、大丈夫か?」
「……大丈夫だ」

 額に浮かぶ脂汗を拭い取って答えながら、俺は脳裏に焼き付けられた一つのイメージについて考える。

 闇色の杖をパッセージリングに向けてかざす男の姿。

 あのイメージが、かつてこの場で起こった事を示しているなら……どうにかなるかもしれない。

 俺は道具袋の中から、ディストの落としていった杖を取り出す。杖は暗い燐光をまといながら、一定間隔で鼓動を繰り返している。ユリアシティで確認したときと異なり、今は確かな力を感じさせる。

「ルーク、なにを?」

 怪訝そうに呼び止める声には答えず、俺はヴァンがアクゼリュスのパッセージリングでしていた行動を思い返しながら、杖を制御盤に近づけてみる。

 劇的な反応があった。

「こいつは……?」

 閉じられた本が開かれるように、制御版らしきものがゆっくりと左右に別たれていく。制御盤に杖を近づければ近づける程、杖が発する鼓動の感覚が早まり、制御盤の動きも活発なものになっていく。動きが活発になるにつれ、制御盤から杖に向けてなにかが流れ込むのがわかった。

 しばらくの間、そうして杖を突き付けていると、制御盤は完全に左右に開かれた。同時にパッセージリング上空に文字が浮び上がる。

 因果関係はわからないが、どうも解除できたようだ。

「……これがユリア式封咒ってやつか? なんか、よくわからん内に解けたっぽいけど」
「そのようですね……しかし、ディストの奴、いったいなにを……」

 ジェイドが杖とパッセージリングを見比べ、しきりに首を捻っている。

「ともかく、もう杖はいいか……って、あれ?」

 もう大丈夫かと思って杖を制御盤から離した途端、左右に別たれていた制御盤がもとに戻り始める。完全にもとに戻ってしまう前に、俺は慌てて再び杖を突き付ける。すると、制御盤が再び左右に開かれていった。

「……どういうことだ?」
「……わかりません。しかし杖を突き付けている間は、確かに解呪されているようですね。とにかく、これで制御できるはずです。ルークはそのままの体勢でお願いします」
「あ、ああ。わかったぜ」

 ま、確かに原因とか詮索するよりも、今は操作するのが先決か。

 大佐としても原因が気にならない訳じゃないだろうが、ひとまず操作に専念することに決まった。

「あ、この文字パッセージリングの説明っぽい」

 アニスの指摘に見上げてみると、パッセージリングの上空に浮かんだ一部の文字が点滅している。

「……グランツ謡将やってくれましたね」

 虚空に浮び上がった文字を確認していたジェイドが、低い声で呻く。

「兄が何かしたのですか?」
「セフィロトがツリーを再生しないように弁を閉じています」
「どういうことですの?」
「つまり暗号によって操作できないようにされていると言うことですね」

 うーむ。深刻な事態だってことはわかるんだが、杖を掲げ続けてるってのも、けっこう腕が疲れるもんだ。少し蚊帳の外に置かれてるのを感じながら、俺はぼけーっと皆が話し合ってる内容を耳にする。

「暗号、解けないですの?」
「私が第七音素を使えるなら解いて見せます。しかし……」

 言葉を濁すジェイドに、俺もその事実を思い出す。

 そういや、さすがのジェイドも第七音素だけは使えなかったよな。

「ならさ、暗号自体はどんな感じなんだ?」
「……なかなか複雑なものですよ」

 どういうこった? よく意味がわからない返事に、さらに詳しい話を聞いてみる。

 なんでもジェイドの話によると、この場にいる第七音素の使い手じゃ、このレベルの暗号を解くのは難しいらしい。まあ、学術書とかまで出してるジェイド以上に、音素の扱いに通じているような奴が居るとも思えないけどな。

 しかし、第七音素で書き込まれた暗号ねぇ……。

 パッセージリングの上に浮かぶ文字列を見上げる。市長からも、基本的にパッセージリングの操作はすべて第七音素をもって制御されてるだろうって話は聞いていた。実際、ジェイドが見た限りでも、間違いはなさそうで、暗号が施されている部分も第七音素が集まって構成されてるそうだ。

 ん? 第七音素で構成ってことは……どうにかなるかもしれないな。俺は一つの解決策を口にする。

「俺が超振動で、暗号とか弁とかを消したらどうだ? 超振動も第七音素だろ?」
「……暗号だけを消せるなら、なんとかなるかも知れません」

 俺のかなり乱暴な提案に、ジェイドが慎重に言葉を選びながらも、同意した。

 しかし、それにティアが真っ先に反応する。

「ルーク!? あなた、まだ制御が……」

 俺が超振動制御の訓練をしている間、いろいろと面倒見てくれていたのは彼女だ。俺の制御の未熟さは、誰よりもわかってるんだろうな。

 だが、それでも俺は……ここで立ち止まるわけにはいかない。

「俺にやらせてくれねぇか、ティア。制御がまだ甘いのは……俺だってわかってる。だけどよ、ここで失敗しても何もしないのと結果は同じだろ? なら、やるだけやらせてくれねぇか?」

 真剣な表情で見据える俺の瞳を受け、ティアが迷いに視線を彷徨わせる。

「……そうね。その通りだわ」

 少しの逡巡を挟んだ後で、ティアも最終的には同意してくれた。

「……ありがとな」

 俺はパッセージリングに向き直る。集中しようと身構えた所で、手にした杖をどうしたものかと考える。杖をかざしたままにしとかないとパッセージリングは操作できないが、集中するには邪魔すぎる。

「あー……ティア、杖を頼むぜ。さすがにこの体勢だと集中出来そうにないからな」
「ええ。わかったわ」

 ティアに杖を渡す。そのとき、彼女と視線が交わる。不安そうに揺らめく瞳に、俺は最大限の信頼を示すために、力強く頷き返す。彼女もそれ以上余計なことは言わず、ただ一言をもって俺を送り出す。

「ルーク……気をつけて」
「任せとけって」

 たいしたことではないと軽い口調で請け負って、俺は改めてパッセージリングに向き直る。

「それでジェイド、どこ消せばいいかわかるか?」
「第三セフィロトを示す図の外側が赤く光っているでしょう。その赤い部分だけを削除して下さい」
「わかった」

 気分を落ち着かせ、大きく息を吸い込み──意識を研ぎ澄ませる。

 体内のフォン・スロットを感じる。周囲を漂う微細な第七音素の存在を意識する。

 第七音素は数ある音素の中でも異質な音素だ。確たる属性を持たず、制御もまた困難を要する。

 だが同時に、俺のようなやつにとっては、なによりも身近な存在だとも言える。

 ジェイドから聞いた話だと、レプリカの身体は第七音素と元素が結びつき構成されるらしい。つまりは、俺たちは第七音素から生まれたとも言えるわけだ。

 そんな第七音素の申し子とも言える俺が、この程度の制御で失敗する道理はない!

「行くぜ!」

 気合一喝、フォン・スロットを解放──超振動を放つ。

 頭上を見上げ、浮かぶ上がる文字列に意識を集中。セフィロトを示す図の一部分にのみを削り取る。細かい作業に、手の甲に汗が滲む。

 周囲が固唾を飲んで見守る中、セフィロトを示す図の一番外側で光っていた紅い部分が、すべて俺の超振動に消し去られた。

「……」

 ジェイドがパッセージリングの様子を検分している。

 しばらくの間、緊張の沈黙が続いた後で、ついにジェイドが俺達を振り返る。

「……起動したようです。これでセフィロトから陸を浮かせるための記憶粒子が発生しましたね」

 ジェイドの言葉で、場の空気が一気に弛緩する。

 緩やかな空気が流れる中、俺は自分の両手を見下ろす。かつて血に塗れた両手を見据え、アクゼリュスに想いを馳せる。

 俺の仕出かしたことは、今更何をしようが……決して取り返しのつかないことだってのは、十分わかってるつもりだ。

 それでも……こんな俺でも、誰かの助けになることができたんだ。

 これが、嬉しくないはずがない。

「い──やった! やったぜ!!」

 俺は急激に沸き上がる歓喜の衝動に流されるまま動く。

「──ティア、ありがとなっ!!」

 一番近くに居たティアに飛びついて、感謝の言葉を告げた。

 彼女は珍しく動揺したように、ぎこちなく答える。

「わ、私、何もしてないわ。パッセージリングを操作したのはあなたよ」
「そんなことねぇって! 俺が制御できたのもティアが制御する方法とか教えてくれたおかげだろ? ほんとありがとな! 他のみんなもありがとな!」

 自分でもテンションが上がってるのを感じながら、感情の赴くまま声を上げた。

「……いつまで、そうして抱き合ってるつもりですの?」

 ナタリアの妙に迫力を感じさせる声で、ふと我に返る。

 俺の腕の中で、硬直するティアの姿があった。

 ……あれれ? 俺、なんで、ティアに抱きついているのでしょうか?

「ルークのやつも、いろんな意味で成長してるんだなぁ」

 しみじみと呟かれたガイの言葉に、俺達は慌てて身体を離して、距離を保つ。

「やれやれ。いいですねぇ、若い人達は。所構わず行動できて」
「大佐も十分若いじゃないですか。でも、さすがに人目のある場所で取る行動じゃないですよねぇ~」
「別に、僕は恥じるような行動ではないと思いますけど……」

 周囲から集まるてんでバラバラの講評に、俺達二人を急激に羞恥心が襲いかかる。

 ぐっ……他人事だと思って、好き勝手言いやがって!

 俺は自分でも顔が赤くなってるのを自覚しながら、せめてもの反抗とばかりに周囲の連中を睨む。

「あーっ!」 

 突然、アニスの甲高い声が場を貫いた。

 な、なんだ? ビクビクしながらかなり挙動不審な動作で音源に視線を向けると、アニスが顔色を変えて、パッセージリングに浮かぶ文字列の一部を指差していた。

「待って下さい。まだ安心しちゃだめですよぅ! あの文章を見て下さい!」

 アニスの指し示した先を見ると、なんだか危なげな警戒色で一部の文字が点滅している。

「……おい。ここのセフィロトはルグニカ平野のほぼ全域を支えてるって書いてあるぞ。ってことはエンゲーブも崩落するんじゃないか!?」

 ガイの読み取った事実に、俺達を緊張が走る。

 ルグニカ平野のほぼ全域って……いったい、どんだけの地域が崩落すると思ってるんだ? パッセージリングを操作したヴァンの思惑を測りかねて、冷や汗が俺の掌を濡らす。

「ですよねーっ!? エンゲーブマジヤバな感じですよね!?」
「大変ですわ! 外殻へ戻ってエンゲーブの皆さんを避難させましょう!」

 確かに、マルクトとキムラスカが緊張状態にある今、アルビオールで移動できる俺達以外に動けるような人手はないか。アニスやナタリアの言葉に俺達も同意し、さっそく動き出す。


 こうして、俺達は成功の余韻に浸る間もなく、慌ただしく外へと駆け戻り、そのまま外に待機していたノエルと合流し、セントビナー崩落部分から外郭大地に帰還を果たす。




 ───そして、俺達は衝撃的な光景を目の当たりにすることになる。




 ルグニカの大地に展開されるキムラスカとマルクト……激突する両軍の姿が、眼下には広がっていた。

 俺達は預言に導かれし事象の流れに、預言に支配された世界の姿に、言葉を失くし───

 ただ交わされる砲火を、呆然と見据え続けた。



  1. 2005/08/26(金) 21:00:07|
  2. 【家族ジャングル】  第四章
  3. | コメント:0
 次のページ
書庫へ戻る |  日記過去ログ |  ジャンク作品目次 |  アビス一覧目次 |  お勧め一次創作 |  お勧め二次創作 |  掲示板 |

FC2Ad


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。