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──A.L.M──

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第1話 「受け止める者、抗う者」


 澄み切った蒼い空に、白い雲が風に流され緩やかな跡を残す。
 海に囲まれたダアトの空はすっきりと晴れ渡り、目に眩しい。
 整然と並び立つ街並みさえも基本は白で統一されていて、清廉にして厳粛な空気を都市は漂わせていた。

 まあ、つまり何が言いたいかというと……正直、なんとも居心地が悪くてしょうがないわけですよ。

 というか、ダアトってのはもっとこう、強面で筋肉モリモリの熱っ苦しいおっさん連中が立ち並んでる街のことじゃなかったのか? 教団の人間と言われて、まず思い浮かぶのがヴァンやおっさんみたいな武闘派だなんて俺が、そもそも偏ってるのかもしれないけどさ。

 それでも自分がこれまで思い描いていたダアト像を否定されて、正直裏切られた気持ちですよ!

 まあ、何に裏切られたのかとか訊かれても答えようがないけどな。

 そんな馬鹿なことつらつら考えながら教団本部の建物を見上げていると、ティアがどこか遠い目をして、安堵の息をつくのが見える。

「でも、キムラスカとマルクトの間で一時的な休戦協定が結ばれたことには安心したわ」

 その言葉で、俺も港での一件を思い出す。港では運行されなくなった定期便に不満を持った人々が集まり、船を出してくれとしきりに訴えていた。そんな人々に対して、教団の詠師までがでわざわざ出場って、船が出ない理由を説明していた。

 すなわち、一時的な休戦協定が結ばれた。詳しい情勢がわかるまで船は出せないと。

「そうだよね。心配事が減ってよかったよ。もう色々起こりすぎて対処しきれないって感じだもんね」
「陛下も崩落が引き起こされる中、戦争を継続する程愚かじゃなかったってことだな」

 うれしそうに声を上げるアニスに、ガイもうんうんと首を頷かせ同意してみせた。しかしナタリアは一人表情を暗くし、顔を俯けている。

「……キムラスカに、これ以上の動きが無いことを願いますわ」

 王都での経緯を思い出しているんだろうか。その声にはどこか切実な想いが込められているように俺は感じられた。

 かく言う俺自身も、オヤジ達の顔が思い出され、戦争に対する危惧が蘇るのを感じる。

「そうだよな……実際の所、いつまた戦争が再会されてもおかしくねぇもんな」

 オヤジ達はスコアに詠み上げられた繁栄をもたらすために、戦争を起こした。しかし、スコアに詠まれていなかった崩落によって、一時的に戦争が中断されているのが現状だ。

 崩落先の状況を知る術が無い以上、ルグニカ平野に集まっていた軍は全滅したと見なされていてもおかしくない。軍の中核を成す部隊が居なくなったような状況で、預言にも詠まれていないような事態が起こった今、何が起きているかも把握できぬまま、戦争を継続するとは俺にも思えない。

 しかし、あくまでオヤジ達がスコアに固執するなら別の見方もあるはずだ。俺達はユリアシティの連中の言葉や、モースから直に聞いて、崩落がユリアのスコアに詠まれていなかった事態だと知っている。

 だが、オヤジ達にそれを知る術はなく、教団としてもわざわざ教えるとは思えない。戦場の崩落に関しては自分達に公開されていなかった秘預言と見なしても何らおかしくないのだ。

 崩落によってマルクト側の領土、軍備は大幅に落ち込んでいる。今こそあの宿敵を打ち倒す好機───

 キムラスカ側がそう判断して、軍の再編が終わった途端、戦争を継続することも十分に考えられる。

 そんな鬱々した考えをだらだら口に出して述べると、皆の顔にも緊張が浮かぶ。

「……なるべく早く、崩落に関する情報を両国に知らせる必要があるということね」
「厄介な事態だな。こっちは崩落にも対処しないといけないってのに、キムラスカが戦争を続ける可能性も捨て切れないってことか」

 ティアとガイのまとめに、事態の複雑さを改めて思い知らされ、思わずため息が場に降りる。

「でもでも、なんでユリア様は戦争のスコアなんて詠んだんだろう?」
「そうですわね……星の記憶を詠み解き、遥か彼方の事象に至るまでを見通していたと言われるユリア。彼女は預言に振り回され生きるしかない未来の人々に、いったい何を感じていたのでしょう……?」

 翻弄されて生きるしかない……か。まさに今の俺達の世界を言い表している言葉だよな。

 なにせ戦争が引き起こされ、最終的にホドは預言通りに崩落した。続いて預言によって予め死が決定づけられていた聖なる焔の光が訪れると同時に、アクゼリュスもまた崩落した。

 そこまでは預言も順調に進んでいたわけだが、他の大陸まで崩落が始まって、ついに預言から外れた事象が起こり始めたことがわかった。

 だが、そんな現状においても、誰もが預言の絶対性を疑おうとしない。

「始祖ユリアか。自分の詠んだ預言が未来でこうも絶対的に崇められちまうなんてことがわかっていながら、それでも詠まざるを得なかったのかね。だとすると、先が見えるってのも、ちょっと考えもんだよなぁ」

 実際問題、当時の障気から離脱しようなんて状況下で、二千年先の事まで一々考えられたとは俺には到底思えない。未来に預言がどう見なされるかわかっていたとしても、結局の所、当時の人々を説得するために預言を絶対的なもんだと思わせるしか道がなかったんじゃなかろうか、とか俺は思っちまうんだけどな。

「ま、始祖ユリアの考えはわかりませんが、戦争が起きるから預言が詠まれたのか、預言に詠まれていたから戦争が起きるのか。ユリアの預言が詠まれてから既に二千年に近い時が流れているのです。今やそうした線引きは難しいでしょうね」

 俺達の洩らした預言に関する感想に、最後にジェイドが静かに口を開いてまとめてみせた。

 もうどっちが先にあったのか、誰にもわからなくなってるってのが正解ってことかね?

「そう簡単に答えは出せない問題ってことだろうな」

 首を傾げる俺に、ガイが俺の肩に手を置いて促す。

「ともあれ、そろそろ行かないか? このまま立っててもしょうがないだろ?」
「まあ、そうだな。そんじゃアニス、案内とか頼むぜ」

 俺は導師に関しては一番詳しいだろうアニスに話を振った。それにアニスが薄い胸を叩いて漢らしく応じる。

「導師守護役たるアニスちゃんに任せておきなさいって~♪」
「……いや、元導師守護役だろ──って、うわぁっ! だ、抱きつくなぁ~っ!!」

 突っ込みを入れたガイにアニスが報復し、情けない叫び声が周囲に響きわたった。

 一応さっきまでは真面目な話をしてたってのに……なんとも締まらないよな、俺達のメンツって。

 引きつった笑みを浮かべ、俺は二人のやり取りを生暖かい視線で見守った。




               * * *




 導師の執務室がある階層へ続く転送陣を起動させ、イオンの下へ急ぐ。

 しかし、ダアトにも転送陣が存在するのはジェイドに聞いて知ってたが、こんな譜陣が今も残って機能してるなんて、実際に目にした後でも信じられないよな。転送の際には合言葉を唱える必要があるとか言って、アニスは慣れた様子で転送陣を使ってたが、教会じゃ結構一般的な技術なんだろうかね。

 俺は一人首を捻りながら、ダアトの技術力の偏りに疑問を抱くのであった。

 ともあれ、そんなこんなで進み行き、導師の執務室前まで来たところで、部屋の中から複数の話し声が届く。

「ん? 誰か居んのか?」
「静かに。見つかったら少し厄介な事態になるわ……」
「うっ……わ、悪ぃ……」

 ティアに注意されるまま口を閉じて、中の様子をそっと伺う。

 導師の部屋で大詠師モースと、なぜか六神将のディストが向き合って会話しているのが見えた。

 ……どういうことだ? なんでこの二人が一緒に居る? わけのわからん状況に、俺達は顔を見合せ、とりあえず会話に耳をすませて様子を伺うことにする。

「……というわけで、戦場では一時的な休戦協定が結ばれたようです」
「そうか……お前はそのまま事態の推移を見据えろ」

 モースの指示に、ディストが慇懃な態度で応じる。それを特に気にした様子も見せず、モースが更に質問を重ねる。

「……ヴァンの奴は何をしている?」
「ええ、導師によって解放されたセフィロトに他の六神将を派遣して、何やらやっているようですよ」

 肩を竦めて肝心の部分はぼかした答えに、しかしモースはそうかと軽く頷いてみせた。

「アクゼリュスの崩落、戦場の崩落、生ける聖なる焔の光……やはり、そうなのか……?」

 ぶつぶつと呟き始めたモースに、ディストが少し苛立ったように腕を組み直す。

「それよりも、ネビリム先生のレプリカ情報の件、ぜひともお願いしますよ?」
「……ああ、任せておけ。情報部を動かして置こう。お前はそのままヴァン達の動向を逐次報告しろ」
「わかりました。それならばこの薔薇のディスト、あなたに協力いたしましょう。……ああ、それと導師イオンが再び連れ去られた場合に関してはどうしましょうか?」

 ディストの問い掛けに、モースが渋面になって顎を撫でる。

「……オラクルの半数以上がヴァンの影響下にある状況で、導師を守りきるのはさすがに難しいだろうな。今導師は……図書館に居たか。お前は導師が他の六神将に連れ去られた場合も動かず、情報を流すだけに留めろ。居場所さえわかれば、行動するのは情報部の者に任せられる。貴重な情報源を潰すのも意味がないからな」
「わかりました。先生の件、くれぐれもよろしくお願いしますよ」
「わかっている」

 会話はそれで終わったのか、二人はそのまま扉に近づいて来る。

 って、ヤバイじゃねぇか! ど、どうする? 

 きょろきょろと隠れ場所を探すが、そう簡単に見つかるもんでもない。

「やばっ、こっち! 早く……!」

 アニスに促されるまま、俺達は近くの部屋に慌てて飛び込んだ。間一髪のところで扉が開き、モースとディストがすぐ其処を歩く音が聞こえて来る。

 しばらくの間、俺達は緊張に身体を強張らせたまま、外を通りすぎる靴音に耳を傾ける。

「……行ったみたいだな。ふぅ」

 二人が完全に遠ざかったのを確認して、俺達はようやく息をつくことができた。

「しかし……ディストはモースのスパイなのかね?」
「それにしては、モースにも忠誠を捧げているような感じはしませんでしたわ」

 外に出てガイの洩らした言葉に、ナタリアが首を傾げた。彼女は部屋で行われていた二人のやり取りに、なにか引っかかるものを感じているようだ。

 確かに二人の会話を思い出してみると、上司と部下というよりは協力者という感じが強かったようにも思える。いったいどういう関係なのかと疑問符を浮かべる俺達の間に、低い声が響きわたる。

「……あのバカは、まだあんなことを」

 ジェイドの口から呟かれた言葉に、俺達はぎょっとして顔を向ける。大佐は眼鏡を押し上げ表情を覆い隠しているが、全身から立ち上る怒気が見て取れた。

「ど、どうしたんだ、ジェイド? なんか、ギスギスした空気振りまいてるけどよ?」
「……失礼。ともかく、ディストがモースに情報を流しているのは確実です。しかし、完全にヴァンの陣営から外れているわけでもないでしょう。おそらく、あのバカのことですから、自分の目的のために両者を利用してやるぐらいに考えているのでしょうね」

「モースと総長の間でコウモリしてるってことですか?」 

 大佐にしては珍しく感情を伺わせる言葉に、アニスが小首を傾げた。

 どっちつかずのまま両方を利用するか。だが、そんなに上手く行くのかね。モースもヴァンもそんな甘い相手じゃ無いような気がするんだが。それに、ディストの目的もよくわからん。先生とか言ってたが……何なんだろうな?

 ディストの行為に呆れながら奴の目的について考えていると、ナタリアがどこか強張った表情で口を開く。

「私……大詠師モースが今後どう動くつもりなのかが気になりますわ。崩落がスコアに詠まれていない以上、ヴァン謡将と対立しているのはわかります。ですが、彼があくまでスコアに詠まれているように戦争を押し進めようと考えているなら、やはり無視できません」

 それに、と小さく呟いた後で、その先を続けることを躊躇うように、ナタリアは視線を伏せる。

「それに……あの二人が協力関係にあるなら、ディストが王都で動いていたのも、モースの差し金だったとも十分に考えられますし……」

 王都で起きたスコアに関する事態を思い起こしてか、ナタリアの表情が曇る。

 確かに、伯父さんもモースによって宣旨が下されたと言っていた。あのときは戦場の崩落に関して十分に把握していなかったからだとも考えられるが……モースとディストが協力関係にあるなら、崩落が引き起こされるような状況においても、両国に戦争を続けさせようとしていたって可能性は十分に考えられる。

「……ティア、お前ってもともとはモースの部下だったよな。どう想う?」
「え、ええ……あの方は敬虔なローレライの信徒だったわ。誰よりもスコアを神聖なものと考え、自身の行動を律し、教団の運営に携わっていた」

 そこで言葉を切って、ティアは表情を暗くする。

「……でも、教団の役割が、そもそも預言から外れた事態が起きないように、外郭大地を監視することだった。それを考えると……あの方の信仰心の高さからも、どう動いてもおかしくないと思うわ」

 躊躇うように、歯切れの悪い言葉をティアは口にした。彼女の様子を見る限り、尊敬していた上司だけあって、教団本来の役割を知った今でも、そうした推測を口にするのに複雑な思いがあるってところか。

 この議論に終わりが見えない雰囲気を感じてか、ジェイドが一端の区切りを入れる。

「ともあれ、本人に確認でもしてみない限り、結論は出ないでしょうね。今は先を急ぐことです。他の六神将が居ないのが確認できたのは僥倖でしたが、それでもオラクルにいつ発見されるとも知れない状況に変わりはありませんからね」
「ま、そうだな。イオンは……図書館とか言ってたか? 図書館がどこにあるかわかるか、アニス?」
「この先ですよ。ちゃんとついて来て下さいね♪」

 イオンと再会できるのが嬉しいのか、ルンルン気分でアニスが先をさっさと歩き出す。

『……』

 何とも微妙な沈黙が場に降りる。

 ……いや、さっきからアニスが話に参加しないのが妙だとは思っていたけど、そういうことかい。

 何とも乾いた笑みが浮かぶのを感じながら、俺達はひとまず話を打ち切り、図書館へと向かうのだった。

 まあ、わかりやすいというか、なんというか……アニスらしいけどな。




               * * *




「皆さん、どうしてここに……? いえ、でも無事だったのですね。安心しました」

 図書館の奥の方に居たイオンが突然の俺達の登場に最初は驚いた様子だったが、それでも直ぐに嬉しそうに出迎えてくれた。おそらくケセドニアが崩落したって知らせを受けてたんだろう。俺達の無事を心底うれしく思ってくれているイオンの様子に、こっちとしても笑みが漏れる。

「崩落に関して厄介な事がわかってさ。イオンが何か知ってるかもしれないと思って、訊きに来てみたってわけだよ」
「僕に訊きたいことですか?」
「ああ。説明はガイ、頼んだぜ」
「お、俺か? ま、まあ、わかった。実はな……」

 ガイからセフィロトが暴走状態になっている事実を伝え、それに伴い他の大地も崩落する危険性が大きいということを簡単に説明して貰う。

「……まさか、外郭大地がそのような状態になっているとは」

 話を訊き終えたイオンも、事態の深刻さに表情を曇らせた。

「しかし、イオンもこんなところで何をしてたんだ? 調べ物か?」

 書棚が立ち並んだ部屋の様子を見渡しながら尋ねると、イオンが気を取り直したように口を開く。

「はい。ここは教団の中でも一部の者しか閲覧できない本が並んでいる書庫です。僕がケセドニアでダアトに帰ることを決めたのも、この書庫に崩落に関する情報があるかもしれないと思い立って、一度探してみようと考えたからです」

「ん? それじゃ、俺達の目的ともちょうど合ってたってことか」
「ええ。ルーク達が訪れた理由を聞いて、僕も少し驚きました」

 少し照れたように笑うイオンに、さすが先の先までちゃんと考えてる奴は違うよなぁと感心する。

「この本を皆さんに」
「こいつは……?」

 渡されたのは古びた一冊の本だった。ペラペラめくって中身を確認して見るも、まるで理解できない、こりゃ俺には無理だな。使われてる文字からしてさっぱりで、俺には到底読み解けそうにも無い。

「ジェイドなら読み解けるはずですよ」

 眉間に皺を寄せて唸る俺の様子に、イオンが苦笑を浮かべながら本の説明を口にする。

「これは創世歴時代に教団が回収し、禁書に指定した歴史書です。地核の流動化を防ぐ方法が考案されていると解説には書かれていました。詳しい内容は僕にもわかりませんでしたが、崩落に関連して起こる問題のいずれかを解決しようとした際、なんらかの助けになると思います」

 イオンの説明を聞いて納得する。やっぱり、創世歴時代にはある程度の対策とかも考え出されてたってことか。だが、同時に一つの疑問が浮かぶ。

「しかしよ、地核の流動化に対する対策があったのに、なんで何もしなかったんだ? その上対策が書かれた本まで禁書にしちまうしよ。なんか、理屈に合わない行動だよな」

 対策がわかってるなら、さっさとやっちまえばいいと俺は思うんだけどな。

 首をひねる俺に、ティアが少し躊躇いながら自分の考えを口にする。

「ただユリアの預言に詠まれていなかったから、禁書になった……?」
「おそらくティアの言う通りでしょう」

 ティアの推測にイオンが小さく頷きながら、少し沈んだ声音で言葉を続ける。

「教団にとって、ユリアのスコアに詠まれていないような状況を生み出しかねない本の存在は、到底認めることができなかったのだと思います」

 預言に詠まれていないような状況か。なんだか俺達からしてみれば、ホント今更って感じだけどな。

「預言か……アクゼリュス崩落まではユリアの預言通りに進んでたんだっけか? 秘預言とかいったか?」

 厄介なもんだと話の流れで確認した俺に、イオンが僅かに顔を俯ける。

「……実は僕、今まで秘預言を確認したことがなかったんです」
「えっ! そうなんですか?」

 アニスにとっても初耳だったのか、驚きの声を洩らす。

「ええ。秘預言を知っていれば、僕はルークに出会った時、すぐに何者か分かったはずです」

 言われて見れば、アクゼリュス崩落が預言に詠まれていたという割には、イオンは何も知らずに俺達に同行してたもんな。導師が知らないってのは意外な事実だったが、イオンはまだ若すぎる。教団の実権がモースに握られていただろうなんて事は容易に想像がつくし、有り得ない話では無いだろうな。

「……僕が内容を把握していれば、アクゼリュスの崩落は防げたかも知れない。教団に戻ったのは、そう言った理由もあったからです」

 俺としては納得できる答えだったが、ティアが預言の確認に戻った聞いて、疑問が浮かんだようだ。

「しかし、預言にはセフィロトの暴走は詠まれていなかったのでは……?」
「ええ。やはり第六譜石には、アクゼリュス崩落に至るまでの経緯と、戦争が勃発するということしか詠まれていませんでした。皆さん、着いてきて下さい」

 念のため皆さんにも確認して貰いましょう、とイオンが俺達を引き連れ移動を始めた。

 階段を回って、譜石の安置された礼拝堂に俺達は案内された。

「この譜石は第一から第六までの譜石を結合して加工したものです。導師は譜石の欠片からその預言を全て詠むことが出来ます」

 ただ量が桁違いなので、ここ数年の崩落に関する預言だけを抜粋しますね、と断りを入れ、イオンが譜石に手をかざす。

 仄かな光を放ちながら、スコアが浪々と詠み上げられる。




 ――ND2000。
 ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。
 其は王族に連なる赤い髪の男児なり。
 名を聖なる焔の光と称す。
 彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう。

 ──ND2002。
 栄光を掴む者、自らの生まれた島を滅ぼす。
 名をホドと称す。
 この後、季節が一巡りするまでキムラスカとマルクトの間に戦乱が続くであろう。

 ──ND2018。
 ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。
 そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街と共に消滅す。
 しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。
 結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の大繁栄の第一歩となる──




 スコアを詠み終えると同時に、イオンが息を荒らげながら身体をよろめかす。

「イオン様っ!」

 慌ててアニスが身体を支え、どうにか倒れ込むのを防いだ。

「大丈夫です、アニス。少し疲れただけですから」

 イオンが身体を起こすのを目にして、さすがの俺達もホッと息をつく。

「しかし、やっぱりアクゼリュス崩落と戦争のことしか詠まれてないか。もしかしたら、セフィロトの暴走は第七譜石に詠まれてるのかもしれないな」
「第七譜石か。それって結局見つかってねぇんだろ? やっぱ預言じゃどうしょうもないってことか」

 預言の内容を耳にしたガイの感想に、俺はスコアもあてにならないもんだとため息をついた。

「……ローレライの力を継ぐ者って、誰のことかしら?」

 譜石を見据えていたティアの疑問に、ナタリアが口を開く。

「それはルークに決まっているではありませんか」
「でもルークが生まれたのは七年前よ」

 確かに、あんまり言いたかないが、俺がフォミクリーで複製されたのは七年前だよな。

「今は新暦2018年です。2000年と限定しているのだから、これはアッシュのことでしょうね」
「でも、アクゼリュスと一緒に消滅するはずのアッシュは生きています」

 大佐の答えにも、やはりおかしいとティアが眉を寄せて反論した。そうして議論をしている内に、アニスもまた預言に詠まれた事象と現実に起こった事態の間で、合致しない部分を見つけ出す。

「それ以前にアクゼリュスへ行ったのはルークでしょ? この預言、やっぱりおかしいよ」
「確かに……アッシュも後から来たことは来たが、奴はあの時点で聖なる焔の光と呼ばれてた訳じゃないからな」

 どういうことだ? 俺達は次々と浮かぶ疑問を持て余す。

 最後に、譜石を見据えたまま一人考え続けていたティアが、決定的な矛盾を指摘する。

「ユリアのスコアにはルークが──レプリカという存在が抜けているのよ」

 その指摘に、俺は突然足元がぐらついたような感覚を覚える。

「……俺が生まれたから、預言が狂ったのか?」

 確かに……本来の預言が外れ始めたのは、俺が存在した時からだ。

 俺の存在が預言を狂わせたのか?

「……ルーク?」

 ティアもそこまで考えた上で、指摘したわけではなかったんだろう。突然深刻な顔になって考え込みはじめた俺の様子に、心配そうに俺の名前を呼ぶ。だがその声に答えることもできず、俺は新たな可能性について考え込む。

 しかし、その思考も突然飛び込んだ詰問に、霧散することになる。


「──何をしているのです、導師イオン」


 厳めしい顔に訝しげな色を浮かべながら男──大詠師モースは、イオンにそう問いかけた。




               * * *




「導師警護の者達から怪しいものがうろついていると報告を受け来てみれば、お前達か……」
「大詠師モース……」

 俺達は咄嗟に身構えたが、相手の出方がわからない以上下手に動くわけにも行かない。そんな俺達を庇うように、イオンが前に出る。

「モース、彼らは崩落を阻止すべく動いています。それは教団の方針にも何ら反しない……」
「導師イオン。わかっております。──それとネクロマンサー、無意味な行動は慎むのだな」

 モースが手を打ち鳴らすと同時に、礼拝堂のそこかしこから突然人間の気配が現れるのがわかる。

「既にこの部屋は包囲されている。それに……今はお前達を拘束するつもりも無い」

 モースの言葉に、大佐が警戒を完全には解かないながらも、肩を竦めながら譜術の詠唱を止めた。それを見届けると、モースは俺に視線を移す。

「崩落の阻止のために動いていると言ったな?」
「……ああ、そうだ」

 モースの無遠慮な視線が俺の全身を這い回る。ケセドニアであったような形だけの敬語も消え去り、完全に見下すような視線が俺を捉える。苛立ちが沸き上がるのを感じながら睨み返す俺に、モースが更に言葉を掛ける。

「来るべき繁栄のときを向かえるべく、世界を監視する。我らの存在する意味とはそれだ」
「……それがどうしたって言うんだ?」

 意味のわからない話の流れに敵意を持って聞き返すが、モースは淡々と問いかける。

「ユリアの預言を知った今なら、理解できたはずだ。世界の混乱には、お前の存在が影響していると」
「なにが……言いたい」

 ギシリと歯を噛みしめ問いかける俺にも構わず、モースはその言葉を告げる。

「──イレギュラーであるお前が死ねば、世界は正常な流れを取り戻すのではないか?」

 どこまでも端的な問いかけは、俺の心臓を正確に抉った。

「……俺は」

「死にたくないとでも言うつもりか? だがそれを真に思っているのは、果たして誰であったのだろうな。お前に殺されたアクゼリュスの人々か? それとも本来なら崩落するはずのなかった大地が崩落することで、その生を終えた者達か?」

 殺した人々の存在を忘れたことなど無い。例え一瞬であっても、決して有り得ないと断言できる。

 いつも意識のどこかで、その声は俺に囁き続けていた。

「……俺は……俺は……」

 なぜ自分達は死んだ? なんで本来生まれるはずのなかったお前が生きている?  

「全ての犠牲の上に立ち、尚も生き続けるお前は、そんな自分の存在をどう思っているのだ? ぜひとも聞かせてほしいものだな、レプリカルークよ」

 どうして、お前、死んでないんだ?

「──狂った預言に、もはや縛られる意味などありませんわ!」

 響いたナタリアの言葉は、俺の意識に巣くっていた囁き声を消し飛ばした。

 俺を庇うように前に立ち、ナタリアはモースを睨み返している。

「……だが、ユリアの預言に詠まれて居ないものが存在したために、この現状があるのもまた事実だ」
「それは、全ての元凶となったヴァン謡将にこそ帰せられるべき言葉でしょうね」
「ああ。それにルーク一人の存在で破綻するようなら、預言もその程度の存在だったって事だろうな」

 続いて放たれたジェイドとガイの返しに、モースは静かに目を閉じる。

「なるほど……お前達はそう考えているわけか。確かに、そういった考え方もあるだろう」

 予想外のことに、あっさりとモースは引き下がった。

「だが、その想いとて世界が存続しなければ何ら意味がない。だからこそ私は……」

 モースが目を開き、どこまでも静かに、粛々と続ける。

「お前達は、スコアをどう考えている?」

 この場に居るもの達全員の顔を見回し、語り掛ける。

「私の考えはただ一つ。スコアとは──受け止めるものだ」

 自らの胸の前に腕を掲げ、ただ一つの考えを奉じる聖人は、自らの信念を告げた。

「それ以上でも以下でも有り得ない。我等のありとあらゆる行動も、全ては最初から預言に定められていた必然の結果にすぎない。例え僅かばかりの誤差が生じようとも……何も変わらないのだよ。
 ……正式な手続きも踏まず導師に接触した事、今回は見逃そう。直ぐに教団から立ち去るのだな」

 俺達から視線を外すと、イオンに向き直り礼を取る。

「導師も今後は不用意に部外者と接触するのはお止めください。……それでは私はこれで失礼します」

 あとは俺達に一瞥もくれずにモースは去っていった。そんな奴の背中を、俺達は言葉も無く見据え続けた。

 しばらく立ち尽くした後で、再び動き出した俺達の間にも、会話は起こらなかった。

 無言のまま進む皆の最後尾に立って、俺はモースの言葉の意味を考える。

 ──お前の存在が世界の混乱を生み出しているのではないか? 

 たとえ誰が相手だろうが、そうした問いを突き付けられたら……俺は何も言い返せない。

 ナタリアは俺を庇って、狂った預言などもはや関係ないと断言してくれた。そんな彼女の言葉は俺の胸に染み渡って、言葉じゃ言い表せないくらいに嬉しいもんだった。

 だが、それでも、世界の渾沌を生み出しているのが俺じゃないって否定するような理屈は、何一つ見出せていないのもまた、確かな事実だ。

 アクゼリュスの崩落に関しても、俺は未だ何一つ償えちゃいない。自分の軽はずみな行動の結果引き起こされた事態に対して、何一つ清算が出来ちゃいないのが現状だ。

 ジェイドに言わせれば、罪が消えることは有り得ない、とか皮肉でもって返されそうだが、それでも自分が犠牲にした人たちに対して何も報いることができていないこの状況に、歯痒さを覚える。

 その上、この世界の混乱が全て、そもそも俺の存在により生じたもんだとしたら……

 正直……きついよなぁ。

 否定しきれない一つの仮説に、俺は顔を上向け、一人ため息を漏らした。

 やれやれと俺は落ち込んだ気分を紛らわせようと、先を行く皆に視線を巡らせる。

 ふと、ティアの様子がおかしいことに気付く。悄然と肩を落としながら歩く彼女の様子が気になって、俺は気付けば彼女に声を掛けていた。

「大丈夫かよ、ティア? なんか、顔が真っ青だぜ?」

 顔を覗き込む俺に、ティアが少しその瞳を潤ませながら俺から視線を逸らす。

「……ごめんなさい、ルーク。私、大詠師モースの言葉に何も言い返せなかったわ」

 ん、そんなこと気にしてたのか? 俺はひらひらと手を振りながら、彼女の言葉を否定する。

「別に気にする必要はねぇだろ? もともとティアは教団の人間だ。あいつのスコアに対する考え方を尤もだって納得しちまうのも、ある程度はしょうがないって……」

「──違う! そうじゃない……そうじゃないの……私は……」

 声を震わせながら、しかしティアは俺の顔を正面から見返す。

「私は……あなたの存在がスコアを狂わせたという言葉に、確かに一理あると一瞬、納得してしまった。だから、皆があなたの存在を肯定したときも、何も言い返せなかったのよ」

 ……そっか。何かを気にしてるとは思っていたが、そこを気にしてたのかよ。

 なんだかんだ言ってもティアは俺みたいな単純な奴と違って、まず理屈から考えるタイプの人間だ。そんなこいつが、モースの整然とした言葉を聞かされて、ある程度の理屈を認めちまうのも仕方のないことだって俺は思う。

 しかし、わざわざ言わなくてもいいような事を打ち明けるのは、なんともティアらしいと感じてしまう。不器用なまでに、どこまでも生真面目なやつだよ、ホントにさ。

 苦笑が浮かぶのを感じながら、返すべき言葉を探している内に、ティアは更に自分の迷いを口にする。

「私……わからなくなってしまった」
「……うん? 何がだ?」
「スコアは人々が守るべきものだと、私はずっと信じてきた。通常の生誕祭で、死の預言が詠まれないのも、当然のように受け入れていた。それが避け難いものだと思っていたから……けれど」

 彼女はこれまでの自分の行動を振り返り、今の自分の考えとの矛盾を口にする。

「それは崩落が起こるのを知りながら、何もせず人々を見殺しにすることと、何ら変わりない行為だったのかもしれない」

 ──崩落を見殺しにすることも、死の預言を伝えないことも結局は同じ次元の話ではないか?

 アクゼリュスでモースが投げ掛けた疑問が蘇る。あのときは何も言葉を返すことができなかったが、しかしティアの口から伝えられたそれは、あいつの言い放った言葉とは何かが違うようにも感じる。

「ならよ、今はどう思ってるんだ?」
「今……?」
「ああ、そうだ。昔じゃなくて、今はスコアをどう思ってるんだ?」

 意外な問い掛けだったのか、ティアが一瞬きょとんと目を見開く。かく言う俺自身も、何でそんな質問をしたのかよくわからなかったが、気付けばそう問いかけていた。

「今は……そうね、イオン様の考え方に近いかもしれない。決して覆せないものではない、生きる上で与えられた選択肢の一つに過ぎない……そう考えているわ」

 ティアの答えを耳にして、俺はようやく自分でも何が言いたかったのか理解した。

「ティア……お前、結構変わったよな」
「……そ、そうかしら?」
「ああ。変わったぜ」

 口元がほころぶのを感じながら、俺はやんわりと言葉を続ける。

「やっぱり、お前は違うぜ。知りながら動かねえ人間と、知った後で動こうとする人間の間には、絶対的な違いがあるって俺は思うんだ」

 モースやユリアシティの連中は知りながら動かなかった。だが、ティアは違う。預言の裏にあるものを知った後で、自分の考えを変えることができたんだ。過去がどうだろうと、今ここに居る彼女が考えてる事が、何より重要だって俺は思う。

「まあ……俺がそう思いたいだけかもしれねぇけどな」

 二年前の事件、アクゼリュスの崩落。もはや取り返しのつかない、無数の罪の記憶が脳裏を掠める。だが、今はぐだぐたと俺の事情で落ち込んでるようなときではない。被りを振って陰鬱とした記憶を振り払い、その先の言葉を続ける。

「それでもさ、ティアは気付いたんだ。それだけは誰だろうが否定できない。俺はそう思うぜ」

 ティアの顔を見据え、俺は嘘偽りのない本心からの言葉を告げた。

 それに彼女は言葉の意味を噛みしめるように、瞳を閉じる。そして少し間を空けた後で、小さく微笑んだ。

「……ありがとう、ルーク」

 少し頬を染めながら呟かれたティアの感謝の言葉に、俺も急激に顔が赤くなるのがわかる。

 うっ。よくよく考えてみれば、こんな風に誰かを慰めるなんて事は初めての経験だったから、俺としても何だか気恥ずかしいもんを感じてしょうがない。

「い、行こうぜ」
「そ、そうね」

 なんだか理由のわからない居心地の悪さを感じながら、俺達は強引に話を打ち切り、少し先を行く皆に追いつくべく、足早に動き出すのであった。




               * * *




 イオンと教団の正面口まで移動したところで、一人の詠師がこちらに駆け寄って来るのが見える。

「導師イオン! お捜ししておりましたぞ!」
「詠師トリトハイム。すみません、礼拝堂で少し確認したいことがあったので……」

 申し訳なさそうに謝るイオンに、トリトハイムは憮然と顔をしかめる。

「導師としてのお勤めは如何なさいます。処理していただきたい案件が多数残っているのですよ。まったく……ん?」
「どうしたのですか?」

 突然俺達の居る方を見据え、顔を強張らせたトリトハイムの行動に、イオンが怪訝そうに問いかけた。

「いえ……実は彼らに異様な音素の高まりを感じとり、少し気になったので」
「なんだそりゃ……?」

 あんまりにも曖昧なトリトハイムの物言いに、俺は思わず突っ込みを入れていた。

 ……ん、待てよ? 異様な音素の高まりって……ひょっとして……それは……

「……こいつのことか?」

 ガサゴソと道具袋を探って取り出した杖を見せた瞬間、トリトハイムが目を見開いて呻く。

「なんと……強力な音素……しかし、こ……これは! この杖をどこで手に入れたのです!」

 激しい勢いで詰め寄って来るトリトハイムに、俺達は少し困惑しながら言葉に詰まる。そんな俺達に代わって、イオンがトリトハイムを宥めるように、静かに言葉を掛ける。

「詠師トリトハイム。この杖が何か……?」
「う……うむぅ。まぁ、今となっては話をしても構わぬか……」

 少しの間腕を組んで考え込んだ後で、トリトハイムはその口を開く。

「その武器は惑星譜術の触媒と言われているものです。惑星譜術とは創世暦時代に考案された大規模譜術であり、このオールドラントの力を解放すると言われています」

 惑星……譜術? なんだか、急に話が随分とデカイもんに移ったな。

「オールドラントの力を解放するとは、どういうことなのでしょう?」
「星の質量をぶつけると言われていますが、正確な効果の程はわかりません。なんでもこれが使われる前に譜術戦争──フォニック・ウォーは終結したと言われているので」

 ……なるほどな。六神将が触媒を集めていたのは、その惑星譜術の復活が目的だったのか? 

 考え込む俺達を余所に、イオンが自分の知らなかった事実に対して、不可解そうにトリトハイムへ問いかける。

「しかし、トリトハイム。どうしてあなたはそこまで詳しいのですか?」
「うむぅ……実は、この惑星譜術に関する資料がユリアシティで発掘され、前導師エベノスの手で密かに復活計画が進められていたのですよ」
「前導師が……?」

 思わぬところで拾った情報に、俺達の関心が更に強まる。

「ええ。なんでも発動には創世歴時代に造られ、集合意識体を使役するために用いられた六つの触媒──レムの力を操るための奏器が三種、シャドウの力を操る奏器が三種必要となる……ということらしいです」

「へ? 六属性の触媒を一種類ずつじゃなくてか?」

 ラルゴの振るった第五音素の力を思い返し、思わず疑問が口をついて出る。

「む、なにか知っている事柄と相違があったようですね。実を言うと、詳しいことは私にもよく分かっていないのですよ。惑星譜術計画の責任者であったオラクルの騎士は、資料を処分して教団を辞めてしまったし、エベノス様も亡くなられたので……」

 責任者は教団を止めちまってるのか。しかも、資料は残っていないと。

 まあ、残された手がかりが少ないのは残念な話だが、それでも惑星譜術の存在と、触媒が六つあるって情報を聞けたのは運がよかったかもしれない。ヴァンの奴らがいろいろと動いているなら、教団に残っていた資料があったとしても、外に出ないよう抱え込まれちまってる可能性も十分に考えられたのだ。

「結構、重要そうな情報が手に入ったよな」
「ええ。兄の目的が何かわかるかもしれない」

 小声で言葉を交わす俺達に、イオンが小さく頷いて更に詳しい話を聞き出そうと質問を続ける。

「トリトハイム、その人がどこに行ったかわかりますか?」
「なにか気になることがありましたかな? ならばケテルブルクへ行ってみるのがいいと思われます。残念ながら、既に責任者は亡くなっているそうですが、ともすれば何か手がかりが残っているかもしれませぬ」
「その責任者だったという方の名前は?」
「ゲルダ・ネビリム響士と言うそうです」

 トリトハイムの口にした名前に、俺は何か既知感を覚える。

「……ん? ネビリム……?」

 どっかで聞いた名前のような……? 一人首を捻って記憶を探るも、俺が何かを思い出す前に、トリトハイムがイオンに向き直る。

「ともかく、導師のお知り合いでしたら安心でしょうが、仮に惑星譜術の復活が成せたとしても、軽はずみな使用はくれぐれも控えて下さい。それでは導師、なるべく早く執務室へお戻り下さい。私はここで失礼します」
「ええ。いろいろとありがとうございました、トリトハイム」

 イオンの礼に構いませんと一礼すると、トリトハイムはこの場を去った。

 彼の背中を見送った後で、イオンが再び俺達に向き直る。

「僕は引き続きダアトで、ヴァン達の集めていたものについて探ってみるつもりです。前導師が研究していた事柄なら、僕にもある程度の情報が集められると思いますから」

 イオンは毅然とした決意を瞳に宿し、俺達に自分がどう動くつもりなのか伝えた。そんなイオンの様子に、こいつが導師として自分にできることを行い、世界の混乱に対処しようという意気込みを感じる。

「まったくよ、モースに言われるままダアトに帰ったのかと思えば、最初からそういうつもりだったのか。イオンがいろいろと考えてたのは知ってたが、誰にも相談しないで一人で突っ走りすぎだぜ」
「……ルーク。すみません」

 申し訳なさそうにしゅんと肩を落とすイオンに、俺は苦笑を浮かべる。俺はあの夜交わした会話を思い起こしながら、イオンの頭をくしゃくしゃと撫で回す。

「ま、イオンは自分にしかできないことを見つけたんだな。なら、俺から言うことは何もねぇよ。資料探し頼んだぜ、イオン」
「はい! 僕は僕なりに崩落に対処してみるつもりです」

 そう笑いかけると、イオンはアニス視線を向ける。

「アニス、皆さんをよろしくお願いしますね」
「任せて下さい! 皆どこか抜けてますから、わたしがしっかり締める所を締めて見せますよ♪ あと……イオン様も、総長達の動きには十分気を付けて下さいね」
「ええ、わかっています。皆さんも、どうか気を付けて」

 最後にそんな言葉を掛け、イオンもまた俺達に背を向けた。

 そんなイオンの背中をアニスがいつまでも名残惜しそうに見送っているのが印象的だった。

 しばらく別れの余韻に浸っていると、現実的なティアと大佐が今後の予定を話し始める。

「六神将が集めていた響奏器は、単に集合意識体の使役に用いられる触媒ではなかったということでしょうか?」
「そうですねぇ……あまり気は進みませんが、一度ケテルブルクへ行ってみる必要がありそうだ」

 ティアの推測に、大佐が眼鏡を押し上げ応じた。

 集合意識体を使役する響奏器ってだけじゃなく、六本集めることで一つの意味がある惑星譜術の触媒か。しかし、そうなってくると、俺達がディストから杖を奪えたのも運がよかったのかもな。

「ともあれ、まずはイオン様に渡された禁書を解読するとしましょう。やれやれ、これは意外と時間がかかりそうですねぇ」
「解読ってダアトでするのか? それって……大丈夫かよ?」

 いつ六神将が戻ってくるともわからない場所で、悠長にそんな作業してて大丈夫なのかと心配になるが、ジェイドは安心しろと言葉を掛ける。

「今のところオラクル騎士団はモースが統制しているようですし、ヴァン謡将と彼の目的が合致でもしない限り、六神将も迂闊にダアトに戻ることはできないでしょう。それに、先ほどのモースの様子を見る限りでも、私達に無駄な襲撃を仕掛けることはしないでしょうしね」

 おそらく大丈夫でしょう、とジェイドは肩を竦めて見せた。

 そんなものだろうか? 大佐の説明に俺は首を捻るが、皆は納得したようだ。まあ、確かにモースの言葉を聞く限り、ヴァンに協力するとは思えない。ひとまずは安心ってことか。

 俺達はジェイドの解読のために、ダアトの宿屋に向かうのであった。


 こうして、俺達はダアトで一日を過ごし、ジェイドの解読が終わるのを待った。


 翌日、解読を終えた大佐は本に記されている音機関の復元に、計算機に精通した技師達の協力が必要不可欠だと述べた。それにガイが計算機ならベルケンドの技師達が一番詳しいだろうと提案し、俺達はベルケンドに向かうことになった。

 ダアトの街並みを背にしながら、俺達は旅立ちの準備も終え、ダアトを後にしようとしている。

 最後の見納めとばかりに、俺は教団の本部が存在する建物を見上げる。

 ……結局、おっさんに会うことはできなかったな。

 二年前、何も告げず街を去ったおっさん。寮の管理者はダアトに転属になったと言っていたから、ヴァンの奴に聞けば、この二年の間も今どうしているかぐらいのことは簡単に聞き出すことは出来ただろう。しかし、俺はこの二年の間、それをしようとは思わなかった。どうしても一つの可能性が打ち消せなかったからだ。もしかしたら、俺という存在はおっさんにとって……

「──ルーク?」

 ティアが不思議そうに声を掛けて来た。

 周囲を見回すと、既に皆が動きはじめているのがわかった。一人動き出さない俺に気付いて、不審に思ったんだろう。

「どうかしたの?」

 続けて尋ねて来る相手の顔には、少し心配そうな色が浮かんでいた。どうやら傍目にもわかるくらい、様子がおかしくなっていたようだ。

「……いや、別になんでもねぇよ。少し、昔の事を思い出してただけさ」

 心配そうに見据える相手に、俺は言葉短く答えた。

 荘厳な教団の建物を見上げながら、口の中で繰り返す。

「今更どうにもできない、昔の事を……な」

 活気に満ちた都市の中で、俺は一人過去を見据える。

 頭を下げることすら許されなかった、自らが犯した罪の記憶に──

 言葉に仕切れぬ想いを込めて、小さく言葉を洩らした。



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  1. 2005/07/31(日) 01:24:15|
  2. 【家族ジャングル】  第五章
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 ──白の聖都──


 ローレライ教団という組織を一言で表すなら──それは巨大であるという一言に尽きる。

 オールドラントが誇る二大大国たるキムラスカランバルディア王国とマルクト帝国、それに宗教自治区を備えるローレライ教団を加えた三大勢力が、現在世界を分割統治していると言っても過言ではない。

 そんな強大な権威を誇る教団だが、その組織は複雑で、構成員も多岐に渡っている。

 まず一般的に誰もが思い浮かべるであろう教団信者達とは、必ずしも教団に属するものではない。各国に設置された教会を時折訪れる、どこにでも居るような領民が、そうした信者達の大半を占める。

 対して、宗教自治区に暮らす信者達はまさに教団に全てを捧げた人間と言っても過言ではない。自給自足の暮らしを自らに課し、スコアへの祈りを日々の糧としている。

 また、教団という組織を語るに当たって欠かせない存在として、神託の盾──オラクル騎士団の存在があるだろう。彼らは教団に支払われる莫大な寄付金を基に組織運営され、教団の目指す秩序を実現すべく日々訓練を重ねている。

 西に魔物に困る人々が居れば剣を持って駆けつけ、東に災害に苦しむ人々が居れば援助を持って手を伸ばす。

 そんな真摯に預言への祈りを捧げ、教団の為に日々奔走するオラクル騎士団にあっても──忌ま忌ましいことに──当然型に収まり切らない、常軌を逸した人間というものは確実に存在する

 全ては、現在から遡ること二年前、一人の愚か者がダアトに舞い戻った時点から始まった。

 これから語る話には、そんな規格外という形容が相応しいと言うしかない、どこか決定的に〝踏み外してしまった者〟ばかりが登場する。

 誰もが不遜な態度で預言を軽んじ、世界に対して深い絶望を抱き、その内に消えるこの無い憎悪の焔を抱え続け、果ては禁忌に手を伸ばすことさえ厭わないと口にする──咎人だ。

 そんな罪深き咎人達に、私が掛けるべき言葉があるはずもなく、関わり合いを持つ理由もまた、何一つ存在しない──はずだった。

 ただ、聖句を唱え、偉大なる始祖に祈りを捧げ、絶対的なる預言のままに動く世界を眺める。

 それだけで、私は、十分だった。

 満ち足りていたのだ。

 私は、

 決して、

 知りたくなどなかった。


 この世界が■■■ッ──ッ──■■■■■──……………………………………………………………

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…………………






















                  Tales of the Abyss

                  ~家族ジャングル~






















                ──聖なる哉、聖なる哉──






















 【異端の交わす杯】




「あぁー……ダリィ」

 書類の積み上げられた執務室にあって、その男はひたすらダラケきっていた。左手にはビール瓶が握られ、右手にはグラスが握られている。並々と注がれた液体が音たてながら泡を弾けさせ、冷えきったグラスに霜を降ろす。

 無精髭の生え揃った口元にグラスを近づけ、くいっと傾ける。

「ぷはぁ……くぅ──もうこの一杯のために生きているって感じだわなぁ」

 無精髭の男が腰掛けるソファーの対面、書類の積み上げられた長机の方から悲鳴が上がる。

「し、師団長ーっ! たまに顔出したんですから、少しは仕事を手伝って下さいっ!」

 しかし、無精髭の男は一切の声を無視してグラスを傾け続ける。

 これなら机にたまりたまった書類が、ちょっとした山のようになって、こんもりと積み上げられている状況にも、大多数の者達は違和感を覚えることなく、それも当然と納得してしまうかもしれない。

 しかし、如何に無精髭の男が仕事をさぼろうとも、その執務室に積み重ねられた書類の量は異常なものがあった。

 もちろん、こんな状況が出来上がったのにも、当然それなりの理由というものがある。

 それを説明する前に、まず彼らの所属する組織──オラクル騎士団について、少し述べておきたい。

 オラクル騎士団は主に六つの師団を持って構成されている。それぞれ師団長によって統制され、その編成は以下の様なものになっている。

 第一師団の人員は約6000名、師団長には黒獅子の名を冠するラルゴ謡士。
 第二師団の人員は約6000名、師団長には死神の忌み名をいだくディスト響士。
 第三師団の人員は約20名で、師団長には妖獣と畏怖されるアリエッタ響手。
 第四師団の人員は約2000名、師団長には魔弾の異名を誇るリグレット奏手。
 第五師団の人員は約2000名、師団長には烈風と称されるシンク謡士。

 そして最大規模を誇る第六師団──約8000名もの人員を束ねる師団長は、長らく空席であった。

 しかし、今から遡ること数カ月前、この第六師団長に、突如一人の人物が任命された。

 その人物の名は、アダンテ・カンタビレ──

 かつてダアトの学会でその悪名を轟かせた、異端の研究者の名前であった。

 何故このような人事がなされたのか? 教団員は誰もが憶測を交わし合い、到底認められた者では無いと影で囁くものや、公然と批判を口にするもの、果ては上層部に撤回を直訴する者まで現れる始末。事態はいよいよ収拾がつかなくなるかと思われた。

 しかし、ただ一人の人物の一喝を持って、全ての騒動は立ち消える事になる。

 オラクル騎士団を統括する主席総長、ヴァン・グランツ謡将は次のように述べた。

 曰く──彼の者を異端と見なす者達よ、聞け。貴殿らの口にした悪意ある言葉は、全ては自身に帰せられるものである──と。

 大多数の教団員は、この言葉に己の言動を恥じ、それ以上批判を口にすることは無くなった。

 それも表向き、ではあったが。

 やはり、主席総長からの達しがあったとは言っても、教団員達の反感を完全に抑え切れるはずもなく、むしろ批判を表立って口にすることができなくなった分、より陰湿なものとして、この新たな第六師団長への不満は噴き出した。

 各師団に均等に割り振られるはずの任務が、明らかに困難で時間の掛かるものから、取るに足らない雑事に至るまで、ありとあらゆる任務が怒濤のごとく、第六師団に押し寄せた。

 当初、こうした嫌がらせを始めた者達の思惑としては、この第六師団長があまりの任務の多さに、泣きついて来るのを期待していた節がある。

 しかし、新たに着任したばかりの第六師団長に、割り当てられた任務が異常なまでに多いことなど当然わかるはずもなく、彼はあっさりと受け取り──さらにまずいことに、処理しきってしまった。

 こんなもんでしょうかね? 報告書の末尾には、そんな挑発じみた言葉が添えられていたという。実際は言葉通りの意味で、仕事の出来を尋ねて居たのだが、誰もそうは取らなかった。

 これを自分達への挑戦と受け取った教団員達はますます意固地になって、第六師団に任務を割り当てる。第六師団長はそうした悪意に気付くこと無く、さすが教団本部の人間は仕事に熱心だなぁと的外れな感想を抱きながら、任務を処理し続ける。

 かくして、決壊した河川に押し寄せる洪水のごとく、第六師団には日々膨大な量の任務が押し付けられるという、今の様な状況が出来上がったというわけだ。

 ……まあ、実際に苦労しているのが誰かと言えば、それは件の第六師団長では無く、主に彼の部下であったというのが、なんとも涙を誘う話だ。

 そんな現状の元凶にして、今日も今日とてノラリクラリと杯を傾け続ける第六師団長に対して、彼の哀れな部下がもう嫌だと悲鳴を上げる。

「ぼ、僕にだって処理能力に限界はありますっ! て、手伝うぐらいして下さいっ、カンタビレ様!」

 何度も上がる悲鳴をさすがに無視できなくなってか、第六師団長──カンタビレは顔を机に向けた。

「やれやれ、ライナー君。僕ぁ思うんだよ」
「な、何をですか?」

 聞き返す声に、カンタビレはよくぞ尋ねたとばかりに、ぴしりと指を突き付け、最低の言葉を返す。

「仕事とは、サボる為にある。うーむ、これって名言じゃねぇ?」
「ひぃ────んっ!」

 結局、全ての仕事が片付くには、悲鳴の主が徹夜で手を動かし続けなければならなかったのだが、その間、本来その仕事を行わなければならなかった人物が何をしていたかと言えば……

「かぁ──うめぇ……っ!」

 ……まあ、多くは語るまい。


 ともあれ、これが新たに第六師団長となった人物──異端のアダンテ・カンタビレの日常であった。




【獅子の洩らす吐息】




 ───更に遡ること数カ月程前。


 ラルゴは突如招集された各師団長の面々の様子を伺いながら、改めて考える。

 自分達は一般的な信者達とはどこか一線を画してると。

 見た目年端も行かぬような者から、常に仮面を付けた怪しい風体の少年、果ては自分のような素性も知れぬ無頼漢に至るまで、よくぞ集めたと称賛したくなるほど、組織の内には到底収まり切らないような人材ばかり集められ、師団長に据えられているのだ。

 こうした集団は本来であればまとまりを持つのを待つまでも無く、瓦解するのが自然な流れなのだが、それも一人の男のカリスマによって統制されている。見事なものだと、ラルゴは自らが忠誠を捧げる相手に抱く畏怖の念を新たにする。

「ところでさ、特務師団長の姿が見えないけど?」

 シンクの言葉に、ラルゴは我に返り、周囲を見渡す。確かに、この場に集められたメンバーにアッシュの姿は見えない。

「──アッシュにはしばらくの間、外へ出て貰っている」

 騒めく場に、その言葉は投げ込まれた。

「閣下に敬礼っ!」

 副官たるリグレットの掛け声を合図に、それぞれが新たに現れた人物に思い思いの敬礼を捧げる。

「少し待たせたようだな。皆の者、すまない」

 敬礼の先に佇む相手は、自分達師団長を統制する者にして、軍の頂点に位置する存在、オラクル騎士団主席総長、ヴァン・グランツ謡将の姿があった。

「今回お前達を招集したのは他でもない、これよりお前達の同僚となる、新たな師団長を紹介するためだ」

 総長から語られた初めて耳にする情報に、ラルゴは少し驚きを覚える。それは他の面々も同じようで、特に参謀を勤めるシンクなどはどこか胡散臭そうに口元を歪めている。

「新たな師団長って、名目だけの師団長をこれ以上増やされても困るんだよね、ヴァン」

 皮肉を口にしながら、シンクは集められたメンバーの一人、ピンク色の髪をした小柄な少女──アリエッタに顔を向ける。

「し、シンクひどいっ! アリエッタ、名目だけの師団長じゃないもんっ!」
「どうだかねぇ。それに僕はなにもお前がそうだとは一言も言ってないけど。名目だけだって自覚があるってことじゃないの?」
「うっ……うう、シンクの意地悪っ!」

 言い争う二人に、ラルゴは頭痛を感じながら割って入る。

「シンク、さすがにそれは言葉が過ぎるぞ。アリエッタの魔物使いとしての能力は侮れぬものがある」
「そんなことはわかってるよ。……まあ、魔物の力は認めてあげるさ」
「うぅ……」

 あくまで皮肉を止めないシンクに、アリエッタが涙目になってシンクを睨む。

 いつからオラクル騎士団は保育所になった? ラルゴは肩にずしりとのしかかる疲労の重みを感じながら、それでも生来の面倒みの良さから他の者達のように無視もできず、アリエッタに向けて口を開く。

「そう自分を卑下することはないぞ、アリエッタ。お前の力は、この黒獅子ラルゴとて認めるものだ。俺が言うのも何だが、誇っていい能力だ」
「ラルゴ……あ、ありがと……」

 照れたように頬を染め、顔を俯けるアリエッタに、ラルゴは彼女の頭を撫でることで応じる。ふと、もはや顔も思い出せない一人娘の事が脳裏を過るが、すぐにそれも消え失せる。同時に、胸の内で消える事無く燃え続ける世界への憎悪を確認し、自分が未だこの感情を忘れていない事実に安堵する。

「では、これより第六師団長となる者から就任の挨拶をして貰う。──入って来い、カンタビレよ」

 総長の呼び掛けに、扉が音を上げ開かれ、一人の男が部屋に足を踏み入れた。

 どこか虚無的な空気を漂わせる男だった。無精髭の生える口元を面倒臭そうに引き結び、注がれる視線にも臆することなく、むしろ反対にこちら側を観察するような瞳を返す。着ているのは自分達と同様、師団長のみが着ることを許される黒色を基調とした教団服だ。

 男は総長の隣に立つと、頭に手をやりながら、がしがしと髪をかき上げる。

「あー……総長から紹介があったとは思いますが、僕が今日から皆さんの同僚になるアダンテ・カンタビレってもんです。まあ、僕は基本的にクソ弱いんで、あんまり戦闘任務じゃ力になれないと思いますんで、予め了解しといて下さい。あと、僕は教団の人間って基本的に大嫌いなんで、そこんとこもよろしく。以上」

 言いたい事は言い切ったと、あっさり口を閉じるカンタビレの挨拶に、ラルゴ達は呆れ果てた。

 仮にも先任に当たる自分達に、ここまでとんでもない言葉をぶちまける者が居るとは思わなかった。ラルゴは呆れるのを通り越して、むしろどこか感心するものを感じながら新たな同僚に視線を向ける。

「……まあ、このような奴だ。口は悪いが、それほど性根の曲がった奴でもない。くれぐれも宜しく頼む」

 苦笑を浮かべる総長に、カンタビレが肩を竦める。

 ……なるほど、こいつもまさに規格外というしかないな。

 ラルゴは彼が師団長に据えられたことに、ある種納得するものを感じながら、同時に別のことを思う。

 もう少しで良いから、総長も人格面を考量して、師団長の人選をして欲しいものだ。

 そんな叶うはずもない願いを胸に抱き、ラルゴは密かにため息をはくのであった。




【仮面の抱く呆れ】




 シンクは紹介された新たな師団長の就任挨拶に、また馬鹿なやつが来たものだと呆れ果てた。

 参謀も兼任するシンクにとって、あまり使い物にならないような人物に対して、協力の見返りに師団長の座を渡すような行為は、もう止めてほしいというのが正直なところだった。だがヴァンの決定した人事である以上、シンクに異を唱えることはできない。

「また、本人からもあったように、カンタビレは指揮に関して素人だ。故に、副官としてディストの方からライナーを持ってこようと思っているのだが、どう思う?」

「承知いたしました、総長」

 過剰なまでに丁寧な動作でディストは礼を取ると、続いてカンタビレに視線を向ける。

「しかし……カンタビレ、ですか。なるほど……あなたが……あの」

 ディストにしては珍しく、人間に興味を抱いているようだ。シンクはあまりの意外さに問いかける。

「珍しいね、あんたが人間に関心を持つなんて」
「いえ、彼の名前に少し聞き覚えがあったもので……ねぇ」

 ニヤニヤと陰湿な笑みを浮かべるディストの言葉に、カンタビレが顔をしかめるのがわかった。

 ……ふん。こいつも訳ありってことか。

 カンタビレの様子になにかを察して、シンクは鼻を鳴らして唇を吊り上げる。そんなシンクの様子に気付いていながら、ヴァンはあえてそれを無視して、声を掛ける。

「シンクもカンタビレを気にかけてやってくれ」
「まったく……僕の負担も少しは考えてほしいね、ヴァン」

 シンクの遠回しな拒絶にも、ヴァンただその口元に苦笑を浮かべるのみだった。

「まあ、もう就任した以上、今更言っても仕方ないけどさ」

 やれやれと首を振ってヴァンからの申し出を了解した際、シンクはカンタビレが自分をじっと見据えていることに気付く。

「なにさ?」
「……いや、一つ聞いて良いか?」
「それが意味ある質問ならね」

 意味のない質問だったら許さないと暗に示した答えにも、カンタビレは躊躇う様子も無く、間髪入れずに口を開く。

「その仮面はアレか、趣味なのか?」

 場の空気が、凍りつく。

 シンクの身体から殺気が漏れ出し、周囲に叩きつけられる。

 基本的に六神将の過去を詮索することは最大級の禁忌とされている。そんな禁忌をあっさりと踏みにじり、臆面もなく問いかけたカンタビレはと言うと、変質した場の空気に気付いた様子も無く、一人ぶつぶつと口元で呟きながら、しきりに首を捻っている。

「まあ、そうだな。趣味は人それぞれだし、いいけどな」

 カンタビレは勝手にそう結論付けると、話を終えた。

 沈痛そうに額を押さえるヴァンや他の師団の面々に気付いた様子も見せず、カンタビレは尚もちらちらとシンクの仮面に向けて、興味深そうに視線を寄越す。

 ──こいつ、やっぱり馬鹿だな。

 それが、シンクがカンタビレに抱いた第一印象であった。




【妖獣の零す涙】




 新たに着任した師団長に対してアリエッタが抱いた感想とは──怖い人、である。

 ……まあ、初の顔合わせで、いきなりあんなことを言われれば、それも当然かもしれない。

 ともかく、アリエッタはカンタビレに、あまり良い印象を持てなかった。

 そもそも、自分は同僚である他の師団の面々ともあまり仲は良くない。例外的に、よく自分に気をつかってくれるラルゴのことは好きだが、それ以外の者達となると、やはり苦手としか言いようがない。

 もともと魔物と育ったアリエッタにとって、人と接することは極度の緊張を強いる行為であり──ときに恐怖すら伴う行為だった。

 そうした思いがある程度改善されたのは、自分が導師守護役に任命されてからだった。最初は酷い事も言われたりしたが、自分にだけは本音を洩らしてくれるイオンのことが、アリエッタは大好きだった。彼と接する内に、他の人間との接触することもあまり苦痛ではなくなっていった。

 魔物使いとしての能力を買われ、いつしか導師守護役だけでなく、師団を任されるようにもなった。

 もっとイオンの役に立って見せると、アリエッタは慣れない事にも果敢に取り組み、日々を楽しく過ごしていた。

 変化が起きたのは、つい最近のことだ。

 病気で一年ほど寝込んでいたイオンが突然回復し、以前とはうって変わって公の場に顔を出すようになった。自分からどこか遠く離れた位置へと、一人歩き出したイオンに、少し寂しいものを感じながら、同時に彼の病気が治った事を心の底からうれしく思っていた。

 しかし、そんな彼との繋がりも、今は絶えてしまった。自分は突然、導師守護役を解任されたのだ。

 あまりに突然の辞令にびっくりして、アリエッタはイオンの下に駆け込み、その真意を問い詰めた。しかし、彼はどこか哀しげな色を瞳に宿し、以前とは違い、どこかよそよそしい態度で、建前の言葉を口にするのみだった。

 彼の態度にアリエッタはショックを受け、それ以上解任の理由を尋ねることはできなくなっていた。

 それに……ある一つの考えを、どうしても打ち消すことができなかった。

 イオンは唯一、自分が魔物を操ると知っても、恐れを抱かずに接してくれた人だった。だが、もしかしたら、心の底では、イオンも自分に恐怖を感じていたのではないか? 身体が自由に動かせるようになったことで、その恐怖が表面化したのではないか?

 彼は──自分を恐れ、傍から離れていったのではないだろうか?

 以来、アリエッタは以前にも増して、人と接する事が苦手になった。

 それでも、一度絆を結んでしまった経験から、自分の事をまだあまり知らず、恐れる下地の作られていない人間に会う度に、ある種の期待を抱く事が止められなかった。

 もしかしたら、昔のイオンのように、自分と接してくれる人が、再び現れるかもしれないと。

 チラチラと胸に抱いた人形越しに、視線を寄越すアリエッタの存在に気付いて、カンタビレが眉根を寄せる。

「……総長、なんで子供がここにいるんですか?」

 カンタビレの言葉に、アリエッタは顔を真っ赤にして叫ぶ。

「アリエッタ、子供じゃないもん!」
「はははっ──!」
「むん……」

 シンクが傑作だと皮肉げな笑い声を上げ、ラルゴがそう思うのも仕方がないかと苦笑を浮かべる。

「……あー、まあ、そう言い張りたくなる年頃だってことか。まあ、すまんな、嬢ちゃん」
「うぅ…………っ! ち、違うもん!」

 ポンポン頭を撫でて来るカンタビレの腕を無理やり振り払って、アリエッタは目尻に浮かんだ涙を拭いながら、相手の顔を睨み付ける。しかしこの相手はまるで怯んだ様子も見せず、肩を竦めている。

 ──やっぱり、この人、嫌いですっ!

 アリエッタはカンタビレの変わらぬ態度に、ますます意固地になって、抗議の声を上げるのであった。




【異端の見据える闇】




 なんとも個性的な奴らばかりだったな。先程まで顔を突き合わせていた六神将達の様子を思い返しながら、アダンテ・カンタビレは先を行くヴァンの後に続いて、二年ぶりの教団本部を歩く。

 かつてと何ら変わることない、どこまでも閉鎖的な教団内部をアダンテは苦い思いを抱きながら見渡す。見慣れぬ自分が師団長のローブを身に纏っていることに気づいてか、すれ違う者達は一様に、不可解そうな視線を自分に向けて来るのがわかった。

 ……やれやれ、自分の名前が知れる前ですらこれだ。いったい名前が知れたら、どうなることやらね。

 今後の事に想いを巡らし、アダンテはげんなりと顔を引きつらせた。

「ふむ。着いたぞ」

 ヴァンの言葉に、カンタビレは我に返る。

「ここが、今後お前の詰めることになる場所だ」

 指し示されたのはかなり広いオフィスだった。事務仕事用の長机の他に、簡単な応接用のソファーまでもが設置されている。そんな中でも、特にアダンテの目を引いたものがあった。

「へぇ……結構いい機材が揃ってますね」

 フォンディスク解析機や、入力端末などまでもが設置されている。個人に用意される設備としては、かなり破格なものだ。感心しながらさっそく手を伸ばすアダンテにも、ヴァンは大したことではないと鷹揚に頷き返しながら、話を続ける。

「書庫の方にも、いつでも入れるよう手配しておいた。さらに申請すれば、禁書の閲覧も可能だ」
「……いいんですか、禁書なんかを僕が見ちまっても?」

 本来なら教団においても詠師職以上にしか公開されていない書物だ。あまりの待遇に疑念を洩らす自分に、ヴァンは不敵に笑って見せた。

「ふっ……そうでなければ、意味は無いからな。お前に、まずこれを預けておこう」

 差し出されたのは一本の杖だった。錫杖のように列ねられた無数の輪がしゃりんと澄んだ音を立てる。

「この杖は……ん? なんか、異様に第一音素の含有率が高そうな杖ですね」

 受け取った杖を適当に見返しながらも、適格な分析を口にするアダンテに、ヴァンがどこか満足げに重々しい頷きを返す。

「前導師の時代に、教団が発掘した、創世歴時代に造られし響奏器の一種だ」

「なんか……随分と特殊な形式ですね。単に集合意識体を使役するってわけじゃないでしょ?」

「……さすがだな。この杖と共に発掘された資料には、これが特別な目的の為に造り上げられた六本の奏器──惑星譜術の触媒に用いられるものの内の一本だと、書き記されていた」

 ヴァンの告げた言葉に、アダンテは眉を潜める。

「惑星譜術って言うと……確か創世暦時代に考案された大規模譜術でしたっけ。……随分と物騒なもんですね」
「どれほどの力を秘めていようが、所詮道具に過ぎん。物騒かどうかも、結局は扱うもの次第だろう」

 口にした懸念をあっさりと切り捨てるヴァンに、アダンテも特に拘るでもなく、肩を竦めて応じる。

「ま、確かにそうですね。それで、僕はいったいこいつで、何をすればいいんですか?」

 単刀直入に尋ねるアダンテに対して、しかしヴァンは更に前提となる話を続ける。

「お前は論文において、地核より噴き出す記憶粒子──セルパーティクルの流れを制御するパッセージリングと、この惑星を取り巻く音符帯から特定属性の音素を大量に集束し、集合意識体を使役する響奏器……これらの間にはその機能においても、多数の似通った点が存在すると述べていたな?」

「ええ……確かにそうですけど、それと今回の話がどう繋がるんですか?」

 まだ話が掴めないと首を捻るアダンテに、ヴァンは杖に視線を降ろす。

「響奏器の中でも、惑星譜術の触媒はいささか偏った性質を備えているらしくてな。これまでこの杖を分析した研究者達は一様に、地核に対する親和性に優れていると述べていた」

「地核に対する親和性……ってことは、似た点があるどころの話じゃなくて、ほぼパッセージリングと同じような機能が、惑星譜術の触媒にはあるってことですか?」

 少し驚きながら問い掛けたアダンテに、ヴァンは緩やかに首を頷かせた。

「その通り。上手くやれば、パッセージリングそのものと同調させることすら可能な程に……な。
 この分析をお前はどう見る、アダンテよ」

 どこかこちらの反応を試すように投げ掛けられたヴァンの問いに、アダンテは一瞬思案した後で、すぐに自分の結論を口に出す。

「確かに……惑星譜術はオールドラントの力を解放するとか言われてるぐらいですからね……地核にも関わりは深い。実際に分析してみないと断言はできませんが、そう見当外れな分析でもないと、自分も思いますよ」

 おそらく間違っていないだろうとアダンテが保証すると、ヴァンはようやく本題を告げる。

「ならば、私はお前に命じよう。アダンテよ、お前はこの杖を基に、パッセージリングと奏器の同調研究を進め──地核に沈んだと言われしローレライの鍵を、この地上へと引きずり出す方法を考案しろ」

 あまりに突拍子も無い要請に、アダンテは目を見開いて、一瞬絶句する。

「……そりゃ……また、随分と、とんでもないこと、要求しますね」

 辛うじて言葉を絞り出しながら、しかし頭の中では要求された事柄が実現できるかどうか、真剣に検討してみる。

「……そもそも、ローレライの鍵、それ自体が本当に存在しているかどうかすら定かじゃないと思うんですけど……」
「いや、鍵は存在する」

 即座に断言するヴァンの様子に、アダンテは違和感を覚える。

「どうして……そこまで言い切れるんですかい?」
「……それに関しては、今はまだお前が知る必要はない。ある程度研究が形に成り、実験の見通しが立った段階で……そうだな、お前には、話すことになるかもしれんな……この世界の真実を……」

 何かを考え込みはじめてしまったヴァンの姿を見て、アダンテも肩を竦めて見せる。

「まあ、無駄に機密知らされて、面倒なことになるのは僕も御免ですから、別にいいですけどね」

 階級に応じて情報が制限されるのは当然のことなので、アダンテも特に拘るでも無く、それ以上訊くのを止めた。

「しかし、ローレライの鍵のサルベージねぇ……やっぱ、鍵が存在することを現物で証明することで、間接的にローレライの存在も証明して、教団の権威を高めるのが目的とかだったりするんですか?」

「ふっ……おそらくは、そういうことになるのだろうな」

 どこか意味深な言葉を返し、ヴァンはなにかを嘲るような笑みを浮かべて見せた。だが、すぐにその笑みも消え、いつもの表情に戻る。

「私がお前に直接要請する事は、それだけだ。他にも教団上層部から各師団に割り当てられる仕事もあるだろうが、お前は研究の方を優先して取り組んで貰いたい」
「──了解です、総長。まあ……まだ断言はできませんが、なんとかしてみせますよ」

 どこか気楽に請け負うアダンテに、しかしヴァンはどこまでも昏い色を宿した瞳を向ける。

「……お前には期待しているぞ、アダンテ」

 アダンテの肩に手を置き、囁くように言い添えると、すぐに身体を離す。

「詳しい引き継ぎに関しては、後日改めて指示を下そう。今日の所は道中の疲れを癒すが良い」

 ではな、と言葉を残し、あっさりとヴァンは部屋から立ち去った。

 一人部屋に残されたアダンテは、椅子に腰掛け、全身から力を抜いて、天井を仰ぐ。

 染み一つない天井を見上げ、呟く。

「とうとう……この街に戻って来ちまったか」

 誰に対するでもなく、ただ自然に口から漏れ出た言葉が──どこまでも虚しく響いた。




【魔弾の捧ぐ憐憫】




「──報告は以上です」

 リグレットは自らが忠誠を捧げる相手に、監視対象の報告を終えた。フォニム灯の薄明かりが室内をぼんやりと照らし出す中、正面に据えられた執務机に腰掛ける壮年の男が、満足そうに首を頷かせる。

「なるほど……カンタビレに命じた研究は、現状では特に問題なく進行しているということか」
「はい、閣下」

 リグレットは答えた後で、少し躊躇ながらヴァンに問いかける。

「しかし、なぜ、あのような男に師団を任せたのです、閣下。単に研究者として抱え上げる事もできたはずでは……?」
「……お前が私にそのように意見するとは珍しいな」
「いえ……」

 意外そうに片眉を上げるヴァンに、リグレットは言葉を濁し、苦い気持ちと共に目を伏せる。

 新たに第六師団の師団長となったアダンテ・カンタビレ。この相手を監視する必要があると訴えたのは、リグレットに他ならない。ヴァン自ら引き抜いて来た人材だけに、改革派の寄越した刺客である可能性は低かったが、それでも零とは言い切れないのが、この世界の常識だ。

 最高で一月の監視。それで不審な点が見られないようなら、即刻監視は取りやめるという条件で、リグレットはカンタビレの監視を任せられた。先程した報告はそれに関するものだったのだが、結局カンタビレは、自分が当初危惧していたような存在ではなかった。

 だが、監視の結果わかったことは、あまりにも不可解なものだった。

 ひたすら書庫に籠もり、狂ったように文献を読みふける。書庫から出てくるのは一週間に一度あればいい方で、いつ寝ているのかすらわからない。師団としての任務よりも、研究を優先するように働きかけたのはヴァンに他ならないので、そうした行動が特に問題になるようなことは無かったが、それでもあまりにも不可解な行動だった。

 また、そうして書庫に籠もったまま、師団長としての任務に全く手を付けないなら、研究者とはそういうものかと、それはそれで納得できた。だが、珍しく書庫から出て来たかと思えば、カンタビレは自室に戻り休憩するでも無く、自分が任された師団の職場へと赴き、仕事を手伝いもせずに、ただひたすら部下と他愛もない話を交わしながら酒を飲み交わしていた。

 リグレットには眉をしかめるしかない行為だったが、それでいて第六師団の者達からは、不思議と悪評を訊かなかった。不平や不満なら耳にするのだが、悪意ある噂となると、それこそ皆無と言っていい。

 リグレットにはあの男が何一つ理解できなかった。

 精神に異常を来しているとしか思えない書庫での生活。
 自分には仕事の邪魔をしているとしか思えない行為をしながら、自らの師団を把握する影響力。

 あの男は──あまりにも、常軌を逸している。

 それが、リグレットの抱いたカンタビレに対する評価だった。

 言葉で発せられずとも、リグレットが抱く嫌悪の情を感じ取ってか、ヴァンが口元に笑みを浮かべる。

「ふっ……お前はバチカルに居た頃の奴を、眼にしたことは無かったな。ならば、お前がカンタビレにそうした感想を抱くのも当然だろう」

 机の上で腕を組み直し、ヴァンは目線をリグレットに合わせる。

「今の奴は、牙が抜け落ちた状態にあるのだよ、リグレット」
「牙……ですか?」
「そうだ。バチカルで──あの男は世界に絶望した。この世界に絶望しながら、しかし憎悪を向ける対象を見出すことを恐れ、すべてのシガラミを切り捨て、あの街から逃げ出した。私は逃げ込む場として、研究という名の逃避先と、師団長の座という名の新たなシガラミを提示してやるだけで良かった」

 結果、奴はあっさりと我が下に降った。

 肩を竦めて見せながら、ヴァン・グランツは淡々と言葉を続ける。

「与えられた研究に没頭し、現実から逃れようとするかのように、他者との接触を絶つ。それでいて完全に繋がりを絶たれる事を恐れ、自らの任せられた師団に顔を出す……牙の抜け落ちた獣ほど、扱いやすいモノは居ない」

 何ら熱の籠もらない言葉には、ただ事実を語っているだけという響きが伺え、リグレットは知らず掌に冷えきった汗が滲むのを感じた。

「カンタビレは、あのままでも十分使える人材だ。研究が滞り無く終わるまで、奴にはあのままの状態で居て貰う。下手に賢しい知恵をもって詮索をされるのも、面倒だからな」

「閣下の考えも知らず、差し出がましい口を挟みました」

 自らの浅はかな判断に、顔を俯け謝罪するリグレットに、ヴァンは気にする事は無いと、ゆっくりと首を振る。

「今のカンタビレの状態を見て、お前がそう感じるのも当然のことだろう。だが……いつまでも腑抜けのままで居て貰っては困るのもまた、確かな事実だ」

 額に手を添えながら、ヴァン・グランツはその表情を覆い隠す。

「そうだな……そのときは、カンタビレには憎悪を向けるべき対象が確かに存在する事を、明かすことになるだろうな。そのときこそ、奴は真の意味で、我等の同士となろう。そう……」

 ヴァンが最後に告げた言葉で、リグレットは彼の意図を全て理解した。

 その後は教団の雑事に関する報告を済ませ、リグレットはヴァンに一礼し、そのまま退室した。

 背後で扉の閉じる音を聞きながら、リグレットは両腕で肩を掻き抱き、しばらくの間、廊下に立ち尽くす。廊下に立ち尽くしながら、彼女はヴァンが最後に告げた言葉を思い返す。

 ──スコアに対する復讐者へ、成り果てることだろう。

 バチカルにおいて起こった一連の事件に関する報告書は、リグレットも読んでいる。

 スコアに詠まれるまま、処刑台を上りし哀れな剣虎。あの事件に、教団が絡んでいないはずがない。

 ………まるで、過去の自分を見ているようだな。

 リグレットはあまりの皮肉さに、苦笑が浮かぶのを感じる。自分はかつて、スコアに詠まれるまま死んだ弟の為に、総長を仇と付け狙う存在だった。それが今ではあの人に感化され、その理念に共感し、完全な忠誠を捧げている。

 あの男も、そうなるのだろうか?

 染み一つない天井を見据えながら、リグレットは考える。わずかな哀れみを感じながら、今も書庫に籠もっているだろう相手を思い──その瞳を閉じた。






 こうして、世界に絶望せし愚か者は、自らの古巣へと帰還した。

 自らの行う研究が、真に意味するものを、何一つ理解せぬまま──

 いずれ訪れる選択の時まで、愚者はただ命じられるまま、動き続ける。


 今はただ無為に、どこまでも、流されるまま………───





  1. 2005/07/30(土) 15:16:53|
  2. 【家族ジャングル】  第五章
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第2話 「それぞれの贖罪」


 音機関の駆動音が、間断なく耳に届く。

 ベルケンドは音機関都市と言われるだけあって、そこかしこに試作機らしい音機関が転がってるのが見えた。

 初めて訪れたベルケンドの景観に物珍しさを覚え、周囲をきょろきょろ見回していると、ティアが苦笑を浮かべながら俺に尋ねて来る。

「そう言えば、ベルケンドはあなたのお父様の領地だったわね」
「あー……そうらしいな。しかし……うーん」

 上の空で応じた俺の言葉を受けて、ティアもまた街に視線を転じる。

「首都バチカルと湿原で隔てられているからこそ、姻戚関係にあるファブレ公に治めさせているのかしら……?」
「そうでしょうね。下手な貴族を置いて、敵対行動を取られてもたまりませんし」
「立地条件だけじゃないだろ? 譜業や音機関の開発は軍事力の向上においても重要だからな。研究所のあるベルケンドを任せるのも信用のおける人間じゃなければならなかったってとこだろ」

 ジェイドやガイが脇で小難しい話してるのを聞きながら、しかし俺はしきりに首を傾げ続ける。

 うーん。なんか、妙な感じを受けるというか……

「なんか、初めて来た気がしないんだよなぁ」

 不可解な既視感を覚えながら街を見渡す俺に、ナタリアが別におかしくないのでは、と声を掛けてきた。

「あなたのお父様の領地ですもの。覚えがあっても当然でしょう?」
「んー……でも俺自身は七年間王都から出たことが無かったわけだしさ……いったい何だこの感覚?」

 理由の定まらない気持ち悪さに、俺はガシガシと頭を引っかいて首を捻った。

「見た覚えも聞いた覚えも無いのに、なぜか知ってるような気がする……ひょっとしてそれって、デジャブってやつ?」
「デジャブ? なんだそれ?」

「あっきれますわぁ……そんなことも知らないの、ルークって? それはさすがにちょっと、ヤバいんじゃないの?」
「ぐっ……」

 聞き覚えの無い単語に眉を潜めて問い返した俺に、アニスの半眼が突き刺さる。

「ご主人さま大丈夫ですの! 僕もわからないですの~」
「グルゥゥゥ!」

 言葉に詰まるしか無い俺に向けて、足元から声援が飛んだ。
 ご主人様と一緒ですのーとなんとも有り難い慰めの言葉を投げ掛けるミュウ。コライガは元気出せと唸りながら、鼻先を俺の足に擦りつける。

 さ、さすがにミュウがわからんから大丈夫と言われても、何も安心できんよな。

 顔を引きつらせるしかない俺の様子を見かねてか、ジェイドがやれやれと口を開く。

「まあ、簡単に説明しておきますと、デジャブとは体験したはずの無い事柄に対して既視感を覚える事を指します。いろいろと原因が推測されていますが、実際の所はそれぞれ発生した状況次第で原因も変わって来るため、ただ一つの明瞭な答えというものはありませんねぇ」

 肩をすくめながら解説するジェイドの言葉に、俺も正しくその通りの現象だなぁと納得する。

「しかし、デジャブねぇ……」
「ま、ルークはアッシュと遠距離にいながら会話を行えるようですし、何がしかの情報がアッシュ側から流れ込んできているとも考えられます。そのうちいろいろと調べてみたいものですねぇ」

 ニヤリと笑うジェイドに、俺は背筋を這い上がる悪寒を感じながら距離を離す。

「い、いろいろって何するつもりだよ、ジェイド!? 俺は解剖されるとかは絶対御免だぞ!!」
「それは勿論いろいろですよ。解剖は……まあ、どうでしょうねぇ?」
「って、答えになってねぇーだろが! っていうか解剖は否定してくれ──っ!!」

 にこやかに微笑みながら物騒すぎる言葉を発するジェイドに、俺は怖すぎると叫んだ。

 俺の頭の中に、白衣を来た大佐にメスを突き付けられ、三枚に卸されている自分の姿が浮かぶ。

 有り得ない光景だと、完全に否定しきれないところが恐ろしすぎる……。

「あー……大佐さんよ、あんまりルークをからかってやるなよ。反応が面白いのはわかるけどさ」
「ま、確かにこれ以上は時間の無駄ですね」

 ガイの制止に、ジェイドはあっさりと同意した。俺は疲労感から肩を落とし、釈然としない思いと共に突っ込みを入れる。

「からかってたことは否定しないのかよ……?」

 しかし、俺の呟きを無視して、ジェイドは強引に話を今後の予定に戻す。

「ルークとティアは知らないでしょうが、スピノザという男がこの街で、昔ヴァンと組んでレプリカ研究をしていたそうです」
「兄さんが……?」
「この街でレプリカの研究……だと?」

 初耳の情報に、ティアと俺は顔を見合わせる。

「今は既に袂を分かった……というよりも、スピノザが用済みと一方的に見なされ、協力関係も無くなっているようですがね。彼もベルケンドの技師の一人。しかも専門が物理学ですから、今回の話には最適の人物かもしれません」
「物理学やってると、何で最適の人物になるんだ?」
「この禁書から読み取る限り、大地の液状化の原因は地核にあるようですからね」

 物理学の知識も必要になるんですよ、と大佐は肩を竦めて見せた。それにアニスがよく繋がりがわからないと、両手を頬に当て首を傾げる。

「地核? それって、記憶粒子が発生してるっていう惑星の中心部のことですよね?」
「ええ。本来静止状態にある地核が激しく震動している。これが液状化の原因だと考えられます」

 ふうん……地核の振動か。でも、そう言えば、詳しい原因とかは聞いてなかったよな。

「実際の所、どうやって地核の流動化に対処すんだ?」

 折角だからこの機会に聞いとこうと尋ねる俺に、ジェイドは自分の中で話を整理するべく、少しの間沈黙する。

「そうですね……まず話の前提として、揺れを引き起こしているのがプラネットストームであるという点を押さえておいて下さい」
「プラネットストームって、確か人工的な惑星燃料供給機関だよな?」
「ええ。地核の記憶粒子が第一セフィロトであるラジエイトゲートから溢れ出して、第二セフィロトのアブソーブゲートから、再び地核へ収束する。これが惑星燃料となるプラネットストームです。そして、ここから先が本題になるのですが……」

 ジェイドの話をまとめると、なんでもプラネットストームが作られた当初は地核に震動が生じるとは考えられていなかったらしい。長い時間を掛けてひずみが生じ、地核は震動するようになったんだろうって話だ。この地核の揺れを止めるには、プラネットストームを停止しなきゃいけないらしいが、プラネットストームを停止しては、譜業も譜術も効果が極端に弱まり、音機関も使えなくなる。そして、外殻を支えるパッセージリングも完全停止するって事らしい。

「それって、打つ手がないってことじゃねぇか……」

 思わず呟いた俺の感想に、ジェイドがその判断は少し早計ですね、とさらに説明を続ける。

「そこで登場するのが、プラネットストームを維持したまま地核の震動を停止する方法──つまり、この禁書に記されていた音機関という訳ですね」

 ジェイドの説明に、俺達はようやく何の為に音機関を復活させるのか理解する。

「つまり、セフィロトの暴走を止めるのでは無く、暴走しても影響の無い状態を造り出すということですね」

 確認するティアに、ジェイドが首肯しながら、足りない部分を補足する。

「ええ、セフィロト暴走の原因がよく分からない以上、液状化を改善して外殻大地を降ろすしかないでしょう? ま、もっとも禁書に書かれている音機関の復元には、この街の研究者の協力が必要不可欠ですけどねぇ」
「確かに……スピノザはい組の一人だし、協力してくれればかなり心強いな」

 これで決定とばかりに言葉を交わす二人に対して、しかし俺は待ったを掛ける。

「だがもう違うとは言ってもよ。ヴァンに協力してたようなやつが、俺達に協力するのか?」

 正直、信用できんね。あまり乗り気じゃない俺に対して、ジェイドは言い含める様に付け足す。

「確かにルークの疑問も、当然のことだと思います。ですが、ヴァン謡将達がパッセージリングから記憶粒子を抜き出す研究をしていたという情報を我々に渡したのも、彼ですよ」
「へ……そうなのか?」
「ええ。だから話を聞きにいくだけでも、無駄ではないと思いますよ。ちょっと第一音機関研究所まで行って、スピノザに話を振ってみませんか?」

 既に俺達へ情報を提供しているということは、そこまで警戒することも無いか。

「そうだな……」

 どっちにしろベルケンドの技師達の協力が必要なことに変わりはないのだ。それなら一度協力を受けた相手に頼むのが、一番道理に適ったやり方なのかもしれないな。

「考え込んでてもしょうがないし、行ってみるか」

 こうして、俺達はスピノザの居る第一音機関研究所に向かうのだった。




               * * *




「知事たちに内密で仕事を受けろと言うのか?」

 目の前にはスピノザを含めた三人の老人が立っている。彼らはこの研究所においても、音機関にかけては右に出るものが居ないと言われる研究者らしいが、正直こうして見る限りでは、ただの頑固な老人にしか見えない。

 そんな音機関の専門家たる三人に向けて、さっきの話を振ったわけだが、案の定というか、技師達の返答もあまり芳しいもんじゃなさそうだ。

「お断りだ」
「知事はともかく、ここの責任者はオラクル騎士団のディストよ。ばれたら何をされるか……」

 やっぱりそうなるか。ヘンケンとキャシーの返答に、俺はどうしたもんかと首を捻る。だが即座に断りを入れた二人と違って、一人スピノザだけは、なんの反応も返さぬまま、黙り込んでいる。

 少し気になってスピノザの様子を俺が伺っていると、不意にガイが任せておけと前に出る。

「へぇ、それじゃあこの禁書の復元は、シェリダンのイエモンたちに任せるか」

 どこかわざとらしい口調で、アルビオールを作ったイエモンさん達の名前を出すガイに、ヘンケンとキャシーが目に見えて顔色を変える。

「な、何ぃー!? イエモンだとっ!?」
「冗談じゃないわ! またタマラたちが創世暦時代の音機関を横取りするの!?」

 身を乗り出して、今にも掴みかからんばかりに息を荒らげる二人。きゅ、急にどうしたんだ? 突然の変貌に、俺達は訳もわからぬまま呆気にとられていると、突然ヘンケンが顔を上げる。

「……よ、よし。こうなったらその仕事とやら引き受けてやろうじゃないかっ!」

 何かを吹っ切るように言い切った後で、直ぐに首を捻る。

「いや、だが俺達だけではディストに情報が漏れるかもしれない。知事も抱き込んだ方がいいだろう」

 名案だとばかりに瞳を輝かせるヘンケンに、ナタリアが少し気押されながら口を挟む。

「で、ですが私達に知事を説得する材料はありません。王席からも既に抹消されていますし……」

 しかし、二人は心配する事など何も無いとばかりに、力強く胸を叩く。

「大丈夫。知事の説得は私たちに任せてちょうだい!」
「よし、知事邸に急ぐぞ、キャッシー!」
「ええ、行きましょう!」

 歳に似合わぬ機敏な動作で走り去っていく二人の背中を、俺達は一切反応できぬまま、ポカンと口を開いて見送った。

 しばらくして、ようやく我に返ったナタリアが、どこか呆れた表情でつぶやく。

「……行ってしまいましたわ」
「やれやれ。作戦の説明は知事の前で行うことになりそうですね……それにしても」

 ジェイドが眼鏡を押し上げながら、ただ一人残った老人に視線を向ける。

「スピノザ。あなたはどうするつもりですか?」
「わ、ワシは……」

 ジェイドの呼び掛けに、スピノザがたじろぐ。その視線は何故か、俺に向けられている。

 理解できない反応に眉をしかめるが、ふと思いつく。そう言えば、スピノザはヴァンのレプリカ作成に協力してたんだったな。俺に見覚えがあっても奇怪しくない訳だ。一瞬それで納得しかけるが、それにしては、怯えたような視線を向けられる理由がわからない。

 俺は相手の視線に苛立ちを感じながら、スピノザを睨み返す。

「……あんだよ? 言いたいことがあるならさっさと言えばいいだろ」
「お前なぁ、そんな眼付けながら言われても何も言えないと思うぞ」

 ガイが呆れたと額を押さえるが、俺としては別段スピノザに気を遣ってやるような理由は存在しない。

 眼力を弱めることなく睨み続ける俺に対して、スピノザが震える声を洩らす。

「……ワシが憎くないのか、ルークよ」

 周囲をせわしなく動き回る研究員達のざわめきが聞こえる。駆動する音機関の無機質な音が耳に届く。

 問い掛けは、どこか俺の耳から遠い場所で響いた。

「ワシは……お前がアクゼリュスで捨てゴマとされる事を知りながら──作られたレプリカが超振動をもってアクゼリュスを崩落させると知りながら、ヴァン様やディストに求められるまま、フォミクリーに手を出した」

 伏せられたスピノザの眼が、俺と視線を合わせることを恐れるように、せわしなく動き回る。

「……いや……そうではない。自ら進んで、嬉々として禁忌に手を出したのじゃ」

 胸の前で合わせられた手が、何度も組み直される。伏せられていた目が上向き、初めて俺の顔を捉える。

「教えてくれ、ルーク……ワシは……ワシはどう償えばいい……?」

 自らの罪を全て吐き出そうとするかのように──スピノザは懺悔の言葉を口にした。

 誰も言葉を発さない。

 向き合う俺とスピノザに視線を注ぎ、誰もが待っている。

 フォミクリーによる人体複製という禁忌に手を出したスピノザ。アクゼリュスを崩落させ、自らも死ぬことが定められている存在と知りながら、俺を生み出す研究に協力したのだと、この老人は訴える。

 全てを知りながら、動こうとしなかった自分はどう償えばいいかと、この、俺に、縋り付く。

 ふざ、けるなよ……っ!

 今にも罵りの言葉が、口をついて出そうになる。俺は自身の苛立ちを押さえるために、瞼を閉じて、息を吸い込む。

 落ち着け……こいつは、別に悪意を持って俺に問いかけているわけじゃない。アクゼリュスの崩落にも、これといって関与していたわけではない。ただ、知っていただけだ。手を出さなかっただけだ。

 何度も自分に言い聞かせた後で、俺は自らの表情を消し去り、目の前の老人を見据える。

「……俺がどう思っていようが、あんたには関係ない話だろ?」

 ようやく絞り出した声は、自分でもゾッとするほど冷えきったものだった。

「せいぜい、自分で考えるんだな」

 どう償えばいいか、そんなものがわかっていたら……それこそ、俺が真っ先にやっている。

 謝る相手すら存在しない俺にとって、スピノザの行為はどうしょうもなく苛立ちを──嫉妬を掻き立てるものだった。

 俺の吐き捨てた答えに、スピノザは憔悴しきった様子で、顔を俯ける。

「そうじゃな……今更、何を言っているのじゃろうな、ワシは……。すまなかった、ルーク」

 謝罪を聞いた後も、苛立ちは納まらなかった。

 だが、それでも──うなだれるスピノザの姿が、どうしょうもない程、崩落直後の自分に重なって見え、気付けば俺は口を開いていた。

「……別に恨んじゃいないさ」

 ポツリとつぶやかれた俺の言葉に、スピノザが顔を上げるのがわかる。俺はスピノザから顔を背け、言葉を続ける。

「あんたがフォミクリーに手を出さなきゃ、そもそも俺は存在しなかったわけだしな」
「ルーク……ワシは……」
「どう償ったらいいかなんて……俺にだってわからない。けどな、スピノザ……一つだけ聞かせてくれよ」

 何か言おうとした相手の言葉を遮り、俺は問いかける。

「あんたも、このままで良いとは思っちゃ居ないんだろ? だったら……何をすればいいかも、本当はわかってるんじゃないか?」

 スピノザがはっと目を見開き、自らの両手を見下ろす。

 次第に肩を震わせ始めた相手の姿を最後に、俺はスピノザから再び顔を背ける。

「……俺に言えるのは、それだけだよ」

 俺の返した言葉に、過去の罪に怯える老人は顔を俯けると──低く、低く、嗚咽を洩らした。


 その後しばらくして、ようやく落ち着いたスピノザは俺達に協力を申し出た。

「ヴァン様は恐ろしい……だが、ワシは……ワシは、償いたい」

 身体を震わせながらも、スピノザは力強く宣言した。その瞳には硬い意志の光が宿り、彼が自分の答えを見つけたことを、俺達に教えてくれた。

 スピノザを伴い知事邸に向かう。

 その間、俺は自分自身がどうなのか、改めて考えていた償いの仕方はわからない。だから、目の前にある事に手を出してきた。だが、イオンやスピノザは、自分にしかできないことを見つけ、それに手を伸ばしている。

 俺もそろそろ、自分にとっての償いの術を、見つけないといけない頃合いなのかもしれないな……。

 これまでの旅路で出会った人々と交わした会話を思い返しながら、俺は自身の答えについて、考え始めた。




               * * *




 知事邸に到着すると、既に知事に対する説得はヘンケンとキャシーの二人によってされていたらしく、とんとん拍子で話は進み、すぐに本題に入る事になった。

 魔界と外郭大地、セフィロトとパッセージリングの関係、流動化した大地を本に戻すためにどんな音機関が必要となるのか。全てを説明された後で、最初技師達は驚きに固まっていたが、すぐに我に返って、具体的な計画を立てはじめた。

「まず地核の振動周波数を計測する必要があるな」
「地殻の振動周波数?」
「ああ、そうだ」

 よく意味の掴めない用語に、スピノザがかみ砕いた説明をする。

 それによると、なんでも液状化の原因になっている地殻振動に対して、同じ波形の振動を与えることで地殻の振動そのものを打ち消すのが、禁書に記されていた音機関の機能だという。そして計測には、未だ魔界に沈んでいないセフィロトで、パッセージリングに計測装置を取り付けなければならないらしい。

「しかし、厄介だよな……」
「シュレーの丘もザオ遺跡も魔界ですの」

 ミュウが洩らした言葉の通り、俺達が知っているセフィロトは全て魔界に沈んでいるものばかりだ。

「一度ダアトに戻るのはどうかしら? どちらにせよセフィロトの入り口はダアト式封咒で封印されている以上、導師イオンの協力が必要よ」
「ああ、それにセフィロトの在る場所を俺達は正確に把握してないからな。そっちに関しても、教団で調べ物してるイオンなら、何か知っているかもしれない」

 ティアとガイの提案以外に、特これといった考えは上がらなかった。

「それじゃ、俺達はダアトに向かうってことでいいか?」

「異論はありませんわ」
「ま、仕方ないでしょうね」
「イオン様、大丈夫かなぁ……」

 とりあえず問題は無さそうなので、俺達はさっそくダアトに向かうべく歩きだす。

「いや、待て。とりあえず計測器だけなら明日までに完成できる。今日の所はこの街に泊まっていたらどうだ?」

 ヘンケンの呼びかけで、確かにこのままダアトに言っても、またベルケンドに戻って来るのは二度手間かもしれないと思えてきた。だが同時に、このまま動かないでいるのも落ち着かない。

 自分では判断がつかなくなって、俺は皆に問いかける。

「どうするよ?」
「確かに……計測器が明日にでも受け取れるなら、その方がいいかもしれない」
「今受け取っておけば、そのままダアトからセフィロトにある場所に迎えるしな」
「……そうですね。折角明日までに仕上げると言ってくれている事ですし、今日の所はここで宿を取ることにしましょう」

 ジェイドの言葉で、俺達の中でもベルケンドに泊まる事で決定した。

「それじゃ、計測器の方はよろしくな」

 呼び掛け、俺達は知事邸を後にしようと背を向ける。

「……本当に、すまなかったな、ルーク」

 去り際になって、スピノザが小さく、俺に声を掛けてきた。

 どこか感謝するように、謝罪の言葉を口にするスピノザに対して、俺は少し気後れするものを感じながら頬を掻く。

「まあ、いろいろと偉そうな事言っちまったけどさ。あんたはあんたで、その……頑張れよ」

 スピノザの答えを待たず、俺はさっさと彼に背を向け外に向かう。背後でヘンケンとキャシーがスピノザに対して心配そうに声をかけているのが聞こえた。

 だが、これ以上は自分の関わることではない。俺はそのまま振り返らずに、知事邸を後にした。




               * * *




「スピノザの奴……変わったな」

 知事邸から外に出た所で、ガイが突然洩らした言葉に、以前ベルケンドを訪れたことの在る連中が複雑そうな表情を浮かべる。

「ええ……以前の彼は自らの犯した罪から目を逸らし、何一つ認めようとしていませんでした。それが今では罪を自覚し、建設的に動きだそうとしている。いろいろと気に食わない点はありますが、少なくともその点だけは、評価して上げてもいいでしょうね」

 そこまで言いきった後で、ジェイドは僅かに口元を歪める。

「……もっとも、フォミクリーの技術を生み出した私に言えた義理ではありませんけどね」

 皮肉げに付け足すと、ジェイドは眼鏡を押し上げ、自らの表情を覆い隠した。

 そう言えば、ジェイドはフォミクリーの生みの親だったな。だとすると、スピノザの洩らした言葉は、ある意味大佐にとっても耳の痛い部分もあったってことだろうか。

 黙り込んでしまったジェイドに向き直って、俺は考えがまとまっていないまま、とりあえず口を開く。

「まあ、スピノザにも言ったけどよ。フォミクリーって技術が無ければ俺って存在は生まれなかったんだ。だからフォミクリーって技術を生み出してくれた事に関しては、ジェイドにも感謝してるよ」

 俺の言葉にジェイドは苦笑を浮かべながら、眼鏡から手を離す。

「そういう問題ではないのですけどね……まあ、少し気を使わせてしまったようです。すみませんね」

 どこかヒネクレタ言葉だったが、大佐らしいって言えばらしい言葉かもな。

「とりあえずさ、今後の事について話しとかないか?」
「だな。まずはイオンとどう面会したもんかねぇ……」

 俺達はフォミクリーに関する話題を打ち切って、今後どう動くかについて話し始める。

 互いに言葉を交わしながら、ああでも無い、こうでも無いと言い合いベルケンドの街を歩く。


 ──通りすぎた脇道から伸びる路地の向こう。

 ──腰に剣を吊るした詠師服の男が、オラクルの兵を引き連れ歩いているのが視界に映る。


 俺は今にも通りすぎそうになった路地を振り返り、歩みを止める。

 自分の眼にした光景が信じられなかった。

 鼓動が激しく打ち鳴らされ、胸を締めつけるような息苦しさが俺を襲う。

 まさか……あいつが……この街に居るって言うのか……?

 思い立ったと同時に、俺は脇道に駆け込む。周囲に視線を彷徨わせながら、奴を探し求める。ベルケンドは敷地のほとんどを研究所が占めているせいか、路地を行き交う人々の姿も滅多に見かけない。だから、俺が眼にした相手は、確かに存在するはずだ。この街のどこかに、奴が……

「おいルーク、どうしたよ?」
「どうしたの、ルーク?」

 突然走り出した俺の後を追って、皆が怪訝そうに問いかける。

 だが俺は質問に答えることなく、ひたすら周囲を見回しながら、街の中を駆けずり回る。

 俺の様子に何かを察してか、皆は首を捻りながらも、特に呼び止めるでも無く俺の後に続く。

 そうして数分が経ち、数本の路地を駆け抜け、十字路の一つを曲がった先で──俺はついに、奴を見つけた。

「ヴァ────ァァア──ンッ!」

 限界まで開かれた口から、自身の鼓膜を突き破りかねない程の叫び声が上がった。

 ヴァンの視線が、俺を捉える。

 僅かに驚いたように目を見開くと、ヴァンはこの俺を見据えたまま──嘲けるような笑みを浮かべた。

 意識が、沸騰する。
 思考が、断ち切れる。

 重心を前に倒し走り出す視界の端を流れ行く光景を眼に写しながら通りを駆け抜ける姿勢を低く低く落とし込み捩じらせた上体の反動を利用しながら腰につり下げた刀の柄に手をかけ一気に引き抜いて切り上げ────


「──無様だな」


 声は、俺の背後から囁かれた。

 俺がそれに気づき振り返るよりも先に、背中を衝撃が突き抜ける。

「がぁ──っ……っ!」

 衝撃の余波に俺の身体は吹き飛ばされた。数度地面を転がった後で、ようやく勢いが消える。俺は震える身体を無理やり起こし、地面に片膝をついて剣に身体を預けながら、殺気を込めた視線を向ける。

 ヴァンは剣を鞘に納めると、何事も無かったかのように、自然な動作で口を開く。

「あまりにも、底の浅い攻撃だったな。いったいどうした? お前らしくもない。そのような無様な攻撃を許すような教えを施した覚えはないのだがな」

 かつての屋敷で過ごした日々。ヴァンと明け暮れた訓練の記憶が蘇る。

 当時と何ら変わること無く、冷静に俺の行動を評価するヴァン。そんな奴の態度に、俺は胸の内をかき乱す、どこまでも暗い感情が──憎悪が、燃え上がるのを感じた。

『ルーク!』

 突然の俺の行動に動きを止めていた仲間達が、ようやく動き出す。地面に膝をつく俺を背後に庇うように陣形を取り、ヴァンや他のオラクル達を牽制する。

 ヴァンはそうした俺達の様子を一瞥すると、さして興味も無さそうに視線を外し、俺の傍から離れた。

「兄さん……いったい何を考えてるの? セフィロトツリーを消して外殻大地を崩落させてまで、いったい何がしたいの?」
「そうだよ、総長! ユリアの預言にも、こんなこと詠まれてないのに……」

 同じオラクルであるティアとアニスの問い掛けに、奴は瞼を閉じ、静かに言葉を返す。

「ユリアの預言か。……馬鹿馬鹿しい。あのようなふざけたものに頼っているから、いつまで経ってもこの世界は、滅びの道から抜け出せぬのだ」
「あなたこそ外殻大地を崩落させて、この世界の滅亡を早めているではありませんか!」

 世界そのものを嘲るように吐き捨てられた言葉にナタリアが叫ぶ。だが、ヴァンはさして気にした様子も見せずあっさりと答える。

「それがユリアの預言に支配された世界から解放される唯一の方法だからだ」
「ま、確かに死んでしまえば預言も関係ないですからねぇ」

 皮肉げに応じるジェイドにも、ヴァンは悠然と否定を返す。

「違うな。死ぬのは呪詛の如く世界に絡みついたユリアの預言と、それを支えるローレライだ」

 突然、ローレライという存在が出て来た事で、俺達は少し困惑する。

「ローレライって……第七音素の意識集合体の? まだ未確認なんじゃ……」
「いや、存在する」

 即座に断言すると、ヴァンは両手を広げながら、世界を指し示す。

「あれが預言を詠む力の源となり、この星を狂わせている。ローレライを消滅させねば、この星は預言に縛られ続けるだろう。奴を滅することで始めて、スコアに縛られた世界から人類は解放されるのだ」

 ──オールドラントの力を解放すると言われている

 自らの目的を語るヴァンの言葉に、俺はダアトで耳にした情報が蘇るのを感じる。

「……惑星譜術の触媒を使って、か?」

 斬り付けるように鋭く問いかけた俺の言葉に、ヴァンがほうと感嘆の息を洩らす。

「気付いたか。いや、ダアトで導師、あるいは他の詠師から耳にしたのか……」

 顎先に手を添え、ヴァンが興味深そうに俺を見据える。

「アクゼリュスや、ザオ遺跡でしていた行為も、ローレライの消滅が目的だって言うのか?」
「突き詰めれば、その通りだ」

 頷き返すヴァンに、しかし俺は訳がわからなくなる。

「惑星譜術を復活させることで、ローレライを滅することができるって言うのか?」

「さて……な。そこまで明かす義理もあるまい。いずれにせよ、今やローレライは急速に其の力を衰えさせ始めている。奴の消滅は、もはや時間の問題と言ってもいいだろう」

 肝心の部分は口にせずに、ヴァンは自らの発言をそこで打ち切った。

「それが大地の崩落させてまで、今ある世界を滅ぼしてまで成し遂げるようなことなの!? 答えて兄さん!!」

 ティアの悲痛な訴えにも、ヴァンが感情の浮かばない視線を向ける。

「今更一つ二つ、大陸が新たに崩落しようと、大した問題ではなかろう。かつてホドも崩落した。だが──見よ、スコアのまま動かされる世界は、何一つその罪を自覚すること無く、続いている」

 引き上げられた両の腕が左右に広げられ、呪いの言葉と共に世界を指し示す。

「犠牲を犠牲として受け止めること無く、その咎を自覚することすらせぬまま、世界は無為に続いていく。このような世界が生まれた最大の元凶は何なのか……お前達も知っていよう?」

 確定された事象の流れ──ユリアの残したスコア。

「決して許せるものか。踏みにじられた者達の存在を自覚する事も無く、引き起こされた犠牲からも目を背け、果てはすべてを忘却の淵に追い込ませてまで、生き汚く続いて行こうとする、スコアに支配された停滞世界など──」

 ──滅びてしまえ。

 絶望の深淵を覗かせるヴァンの叫びに、俺達は気押され、言葉を失くす。

 周囲を圧倒する気配はそのままに、ヴァンは俺達の顔を見渡し、ガイに視線を据える。

「それはお前とて同じであろう──ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。ホドが消滅することを預言で知りながら見殺しにした人類は、愚かではないのか?」
「それは……」

 何かを言い返そうとするガイの言葉を遮り、ヴァンは更に言い添える。

「私の気持ちは今でも変わらない。かねてからの約束通り、貴公が私に協力するのならば喜んで迎え入れよう」

「かねてからの約束……?」

 理解できないヴァンの申し出に、俺は混乱したまま、ガイに顔を向ける。

「ガイ、どういうことだ?」
「……俺は」

 言いよどむガイの言葉を制し、ヴァン・グランツは代りに答える。

「ガルディオス伯爵家は、代々我らの主人。ファブレ公爵家で再会した時から、ホド消滅の復讐を誓った同志だ」

 耳にした言葉が、一瞬理解できなかった。

 だが心のどこかでは、そういうこともあるかもしれないと、冷静に受け止めている自分が居た。

 何一つ言葉を返せないガイから視線を外し、ついでヴァンは俺に視線を合わせる。

「そして、哀れなレプリカルークよ。お前とて既に理解しているはずだ。この世界の醜さを、愚かさを。かつて……告げたことがあったな。お前は兵器として管理されている存在だと。だが、真実はより醜悪ものだったはずだ。バチカルに一度帰還した身なら、既に思い知ったことだろう」

 ──身の程を知れ、逆賊が

 ──アクゼリュス崩落の事実をもって、我等はマルクトに宣戦布告する。

「お前は兵器としてすら見なされていなかった──単なる捨てゴマでしかなかったという事実を」

 ヴァンの言葉に混じって、バチカルで投げ掛けられた無数の言葉が脳裏に蘇る。

 顔を歪める俺を見据えながら、そこで僅かにヴァンはその口調を緩める。

「だが……お前は捨てゴマなどでは有り得ない。その経緯はどう在れ、アクゼリュス崩落という絶望的な状況を乗り越え、お前は再び我が前に立った。故に──私はお前にも問い掛けよう」

 差し出された手が、俺達に突き付けられる。

「私が下に来い、レプリカルーク、ガルディオス伯爵よ。お前達二人とて、この私の手を取るに足る理由が、十分過ぎる程に存在するはずだ。お前達が私の下に降るなら、私は喜んで歓迎しよう」

 ヴァンが俺達を見据え、呼び掛ける。周囲を圧倒するヴァンの気迫に、空気が泡立ったかのような錯覚を覚える。ヴァンの顔に浮かんでいるのは、俺達がその手を取って当然という余裕の笑みだった。

 誰一人動き出せない中、どこまでも張りつめた空気がその場を満たす。

「私の下に来い……か」

 俺は剣を鞘に納め、立ち上がる。踏み出した足先は、ヴァンの方へ向いている。

「どうしましたのルーク!?」
「おいルーク!?」
「な、なんで、ルーク!?」

 戸惑ったような声を上げる皆に答えず、俺は進み続ける。声を上げなかった二人の内の一人、ジェイドは顔を引き結び、その赤い瞳を俺に向けている。そしてもう一人──ティアはその顔に動揺を浮かべることもなく、いつものように、ただ静かな瞳を俺に向けている。

「そうだ。それでいい……さぁ、我が手を取るがいい、ルーク」

 目の前に立つヴァンが俺に、腕を突き出す。

 俺は突き出された腕に手を伸ばし──無造作に、跳ね除ける。

「ふざけるなよ……」

 顔を俯けた俺の口から、震えた声が漏れる。

「スコアに支配された世界……崩落すら見過ごした世界。それを恨んでないわけじゃない……」

 スコアなんてものに縛られていなければ、いったいどれだけの人間が助かったのか、一度も考えなかったわけじゃない。

「だがな……っ!」

 ギシリと歯を噛みしめながら顔を上げ、俺は目の前に立つ相手を睨む。

「俺は認めねぇっ! 認められるものかぁっ! 結局は世界の流れに任せるままアクゼリュスを……そこで生きる人々を俺に殺させたあんたを、絶対に……認めるものかっ!!」 

 息を荒らげながら、腕を振り回し、俺は激情に任せるまま訴える。

「どんな御託を並び立てようが……結局あんたのやっていることはなぁっ! 単なる──人殺しにすぎねぇんだよっ!!」

 かつての師にして、今や憎悪を掻き立てる対象に、拒絶の言葉を叩きつけた。

 ヴァンはそんな俺を哀れむように、どこまでも静かな視線を俺に向け、淡々と問いかける。

「……お前はそれでいいのか? お前を捨てゴマとして利用したバチカルの者達を許せるのか?」

「俺は……自分が捨てゴマと見なされようが構わない。……復讐しようだなんて気も起こさない。……今更誰かに必要とされようとも思わない」

 たとえ過去に俺がどう見なされ、どう扱われていようが、そうした記憶も、全て俺だけのものだ。

「利用されるのだけは……もう二度と、御免だからな」

 この想いまで──利用されてたまるものか。

 炯々とギラついた光を放つ瞳を向けながら、俺は一瞬足りとも視線を逸らすことなくヴァンを睨み付ける。そんな俺からヴァンも顔を背けることなく、言葉を続ける。

「では、アクゼリュスを崩落させたお前が、許されるとでも思うのか? スコアにすら詠まれて居ないお前の存在が認められると思うのか? このスコアに支配された世界に──お前の生きる場所があるとでも思っているのか?」

 ──お前の存在が、世界を狂わせているのではないか?

 ダアトでされた、モースの問いかけが蘇る。

 俺は押し黙って、問い掛けられた言葉の意味を考える。それは、俺が未だ答えの見出せていない問い掛け。
 決して無視できない、いつか答えを出さなければいけない問題だった。

 だが、いつか答えを出さなきゃいけない問題ならば───

 ───その〝いつか〟は〝今〟であっても、何らおかしくないはずだ。

 未だ形になっていない答えを探し求め、俺は見出した思いの切片を、言葉として紡いで行く。

「……世界中の誰もが、俺が存在すること自体が、そもそも間違ってるんだって責め立てようが……俺は、生き抜いて見せる」

 ──負けるものか。

 二年前のあの日。見上げた空の下で決断したように──絶対に、逃げ出したりなんかするものか。

「殺したお前が何を言うって返されるかもしれない。俺だって……そう思わない訳じゃない。だけど俺は……そうした罵倒も受け止めた上で、生き抜いてやる。俺は生きて、生きて生きて生き抜いて──」

 ──本気で変わろうと思ったなら、変われるかもしれない

 崩落の後、ユリアシティで目覚めた俺が、セレニアの花に囲まれながら、彼女と交わした言葉が唐突に蘇る。

「そうだな……答えは既に、出てたんだ」

 あれだけ昂っていた感情の波が、嘘のように鎮まり返る。

 俺は胸の前に手を当て、この想いを確かめる。

「俺はもう誤魔化さない。既に……わかりきってることだったよな」

 一瞬だけ、ヴァンから視線を逸らす。

 視線を向けた先、ヴァンと対峙する俺を静かに見据える彼女の瞳を確認する。

 俺の視線に気づいた彼女は一瞬瞳を揺らめかした後で、強く握り締めていた杖から力を抜く。次いで俺の向ける視線を不甲斐ないと叱咤するように強く見つめ直すと、俺の抱いた想いを肯定するように──深く、頷きを返してくれた。

 崩落から考え続けていた贖罪の意味。自分の頭の悪さに責任を押しつけ誤魔化すのを止めて、ずっと自分にできることは何か、考え続けていた。

 誤魔化さないとは言っても、俺のバカさ加減が変わり無い事に違いは無く、出口の見つから無い答えを、俺はいつまでも探し求めているような錯覚に陥っていた。

 だが……

 ───この過ちを繰り返さないために、私も前を向いて歩くわ、ルーク

 ……答えは、こんな近くにあったんだな。

「もう二度と繰り返さないために、前に進むために、俺はもう自分にできることを誤魔化さない……」

 自分にできることを誤魔化さないことも、自分にしかできないことをするのも、実際はさして違いは無いのかもしれない。仮に違いがあったとしても、それは本人の自覚が有るか無いか──自分にとって出来ることが何か、既に理解しているかどうか──その程度の違いにすぎないんだろうな。

 これまで感じていた激情が──あれだけ燃え上がっていた憎悪の焔が、急速に鎮まり返るのを感じながら、俺は自らの抱いた想いを、言葉に込める。

「過去に囚われるのでも無く、ただ忘れるのでも無い。すべてを受け止めた上で、俺はバカみたいに懲りずに、それでも前を向いて───」

 目の前の相手に視線を戻し、俺はようやく見出した答えを口にする。

「───償って、見せる。だからヴァン・グランツ、俺はあんたには従えない。それが、俺の答えだよ」

 かつての師に対して、決別を告げた。

 時折吹き抜ける風が、路地を駆け抜け、この場の停滞した空気を押し流す。

 ヴァンは瞼を閉じ、静かに俺の言葉に耳を傾けていた。

 告げられた言葉の意味をゆっくりと噛みしめるように、十分な間を置いた後で、ヴァンは──どこか満足げな笑みを口元に浮かべた。

「ふっ……ふふっ……やはりお前もまた、この私を拒絶するか」

 額を手で覆い隠し、低く言葉を洩らす。

「……可能性は未だ定まらぬということか……」

 どこか異様な気配を撒き散らしながら、ヴァンの双眸が額を覆い隠す掌の隙間から、俺を捉える。

「ならば、いっそのこと……ここで……」

 額から離された腕が俺に伸ばされる。近づく腕が俺の額に近づく。俺の身体は動かない。伸ばされる指先を、俺は身じろぎ一つすることもできぬまま見据え、伸ばされる、指先が、俺の額に……

「──ー何を惚けてやがる、能無し!!」

 飛び込んだ声と同時、周囲に甲高い音が鳴り響く。

 俺とヴァンの間に割って入ったのは、黒い教団服を着込んだ赤毛の男。

「アッ、シュ、か?」
「さっさと下がれ、邪魔だっ!」

 すぐ目の前で交わされる剣戟に、俺も我に帰って、慌てて後ろに下がる。

「アッシュ。お前もいい加減、我を通すのは止めろ」
「黙れっ! いったいてめぇは何を企んでやがる!」

 交錯する刀身が、鍔迫り合いを演じる。

「ローレライの消滅。スコアに支配された世界からの解放。それだけだ。お前とて、我が理念に共感していたと思ったが?」
「外郭大地を崩落させるだなんて、馬鹿げた行為まで認めた覚えはねぇ!」

 剣戟越しに交わされる言葉が、さっき交わした俺とヴァンの会話に繋がる。

「二人そろって、どちらも強情なものだな。これも完全同位体故か?」
「ちっ……あんなレプリカと一緒にするなっ!」

 苛立ちに、剣を握る手に余計な力が籠もったのか、アッシュが体勢を崩す。当然ヴァンがそれを見過ごすはずも無く、渾身の振り降ろしがアッシュを打ち据える。

「ちっ───!!」

 吹き飛ばされたアッシュが土埃を舞上げながら後退し、剣を地面に突きたて勢いを殺す。

「まあいい。今はまだその時ではないということだろう……」

 剣を鞘に戻し、ヴァンは俺達を見据える。

「それに、今のお前達の状態を知ることができたのは、それなりの収穫だった。崩落に対処するというなら、好きにするがいい。だが、それもすべては無駄な行いに過ぎん。未だ世界は、スコアに打ち込まれた楔から、何一つとして逃れられていないのだからな」

 どこか遠くを見据えながら、囁かれたヴァンの言葉が俺達の耳を打つ。

「パッセージリングの耐用年数は二千年……全ては、未だ確定された事象のまま流れているにすぎない。……世界の崩落とて、所詮定められた流れの一つにすぎないのだよ」

 外郭大地の崩落それ自体が、スコアに定められていた事柄だって言うのか?

 驚愕に目を見開く俺達の中で、ジェイドはある程度予測していたのか、一人苦い顔で黙り込んだ。

「ルーク、アッシュ、どちらでも構わん。このスコアに支配されし世界に見切りがついたならば、いつでも我が下に降るが良い。私はお前達を歓迎しよう」

 ローブを翻し、俺達に背を向けながらヴァンは最後に囁く。

「……最後に我が前に立つのは、はたしてお前か、それともアッシュか……ふっ。どちらにせよ、同じことか」

 オラクルを引き連れ、ヴァンは悠然と去っていった。

 ヴァン達が完全に去ったのを確認し、ようやく俺達を包んでいた緊張が消え失せる。

「……は~。総長がこんな所にいたなんて、もー、びっくり。しかもオラクルの騎士団員を自分の兵士みたいにしてて、なんか感じ悪い!」

「やれやれ……とんだニアミスですね。それにしてもルーク。未だ私達は崩落に対処できていない。あのまま本格的な戦闘に突入するような事があったら、すべてが無駄になるところだった」
「……すまねぇ」

 ジェイドの苦言に、俺も今回ばかりは素直に頭を下げた。我を忘れるような真似は二度としないって誓ったはずだったのだが……今回は碌に心構えもできないままヴァンの姿を眼にしたせいで、自分を抑えきれなかったようだ。

「本当に、すまねぇな……」

 うなだれる俺に、皆もそれ以上責めることなく言葉を止めた。

 一人所在無さげに佇むアッシュに気づき、俺はさっきのやり取りを思い出す。

「そう言えば、アッシュもすまなかったな。なんか助けられちまったみたいだ」

「……ふん。俺はヴァンの動向を探っている内に、偶然この場に行き着いただけにすぎん。てめぇに礼を言われるようなことをした覚えはないな」

 やれやれ、こいつも変わらないよな。あっさりと切って捨てるアッシュに、俺は苦笑を浮かべた。

 憮然とした表情で俺を見据えていたかと思えば、不意にアッシュが真剣な表情になって口を開く。

「……お前達に伝えておくことがある。導師がまた、さらわれたらしい」

『!?』

 アッシュの告げた言葉に、俺達は驚愕する。だが、直ぐにそうなっても何らおかしくないと我に返る。

「そうか……くっ……やっぱりそうなったか」

 モースが対処するとは言っていたが、執務室で聞いたディストとの会話からもわかるように、オラクルのほとんどを手中に納めるヴァンには、今一歩力及ばなかったってところか。

「少しダアトで調べたいことがあったんでな。その際に、導師がさらわれたと教団の連中が騒いでるのを耳にした。俺がベルケンドに来たのも、一連の騒動からヴァンがここに来ているらしいと聞いたからだが……お前らは、ベルケンドに何をしに来たんだ?」

 不審そうに問いかけるアッシュに、ジェイドが当然のようにガイを前に出す。

「それではガイ、説明をお願いしますね」
「また俺かよ……っ!? ま……まあ、いいけどさ」

 驚愕の声を上げた後で、直ぐに肩を落として、ガイが諦め顔になって説明を始める。

 パッセージリングの暴走がどうにもならない以上、地核の液状化に対処するしかないとわかった。そのためにベルケンドの技師の手を借りて、地核の液状化を改善する音機関の復元を依頼しに来た。だがその為には未だ外郭大地に存在するセフィロトで、地核の振動数を計測する必要がある。

 そんなガイの説明を聞いて、アッシュがようやく納得行ったと頷いた。

「なるほど……だがそうなると、導師がさらわれたのは痛いな」
「まあ、確かにそうだよなぁ……」

 セフィロトの入り口を守っているダアト式封咒は、導師にしか解けない。だが、俺達の知っているダアト式封咒を解除されたセフィロトは全て魔界に崩落しているものばかりだ。

「他のセフィロトがどこにあるかも、未だによくわかっていませんしね」
「確か、大陸に一個あったような気もするんだがな……正確な場所となるとさっぱりだな」

 どうしたものかと次々に話しはじめた俺達に向けて、アッシュがボソリとつぶやく。

「……確か、ダアトにもパッセージリングがあったはずだ。それも封咒の解除されたやつがな」

 突然飛び込んだ情報に、俺達は一瞬惚けた後で、顔を見合わせる。

「まじかよ?」
「初耳だわ……」

 顔をしかめる俺達の中で、アニスが突然両手を上げてどこかわざとらしい口調で叫ぶ。

「そ、そうだね~。私も初めて知ったよ!」

 アニスがなんだか挙動不審だったが、それを気にするよりも先にアッシュが言葉を続ける。

「一年程前に、ダアトのセフィロトで一般には非公開のまま行われた実験があったらしい」
「セフィロトで実験……ですか?」

 ジェイドの洩らした言葉に、アッシュが頷きながら先を続ける。

「ああ。なんでも地核に沈んだと言われていた或る物をサルベージするのが目的だったそうだ」
「ある物?」
「お前らも既に眼にしてるはずだ」

 疑問符を浮かべる俺達に、アッシュが腰に差していた剣を抜き放つ。

「地核に沈んだと言われたユリアの作りし響奏器……ローレライの鍵だ」

 なるほど、そうやってローレライの鍵が引き上げられたわけか。

「でも、教団が行った実験なら、なぜお祖父さまはローレライの鍵の存在を知らなかったのかしら?」

 ティアの洩らした言葉に、アッシュがそれも当然の疑問だろうと頷きながら先を続ける。

「どうもユリアシティにも極秘で行われた実験だったらしい。当時の教団上層部も、実験が行われた事は知っていても、その詳細に関しては知らされていなかったそうだ。……ヴァンと協力関係にあった奴ら以外にはな」
「詳しい割には……なんか人から聞いたように言うんだな」

 ガイの言葉に、アッシュが顔を歪める。

「……その頃の俺は、外に出されていた。ちょうどシンクの監視が張りつき始めた時期だったからな」

 忌ま忌ましげに舌打ちを洩らすと、アッシュは俺達に向き直る。

「ともかく、お前らは地殻振動数の計測に向かえ。導師の方は俺が追ってやる」
「そっか。まあ、いろいろとありがとな、アッシュ」
「ふん。導師を追っていれば、そのうちヴァン達の潜伏場所もわかるだろうからな。礼を言われる筋合いはねぇ」

 いつもの調子で憎まれ口を叩くと、アッシュはさっさと身を翻し、俺達に背を向けた。

「アッシュ……」

 思わずといった感じで呼び掛けたナタリアに、アッシュが一瞬その歩みを止める。

「……何だ?」
「あ……その……」

 呼び止めながらも、特に言うべきことが見つからないのか、ナタリアは言葉に詰まった。それにアッシュは顔を背けたまま、一言を洩らす。

「……またな、ナタリア」
「! はい、アッシュ」

 そのままアッシュが完全に去ったのを見送ると、ナタリアは俺達に顔を戻した。

 彼女の瞳に宿る感情に、俺は言いたい事もわからぬまま、思わず口を開いていた。

「ナタリア……」
「大丈夫ですルーク。私は大丈夫……それよりも、これからどう動くのか。それを皆で、考えましょう?」

 気丈に応えるナタリアに、俺は続けるべき言葉を失って、彼女の顔を見据えたまま動きを止める。

 そんな俺達の様子を見て、ジェイドが間に入ってくれた。

「……そうですね。では、ダアトに向かった後どうするかについて、検討しましょう」
「だな。モースの奴が俺達にどうでるかもわからないからな」
「うーん……イオン様、またさらわれちゃうなんてなぁ……」

 ジェイドの言葉を切っ掛けに、皆がそれぞれ口を開いて話し出す。そうした皆の会話を聞く内に、俺もなんとか何時もの調子を取り戻す事ができた。

 苦笑が浮かぶのを感じながら、俺は頭を掻いて考える。

 ……こりゃ、ジェイドにはホント頭が上がらなくなりそうだよなぁ。ベルケンドに入ったとき話してた調査とやらも、もし頼まれたら協力するしかなさそうかねぇ。

 そこまで考えた所で、俺は背筋を流れ落ちる嫌な汗を感じた。

 ……いや、そりゃまた別の話だよな。うん。全く別問題だ。

 それ以上考えるのを止めて、とりあえず皆の話に加わる。

「しかし、イオンはやっぱアッシュに任せるしかないのかねぇ」
「六神将も導師にそう手荒な真似をするはずがないと信じましょう」
「なんか……微妙だな」
「仕方ありません。私達だけでできることには限りがありますからね」

 確かにそれは理解できる。理解はできるんだが……正直、あんまり認めたくない事実だよなぁ。

 まあ、俺達だけで出来ることが限られてるのも十分理解できるから、これも結局はできもしないことにグズってる、子供じみた我が儘にすぎないんだけどな。

 ため息を洩らし、俺はイオンに関してはアッシュに任せるしかないことを改めて確認した。

「それよりも問題は、やはりパッセージリングの耐用年数に関してでしょうね」

 ジェイドの切り出した話題に、俺たちも顔を引き締める。

「ベルケンドでスピノザに渡された資料や、ザオ遺跡などで実際にパッセージリングを眼にした際、私も少し疑念を抱いてはいたのですが……確信には至らなかった。しかし、ヴァン謡将があれだけはっきりと言い切ったのです。何かしらの根拠を見出しているのでしょうね」
「スコアにより定められていた崩落……か」
「どこまで兄が真実を語っていたかはわからないけど……少し調べてみる必要がありそうね」

 俺は改めて事態の複雑さを思い知らされ、少しパッセージリングに関して考えてみる。

 パッセージリングの耐用年数は……外郭大地の崩落を見越した上でのものだったのだろうか? だがダアトでイオンの確認した預言にはそんな事は記されていなかった。だとしたら詠まれているのは、失われた第七譜石だってことになる。だが、失われたと言われる第七譜石の預言を俺達が確認する術はない。

「これもアッシュがイオンを助け出したら、確認してみるしかなさそうだな」
「確かに、導師イオンに聞いてみるのが一番いいかもしれませんわね」

 煮詰まった思考をとりあえず保留し、俺は更にヴァンの残した言葉を思い返す。

 ───ガルディオス伯爵家は、代々我らの主人。

 預言に関してだけじゃない。ヴァンは、もう一つ重大な言葉を俺達に残していった。

「ガイ、さっきのヴァンとお前の話だが……」

 少し言いよどむ俺に、ガイは静かに瞳を閉じる。

「……ヴァンが言ったことは、本当だ。あいつと俺は同志だったんだ」
「同志だった、か」

 過去形で語られた言葉に、俺は少し安堵を感じながら、ガイの顔を見上げる。

「ああ。今は違う。あいつと俺の目的は……もう違ってしまったからな」

 どこか遠くを見据え呟くガイに、ジェイドがどこか面白そうに問いかける。

「それを額面通り信じろと? やれやれ。こちらが疑り深いことはご存知ですよねぇ」
「そうそう! ホントの所……どうなの?」

 冗談じみた問い掛けだったが、そこには否定を許さない、確かな疑念も含まれていた。

 思わず俺が口を開き言い返そうとしたのとほぼ同時──ナタリアの一喝が、場に響きわたる

「おやめなさいっ!」

 ビリビリと場を圧倒する大音声に、誰もが一瞬動きを止めた。

「ガイは違いますわ。彼は敵国の人間である私達を、友と読んでくれたのです。グランコクマで彼が私達に語りかけたように、過去はどうであっても、今の彼はヴァン謡将とは違います」

 なんだか、俺の言いたいことを全て言われちまった感があるが、まあ、概ねその通りだよな。

 ちょっと拍子抜けしながら、口も挟めず所在無さげに突っ立っていると、ガイが俺に視線を向ける。

「ルーク……お前はいいのか?」
「まあ、なんかナタリアが俺の言いたいことは全部言ってくれたしな。特に俺から言うことは無いぜ。もうちょっと残しといてくれてもいいのになぁとか思わんでも無いけどさ」
「ははっ……そっか」

 どこかくすぐったそうに苦笑を浮かべるガイに、俺は特に意気込むでも無く言葉を返す。俺にとっては今更検討するまでも無い、取るに足らない問題にすぎなかったからだ。

「私も……ガイを疑ってはいないわ。兄さんがガイを回し者として使うつもりなら、もっと巧妙に隠すはずだもの」

 ティアが俺達二人の意見に同意して、ジェイドとアニスの顔を伺う。

「ええ。それは同感です」

 そんな俺達三人の否定を受けて、ジェイドは両腕を軽く広げて見せた。

「ま、儀礼的に疑ってみました。一応ね」

 冗談ね……本気も三割ぐらい混じってたように俺には見えたけどな。半眼で見据える俺の視線に、ジェイドはふてぶてしい態度で眼鏡を押し上げて見せた。

 ガイが改めて俺達に向き直り、照れくさそうに頭を掻きながら頭を下げる。

「まあ、いろいろと疑わしい部分が残ってるかもしれないが、とりあえず、これからもよろしく頼む」

「今更何を言ってんだかね、こいつはよっ!」
「って、いててっ! おい、痛いっての、ルークっ!!」

 ガイの頭を肘でミシミシと締め上げながら、俺はかつて、こいつにされたように、本心からの言葉を掛ける。

「昔ガイが何をしでかしてようが、改めてよろしく頼むまでもない。お前は、お前──そう言ったのはガイ、お前だろ?」

 腕の中でもがいていたガイがピタリと動きを止め、小さくつぶやく。

「……ありがとな、ルーク」

 うっ……や、やっぱこんな風に正面切って礼を言われるのは耐え難いもんがあるよな。

「れ、礼を言われるような事はなんもしてねぇーよっ!」

 なんとも言いようの無いむず痒さを覚えて、照れくさくなった俺は乱暴に言い返すと、ガイに背中を向けて歩き出す。

 そんな俺の態度にガイが苦笑を浮かべながら、俺の隣に並ぶのだった。

「……そうやって甘くしてると、いつか手痛いシッペ返しを食らうよ」

 少し俺達から離れた位置で、低く呟かれたアニスの言葉が、妙に俺の耳に残った。


 翌日、スピノザ達から計測器を受け取った俺達はベルケンドを離れ、再びダアトに向けて飛び立った。

 しかし昨日まで俺達が居た場所だけに、正直な話、移動がものすごく億劫に感じてしょうがない。

 ……俺も贅沢になったもんだよなぁ。

 俺はアルビオールから地上を見下ろす

 かつてバチカルで暮らしていた時とは比べものにならない程までに、今や拡大した自分の行動範囲を思い、俺は少し呆れ返るものを感じながら、苦笑を洩らした。



  1. 2005/07/29(金) 15:13:35|
  2. 【家族ジャングル】  第五章
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 ──緋の御柱──



【鮮血、滴リ落チ】




 日の光さえ届かない地の底。軍靴の擦れる音が不気味に洞窟内に反響する。それ程大人数でもない集団にとって、暗がりの中、明らかに誰も居ないとわかっている空間から聞こえる反響音は、怖気を掻き立てるには十分なものがあった。

 天井から滴り落ちた水滴が、一際甲高い音を立てる。

 思わずギクリと身を竦ませ、動きを止めた行軍に、集団の先頭に立つ、漆黒の教団服を着込んだ男が背後を振り返る。真紅の長髪が後ろに流れる中、男は苛立たしげに己の部下を睨み据える。

「……何を怯えている。さっさと測量を済ませろ」
「は、はっ!」

 明らかに上官と分かる男の叱咤に、全身鎧を着込んだ騎士達は慌てて敬礼を返すと、手に手に測量道具を持ち直し、周囲に分散して行った。そんな己の部下を横目にしながら、真紅の長髪の男──アッシュは忌ま忌ましげに舌打ちを洩らす。

 戦闘が本職でないにしろ、あまりに情けない。沸き上がる苛立ちを静めるため、アッシュは部下たちの存在を意識的に無視しながら、周囲を見渡す。

 暗い洞窟には澱んだ空気が沈殿し、自分達が久方ぶりに訪れた来訪者であることを知らしめる。

「……セフィロトか」

 低く呟きながら、アッシュは自分がここに寄越された経緯を思い返した。


 ──お前には各地に点在するセフィロトの正確な場所を確認し、周辺の詳細な地図を作成して貰う

 突然作戦室に呼び寄せられたかと思えば、あの男は何の前置きも無しに、自分にそう告げた。

 あまりに突然の辞令に困惑していると、こちらが反応するのを待つまでもなく、たたみかけるように今回の指令の目的を説明された。

 ──連れて行く部隊には正確な測量と、精密な地図の作成が可能な者を寄越そう

 なぜ俺達の部隊を使う? やや憮然としながら、アッシュはようやく口を開き、相手に問いかけることができた。それに相手は当然の質問だとばかりに頷き、どこか信用の置けない曖昧な答えを返す。

 ──これは公式の任務ではない。故に、他の師団を動かすわけには行かないからな。お前達、特務師団の者に任せる事になった。

 ……期間はどれくらいになる? 芽生えた不信感が決定的なものになるのを感じながら、低く尋ねるアッシュに、男はゆっくりと瞳を閉じると、決定的な言葉を放った。

 ──おそらくは、一年ほどダアトを離れて貰うことになるだろうが──今更、是非もあるまい?

 当然、アッシュに頷く以外のことができるはずも無かった。


「──アッシュ特務師団長! 測量、終了致しましたっ!」

 部下からの報告に、我に返る。直ぐ目の前で、直立不動の体勢のまま敬礼を捧げる相手から、報告書を受け取る。ざっと流し読みし、これと言って問題がないことを確認すると、アッシュは頷き返す。

「……よし。なら、こんな陰気な場所からはさっさっと引き上げるぞ。撤収作業に入れ」
「はっ!」

 機敏な動作で撤収作業に移る部下達の様子を眺めながら、アッシュは報告書の内容を改めて確認する。そこにはセフィロトに続くダアト式封咒が施された扉に至るまでの道筋が、詳細に記されていた。

 現時点で、存在箇所が判明していないセフィロトは存在し無い。だが、それらの正確な位置となると、また話は別だった。時の流れは厄介な物で、当時記された資料の大部分を判別不可能にしてしまっている。さらに解読に成功した文献があっても、大まかな大陸名しか読み取れない物がほとんどだった。

 また、仮に当時の存在箇所が読み取れたとしても、徒労に終わるケースも少なくなかった。セフィロトのある場所によっては、大規模な地殻変動によって、セフィロトに通じる扉が当時の記録から大きく外れた位置にまで移動してしまっている状況もあったからだ。

 故に、現時点におけるセフィロトの場所を把握しておきたいという話は、別段不可思議な話でも無かった。

 教団にとってセフィロトという存在が、それなりの地位にいる者からすれば、重要な存在であることは容易に理解できる話だ。そんなセフィロトに関して、教団が把握していないような部分を無くしておきたいという話も、理解できる。

 ただ、今回ばかりは、それを命じた相手が問題だった。

 ──このスコアに支配されし世界を、変革する。

 そう声高に叫んではばからない者が命じた任務にしては──あまりに教団らし過ぎる理由だった。おそらくは自分にも建前上の理由しか説明されていないのだろうと、アッシュは考えている。

「セフィロトのある場所を把握……か」

 低く呟いた言葉に、部下から怪訝そうな視線が返る。アッシュは何でもないと言葉短く答えると、撤収作業の終了した部下達と共に地上に向かう。

 無言のまま進み行き、日の光が眼に入る。ようやく地上まで戻ってきたことを実感させる光景に息をつく。

「こんな辺境まで御苦労さん、アッシュ」

 突然名を呼ばれた。

 気配のした方向に視線を向けると、そこには仮面に顔を隠し、教団のローブを着込んだ少年が一人壁に背を預け、口元に皮肉げな笑みを浮かべながらこちらの様子を伺っている。

「……シンクか」
「特務師団長も大変だよね。一々地方を回わらないと行けないんだからさ」
「テメェにそれを言われる筋合いは無いな。一々、その地方とダアトを往復してるテメェにはな。
 ……受け取れ。今回分の報告書だ」
「──ま、確かに、それもそうだね」

 荒々しく投げ渡した報告書を受けとったシンクが、その中身を確かめるのを横目にアッシュは考える。

 自分は建前状の理由しか知らされていないが、この相手は違うだろう。その証拠に、自分達の師団が作成した報告書を受け取るのは、いつもシンクだった。

「ヴァンのやつは何を考えてる? 一々こんな過去の異物を回って、地図を作ることになんの意味がある? ……てめぇは何か聞いてないのか?」
「さぁね。総長が伝えていないことを、僕の一存であんたに知らせ訳にもいかないね」
「ちっ……使えねぇやつだ」

 反射的に吐き捨てた言葉に、シンクが一瞬ビクリと肩を震わせ、こちらを睨む。

「アッシュ特務師団長。作戦参謀として命じる。僕に、二度と、その言葉を使うな……っ!」
「……ふんっ」

 相手の反応に多少怪訝なものを感じるが、特に拘るでも無く、アッシュはシンクから視線を逸らした。

 シンクから叩きつけられていた殺気混じりの視線が──不意に止む。

「……ダアトに戻って、やつのことを知ったときの、あんたの反応が楽しみだね」

 どこか含みを感じさせるシンクの言葉に、アッシュは眉を寄せる。

「……どういう意味だ?」
「ダアトに帰還すれば、嫌でもわかるはずさ。そのときが楽しみだよ」

 嘲りの笑みを洩らすシンクに、アッシュは顔をしかめた。

 自分が正確な情報が知らされていないのは、これで決定的になったようだ。相手の言葉から分析を進めながら、同時に引き出した言葉からも、意味あるものが何一つ見出せない事実に苛立ちがつのる。

 やはり、自分は信用されていないということか。アッシュは自嘲の笑みを浮かべ、すぐに思いなおす。いや、信用していないのは、こちらとしても同じことか。

 アッシュは誰一人頼れる者が存在しない事実を諦観と共に受入れ、天を仰ぐ。

 ──何を考えている、ヴァン

 ここ最近、その意図を理解できなくなりつつある己の師にして──全てを奪い去った者の名を呟いた。




【翠玉、薄闇デ輝キ】




 フォニム灯の明かりも落とされた暗い室内。古い紙特有の臭いが周囲を漂う。闇に慣れ始めた視界に映るのは、見上げるような高さにまで積み上げられた古書の群れと、そうした本を取り囲む威圧的な本棚の列だ。

 ダアトにおいても、一定位階以上の者しか立ち入ることが許されない書庫の一画に、深い翠色の髪を二つに束ねた少年が、一人膝を抱え込み、埃の積もった床に座り込んでいた。

「…………」

 床に座り込んだ少年──イオンは周囲を取り囲む本を手に取るでも無く、ただじっと膝を抱え、ひたすら闇を見据えている。

 こうした行為には、特にこれといった理由はない。たまたま暇ができたから、滅多に自分意外の人間が来ることのない、この場所に足を運んでみた。それだけだ。

 イオンは世界各国に対して絶大なる影響力を持つ教団の頂点──導師であることが求められる少年だった。意識が確立した頃には、既に導師としての振る舞いを教え諭され、言われるままに、そうあることが当然のように自分でも行動していた。

 教団の理念である、預言による人々の救済に対して、特に疑問を覚えるでも無く納得し、全てを教団の為に捧げてきた。そんな導師としてあることに不満など無かったし、教団の存在が人々に必要なことも理解していた。

 そして、自分が導師以外の存在に決してなれないことも、十分すぎるほどに、理解していた。

 しかし、教団内のどこに行っても、結局は導師としての立ち振る舞いを自分は求められた。息をつける場所など存在しない。執務室に籠もっていても、導師の決済に必要な仕事から逃れることはできない。

 少し、疲れていたのかもしれない。

 気付けば、一人になれる場所を探し求め、この場所で座り込むことが、日常に組み込まれていた。

「……ふぅ……」

 導師としてある。そこに疑問などなく、抵抗も覚えない。その想いは変わり無く、呪いのように自身に絡みつき、拒絶さえも許さない。それさえも、自分は受け入れていると思う。

 それでも時々──無性に一人になりたくなった。

 そんなとき、イオンはこの忘れられた書庫に籠もり、一人膝を抱え座り込む。本を読むでも無く、ただひたすらに闇を見据え、ため息をつく。

「……ふぅ……」

 すでに何度目かすらわからなくなった、ため息を吐く。

 変化は、突然訪れた。

「だぁー──────っ!! うっとーしぃー──────!!」

「えっ!?」

 埃にまみれた古書の積み重ねられた一画。誰も存在しない無いと思っていた闇の中から、叫び声はイオンの耳に飛び込んだ。

 目を白黒させて固まるイオンを無視して、状況は動く。明かりの消えた闇の中ということもあって、相手の輪郭しかわからないが、のっそりと暗がりの中から身を起こした男が頭を掻きむしるのがわかる。

「唯でさえ暗い場所だってのによ。さらに暗くなるようなため息ついてんじゃねぇぜ……ったく。お前はあれか、カマドウマか?」
「カマドウマ……ですか?」

 相手の例えに出した存在が何かわからず、イオンは状況もよく理解できないまま、首を傾げた。そんなイオンの様子を見て、顔も見えない相手が意外そうな声を上げる。

「ん? 何だ、知らねぇのか?」
「ええ。僕はそうした知識に疎いので……」

 少し顔を俯けながら答えたイオンの様子に、相手は少し黙り込んだかと思えば、戸惑ったように口を開く。

「ちょ、調子が狂うな……まあ、暗がりを好む習性がある虫だよ。……この説明で、わかったか?」
「はい! すごいですね、こんな暗闇に、進んで適応してしまう虫が居るなんて!」

 興奮を覚えながら声を洩らすイオンに、相手がさらに肩を落とすのがわかる。

「はぁ……なんだか本当に調子が狂うな……今、僕はかなりとんでもないレベルの侮蔑の言葉を吐いた訳だよ。そこら辺のとこ、本気でわかって言ってるのか、少年?」
「そうなのですか?」

 本気でよくわからなかったので、イオンは闇の中で唯一輝く相手の双眸を見据え、小首を傾げた。相手はそんな自分の反応に、何故か胸を押さえ「こ、心が痛む」とうめき声を上げていた。

「純真するぎるのも考えもんだな。……ちょっとぐらいは、他人の悪意に敏感になれ、少年」
「はぁ……」

 やはりよくわからなかったので、自分でも煮え切らない言葉が口から漏れた。相手はそうした自分を見据え、後ろ手に頭を掻くと、突っ張ってるのが馬鹿らしくなって来るな、と小さくつぶやいた。

「しかし、どうしたんだ。こんな所で? 本を読んでるような感じでも無かったがよ」
「それは……」

 相手の尋ねた疑問に、イオンは答えることを躊躇する。なぜなら、自分がここに籠もっていた理由は、かなりの部分が精神的なもので、あまり他人にひけらかしたくない類のものだったからだ。

 口を噤むイオンに対して、相手はあっさりと引き下がった。

「……訳ありか。ま、僕も仕事を部下に放り投げて、こんな所に籠もってる訳だから、人のことは言えねぇんだがな」

 相手は自嘲するように笑い声を洩らすと、突然立ち上がる。周囲に散乱する本をかき分け、歩きだす。呆気にとられたまま動きだした相手を見据えていると、書庫の出口まで辿り着いたところで、男が振り返る。

「ま、何か悩んでるようなら相談に乗るぜ、少年。僕は大抵書庫のどっかに居るから、また顔会わせることもあるだろうよ。気が向いたら、そのうち何か話して見てくれや」

 そんじゃまたな。一方的に言い放つと、相手はこちらに背を向け、書庫から去った。

 イオンは動くこともできず、顔も名前もわからない男の背中を、ただ見送るのだった。




【聖者、闇ヲ覗キ】




「最近書庫に良く足を運んでいるそうですな、導師イオン」

 執務室に、その声は思いのほか大きく響いた。

 部屋に居るのは未だ年若い少年である導師イオンと、彼に決済用の書類を求める中年の男──モースの二人だった。

 事務的に書類を片づけながら、ふと思い立った問い掛けに、しかしイオンは中々答えようとしない。

 モースは少し不審に想いながら相手の顔を見やる。問いかけられた相手は、それでも少しの間沈黙した後で、どこか感情の籠もらない言葉を返す。

「ええ。まだまだ学ぶべきことが多いですから」
「……左様でございますか」

 モースとしては、導師が時折書庫に籠もって、一人で何やら考え込んでいることは把握していた。ここ一年ほどで『導師』に叩き込んだ教育の濃度を思えば、この少年が少しばかり奇異な行動を取っても奇怪しくなかろうとも思っていた。

 それでももう少し、突発的な問い掛けに対しても、それなりの返しをしてもらいたいものだと思ってしまう。完璧を求めるのは酷なことだとはわかっているが、モースは相手のわかりやすい反応に少し落胆を覚えながら、当たり障りのない苦言を呈する。

「あまり根をつめるのもお身体に触りますぞ。くれぐれも、ご自愛下さい」
「ええ。わかっています、モース」

 目線を手元の書類に落としたまま、イオンは応じた。普段の導師であれば、話しかけられた相手と目を合わせないなどという態度は考えられないものだったので、その不自然さが際立つ。

 まだまだ甘い、とモースは内心で苦笑を浮かべながら、導師としての振る舞いに評価を下す。

「ところでモース、このセフィロトの使用申請とは何のことでしょうか?」

 話題をずらすようにして問い掛けられた言葉に、しかしモースは自分の顔が歪むのを感じる。提出された報告書を読んだ時に抱いた、釈然としない苛立ちが蘇る。だが、そうした不快感が表面に出すこと無く、モースは淡々と答える。

「何でも、ヴァンが主導して行っている計画だそうです。あやつが言うには、この実験が成功すれば、ローレライの存在を証明することが可能だという話です」

「ローレライの存在を証明……ですか」

 戸惑ったような言葉を返すイオンに、モースも内心では同じ気持ちを抱きながら、とりあえず問いかけられた事柄に対して、事務的に報告を続ける。

「ええ。教団の方針からも、特に反対する理由は思い至らないのですが……個人的に少し気にかかったのは、この実験には、パッセージリングの一つを用いる必要があるという点です」

「パッセージリングを……?」

「ええ。詳細に関しては私もわかりませんが、セフィロトツリーを通じて、地核に何がしかの干渉を行うことで、ローレライの存在を証明するのが実験の主旨であると報告書には記されていました。
 実験の詳細に関しては、ヴァンが実験内容の重要性を考慮して、ユリアシティや一部の詠師には実験を秘匿したまま計画を進めたいと申し出ております。
 今のところ我々詠師一同の意向としては、申し出を許可する方向で一致しています」

 暗に、既に根回しが済み、計画が発動される見込みが高いと告げる。それを察したイオンが、報告書を手に取りながら、どこか複雑な表情を浮かべる。

「そうですか………わかりました、了承の印を押しましょう」

 計画が通るのを確認すると、モースはさらに今後の予定を説明する。

「では期日までに、導師にはダアトに存在するセフィロトであるザレッホ火山へ赴いて貰うことになるでしょう。ダアト式封咒が解除されない限り、我々はセフィロトに足を踏み入れることができませんからな。オラクルから何人か派遣しますので、導師も予定の調整をよろしく願いますぞ」
「わかりました。それにしても……」

 答えた後、イオンはどこか躊躇うように言葉を濁す。

「ローレライの存在を証明する……本当に、そんなことが可能なのでしょうか?」
「……どうでしょうな。それも、あの異端者次第でしょう……」
「異端者……?」
「いえ……何でもありません」

 答える気は無いと応じた自分に、イオンが表情を曇らせる。だが、相手を気にかけることはなく、モースは退室を申し出る。

「それでは、私はこれで失礼します」

 導師のもの問いたげな視線を振り切り、モースは部屋を後にした。

 扉が閉まる音を背後に聞きながら、表情の消え失せた無機質な視線を天井に向ける。

「ローレライの存在を証明する……か」

 もっともらしい理由を報告書には記していたが、それだけであるはずがない。モースは相手の思惑に一瞬想いを巡らし──すぐにそれを止める。奴が何を狙っているかは知らぬが、それもいいだろう。

「全ては、確定された事象のままに流れ行く……些細な歪みなど無視して……世界は廻り続ける」

 モースは通路に設けられた窓から、空を見上げる。日の光の落ちた曇り空に、視界に映るものは存在し無い。ただぼんやりと鈍い光を発する月が、微かに見えるばかりだ。

「お前とて、それは知っていように……ヴァンよ」

 暗い闇の淵を覗かせる瞳を空に向け、モースは低く、囁いた。




【異端、地ニ堕チル】




 淡い光を放ちながら音素が天井に昇っていく。

 ここは十あるセフィロトの内が一つ、ザレッホ火山の内部。長らく教団により秘匿されていたパッセージリングの在る場所だ。

 二千年以上誰も立ち入ることを許されなかった空間に、今、自分達は立っている。

 その事実に、アダンテは感慨深いものを感じた。ここに至るまでの経緯を思い返しながら、そっと瞼を閉じる。

 ヴァンからパッセージリングと奏器の同調実験の研究を進めるよう指示を受けてから、既に一年近い時が流れている。

 求められた研究は、かなり困難なものだった。パッセージリングと奏器が機能的には似通っているとは言っても、そこに違いが存在することに変わりは無く、そうした差異は研究の過程で、絶対的な断絶となって立ちふさがった。

 師団長としての仕事もほぼ副官に丸投げし、すべての時間を研究に没頭した。それでも目に見えた成果が出ることは無く、アダンテは研究が行き詰まる度に執務室へと顔を出し、息抜きと称して酒ばかり飲んでいた。

 当時の自分の行動を顧みて、さすがにライナーには悪いことしたもんだと、苦笑が浮かぶ。この実験が終わったら、さすがに師団長としての仕事にも手を出さないと、団員の皆に合わせる顔が無い。アダンテはもう少し、真面目に仕事にやることを誓う。そう、この実験が成功したならば……

「──実験は上手く行きそうか、アダンテよ」

 自分を家名ではなく、アダンテと呼ぶ相手は一人しかいない。声のした方向に顔を向けながら、アダンテは肩を竦めて応じる。

「まだわかりませんよ、総長。そもそもこの実験自体が前代未聞のことですし、参照となり得るデータがあまりに足らないんすよ。まだ一回目ですし、今回は成功したら運がいいぐらいに考えておいた方が無難かもしれませんね」
「そうか」

 振り返った先には、難しい顔で腕を組む壮年の男の姿があった。全身から発せられる覇気が、男がただ者ではないことを周囲に知らしめる。だが、それも当然のことだろう。何せこの相手はオラクル騎士団主席総長──ヴァン・グランツ謡将。アダンテの認識としては、現時点における自分の実質的な雇い主に他ならなかった。

「だが、その割には随分とお前は落ち着かない様子に見えたが?」
「……やっぱ、わかりますか?」

 ああ、とあっさりと頷く相手の洞察力に、アダンテは舌を巻く。尚も向けられる視線に、アダンテはこれ以上誤魔化す事を諦め、やれやれと口を開く。

「さっき言った事は……まあ、公式見解って奴ですね。僕としては、何がなんでも、この一回で成功させたい」

 理論上は正しいはずだ。なら、この一回で成功しなければ何度やっても同じ事だとアダンテは考える。

 地核から記憶粒子を抽出するパッセージリング。
 そんな記憶粒子と音符帯が衝突することで生み出された第七音素。
 そして、パッセージリングとほぼ同機能を備える惑星譜術の触媒。

 これらの内のどれか一つが欠けても、今回の実験は成立しなかっただろう。

 ザレッホ火山のパッセージリングに取り付けられた惑星譜術の触媒を見据え、アダンテは独り言ちる。

「……文献に残されていたケイオスハートが教団にあったのは、幸いでしたね」
「どういう意味だ?」

 思わず洩らした呟きに、ヴァンの怪訝そうな視線が向けられる。

「惑星譜術の触媒も響奏器の一種である事に違いはない。ローレライの鍵とは構成的に異なっていても、それに準じた性能を持った道具を手元で分析できたのは、研究進める上でかなり助けになりましたよ」
「……なるほどな」

 研究の過程を思い出しながら説明すると、ヴァンも納得したように頷いた。

「ま、それでも後は運をスコアに任せて、祈るしかないですけどね」
「最後は運頼みか」

 ヴァンが苦笑を浮かべた後で、すぐに表情を引き締める。

「だが、研究に関する事柄をお前に一任したのは私だ。実験が失敗に終わろうとも、責任は取ってやる。今回も好きにやると良い」
「了解っす、総長」

 冗談めかした態度で応じるアダンテに、ヴァンが苦笑を深め、その場から離れた。

 アダンテは自らの気を引き締めるべく、両頬を張る。

「──よしっ! んじゃ、実験開始するぞ! 計測器の波形から目逸らすんじゃねぇぞ、お前らっ!」

 了解、と周囲から野太い声が返る。同調実験に関する研究をまとめあげたのはアダンテだったが、それ以外にも、細々としたデータ取りなどを任された研究員たちは存在している。彼らはアダンテが参加する前から、別アプローチで研究そのものには取りかかっていたとも聞いている。

 故に、アダンテの立場を正確に表すならば、新たに赴任してきた研究主任というのが正しいだろう。今回の実験の成否次第では、自分の立場も微妙なものになるだろうなぁ、とアダンテは考えている。

 ともあれ、現時点では部下に当たる他の研究員達に指示を出しながら、アダンテもまた持ち場に戻る。

 パッセージリングと接続された奏器には、無数の計測器具が取り付けられ、些細な異常も見逃さないとばかりに、波形を揺れ動かしながら事態の推移を記録している。

 高まり行く緊張感に、場の空気が殺伐として行くの感じながら──アダンテは宣言する。

「第一回、奏器同調実験を開始する」

 ケイオスハートが、鼓動を刻む。

 ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ……

 胸から響く心音のようでいて──何かが決定的に異なる不気味な胎動が、その場を満たす。

 パッセージリングが奏器に同調し、地核に伸びるセフィロトツリーを活性化させる。活性化されたセフィロトから、パッセージリングが大量の音素を地上に汲み上げ、膨大な光がその場を満たす。

 アクゼリュスが要となって存在するアルバート式封咒によって、パッセージリングの操作は封じられている。また、ユリア式封咒によって、直接パッセージリングに干渉する事さえ不可能だった。

 しかし、パッセージリングに同調させた奏器を操作することで、間接的にパッセージリングに対して干渉し、セフィロトツリー全体からすれば取るに足らない程度の影響を与えるぐらいならば、十分に可能だった。

 それは僅かばかりの〝流れ〟を生じさせる程度でしかなかったが、外郭大地を支えるセフィロトツリーに対して、僅かとは言っても干渉ができるのだ。今回の目的には、それで十分だった。

 与えられた方向性が、同調したパッセージリングを基盤に増幅され、地核内部を駆けめぐり、目的のものを探り寄せる。

 どこまでも高らかに、響奏器は鼓動を発し──その音色を奏で、高らかに鳴り響かせる。

 音素は同じ属性同士、惹かれ合う。これは固有振動数の波形が似通ったもの同士が、互いの音域で重ね合わせ、共振することで、より高らかに鳴り響こうとする現象のことだ。

 言うなれば、音素は自らの奏でる音色を、より高らかに鳴り響かせてくれる存在を求めているのだ。

 ローレライの鍵は、そんな音素の一種たる第七音素によって造り上げられた。

 パッセージリングと同調された響奏器は、汲み上げた記憶粒子を利用して、第七音素の備える固有振動数を奏でる事で、自らと同じ音色を響かせる、地核に沈みし鍵を捜し出し、手繰り寄せる。

「──反応がありましたっ!」
「よし、そのまま第二段階に移行しろっ!」

 計測される数値から目を話さずに、アダンテは両手を握り占め、実験の推移を見据える。

 響奏器より奏でられていた鼓動が、その音色を僅かに変化させる。パッセージリングがより鮮烈な光を放ち、活性化された機構が膨大な量の音素を地核から抽出し、同時に見出した鍵を引きずり上げようとする。

 第七音素とて、もとは記憶粒子から生み出された存在だ。ならば、地核から間断なく、膨大な量に上る記憶粒子を抽出するパッセージリングを持ってすれば、存在する場所さえ判明してしまえば、地核に沈んだと言われるローレライの鍵を、この地上へと強制的に引き上げる事もまた、可能なはずだ。

 ふと、アダンテは計器に異常なブレを見出す。それが何を意味するのか考えた瞬間──

 固唾を飲んで一同が見守る先で、響奏器によって奏でられる鼓動が、より一層高らかに響き渡る。

 同調したパッセージリングが目も眩まんばかりの一際強烈な閃光を放ち────…………


 閃光がおさまり、鼓動が止んだ。


 あまりに突然の終焉に、場が騒然となる。

「いったいどうなった……っ!?」
「待って下さい……これは……」
「反応消失……!?」

 慌ただしく怒鳴り声を上げながら、状況を把握しようと動き回る研究員達を尻目に、アダンテは一人パッセージリングを見据えたまま、目を見開く。

「あれは……?」

 呟きは、混乱したその場に、思いのほか大きく響いた。

 最後に膨大な光を発したパッセージリングは、今では何事も無かったかのように、静かに音素を立ち上らせている。そこに接続された響奏器もまた、先程まで奏でていた音色を止めている。

 響奏器の脇、虚空に浮かぶ一本の剣が存在していた。

 誰もが息を飲んで見守る先で、淡い音素の光を放ちながら、剣はリィィンと澄んだ音を立てると、地面にゆっくりと降り立ち、光を放つのを止めた。

「成功か」

 ヴァンの落ち着いた言葉を皮切りに──歓声が上がる。

 自分達の進めてきた研究成果が確かな実績を残した事実に、誰もが歓声を上げる。全てが終わった訳ではなく、今後はこの膨大な量に上る実験データを分析する作業が残っているのだが、今は誰もが全てを忘れ、この一時の成功に酔いしれる。

 だが、アダンテは一人表情を強張らせたまま、計器に記されたとあるデータを見据え続けていた。

「どうした、アダンテ? 実験は成功したというのに、浮かない顔だな」
「いえ……」
「何か気になる事が合ったのか? ならば話してみろ。今更口を噤むようなお前でもあるまい」

 度重なるヴァンの問い掛けに、アダンテは自分でも躊躇いながら、口を開く。

「ローレライの鍵が地上に引き上げられる寸前、ケイオスハートが変な動作してるんですよ。どうも鍵とは別のポイントに存在する第七音素の塊を探知して、こっちからの命令も無しに、勝手に干渉してるっぽいです。しかもこれは……かなり、膨大な量に上る第七音素です」
「……膨大な量に上る第七音素、か」

 低く呟かれた言葉に潜む喜悦に気付く事無く、アダンテは自らの思考に没頭するまま推測を口にする。

「ええ。しかも……どうやら地核から鍵を引き上げると同時に、ケイオスハートに大量の音素が流れ込もうとしている……そのせいか、これは? 鍵を引きずり上げる前と後じゃ、微妙にケイオスハートを構成する音素の構成比率が異なってる……さっきまでは第七音素なんて一切含んでなかったのに、今じゃ第一音素と第七音素の比率が半々……? いや、これは……そもそも第七音素か? 属性が偏りすぎている……いったいこりゃ、どういうことだ?」

 不可解な計測結果に、後半は独り言のように、アダンテはぶつぶつと口元でつぶやく。理解できない計測結果に、ひとしきり頭を掻きむしった後で、これ以上数値だけ見て考えていても埒が明か無いと、アダンテは頭を切り換える。

「まあ、パッセージリングが封咒で枷嵌められてたせいか、結局はこの流れも途中でせき止められて、不発に終わったみたいですけどね。今回の実験にも、なんの悪影響もありませんでしたよ」

 肩を竦めながら、アダンテはふと一つの仮設を思いつく。あまりに馬鹿らしい仮説だったので、冗談めかした言葉に直しながら、ヴァンに伝える。

「ひょっとすると、この第七音素の塊はローレライなのかもしれませんね。自分から鍵を奪うなって、奏器に抵抗し───っ………」

 先に続く言葉を、アダンテは飲み込んだ。

 目にした光景に息を飲み、ただひたすら硬直する。

 ヴァン・グランツが──笑っていた。

 細められた目が、吊り上げられた口元が、欠けた月の如く不気味な弧を描く。

「くっくっ……そうか、やはりそうなのか。これで……すべての駒は揃った。後は時を待ち、全てを集め、奴を引きずり上げるのみ……くっくっくっ」

 背を仰け反らせ、腹を押さえながら、哄笑を上げる。

「はははははははっ───────」

 狂ったように上げられる嘲笑は、いつまでも終えることなく──どこまでも虚ろに、響き渡った。




 アダンテ・カンタビレは、自らが研究する事柄に、一切の疑問を抱いたことが無かった。

 むしろ以前の一人無目的に研究を行っていた時とは違い、上から指示を下され、それを達成すべく目的を持って研究に打ち込む現状に、充実感すら抱いていた。

 今、このとき、この瞬間まで。

 これまでは胸に抱いた虚脱感を振り払うべく、ひたすら研究に打ち込んでいた為、気付かなかった。

 だが冷静になって、改めて考えてみると、明らかに奇怪しい部分が目に突き出す。

 ヴァンから下された指示の内容には、一貫して『目的』に関する部分の説明が抜け落ちていたのだ。

 これを気のせいだと無視することは、ヴァンの狂態を眼にしてしまった今のアダンテには、到底できないことだった。




 かくして、アダンテは自らの進めた研究の隠された意味を探るべく、一人動き出すことになる。




 はたして、この愚者は真実とやらに辿り着くことができるのか?

 今はまだ……それを語るときではない。

 我々はただ地に伏して、祈りを捧げ、彼が真実に辿り着かぬ事を願おう。


 スコアより伸ばされた呪縛は、確実に──この愚か者にも巻きついているのだから───………



  1. 2005/07/28(木) 15:17:49|
  2. 【家族ジャングル】  第五章
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第3話 「朝焼けに染まる海」


 ダアトに来るのはこれで二度目になる。
 目の前に広がる街並みからして、清廉な印象を漂わせる宗教都市ダアト。
 ぶっちゃけ、どんだけ贔屓目に見ても、この街は到底俺の肌に馴染みそうに無い……。

 できることなら、さっさとやる事済まして、この街からオサラバしたいってのが正直な所だが、どうやら話はそう簡単には行かないようだ。

「……アッシュの奴も、セフィロトがダアトのどこにあるかまで教えといてくれればいいのにな」

 何とも間抜けな話だが、肝心のダアトにあるセフィロトの正確な場所がわからない。

「まあ、アッシュもそこまでは知らなかったということも考えられますしね。それに……昔、聞いた事があります」

 ん? ジェイドが何か知ってるのか? 期待を込めてその先に続く言葉を待っていると、ジェイドは視線をダアト北西に向ける。

「ザレッホ火山に教団が何かを秘匿しているらしい、とね」

 ザレッホ火山って……あそこか?

 今も煙を立ち上らせる活火山を見上げる。

 ……まあ、仮にジェイドの言う通り、あそこにセフィロトがあるとしてだ。それならそれで新たな問題が持ち上がる。

「火山にセフィロトって言われてもなぁ。正直、どうやって行ったら良いかわからねぇぜ」

 アルビオールなら火口に直接降りる事も可能かもしれないが、まだ其処にあると決まった訳じゃないんだ。確証持てるまでは、あんまり試したい方法じゃない。

「もしかしたら……教団本部から続く通路があるかもしれないわね」

 胸の前に腕を組みながら、ティアが少し自信無さげながらも、推測を口にする。

 ふむ。情報部に所属していただけあって、何かしら勘が働くものがあったのだろうか? 

 まあ、確かに有りそうな話だよな。教団の総本山たるダアトにあるセフィロトだ。その情報統制も相当なものがあるだろう。火口以外からセフィロトに向かう道があるとしたら、それが教団内部に作られ、そこで秘匿されていると考えるのが自然かもしれない。

 そこまで考えた所で、ふと思いつく。俺はもう一人のオラクルに話を振る。

「そう言えば、アニスの方は何か知らないのか? 封咒が解除されてるって事は、イオンは其処に行ったことがあるんだろ?」
「な、何かって何かな?」

 目に見えて狼狽しはじめるアニスを、俺達は少し半眼になって見据える。

「……さすがに挙動不審すぎるぞ、アニス」
「アッシュの言ってた実験がセフィロトで行われたってことは、それ以前にダアト式封咒が解除されたってことだろうしな」
「まあ。なら解除を任された導師に、アニスも同行したのではありませんの?」

 次々と投げ掛けられる問い掛けに、アニスが観念したと手を上げる。

「あーもう、わかったよ! 知ってます! 知ってますよ!! 案内するからついてきて!!」

 突然叫んだかと思えば、一人駆け出して行ってしまった。

 取り残された俺達は呆気に取られたまま、思い思いにつぶやく。

「なんだぁ、ありゃ……?」
「さぁて……まあ、今の所は、さして気にする必要も無いでしょうねぇ」
「どういうことでしょうか?」

 もっともな疑問にも、大佐は笑みを浮かべるだけで、答えない。

 うーむ。実際問題どういう事だろうな? アニスの挙動は、あまりにも不審すぎる。

 アニスは導師守護役だったわけで、当時の解除に同行したなら、パッセージリングの在り処を知っていても何らおかしくない。だが、アニスはその情報を俺たちに知らせようとはしなかった。教団が機密とする情報だからとも考えられるが、外郭大地の崩落という事態を考えるに、今更秘匿していても意味がないのは自明の理だろう。

 しかし一方で、アニスは俺たちが突っ込みを入れると同時に直ぐ自分が知っていると認めてもいる。

「……大して黙っとく事に拘らないくせに、できるだけ自分からは言いたくないってことか?」

 どうにも行動が一貫していないと言うか……結局、何も見えて来ないってのが正直な所だよなぁ。

 考え込んでいると、俺の様子に気付いたジェイドがやれやれと額を押さえる。

「まあ、周囲を気に掛けるようになったのは良い事ですが、全ての疑問を口に出せば良いと言うものでもありませんよ? 時には疑問を胸の内に納め、一人考えてみるのも重要ですからねぇ」

「……そう言うって事は、ジェイドは何か思い当たる事があるってことか?」
「さぁて、どうでしょうねぇ?」

 ……ダメだな。こりゃ絶対に口を割りそうにない。

 メガネに手を掛け不敵に笑うジェイドに、俺はそれ以上追求する事を諦めた。

 まあ、ジェイドがある程度確信が持てないと口に出さないのは今に始まった事じゃない。必要になったら、そのときは教えてくれるだろう。それにアニスの様子を見る限り、すんなりと俺たちに話してくれるとも思えないし、そのうち折を見て話を振ってみるしかないだろうな。

 釈然としない思いに一応の区切りをつけて、俺も先を行くアニスの後に続こうと、足を踏み出す。

「まあ、アニスちゃん!」

 数歩も進まぬ内に、俺たちの更に後方から声が掛かった。

 振り返った先では、穏和な笑みを浮かべた女性が、胸の前に両手を組んで、どこか嬉しそうな面持ちでアニスに呼び掛けている。

「聞いたわよ。イオン様からお仕事を命じられて頑張っているそうね」
「ま、ママ!?」

 仰天と言った様子で固まるアニスに、俺達も一瞬間を空けた後で、この相手が誰か理解する。

 って、アニスのお袋さんか? こりゃ驚いた。

「まあ、アニスのお母様ですか」
「そうか。アニスの両親は教団に住み込んでるんだったな」
「住み込みということは、教団自治区の人なのでしょうか?」
「ええ。教団自治区で暮らしているそうです。確かタトリン夫人の名は……パメラさんでしたね」

 顔突き付け合わせてヒソヒソと言葉を交わす俺達を余所に、アニスがポツリと言葉を洩らす。

「……ごめん。ママ」
「あらあら。まあまあ。どうしたの、アニスちゃん?」

 心配そうに尋ねるパメラに、アニスは何かを誤魔化すように両手を左右に振る。

「う、ううん。ママに聞けば六神将の奴らがどうしてるか、わかるかもなぁ……って」
「あらあら。まあまあ。そんな言い方よくないわよ、アニスちゃん」

 パメラはホンワカしたお人好しの空気を放ちながら、アニスをたしなめた後で答える。

「リグレット様はタタル渓谷に向かったそうよ。シンク様はラジエイトゲートに向かわれたらしいわ。でも、アリエッタ様はアブソーブゲートからこちらに戻られるって連絡があったわね」

 少し驚いた。思った以上に詳細な情報をパメラは教えてくれた。

「となると、丁度もぬけの殻か?」
「そのようですわね」
「……でもやはり、一般信者には兄さんの生存と、六神将の行動は知られていないみたいね」

 確かに……パメラの言葉を考える限りでも、六神将は未だダアトを行き来しているみたいだしな。

「少し気を引き締めて進みましょう」
「だな。そろそろ行かないか?」
「ああ……そうだな。アニス、もういいか?」
「うん。それじゃ、もう行くね、ママ」
「わかったわ。頑張ってね、アニスちゃん」

 アニスが名残惜しそうにパメラと別れを告げている。そんな二人の様子を少し微笑ましく思いながら、俺たちは見守る。

「ありがとね、ママ」
「ええ。またね、アニスちゃん」

 背を向け先に進もうとした所で、パメラが呑気な声でとんでもないことを口にする。

「あらあら、アニスちゃん。どうやらアリエッタ様が戻っていらしたみたいよ」

 ……って、なんだって!?

 振り返った先、街の入口付近から魔物を引き連れ歩いて来るアリエッタの姿が視界に入る。

 自分に向けられる視線を感じてか、アリエッタが顔を上げる。

 アリエッタと俺達の視線が、ものの見事にかち合う。

「うげっ! ま、まず……っ!」

 固まる俺達同様、一瞬動きを止めていたアリエッタが、直ぐさま我に返って、肩を震わせながら叫ぶ。

「──ママの仇っ!」

 ライガが全身に雷をまといながら、大地を踏みしめ、大きく身体を落とす。

「ちょっ、根暗ッタ! こんな所で暴れたら──」
「関係ないアニスは黙っててっ! ママたちの仇、絶対取るんだからっ!」

 ひたと据えられた視線の先には──俺の姿があった。

「行っけ──ぇ!」

 ライガが地を蹴り、前足を振り上げる。未だ陣形も整えられていない俺達は、密集したまま碌に身動きも取れない。俺の前にはアニスが居る。ライガが雷光を轟かせながら突進する。振り上げた前足が振り降ろされ──

「危ない!」

 パメラがアニスの前に飛び出して、自らの娘を背後に庇う。

「きゃぁっ……!?」

 突然標的以外の存在が目の前に飛び出したせいか、ライガが一瞬困惑したように突進の勢いを弱め、脇に飛び退く。だが放電を止めるのは間に合わなかったのか、パメラが地を走る雷の余波に煽られ、悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちた。

「ママっ!?」

 アニスは呆然と座り込み、パメラを前に動きを止める。負傷したパメラの容態を一瞬で見てとると、ジェイドがナタリアに鋭く促す。

「ナタリア! パメラさんに治癒を!」
「わかりましたわ!」

 即座に動き出すナタリアを背後に庇い、俺はライガと対峙する。

 脇に佇むコライガに一瞬視線を転じる。コライガはアリエッタに向けて、低く唸り声を上げている。

 俺は僅かな間、瞼を閉じて、自らの負い目に蓋をする。

 ……今は、気に病んでいるようなときじゃない。

 剣の柄に手を掛け、覚悟を決める。腰を深く落とし、目の前の敵に向き直る。

 俺の放つ殺気を感じとってか、ライガが警戒したように大きく間合いを離す。向き合う俺たちの間で、急激に空気が張りつめていく。

 だが、俺たちが動くまでもなく、既に状況は決したようだ。

「……そこまでです。さあ、お友達を退かせなさい、アリエッタ」
「うっ……! だけど……」

 何時の間にかアリエッタの背後に移動していたジェイドが、彼女に槍を突き付けながら低く恫喝する。

 尚も渋るアリエッタに、ジェイドが視線も鋭く槍を引いた、そのときだ。

「──何を騒いでいるかと思えば……またお前たちか」

 オラクルの守備隊を引き連れたモースが、この場を見渡しながら眉を潜める。

「アリエッタ……導師守護役に戻すと約束はしたが、このような無法を許した覚えは無いぞ」
「ご、ごめんさない……モース」

 うなだれながら謝罪すると、アリエッタは慌てて魔物達に退くように命じた。

「少し頭を冷やすのだな──連行しろ。それとパメラを治癒術師の下に運べ」

 アリエッタが警備兵に連行されていく。倒れ伏すパメラが丁重に抱え上げられ、オラクルに運ばれていく。

「ママ、ママ……っ」
「大丈夫よ、アニスちゃん。あなたを護れたなら本望よ……」

 パメラに付き添いながら、アニスが涙を目尻に浮かべながら、この場を離れて行く。

「……アニスのお袋さん、助かるよな?」
「ええ。私にできる限りの治癒は施しましたわ。きっと、助かります」

 パメラの容態を心配しながら、俺たちもアニスの後を追う。


「……思い……出した……」


 一人立ち尽くし、呟かれたガイの言葉が、俺達の耳に小さく届いた。




               * * *




 襲撃直後にナタリアの治癒術を受けられたのが幸いしたらしく、なんとかパメラの火傷は後も残らず完治したようだ。

「大事に至らなくてよかったですわ」
「そうだよなぁ……。俺も気が動転してて、治癒には気付かなかったぜ」

 パメラの運び込まれた部屋の外で、俺達は彼女の無事に安堵する。

 部屋から出てきたアニスが、俺達に気付いて駆け寄ってくる。手を上げてそれに応えながら、俺は話しかける。

「パメラさん、大丈夫そうだって?」
「うん。なんとかママも助かったみたい。ナタリア、ありがとね」

 いいのですわ、とナタリアも微笑みを浮かべ、パメラの無事を喜んだ。

「ふん……貴様らは来る度毎に、頭の痛い問題を持ち込んで来るな」

 同じく部屋の外に待機していたモースが額を押さえながら沈痛そうにつぶやく。

 モースは場を納めた後も直ぐには立ち去ろうとはしなかった。現場の責任者としては当事者たちから状況を把握して置きたいってのは、まあ、妥当な判断なんだろうが……どうも俺はこの相手が苦手だね。

 露骨に嫌そうな視線をモースに向けていると、アニスがモースの姿に気付く。

「そ、そうだ! ど、どういうことなんです、モース様!? アリエッタが導師守護役って……!!」

 ショックから立ち直ったアニスが詰め寄るが、モースはまるで動じた様子も見せない。

「何も驚くことはなかろう、タトリン唱士。導師守護役が不在のままでは何かと都合が悪い」
「でも、アリエッタは六神将の……」
「オラクルの人事権は、何もヴァンばかりにあるものではなかろう」

 モースの言葉に、俺はどうにも含みを感じてしょうがない。

「ともかく、私はこのような事を話すために残ったのではない」

 強引に話題を打ち切って、モースは改めて俺達に視線を向ける。

「……貴様らは此処に何をしに来た? 導師に会わせる事なら、叶わんといったはずだが?」

 ぬけぬけと言って退けるモースに、俺は鼻を鳴らして応じる。

「イオンを守りきれなかった奴がよく言うぜ」
「……ふん。誰に聞いたかは知らぬが、私とて苦々しく思っている。それに関しては対策を講じている最中だ」

 忌ま忌ましげに吐き捨てるモースに、ジェイドが眼鏡を押し上げる。

「アリエッタを導師守護役へ戻したのは……対策の一貫ですか? しかし、そう上手く行きますかねぇ」

「何の事かわからんな、ネクロマンサー。……だが私としては、アリエッタが私の申し出を受けたという事実があれば、それでいい、とだけ言っておこう」

 モースの曖昧な返しに、ジェイドがニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる。

「なるほど。その事実を持って、六神将側の不和を狙うという事でしょうか? しかし、それだけでは少し弱い……ああ、なるほど。仮にアリエッタが導師守護役就任後、導師がさらわれるような事態が起きた場合、六神将アリエッタの責任を追求できる……と、そう考えているわけですか?」
「……ふん。さてな」

 メガネに手を添え、にこやかに黒い推測を告げるジェイドに、モースは鼻を鳴らすだけで答えない。

「それより、質問に答えていないな。導師の不在を知っていたなら尚更だ。何をしにダアトに来た?」

 一瞬、俺達は顔を見合わせる。

 このまま答えなくてもいいのだが、現状モースは俺たちと敵対しているわけではない。もちろん味方という訳でもないが、崩落が厄介な事態だという考えが一致しているのも確かな事実だ。

「ま……仕方ありませんね。崩落に関しては教団にも知らせておく必要があるでしょう」

 確かに、それが妥当な判断ってやつかね。

「ほう……何か対策が見つかったということか?」

 さして驚いた様子も見せず、どうにも感情を伺わせない表情でモースが尋ね返す。

 とりあえず俺たちはさして当たり障りの無い範囲で、簡単な外郭大地降下の説明を口にする。


「……なるほど。導師が居なくなった今、封咒が解除されているのが確実な場所は、ここしか無いということか……」

 話を聞き終えたモースは少し間を空けた後で、顔を上げる。

「まあ、よかろう。セフィロトへは教団内部から伸びる通路が存在する」
「……随分と呆気なく認めたな?」

 もう少しゴネると思っていただけに、俺は不審さを瞳に込めてモースを見やる。

「ふん……崩落に対処する事は、教団としても必要な措置と認識している。それだけにすぎん」

 モースは何ら感情を伺わせない表情で、俺の挑発をあっさりと受け流す。

「詳しい場所は、タトリン唱士に聞くがいい。これ以上は私の関知せぬ事だ」

 これ以上話すことは無いと、モースはさっさと身を翻し、この場を後にした。

 モースが最後に残した言葉に、俺達の視線も自然とアニスに集まる。

「う……図書館から行けるらしいですよ。と、ところでガイが居ないよ? ど、どうしたのかなぁ~?」

 明らかに強引な話題転換だったが、まあ、確かにガイが居ないのは事実だよな。

「そういえば、あいつどうしたんだ? 何か、パメラさんの襲撃時に顔青くしてたがよ……?」
「そうですわね。私もあんなガイを見るのは始めてですわ」

 互いに首を捻る俺とナタリアに、ここで話していても仕方がないとティアが方針を示す。

「確か……ガイなら礼拝堂ね。行きましょう」




               * * *




 荘厳な空気をまといながら、聖堂はどこまでも静謐に其処に在った。

 光の射し込む複雑な造りのステンドグラスを前に、ガイは片膝を尽き、祈りを捧げていた。

 声を掛け難い空気を感じながら、そのままガイを見つめていると、視線に気付いたガイが顔を上げる。

「パメラさんは大丈夫だったのか?」
「あ、ああ。軽い火傷で済んだぜ」
「そうか……よかった。本当に……よかったな」

 遠くを見据え、俺達とは違う何かをその瞳に写しながら、ガイは言葉を洩らす。

「何か……思い出したとか言ってたけど、なにを思い出したんだ?」

 パメラが運び込まれていく直前、ガイの洩らした言葉を思い返しながら、俺は問いかける。

 ガイは再び聖堂に視線を転じると、胸の前に手を添えながら、小さな声で答えた。

「俺の家族が……殺されたときの記憶だ」

 ガイの瞳が過去を映す。

 俺達は語られる過去の記憶を、ただ耳にする。







 ──悲鳴が聞こえる。

 姉上が俺を暖炉の前に連れて行き、ここに隠れていなさいと優しく言い聞かせる。

 ──いいですか、ガイラルディア。お前はガルディオス家の跡取りとして、生き残らねばなりません。

 俺は何一つ状況を理解できないまま、ただ変質していく周囲の空気を感じて、身体を震わせる。

 ──ここに隠れて。物音一つたてては駄目ですよ

 暖炉の中に隠れた俺の耳に、使用人たちの悲鳴と、兵士たちの荒々しい鬨の声が聞こえてくる。

 俺は耳を押さえ、震える身体を両腕で押さえる。

 ──女子供とて容赦はするな! 譜術を使えるなら十分脅威だぞ!

 悪魔のような命令に、遠くから聞こえる使用人たちの悲鳴が、どんどん近づいて来る。

 ──そこを退け!

 ──そなたこそ下がれ、下郎!

 ──ええいっ! 邪魔だっ!

 俺は恐怖に耐えられなくなって、暖炉から外に身を乗り出し、姉上の姿を探す。

 殺気をみなぎらせる兵士が、目の前にいた。

 振り上げられた剣が、鎧の面に覆われた隙間から漏れ出る殺意とともに、振り降ろされる。

 ──ガイ! 危ないっ!

 俺の目の前に、姉上が飛び出す。

 鮮烈な赤が視界に飛び散る。

 ──姉上? 姉上!?

 呼び掛ける俺に反応して、姉上は血の滴り落ちる片手をゆっくりと上げると、俺の頬を撫でる。

 ──ガルディオス家の跡取りを護れたなら、本望だわ……

 だらりと垂れた腕が、床に落ちる。姉上はもう動かない。

 呆然と座り込む俺に、兵士たちが更に剣を突き付ける。

 ──ガイラルディア様、危ないっ!

 何人もの使用人たちが、俺の身体に多い被さり、振り降ろされる剣を、その身を盾にして防いで行く。

 次々と重なり行く、俺を守るために、死んでいく人々の群れ。

 ──う、うわぁああああああ────────…………!!







「……そうして、俺は姉上達の遺体の下で、一人血まみれになって気を失っていた」

 壮絶な過去の記憶を自らの口で語りながら、ガイは顔を俯ける。

「姉上だけじゃない。メイド達もみんな俺を庇おうとして……死んで行った」

 そこまで一息に言い切ると、ガイは顔を上げ、俺達の顔を見返す。

「ペールが助けに来てくれた時には、もう俺の記憶は消えちまってたのさ」

 自嘲するような口調で、すべてを語り終えたガイは肩を竦めて見せた。

「……あなたの女性恐怖症は、そのときの精神的外傷──トラウマだったのですね」

 ジェイドの言葉が、静謐な聖堂に大きく響いた。

「ああ……情けないよな。命を掛けて俺を護ってくれた姉上達の記憶を『怖い』何て思っちまうとは……」

「……そんなことねぇよ。ガイはまだそのころ子供だったんだろ? 目の前で人が死んでいくのを……それも自分を庇って死んでいく様を見て、忘れたいと思っちまうのも仕方ない……俺はそう思う」

「そうですわ。それに……私、謝らないといけませんわね。ガイがそんな過去を抱えていたというのに、私、あなたが女性を怖がるのを、どこか面白がっていましたわ……」

 そこまで一息にいった後で、ナタリアはガイに頭を下げた。

「ごめんなさい……ガイ」

 ナタリアの謝罪に、アニスやティアも次々と頭を下げる。

「……ごめんね、ガイ」
「私も謝らないといけないわ……本当にごめんなさい、ガイ」

「……ははっ。何言ってるんだよ。そんなの俺だって忘れてたんだ。キミ達が謝る事じゃないだろ? 気にしないでくれ」

 笑って気にするなと、ガイは言ってのけた。言葉通り、その顔に暗い影は読み取れない。

 ……内心で、どう考えているかまではわからないけどな。

 最悪と言えるような記憶を取り戻した直後なんだ。それなのに今や動揺を完全に押さえ込んでいるガイの姿に感心すると同時に、俺は少しの危うさを覚えた。

「……ガイ、気分はもう大丈夫ですか?」
「もちろん。全然たいしたことないさ」

 終始ガイの様子を伺っていたジェイドの確認にも、ガイは頷いて見せた。

「そうですか。では行きましょう。また他の六神将と鉢会わせしては具合が悪い」
「だな、みんな行こうぜ?」

 眼鏡を押し上げ促すジェイドに、真っ先にガイが同意して歩きだす。

「確かアニスが場所知ってるんだよな?」
「う、うん。ついてきて、みんな」

 アニスの後に続きながら、俺はそっとガイに声を掛ける。

「……無理はすんなよ、ガイ」
「全然してねぇよ! 似合わないぜ、お前が俺の心配なんてさ」

 じっと相手の顔を見据える。それにガイも視線を逸らすことなく、自然な態度で受け止める。

 ……確かに大丈夫そうだな。俺は口調も軽く、冗談めかした言葉を続ける。

「へへっ。たまには俺がガイを心配するってのも、新鮮味があっていいだろ?」
「はははっ。確かにな。でも、ま……ありがとうな、ルーク」

 くっ……や、やっぱこう言うのは性に合わん。無性に照れくさくてしょうがない。

「べ、別に気にする必要はねぇよ!」

 俺は半ば強引に話題を打ち切って、皆の後を追う。それにガイが苦笑を浮かべながら、俺の後に続くのだった。




               * * *




 図書館の隠し部屋にあった譜陣で、俺たちはザレッホ火山内部に転送された。

 そのままクソ熱い火山の中を黙々と進み行き、ようやくパッセージリングに辿り着く。

「……えーと、そんで、どうやって計測すんだ?」
「パッセージリングの譜石に計測器を取り付けて下さい。それと、降下の準備もしてしまいましょう」

 ジェイドに指示された通り、パッセージリングに超振動で命令を刻み込む。

 作業そのものは、ここのセフィロトと第一セフィロトを連結させた後で、第一セフィロト降下と同時に起動しろと書き込む事で終了した。これでラジエイトゲートのパッセージリング降下と同時に、ここのパッセージリングも起動して降下するようになったらしい。

 なんでもジェイドの話によると、こうして各地にあるパッセージリングに同じ命令を仕込んで行くことで、最後にラジエイトゲートのパッセージリングに降下を命じるだけで、外殻が一斉に降下するようになるのだそうだ。

「他のセフィロトにも同じ作業か……後はアッシュがうまくやってくれるといいんだけどな」
「アッシュなら、きっと導師を取り戻してくれますわ」
「……ま、それに関してはここで話していても始まらないでしょう。計測を終えたら、ベルケンドに戻りましょう」

 確かに、ここで言っててもしょうがないか。にしても、色々と問題が山積みだよなぁ。

 今後の先行きに、俺はため息を洩らす。ぼけっと突っ立ち、計測器が振動数を読み取るのを見つめる。

 頭痛が、俺を襲う。

「ぐっ、がぁ、ぁぁ────っ!」

 俺は額を押さえながら、その場に膝をつく。ひたすら痛みに耐える。

 ぐっ………また、かっ……

 俺の様子に気づき、駆けつける皆が声を掛けてくれるが、俺にはそれに応じるような余裕は無い。

 ──……ジジッ……─…ジッ………

 不意に、以前、頭痛に襲われた時の状況が思い出される。

 脳髄かき乱す尋常ならざる痛み。散乱する荷物。不意に痛みが収まる。我に帰ると同時に気付く。自らの手に握られた杖の存在。

 ──……ジジッ……─…ジッジッ………

 俺はパッセージリングの操作に使った杖を、其の手に握り直す。
 半ば藁にも縋る思いで選択された、何ら意味のない行動。

 ──効果は劇的なものだった。

 杖を手に取った瞬間、まるで霧が一瞬で晴れるようにして、激痛は治まった。

 ───か…………聞こえるかっ!

「……アッシュ、か」

 同時にアッシュから届く声が、より鮮明なものになって俺に届く。

 ──……ようやく届いたようだな。

「今度は何の用だ?」

 ──ディストの奴に、お前らがベルケンドの技師に頼んだことが、ばれたらしい。

「ディストに……? ああ、そう言えばベルケンドはあいつが責任者だったか」  

 ──あの馬鹿が技師達に何をするかわからんからな。技師の連中はシェリダンに逃がした。装置を組み立てるのもそっちになるだろう。お前たちもシェリダンに向かえ。

「わかった。……イオンはどうだ?」

 ──……まだ追ってる最中だ。見つけ次第、シェリダンに連れて行く。動くんじゃねぇぞ。

 憮然と吐き捨てると、やはり一方的にアッシュからの通信は切れた。

 まあ……あいつの俺に対する苛立ちはわかるがよ……それでもどうせ協力するなら、もうちょっと強調的な態度取ってもいいのになぁ……ったくよ。

 内心でぶつぶつ呟きながら通信内容を思い返していると、みんなから注がれる奇異の視線に気付く。

 ん? ああ……そういえば俺以外に聞こえないんだったな。

「実はアッシュから通信があってな……」

 俺はアッシュとの会話の内容をみんなに説明する。


「……なるほど。ディストの奴は結局どっちつかずって事か」

 どうにも行動の読めないディストの反応に、ガイが顔をしかめる。

「まあ、あの馬鹿に知れた以上、ヴァン謡将にも計画が伝わったのは確実ですね。急いでシェリダンに向かった方が良いでしょう」

 確かにジェイドの言う通りだな。ヴァンの奴は俺たちが崩落に対処するのを好きにしろと言ってやがったが、具体的な対処法が見つかった今、相手がどう動くかはわからない。

「本当に厄介な事ばっかしてくれるぜ」
「……行動が読めないのは、厄介ね」
「そうですわね。私、あの者は苦手ですわ」
「……まあ、あいつが苦手じゃない奴はいねぇだろうけどな」
「違いない」

 白髪メガネの姿を思い返し、俺たちは乾いた笑みを洩らした。

「ま、あのバカに関して話していても仕方ありません。どうやら計測も終わったようですね。ルーク、計測器を」
「ん、わかった」

 ジェイドの促しに応じて、俺は装置を取り外して皆に向き直る。

「それじゃ、さっさとシェリダンに行くとするかね」

 かつて俺たちがアルビオールを受け取った街──シェリダンへ、俺たちは向かうのだった。




               * * *




「──そんな風に心が狭いから、あのとき単位を落としたんじゃ!」

 シェリダンに到着した俺達を迎えたのは、技師たちの詰める集会場で飛び交わされる言い争いだった。

「うーるさぁいわいっ! 文句言うなら出て行けっ!」
「そーじゃそーじゃ! ひっひっひっ」

 俺たちの存在にも気付かず言い争いを続ける技師達に、俺たちは呆れ返る。

「……こんなに仲悪いのかよ」
「まあな。『い組』と『め組』は元々、王立学問所時代から続くライバルだって話だから、多少は仕方ない部分もある訳だが……まあ、実際に目にすると、改めて凄いもんだと思うけどな」

 対立の原因を説明しながら、さすがのガイも呆れ口調で目の前の老人達を見据える。

 そのまま口も挟めず見守ること数分、俺たちの存在に老人たちがようやく気付く。

「おや、あんた達かぁっ!」
「おおっ! 音機関の図面なら完成しているぞっ!」
「わーしらの力を借りてなー!」
「道具を借りただけだっ!!」
「そうじゃ! 恩きせがましいにも程があるぞっ!」

 てんやわんやと騒がしい老人達に、こっちは詳細を尋ねる切っ掛けも掴めない。

「ほんと、元気なじーさん達だよなぁ……」

 呆れながら見守ってると、言い争いの焦点も、ようやく件の音機関に及んだようだ。

「しかし、地核の圧力に負けずに、地核と同じだけの震動を生み出す装置を作るとなると大変だな」
「ひーっひーっひーっ!」
「その役目ぇ、わーしらシェリダン『め組』に任せてくれればぁ、丈夫な装置を作ってやるぞーい」

 シェリダン『め組』の技師達が主張すると、それにベルケンド『い組』が猛然と抗議する。

「360度全方位に震動を発生させる精密な演算機は、俺達ベルケンドい組以外には作れないぞっ!」
「そうじゃな。ワシら以外に任せられんと思うがのう」
「なぁに? 100勝目を取ろうって魂胆かぃ?」
「ひーっひーっひーっ!」

 睨み合う両者が、剣呑な空気をあたりに撒き散らす。

「……なんじゃと?」
「……なんだとっ?」

 イエモンさんとヘンケンが今にも互いに掴み掛かろうかという──そのとき。

「睨み合ってる場合ですのっ!?」

 いい加減しびれを切らしたナタリアの一喝が、場に轟き渡る。

「このオールドラントに危険が迫っているというのに、『い組』も『め組』もありませんわ!」

 否定のしようがない正論に、さすがの頑固者たちも口を噤む。

「ナタリアの言う通りです。皆さんが協力して下されば、この計画はより完璧になりますねぇ」
「おじーちゃん達、いい歳なんだからさ。いい加減、仲良くしなよー」

 自分達よりも年下の者に言い諭されて、さすがに彼らも決まりが悪くなったようだ。

「……」
「……」

 しばし無言のまま睨み合ったかと思えば、ぼそりときまり悪そうにイエモンさんがつぶやく。

「わーしらが地核の揺れを抑える装置の外側を造る。お前らは……」
「わかっとる! 演算機は任せろ」

 ヘンケンが応じたことで、とりあえず話は決着したようだ。

「あー……ともかく、頼むぜ。『い組』さんに『め組』さんよ」
「ホントにな……」

 このまま言い争いのせいで、装置が完成しなかったなんて事態だけは勘弁してくれよ。

 かなり不安に思いながら、俺は技師たちの様子を伺う。

 だが実際に作業に移ると、そこはさすが本職。手際よく分担された作業に手をつけ始める

 動き出した技師達に、これ以上自分達が居ても邪魔なだけだろうと考え、俺達はそっと外に抜け出る。

「……地核の振動については、これで何とかなりそうだな」
「ええ。これで音機関復元の目処は立ちました。後は各地のセフィロトに降下指示を下すのみですね。まあ、もっとも、まだ問題がある事に変わりはありませんけどね」

 肩を竦めて見せるジェイドに、ティアがその懸念を口にする。

「……ダアト式封咒と、導師イオンの存在ですね」
「アッシュ、ちゃんとやってくれてるといいけどなぁー……」

 今後の行動に想いを巡らし、それぞれ話始めた仲間達を余所に、俺は一人考える。

 外郭大地の降下準備に関しては、現状でこれ以上俺達に出来ることは無くなった。だが、全ては俺達が一存で押し進めてきた一方的な計画に過ぎない。各国で生活する人々は何も知らないのが現状だ。このまま俺達だけで全てを進めても、いずれ限界が来るだろう。何も知らぬまま結果だけ突き付けられても、その後の生活に適応する事はできないだろうからな。

 それに……俺にはどうしても消せない懸念が一つ存在した。

 マルクトに関しては降下後であっても、ジェイドを通せば簡単に話は済むだろう。だが、キムラスカに関しては、絶対に降下前に話を通して置く必要があった。このまま何も話を通さず降下した場合、キムラスカが──スコアに詠まれるまま其の繁栄を享受するべく、戦争を引き起こした王国がどう動くのか。仮に俺の考える通りだとしたら……そのときは降下した大地において、再び戦乱が──

「──……どうかしましたの、ルーク?」

 ナタリアが心配そうに、俺の顔を覗き込んでいた。

 どうやら、いつのまにか俺は立ち止まって考え込んでいたようだ。

 怪訝そうな視線が皆から俺に注がれている。

 ……これも良い機会かもしれないな。

 俺は向けられる視線に顔を上げ、皆の顔をゆっくりと見渡す。

「──話が、あるんだ」

 怪訝そうに眉を潜める皆を呼び止め、俺は話を切り出す。


 オヤジ達を、キムラスカを説得する必要があると──……




               * * *




 朝の澄んだ空気がシェリダンの街に漂う。

 どうにも目が冴えちまったようだ。俺は昨日交わした会話を思い返しながら、街中を一人歩く。

 ──やっぱ、両国にきちんと事情を説明して、協力し合うべきだと思うんだよ。

 突然切り出した俺の提案に、皆は最初驚いていたが、直ぐに真剣になって俺の話を聞いてくれた。

 スコアには、戦争後に訪れるキムラスカの繁栄が詠まれている。だが俺たちが知った情報では、既にスコアは狂いはじめている。俺という──レプリカが存在したことで。

 このままそうした情報を知らせずに外郭大地を降下させたとしても、平和条約が結ばれていない状況では、降下した先で戦争が再会される恐れがある。だから、まず降下前に平和条約を結ぶ。それからキムラスカもマルクトもダアトも協力して、外殻を降下させるべきではないか? 

 提案終えた俺に、皆も確かに必要な措置だと納得してくれた。

 だが、戦争勃発時にバチカルに訪れた、アニスやナタリアは表情を曇らせていた。

 ──……少しだけ、考えさせて下さい。それが一番なのはわかっています。

 顔を伏せると、ナタリアは自らの想いを洩らした。

 ──でもまだ怖い。お父様が私を……拒絶なさったこと……。ごめんなさい

 そう言い残すと、彼女は自分に与えられた部屋に籠もってしまった。

 俺は自分にできることをやると決めた。見出した答えを確かなものとするためなら……かつて俺がルーク・フォン・ファブレだった過去も使ってやる。そう、覚悟も決めた。

 だが、それはナタリアの気持ちを一切考えない提案だったんだよな。

「……俺も、まだまだだよな」

 いつまで経っても気が回らない自分の考えの足ら無さに、自嘲の笑みが浮かぶ。

 すっきりしない気持ちを抱えたまま街を歩いている内に、水平線に広がる海を一望できる高台に行き着く。

 そこには一人高台に佇み、目の前の朝焼けを見据えるナタリアの姿があった。

 彼女に声を掛けようと口を開いた瞬間──ナタリアが突然振り返る。

「誰?」

 思わぬ詰問に、俺は気付けば物陰に隠れていた。何となくこのまま出て行くことも出来ずに、固まっていると、予想外の人物が姿を表す。

「……久しぶりだな」
「アッシュ……? どうしてここに……?」

 教団のローブを翻しながら、アッシュはナタリアの横に並ぶ。

「導師を取り返したからな。お前達との約束通りシェリダンに連れてきた。今は集会場に居るはずだ」
「まぁ……なら、導師イオンは助かったのですね」
「各地にあったダアト式封咒は解除されちまった後だったがな……」

 アッシュは苦々しげに付け足した後で、ナタリアに顔を向ける。

「……お前こそ、こんなところで何をしている?」
「私は……」

 顔を俯けたナタリアに、アッシュは彼女から視線を外す。

「……バチカルへ行くんじゃないのか?」
「知っていましたの……?」

 力ない瞳で顔を上げるナタリアに、アッシュが海に視線を据えたまま、ポツリとつぶやきを洩らす。

「……怯えてるなんてお前らしくないな」
「私だって……! 私だって怖いと思うことぐらい……ありますわ」
「そうか? お前には何万というバチカルの市民が味方に付いているのに?」
「……そうでしょうか? 私は……偽りの王女だったというのに………」

 いつになく弱々しい口調つぶやくと、ナタリアは顔を俯けてしまった。

 二人の間に沈黙が降りる。

 いつまでも続くかと思われた沈黙は、しかし続けて放たれたアッシュの言葉によって破られる。

「……――いつか俺たちが大人になったら、この国を変えよう」

 朝焼けを見据えたまま、アッシュはどこまでも静かな口調で、歌い上げるように其の言葉を紡ぐ。

「貴族以外の人間も貧しい思いをしないように。戦争が起こらないように……」
「……死ぬまで一緒にいて、この国を変えよう」

 アッシュの後を引き継いで、ナタリアがそっと先に続く言葉を口にする。

 俺には何一つ理解できない言葉だったが、ナタリアにとっては違ったようだ。

「覚えていましたのね……ルーク」

「……あれは、お前が王女だから言った訳じゃない」

 ナタリアとアッシュ──いや、ルーク・フォン・ファブレは、どこまでも深い想いを込めて、七年越しの誓いを言葉にする。

「生まれなんかどうでもいい。お前が出来ることをすればいい」

 アッシュの言葉を受けて、ナタリアが朝日に視線を戻す。

 それを見届けると、アッシュはもう振り返ること無く、その場から去った。

 ナタリアは朝日を見据えたまま、掛けられた言葉をその胸に刻むように、何時までも佇んでいた。


 ……あれが、とうとう俺が思い出せなかった、二人の約束か。

 俺は壁に背を預けたまま、二人の会話に耳を傾けていた。

 アッシュが去った後も、俺は頭を片手で押さえながら、朝焼けに染まった空をぼんやりと見上げる。

 どこか胸にポッカリと穴が空いたような、同時に何かがすっきりと腑に落ちたような感覚が広がる。

「……覚えていてくれてよかったな、ナタリア」

 長年、俺にとって一番近しい距離に居た幼馴染みの願いが、ついに叶えられたことを──素直に、祝福した。

「ん、誰だ?」

 背後に気配を感じて振り返る。そこには宿に続く階段の上で、気まずそうに佇むティアの姿があった。

「……立ち聞きは、よくないと思うわ」

 少し弱い調子で言って来るティアに、俺も苦笑を浮かべながら相手を見上げる。

「聞こえちまったんだよ。……それにティア、そりゃお前も同じじゃねぇかよ」
「わ、私は……別に……二人の会話を聞いていた訳じゃないわ……」

 ゴニョゴニョと言葉を濁すティアを怪訝に思わなかったわけじゃないが、俺はひとまず自分の言葉を続ける。

「それにさ……声、掛けにくい雰囲気だったしな」
「……そうね」

 一人佇むナタリアに視線を移し、彼女の後ろ姿を見据える。

 いつも俺の頭のどこかを占めていた、決して否定できない一つの仮定が脳裏を過る。

「俺が生まれなかったらよ。ナタリアはアッシュと……」
「あなたが生まれなかったら、アッシュはルークとして……アクゼリュスで死んでいたでしょうね」
「……まあ、そうだろうな」

 仮定に意味が無い事はわかってる。俺自身も、自分の在り方に関して、一応の答えは見出した。

 だが……

「それでも……やっぱり、重いよな」

 自分を卑下して言ってる訳じゃない。

 アッシュには悪いが、俺は生まれた事を感謝してるし、死にたくも無い。生きてやる。生き抜いてやる。心の底から……そう思う。

 けど、世界に向けて一人向き合い、子供のように叫ぶ事に……疲れを覚えない訳じゃない。

「俺って存在を考えるとき、レプリカって前置きはどうしても無視できないわけでさ。バチカルの皆を騙してたってのは、否定しようのない事実なんだよな」

 俺という存在を偽っていた訳じゃない。しかし、事情を知った者が、どう思うかまではわからない。

「それにさ、レプリカって事実を抜きにしても、俺って存在が周りからどう見られてたのか。改めて考えてみると酷いもんだよな。オヤジ達にとって、ルークは開戦の口実になる捨てゴマでしかなかった訳だ。レプリカとしても、ルークとしても……誰も俺って存在を認めてくれない。ならさ……」

 顔を上げ、冗談めかした口調で自らの認識を口にする。

「俺ぐらいは認めてやらないと、可哀相すぎるだろ?」

 肩を竦めて見せる俺に、ティアの瞳が僅かに曇る。その意味に気付かぬまま、俺は尚も軽い口調で、自らの認識を言葉にして行く。

「結局、浅ましい訳だよな。それが当然だってわかってるのに、それでも俺って存在を自分以外の誰かに認めて貰いたいって思うのを……どうしても辞められねぇんだ。少なくとも、アッシュが過ごすはずだった七年間を俺が奪ったのは、事実だってのにさ。やっぱり、俺は……」

「──……奪ったなんて、考えないで」

 小さくつぶやかれた言葉に、俺は彼女に視線を戻す。

「あなたの誓った『誤魔化さない』という言葉……辛い記憶から目を逸らさない事だけが、あの誓いの意味するものだとは思わない。あなたは、あなただけの人生を生きている。あなただけしか知らない体験、あなただけしか知らない感情、あなただけしか知らない絆……そこに負い目を抱かないで」

 彼女の不思議な色合いを宿した瞳が、俺を見据える。

「だって、あなたはここに居るのよ」

 かつてイオンと交わした会話が思い出される。

 誰かに作られた俺という存在。
 そんな自分の存在する意味。
 他者から求められる価値。

 俺一人がいくら世界に向けて、自らの存在を訴えた所で、ただ虚しさばかりが募っていくばかりだった。それでも俺は顔を上げて、やせ我慢を続け、前に進むことを誓った。

 誓った通り、全てを受け止め、ひたすら動き続けて来た。そこには進む事を辞めた瞬間、この世界に自分がいる場所が無くなるような……そんな強迫観念染みた想いが、あったからだ。

 だけど……

「俺は……ここに居るかな?」
「私の前に居るのは、他の誰でも無い……──あなたよ、ルーク」

 世界に向けて泣き叫ぶように、自らの存在を訴え続け無くてもいい。

 俺が歩んできた道は、他の誰かに認められるまでもなく、俺だけのものだから。

 これまで俺が刻んできた軌跡は……誰にも否定できない。

「……そうだな。誰かの代わりなんかじゃない。俺は……──ここに居る」

 他人から奪いとった場所なんかじゃなく──……俺は俺として、この場所に立って居るんだよな。

 俺はアクゼリュス崩落以降、常に張り詰めていた気持ちが、ようやく落ち着くのを感じる。

「色々と俺の下らない愚痴とか聞かせちまって、すまなかったな、ティア」
「……構わないわ。私もちょうど目が覚めてしまった所だったから」

 気にする事は無いと首を振るティアに、俺はこの際だからと思い切って、更に話を続けることにする。

「なら、もうちょっとだけ聞いてくれないか?」
「……なにかしら?」
「これはさ。ここだけの話だけどよ」

 首を傾げるティアに、俺は自分の中に押さえ込んでいた感情を、こっそりと打ち明ける。

「実はオヤジと会うの、俺も少しだけ怖かったりしたんだよな」
「……そう」

 特に驚くでも、意外そうにするでもなく、ティアは静かに頷いてくれた。

「でもさ。びびってて問題を先伸ばしにしていても何も変わらないって思ったから、皆に切り出してみたわけだ」
「ふふ……あなたらしいと思うわ。そういう向こう見ずな所は」
「ひっでぇな」

 クスクスと微笑を洩らすティアに、俺も冗談めかした仕種で肩を落として見せた。

「しかし、俺らしいか。……それって俺が変われて無いって事なのかな?」
「……バカね。あなたの積み重ねてきた、これまでがあるからこそ、今のあなたがあるんでしょ? なら、決して変わらない部分があってもおかしくないと思うわ」

 俺の積み重ねてきた日々……か。確かに、そうだな。過去の俺を全て否定する必要もないもんな。

 しかし、改めて考えると凄いよな。

「全てを受け止め、前に進む。……自分で言っといて何だが、かなり大それた宣言しちまったよな」
「そうね……でもあなたなら、きっと……──」

 朝焼けに染まった空を見上げながら、俺とティアは自然に会話を重ねていく。

 どこまでも穏やかな空気に包まれながら、いつまでも飽きることなく──俺達は言葉を交わし合った。




               * * *




 完全に日が昇った後、俺たちは未だ降りて来ないナタリアを宿に残し、とりあえず集会場に向かった。

「皆さん、お久しぶりです」
「イオン様!? 無事だったんですねぇー!」

 イオンの胸に真っ先に飛び込んでいくアニスの姿に、場の空気が一気に柔らかくなる。

「いったい、いつシェリダンに着いたんですか?」
「実は今日の明け方頃には、アッシュとシェリダンに到着していました」

「どうやら、アッシュはきちんと自らの役目を果たしてくれたようですね」
「しかし、にしてはあいつの姿が見えないけどな?」

 首を捻るガイに、イオンがアニスの頭を撫でながら顔を上げる。

「アッシュは僕をシェリダンに連れて来た後、直ぐに街を離れたようです。引き続き、ヴァンの動向を探ると言っていました」
「なるほどね。相変わらずの単独行動を続けるってことか」
「まあ、予想通りの行動ではありますけどねぇ」

 皆の交わす言葉を聞きながら、俺とティアは顔を見合せ、朝の出来事を思い返し、苦笑しあった。

 ……結局イオンを連れてきた方がついでで、アッシュはナタリアに会いに来たってことなのかもな。

 その後、場所を宿屋の一階にある食堂に移し、イオンから改めて話しを聞く。

 なんでもイオンによると、各地のダアト式封咒は全て解除させられた後だという話だった。だが、ま、今回ばかりはそれも仕方ないだろうと思うし、むしろ今後イオンが狙われる理由が無くなったことを喜んでもいいはずだよな。

 そんな風に互いの情報を交換している内に──ついに、ナタリアが姿を表した。

「……ごめんなさい。私、気弱でしたわね」

「では、バチカルへ行くのですね?」
「ええ。王女として……いいえ、キムラスカの人間として、出来ることをやりますわ」

 皆の前で、ナタリアはバチカルに行くことを決心したと告げた。

 王女として、キムラスカの人間としてできることをする。

 彼女の決意がアッシュとの会話が切っ掛けになったのは確実だ。

 少し前の俺なら、ウジウジと自分が何もできなかったことを思い悩んでいたんだろうが、今の俺はナタリアの決意を素直に喜ぶ事ができた。

 ……ある意味、俺はようやくアッシュと自分が別人だって認める事ができたのかもな。

 力強く自らの決意を語るナタリア。俺にとって、大切な幼馴染みの一人を見据えながら、顔をほころばせた。

「実はそう言ってくれると思って、今までの経過をインゴベルト陛下宛ての書状にしておきました。外殻大地降下の問題点と一緒にね」
「問題点? 何かありましたっけ?」

 頬に両手を当てて首を傾げるアニスを余所に、ティアが表情を引き締め、その答えを告げる。

「……瘴気、ですね」
「そうか。そもそも外殻大地は瘴気から逃れるために作られたものでもあるんだよな」

 ──障気。

 ガイの言う通り、そもそも外殻大地は瘴気から逃れるために作られた場所だ。降下した大地で生きるためには避けて通れない、いつかは解決しなければならない問題だ。

 瘴気に関しては、ベルケンドやシェリダンだけではなくグランコクマの譜術研究、それにユリアシティとも協力しなければ解決策は見つからないだろう。

 そして、そのためには──まずキムラスカとマルクトが手を組まなければならない。

「絶対に、お父様を説得してみせますわ」
「ああ、行こう。俺たちの故郷──バチカルへ」

 こうして、俺たちはバチカルへと三度目の帰還を果たす。

 アッシュの代わりとしてなんかじゃない。

 他の誰でもない、俺自身が七年間を過ごした故郷へ向けて──その足を踏み出した。



  1. 2005/07/27(水) 15:19:47|
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