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──A.L.M──

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第1話 「深淵の旋律」




                 【1】



 彼女は目を開いた。

 ありふれた宿の一室。石造りの宿は見るものに無機質な印象を与える。ひどく乾いた空気が室内に漂い、開け放たれた窓から届く潮風が鼻をくすぐった。どうやら、海が近いようだ。

 身体を起こす気にはなれなかった。

 少しの間、身体を寝かしつけたまま彼女──ティアは天井を見上げ続ける。周囲に人の気配はない。今がどういう状況にあるのか。普段の自分ならそれを確認すべく、直ぐにでも動き出していただろう。しかし、今の自分には、そんなことは考えられなかった。

 ただ深い喪失感が、胸を突く。

 彼女は天井を見上げ続ける。睨み付けるように見据える。目尻に押し寄せるものが乾くまで、見開いた瞳を天井に向ける。泣いている暇などない。そんなことをしても意味はない。前を向いて歩く。そう自分は約束したから。

 波の押し寄せる音が繰り返し響く。しばらくして、彼女はようやく上体を起こす。

「……バカ……」

 そして、小さく口元でつぶやく。

「……死んだら、何にもならないじゃない……っ…………」

 音にもならない言葉が掠れた音を上げた。拳に握りしめられたシーツが、微かに音を立てる。

 泣いている暇などない。そんな暇、ありはしない。

 それでも、いま少しだけ、一方的に約束を破った彼を想うことを、許して欲しかった。




               * * *




 部屋の外に出ると、そこにはカウンターに腰掛ける宿の店主の姿があった。

「あの……すみません」
「ん、何だい……? って、おや。あんた気づいたのかい」
「はい。あの、少しお聞きしたいのですが……」

 少し相手に気後れするのを感じながら、ここがどこなのか、自分の連れが今どうしているのか、端的に尋ねる。すると主人は朗らかに頷き返し、すらすらと答えを告げる。

「ここはシェリダンだよ。あんたのお連れさん達なら、イエモンさん達、街の代表者と一緒に、集会場に集まってるようだ。どうにも情勢が物騒なことになってるようだからねぇ。おたくらを運んできたオラクルの人たちを何やら対策会議でもしてるんじゃないのかい」
「オラクルが……? そう…ですか」

 自分たちを宿まで運び込んだオラクル騎士団。その言葉に少し引っ掛かりを覚えるが、考えてみれば自分やアニスもオラクルの一員だ。騎士団全てが兄の側に寝返った訳でない以上、そういう事も確かにあり得るだろう。

 少し考えた後で、ティアはとりあえず集会場に向かうことを決めた。ともかく、現状では情報が足りなすぎる。

「わかりました。では私もそこに向かってみます。入れ違いになったら、皆にそう伝えておいて下さい」
「ああ、それはいいけど……あんた、大丈夫なのかい? 今にも倒れそうな顔をしてるけど」

 直ぐにでも立ち去ろうとしたティアの背中に、店主が心配そうに声を掛けてきた。言葉から感じるのは純粋な配慮。それほどまでに、今の自分はひどい顔をしているのだろうか?

 ……そうかもしれない。

 疑問に感じたのは一瞬。否定する要素は何一つ見当たらない。だから、少なくとも皆の前に出る頃には、表面上だけでも取り繕えるようになろうと、気分を引き締めることを誓う。

「………いいえ、大丈夫です」

 ありがとうございましたと、ティアは相手の気遣いに言葉短く礼を伝え、宿を後にした。

 機械の放つ鉄錆のニオイが鼻に突く。至る所に施された譜業による仕掛けが蒸気をまき散らしながら、忙しなく動いているのが視界に入る。

 譜業都市シェリダン。ノエルの故郷にして、飛行機械たるアルビオールを受け取った場所だ。

 だが、なぜ自分達は此処にいるのだろう? 目覚めてから今になって、ようやく当然の疑問に行き当たる。

「……ダメね。こんなことじゃ、軍人失格だわ」

 思った以上に、自分の頭は働いていないようだ。

「それに……あの空」

 見上げると、どこか不気味な薄紫色のもやが空を覆っているのが見える。ユリアシティでは見馴れた光景。障気に覆われた空が、そこにはあった。

 そもそも、なぜ、自分はシェリダンに居るのか?

 この疑問には簡単な推測が成り立つ。地殻で意識を失う直前、彼が自分たちに向けて奏器を投じた姿をティアは目にしていた。おそらく、他の六神将達がしていたように、転送陣を用いて、自分たちをここに飛ばしたのだろう。

 だが、展開される譜陣の範囲に、彼の身体は含まれていなかった。譜陣が発動すると同時に、彼が再び血の海に崩れ落ちる姿を、自分の瞳は確かに捉えていたから。

「…………」

 再び暗い淵に沈み込みそうになった思考を、現状の考察に向けることで、建て直す。

 外郭大地の降下はなされ、確かに障気は地殻に押し戻されたはずだった。それがどうだろう。見上げた空は障気に覆い隠され、かつての魔界のような様相を挺している。

 いったい、今、なにが起こっているのか?
 地殻であの後、兄さんは何をしたのか?
 彼は──本当に死んだのか?

 考えることは、幾らでもあった。

 だから彼女は考える。今後どう動くべきか、ひたすら現実的な思考に立って、余計な考えを弾き出す。足を止めれば、自分は直ぐにでも歩き出せなくなることが、わかっていたからだ。

 そして、そんな無様をさらす訳には絶対に行かなかった。

 今も自分は前を向いて歩いている。絶対、彼と交わしたあの誓いを破らない。

 今にも崩れ落ちそうになりながら、彼女は一歩、一歩、前へと進む。

 彼との誓いを胸に、前を向いて歩き出した。



                 【2】





 重苦しい空気が、その室内には充満していた

 中央に置かれた円卓付近に佇む老人たちが顔をしかめながら、設置された計器を見据えている。天井へと伸びる譜業の一種が、空に向けられ、状況を観測している。

 ……やはり、それほど状況は悪いということか。

 彼らの様子を遠巻きに眺めながら、ジェイドはともすれば口をついて出そうになる溜息を押し殺す。ついで、暗くなった気分を紛らわすように、集会場に集まった人々の顔を順に見渡していく。

 自分を除いたいつものメンバーは、観測を続けるイエモン達の近くに立っている。譜業を見れば目を輝かせるガイも、今はひどく真剣な表情だ。常に気丈なナタリアの顔にも暗い蔭が指し、何かと騒がしいアニスもひどく不安そうにイエモン達の作業を見守っている。

 彼等とは少し離れた位置に、あまり見馴れない者たちの姿があった。オラクル騎士団の記章を施された装備を身につけた二人の男。一人は黒の教団服を着込んだ第六師団長──カンタビレ、もう一人は彼の副官であるライナー。

 ジェイドは彼等を見据えながら、苦笑を浮かべる。そして、これまで散々事を構えてきたオラクル騎士団の人間と、こうして敵対するでもなく、席を共にすることになった奇妙な経緯を思い返した。




               * * * 




 ジェイドは気絶したメンバーの中で、最初に意識を取り戻した。

 まず室内を見回し、ここが宿の一室であることを認識する。ついで、自分を含めた五人の無事を確認し、怪我の手当てなどがなされていることから、今が差し迫った状況にないことを理解する。

 ルークの姿は、やはり見えない。

「…………」

 最後に浮かんだ事実を、感情を切り離して、ただの情報として理解する。ついで、この状況について分析を始める。感傷に浸ることなら、いつでも出来る。ならば、今しかできないことを優先すべきだろう。

 アブソーブゲートでヴァン謡将に敗れたはずの自分たちが、突然、宿の一室に寝かされている。普通なら狼狽してもおかしくない事態だったが、ジェイドはさして動揺することもなく、この事実を受け入れた。

 今まで目にしてきた六神将達の用いる転送陣は、すべて触媒武器を媒介にしていた。ならば、第一奏器を使いこなすまでに至ったルークが、転送陣を使うことも可能だろうと容易に推測がついたからだ。

 むしろ、特にこれといった監視も拘束もされぬまま──手当てまでされて──自分たちが宿の一室に寝かされている、この状況の方に疑問が浮かぶ。

 第七音素を用いた転送には、二つの地点を結ぶ何らかの媒介が必要だ。そして、触媒武器を用いた転送は、陣の展開速度、音素の収束率から考えるに、触媒武器そのものを媒介に使っている可能性が高い。

 つまり、飛ばされた先には、他の触媒武器を持った人間が居るはずだった。そして、そんな者たちは六神将か教団関係者以外に居ないはずだった。それ故に、監視も拘束もされていないこの状況にジェイドは不可解なものを感じていた。

 もしやローレライの鍵を持つアッシュの元に飛ばされたのかとも考えたが、直ぐにそれを打ち消す。ヴァン謡将の言葉から考えるに、鍵自体は地殻に沈むローレライの意識体を抽出するものとしては、使われていないはずだ。

 では、ルークはいったいどの触媒武器を、転送先に設定したのだろうか?

 第六奏器はヴァン謡将と共にゲートにあるので除外できる。第四奏器と第五奏器はリグレット、ラルゴもろとも雪崩の下に沈んだことから、可能性は低い。第三奏器の在り処はわからないが、シンクが健在であることを考えると、気絶したままの自分たちが怪我の手当てをされた上で、拘束すらされずに寝かされているこの状況とそぐわない。

「……となると、やはり第二奏器を所持する者の下でしょうかね」

 未だ自分たちが目にしていない触媒武器──第二奏器。

 持ち主すら不明の触媒武器だったが、改めて考えてみれば、どうも不可解な点が目につく。思えばタタル渓谷の時点で、シンクが第三奏器を使ったの確認した後、アッシュはこんなことを言っていた。

 ───これでついに六属の奏器が完成した。

 あの言葉から考えるに、どうもアッシュは第二奏器の存在を認識していたようだった。それも既に、意識体を抽出済みの触媒武器として、である。

 しかも、それでいて次に向かうセフィロトでは、六神将と総力戦になるだろうと言いながら、第二奏器に関しては何も言及しなかった。何か情報を仕入れているなら、幾らあのアッシュと言えども、存在を匂わす程度の事はしただろう。

 だが、結局アッシュは何も伝える事はなかった。まるで第二奏器に関しては、気に掛ける必要などないと最初から意識の外に除外していたかのように、ただロニール雪山では油断するなと、当然の忠告を告げるのみだった。

 そして実際、ロニール雪山の戦闘では、ラルゴとリグレットの二人は触媒武器を用いていたが、残るアリエッタは六神将でありながら、触媒武器を保持していなかった。

 ヴァン謡将の陣営が第二奏器を確保していれば、未だ使い手となりうる手駒が存在するあの時点で、投入しない手はないはずだった。

 しかし、アリエッタは魔物使いとして参戦し、奏器は投入されなかった。

 そうした諸々の要素を繋ぎ合わせると、一つの推測が成り立つ。

「つまり……第二奏器の保持者は、少なくとも現時点においては、ヴァン謡将の陣営から、既に離れている可能性が高い……と、そういうことでしょうかね?」

 そこまで考えたところで、苦笑が浮かぶ。あまりに飛躍がすぎる推論であり、全てはこの状況から無理やり結びつけた、論拠も何もない強引な結論でしかなかったからだ。

 だが、何にせよ、この分析が無駄になることだけはないだろう。

「まあ、こうして考えているよりも、私たちを宿に運んだ其の人に、実際の所はどうなのか、直接尋ねるのが早いでしょうしね」

 やれやれと被りを振った後で、視線も鋭く、唯一部屋に存在する扉を見据える。

「──そこのあなたも、そう思いませんか?」

 少しの間を置いた後で、扉が向こう側から開かれる。

「……さすがだな。死霊使いの二つ名は伊達じゃないってところか」
「ええ、ホント、師団長とは大違いですね。何と言うか、貫祿がありますよ」


 何とも言えない深い沈黙が、部屋に降りる。


「だぁぁっ! うっさいわ、ライナーっ! 初対面の相手が居るときぐらいは団長の顔立てろっ!」
「あ、失礼。つい本音が漏れました」
「本音って……この副官は……っ!」

 ガヤガヤと騒がしい遣り取りを挟みながら、二人の男が現れる。

 交わされる間の抜けた遣り取りに多少呆れるものを感じながら、ジェイドは擬態の可能性も考慮して、油断なく相手を観察する。ついで二人の姿を見やり、ジェイドは目を細める。二人の身につけているものは、どちらもオラクル騎士団の記章が縫い込まれていたからだ。

「……ま、お二人の関係はともあれ、盗み聞きしていたのは些か感心しかねる行為ですねぇ」
「あー……そいつに関しては悪かったよ。こっちとしても、あんたらが意識を取り戻すのを今か今かと待ってるところだったからな、許して欲しい」

 ジェイドの嫌味を多分に含んだ言葉に、相手は罰が悪そうに顔をしかめたあとで、謝罪を返した。口調は乱暴だが、想ったよりも粗暴な人間という訳でもなさそうだ。

「ま、いいでしょう。では単刀直入に尋ねますが──あなたは私たちの敵ですか? それとも味方ですか?」

 こっそり譜術の詠唱を開始しながら、問いかける。

「……あんたらはあいつの仲間なんだ。少なくとも敵じゃねぇよ」

 こちらの物騒な問い掛けに、相手は多少の呆れを含ませながら、片手をぱたぱたと左右に振って答えた。返された言葉に少し気にかかるものを感じたが、とりあえずジェイドは先を続ける。

「ふむ。……先程そこの人が、師団長とあなたを呼んでいましたね。では、あなたがあの第六師団の師団長と考えて、宜しいでしょうか?」

 第一から第五に至るまでのオラクル騎士団の師団はまともに機能していない。これはユリアシティで和平が結ばれたのを契機に、どこも師団長を筆頭に多数の離席者を出したためだ。唯一師団長を含め、一人の欠員も出さなかった師団が第六師団である。そうジェイドは耳にしていた。

「ああ、カーティス大佐。僕が第六師団の師団長やらせて貰ってるアダンテ・カンタビレってもんだ」
「同じく副官のライナーです」

 オラクル式の敬礼をしてくる相手に、ジェイドは帝国式の敬礼を返すことで応じた。

「なるほどね。ま、とりあえず信用しておきましょう」

 そこまで聞いて、ジェイドはようやく譜術の詠唱を止めた。

「……ったく、噂に聞く以上に物騒な人だな、カーティス大佐」
「疑り深いのは性分ですから、仕方ありません。ま、儀式的に確認しておきました」

 譜術に関して言えば、もともと放つ気などない単なる牽制だったが、これぐらいの警戒はして当然だろうとジェイドは考えていた。自分の推測が確かなら、第六師団には第二奏器の保持者が存在すると考えられるからだ。

 ……それにしても、オラクル騎士団のものに助けられるとはね。

 あまりの皮肉さに、ジェイドは口には出さず、密かに苦笑を浮かべた。

 だが、第六師団は忠実な導師派と耳にしたことがある。自分たちへの対応から見ても、少なくとも現時点でどうこうする可能性は低いだろうと、最終的にジェイドは結論づけた。

「では、まず情報交換が必要でしょうね。どうします? ゲートで何があったのか、至急確認したいのではありませんか?」

 ヴァン謡将の陣営でないならば、むしろ目の前の彼等こそ、こちらの情報を欲しているはず。

 そう推測した上で放った問い掛けに、第六師団長があからさまに顔をしかめて見せた。図星だったのだろう。

「……まあ、確かに情報交換の必要性は認めるが、詳しい話しに関しては他の連中も気づいてから、集会場でやるつもりだ。一々、一人気づく度に同じ説明を繰り返すのは手間だからな」
「なるほど……ま、確かにそれが一番効率がいいでしょうね」

 それに皆が意識を取り戻せば、万一を考えた場合に戦略の幅が広がる。こちらとしても異存はなかった。

「では、とりあえずこの場所が何処なのかだけでも、教えてください」
「ん、ああ、それも教えてなかったか。ここは譜業都市シェリダンで、其処にある宿屋の一つだ」
「なるほど、シェリダンですか……」

 ラーデシア大陸にまで、飛ばされたということか。ゲートからの距離を考えると、やはり奏器の力は巨大と言う他ないだろう。そこまで考えたところで、見落としていた事実に気づく。

「……ノエルがまだゲートに止まっている可能性があります。ここがシェリダンなら、アルビオールを通して、彼女に連絡を取ることができないでしょうか?」

「ああ、それに関しては対応済みのはずだ。そうだったよな、ライナー」
「はい。既にシェリダンの技師連に頼んで、通信を入れて貰いました。こちらに向かう途中でケテルブルクに一度寄り、導師イオンを回収してくると言っていました。なので、到着にはもうしばらくの時間がかかるでしょう。お二人とも無事と耳にしていいますよ」
「ま、そういうことだ」

 副官の言葉に頷き、カンタビレが肩を竦める。だが、相手の対応の早さに、ジェイドは無視できない違和感を覚える。

「……随分と、私たちの動向に詳しいようですね」

 言葉に滲み出る不審さを感じ取ってか、カンタビレが慌てて口を開こうとしたところで、寝台から呻き声が届く。顔を向けると同時、ガイが寝台から凄まじい勢いで上体を起こす。


「ルーク───っ!!」


 叫んだ後で、自分の状態に気づいてか、ガイが呆然と周囲を見渡す。

「こ…………ここは……ゲートじゃ、ない……? いったい、何が……」

「気づいたようですね、ガイ」
「大佐? ここはいったい……───」

「うーん……うるさいなぁ……」
「ん…………いったい、何が……?」

 ガイの叫びに触発されてか、次々と他の面々が意識を取り戻していく。

「……これは説明するのに、少々骨を折りそうですね」

 どうしたものかと肩を竦めてみせた後で、カンタビレが妙に真剣な表情で黙り込んでいることに気づく。視線の先には、ガイとナタリア、二人の姿があった。

 向けられる視線に気づいてか、困惑したように周囲を見回していたガイが顔を上げる。そしてカンタビレの姿に気づき、一瞬怪訝そうに眉をしかめた後で、直ぐに驚愕に顔を歪める。

 信じられない相手を見たとでも言うかのように、ガイはその目を見開いて、カンタビレを見据え続けている。

「アダンテ、さん……?」

「……久しぶりだな、ガイ」

 応じたカンタビレはひどく懐かしそうに目を細め、どこか苦みを感じさせる笑みを浮かべた。




               * * *




 そうして、目覚めたガイとナタリアの話から、ルークを含めた三人と、カンタビレが旧知の仲であることがわかった。詳しい話を聞くことはできなかったが、彼等はかつてバチカルに住んでいたときに知り合ったらしい。

 だが、ジェイドとしては彼等四人が知り合いであったことよりも、アニスの証言を聞けたことを何よりも重視した。なぜなら彼女の証言から、確かにカンタビレが第六師団の団長であると確認できたからだ。副官のライナーとも顔見知りらしく、やはり間違いないとわかった。

 この証言によって、カンタビレ達が『第六師団を装った者ではないか?』という最大の懸念は消え去った。ジェイドはひどく安堵した。なによりも最大の危惧は、味方面した者たちに油断した所を突かれることだったからだ。

 ともあれ、ジェイドはある程度の範囲であったが、ようやく肩の力を抜くことができた。誰もが気絶している状況から抜け出せたことも大きかったが、少なくとも今のところは敵対する可能性が低い相手と確信できたことが最大の理由だ。

 その後はしばらくの間、残るティアの目覚めを待っていたが、彼女は一向に目覚める気配がなかった。仲間の半数以上が目覚めた今、彼女の一人の目覚めを待つ意味も薄くなっていた。

 結局、一足先に集会場に向かい、現状の確認をすることになった。

 それが、つい先程のことだ。

 今は集会場に移動した自分たちはイエモン達と合流し、彼らの行う空を覆う《紫紺の靄》の観測結果が判明するのを待っている状態だ。

 観測の間も、何ら会話が行われなかったわけではないが、あまり重要な事柄は話していない。

 ラーデシア大陸に存在するオラクル駐屯地に、自分たちは飛ばされたらしい。
 そんな自分たちを作戦行動中の第六師団の面々が拾って、シェリダンまで運び込んだ。
 もともと主力となる団員が地方に飛ばされていたため、第六師団の面々はラーデシア大陸を本拠地に活動している。
 故にシェリダンの面々ともつきあいが深く、シェリダン技師のまとめ役たるイエモン達三人とも顔見知りだった。

 ……と、いった推測でもわかる世間話し程度の情報しか交換していない。未だ本格的な話には至っていないのが現状だった。

 しかし、第六師団長──異端のカンタビレか。再びカンタビレ達に視線を向ける。

 まさか、彼がルーク達と知り合いだとは思わなかった。詳しい経緯は未だ聞いていないが、それでもどのような関係だったのか、気になる所だ。

「──終わったぞい」

 集会場に設置された観測機を覗き込んでいたイエモンが、厳しい顔でこちらに向ける。

「やはり空を覆っておるのは、障気に間違いないようじゃ」

 出された結論に、やはりと空気が重くのしかかる。

「助かります。これで少なくとも、今我々がどのような事態に直面しているのか、理解することができました」

「うむ……別に、これぐらいのことなら、本々行うつもりじゃったから、改めて礼を言われるほどのことでもない。……ただ、ジェイド」
「何でしょう?」
「そろそろ……聞かせてくれんか? いったい、ゲートで何があったのか」

 その場にいた誰もが抱いていた疑問を、イエモンは口にした。

「それに、ルークはいったい……」

 どうしたんじゃ? 先に続くべき言葉は、音にならず虚空に消えた。

 沈黙が、より一層重くのしかかる。

 ゲートで何があったのか。それを説明することは、自分たちの無力さを認めることと同義だった。いつもなら、軽い調子でガイに解説を頼むところだが……今回ばかりは、さすがに彼に任せるのはひどく酷なことだろう。

 まあ……仕方ありませんね。ジェイドは苦笑を浮かべ、その口を開く。

「私が、説明しましょう」

 集まる視線を前に、ゲートで何が起きたのか、自身の把握している事柄を整理する意味も込めて、ジェイドは言葉にしていく。

 ゲートで行ったヴァン謡将との戦闘。
 ルークが触媒武器を用いて、一度は撃退したこと。
 そして地殻の降下を成し遂げた矢先、ルークがヴァン謡将の剣に貫かれた。
 愕然と立ち尽くすしかなかった自分たちは、結局、そのまま敗北した。

「……しかし、私たちはこうしてゲートから無事に帰還することができました。おそらくは……触媒武器による転送陣を用いることで、ルークが私たちを逃してくれたのでしょうね」

 ひどく淡々と、敗北に至る顛末を言葉にした。

 こんなときでも、自分は冷静に事態を把握できる。起こったことは、ただの事実としか認識できない。

 やはり自分の心は冷えきっているようだ。ジェイドは自嘲のあまり口端が歪むのを感じた。

 だが、今は自らを哀れんでいる場合ではない。

 そのまま顔を上げて、ジェイドは一人の男に視線を合わせる。

「カンタビレ。あなたの下に飛ばされたのは、偶然ではないはずだ」

 意識を取り戻してから、考え続けていた一つの推測を語りかける。

 本来、転送陣には二つの地点を結ぶ媒介となるモノが必要となる。そして、これまでの六神将達側の行動から推測するに、用いられる媒介とは触媒武器そのもの以外に考えられない。

 一旦間を置いて、皆の理解が追い付くのを待った後で、一息に問いかける。

「あなたもまた──触媒武器を保持しているのではありませんか?」

「…………」

 集まる視線を前に、カンタビレは少し押し黙った後で、腰に挿した剣を引き抜いて見せた。掲げられた剣は根元から二つに別れ、まるで生きているかのように脈打ちながら左右に開く。

「あんたの推測通りだ、カーティス大佐。僕は第二奏器──《地剣》ネビリムの行使者だよ」

 カンタビレの発言に、場の面々に緊張が走る。

 一斉に身構える相手を前に、くくっとカンタビレが低い声で苦笑を漏らした。

「師団長、挑発に聞こえるように告げるのは止めてください。言うなら、全てをわかりやすく、キチンと説明してくれないと困ります。それでは我々が敵だと言ってるようなものです」
「………そうかい?」

 副官の進言に、カンタビレは肩を竦めるだけで取り合わない。ライナーが溜息をついた後で、こちらに向き直る。

「どうか誤解しないで頂きたい。我々第六師団の面々は、そのほとんどが導師の御考えに賛同した改革派の者です。ヴァンの陣営とは敵対関係にあります。彼らの一派を指して、我々は未だ教団に残る大詠師派と区別する意味も込めて、過激派、と端的に呼んでいます」

「改革派……ねぇ。しかし、それではなぜ、改革派の人間である第六師団長が、あなたたちの言う過激派である、ヴァン謡将達が集めていた触媒武器を持っているのです?」

 おかしなことだと、ジェイドの投げかけた質問に、再びカンタビレに視線が集中する。

「それは……」
「……もういい、ライナー」
「ですが……!」
「僕が説明する。……それが、ケジメってやつなんだろうな」

 副官の言葉を遮り、カンタビレが前に出る。

「しかし、何から話したもんか。やはり、あの実験がすべての始まりか……」

 口を開き、カンタビレが説明を始めようとした──そのときだ。

「──私にも聞かせて下さい」

 集会場の扉を開け放ち、割り込む声。

 扉の側に佇むティアが、カンタビレを見据えていた。

「……ヴァンの妹か」

 ティアの問い掛けに、カンタビレが視線も鋭く顔を上げた。

 向けられる苛烈なまでの眼光に、一瞬怯るんだように顔を伏せた後で、彼女はすぐに顔を上げる。

「あなたの言う通り、私はヴァン・グランツの妹です。でも、それ故に私は知る義務があります」

 向けられる視線に正面から向き合って、彼女は僅かに瞳を閉じる。

「ルークは私たちがヴァンの一撃を受けて倒れた後も、一人立ち上がった」

 脇腹を貫かれ、一度血の海に沈みながら、一人立ち上がって兄に向かって行った。そして決定的な一撃をその身に受けた後も、最後の瞬間まで足掻き続けた。

「倒れ伏す私たちをあの場から逃すために、最後の力を使って、彼は転送陣を展開した」

 次々と口にされるゲートで行われた最後の死闘に、誰もが息を飲んで立ち尽くす。

 ナタリアとアニスがやりきれないと顔を伏せる。そしてガイは彼女に語られる言葉が意味する、もう一つの事実に気づく。

「ティア、君は………」

「…………あなたは、最後の瞬間まで、意識があったのですね」

 ジェイドが続けた残酷な問い掛けに、彼女は静かに頷き返す。

「彼を討った兄が……いったい何をしてきたのか。私には知る必要が、義務がある……」

 顔を上げて、ティアはカンタビレの視線を正面から受け止める。

「だから、兄が何をしてきたのか、あなたの知っていることを、私にも教えて下さい」

 静かに願い出るティアに、カンタビレの方が、最後には視線を伏せていた。

「……わかった。だが、僕とて全てを知っているわけでもない」

 そう前置きした後で、カンタビレは語り始める。

「全ては一年前、セフィロトで行われた一つの実験から、始まった───………」

 かつて自らの犯した、取り返しのつかない、罪の記憶を。



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  1. 2005/05/31(火) 14:19:41|
  2. 【家族ジャングル】  第七章
  3. | コメント:0

第2話 「守り手の調べ」



                 【1】




 日の光を閉ざされた空の下、目の前に広がる仄の暗い海を眺めながら、ガイは一人思考に沈んでいた。

 今の自分とルークの関係を形成するのに、大きな影響を与えた人物。
 かつてのバチカル駐在武官にして、年の離れた友人の一人だったアダンテさん。

 ……いや、今はオラクル騎士団第六師団長《異端》のアダンテ・カンタビレ、か。

 仰々しい二つ名に、似合わないなぁと苦笑が浮かぶが、直ぐにそれも消え去る。浮かぶ感情は、ひどく苦い想いだった。

 彼がヴァンと共に、ダアトに向かったことはガイも知っていた。

 だが、まさか彼があそこまでヴァンと深く関わっていたとは、思いも寄らなかった。

 かつて、自分はヴァンの側に居た。公爵邸にもぐり込んだ先で、ヴァンと再開することになり、互いに同志となることを約束したわけだが……

 ガイは今でも思い出せる。公爵に復讐を誓った、深い憎悪に囚われていた頃の自分の姿を。

 下手をするといつ暴発するかもわからなかった当時の自分は、ヴァンにとっても、さぞ扱いに困る相手であっただろう。それがこうして当時を冷静に思い返せるようになった今になって、初めて理解できた。

 ルークが記憶を失って屋敷に返された頃から、自分とヴァンの関係は徐々に距離が開き始めた。向こうもそれを察してか、こちらに対して全面的な信用を置かなくなった。だが、それも仕方がないとガイも考えていた。

 なにせ、自分は心の其処からあいつと友達づきあいを初めてしまったのだから。

 自分の節操の無さに苦笑が浮かぶが、選んだ道に後悔はない。

 ついで思い出されるのは、自分が復讐から解き放たれる決定的な切っ掛けとなった、二年前の事件だ。

 あれほどの事を経験しながら、尚も前を向いて歩き始めたルーク。そんなあいつの姿を見たからこそ、自分は心の底からあいつに笑顔が向けられるようになろうと思い立った。

 誓いが果たされた後も、自分の正体を打ち明けるような真似はできなかったが、もはやあいつに復讐することなど考えられなかった。

 だが、その影でヴァンは一人計画を進めていたのだ。もはやそれは公爵への復讐などに収まらない、世界そのものの改変を目指した、途方もない計画。

 二年前のあの頃には、既にそうした次元にヴァンは行き着いていたのだろうか。

「──ここにおりましたのね、ガイ」

 背中からかかる声に、思考が途切れる。振り返った先で金髪の髪が風に揺れ、綺麗な色を放つ。

「ナタリアか。どうかしたのか?」
「ノエル達が間もなく到着するそうです。私たちは直ぐにでも、ここを発つことになるでしょう」
「……そうか。頑張れよ、国際会議の開催」
「ええ、絶対に両国の間に協力関係を結んで見せますわ」

 集会場での話し合いの後、全ての話を聞き終えたナタリアは、国際会議を招集する必要性を皆に訴えた。現状、どちらの国も事態を何も掴めていないことを考えると、早急に動く必要がある。自分たちの知っている事を報告して、障気に対する国家規模の対策を練るべきだと。

 最終的にいくつかの修正を加えた後で、ジェイドも同意した。

 国際会議において、実際に行われる事柄としては、各国の代表者にゲートでの顛末を報告することが決まっている。さらに協力体勢が結べた場合は、空を覆う障気に対して当面の対処方法を取り決めた後で、根本的な対策を協力して研究することになっている。

「ガイ、私はそちらで動くことはきでません。だから……教団の方は任せました」
「ああ、わかってる。こっちは任せろ」

 国際会議の開催のために同行するメンバーはジェイドとナタリア、そしてアニスの3人が選抜された。各国に影響力をもつ彼等は、ノエルの操縦するアルビオール1号機が到着次第、イオンと合流して、各国の首脳陣を尋ね、世界中の空を飛び回ることになっている。

 では、彼等と別行動を取る自分たちはいったい何をするのか? 当然、誰もが疑問に思うだろう。

 今回の別行動には、アダンテさんが示した一つの提案が深く影響している。

「それにしても、ヴァン謡将に対抗するために……残るローレライの意識体と新たな契約を結ぶ。
 そんなことが、本当に可能なのでしょうか?」

 そう──ローレライとの契約。それが集会場で示された可能性だった。

「どうだろうな。だが、ジェイドも反対はしなかった。それなりに目算はあるんだろうな」

 すべての切っ掛けとなった、集会場で交わした会話をガイは思い返す。




               * * *




「かつて、ローレライの鍵を地殻から抽出する実験があったことは、聞いているな?」

 確かに、アッシュから耳にしたことがあった。ザレッホ火山のセフィロトにおいて行われた実験。ローレライの鍵を抽出する計画。

 だが、教団上層部にも計画の詳細は秘匿されたまま進められた実験だったとも聞いてる。そんな実験をどうして話題に出すのか? 訝しむこちらに、彼はあっさりと告げる。

「当時すべての実験の指揮を執っていた研究者の名はアダンテ・カンタビレ──つまり、この僕のことだ」

 絶句する一同を前に、カンタビレは淡々と続ける。

 鍵を抽出するために用いられたのは、惑星譜術の触媒の一つであるケイオスハート。鍵を引きずり上げるバイパスとして目を付けられたのが、パッセージリング。

 ヴァンに要請されるまま、その先に何があるかも碌に考えもせずに、純粋な第七音素から構成される鍵を、パッセージリングを介して引きずり上げる研究を成立させたと彼は告げた。

「……なるほど。つまり第七音素集合意識体を属性ごとに分断した状態で地殻から抽出し、リングを通して引きずり上げた意識分体を触媒武器に封じ込める……そうした、六神将が行っていた行動の大本には、あなたの研究成果があったという訳ですか」

 どこか複雑な表情になって、ジェイドは吐息を漏らした。

「ああ。ようするに、僕はスピノザの同類だ。……いや、この現状から判断するに、もたらされた被害は比べ物にならねぇか」

 最後にそう付け加えると、カンタビレは自嘲気味に被りを振った。それにジェイドは僅かに眉根を寄せ、端的に言葉を返す。

「自虐は結構。それよりも、話を聞く限り、今のあなたがヴァンの一味と決別しているのは確かなようですが……彼等と手が切れたのは、いつからです?」

 ジェイドが切り込むように、鋭い問い掛けを放つ。

「今、あなたが触媒武器を所持しているのを見る限り、繋がりが断ち切れたのも、ここ最近になってからなのではありませんか?」

「……ああ、そうだな。そこら辺のことに関しても、もう少し詳しく話す必要があるか」

 カンタビレは素直に指摘を認めると、さらに説明を続ける。

「鍵のサルベージが行われたのが、今から一年ほど前のことだ。この当時、教団には目立った動きが一つあったわけだが……アニス、覚えているか?」
「わ、私ですか? え、えーと……一年前って言うと、確か第六師団が改革派側だーって大々的に宣言した年のことですよね? ……って、アレ?」

 応えた後で、そんな昔から決別していたのなら、どうして今も触媒武器を所持しているのだろうかと、疑問が浮かぶ。

「さっきの大佐の問いに一部答える形になるが、この頃、僕は奴に一度反旗を翻した。ダアトに戻ってから一年も掛かったが……ヴァンの裏の顔を知ることになったからな」
「ふむ……当時、どのような事を知った結果、そのような行動に出たのです?」
「……ルークがアッシュのレプリカだってことと、スコアの消滅を本気で目指しているってことを知ったからだ」

 幾分暗い声を出した後で、直ぐにしきり直すように一度首をふる。

「ともかく、この頃から僕はあいつと心情的には完全に決別した。そして実際、アニスが覚えていたように、具体的な反抗活動も画策した訳だが……それも大した意味はなかったんだがな」

 付け足された言葉に、怪訝そうに首を捻るオラクル以外の面々に、ライナーが暗い表情で付け足す。

「第六師団の面々は、その直後、大詠師派の分断工作によって、師団員の大半を地方に飛ばされてしまいました。結果として、改革派がダアトにおける影響力を喪失することで、一連の騒動は幕を閉じました」
「そういうことだ。何とも間の抜けた話だよなぁ」

 カンタビレはやや捨て鉢気味に、肩を竦めてみせる。

「本来ならそこで、僕自身も師団長から更迭されると思ってたんだが、そうはならなかった。あいつは僕を師団に残す代りに、ある提案を突き付けた」

「──研究に協力を継続するよう要請された、ですか?」

 どこか不自然なまでに、感情の消えた瞳がカンタビレを見据えていた。

「……ああ、その通りだ。そして、僕はその提案に乗った」
「なぜです? 兄の目的を知った後だったのでしょう?」
「ローレライの消滅っていう目的に関しては、な。手段に関しては当時も依然不明なままだった」

 尚も納得いかなそうな皆に、ジェイドが説明を補足する。

「つまり、ヴァン謡将の要請を受け入れる代りに、彼は相手の動向を公然と探る権利を得たということですよ。……私としては、それ以降、あなたがどれほどの位置に居たのかが気になりますね。研究の妨害などはできなかったのですか?」
「もちろん、最初は連中の研究を妨害することも考えたよ。だがなぁ……」

 カンタビレは難しい顔になる。

 それ以降、研究参加中は常に監視がつくようになったため、妨害工作はほぼ不可能だった。また、最低限必要となる基礎的な研究データはすべて、鍵の抽出実験で揃っていたためか、それ以降行われる実験はデータの検証がほとんどで、重要なものは少なかった。

「そんな段階で少しばかりの妨害工作を施したところで、さして意味はなかったよ」
「なるほど……後は応用研究を残すのみだったということですか」
「……どういうことだ、お二人さん」

 ジェイドを除いて、尚も首を傾げるガイたちに、カンタビレは言葉を変えて、もう一度説明を繰り返す。

「つまり、最低限必要となるピースをどこに置けばいいかわかっているパズルのようなもんだ。後はどれほど時間がかかろうが、一つ一つピースを組み込んで行けば、いずれ完成する状態にあったのさ」
「はぁ……パズルですか」

 何となく納得できたような気がするが、ガイはあまりしっくり来ずに気の抜けた声を出した。

「ともかく、幾らカケラを探っても、さして意味あることはわからなかった」

 当時のカンタビレにわかっていたことは少ない。ヴァン達がローレライの力を弱体化させる方法を探っているようだ。そのためにセフィロトの所在地や、触媒武器の在り処を調査させている。地殻への干渉実験と、触媒武器は記憶粒子関連で繋がりがあるらしい。

「……と、それぐらいのものでしかなかったよ」
「ほぼアッシュと同じですね」
「ま、そういうことだ。だが、あいつとの違いは、僕は研究に参加していたって点だ。そこら辺が、僕とあいつの触れた情報に多少の違いを生むことになった」

 ヴァンに反抗して以降、監視付きでしか研究に参加できなくなったカンタビレだったが、実験の流れはそれなりに理解できた。半月程経った時点で、研究はある種の行き詰まりを見せていた。机上の空論ではなく、実践的なデータが新たに必要な段階に移ったためだ。

「そんなときだ。新たに触媒武器が一本発見された」

 ラーデシア大陸に派遣された魔物の討伐隊が持ち帰った一本の剣。それはヴァン達の探し求めていた触媒武器の一種だった。ケイオスハートは鍵の抽出に成功した貴重な成功例として、実験に使うのは躊躇われていた。一応実験に使えそうな触媒に関しては一つ辺りがついていたらしいが、それでも予備は一切存在しない状態だったらしい。そんなときに、新たな触媒武器が発見されたのだ。ヴァン達は歓喜して、ついに最終的な実験を行うことを決定した。

「それが触媒武器を用いパッセージリングへ同調、地殻に潜む意識体に干渉を行う実験──つまり、ローレライ意識分体の抽出実験だ」
「……なるほど」

 そこまで聞いた段階で、すべてを理解したとジェイドは冷然とした瞳をカンタビレに向けると、どこか吐き捨てるようにつぶやく。

「当時何一つ意味あることを探り出せず、追い詰められていたあなたは、初の実験で作り出される触媒武器の被験体となるべく、自ら手を上げたと……つまりは、そういうことですか? ……馬鹿なことをしましたね」
「そこまでわかるのか? やっぱ、本物の天才は違うな」

 皮肉を色濃く出すジェイドとは対照的に、カンタビレはどこか感心したように頷き返した。

 二人の遣り取りに、ガイ達はどうも話しについていけないものを感じて、首を捻る。

「どういうことです、大佐?」
「研究が完成してしまえば、後は切り捨てられる可能性が高い。ならば自ら最初の触媒武器の使用者となり、性能実験などに参加することで、研究完成後も無視できない存在として自身の価値を高めた状態で、相手の動向を探る方が懸命だ。彼はそう判断したんでしょうね」

 応えながらジェイドは尚もさめきった視線をカンタビレに向ける。

「つまり、それがあなたがヴァンに反旗を翻したにも関わらず、今も尚、触媒武器を保持している理由という訳ですか」
「……ああ、その通りだ」

 スッと抜き放たれた剣が、目の前に掲げ上げられる。

「第二奏器──《地剣》ネビリム。地属の第二音素に関連した権能を使用者に付与する。数ある触媒武器の中でも、ローレライ意識分体を最初に取り込んだ奏器だ。……その分、色々と不具合も大きい初期不良品に過ぎないがな」

 根元から左右に別れた奇妙な形状をした刀身が、生き物のように蠢きながら不気味な鼓動を刻む。剣を見据えながら、カンタビレは僅かに拳を握る。

「こいつの性能はともかく、致命的だったのは……当時の抽出実験が不完全なものに終わったことで、僕がある可能性を見落としたことだ」
「不完全……ですか?」
「……そうだな、そっちの説明が先か」

 疑問符を浮かべる一同に、カンタビレは説明を続ける。

「当時、初の意識体抽出実験に用いられたのは、ザレッホ火山のパッセージリングだった」

 本来、意識分体規模の音素がパッセージリングを通過すれば、生じる負荷によってセフィロトは暴走状態に突入し、やがて大地は崩落する。

 だが当時のパッセージリングには、未だアルバート式封呪が健在だった。そのため、慎重に慎重を重ねた抽出実験が行われ、パッセージリングへの負荷は最小限の範囲に留められた。

「意識体の抽出自体も不完全なもので終り──結果として崩落は生じなかった。それが不完全の意味するものだ」
「何となく予測は尽きますが……その不完全な抽出実験の結果が、その後あなたの行動に与えた影響について、教えて下さい」

「……ザレッホ火山における抽出実験以降、ヴァン達は精力的に活動を始めた」

 六神将に命じて導師イオンを誘拐、各地に存在するダアト式封呪を解除、各地に点在する触媒武器の所在の確認など、これまでの秘密裏な活動が嘘のように公然と動き始めた。

 そうした行動の変化には、アクゼリュスにおいて教団規模で何らかの動きがあり、それに便乗する形で、表立って強引な行動を取ることが可能になったことが影響していたらしい。そこまでは当時もわかっていた。

「だが、奴らの活動を妨害しようにも、師団員の大半が地方に分断されたことで、第六師団の影響力は大きく衰えていた。中央に気づかれぬまま、大規模な作戦行動をとるような余裕はなく、妨害は実質不可能な状態にあった」

 活発な活動を続ける彼等を眼の前に、カンタビレ達は介入を図ることができずにいた。現状に歯痒い想いを抱きながら、最終的に、カンタビレ達はまだ時間はあるものと判断し、当面は細々と地方に置ける新たな勢力基盤を築いて行くことを選択して、再起の時を待つことになった。

「馬鹿な話だよ。この時点で強引に動く必要は無いと判断していたんだからな。当時の僕らは不完全な抽出実験の結果に囚われるあまり、まさかそんなことを起こすはずがないと考え──大地の崩落が引き起こされるという可能性を、完全に見落としていた」

 たとえ封呪があろうと、ホドが崩落した時点でアルバート式封呪は不完全なものになっていた。故に、抽出直後に大地の崩落が始まるのを代償にすれば、強制的に意識分体を抽出することは、十分に可能だった。

「そして、アクゼリュスで崩落が生じるのを見過ごすはめになった……これが、僕らが知っている範囲における、これまでの流れだよ」

 長く続いたカンタビレの告白に、誰もが言葉をなくす。

「……なるほどね。ようやく色々なことに合点が行きましたよ」

 しばらく沈黙が続いた後で、最初に口を開いたのは、やはりというべきか、大佐だった。

「崩落後にアッシュと一度別れて以降、妙に彼がヴァン謡将達の同行に精通していたのも、あなたが情報源となっていたためですね」
「どういうことですの、ジェイド?」

「たとえば……そうですね。ベルケンドでアッシュが鍵の抽出実験に関する事柄や、タタル渓谷で触媒武器の性能に関して、妙に詳しかったのを覚えていますか? あれもカンタビレから聞き出した情報だったのでしょうね」

 実験の当事者から話を聞いたのであれば、納得できます。

 ジェイドは説明しながら、尚もカンタビレに鋭い視線を注ぎ続けている。向けられる視線を見返し、彼もあっさりと指摘を認める。

「ああ、アッシュとは同盟関係にある。一応、崩落以前から、それなりに連絡を取り合うぐらいはしていたが……本格的な協力関係を結んだのは、アクゼリュス崩落以降のことだ。当時の僕らは、互いに相手を完全に信用しきれていなかったからな」

 アッシュと第六師団は、当時から非公認だが協力関係にあった。だが、当時のアッシュが未だ旗幟を鮮明にしていなかったこともあり、カンタビレは全面的な信用を置くことができなかった。アッシュの方も、未だヴァンの研究に参加していた自分を信用することができなかったのだろう。

 互いにヴァンの影を気にするあまり、自らの知る情報を完全に開示することなく、齟齬が生じた結果として、アクゼリュス崩落を防ぐことは叶わなかった。

「もし、当時からアッシュと本格的な連携できていれば、アクゼリュス崩落も回避できたかもしれないが……今となっては、それも後の祭りでしかない」

 大きく息をついた後で、カンタビレは話のまとめに入る。

「後は、さして大勢に影響を与えるような目新しい情報は特にない」

 淡々と、カンタビレは続ける。

 アクゼリュス崩落以降、ヴァン達は触媒武器を用いて、地殻に沈むローレライの意識分体を抽出することで、ローレライの力を弱めて行った。だが、崩落によって公的には死亡したことになっているヴァンから出された指示ということもあって、ここにカンタビレ達の介入する隙が生じた。

 結果として、ヴァン達に対抗する形で第六師団は動き、各地の駐屯地で過激派との間に、無数の小規模な小競り合いが発生した。

 ヴァン達は部隊規模での行動を大幅に制限され、各地に点在するセフィロトに直接六神将達を送らざるをえなくなった。これに対抗する形で、カンタビレ達も自由に動けるアッシュに、入手した相手の動向を流すことで、連携した妨害活動を行っていった。

「それでも、ヴァンの行動には無数の不可解な点が残っている。実際のところ、お前たちがアブソーブゲートで耳にした程度のことしか、僕らにもわかっていないのが現状だよ」
「……ふむ。結局、目新しい情報はこれと言ってないということですか」
「そういうことだな」

 肩を竦めて話しを締め括るカンタビレ。それにジェイドは一度頷いた後で、眼鏡を押し上げる。逆光に反射するレンズに、その表情は隠され、いったい何を考えているのか伺う術は無い。

「まあ……とりあえず、今はそういうことにしておきましょう。
 ちなみに、あなた方第六師団は、今後どのように動くつもりですか?」
「当面の方針は、一応立案済みだ。ライナー」

 呼びかけに副官が手帳を取り出し、今後の予定を読み上げる。

「我々第六師団の面々は、今後ローレライに関する資料を探るつもりです。特に、ローレライとユリアの契約に関連した資料を重点的に探ることになるでしょう。アッシュ特務師団長にも協力を要請するつもりです」

「ローレライの契約に関する資料……ですか?」
「ああ。ヴァンが第七音素集合意識体の消滅を目指していたのは確かだ。しかし話を聞く限り、ルークの奴が超振動を使ったとは思えない」

 そう思うだろと確認するカンタビレに、その場に居る誰もが頷き返す。

「そうなると、ローレライは未だ消滅していないってことになるんだが……この障気に覆われた空と、無数に意識が分断されたローレライの状態が、現状と何も関連がないとは思えない。ならば、どうするべきか? 
 簡単な話だ。ヴァンの奴に消滅させられるよりも先に、僕らが真っ当な方法でローレライを地殻からすくい上げ、保護してやればいい。すなわち、新たにローレライと契約を結べばいいってことだな」

 あまりに突き抜けた提案に、一瞬理解が追い付かない。

「……最大の懸念要素である、ローレライの鍵は既にアッシュが保持している。なら他に必要となる細々とした要素が判明すれば、新たに契約を結ぶのも不可能ではない……か」

 ジェイドは幾分慎重に提案を頭の中で整理した後で、計画の疑問点を指摘する。

「ですが、かなりの部分で不確定要素が強い。ローレライとの契約に必要なものが何なのか、それすらわかっていないはず。そうした点に関して、何かアテはあるのですか?」
「とりあえず、ダアトに向かう予定だ」

 ヴァンが率いる六神将が完全に教団から離脱した今、改革派の影響力は格段に増している。今なら、これまで立ち入れなかったような区画に存在する禁書庫の資料を目にすることも可能になっているはずだ。

「あそこには、かなりの資料があるからな。総ざらいするれば、ローレライ関連の資料が見つかる可能性はかなり高い。
 まだアッシュと連絡は取れていないが、アルビオール3号機であいつがラジエイトゲートに向かった時点で、合流地点としてシェリダンを指定済みだ。あいつが戻って来次第、僕ら第六師団の人間はダアトに向かい、そこで契約に必要なものを探るつもりだよ」
「…………」

 しばしの間、ジェイドは眉間に皺を寄せ計画の実現性に関して検討した後で、やれやれと肩を竦める。

「……まあ、確かにローレライの存在が既に確定している以上、それもまた一つの方針ですかね」

 最終的にジェイドもまた、このとんでもない提案の実現する可能性を、遠回しにだが肯定するのだった。




               * * *




 改めて思い返して見ても、何ともスケールの大きすぎる話だとガイは思う。

 だが、大佐も全ての話を聞いた後で、確かに可能性としては十分に考えられると言葉にした。あの大佐までもが、可能性を否定しなかったのだ。それなりに目算のある計画なのだろう。

 そして場を納得が包みかけたそのとき、ナタリアが国際会議の開催を提案したのだ。

 今でも、ナタリアの告げた言葉はすべて思い出せる。

 ───ジェイド、アニス。あなたたちに協力を要請します。導師を連れたノエルが到着次第、ここを発ちましょう。そして世界を覆う障気に対する対策を、世界規模で練る為にも、二度目となる国際会議を開くことを提案しますわ

 確かにこの状況においては、国際的な協力関係を両国に取り付けておくことは必要な措置だろうと、ジェイドも同意した。

 ───ルークが自らを犠牲にしてまで、私たちを逃した事を無駄にしないためにも……私たちは立ち止まっていることは許されない。そう、私は考えています。

 ナタリアは僅かに震える拳を背中に隠し、力強く、前を向いて歩くことを誓ったのだった。

 こうして、国際会議の開催に向けて動く組と、ダアトの禁書庫に向かいローレライの資料を探す組の二手に別れ、自分たちは動くことになった。

 集会場における会話に想いを馳せていると、不意に隣のナラリアがポツリと言葉を漏らす。

「ガイ……あなたは、私を薄情だと思いますか?」
「おいおい、どうしたんだナタリア? 突然そんなこと尋ねるなんて、らしくないぞ」

 おどけて見せるガイに、しかしナタリアの表情は晴れなかった。

「……いまだ、さして時が経っているわけでもないのに、私は既に動き出しています。まるで、彼の存在は自分に何の影響も与えないとでも言うかのように……」
「それは違うだろ。君が負い目を感じるのは間違いだ。……むしろ、俺は助かってるよ。ナタリアとアダンテさんのおかげで、当面のやることがみつかったんだからな」

 実際、感謝していた。このまま動けないまま立ち尽くしていることは、決してあいつの望んでいないことだ。それだけは、確信できたからだ。

「ありがとうございます、ガイ。でも、私も全てを割り切れた訳ではありませんわ。むしろ、逆です。どうか、笑わないで下さいね。私は彼がまだ生きている……そう考えることを、どうしても止められないのです」

 胸の前に手を添えて、静かに目を閉じるナタリア。

「彼が笑って、ある日、何事もなかったかのように帰ってくる……そんな想像を、決して打ち消すことができないのです」

 傍目には完全にいつもの状態を取り戻したように見えるナタリア。だが、それもただ気丈に振る舞っているだけに過ぎなかった。

「ああ……そうだな」

 彼女の言葉に、ガイも深く同意する。

「あいつが逝っちまったなんて、まるで信じられない」

 そう、まるで実感がわかなかった。

 だが、ゲートでの顛末は否定を許さない。

 ティアが最後に目にした光景を耳にした瞬間、ガイは自身の視界が暗くなるのを感じた。

 大地の降下後に突如虚空から現れたヴァン謡将。彼の突き出した剣は確かにルークに致命傷を与えていた。あのまま仮に止めをさされなかったとしても、もはや生存は絶望的だろう。頭の一画で冷静な声が囁く。

 そこまで深い傷を負った状態で、尚もあいつは自分たちを助け出す為に動いたのだ。

 無様にも気絶していた自分を守る為に、最後まで抵抗したのだ。そう考えるだけで、ドロドロした黒いヘドロのようなものが胸の中を込み上げていくのがわかる。

「──それでも、私たちは私たちにできることを全力で果たしましょう、ガイ」

 暗い淵に思考が沈みかけた自分に、ナタリアが訴える。

「私たちはこうして頑張れている……そう、彼に胸を張って誇れるような自分になるためにも……今は前を向いて、歩きましょう」

 障気に覆われた空が視界に入る。

 だが、これまでのように不安が胸を過ることはない。

「ああ、そうだな。あいつに誇れる自分になるためにも……今は、できることをしていこう」

 世界から希望はすべて消えさったかに見えた。だが、僅かといえども、確かな光が見えた。

 もう暗い感情に囚われることはない。もう二度と顔を俯けることはしない。

 それがあいつに対する唯一の手向けだと、わかっているから。

 それでも、ガイは考えずには居られなかった。

 ……お前が一人で逝ったことに関しては、やっぱ納得できないんだよ、ルーク。

 親友に向けて、言葉には出さぬまま、ガイは胸の内で静かに呼びかけた。



                 【2】



 アッシュが到着するまでの待ち時間。

 解散した集会場に残った二人の間に、気まずい沈黙が続く。

 他にこれといって行く場所が思い至らなかった、カンタビレとティアの二人だ。

 カンタビレはこういう空気が苦手だった。なので、とりあえず無難な話題を出すことで、この沈黙を破る。

「そういや、ルークとはどういう関係なんだ?」

 がたたたっ! 盛大に音を立てて仰け反るヴァンの妹。金魚のように、パクパクと口を開いては閉じるを繰り返す。捉え方によっては、ある意味ものすごい問い掛けだったが、カンタビレがそれに気づくことはない。

「……何か僕、まずいこと聞いたか?」
「い、いえ……ただ、唐突な質問だったので……」

 胸に手を当て深呼吸するヴァンの妹。そんなにとんでもない質問だったか? カンタビレは首を捻る。鈍い。

「まあ、ともかく二年近く離れていたからな。少し気になったんだよ。あいつがどんな連中といたのか。それであいつとはどういう関係なんだ? 知り合った経緯ぐらいは教えてくれよ」
「その……公爵邸を……襲撃したときに……初めて顔を合わせました……」

 徐々に尻すぼみになっていく言葉。だが呟かれた単語にカンタビレの眉根が寄る。

「襲撃?」
「はい。実は……」

 怪訝そうに首を捻るカンタビレに、ティアがこれまでの経緯をポツリポツリと話していく。


「はぁ……そんなことがあったのか」

 全てを聞き終えた後で、カンタビレは納得した。

 しみじみと頷きながら自分を見やる相手に、今度はティアが怪訝そうな表情になる。

「な……何でしょうか?」
「いや、何ともあいつらしいこったと思ってな」

 言った後で、どこか疲れたように吐息を漏らす。そうした反応に、彼女もルークと目の前の相手の関係が気になってきたようだ。

「あなたはいつから、ルークと知り合いに……?」
「そうだな……」

 ひどく遠い目になって、カンタビレは過去に想いを馳せる。

「あいつがまだこんなにチッコイ頃だ。ガイともそのころからのつきあいだよ」
「……驚きました」
「だろうな。僕も、随分と昔のことのように感じるよ。あいつとは……ホントに古いつきあいだよ。初めて会ったときは爆笑もんだったがな」
「爆笑……ですか?」

 困惑に瞳を揺らす相手に、カンタビレはニヤリと笑いかける。

「なんせ、自分から誘拐してくれって頼んで、外に連れ出されてきたあいつと会ったのが、最初の面通しだったからな」
「誘拐?」

 目を丸くする相手に、カンタビレはおかしくて仕方ないと肩を揺らして笑いかける。

「ああ、そうだ。僕の知り合いが屋敷に忍び込んだところが見つかってな。騒がない代りに街を案内してくれって、ルークのバカは頼み込んで来たらしい」

 あまりに予想外すぎる二人の出会いに、ティアは言葉をなくす。

「最初は性格がねじくれまくってそうなガキに見えたが、それも直ぐになくなったよ。知り合いの経営してる孤児院に連れ回したのを切っ掛けに、あいつは自分の行動範囲をどんどん広げていった。そして、加速度的にバカになっていったよ」

 懐かしいもんだと、カンタビレは目を細めた。

 言葉に込められた感情には、ただの懐古ではなく、どこか苦いものも混じっていた。

「……バチカルに帰還したとき、彼と孤児院に訪れました」
「お、そうなのか? 元気そうにしてたか、あいつら?」
「はい。とっても」

 そうか。カンタビレは素直に感銘を受けた。

 少しの間、どこか温かい沈黙が続く。

 どうにも言いようのない気恥ずかしさを感じたカンタビレは、場の空気を切り換えるべく話題を変える。

「あー……そういえば、譜歌には時代が流れる内に失われた歌詞があるって聞いたことがあるんだが」
「はい、第七譜歌のことですね」

「一応そっちに関しても、ダアトの禁書庫で探すことになると思う。ユリアシティに専門家が居るとか聞いたことがあるんだが、可能なら応援要請とか頼めるか?」

「そうですね……おそらく大丈夫だと思います。ダアトにつき次第、連絡をとってみようと思います」
「そうか、助かるよ。道筋がつくだけで、随分と違うからな。ローレライと新たに契約結ぶって方針を立てた訳だが、まだまだ問題が山積みなのが現状だからな……。
 だが、仮に契約が結べる段階まで行けば、これは障気への対抗策にもなり得るはず。いずれにしろ、無駄にはならんだろうからな」
「障気への対策にも……ですか?」
「……これに関しては、まだ可能性にすぎない。だから、説明は勘弁してくれ」

 関連がわからないのか、首を傾げる相手に、カンタビレは誤魔化すように肩を竦めた。

「ともかく、鍵が到着しないことには始まらない。一応、アッシュの乗っていったアルビオール三号機に連絡は入れてあるから、もうそろそろ来る頃だと思うんだが……」

 そう続けたところで、集会所の扉が乱暴に開け放たれる。

「──どういうことだ、カンタビレ!」

 部屋に乗り込んだアッシュの剣幕に、カンタビレは少し違和感を覚える。

「アッシュか。しかしどうしたんだ? 随分興奮してるみたいだが、何かあったのか?」
「どうしたもこうしたもねぇ! お前──ん?」

 口を開こうとしたところで、アッシュがティアの存在に気づく。

「……なんで、こいつがここにいる?」
「ああ、実はだな……」

 疑問符を浮かべるアッシュに、カンタビレはこれまでの経緯を説明していく。

 ゲートでの敗戦。第一奏器の転送陣で、ここまで飛ばされたという事実。

 全ての説明を聞き終えた後で、アッシュはどこか苛立っているとも、納得がいったとも、どちらとも取れるような複雑な顔になって、小さく舌打ちを漏らす。

「やはり能無しは、しくじったってことか……」

 少しの沈黙を挟んだ後で、アッシュは無造作に口を開く。

「……そいつと関連しているのかはわからんが、見ろ」

 言って、乱暴に手にした剣が突き出された。

「ん、鍵がどうし……────」

 相手の意図がよくわからないまま剣に視線を落とし、カンタビレは絶句する。

 突き出された剣は、音叉のような形状をした譜術武器。
 ローレライの鍵と呼ばれし、ユリアの造り上げた響奏器。
 第七音素集合意識体、ローレライとユリアの間に結ばれた契約の鍵。

「ローレライの鍵は……ぶっ壊れちまったよ」

 突き出された刀身には、無数のヒビが走っていた。



  1. 2005/05/30(月) 14:28:48|
  2. 【家族ジャングル】  第七章
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 ──生誕の追憶──



 それは途切れた意識の垣間見た光景の断片。

 垣間見た事象の夢真は、誰も知らず。



                 【1】



 ───死後の世界ってあるもんなんだな。

 自分が死んだことに確信を抱いていた彼は、ひどくすんなりとその事実を受け止めた。

 彼は地殻に投げ落とされた時点でも、意識があった。

 覚えている限りでは、ろくな抵抗もできないまま投げ落とされて、地殻に飲まれてそのまま死んだ───はずだった。

 それがどういうわけか。

 今、自分はよく訳のわからない場所にいる。

 身体の感覚も酷く薄っぺらく、すべてが嘘くさかった。

 それでも、危機感とかを覚えるまでには至らない。

 中途半端なのだ。

 何もかもが、ひどく中途半端だった。

 周囲を見渡すという行為を意識すると、あやふやな視界の中に一つの部屋が浮かび上がる。

 秒針の止まった、おびただしい数の時計が壁に掛けられているのが見える。全ての時計の時間が、頂点を指し示した段階で止まっている事実に、酷く薄ら寒いものを彼は感じていた。

 ──ッ───ッッ──…………

 ん? あー……またか。

 ──ッ───ッッ───ッッ───────ッ────………

 途切れ途切れ、意味のまるで介せない音が耳に届く。ついで周囲をチカチカと切れかけの音素灯のような朧げな燐光が、明滅を繰り返しながら舞い踊る。

 わかんねぇって。何言ってるか……。

 それは自分に呼びかける声だった。なぜ声と認識できるのかはわからないが、確かにそれは自分に向けて何かを訴えていると彼は理解していた。

 だが悩ましいことに、耳に届くのはすべて酷くノイズの混じったものばかりで、まるで意味が掴めなかった。

 彼は溜め息をつく。

 ここが死後の世界だとしたら、何とも面白みのない世界だと彼は思う。

 ただ一人無人の領域に佇み、時折訪れるノイズ混じりの声を聞きながら、チカチカと点滅する燐光にまとわりつかれ、既に動きを止めた、壁に掛けられたおびただしい数の時計を眺める。

 何を思ったところで、この空間は変わらない。

 だが、何かを考えていないと、彼はやりきれなかった。

 このすべてが停滞した空間に、いつまで漂い続ければいいのか。

 一時間? 半日? 一日? 一年? 十数年? 数十年? 数百年?

 それとも……永遠にこのままか? 薄ら寒い想いが沸き起こるが、十分にあり得る事態だ。

 あまりに絶望的な事実を認識しながらも、しかし彼の感情が動揺することはない。

 彼は既に、自分が緩やかに───狂ってきつつある事を認識していた。

 だから少しでも長い間、自分を保つ為に、彼は思考を続ける。

 自分の意識が虚無の淵に呑み込まれ、消えてしまわないないように、無駄と思えるような事柄でも構わず考える。

 自分が終わるのが先か、それとも、この場から抜け出すのが先か。

 答えが出るはずもない疑問に思考を巡らせ、ただつらつらと考え続ける。

 いつのまにか、自分にまとわりつく燐光がその数を増していた。同時に囁かれる意味もわからぬノイズ混じりの声が、騒めきを増していく。

 茫洋とした意識の中、視界が光に覆い尽くされ、頭の中を騒めきが占める。


 ───開幕の鐘が鳴り響き、借物の追憶が、始まりを告げる。



                 【2】



 あん?

 気づくと、俺はどんよりした空の下、荒廃しきった平原に一人立っていた。

 見渡す限り何もない。

 一人ぽつんと佇んでいる。

「何をしているんじゃ、お主?」

 気づくと、一人の老人が俺に話しかけてきた。

 あー、よくわからん。気づいたら、ここにいた。

「ふむ……まあ、おそらくアレに滅ぼされた集落から何とか逃げ延びたはいいが、ショックのあまり記憶が混乱しているといった所じゃろう」

 はぁ……アレに滅ぼされた集落? ……よくわからねぇな。

「あーいい。無理に思い出す必要はないじゃろう。とりあえず、ワシに着いて来るか? 集落に案内するぐらいはしてやろう。お主が望むなら、仕事の工面も可能じゃな」

 なんか、随分と都合のいい話だな。

「ふっ、単に人手があって悪いことはないだけじゃ。幸い、廃棄された音機関なら腐るほどあるからな。修理に必要な人手は幾らあっても、多すぎるなんてこたないからのう」

 そんなものか?

「そんなものじゃ」

 軽く返して、笑う老人。自然とこっちも笑みが漏れる。

「お主、名前は覚えておるか?」

 名前……

 名前、名前、名前……るっ…ぐっ……ろ……ろー……ローレライ……

「ローレライ……とな? それがお主の名か?」

 わかんねぇ……なんか、頭に思い浮かんだ。

「ふむ……奇妙な符合の一致もあったもんじゃな」

 奇妙? 何の話だ?

「ああ構わん構わん。年寄りの戯言じゃ。ちなみに、ワシの名はサザンクロス」

 はぁ……なんかどっかで聞いたことあるような気がするんだが……

「別に思い出す必要もないじゃろ。ワシは単なるひょーきんな老人に過ぎん」

 ……自分でひょーきんとか言ってれば世話ないよな。

「カカカッ! 若造が言いよるわい。それでどうする? 一緒に来るか?」

 ん……そうだな。お願いするよ、じいさん。

「うむ。お主の来訪を歓迎しよう──ローレライ」



                 【3】



 ホゥホゥホゥと梟の鳴き声が響く。

 薄い紫色の膜に覆われた夜空に、微かな月灯が地上を照らす。

 あん? 俺、さっきまでじじいと平原で話してたと思うんだが……どういうこった?

 記憶が飛んでるのだろうか? ──いや、違うな。

 ここに来るでの間に何があったのかは思い出せる。だが、それを体験したという認識がない。

 ───場面が飛んでいる?

 首を捻って、ない頭で何が起きたのか考え込むが、疑問に答えがでる気配はない。

 その上、どうも考えてる時間もなさそうだ。

 集落が、どうにも慌ただしくなっている。

 どうしたものかと考えた瞬間、じじいが慌ただしくこっちに駆け寄ってくる。

「小僧、何を悠長にしとるっ! 逃げるぞ! もうこの集落もお終いじゃ! 奴が来る!!」

 奴? 奴って何のことだ?

「───怪物じゃ」

 老人は一言で応えた。

「空を見ろ。障気が其の濃度を増しておる。奴が近づいている証拠じゃ」

 畏怖するように、老人は手を握り込むと、淀み切った紫紺色の空を見上げた。

 そのとき、遠くの方から、奇妙な旋律が響く。

「!? まずいっ───奴が────」



                 【4】



 あれ? ……また、意識が飛んだのか。

 どうなってんだ? 急に変わった場面に、俺は首を傾げる。

 しかし考え込んだままでは何も始まらない。

 疑問に想いながら、とりあえず現状に意識を移す。

 腕の中で、ヒューヒューと漏れる息。

 瀕死の老人が、腕の中にいた。

 な、じじい! どうしたんだよ?

 呼びかけに応じて、薄く開かれた老人の瞳が俺の姿を捉える。

 僅かに開かれた口から、掠れた言葉が紡がれる。

「……スマン。先に、逝く」

 な、なに謝ってんだよ! 

 小さな身体が震える。

 腕の中で、刻まれる老人の鼓動が弱く、小さくなっていくのがわかる。

 待てよ、じじいっ! 諦めるな! まだ───

「お主は、生きろ」

 呼吸が止まり老人の身体から力は抜け落ちた。

 死んでいる。


 ──────っ──────っ───────っ!!


 声にならぬ叫びが、喉を突き抜けた。

 燃え上がる憎悪に駆り立てられる俺は自らの意識すら定まらぬまま剣を手に取り外へと飛び出すべく足を踏み出───


 時計が秒針を刻む音が響く。


 気付けば、全ての光景が色をなくし、静止した空間に俺は一人立ち尽くしていた。

 まとわりつく燐光が其の光を増す。囁かれるノイズ混じりの言葉が頭を占める。

 そして、俺の意識は、再び掻き消える。






 役者は定められた役柄を演じ、借物の追憶に浸る。

 幕引きは未だ遠く、使者に演目の認識はない。

 それ故に、いましばらくの間───

 この道化芝居は続く。



  1. 2005/05/29(日) 14:30:05|
  2. 【家族ジャングル】  第七章
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第3話 「天使の歌声」



                 【1】



 かつて始祖ユリアが自ら精製したと言われる譜術武器。
 純粋な第七音素により構成されるローレライの鍵。

 第七音素集合意識体であるローレライとの契約に用いられたとも、パッセージリングの礎となる気穴を大地に穿ったとも言われている。残された逸話だけなら、それこそ一山幾らで売れるほど氾濫しているのが現状だ。

 しかし、具体的に鍵がどのような機能を有していたかと言えば、さっぱりだった。

 ………それも仕方ないことなのかもしれないがな。

 目の前に広がるあまりに渾沌とした光景に、アッシュは顔をしかめた。

 本、本、本……数えきれない本の群が視界を圧倒する。整然と書棚に納められたものから、床の上に乱雑と積み上げられたものに至るまで、目の前の空間は本に埋めつくされていた。

 人々が行き交う度に、折り重なる本の上に降り積もる白いものが舞い上がる。ふわりと虚空を漂う白が音素灯の明かりに照らされ、一見すると幻想的と見紛うばかりの光景を演出する。

 だが、その実体は、掃除の行き届かない場所に溜まりに溜まった──埃の山に過ぎない。

 鼻に届く紙の臭いも古くさい埃に塗れたもので、ここが長きに渡って人の手が届かなかった場所であることを見るものに知らしめる。

 ここは余人の立ち入れぬ聖域、この世界において、閲覧を禁止された本が最後に行き着く場所──ダアトの禁書庫だった。

 シェリダンに到着した自分が推測を交えながら告げた、ローレライの鍵が損壊しているという事実に、カンタビレ達は最初激しく動揺した。

 ヴァン達に対抗するべく、当面の方針として、ローレライトとの契約を目指すことが決まった直後に、計画の要となるべき鍵が損壊しているという事実が判明したのだ。動揺するなという方が無理な話だろう。

 だが、カンタビレも伊達に師団を率いてはいない。直ぐに我に帰ると、鍵の損壊を踏まえた上で、計画に新たな修正を加え、このままダアトに向かうことを決定した。

 カンタビレが言うには、何でも鍵は純粋な第七音素によって構成されている。そのため損壊部分を修復するにも、残る部位と同等の濃度を備えた第七音素をあてがう必要があるらしい。

 しかし、この純粋な第七音素というのが曲者だった。

 鍵を構成する第七音素は、あまりにも其の純度が高すぎた。今の鍵には簡単な処理が施され、欠損部が埋まった状態にある。だが、それも緊急的な処置に過ぎないそうだ。通常の方法で入手できる第七音素では、たとえ一時的に欠損部を補完できたとしても、長く持たないのだ。

 完全に鍵を修復するには、創世歴時代に匹敵する濃度を保った第七音素を見つけ出す以外にない。

 カンタビレは続けて、おそらく創世歴時代から生きる魔物が存在するはずだ。そいつらを見つけ出せば、後は魔物の体音素から、必要となる音素を抽出することが可能だと告げた。

 基本的に集合意識体を使役する響奏器は、極限まで濃縮された特定属性の音素を素材に作成される。この音素を入手する場合に最も効率的な方法が、音素含有比率が本々遥かに高い存在──つまり魔物の体音素を取り出して、加工する手法だった。

 ローレライの鍵も例外ではなく、この手法を用いれば、完全な状態に復元することができるだろうと、カンタビレは最終的に結論づけた。

 現在、この〝特殊な体音素を備えた魔物〟の探索に、師団員の半数近くが割かれている。

 契約そのものに関しても未だ不鮮明な部分が多い状態で、それだけの人員を割かれるのは痛手だったが、やはり鍵は契約に必要不可欠な在である以上、それも仕方のない措置だった。

 残る師団のメンバー達は、ローレライの契約に関連した資料を探す傍ら、ローレライの鍵作成時の資料も併せて資料を探っている。ダアトに残る教団員の人手までもが総動員されて、禁書庫の資料を探索しているのが現状だった。

 自分たちも例外ではなく、カンタビレ達と共に禁書庫に詰め、ひたすら資料に眼を通している。だが、自分たちの目的に合致する資料を見つけ出すには、相当の労力が必要となるだろう。アッシュは今後の見通しを想い、知らず吐息を漏らした。

「随分とシケた面してるな、アッシュ」

 部下に指示を出していたカンタビレが、お気楽そうに声をかけてきた。

「ふん……テメェに心配される程落ちぶれた覚えはないな」
「まあ、気持ちはわかるけどな。とりあえず情報が足りなすぎるんだ。今は手を動かそうぜ」

 続けられた言葉に、苛立ちが頂点に達する。アッシュは思わず吐き捨てていた。

「チマチマと情報を出し惜しみしているような奴に言われる筋合いはないな、カンタビレ」
「……そりゃまた、どういう意味だ?」

「言葉通りの意味だ。テメェは、あいつらに告げてない事実があるだろ?」
「…………」

 黙り込む相手に、アッシュは僅かに放れた位置で資料を探るガイとティアを指し示した。

 ヴァン達の計画を妨害する為に、ローレライの鍵を修復する。それはいいだろう。ローレライの状態と、空を障気が覆っている現状との間には何らかの関係があるはずだ。仮に契約が果たせずとも、其の過程で入手できた情報は決して無駄にはならないだろうから。
 たが……

「なぜ、能無しが生存している可能性があることを奴らに明かさない?」

 完全同位体の特性は未だ定かではない。だが、ゲートにおける決戦で、ヴァンの奴が口にしていた事柄は決して無視できない類の情報を多分に含んでいた。

 伝え聞いた話から判断するに、超振動を用いてローレライの消滅させる以外にも、ローレライの完全同位体には、何らかの使い道があると見て間違いないだろう。

 それがどのような方法かはわからないが、少なくとも能無しがただで殺されたとは思えない。むしろ、どのような形にせよ、いまだ生存している可能性の方が大きいだろう。

「連中に伝えられないような理由が、あるとでも言うのか?」
「…………」

 問いかけるアッシュに、カンタビレは僅かに視線を伏せる。

「……どちらにせよ、不確定な推測しかできない。なら、今は不確定な要素は考えず、ローレライの復活を目指した方がいいってもんだろ?」

 それにカーティス大佐なら、それぐらいのことは既に勘づいているはずだ。

 肩を竦めながら答えた相手に、しかし尚もアッシュは不審さを滲ませた視線を向ける。その反応に、カンタビレは僅かに声を潜める。

「……あまりいい結果が待っているとも、僕には思えないからな」

 付け足された言葉に、ようやくアッシュは納得が行った。

「ふん……そういうことか」

 つまり、カンタビレは能無しのやつが仮に生存しているとしても、事態が好転する可能性は低いと考えている。むしろ、死んでいるよりも酷い状態にあると考えているということだ。

 相手の想定する事態がどのようなものかまではわからなかったが、アッシュもとりあえず矛先を納める。だが、このまま情報を制限されるのは面白くない。

「わかっている事があるなら、俺にも知らせろ。アクゼリュスの二の舞は、ごめんだからな」
「……ああ、そいつに関しては僕もわかっている。当時は、まさかお前がそこまでヴァンに見切りをつけているとは思ってもいなかったからなぁ」

 カンタビレが溜め息を漏らす。だが、それに関しては自分からも言えることだ。当時の第六師団がどちらの立場にいたのか、図りかねていたのが事実だったからだ。

 カンタビレとアッシュの関係はそれなりに長いものだ。第六師団が大詠師派と対決姿勢を鮮明にして以来、師団長であるカンタビレを筆頭に、この一年なにかと連携して動いてきた。

 基本的にカンタビレが探った知識を下に、アッシュが動くという関係。そこに信頼など存在せず、ひどく実利的な関係があるだけだった。

 幾ら大詠師派との対決姿勢を打ち出したとは言っても、当時の第六師団長がヴァン直々の要請で任命されたことは周知の事実だった。そんな相手に対して、裏付けもなく無条件の信頼を置ける程、アッシュは楽観的になれなかった。そうした不審によって、互いの握っていた情報に齟齬が生じるのも当然の流れだろう。

 ……結果として、アクゼリュスの崩落を見過ごす事態になってしまったがな。

 アッシュは苦い想いを呑み込む。

 結局、本格的な協力関係を結べたのは、アクゼリュス崩落以降のことでしかない。

「まあ、今更言っても詮ないことか。できることをしていこうぜ。当面はローレライの関する資料探しだな」
「……実際にそう上手く行くとも思えんがな」

 アッシュはカンタビレの言葉を受けた後で、能無しの仲間に視線を移す。

「……どうにもカビくさいね」
「文句を言わないで、手を動かす」
「僕たちもお手伝いするですの~」
「ぐるぅぅ」

 積み重ねられた書物を次々と整理されていく。

 あいつが生存している可能性は高い……この事実を告げたら、あいつらはどう思うんだろうな。

「………」

 一瞬頭に浮かんだ考えを振り払い、アッシュは自身も資料の探索に加わるのだった。



                 【2】




「──以上が、ゲートに置ける顛末です」

 ナタリアの発言を最後に、場を沈黙が満たす。

 ここはユリアシティの会議室。各国の重鎮達が席に腰掛け、互いに渋面を突き合わせていた。

 中央に置かれた机を境に、右側にはピオニー陛下を筆頭に帝国側の重鎮が並び立つ。対面に、お父様を中心に王国側の高官が並んでいる。そして両国に挟まれる位置に、導師イオンを中心として、両脇にテオドーロ市長と大詠師モースの姿があった。

 会議室に集う人々の顔は、どれも暗いものだ。

 ……それも仕方のないことなのかもしれませんわね。ナタリアは口の中で、溜め息を押し殺す。

 アクゼリュス崩落から二度目となる国際会議。

 既に各国に開催を呼びかけた段階で、ゲートにおける顛末は既に報告済みの内容だ。この会議が真の意味をもつのは、まだまだこれからだった。

 インゴルベルト陛下が、最初に沈黙を破る。

「現状、民の間にも混乱が見られる。幸いなことに、未だ人的被害は出ていないが、今後も予断を許さん状況だろう」
「やはり、預言に詠まれていない事態であることが、民衆の不安を煽っているようです」

 額を押さえるインゴルベルトに続けて、焦燥した表情で高官の一人が続けた。その発言を受けて、今度はピオニー陛下が帝国側の現状を説明していく。

「帝国側でもほぼ同じ状況だな。キムラスカとの間に和平が結ばれていたのは僥倖だったが、色々と不安がっている。大地の降下と同時に障気が空を覆い尽くしたのが、やはり一番まずかったな。一部では、預言に逆らった当然の結果だと言う者たちまで出る始末だ」
「やはり……そこまで今回の事態の影響は大きいということですね。教団の現状はどうなっていますか?」

 イオンの促しを受けて、モースが恭しく口を開く。

「教団の者たちは大半が始祖に対して祈りを捧げております。これといって暴動などは発生しておりませんが……それも今のところはという側面が大きいでしょうな」

 暗にいつ暴発してもおかしくないと示してみせた。

 この発言に場の空気がさらに重くなる。かつては最も人心の安定したダアトにおいてさえ、暴動が起き兼ねないというのだ。この事実は両国にとっても、決して無視できないものだった。

「それにしても……ヴァンの狙いがよくわからないな。預言からの解放、ローレライの消滅、そうした事柄に関しては報告を受けている。だが、今回の障気の復活と関連性が見えない」

 ピオニー陛下の言葉通り、確かにヴァン謡将の目的と、障気の復活との間に、どのような関連があるのか、よくわからなかった。

「そちらに関しても目下調査中です。ガイ達が第六師団と共同で、ダアトにおいて資料を探っている最中ですね」
「ああ、そういえば、ローレライトと新たな契約を目指すとか言ってたな」
「第七音素集合意識体と契約……どうにも胡散臭い話だな。情報源はどこなのだ?」
「教団の研究者の話ですよ。それなりに信憑性は高いと、私は考えています」

 ジェイドの発言に、初めてモースが顔を上げる。

「それはカンタビレ第六師団師団長の言葉ですかな?」
「ええ、そうですが」

 何か? と笑みを浮かべ続きを促すジェイドに、モースは僅かに考え込むような表情になった。だが、結局それ以上口を開くことはなく、沈黙する。ナタリアは相手の反応が少し気になったが、それを問い詰めるよりも先に会議の話題が移る。

「現状、ローレライとの契約には、どれぐらいの実現性が見込めている?」
「少なくともローレライの鍵は現存してますからね。担当する研究者も、それなりの目算がありそうでしたし、とりあえずこのまま進めさせて問題はないと思いますよ。
 まあ、この計画のみに頼るのは論外ですが、それでも第七音素の総量が減少している事実と、外郭大地が降下したにも関わらず障気が地表を覆った現象の間に、何らかの関連性があるのは確かです。ヴァン謡将達が動き出す前に、第七音素集合意識体に関する事柄を探っておいて、損はないと私は判断しますね」

 ジェイドの言葉に、会議の参加者の空気が少し変わる。

 とりあえず、ローレライと契約を結ぶという計画も、全くの眉唾ではないらしい。

 そうした認識が、言葉にはされずとも広がった瞬間だった。

「ローレライとの契約を目指す傍ら、引き続き各国の研究所が協力して障気対策に当たる。
 当面は、そうした方針で宜しいですね?」
「致し方なかろう」
「任せるしかないな」

 応じる列席者の顔は、しかし尚もどこか暗いものだ。

 だが、それも仕方ないことだろう。結局、未だ進展の見込めない研究の継続と、ローレライと契約を結ぶなどという怪しげな計画に頼らざるを得ないという結論に至ったのだから。


 その後は特に話しが進展することもなく、会議は解散した。


 会議の成果としては、キムラスカ王国とマルクト帝国の間に、外郭大地降下後も協力体勢を継続する条約が結ばれたことがある。

 基本的な条項は、既存の外郭大地降下計画時に結ばれたものの焼き直しに過ぎなかったが、それでも大地の降下後も引き続き現状の調査と対策を協力して行うことが公的に決定した事実が、各方面に与える影響は大きい。

 ……これで国民に広がる動揺も、幾らか抑えることが可能でしょうね。

 王国側に与えられた控室に戻り、ナタリアは大きく息をつく。

「お前には世話を掛けるな、ナタリア」
「お父様……」

 疲れた表情で、同じく会議室から戻ったインゴベルト陛下がねぎらいの言葉をかけてきた。

「本来なら、余が帝国側に会議の開催を呼びかけを行わねばならねばならなかったというのに……。不甲斐ない王だな、私は……」
「そんなことはありませんわ!」

 顔を上げて、ナタリアは否定する。

「お父様は良くやっています。国民が動揺しながらも、最終的な所で踏みとどまっていられるのは、国の存在が大きいはず。このようなときこそ、私たち王族が存在する意義が問われると、私は思いますわ」
「ナタリア……」

「彼らの期待に応える為にも、頑張りましょう、お父様……いえ、陛下」
「ああ……そうだな、ナタリア。ローレライの復活は任せた。こちらでも、障気への対策を引き続き探っておこう」
「ありがとうございます、お父様」

 どこか柔らかくなった空気の中で、二人は顔を合わせる。だが、直ぐに陛下の顔が僅かに引き締まる。

「ルークに関しては……残念だった」
「………」

 ゲートでの顛末は既に王都で報告していた。

 ファブレ公爵はゲートでの顛末を報告する自分に、そうか、とだけ頷いた。其の表情が変わることはなく、ただ色を失うほど握りしめられた拳が、公爵の内心を伝えていた。

「ファブレ公爵は今、どうしています?」
「公は王都に残り、各方面の指揮を執っている」

 応えながら、浮かぶ表情はひどく辛いものだ。

「まるで何かに取りつかれたように、眼の前にある業務に没頭しているよ」



                 【3】




 今回の会議に参加した教団側の人間は、それなりの数に上る。

 ただ随行しただけの者たちを抜かしても、導師たる自分、大詠師たるモース、詠師の代表としてトリトハイムなど、教団上層部を占める人間が多数参加した。

 イオンは会議終了後、テオドーロとの打ち合わせをようやく終え、アニスと共に与えられた控室に戻った。他の教団員は会議が終わると同時に、ダアトに帰還している。

 教団は今、渾沌の只中にあった。

 ヴァン達を筆頭に多数の離反者を出したオラクル騎士団は、現在そのほとんどが再編中だ。そんな中で、空を障気を覆い尽くすなどという、前代未聞の事態が起きたのだ。

 一般信者は言うに及ばず、教団上層部に至るまで凄まじい動揺が走り、あらゆる業務が滞っているのが現状だった。可能な限りダアトを空けたくないという気持ちは、イオンにも理解できた。

 だが、今回同行した者たちの中でも、モースは真っ先にダアトへ帰還した。

 今回の協力体勢に関して、何らかの発言をするものとばかり思っていたが、結局、これといった抗弁をすることもなく、彼はダアトに帰った。

 現状、大詠師派の教団内部における影響力は失墜している。

 中核をなすヴァンが教団を離反した事実は大きい。トリトハイムらからなる中立派も、カンタビレらが積極的に懐柔工作を行ったこともあって、今や大きく改革派に傾いている。

 おそらく、取り急ぎ教団に戻ったのも、そうした現状が影響しているのだろう。

 どこかやつれたように見えたモースの様子を脳裏に浮かべ、イオンは少し心苦しいものを覚えた。

 だが、不意にカンタビレと交わした言葉が蘇る。


 ───今の大詠師派にも決して油断はするなよ、イオン。

 ───どういうことでしょうか?

 ───……主席総長ヴァン・グランツが教団を去ったとは言っても、未だ大詠師モースの政治力は侮れないからな。

 情報部を旗下に置くモースが無視できない存在だというのは、理解できる。

 ヴァンとモースの二軸で構成されていた保守派が、改めて過激派と真の大詠師派に別れた形になる。かつてよりも、その結びつきは強固になっているとも言えるだろう。

 だが、忠告する相手の言葉には、それ以上の何かを懸念しているよな響きが感じられた。

 ───それに……これは完全に僕の勘に過ぎないんだが、あのおっさんには何処か、得体が知れない所があるような気がするんだよ。だから、あの娘の扱いにも十分………───


「───どうかしました、イオンさま?」

 アニスの心配そうな顔が目の前にあった。沸き上がる動揺を一瞬で押さえ込み、如才なく口を開く。

「……いえ、何でもありませんよ」

 尚も心配そうに見やるアニスに、イオンは苦笑混じりで告げる。

「少し疲れただけです。僕は大丈夫ですよ、アニス」
「そうですか? ならいいですけど……無理しないで下さいね、イオンさま」
「はい。心配してくれて、ありがとうございます、アニス」
「イオンさまは直ぐに無理するんですから、ほんとーーに、気を付けて下さいよね!」

 頬を膨らませながら、尚も言い募るアニス。そんな彼女を見据えながら、イオンはモースの行動を考える。

 会議の終結と同時に、真っ先にダアトヘ帰還したモース。

 おそらく、モースは今回の事態にも、積極的に関わるつもりはないのだろう。かつてケセドニアで耳にしたように、あくまで監視者として、事態を静観するつもりなのだろう。

 ローレライ教団にとっては、それが正しい選択なのかもしれない。

 だが、それは僕たちの目指すものではない。

 先に待つものを知りながら、ただ座して動かないでいることなど、自分にはできない。

 いつか、自らの行動を後悔する日が来たとしても、自分はその悔恨すら見据えた上で動くだろう。

 ただ……どんな結果に終わったとしても、目の前の少女には笑っていて欲しかった。

 一人逝ってしまったルークと、残された自分たちの姿が、自分の決意の先に待ち受けるものと重なり合う。

「もーわたしの話を聞いてるんですか、イオンさま!」

 プンプンと憤るアニスの顔を眺めながら、イオンはぼんやりと、いつか必ず来るそのときに、想いを馳せた。



                 【4】



 書庫を歩く。

 本を抜き取る。中を確認する。次の本を取る。次の次の本を取る。

 流れるような単調な作業に没頭しながら、ティアは資料を次々と確認していった。
 後に続くミュウとコライガが、こちらの邪魔にならないよう足元を動く。

 大地の降下以降、ノエルに連れられて不安定な状態のまま合流した二匹だったが、最終的にダアトに向かう自分についていくことを選んだ。

 ───ご主人様はまだいなくなっていないですの。どこかに気配が感じられるですの。だから、まだティアさんの側にいさせて欲しいですの……

 同意するように、コライガも鳴き声を漏らした。どうやら、二匹は自分たちにはわからない何かを感じているらしい。

 もちろん、ティアに断る理由があるはずもない。彼女はミュウ達の申し出を受け入れた。そうして、二匹を後ろに引き連れた状態で、今も書庫の探索に挑んでいる。
 だが……

「……これも、違うのね」

 手にした本を棚に戻すと同時、自然と溜め息が漏れた。

 書庫の探索から、既に一週間が過ぎた。

 空は依然として障気に覆われたまま、ヴァン達も不気味な沈黙を保っている。イエモンさん達によると、セフィロトから吹き出した障気の塊はオールドラントの空を覆い尽くし、かつてホドのあった地点で、濃紺な塊となって存在しているらしい。

 現状、資料の探索は行き詰まりを見せていた。

 広大な書庫に果ては見えず、探索に終りは見えない。

 第六師団の者たちが中心となって、書庫をいくつかの区画に分け、それぞれ担当者を割り当てた状態で探索が続けられている。ある程度、効率的な探索が可能な状況は整えられているのだが、それでも未だ有用な情報は見出せていない。

 書庫に灯る唯一の照明、音素灯の光が揺らぎ、点滅を繰り返す。

 古くさい書物の臭いが鼻に届き、どこか背中を怖気が走るのを感じた。

 突然、こんな不気味な場所に一人佇む事実が意識される。

 分散した人手はそれぞれ割り当てられた区画に散っているため、この周辺には自分以外に人の気配は感じられない。

 ミュウとコライガの姿が、いつのまにか見えなくなっていた。

 どこにいったのだろうか……? 急に不安になる。周囲に積み重ねられた本をかき分けながら、ティアは資料に眼を通すのを中断して、二匹を探す。

 改めて意識してみると、あまりに不気味な状況だった。急激に沸き上がる悪寒に、知らず背中を冷や汗が滴り落ちる。基本的に、こういう場所は苦手なのだ。お化けがでるには、まさに絶好のシチュエーションではないか。

「……ど、何処に、行ったの?」

 僅かに震える声で呼びかけるが、応えは返らない。

 これからどうしよう。そう考えた瞬間。


 音素灯が明滅、一瞬にして唯一の光源は消え失せた。


「……っ!?」

 闇が周囲を包み、静寂が耳にいたい。

 急激な状況の変化に、ひくっと思わずしゃっくりのようなものが喉からでる。腰から力の抜け、気づけばその場に両膝をついていた。まるでセメントで固められたように、足は動かない。

 不意に、荒い息づかいが耳に届く。

 獣がハァハァと荒く呼吸を取り込む音が、不気味な広がりを持って闇に響く。

 呼吸音は、こちらに近づいてきてるようだ。

 ついで、子供が裸足で歩くような、ペタペタという足音が周囲に響く。

 この区画に、自分以外の人はいないはずだった。

 そう、自分以外の人間は────

 獣の呼吸息と、子供染みた足音が、突然停まる。

 自分の、すぐ後ろで、最後の音は響いた。

「──────ー──っ─ー─ーーーっ!?!」

「みゅみゅみゅみゅ!?」
「ぐぅるるるるるぅぅっ!?!」


 悲鳴を挙げなかったのは、少なくとも上出来だったと思う。

 後にこの瞬間を思い返し、ティアは真っ赤に染まった顔を俯けながら、そう独白したそうな。


                   * * *


「──こっちですのー!」

 クルクルと両耳を揺らしながら声を挙げるミュウ。丸まったコライガの尻尾がふさふさと揺れる。二匹の後に続きながら、ティアは書庫を進んでいた。

 合流後、どこか興奮した様子のミュウ達を落ち着かせたティアは、二匹がこれまでどうしていたのか話を聞いた。それにミュウは両耳をクルクルと動かしながら、どこか戸惑いの含まれた声を上げる。

 ───誰かに、呼ばれてるような気がするですの……

 ティアは僅かに息を飲んで、ミュウの言葉を耳にした。

 かつてチーグルはユリアと契約を交わし、ローレライとの契約に助力したという。あの話が本当ならば、自分達には感じられないような何かを、ミュウだけが感じ取っていてもおかしくない。

 しばらく考えた後で、ティアは決断した。

 ───ミュウ、声のする場所に、案内して

 こうして、自分たちはミュウを先頭に書庫を進み、声の在り処へと向かっている。

「ここですのー!」

 元気よく声を上げながら、ミュウが小さな手で前方を指し示した。だがティアは目の前を見据え、僅かに困惑する。

「本当に、ここから聞こえるの……?」
「そうですの! 間違いないですの!」

 元気よく応えるミュウ。だが、示された先にあるのは白い壁。行き止まりだった。

 先に続く通路があるようには見えない。だが、その先から声は届いているとミュウは言う。

 どういうことだろう? 何か仕掛けでもあるのだろうか?

 思考に沈む自分を余所に、ミュウが壁に向けて歩く。

 小さな手を前に押し出し、壁に触れると同時───

 ───光が場を貫いた。

「────!?」
「みゅみゅみゅみゅっ!?
「ぐぅるるるるるるるつっ!?」

 あまりの光量に眼が眩む。混乱した場の中、クルクルと弧を描きながら、ミュウとコライガが床の上を走り廻る。

 しばらくの間、場を騒然とした空気が満たした後で、ようやく光が収まり、静寂が戻る。

 ティアは目眩に額を抑えながら、周囲を見渡した。先程まで壁のあった場所に、ちょうど人一人が通るのにちょうどいいぐらいの通路が生まれていた。

「これは……隠し通路?」

 警戒も露わに通路の先を覗き込む。だが通路の先に音素灯の光は届かず、ぽっかりと不気味な穴を開けている。

 そのとき、小さな影が足元を走り抜けた。

「ここから声が聞こえるですの!」
「ミュウ、待って……──」

 制止は間に合わない。ミュウが通路の先に足を踏み入れた。

 ぼっと光が灯る。

 見上げた先、通路の天井に据えつけられた音素灯が煌々と光を発していた。先程自分が覗き込んだときは、何の反応もなかったというのに、ミュウが足を踏み入れると同時に明かりが灯った。

「……チーグルに、反応した?」

 不意に頭を過る突拍子もない考え。即座に否定しようとして、何も否定するような材料がないことに気付く。

 仮に、チーグルの存在がこの通路が現れる条件となっているならば、長い間この場所の存在に、教団の誰もが気付かなかったのも、無理はないだろう。

「ミュウ……お手柄よ」
「お役に立てて、うれしいですの」

 頭を撫でて上げると、ミュウは気持ち良さそうに鳴き声を上げた。両耳が照れたようにクルクルと廻る。かわいいなぁと想いながら、名残惜しさを感じつつ手を離す。

 気を引き締めた後で、ティアは改めて室内に視線を転じた。そこはどこかこぢんまりとした空間だった。これまでの書庫と違い、どこか個人用の閲覧室といった趣がある。部屋の中央に置かれた机と一脚の椅子が、そうした印象をさらに際立たせている。

 四方を囲む壁には、やはり本が納められていた。だが禁書庫に納められていた本とは、どこか種類が異なるように見える。

 『音素学原論』『子供に好かれる百の方法』『譜術式格闘術のすすめ』

 厳格なタイトルの中に、どこか部屋の主の感性を感じさせる他愛もない雑学書が混じる。

 『リーダーシップ構築論』『空気を読める人間になる方法』『組織統制論序説』『集合意識体に関する考察と触媒の意義』

 少し呆気にとられながら、流し見たタイトルの内、最後の一冊に視線が止まった。ティアは手を伸ばして、書棚から目当ての本を抜き取る。

 手に取った本の表紙を返す返す眺める内に、彼女は本の表紙に記された文字に気づく。

「これは……まさか……──!」

 表紙に載せられた著者の名。

 ───フランシス・ダアト

 ローレライ教団の創設者にして、ユリアを裏切ったと伝えられる初代導師の名が、そこには記されていた。



                 【5】



「……連中はどう動くと思う、ライナー」

 手にした本をパラパラと気もそぞろに捲りながら、カンタビレは脇に立つ副官に尋ねた。

「主立った大詠師派の面々は、やはりヴァンの離反時にダアトを去ったようです。これまでのように大詠師派が強大な権力を奮うことは、もはや不可能でしょう。中立派のトリトハイム様達も、今回の事態でさすがに考えさせられることが多かったようで、彼らの助力を得られる目算もかなりの強まったと言えますね」

「……長かったな」
「ええ。これでようやく、改革派がダアトに置ける影響力を取り戻すことはできました」

 一年前、切り崩された第六師団だったが、ついにダアトへ帰還することができた。

「やはり、ヴァン達六神将の主立った面々が離反した影響が大きいです。大詠師モースの存在が辛うじて派閥の壊滅を防いでいるようですが、それも限界ということでしょうね」

 弱体化した教団の運営を支える為には、自分たちのような存在を呼び戻す以外に手がなかったということだろう。

「しかし……皮肉なもんだな」
「……」

 第六師団が地方に飛ばされた名目上の理由は、不安定な情勢に対応するためだった。だが、今ではダアトに存在するはずの師団のほとんどが機能していない。

 かつては厄介者扱いされ、ダアトから追放された第六師団。それが今は呼び戻され、軍の要職のほとんどを占めるまでになっている。

 これを皮肉と言わずに、何と言うか?

「馬鹿らしくて笑っちまうな」

 くくっと皮肉げに笑うカンタビレに、ライナーが何か言葉を返そうとしたとき。

「──師団長! カンタビレ師団長!」

 駆け寄ってくる部下の呼び声が、慌ただしく書庫に響き渡る。

「どうやら、何か動きがあったらしいな」
「そのようですね。今度こそ、何らかの進展があることを祈りましょう」
「…………祈る、か」

 カンタビレは手にした本を閉じた。ついで先を行くライナーに、どこか達観した視線を向ける。

 祈ることに意味などない。未来の記憶などというものが存在する世界で、預言は祈り手に、決して救いの手を差し伸べない。

 ───世界の存続。

 ───スコアに存在する意味があるとしたら、そんな下らぬ理由があるだけに過ぎないだろうな。

 かつて盤上を斜向かいに、聞き出したヴァンの言葉が、脳裏を過る。

「……観測された事象の流れ……前史……観測者となり得る者……ローレライの使者……」

 ゲートでヴァンが語りかけたという言葉を口ずさみながら、最後に一度だけ、暗闇に包まれた書庫に視線を戻す。

「そして、停滞世界は終焉を迎える……か」

 最も引っ掛かりを覚えた部分を最後に囁くと、カンタビレは書庫を後にした。



  1. 2005/05/28(土) 18:16:14|
  2. 【家族ジャングル】  第七章
  3. | コメント:0

 ──邂逅の追憶──



                 【1】



 戦っている。

 戦っている。

 戦っている。


 ───視界に網を掛けたようなノイズが走る。


 身体の外から、自身と〝何か〟の繰り広げる戦いを、ただ眺めている。

 自らの手にした音叉のような剣が、膨大な光を発する。

 未だ何者の意識にも染まっていない音素は、自らの身体の延長のようにたやすく制御できた。


 ───脳髄を掻き乱すような囁き声が聞こえる。


 収束した音素が、閃光を放ちながら、無数の斬撃となって〝何か〟を切り刻む。

 最中、戦場に残された一人の少女に気付く。

 思わず勢いで少女を庇った所で、〝何か〟から放たれた一撃を喰らった。


 ───視界を占める燐光が意識を掻き乱す。


 かなりの距離を吹き飛ばされたが、腕の中の少女に怪我は無いようだ。

 幸いなことに、〝何か〟の方も暴れるのに満足したのか、そのまま引き上げて行った。

 だが、もはや自分に起き上がる体力があるはずもなく、そのまま地面に倒れ伏す。


 ───視界に走るノイズが其の範囲を増していく。


 不意に、頭の裏がむず痒くなった。

 何処からか向けられる、視線を感じる。

 さっき勢いで庇った少女が、ひたとこちらを見据えていた。


 ───囁き声に、どこか喜色が入り交じるのを感じる。


 ひどく億劫だったが、額を抑えながら、いやいや顔を上げる。

 ……何だよ? こっち見んじゃねぇよ。

「…………」

 フルフルと首を振って、少女は無表情のまま否定を返す。


 ───燐光が、全身を緩やかに包み込んで行く。


 相手の反応に、一瞬イラッと来るが、声を上げる気力もなかった。

 意識が急激に薄れていくのを感じながら、勝手にしろと地面に伏せる。

 ちっ……もう……好きに……しやがれ…………


 視界全てがノイズに埋めつくされると同時───俺の意識は、掻き消えた。


 視界に映った少女の顔は無表情のまま、最後まで動かなかった。



                 【2】



 ん……またか。

 俺は深く溜め息を漏らし、ベッドの上から、知らない天井を見上げた。

 もう何か、意識飛ぶのもいい加減、馴れたな。

「ようやく気がついたか」

 あん? ……何だあんた?

 ベッド脇に置かれた椅子から、突然声をかけてきた相手に、俺は困惑した視線を向ける。

「やれやれ。命の恩人相手に礼もなしか」

 命の恩人……? なんだそりゃ?

 相手はこちらの言葉に、深々と厭味ったらしく溜め息をはいた。

 ……なんか、どーにも思い出せないけど、あんた俺の知ってる誰かに似てるよ。

「私に似ている者がいる? 止めてもらいたいものだな。君のような粗野な者の知人に似ているなど、怖気が走るというものだ」

 ……その無駄に嫌味っぽいところが、特にな。

「そうかね? まあ、無駄話はこれぐらいにしておこう。その分なら、意識もはっきりしているだろう」

 けっ……おかげさまでな。

「それは重畳だな。ともかく、君は覚えてないようだから説明するが、あの怪物との戦闘後、戦場に倒れ伏している君達を私が発見してね。ここまで運んで手当てさせて貰った。私も同じ集落に居たのだが、覚えていないのかね?」

 あー……すまん。何か、俺、記憶とかがはっきりしなくてな。

「……ああ、そうだったな。すまない。君の呼び名も、便宜的なものだったな、ローレライ。私は特に君と親しくしていた訳ではないから、覚えておらずとも何もおかしくないよ」

 そっか。まあ、ここまで運んで手当てとかしてくれたことには礼を言うよ、あんがとさん。

「こちらこそ、どういたしましてだな。……しかし、駆けつけるのが遅くなってしまったため、私は戦闘の最終局面しか見られなかったのだが……」

 ん? 何だよ突然、呆れたような顔でこっち見て?

「君は随分と、変態的な戦闘力を持っているのだな、ローレライ」

 ぶっ!? へ、変態的だぁ……!? あんた俺に喧嘩売ってんだろ!?

「そう聞こえたなら、すまないと謝ろう。だが、これが素直な感想なのだから仕方なかろう」

 ……もういいよ。

「そうか。では話を戻すが……サザンクロス先生のことは残念だった」

 ………………

「先生はこの集落の創設者で、卓越した技術を備えた譜業技師だった。国家に見捨てられた我々を救い上げ、生きる為に必要なものを伝授してくれた。とても得難い人だったよ」

 先生…………ってことは、あんた、あのじいさんの弟子とか何かだったのか?

「ふっ……残念ながら違う。私には、そこまでの才はなかったようだからな。簡単な手習い程度のものなら直接教わったこともあるが、サザンクロス先生が対外的にも弟子と認めた者は一人しかいなかった。私は先生の弟子に師事している、ある意味……孫弟子のようなものかな」

 孫弟子……か。あのトンチキなじいさんの弟子ねぇ……いったいどんな奴なんだか。

「私の師匠になら、既に君も会っているはずだよ。……そうだな、まだ礼を言ってなかったな。あの娘を救ってくれたことに関しては、この集落の誰もが君に感謝しているよ」

 ん……会ったことある? というか、俺が救って感謝?

「む……覚えてないのか、ローレライ? 君が戦場で救った──ユリアという名の少女だよ」

 あー……ああ、あの無口な奴ね。

 ──って、あんな小さな女の子が師匠っ!?

「彼女の才能は稀少だ。私たちの希望でもある。彼女に師事できるならば、年齢など些細なことだ。彼女を助けてくれたこと、集落の一同を代表して、深く感謝する」

 なっ……べ、別に頭下げる必要なんざねぇーよ!

 たまたま結果として、助ける形になっただけでだな…………

 と、ともかく、礼を言われる筋合いはねぇから早く頭を上げろって!

「ふっ……わかったわかった。なるほど、そういう性格か。……戦場での姿からは想像できんな」

 むっ……どーいう意味だよ?

「気にするな、ローレライ。君はさぞアルバートと気があうことだろう」

 アルバート? 誰だそりゃ?

 って、その名前も……なんか、どっかで聞いたことあるような気がするんだが……

「アルバートもユリアの弟子の一人だよ。なに、直ぐに会えるだろう。私の予測が正しければ、おそらく出会い頭で、君に喧嘩を吹っ掛けてくるはずだからな」

 ………いや、何で会ってもいないような奴に喧嘩売られにゃならねぇのよ?

「ふむ……ローレライ」

 な、なんだよ?

「多感な少年の心というものは……なかなかに複雑なものなのだよ」

 ……いや、訳わからんから。

「ともかく、今後とも宜しく頼む、ローレライ」

 ……なんか、すげぇ誤魔化され方したような気がするのは俺の気のせいか?

「もちろん、気のせいだ」

 嘘くさいまでに完璧な笑顔を持って、相手は答えた。

 …………あんま、ヨロシクしたくない。

「今後とも宜しく頼む」

 満面の笑みと共に、手が突き出される。

 いや、だから……

「今後とも宜しく頼む」

 笑顔はピクリとも動かない。

 …………その

「今後とも宜しく頼む」

 ………………


 最終的に、俺は相手の手を握り返すのだった。


 別に、まったく動かない笑顔とか、一切抑揚のない声とかが怖かったからじゃない。ないったらない。

 ………まあ、人生、あえて気付かないふりすることも大事だよなぁと思わないでもない今日この頃。


 ともかく、こうして俺は集落の生き残りと合流して、交遊を深めて行くのだった。


 時折視界に走るノイズが、思い出せと、深く訴える声を、強引に押し殺したまま───……








 欠けた認識が蘇ることはなく、使者はただ借物の追憶に沈む。


 終幕の刻は、近い。



  1. 2005/05/27(金) 03:42:15|
  2. 【家族ジャングル】  第七章
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