全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第1話 「偽りの安寧に包まれ」




 声が聞こえる。

 眠りに落ちると同時、その声は届いた。

 薄霧に包まれた世界で、俺は独り考える。


 ああ、これは夢だな。

 耳に届く声が、何を意味するものか、理解することはできない。


 ───世界の意志───

 ───観測者───

 ───自らの務めを果たせ───


 薄霧が、晴れる。


 目の前に立つ影。


 自らとまったく同じ顔をした相手が、こちらをじっと見据え、笑っていた。


 俺は絶叫を上げた。




                  【1】




 跳ね起きると同時、吹き飛ばされた掛け布団が勢い良く床に落ちる。

「みゅみゅみゅみゅみゅー!?」
「がるるるるぅうぅうるるる?!」

 突然の落下物に視界を覆われて、床で寝ていた小動物達が混乱したように、慌ただしく鳴き声を上げている。

「………………」

 胸の動悸が収まらない。

 耳に響く鳴き声も、どこか遠く聞こえた。

 息を荒らげながら、しばし呼吸を整えた後で、俺は額を伝う汗を拭う。

「…………夢、か」

 身体を起こし、窓際に立つ。

 見上げた空に、一つの大陸が在った。それは日の光を遮りながら、渦を巻くプラネットストームの中心に存在する。浮遊大陸の底からは、重々しい砲台が無数突き出しているのが見えた。

「ご主人様、酷いですのー!
「ぐるぅぅうーーーー!」

「って、だから寝起きの相手に突進すんなっての! だぁ、うぉい! 尻尾で叩くな! 爪を立てんな! だぁーー! もう俺が悪かった! 悪かったから、止めろってのーーーー!!」


 ───エルドラントの浮上から、既に二週間近くが経っていた。



                  * * *



 ……なんか朝っぱらからヒデェめに会ったぜ。

 俺はかったるい身体を引きずって、中庭に立つ。見上げた空に浮かぶ忌ま忌ましい大陸を睨み付け、溜め息をつく。

 ジェイド曰く、あれはホド島のレプリカらしい。

 空中に浮遊しているように見えるのも、かつてホドに存在したセフィロトごと、フォミクリーの技術を使って再生されたからだろうって話だ。再生されたセフィロトからセフィロトツリーが生成されて、吹き上がる音素の波が、あの島を押し上げているとか。

 まあ……実際の所、あんまよくわかっちゃいないんだけどな。

 何にせよ空に浮かんでるとは言っても、俺たちには飛行機械であるアルビオールがある。大した障害にはならないだろうと、当初は楽観的に考えていた訳だが……とんでもなかった。

 アルビオールの突入は、現状では不可能だとジェイドは結論付けた。

 一応、ものは試しとばかりに、一度アルビオールで突っ込んでも見た。しかし、結果は酷いもんだった。エルドラントを取り巻くプラネットストームの流れに阻害されて、突入するどころか、ろくに近づくことすらままならなかった。

 ただ幸いなことに、上空からエルドラントの全容を確認することはできた。

 浮遊する大陸。エルドラントの中心と思しき地点に──それはあった。

 漆黒の球体。

 まるで卵のような球体。だが質感はむしろ水面のそれだ。いずれ生まれ落ちるときを待ち侘びるかのように、それは執拗に不気味な蠢動を繰り返す。

 地上に戻り、報告を受けたシェリダンの精密器具を用いた観測結果を経ても、あれが何なのか、解析不能という結果しか得られていない。

 今では地上からも、肉眼で目にすることができる。地上から確認できる姿だけ言えば、上空からエルドラントに覆いかぶさるようにして広がる、漆黒の湖だろうか? 

 真っ白い布に差し込まれた墨汁のように、漆黒の球体はジリジリと広がり続けている。目にも鮮やかな蒼穹を浸食しながら、ひたすら拡大を続けている。

 俺はアレに見覚えがあった。漠然とした直感に過ぎなかったが、まず間違いない。

 レムの塔。剣に貫かれるレプリカ・ネビリム。展開される漆黒の球体。


 ───第八音素の集積体。


「ヴァンの目指すもの……か」

 エルドラントがヴァンによって作り上げられたもんであることは、もう疑うまでもないだろう。既に帝国と王国、双方で開催された会議において、この新たな要塞に対する対策会議をダアトで開くことが決定されている。

 ダアトにおける会議の開催まで、俺たちも一時的にパーティーを解散して、それぞれが自分たちの領域で動いているのが現状だ。

 ジェイドは帝国でピオニーと細かい部分の打ち合わせを行っている。
 ガイもまた屋敷を辞したペールと共に帝都へ戻り、何やら鍛練を積んでるらしい。
 ナタリアは王都の施設を精力的に回り、市民の不安感情を抑えていた。
 ティアは一足先にダアトに戻り、モースが残した言葉の真偽を探っているという。

 そして肝心の俺は何をしてるかと言えば、家の中に一人籠もり、何をするでもなく空を見上げていた。何もしないのか。内から問い掛ける声がない訳でもなかったが、どうしても積極的に動き回る気になれなかった。

 俺は一通の手紙が届くのを待っていた。

 思い出すのは、王国における会議の終わった後で、伯父さんと交わした一つの会話。



                  * * *



「──……そうか。ラルゴがそのようなものを……」

 ラルゴの襲撃時、交わした会話。拾われたペンダントに納められていた肖像画と、記されていた名前。これまでの顛末に一つの推測を交え、俺は報告を終える。

「まだ、不確定だけどな。それで伯父さん。ナタリアの産みの親に関して、何か情報持ってたりしないか? どんなことでもいいんだが」

 確証を得たいと問い掛ける俺の言葉に、伯父さんも目を細めながら記憶を探る。

「……確か、砂漠において傭兵をしていたと、一度聞き及んだことがある」
「傭兵?」
「そうだ。砂漠の獅子王と呼ばれた傭兵、名を確か──バダックといったはずだ」
「……バダック」
「詳しい話は乳母に聞く以外にないがな」
「……あの人か」

 ナタリアの乳母は、もはや王城を辞して久しい。自らの懺悔から、あんな事態が引き起こされたんだ。城に居づらくなったってのはわかるが……まあ、あまり好意的な感情は抱けそうにない相手だ。

「運命とは残酷なものだな。この先、エルドラントに籠もるヴァン一派と全面衝突という事態になれば、あの子は…………」

 片手で顔を覆うと、伯父さんは言葉を切った。
 追い詰められた様子の伯父さんに、俺は悪いと思いながら、更に言葉を掛ける。

「伯父さん。これは勝手な言い分かもしれないが……もう、ナタリアの手を離さないでやってくれ」
「ルーク?」
「生まれってのは、確かに無視できない要素かもしれない。でも、だからこそ、これまで過ごした時間だって同じくらい、いや、それ以上に大きいはずだ」

 肝心なときに、言葉が上手く廻らねぇ。そんな自分のダメさ加減に焦れながら、必至になって訴える俺の言葉に、伯父さんは僅かに口元を緩めた。

「ああ。わかっている。わかっているさ、ルーク。ナタリアは私の娘だよ」
「そっか」
「ああ、そうだ」

 どうにか余裕を取り戻したように見える伯父さんに、俺はとりあえず今後の方針を語る。

「会議が開催されるまで、まだ間もあることだしさ。ナタリアの乳母に確認の手紙を送ってみるよ」
「そうだな。そうするのが一番いいだろう。だが、ルークよ。もし、この推測が真実とわかった場合は、ナタリアに知らせるかどうかの判断は、私に任せてくれないか?」

 苦悩に満ちた瞳がこちらを見据えていた。伯父さんの様子からも、それが苦渋の判断から来た言葉であることが、理解できた。

「……わかったよ、伯父さん」

 だから、それ以外に、俺なんかに返せる言葉は存在しなかった。



                  * * *



 雑念を振り払うべく、我武者羅に剣を振る。

 型の練習を繰り返す。執拗なまでに、剣を振るう。

 ゲートを停止することで、エルドラントに突入することが可能になる。ダアトで開催される会議において、プラネットストームの停止に関して、合意が形成されるのはまず間違いない。
だが、ヴァン達も当然それはわかっているだろう。

 おそらくゲートには、六神将の誰かが待ち構えている。

 下手をすると、ナタリアは親子と……殺し合いをすることになるのかもしれないってことか。

 心の乱れから、型が崩れる。

「くそっ……」

 額から流れ落ちる汗を拭い捨て、その場にゴロンと大の字に寝っころがる。

「アッシュのバカヤローーーーーー!!」

 大声で、空に向かって叫ぶ。

「……こんな肝心なときに、あいつは何をしてんだか」

 アッシュのやつは、また何処かに姿を消してやがる。

 一応、ノエルがアルビオール三号機を操縦するギンジから、定期的に連絡だけは受けているらしい。曰く、世界中のセフィロトや、古代遺跡などといったものを順繰りに回っていると。

 この一大事に今更何をやってるんだか。イマイチよくわからない行動だった。あいつはあいつなりに、何か明確な理由があっての行動なんだろうが……理由をまったく説明しようとしやがらねぇから、推測すらできやしねぇ。
 ……まあ、それでも最終的に俺たちの手が必要だと判断すれば、嫌々ながらも連絡してくるだろうから、あいつの行動に関しては、そこまで心配はしていない。

 ただ、こんなときぐらい、アッシュのやつもナタリアの側にいてやれよ。そんなしみったれた考えばかり、後から後から湧いて来るからたまらない。

「……本当に、勝手な言い分だってのはわかってるんだけどな」

 ぼうっと流れる雲を見上げる。

 結局、ヴァンのやつは何がしたいんだろうな?

 第七音素集合意識体──ローレライのやつは、触媒武器によってズタズタに分断されている。
 中枢となる意識の本体は、俺の中にいるらしいが、そいつを狙ってわざわざ俺を殺しに来るような動きも、ヴァン達には見えない。
 ローレライを消滅させると、あれだけ何度も繰り返していた訳だが、それも手段の一つに過ぎなかったってことだろうか。
 俺がゲートで、超振動を使ってローレライの中枢意識体を消滅させることを拒絶したことで、また別の手段に移った結果が、アレなのか?

 空に見える浮游大陸。延々と膨張を続ける漆黒の球体。
 スコアに支配された世界からの解放。ローレライの消滅。

 すべての要素があまりに複雑に絡み合い、今の俺にはまだ何一つわからない。

「……ローレライ、あんたならわかるのか?」

 手にした剣──ローレライの鍵に向け、呼びかける。

 当然、応える声はない。




                  【2】




 刀に手を掛ける。

 ──自分の力を信じていない訳じゃない。

 心を研ぎ澄ませ、一刀、一刀、刀を振るう。

 ──修練を積んだ目的も、今は変わってしまった。

 繰り返される抜刀と納刀の型。

 ──だが、かつてよりも、力への渇望は強い。

 極限まで無駄を省かれた居合の型は、見るものに一種独特の感銘を与えるだろう。

 ──復讐ではない。もう二度と失わない為の強さが力が、自分は欲しい。

 刀を納めると同時、背後から手を打ち鳴らせる音が響く。

「お見事です、ガイラルディア様」
「……ペールか。まだまだよ、俺は」

 背後に立つ自らの師にして、親代わりの称賛の言葉に、ガイは力なく答えた。

「まだ、届かない」

 脳裏に過るのは、燃え上がる焔。天から降り注ぐ光の柱。

 技量において、自らがあいつらに負けているとは思わない。

 だが、刀そのものが届かない。一撃を叩き込むための力が、あと一歩の後押しが、どうしても必要だった。

「力が、欲しいよ」

 力が欲しい。奪うためではない。もう失わない為の力が、欲しい。

「ペール」
「なんでしょう?」

 即座に返答が来た。こちらが何を考えているのか、既に察しているのだろう。
 敵わないな。苦笑が浮かびそうになるのを抑えながら、ガイは先を続ける。

「──奥義会の人と、連絡は取れるか?」


 守る為の力を。失わない為の力を手にする為に───




                  【3】




「それで、ディストに話は聞けたのか?」

 水の流れ落ちる音が響き続ける。水上の宮殿と名高い帝都の皇城。玉座に構える自らの主君からの問い掛けに、ジェイドは無念さが声音から滲み出るのを自覚しながら、口を開く。

「……ええ。ですが、やはりあいつも詳しい事は、何も知らされていませんでした」

 そうか。難しい顔で頷き返すピオニーに、ジェイドはメガネを押し上げ、感情を押し殺す。

「厄介なことです。現状の詳細に関しては、ダアトで行われる対策会議で報告することになるでしょうね。ただ、ヴァン謡将の狙いが朧げながら、ようやく掴めたような気がします」
「ヴァンの狙いか」
「ええ……簡単に言ってしまえば、全ては創世歴時代に創られた世界の枠組みに対して、否と声を上げた者たちの行動なのでしょうね」
「世界の枠組み、か」


 ヴァンがこれまでに告げた言葉の断片。ラルゴの襲撃と、モースの残した言葉。

 ただひたすら、世界の存続のみを想う存在。それがスコアとローレライ教団の存在意義。
 停滞世界。世界の破滅をもたらす障気、あるいは第八音素の集合意識体──オブリガード。

「やつらはいったい、この世界に何を見ているんだろうな」
「……いずれにしろ、今は推測に頼る部分が多過ぎます。今後も六神将と遭遇した際は、積極的に情報を引き出す必要があるでしょうね」

「そうか。ま、あんまり思い詰めるなよ。お前はただでさえ、頭でっかちなんだからよ、ジェイド」
「肉体派が過ぎる陛下に言われたくはありませんね」
「ははは、違いねぇ」

 露骨な皮肉に対して、さして気にした様子もなく、陛下はゲラゲラと笑い声を上げる。やれやれ、まったくこの人は……。自分が唯一始めて心を許した相手を前に、ジェイドは肩を竦めながら、今後の状況に思いを馳せた。




                  【4】




「彼の大陸は、栄光の大地──エルドラントと呼ばれているようです」

 静寂に包まれた会議室に、淡々と説明の声が響く。

 教団、王国、帝国の指導者層が一同に会す会議も、これで四度目となる。両国の高官たちの間にいまだ緊張は残るが、目に見えた敵意は見えなくなって久しい。

 今後も定期的な会議の開催が必要かもしれない。親しくはなれなくとも、互いに顔を合わせるだけでも、露骨な悪感情は抱きにくくなるものだ。ナタリアは会議室に居合わせる者たちの空気を見やりながら、そんなことを思った。

「エルドラント……栄光の大地ねぇ。まさに栄光を掴むもの──ヴァンデスデルカらしいとでも言うべきか?」

「命名方法はともかく、いま問題とすべきは、エルドラント浮上とほぼ同時に、大陸上部に展開され始めた謎の球体に関することでしょうね」

 こちらをご覧下さい。

 会議机の脇に設置された解析機にフォンディスクが挿入された。カリカリとデータを読み取る音が響くと同時、机の中央部に設置されたスクリーンに、一つの映像が浮かび上がる。

「見えますか? これはアルビオールでエルドラントに接近した際、撮影した映像です」

 流れる雲の向こう、かなりの高々度から撮影されたと思しき大陸の全景図が投影される。徐々に鮮明になる映像の中、大陸中央部に奇妙なものが見えた。倍率を上げられる解析映像。それが映し出された瞬間、会議室にどよめきが起こる。

 黒い稲光のようなものを周囲にまき散らしながら、不気味な膨張を続ける漆黒の球体が在った。

「大陸中央部に存在する高エネルギー体。観測データから推測するに、このままの速度で膨張が進めば、おそらく半年もしないうちに、オールドラント全土が、この球体に飲まれることになるでしょう」

 会議室に一転して、沈黙が降りた。

 スクリーンに映し出された映像が途切れ、漆黒の球体に関する解析画像が次々と展開される。

「この球体に飲まれた場合、そこで何が起こるのか。そいつは説明できるか、ジェイド?」
「……残念ながら、そこまではわかりません。しかし、このエネルギー体の周辺で、エントロピーが異常な速度で増大していることがわかっています」

「というか、エントロピーの増大って、そもそも何だ?」
「そうですね……まあ、時間軸の歪みが生じていると思ってください」
「時間軸の歪み?」
「ええ。時間が不安定になっているということです」

 応じながら、ジェイドは投影された解析画像に視線を戻す。

「そうした現象から推測するに、この球体がオールドラント全土を包み込んだ場合、球体内部ではエントロピーの増大と時間軸の乱れが限界を超えて、反転現象を生じ──」

「あー……専門用語じゃなくて、もっと簡単にまとめると、結局何が起こるんだ?」

「失礼。まあ……そうですね。時間そのものが奇怪しくなる。そう考えて貰って結構です」
「時間が?」
「ええ。現在、過去、未来、全てが同時に存在する状態が発生し、時空平面の崩壊──この世界そのものの終焉が、導かれるでしょうね」

 あっさりと提示された言葉に、誰もが絶句する。

 スクリーンに投影された球体が膨張を続け、オールドラント全土を包み込むと、そこで映像は途切れた。静止した球体の解析画像が再び投影される。

「これが……ヴァンの狙いだったということか」
「世界の崩壊ね。俺たちの行った作戦行動も、結局は藪をつついて蛇を出したようなものだったってことか」

 沈黙が続く会議室に、国王と皇帝の苦みの走った言葉が響いた。

「……いえ、そうとも言い兼ねます」

 曖昧な否定に、ピオニーが先を促す。

「ん、そりゃどういう意味だ、ジェイド?」

「実は、この球体、エルドラントが浮上する以前から、既に存在していたことがわかっています」
「既に存在していただと?」

 驚きにざわめく会議室に、ジェイドは言葉を続ける。

「ええ。大陸への上陸作戦前、付近の海中で不審な音素の集積現象が観測されていたことは、皆さんも御存知の通りでしょう。その観測結果が、この球体の膨張現象と合致しています」

 理解が浸透するのを待つように、ゆっくりとジェイドが告げた言葉に、ピオニーが顔を強張らせる。

「……つまり、エルドラントが海中に存在した時点から、既にあの球体は存在し、成長を続けていたってことか?」

「あくまで推測ですが、おそらく、それで間違いないかと」

 ジェイドの提示した事実に、再び会議室を重い沈黙が占める。

 海中に存在する時点で、球体が既に存在していた。それは仮に連合軍の艦隊が派遣されていなければ、球体の存在に気付くこともできぬまま、すべてが手遅れになっていたことも起こり得たということだ。

「ゾッとしねぇな」

「ええ。ですが更に厄介なのは、この先です。この球体にどう対処するにせよ、エルドラントへ上陸することは必要不可欠な要素になるでしょう。しかしエルドラントへ侵攻するには、周囲を取り巻くプラネットストームが邪魔になります」

「つまり、プラネットストームの停止が必要になるということか」
「ええ。頭の痛い問題ですが……プラネットストームの停止に関しては、構いませんね?」

 ジェイドが両国の代表に確認を求めると、二人はゆっくりと頷いた。

「もはやスコアという道標が消え失せた以上、我等は我等の意志で未来を掴まねばなるまい」
「未来の不便を想像している暇はないからな。その未来までなくなる事を考えれば、プラネットストームを停めるのは合理的な考えだろうさ」

 プラネットストームの流れを停止することで、譜術や譜業の効果が徐々に衰えていくことがわかっている。しかしこの問題に関しては、既に外郭大地の降下計画時に、ある程度の合意が形成されていたのだろう。

「承知しました。では話を続けます」

 二人の言葉を受けて、会議はより具体的な部分に移って行く。

「プラネットストームの停止には、アブソーブ・ラジエイトの両ゲートを停止する必要があります。しかし、当然こうした我々の行動は、六神将側も予測していると考えるのが自然」

 ゲートには、六神将の誰かが、確実に待ち受けているだろう。

 思い出すのは、勝利を掴んだと思った瞬間、光に貫かれ倒れ伏すゲートでの戦闘。聖堂にて、あまりに圧倒的な焔を操る黒獅子の姿。六神将の誰もが、奏器を真の意味で使い込ます領域に達していると彼は告げた。

「ジェイド、俺たちは……勝てると思うか?」
「……そうですね。私は勝算のない勝負はしない質ですから、それなりの考えはあります」
「ん? それって……」
「何が策があるってことか?」

 迂遠な言い回しをするジェイドに、誰もが首を捻る。あれほど強大な相手を前に、意味をなす策があるのだろうか?

「説明の前に、ルーク。一つ私の質問に答えて下さい」
「ん、俺か?」

 突然名指しされて、困惑するルークにも構わず、ジェイドは端的に尋ねる。

「地殻より帰還して以来、あなたの超振動に対する制御能力は、格段に上昇していますね」
「まあ、確かにそうだな」

 帰還時にディスト操る譜業兵器に向けて放たれた一撃。レプリカ・ネビリムの譜術を打ち破った一撃。どれもかなり安定したレベルで制御されていた。

「なら、あなたはそれが今後も戦闘時に、いつでも使用可能なレベルにあると思いますか?」
「それは……」

 僅かに言葉に詰まった後で、自らを見据える真剣なジェイドの視線に気付くと、ルークは正面からこの視線を見返す。

「……そうだな。任せろ。俺はいつでも発動できるし、発動させるぜ、ジェイド」

 ローレライの鍵に手を掛けながら、ルークは力強く頷き返した。そんな相手の反応をじっと見据えながら、ジェイドはメガネを押し上げる。

「そうですか。なら、我々にも勝算は十分にあります」

「で、大佐。なんでルークのやつが戦闘時も超振動を制御できるか、なんてことをわざわざ確認したんだ?」
「ええ。私も気になります。どういうことですか、大佐?」

 言葉を重ねるガイとティアに、ジェイドが僅かに苦笑を浮かべる。

「まあ、二人とも落ち着いて下さい。これまで、我々が六神将と対峙する際、用いてきた戦術を思い返してみて下さい。どれも第二譜歌の障壁をもって、相手の秘奥義級の一撃を防ぐことが、戦術の根底にあるのが理解できるはず」

 パッセージリングにおけるシンクとの戦闘。雪山における六神将三人を向こうに回した戦闘。どれもこちらの勝利には、第二譜歌の障壁が重要な位置を占めていた。

「しかし、第二譜歌の障壁も、ゲートでヴァン謡将と対峙した際、既に破られています。そして、ダアトで遭遇したラルゴの言葉」

 ──六神将の誰もが、真の意味で奏器を使いこなす領域に達している。

「あれが事実であれば、今後も六神将との戦闘において、第二譜歌を当てにするのは危険と考えた方がいいでしょう」

「……確かに、他の六神将が兄のレベルに達しているなら、第二譜歌を頼るのは危険ね」

 ジェイドの指摘に、ティアが自信の力の足りなさを悔やむように、力なく同意する。

「つまり、ルークの超振動を、第二譜歌の代わりに盾として用いるということですか、ジェイド?」
「ええ。今ナタリアが言った通り、ルークの超振動を広範囲に展開、相手の秘奥義級の一撃を相殺します。当初から、相手がヴァン謡将レベルの存在であると意識していれば、秘奥義以下のレベルの一撃ならば、十分に私たちでも対処可能でしょうからね」

 納得が場を包む。だがそれに流されることなく、ガイが最後の確認とルークに向き直る。

「で、ルークよ。ジェイドが言ったようなことが、本当にできるのか?」
「できるかじゃなく、やるしかない。つまりはそういうことだろ、ジェイド」
「まあ、そういうことですね」

 連合軍が壊滅した軍の再編に勤しむ間、鍵を操れるルーク達が少数精鋭でアブソーブ、ラジエイト、両ゲートを回り、プラネットストームを停止することが決まった。

 しばらく細かい調整を詰めた後で、不意に話題が途切れる。

「しかし、やはり大詠師がラルゴに殺されたことは、痛いな」

 ピオニーの漏らした言葉を皮切りに、教団のこれまでの対処に関する不満が場に溢れる。向けられる不平・不満の数々に抗弁することなく、教団の代表席から即座に謝罪の言葉が返された。

「……本当に申し訳ない」」

 トップを欠いた教団を暫定的にまとめているユリアシティ市長──テオドーロが暗い表情で頭を下げた。目に下に浮かんだ隈が、テオドーロの疲労感の濃さを見るものに感じさせた。

「モースが残した言葉、第八音素に関して、何か資料は見つかったのか?」
「それは……おそらく、禁書に分類されるものになるでしょう。ですが、やはり我々の知る範囲では、いまだ確認できていません」

「ユリアシティは外郭大地創世時から存在するのだろう? そちらには、何か当時の資料が残されているのではないか?」
「データの量が膨大過ぎます。なにより、真偽の定かではないものも多いため、確認にはやはりまだ時間が掛かります」

「ふむ……しかし、ヴァン達の行動に影響を与えた情報が何なのか、そいつもわからないのか?」
「大変遺憾なことですが、把握できていません」

「一応ユリアシティにいるのは、ダアトに居る連中より上位者じゃなかったのか?」
「基本的に我々ユリアシティの者たちは地上に干渉することを良しとしません。スコアもって人々を安寧に導く地上における直接的な干渉は、全てローレライ教団を管理する者たちに一任されていたためです」

「なるほど……そして、ヴァンの暴走を許すような事態になった訳か」

 つぶやかれた言葉に、テオドーロ市長の顔に苦渋が走る。

「いや、すまない。少し言葉が過ぎたな」
「いいえ……我々が不甲斐ないのは、事実ですから。ともかく、そうした事情から、導師の閲覧できる秘匿資料に関しては、完全な口伝に頼っていました。教団の中でも直接、監視者として動く者たちにのみ伝えられてきた情報があることはわかっています。しかし……」

 教団トップが全ての全滅したような現状では、もはやそれを知ることは不可能だろう。テオドーロの口惜しげな言葉を最後に、教団に対する質問は終りを向かえた。

 ダアトに関しては、今後も禁書庫を中心にして、調査を続行するという方針で結論が出た。
 こうして主要な案件が決まれば、後はスムーズに会議は進み、ついに解散の時が来た。

 それぞれが席を立ち、会議室にざわめきが盛り始める。ナタリアも席を立ち、大きく背を伸ばして疲れを取る。そうして身体を動かしたときのことだ。会議室の隅で、ルークがインゴベルト陛下を呼び止め、何やら言葉を交わしているのが視界に映る。

「……ではやはり、あのラルゴという男が……?」
「ああ。手紙で確認した。……な以上………もう間違いないと思う」
「……そうか」

 会議に参加したほとんどの面々が去った後も、インゴベルト陛下とルークは言葉を交わし続ける。そんな二人の様子に、他の者は疑問符を浮かべながら、とりあえず二人の会話が終わるのを待つ。

「父上とルークは、いったい何の話をしているのでしょう?」
「ふむ。そういえばルークと陛下は、俺らが王都を出てる間、何度か面会してるんだったな」
「キムラスカに何か問題が発生したのかしら?」
「さて……どうでしょうね。まあ、とりあえず、二人の様子を見る限り重要な話のようですし、しばらく二人の会話が終わるのを待つとしましょうか」

 今後、ゲートに向かうことが決定しているが、ルークが居ないことには話にならないのだ。とりあえずジェイドの言葉に皆も納得して、二人の会話が終わるのを待つ。

 そうして、しばし退屈な時間が過ぎた後で、二人は何らかの合意に達したようだ。ルークを脇に引き連れながら、陛下はこちらに歩み寄ると、

「──ナタリア、話したいことがあるのだ」

 どこか痛みを堪えるような表情で、そう告げた。




                  * * *



 いつになく真剣な空気を纏った二人につれられるまま、気付けば王国側に用意された控室に着いていた。

 いったい何の話があるのか。問い掛けを拒絶する二人の空気に戸惑っていると、厳しい顔つきのまま、こちらを見据える父の顔が目の前にあった。

「お父様、いったい、どうしましたの……?」
「お前に大切な話があるのだ」

「大切なお話し……それは、いったい?」
「──お前の実の両親に関することだ」

 息を飲む。

 実の両親。

 それはナタリアにとって、意識の外にあった言葉だ。考えても仕方ないものとして、自分でも気付かぬ内に、深く考えないように、押し込めていた疑問。

 胸元を押さえ、静かに息を整える。再び正面を向いたときには、辛うじて動揺を抑え込むことができた。

「……確か、私の本当の母は、ばあやの娘なのでしたわね?」
「そう。シルヴィアだ。しかし、父親のことは知るまい?」
「ええ。詳しい話を聞く前に、ばあやは……城を出て行ってしまいましたから」

 言葉を交わすこともできなかった、ばあやとの別れを思い出し、僅かに胸が痛む。それに当時は実の両親に関することよりも、目の前の父に受け入れられた事実が、何よりも嬉しくて、他の事柄に意識を向けるような余裕はなかった。

「お前の父は、バダックという名の傭兵だということがわかった」
「……傭兵……? そう……ですの。でも、何故今になって?」

 不思議に思って首を傾げる。そんな自分に向けられた父の瞳に、深い苦渋が走る。

「ナタリア……気を強くもって聞いてほしい。このような事態だからこそ、お前には父のことを話さねばならんと思ったのだ」
「……な、なんですの……?」

 重ねられる言葉に、否が応でも不安が高まる。拳をぎゅっと握りしめながら、ナタリアは続く言葉を何なのか疑問に思いながら、顔を上げた。それを確認すると、父は口を開く。

「バダックは今、ヴァンに組みしている」

「───!?」

 絶句。

 言葉が何も出ない。それほどの衝撃だった。

 実の父が生きていた。それはいい。だが、その人が、よりにもよって、ヴァンに組みしている。いったい、これはどんな冗談だろう?

「何かの間違い、では……?」
「ルークが調べてくれた。まず間違いない。バダックは名を換え、教団の重鎮となっている。そして、今は《黒獅子》ラルゴと名乗っている」

「……うそ……うそです!」

 目の前が暗くなる。崩れ落ちる世界。不定形に揺れる視界の先、この件を調べたという幼馴染みに問い掛ける。

「ルーク、何かの間違いでしょう? そ、そうですわよね?」

 問い掛けに、同意は返らない。

 ルークは痛みに耐えるように、ひたすら口元を堅く引き結びながら、目を伏せている。彼は嘘を付くことができない。仮に嘘をついたとしても、直ぐにそれとわかるほど、真っ直ぐな人だ。

 そんな彼が調べ上げた事実。
 つまり、告げられた言葉に、間違いはないということだ。

 バダックは……実の父は、《黒獅子》ラルゴとして、ヴァンに仕えている。

「お父様……私は……」
「ナタリア……もうこれ以上、お前が最前線に立つ必要はない」
「お父様? な、何故です!?」

 突然の言葉に、悲鳴染みた声を上げていた。狼狽する自分に、父は静かな瞳を向け続ける。

「何故、血を分けた親子が戦う必要がある?」
「……」

 血を分けた親子。父の言葉に、ようやく理解する。そう、このまま戦闘に加わり続ければ、いつか、彼と対峙する日は訪れる。

 それでも尚、戦い続ける必要があるのか?

 問い掛けに、混乱した今の自分は、直ぐに明確な答えを見出せそうにない。

 それでも、このまま逃げ去るように、前線を退くことだけは、何かが違うと、頭の何処かで、訴える声があった。

「血を分けた……親子だからこそ、超えねばならぬこともあると思います」

 だから、最後にはそんな言葉を返していた。

 真っ青な顔で、なおも自らの答えを告げる自分に、父はただそうかと、頷きを返した。




                  【5】




 プラネットストームは巨大な譜業によって制御されている。ユリアはローレライの鍵で大地を斬り裂き、音素の流れを制御することで、現在のセフィロトを創り出した。

「──こうした力は、いまだローレライの鍵に譜陣として刻まれていることが推測されます」

 ユリアシティの技術者が、ローレライの鍵を分析機に掛けながら、得意になって説明を続ける。

「皆さんもご存じの通り、ローレライの鍵には第七音素の結集、拡散の作用があります。ユリアがローレライの鍵を用いて、第七音素を結集してゲートを開いたならば、同様に鍵を用いて第七音素を拡散させて、ゲートを閉じることも可能ということです」

 長々と続く説明に、ルークは既に理解することを放棄しているようだ。ガイやジェイドは時折相槌を打ちながら、一応耳を傾けている。周囲の反応を何ともなしに見やりながら、ティアが首を巡らしていると、不意にナタリアと視線が交わる。

「ゲートの封鎖はアブソーブゲートから行うのがいいでしょうね。あちらはプラネットストームが帰結する場所です。そこから閉じる方が理に適っています」

 続く説明が耳に入らない。ただこちらを見やるナタリアの表情から、なにか自分に話したいことがあると推測できた。

「──では、ローレライの鍵の解析は我々に任せてください」

 研究者の説明はいつのまにか終わり、ローレライの鍵の解析作業が始まった。

 解析が終わるまでの間は、各自が必要な準備を整える自由時間として、解散が決まった

 それぞれがこの場を去って行くのを見送った後で、ティアは最後まで残ったもう一人と顔を合わせる。

「どうしたの、ナタリア?」
「ティア、聞きたいことがあります」

 思い詰めた瞳が自分を見据える。相談の内容を問い掛ける前に、ティアは頷きを返していた。

 場所を自らの家に移し、お茶をナタリアの前に出す。
 小さく礼を返すと、ナタリアはお茶を口元に運んだ。
 しばらく他愛もない会話が続いた後で、不意にナタリアは切り出した。

「あなたは、どう思いましたの……? ヴァンが……あなたの肉親が、恐ろしい計画を企てていると知ったとき」

 問い掛けに、なるほどと思った。
 確かに、自分以外に尋ねることはできない問い掛けだろう。
 納得しながら、自身でも思い返すことのなかった当時の心境を振り返る。

「そうね……まるで他人事のように聞こえたわ」
「わかるような気がしますわ。一瞬、頭の中が真っ白になって……」
「ええ。それから私は、必死で兄さんのやろうとしていることを調べて、何としても兄さんを止めると決めた。たとえ、刺し違えても……」

 この世で血の繋がった兄妹は、兄だけだった。同じ血の流れる自分が止めなければならない。それ以外に自分のできることは存在しないと思い詰めた。しかし……今思えば、初めて兄に刃を向けたときの自分は、まるで追い詰められて我を失った獣だった。

「あのときの私は、何も見えていなかった。他にも道はあったのかもしれない。それでも、私は兄と対峙する道を選んだ。それが良かったのかどうかは、まだ、私にもわからないわ」

 ティア。ナタリアが短くこちらの名を呼び、深い苦悩を含んだ瞳を向ける。

「私もわからないのです。お父様の言う通り、戦わない方がいいのかもしれません。ですが、皆もラルゴが私の父親だと知っています。戦いづらいのは同じでしょう。それに、このまま戦いを退くことで、何かが解決するとも思えません」
「そうね。ナタリアの迷いは当然のものだと思うわ」

「どうすればいいのか……私も、それが、わかりません」

 苦悩するナタリアの姿を見る内に、自然、彼女に掛けるべき言葉が脳裏に浮かぶ。それはかつて自分が迷いを抱いたときに、道を開く切っ掛けになった言葉と似ていた。

「ナタリア、すべてを理屈で考える必要はないと思うわ」
「──!」

 はっと目を見開いて、ナタリアはどこか呆然とした様子で、口を開く。

「あなたから、そんな言葉を聞くとは思いませんでしたわ」

 返された言葉に、思わず苦笑が浮かぶ。

「私が理屈でしか考えられない人間だから言うのよ。たぶん、進んだ先で、示された事実を受け止めることでしか得られない結論もあると思うから。あなたは私と同じ選択をしないほうがいいし、する必要もないと思うの」

 理屈に依ることなく、選ばれる道も存在する。彼を見続けることで、抱いた思いだ。ナタリアに掛けた言葉には、そんな自分の想いが込められている。

 告げられた言葉の意味を噛みしめるように、ナタリアは静かに目を閉じている。胸の前に手を組み、何かに祈りを捧げるように両の手を合わせると、彼女はゆっくりと顔を上げた。

「ありがとう……ティア」

 再び開かれた瞳には、確かな決意の光が在った。

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  1. 2005/04/22(金) 00:00:45|
  2. 【家族ジャングル】  最終章
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第2話 「身を委ねるは停滞に至る道」





                 【1】




「……しかし、考えてみれば不思議なもんだよな」
「いきなりなんだ、ルーク?」

 俺の唐突なつぶやきに、となりを歩くガイが怪訝そうに首を傾げた。特に聞かせるつもりのなかった言葉だけに、俺は改めて自分が何を言いたいのか、頭の中で整理しながら口を開く。

「いや、何つーかさ。創世歴時代のもんって、一種独特の空気があるよなぁって感心してた」
「ああ、そういうことか。確かに当時の技術は凄いもんがあるからな。魔界で障気の浸透にすら耐えきってたユリアシティなんかは、その筆頭だろうな」

 魔界に存在する唯一の都市、ユリアシティ。なんでも当時の最新技術を駆使して造られたとかいう話しだ。あそこまで行くと、もう俺なんかの理解を遥かに越えた所にあるね。

 ぼんやりと、障気の海に浮かぶ都市の姿を思い返しながら、地に向けて深く伸びる回廊を進む。


 ここはアブソーブゲート。セフィロトの帰結点にして、音素の帰る地。


 ユリアシティでローレライの鍵を分析した後、俺たちはそのままゲートへ向かった。下手に間を開けることで、ヴァン達に対応の機械を与えたくないって理由もあったが、何よりも彼女の決断に迷いが生じない内に、行動する必要があると判断したからだ。

 たとえこの先に居るのが、彼女の肉親であったとしても。

 ふとした拍子で、どこまでも沈み込んで行きそうになる気持ちを無理やり押さえつけ、前を行くナタリアに視線を移す。彼女の様子から、思い悩んでいるような様子は見えない。内心でどう考えてるかまではわからないが、少なくとも態度には現れていない。

「………はぁ」
「な、なんだぁ? 今度は溜め息なんかついて」
「……いやさ。なんかもう、最近考えることが多すぎるなぁって思ってさ」
「まあ、な」

 ガイも苦笑混じりに同意する。

 チラリと視線を上げ、俺たちは先を行くナタリアの様子を見やる。

 彼女は落ち着いた様子で、やはり冷静に足を進めていた。隣を歩くティアと、なにやら言葉を交わしているようだが、その内容までは聞こえて来ない。

 ユリアシティで、二人が何か話していたらしいことは知っている。何を話したかまではわからないが、あの二人の様子を見る限り、ティアとの会話を切っ掛けに、ナタリアの覚悟は決まったんだろうな。

「強いよな。ナタリアは」
「……ああ。本当にな」

 どこか眩しいものを見るように、俺たちは目を細めた。

「しかし、ガイ。お前はヴァンのやつの狙いとか、検討つくか?」

 ヴァンが目指すものが何のか、いまだにわからないのが現状だ。パッセージリングの破壊や、ローレライの消滅、障気の復活、第八奏器の創造。これまで幾つかの情報が判明してきたが、それらもほとんどが手段にすぎず、最終的にヴァンが何をやりたいのかが、さっぱりだった。

 そもそも、現状からして何が起こっているのか、曖昧な部分が多い。

 浮上したエルドラントで、ヴァンは世界中から掻き集めた障気──第八音素を凝縮して、なにやら危険なことをしているようだ。今もエルドラントの中枢で膨張を続ける第八音素の集積体が、このまま成長を続ければ、いずれオールドラントそのものが飲み込まれるらしい。

 国際会議で解説されたジェイドの分析も、そこで終わっている。

 第八音素の集積体に世界が飲み込まれた先で、何が起こるのというのか? 世界がとんでもないことになるのはわかるが、具体的にどうなるかはわからなかった。

「単に世界を滅ぼしたいってのとも、何か違う気がするんだよな……」

 ───ただ復讐に狂うことができれば、まだ私は救われただろうな。

 アブソーブゲートで交わした会話の断片。これまではさして気に留めていなかったが、思えばヴァンは最初から、この世界に存在する何か絶対的な存在に抗おうとしていた。

「そうだな。ヴァンは昔から思い詰めるタイプだったが……」

 ガイが難しい表情になって顎先を撫でる。

「そんなあいつがあそこまで過激な行動を取ってきたんだ。最終的な目的も、世界の枠組みそのものに手を掛けるような、何かとんでもないものだろうな」
「世界の枠組みそのものに、か」

 脳裏に過るのは、聖堂で最期に残されたモースの言葉。
 世界に破滅をもたらすもの。障気。第八音素集合意識体──オブリガード。

 ……やっぱり、よくわからねぇよな。

 はぁ。揃って溜め息をついたところで、背後から呆れたような声がかかる。

「二人とも随分と余裕ですねぇ」
「ん、ジェイドか」
「まあ、あんたも余裕そうだけどな」

 むしろ俺らなんか比べ物にならないね。いつものごとく、飄々とした様子で佇むジェイドを半眼で見やる。向けられる視線に、ジェイドはひょいとメガネを押し上げながら、そうでもないですよと、まったく信用のおけない言葉を返してきた。

 ……まあ、ジェイドのペースに付き合ってたら、いつまで経っても埒が明かないよな。

「ジェイドはさ。ヴァンのやつが最終的に何を狙ってるのかとか、推測できてるのか?」
「……どうでしょうね。彼らの目的を理解するには、まだまだ情報が足らない」
「そっか」

 ただ、とそこで言葉を切って、ジェイドは顔を上げる。

「この先で待ち構えている者から、何がしかの情報を得ることは、確実にできるでしょうね」
「…………」


 深く、地の底へと続く回廊。
 闇に覆われた深淵に向けて、俺たちは進む。




                  【2】




 ゲートに流れ込む音素が、絶えることなく淡い光を放つ。どこか幻想的な光に彩られた場所の中心で、男は戦場の気配をその身にまといながら、一人佇んでいた。

「やはり、お前たちが来たか」

 具足が床を叩く、重厚な音が響き渡る。漆黒の大鎧が音素の光に照らし出された。甲冑に覆われた眼窩に浮かぶ表情は、獰猛な獣の笑み。

「ダアトでの忠告は無駄に終わったようだな」

 せっかく拾った生命を無駄に散らしに来るとは、酔狂なことだ。

 真紅の槍を片手に握り、静かに佇む男──黒獅子ラルゴは俺たちを一瞥した。向けられる視線に込められた苛烈なまでの闘気が、俺達の全身を貫く。

「まあいい。死にたいと言うなら、我が手で刈り取ってやるまでだ」
「──その前に一つ答えなさい、ラルゴ」

 槍を構えようとしていたラルゴの動きが止まった。

「お前は……お前は、なぜ、六神将に入ったのです?」 

 ナタリアの問いに、ラルゴは感情の伺えない瞳で彼女を見やる。

「……そんなことを俺に聞いてどうする?」
「私には知る権利があります! 答えなさい──バダック!」

「──────」

 告げられた名に、ラルゴ──いや、バダックは沈黙した。
 周囲に放射されていた圧迫感が消え失せる。
 残されたのは、ぽっかりと穴が空いたように、虚無的な静寂に包まれた場。

「……そうか。知ったのか」

 ゲートに流れ込む音素の光を見上げながら、ラルゴは小さく声を漏らした。

「ならば、答えるべきなのだろうな。だが、つまらん話だ」

 この世界にありふれた、ひどくつまらない話だ。目を細め、過ぎ去った日々の記憶に思いを馳せるように、ラルゴは口を開く。

「妻──シルヴィアは、バチカルで見る夕陽が好きだった。
 いやな予感ってのはあるもんだな。あの日、俺が家に帰ると、既にシルヴィアの姿はなかった。家の中に夕陽が差し込んで、そりゃ紅くてな……。俺は必死になって町中を探したよ。
 だがな、結局街でシルヴィアは、見つからなかった」

 先に続く言葉が何なのか。既に予測はつく。それを理解しながら、ナタリアは問い掛ける。

「シルヴィアさんは、どうなりましたの……?」
「既に息絶え、港に浮かんでいる所を発見したよ」

「───」

 言葉を無くすナタリアを見据え、ラルゴは淡々と続ける。ぞっとするほど感情の抜け落ちた視線が、俺たちを見据える。

「シルヴィアは、自らの生んだ赤子を奪われた末、錯乱して自害したのだ」
「……っ……自害……」
「シルヴィアは身体が弱かった。だがスコアラーは、二人の間に必ず子供が生まれる──いや、生まねばならぬと言っていた。それが、あの結果を導く為だと知って、俺はバチカルを捨てた。そして砂漠での放浪の末、総長に……ヴァンに拾われたのだ」

 僅かに顔を俯け、沸き上がる憤りを押さえつけるように、ラルゴは拳を握る。

「ヴァンは俺に告げた。この世界を支配する絶対の法則を。俺の感じた怒りも、哀しみも、喜悦も……全ては、これまで何度となく繰り返された歴史をなぞったものに過ぎないと」

 再び顔を上げたラルゴの双眸に映るのは──何よりも深い憎悪の焔。

「この世界は停滞しているのだ。障気という名の破滅を内包したこの世界は、滅亡に瀕するたびに何度でも繰り返される。すべては創世歴時代に生み出された、忌まわしき観測者……ローレライの手の内に過ぎない」
「繰り返されている……?」

「そうだ。かつて、世界を滅亡寸前に追いやった希代の化け物──第八音素の集合意識体、オブリガードが世界に出現した原初の時。目前に迫った世界の破滅を回避するべく、第七音素の繰り手──ローレライの使者と呼ばれる存在が死闘の末、オブリガードを地殻に封印した」

 セフィロトの基点に封じられた怪物は深い眠りに突き、ローレライの使者もまた命を落した。残された者たちは怪物の封印を絶対のものとするため、ローレライの使者に予め下されていた指示に従い、大地を二つに分断した。
 魔界と外郭大地。大地をわかつ一つの機構はパッセージリングによって制御され、惑星を循環する音素の流れは無限に等しいフォン・パワーを生み出し、封印を絶対のものとした。
 だが、パッセージリングも人の手によって造られたもの。当然、限界は存在する。

「──そして怪物の封印より二千年後。パッセージリングが耐用年数の限界を向かえたとき、封印は破れる。それは時の経過という絶対に避けようのない封印の限界点。だが、やつらはこの限界を踏み越え、オールドラントの存続を確実なものとするべく、世界に忌まわしき一つの法則を押し付けた」

 握りしめられた拳から鮮血が伝わり、地面に落ちた。

「その押し付けられた法則ってのは……スコアのことか?」
「スコア……確かに、それもこの世界を構成する法則の一つ。だが、それはこの停滞世界が続く内に、後天的に獲得されたものに過ぎない。すべては破滅を回避するという下らぬ大儀によってな!」

 血の滲む拳を振り払い、ラルゴは吐き捨てた。激昂する相手に、ガイが慎重に口を開く。

「破滅を回避……そいつはモースが言っていた、ローレライ教団の介入のことか?」 
「ローレライ教団? はっ! そんなものはただの道化に過ぎない!」

 溢れ出る憤怒の感情に、ゲートに集う音素の流れが激しく揺れ動く。

「パッセージリングの限界が間近に迫った時代、地上におけるローレライの代行者として、完全同位体──ローレライの使者が生まれ落ちる。この完全同位体の手を借りて、ローレライは惑星を覆う音素の層──音符帯へと昇るだろう。
 そしてパッセージリングが限界を向かえ、世界が障気に覆われたとき──やつは力を放つ。それは星の記憶に蓄積されし、創世歴時代の情報の下、発動する力」

「正史に……前史……繰り返される世界……音符帯から放たれる、ローレライの力……?」

 ブツブツと口元で呟いていたジェイドが、突然、愕然と目を見開く。

「──まさかっ!? では記憶粒子が意味するものとは……」
「……気付いたようだな、ネクロマンサー。そう、スコアとは星に蓄積された経験の軌跡」

 ラルゴは憎悪に瞳を燃え上がらせながら、真実を告げる。

「怪物の封印という下らぬ大儀の下、閉じた円環の中、この世界は何度となく繰り返されている。全ては忌まわしきローレライの力。第七音素の最高峰、消滅と再構成を司る力──惑星規模の超振動が、音符帯からオールドラントに放たれることでな!」

『なっ!?』

 驚愕に目を見開く俺たちを前に、ラルゴは沸き上がる激情を無理やり押さえつけるように、声を低いものに変える。

「音符帯へ昇りしローレライは惑星規模の超振動を放つ。そして消滅した世界を、やつは自らの内に蓄積されし、創世歴時代の情報から再構成するだろう。封印の要たる一連の機構もまた再生され、オブリガードの復活は防がれるという訳だ。……確かに、この循環の中を安穏と過ごせば、少なくとも世界は滅びないのだろうよ」

 停滞した世界の中で、怪物は封印されたまま、表面上は穏やかな日々が続いていく。

「だがな! 再び二千年の時が流れ、パッセージリングの限界が訪れる度に、何度でも同じことが繰り返される! 全ては忌まわしき観測者──ローレライの手の内で、この世界は永劫回帰の牢獄に囚われているんだよっ!!」

 これまで耳にした意味の取れぬ言葉の断片。

 あるはずのない未来の記憶。蓄積された経験の軌跡。
 スコア。第七音素。観測者。障気。第八音素。
 永劫回帰の牢獄。繰り返される世界。停滞世界の真実。

 全てが──繋がる。

「だから、兄さんはローレライの力を分断した?」

 可能ならば超振動をもって、ローレライの中枢を消滅させようと、ローレライの完全同位体に近づいた。
 そして、それが不可能だった場合はローレライの力を分断し、完全同位体の器を地殻に沈めた上で、意識の中枢を封じ込めた。
 全ては、音符帯にローレライが昇るような事態が、万が一にも起こらないよう行動した。

「……ヴァンが、ローレライの消滅にあれほど拘ってた理由は、わかった」

 告げられたあまりに衝撃的な真実に、俺は動揺を必死に押し殺しながら、口を開く。

「だが、そうまでして封じられたような化け物を解放して、ヴァンは……あいつはいったい、何をするつもりなんだ?」

 世界を破滅させるような力を解放して、そんなもので何ができる? 困惑するこちらの問い掛けに、ラルゴは鼻を鳴らすことで応じる。

「ふん……ヴァンの目指す創世の刻は、確かに世界に終焉をもたらす。だが破滅を向かえるのは、この腐り切った停滞世界のみの話。これまで何度となく繰り返させられた偽りの生が、ようやく終わり向かえるに過ぎない」
「創世……先程から繰り返されている言葉ですが、それはいったい何を意味しているのです?」

 ジェイドの切り込むような問い掛けに、ラルゴは僅かに瞑目する。

「……俺がヴァンに忠誠を誓う理由は全て語った。もはやこれ以上の言葉は不要。世界の真実を理解しながら、それでも尚、抗うと言うなら、それも良いだろう」

 再び開かれた瞳に浮かぶのは、明確な敵意。

「六神将が一柱、この黒獅子ラルゴが相手になろう」

「ラルゴ……私たちは……」

 苦しげに手を伸ばすナタリアの呼びかけを拒絶するように、ラルゴは槍を構える。

「これで三度目か。もはや後はない。焔よ──俺と結び付きし因果、すべてを焼き尽くせ!!」

 爆発的な勢いで焔が吹き上がる。天を焦がす灼熱の熱波によって、空間そのものが膨張する。

 くっ……結局、こうなるのかよ。戦闘の始まりを告げる熱波の到来に、俺たちも陣形を整える。

「焔とはあらゆるものを燃やし尽くす力だ!」

 打ち震える大気。荒れ狂う焔が槍の尖端に渦を巻く。槍が僅かに後方に引かれたかと思えば、ラルゴが凄まじい勢いで突進する。ラルゴの後方に吹き上がる焔が、突進の勢いそのものを後押ししているのか、超絶的な加速。

 気付けば、目の前にラルゴの巨漢があった。

 これは、まず────

《───炎牙っ!》

 突き上げられた槍の一撃。俺の身体は一瞬で上空に突き飛ばされた。
 身動きできない空中で、俺は必死に体制を整えようと身体を捻じる。
 だがそこに、後を追うように地を蹴ったラルゴの左腕が視界に迫った。

「がぁっ───!?」

 喉笛を掴む左腕の握力に掠れた悲鳴が漏れる。明滅する視界の端、槍を握るラルゴの手に、炎が収束する。

《───爆砕ぃ吼ぉっ!!》

 一瞬の停滞もなく、燃え上がる槍の一撃が放たれた。

 だが、そこに切り込む影。

「───やらせるかっ!」

 ガイの振るった刃が間一髪、突き出された焔の一撃を受け流す。
 逆巻く風が荒れ狂い、尚も天に向けて燃え上がる焔を四方に散らす。
 額の直ぐ脇を掠め飛ぶ焔の衝撃を感じながら、俺は強引にラルゴの手を振り払い間合いを離す。無理な挙動に体制が乱れ、直ぐに反撃には戻れない。

「ガイ、そのまま押さえて下さい」
「わかった!」

 呼びかけに一声で答えながら、ガイは再び刃を翻す。風と焔の相性か、燃え上がる焔を辛うじてガイは受け流している。ラルゴは目の前に立つガイを忌ま忌ましげに見据えながら、背後で詠唱を紡ぐジェイドを睨む。

「ちっ───目障りだっ!」

 片手に握る槍が一閃された。
 放射状に放たれる熱波に───大気そのものが、爆発する。

「な───がぁっ……!」
「くっ───」

 押し寄せる熱波に、ガイの身体は一瞬で撥ね飛ばされた。後方で詠唱を続けていたジェイドの身体を巻き込んで、二人は諸共壁に叩きつけられる。だが、ジェイドの詠唱は止まらない。

「───受けよ、無慈悲なる白銀の抱擁!」

 ジェイドの周囲に展開される譜陣が第四音素の光に染まる。それを見据え、ラルゴは槍を回転させると腰を落とす。

「ふん──雷火に燃え散れっ!」

 ラルゴに握られた槍の尖端──煌々と燃え上がる焔が、矛先で一点に凝縮される。

《───紫光!》

 槍の尖端に火花が散った。発生した紫電の雷光は稲光を響かせながら一瞬で成長する。

《───雷牙閃!!》

 槍の一閃と同時──光が走った。一瞬遅れで、爆雷が轟く。
 同時に、ジェイドの詠唱が完成する。

《───アブソリュート!!》

 展開された譜陣から吹き出す凍気。ビキビキと音を立てながら、凄まじい勢いで氷柱は成長する。

 槍の軌道を突き進む雷火の牙。

 貪欲に成長を続ける氷結の牙。

 対極に位置する力が衝突し──互いに喰らい合う。

 均衡は一瞬。

 巨大な氷柱が呆気なく、解け落ちた。閃光の後を追うようにして爆音が響き渡る。立ち塞がる、ありとあらゆるものを焼き尽くしながら、雷火は生み出されし爆焔の道を突き進む。

 道の終点には、辛うじて身体を起こしたガイとジェイドの姿があった。

『ぐぁあああっ────!!!!!』

『ガイ、ジェイド!』

 絶叫を上げ、全身から煙を立ち上らせながら、今度こそ、二人はその場に倒れ伏した。
 だが、この結果をもたらしたラルゴは、自らの腕を見据え、どこか愉快そうに獰猛な笑みを漏らす。

「……ふっ、ふははっ! なかなかやるな」

 突き出した槍を握る二の腕。突き刺さる一本の矢に視線を移す。
 技が放たれる寸前、ラルゴの腕に突き刺さったこの矢が、二人の生命を救った。

「だが、たとえ治癒術を施したところで、あの二人がこの戦闘に参加することは、もはや不可能」

 顔を蒼白にして、治癒術を二人に掛け始めるティアをラルゴは黙って見送った。

「さて、これで実質的に残ったのは、お前たち二人のみ」

 獰猛な笑みを浮かべながら、ラルゴは厳かに告げる。

「貴様らが総長に打ち勝つ可能性など、万に一つも有り得んことを、この俺が証明してやろう」

 言って、一歩踏み出す。ラルゴの全身から溢れ出る熱気に、二の腕に突き刺さった矢が蒸発する。ドロドロに溶け落ちた床の残骸がセフィロトに流れ落ちた。

「これが、真なる奏器行使者の力だぁっ!!」

 轟っ!!

 ラルゴの身体そのものから、天を突かんばかりに強大な焔が吹き上がった。
 連続して放たれた熱波が同心円状に広がり、世界を侵す。
 漆黒の大鎧が膨大な熱量を前に、白銀色に染まり上がっていた。
 世界を席巻する火焔の渦。
 天に向け突き上げられた槍を中心に、火焔の渦はあたかも火龍のごとく尾を描く。

《───紅蓮!》

 それは、伝承に語られる火龍の息吹。

 世界を焼き尽くした原初の火。

《─────旋・衝・嵐!》

 紅蓮の焔の渦を前に、世界が圧倒されようとした──そのとき。


《がぁあああぁ──────!》

 ローレライの鍵を振り上げ、俺は焔を正面から迎え撃つ。


《───レイディアント・ハウル!!》


 天を貫く光の柱が、真龍の息吹と激突する。

 音の消え失せた世界に、ただ純粋な光だけが踊り狂った。




                  * * *



「はぁはぁはぁ……」

 ローレライの鍵を大地に突き立て、俺は荒い息を尽きながら、全身を襲う苦痛を押し殺し、顔を上げた。
 鍵を握る手から力は抜かない。全身の感覚を研ぎ澄ませたまま、正面を睨み据える。

「くっ…………超振動の、力か」

 熱波に揺らぐ大気の向こうから、苦悶の声が響いた。
 全身を包む大鎧の継ぎ目から白煙が立ち上り、左肩から先の部分は完全に消滅していた。
 紅蓮に染まる槍を地に突き立て、今にも倒れ伏しそうな身体を片手で支えながら、しかし正面に向けられた瞳に浮かぶのは、尚も衰えることのない好戦的な笑み。

「だが……まだまだ、制御が甘いな。俺はこうして、生きているぞ?」
「はっ……ほざけよ。次で、当ててやるさ」

 相手の惨状を揶揄するように、挑発的な笑みを俺も返す。

「ふん。それは……こちらの台詞だな、坊主。触媒武器が、ローレライの意識分体を喰らった事実は、伊達ではないぞ?」

 あながち強がりとも思えない返しに、俺は眉をしかめながら問い返す。

「……どういう、意味だよ?」
「気付かんか? 超振動とは最強の矛にして、絶対の盾となり得る力。だが、俺の焔は押し負けたといえども、坊主に届いているぞ」

 確かに、俺の身体はラルゴほどではないと言っても、押し寄せる焔によってダメージを受けている。超振動はあらゆるものを消滅・再構成させる力だ。何故、攻撃が届いた……?

 眉を寄せる俺に向けて、ラルゴは獰猛な笑みを浮かべながら、手にした槍を掲げ見せた。自然、俺の視線も槍に引き付けられる。そして、気付く。槍から放たれる光。それは超振動が放たれる際放射されるような、淡い真紅の光を湛えていた。

「それは……超振動……?」
「そう。我が焔は、ローレライより簒奪せし焔。やつの構成意識の一つを喰らった力によって構成される。つまり、真なる意味で触媒武器を使いこなした今、我が焔は超振動の特性すらも備え持つ!」

 苦悶の声を紛らせながら、獰猛な笑みを浮かべ、ラルゴは吼える。

「この焔をもってすれば、貴様の内に巣くいし、ローレライの中枢意識体諸共、貴様の存在を焼き尽くし、この世から消し去ることが可能だっ!!」

 あの焔は……まずいな。

 俺は緊張に身体を強張らせる。超振動の特性を備えた焔だ。それは単に超振動を放つよりも、焔という属性が付加されている分、より強力な一撃となってこちらを襲うだろう。

 俺の中にもローレライの本体が居るって話だが、そいつが出てきて力を貸してくれたような覚えは、これまで一度もない。

 あの焔に対抗する術はなんだ?

「さて、構えろ」

 考えろ。どう対抗する。考えろ。

「この一撃で、決めてやる」

 ラルゴの身体そのものから、膨大な焔が吹き上がる。消滅した腕を焔が覆い、擬似的な腕が形成された。感触を確かめるように数度握りしめた後で、ラルゴはゆっくりと構えた槍を天に向けて突き上げる。

 ──不意に、脳裏をいくつもの光景が流れる。

 孤島。闇。吸い込まれる音素の光。
 ローレライ。超振動。第七音素。
 破壊された第一奏器。触媒武器に括られていた意識分体。

 ──解放された意識体は、いったい、何処へ消えた?

 ラルゴの手に存在するは、ローレライの構成意識が括られた触媒武器。だが、音素は同じ属性同士、引かれ合う。ならば、解放された意識体が向かう先は───

「──ティア、第一譜歌の旋律をローレライの鍵に頼む!」

「第一譜歌を……? どうして……──いえ、わかったわ」

 ティアが譜歌を紡ぐ旋律が場に響く。こちらの真意を問い掛けるよりも先に、どうやら行動に移ってくれたようだ。

 ありがとな、ティア。言葉に出さず、胸の内で感謝を告げる。

 本番一発勝負、一世一代の賭けだ。だが、負けるつもりは毛頭ない。

 譜歌の旋律が響く中、俺は焔に向かい立つ。

「──ルーク。あなた一人で全てを決めるのは狡いですわよ」

 正面からラルゴと対峙する俺に向けて、ナタリアがどこか冗談めかした言葉を掛けてきた。

「私も力を貸しますわ」

 堅い決意の浮かんだナタリアの表情に、俺も覚悟を決める。

「なら、ナタリア。俺が前に出た瞬間、ラルゴに向けて矢を放ってくれ。ラルゴに近づくまで、道が居るんだ」
「わかりました。私の出せる最高の一矢をもって、道を切り開くことを約束しますわ」

 強い自負の感じられる言葉に、俺は差し迫った状況を大した事ないとばかりに笑い飛ばす。

「へへっ。交わした約束は絶対に破らないナタリアの言葉だ。安心して突っ込ませて貰うとするよ」
「ふふっ。当然ですわ。任せて下さい」

 互いに笑いあった後、俺は正面に視線を戻す。

 全身から膨大な量の焔を吹き上げながら、火焔の槍を旋回させるラルゴの姿があった。

「───業火に飲まれろ!」

 膨張する焔。火龍が尾を引いてうねりながら天を貫く。放射される熱波に空間が歪む。

《紅蓮───》

 紅蓮の炎をまとう槍。灼熱の息吹がラルゴの動作一つ一つに反応して吹き上がった。
 猛り狂う焔に包まれた空間に、紅蓮の一閃が薙ぎ払われる。

《───旋・衝・嵐!》

 あまりに圧倒的な焔の嵐が──世界を侵す。
 あらゆるものを焼きつくさんと荒れ狂う灼熱の劫火。
 抗うことなど許されない煉獄の焔を前に、しかし俺は躊躇うことなく、正面から全速力で突進する。

 背に立つ仲間が、道を作り出すことを信じて。

《至高なる蒼き一閃───ノーブルロアー!!》

 蒼光をまとう一閃。
 放たれた一矢は押し寄せる焔の壁を貫いた。それはラルゴの身体にまで届くことなく燃え尽きたが、押し開かれた焔の壁に、か細いながらも、確かに一つの道が開かれる。

 驚愕に目を見開くラルゴに向けて、既に前に出ていた俺は、一直線にこの道を突き進む。

「──闇に、斬り裂かれな!」

 鍵に収束する超振動の光。限界を超えて引き出された力は、いつ暴走してもおかしくない。荒れ狂う超振動の力が制御を放れようとした──そのとき。

 譜歌の詠唱が完成した。

 ローレライの鍵が闇色に染まる。譜歌はローレライの力を導く。完全なる制御のもとに、新たな属性を得た超振動の力が、ローレライの鍵に集束される。

《斬魔────》

 集束された光は闇色に染まり、ローレライの鍵を核に、巨大な闇の刃を形成する。

 闇色に染まるローレライの鍵の刀身が、限界を越えた負荷に甲高い音を放ちながら振り抜かれる。

《───飛影斬!》

 全てを喰らい尽くす──闇の斬撃が放たれた。


 交錯する二つの影。


 キィィンッと高音を上げ、火槍が無数の断片に切り裂かれた。
 火槍の破片が淡い光を放ちながら、ローレライの鍵に吸収される。

 全てを見届けると、ラルゴは口端をつり上げ、どこか満足そうに笑った。

「──見事だ」

 そして、血溜まりの中に倒れ伏した。


 ローレライの鍵が紅い輝きを放ち──眩いばかりの光が、俺の視界を塗りつぶす。








                  ───砂漠の獅子王───








 ■■■にとって、過去とは捨て去ったものだ。

 彼はかつて砂漠で傭兵をすることで生計を成り立てていた。若いころはかなりの無茶を重ねたが、彼──かつての名はバダック──にはそうした無茶に耐えるだけの強靱な肉体があった。
 戦術的な指揮に関する天性の才もあったのだろう。いつしか彼はそれなりに名の馳せた傭兵団を率いるまでになっていた。

 だが、無茶を重ねる若さにも、必ず終わりの時は来る。幼いころよりいつも隣に居た、誰よりも愛する人を妻に迎え、子供を授かったころには、すっかり荒事の世界から身を引く決心がついていた。

 身重の妻の身体を気づかって、バダックは一時的に生活に利便性のある王都に移り住むことを決めた。幸いなことに、妻の母親が王宮勤めということもあって、新たな生活への準備はとんとん拍子で進んで行った。移り住んだ王都に腰を落ち着け、いったいどんな子が生まれるのだろうと、期待に胸を膨らませた。

 そして、ついに一人の女の子を授かった。バダックは妻と検討に検討を重ねた結果、選び抜いた名前を自らの娘に付けた。メリルと名付けられた娘は、二人から惜しみなく捧げられる愛情を一身に受けながら、健やかに成長していった。王都での生活はこれといった問題もなく、緩やかに過ぎていった。





 ある日、全ては夢と消えた。





 子供を無くした王妃が心を病んだ結果、せめてもの慰めになればと連れて行ったメリルを、王妃が自らの子供と思い込んでそのまま取り上げのだ。

 バダックはただ権力に屈することなど到底認められなかった。義憤にかられるまま王宮に乗り込み、娘を奪い返そうと考えたとき、ローレライ教団の司祭が突然、我が家を訪れた。

 安心するが良い。あなた達の娘は、王族に迎え入れられることがスコアに詠まれていたのですよ。司祭の告げた言葉に、義母はスコアに詠まれていたならば仕方ないと直ぐに諦めた。

 預言に詠まれていた。その事実は何よりも重くのしかかる。

 預言に詠まれていたならば……仕方ない。仕方ないと……思おう。

 結局、バダックは無理やり折り合いを付ける道を選んだ。この選択には、彼が長年努めていた傭兵家業において、別れとは近しい隣人であったことが大きな影響を与えている。必要なら死すら割り切れる傭兵にとって、生きていることさえわかっていれば、娘との別れとて、ギリギリのラインで耐えられたからだ。

 しかし、それはある種の強者のみが選べる道だった。

 バダックの妻は心優しい人で、家族を愛するという称賛に値する強さを持っていたが──同時にこのような理不尽な突然の別れには、決して耐えられない人だった。

 彼女がローレライ教団の敬虔な信者だったことも影響した。娘を取り戻したい。しかし、これはスコアに詠まれていた事態。決して覆すことは許されない。ああ、でもわが子をこの腕に抱きたい。親にとって当然の欲求は決して納まる様子を見せない。

 心の乱れは、身体に影響を与えて行った。日に日に身体を衰えさせ、心を病んでいく妻を前に、バダックは唇を噛み締め、拳を握り血を滴り落とした。

 なぜ、我ら家族がこのような謂われなき苦難に見舞われなければならないのだ! 始祖ユリアよ、答えよ!! 叫びに、応える声はなかった。





 終わりは唐突に訪れた。





 もはや寝台から起き上がることも少なくなった妻に、せめてもの栄養をつけてもらおうと、バダックは滋養の高い食品を市場で買い込んだ。帰宅途中、港付近に不審な人だかりができているのを横目にしながら、足早に我が家に帰る。

 荒れ果てた室内。散乱する硝子の破片。叩き割られた家族の肖像。開け放たれた扉。

 一瞬呆然と立ち尽くし、彼の愛する人の姿が、この部屋にない事にようやく思い至る。

 はやる気持ちを落ち着かせ、バダックは鳴りやまぬ鼓動とともに家を飛び出す。このとき、既に嫌な予感はしていた。そして、この種の予感が外れたことはなく、それ故にバダックは砂漠の傭兵王として君臨することができた。

 だが、今はその恩恵が何よりも恨めしい。

 港にできた人だかりの群れ。それを割って中に入る。囁かれる言葉が耳に届く。誰かが海に身を投げたそうだ。かわいそうにねぇ。いったい何があったんだろう。どうして誰も止めなかったんだろう。スコアに詠まれていなかったのかねぇ。

 澄み切った蒼い海の中、金髪が波に揺れ動く。弛緩しきった彼女の身体は、既に硬直が始まっているのか、ピクリとも動かない。

 彼女は死んだ。

 バダックは空に向けて吼えた。立ちはだかる野次馬の群れを強引に投げ飛ばし、誰よりも愛する人の亡骸を腕に抱き、引き上げる。陶磁器のような白い肌は温かみを失い、どこか畏怖を孕んだ美しさを放っていた。噛み締めた唇から流れ落ちる鮮血を感じながら、バダックはもはや生気の失せた彼女と最後の口づけを交わした。

 冷たい唇は、ひどく濃密な、死の味がした。





 腐っている。





 バダックは妻の墓標を前に、拳を握りしめる。滴り落ちる血が地面を濡らす。心の中で渦巻く憎悪が吹き出す先を求めて荒れ狂う。

 俺たちが何をした!? バダックは世界を呪った。家族と引き離されることに耐えられなかった、心の弱さが悪いというのか? そんなバカな! 家族を愛するな、忘れろなどと、どうして言えようか? 間違っているのは俺たちではなく、この世界そのものだっ!

 スコアを信仰することは、その先に続く未来に希望があると信じればこそだ。祈りを捧げる先に救いがもたらされると信じるからこそ、誰もがスコアに詠まれた未来を受け止めるのだ。

 だが、今の自分はどうだ? スコアに詠まれるまま我が子を引き離された結果として、妻の心は衰え、崩壊した世界は死を選ばせた。義母は全ての結果にただ畏れ戦き、娘の葬式にすら出ようとしなかった。そんな義母に対して覚えるのは哀れみだった。

 憎悪の向かうべき対象はスコアに支配されたこの世界そのものだった。

 だが、この世界でスコアに憎しみを抱いた先にあるものは、絶望だった。誰もが盲目的にスコアを信仰し、その存在を疑おうとすら思わない。





 バダックは世界に絶望し、砂漠へと帰った。





 無為な戦いの先に果てるのが自分には相応しいと思いながら、どのような相手だろうと構うことなく雇われて、次々と戦いに身を投じていった。かつて誰よりも盗賊に畏れられた男は、いつしかごろつき共の頂点に立っていた。敵味方構わず立ちふさがるものは全て皆殺しにするバダックは、仲間内からも畏れられ、誰も近づこうとはしなかった。

 酒を浴びるように飲み、ただ世界への憎悪を戦に身を投じることで紛らわし、一切の過去と決別した悪徳の日々は続いた。

 だが、終わりはまたしても唐突に訪れた。

 教団から派遣されたオラクル騎士団によって、バダック達は追い詰められた。

 だが教団の兵士を相手にするという事実に、バダックは鬼神のごとき働きを見せた。

 鎌を振るう。首を飛ばす。足を切り裂く。腸を抉る。

 教団兵は殺す! 殺して、殺して、殺して、殺し尽くしてくれるわっ!

 幾多もの屍の上に立ち、死神の鎌は命を刈り取って行く。

 だが、一人の男によって、バダックは敗れ去った。

 盾も使わずに豪快な剣術を駆使する相手に、バダックはついに地へ伏せた。このまま教団のゲスの手に掛かるのか。無念さのあまり、バダックはスコアに対する呪いの言葉を最後に叫んだ。

 男が、止めをさすべく振り上げていた剣の動きを突然止めた。

 いったいどういうことだ? 不審さを覚えるバダックに対して、男はひどく興味深そうな視線を向けると、部下に向けて連行しろと自分の拘束を命じた。

 戦場で果てることもできず、バダックはダアトへと連行された。

 閉じ込められた牢の中、格子の向こう側に、自分を倒した男が一人立っていた。

 何の用だ? 忌ま忌ましさに顔を歪めるバダックに、男はふっと顔をほころばせ、口を開く。

「預言が憎いか、バダックよ。だが教団兵を幾ら殺したところで、世界は何も変わらない」

 耳に届く声は魂を直接撫であげるようにして、バダックの心を掴み取った。
 自分よりも一回り程離れている若造に、自分が完全に飲まれていることをバダックは悟った。

 バダックに対して、男は語る。

「世界の真実の姿をお前に教えよう。我が力となれ──砂漠の獅子王よ」

 こうして、バダックはすべてを知った。

 そして絶望の深淵を知りながら、全てを覆すと約束してみせた男に対して、犬の如き忠誠を誓った。もはや過去の全てを切り捨て、男の目指す世界の実現に向けて邁進することを約束した。

 忠誠の代価として、与えられる新たな役割と名前。

 オラクル騎士団第一師団師団長──黒獅子ラルゴ。





 ラルゴにとって、過去とは捨て去ったものだ。


 この事実が覆ることは、決して有り得ない。


 故に、憎悪の焔は、煌々と燃え上がり続ける。


 いずれ全てを飲み込み、燃え尽きる刻が来ることを、知りながら───…………









                  * * *




 視界が、戻る。

 目の前には、血溜まりに倒れ伏すバダック──いや、ラルゴの姿があった。限界を超えて触媒武器を使用し続けた反動なのか、ラルゴの全身から、絶えることなく炎が立ち上り、音素の光となって空に昇っていく。

「ラルゴ……俺たちだって、世界が繰り返されるなんてのは御免だ。なら、俺たちは手を取り合うことだってできたはずだ……そう思っちまうのは、間違いなのか?」

 苦い想いを飲み込みながら、俺は問い掛けていた。
 ラルゴは口の端から鮮血を伝わせながら、口を開く。

「……ああ、間違いだよ、坊主」

 強い光を帯びた瞳が俺を見返していた。

「……そもそも、同じじゃ、ないんだよ」

 言葉を紡ぐ度に、血が滴り落ちた。何度も咳き込みながら、ラルゴは語りかける。

「いいか、坊主……これは互いの信念を掛けた戦いだ」
「信念……」
「俺たちは……この世界は一度滅び、新しく生まれ変わるべきだと考えた」

 オブリガードを使役することでもたらされる──創世の刻。

「だが、お前たちは…………今の世界が、続いていくことを……ただ、望んでいる」

 同じゃ、ないんだよ。
 もう一度、言葉を繰り返し、ラルゴは俺の瞳を見据える。

「敵に情けをかけるなよ、ボウズ。そんな生半可な覚悟、では……あの男は、倒せんぞ」
「ラルゴ……」
「……世界の真実を、ヴァンの目指す創世の意味を、知りたいと思うならば……いま一度、ダアトの禁書庫を尋ねてみるのだな」

 こちらから視線を逸らし、ラルゴは言い放った。

「ふっ……なんのことはない。覚悟を突き通せなかったのは……俺の方か」

 ゴブリと血を吐き出しながら、ラルゴはどこか自嘲するように笑う。

 そして、最後にラルゴはナタリアの顔を見上げた。泣きそう表情で唇を噛みしめるナタリアに、目を細めながら、手を伸ばす。

「……大きく、なったなぁ、メリル」

「───っ……お父、さん──っ!」

 ナタリアの呼びかけに、ラルゴは少し驚いたように目を見開くと、直ぐに柔らかい笑みを作った。
 険の抜け落ちた笑顔がナタリアを見据え、彼女の頬に添えられた手が、目尻から滴り落ちる滴をすくい取る。

 槍を握っていた腕の尖端から、チロチロと焔が噴き上がり続けていた。
 焔は音素の光を巻き上げながら、一瞬でラルゴの全身を包み込む。

「あぁ。シルヴィア……そんな所に、お前は……居たん、だな──────……」

 消え掛けのロウソクが、最後に一際大きな焔を上げて燃え尽きるように、ラルゴの全身は幻想的な音素の光を一斉に舞い上げ──すべては、光の中へと消え去った。

「────」

「ナタリア」

「大丈夫ですわ」

 大丈夫。私は大丈夫です。

 感情を押し殺した震える声で、ナタリアは何度もそう繰り返すと、低く低く、嗚咽を漏らした。




                  【3】




 少しの間、ラルゴに黙祷を捧げた後、俺たちはついにゲートへ辿り着いた。

「まさか私が戦線から脱落するような嵌めに陥るとは……不覚。状況のシュミュレートがいささか甘かったということですかね。やはり次からは……」
「……また、俺、ぶっ倒れた。うぅ……なんだか、最近、かませ犬が板について来てないか、俺?」

 ブツブツとひたすら何やら口元で繰り返し続けるジェイド。ドンヨリと喰らい空気をまといながら盛大に肩を落とすガイ。何と言うか、もう激しく鬱陶しい。

「二人とも、そろそろ落ち着いて」
「そうだぜ、ジェイド、ガイ。というか二人とも、空気よめ」

 ナタリアは、アレだ。肉親亡くしたばっかりだってのに、お前らがそれより落ち込んでどうするよ。
 直接的な言葉にできない指摘を、遠回しに二人に告げると、さすがに我に帰ったのか、二人とも気まずそうに顔を上げた。

「それもそうですね」
「す、すまん、ルーク」
「まあ、わかればいいだけどな」

 多少呆れながら。ポリポリと額を掻いてしまう。
 なんだかなぁと思いながら、とりあえず淡い光を吹き上げるゲートに視線を移す。

「で、どうやって閉じるんだ、ジェイド?」
「少し待ってください。ふむ……なるほど……」

 何やらゲートの周囲を見渡しながら、感心したように何度か頷く。しばらくして、顔を上げたジェイドは答えを告げる。

「ここでローレライの鍵を使えばいいでしょう」
「ゲートの正面か」
「ええ。もう少し右……ええ、そこです。後はローレライの鍵を譜陣に接触させれば、規定の術式が発動するはずです」

 示された位置に移動した後で、とりあえずジェイドの言葉に従って、剣を譜陣に突き刺してみる。

 瞬間、光が全身を包んだ。

「なっ───これ、は───?」

 ドクン───ッ───

 鍵の刻む鼓動が、いやに、耳に残った。





                  * * *




 なんだ? どうなった?

 身体の感覚が消失する。曖昧な視覚に映し出される人々。耳に届く声。

「凄いもんだね。オブリガードか。
 こんな化け物を制御しようとするなんて、正気の沙汰じゃないよ」

「それでも、因果を利用することでもたらされる力は膨大なものだ」
「まあ、それは否定しないけどね」

 どこか神々しい、神殿のような建造物の中心に、詠師服を着込んだ男が立っていた。男──ヴァンは地に突き立てられた一本の大剣に手を掛けている。

 第八奏器──《刻針》エターナルソード。

 ヴァンが手に掛ける剣の銘が、何故か、脳裏に浮かぶ。

 淡い光の粒子をまとったヴァンの身体は蒼く輝いていた。

 僅かに紅い光を放つ第七音素とは、どこか対照的な光。

「それに閣下ならば、あの程度の力を御すことなど、造作もないことだろう」
「まあね。でも、世界の創世か。ヴァンも凄いことを考えるもんだ」
「ああ、だが……どうしました、閣下?」

 大剣を握るヴァンの視線が、虚空の一点を捉えたまま動かなくなる。

「この視線……こちらを見ているな、聖なる焔の光」

 ヴァンの視線は、紛うことなく、俺の姿を射抜いていた。

 虚空に伸ばされたヴァンの手が、何かを掴む。

 バチリッと明滅する視界。


 ───すべてが、闇に包まれた。




                  * * *



「───ーク、ルーク!」

「あ……」

「どうしました、ボウッとして。ゲートの封鎖は無事、終わりましたよ」

「…………」

「本当に大丈夫?」
「いったいどうしましたの、ルーク?」

「…………」

「おいおい、封鎖の瞬間、やっぱり何かあったんじゃないか?」
「ふむ……おかしいですね。さして異常な反応は観測されなかったのですが」

 
「って、イテテテっ! なにしやがるジェイド!!」
「いえ、何も反応がないようなので、触診をしてみたまでですよ」

 飄々と肩を竦めて見せるジェイドに、俺はまなじりをつり上げ欺瞞を暴く。

「だぁー触診ってのは頬を両側に引っ張るのかよ! そんなん有り得ねぇだろが!!」

「ふむ。その様子なら大丈夫そうですね」
「あー……まあな。色々と釈然としないが、ちょっと意識が飛んでただけだよ」

 不貞腐れたように答えると、皆もようやく納得したようだ。

「では、とりあえず今後の行動ですが……」
「ああ、それなんだが、大佐。一度ダアトに戻らないか?」
「そうね。会議の決定を受けて、禁書の洗い直しが始まっているだろうから、新たな資料の発見があったかもしれない」
「ラルゴの……彼の残した、最後の言葉。無視するには、少し大き過ぎる要素のように思えますわ」
「そうですね……確かに、新たに判明した事実を検証することも、必要か」

 集まる視線に、妥当な判断だろうと、ジェイドが頷き返す。 

「わかりました。では、一度ダアトへ戻りましょう」

 こうして、次なる目的地が決まった。決定を受けて、誰もが一斉に動き出す。

 いまだすっきりしない頭を抱え、皆の後に続きながら、俺は一人考える。

 ………いったい、あれは何だったんだろうな。

 ゲートを封鎖すると同時、意識の飛んだ先で、自らが目にした光景。

 無数の支柱が並び立つ神殿のような場所。
 場の中心に立つ男は手にする大剣に手を掛けながら、まるで祈りを捧げるように微動だにしない。

 脳裏を過るラルゴの言葉。

 ──ヴァンの目指す創世の刻は、確かに世界に終焉をもたらす。だが破滅を向かえるのは、この腐り切った停滞世界のみの話。

 世界を滅亡寸前にまで追い込んだ希代の怪物──オブリガード。
 ローレライの力をもってすら滅ぼし切れず、世界規模の封印を形成することでしか対処できなかった、正真正銘の化け物。

「第八奏器……か」

 見上げた先、停止したゲートを取り巻く、取り残された音素の光が、瞬き消えた。




  1. 2005/04/21(木) 00:00:40|
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第3話 「されど 停滞を厭うならば」





                  【1】




「──ここが、新たに存在の判明した禁書庫だ」

 積み上げられた本の山。鼻につく古紙の臭い。
 山の一つに視線を移す。どうやらタイトル別に整頓されているようだ。おせじにも手入れが行き届いているとは言えないが、その事実を知ってから改めて書庫を見渡すと、それなりに整然として見えてくるから不思議なものだ。

「すまねぇな、おっさん」

 礼を言う俺に向けて、おっさんは気にすんなと投げやりに片手を上げて寄越した。

 ゲートを後にした俺たちは、ラルゴの残した言葉に従い、ダアトに向かった。
 国際会議の決定を受けて、禁書の整理と把握が押し進められていたこともあってか、意外なほどすんなりと、禁書の閲覧にも許可が降りた。

「まあ、具体的にどんな情報を探るつもりなのかはしらんが、あんまり目ぼしい情報があるとも思えんがな」
「そうなのですか、カンタビレ?」
「ああ。一応、ローレライと契約しようとしたときに、あらかたの資料は目を通してるからな。地殻でお前らがラルゴに示唆されたような情報が、いまだ残ってるとは思えん」

 仮にあったとしても、ヴァンが教団を離脱する際、処理されてるだろうな。

 ナタリアの問い掛けに肩を竦めて答えながら、おっさんは被りを振って見せた。

 まあ、確かにおっさんの言葉も尤もだろう。あの抜け目のないヴァン達のことだ。教団を離脱する際、目ぼしい情報は破棄されてる可能性は十分に考えられる。

 だが、それでも。

「まあ、やるだけやってみるさ」

 あのラルゴが最期に残した言葉だ。何か意味があるはずだ。尚も考えを変えようとしないこちらを見やり、何らかの決意を感じ取ってか、おっさんもさして拘ることなく頷き返す。

「そうか。気の済むまで探すのもいいだろうさ。僕はちょっとカーティス大佐と話があるんで、また後でな」
「わかった。本当に助かったぜ、おっさん」
「助かりましたよ、アダンテさん」
「感謝しますわ、カンタビレ」

 おう、と肩を竦めて応じると、おっさんはジェイドと共に書庫を去った。

 それじゃ早速本に目を通すとするかね。残った誰もが動き出す。手直にある棚に手を伸ばして本を手に取ったところで、ふと、俺は一人動かないティアに気付く。彼女はおっさん達が去った方角に、どこか鋭い視線を向けていた。

「どうかしたのか、ティア?」
「…………いえ、何でもないわ。ただ、少し大佐と何の話をするのか。気になっただけだから」
「ん? まあ、確かに気にはなるが、一応研究者同士、なんか小難しい話でもあるんじゃないのか?」
「ええ……そうね」

 視線を向けたまま、ティアは頷いた。




                  【2】




「さて、カンタビレ。わざわざ私だけに話しがあるとは、いったいどんな風の吹き回しです?」
「……あんたも人が悪いな」

 こちらが何を話したいのかなんて、とっくの昔に察しがついているだろう。それでいて、とぼけてみせるのだから、質が悪い。顔をしかめるカンタビレに、ジェイドが肩を竦めながら口を開く。

「実際、いくつか話題の予想はつきますよ。それでもいったいどの件に関することなのか……さすがにそこまでは分かりかねますからね」
「ルークの状態に関することだ」

 ジェイドの余裕をもった表情から笑みが消えた。彼は感情の抜け落ちた表情のまま、メガネを押し上げる。

「やはり……あなたは現在の状態が起こり得ると予測していながら、それを承知の上で、ルークを地上に戻したのですね、カンタビレ」
「…………」

 切り込むように鋭く放たれた言葉に、カンタビレは僅かに口籠もる。

「……本来なら、何の問題も起こらないはずだった。ローレライの集合意識はヴァン達によって分断されていた。衰弱した意識体程度に、あいつが飲まれるはずない。それがわかっていたからな」
「しかし、分断されていた意識は、回収されてしまった」

 突き付けられた言葉に、今度こそカンタビレは沈黙した。

「フェレス島において、ルークはアリエッタの行使していた触媒武器を破壊しました。あの時点ではさして気に留めていませんでしたが、思えばあのときから既に兆候はあったのですね」
「…………」
「ゲートにおけるラルゴとの戦闘でも、ルークは闇属性を付加された超振動を行使したと言います」

 破壊された触媒武器の残骸は消え失せた。
 ならば、そこに括られていたローレライの分断された意識は、どこに行った?

「第七音素は互いに引かれ合う。そして、あの場には誰よりも密度の高い第七音素をその身に秘めた存在があった」

 地殻で、ローレライの中枢意識を取り込むことで、地上に帰還を果たしたルーク。

「……カーティス大佐の推測で、間違いないだろうな」
「では、やはり」
「ああ。第一奏器に囚われていたローレライの意識分体は、触媒武器が破壊されると同時、ルークの中に取り込まれている可能性が強い。ゲートで発現した力というのも、取り込まれた力が、ルークの中に巣くうローレライの中枢意識と結合した結果だろうな」

 今やローレライはルークを通じて、かつての力を急速に取り戻しつつある。

「……ならば、ルークが大譜歌の契約によって地上に帰還できたのも」
「ああ、あいつが第七音素集合意識体──ローレライと認識された結果、地上に戻されたんだろうな」

 ───ローレライに代わる存在として認識された結果、大譜歌はルークを地上に戻した。

 しばらく沈黙が続く。

 先に口を開いたのは、カンタビレの方だった。

「今、あいつの意識は大丈夫そうか?」
「ルークの意識は確かですよ。自我の混乱や、意識の混濁も見られない。彼の中に巣くうローレライも、いまだ完全にはほど遠い状態でしょうからね」

 今はまだ。

 肩を竦めて見せながら、最後に不穏な言葉を付け加えた。それを受けて、カンタビレも声を潜める。

「……なら、今後はどう見る?」
「そうですね……このまま六神将との戦闘が続いた先でという意味なら……正直、予想は難しい。何せ二つの意識が一つの身体に同時に存在する。そんな状態の前例は、存在しませんからね」
「そうか」

 カンタビレは額を押さえ、ジェイドの分析に想いを馳せる。
 そして、ふと思い付いたように声を漏らす。

「一つの器に二つの意識……か。これはビッグバン現象に似ているのかもな」
「大爆発……と来ましたか」

 被験者とレプリカの間で起こる音素の逆転現象。
 被験者の意識がレプリカの器へ流れ込み、ただ一人の意識が残る。

「はたして、肉体を持たない存在が同位体とビッグバン現象を起こしたなら、収まるべき器に最期まで残る意識は、いったいどっちのものになるんだろうな?」
「…………」

 問い掛けに、答えは返らない。

「──ま、何にしろ色々とすまなかったな、大佐」

 場の緊張を解きほぐすように、カンタビレは話を締めくくる。

「裏でこういう話をするのは良い気分しないだろうが、今後もあいつの状態を見守ってくれると助かる」
「別にかまいませんよ。ルークの状態が気になるのは、私も同じですからね」

 謝罪をされる謂れはない。そう苦笑を刻むと、ジェイドはそのまま部屋を去った。




                  【3】




「なんか、全然見つかんねぇな」
「だな」
「ええ」
「ですわね」
「ですのー」
「グルルゥ」

 広大な禁書庫を揃って一瞥した後で、揃って溜め息をつく。

 ラルゴのやつは何を思って、禁書に行って見ろなんて言葉を残したんだろうな? 探索を開始してから、目ぼしい資料は一つとして見つかっていない。ある程度は覚悟してたつもりだが、ここまで何も見つからないと本気で気が滅入ってくるね。

「っていうか、本当にそんな資料あるの?」
「ん……さすがに自信が揺らいできたような」

 そう何気なく答えた後で、気付く。

「って、アニス!?」
「うん。皆、久しぶりー」
「久しぶりー!」

 振り向いた先、何時の間に来ていたのか、書庫の入り口に立つアニスの姿が在った。彼女の隣では、ゆったりとした導師服を着込んだ少年が、にこにこと笑みを浮かべながらこちらに手を振っている。振られる手に合わせて、深い緑色の髪が揺れる。

 イオンの代わりに、モースによって担ぎ上げられた、導師のレプリカの一人。

「そう言えば、アニスは今その子の世話役してるんだったか」
「フローリアン」

「ん?」
「この子の名前。いつまでもこの子って呼んでる訳にもいかないでしょ?」
「ああ、そういうことか」

 確かに、既にレプリカと知られているなら、教団にとって、この子をイオンと同じ名前で呼び続ける意味は薄い。
 まあ、裏にある事情がどうあれ、自分自身だけの名前を得られたのは、いいことだよな。

「古い言葉で、無垢なる者という意味ね」
「素晴らしい名前だと思いますわ」
「ああ、似合ってると思うぞ」

「ありがとう!」

 嬉しそうに笑顔を返すフローリアン。
 そんな彼の様子を、アニスは優しげな瞳で見守っている。

「だいぶ、立ち直ったみたいだな」
「……うん。たぶん、あの子のおかげ」
「そうか」

 書庫を駆け回る少年。舞い上がる埃に場が騒然となる。小動物二匹が目を回し、ナタリアやティアは埃に咳き込む。ガイは少年をつかまえようとして、倒れてきた本に押しつぶされる。

「ぐおっ──!?」
「まあ、ガイ!?」
「だ、大丈夫なの?」
「ミュミュミュ!!!」
「ぐるぅるるるる」

「ははははっ!!」


 ……なんだかとんでもない状況になってそうだが、あえて視線を逸らす。ついで隣で同じように事態を傍観するアニスに呼びかける。

「なあ、アニス」
「なに、ルーク?」

「そろそろ戻って来ないか?」
「…………」

 応えは返らない。だが、俺は焦ることなく、そのままのんびりと言葉を続ける。

「次はラジエイト・ゲートに向かうんだが、そこにもきっと六神将の誰かがいるだろうな」
「残りの六神将って、確かリグレットと……」
「ああ、シンクだ」

 ──六神将の一人にして、イオンと同じ導師のレプリカ。

「無理強いとかは、できないってのもわかってるさ。それでも、アニスが戻ってきてくれたら、俺は嬉しいよ」
「ルーク……」
「結局、どうしょうもない状況ってのは存在するからな」

 自嘲染みた笑みが漏れる。本当に、俺が言えた義理じゃない言葉だ。それでも、今のアニスには必要な後押しのはずだ。視線をあさっての方向に向けたまま、思うまま口を動かす。

「イオンのことは、誰の責任でもねぇよ。だから、それを気兼ねして戻らないってのはあんまり意味ないぜ? 俺たちはアニスが帰ってくるのを、いつまでも待ってるからな」

 あとは、アニスの気持ちの問題次第だよ。

「ルーク……」

 アニスは顔を俯けた。内心の葛藤は激しいものだろう。そう簡単に気持ちを切り換えることができないのは理解できる。

 それでも、伝えたい事は全て伝えた。

「そうだね。うん、私も──……」

 アニスが何かを答えようと口を開いた、そのとき。

「──おい、ちょっと来てくれ!」

 アニスの言葉を遮って、ガイの呼び声が書庫に響き渡った。騒ぎの間に移動したのか、視界に入る範囲にガイ達の姿はない。どこか緊張した声の気配に、俺とアニスは一度顔を見合せて、とりあえず話を中断。声のした方向に向かう。

 何列も並び立つ書棚の奥、書庫の壁を前に立ち尽くす皆の姿があった。

「いったいどうしたんだ……って、こいつは?」

 問い掛けた後で、気付く。皆の向き合う壁の一角に、ぽっかりと空いた通路があった。通路の先には小さな部屋が一つ。覗き込んでみると、床に譜陣が描かれているのが見えた。

「驚いたろ? どうも隠し通路のようだ」
「はぁ……隠し通路か。こんなのどうやって見つけたんだ?」

 感心しながら問い掛けると、皆もこの発見に興奮しているのか、直ぐに答えが返る。

「フローリアンが壁に手をついたら、扉が開いたのよ」
「導師の存在に反応したということでしょうか?」
「どうだろうな。だが、この先に何かあるのは確かだ」

 新たな発見を前に、どう動くべきか。相談が始まると同時扉の開く音が響いた。

 かつかつと靴音が近づき、書棚の向こうから人影が顔を覗かせる。

「おや、随分と大所帯になっていますね」
「ジェイド! 良いところに来たな」

「さて、いったいなんでしょう?」

 古代文字にも通じた軍人にして研究者は、メガネを押し上げながら、とぼけた顔でゆっくりと首を傾げるのだった。



                  * * *



「なるほど、隠し通路ですか」

 ガイから説明を受けたジェイドが、興味深そうに譜陣を分析し始める。

「ふむ。状況を聞くに、やはりフローリアンの存在に反応したのでしょうね」
「やっぱそうか。前にも似たような隠し部屋があったことだしな」
「そうね。あのときも驚いたけど」

 皆がわいわいと言葉を交わすが、俺はいまいちピンと来ない。

「といか、前にも似たようなことがあったのか?」
「以前もミュウに反応して、初代大詠師の使っていた部屋が見つかったことがあったのよ」
「はぁ……ミュウに反応」
「頑張ったですのー!」

 なんとなくミュウに視線を向けると、得意そうに胸をはってきた。

「あー……そいつは偉かったな」
「まあ、どっちかというと、チーグル族に反応したんだろうけどな」

 何となくミュウの頭を撫でてやる俺に、ガイが苦笑を浮かべながら付け足した。

 そうしてジェイドの分析が終わるまでの間、無駄話をして時間を潰していると、それほど時間もかからずに、ジェイドの分析が完了した。

「わかりました。これは転送陣の一種のようですね」
「転送陣っていうと、執務室にあるのと同じ奴か?」
「ええ、あれと同じものと考えて貰ってけっこうです」

 イオンの執務室など、教団幹部の部屋が並ぶ階層へ通じる転送陣を思い出す。

「ではガイ、そこに立ってみて下さい」
「ん? お、俺か?」

 突然ジェイドに名指しされたガイが、混乱したように自分を指さす。だが戸惑う相手に構う様子もなく、ジェイドは笑みを浮かべたまま頷き返す。

「ええ。お願いします」
「まあ、いいけど……って、うぉっ──!?」
「って、ガイ!?」

 譜陣の上にガイが立った瞬間、その姿が消え失せた。

 どよめきが巻き起こるその場で、一人だけ冷静なジェイドの声が響く。

「ふむ。やはりキーワードなしでも起動するタイプの陣でしたか」

『…………』

「おや、どうかしました、皆さん?」

 まったく悪びれた様子もなしに、メガネを押し上げるジェイドは、やっぱり鬼畜だった。



                  * * *



「さすがに何の説明もなしってのは、エライ酷いな……」
「まあ気持ちはわかるが、無事に合流できたんだからいいじゃねぇか」
「うーん、いや、でもなぁ……」

 ガイはいまだ納得行かないと言った様子で唸り声を上げる。そんなガイの肩をポンポン叩きながら、とんでもない目にあったなと慰める。

 あの後、ガイの転送によって安全を確認した俺達は、そのまま転送陣の上に立った。
 ……まあ、色々と言いたいこともあるだろうが、ここはあえて触れないことにする。

 ともかく、そうして向かった先に、今俺たちは居る訳だ。

「しかし、よくもまあこんな空間を隠し通せたよな」

 視界の限り続く、広大な空間が広がっていた。天上の高さだけでも、ダアトの聖堂数個分はあるだろう。壁に埋め込まれた音素灯から降り注ぐ淡い光だけが、唯一の光源だった。

「そうね。大佐の分析だと、ここは土の中らしいわ」
「らしいな。たぶんザレッホ火山辺りの地下空間にでも繋がってるんだろう」
「はわわぁー、ここって地下なんだ」
「地下なんだー」

 キョロキョロと視線を周囲に巡らせるアニスとフローリアン。
 土の中とは到底思えないほど、この空間は作り込まれていた。
 壁には数えるのも馬鹿らしくなるほど膨大な本の群が、見渡す限り、まるで壁の中に埋め込まれたかのように延々と陳列されている。

「ラルゴの言っていた資料を探すにも、大分時間がかかりそうだな」

「──いえ、そうとも限りませんよ」
『ん?』

 やれやれと言葉を交わす俺たちに、この空間を率先して探索していたジェイドが戻ってくるや、そう告げた。

 どういうことかと、ジェイドに視線を問い掛ける。

「こちらに来てください」

 答えずに歩き出すジェイドの後を追って、書庫の奥へ進む。

 かなりの距離を歩いて、辿り着いた先。

 無数の音素灯に照らし出された台座が在った。台座に刻まれた譜陣が空調を管理しているのか、壁面に埋め込まれたボロボロの本とは対照的に、完璧な状態で保存された一冊の本が台座の上に乗っている。

 台座に立て掛けられた表紙。記されたタイトルが視界に入る。

「停滞世界の真実……?」
「では、この本がラルゴの言っていた」
「おそらく。では、失礼して」

 ジェイドが前に出て、慎重に台座から本を取り出す。
 手にした本をパラパラと捲って、一通り目を通した後で、ジェイドは顔を上げた。

「どうでしたか、大佐?」
「ええ。これなら解読できます。しかし、通して読むには多少の時間が必要ですね」

 ジェイドの保証に、俺たちを安心が包む。ここまで来て、結局本の内容がわかりませんでしたじゃ洒落にもならないからな。

 どこか弛緩した空気が流れ始めたのを見て取り、一旦上に戻ろうと提案しようとした、そのとき。

 烈風の刃が、ジェイドの手にした本を切り刻む。

『───!』

 轟々と音を立てながら、揺れ動く大気。旋風は書庫を荒れ狂う。
 書庫に存在するあらゆる本を切り裂きながら、吹きすさぶ風は紙吹雪をまき散らす。

「──ラルゴは、敗れたみたいだね」

 吹き荒れる風の中心、紙吹雪が舞い散る中、舞い降りる声。
 短く切り込まれた深緑の髪。手にされた刃は深緑の輝きを放つ。

『烈風のシンク!』

 六神将が一柱、烈風のシンクが、その姿を現した。




                  【4】




 緊張を高める俺たちとは対照的に、シンクは冷めきった視線で俺達と対峙する。

 書庫に吹き寄せる旋風を前に、アニスがフローリアンを背後に庇っていた。
 そんな彼女を見据え、シンクは顔を歪める。

「……ふん。人形遊びか。虫酸が走るね、偽善者が」

 パラパラと降り注ぐ紙片。風によって切り裂かれた本の成れの果て。
 紙吹雪の中心で、彼は嫌悪に顔を歪めながら、吐き捨てる。

「アニス、僕はあなたのことが、大嫌いだったんですよ?」

 ニッコリと笑って、悪意に満ちた言葉を告げた。

「──! イオン、さま……」
「ははははははっ!!」

 表情を凍らせるアニスを見据え、シンクは口の端を歪めながら嘲笑する。

「シンク、お前───!」
「そんなに怒るなよ。ちょっとした冗談じゃないか」

 身体を二つに折って、一頻り哄笑を上げると、シンクは再び顔を上げた。

「しかし、この書庫の情報を処理するよう言われて来てみれば、お前たちがいるとはね」

 言って、アニスの背後に庇われたフローリアンに視線を向ける。ビクリとアニスの背中に隠れるフローリアンに、僅かに苛立たしげに鼻を鳴らす。

「まあ、いいさ。教えてやるよ。この世界でいったい何が起きているのか、その真実を」
「どういうつもりだ……?」

 書庫の情報を処理しに来たってことは、何か知られたくない情報があるってことだ。それをわざわざ俺たちに知らせる意図がわからない。

「どうせラルゴから多少は聞いてるんだろ? ヴァンの進める計画は、もう誰にも覆しようのない所に来てる。あんた達がこれからどう動こうと、無駄な動きにしかならないってことを教えてあげるよ」

 せいぜい絶望するんだね。警戒の視線を送る俺達を嘲笑うと、シンクは語り出す。

「ヴァンの目指す創世。あれは障気の根元たる第八音素集合意識体、神代の化け物、オブリガードを使役することによって始まる世界規模の改変だ。因果を司る第八音素によって、ヴァンはこの時空そのものに干渉する」
「時空に干渉……?」

 確かジェイドが前に、エルドラントで膨張してる球体が、時間軸の歪みを発生させているとか言ってたが、それに関連してるのか? こちらの抱く疑問を察したように、シンクはあっさりと答えを示唆する。

「あんた達が飛行機械でエルドラントに近づいたときも、見えたんじゃないかい?」

 エルドラントの中心、渦を巻く漆黒の球体。

 世界を破滅させるもの──第八音素集合意識体、オブリガードの力の発露。

「……あのエネルギー体が、オブリガードを使役して生み出された力であると?」
「そうさ。あれは創世の卵。いずれ生まれ落ちる世界の雛型。あの卵の殻が世界を覆い尽くしたとき、創世は始まるのさ」

 沸き上がる興奮を無理やり抑え込むように、シンクは自らの額を片手で覆い隠す。

「ヴァンが目指すものは既存の因果を無に返すことで、新たに生まれ落ちる世界。因果律そのものに介入することで成し遂げられる、既存の世界からの決別。
 まったくの新しい世界を創り出す──まさに文字通りの、新世界の創世さ」

 ───新世界の創世。

 あまりにも、荒唐無稽な話しだった。そんなことが人の手で可能だなんて、到底信じられるものじゃない。
 だが、これまで目にしてきたものが、俺たちの疑念を否定する。

 なにより、俺の中で乾いた声が告げていた。

 ───やつの力をもってすれば、その程度は造作もない、と。

 否定も肯定できないまま、告げられた言葉の真意を探る内に、ふと一つの疑問が沸き起こる。

「そんなことが可能なら……なんでヴァンは国に協力を求めなかったんだ? ローレライが音符帯から超振動を放てば、俺たちが生きるこの世界は消滅して、創世歴時代にまで遡って再構成されちまうんだ。世界の繰り返しから逃れるためだって言えば、幾らでも協力が…………」

 シンクが笑っていた。背を折り曲げ、腹を抱えながら、ケタケタと嘲笑う。

「何が可笑しい……?」
「ははっ……滑稽だね! 言っただろ? 既存の因果を無に返すことで、新たな世界は生まれ落ちる。オブリガードを包む卵の殻が世界を覆い尽くしたとき、当然、この下らない停滞世界は──滅びる」

『なっ!?』


「そんなの目茶苦茶だ! そんな新しい世界を創った所で、結局、この世界に生きる俺たちは誰も助からない!」

「なら、滅びればいいのさ」

 そんなことは大した問題ではないと、シンクは言い捨てる。絶句する俺たちを、冷めきった視線が射抜いていた。

「既に滅びて当然の僕らは、下らない延命措置によって、無理やり生かされているのさ。死ぬ自由さえ許されないままにね」

 こんな世界に守る価値なんて、はなから存在しない。この世界そのものに対する深い絶望をシンクは吐き出した。

「今ある世界をすべて否定してまで、兄さんは新世界を望んでいるというの……?」

「ああ、そうだ。この世界がそもそも間違ってるんだ。閉じた円環の中、ひたすら同じ歴史を繰り返すこの世界が、どれだけ歪んだものか。あんたらにも理解できるだろ?」

 繰り返される世界。停滞した歴史の循環。解放なき永劫回帰の牢獄。

 確かに、世界の歪みに絶望するやつらが出るのも理解できる。だが、

「それでも……ヴァンの目指すものも、納得できねぇよ」

 破滅を厭うあまり繰り返される停滞した世界を望むことと、すべてを無に返した新たな世界を望むことの間に、いったいどれほどの違いがあるって言うんだ?

 上手く言葉にすることはできないが、決して無視することの出来ない違和感が在った。強張った表情で否定を返す俺を無言のまま見据えると、シンクは苛立たしげに鼻を鳴らす。

「……ふん。何処まで行っても平行線だね。ならいいさ。叩き潰してあげるよ」

 言葉と同時、一斉に身構える俺たちに向けて、シンクは慌てるなと片手を前に出す。

「ゲートで待つ。そこで、殺してやるよ。この僕の手でね」

 サァ──風が流れる。紙吹雪が視界を占める。
 吹き荒れる風の中、シンクは姿を消した。




                  【5】




「──それじゃ、行ってくるね」
「うん。アニス、いってらっしゃい」

 元気よく手を振るフローリアンに、アニスが笑顔で手を振り返す。

 あの後、発見した書庫をカンタビレ達に報告して、ダアトにおける俺たちの役目は終わった。

 引き継ぎを終えた俺たちは聖都を発ち、このままゲートに向かう。
 そして、これにアニスも同行を申し出てくれた。

「しかし、本当に良かったのか、アニス?」
「ひっどいガイ。それ、私なんかもう足手まといってこと?」
「い、いや、そうじゃなくて……」

「あー……アニスさ。ガイをからかうのはそれぐらいにして……本当に、良いんだな?」
「うん。もう誤魔化すのは止める」

 決着をつけるよ。引き結ばれた口元で、アニスは小さく呟いた。

「……そっか」

 そんなアニスの決意を前に、俺もそれ以上の言葉を飲み込んだ。


 様々な思いを胸に抱きながら、俺たちは聖都を後にする。

 向かうは六神将が一柱、烈風のシンクが待ち受ける地。

 プラネットストームの噴出点──ラジエイト・ゲート。


  1. 2005/04/20(水) 00:00:39|
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第4話 「──汝 前を向きて進め」





                  【1】




 ラジエイト・ゲートはアブソーブ・ゲートと異なり、風化した建造物がまるで深く地の底へ根を伸ばすように続いている。薄気味悪いことに、地殻変動でもあったのか、壁のあちこちから、古代の魔物の化石とおぼしき骨が露出していた。

「なんか、気味が悪いったらねぇな」
「そうですわね。それに、なんだか寂しげな場所ですわ」

 顔をしかめる俺に、ナタリアが頬に手を当てながら、どこか憂いを含んだ瞳で同意する。

「寂しげな場所、か」

 改めて周囲に視線を巡らせてみる。プラネットストームの帰結点だ。創世歴時代には一大拠点の一つだったろうに、今は整備する者たちもなく、ただ打ち捨てられている。

「確かに、ナタリアの言うことも一理あるな。それなりに重要な場所だ。本来なら、管理者でもおいて、定期的にメンテナンスでもするのが一番なんだろうが……」

 残念だよ。そうガイが心底無念といった感じで被りを振った。

「というか、なんでメンテナンスとかしないんだ? ここが停まったら一大事だろ」

 プラネットストーム停めに来た俺達が言うのも、なんか変だがな。怪訝に思いながら問い掛ける俺に、ティアが口を開く。

「今はもう、当時の構造を管理するだけの技術が、何処にも残っていないのよ」
「あ、そいうことか」

 確かに、ユリア・シティも現状を維持するだけで手一杯だとか言う話を聞いたことがあったな。できる限りのことはしているが、それでも劣化は避けられないとかなんとか。

「結局、創世歴時代に造られたもんに頼りっぱなしだった現状が、まず変だったのかね」
「確かに、そういう評価も否めませんね」

 ジェイドがどこか皮肉げに肩を竦めながら、俺の思いつきを肯定してみせた。

「おまけに今後は、これまで活用してきたエネルギーが使えなくなるのです。当分は、代替エネルギーの発見が急務になるでしょうね」
「つぅーか、そっちも本当に大丈夫なのか? 世界を救ったはいいけど、エネルギーがなくてどうにもなりませんじゃあ、笑い話にもならねぇぞ」
「まあ、そちらに関しても、それなりに道筋はついていますよ」
「へ、そうなのか?」

 あっさりと答えたジェイドに、俺は呆気に取られて目を見開く。そんな俺の横で、同じく話を聞いていたガイが、俄然興味を引かれてか、前に身を乗り出した。

「へー初耳だな。さすが大佐。ちなみにどんな案なんだ、それ?」
「何も自慢できるようなものではありませんよ」
「いいからいいから」

 さぁさぁと期待に目を輝かせるガイ。譜業関連の話を期待しているのが見え見えだった。苦笑を浮かべながら、ジェイドは説明を始める。

「まあ、これまでのように空気中から無尽蔵にフォン・パワーを取り込むのではなく、そうですね……音素のエネルギーを蓄積する器のようなものを作成して、それを媒介に譜術や譜業を発動する形態を取る。これが社会的にも、もっとも混乱の少ない移行案になるでしょうね」
「ほぉ……エネルギーを蓄積する器か」
「素晴らしいですわ。そうした器を作成することができれば、これまで造られた譜業や譜術を続けて使用することができますわね」

 ああ、そっか。完全に新しいエネルギー源に移行するようだと、これまで作られてきたものが全てダメになるから、どっちにしろ音素にエネルギーを頼るのは止められないってことか。

 やっぱ、難しい問題だよな。俺は尚も代替エネルギーに関して議論を続ける皆から、ふと視線を逸らす。

 ゲートに突入してから、これまで一言も発していないアニスの姿があった。かなり緊張した顔つきのまま、ひたすら正面を向いている。んー……このままだと、まずそうだよな。

「アニス」
「…………」
「おーい、アニス!」
「……へ──ひゃぁ! って、ルーク? な、なによ!?」
「い、いや、呼びかけてもなんも反応なかったからさ」

 顔を真赤にして憤然と抗議してくるアニスに、俺はちょっと釈然しないものを感じながら、とりあえず落ち着けと手を前に出す。

「まあ、いいけど。今度から気を付けてよね」
「……いまいち何に気を付けたらいいのかが、よーわからんのだが」
「気・を・付・け・て・よ・ね!」
「わ、わかったよ」

 ぷんぷんと肩を怒らせるアニスに、俺は気押されるまま頷いていた。うーん。小さくても相変わらず迫力満天だよな。

 こうして見る限り、最初の頃よりも、大分気が晴れたように見える。

 だから、俺はこれが最後の機会と問い掛ける。

「アニス」
「今度は何よ、ルーク」
「本当にいいんだな?」
「…………」

 問い掛けに込められた意味を察したのだろう。アニスの顔がわずかに俯けられた。

 シンクはイオンと同じ、導師のレプリカだ。自らの思い人の似姿、写し身を前にして、冷静で居ろと言う方が、無理な話だろう。

「ルーク……私さ。フローリアンと一緒に過ごしてわかったことがあるんだ」

 フローリアン。イオンやシンク同様、かつて創られた導師のレプリカの一人。

「どんなに似てる人が二人いてもさ。どっちかの相手にもう片方を重ねて見るのは……どんなことがあっても、やっちゃいけないことだよね」
「…………」
「大丈夫だよ、ルーク。私がこれから向かい合うのは、六神将の一人。烈風のシンク」
「……そうか」

 うん。頷くアニスの震える拳には、気付かぬふりをした。




                  【2】




 ゲートから絶えることなく噴き出す音素が、うねりを上げながらセフィロトを取り巻いている。だが、ただ一点、音素がそこに存在する者と触れ合うのを避けるように、極端な蛇行を描く場所があった。

「……ふん。ようやく来たね」

 俺たちの到着に気がついたのか。音素の放つ淡い光に包まれながら、そいつは全身から殺気をまき散らし、ゆっくりと顔を上げた。六神将が一柱、烈風のシンク。

「しかし、わからない奴だね、ローレライの使者。そもそもあんたの存在そのものが害悪なんだよ」
「害悪……か」

「ああ、そうさ。結局の所、預言に詠まれた聖なる炎の光は、ローレライの地上における代行者。やつが音符帯に昇る為に、地上に送り込まれた人形に過ぎない」

 完全同位体の手を借りて、音符帯に昇ったローレライは惑星規模の超振動を地上に放つ。この超振動によって、俺たちの生きる世界は消滅し、全ては創世歴時代の情報を下に再構成される。

「奴の思うがまま事態が進めば、確かに少なくとも世界は滅びないんだろうさ。それまでに起こった何もかもが忘れ去られ、ただ閉じた円環の中をくるくるクルクル狂々と廻り続ける腐り切った世界が、ね。……僕らは、死んでも解放されない牢獄の中に居るのさ」

 沸き上がる激昂を無理やり抑え込むように、拳を握りしめながらシンクは吐き捨てる。

「僕はもう御免だね。これ以上、どんな形であれ、この僕という存在が、自分以外の誰かの思惑の中、無意味に続いていくなんて状況は耐えられない」

「……だから、お前はヴァンの言う新世界の創世に協力しているのか」
「そうさ。この下らない停滞世界は滅びるべきだ。その後で、ヴァンが何をしようが興味はないね。創世された世界は、この世界とはまったくの別物だって話だ」

 むしろせいせいすると、シンクは言い捨てた。

 せいせいする……か。

 ──気に喰わねぇな。

 胸の奥から沸き上がる感情の意味を理解する。
 目の前に立つ相手のあまりに勝手な言い分を聞く内に、俺はようやく何かを掴む。

 沸き上がる想いに突き動かされたまま、俺は口を開く。

「やっぱり、俺はヴァンの計画を認めることはできねぇな」
「……ふん。この下らない停滞世界を存続させるって言うのかい?」

「いや、違う」
「なに?」

「ローレライを音符帯なんかに昇らせねぇ。オブリガードに世界を滅ぼさせたりもしねぇ。世界の繰り返しなんて絶対に停めてやるし、ヴァンの言う胡散臭い新世界なんてのも、もってのほかだ」
「……答えになってないね。ヴァンを倒したところでオブリガードが消えるわけじゃない。それに今はあんたの中にローレライがいるけど、いずれあんたが死ねばやつは解放されるんだ。いずれ音符帯に昇ったローレライが、オールドラントに向けて超振動を放つだろうさ」

 そして、世界は何度でも繰り返される。それが停滞世界の真実。

「それじゃ永劫回帰の牢獄はいつまでたっても終わらない。少なくとも、ヴァンの目指す新世界の創世が導かれれば、この下らない世界の繰り返しから抜け出すことはできるんだ」

 いったい、あんたはこの世界の真実に、どう対処するつもりだい? 

 馬鹿にしたように問い掛けるシンクに、俺は顔を上げて、胸を張って答えを告げる。

「ふん──そいつはこれから皆で考えるさ」

 沈黙が場に降りた。

「はぁっ!?」

 あまりに予想外の返しだったのか、シンクが一瞬遅れで、驚愕を声に漏らす。

「もう一人でグダグダ考えるのは止めたからな」

 そう。アクゼリュスの崩落から、頭を使って考えることの大切さは自覚した。確かに、慎重に物事を決めるのは重要だろう。だが、

「一人で無意味に考え過ぎるのは、それこそ無駄だ。一人で考えに考え抜いて、それでもまだ答えがでねぇなら、もうしょうがねぇ。俺以外の奴らの助けも借りて、進むだけさ」

「あ、あんたはバカか!? それじゃ、結局、自分は何も考えてないのと同じゃないか!」

 悲鳴染みた抗議の声を上げるシンクの顔を、俺は正面から見返す。

「バカと呼びてぇなら呼べよ。それでも俺は『答え』を出したぜ」
「答えだって……?」

 ああ、そうだ。胸の前に拳を当て、俺はこれまで自分が歩んできた道を振り返る。

「俺は仲間を信じてる。だから、グダグダと一人で悩むのは止めだ。俺は一人じゃねぇ。お前らみたいに、手前勝手に一人で考え込んで、世界に絶望なんかしてやるかよ。俺一人じゃできないようなことでも、皆が居ればどうにかなるし、どうにかするさ」

 自分一人なら絶対に届かねぇ地平にだって、皆が居れば辿り着ける。そうだろ?

 同意を求めるように、周囲に立つ皆を見渡す。

「やれやれ……やはり、私が主に対策を考えないといけないんでしょうねぇ」
「はははっ、なんともルークらしい答えだよ」

 ジェイドが肩を竦めながら苦笑する。ガイが腹の底から爆笑する。

「でも、一人で出来ることに、限界があるのは確かな事実」
「他人に頼ることは、決して悪いことではありませんわ」
「それでも胸張って言うようなことでもないけどね」

 ティアが真剣な表情で頷く。ナタリアが嬉しそうに微笑む。アニスが呆れ混じりに揶揄を口にする。

 しかし誰もが否定せずに、俺の答えを受け入れてくれた。

 どこか温かい空気が流れるその場を──殺気が貫く。

「……っ───ふざけるなっ!!」

 額を片手で押さえ、全身から殺気を吹き出しながら、シンクは吐き捨てる。

「仲間? 信じる? 全然笑えないね。そんな戯言、二度とはけないようにしてるやるよ」

 抜き身の第三奏器──風刃ロストセレスティを片手に、烈風のシンクは戦闘の構えを取った。

「奏器を使いこなした今なら、ローレライが乖離する前にあんたを殺すことができる。あんたの中に巣くう中枢意識体諸共──ここで殺してやるよ、ローレライの使者!!」

 膨れ上がる音素のうねりを感じながら、俺たちもまた即座に陣形を整え構えを取る。殺気に満ちた宣言に、俺は挑発の言葉を返す。

「はっ、やってみろよ。だいたいだ。安易にこの世界を切り捨てて、新しい世界とやらを求める性根がまず気に喰わねぇんだよ、根暗触覚」
「がぁぁあぁ──! 嵐よ、荒れ狂えぇ!」

 天を貫く風の尖塔。一瞬で成長した稲光を伴う嵐の中心で、暴風の化身が吼えた。
 世界法則を司る集合意識体が一柱、ローレライの権能を簒奪せし神代の代行者
 烈風のシンクとの戦闘が──いま、ここに始まる。

 陣形を整える俺たちに向けて、ジェイドが口早に告げる。

「風の機動性はやはり厄介です。ラルゴの例を考えれば、やはり大幅な底上げがなされていると考えるのが自然でしょう。はたしてどこまで力を上げているのか、皆さん十分に気を付けて下さい」

「先行は俺に任せてくれ」
「ん、ガイ?」

 そうだと、刀を片手に構えながら、前にでたガイが頷き返す。

 確かに以前シンクと戦った時も、ガイだけが相手の速さに対抗できた。だが、それでも押されていたんだ。さらに力を上げているだろう今回も対抗できるのか?
 こちらの抱く疑問を見て取ってか、ガイは不敵に笑う。

「奥義会でちょっとな。鍛え直してみた。それなりの戦果を約束するよ」
「では、我々はガイ、そしてアニスの援護に専念します。ルークはこれまでのように、決定的な場面を見極め、相手の触媒武器を破壊して下さい」
「わかった」

 最期の確認する俺たちに、シンクが苛立たしげに告げる。

「ふん──ごちゃごちゃと小細工を立てたところで、すべて無駄なんだよ!」

 僅かに後方に引かれるシンクの両の掌。その軌跡を辿るように雷光が空間を貫く。轟々と吹き荒れる烈風の中心点で──シンクが動く。

《───昴龍!》

 地を疾る譜陣の光。回転する無数の譜陣が連鎖反応を起こし爆発的な光を放つ。

《────礫破!!》

 天を貫く巨大な嵐が生み出された。
 渦を巻く旋風は尖端を槍のようにしならせながら、うねり上げて大気を切り裂く。

 押し寄せる風神の牙に──正面から切り込む一陣の刃。

「ただで済むかよ!」

 左右に大きく開かれた足、後方に引き絞られる刃。裂声を合図に、渾身の突きが放たれる。

《───烈震!》

 収束する地属の力が、地響きを上げながら嵐と激突する。

《────千衝破ぁ!》

 神速の突き。轟音と共に放たれた衝撃波が荒れ狂う嵐の牙を掻き消した。

 全身から雷光を轟かせ、暴風の化身は苛立たしげに吼える。

「また、あんたか! 今度は遊びを挟む余地もなく、全力で潰してやるよ!!」
「やれるものなら、やってみろ!」

 雷の大帝、逆巻く嵐の暴君がガイと激突する。大気が揺れ動く度に、ガイの全身から血飛沫が舞う。だが薄く目を閉じたガイは周囲を乱れ飛ぶ風の刃にもまるで臆した様子を見せず、ひたすら致命的な一撃にだけ剣戟を重ね合わせ、迎撃する。

 だが、長くは持たないだろう。

 俺も最初から、全力で行く。

「ティア、第五譜歌をローレライの鍵に頼む」
「わかったわ。……魔を灰燼と為す、激しき調べよ──…………」

 詠唱を始めるティアと背中合わせに並び立ちながら、俺はローレライの鍵に手を掛け、意識を研ぎ澄ませて行く。

 単に超振動を使うだけなら、完全に制御することが可能だ。だが、そこから更に一歩踏み込んだ、限界を超えたローレライの力を引き出すには、まだまだ譜歌の補助が必要だった。

 ラルゴ……あんたの焔を借りるぜ。

「アニス、ナタリア、ジェイド、俺の攻撃準備ができるまでの間、シンクの牽制頼んだぜ」

 俺の勝手な言葉にも、皆は無言のまま即座に頷きを返す。

 シンクをひたすら引き付けるガイの援護に、ナタリアがまず動く。

「輝ける青よ!」

 引き絞られた弓に収束する音素の光が、鏃の一点に凝縮される。
 逆巻く激流の一矢がシンクを狙い打つ。

《───エンプレスブルー!》
「ちっ───邪魔だぁっ!!」

 相手の身体を射抜く寸前、シンクが風刃を振り上げた。
 吹き荒れる暴風。掻き乱される大気の渦に、放たれた矢は完全に薙ぎ払われた。

「ならば……断罪の剣よ、光の輝きを持ちて降りそそげ!」

 直後、後方で紡がれていたジェイドの詠唱が完成する。輝ける譜陣が地を走り、暴風を捉える。

《───プリズムソード!》
「くっ───無駄なんだよ!」

 譜陣から放たれた光の剣が空を切った。譜陣の後方に飛び退いたシンクが両手を大きく後方に引く。両手が左右から交錯するように薙ぎ払われると同時、雷の鉄槌が降り注ぐ。光の剣は降り注ぐ雷光の前に、完全に相殺された。

「こっちを忘れるな───喰らえッ! 龍虎の牙!」

 後衛から放たれた連続攻撃に紛れ、間合いを詰めていたガイが、手にした刃に音素を収束させる。足元に譜陣が展開された。地に沈み込むような体制からガイは上空に飛び立つ。込められた力に、火花を散らす刃。滑空の勢いすら利用して、渾身の一閃が振り降ろされた。

《龍虎───滅牙斬!!》
「だからっ───無駄だって言うのがわからないのか!!」

 全身の体重を込められた一振りに、シンクは風刃を振り上げることで応じた。斬撃に付随して放たれた暴風の牙。大気を穿つ風刃がガイの一撃と衝突──凄まじい衝撃波を周囲に放つ。

 激突の余波に押されるように、ガイとシンクは互いに大きく間合いを離す。

「さて、無駄かどうかはわかりませんよ。皆さん、連続でいきますよ」
『応!!』

 間隙を置かず連続して放たれる一撃の数々。暴風の化身はすべてを迎撃し、どの一撃も荒れ狂う嵐を前に意味をなさない。だが、それでも誰もが攻撃の手を止めようとしない。

 積み重なる一連の攻撃を前に、相手の動きは完全に牽制されていた。

「がぁぁ……──いい加減、鬱陶しいんだよ!!」

 咆哮と同時──雷光が天を貫く。荒れ狂う風刃が地を切り裂いた。
 鳴動する大気の中心、膨大な量の音素がただ一点に収束する。

 あまりに圧倒的な力の顕現を前に、俺はただ静かに譜歌の旋律に耳を傾ける。

《───これでとどめだぁッ!》

 荒れ狂う暴風の中心、巨大な譜陣が展開された。
 陣を構成する幾何学的な紋様に光が走り、計六つにも及ぶ嵐の渦が一瞬で天を貫く。
 暴君の指揮する稲光を放つ嵐の渦は、術者の意に従い荒れ狂う。

《───アカシック・トーナメント!!》

 シンクの全身から雷光が吹き上がり──巨大な譜陣の上で旋風が疾った。

 押し寄せる嵐の渦を前に、しかし俺は臆することなく、一歩前に出る。

 紡がれていた譜歌の旋律が完成した。

 ローレライの鍵が譜歌の旋律を受けると同時──刀身が紅蓮の輝きに染まり上がった。

 触媒武器によって分断された意識体。焔を統括するローレライの力が、譜歌を媒介に復活を果たす。

 手にしたローレライの鍵を肩に担ぎ上げるように構え、一息に振り降ろす。

《───魔王!》

 大上段から振り降ろしの一閃。
 刃の軌跡を辿るように──紅蓮の焔が走った。

《────絶炎煌!!》

 灼熱の劫火が、巨大な斬撃となって、荒れ狂う嵐の渦と正面から激突する。

 猛り狂う焔の斬撃と渦を巻く暴風の侵攻は、互いに火花を散らしながら激突し──互いに喰らい合うようにして、一瞬で消え失せた。

「なっ……!?」

 驚愕に目を見開くシンクに向けて、俺はいまだ紅蓮の輝きに染まるローレライの鍵を振り上げ、間合いを詰める。

「がっぁぁあぁ嘗めるなぁぁあぁ───雷よっ!!」

 剣を振り降ろす寸前、接近に気付いたシンクが全身から雷光を放つ。

 荒れ狂う雷撃と暴風の乱舞。それは攻防一体の壁となって俺の前に立ちふさがる。たとえそこを突破したとしても、先に居るシンクの一撃が俺の命を刈り取るだろう。

 シンクが風刃を構えながら、勝利の確信に笑みを浮かべた。

 だがそれに、俺は不敵に笑い返す。

「言ったはずだ。俺は仲間を信じてるってな」

《荒れ狂う殺劇の宴───》

 人知を越えた力のぶつかり合う戦場。
 誰よりも先んじて、ひたすら気配を殺し動いていたアニスが、シンクの背後で力を解き放つ。

《───殺劇舞荒拳!》

 連続して放たれる譜業人形の一撃。拳を基点に回転する無数の譜陣が、シンクの身体を打つと同時に眩いばかりの光を放った。浸透する衝撃にシンクの身体が宙に押し上げられ、絶対的な隙ができる。

「吹き飛びな───」

 この隙を見逃す道理はない。俺はローレライの鍵を構え、大きく地を蹴った。シンクの頭上高くまで飛び上がる。鍵から放たれる超振動の光が、逆巻く紅蓮の焔となり剣先に凝縮される。

《───紅蓮襲撃っ!!》

 超振動の力を秘めた焔が光を放つ。灼熱の軌跡を描きながら、斬撃はここに放たれた。

「がぁぁぁ、ぁぁ、ぁぁぁぁーーーーー!!!」

 キィンッっと甲高い音を立てて、風刃が真っ二つに砕け散った。

 宙を舞う風刃の残骸が深緑に染まる音素の光を放つ。

 乖離する音素がローレライの鍵に吸い込まれると同時──

 光が、俺の視界を、包み込む。









                  ───レプリカ・ドール───











 複製体五号。

 彼にはそもそも名前というものがなかった。意識を持ったときには、すでにサンプルとしての番号がつけられ、性能を検出する機器やいくつもの試験に駆り出されていた。

 自分たちが作られた者であるという事実も理解していた。

 既に死ぬことが確定している導師。跡継ぎが見つかるまでの間、彼の代わりを務める代替物となるべく、自分たちは作られた。

 そう、自分一人ではなく、何人ものレプリカが生み出された。

 彼等とともに、導師としての技量を高めるべく研鑽を積んだ。そうして過ごす日々は過酷なものだったが、それなりに充実したものがあった。なぜならば、自分達が必要とされていると知ることができるなによりの瞬間だったからだ。





 だが、全ては錯覚に過ぎなかった。




 火口から投げ込まれ、焔の中に消える。肉の灼ける不快な臭いが鼻に届く。生きながら焔の中に突き落とされ、次々と死んでいく自分の仲間達。だが、彼らを殺していく者達の表情に変化は見えない。ただ淡々と事務的に廃棄品を処分をしていくだけの色が見えた。


 このとき、彼は理解した。


 ああ、レプリカとは人ではないのだ。


 だから、彼等はそもそも誰も殺してなどいない。

 不要になった失敗作を処分しているにすぎないのだ。


 この認識は誰にとっても正しく、道徳的なあらゆる声が意味をなさないこの場所においては、覆しようのない真理だった。

 そして、自分もまたそんな使い物にならないゴミの一つ。

 ただ厳然たる事実として、それを理解した。


 自らが火口に投げ込まれる瞬間が来た。抗う気力もなく、促されるまま火口に突き落とされる。

 だが彼の能力──肉体的なものは、特に強靱にできていた。彼はダアト式譜術を使いこなすべく、オリジナル以上の身体能力を備えていたからだ。

 本能的なレベルにまで叩き込まれたダアト式譜術が、死の瞬間に発動した。




 火口の淵が一瞬にして凍り付く。




 本能的な声に従い、彼は気付けば生き残る道を選んでいた。

 凍り付いたマグマの上に膝を着き、激しく息をつく自分の脇に、その男は現れた。

「素晴らしい力だ。預言に関する能力は劣化しているようだが、戦闘的な能力に限定して言えばオリジナル以上のものがあるだろう」

 男の称賛も、どうでもよかった。どちらにせよ、自分がゴミであることに違いはなかったからだ。だが、そんな自分に男は手を伸ばす。

「お前に生きる場所を与えてやろう。我が手を取り、力を貸すがいい」

 挿し出される手。彼は虚ろな瞳を男に向けながら、心の底から疑問を返す。

 生きていないものに、今更死なないことがどれほど意味をもつ? 
 それならゴミはゴミらしく、ここで死んだ方がましだ。

 投げやりに言い捨てる自分に、男は笑う。

「その死にすら意味がないとしたら、お前はどうする?」

 なにを……?

 再び差し出される手。異様な気配をまとった男が、誘いの言葉を告げる。

「我が手を取れ。さすればこの世界の真実の姿をお前に教えよう、レプリカ・ドール」


 こうして、彼は世界の真実の姿を知った。


 許せるはずがなかった。こんな紛い物の生を与えられただけでなく、死にすら解放が存在しない停滞した世界の現状。永劫回帰の牢獄。そんなものが、許せるはずなかった。

 全てを終わらせるために、彼は仮面を被り、偽りの存在として暗躍することを誓う。

 すべてが紛い物の存在。それもいいだろう。

 だが死すら許されない世界の姿は、どうしてもこのまま見過ごすことはできなかった。

 彼は全てを覆い隠したまま、オラクルへその身を投じる。

 名前をどうするかと問われたときも、彼は皮肉げに答えた。

 好きに呼べばいいさ。いや、この呼び名が僕には最適だろうね。

 狂った世界そのものに対する嘲笑の笑みを浮かべながら、彼は自らの名前を決めた。



 こうして、複製体5号、いや──第五師団師団長、烈風のシンクは、欺瞞に満ちた世界に、仮初めの生を得た。


 この無意味な世界から、ただ解放される日が来ることを、ひたすら追い求め──…………









                  * * *



 血の気の失せた顔で、シンクがよろめく身体を持ち上げる。次々と立ち上る音素の粒子が、空間に舞い踊る。限界を越えて触媒武器の力を引き出した反動か、シンクの身体は、既に大半が乖離する音素の光に包まれていた。

「くっ………この焔、第五奏器を破壊して、分断された意識を、回収していたのか」

 血反吐を履きながら、這いずるようにして、尚もシンクはセフィロトの縁まで動く。

「これ以上……繰り返させて……たまるかっ」

 身体から音素の粒子を立ち上らせながら、シンクはうわ言のように繰り返す。

「この生命が紛い物だとしても……僕の意志は……僕だけのものだ……」

 苦悶に顔を歪め怨嗟の声を上げるシンクに、アニスが顔を泣きそうな表情に歪めながら、前に出る。

「シンク……もう止めよう。レプリカとか、紛い物とか、そんなのもう関係ないよ」
「………笑えるね。あんたらに、僕の意志は何一つ、動かされない」

 地面を掻きむしる手の先から、血が滴り落ちる。だが、流れ落ちる鮮血すらもが、音素の光となって消え失せる。加速度的に乖離する音素の光に包まれながら、シンクは強引に身体を引きずり上げた。

「後は、ヴァンが全て終わらせてくれるさ」

 セフィロトの縁を背中に無理やり立ち上がると、シンクは虚ろに笑う。

「ははは……僕は、ここで死ぬ。でも、あんた達に殺されてなんかやらない」

 口端をつり上げ、シンクは呪いの言葉を告げる。

「こんな世界──大っ嫌いだ」

 傾いだ身体がセフィロトに墜ちる。落下した身体は音素の渦に飲まれ、全ては光の中に、掻き消えた。




                  * * *




 ローレライの鍵が光を放ち、ゲートから噴き出す音素の流れが停止する。

 これで、プラネットストームの停止は完全に成し遂げられたことになる。だが、達成感に浸れるような状況とは、到底言い難かった。

 俺たちの間を包む、重苦しい沈黙。

 壮絶なシンクの最期を前に、誰もが語るべき言葉を無くし、示された世界の真実に思いを馳せていた。

「──エルドラントへ行こうぜ」

 沈黙の続く、沈みきった空気を切り裂くように、俺は勢い良く顔を上げた。

「ルーク?」

 集まる視線を前に、俺は声に力を込めて訴えかける。

「ローレライが俺の中にいる限り、少なくとも世界の繰り返しは起こらねぇんだ。まずはヴァンの新世界の創世を叩き潰すのが先だろ?」

 プラネットストームは停止した。これでエルドラントへ続く道を阻むものは存在しない。

「ヴァンが目指す創世の準備が終わっちまったら、それこそ何にもならねぇからな」

「しかし、エルドラントへ向かうにしても、まずは対空砲火を潜り抜けなければなりませんよ」

 対空砲火……ああ、あれか。
 アルビオールで確認した、針山のような砲の群が思い出された。

 ガイが表情を引き締めながら、ジェイドに尋ねる。

「やっぱりあれは厄介か、大佐?」
「ええ。ですが、ケセドニアでは連合軍が反攻作戦の準備を進めているはず。新たに手に入れた情報も合わせ、詳細な対策を検討するためにも、一度ケセドニアへ戻りませんか?」

 冷静に言い諭すジェイドの言葉に、俺の暴走気味だった思考にも冷静さが戻っていく。

 確かに……このままエルドラントの直行するのは、さすがに無謀か。

「わかった。それじゃ、まずはケセドニアへ向かう。それでいいよな?」

 顔を上げ、皆に問い掛ける。それに皆も同意を返してくれた。

 次なる目的地に向かうべく誰もが動き出す中、ゲートを去る直前、俺は一人シンクの消えたセフィロトを振り返る。

 立ち上る音素の光が、目に眩しい。

 最後まで世界に絶望を抱いたまま、シンクは自らの身をセフィロトに投げ入れた。
 俺は自らの記憶に焼き付ける。シンクが抱いた世界への絶望を記憶に刻む。

 あれは、俺のもう一つの姿だ。

 一歩間違っていれば、俺がシンクの立ち位置に居たとしても、何らおかしくなかった。

 代替品としての意味すら見出されず、存在そのものを否定されたレプリカ・ドール。
 自らを生み出した世界を憎悪するも、死にすら解放が見出されぬ、停滞世界へ抱いた絶望の深さ。

 そう……俺がああなっていたとしても、何もおかしくなかったんだ。

 俺とシンクの違いなんか、たった一つしか存在しない。
 この世界に、絆を結べた者たちが存在するか、しないか。たったその程度の違い。

 だが同時に、絶対的な違いだった。

「…………」

 しばらくセフィロトを見据えた後で、俺は正面に視線を戻す。前へ進みながら、改めて覚悟を決める。

 かつて世界を滅亡寸前にまで追い詰めた、希代の化け物──オブリガード。
 怪物を封印し続けるために、ひたすら停滞世界を維持する──ローレライ。
 この世界に見切りをつけ、新たなる世界の創世を求める──ヴァン・グランツ。

 ああ、どいつもこいつも───


「──上等だ」


  1. 2005/04/19(火) 00:00:38|
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第5話 「求めるは 永劫を穿つ響き」





                  【1】




 ケセドニアに着いたはいいが、既に日は傾いていた。

 一部の将校たちがまだ揃っていないこともあって、簡単な報告を終えた後で、本格的な会議の開催は明日改めて行われることになった。

 これまでの強行軍の疲労がたたってか、作戦部に出頭したジェイド以外の皆は、既に宿で休んでいる。

 どうにも寝つけなかった俺は、一人練兵場に足を運び、剣を振るっていた。
 既に日が落ちてから、かなりの時間が立っている。練兵場に他の人影はない。

 ダアトにおける新たな禁書庫の発見と、俺達の報告を受けた作戦本部は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。士官たちのあまりの混乱ぶりを受けて、現在は箝口令が敷かれているが、漂う不安に満ちた空気までは隠しようがない。囁かれる言葉が、下士官以下の兵卒たちにも様々な憶測を生んでいた。

 キムラスカとマルクト。両陣営の上層部にも既に報告は廻っている。
 だが、どちらも伝えられた情報に、ただ困惑するしかないというのが現在の状態だった。

 両国の研究機関も真偽のほどを確かめるべく動き出したらしいが、提出された報告書を中心となってまとめた者が、あのジェイド・カーティスということもあってか、調査と言っても、半ば以上単なる確認作業にとどまっているらしい。



 報告の内容は、要約すると以下のようなものになる。



 創世暦時代、かつて世界を滅亡寸前に追いやった希代の化け物が、ローレライの力を操る始祖ユリアと、超振動の繰り手──ローレライの使者と呼ばれる存在によって、地殻に封印された。しかし封印から漏れでた力の残滓──障気が世界から消えることはなく、怪物を完全に消し去ることもまた叶わなかった。全ての解決策として、最終的に大地は二つにわかたれた。

魔界と外郭大地。大地をわかつ一つの機構はパッセージリングによって制御され、惑星を循環する音素の流れは無限に等しいフォン・パワーを生み出し、封印を絶対のものとした。

 だが、この封印すら、永遠に続くことはなかった。

 創世歴時代から二千年が経過し、封印の限界が間近に迫った時代。パッセージリングは耐用年数の限界を向かえる。封印された化け物から漏れ出た力の残滓は次第に世界を侵し、いずれ化け物は復活するだろう。

 この事実を正確に予期していた、当時の始祖ユリアを中心とした一派は、この限界を踏み越え、オールドラントの存続を確実なものとするべく、世界に一つの法則を定める。

 パッセージリングの限界が間近に迫った時代、ローレライの完全同位体──聖なる焔の光と称される存在が地上に生まれ落ちる。この聖なる焔の光の手を借りて、音符帯に昇ったローレライは、オールドラントに向けて一つの力を放つだろう。

 それは第七音素の最高峰、消滅と再構成を司る力──惑星規模の超振動。

 放たれる力によって、オールドラントは消滅し、創世歴時代にまで遡り再構成される。そして再び二千年の時が流れ、封印が限界を向かえる度に、同じことが繰り返される。

 それが、停滞世界の真実。

 星の中枢に蓄積された歴史の流れは、いつしか停滞世界を維持するために利用され、未来の記憶を詠み上げし奇跡の御技──スコアと称されるようになった。はたして、教団が在ったが故にスコアが生み出されたのか、スコアが在った故に教団が組織されたのか。どちらが先に在ったものか、これは想像する以外にない。

 世界の再演を効率的に導く為には、既に起こった再演の軌跡を辿ることがもっともたやすい方法だった。故に、閉じた円環の中、停滞した世界は既に過ぎ去った世界の軌跡を辿りながら繰り返される。それが既に一度、終焉へと至った世界の軌跡を辿る行為に過ぎないことも知らぬまま、何度でも繰り返される。

 ローレライ教団の存在も、スコアに記された未来の記憶も、全ては地殻に封じられた希代の化け物、第八音素の集合意識体──オブリガードの復活を防ぎ、世界が続いていくために定められた、封印を補助する一連の機構を構成する歯車の一つに過ぎない。

 ヴァンはこの第八音素の集合意識体、オブリガードを使役することで、時空そのものに干渉する。世界を構成する因果律そのものを改変することによって、我々の生きる世界とは異なる、まったくの新世界の創世を導こうとしている。エルドラント上空に展開されたエネルギー体も、このオブリガードを使役することで導かれたものと推測される。

 ヴァンの目指す創世を防ぐ為にも、エルドラントへの侵攻が急がれるだろう。



 ……と、まあ、だいたいそんな感じの内容だ。



 しかし……改めて並べてみると、なんともデタラメな話だ。他人から聞かされたなら、到底信じられたものじゃなかっただろう。そんなとんでもない話を、いきなり真実だと突き付けられたんだ。作戦部が混乱するのも、まあ、仕方ないことなんだろうな。

 今、ジェイドは本部の人員と合流して、具体的な対案を練っている。ジェイドなら何らかの対策を見出すことができると信じられるが、それが明日に間に合うかは、正直微妙なところだと思う。

 いったい、明日の会議はどうなることやら。空を見上げる。月を遮るエルドラントの大地が視界に入り、知らず溜め息が口をついて出た。

 どうにも集中できない。思考を切り換えるべく、俺は改めて剣の型に意識を集中させる。柄を握る手に力を込めて、いざ振り降ろそうと持ち上げたとき。


「──随分と精が出るな、ルーク」


 背後から、其の声は響いた。




                  【2】




 練兵場で一人剣を振るっていた旧友に、カンタビレは声を掛けた。背後から突然響いた声に意識を取られてか、剣の勢いが鈍る。だがそれも一瞬。相手はこちらに顔も向けぬまま、直ぐに剣に意識を戻すと、素振りを続けたまま、どこか気の乗らない声を返してきた。

「なんだ、アダンテのおっさんか」
「あー……僕で悪かったな」
「いや、別にそういう意味じゃねぇよ。……というか、おっさんもこっちに来てたんだな」
「まあな。一応、今は僕がオラクルの代表ってことになってるからな」

 もっとも、兵力も半分以下に低下、碌に師団も機能しちゃいないがな。

 飄々と肩を竦めて答えると、ふーんと相手はどこか気の抜けた返事を返してきた。

 相変わらずの反応だな。思わず苦笑が浮かぶ。だが、今は昔話をしにきたのではない。沸き上がる旧懐の念を無理やり押し殺す。カンタビレは本題に話を繋げるべく、更に言葉を続けた。

「それより、少し話さないか?」
「ん? まあ、いいけど」
「ああ、別にそのままで結構だ」

 素振りを止めようとする相手を制す。少し離れた位置に立ちながら、月明かりを反射する剣舞の型を見据える。しばらく沈黙が続いた後で、カンタビレはようやく重い口を開く。

「シンクが残した言葉について、改めてカーティス大佐から説明を受けた」
「……そっか」

 僅かに素振りの剣速が落ちた。

「停滞世界の真実。繰り返される世界。そこから抜け出そうと足掻く、ヴァンの思い描く新世界の創世……か」
「あんまり驚いた風でもないんだな?」

 淡々と続けるこちらに、相手の声に意外そうな気配が籠もる。それにカンタビレは苦笑が浮かぶのを感じた。

「シンクにぶった切られた禁書庫の書類を回収したのは僕らだからな」

  ほとんどが判別不可能なまでに細切れにされていたが、それでも部分的に読み取れるものはあった。それらの資料をまとめ、カーティス大佐と作戦部に上げた報告書の作成にも、カンタビレの部隊は関わっている。

「それに……これでもローレライの研究者だったんだ。世界の歪みについては、それなりに感じていたさ」

 もっとも、世界が同じ歴史を繰り返しているだなんてことは、いくらなんでも考えつかなかったけどな。そう自嘲気味に付け加える。

 これまでこの世界に在って当然と考えられていた未来の出来事を詠み上げた預言──スコア。

 あって当然と考えられていた対象は、思考の硬直化を生み出す。スコアに関する研究は長い間停滞していた。せいぜいが年に数度、新進気鋭と売り込みを掛ける研究者が、学会でとんでもない仮設をぶちまけて、名を売ろうとするぐらいだ。

 ……そう、かつての僕のようにな。

 ひどく自嘲じみた笑みが浮かぶ。あの論文が、結局ヴァンに目をつけられることになった原因だったわけだ。そんな自分ですら、今回示された世界の真実とやらは予想を遥かに越えた地平に在った。結局、ある程度の違和感を感じていた自分ですら、その程度に過ぎなかったのだ。事前知識もなしに、真実に触れたヴァン達の抱いた絶望は計り知れない。

 ……少し思考が横道に逸れたな。

 ともすれば際限なく横道に逸れそうになる思考の流れを、今は無理やり押しとどめる。今は、そんな当たり前のことについて話しをしに来たのではない。

「ルーク。ついでに一つ聞きたいんだが、シンクを倒したとき、風刃も破壊したんだよな?」
「ああ、そうだぜ」
「触媒武器の残骸はどうなった?」

 唐突な質問。ルークは怪訝な顔をしながらも、手にした鍵を掲げて見せた。

「たぶん、ローレライの鍵に取り込まれたと思うぜ」
「……鍵に取り込まれた、か」

 予想外に低い声が出た。

「おっさん?」

 素振りを止めて、ついにルークがこちらを振り返った。相手のもの問いたげな視線を無視して、カンタビレは一方的に要求を告げる。

「ルーク、少しばかりローレライの鍵を貸してくれ」
「鍵を? まあ……いいけどな。ほい」
「あんがとよ」

 投げ渡された鍵を片手で受け取り、もう一方の手をかざす。小さな譜陣が展開された。解析用の譜陣。譜陣越しに鍵の全体を確認し終えると同時、音素の光は消えた。

「……やっぱり、そうか」

 以前、地殻からルークが帰還した時も、ローレライの鍵に関する情報は一通り記録してある。そのとき採取された情報と、今読み取った情報の間に、差異は存在しなかった。かつて測定された以上の第七音素は、鍵からは検出されなかった。

 ローレライの鍵に、触媒武器から解放されたローレライの構成意識は存在しない。

 次第に、表情が険しくなっていくのを自覚する。

「どうしたんだ、おっさん?」
「返すぞ」
「──っと。いや、だから、どうしたんだ?」

 投げ返された鍵を受け取りながら、ルークが再び問い掛けてきた。

 相手の困惑した表情を前に、カンタビレは迷う。伝えるか否かではない。どう伝えるのが一番いいか。選ぶべき行動に迷っていた。

 だが、どれだけ考えたところで、最初から選べるようなものは、何一つとして存在しないことに気付かされる。結局、そう動く以外にないのだ。

 黙り込んだこちらをどこか心配そうに見据えるルークに、カンタビレは顔を上げる。

「……カーティス大佐が提唱した理論の一つ。完全同位体に関する理論で、ビッグバン現象と呼ばれるものがある」
「大爆発……?」

「ビッグバン現象とは、オリジナルからレプリカの肉体へ音素情報が流出する過程で起こる現象だ。これは音素振動数がオリジナルと完全に同一な完全同位体との間にのみ発生する現象と言われている」

 第一段階、まずオリジナルの身体情報を構成する音素が外部に流出を始める。
 第二段階、流出した音素情報が流れ込む先としてレプリカの肉体を見出す。
 第三段階、音素情報の流出が完全になされ、オリジナルの意識がレプリカの身体に宿る。

「──そして最終段階、レプリカの意識が消え失せ、ビッグバン現象は終焉を向かえる。こうした結果が、生きた年月の差によって導かれるものなのか、それは定かではない。ただ一つ言えるのは、レプリカの肉体にオリジナルの意識が流れ込む事で、レプリカの意識は消え失せる」

 すなわち、魂の死だ。

「レプリカの肉体と意識を結びつけていた精神の残滓──記憶は残るが、そこにいるのはあくまでオリジナルの意識をもった存在であり、オリナル以外の何者でもない」

「………おっさん。ようするに何が言いたいんだ?」

 ひどく強張った表情で、ルークがこちらを見据えていた。

「もっと簡単に言えよ。つまり、俺とアッシュの間に……そのビッグバン現象が起りつつあるってことか?」

 相手の深刻な表情を見返しながら、しかしカンタビレは小さく首を左右に振った。

「いや、そうじゃない。オリジナルとレプリカの間に問題が発生する場合、そのほとんどはオリジナルから音素情報が採取された数日後に発生している。既にお前が生まれてから数年が経過している以上、アッシュの音素情報は安定しきっているだろうからな」

 あいつからお前に音素情報が流入する可能性は皆無だ。そう断言するカンタビレに、一瞬安堵の息をついた後で、より一層ルークの顔は怪訝そうにしかめられて行く。

「………なんか、ますます、おっさんが何を言いたいのか、よくわからなくなったんだが?」
「安心しろ、ここからが本題だ」

 戸惑う相手の顔を正面から見据え、カンタビレは続ける。

「今、お前の中にはローレライの中枢、第七音素の集合意識を統括する存在──ローレライの中枢意識体が存在するな?」
「まあ、そうらしいな。一応何回か聞いた気はするんだが、やっぱり中枢ともなると、他の分断されたローレライの意識とは何か違うのか?」
「ああ。集合意識体は文字通り、意識の集合体だからな」

 寄り集まった無数の意識は、中枢足り得る意識によって統括されている。

「ルーク。お前はそんなローレライの核たる中枢意識を、自らの肉体に取り込んだ状態にある。そして、お前はアッシュのレプリカで、完全同位体だ。だが、アッシュはもともと音素振動数が第七音素と同一の存在。つまり、お前はローレライの完全同位体でもあるんだよ」

 告げられた言葉に、ルークが目を大きく見開く。

「今のお前は、さっき説明したビッグバン現象が発生した初期の段階と、ひどく似通った状態にあると言えるだろうな」

 一つの器に、それ以上の意識が同時に存在する状態。
 この場合は、オリジナルがローレライ、レプリカがルークになるだろう。

 最終的にレプリカ側の意識が消え去る現象だ。
 ルークは動揺を顔に浮かべた後で、しかし直ぐに何かに気付いたように、はたと首を傾げた。

「ん? でもおっさん。俺が地上に戻ってきてからだいぶ経つが、俺の意識は別に消えちゃいないぞ」

 音素情報の流入が始まっているとしても、既に数カ月は経っていることになる。通常の場合でも、音素情報の採取されたオリジナルと同位体の間に問題が発生するかどうかは、早くて数日以内には判明すると言う。なにかが起こっているなら、兆候ぐらいは感じても良さそうなものだが。そう疑問を漏らすルークに、カンタビレは頷き返す。

「ああ、そうだな。カーティス大佐からも聞いたが、お前の意識には特に問題は生じていない。それは何故か? 答えは、ローレライの現状にある」

 しばし考え込むような顔で唸った後で、ルークは何かに気付いたように、はっと顔を上げた。

「まさか……触媒武器に、今のローレライの意識が分断された状態にあるからか?」
「そういうことだな」

 ヴァンはローレライの力を弱めるべく、やつの構成意識を触媒武器を用いて無数に分断していた。結果として、集合意識体なんて言うとんでもない容量の意識体を、自らの内に取り込んだ状態にあると言うのに、ルークの自我がローレライに飲まれることはなかった。

「もちろん、お前自身の意識が地殻で少しでも不安定な状態になっていたら、今頃どうなっていたかはわからないがな」
「…………」

 次第に堅い表情になるルークに背を向け、カンタビレは徐々に相手と距離を取り始める。

「触媒武器には、ローレライの集合意識から分断された、意識の断片が括られていた。だが、六神将を倒す度に、お前は触媒武器を破壊して、そこに囚われた意識を解放してきた」

 腰に挿された自らの触媒武器、地剣に手を添えながら、淡々と説明を続け、最後に決定的な言葉を告げる。

「このまま進めば、お前の中で──ローレライは復活する」




                  【3】




「──…………は?」

 何を言われたのか、とっさに理解できなかった。思わず間の抜けた言葉が口をついて出た。だが、目の前の相手は一切を無視したまま、淡々と言葉を続ける。

「このままローレライの力が回復していけば、最終的にお前の身体を統制するものは、より強い意識──自我をもった方になるだろうな」

 脳裏に過る無数の光景。

 断ち切られる闇杖。火槍。風刃。
 鍵に吸い込まれるように消え失せる、触媒武器の残骸。

「相手は腐っても世界法則を司る意識体だ。このままローレライが復活すれば、お前の意識は為す術なくやつの意識に飲まれる。そして、ローレライの望むことは一つ。この世界の維持だ」
「…………」

 パッセージリングの耐用年数が限界を向かえ、オブリガードの復活が目前に迫った時代。
 地上に生まれ落ちる完全同位体の手によって、ローレライは音符帯に昇る。
 そして……

「……音符帯から放たれる惑星規模の超振動によって、世界が繰り返される……?」
「そうだ。ローレライがお前の人格を統制したとき、超振動による世界の再演が起こるだろう」

 こちらに背を向けながら、距離を取っていたおっさんが、不意に足を止めた。尚も振り返らぬまま、背中越しに言葉が届く。

「おそらく、ヴァンにとってもこの事態は予想外のものだったはずだ。地殻にお前の器を投げ捨てたのも、ローレライの行動を制限する手段の一つだったろうからな」

 ローレライの行動を制限?

「でもおっさん。聞いた話だと、ヴァン達はセントビナーの一件にも特に妨害の動きを見せなかったんだろ? 地殻でローレライに意識を飲まれた状態で、俺の身体が地上に戻ってたら、それこそ、やつにとっても最悪の事態が起こり得たんじゃないのか?」

 どうも納得が行かない。首を捻る俺に、そうでもないと、おっさんは否定を返す。

「仮に地殻でお前の意識がローレライに飲まれた状態で、やつが地上へ出ることがあったとしてもだ。衰弱しきった状態にあった当時のローレライに、惑星規模の超振動を放つ力はなかったからな」

 むしろ、お前の身体を碌に動かせたかどうかも怪しいところだ。そう肩を竦めてみせた。

 改めて、告げられた言葉の内容を振り返る。

 つまりだ。触媒武器を破壊することで、分断された意識が回収され、ローレライは力を取り戻して行く。このまま音素情報の流入が進めば、誰にとっても最悪の事態が起こりうる。なら、逆を言えば……

「これ以上、俺に触媒武器を破壊するなって言いたいのか、おっさん?」

 そういう話なら納得だ。触媒武器に囚われていた意識体を回収する度に、俺自身の力が上がっていたような感覚もあったが、あれも俺の中でローレライが力を取り戻していった過程で起こった、副産物に過ぎなかったんだろうな。

 ようやく話が掴めたと、少し安心しながら問い掛ける俺に、しかしおっさんは曖昧な言葉を返す。

「……それで収まれば、話しは早かったんだがな……」
「ん、それってどういう意味だ?」」

 怪訝に想いながら問い掛ける。だが相手はこちらに背を向けたまま、質問とは関係ない言葉を口に載せる。

「……カーティス大佐達と行った協議の結果、世界の再演が起こらない状況が、わかっているだけで三つある」
「おっさん……?」

「一つ、ローレライがこれ以上力を取り戻すことなく、お前の自我がローレライを押さえ続けた場合。これは今の状態が続くのと同じことだが、お前の寿命がつきればローレライは解放される。ひどく消極的な策だ。また、このままヴァンの進める創世が訪れたならば、意味のない方法でもある」

 こちらの問い掛けを無視したまま、一方的な話が展開されていく。

「一つ、世界そのものの枠組みを再構築させた場合。これは、ヴァンがやろうとしていた方法だ。既存の世界法則そのものが、覆されるんだ。音素というこの世界を構成する最も基本的な法則すら一変されるだろう。この世界が無くなる事を別にすれば、あらゆる問題が解決する方法ではあるな」

 そこで、おっさんは言葉を切った。

「……なら、最期の一つってのは、いったい何だ?」

 淡々と説明を続ける相手の雰囲気に飲まれるように、気付けば俺は問い掛けていた。

 無言のまま振り返るおっさん。手には抜き身の地剣が握られていた。

「最後の一つ。それは──」

 ──直後、背筋が泡立つ。本能が命じる声に従うまま、とっさにその場から飛び退く。

 荒れ狂う衝撃波がこめかみを掠めて飛んだ。放たれた重力波を伴う斬撃によって、練兵場はズタズタに切り裂かれる。一瞬遅れて、大地そのものが砕け散った。

「おっ、さん……?」

 目の前で、抜き身の地剣を肩に担ぎながら、殺気を周囲に放射する者は、いったい誰だ?

「最期の一つ」

 それは第七音素と第八音素。世界の停滞と破滅の原因たる両音素の、中枢たり得る意識体のどちらか一方を、完全に消滅させた場合。

「……世界の再演も、ローレライの中枢意識が、怪物の復活する前兆を感じ取って、始めて動き出すものだ」

 破滅をもたらす怪物の存在そのものが消滅するか、あるいは再演を起こすローレライの中枢意識が消え去れば、世界の再演もまた、起こらなくなるのは当然の帰結。

 肩に担いだ大剣の切っ先が、俺に突き付けられる。

「そして、第七音素と同じ音素振動数、ローレライの力を備えた触媒武器を使った攻撃なら、お前の身体からローレライを乖離させることなく、お前をローレライ諸共──殺すことが可能だ」
「っ──!?」

 強引な踏み込み、剣先に収束する地属の力。目の前に迫る切っ先。

 鳴り響く高音。辛うじて引き寄せるのが間に合ったローレライの鍵が、叩きつけられた剣の衝撃に火花を散らす。

 何が起きているのか、思考が追い付かない。

 交錯する剣越しに、俺は斬りかかった相手に叫ぶ。

「くっ……おっさん、本気なのか!? 最初に言った、方法じゃ、ダメ、なのかよ!?」

 突然の襲撃に混乱しながら、それでも必死に頭を動かして反論する。

 ローレライがこれ以上力を取り戻すことなく、俺の自我がローレライの意識を押さえ続けた場合も、世界の再演は起こらないはずだ。確かに、俺の寿命が尽きるまでというタイムリミットはあるかもしれないが、ヴァンの創世を防げば、かなりの時間がまだまだあるはずだ。その間に、他に方法はないか探ればいい。

 必死に訴え掛けるが、相手は微塵も揺らがない。

「……全ては、最初に言ったビッグバン現象に繋がることだ」

 ローレライの構成意識が分断され、触媒武器に括られている限り、音素情報の流入も遅々としたものになるだろう。だが、それでもローレライは確実に力を取り戻していく。

「これは、ビッグバン現象の研究過程で判明した事実だ」

 そう前置きすると、おっさんは端的な言葉で、最悪の事実を告げる。

「一度始まった音素情報の流入を防ぐ術は、存在しない」

 告げられた言葉に、俺は愕然と目を見開く。

 交錯する剣越しに見える相手の表情からは、何の感情も読み取ることができなかった。押し合う剣に込める力を、一瞬も緩めることなく、地剣の担い手は淡々と続ける。

「つまり、仮に残りの触媒武器を破壊することなく、ヴァンの創世を止めたところで、いずれローレライはお前の中で復活する。復活したローレライにお前の自我が飲まれたとき、やつは音符帯に昇るだろう」

 そして、世界は再び永劫回帰の牢獄に囚われる。

「だから選べる道も、最初から、一つしか存在しない」
「──っ──ーーー!?」

 交錯する剣に力を込め、互いにその場を飛び退く。

 一切の躊躇いなく、振り降ろされる一閃。身体を切り裂く寸前、反射的に切り上げた切っ先で弾き返す。

 交わされる剣戟。連続して響き渡る甲音。

 動揺に意識を掻き乱されながら、ただ身体に叩き込まれた反射行動に従い、俺はひたすら相手の攻撃を受け流し続ける。

 だが、そんな気の抜けた状態で、いつまでも相手にできるような存在ではない。

 目の前に迫る切っ先。発射的に、剣先を跳ね上げ、攻撃を弾く。
 不意に相手は身体を翻す。腕が、身体が、足が、大きく後方に回転する。

 攻撃を弾かれた勢いすら利用した、全身の体重を乗せた回転斬りが放たれた。

「がっ───!!!」

 衝撃に苦悶の声が漏れた。斬撃の勢いに押し負けた俺の身体は遥か後方に吹き飛ばされる。辛うじて体制を崩すことだけは防いだが、それでも相手に行動の自由を与えたまま、間合いが離されてしまった。

「──断ち切れろ」

 轟く裂声。カンタビレの肩越しから振り降ろされた大剣が、大地を薙ぎ払う。

《臥竜───滅破!!》

 巨大な斬撃が放たれた。斬撃の余波に地面が捲り上がり、大地は地響きを上げながら砕け散る。

「くっ─────」

 低く身体を転がして、一撃をやり過ごす。衝撃の余波に強かに身体を打ちつけられながら、荒れ狂う重力波に耐える。


「これで最後だ、ルーク」


 地剣が地面に突き立てられる。

 剣の切っ先が光を放つと同時、巨大な譜陣が展開された。
 地響きを上げながら揺れ動く大地の中心に、爆発的な勢いで音素が収束する。

《重圧の軛に、囚われ朽ちろ───》

 光輝く譜陣に制御されながら、俺の頭上で漆黒の重力場がうねりを上げた。
 譜陣はゆっくりと回転しながら、どこまでも力を高めて行く。

《───グラビティブレス》

 漆黒の重力場が、俺の全身を押し潰す。
 全身を貫く超重力の軛に、俺は絶叫を上げた。

「ぐぁぁぁぁああぁっ────っ───っ!!!?」

 ズンっと音を立てて、俺の立つ大地が陥没する。全身の筋肉がビキビキと音を立て、骨がギチギチと軋む。地面に突き立てた剣に寄り掛かり、辛うじて倒れ込むのだけは防ぐが、そんなものは気休めにもならない。

 全身を襲う苦痛に耐えながら、俺は相手に縋り付くように、腕を伸ばす。

「おっさん……本気、なの……か……っ!?」

 答えは返らない。

「おっ……さん……っ!?」

 答えは返らない。

 さっきの話が事実なら、確かに俺の中のローレライを殺せば、世界の繰り返しは防がれる。だから、おっさんは選んだのか? 俺を切り捨てることで、永劫回帰の牢獄から解放される道を──……

 全身を貫く苦痛に激しく思考が掻き乱される。一瞬の内に、無数の考えが浮かんでは消えた。

 ぐちゃぐちゃになった思考はまとまりを持たない。全ての答えを求め、俺は目の前の相手に縋り付く。

「──答えろよっおっさんっ!?」


 答えは、返らない。




 両足から、骨の砕け散る致命的な音が響いた。




 ────死にたくない。




 両腕から、断裂した筋肉が鮮血を噴き出した。




 ────死にたくないか。なら、どうすればいい?




 薄れ行く意識の間隙に、紛れ込むようにして、囁き声が響く。




 ────簡単な話だ。この状況をつくった奴を───






 殺される前に、殺せ





 乾いた声が告げた。





                  【4】




 ガラスの砕け散るような音を立てて、重力場が崩壊する。
 強引に振り上げられた鍵の一閃によって、力場はたやすく切り裂かれた。
 自由を取り戻したルークが、自らの敵対者に向けて駆ける。

 ルークの身体を深緑の風が取り巻き負傷が一瞬で完治する。鍵の刀身から紅蓮の焔が吹き上がり天を貫いた。踏み込んだ大地を漆黒の闇が伝い喰らい尽くす。

 戦場を埋めつくす暴虐なまでに強大な力の波動。

 どこまでも荒々しい、獰猛な殺意が世界を貫いた。

 間合いは一瞬で消失する。カンタビレは反応すら出来ない。
 棒立ちになるカンタビレに向けて、殺戮の鎌は振り抜かれた。



「──────」



 滴り落ちる鮮血。

 喉元に突き付けられた刃。

 薄皮一枚を切り裂いたところで、剣先は停まっていた。


「ぐっ───がぁっ───」

 苦悶の声を上げながら、殺意の担い手は自らの頭を押さえた。荒れ狂う意識の波に苦しみながら、すべてを強引に撥ねつけるように、空を仰ぐ。


「───テメェらは、いい加減、黙ってろっ!!」


 ルークの身体を取り巻く風が凪に戻る。鍵の刀身に絡みつく焔が燃え尽きた。地に広がる闇が霧散する。

 この一喝に、周囲を圧倒していた殺意の波動は、まるで最初から存在しなかったとでも言うかのように、一瞬で消え失せた。

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 荒い息をつきながら、ルークは乱暴に剣を地面に突き立てる。

「──何を考えてやがる、おっさん!」

 ついで目の前に立つカンタビレの胸ぐらを掴み上げ、吼えた。

「あと一歩、間違えれば、俺はあんたを殺してる所だったんだぞ!! しかも触媒武器を使ったあんな一撃を放つなんざ、本気で俺を殺す気かよ!?」

 怒鳴り声を上げるルーク。それにカンタビレは抗うでもなく、胸ぐらを掴み上げられるに任せたまま、ようやく口を開く。

「…………ルーク……お前、なんだな?」
「あん? 何当たり前のこと聞いてんだよ」

 返された反応に、カンタビレの口から安堵の息が漏れた。

「……何とか、成功したってことか。……さすがに、肝を冷やしたな」
「だからさっきから何を訳わからんこと──……って、マジで大丈夫か?」

 自分の掴み上げる相手の異変にようやく気付いてか、ルークが慌てたように尋ねてきた。

 カンタビレの顔色は完全に青ざめ、全身から滴り落ちる汗が次々と地面を濡らす。全身に力は入らない。ルークに掴み上げられた部分に寄り掛かるようにして、辛うじて体制を維持する。それがなければ、今頃地面に倒れ伏しているだろう。

 さっきまで剣を突き付けあっていた相手と同じ人物とは到底思えない、疲弊しきったカンタビレの様子に、それまでの気勢を削がれてか、ルークが僅かに怒気を収めた。ついで、呆れたような口調で尋ねる。

「はぁ……もうマジで訳わからんな。本気で、何を考えてたんだ、おっさん?」
「まあ、今からそれを説明するよ。だから、そろそろ放してくれると、助か……──うっ──」
「って、おっさん! おい!! 白目向いてる場合じゃ、げっ! というか、これはマジでやばく───」

 人気のない練兵場に、ひたすら動揺しきったルークの声が木霊した。




                  【5】




「あー……大丈夫か? マジで」
「ああ、もう落ち着いたよ」

 いまだに青ざめた顔のおっさんに、本当かよと思ったが、これ以上それに拘っていても話が進まない。だから、本題を切り出す。

「それで、話してくれるんだよな?」
「ああ。全て説明する」

「なら聞くが、さっきの戦闘はいったい何だったんだ?」
「……さっきの話の続きになるが、お前の中にローレライの中枢意識は存在する」

 カンタビレがこちらの胸の中心を指さす。

「一度始まった音素の流入を途中で止める手段がないのも本当だ。このまま行けば、ヴァンを倒して新創世の創世とやらを止めても、いずれローレライはお前の中で復活し、世界の再演が起こるだろう」

 そこで言葉を一旦切ると、おっさんは指を天に向ける。そこには月明かりを遮るエルドラントの大地があった。

「だがな、全ての元凶たるオブリガードが完全消滅すれば、話は別だ」

 告げられた言葉に、これまで一方的にされてきた話の一つが蘇る。

 ──三つ目の方法。それは第七音素と第八音素。世界の停滞と破滅の原因たる両音素の、中枢たり得る意識体のどちらか一方を、完全に消滅させた場合だ。

「つまり、あれか? さっき言ってた三つ目の方法の、別バージョンってことか」

 俺の中のローレライじゃなく、オブリガードを消滅させるってことか? 尋ねる俺に、相手もそうだと頷き返す。

「ローレライが世界を再構築しようとするのも、オブリガードが復活する前兆を感知してのことだからな。当然、オブリガードが消滅しても、世界の再演は防がれる。だが、一つの属性を司るような意識体を完全に消滅させようって言うんだ。必要になる力はそれこそ膨大。これを成し遂げるためには、お前が自らの内にすくうローレライの存在を自覚して、制御する必要があった」

「自覚して、制御するか」

「ああ。顕在化したローレライの力は強大。だが、ローレライの意識に手綱をつけることなく、この力を無自覚に使うのは危険だ。お前も、これまでに何度か覚えがあるんじゃないか?」
「……言われてみれば、まあ、確かに……」

 思い出すのは、フェレス島における戦闘。闇杖を叩き切ったときの意識の流れなんか、まさにそれだろうな。

「さらに言えば、ローレライの完全な制御が成功すれば、今後も音素情報の流入が続こうが、お前の意識がやつに飲まれることはなくなる」

 つまり、全ての問題が解決する。そう続けた後で、おっさんは僅かに顔をしかめた。

「だがな、問題が一つあった。ローレライの意識が顕在化しないことには、そもそもお前が自らの内に巣くうローレライの存在を自覚することは不可能だった。ローレライを制御する切っ掛けを掴むためにも、やつの意識を刺激して、一度表に起こしてやる必要があった訳だ」

 ローレライの意識を刺激、か。……ん、待てよ? ということはだ。

「おっさん、問答無用で俺に襲いかかった理由も、もしかして、それなのか?」
「そういうことだ。ローレライの意識が表に顕在化するのも、お前の器に危機が迫ったときぐらいだからな」
「はぁ……無茶するぜ」

 恨めしげな視線を送る俺に、おっさんは苦笑を刻んだ。

「そうでもないさ。なにしろまだローレライも完全な状態にはほど遠かったんだ。勝算はかなり高かいものがあったよ。それとも、完全な状態に復活したローレライと勝負する方がよかったか?」
「うっ…………まあ、それよりはマシか」

 確かにこの先、完全な状態になったローレライの意識に手綱を付けるよりは、まだマシなのかもしれない。……そもそも比較対象からして、何かが間違ってるような気がしてならない訳だが。

「僕がお前に剣を向けた理由はそんな所だ。で、こいつはどうする?」
「ん? って、地剣か」

 差し出される裁ち鋏のような奇怪な形状をした大剣。
 ローレライの司る地属に関連した、構成意識が括られた触媒武器。

「今のお前はローレライを完全な制御下に置いた状態にある。だから、今更新たに一つ二つ分断された意識が回収されたところで、大した影響はない」

 つまり、地剣を破壊して取り込んでも、大丈夫ってことか。

「それにいずれヴァンとぶつかるんだ。今のお前がローレライを制御したと言っても、第八音素の集合意識体は、完全な状態のローレライをもってしても、滅ぼしきれなかった化け物って話しだ。どっちにしろ、ある程度力を取り戻したローレライを制御下にでも置かない限り、勝算は低い」

 どうする? そう言って、再度差し出される地剣。
 受け取った地剣を一瞥した後で、俺はそのまま地面に突き立てる。

 腰に挿したローレライの鍵に手を掛け、一閃。

 絶ち切られた触媒武器は山吹色の音素の光を吹き上げ、俺の中に取り込まれた。
 ローレライを完全に制御下に置いた今、俺の意識が掻き乱されることはない。

「……進めといて何だが、ずいぶんとあっさり決めたな」
「どっちにしろ必要な力なんだろ? なら、ありがたく貰っておくさ」

 レムの塔で垣間見た第八音素の力の一旦。エルドラント上空で膨張を続ける漆黒の第八音素の集積対。
 あれに対抗する為には、まだまだ今の俺では足らない。せっかく力をつける機会があるんだ。可能な限り、貪欲に汲み取っておくべきだろう。

「そうか。なら最後に一つ。一応、カーティス大佐と連名で司令部に上げた作戦案も、だいたい今言った方針に沿ったものになっている。おそらく、明日の会議で詳しい部分を詰めることになるだろうな」

 つまり、あとは明日になるまでわからないってことか。

「まあ、方法が方法だけに、ちょっとばかし複雑な心境だが、いろいろ助かったぜ、おっさん」

 軽い口調で礼を言う俺に、しかし、おっさんは顔を逸らした。

「……礼を言われるようなことは何もしていないさ。この案にも……何も問題がない訳じゃないからな」
「ん、まだ何かあるのか?」

「第七音素の対極に位置するような音素の集合意識体を消滅させるんだ。そんな規模の超振動を放つには、完全に覚醒した状態のローレライの力を、それこそ全力で振るう必要がある。だが、それでオブリガードが消滅したとしても、覚醒したローレライの力を全力で振るったとき……それでもなお、お前が自分の意識を保てるかどうかの保証は、何もない」

 そう言って、おっさんは顔を俯けた。

「勝手な言い分だよな。他の選択肢も碌に示さずに、実行者に危険が及びかねないような不安定な方法を一番にすすめるんだ。だが、それでも、お前に頼る以外にないのが現状なんだ」

 ひどく陰鬱な表情が相手の顔に浮かんでいた。俺に対する負い目がよっぽど深いのか、いつまで経っても、おっさんは顔を上げようとしない。

 ……なんだか、段々腹が立ってきたな。俺はゆっくりと拳を握ると、おっさんの前に立つ。

「おっさん」
「ん?」

 顔を上げたおっさんの頭を、思いっきりぶん殴る。体重を乗せた全力の一撃。かなりいい感じに入ったのか、おっさんは盛大に吹き飛ばされた。

「ぐぉぉっぉっ!? 頭が割れるように痛むーーーっ!?」
「ふん。そいつは良かったな。少しは気分がスッキリしたか、おっさん」
「ぜんぜん良かねぇよ!! ってか、いきなり何しやがる、ルーク!?」

 地面を転げ回りながら、苦悶の声が上げていたおっさんが、即座に起き上がってこちらに喰ってかかってきた。それに俺は拳を軽く振って応える。

「まあ、こいつでチャラにしようぜ。問答無用で俺に襲いかかった件も、オブリガードへの対応方法も──三年前の件も、全部合わせてな」

 おっさんが目を見開く。

 これまで無意識のうちに、俺たちが触れることを避けていた話題。

 三年前、俺の世界は一度崩壊している。

「ギンナルが死んだあの日、結局、俺は何もできなかった。おっさんは全て終わった後に、黙って街から消えた。正直ショックだったな。少しの間、おっさんのこと恨んでた時期もあったんだぜ? でも、結局、何もできなかった俺なんかがどうこう言えた話しじゃないってのにな。随分と勝手なやつだよ」

 それでも、こうして再会した今、俺たちは何事もなかったかのように、かつてのような距離をもって言葉を交わしてきた。

 だが、内心で互いに負い目を抱えたままじゃ、気分が良くないのは当然だよな?

 おっさんの顔を見据え、一息に告げる。

「だからさ。これまでのことも全部合わせて、今の一発でチャラにしようぜ。負い目を抱くとか、そんなのはもうさ。俺たちにとってしてみれば、今更の話だろ?」
「ルーク……」

 呆然と俺を見据えるおっさん。少し照れくさいものを感じる。だが、ここはあえて言い切る。

「それに最初からヴァンの創世は止めに行く予定だったんだ。その予定にオブリガードの消滅が新しく加わったところで、大した違いはねぇさ。おっさんが、俺に負い目を抱く必要なんか何もねぇよ」

「……だが、それでも僕は…………」

 暗い表情で、おっさんは尚も言い募ろうとする。幾ら言ってもわかろうとしない相手の強情さに、俺はとうとう叫んでいた。

「がぁぁあぁぁ! だから、気にする必要なんざ何もねぇの! ローレライの力を全力で行使するのに問題があったとしてもだ。俺は絶対にローレライなんかに負けねぇよ」

 ああ、そうだ。もう俺が自分を見失うようなことはない。

「ヴァンも、オブリガードも、ローレライも───」

 ローレライの鍵を天に向け突き付ける。

「どいつもこいつも上等だ。俺が、全部叩き潰してやるよ」

 盛大に啖呵を切った。

 俺の傲岸な宣言に、おっさんはしばし呆然とした様子で目を見開いていた。だが、突然顔を俯けると、次第に肩を震わせ始める。

「おっさん?」

 震える肩の勢いが限界を超え、身体を二つに折る。腹を押さえながら、おっさんは盛大に笑い声を上げていた。

「っ──くくくっ─っははっ! ああ、そうだな。お前はそういう奴だったよな!」
「へっ、ようやく思い出したかよ」 

 目尻を拭いながら、おっさんは顔を上げた。

「ああ。これでもかってぐらいにな。本当に羨ましくなるような底抜けのバカだよ、お前は」
「ぐっ……褒められてるような気がぜんぜんしねぇが……まあ、否定もできねぇか」

 結局どこまで行っても、俺の根っこの部分は変わらないってことかね。

 一頻り笑うと、おっさんは身体を起こす。浮かぶ表情に、隠逸な影は見えない。

「もう心配とか遠慮はしない。とっととエルドラントに突入して、全て終わらせて帰って来いよ、ルーク」
「ああ。安心して任せとけ、おっさん」

 肩を叩くおっさんの信頼の籠もった言葉に、俺は力強く頷きを返した。




                  【6】




 練兵場から去っていくルークの背中を見送る。

 負けた。本当に完敗だった。だが、不思議と嫌な感じはしない。むしろ、救われたのかもしれない。カンタビレは先程交わした言葉を思い起こす。

 見るものが見れば、あいつが歩んできた道は、あまりに過酷なものに映るだろう。だが、あいつはそれがどうしたと言わんばかりに、決して顔を俯けることなく、真っ直ぐな道を歩み続けている。一度すべてに背を向けて逃げ出した自分とは大違いだ。

 本当にかなわないな。

「──宜しかったのですか? 我々の動きについては、何も伝えずに済ませても」

 ルークが練兵場から完全に去った後、カンタビレの背中から其の声は響いた。だが動揺することなく、カンタビレは言葉を返す。

「さてな。結局はあいつがヴァンの所まで辿り着かないことには始まらない。そのときが来れば、いずれわかることだろうさ、ライナー」

 背を向けたまま、自らの副官に呼びかける。

 ライナーがここに居るのは、自分の要請があったためだ。何しろ、ローレライの意識を無理やり覚醒させて、ルークに捩じ伏せさせるという荒技に挑むのだ。万が一の場合を想定して、師団の者達には背後で待機して貰っていた。

 まあ、全てが終わってみれば、本当に無駄な心配に過ぎなかったわけだが。

「……分の悪い掛けのように思ってしまうのは、私が彼についてさして知らないためでしょうか?」
「まあ、誰だって一個人に全てを掛ければ不安にもなるさ」

 第八音素集合意識体──オブリガード。

 各地に点在する童謡にも、その威容は語り継がれていた。『あいつ』がモースから伝えられた真実の下、世界中の古代遺跡を駆けずり回って蒐集した遺物にも、その存在を示唆する情報が多数含まれていた。

 第七音素の対極。歴史の裏に抹消された存在。世界を破滅に導く怪物。

 かつてローレライですら滅ぼしきることができず、地殻への封印と、プラネットストームという無限に等しいフォン・パワーを生み出す世界規模の牢獄を構築する以外に、対処することが叶わなかった存在だ。

 そんな規格外の化け物を相手にすると思えば、不安に感じない方がおかしい。

「だが、僕は気付いたよ。問題の本質は別にあるのさ。どうしても不安を消せないようなら、簡単だ。考えればいい。いったい自分に何ができるのか? そいつを考えればいいのさ」

 わかるだろ? 肩を竦めて言い放つ。すると相手はどこか納得したように首を頷かせた。

「なるほど。つまり、我々はいつも通りの行動をすればいい。そういうことですね」
「ああ、そういうことだな」

 天空に浮かぶ栄光の大地を見上げる。自分たちがエルドラントへ向かうことはできない。だが、ルーク達を送り出して、そこで全てが終わる訳でもない。地上に残った者たちにも、まだまだできることはあるはずだ。

「そう……少しでもあいつの力になるためにも、な」


 それぞれが、それぞれのできることに全力を尽くす。

 ただ、それだけのことだった。



  1. 2005/04/18(月) 00:00:37|
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