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──A.L.M──

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第1話 「美人の甘さと夜の海」


「────ク。ルーク。起きて、ルーク」
「うっ……」

 肌を舐める冷たい空気の流れ。頬にあたる青臭い草の感触。
 茫洋とした意識が焦点を合わせ、促されるまま身体を起こす。

「──気がついたのね、よかった」

 すぐ目の前で微笑む美人さんが居りました。

「…………っ」

 俺は二の句も告げられぬまま、呆然とその笑顔に魅入る。
 そんな俺の無防備な反応をいったい誰が責められようか!
 いや、誰も責められんと俺は断言しますよ!!

 ……というか、どっかで見た顔だな。

 いまだ霞がかった意識のままじっと彼女を見据える。
 すると、姉ちゃんはすぐに微笑を消して、どこか作った様な無表情になった。むぅ、残念。

 視線を相手の顔から全身に移す。流れるような長髪にスリット入った黒服。細身ながら鍛えられた四肢は軍人のそれだ。
 ついで胸部に、信じられん程たわわに実った果実が二つばかり、視界に入、る……ん?

「って、うぉっ! 暗殺者のチチの姉ちゃんかよ!」

 一瞬で蘇る直前の記憶。師に刃を向ける襲撃者の姿。思わず仰け反り、逆手にブリッジ。
 ゴキブリの如くしゃかしゃか両手を動かして盛大に相手と距離を取る。

「暗殺者の父……?」

 俺のちょいとばかり錯乱した発言に、姉ちゃんは意味がわからないと小首を傾げた。

 ぐっ、やばい。なんか、かわいいかも。クールな美貌の中に垣間見える可憐さ。屋敷では見ないタイプだな。

「って、いやいやいやいや……こいつは暗殺者だ! 血迷うなよ、俺」

 スキルすけべぇが発動しかけるのを、必死に言い聞かせて抑える。姉ちゃんは俺の名前を知ってる様だが、おそらく予め屋敷について調査していたんだろう。屋敷での出来事を思い返す限り、標的は師匠のようだったが、俺もそうじゃないとは限らんのだ。

 半ば錯乱気味に頭をブンブンふりながら自問自答していると、不意に右足が軋んだような音を上げた。ついで訪れる激痛。

「って、いてててて……っ!」

 な、なんだこの激痛っ!?

「待って、急に動かないで。……怪我は? どこか痛むところは?」
「うっ……だ、大丈夫だ。それより……」

 こちらの状態を気づかう彼女を制し、改めて俺はぐるりと周囲に視線を巡らせる。

 虫の鳴き声が響く。なんだか綺麗な草原に俺達ポツンと二人きり。明らかに屋敷以外の場所ですよ。

「ここって、いったいどこよ?」
「さぁ……わからないわ。かなりの勢いで飛ばされたけど……プラネットストームに巻き込まれたのかと思ったぐらい……」

 後半はよく聞き取れなかったが、どうやらこの姉ちゃんも、正確に状況を把握してる訳ではない様子。どうも今回の事態はイレギュラーっぽい。

 それに、冷静になってよくよく考えてみたら、俺を殺るつもりなら、気を失ってる間に殺られてたな。

 多少気分が落ちつくのを感じて、ようやく俺は、まず尋ねて当然の疑問を口に出す。

「しかし、一体なにが起きたんだ……? それに姉ちゃん。あんた一体……?」
「私はティア。どうやら私とあなたの間で超震動がおきたようね」

 深刻そうに額を押さえながら返された言葉は、意味のわからんものでした。

「ちょうしんどう? なんだそりゃ」
「同位体による共鳴現象よ。あなたも第七音素術士だったのね。うかつだったわ。だから王家によって匿われていたのね」

 勝手に推論を展開しながら、ずいっと俺の方に詰め寄って来る姉ちゃん。

 なんだか良い匂いが髪から届き、俺の鼻孔をくすぐる。複雑な色合いを宿した瞳が俺を見据える。手を伸ばせばすぐにでも触れられそうな位置に、姉ちゃんの身体があった。

 こ、この距離はまずい!

「ちょー、ちょーっと黙ってくれ!」

 慌てて距離を離す。だが、動揺が収まり切らず、口から出るのは狼狽しきった叫び声でしかなかった。いや、むしろ落ち着け俺。

「……と、ともかく、あんたが何言ってんのか、こっちはさっぱりだっ!」
「…………」

 突然相手は口を閉じた。俺は気押されて更に一歩引く。美人は黙ってるだけでも迫力があるなぁとどうでもいい事が頭に浮かぶ。

「うっ、なんとか言えよ」
「黙れって言ったかと思えばなんとか言え、とはね」
「ぐっ……」

 相手の正論に、俺は言葉に詰まった。やはり男は女に口では勝てないようだ。

「ともかく、話は追々しましょう」

 あなた何も知らないみたいだから、ここで話をするのは時間の無駄だと思う。そう肩を竦めて話を締める姉ちゃんに、その通りだなぁと納得する。俺って自他共に認める馬鹿だしな。難しいことはわかりませんよ。

「んじゃ、このあとはどうすんだ?」
「あなたをバチカルの屋敷まで送って行くわ」

 姉ちゃんの言葉に、一瞬呆気にとられた。真意を伺う様に相手の瞳を見据えるも、わかるのはどこまでも強い自責の念と、俺に対する巻き込んでしまったという申し訳なさでしかなかった。

 ……なんつぅーか、暗殺者のくせして妙に義理堅いというか、甘いやつだな。それとも標的以外は巻き込まないとかいう、プロ意識の賜物かね?

 どっちにしろ、あんま悪い奴じゃなさそうだがな。

 しみじみと頷いていると、姉ちゃんはこっちの挙動に不可解そうな視線を送っていた。とりあえず返答が先か。

「ま、わかったぜ、迷惑かけるとは思うが、とりあえず道案内よろしく頼むわ、えーと、ティア」
「ええ。必ず送り届けるわ」

 硬い表情でいやに力強く頷くティアに、なんだかなぁと思いながら、とりあえず当面の問題を尋ねてみる。

「しかし、どうやって屋敷に向かうんだ? ここがどこか、あんたもわからねぇんだろ?」
「向こうに海が見えるでしょう」

 ティアが俺の背後を指し示した。ん、確かそっちは空しかなかったような? 疑問に思いながら背後を振り返る。

 夜の深い闇の中、月明かりを反射して輝く水のうねりがあった。一定の感覚で聞こえてくる音が、うねりが寄せては返す度に、耳に心地よく響く。これが、噂に聞く波の音なんだろうか。

「あれが……海なのか」

 他人がすぐ側に居るのも気にならず、俺は初めて見る海に──魅入られた。

 屋敷をたまに抜け出すことはあったが、さすがに港付近は危険だと散々言い聞かされていたため、近寄ったことすらない。俺の行動範囲はあくまでも、屋敷と城下の一定範囲に限られていた。それに、たかがデカイだけの水溜まりと馬鹿にして、わざわざ危険を冒してまで見に行こうなどとは思わなかった。

 そんな、地平の彼方まで続く、でかいだけの水溜まりが、今、俺の目の前にある。

 それが、こんなにも印象深いもんだとは、思わなかった。

「……とりあえず、この渓谷を抜けて海岸線を目指しましょう。街道に出られれば辻馬車もあるだろうし、帰る方法も見つかるはずだわ」
「抜ける……抜けるって、どうすれば海に出られるんだ?」

 海を見つめたまま、耳に届くティアの言葉にも、どこか茫洋とした意識のまま応じる。

「耳を澄ませて。波の音とは別に、流れる水の音がするわ。川があるのよ。川沿いを下っていけば海に出られるはずよ」
「……へえ、そういうモンなのか」

 そういうものよ。応じるティアの言葉も、どこか遠くに感じる。

 しばらくの間、俺は海に見入られたまま、動けなかった。


 結局、俺の意識が海から戻るまで、ティアはなにも言おうとはせず、静かに俺の側で佇んでいた。こいつは屋敷に襲撃を仕掛けた相手だ。俺が王都から一度も外に出たことがないって情報も、その事情まではわからずとも、調査済だった可能性は十分考えられた。

「……行きましょう」
「わ、わかってるっつーの!」

 素知らぬ顔で静かに促すティアに、我に返った俺は急激に沸き起こる気恥ずかしさに動揺しまくりの答えを返すのだった。



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  1. 2005/11/29(火) 17:32:48|
  2. 【家族ジャングル】  第一章
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第2話 「大きな借りと思わぬ失言」


 川はすぐに見つかった。後は流れを辿って行けばいい訳なんだが、下り坂の先に、なんだか妙ちくりんなもんが居る。

「なんだありゃ?」

 イノシシのような獣が牙をぶんぶん振り回しながら前足で地面を掻いてやがる。
 見る限り、いやに興奮してるようだが。

 ん……? おお、そうか! はじめて見るが、あれが野生の生態系の神秘ってやつか!!

 一人感心して頷いていると、ティアがぼそりと呟く。

「……魔物」
「ふぅん、あれが魔物か。……って魔物!?」

 話しにしか聞いたことないが、人間すら襲って糧にするような大型獣全般が、確か魔物とか呼ばれてたはずだ。

 あ、あれが、その魔物かよ。思わずびびって腰が引けそうになる。
 だが一緒に飛ばされた我が相棒、The・木刀を頼りに、俺は辛うじて踏みとどまる。

 一方、びびり入りまくりの俺とは違ってティアは隙の無い構えを取りながら、既にイノシシっぽい魔物と対峙していた。
 魔物も既にこちらに気づき、牙をギチギチと蠢かし、後ろ足で地面を蹴る。

「来るわ!」
「じょ、冗談じゃねぇっ」

 牙を突き上げ、魔物は猛烈な勢いでこっちに突進。
 俺は自分の弱気を叱咤して、舌打ち混じりに木刀をがむしゃらに叩きつける。

 構えも動きもてんでなっちゃいない一撃。
 だが師匠の扱きの賜物か、イノシシもどきの突進に木刀がカウンター気味にぶち当たり、相手は仰け反って硬直する。

「な、舐めんなよっ!!」


 ──双破斬


 一瞬動きの停まった相手に、気合を込めた上段からの振り降ろしが直撃。
 イノシシもどきの牙がぶち折れた。振り降ろしの勢いもそのままに、刹那の間も置かず、俺は跳ね上がりざまに斬撃を放つ。

 魔物が苦悶のうめき声を上げながら、後方に凄まじい勢いで吹き飛ばされた。
 そこに抜群のタイミングで、ティアの譜術が炸裂。
 地の底から沸き上がるような闇に飲まれ、イノシシもどきは完全に絶滅した。

「へ、へへ、なんだよ。思ったより、たいしたことねぇーな」
「安心するのはまだ早いわ。ここは街の外よ。魔物なら、まだまだいるわ。魔物に接触すると、今みたいに戦わざるを得なくなるから、気をつけて」
「うっ……そ、それもそうだな」

 即座に気の弛み掛けていた俺には耳の痛い忠告だった。
 しかし、戦闘後の気の緩みはたやすく致命傷になり得る。
 相手は俺より戦闘に馴れてるようだし、ここは素直に受け止めといて損はないな。

 その後も改めて気を引き締め直し、俺達は周囲を警戒しながら川辺を下って行く。

 途中何度か戦闘が起こったが、ある程度落ち着いていれば大したことはない相手ばかり。これも師匠の鍛練の賜物だろう。

 常に死と隣り合わせだった師匠の鬼のような扱きも、無駄じゃなかったってことなんだろうが、それがこんな形で役に立つとは、皮肉なもんだがな。

 いい笑顔で親指を立てる師匠の顔が、夜空に浮かんで消えた。




            * * *




 雑木林の道なき道を進むことしばしの間。
 渓谷が終わりを告げ、ようやくあぜ道らしきものが見えてきた。

「出口ね」
「とうとう着いたか! マジで疲れたぜ。はぁ、だりぃだりぃ」

 服を引っ張って扇ぎながら、俺は無防備そのもののといった様子で、前を行くティアの後をついていく。

 いや、最初のうちは、さすがの俺も多少の警戒心をもって接していたんだぜ? 
 けどそれも、これまでの道中で、もはや警戒するだけ無駄な相手と理解できた。

 何つぅーか、ティアはすごい生真面目な奴だ。
 戦闘時にきついこと言われて、むかっ腹が立ったりもするが、なんだかんだ言いながらあれこれ面倒見てくる。
 以外に世話好きなのかもしれない。

 それに俺を殺すつもりなら、あのまま谷間に放って置けばそのまま道に迷ってのたれ死にか、魔物の餌食にでもなっていただろう。

 いずれにせよ、こっちの生命線はとっくの昔に相手に握られてるんだ。
 そんな状況で、一方的に気を張り続けていても、無駄に疲れるだけだって理由が一番大きい。

 まあ、師匠を襲撃した理由だけは、未だによくわからん訳だが……まあ、気合入ったいい奴だし、正直どうでもいい。

 そもそも聞いて理解できるとも思わんしな!

 そんなことをつらつら考えていた俺の耳に、どこか緊張したティアの声が届く。

「誰か来るわ」
「へ?」

 不意に足を止めたティアが、どこか緊張した表情でつぶやいた。

 彼女の見据える先、獣道の終わりに当たる川縁で、桶に水を汲む男の姿があった。
 あの格好からすると行商人か? 疑問に思いながら見据えていると、相手の方もこっちに気付く。

 しばし見合った後で、突然相手は悲鳴を上げる。

「うわっ! あ、あんたたちまさか漆黒の翼か!?」

 数歩後退りながら、こちらに警戒の籠もりまくった視線を向けてくる。
 しかし相手の反応がわからん。怯える相手にかなり戸惑いを覚えながら、俺達は顔を見合わせる。

「……漆黒の翼?」
「盗賊団だよ。この辺を荒らしてる男女三人組で……ってあんたたちは二人連れか」

 怯えてる割には律儀に解説してくれて、その上、自分の解説で誤解を解いた。

 一瞬、間の抜けた沈黙が場に降りる。

 なんだかなぁと思いながら、俺はとりあえず相手に舐められないよう啖呵を切る。

「フン! 俺様をケチな盗賊野郎と一緒にするとはなっ!」
「……そうね。相手が怒るかも知れないわ」
「ぐっ!」

 適格な突っ込みに、俺はものの見事に撃沈した。

「えーと、そんで、あんたらはどうして、こんな何もない森に?」
「私たちは道に迷ってここに来ました。あなたは?」
「俺は辻馬車の馭者だよ。この近くで馬車の車輪がいかれちまってね。水瓶が倒れて飲み水がなくなったんで、ここまで汲みに来たって訳さ」

 一人話を続けるティアの背中に俺は恨めしげな視線を向けるも、相手はまったく気にした様子を見せない。

 ……まあ、いいさ。ちまちました交渉事は俺にゃ向かんしね。

「馬車は首都へも行きますか?」
「ああ、終点は首都だよ」
「私たち土地勘がないし、お願いできますか?」
「首都までになると一人12000ガルドになるが、持ち合わせはあるかい?」
「高い……」

 ティアはそう呟くと、俯いてしまった。
 相場がわからん俺としてはなんとも言い様がないんだが、ふっかけられてんのかね。

「首都に着いたらうちのハゲ親父に払わせるがよ。それじゃ駄目なのか?」
「そうはいかないよ。前払いじゃないとね」
「ぁあん? ケチケチすんなよ。払わねぇとは言ってねぇだろが」

 メンチ切る俺に、馭者が怯えたように数歩下がる。
 ぬはは。下町のチンピラ連中の頂点に立ってるのは伊達じゃねぇぜ。俺の睨みにいつまで耐えられるかな?

「止めなさい、ルーク」
「てっ! なにすんだよ!?」

 ティアが俺の頭を軽くはたきながら、俺の腕を引っ張り、強引に後ろに下がらせた。

 不満に思った俺が視線で威圧するも、ティアは一向に気にした様子を見せない。
 むぅ、軽くあしらわれてるみたいで、どうもシャクに障るぜ。

 反射的に反発心が沸き起こるが、これまで世話になった事実が頭を過る。
 ……うん、まあ、突っ込み担当の相方が居るのもたまには悪くないか。

「ともかく、無意味に威嚇しても、相手を怯えさせるだけよ。状況は改善しないわ」
「つってもな、お前も持ち合わせはねぇんだろ? どうすんだ?」

 腰に手を当てながら子供に言い聞かせるようなゆっくりとした口調で諭すティアに、俺は多少不貞腐れながら疑問を口に出す。
 もっともな問い掛けに、ティアは一度瞼を閉じると、なにかを決心したような表情で、口を開く。

「……これを」

 首にかけていた鎖を外し、かなりデカイ純度の高そうな宝石付きペンダントを馭者に渡した。

 おいおい、いいのかよ。確実に24000ガルド以上しそうだが。

 はらはら見守る俺を余所に、馭者は差し出されたペンダントを受け取って、虚空にかざすと、感心したように何度も感嘆の吐息を洩らす。

「ほぅ……こいつはたいした宝石だな。よし、乗ってきな」

 素早く懐にしまうと、馭者は馬車のとめてある方向を示し足早に歩き出した。
 あの様子じゃ、超過分を返す気はさらさらないな。

「……ってか、いいのかよ?」

 俺がしかめっ面で確認するも、ティアは無表情を保ったまま、軽く頷いて見せた。

「ちっ。……礼はいわねぇからな」

 なんだか無性に腹が立って、俺は別に言わなくてもいいようなことをわざわざ吐き捨て踵を返していた。

 結局、俺はここに至るまで、なんの役にも立っていない。

 魔物を倒せたのはティアのフォローがあったからだし、ここまで先頭に立って案内してくれたのもティアだ。
 そもそも俺一人でここに飛んでいたら、その後どうしたらいいのかまったくわからなかったろう。
 ティア一人なら、もっと早く街道まで辿り付けただろうに、な。

 俺はティアに尻ぬぐい去れて、おんぶ抱っこされてるわけだ。みっともねぇったらありゃしない。

 くそ情けない自分の醜態を嘲笑いながら、俺は決めた。どんだけ時間がかかろうとも、必ずなし遂げることを決めた。

 いつかこの借りは返す。

 ガラじゃねぇのはわかっちゃいるが、やられっぱなしはどんなことだろうが我慢ならん。
 借りを返すと決めた途端、ある程度胸がすっとするのがわかる。現金なもんだとは思うが、単細胞なのはどうにもならんよな。

 俺は気分をすぱっと切り換えると、ドスドス音を立てながら二人に続いて馬車に乗り込んだ。




            * * *




 そんなこんなで、色々あったが屋敷に帰る目処が着いたようなので俺は安心した。
 馬車に乗った後は、これまでの疲労もたたり、即座にグースカ寝こむ。

 しかし、そんな俺の安眠も長くは続かなかった。

「って……なんだぁっ!?」

 耳に響く轟音。馬車の揺れとは比較にならん程激しい振動が身体を揺らす。

「ようやくお目覚めのようね」

 ティアが無表情の中にもどこか呆れを見せて呟く。

「あ、ティアか。っていうかなんだこの音と揺れ?」
「状況が気になるなら、外を見るのね」

 狼狽する俺にティアはあっさりと馬車の外を指し示した。俺は促されるまま窓の外を覗き込む。
 まず視界に入るのはドデカイ陸上戦艦の姿。さらに戦艦から必死で逃げる馬車と、そこへ向け何度も放たれる砲撃の雨嵐。
 

「って、おいおい、いったいここはどこの戦場だよ!?」

 混乱の坩堝に陥った俺に、馭者がどこか興奮したように身を乗り出す。

「軍が盗賊を追ってるんだ!ほらあんたたちと勘違いした漆黒の翼だよ!」
「漆黒の翼って、わざわざ軍が動員される程の大物だったのか……」

 チンケとか言って悪かったなぁとか思うが、あの様子だともう壊滅寸前だし、どうでもいいか。


『そこの辻馬車! 道を空けなさい! 巻き込まれますよ!』


 丁寧な口調ながらも、命令に馴れた者特有の静かな威圧感を感じさせる声が戦艦から響く。
 なんらかの譜業機関越しなのか、肉声とは感じの異なる響きだ。

 馭者も巻き込まれてはたまらないと思ったのか、慌てて馬車を脇に退かせた。



 戦艦はそのまま盗賊の乗った馬車を追撃して行く。
 しかし漆黒の翼もさる者で、トリッキーな動きを繰り返して砲撃を必死に回避する。
 そのうち橋に行き着いた馬車が何かを後方にばらまきながら、更に速度を上げて橋を渡る。
 不穏なものを察してか、戦艦が急停止、進行方向に向けて音素による障壁を展開する。

 ついで漆黒の翼が橋を渡り終えると同時に、大規模な爆発が巻き起こった。

 舞い上がる粉塵に視界が覆い隠される。煙が晴れた頃にはもはや馬車は見えなくなっていた。
 残されたのは、無傷の戦艦と破壊しつくされた橋の残骸のみだった。



「……なんか、すげぇ迫力だったな」
「驚いた! ありゃあマルクト軍の最新型陸上装甲艦タルタロスだよ! 正式配備された新鋭艦なんて、一般人が滅多に見れるもんじゃないのに! くぅ~いいもの見たぁ~!」

 微妙に軍艦オタクくさい馭者の感想なんぞは誰も聞いてない。
 普段ならそのまま聞き流すところだが、いま、こいつは俺達にとって聞き捨てならない単語を呟いた。

「マルクト軍だって!? どうしてマルクト軍がこんなところをうろついてんだよ!?」
「当たり前さ。何しろキムラスカの奴らが戦争を仕掛けてくるって噂が絶えないんで、この辺りは警備が厳重になってるからな。やっぱりここら辺は戦艦目撃するには絶好のポイントだね」

 後半の発言はともかく、俺とティアは呆然と互いの顔を見合わせる。

「……ちょっと待って? ここはキムラスカ王国じゃないの?」
「何言ってんだ。ここはマルクト帝国だよ。マルクトの西ルグニカ平野さ」

 平然と返された言葉に、さらに嫌な予感が高まるのを感じる。

「じょ、冗談っ! この馬車は首都バチカルに向かってるんじゃなかったのかよ!?」
「向かってるのはマルクトの首都、偉大なるピオニー九世陛下のおわすグランコクマだ」

 どこから聞いても聞き間違えようのない、明確な答えが返された。

 一瞬、馬車を沈黙が包み込む。

 ティアが無表情のまま、俺に向かって告げた。

「……間違えたわ」
「冷静に言うなっつーの! ……ってか、普通間違えるようなもんなのか?」
「土地勘がないから。あなたはどうなの?」
「俺は軟禁されてたからな。外に出たことなんざねぇ。よって土地勘以前に、どこだろうがなんもわからん!」

 あっさり応えるティアに、俺も威張れないようなことを胸張って応える。
 そんな俺達の間の抜けたやり取りに、戦艦を見た興奮が薄れてきた馭者が、不審げに尋ねる。

「……何か変だな。あんたらキムラスカ人なのか?」

「い、いえ。マルクト人です。訳あってキムラスカのバチカルへ向かう途中だったの」

 微妙に裏返った声で、ティアが馭者の疑念を否定する。
 いつもの無表情だったが、そこにどこか焦りが浮かんでいるのが俺にはわかった。

「しゃあしゃあと……」

 ぼそりと呟いた俺に、ティアが射殺すような視線を向ける。俺はあさっての方向を見やり、視線をやり過ごす。
 幸いなことに、馭者は特に疑問を抱くでもなくこちらの言葉に納得したようだ。

「ふーん。それじゃあ反対だったな。キムラスカに行くなら橋を渡らずに、街道を南へ下っていけばよかったんだ。もっとも橋が落ちちゃあ戻るに戻れんがなぁ……」

 気まずそうに、馭者は頭を掻いた。

「これから東のエンゲーブを経由してグランコクマへ向かうんだが、あんたたちはどうする?」

 ルートを提示してくる相手に、俺とティアはひそひそと言葉を交わす。

「マジかよ。どーする……?」
「……さすがにグランコクマまで行くと遠くなるわ。エンゲーブでキムラスカに戻る方法を考えましょう」
「そうか。ま、しゃーねぇわな」

 ティアの提案に俺も頷きを返す。帰る方法に関して、俺が言えることはなんもねぇしな。

「とりあえず、エンゲーブまで乗せてくれ」
「そうかい。じゃあ出発だ」

 馬車が走り出し、俺達はエンゲーブに向かうのだった。

 しかし、なんというか、前途多難だよな……




            * * *




 馬車が緩やかに速度を落とし、村の入り口とおぼしき場所で停まる。

「着いたぞ」

 キムラスカの首都バチカルと違って、なんとも牧歌的な雰囲気漂う場所だ。
 まず入り口からも傍近い場所で、食い物を売り買いしている露天商の姿が視界に入る。
 民家の脇にも畑が広がっていたりしているなど、整備された計画都市のバチカルじゃまず見られない光景。

「ここがエンゲーブだ。キムラスカへ向かうならここから南にあるカイツールの検問所へ向かうといい」

 馬車から降りた俺達に、軍艦マニアは意外と律儀に説明してくれる。だが話を聞いてるうちに俺はふと気になった。

「そういや、行き先変わったんだ。運賃、値下げとかしてくれねぇのか? ってか、むしろしろや」
「そ、それはまた別問題だ。行き先に関しては、あんたらの都合であって、こっちに落ち度はない」
「あん?」

 舐めたことを抜かしてくる相手にメンチを切る。
 びびる馭者。睨む俺。なし崩し的に相手が頷くまで後一押しか? 
 そんな絶妙なタイミングで、またもやティアが静止の声を上げる。

「ルーク。止めなさない」

 咄嗟に言い返そうとするも、有無を言わせぬ雰囲気を放つティアに、俺は顔を背けて舌打ちをもらす。

「だがよ、お前は気にならねぇのか? ありゃ結構な値打ちもんだったんじゃねぇか? そう簡単に手放してもいいもんなのかよ?」
「それは……」

 痛い所をつかれたのか、ティアが思わず黙り込む。

 思い出すのは、馭者にペンダントを手渡す前に見せたティアの表情だ。
 たかがアクセサリーを手放すにしては、気合が入りすぎていたように見えた。
 そこらへんが、どうも気に入らねぇ。

 別に、ティアを気づかってる訳じゃねぇぞ?

「あ~ともかくよ、あの程度の距離であんな上物は取りすぎ……」

 馭者の方に向き直ると、そこに馬車の姿はなかった。

「バチカルまで、気をつけてなぁ──」

 遥か彼方に位置する馬車の中から、俺達に向かって手を降る馭者の姿があった。

「に、逃げやがった。あいつ」

 俺はもはや追いつけない距離まで離れた馬車を見やり、口をあんぐり開いた。
 この状況はペンダントを掠め取られたに等しいはずなんだが、奇妙なことに、あの馭者に憎しみとかわいて来ないから不思議なもんだ。小物には小物の良さがあるってことか。

 まあ、ああはなりたくないが。

 愕然と馬車の去って行った方向を眺める俺に、ティアが微かに苦笑を浮かべる。

「ペンダントのことはもういいわ。一度渡してしまったことだし、すんだことよ」
「……そうかよ」
「でも、ありがとうルーク。気にかけてくれたみたいね」
「なっ……」

 それは、まさに俺にとって不意打ちだった。

 普段の無表情からは信じられないほど柔らかい微笑を浮かべるティア。
 そんな彼女の姿に俺は両手をワタワタさせることしかできない。
 こ、こいつはやばい。予想以上の破壊力だ!

「そ、そんなんじゃねぇからなっ! 俺は仁義をわきまえるもんの一人としてだな、あの馭者の小物っぷりが気に食わなかっただけでだ。と、ともかく、そんなんじゃねぇからな! 誤解すんなよ!」

「……そう」

 俺の凄まじい動揺っぷりを余所に、ティアは割とあっさり頷いた。

「……そ、そうだ」

 それはそれでもの悲しいものがあったりするんだが、俺はこのまま誤解されるよりましだと割り切って、押し黙る。

「それよりも、これから先のことね。検問所か……。旅券がないと通れないわね。困ったわ……」
「だ、大丈夫だろ? くそ親父の息子だって言えばすぐ通すさ。それより村を探索しようぜ。俺はバチカルしか知らねぇからな、こういう村は初めてなんだ」
「確かに……探索はともかく、出発前の準備は必要ね。今日はここに泊まりましょう」
「おうよ」

 俺はぎこちなく両手両足を動かしながら、話題のすり替えに成功したことに安堵した。


 こうして村を見て回ることになったが、目に付くのは畑の脇に出された露天商。
 どれも農家と兼業しているせいか、かなりの種類の食い物が売りに出されていた。
 その中でも、バチカルでは滅多にお目にかかれない新鮮そうな果物類が特に俺の眼を引く。

「へぇ、うまそうなリンゴだな」
「おうよ、兄ちゃん。たいしたもんだろ。一個どうだい?」
「どれどれ、一個貰うぜ」

 積まれたリンゴをひょいと掴んで、皮を服で拭って一かじりする。
 新鮮な果物特有の鼻を抜けるような酸味が口の中に拡がる。

「くぅ~うめぇ。こんな新鮮な果物は喰ったことねぇよ」
「はっはっは。そいつはうれしいこと言ってくれるねぇ。あんた旅行者かい? エンゲーブ印は伊達じゃねぇってことだよ」
「ああ、ほんとうまかったぜ。そんじゃな」

 朗らかに笑い合って、リンゴの味に満足した俺は踵を返す。

「って、おいおい兄ちゃん! お金払ってないだろ! お金だよ。お・か・ね!」
「? なんで俺が払うんだよ?」

 笑みを浮かべながら冗談じみた言葉で俺を引き止めていた店主の表情が一変する。

「なにぃ……!?」

 一気に険悪な雰囲気になった俺達に、すこし後ろに引いていたティアが慌てて割って入る。

「決まってるでしょう! お店の品物を勝手に取ったら駄目なのよ!」
「いや、だって屋敷からまとめて支払いされるはずだろ……って、そうかここはマルクトだった」

 ティアの突っ込みで、俺は自分のしていた勘違いにようやく気付く。
 バチカルではファブレ家と言えば、自慢する訳じゃねぇが、知らぬ者がいないほどの名家だ。
 ほとんどの店に対してツケが効くため、俺は金をもって出歩いたことが数得るほどしかない。
 悪ガキどもへの差し入れは俺の金を使っていたが、それも小切手だったしな。

「いや、ワリィワリィ。いつものノリで、つい勘違いしてた」
「……マルクトでもキムラスカでも、普通はお店で買い物するときはその場でお金を払うと思うけど」
「これでも貴族の一員なんでな」
「そういう問題かしら……?」

 俺達の呑気なやり取りに業を煮やしてか、苛立ちを抑えきれない様子で店主が叫ぶ。

「おい! 金を払わないなら警備軍に突き出すぞ!」
「だぁー払わねぇとは言ってねぇだろ! ったく、悪かったな。それで、幾らだよ?」
「ふん……最初からそうしろ。胸くそ悪い。さっさと金置いて目の前から消えてくれ」
「あんだと?」

 思わず拳を握って、俺は身を乗り出す。
 こういう舐めたこと抜かす奴は一度締めておかないと、後々どうしょうもなくつけあがるのだ。

 一発放とうと拳に力を込めたところで、俺は凍りついたように動きを止める。

「……ルーク?」

 地の底から響くような声で、ティアが俺の名を呼んだ。
 腕力うんぬんとは関係ない逆らい難い力を感じた俺は、慌てて金を払いその場から逃げ出した。




            * * *




 村を一巡りして見るものが無くなったので、そろそろ一休みしようということになった。
 宿屋に向かう道すがら、俺は新鮮な外の様子が見れて上機嫌だったが、ティアは俺の世間知らずの度合いに、というか、むしろ馬鹿さかげんのフォローに疲れ果てたのか、肩を落としていた。

 鼻唄混じりに宿屋前まで来たところで、なにやら不穏な空気が漂っていることに気付く。
 数人の村人が深刻な様子で、しきりに話し合っている。

「駄目だ……。食料庫の物は根こそぎ盗まれている」
「北の方で火事があってからずっと続いてるな まさかあの辺に脱走兵でも隠れてて食うに困って……」
「いや、漆黒の翼の仕業ってことも考えられるぞ」

 聞こえてくる話から、どうも食い物が盗まれたことに対する相談のようだ。
 最後に聞こえた聞き覚えのある呼び名に、俺はよせばいいのに思わず口を挟んでいた。

「漆黒の翼って奴らは食べ物なんか盗むのか?」

 なにげなく呟いた言葉に、村人の視線が殺到する。ちょっと、びびったね。
 こちらを睨む血走った目すべてに、殺気が浮かんでいるのがわかったからだ。
 これは、やばいか?

「食べ物なんかとはなんだ! この村じゃ食料が一番価値のある物なんだぞ!」

 一人の村人が代表して、怒りに任せるまま乱暴に告げる。
 たかが一般人に気押されたのがシャクに障って、次の瞬間、俺は致命的な発言をしていた。

「ぬ、盗まれたんならまた買えばいいじゃねぇかよ」

 言った後で、俺はしまったと、心の中で頭を抱えた。
 だが、それも後の祭り。後ろでティアが、またなのと呆れ返るのが見なくてもわかった。

「何! 俺たちが一年間どんな思いで畑を耕していると思ってる!!」
「なあ、ケリーさんのところにも食料泥棒が来たって?」
「まさか……こいつ……」

 どんどんヒートアップしていく村人に、俺はもうどうしょうもないかなーとか思いはじめた。
 確かに失言だったとは思うが、さすがにリンチとかまでには発展しないだろう。

 だが、そこにさらに状況を悪化させる一手が放たれる。


「おまえ! 俺のところでも盗んだだけじゃなくてここでもやらかしたのかよ!?」


 リンゴを売りの店主が現れ、最悪の言葉を告げやがった。

「何だと……。やっぱりあんたがうちの食料個を荒らしたのか!」
「泥棒は現場に戻るって言うしな」

 村人の熱気が、どうも奇妙な方向に向かっている。
 もう、証拠もなにもない話の流れに、俺は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

「俺が泥棒で確定かよ……」
「うちの店先からリンゴを盗もうとしてただろうが!」
「よし! おまえを役人につきだしてやる!」

 村人に連行されて行く途中、俺は犯人扱いされたことよりも、負のオーラを纏ったティアの視線に耐えかねて、なんだか泣けてきた。

 マジでこの後、どうなるんだろ……?



  1. 2005/11/28(月) 17:34:38|
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第3話 「裁判もどきとお忍び導師」


「ローズさん、大変だ!」
「こら! 今、軍のお偉いさんが来てるんだ。大人しくおしよ!」
「大人しくなんてしてられねぇ! 食料泥棒を捕まえたんだ!」

 村の中でも比較的でかい家の中に俺達は連行された。
 屋敷の中では何やら会議でもしてたのか、他の村人よりも恰幅のよさそうな者達が幾人か見えた。

 どうも場の中心に立つ、ローズとかいう恰幅よさげなおばちゃんが、この村のまとめ役のようだ。

「……どうせ無駄だろうが、一応違うって言っとくぜ」

 どう見ても弁解を聞いてくれるような空気じゃないので、俺は憮然と告げるにとどめた。

 だが、腹の中にたまっていくドロドロした黒いものを感じる。
 自分の顔から急激に表情が抜け落ちていくのがわかった。

「ローズさん!こいつ漆黒の翼かもしれねぇ!」
「きっとこのところ頻繁に続いている食料泥棒もこいつの仕業だ!」

 気に入らねぇ。ドロドロが黒い炎となって燃え上がる。
 こいつらはバチカルのクソ貴族どもと一緒だ。胸の内で炎は鞴に煽られ轟々と燃え上がる。

 俺は屋敷を抜け出して、よく下町のチンピラどもとつるんでいた。
 連中は確かに家族に家を追い出されたような、馬鹿で、下品で、どうしょうもない悪ガキの小物ばかりだった。

 だが、それでも踏み越えちゃいけない一線だけは、誰よりも知ってる連中だった。

 バチカルのクソ貴族どもは、その一線をたやすく踏み越える。
 城下でなにか事件が起きると証拠もねぇのに俺達のせいだと決めつける。
 よく知りもしねぇのに、蔑んだ目で見下しやがる。

 連中は俺達を見ようとしない。自分達の見たいものしか見ようとしない。


 ──『俺』を見ようとしない。


「一目見てわかったぞ! こういうやつが、問題を起こすんだ!!」

 ぶちっ。

 あ、なんか切れた。

 内面で燃え盛っていた炎は爆発的な勢いで膨張し、境界を蹂躙すると、激情となって外に溢れ出た。

「俺は泥棒なんかしてねぇっつってんだろがぁっ!!」

 炎に駆り立てられるままに、俺は拳を振りかぶる。
 鼻っ面をぶん殴られた村人その一が、だらだら鼻血を出しながら、盛大に吹き飛んだ。

 一瞬静まり返る室内に、すぐさまこれまで以上の殺気が充満する。

「こいつ……」
「よくもやりやがったな……」

「文句があるならかかってきやがれっ!」

 俺は盛大に啖呵を切って連中と向き合う。

「上等だこのくそガキが!」
「やっちまえ!!」

 こうして殴り合いが始まった。

 だが、さすがの俺も数の違いは補えない。
 俺は殺到する村人どもに、それこそ死に物狂いで応戦したが、何人かの村人を道連れにしたところで限界突破。
 最終的に俺は屈強な村人の一人と見事にクロスカウンターで相討ちとなり、その場に沈み込むのだった。



              * * *



「まったく、威勢がいい坊やだねぇ。それにみんなも、もうちょっと頭を冷やして落ちついとくれよ、私はまったく状況が掴めてないんだからさ」

 ローズさんが苦笑を浮かべながら皆をいさめる。
 殴り合いになった村人どもと俺は、一瞬、互いの鼻血まみれになった顔を見合わせるも。

『ふんっ』

 即座に顔を逸らし、鼻を鳴らしあった。
 そんな俺達の様子にティアはもはや言葉もないのか、ずっと頭が痛そうに額を抑え呆れ返っている。

「どうしたもんかね。証拠もないのに言われても、私もどうしたらいいかわからないよ」

 困ったように頬をかくローズさんに、村人どもがなにか言い募ろうと身を乗り出す。


「──いやぁ、皆さん、熱いですねぇ。でも、もう少し落ち着いて、話合いましょう」


 村人どもと違って、至極落ち着きはらった声が響く。

『大佐……』

 声の主の発言に、村人達の熱気が一気に覚めていくのがわかる。

 蒼色を基調にデザインされた制服を着込んだ、三十代ほどの男がそこに居た。
 瞳を覆う眼鏡が理知的な印象を、肩まで伸ばされたロンゲが男ながらに艶やかな印象を抱かせる。

 って、おえぇっ。男に対して、そんな印象持ちたくねぇー。

「事実関係もはっきりしていないのに、犯人扱いするのはさすがにやりすぎでしょう」

 俺はかなりの警戒心を込めた視線を、ロンゲの兄ちゃんに向ける。

「なんだぁ……あんた?」
「私はマルクト帝国軍第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です。あなたは?」

 俺の睨みも一向に気にした様子も見せず、大佐はふてぶてしい態度で尋ねてくる。

 ふん、いいだろう。ここで名乗らなかったら漢が廃るぜ。

「俺様はルークだ。ルーク・フォン──」
「ルーク!!」
「ふぁぐへっ……」

 突然襟を掴まれて、ティアに後ろへ引っ張り込まれる。

「な、なんだよ急に……」
「忘れたの? ここは敵国なのよ。あなたのお父様のファブレ公爵はマルクトにとって最大の敵の一人。うかつに名乗らないで」
「へ、そうなのか?」
「そうよ。あなたの父親に家族を殺された人たちがここには大勢いる。無駄な争いは避けるべきでしょう?」

 意外にも、あのくそ親父は敵国でかなり名の通った存在らしい。
 名の通りかたがマイナス方向だってのは、らしいっちゃらしいがね。

「どうかしましたか?」

 爽やかな笑みを浮かべながら、大佐が尋ねる。どうも底が知れない奴だ。
 俺では役不足と判断したのか、ティアが前にでて、俺に下がっているように促す。

「失礼しました、大佐。彼はルーク、私はティア。ケセドニアに行く途中でしたが辻馬車を乗り間違えてここまで来ました」
「おや、ではあなたも漆黒の翼だと疑われている彼の仲間ですか?」

 どこか面白がっているような様子で、大佐が俺を示す。
 見んじゃねぇよと、ガンを飛ばす俺の頭をポカリと叩き、ティアが真摯な面持ちで続ける。

「私たちは漆黒の翼ではありません。本物の漆黒の翼は、マルクト軍がローテルロー橋の向こうへ追いつめていたはずですが」
「ああ……なるほど。先ほどの辻馬車にあなたたちも乗っていたんですね」

 納得したと独り言のようにつぶやくが、一方で周囲にその言葉を浸透させるような間をつくる。
 案の定、村人達が大佐の言葉に食いついた。

「どういうことですか、大佐?」
「いえ。ティアさんが仰ったように漆黒の翼らしき盗賊はキムラスカ王国の方へ逃走しました。彼らは漆黒の翼ではないと思いますよ。私が保証します」

 大佐の言葉で、そうだったのか、と村人達の間にしごくふに落ちたような反応が流れる。
 ついさっきまでの狂気が嘘のように、落ち着いた空気が場を満たす。

 なんというか、とんでもねぇな、こいつ。
 最初から俺達が辻馬車に乗ってた奴らだって気付いてたんじゃねぇだろうかと疑いたくなるほど、見事な場の掌握術だ。



「──ただの食料泥棒でもなさそうですね」



 開け放たれた扉から響く声。
 新たに現れたのは明らかに村人ではないとわかる、農作業には向かなそうなヒラヒラした衣装をまとった人物だった。

 身体の線を隠す衣装や、十代前半と思しき歳の若さもあるだろうが、どうにも男だか女だかよくわからん奴だ。
 その上、整った容姿や華奢な体つきとは対照的に、穏和さの中にも強い意志の力を感じさせる瞳の持ち主でもある。

「イオン様」

 あれほどふてぶてしかった大佐が、その相手を様づけをしたことに、正直俺はぶったまげた。
 あいつも敬称つけて他人を呼ぶんだと、失礼ながら思ったね。

「少し気になったので食料庫を調べさせて頂きました。部屋の隅にこんなものが落ちていましたよ」

 指し示された華奢な掌の上に、ライトグリーンの毛の塊が乗っていた。

「こいつは……聖獣チーグルの抜け毛だねぇ」
「ええ。恐らくチーグルが食料庫を荒らしたのでしょう」

 ローズが毛を確かめながら、なんの毛だか判別する。
 イオンとか呼ばれた子供の保証を見るに、これで真犯人は判明したようだ。

「やれやれ、これで俺が泥棒じゃねぇってのがわかったかよ?」

 俺は自分を犯人扱いした村人どもを睥睨すると、やつらは一様に恐縮したように顔を伏せた。

「でもお金を払う前に店から離れようとしたのは事実よ。疑われる行動を取ったことは反省すべきだわ」
「ぐっ……仕方ねぇだろ。そういうのに馴れてねぇんだから」

 要所要所で適格な突っ込みを入れてくるティアに、なんとなく苦手意識が生じつつあるのを自覚しながら、俺は自分でも力のない言葉で反論する。

「ふぅ。どうやらようやく一件落着のようだね。あんたたち、この坊やたちに言うことがあるんじゃないのかい?」

 ローズに促され俺を連行した村人共が意気消沈といった様子で、次々頭を下げて来る。

「………すまない。このところ盗難騒ぎが続いて気が立っててな」
「疑って悪かった」
「騒ぎを大きくしたことは謝るよ」

 全員が謝罪したことを見届けると、ローズが俺達の方に向き直る。

「坊やたちもそれで許してくれるかい?」
「……幾らなんでも坊やは止めてくれや」

 襲いかかる途方もない疲労感に肩を落とす俺に、ローズが可笑しそうに笑って言い直す。

「はっはっはっ。ごめんよルークさん。どうだい、水に流してくれるかねぇ」
「……いいぜ。正直、ついさっき殴りあったような相手に、あんたらが頭を下げるなんて真似ができるとは思っていなかったからな。ワビ入れられて、ケジメ通された以上、俺がこれ以上言うことはねぇさ」

 ひらひら手を振りながら応える俺に、ティアが無表情の中にもどこか意外そうな色を浮かべるのがわかる。
 村人連中も一様に、信じられないものを見たような表情を浮かべている。

 そんなに俺はねちっこく見えるのかよ……

「そいつはよかった。さて、あたしは大佐と話がある。チーグルのことは何らかの防衛手段を考えてみるから、今日のところはみんな帰っとくれ」

 いろいろと事態がややこしくなったが、魔女裁判はこれで終わりのようだ。
 俺は殴り合いで妙にギシギシする身体を引きずりながら、屋敷の外に向かう。

 去り際、ティアが解散の切っ掛けになった子供へ何故か鋭い視線を送っているのが、妙に気になった。




              * * *




「まったく、ルーク……あなた馬鹿なの?」

 屋敷を出るや否や、ティアは閉口一番そう告げた。

「な、なんでだよ」
「まだ弁明の余地があったあの状況で、いきなり殴り掛かるなんて……そんなことをする人を馬鹿以外にどう呼べばいいの?」
「うっ……」

 ティアはあくまで無表情を保っていたが、俺はそこに抑えようのない静かな怒りを感じた。

「確かに犯人呼ばわりされたのは、あなたにとって気持ちの良くない体験だったでしょうね。それでも、なにか気に障ることがある度に、いきなり暴力に訴えていたら、他人と付き合うことなんてできないわ。今後私の前で、あんな馬鹿な真似は二度としないで」

 真剣な表情で、俺を見据えるティア。
 そんな彼女の態度に、いつもなら説教なんて聞き流すはずの俺が、自分でも気付かぬうちに、自然と頭を下げていた。

「わるかったよ……確かに俺が馬鹿だった。今後は、なるべく気をつけるさ」

 なぜ頭を下げたのか、自分でもよくわからなかったが、それでも悪い気はしなかった。

「……わかったなら、いいわ」

 それで話は終わりとばかりに、ティアが歩き出す。

 しばらくお互いに無言まま進んで、ローズ邸からかなり離れたところで、ティアが屋敷を振り返ってつぶやく。

「それにしても、導師イオンが何故ここに……」
「導師イオン? そういや、最近どっかで聞いたような……」
「ローレライ教団の最高指導者よ」
「いや、そういうことじゃなくてだな……」

 頭のもやを追い出すべく、あれこれ記憶を探るうちに、バチカルでの師匠との会話が蘇る。

「思い出した。どういうことだ? イオンって奴は行方不明だって聞いてるぞ。あいつを捜しにヴァン師匠も帰国するって話だったんだが……?」
「そうなの? 初耳だわ。どういうことなのかしら……。誘拐されている風でもないし」

 二人して情報を出し合ううちに、ますます疑問が大きくなるのを感じた。

「いっそ、あいつに直接聞いて来るか?」
「やめなさいって。大切なお話をしているみたいだから、尋ねるにしても明日以降にしましょう」

 確かにティアの言葉は正論なんだが、どうもすっきりしない。気持ちが悪い。

「なんか気になるぜ」

 解決しない不可解さを胸に、俺達は首を傾げながら宿屋に向かう。




            * * *




 宿屋に入ると、カウンターで店主に向けてしきりになにかを尋ねる少女の姿があった。

「連れを見かけませんでしたかぁ!? 私よりちょっと背の高い、ぼや~っとした子なんですけど」
「いや俺はちょっとここを離れてたから……」

 少女の勢いに押された店主がしどろもどろになって答えるも、彼女にとって望ましい答えはえられなかったようだ。

「も~イオン様ったらどこ行っちゃったのかなぁ」

 両手を腰に当て、両端で二つに括った髪を振りながら、少女が困ったように呻く。
 教会で見かけるような服装と、背中に背負う不気味な人形がアンバランスではあったが、全体的に見てもかなりレベルの高い、かわいらしい容姿をしている美少女だ。

 まあ、それでも年齢が下すぎて俺の守備範囲外なんだがね。

 普段の俺なら五年後に期待をかけて、そのまま脇を通りすぎるところだが、少女の尋ね人に興味を引かれた。

「イオン? 導師イオンのことか?」
「イオン様ならローズ夫人の所にいらしたわ」

 声をかける俺に便乗して、ティアがイオンの所在を告げる。

「ホントですか!? ありがとうございます♪」

 元気のいい様子で、少女は俺達二人に笑いかけながら礼を言ってくる。
 そっちの気があるやつなら篭絡されてもおかしくないくらいのいい笑顔だったが、俺はペドじゃないのでなんの反応もせん。

 それよりも教会関係者だとはっきりしたこの相手に、俺はついでとばかりに疑問を尋ねる。

「しかし、なんで導師がこんな所にいるんだ? 行方不明って聞いてたぞ」
「はうあっ! そんな噂になってるんですか! イオン様に伝えないと!」

 びっくりしたと顔を片手で抑えたと思えば、次の瞬間には弾かれたような猛スピードで少女は宿の外に駆け出していった。

「あ、おいっ!」

 もう少し聞きたいこともあったんだが、俺の呼び掛けも虚しく、少女は去って行った。

「ちっ…………結局訳を聞けなかったなぁ」
「そうね。でも彼女は導師守護役みたいだから、ローレライ教団も公認の旅なんだと思うわ」
「導師守護役?」
「イオン様の親衛隊よ。神託の盾騎士団の特殊部隊ね。公務には必ず同行するの」
「あんなちっこくても護衛なのか……にしても、行方不明って話はなんだったんだ? 誤報にしては、師匠が妙に深刻そうな顔してたんだがな。ありゃ居なくなってもおかしくない事情に心当たりがありそうだったぞ」

 導師の情報が入ったことで、ますます俺達は訳がわからなくなる。

「ともかく、今日のところは休みましょう。動くにしても、明日からね」

 俺は尚も首を捻って呻いていたが、別にティアの意見に異論はないので素直にその後に続く。

「あんたたち。さっきは済まなかった。お詫びに今日のところはタダにしておくよ」

 ケリーとかいう宿屋の店主が、申し訳なさそうに、そんなことを言って来た。
 なんとも俺にはピンと来ない話だが、農家にとって食い物泥棒とは、それほどまでに怒りを促す相手なんだな。

「ま、ありがたく受け取っておくさ。今更ぐだぐだ言ってもしゃあないし、あんま気にすんなよ」

 店主の肩を軽く叩きながら、俺はへらへら笑いながら告げる。

 そもそも誤解されんのはバチカルで慣れている。
 あそこでチンピラ共をまとめあげて作った俺のグループには、家に居場所のない悪ガキどもが集まりまくっていた。
 そのせいで、なにかことが起きるとすぐに一方的に容疑者扱いされてたもんだ。
 そのくせ、冤罪だったと判明しても、謝罪の一つもしやがらねぇ。

 そんなやつらと比べれば、この村の連中は事が判明した後の対応が誠実だったので好感がもてる。

「あんたの拳、かなりいい感じだったぜ」

 店主は少し気の紛れたような表情で笑い返すと、俺達を寝室に案内してくれた。




             * * *




「明日はカイツールの検問所へ向かいましょう。橋が落ちた状態では、そこからしかバチカルには帰れないわ。あとは旅券をどうするかね……」

 そんなに広い宿じゃないため、あとは路銀の関係もあるが、俺とティアは同室だったりする。
 普段の俺ならこんな美人さんとの同室なんて状況に、緊張しまくって一言もしゃべれなくなるところだが、これまでの道中でこいつといろいろあったせいか、そういう対象として意識する段階なんざとっくの昔に通りすぎていたりする。

 ゆえに、色事めいた雰囲気はまったくの皆無である。

 俺様も堕ちたもんだ。

「ダリィな」

 ベッドに寝っころがりながら緊張感皆無のだれた声を上げる俺に、向かいの寝台に腰掛けたティアがため息をつく。

「ルーク。これはあなたにも関係あることよ。……もう少し真剣に話を聞いてくれたっていいじゃない」

 すねたように言って来るティアに、俺はちょっと動揺しながら、表面上は落ち着いた様子で答える。

「ま、まあ、これから先の予定もいいんだが、どうもあの導師が気になんだよ」
「そんなに気にするような事かしら?」
「俺にもよくわからねぇんだが、どうも気になるんだよなぁ」

 行方知れずの導師と超振動とやらで飛ばされた俺達がほぼ同じ場所に居る。
 これは本当にただの偶然なのか? むしろ作為的なものを感じてしょうがない。

 そうはいっても飛ばされた直接の原因は、俺が無鉄砲にもティアに襲いかかったからである。
 運命論者を気取るつもりはないが、偶然と言えば偶然だ。

 一緒に飛ばされたティアも、師匠に襲いかかった件を抜かせば、気合の入った義理堅い良いやつだ。
 なにか企んでいるようには見えない。仮に企みごとがあったとしても、むしろこいつはその生真面目さで利用される側だろう。

 教団関係者を狙うような組織が、こいつのバックにあるのだろうか。

 今一番怪しいのは導師と一緒にいた大佐だが、導師は誘拐されているようには見えなかった。
 それにティアが言うには、宿屋ですれ違った少女が護衛としてついていたことからみて、どうも教団公認の旅らしい。

 なら、むしろ謎の勢力の襲撃を警戒して、少数精鋭で情報も制限して逃げ回っている最中とか?

 うーむ、こんがらがるばかりで、一向に思考がまとまらない。

 なんにせよ、あのロンゲの大佐がすべての黒幕だとか言われても、俺は全然驚かないけどな!

 つらつらと物騒な考えを展開しているうちに、今日俺達が泥棒扱いされた元凶に考えが行き着く。

「なぁ、チーグルについてなんか知ってるか? 聖獣って言われてたけどよ」
「東ルグニカ平野の森に生息する草食獣よ。始祖ユリアと並んでローレライ教団の象徴になってるわ。ちょうどこの村の北あたりね。とってもかわいいのよ」

 最後の台詞は聞かなかったことにして、俺はさらに思考を展開する。

 また、教団関係かよ。

 偶然にしても、こうも重なってくると、疑えと言われてるような気になって来るな。
 師匠を狙う謎の組織に、行方不明なはずの導師イオン、盗みを繰り返す聖獣。

 ん? ちょっと待てよ……

「チーグルってのは、盗みをするような習性があるのか?」
「いいえ、そんなことはないはずよ。私もチーグルが食べ物を盗むなんて、初めて聞いたわ」

 極めつけが、盗みなどしないはずの聖獣チーグルか。どーも、きな臭くてしょうがねぇ。

「明日になったら、その森に行ってみねぇか?」
「え……行ってどうするの?」

 本当に予想外の事を言われてか、ティアが目をまん丸に見開いて尋ねる。

 いろいろとややこしいことを考えていたせいで、すべての事柄に繋がりがあるような気がしてきた。
 今回の泥棒騒ぎもその一つで、教団を狙う謎の勢力が教団の象徴たるチーグルを陥れようとしてるんじゃないか?

 なんて妄言は、どうも面と向かっては言いにくい。

 結局なんの証拠もないわけだし、俺は説明するのも面倒臭くなって、適当な理由を告げる。

「そいつらが泥棒だって証拠を探すんだよ。濡れ衣は晴れたって言っても、一度は俺様が泥棒扱いされたんだ。その元凶をこのまま落とし前もつけずに放っておくってのは、気分が悪い」
「……無駄だと思うけど?」

 冷めた表情で告げて来るティアに、俺はかなり怯みました。こいつ、無表情になるとスゲぇ、コェーんだよ。

 俺は空気を求める魚のように口をぱくぱくさせながら、辛うじて言葉を返す。

「う、うるせぇな。もう決めたんだ!」

 子供が癇癪起こしたような反論しかできませんでした。俺はガキかよ? 

 しばらく居心地の悪い沈黙が続いたが、結局ティアが折れた。

「………わかったわ。でも、あまり無茶はしないでね。森には魔物がいるだろうし。あなたを巻き込んだ者として、私にはあなたをバチカルまで無傷で送り届ける責任があるの」

 だからほんとに気をつけて、とティアは言葉を締め括る。

 そんな彼女の様子に、なんだかよくわからないが、俺は胸がむかつくような気分が沸き起こる。
 なにが気に障ったのかわからないが、別にティアの発言に俺の気を逆立てるような要素はなかった。
 だから、たぶん俺の気のせいだ。そのはずだ。


 義務感で一緒に居られるのが気に障る。そんなことを、この俺が感じるはずもない。


 ウジウジした考えに投げ捨てるように、俺は乱暴に布団を頭から被ると自らの目を閉じた。



  1. 2005/11/27(日) 17:36:46|
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第4話 「女王の咆哮」


 頭上に生い茂る木の葉が空を覆い隠し、隙間を抜けて届く木漏れ日が、眼にも優しく周囲を照らし出す。
 チーグルの森までの道中は順調に進み行き、俺達二人は緑溢れた空間に足を踏み入れた。

「すんげぇ森だな」
「音素の影響もあるんでしょうね。チーグルが住処にするのもわかる気がするわ」
「ああ……なんか街とは違った居心地のよさがあるよなぁ」

 目を輝かせて、素直にはしゃぎまくる俺の言葉に、ティアも微笑みながら森を見回す。
 物珍しさに周囲をきょろきょろ動かしながら、俺たちはひたすら森の奥へ向かう。
 すると森の入り口から少し離れたところで、魔物に囲まれたヒラヒラ衣装の子供が視界に入る。

「って、おい! あれイオンって奴じゃねぇか!」

 魔物は獲物を逃がさぬとばかりに中心に囲い込むと、それぞれの得物を振り上げる。

「危ない……!」

 ティアが悲鳴を上げた。俺はとっさに飛び掛かろうとするが、駄目だ。この距離じゃ間に合わねぇ。諦めが脳裏を過───

 イオンが虚空に手をかざす。

 空間を浸蝕する円陣がイオンを中心に展開された。
 耳に心地よい低音とは裏腹に、展開された円陣はその内に秘めた強大なる力を、魔物達に向け解き放つ。
 円陣から溢れ出た圧倒的な光の渦に、魔物達はそれこそ一瞬で飲み込まれた。
 光が薄れた後には、無傷で地面に膝をつくイオンと、かけらも残さずに魔物達が消え去った事実のみが残された。

 とんでもない威力の譜術だったが、それよりも俺は苦しそうに膝をつくイオンが気になって、慌てて側に駆け寄る。

「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。少しダアト式譜術を使いすぎただけで……」

 息も荒げながら、こちらに顔を向けたイオンが意外そうな面持ちになる。

「あなた方は、確か昨日エンゲーブにいらした……」
「ルークだ」
「ルーク……。古代イスパニア語で聖なる焔の光りという意味ですね。いい名前です」

 にこやかに微笑んで来る導師に、教団のトップがこんなに警戒心なくて大丈夫かよ、と場違いな心配がわき起こる。

 俺は尚も苦しそうに息をつくイオンの背中を撫でてやりながら、なぜか少し離れた場所で緊張した面持ちで佇むティアに、おまえも名乗れよと視線で促す。

 ティアは一歩前に出ると、なぜか敬礼のようなものをしながら、硬い口調で告げた。

「私は神託の盾騎士団モース大詠師旗下情報部第一小隊所属ティア・グランツ響長であります」
「! あなたがヴァンの妹ですか。噂は聞いています。お会いするのは初めてですね」

 最初は驚きながらも、あくまで自分のペースを崩さず、和やかに答えるイオンを余所に、俺は初めて耳にした単語に仰天した。

「はぁ!? おまえ、教団の一員かよ!? しかも、師匠の妹って……? じゃあ殺すとか殺さないとかって、ありゃいったい、なんだったんだ?」
「殺す……?」

 さすがに物騒な言葉がでたことが気になってか、イオンが首を傾げてティアを見やる。

「あ、いえ……。こちらの話です」

 慌てて顔の前で両手を振りながら、ティアはあくまで事情を話そうとしない。

「いや、話を逸らすなよ。なんで同じ教団の人間が、師匠の命を狙うんだ? その上、おまえら家族なんだろ? 妹が兄貴の命を狙うって、いったいどんな状況だよ?」
「それは……」

 言葉に詰まるティアを、俺は幾分真剣な思いを瞳に込めて射抜く。

 そのまま気まずい沈黙が続こうとした、まさにそのときだ。
 兎ぐらいの大きさの、翼のような耳を持った小動物が俺達に気付いて、みゅうと奇妙な鳴き声を上げながら逃げ出した。

「チーグルです!」
「……とりあえず話は後だ。追いかけるぞ!」

 事情の詮索は後回しだと割り切って、俺は逃げ出したチーグルの後を追いかける。
 動き出そうとしないティアとイオンが、小声で囁き合うのがわかったが、詳しい会話の内容までは俺の耳に届かない。

「ヴァンとのこと、僕は追及しない方がいいですか?」
「すみません。私の故郷に関わることです。できることならイオン様や彼を、巻き込みたく……」
「おいおい、見失っちまうぜ?」

 ぐだぐだ話し合ってる二人に、俺は呼び掛ける。

「行きましょう!」
「え? あ、はい!」

 柔和な印象とは反対の位置するイオンの意外な行動力に困惑しながら、ティアもまたイオンの後に続き走り出した。




「やれやれ、おまえらがノロノロしてっから逃げられちまったな」

 先程までの気まずい空気を誤魔化すように、オレハ軽い口調で肩を竦めて見せる。そんな俺にイオンが心配ないと微笑を浮かべる。

「大丈夫。この先に行けばチーグルの巣があるはずです」

 いやに明確な断言に、俺は一瞬呆気にとられながら問いかける。

「なんでそんなこと、知ってんだ?」
「あ、はい……実はエンゲーブの盗難事件が気になってちょっと調べていたんですよ。チーグルは魔物の中でも賢くて大人しい。人間の食べ物を盗むなんておかしいんです」

 む、やはりチーグルが食べ物を盗むのは、教団トップからして見ても前代未聞の事態のようだ。

「……ん? だったら目的地は一緒って訳か」
「では、お二人もチーグルのことを調べにいらしたんですか?」

 意外そうにイオンが尋ねて来る。まあ普通は意外に思うだろう。ティアはともかく、俺はただの一般人だしな。

「ま、濡れ衣着せられて大人しくできるかってところだな」

 イオンから浴びせられる理由を問うような視線に、俺は素知らぬ顔で建前を答えた。

 しかし、これからどうしたもんか。

 ティアが教団の一員だとわかった今、教団を狙う謎の組織の存在なんてものは、恥ずかしすぎて口にもできない。わざわざ俺がチーグルを調べに行く理由も薄くなっちまった。

 だが、今更なにもせずに帰るのもつまらんし、ほんとどうするかねぇ。

 頭をかかえて悩む俺を、イオンが不思議なものでも見るように、目を瞬かせる。

「あー、しかしよ、さっきの様子見てる限り、おまえ危なっかしくてしょうがねぇな」

 俺を見つめて来る純粋な視線に耐えかねて、あまり関係無いことを告げた。
 しかし、直ぐに自分で言った言葉から、俺はふと思いつく。

「なら、そうだ。おまえも俺達と一緒に行かないか?」

 折角森まで来たんだし、イオンについていくのも悪くないよな。

「え、よろしいんですか?」

「何を言ってるの! イオン様を危険な場所にお連れするなんて!」

 目を輝かせるイオンを尻目に、ティアが畏れ多いとでも言うかのように、憤然と反対した。

 わかっちゃいないな。俺はティアに肩を竦めて見せながら、この小さい導師を指し示し、わざわざ一緒につれていく理由を告げる。

「だったらこいつ、どうすんだ?  村に送ってったところで、結局また一人でのこのこ森まで来るに決まってるぜ。見た目華奢なくせして、随分と頑固そうだしな」
「……はい、すみません。どうしても気になるのです。チーグルは我が教団の聖獣ですし」
「ほれ見ろ。それにこんな青白い顔で今にもぶっ倒れそうな奴ほっとく訳にもいかねぇだろ?」

 イオンを擁護する俺の言葉に、ティアは両手を胸の前で組むと、考え込むように呟く。

「ルークがそこまでイオン様が心配なら……確かに私だけ否定するわけにもいかないわね」
「なっ……!」

 まさしく予想だにしなかったティアの反撃に、俺は言葉につまる。

 嫌な予感を感じながら、俺はおそるおそるイオンの方を見る。そこには先程以上に瞳を
きらきらさせて、両手を顔の前で組みながら、上目づかいに俺の様子を伺うイオンの姿があった。

「あ、ありがとうございます! ルーク殿は優しい方なんですね!」
「だ、誰が優しいんだ! ア、アホなこといってないで大人しく付いてくればいいんだよ!」
「はい!」

 俺の乱暴な言葉にも、どこまでも素直に、イオンは元気良く返事する。

 うぉっ、駄目だ。なにが駄目かわからないが、ともかくなにかが、やばい気がする。

「あ。あと、あの変な術は使うなよ。おまえ、それでぶっ倒れたんだろ。魔物と戦うのはこっちでやるから」
「守ってくださるんですか。感激です! ルーク殿」
「ちっ、ちげーよ! 足手まといだっつってんだよっ! 大げさに騒ぐなっ! それと俺のことは呼び捨てでいいからなっ! 行くぞ!」
「はい! ルーク!」

 俺は動揺の任せるまま、多少錯乱気味に自分でもよくわからないことを吐き捨て、その場から逃げ出すように、駆け出すのであった。

 なんか、自分で墓穴を堀りまくってるような気がしてしょうがないが、たぶん俺の気のせいだよな。うん、気のせいだ。

 ……気のせいだといいな。


 先程の場所からそれほど離れていない地点。さっき見かけたのと同じような、翼のような耳を持つ兎ほどの大きさの小動物が鳴いてる姿が見えた。

「みゅ、みゅみゅみゅぅ、みゅう!」

 こうして改めて見ると、なんだか鳴いてる様子がブタに似ている。頭は目が大きくてサルにも似ているな。

 ……ブタザルって名前の方が通りがよかったんじゃねぇのか?

「あれがブタザ……じゃなくて、チーグルか?」
「ええ。でも、まだ子供みたいですね」

 どうやって捕まえてやろうかと俺とイオンが話し合っていると、何故か顔を真っ赤にさせてチーグルを睨んでいたティアが、なんの策も決まらぬうちから、チーグルの方にふらふらと近づいて行くのが見えた。

「みゅぅ!」

 突然近づいた人間にびっくりしたのか、チーグルは一声鳴くと、その場から猛然と駆け出した。

「あ、逃げやがった」
「野生の魔物ですからね」
「……」

 無表情ながらも、ティアはどこか哀愁ただよう様子でその場に佇む。
 どうも声のかけづらさを感じて、俺は当たり障りのない感想をつぶやく。 

「しかし、意外に簡単に見つかるもんだな」
「……この辺りは、チーグル族の巣になっているのね」
「彼らが村から食料を盗んだ証拠があればいいんですけれど」

 イオンの意見に従い、とりあえず証拠を探すことに決める。

「ま、あんな頭悪そうな魔物なら、そこら中に証拠を落としてるだろうな」
「少し探索してみましょう」

 俺達は周囲を気にかけながら、さらに森の奥まった部分へと進んでいく。

 小動物とは言ってもそこは野生の獣。捕まえるまでは行かずに進むことしばし。森の深遠から突き出る、一際巨大な大樹が視界に飛び込んだ。

 あまりのデカさに感心しながら眺めていると、根本付近に何やら赤いものが落ちているのが見える。

「ん……ありゃリンゴか?」
「みたいですね。行ってみましょう」

 大木の根元に着いた俺達がリンゴを確認すると、そこにはエンゲーブの焼き印が押されていた。

「このリンゴには、エンゲーブの焼き印がついています」
「やっぱりあいつらが犯人かぁ」

 結局、なんの陰謀らしい陰謀も見つからなかったことで、俺は自分のテンションが急激に落ち込んでいくのを感じた。さすがに、いろいろ考えすぎだったか。

 更に先へと進んだところで、ティアが大木の方を指して告げる。

「この木の中から獣の気配がするわ……」
「チーグルは木の幹を住み処にしていますから!」

 イオンはそう言うや否や、俺達が動くのも待たず、一人で駆け出して行ってしまった。

「導師イオン! 危険です!」
「まったく、イオンはしょうがねぇやつだな……」

 そのまま放って置くわけにも行かないだろう。俺達二人もそのままイオンの後を追うのだった。




              * * *




 大木の虚と思しき部分から、幹の中に入ると、そこら中から俺達の様子を伺うチーグル達の姿があった。更に奥まった部分に、イオンが身振り手振り交えながら、チーグルに何事か訴えている。

「こら、あんま一人で突っ走るな」
「あ、ルーク」
「いったい何してんだ? 魔物相手に?」

 尋ねる俺に、イオンがチーグルから視線は外さぬまま、しっかりとした言葉を返す。

「チーグルは教団の始祖であるユリア・ジュエと契約して力を貸したと聞いています。その際、人語を解する能力も与えられたという話ですが……」

 後半は少し自身が無さげではあったが、イオンは諦める様子も見せず、熱心にチーグルと向き合う。

 すると、チーグルの中から一際年老いた様子の個体が進み出る。 

「……みゅみゅーみゅうみゅう。……ユリア・ジュエの縁者か?」

 驚愕に、俺達は一瞬息をのむ。

 みゅうみゅう鳴いているだけだったのが一変して、少し嗄れた人間の老人のような声が、そのチーグルの口から漏れたのだ。驚くなって方が無理な話だろう。

「本当に魔物が喋るんだな」

 しげしげと無遠慮な視線を飛ばす俺に、老チーグルは深く頷く。

「ユリアとの契約で与えられたリングの力だ。おまえたちはユリアの縁者か?」

 その言葉に、イオンが少し緊張した面持ちで、一歩前に出る。

「はい。僕はローレライ教団の導師イオンと申します。あなたはチーグル族の長とお見受けしましたが」
「いかにも」

 重々しく頷く老チーグルに、俺はとりあえず容疑を確認することにする。

「エンゲーブで食べ物を盗んだのは、おまえらか?」
「……なるほど。それで我らを退治に来たという訳か」
「ん? 盗んだことは否定しねぇのか?」

 犯行を押さえられたにしては、どうもこいつは落ち着きすぎているような気がする。
 イオンも不審に思ったのか、ひとまず理由を尋ねることにしたようだ。

「チーグルは草食でしたね。何故人間の食べ物を盗む必要があるのです?」
「……チーグル族を存続させるためだ」

 意味がよくわからなかった。草食なら、人間が食うものを盗まずとも、この森ならそこら中に食い物があるだろうに。

「食べ物が足りない訳ではなさそうね。この森には緑がたくさんあるわ」

 ますますわけがわからなくなる俺達に、老チーグルはことの次第を語った。

「我らの仲間が北の地で火事を起こしてしまったのだ。その結果、北の一帯を住み処としていた『ライガ』がこの森に移動してきた。我らを餌とするためにな……」
「では村の食料を奪ったのは仲間がライガに食べられないためなんですね」
「……そうだ。定期的に食料を届けぬと、奴らは我らの仲間をさらって喰らう」
「ひどい……」

 ティアが顔をしかめてつぶやくが、俺にはいまいちピンと来なかった。

「そうか? 普通縄張り燃やされて追い出されりゃ、頭にも来るだろ。皆殺しにされないだけ、まだそのライガとかいうのも理性的なんじゃねーの?」

 対照的な二人の感想に、イオンが事態の複雑さを悟り、深刻そうに頷く。 

「確かにそうかも知れませんが、本来の食物連鎖の形とは言えません」

 確かにイオンの意見にも一理あるとは思う。だが、俺は教団員じゃないからか、あまりチーグル族だけに感情移入することができそうもない。

 まあ、バチカルで一方的に悪者にされて、家を追い出されたワルガキどもを散々見てきたせいもあるんだろうがな。

「ところでルーク。犯人はチーグルと判明したけど、あなたはこの後どうしたいの?」

 突然ティアに今後の予定を尋ねられて、俺は言葉につまる。

「どうって……いや、特になんも考えてなかったな。落とし前つけさせようにも、こいつら既に十分ひどい状態みたいだいし……いったいどうしようか?」
「……」
「あは、あははは」

 呆れ返って額を抑えるティアに、さすがの俺も乾いた笑い声を上げる。

 そもそも今回の盗人騒動になにがしかの裏があるかもしれないと思ったからこそ、わざわざ森まで確かめに来たのだ。実際になんの裏も無かった場合にどうするかまでは考えちゃいなかった。

 こりゃ、ティアに呆れられてもしょうがねぇよな。

「と、ところでよ。イオンはどうしたいんだ?」

 話の矛先をずらすために、同じような理由で森に来たイオンに尋ねる。 

 イオンはなにやら下を向いて考え込んでいたようだが、俺の問い掛けに顔を上げると、きっぱりと答えてみせた。

「ライガと交渉しましょう」
「魔物と……ですか?」
「そのライガってのも喋れるのか?」

 戸惑う俺達二人に、イオンが老チーグルに言い聞かせるようにして説明する。

「僕たちでは無理ですが、チーグル族を一人連れていって訳してもらえば大丈夫だと思います」
「……では、通訳のものにわしのソーサラーリングを貸し与えよう。みゅうみゅみゅみゅみゅう~」
「なんだぁ?」

 突然みゅうみゅう鳴き出した老チーグルの鳴き声に、一匹のチーグルが俺達の前に進み出る。

「この仔供が北の地で火事を起こした我が同胞だ。これを連れていって欲しい」

 長老がソーサラーリングを外して、そのチーグルに渡す。

「ボクはミュウですの。よろしくお願いするですの」

 ぱっちりした目を瞬かせて、妙にかわいらしい声で頭を下げる。
 だが俺は挨拶にすぐには答えず、ミュウとやらの身につけたソーサラーリングに視線を注ぎ続けた。


 なぜ、こいつは、わざわざオムツはいてるような位置に、リングをもって来るかな。


「……なんか、ヒワイというか……ムカツクな、こいつ」
「ごめんなさいですの。ごめんなさいですの」

 低い声でぼそりとつぶやいた俺の言葉に、ミュウとやらが何度も何度も頭を下げる。

「……ルーク」

 ティアの冷たい視線が俺に突き刺さる。

「うっ……まあ、なんだ。そこまで卑屈になるなよ。たぶん、俺の気のせいだろうよ」

 さすがにそこまで謝られるのには気が引けて、俺は強く頭を振って、浮かんだイメージを必死に振り払うのであった。

 それと、すぐに謝ったのは別にティアが怖かったからじゃないことだけは言っておく。

 いや、本当にな。




             * * *




 出発してしばらくすると、ライガの住処があるという洞穴が見えてきた。

 川を渡るときにミュウがリングの力で炎をはけることがわかったり、イオンが一般人の俺を巻き込んだ報酬変わりとか言って身体能力の向上する響律符、C・コアを渡してきたりもしたが、それ以外にこれといって特別なことは起きていない。

「もっとオドロオドロシイしい場所を想像してたが……意外と住みやすそうだよなぁ」

 洞穴の中は思ったよりも薄暗くなかった。どこからか射し込む日の光に照らされて、そこら中に生えたコケや、洞穴を形作ったであろう巨大な木の根子などが、地底の奇妙な光景を演出している。

 物珍しそうに周囲を見渡す俺とは対照的に、ティアは緊張感に引き締まった表情でロッドを握りしめている。

「そんなにライガってのは強いのか?」 
「ライガは強大な雌を中心とした集団で生きる魔物なのよ。群れの中心となる雌は女王と呼ばれ、その強さは……あまり口にしたくないわね」
「おまえがそこまで言うような相手かよ……」

 口には出さないが、俺もかなりの腕前と認めているティアの発言に、思わず唸ってしまう。

 さらに奥に進んでいくうちに、開けた空間に出る。天井から射し込む日の光に照らされて、鳥の巣のような藁葺きの上に座す、虎のような異形の存在があった。

「……あれが、女王ね」

 俺達の存在に気付いてか、警戒の低い唸り声を上げながら、女王がその巨体を持ち上げる。

「ミュウ。ライガ・クィーンと話をしてください」
「はいですの」

 イオンに促されたミュウが、よちよちとその短い足を動かして、遥かに巨大な相手と正面から向き合う。

「みゅう、みゅうみゅうみゅみゅーみゅう……」

 みゅうの鳴き声に反応して、ライガ・クィーンが唸りながら苛立たしそうに身を捩る。

「おい。あいつは何て言ってるんだ?」
「卵が孵化するところだから……来るな……と言っているですの」
「卵ぉ!? ライガって卵生なのかよ!」
「ミュウも卵から生まれたですの。魔物は卵から生まれることが多いですの」

 魔物の生態に驚愕する俺とは別に、ティアが焦燥感も露に叫ぶ。

「まずいわ! 卵を守るライガは凶暴性を増しているはずよ」
「それにライガの卵が孵れば、生まれた仔たちは食料を求めて街へ大挙するでしょう」

 イオンもまた、やや青ざめた表情で言葉を繋ぐ。

「どいうことだ?」
「ライガの仔供は人を好むの。だから街の近くに棲むライガは繁殖期前に狩りつくすのよ」

 あまりに壮絶な事実に、俺も状況の最悪さを悟る。

「彼女に、この土地から立ち去るように言ってくれませんか?」
「は、はいですの」

 ミュウが再度ライガ・クィーンと向き合って、必死に訴えはじめる。

「みゅ、みゅうう、みゅうみゅう……みゅうぅっ!!」

 ライガ・クィーンの凄まじい咆哮に、天井から落石が落ちる。その下に、ミュウが居た。

「って、危ねぇっ!」

 ミュウに落石が激突する寸前、俺は剣を構えて落石弾く。

「あ、ありがとうですの!」
「反射的に身体が動いただけだよ。それよりも、あいつはなんて答えた?」
「ボクたちを殺して孵化した仔供の餌にすると言っているですの……」

 ライガ・クィーンが再度咆哮を上げる。

『ぐっ……!!』

 人間の根源に潜む恐怖が、無理やり引きずり出されるようなあまりに苛烈な一声がその場を圧倒する。

「来るわ。……導師イオン、ミュウと一緒におさがり下さい」
「おいっ……! だがよ、ここで戦ったら卵が……!」
「残酷かもしれないけど、その方が好都合よ」

 ……いま、こいつはなんて言った?

「卵を残してもし孵化したら、ライガの仔供がエンゲーブを襲って消滅させてしまうでしょうから」

 顔色も変えずに言い切るティアに、俺はとっさに怒鳴り返しそうになる。
 しかし、状況はそんな段階をとっくの昔に通りすぎていたようだ。

 女王の背に突き出た翼のようなものが、眼球を直接貫くような雷光をまとい始める。

「二人とも! ライガ・クィーンが!」
「ちっ! どいつもこいつも、くそヤロウが……!」

 ガキがいるところで、殺し合いをするつもりかよ!!

 俺の葛藤などものともせず、あまりに唐突に死闘の幕は上がった。

 ライガ・クィーンが咆哮を上げ、翼を広げた。稲光を伴う一撃が、頭上から俺とティアの間に降り注ぐ。

「ちっ───っがぁっ!」

 直撃は回避した。だが、足元から身体に駆け上る雷撃の余波をくらって、俺は苦悶のうめき声を上げながら一瞬動きを止めた。そんな俺の隙を見逃すはずもなく、女王が俊敏な動作で大地を駆ける。

「させない!」

 銀光が走った。しかし放たれたナイフは、寸前で身を捩った女王の鼻先を掠めるにとどまる。だがその瞬間、女王もまた無防備な脇腹を晒す。

「くらえぇっ──崩襲脚!」

 空中から放たれた二段蹴りの衝撃に、女王がその場に硬直する。この隙を見逃すかっ!!

「──受けよ雷撃ぃっ!!」

 上段からの打ち下ろし、下段からの突き上げるような切り上げ。
 そのままの勢いで空中まで飛び上がり、俺は相棒を虚空に突き出す。

《──襲爪っ!》

 爆発的な勢いで集約された音素が、雷の鉄槌となって女王に降り注ぐ。

《────雷斬っ!!》

 止めとばかりに振り降ろされた紫電をまとった一撃に、女王の身体が吹き飛ばされた。
 その隙を狙って駄目押しで放たれた譜術の一撃が、女王に追い打ちをかける。

「はぁはぁ……どうだ?」

 バックステップで距離を取った俺はティアの前に控え、完璧に決まった連係の結果を見届ける。

「直撃したはずだけど……」

 その先に、言葉は続かなかった。

 豪、と女王が咆哮で応えた。

 威風堂々と大地を踏みしめ、絢爛豪華に輝く毛皮が、先程の攻撃が女王にかけら程の損害も与えていないことを知らしめる。

「マジかよ……」
「……」

 絶句する俺達を余所に、女王は己に刃向かいし、愚かな人間を睥睨する。

「……俺が突っ込むから、ティアは援護に徹してくれ」
「……わかったわ」

 正直逃げ出したい所だが、背ろに控えるイオンの存在がそれを許さない。
 最悪な状況だった。だが、ここで殺されるつもりもない!

 襲いかかる巨体から必死で身をかわす。
 目を皿のように見開いて隙を伺う。
 見出したわずかな隙目掛けて針の穴を通すような攻撃を放つ。
 ときに正確無比なナイフの一撃が相手の動きを阻害する。
 動きの止まった女王目掛けて譜術が直撃する。

 だが、それでも、女王は止まらない。

「どうなってやがる! ちっとも倒れねぇ!」
「まずいわ……こちらの攻撃がほとんど効いていない」

 叫んでもどうしようもないないことはわかっているが、叫ばずにはいられなかった。

 もはや攻撃を放つような余裕はなく、俺は死に物狂いで相手の追撃をかわし続ける。

「くそっ……俺が引きつけてる間に、ティアはこいつをなんとかできるような策を考えろっ!」
「ルーク!」

 倒す手段の見つからない相手に突進するというのは、俺にとってもかなりの根性を要する行為だったが、馬鹿な俺にはそのぐらいの策しか思いつかない。

 じりじりと背筋を追い上げるような焦燥感にその身を焦がし、俺は女王の猛攻を避け続ける。

 もう誰でもいいから、なんとかしてくれっ!


「──私がなんとかして差し上げましょう」


 俺の心の叫びに応えるように、不意に現れた男が涼やかに応える。

「誰っ!?」
「詮索は後にしてください。私が譜術で始末します。あなた方は私の詠唱時間を確保して下さい」

 攻撃を必死で避ける俺の視界に、エンゲーブで見かけたロンゲの大佐の姿が映る。

「あんたの、譜術なら、効くのかよ!」
「さぁ? 私の方からは、なんとも」

 相変わらずの人を喰ったような大佐の返答だったが、大佐の詠唱が始まると同時に、周囲の音素が爆発的な勢いで大佐に集束されていくのがわかる。

「……今は、あの人に任せましょう。私も援護を続けるから、ルークもそのまま回避に専念して、時間を稼いで」
「ちっ、わかったよ!」

 胡散臭い相手ではあるが、俺達に策はない。

 言うほどの実力があるか、見せてもらうぜっ!

 明確な目的が定まったことで、俺はそれまで以上に神経を研ぎ澄ませながら、女王の攻撃を自身に引き寄せ続ける。

 これまでと違い、俺は攻撃をまったく考えないで回避に専念、時間を稼ぐことだけに集中する。途中何度かひやひやするような場面も在ったが、その度にティアからの正確無比な援護が飛んで、女王を牽制する。

 もはや体力も精神も限界に到達しようかというとき、とうとう大佐の詠唱が完成した。

「……雷雲よっ! 我が刃となりて敵を貫けっ!」

 頭上に渦巻く黒雲が、稲光を放つ。

 瞬間、女王の雷撃などとは比べ物にならないほどの閃光が空間を満たす。

「──サンダーブレード」

 指揮者の振るう指揮棒のように、巨大な雷の刃が無造作に振り降ろされ、女王を射抜く。
 大気を強烈な放電が満たし、視界が明滅する。

「おや、あっけなかったですね」

 全身の体液が沸騰を通りすぎて蒸発したのか、かつて女王だったものが居た場所には、煤けた炭のような黒い染みが残されるばかりだった。

「なっ……なんだよ、今の一撃は……」
「……ただのフォニマーじゃないわね」

 それまで俺達がさんざん手こずっていた相手を、一撃で消滅させた大佐の譜術の凶悪さに、俺達は戦慄する。

 警戒心の籠もりまくった視線を向けるが、大佐はまるで頓着した様子も見せない。

「さて、いろいろと伺いたいこともありますが……アニス! ちょっとよろしいですか」
「はい、大佐! お呼びですかぁ?」

 どこに控えていたのかと思うぐらい唐突に大佐の横に現れたのは、宿屋で見た導師守護役だとかいう不気味人形の少女だった。

 二人はなにやらひそひそと話し合っているが、まるで内容は聞こえて来ない。

 不気味人形の少女の後に続いて、戦闘から退いていたイオンが現れて、無事な俺達の様子に安心したのか息をつく。

 ローズ邸での一件を見る限り、この二人が導師に害をなすとも思えないので、俺はとりあえず警戒を解くことにした。

 戦闘が終わったことで、頭にのぼっていた血が急激に冷めていくのを感じる。

 住処を火事で追いやられたという女王。
 もうすぐ子供が孵ると唸っていた女王。

 のろのろと力無い足どりで進み、俺は最初に女王が腰を降ろしていた藁葺きの中を覗き込む。

 大佐の譜術の影響か、そこには沸騰して爆ぜ割れた無数の卵の残骸が並んでいた。

「……後味、悪いぜ」
「優しいのね。……それとも甘いのかしら」

 あまりにも割り切ったティアの言葉に、俺は抑えきれない感情の昂りに任せるまま口を開いていた。

「魔物だろうが、俺達はガキを殺したんだぞっ!」
「……生きるためよ」
「っ! 冷血な女だなっ!」

 ティアに向ける視線に殺気が混じるのを感じるが、すぐに俺自身もガキ殺しの一員であることが思い起こされ、舌打ちとともに顔を背ける。

 生まれることもなく、その命費えた無数のライガの卵が視界に入る。


 ふと、巣の一番奥まった一画に、一個だけ割れていない卵があることに気付く。


「おやおや、痴話喧嘩ですか?」
「か、カーティス大佐。私たちはそんな関係ではありません!」

 よくよく見ると、その卵は誰もつついていないのに、ガタガタと揺れ動いてる。

「冗談ですよ。それと私のことはジェイドとお呼びください。ファミリーネームの方にはあまり馴染みがないものですから」

 揺れが激しくなり、ピシリ、と殻にヒビが入る。

「ところで、そちらの彼は黙り込んでしまっているようですが、どうかしましたか?」
「卵が……」
『卵?』

 ヒビは一瞬で殻全体に拡がり、次の瞬間、卵は二つに割れた。


 ──きゅうきゅうきゅぅ


 地上に生まれ落ちた命が、まず最初になす行為。

 あたかも生まれ落ちたことを嘆くかのように、ライガの幼子は物哀しい啼き声を上げた。



  1. 2005/11/26(土) 17:38:00|
  2. 【家族ジャングル】  第一章
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第5話 「冥府で眠れ」


 七年前のことだ。

 目がものを見るものだと理解し、口が言葉を発するものだと理解し、自分に向けられる感情をただ受け止めるしかなかった、かつての記憶。

 部屋のなかで虚ろに天井を見上げる俺の周囲に、大勢のニンゲンの気配を感じる。

 周囲を取り囲む見慣れないオトナの群れが、意味も取れぬささやき声を交わしあう。

 誰も俺と視線を合わせようとしない。誰も俺に言葉をかけようとしない。誰も彼もがただ一方的に嘆き、その悲しみをぶつけて来る。

 目でものを見ることができず、口で言葉を発することもできず、自分の感情を伝える術すら持たなかった、かつての記憶。

 たった、七年前のことだ。






















               
Tales of the Abyss



               
~家族ジャングル~























「これは……」
「あの一撃の中を……生き残ったのね」

 鳴き声に引き寄せられ、イオンとティアが目を見開いて巣の中に視線を注ぐ。

「女王様の子供ですの」
「なるほど。女王の忘れ形見ですか」

 ミュウがどこか哀しげに耳を垂らし、大佐が興味深そうに巣の中を覗き込む。

「……」

 そして俺は無言のまま、巣の中で啼くライガの子供と見つめあう。互いの視線は強く絡み合い、瞬きすらせずに、ただ顔を合わせ続ける。

 交錯する視線。俺は無言のままそいつに問いかける。

 一緒に来るか? 

 俺の意志が通じているのか。それはわからない。それでも、俺はこいつに対してケジメをとらなければならなかった。それはこいつが当然のように受けるはずだった親からの愛情を奪った者として当然の責務であり、なにより俺が俺である為に、譲れない一線だった。

 ライガの子供はその間、俺の瞳を不思議そうに見つめ返していた。

 しばらくすると、ライガの子供は卵の殻を踏み越える。よろよろとした足どりながらも、俺の下へと必死に近づこうとする。鳴き声の種類も、それまでの親を探し求めるような哀しげなものから、親に甘えるようなものへと変わり、俺に向けて鳴き始めた。

「……そうか」

 俺は巣の中に手を伸ばし、ライガの子供を抱き上げる。特に抵抗するでも無く、ライガの子供も俺のされるがままに任せていた。ただ他者の温もりを感じたことに安心したのか、これまでのように鳴くのを止めた。

「ルーク。あなた……どうするつもり?」

 なぜ、殺さない。

 言葉の裏に秘められた詰問に、俺は毅然と顔を上げる。

「決めたぜ。こいつは、俺が連れていく」

 注がれる視線を見つめ返し、俺はいっそ清々しいまでにきっぱりと宣言する。

「今この瞬間から、こいつは、俺の家族だ」

 本気なのか。

 その場にいた誰もがその顔に疑問を浮かべた。

 確かに今の俺は、正気じゃありえねぇぐらいに、ぶっ飛んだ考えをしているんだろう。俺自身も魔物の子供を引き取るだなんて話を他人から聞かされたら、それこそ狂気の沙汰かと笑い飛ばしただろう。

 だが、今の俺はそんな狂気の沙汰を冒すぐらいには、頭の配線がブチ切れているようだ。

「こいつのおふくろさんや兄弟連中を殺したのは、俺達だ」

 俺は他の誰でもなく、イオンと視線を合わせる。イオンの顔色が明らかに青ざめる。

「ルーク。僕は……」

「だけどよ。仮に俺達が森に来ないで、放っておかれた全ての卵が孵化していたとしてもだ。ライガの大群にエンゲーブが襲われるような事態になったら、そんときは軍が動いただろうよ」

 イオンから、まさにその軍人にあたる大佐に視線を動かして、確認する。
 その通りですね、と大佐はあまり興味なさそうに、事も無げに肩を竦めて見せた。

「なら、こいつ一匹にしろ生き残った今の状況は、そう悪いもんじゃねぇ」

 一匹ならどうとでもなるからな、と自分でも悪人じみた言葉を付け加える。

「それでも、さすがにこのまま一匹で放って置かれたら生き延びられねぇだろうし、誰かが面倒見てやる必要がある。しかしよ、そんな酔狂なことするような馬鹿が、居ると思うか?」

 当然、誰も俺の問い掛けには応えない。

 退化した翼の様なものが生えた背中を撫でると、ライガの子供は気持ちよさそうに喉を鳴らす。俺はそんなライガの様子に微笑むと、ついで唇をつり上げ周囲を睥睨する。

「そうだ。居ない。そんな馬鹿は他に居ない。それこそ、底抜けの馬鹿である俺ぐらいのもんだ。だから俺が育てる。それ以外にどうしょうもない。なら、俺はそうするだけだ」

 簡単な話だろ? 嘲笑う俺に、ティアが硬い表情で問い詰める。

「あなたは……本気でそんなことができると思ってるの?」
「思ってる」

 刹那の逡巡もなく頷き返し、俺は真っ正面からアイスブルーの瞳を射抜く。

「なにせ俺は甘いからな。胸焼けするほどの甘ったるさで、せいぜいこいつを包んでやるさ」
「──私はっ!」

 当てつけるような俺の言葉に、ティアが俺の方に一歩詰め寄る。
 立ち上る怒気が目に見えるようだが、俺とてここで引く気はない。

 ライガの子供が人を好む? それがどうした。人間だって肉は喰うんだ。肉が欲しいなら、獣の肉を用意してやればいい。魔物を引き取るなんて非常識だ? 非常識で結構。俺に常識を求める方が間違っていると返してやるよ。 

 睨み合いの裏で展開される思考の鍔迫り合いに、二人の間を険悪な空気がただよい始める。今にも罵り合いの口火が切られようかという、そのとき。

 ぱんぱん、と手を打ち鳴らす音が周囲に響き、俺達二人ははっと息を飲む。

「はいはい。とりあえず、ルークさんがライガの子供を引き取るということで一件落着。お二人とも言い足りないことはあるでしょうが、その辺りのことは、後ほど時間のあるときにでもお願いしますねぇ」

 絶妙なタイミングで割って入った大佐が、にこやかに告げる。

 人を食ったような言葉に、熱くなっていた俺達も、なんだか馬鹿らしくなってきた。

「あー……まあ、そういうことだ。これからもっと迷惑かけることになっちまうとは思うが……すまねぇな、ティア」

 いつものような調子に戻って頭を下げる俺を、ティアはしばし黙り込んだまま睨んでいたが、最後には硬い表情を崩して、ため息をつく。

「ふぅ……どうなっても知らないわよ」

 二人の間に弛緩したような空気が流れかける。

「でも、これだけは覚えておいて……」

 誤魔化しは許さないと、俺の双眸をティアの不思議な色を宿した瞳が射抜く。

「そのライガの子供が人を襲うようになったら、そのときは……」
「ああ、俺が始末をつける。……といっても、そんな奴には俺が絶対にさせないがな」

 にやりと悪党の顔で笑う俺に、ティアが俺にも聞こえないような声音で微かに囁いた。

「……本当に……優しいのね」

「ん? なんか言ったか?」
「いえ……なんでもないわ」

 寂しそうに微笑むティアの様子が気にならなかったと言えば嘘になるが、なにはともあれ彼女も認めてくれたようなので、俺は安心した。

 腕の中で目を閉じる女王の忘れ形見を撫で上げながら、不意に俺は自分の両手が塞がっているという物騒この上ない状況に気付く。

 どうしたものかと考えて、ひとまず仔ライガを頭の上に乗せることに決めた。

「よっと……あ、すまねぇ」
 
 突然持ち上げられたことにビクリと身体を震わして、仔ライガは随分と驚いた様子だった。だが頭の上に乗せてやると、すぐに俺の無駄に長い髪の感触が気にいったのか、自分の居心地いいように形を整え、再び寝息を立て始める。

 うっ、なんていうか、女の子とはまた一味違ったグッと来るものがあるというか。ともかく、
 
『か、かわいい……』
「ん?」
「……」

 一瞬俺以外の声が重なって聞こえた気がしたが、気のせいか。

 ともあれ、微笑ましい寝息を立てる子ライガにとろける俺達を余所に、イオンが気まずそうな様子で大佐に歩み寄るのが見える。

「……ジェイド。すみません。勝手なことをして」
「あなたらしくありませんね。悪いことと知っていてこのような振る舞いをなさるのは」
「チーグルは始祖ユリアと共にローレライ教団の礎、彼らの不始末は僕が責任を負わなくてはと……」
「そのために能力を使いましたね? 医者から止められていたでしょう?」
「……すみません」
「しかも民間人を巻き込んだ」

 どうもお説教が俺達の件にまで飛び火したようだ。

 最初は特に口も挟まず大佐の説教を聞いていた俺だったが、さすがに黙っていられなくなって口を開く。

「俺達のことなら巻き込んだとは言えねぇよ。イオンとは森で偶然会ったんだからな。イオンも素直に謝ってることだし、いつまでもネチネチ言ってねぇで許してやれよ、ロンゲの大佐」
「おや。巻き込まれたことを愚痴ると思っていたのですが、意外ですねぇ」

 大佐がわざとらしい動作で目を見開くが、ついで俺が頭の上に乗せる女王の子供を見て、どこか納得したような顔になって頷く。

「まあ時間もありませんし、これぐらいにしておきましょうか」
「親書が届いたのですね?」
「そういうことです。さあ、とにかく森を出ましょう」

 なにを話しているのかはわからなかったが、ともかく森から出ることになった。

 ぞろぞろ歩き出す俺達に、ミュウが慌てて俺達の正面に駆け込む。

「駄目ですの。長老に報告するですの」

 耳をくるくる回しながら訴えるミュウに、ジェイドが眼鏡を押し上げる。

「……チーグルが人間の言葉を?」
「ソーサラーリングの力です。それよりジェイド。一度チーグルの住み処へ寄ってもらえませんか?」

 一瞬考え込むような間が開いたが、すぐにジェイドも頷いた。

「わかりました。ですが、あまり時間がないことをお忘れにならないで下さい」

 言い含ませる大佐に、イオンも真剣な表情で頷く。

 ……時間がない、か。

 さっきから二人の会話を聞いてると、その単語が頻繁に上がる。導師程の人物があんなに少人数で移動してるのは、そこらへんに答えがありそうだ。

 しかし、なぜ導師が行方不明なんて、ガセネタが流れてんだろうな。師匠が呼び戻されたことから考えても、教団上層部にまで浸透してるようだし。いったいなにを警戒しているんだ、こいつらは?

 なんともなしに俺が考え込んでいると、イオンが俺の隣に寄って来る。

「ルーク。さっきはありがとう。そして、あなたの決断に敬意を……。あと少しだけ、おつきあい下さい」

 どこまでも律儀なイオンに、俺は苦笑が浮かぶ。俺みたいなチンピラにそんな言葉はもったいないが、それでも言われて悪い気はしない。

「ま、乗りかかった船だ。最後まで付き合うさ」

 イオンもそれに微笑を返してくれた。

 洞窟を去る直前、最後に一度だけ俺は背後を振り返る。
 洞窟の中心付近に残された黒い染みを見据え、道半ばで逝った女王の冥福を祈る。

 頭の上で身を捩る女王の子供が、そうした俺の行為が偽善にすぎないと責めたてるかのように、どこか物哀しい啼き声を上げた。




               * * *




 長老に事態の報告を終えた俺達は、森の出口に向かった。

 長老に感謝の言葉を述べられたイオンは、しかし俺が頭の上に乗せる女王の忘れ形見の存在に、複雑な表情を浮かべていた。
 そして話がどう転んだのかいまだによくわからんが、なぜかミュウが俺についていくことになった。

 ライガ達が森を追われた原因がそもそもミュウの悪戯に吐いた炎にあると判断して、長老は森から一年の間ミュウを追放すると宣言した。そして、なぜかその間、俺に仕えろなどと言ってきたのだ。

 正直、女王の子供だけで手が一杯だと断ったんだが、結局押し切られてしまった。

 なんでも命の恩人である俺の役に立ちたいんだそうだ。そんなことしたか? と本気で首を傾げる俺だったが、ミュウは何度も何度も俺についていきたいと頼んできた。

 決め手となったのは、ミュウが女王の忘れ形見のお世話もしたいと告げたことだ。

 ……さすがに、今回の事態の原因として、考えさせられるものがあったんだろうな。

 ともかく、ミュウは俺について来ることになった。がんばりますの、と小さい身体に気合たっぷりの様子で、俺の助けになろうと意気込んでいる。

 正直あんま役に立ちそうにないがな!

 頭の中で結構ひどいこと考えながら歩いているうちに、とうとう森の出口が見えて来る。

「ん? あの子おまえの護衛役じゃないか?」
「はい、アニスですね」

 こちらに向かって元気よく手を振る不気味人形少女ことアニスの姿があった。

 そう言えば大佐とヒソヒソ話してたところまで居たのは覚えているが、そっから後は居なくなってたっけな。別行動してたのか。

「お帰りなさ~い」

 イオンの下に嬉しそうに駆け寄って来るアニスに、俺はロの字ではないが、なんだか微笑ましくなる。

 そんなアニスの後から、無骨な鎧の擦れあう音が無数に響く。どうもジェイドの部下達が一緒のようだ。イオン達も無事合流できたようだし、そろそろ別れ時かね。

 しかし、これから女王の子供をどう育てたもんか。大いに悩みどころだ。魔物なんざ育てたことないが、どっかに育成本とか売ってねぇーかなぁ。それに屋敷の連中はビビルだろうな。こんな小さくても魔物だし、チーグルみたいに聖獣扱いもされてないからなぁ。

 ま、バチカルの悪ガキどもは、むしろライガの方に喜びそうだがな。

 そんな呑気なことを考えていると、不意に肌が突き刺す様な気迫──殺気が全身を貫く。

『……なっ!』 

 現れた十数人にも及ぶ軍人達は、突然俺とティアを包囲すると、一斉に武器を構えた。

「──ご苦労様でした、アニス。タルタロスは?」
「ちゃんと森の前に来てますよぅ。大佐が大急ぎでって言うから特急で頑張っちゃいました」

 取り囲まれた俺達を余所に、あくまでも大佐とアニスはこれまでと同じような調子で掛け合いを演じている。

「大佐、あんた……どういうつもりだ?」
「そこの二人を捕らえなさい。正体不明の第七音素を放出していたのは、彼らです」

 静かながら有無を言わせぬ口調で指示を出された兵隊どもが、俺達二人ににじり寄る。

「ジェイド! 二人に乱暴なことは……」
「ご安心下さい。何も殺そうという訳ではありませんから」

 にっこり笑って、大佐は続けた。

「……二人が暴れなければ」

 最後の一言で凄味を増した大佐の眼力に、女王を一撃で葬った譜術が思い起こされる。

 あの一撃は、やばい。

 額に冷や汗が浮かぶ。あの術が放たれた瞬間感じた威圧感は、ヴァン師匠クラスだった。そんなこいつに俺が勝てるとは思えんし、なにより部下の軍人どもが周囲に居やがるのだ。

 俺とティアは互いの顔を見合わせると、互いの認識を確認し合った。

 この悪魔に、抵抗は無意味。

 両手を上げて大人しく拘束される俺達に、帝国の悪魔は聞き分けのいい園児を褒めるような口調で告げた。

「いい子ですね。――連行せよ」

 半ばだまし討ちのような拘束に、普段の俺だったら後先考えずに抗ったんだろうな。
 しかし、今の俺はそんな無謀に身をまかせようだなことは到底考えられない。

 連行されながら、ティア、女王の子供、ついでにミュウを順に見やり、ため息をつく。

 ひとりじゃないってのは、やっかいなもんだよなぁ……ガイ。

 呼び掛けた相手が、当然この場に居るはずもなく。
 呼び声は虚しく、木立の中へと消えた。




/第一部目次/
  1. 2005/11/25(金) 17:40:20|
  2. 【家族ジャングル】  第一章
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