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──A.L.M──

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第1話 「連行されて戦艦、頼まれるは仲介」

「……第七音素の超震動はキムラスカ・ランバルディア王国王都方面から発生。マルクト帝国領土タタル渓谷付近にて収束しました。超震動の発生源があなた方なら不正に国境を越え侵入してきたことになりますね」

 連行された戦艦の中で、大佐が淡々と尋問を続ける。

「ティアが神託の盾騎士団だと言うことは聞きました。ではルーク、あなたのフルネームは?」

 一瞬押し黙り、俺はティアと視線を合わせる。

 村での裁判もどきとは状況が違う。今の俺達は拘束されている。このまま名前を隠し通せるとは思えない。とはいえ、偽名を使おうと思えば使えないこともない。ここは帝国領で、俺の名前が本物かどうか判断する材料は乏しいからだ。

 問題なのは、そんなことは当然大佐もわかっているということだ。なのにそんな質問をして来る大佐の意図として考えられる可能性は、俺の名前を本当は知っていて単にカマをかけているだけなのか、それとも本当に知らないかの二つに一つだろう。

 いったいどっちなのか。う……く……考えれば考えるほど頭の中がこんがらがって……

 だぁーっ!! そんなことが俺にわかるかっつーのっ!!

 俺は頭の中で叫び声を上げ、頭を掻きむしる。

 なによりも最大の問題はだ、俺がそんな複雑な判断が下せるほど上等な脳味噌を、はなから持ち合わせちゃいないってことだっ! そうさ俺は馬鹿ですよ!! 悪いかっ!!

 くぅ……俺は名乗っても大丈夫なのかよ?

 俺は多少涙目になりながら、ティアに最後の望みを託す。そんな俺の切羽詰まった思考を読み取ったのかは定かでないが、ティアは大丈夫だと言うように、軽く頷きを返してくれた。

「どうしました? 急に黙り込むなんて、さっきまでの憎まれ口が嘘のようですねぇ。……それとも名乗れないような理由があるのですか?」

 真紅に輝く双眸を物騒に光らせる大佐に、俺は白旗を上げた。

「だぁー、わかった! わかりましたよ! ったく……ねちねち嫌味なヤロウだぜ」
「へへ~、イヤミだって。大佐」

 イオンの護衛だとか言う不気味人形の少女が、大佐をからかうように笑いかけると、大佐がわざとらしい動作で額を抑える。

「傷つきましたねぇ。私はとても正直なだけなんですよ? 私の知りたいことに対して」

 それの方がよっぽど厄介だよ。心の中で突っ込んだのは、おそらく俺だけじゃないはずだ。

「ま、それはさておき。では、お名前をどうぞ」
「俺はルーク・フォン・ファブレ。おまえらが誘拐に失敗したルーク様だよ」

 気だるそうに頭をふって答えた俺の言葉に、さすがの大佐も軽く目を見開く。

「これは……キムラスカ王室と姻戚関係にあるあのファブレ公爵のご子息……という訳ですか」
「公爵……素敵かも……」

 アニスの双眸が一瞬、得物を狙う狩人のごとくギラリと輝いた。

 背筋が総毛立つような悪寒に、思わずアニスに顔を向ける。しかしアニスは俺の視線に照れたようにはにかむだけで、ついさっき感じた悪寒の発生源はまったく見出せない。

 た、たぶん気のせいだよな。俺は内心で冷や汗をかきながら、楽観が過ぎる判断を下した。

「しかし何故マルクト帝国へ? それに誘拐などと……穏やかではありませんね」

 大佐が幾分真剣みを増した様子で尋ねると、ティアが俺を庇うように身を乗り出す。

「誘拐のことはともかく、今回の件は私の第七音素とルークの第七音素が超震動を引き起こしただけです。ファブレ公爵家によるマルクトへの敵対行動ではありません。それに……ルークは私に巻き込まれただけです。彼個人にも帝国に敵意はありません」
「大佐。ティアの言う通りでしょう。彼に敵意は感じません」

 イオンもまた俺を擁護する。それに大佐は値踏みするような視線を俺に向けた。

 無遠慮な大佐の視線が俺を舐めるが、大佐の瞳にも俺を警戒するような色はまったく浮かんでいない。

「……まあ、そのようですね。温室育ちのようですから世界情勢には疎いようですし」
「もう、どうとでも言ってくれや……」

 もはや言われ慣れて来た言葉に、俺も投げやりに応える。

 ……しかし温室育ちか。むしろ箱庭育ちってのが、正しいかもな。

 上品に微笑みながら俺の頭を撫でようとするおふくろの顔と、その下で嫉妬に狂った顔で地団駄を踏む親父の顔が浮かんだ。

 一瞬浮かんだ自分のイメージに、俺は乾いた笑みを浮かべた。

 そんな風に上の空になっていたから、イオンと大佐がなにやら小声で話し合っている言葉を聞き逃した。

「──ここは彼らにも、むしろ協力をお願いしませんか?」

 へ、協力だって? 突然耳に飛び込んだイオンの言葉に、呆気にとられる。

 大佐は考え込むように瞼を閉じると、静かに口を開いた。

「我々はマルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下の勅命によってキムラスカ王国へ向かっています」
「まさか、宣戦布告……?」

 ティアが思わずといった感じでつぶやいた言葉に、一瞬遅れて俺も理解が浸透する。

「宣戦布告……って、戦争が始まるのかよ!?」

 思わず机を蹴って立ち上がった俺の頭で、バランスを崩した子ライガが慌てて頭にしがみつく。

「あ、わりぃ」

 謝りながら頭を抑え、そっと座り直す。ちょっと間の抜けた醜態を晒したが、改めて、正面に座る二人に向けて、どういうことかと視線で問う。

「逆ですよぅ。ルーク様ぁ。戦争を止めるために私たちが動いてるんです」
「アニス。不用意に喋ってはいけませんね」

 アニスと大佐は話の深刻さとは裏腹に、軽い調子で掛け合いを続けた。

 お前ら、そんなに軽い調子で大丈夫かよ? 危うい帝国の現状に不安を覚えるが、すぐに大佐の実力が思い起こされ、不安は消える。大佐は変人だけど、能力が高いのは確かだ。きっと帝国も能力主義で登用した変人の巣窟なんだろう。

 ……それはそれで恐ろしいものがあるがな。

「しかし戦争を止めるねぇ……っていうか、そんなにやばかったのか? キムラスカとマルクトの関係って」
「知らないのはあなただけだと思うわ」
「……おまえも相変わらずキツイよな」

 ティアの冷めた突っ込みに、俺は半眼で彼女を見やる。しかし、というかもう、やはり、彼女はまるで堪えた様子を見せない。かくいう俺も最近、ティアの突っ込みに腹が立たなくなってきた。俺が慣れてきたのか。はたまた別の理由があったりするのか。むしろ、知らず知らずに調教されてる、俺?

 そんなバカなことを考えていると、突然大佐が突拍子もないことを宣言する。

「これからあなた方を解放します。軍事機密に関わる場所以外は全て立ち入りを許可しましょう。艦内において、あなたたちの自由を保証します。必要なら案内もつけましょう」

 これまでと一変して、大佐が客人を扱うかのように恭しい態度になって告げた。大佐の変人っぷりを目の当たりにしてきた俺達も、この申し出を本気にしていいのか戸惑う。

 それまで自分達を犯罪者のように扱ってきた相手が、突然掌返したような態度になれば、誰でも警戒するのが普通だよな?

 じっと真意を伺うように見据える俺達の視線に、大佐が丁寧な口調で答える。

「まず私たちを知ってください。その上で信じられると思えたら力を貸して欲しいのです。戦争を起こさせないために」

 そう締め括った解放の理由に、なんだか俺は納得いかないものを感じてしまう。

「協力して欲しいなら、まず詳しい話をしてくれればいいじゃねぇか? 知ってくれって言われて人柄だけわかっても、結局なにするかわからなきゃ判断のしようがねぇよ」

 不満げに言い返す俺に、大佐が眼鏡を押し上げる。逆行で反射した光に、大佐の瞳が覆い隠される。

「説明して尚ご協力いただけない場合、あなた方を軟禁しなければなりません」
「あ……それもそっか」

 確かに、親父は城で公職についてたが、家には機密の類は持ち来ないように神経張りまくってたからな。それだけ、こいつらも本気だってことか。

「ことは国家機密です。ですからその前に決心を促しているのですよ。それに事が事だけに強制もできません。私にできることは、ただ頼むことだけです。どうか、よろしくお願いします、とね」
「詳しい話はあなたの協力を取り付けてからになるでしょう。僕もルーク達の協力は必要なものだと思っています。ルークなら……と思ってしまうのは、僕の贔屓目なのかもしれません。それでも、僕はあなたに協力して欲しいと思っています」

 イオンとジェイドは最後にそう言い残すと、部屋から出て行った。

 正直、そんな風に誰かに俺が必要だって言われた経験は初めてだった。だから、たとえそれが公爵家の息子に対する言葉だとわかっていても……心が揺れるな。

 本当に、どうしたもんかね。

「……艦内を歩いてみない? 今世界がどうなっているのか、あなたにも少しわかると思うわ」
「ご主人様! 探検ですの!」

 虚空を見つめ考え込む俺の様子に、二人は俺の気を紛らわせるような言葉を掛けてくれた。頭の上の仔ライガも、俺を促すように前足をポンポン叩いてきた。

「……そうだな」

 みんなの気遣いに、だから俺も気分を切り換えるべく、二人に同意して部屋の外へ向かう。

「ルーク様。よかったら私がご案内しま~す」

 歩き出そうとした俺達に向かって、アニスが手を上げて突っ込んで来る。

「へっ……お前が? なんでまたわざわざ、自分からそんな雑用すんだ?」
「あのぉ……私がいたら邪魔……ですか?」

 いじらしい仕種で両手を背中に組みながら、アニスが上目遣いで俺を見つめて来る。

 うっ、こ、こいつは……

「そんなことない。むしろ助かるわ」
「そうですか? ありがとうございます~ティアさん♪ ところで、ルーク様はいったいどうしたんですか?」

 微笑んで答えるティアに、アニスが不思議そうに俺の様子を尋ねる。

「俺は違う! 違うんだ!! そんなんじゃないんだ!! 血迷うなよ、俺!!」

 子ライガを胸に抱き直し、がんがん壁に頭を打ちつけ始めた俺を見やり、ティアはどこか拗ねたような表情でつぶやく。

「……知らないわよ、あんなバカ」




              * * *




 タルタロス甲板に出ると、そこには外の景色を眺めるイオンの姿があった。

「よっ、イオン」

 俺が声をかけると、イオンが申し訳なそうに駆け寄って来る。

「とんだことに巻き込んで、すみません」
「全くな。せめて話を聞かせてくれればなぁ……」
「それには僕の存在も影響しているんです。だからジェイドも慎重になっているんですよ」

 導師イオンの存在が影響……か。

「ローレライ教団が平和を取り持っているからか?」
「そうですね。それもありますが……今はお話しできません」
「そっか。まあ、もうちょいしたら、俺なりの結論出すよ」

 ぽんぽんイオンの頭を叩きながら、俺達はイオンに背を向ける。

 イオンとは反対側で、同じように景色を眺めている大佐の姿があった。

 大佐はいつものように人の悪い笑みを浮かべると、出会い頭の一撃を放つ。

「やぁ、両手に花ですね、ルーク」
「やーん。大佐ったら」
「わ、私は……そんな……」

 大佐の言葉に、アニスが恥ずかしそうに頬を染め、ティアが両手をわたわたさせて動揺する。

 だが、俺はなぜに彼女らがそんな態度になるのか、よくわからんかった。

「あん? 両手に花ってどんな意味だよ?」
「……」

 つぶやいた瞬間、かつてないほど凍りついたティアの視線が俺に突き刺さった。

 うっ、お、俺は、知らず知らずのうちに、何か致命的な間違いを犯してしまったのか?

 絶対零度の空間で震える俺に、さすがの大佐も悪いと思ったのか、ティアに向けて落ち着くように諫める。

「まあまあ、落ち着いて下さい、ティアさん。……思いを図るいい機会だったのは確かですが、残念でしたねぇ」
「なっ! た、大佐!! 私は!」

 にやにやと笑いかける大佐に、ティアがその頬をこれ以上ないほど紅潮させて怒鳴る。

「それはともかく。ところで……先ほどの誘拐とは何なのですか?」
「別に七年前の話だから、あんま関係ねぇぜ? 理由は知らんが、マルクトの連中が俺を誘拐したんだよ」

 俺の答えに大佐はこれまでのふざけた調子を引っ込め、ひどく深刻そうな顔になってつぶやく。

「……少なくとも私は知りません。先帝時代のことでしょうか」
「こっちだって知るかよ。俺は、てめぇらのせいで……ガキの頃の記憶がなくなっちまったんだからな……」

 最初の記憶は、古めかしい部屋に座り込む俺を見据える無数の視線だ。

 どの視線も俺を見つめているというのに、何故か、暗い感情が込められていることがわかる。彼らは俺によくわからない言葉でぶつぶつとつぶやく。「なぜこんなことに」「あの利発だった子供が見る影もない」「…敗作か」

 言葉の意味はわからなかったが、彼らの視線に込められた感情がなんなのかは、俺にもわかった。

 ああ、彼らは失望しているのだ。今の『俺』に、かつての俺の姿を重ね見ることで──

「──ちっ。……まあ、今更の話しだがよ」

 俺は不意に思い出された暗い記憶を、頭を振って追い払った。

「……。色々帝国に思うこともあるでしょうが、何とか協力の決心をしていただきたいですね」

 ジェイドも俺の様子に、なにか思うことがあったのか、特に当たり障りのない言葉で応えると、会話に幕を降ろした。

 去り際に聞こえた大佐の台詞の意味は、『今の』俺にはよくわからないものだった。

「記憶喪失……ね。まさか……」




             * * *




 最初の部屋に戻り、俺はマルコとか呼ばれていた大佐の部下に話しかける。

「そろそろ、大佐達を呼んでくれよ」

 承知しましたと一礼すると、マルコは伝令管に手を伸ばし、なにやら呼び掛けている。

「いいの?」
「いいも悪いも、話を聞かなきゃなんともならねーだろ。どうせ今までも軟禁されてたんだしな。それに……」

 その先を言いよどむ俺に、ティアは強く問いただすでも無く、いつものような調子で静かに先を促す。

「それに……?」

 優しい色を湛える彼女の瞳に、俺はその先を言葉にする決心をした。

「それによ。公爵家の息子だって理由があったとしてもだ。お、俺は他人に必要だって言われたことなかったんだよ。だから、まあ、ちょっとぐれぇなら、て、手を貸してやってもいいかなぁ、とか思っちまったんだよ」

 あまりの恥ずかしさに悶死しそうになりながら答えた俺に、やはりティアはいつものごとく、キツイ言葉を投げ掛ける。

「……やっぱり、甘いのね」
「うるせっつーの!」

 俺は乱暴に怒鳴り返すが、別に本気で怒っているわけじゃなかった。
 ティアもそれがわかるようで、どこか俺をからかう様な仕種で、くすりと微笑むんだ。




              * * *




「昨今局地的な小競り合いが頻発しています。恐らく近いうちに大規模な戦争が始まるでしょう。ホド戦争が休戦してからまだ十五年しかたっていませんから」

 ホド戦争……だいたい、俺の生まれたぐらいの頃のことか。

「そこでピオニー陛下は平和条約締結を提案した親書を送ることにしたのです。僕は中立の立場から使者として協力を要請されました」

 大佐の言葉を受けて、イオンが続けて答えた。

 マルクトからの和平の提案、か。確かにそんな密命を帯びているなら、大佐達があんなに理由を話すことを躊躇っていたことにも理屈が通る。

 しかし、どうしてもある一点が納得いかなかった。

「それが本当なら、どうしてイオン、おまえは行方不明ってことになってんだ? そんな大義名分があるなら、お前の名前はプラスにはなっても、マイナスにはなりようがないように思えるんだけどな?」

 むしろ、イオンという中立勢力の介入を印象づけることで、帝国の和平反対派も手を出しづらくなると考えられる。イオンの存在を隠すメリットが見当たらない。それとも教団の象徴たる導師イオンに表立って逆らえるような組織があるのか? 俺には想像できん。

「それはローレライ教団の内部事情が影響しているんです」

 イオンがどこか暗い表情になって、話を続ける。

「ローレライ教団はイオン様を中心とする改革的な導師派と、大詠師モースを中心とする保守的な大詠師派とで派閥抗争を繰り広げているのです」

 派閥抗争、か。イオンの言葉で、ようやく俺は納得がいった。教団に対抗できるような勢力は、これまた教団内以外に存在しないってことか。

「モースは戦争が起きるのを望んでいるんです。僕はマルクト軍の力を借りてモースの軟禁から逃げ出してきました」
「大詠師派ってのはそこまでするのかよ……エゲツねぇな」

 仮にも教団のトップに対して軟禁なんて普通するか? 俺は呆れて頭をかいた。

 しかし、ティアがイオンの言葉に過剰な反応を返す。

「導師イオン! 何かの間違いです。大詠師モースがそんなことを望んでいるはずがありません。モース様は預言の成就だけを祈っておられますっ!」

 激昂したかのように、ティアは椅子を蹴って立ち上がり、声を荒らげながら反論する。

「ティアさんは大詠師派なんですね。ショックですぅ……」
「私は中立よ。ユリアの預言も大切だけどイオン様の意向も大事だわ」

 アニスの言葉にティアは怒りを抑え、淡々と答えた。だが、明らかにそこには無理が見て取れた。

「教団の実情はともかくとして、僕らは親書をキムラスカに運ばなければなりません」

 乱れた場を改めるかのようなイオンの言葉に、大佐が深く頷きながら相槌をうつ。

「その通りです。しかし我々は敵国の兵士。イオン様も表立っては動けない。いくら和平の使者といってもすんなり国境を越えるのは難しい。その上、ぐずぐずしていては大詠師派の邪魔が入るでしょう。
 そうした問題を解決する為には、あなたの力……いえ地位が必要なのです」

「地位って……あんた、俺もわかっちゃいるけどさ、さすがにそんな言い方はねぇだろ? そこはバカな俺をすかさずおだてて、追従するような場面だろが?」

 あまりにもあからさまな言い方に、俺は表面上は呆れたような態度で切り返す。しかし、内心では大佐の自分達にとって必要なものを告げる単刀直入な物言いに、好感を抱いていたりする。

 もちろん、口には出さんがな。

「おやおや。そちらがお気に召すようなら、今からでも、そうしてあげますが?」
「それこそ、御免だね」

 どこか俺の反応を面白がるような大佐の態度に、俺もにやりと笑って返してやる。

「やれやれ、見かけと違って意外と困った人ですね。しかしそれでは、肝心の答えはどうなのでしょう。御協力は頂けますか、ルーク様?」

 一瞬考え込むも、答えは既に決まっているようなものだ。ここまで話を聞かされといて、今更断れるような類の話じゃないしな。

「わかったぜ。あの親馬……もとい、伯父さんに取りなせばいいんだよな。結果までは保証できねぇが、まあこの俺様に任せとけって」

 胸を叩きながら盛大に請け負う俺に対して、大佐は型通りの態度で返す。

「御協力を感謝します。それでは、私は仕事があるので失礼しますが、ルーク様はご自由にどうぞ」

 協力を取り付ければ用はないと言わんばかりに、ジェイドは一礼するや即座に立ち去ろうとする。

 む、むかつくぜ。俺はどう仕返ししたものか考え、いい案が思い浮かんだ。

「ちょっと待てよ、大佐」

 俺は意地悪く笑いながら、大佐に少しばかりの口撃を仕掛ける。

「俺のことは呼び捨てでいいぜ、『カーティス』大佐」
「わかりました。ルーク『様』」

 一瞬、互いに視線だけで牽制し合う。大佐は最後ににやりと笑うと、踵を返してこの部屋から出て行った。

 か、かなわん。本当に大した奴だぜ。

 半ば呆れながら、俺は大佐の背中を見送った。あそこまで食えない男は初めて見たと言っても過言じゃないぜ。帝国はあんなんばっかりなのかね。


 城下に立ち並ぶ眼鏡をかけたロンゲの集団。彼らは全員が軍服を着込み、一斉に皮肉めいた笑みを浮かべながら敬礼を捧げる。


 一瞬空恐ろしい想像が思い浮かんだが、即座に頭を振って振り払う。

 考えを切り換える意味も込めて、改めて室内に視線を戻す。

 今ここに居るのはイオンと、アニス、ティア、そして大佐の部下の一人しか居ない。つまり、周囲に余計な口出しして来るような連中は居ないってことだ。

 イオンと直接話すいい機会かも知れないな。俺はイオンに話しかけることにした。

「なぁイオン、こんな大変な役目があったのによ、何だってエンゲーブの騒ぎなんかに首をつっこんだんだ?」

 かねてからの疑問を尋ねると、イオンは大したことではないといった様子で口を開く。

「チーグル族は教団にとって聖獣ですから。見過ごせません。それに、エンゲーブで受け取るはずだった新書も届くのが遅れていたし、僕の手は空いていましたから」

 にこにこ笑いながら答えたイオンに、正直言って俺は呆れたね。そんな理由でわざわざ出向いた森で魔物に襲われ、身体壊して倒れるような術を使うはめになったのかよ。普通、笑って言えるようなことか?

 これまで他人に感じたことのない、たぶん敬意とかいうものを覚えながら、俺はまだ小さいガキに過ぎない、ローレライ教団導師のにこにこ笑いを見据えた。

「おまえって……お人好しなんだな」

 感心してつぶやく俺に、ティアが顔を向ける。

「……あなたと同じね」
「なっ、なにを言いやがるかな、お前はっ!?」

 ティアがぼそりとつぶやいた言葉に、俺は顔を真っ赤に染め上げて反論する。

 ティアは俺の反論に答えず、チラリと俺の頭で眠る仔ライガに視線を向けた。

「うっ……だ、だったら、放っておいてもよかった俺を、わざわざ屋敷まで連れて行こうとしてるお前だって、十分お人好しだろがっ!」

「そっ……それは。引き取らなくても誰も責めないのに、わざわざライガの子供を引き取ったあなたに、そっくりそのままお返しするわ!」

「お、俺はだな──」
「わ、私だって──」

 ヒートアップする俺達二人を余所に、イオンが不思議そうな様子で、ふくれっ面のアニスに尋ねる。

「アニス、二人は仲が良いのでしょうか? それとも悪いのでしょうか?」
「ぶーぶー。知りませんよ。……やっぱり、ティアは強敵だね。早いうちに、私も攻勢に出ないと。さっきのルーク様の反応を見る限り……やっぱり上目づかいで決まりだね」

 マルクト・キムラスカという二国間の戦争を阻止すべく行動する者達にしては、その部屋に展開される光景は、どんなに良く言い繕ったとしても、あんまりな光景といえた。

 そんな俺達の間の抜けたやり取りに、仔ライガはただ退屈そうに欠伸を上げると、ゆっくりと背中を伸ばした。



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  1. 2005/10/31(月) 17:42:01|
  2. 【家族ジャングル】  第二章
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第2話 「突然の孤立、向かうは艦橋へ」



 水の流れる音がする。

「ふぅ……やっと一息ついたぜ」

 軍艦だってのに水洗式とは豪華な設備だよなぁと感慨にふけりながら、俺は勢い良く便所の戸を開け放って外に出る。

 洗面台に座る仔ライガが俺の姿を発見し、こちらに駆け寄ってきた。撫でて欲しそうに俺を見上げるが、ばっちい手で触るわけにもいかんので、さっさと手を洗うことにする。

「さて、さっさと戻るとするかね」

 綺麗になった手で仔ライガを撫で上げながら、定位置となりつつある俺の頭の上に乗っけて歩き出す。

「しかしデリカシーか。へへっ……懐かしい言葉を聞いたもんだぜ」

 目尻から溢れ出す涙を感じながら、俺は直前の会話を思い返した。




             * * *




 あの後、イオンが外に涼みに行くと部屋を出て行った。俺達もせっかくタルタロスを自由に見学して良いと言われたのだから、艦内を見て回ろうかという話がでた。

 しかし見て回るとはいっても、そこは軍艦である。これといって物珍しい場所も無く、すぐにお開きとなった。

 そこで、折角時間があるのだから、大佐と今後の予定を詰めておかないかという提案が出る。特に異存があるはずもなく、それじゃあ、すぐにでも出発しようかという段になったとき、突然、それは俺に襲いかかった訳だ。

「うっ──!」

 一声呻くと、俺は腹を抑えてうずくまる。

「……ど、どうしたの?」
「わわ、ルーク様! 大丈夫ですか?」

 突然の俺の奇行に動揺する二人。

 だが俺は二人の言葉に答えるような余裕はカケラもない。全身を貫くある種の予感に畏れおののきながら、精神力を総動員して耐えるのみ。

 俺は額に脂汗を滲ませながら、最後の力を振り絞って、アニスの顔を見上げる。

「アニス……俺に教えてくれ!」
「は、はい。なんでしょうか、ルーク様♪ アニス、なんでも答えちゃいますよ~」

「便所はどこだ?」

「……えっ?」
「便所。だから便所はどこにあるんだ?」

 アニスの肩を掴んで必死の形相で問い詰める俺に、アニスも事の重大さを悟ったのか、慌ててあっちを曲がった先の角にありますよ、と即座に教えてくれた。

「二人とも、先に大佐のとこに行っててくれや。あとミュウ……お前もだ。ついてくんなよ」

 頭に引っついた仔ライガを置いていくような余裕はない。俺は全力疾走で、その場から離脱した。

「ルーク様ってデリカシーないんだ」
「……そうね。さすがに、あれはね」
「ティアさんも、大変でしたね」
「……そうね。大変だったわ」

 後方から、囁きあう二人の会話が耳に届いた。

 いろいろと大事なものを無くしてしまった気がしたが、ともあれ俺は死に物狂いで便所に駆け込んだ。水面台に仔ライガを投げ込んで、個室に閉じこもる。

 結果はもちろんセーフ。

 危ういところだったけどな。




             * * *




 そんなこんなで、今俺は一人である。正確には、仔ライガがいるので一人と一匹かもしれないが、そんな細かいことは置いといて、ともかく艦の人間はこの場に居ない。

「で、いったいこれは何事だよ」

 警報が、そこら中から鳴り響いている。

 ──前方20キロに魔物の大群を確認──総員第一戦闘配備につけ──繰り返す──総員第一戦闘配備につけ──

 艦内放送を聞く限り、どうやら魔物が艦を襲撃しているようだ。

「ま、こんだけデカイ戦艦だ。そうそうやられるようなことはないだろっ──うぉっ!?」

 とてつもない衝撃が戦艦を襲った。

 とっさに頭の上で寝ころぶ仔ライガへ手を伸ばし、両足を踏みしめてバランスを取る。

「な、なんだぁ?」

 振動は一度で途切れた。おそるそろる周囲を見渡すうちに、違和感に気付く。

 げっ、廊下が傾いてやがる。

 斜めに傾いた廊下に体勢を合わせながら、仔ライガが頭から落ちそうになるのを防ぐ。

「……。いったいなにが起きてやがるんだ?」

 ともかく、尋常じゃない事態であることだけは確かだ。

 さっきまで居た部屋に戻ってもいいのだが、こんな事態だ。大佐達も指揮を取るため、ブリッジに向かっているかもしれない。

「あー。とりあえず、艦橋に行くとするかね」

 大佐が居なかったとしても、ブリッジまで行けば何が起こっているかぐらいはわかるだろう。

 頭の上に乗った仔ライガが、妙にそわそわした様子で身じろぎしているのが気にならないといえば嘘になったが、魔物の気配を感じて興奮しているんだろうと、そのときは簡単に考えていた。

 しかし、甲板に出てその光景を眼にした瞬間、そんな考えは吹っ飛んだ。

「……すんげぇ状況だわな」

 居るは居るは、そこら中をうろうろ徘徊するライガの群れが、甲板に引っついている。見上げると、デカイ鳥のような魔物が上空を旋回している。

 とんでもない光景に、俺は乾いた笑いを洩らすしかなかった。

「とりあえず、行くしかないよな……」

 正直今すぐにでも引き返したいところだが、こんな状況じゃ、艦のどこだろうと安全な場所なんか存在しないだろう。

 俺は周囲の状況を確認しながら、艦橋に向けての一歩を踏み出す。


 あ、気付かれた。


 甲板でたむろしていた一匹のライガが、俺に気付いて、とんでもない勢いで駆け寄って来る。

「……もうちょっとぐらいはよ、見て見ぬふりぐらいしてくれてもいいのになぁ……」

 ぶつぶつと愚痴りながら、俺は木刀を引き抜く。ライガの前足がふり降ろされた。
 咄嗟に気合を込めた得物を構える。ぶつかり合う互いの武器が周囲に衝突音を撒き散らす。
 獲物に力を込めて前足を振り払い、相手の一撃を身体ごと弾き飛ばした。

 これにライガは短く跳躍すると、俺との距離をとって崩れた己の体勢を直ぐさまたて直す。

 改めて対峙した俺達は、互いの一撃を相手より先に叩き込むべく全身に力を込めて突撃──しなかった。

 ──ぐぅるるうううう

 対峙する両者の気を散らす絶妙なタイミングで、俺の頭の上からうめき声が響いたのだ。

「……どうしたよ?」

 油断無く構えをとりながら、頭の上の仔ライガに尋ねる。

 対峙していたライガが、あっさりと俺の前から退いた。

「へっ……?」

 しばしの間、そのライガはつまらなそうに俺を見ていたが、再度頭の上で仔ライガが呻くと、慌てて俺の視界から消えた。

「どういうことだ……?」

 訳のわからない展開に首を傾げる。

 目の前で起きた事を考えるに、どうも相手は退いてくれたようだ。しかし、その理由がよくわからない。仔ライガの鳴き声が切っ掛けと言えるかもしれないが、それでも自分よりも小さい相手に怖じ気づいたとも思えない。

「わけがわからねぇけど……まあ、状況が悪化するでも無いし、後で考えりゃいいか」

 俺の頭じゃ、分析するとか無理だしな。

 なんだか釈然としない展開だったが、特に害になるようでもないので、俺は放って置くことに決めた。

 その後も甲板を進んで行った俺達に、ライガ達はつまらなそうな視線を向けるだけで、一向に襲いかかろうとしなかった。

「こんな簡単でいいのかね……」

 呆気なく、俺達は艦橋の入り口に辿り着いた。

「いや……むしろここは幸運を喜ぶところか? だけどよ……幸運の度が過ぎてるような気がして、むしろ不安になるというか……」

 艦橋へと続く扉の前で、傍目には明らかに挙動不審な動作で俺がぶつぶつとつぶやいていると、すぐ目の前で、プシュっと気の抜けたような音がする。

 顔を上げれば、目の前の扉が開いている。

「な、なんだ貴様はっ!?」

 艦の中から全身を白い鎧で覆った二人連れが現れた。彼らはたいそう驚いた様子で、俺に詰問してくる。

 大佐の部下だろうか? 艦の人間を全員知ってるわけでもない俺にわかるはずもないが、とりあえずそう思っておく。

 なんにせよ、まずは問い掛けに対する答えが先だろう。

「えーと、俺はだな…………なんだろ?」

 気の抜けた俺の答えに、二人が拍子抜けしたように肩を下げる。

「な、なんだそのふざけた答えはっ!?」
「正直に答えんと、承知せんぞっ!!」
「いや、だって本気でわかんねぇんだもん」

 ティアのようなオラクル兵でもないし、大佐のようなマルクトの軍人でもない。イオンのようなネームバリューがあるわけでもない、敵国の貴族のボンボンの名前を一兵卒が知っているとも思えない。

 本気で悩み始めた俺に、目の前の二人もどう対処したらいいものか混乱している。

「ええいっ! あくまでも答えんようなら斬り捨てるぞっ!」

 この状況に耐えられなくなったのか、全身鎧の片割れが、しびれを切らしたように剣を構え、俺に向け突きつける。

「あぁん?」

 さすがに剣を突き付けられて黙っていられるほど、俺も温厚な性格をしていない。

「そんな態度でいいのかよ……お前らの上官に確認とった方がいんじゃねぇのか?」

 だが、大佐の部下と乱闘騒ぎとか起こすのは俺としても本意じゃねぇ。忠告と恫喝の混ざり合った俺の言葉に、二人は明らかに狼狽する。

「な、なにを……」
「おいっ、待てっ! こいつ、ライガを連れているぞ」

 今にも切りかかろうとする一人を押さえ、比較的落ち着いて俺の様子を伺っていた全身鎧が、俺の頭の上に視線を注ぐ。

 あ、やばいか。そう言えば今はライガの襲撃中だ。

「いや……あのな。こいつは……」

『失礼しましたっ!』

「へっ?」

 頭の中で無数の言い訳をこね繰り回していた俺に対して、二人は突然頭を下げた。

「妖獣のアリエッタ様麾下の方ですね」
「我々は黒獅子ラルゴ様の率いる第1師団の人間であります。ライガを連れているとなると、アリエッタ様直属の御方とお見受けします。これまでの御無礼、お許しください」

「あ……まあ、そんなところだ」

 なにがなんだかよくわからなかったが、とりあえず頷いておく。

「我々はこれより艦内の制圧任務につく予定です。既に隊長は導師イオン確保のために先行しているので、我々も急ぎ合流しなければなりません。ご気分を害したとは思われますが、この場はひとまず、お怒りを納めて頂きたいと願います」
「あ、う、ご苦労」

 しどろもどろな俺の返答に、二人は一斉に姿勢を整えると、敬礼する。

『それでは、御武運をっ!』

 足早に去っていく二人の背中を見やり、俺はなんとも言えない奇妙な気分になる。

「……どういうことだ?」

 艦内の制圧任務。導師イオンの確保。
 上官と言われ、まず思い浮かんだ相手がライガを率いている人間。
 イオンの話していた、複雑な教団の内部事情。

「和平に反対する敵対勢力、大詠師派による襲撃……か」

 最悪な状況が頭に浮かぶ。

「あの二人の話から判断すっと、魔物襲撃もそいつらの仕業か……くそっ。どうしたもんか」

 やつらが艦橋から出てきたということは、この先は制圧済なのだろう。これほど迅速な制圧が可能になったのは、おそらく魔物を用いるという有り得ない襲撃方法によって、指揮系統が真っ先に潰されたからだろう。艦橋さえ潰せば、後は要所要所に魔物を配置して、追い込んでいけばいいだけだ。これなら、必要な人間は最小限で済む。

「妖獣の……アリエッタとか言ったか」

 魔物を率いていると思しきそいつと、どうにか接触できれば、状況が打開できるかもしれない。

 幸いなことに、俺が仔ライガを連れているのを見て、連中は勝手に自分陣営の人間であると判断してくれた。さすがにこの幸運がこの先も続くとは思えない。極力見つからないように気をつけて進んでいくつもりだが、それでも連中に発見された場合は、積極的に今回の誤解を押しつけてやる必要がありそうだ。

「まったく……やっかいな状況だよな」

 俺は頭の上でごろごろ喉をならす子ライガを最後の頼みに、敵地へと飛び込んだ。




             * * *




 どこにいるかわかりませんでした。

「いったい、どこに居やがるんだよ……」

 俺は通路の隅っこにうずくまりながら、啜り泣く。

「そもそも顔もわからないような相手を探そうってのが、間違ってたような……」

 自分のバカさ加減に気づき、打ちのめされそうになる。毎度毎度、よく考えもせずに突っ込むのは俺の悪いくせだ。

「本気で、どうしたもんか……ティア達大丈夫かねぇ……」

 通路の片隅に座り込み、膝を抱えてぶつぶつとつぶやく。

「……だれ……です?」

 場違いな、子供の声が響いた。

 教団兵に見つかったか、と一瞬身体を硬くするも、相手の姿を目にして呆気にとられた。

 丈の短い、どこか拘束服じみた黒のワンピースを着込んだ女の子の姿があった。胸元に不気味な人形を抱き抱え、不安に揺れる瞳を俺に向ける。

「あ~……俺はなんつぅか、そのだな」

 俺が言葉を続けようとしたとき、頭の上の仔ライガが怯えたときによく出す鳴き声を突然上げた。

「ん、どうしたよ?」

 ひとまず黒服少女への対応は置いといて、仔ライガに手を伸ばしてポンポン撫でて落ち着かせる。
 そうした俺の様子を呆然と眺めていたかと思えば、少女が口を開く。

「どうして……どうしてその仔、あなたと一緒に居るの……ですか?」
「どうしてって……うーん。成り行きというか……なんつぅーか……やっぱ、俺が家族代わりになったからかね?」

 自分でもよくわかっていない答えだったが、とりあえず言葉にしてみる。

「あなたがその仔のパパ……ですか?」
「うぶっ──!!」

 黒服少女の純粋な問い掛けに、俺は思わず噴き出してしまう。

「いや、そのなんつぅか……だな」

 俺を見つめ続ける少女の瞳には、どこか期待するかのような思いも込められていて、いろいろなものに汚れきった俺としてはどうにも耐えかねて、最後には頷いてしまった。

「まあ、そんなところだぜ」
「わかった……その仔……エッタと一緒」
「ん?」

 いまいちよく聞こえなかったが、どこかうれしそうに黒服少女はつぶやいた。

 人形越しにチラチラ、おっかなびっくりといった感じで俺の様子を伺う少女に、これからどうしたものかと頭を抱えたところで、艦内にどこかで聞いたような誰かの声が響く。


 ──作戦名『骸狩り』始動せよ──


 タルタロスを衝撃が走る。


 ──動力機関停止! 管制装置停止! タルタロス制御不能です!──

 明滅する照明の中、艦内に制御不能と喚き立てる伝令管の放送が駆けめぐる。

「うわぁっ……さすがに抜け目ないぜぇ」

 周囲を見渡すと、通路のあちこちに隔壁が降りて、寸断されていくのがわかる。
 眼鏡を押し上げにやりと笑う大佐の顔が思い浮かび、俺は乾いた笑い声を上げた。
 そのとき、頭の上の仔ライガが、なにかを警戒するように低い唸り声を上げ始める。

「来ます……」

 続けて、少女が隔壁の一つを見据える。

 かなり遠くの方から、隔壁を力ずくでブチ破るような音が連続して響く。金属同士の擦れ合う耳障りな音は、どんどんその音量を増して行く。どうやら、なにがかこちらに近づいて来るようだ。

「──うおっ!!」

 俺のすぐ脇にある隔壁がブチ破られた。

 ブチ空けられた穴の向こうから、のっそりと、異形の巨躯が姿を現す。
 外で見た様な小さいものではなく、たてがみの生え揃った成人したライガの姿だった。
 大丈夫か? ピスピス鼻を鳴らす化け物に、少女はそっと手を伸ばして、鼻先を撫でる。

「お、おい……」

 思わず声を掛けた俺を無視して、少女はライガの背中によじ登る。
 俺の頭の上では、仔ライガが全身の毛を逆立てて、成人ライガへ威嚇するように唸り声を上げ続けていた。
 なんだこいつ? 成人ライガが訝しむように低い呻き声を上げる。それに、俺は近寄り難いものを感じて、二の足を踏んでいた。

 成人ライガの背中に登り終えると、少女は一度だけ俺の方を振り向き、別れを告げた。

「さよなら……です」

 そう最後に言い残し、ライガにまたがった少女は射抜かれた隔壁を通り抜け、その場から去った。あっというまの出来事である。

「いったい、なんだったんだ……」

 しばし呆然と、ライガと供に去った少女の背中を見据えた後で、ふと気付く。

「……ん? ライガを従えるような存在……って、もしかして、あの子供が、妖獣のアリエッタぁっ!?」

 ようやく思い至った少女の正体に、俺は一人驚愕の叫び声を上げるのだった。




             * * *




 衝撃から立ち直るのに結構かかったが、なんとか自分を取り戻すことはできた。

「………なんというか、予想外にもほどがあったよな」

 妖獣のアリエッタをどうにかしてやろうという考えは、明かされた衝撃の事実を前にすっかり吹っ飛んでいた。

 とりあえずライガが隔壁に開けた穴を通り抜けながら、俺はひたすら外へと向かっていた。

 とりあえずあれだけ切羽詰まった様子であの成人ライガはアリエッタを連れてったんだ。この先でなにか起きてるのは確実だろう。後をついていけば、ティア達とも合流できるかしれんない。かなり自分にとって都合の良い展開かもしれないが、そう分の悪いかけでもないはずだ。

 なにしろあいつら以外に、騒ぎを起こせるような人間は居ないだろうしな。

「にしても……すんげぇ馬鹿力だよなぁ……」

 一直線にぶち抜かれている通路の隔壁を見やり、呆れてつぶやく。

「お前はこんな乱暴な奴にはなるなよ」

 ぽんぽん頭の仔ライガを撫で上げながら、俺は好き勝手に言い捨てる。仔ライガも同意するように、甘えた声を出した。

「おっ……とうとう外か」

 明かりが見えてきたので、俺は幾分早足になりながら、昇降口に一歩踏み出す。

「へっ……?」

 銃を突き付けられている大佐。昇降機の下に倒れ込み、苦痛に顔を歪めるティア。
 昇降機の上に佇む成人ライガと、銃を握る金髪美人の影に隠れる黒服少女。

 その場にいた全員が俺の唐突な出現に凍りつく中で一人──いや、一匹だけ動くものがあった。

 頭の上で、子ライガが前足を伸ばし、立ち上がる。

 響きわたる甲高い咆哮。

 目を突き刺す様な閃光が視界を圧倒し、その場に無数の落雷が降り注ぐ。
 それとほぼ同時に、即座に動いた大佐が掌から槍を取り出し、己に突き付けられていた銃口を弾く。

「ちっ──アリエッタ!」

 金髪美人の飛び退りながらの呼び掛けに、黒服少女が成人ライガに行動を促す。
 だが、戦艦甲板から軽やかに飛び降りた、燕尾服の男がそれをあっさりと妨げる。

「ガイ様華麗に参上──ってな」
「きゃ……」

 構えた刀をアリエッタに突き付け、男は冗談めかした言葉を告げた。どこか見覚えのある金髪に、人好きのする精悍な顔つきをした兄ちゃんがそこに居る。

「って、ガイかよ!」
「ははっ。久しぶりだな、ルーク」

 あまりにも唐突過ぎる親友の登場だ。動揺する俺を余所に、大佐は槍の刃先を金髪美人に突き付けたまま、相変わらず冷静に事を進める。

「さて、武器を棄てて、タルタロスの中へ戻ってもらいましょうか」
「……仕方ない。この場は我等が退くとしよう」

 思ったよりもあっさりと、リーダーと思しき金髪美人が承諾した。
 大佐に監視される中、続々とタルタロス内に収容されていく教団兵。

「さあ、次はあなたです。魔物を連れてタルタロスへ」

 最後に残ったのは、黒服少女──妖獣のアリエッタだった。

「……イオン様……。あの……あの……」
「言うことを聞いてください。アリエッタ」

 どこかもの言いたげな様子でイオンに話しかけるアリエッタに、イオンもいささか厳しい口調でタルタロスに入るよう促す。

 アリエッタは俯くと、成人ライガを連れてのろのろと動き出す。

 俺の側を通り過ぎたアリエッタが、俺にかつてない強い眼差しを向ける。目尻に浮かんだ滴が頬を伝う中、彼女は胸元抱いた人形越しに叫んだ。

「嫌い……嫌い嫌い大っ嫌い!!」

 そう吐き捨て昇降口を駆け上るアリエッタに、その場にいた全員の視線が俺に集中する。

「は、はははっ……いったい俺がなにをしたよ?」

 突き刺さる視線に、俺は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。ほんと、どうしろと? 
 なんだか自分がとても酷い事をしたような気分になって、俺はひどく落ち込んだ。



  1. 2005/10/30(日) 17:43:25|
  2. 【家族ジャングル】  第二章
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第3話 「届かない夜」 



「──さて、これでしばらくは全ての昇降口が開かない筈です」

 操作を終えた大佐の言葉に、ようやく場の緊張感が緩む。

「それにしてもルーク。一人でどこに行ったのかと思えば、まるで見計らっていたかのようなタイミングで現れましたねぇ。さすがの私も驚きましたよ」

 肩を竦めながら両手を広げる大佐の言葉に、周囲に居た皆が一斉に口火を切る。

「そうですよルーク! 僕も驚きました。まさかアリエッタの後ろから出てくるとは思いませんでした」
「ルーク! あなた、あの状況で無防備に外へ出てくるなんてなにを考えていたの? それにいったい、これまでなにをしていたの? 本当に心配したのよ」
「ご主人様! 無事で嬉しいですの! それにミュウ達の危機も救ってくれて、格好よかったですのー!!」
「はははっ。どうやらうちのルークは人気者ようだな。こいつの世話係としては、嬉しい限りだねぇ」

 み、耳がキーンって。ってか、ちょっと待てよ、おまえら。

「だぁっー! いっぺんにしゃべられても訳わかんねぇーっつーの!! 言いたいことがあるなら一人ずつ言えって!!」

 俺の怒鳴り声に、皆が黙り込む。

 そこまでして言いたいことでもなかったのか、誰もが一歩踏み出すことを躊躇っている。一人大佐だけは、にやにやと人の悪い笑みを浮かべながら、皆の様子を面白そうに見据えている。

 く、くそ、人事だと思いやがって。

 一向に動き出さない他の連中にしびれを切らしたのか、やはり最初に動いたのは彼女だった。

「ルーク……本当に、心配したのよ」

 どこか濡れた様な瞳が俺を見据える。言葉にされずとも、この相手が自分のことを心配していたのは予想していた。

「……悪かったよ。心配掛けてすまねぇな、ティア」

 生真面目なこいつのことだから、一般人である俺の目を離した隙に起きた一連の出来事に、責任を感じているのだろう。そんなもん、俺は気にしないんだがね。

「でもま、お前が気にするようなことはないんだぜ? 一人で離れた俺が悪いんだしな」

 自分でもガラじゃねぇとは思うが、自然とティアを取りなす様な言葉が漏れた。

「な、な、あの、ルークが、謝ってる!? その上、慰めたぁっ!?」
「うっせえよ、ガイ!! ちっとは黙ってろっつぅーの!」

 驚愕の声を上げるガイに、俺は真っ赤になった顔で吐き捨てる。

 ガラじゃねぇってのは俺だってわかってるっての……。

「やれやれ。ルークとの再開を喜ぶのはいいのですが、ところでイオン様。アニスはどうしました?」

 大佐の問い掛けに、不気味人形を背負った少女の姿が見えないことに気付く。

「敵に奪われた親書を取り返そうとして、魔物に船窓から吹き飛ばされて……ただ、遺体が見つからないと話しているのを聞いたので、無事でいてくれると……」

 絶望的な答えだったが、それでも大佐はわずかな間しか考え込まなかった。

「それならセントビナーへ向かいましょう。アニスとの合流先です」
「セントビナー?」

 またもや聞き慣れない地名に、俺は首を傾げる。

「ここから東南にある街ですよ」
「わかった。しかし大佐よ……そのだ、本当にアニスがそこに来ると思ってるのか?」

 わずかに言い淀みながらの問いかけに、しかし大佐は笑いながら謎の答えを返す。

「もちろんですとも。なにせアニスですからねぇ」
「ええ、アニスですから」

 大佐とイオンの答えは自信に満ちあふれていたが、アニスのことを大して理解できていない俺からすれば、なんの根拠もない答えにしか聞こえなかった。しかし、同時に至極納得させられるものも感じとっていた。

 信頼ってやつなのかね……。

 それ以上追求しちゃいけない気がして、俺は口を閉じた。

「そちらさんの部下は? まだこちらの陸艦に残ってるんだろ?」
「生き残りがいるとは思えません。……証人を残しては、ローレライ教団とマルクトの間で紛争になりますから」

 ガイの問い掛けに、大佐が眼鏡を押し上げながら感情の伺えない声音で答える。

「……何人、艦に乗ってたんだ?」
「今回の任務は極秘でしたから、常時の半数――百四十名程ですね」
「百人以上が殺されたってことか……」

 やり切れない命の重みを感じて、さすがの俺も気分が沈み込む。

「行きましょう。私たちが捕まったらもっとたくさんの人が戦争でなくなるんだから……」

 気丈に締め括るティアの言葉も、どこか強がっているようにしか聞こえなかった。




             * * *




 出発してしばらく経った後、突然イオンがその場に崩れ落ちるようにして膝をついた。

「お、おい、大丈夫かよ?」

 大丈夫です、と掠れた声でイオンは答えるが、明らかに無理しているのがわかる。

「イオン様。タルタロスでダアト式譜術を使いましたね?」
「ダアト式譜術ってチーグルのトコで使ってたアレか?」

 一瞬で周囲を取り囲む魔物を消し去った譜術が思い起こされる。確かにあのときも、術を使った後倒れていたっけな。よっぽど反動がキツイのか、イオンの身体が弱いのか、どっちにせよ難儀な譜術だよな。

「すみません。僕の体はダアト式譜術を使うようにはできていなくて……ずいぶん時間もたっているし回復したと思ってたんですけど」

 苦しげに答えるイオンの様子に、これ以上の無理はまずいと判断したのか、大佐が提案する。

「……少し休憩しましょう。このままではイオン様の寿命を縮めかねません」
「賛成だな。とりあえず、休んどけや、イオン」
「……わかりました」

 すぐに瞼を閉さずイオンに、これまでかなりの無理をしていたのがわかった。

 そうして休むうちに、イオンは大分調子を取り戻したようだ。しかし、あれほど悪化していた体調を鑑みて、もうしばらくの間休憩を続行することになった。

 ただ無為に座り込んでいるのも時間の無駄と考えたのか、場の話はいつのまにか現状の確認へと移っていった。

「──それで、戦争を回避するための使者って訳か。でもなんだってモースは戦争を起こしたがってるんだ?」
「それはローレライ教団の機密事項に属します。お話できません」
「機密事項ねぇ……なんだかお寒い話だな」

 初めて話を聞いたガイが、胡散臭さに眉をしかめる。

「理由はどうあれ戦争は回避すべきです。モースに邪魔はさせませんよ」
「ルークもえらくややこしいことに巻き込まれたなぁ……」
「ほんとにな……」

 ガイと俺が視線を合わせ、ため息をつく。そんな二人の息のあった様子を不思議そうに眺めていたイオンが、ガイに向けて尋ねる。

「ところであなたは……?」
「そういや自己紹介がまだだったっけな。俺はガイ。ファブレ公爵のところでお世話になっている使用人だ。よろしくな、イオン様、ジェイド大佐、チーグルのミュウ、それと……」

 順調に挨拶していたガイの動作が、最後の一人を前にして、突然止まる。

「? ………何?」
「……ひっ」

 ティアが一歩踏み出した瞬間、ガイは身体を竦みあがらせると、両腕で身体を庇いながら顔を背けた。

『……』

 嫌な沈黙が続く状況に、俺はしょうがないと口を開く。

「ガイはな、女嫌いなんだよ」
「……というよりは女性恐怖症のようですね」

 珍しいことに、大佐が呆れたような口調で俺に続く。

「わ、悪い……。キミがどうって訳じゃなくて……その……」
「私のことは女だと思わなくていいわ」

 一歩踏み出すティア。飛び上がって震え上がるガイ。

『……』

 嫌な沈黙が続く中、ティアがなにかを諦めるように首をふる。

「……わかった。不用意にあなたに近づかないようにする。それでいいわね?」
「すまない……」

 心底申し訳なさそうに謝るガイの姿は、親友の俺からしても、あまりに情けないものだった。

「ともかく、これで全員に挨拶できたようだ…………」

 言葉を途中で途切れさせると、ガイは俺の頭の上を見据えたまま動きを止めた。

「……ルーク。俺は疲れてんのかね。お前さんの頭の上で、魔物が寝こけてるように見えるんだが」

 ガイが目を擦りながら、何度も俺の頭の上で寝ころぶ仔ライガを見直す。

「見間違いじゃねぇよ。こいつはライガの子供で、俺の新しい家族の一員ってところだな」

 その通り。俺の言葉に同意するように、子ライガが短い鳴き声を上げる

 うむうむ、さすがだな。きちんと返事をするなんて、やっぱ俺の家族だね。

「へっへっへっ。どうだ? 賢いだろこいつ。それにこんな小さいなりしてる割に、意外と強いんだぜ? 雷とか出したりできんだよ。なによりかわいいしな。お前もそう思うだろ? なぁに言わなくてもわかってる。ガイもこいつに触りたいんだろ? しょうがねぇな。ちょっとだけだぞ?」

 にやつきながら息もつかせず言い寄る俺に、ガイのやつは何故か顔を引きつらせたまま、俺の差し出した仔ライガを胸に抱く。

「は、ははは……やっぱりルークも奥様の息子だな」
「どういう意味だよ?」

 ガイがわけのわからないことをぼやくが、俺にはなんのことやらまったくわからんね。それよりも、他人の腕に抱かれることで、全身が見える仔ライガの姿にとろける。ティアもまたどこか羨ましそうな視線を、仔ライガを抱くガイに向けている。

「やれやれ。それにしても、ファブレ公爵家の使用人ならキムラスカ人ですね。ルークを捜しに来たのですか?」

 なぜか大佐が見ていられないといった表情で、話を切り換えるように問い掛けを放つ。それにガイもまた助かったという表情になって、仔ライガの喉を撫でながら口早に答える。

「ああ。旦那様から命じられてな。マルクトの領土に消えてったのはわかってたから、俺は陸づたいにケセドニアから、グランツ閣下は海を渡ってカイツールから捜索してたんだ」
「ヴァン師匠も捜してくれてるのかぁ……」

 ガイの説明に、俺は複雑なものを感じる。俺の考え無しの行動から巻き起こった事態だ。師匠にはなんとも再開しづらいものを感じるよなぁ。いったいどんなお仕置き、もとい修行をさせられるものやら。ぞっとしねぇよなぁ。

「……兄さんが」

 ティアもまた、自分の切りかかった相手が探していると聞いて心中穏やかではなさそうだ。師匠ならあんまり気にしてなそうだとか俺は思うけどね。

「兄さん? 兄さんって……」

 ガイが驚いた様に眉を寄せる。

 ああ、そういや、ガイはそこら辺の事情をなんも知らなかったっけな。

「俺にもよくわからねぇんだが、ティアは……」

 説明を続けようとしたそのとき。兵士が突撃時に上げる鬨の声が、街道のすぐ側から耳に飛び込んだ。

「やれやれ。ゆっくり話している暇はなくなったようですよ」

 音素の光を放ちながら掌から槍を取り出した大佐の言葉で、俺達も意識を切り換え襲撃者に身構える。

 剣を構え、雄叫びを上げながら俺達向けて突き進む教団兵の姿が街道先にあった。

「ちょっと下がっててくれ。ミュウ、一緒に居てやってくれよ」

 ガイが抱いていた仔ライガを地面に降ろし、ミュウと一緒に下がっているように促す。二匹もすぐに頷いて、そそくさと後方に移動した。

「それじゃ、まずは俺が突っ込むとしますか!」

 まずガイが剣を構えながら集団の只中に突っ込んだ。
 それにティアが前衛を援護するべくナイフを構えながら譜術を唱え始める。
 二人の間で、大佐は軽やかな動作で槍を構えながら、前に突出した者を優先的に狙い打つ。

 目の前で繰り広げられている死闘。しかし、その中に俺の姿は存在しない。

「……っ」

 切り合い、術を放ち、貫き通す、人間同士の殺し合い。

「っ……うっ……」

 俺は、自分の足が、ひどく重くなっている事実に、ようやく気付く。

「死ねっ!!」
  
 大佐の討ち漏らした一人の教団兵が、俺目掛けて剣をふり降ろす。

「っ!!」

 ふり降ろされた剣の側面を狙い打って一撃を弾いた。同時に身体に叩き込まれた動作が流れる様に発動する。

 ──穿衝破

 本人の意志など介在しない、『必殺』の一撃は放たれた。

 突き出された気合の込められた一撃に、呆気なく腹を射抜かれる教団兵。続いて右腕に収束するフォニムが衝撃波となって、射抜かれた人間の身体を上空に吹き飛ばす。

 周囲に飛び散った赤いものが視界を埋めつくした。何よりも赤い、鮮血の赤。

「うっ……」

「! ルーク! どうしたの!?」

 前衛組の援護をしていたティアが、俺の不可解な様子に気付く。

 俺はその場に膝をついて、べちゃりと地面に落ちた死体を呆然と見下ろしていた。

「おのれぇっ!!」

 一人の教団兵が激昂した様子で、俺に向けて飛びかかった。
 混乱する意識の中、それでも、身体に叩き込まれた技は遅滞なく事態に対処する。

 怒りに我を忘れて、粗い動作で突き出された相手の一撃に合わせて、俺は右腕を突き出す。

 ──烈破掌

 気合に包まれた掌底の一撃に、敵は腹を痛打されて吹き飛んだ。地面を転がりながら、痙攣した様に身体をうごめかせる。どうやらこの一撃では、殺すまでに至らなかったようだ。

 相手を殺さないような一撃の放ち方は、経験的によくわかっている。
 
 なぜなら、俺はいつも相手を殺さないような喧嘩をしてきたからだ。

 だけど、今回は、違った。

 地面をのたうち回る教団兵のすぐ隣に、腹に風穴を空けられた死体が転がっている。

「ルーク!」

 呆然と動きを止めた俺の様子に、仲間達が駆け寄って来るのがわかる。

 俺以外の皆は、相対した敵をすべて片づけたようだ。

 殺したようだ。

「ルーク、どうしました! とどめを!」

 ジェイドがはじめて、どこか焦ったように叫ぶ。

 え、と視線を前に戻すと、地面を転がっていたはずの教団兵が、俺のすぐ目の前で剣をふり降ろす姿があった。

 ぼーっとしたまま、ふり降ろされる剣を見据える俺の脇腹を、突き飛ばす誰かの腕。

 俺に代わって、切り捨てられる誰かの姿。

 脇腹から血を流しながら、乱れた長髪が地面に広がる。

「ボケッとすんなっ! ルークっ!」

 珍しいことに、ガイが怒声を上げながら、ティアを切り伏せた相手を呆気なく切り捨てた。

 俺は腕の中に倒れた、俺の身代わりとなったティアを抱き寄せ、震える声でつぶやく。

「……ティア……お、俺は……」
「……ばか……」

 俺の泣きそうな呼び掛けにも、ティアは俺を責めるでもなく、ただ哀しそうにそっと微笑んだ。




             * * *




 燃え盛る炎が、闇を押し退ける一画。焚き火のはぜる音だけがどこまでも響く。

 幸い、ティアの傷は皮を一枚切ったぐらいのもので済んだ。自分で癒しの譜術を掛けたこともあって、これ以上傷が悪化することはないだろうという話だ。しかし、このまま移動するのは危険と考え、大事を置く意味もとって、このまま一夜を明かすことになった。

 俺達は焚き火を囲みながら、しかし、それぞれつかず離れずの距離を保つ。

「……」
「ご主人様。ティアさん大丈夫ですの?」

 ミュウの言葉に、その脇に座り込んだ仔ライガもまた、同意するように低い呻き声を上げた。

 俺は焚き火を見つめたまま、片膝を抱える。

「…………」
「ティアさん……」
「ミュウ」

 尚も言い募ろうとするミュウの言葉を途中で遮って、俺は立ち上がる。

「様子、見てくるよ……」


 切り株に腰掛けたティアの姿が、焚き火の向こう側で揺らめく。光の加減で銀に輝く長髪が、夜の闇の中であっても月明かりに映えた。

 近づく俺の姿に気付いてか、ティアが俺の方に顔を向ける。

 なにを言ったらいいのかわからぬまま近づく俺に、ティアは俺を気づかうように尋ねる。

「もう大丈夫なの?」
「……へ……?」

 訳がわからなかった。俺は呆然と、彼女の言葉を耳にする。

「人と戦うことが、辛かったんでしょう? あなたがあんなに動揺したのは……初めてだったから。人を……殺したことが」

 殺すという言葉に、俺は情けないとわかっていながらも、身体が震えるのがわかった。

 ドサリとその場に腰を降ろし、俺は自分でもしょぼくれた声を絞り出す。

「俺はよ……結局、わかっちゃいなかったのさ。魔物と戦うのは、生き残りを掛けた生存競争……そう割り切れた。だけどよ、イオン達が敵対する派閥の連中に狙われてるって聞いても、なにを相手にするのかってことが、ピンとこないままだった。ピンとこないままイオン達に協力するって約束して、いざ襲われてみたら、あの様だ。
 ──人間を相手にするってことが、わかっちゃいなかったんだ」

 額を押さえて、歪んだ自分の顔を覆い隠す。

「情けねぇよ、ほんと。喧嘩なら幾らでもしたことがあった。だけどよ」

 人間を殺したのは初めてだったんだ。

 自分でも、絞り出した声が震えているのがわかった。情けない。本当に、情けねぇよ。

「……私は、あなたが民間人であったことを知っていたのに、理解できていなかったみたいだわ。ごめんなさい」

 腰を降ろしたままでありながら背筋を伸ばし、彼女は俺に頭を下げた。

「……なんで、謝るんだ? 怪我したのは、ティアだろ?」
「軍属である限り民間人を護るのは義務だもの。そのために負傷したのは私が非力だったということ。それだけよ」

 軍人の顔で言い切る彼女だったが、俺にはどこか強がっているようにしか見えなかった。

「……謝るなよ。本当に……俺はどうしたらいいのか、わからなくなっちまうぜ」
「わ、私はそんなつもりじゃ……!」

「ごめんな、ティア……本当に、ごめん」

 それ以上、その場にいることが、俺には耐えられなかった。

 どこかもの言いたげに俺を見つめる彼女に背を向けると、俺は重くなった身体を引きずるようにして、その場を後にした。


「どうしました? 思いつめた顔で」

 周囲を警戒していたジェイドが、俺の姿に気付いて声を掛けてきた。
 俺は胸の中で持て余した感情を紛らわせるように、気付ば口を開いていた。

「ジェイド……あんたはよ、どうして軍人になったんだ?」
「……人を殺すのが、怖いですか?」

 問い掛けの裏にあるものを、直接返された。 

「あなたの反応は……まあ当然だと思いますよ。軍人なんて仕事はなるべくない方がいいんでしょうねぇ」

 自らを嘲る様に、ジェイドは眼鏡を押し上げながらつぶやいた。

「戦いと殺し合いは……同じなのか? 俺は今まで、喧嘩ならそれこそ数えきれないほどやってきた。その中で、殺意を感じることもあったよ。それでもだ。明確に『殺す』なんてことを意識した経験は……一度もなかったぜ」

 自分でも青臭いと感じる俺の甘ったれた意見に、しかしジェイドは嘲笑うでも無く真剣な面持ちで答えた。

「普通であれば、そうなのでしょうね。ですが、ここは戦場です。マルクトとキムラスカが開戦に至るかどうかの、重要な局面と言えます。戦うなら殺し、そして殺される覚悟が必要です」

 幾多の戦場を潜り抜けた軍人の言葉だ。その言葉に込められた思いは、あまりにも実感が籠もった物で、俺の想像以上に『重い』ものだった。

「俺は……」
「ですが、安心なさい。バチカルに着くまでちゃんと護衛してあげますよ。あなたに死なれては困りますから」
「……護衛か。そう言われて安心するのが、『民間人』の感覚なんだろうな」

 軍属には民間人を守る義務がある。そう告げたティアの顔が思い起こされた。

「ええ、逃げることや身を守ることは恥ではないんです。大人しく安全な街の中で暮らして、出かけるときは傭兵を雇う。普通の人々はそうやって暮らしているんですから。そして、そうした普通の人々の生活を守るのが、我々軍人にとって、唯一の存在意義であるのかもしれません」

 今は大佐の紅い瞳にも、いつも浮かんでいる皮肉めいた色合いが、まるで見受けられない。彼が真剣に、俺の問い掛けに答えてくれたことがわかる。

 真剣な表情で向き合う俺の瞳から、大佐は不意に視線を逸らす。

「軍の欺瞞を存在意義などと語るとは……。私としたことが、少し喋りすぎましたね。見回りに行ってきます」

 つい先程見回りから帰ってきたばかりだと言うのに、大佐は再び夜の闇に消えた。

 照れたのだろうか?

「らしくないぜ……大佐」

 なんだか泣き笑いのような表情が浮かぶのが止められなくて、俺はどうしょうもなく顔を歪めた。


「そう言ってやるなよ。大佐も、あれでいろいろと考えることもあるんだろうさ」

 いつから居たのか、ガイが俺のすぐ側に腰掛け、大佐を取りなす様に言った。

「初めての外はお前から見て、どう映った?」

 続けて聞かれた問い掛けに、俺は顔を逸らす。

「……知らなかったぜ。街の外がこんなにやばいとこだったなんてな」
「魔物と盗賊は、倒せば報奨金が出ることもある。街の外での人斬りは私怨と立証されない限り罪にはならないんだ」
「おまえは……今までどれくらい斬ったよ?」
「さあな。あそこの軍人さんよりは少ないだろうよ」

 闇の一画を指し示し、ガイが肩を竦めて見せた。

「後悔は……しないのか?」
「するさ。それこそ、毎日な。それでも、死にたくねぇからな。俺にはまだやることがある」
「やること、か?」

 流れる様なガイの言葉が一瞬だけ止まり、その瞳が暗いものを宿らせる。  

「……復讐」
「へ?」
「……なんて、な」

 すぐにおどけた様な仕種で誤魔化すと、ガイは口を閉じた。そのままガイの言葉の意味を問い詰めてもよかったが、それよりも今は、皆に言われた言葉を考えていたかった。

 俺はガイの横に腰掛けると、自らの内に沈み込む。


「ルーク。大丈夫ですか?」

 無言のままその場に座り込む俺達に、イオンが近づいて来る。

「イオンか……」
「ジェイドやティアの話は極端なものです。彼らは戦うことが仕事ですから。あなたは民間人ですから、戸惑ったり悩むのも仕方のないことだと思いますよ」

 俺達の話し合う声が聞こえていたのだろう。イオンは俺の苦悩を肯定して見せた。

「イオンは……自分の部下が人を殺したりするのが、容認できるのか? 極端な話しかもしれねぇが、おまえら教団の人間は、人を救うのが仕事なんだろ?」
「仕方がありません。残念ながら今のローレライ教団は人を生かすための宗教ではなくなってきているんです」

 どこか苦しげな様子で顔をうつむけると、イオンは最後に付け足した。

「……いずれ、わかると思います。」

 同じ教団内の人間に狙われている導師イオン。その苦悩は、どれほどのものだろうか。それぞれの抱える物に優劣がないことがわかっていても、それでも、俺には想像がつかなかった。

 それからしばらくの間、俺達はなにを話すでもなく夜空を見上げていた。

 星の輝く夜空は、どこまでも澄み切っていて、地上に生きる俺達にとってあまりにも──

「ご主人様。もう寝るですの?」
「……ああ」
「おやすみなさいですの……」

 俺は膝の上によじ登って来る子ライガを撫で上げながら、夜空に向けて吐き捨てた。

「遠すぎるぜ……クソったれ」  

 伸ばした腕が天に届くことはなく、俺達の苦悩などものともせず、天はただそこに在り続けるのだった。




             * * *




「ルーク。起きて」

 朝焼けの射し込む中、俺は自分の身体を揺するティアの存在に気付く。目を開けて飛び起きた俺は、昨日の傷など感じさせない様子で動き回る彼女に、気付けば問いかけていた。

「もう動いても、大丈夫なのか?」
「ええ。そろそろ出発するわ」

 俺が起きたことを確認すると、ティアは俺に背を向けて歩き出す。

「……心配してくれて、ありがとう」

 最後の言葉は小さくつぶやかれたものだったが、確かに俺の耳に届いた。
 
 出発する段になって、大佐が俺に対して一つの提案を突き付けた。

「私とガイとティアで三角に陣形を取ります。あなたはイオン様と一緒に中心にいて、もしもの時には身を守って下さい」
「……どういうことだ?」
「お前は戦わなくても大丈夫ってことだよ。さあ、いこうか」

 今にも歩き出そうとする皆に、俺は昨夜から考えていた事柄へ、決断を下すべきときが来たことを理解する。

「待ってくれ」

 俺の呼び止めに、皆が動きを止める。

「どうしたんですか?」

 イオンが首を傾げながら尋ねる。それに俺は一度瞼を閉じる。自らの覚悟に思いを馳せる。

 殺し、殺される覚悟はあるか。

 剣を手にした以上、それは一生付きまとう問題だろう。既に選択肢は昨夜の会話で示されている。利口なやつなら、きっとこのまま皆の好意に流されたんだろうと思う。

 だから、底抜けのバカな俺が選ぶ道もまた、ハナから決まりきっていた。

「俺も、戦わせてくれ」

 ジェイドが眼鏡を押し上げると、俺の覚悟を確かめるように、昨夜と同じ問いを発した。

「人を殺すのが怖いのでしょう?」
「……怖いさ」

 脳裏に思い出されるのは、昨日犯した自身の罪。

「昨日、俺は初めて人を殺したよ。だけどな、不思議なことに、まるで実感が沸かなかったぜ。おかしいだろ? なんせ、俺が気付いたときには、ついうっかり殺しちまった後だったんだからな」

 身体に染みついた反射行動の結果、腸をぶちまけられた教団兵の死体。
 自らの意志さえ介在しない、殺人の事実。

「驚いたぜ。退屈しのぎで習っていたはずの剣術で、あれほどまでに呆気なく人を殺せるなんてな。そして愕然としたね。俺は呆気なく人を殺せるくせに、そんなことにも気付かねぇまま闘ってきたってことにな。本当に、どうしょうもないバカだよ」

 人を殺す覚悟が俺にあるとは思わない。それでも──

「俺は人を殺すのが怖い。人を殺せる俺が、殺せるって認識もないまま人を殺すのが、なによりも怖い」

 閉じていた瞼を開き、皆の顔を見渡す。

「だからこそ、俺はもう一度剣を取らなきゃいけねぇ。戦わなきゃいけねぇんだ」

 無自覚ではなく、殺すという覚悟の下に、剣を振るわなければならない。

「そうでもしないと、俺は二度と剣を取れないだろうからな……たとえ、誰かに命の危険が迫ろうともよ」

 震える左手を剣の柄に伸ばし、押し殺した声で呻いた。
 脳裏に過るのは、俺に変わって切り捨てられたティアの崩れ落ちる姿だ。

「……人を殺すということは相手の可能性を奪うことよ。それが身を守るためでも」

 誤魔化しは許さないと、ティアはいつものように俺の覚悟の程を試す。

「あなたに、それを受け止めることができる? 逃げ出さず、言い訳せず、自分の責任を見つめることができる?」

 他者の可能性を奪うことに対する責任。俺は瞼を閉じ、闇を見据えた。

「誰だって好きで殺してる訳じゃねぇはずさ。それでも、殺人以外を許さない状況があるのが、俺の知らなかった、この世界の現実ってやつなんだろうな」

 瞼を開き、ティアの不思議な色合いの瞳を見返しながら、俺は自身の決意を告げる。

「受け止めてみせるさ。あんな無様な真似は二度とさらさねぇ。殺しの意味するものを見据えた上で、俺自身の責任ぐらいは背負ってみせるさ」
「……でも……私は……」

「いいじゃありませんか」

 尚も何か言いかけたティアの言葉を遮って、ジェイドが俺の瞳を射抜く。

「ルークの決心とやらを見せてもらいましょう。本当は武器を扱う者なら、誰もが最初に自覚すべき事柄なのですからね」

 大佐の言葉はいつものように皮肉めいていたが、その瞳に宿る色はどこまでも苛烈なものだった。

「無理だけはするなよ、ルーク」

 一人俺に甘い言葉をかけるガイだったが、むしろ、今はそうされる方が辛い。

「……状況がそれを許すなら、喜んでそうしてやるさ」

 吐き捨てた俺の言葉に、ガイが目を瞠りながら、俺の顔を心配そうに覗き込む。

「……ほんとに大丈夫か?」
「わりぃ……ちょっと気が立ってただけだ。大丈夫。俺は大丈夫だよ」

 頭の上で、仔ライガが心配そうに鼻を鳴らす。手を伸ばして、安心しろと撫でてやる。

「そう、大丈夫だ。大丈夫……」

 手を動かしながら、俺は自らに言い聞かせるように、何度も同じ言葉を繰り返す。

 なにかに許しを請うように、人を殺せると、ただ繰り返した。



  1. 2005/10/29(土) 17:46:33|
  2. 【家族ジャングル】  第二章
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第4話 「零れ落ちた絆」


 特に追手と遭遇するでもなく、アニスとの合流地点であるセントビナーに到着できた。

 エンゲーブとは違って周囲を堅牢な城壁で囲まれた街並みの物珍しさに、最初は感心しながら辺りを眺めていた俺だったが、すぐにそんな興奮も覚まされる。

「なんでオラクル騎士団が居んだ……?」

 唯一の出入り口たる大門の周辺で、教団兵らしき連中が街を出入りするやつらを尋問してやがる。

「タルタロスから一番近い町はこのセントビナーだからな。休息に立ち寄ると思ったんだろう」

 ガイが事も無げに大門にはりついた教団兵達の意図を測る。

「おや、ガイはキムラスカ人の割にマルクトに土地勘があるようですね」
「卓上旅行が趣味なんだ」
「これはこれは、そうでしたか」

 ジェイドが含みのある感じで頷くが、ガイもさる者で、大佐の攻勢を軽く受け流している。
 なにをやってんだかね。無駄に張りつめた空気が漂うやり取りに俺は呆れた。

「……隠れて! オラクルだわ」

 一人生真面目に周囲を警戒していたティアの言葉に、俺達は口を閉じて身を潜める。
 大門に近づく異様な威圧感を放つ四人連れに、オラクル兵が敬礼を返す。

 どうやら、タルタロスで見かけた連中のようだ。金髪美人に、アリエッタ、それに加えて、俺が初めて見る奴らが二人居る。一人は全身黒づくめのでかいおっさんで、もう一人は仮面をつけた緑色の髪をした細っちい男だ。


「導師イオンは見つかったか?」
「セントビナーには訪れていないようです」

 門の見張りをしていたオラクル兵が、金髪美人の言葉に敬礼をしながら答える。

「イオン様の周りに居る人たち、ママの仇……。森の仔たちが教えてくれたの」

 顔を俯けるアリエッタに、成人ライガが慰める様に鼻を近づける。

「それにあの人、ママからあの仔、奪った……。アリエッタはあの人たちのこと、絶対許さない……」

 成人ライガに手を伸ばして応えながら、アリエッタは暗い表情でつぶやいた。


 ママの仇……か。

 漏れ伝わって来たアリエッタの言葉に俺は息をのむ。俺達が切り殺した連中の中に、彼女のおふくろさんがいたんだろうか。背負うと誓ったはずだったが、それでも改めて目の当たりにした現実に、動揺を禁じえない。


「導師守護役がうろついてたってのは、どうなったのさ」
「マルクト軍と接触していたようです」

 甲高い声で問いかける仮面男に、見張りが答えた。

 導師守護役の目撃情報があるってことは、アニスは無事だったのか。

 敵からもたらされた情報だったが、それでもこれでアニスが無事であることは半ば確定した。ジェイドとイオンに視線を向けると、二人もわずかに頬を緩め、安堵したようにわずかに笑みを浮かべている。

「俺があの死霊使いに遅れをとらなければ、アニスを取り逃がすこともなかった。面目無い」

 黒づくめのおっさんが、悔しげに顔を歪める。言われてみれば、おっさんの顔色は酷く悪い。ジェイドにやられたんだとしたら、よくまあ死ななかったもんだと感心するね。


 耳を澄ませながらオラクルの話を盗み聞いてると、突然周囲から拍手を叩くような音が盛大に響き渡る。


「──はーっはっはっはっは!」


 上空からどこか道化じみた哄笑が降り掛かり、門の付近から音素の色がついた光線が放たれ、とある一点を照らし出す。

「だぁかぁらぁ言ったのですっ!」

 変態が空から降りてきた。

 何故か空中に浮かんでる豪華な椅子に腰掛け、首回りをど派手な襟巻きのようなもので覆った白髪の男が、変態染みたピンク色の光に照らし出されながら笑い声を上げている。

 シュールだ。とてつもなくシュールな光景だ。

「ジェイドを負かせるのは、オラクル六神将、薔薇のディスト様だけだとっ!」
「薔薇じゃなくて死神でしょ」 

 相手するのも鬱陶しそうに、仮面の男が突っ込みを入れる。

「この美しい私がどうして、薔薇でなくて死神なのですかっ!」

 ディストとやらが憤慨した訴えると同時に、周囲に響く効果音が拍手から稲妻のような音に変わる。音源の方に目をやると、どうもあちこちに譜業のスピーカーのようなものが設置されているようだ。

 芸が細かいというかなんというか……変態だな。

 憤慨したと地団駄を踏むディストとやらを無視して、金髪美人が話を戻す。

「過ぎたことを言っても始まらない。どうするシンク?」
「エンゲーブとセントビナーの兵は撤退させるよ」

 シンクと呼び掛けられた仮面男の答えに、黒づくめのおっさんが身を乗り出す。
  
「しかしっ!」
「あんたはまだ怪我が癒えていない。死霊使いに殺されかけたんだ。しばらく大人しくしてたら? それに奴らはカイツールから国境を超えるしかないんだ。このまま駐留してマルクト軍を刺激すると外交問題に発展する」
「カイツールでどう待ち受けるかね。一度タルタロスに戻って検討しましょう」

 背後でなにやらディストが喚いているようだったが、全員が無視していた。周囲に響く効果音が、どこか物哀しいメロディに変わる。

「致し方あるまい。伝令だっ! 第一師団! 撤退!」

 でかいおっさんの一喝に、門の前で見張りをやっていたオラクル兵は敬礼を返す。すぐさまおっさんの指示を復唱しながら、街の中へ駆けて行った。

 それを見送ると、指示を出したオラクルの四人組は即座に身を翻し、去っていった。

「きぃいいいい! 私を無視するなんてっ! 私が美と英知に優れているから嫉妬しているんですねーっ!!」

 一人残された派手男が拳を握りしめて喚き立てる。効果音が再び怒りを現すような雷音を発する。

「はぁはぁ……まあいいでしょう。……私も帰りますか」

 ひとしきり叫んで気が晴れたのか、派手男が髪をかきあげながら呼吸を整える。

 そのまま帰るのかなぁと見送っていると、なぜか派手男は空中に浮かぶ椅子から立ち上がる。そのまま周囲に設置されていたスピーカーや自身を照らし出していた光源を、無言のままモソモソと回収し始める。

「……」

 なんだか見てはいけないものを見てしまったような、なんとも言えぬやるせなさが俺たちを襲う。

 一人回収を終えた派手男は空飛ぶ椅子に再び腰掛けると、やはり無言のままもっそり空へと帰っていった。

「……なんだったんだ、アレ」

 派手な登場とは対照的な去り際のわびしさに、俺は額に浮んだ冷や汗を拭いとる。

 なんというか、とんでもない存在感を持った相手だった。

 もちろん、強敵とかとは別の意味だけどな。

 なんとも言えぬ微妙な空気に仲間の顔を見回すと、イヤに強張った表情をしている奴がいることに気付く。

 ティアが屋敷を襲撃したときのような、いやに硬い表情になっていた。

「あれが六神将……」

 ティアは派手男ではなく、四人組の去って行った方向を見据えていた。

 六神将って言うと、師匠も所属してる教団の部隊だったかね。

「確か、オラクル騎士団の師団長だったか?」
「正確には、オラクルの幹部六人のことです。師団長すべてが含まれるわけではありませんね」
「でもよ、あいつら五人しか居なかったぜ。誰が抜けてたんだ?」

 ガイが指折りしながら、さっきまで居た連中の名前を数える。

「黒獅子ラルゴに、死神ディストだろ。烈風のシンクに、妖獣のアリエッタ、魔弾のリグレット……と、いなかったのは鮮血のアッシュだな」
「どいつも物騒な二つ名だよなぁ……」

 黒獅子とか烈風とか魔弾まではまだわかるとしても、死神とか妖獣とか鮮血とかまで行くと、呼ばれる方もたまったもんじゃないだろうな。明らかに言われる側も不吉な呼び名だぜ。

 げんなりした顔でつぶやく俺に、ティアが押し殺した声で吐き捨てる。

「彼らはヴァン直属の部下よ」

 なにかに耐えるように、一言一言を絞り出す。

「六神将が動いているなら、戦争を起こそうとしているのは、ヴァンだわ……」
「大詠師モースも、六神将の指揮を取れます」

 イオンの冷静な指摘にも、ティアは暗い表情で応じる。

「大詠師閣下がそのようなことするはずがありません。極秘任務のため、詳しいことは話すわけにはいきませんが……あの方は平和のための任務を私にお任せ下さいました。考えられるのは、やはり兄さんしか居ない……」
「師匠が戦争をねぇ……」

 渋い顔立ちした貫祿十分の立ち姿を思い出す。確かに師匠は超絶的なあり得ねぇぐらいの戦闘力を誇るが、それでも戦争を起こそうとするようなやつだとは思えない。

「兄ならやりかねないわっ!」

 俺がティアの考えを疑問視していることがわかったのか、ティアは強い口調でもう一度繰り返す。

「ティア、落ち着いて下さい」
「そうだぜ。モースもヴァン謡将もどうでもいい。今は六神将の目をかいくぐって、戦争をくい止めるのが一番大事なことだろ」

 イオンとガイが諫めると、さすがに取り乱している自分が自覚されてか、すぐに感情を抑えた。

「……そうね。ごめんなさい」

 ティアの謝罪で、ひとまず会話が収まった。

「──終わったみたいですねぇ。それではオラクルも撤退したみたいですし、街の中に入りましょうか」
「あんた、いい性格してるなー……」

 途端に両手を広げ肩を竦めるジェイドに、ガイが半眼でつぶやいた。俺もジェイドに視線を向ける。無論、ジェイドは一向に気にした様子はない。

 ほんと、いい性格してるよなぁ……

 悠然と先を歩くジェイドの背中を見やり、俺は呆れるのだった




               * * *




 そんな風にいろいろとあったが、無事に街の中へ入ることができた。門を潜った先には広場があって、周囲に屋台や宿屋などが並んでいる。そんな広場の奥、門から正面に位置する場所に、かなりでかい上に無骨な造りの建物が在った。

「で、六神将の奴らがアニスはこの街にはもう居ないとか言ってたけどよ、どうすんだ?」
「そうですね。マルクト軍の基地で落ち合う約束でしたが、六神将達の話から判断するに、アニスは既に次のポイントにでも移動しているでしょう。それでも無事を示す書き置きぐらいは残して行ったでしょうから、とりあえずは基地に向かってみます」

 理路整然と俺の疑問に答えると、ジェイドの全員に向けて改めて説明する。

「そんな訳なので、私は軍の基地に向かいます。皆さんはその間、街の見学でもしていてください。ですが、オラクルがこの街から撤退したとは言っても、あくまでも我々は追われる立場だということは忘れないように」
「わぁーてるよ……わざわざ俺の方向いて言うなっつーの」

 明らかに俺限定で放たれた言葉に、俺は手をひらひら振って答えた。

 ジェイドは肩をすくめると、悠然とした足どりで軍のベースへ向かった。

「……さて。そんじゃ、ありがたく見学させて頂くとするか。俺はあのでっかい木が気になってしょうがなかったんだよ」

 ジェイドの背中が見えなくなるや否や、俺はすぐさま興味の対象へと歩き出す。

「ルーク、派手な行動は慎んでね。エンゲーブの二の舞は御免よ」
「うっ……俺だってそこまで馬鹿じゃねぇ。わかってるよ」
「本当かしら……?」
「だぁーもう、気をつけるってっ! いい加減許してくれよ、ティア」

 乱暴な言葉遣いながらも素直に謝る俺の様子に、ガイがからかう様な笑みを浮かべる。

「なんだぁ? 随分と尻にしかれてるなルーク。ナタリア姫が妬くぞ」
「……」

 ガイの言葉にティアは黙り込んだかと思えば、突然ガイに腕をからめる。

「……うわっ!!」
「くだらないことを言うのはやめて」
「わ、わかったから俺に触るなぁっ!!」

 地面に倒れ込んで痙攣するガイの姿に、俺は我が親友ながら心底情けなくなったよ。

「この旅で、ガイの女性恐怖症も克服できるかもしれませんね」
「……イオンも以外にエグイこと言うよな」
「はい?」

 自分の発言が意味するものがまったくわかっていない様子のイオンに、俺は乾いた笑みを浮かべるのであった。


「しかし、でっかい木だよなぁ」

 アホのように口を開けたまま、民家の立ち並ぶ一画に生えた大木を見上げる。

「ルークじゃないけど、確かにあの大木は素敵ね」

 さっきの尻に敷く発言を気にしているのか、妙に俺に突っかかる様な物言いをする。

「あれはソイルの木だな、ここセントビナーの象徴さ。なんでも、この木が枯れかけたときには、周囲の草花も枯れかけたって話だ。一説には樹齢2000年とも言われてるらしいな」
『2000年!?』

 どんだけの時間だよ。驚愕の声を上げる俺達に、ガイが苦笑を浮かべる。

「といっても、あくまでも一説に過ぎないらしけどな」
「はぁ……しかし、それでもスゲェよなぁ……」

 数ある学説の一つに過ぎないとしても、そんなことが言われても不思議じゃないぐらいの雰囲気をこの大木は持っているってことだ。それはそれで、十分すげぇことだよなぁ。

 感心して見上げていると、ミュウが鼻を動かしながら、嬉しそうにくるくる回る。

「この木、ミュウのお家と同じ匂いがするですの~」
「チーグルんとこの木と、この木が同じ種類だってのか?」

 気になって問いかけるも、ミュウは誇らしげにその小さい身体で胸を張って、俺の問い掛けとは的外れの答えを返す。

「でも、この木よりミュウのお家の方が大きいですの~」
「確かに大きかったわね」
「そうですの、ミュウのお家の方が大きいから勝ちですの~!」
「そうね」

 微笑ましそうにミュウに答えるティアを余所に、俺はぼそりとつぶやく。

「勝ち負けの問題か……?」

 しかし、俺の言葉は誰にも拾ってもらえなかった。なんか最近扱い悪いよな、俺……。

 うなだれる俺を慰める様に、仔ライガが俺の頭を前足でポンポン叩いた。




             * * *




 そんな風に街中を見て回っていると、平穏な街並みを悠然と歩くジェイドの姿が視界に入る。基地での首尾はどうだったのか尋ねようと駆け寄る俺に向けて、ジェイドがその手に握っていたものを放り投げる。

 片手を上げて反射的に受け取ったそれに、俺は視線を落とす。

「これは……剣か?」

 鞘に収められた金属の重みを感じながら、俺は受け取った剣をしげしげと見下ろす。

「正確には真剣、です」

 訂正された言葉の意味するものに、俺は一瞬息を飲む。

「今後は六神将との本格的な戦闘も考えられるでしょう。その際、戦闘に参加する者に足を引っ張られるのは、私は御免です。とりあえず、その木剣から卒業することから始めましょう。幾ら刀身にフォニムを込め、響律符で身体能力が強化されているとは言っても、確たる実力者達を前にすれば、そんなものは児戯に等しいですからねぇ」

 いつものように微笑を浮かべながら語られたジェイドの言葉は、昨夜の俺の覚悟を試すものだった。

「……」

 俺は鞘から刀身をわずかに抜き出し、その白刃の輝きを見据える。

 脳裏を過る記憶の断片。

 降り注ぐ血の雨。腸をぶちまけながら絶滅した教団兵の死体。
 そして、俺の油断から切り伏せられ、崩れ落ちる彼女の姿。

 俺は一度だけ瞼を閉じ、自身の覚悟の程を確かめる。胸の内に確かに揺れることなく存在する、剣を取る理由に想いを馳せる。

「……わかった。ありがたく受け取っておくよ、ジェイド」

 刀身を鞘に収め直し、俺は受け取った真剣を掲げてみせた。

 俺の答えに、ジェイドは満足そうに頷きを返した。そんな俺たちのやり取りに、ガイはどこか気まずそうに頬を掻き、ティアはどこかいたましげに顔を伏せた。

「あー……ところでよ、基地の方はどうだったんだ?」

 なんだか気まずい空気が漂い始めたのを感じて、とりあえず俺は話題を変えた。

「やはりアニスは既にここを立った後のようです。基地に手紙が残されていました」
「へぇ。どんな内容なんだ?」

 そんな俺の後を引き継いだガイの問い掛けに、ジェイドがどこか含みを持った視線を俺に向ける。

「どうやら半分はルーク宛のようです。私が読み上げるのもなんですし、どうぞ」
「は? 俺宛だと?」

 渡された手紙を受け取って、とりあえず読み上げる。



   親愛なるジェイド大佐へ。
   すっごく怖い思いをしたけど何とか辿り着きました☆
   例の大事なものはちゃんと持ってま~す。誉めて誉めて♪
   もうすぐオラクルがセントビナーを封鎖するそうなので
   先に第二地点へ向かいますね。
   アニスの大好きな(恥ずかし~☆ 告っちゃったよぅ)
   ルーク様はご無事ですか?
   すごーく心配しています、早くルーク様に逢いたいです☆
   ついでにイオン様のこともよろしく。
   それではまた☆ アニスより



 正直、目眩がした。


「なんだよ、この手紙は……」
「おいおいルークさんよ。モテモテじゃねぇか。でも程々にしとけよ。お前にはナタリア姫っていう婚約者がいるんだからな」
「冗談。あいつは俺の天敵だぜ。むしろあっちの方からそのうち断り入れて来るさ」

 からかう様に言って来るガイに、俺も手をひらひら振って否定する。別にあいつ本人を嫌ってるわけじゃねぇんだが、それでもバチカルではなにかと対立することが多かった相手だ。なにかとカチあってる内に、苦手意識が染みついてしまった。

「ところで、第二地点というのは?」
「カイツールのことです」

 一人冷静に、ティアが今後の計画をジェイドに尋ねる。

「ここから南西にある街で、フーブラス川を渡った先にあります」
「ふむ。カイツールまで行けばヴァン謡将と合流できるな」

 ガイの思わず洩らした言葉に、ティアがその瞳を動揺に揺らす。

「兄さんが……」
「おっと、何があったか知らないが、ヴァン謡将と兄弟なんだろ? バチカルのときみたいに切り合うのは勘弁してくれよ」
「……わかってるわ」

 ティアも頷くが、そこにはどこか自分の感情を押し殺す様な感じが見て取れた。本当に大丈夫か、なんか心配だよな。ティアは師匠に似てどこまでも生真面目な奴だから、一人で抱え込んで潰れないといいけど。

「──では、アニスと落ち合う予定のカイツールに向かいましょうか」
「ほんとあんた、いい性格してるぜ……」

 話題が終わるや否やさっさと歩き出したジェイドに、俺は呆れた視線を向けた。




             * * *




 フーブラス川についた。周辺の大地に、ところどころ岩の突き出た部分があって目につく。川自体はもっと奥まった部分にあるのか、いまだ視界に入ってこない。

「ここを超えれば、すぐキムラスカ領なんだよな」

 これまでの旅路を思い返すと、ちょっと感慨深いもんがある。

「ああ。フーブラス川を渡って少し行くと、カイツールって街がある。あの辺りは非武装地帯なんだ」
「早く帰りてぇ……。もういろんなことがありすぎたぜ」
「ご主人さま、頑張るですの~」

 元気出すですの~とミュウがくるくる俺の周りを回る。仔ライガも頭の上で、ぽんぽん前足を叩いて励ますように唸る。小動物二人組の激励に、俺も大人げないと思い直す。

「うっ、俺だってわかってるよ。ただ言ってみただけだぜ」
「ルーク、面倒に巻き込んで、すみません」
「いや、だからそこで謝られても、むしろこっちの気が退ける」

 頭を下げて来るイオンに、俺はしどろもどろになって、なんとか言葉を返す。

「──さて、ルークの愚痴も言い終わったようですし、行きましょうか」

 それまで黙って話を聞いていたジェイドが、両手を後ろに組むと悠然と歩き出す。

「違いない」
「そうね……」
「行きましょう」

 口々に同意すると、ぞろぞろとみなが歩き出す。

「やっぱ、最近扱い悪いぜ……」

 一人取り残された俺は、ミュウと仔ライガで疎外感を慰めた。



「そう言えば、イオン様。タルタロスから連れ出されていましたが、どちらへ?」

 部分的に階段状になっている坂道を歩いていたところで、唐突にジェイドが尋ねる。

「セフィロトです……」
「セフィロトってのは確か……」

 虚空を見上げながら、なんだったか思い出そうとする。

「大地のフォンスロットの中で、もっとも強力な十カ所のことよ」
「星のツボだな。記憶粒子っていう惑星燃料が集中してて、音素が集まりやすい場所だ」
「いや、一斉に説明するなって。俺だって……あれだ、今言おうとしてたんだよ」

 ティアとガイの説明に、俺はむきなって反論した。二人は俺の言葉に苦笑を浮かべるだけで、まったく悪びれた様子も見せやがらない。

 ふくれっ面になる俺を軽く無視して、ジェイドがイオンにさらに問いかける。

「セフィロトでなにを……?」
「……言えません。教団の機密事項です」

 硬く口元を結んで、イオンは拒絶の意志を発した。

「教団は妙に機密事項とか多いよな……」

 俺が思わずつぶやいた言葉に、ティアが顔を背けた。

 別にティアを揶揄したつもりはなかったんだが、結果としてそう取られてもおかしくない言葉だったか。

 ちょっと落ち込みながら、暗い雰囲気になって歩いていると、とうとう川に行き着いた。街で下流の橋が流されたとかいう話を聞いてたから、どんだけ凄い川なのか気になってたんだが、目の前の川の流れは全然たいしたことないように見える。

「橋が流されたってわりには、静かな流れだよな」
「もう随分と経ってるからな、ようやく落ち着いたってとこだろ」

 俺のなんも考えていない感想に、ガイが苦笑を浮かべながら答えた。

「そうなのか? 荒れてるとこなんて、この様子だとぜんぜん想像できねぇぞ」
「ルーク。川に限らず、水を舐めていたら大変な目に会うぞ」
「……確かに海は怖いそうね」

 ガイの俺を諫める言葉に、ティアもなにか思うところがあったのか、自身を戒めるように頷く。

「そうね……とは、また奇妙な言い回しですね。ダアト周辺には海水浴のできる海岸が幾つもあるでしょうに」
「え、ええ、まあ」

 いつものように、ジェイドがちょっとした言葉尻を捉えて突っ込みを入れる。そんなに気にするようなことか?

「ま、それはともかく、ガイはバチカル生まれなのですか?」
「いや、そうじゃないが、いろいろと地方を回って得た教訓ってとこかな」

 確かにガイは屋敷でも、いろんな土地の事をまるで見てきたように話して俺に聞かせてくれた。バチカルに閉じ込められていた俺には望むべくもない事柄だよな。

「まったく羨ましい限りだぜ。俺もいつか旅行とかに行きたいね」
「そのうち行けるようになるさ。とにかく、そんな俺が言うんだ。海とか川を舐めんじゃないぞ。一歩間違えると、たいへん危険だからな」

 ガイがそこで言葉を切って、俺を見る。他の連中もみんなして、俺に視線を向けた。

「そこで一斉に俺を見るなっつーのっ!」

 そんなに俺は危機管理がなってない人間に見えるのかよ……
 さらに落ち込みながら、俺は皆の後について行く。
 馬鹿話をしながらも、飛び飛びに存在する川石の上を伝って着実に川を横断する。


 最初はおっかなびっくり皆の後についていった俺だったが、ところどころ深さが浅くなっている部分もあって、意外なほど簡単に川を渡ることができた。

「ふぅ……なんとか渡れたか」

 完全に対岸まで渡り切れたことに、俺は安堵の息をつく。

「しかしルーク、おまえ妙に楽しそうだったな」
「そう見えたのか……?」

 ガイのどこか面白がるような言葉を受けて、皆の顔を見回す。
 それに全員が頷きを返した。

 むむ、そうなのか。

 さすがに全員から同意されたので、俺も改めて考えてみる。

 まあ、確かに自分でも川を渡るのがつまらんとは思わなかったよな。そもそもこういう自然を感じさせるような場所がバチカルには皆無だ。自分が気付いてなかっただけで、普通に外を歩くのとかも楽しんでたのかもなぁ。

 自分でもよくわかっていなかった感情の動きに感心していると、突然、頭の上で仔ライガが立ち上がった。

 同時に、雄叫びが遠方から響く。

「なんだ……っ!?」

 周囲を警戒する俺たちのすぐ真上を、咆哮が通過した。

 見上げるのも待たず、周囲に雷を撒き散らしながら跳躍したソレは、呆気なく俺たちの前方に回り込む。

「ライガっ!」
「後ろからも誰か来ます!」

 突如現れた魔物に武器を身構える俺達に、ジェイドが首だけで背後を指し示す警告を発する。

 ライガを警戒しながら振り返ると、そこには黒い拘束服のようなワンピースを着込んだ少女の姿があった。

「妖獣のアリエッタ……見つかったか」
「逃がしません……っ!」

 六神将の一人の登場に、ガイが表情を引き締めながら、重心をわずかに低くする。
 対する少女はアニスの持っていたような不気味な人形を胸元に抱きしめ、毅然と告げた。

「アリエッタ! 見逃して下さい。あなたらなわかってくれますよね? 戦争を起こしてはいけないって」
「イオン様の言うこと……アリエッタは聞いてあげたい……です。でも」

 前に進み出て頼み込む導師に、アリエッタがわずかに顔を伏せた。ついで、屹然と顔を上げた彼女の瞳が俺達を射抜く。

「でもその人たち、アリエッタの敵!」

 こちらを見据える瞳には、憎悪の炎が燃え盛っていた。
 それに気付くことなく、イオンは説得を続けようとする。

「アリエッタ。彼らは悪い人ではないんです」
「ううん……悪い人です。だってアリエッタのママを……殺したもんっ!」

 導師の言葉すら遮って、彼女は憎しみの理由を告げた。

 殺した。

 脳裏を過るのは血に塗れて沈む教団兵の死体。戦艦の襲撃で何人が死んだかは知らないが、それでも相当な血が流れたことだけはわかる。たとえ襲撃を仕掛けたのは向こうからだとして、そのうちの誰かを俺たちが殺したのなら、確かに俺たちは憎まれる対象となるんだろうな。

 これが……背負うってことか……。

 初めて経験する殺人の重荷を意識しながら、俺は少女の瞳を見つめ返す。

「ママってのは……いったい誰のことを言ってるんだ?」
「アリエッタのママはお家を燃やされて、チーグルの森に住み着いたの。ママは子供たちを……アリエッタの弟と妹たちを守ろうとしただけなのに……」

 うつむきながらアリエッタは訴える。家を燃やされて住み着いた。ただ守ろうとしただけだ。目尻に涙を滲ませながら訴える少女の言葉に、俺は背筋が凍りつくのを感じる。

 頭の上で、仔ライガは少女に対してずっと唸り声を上げ続けている。
 少女はその敵意を剥き出した唸り声に、泣きそうなほど顔を歪めている。 

「まさかライガの女王のこと? でも彼女、人間でしょう?」
「彼女はホド戦争で両親を失って、魔物に育てられたんです。魔物と会話できる力を買われて、信託の盾騎士団に入隊しました」

 ティアとイオンの言葉が、どこか遠くに感じる。

 アリエッタは俯けていた顔を上げると、俺一人を睨む。瞳に宿る憎悪の炎がこれまで以上に燃え上がるのがわかる。しかし、そこに浮かんだ表情は同時に、どこか泣いているようにも見えた。

「それになんで……なんでママの子供をあなたが連れてるの!? ママを殺したくせに、どうしてそんなことができるの!? ママだけじゃなくて……アリエッタから妹まで取り上げるつもりなの!?」
「俺は……俺は……」

 ただ呆然と立ちつくしかなくなった俺を見据え、アリエッタは屈辱に頬を紅潮させる。

「あのときママのことがわかっていたら……だまされなかったのにっ! 少しでもいい人だなんて、思わなかったのにっ!!」

 アリエッタが一瞬優しい顔になって、仔ライガに視線を向ける。
 だが、仔ライガはそれにも唸り声で応える。肉親なんて知らないと、敵意を向ける。

「許さない……っ! アリエッタはあなたたちを許さないっ!!」

 残された唯一の肉親からすら敵意を向けられた女王の娘が、あまりにも正当すぎる怒りを俺に叩きつける。

「地の果てまで追いかけて……殺しますっ!!」

 復讐の宣言とともに、アリエッタが胸元に抱いていた不気味な人形を掲げる。
 激しく動揺する俺一人を残し、全員が一斉に武器を構えた。

 今にも戦端が開かれようとした──まさにそのとき。

 大地が激しく揺れ動く。

「うわっ!!」
「きゃっ……っ」

 揺れに足を取られ地面に膝をつく俺達と同様に、アリエッタもまた立っていられなくなって、その場にへたり込む。

「地震か……!」

 だが、異変はそれだけに収まらない。

「おい、この蒸気みたいのは……」

 激しい振動によって地面に亀裂が走り、そこら中からガスが噴き出す。

「障気だわ……!」
「いけません。障気は猛毒です」

 座り込みながらも、ティアとイオンが警告を発する。

「きゃっ……!!」

 噴き出す障気の直撃を受けたアリエッタと成人ライガが悲鳴を残し、一瞬で意識を刈り取られた。

「なっ……大丈夫なのか? 煙なんて防ぎようがねぇぞっ!」
「長時間、大量に吸い込まなければ大丈夫。とにかくここを逃げ……」

 起き上がりながら言いかけたティアの言葉が止まる。

「逃げ道が……」

 周囲の大地は陥没したように落ち込み、地面を走る亀裂から障気が噴き出していた。

「どうする……?」

 向けられた俺の真剣な表情に、ティアがなにかを覚悟するように瞼を一度閉じると、杖を構え直す。

 ティアが大きく息を吸い込み、続けてその唇が開かれた。

 ──クロァ──リョ──ズェ──トゥエ──


 周囲を障気とは対照的な優しい光が満たし始める。

「譜歌を詠ってどうするつもりです? それよりも脱出の方策を……」
「待って下さいジェイド! この譜歌は……──ユリアの譜歌です!!」

 ──リョ──レィ──ネゥ──リョ──ズェ───

 譜歌が終わると同時に、虚空に浮かび上がるようにして光の円陣が周囲を走る。

 その場に居た者達全てを包み込む巨大な紫紺の円球が出現した。球体から溢れる音素の光と、複雑な譜の旋律が周囲を圧倒する。

 視界を閃光が貫いた。

「……障気が……消えた?」
「障気が持つ固定振動と同じ振動を与えたの。一時的な防御壁よ。長くは持たないわ」

 ティアが息を荒らげ、杖に身を預けながら答えた。
 あれほど揺れていた大地も、その動きを止めている。

「噂には聞いたことがあります。ユリアが残したと伝えられる七つの譜歌……。しかしあれは暗号が複雑で、詠み取れた者がいなかったと……」
「詮索は後だ。ここから逃げないと」

 ガイの正論に、いつもの探求癖を発揮していたジェイドも苦笑を浮かべ同意する。

「そうですね」

 言うと同時に、無造作に槍を右手に取り出すと、地面に倒れ込むアリエッタに突き付ける。後顧の憂いを取り除かんと、ジェイドが槍に力を込める。

 俺の脳裏を過る無数の言葉。

 ──アリエッタのママはお家を燃やされてチーグルの森に住み着いたの。ママは子供たちを……アリエッタの弟と妹たちを守ろうとしただけなのに……──

 ──なんでママの子供をあなたが連れてるの!? ママを殺したくせに、どうしてそんなことができるの!? ママだけじゃなくて……アリエッタから妹まで取り上げるつもりなの──

 俺の頭上で、仔ライガが敵意に満ちた呻きを、彼女の『姉』に向けた。

「や、やめろっ!」

 気がつくと、俺はジェイドを止めていた。

「なぜ、止めるのですか? あなたもわかっているでしょう。ここで見逃しても、ただ繰り返すだけです」

 一切アリエッタに突き付けた矛先を逸らさずに、ジェイドは淡々と当然の事実を告げた。

「生かしておけば、また命を狙われます」

「……俺は……ただ……」
「本当に……甘いのね。あなたは……自分に敵意を向ける人に対しても、甘すぎる」

 言葉に詰まる俺に、ティアが俺に背を向けたまま、絞り出すような声音でつぶやく。
 なにも言えなくなった俺を見かねてか、イオンが前に進み出てジェイドを見上げる。

「ジェイド……見逃して下さい。アリエッタは元々、僕付きの導師守護役なんです」
「……まあ、いいでしょう」

 ジェイドは槍を消し去ると、アリエッタに背を向けた。
 どこか不満げであったものの、最終的にジェイドは俺たちの頼みを聞き入れてくれた。

「障気が復活してもあたらない場所に運ぶぐらいはいいだろ?」
「ここで見逃す以上、文句を言う筋合いではないですね」

 ガイの言葉に苦笑を浮かべながら頷き、ジェイドは眼鏡を抑える。

「そろそろ……限界だわ」

 杖を構えたまま、譜歌の効果を維持していたティアの言葉に、俺たちは急いで移動を始める。

「行きましょう」


 無言のまま歩き出す一同の中で、俺は一人背後を振り返る。
 気絶して地面に倒れ込むアリエッタと成人ライガの姿が視界に映った。
 俺と同じものを見ているというのに、仔ライガは彼女らにまるで興味がないのか身じろぎ一つ起こさない。

 ママと妹……か。

 やり切れねぇぜ。俺は自身の業の深さから目を逸らすかのように、気付くと顔を伏せていた。視線を逸らそうとも、俺が犯した罪は変わらないってのにな。

 ライガの家族の絆を引き裂いたのは他の誰でもない、俺なんだ。
 なにも知らない仔ライガが、沈み込んだ俺を慰めるように、甘えた声を出した。




  1. 2005/10/28(金) 17:47:53|
  2. 【家族ジャングル】  第二章
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第5話 「対峙する鏡像、漂うは死臭」


「でっけぇーな」

 国境を別つ城壁が大陸の端まで続いている。到着したカイツールに漂う空気は妙にピリピリとしていて、自然と姿勢を正してしまうなにかがあった。

さすがに国境というだけあって、物々しい場所だよなぁ。

「それだけキムラスカもマルクトも、ここらを重視してるってことだな」

口を開けて城壁を見上げる俺に、ガイが苦笑を浮かべた。

「仮に戦争が始まったとしたら、ここが真っ先に戦場と成り得るということでもありますねぇ」
「開戦は阻止してみせます。そのために僕たちがいるのですから」

 皮肉混じりのジェイドの言葉を、イオンが純粋な思いから出た言葉で否定する。

 戦争が始まったらか。その戦争を俺みたいなチンピラが阻止しようとしてんだから、なんとも場違いなところに来ちまったよなぁ。

「あら……あの娘、アニスじゃないかしら?」

 ティアの指し示す先に視線を送る。城壁を潜った国境の境で、なにやら兵士と揉めている少女の姿があった。

「証明書も旅券も無くしちゃったんですぅ。通して下さい。お願いしますぅ」
「残念ですが、お通しできません」
「……ふみゅぅ」

 額に両腕をそえながら困ったなと呻くと、しょうがないとばかりに背を向け歩き出す。そして最後に、ぼそりと吐き捨てる。

「……月夜ばかりと思うなよ」

 妙にドスの入った声音に、さすがの俺もちょっとばかし腰が退けた。ありゃ相当な修羅場を潜った奴しか出せない深みがあったぞ。

「アニス。ルークに聞こえちゃいますよ?」

 イオンがぽやぽやした微笑を浮かべながら、アニスに呼び掛ける。

「あ……きゃわーん♪ アニスの王子様~」

 即座に猫被って、アニスはなぜか俺に抱きついて来た。小さいとはいえ女の子に抱きつかれて嫌な気はしなかったが、それでもさっきまでの印象が強すぎて、抱き返すこともできやしない。

「……女ってこえー」

 ガイが後ろを向いて、顔を引きつらせるのがわかった。正直、俺もそう思います。

「ルーク様。ご無事で何よりでした~! もう心配しました~!」
「そ、そっか。でもま、こっちも心配してたんだぜ。魔物と戦ってタルタロスから墜落したって聞いたがよ、大丈夫だったのか?」
「そうなんです……。アニス、ちょと怖かった……。……てへへ」

 俺もちょっと顔を引きつらせながら尋ねると、即座にしおらしい表情になったアニスが目尻に涙を浮かべる。うっ、しっとりした表情が妙に艶かしいというか。

「そうですよね。『ヤローてめーぶっ殺す!』って悲鳴上げてましたもんね」

 その瞬間を再現するように、イオンが感情込めてアニスの発言内容を繰り返した。

「……イオン様は黙っててください」

 怒りに額を引きつらせながら、アニスがイオンに向き直って抗議する。さっきまで俺に見せていたような表情は一瞬で吹き飛んでやがる。

 やっぱ、こいつ怖ぇーよ。なんか、俺には計り知れない深みを感じるよ。

「ちゃんと親書だけは守りましたよ。ルーク様。誉めて誉めて」
「そ、そっか。偉い偉い」

 思わずいつもバチカルの悪ガキ連中にしているように、アニスの頭を撫でていた。えへへ、と嬉しそうに目を細める仕種はそこらの子供と変わらないかったので、俺も多少落ち着きを取り戻すことができた。

 こいつは子供、子供……胸中で必死に言い聞かせる俺に、ティアが冷たい視線を投げ掛ける。

「……随分と優しいのね」
「そ、そんなことはねぇよ。子供相手だから普通だろ?」
「本当かしら……?」

 俺の下心を容赦なく見透かす視線に、ダラダラと冷や汗が滴り落ちる。

「ふっふっふ。羨ましいんですか~ティアさん?」
「そ、そんなことないわ」

 妙に挑発的な表情で見上げるアニスに、ティアが何故か焦ったように口ごもる。

 なんだかよくわからない微妙に切迫した空気が周囲を満たし、俺も動くに動けない。

 う、誰か、助けてくれ……

 助けを求める俺の視線に、ジェイドが気付いて肩を竦める。

「やれやれ。ともあれ、本当に無事で何よりでした」

 珍しい大佐の労るような言葉に、アニスが即座に反応して振り返る。

「はわー。大佐も私のこと心配してくれたんですか?」
「ええ。親書がなくては話しになりませんから」

 あっさりと返す大佐に、アニスがいじけた様に地面を蹴る。

「大佐って意地悪ですぅ……」

 子供らしいアニスの仕種に和やかな空気が周囲を満たし、俺も安堵の息を飲む。

「はれぇ? ところでそっちの彼氏は? もしかしてアニスちゃんが気になったりしてる?」
「あ、ああ、みんなの話を聞いてて、どんな娘なのかと思ってな」

 突然話を振られたガイが多少気押されながら、わずかに後退った。

「えぇ~? 私は普通の女の子ですよぉ」
「おやおや。アニスの普通の基準は、私とは違うようですね」
「ははは」
「大佐ひどいですよぉ。イオン様もそこは笑うところじゃありません!」

 元気良く抗議するアニスだったがその目は笑っていなかった。ガイも自分では測り知れないものを彼女に感じ取ってか、やや引きった笑みを浮かべている。

「ま、まあ、ともかくよろしくな、アニス」
「うん。よろしくね」

 ガイの挨拶にアニスも元気よく答えた。

 さっきの凄味効かせてたときとどっちが本性なのか、いまいちわからん奴だ。

 ともあれ話が一段落ついたのを感じてか、ティアが大佐に尋ねる。

「ところで、どうやって検問所を超えますか? 私もルークも旅券がありません」

 確かにどうしたもんか。首を捻る俺たちに大佐が何事か言おうと口を開き掛けて、突然俺の頭上に鋭い視線を向ける。

「──ここで死ぬやつにそんなものはいらねぇよっ!」


 頭上から叩きつけられた白刃が空を切る。


 反射的にその場から飛び退いていた俺の視界に映ったのは、燃え上がる様な真紅の長髪と、漆黒の教団服を着込んだ男の姿だった。
 太陽を背に取られ、一瞬視力を奪われた俺の明滅する視界の中で、自分に向けて振り降ろされる白刃の切っ先が鮮やかに近づくのがわかった。


 金属同士のぶつかり合う衝撃音が響く。


 辛うじて間に合った抜剣に襲撃者と鍔迫り合いを演じながら、俺は相手の顔を初めて目に映し、衝撃を受ける。

「誰、だよ……おまえ……」

 真紅の長髪、その下に見えた襲撃者の顔は、俺が鏡の向こうに見るものと同じだった。

「屑がっ!」

 気を取られた一瞬の隙をついて、襲撃者は剣先を撥ね上げる。弾かれた俺の剣が虚空に吹き飛ばされた。

「──動くな」

 俺の喉元に突き付けられた切っ先が、動きかけていた仲間の行動を制す。
 一瞬遅れで、弾き飛ばされた俺の剣が地面に突き刺さった。

 場の主導権を握った襲撃者は、剣を突き付けながら俺の顔を睨みつける。

「俺が誰だと? そんなことも推測できねぇからてめぇは雑魚なんだよ。脳味噌まで劣化してんのか? 馬鹿がっ!」
「くっ……好き勝手いいやがって……どうせ俺は馬鹿だよ。馬鹿で悪いかよっ!」

 混乱した頭が叩き出した答えはとんちんかんなものでしかなかった。
 俺の答えにそいつは馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、ついで視線を俺の頭に移す。

 俺の頭にしがみついたままだった仔ライガが、襲撃者に向けて呻き声を上げていた。

「……なんだこのライガは?」

 怪訝そうに眉を寄せる相手に、俺は自分に注意を引き戻すべく口を開く。

「俺の……家族だよ」
「家族だと?」

 呆気にとられたように目を見開く。そんな一つ一つの仕種までもが、どれも気味が悪いほど俺と似てやがる。

 俺は相手に悟られぬように手に砂を握り込む。

「そうだ……ぜっ!」
「ちっ──!」

 顔面に叩きつけられた砂のつぶてに、俺の答えに気を取られていたそいつは、咄嗟に突き付けていた剣を退いて顔を庇った。
 それでもわずかに目に砂が入ったのか、苦しそうに瞼を閉じている。
 この隙を見逃すか。剣は弾き飛ばされているが、体術まで封じられたつもりはない。

「あんまり俺をなめんなっ!」

 ───烈破掌

 深く落とした腰から砲弾のごとく放たれた掌低が相手の脇腹を狙う。

「ちっ、目障りだっ!」

 苦しげに薄めを開けながらそいつが叫んだ瞬間、俺は我が目を疑った。

 ───烈破掌

 互いの突き出した抜手がぶつかり合い、音素の激しい閃光を撒き散らす。発生した衝撃の余波に、俺たちは互いに吹き飛ばされながら距離を取る。

 地面を転がりながら、俺は弾き飛ばされていた剣を拾って、構えを取る。

 ありえない……俺は相手の放った技に、激しく動揺していた。

「な、なんでおまえが同じ技を使ってやがんだよっ!」
「はっ! 同じ流派だからに決まってるだろうがっ! 雑魚がっ!」

 俺に反撃された屈辱に吼えながら、そいつは再度突撃を仕掛けようとして──その動きを止める。

「動かないで」

 誰にも悟られない程気配を殺して動いていたティアが、そいつの首筋にナイフを突き付けていた。

「ふん。モースの犬か」

 そんな状況でも嘲笑う様な笑みを浮かべるそいつに、先程とは逆の立場となって、俺は剣を突き付ける。

「おまえはいったいなんだ? 教団兵かよ?」
「……」

 さっきとは一転して無言になったそいつに、俺は激しい苛立ちを感じる。

「彼は六神将の一人、鮮血のアッシュでしょう」
「六神将だって……?」
「なぜ彼が単独で襲撃をかけたのかはわかりませんが……タルタロスでは随分とお世話になりました」
「ふん。死霊使いジェイドともあろう御方が、子供のお守りとは大変だな」

 馬鹿にした様な視線で、俺たちを睥睨する。

「な、なんですって!」

 子供と言われて反応したのか、アニスが憤慨した様に睨み返す。

「余裕だな。だが、この人数相手にいつまでその態度が貫けるかな」

 ガイが刀に手をかけながら、威圧の言葉をかける。

「……」

 そいつは地面に剣を突きたて、一見観念した様に見える。それでもその双眸は敵意に満ちあふれ、あくまで馬鹿にした様な表情を消そうともしない。

 俺はなにも答えようとしないそいつに耐えきれなくなって、胸ぐらを掴む。

「アッシュとかいったな。六神将とかどうとかはどうでもいいぜ。それよりも、なんでお前は俺と……同じ顔をしてやがるんだよっ! 答えろよっ!」
「……屑が。やはり簡単に引っかかる」

 掴み上げられたそいつが、俺を嘲笑う。

「いけませんっ! 下がりなさい、ルークっ!」

 ジェイドがその場から飛び退きながら、警告を放つ。

 なにを、と思ったときには、既に遅かった。

 地面に突きたてられた剣を中心に、周囲に円陣が疾っている。円陣は音素の光を撒き散らしながら、次の瞬間、その内に秘めた力を解き放った。

「───守護方陣」

 地面から噴き出した激しい音素の衝撃に、アッシュにナイフを突き付けていたティアも、胸ぐらを掴んでいた俺も、咄嗟に反応が出来たジェイド以外の全員が吹き飛ばされた。

「ぐっ……」

 地面に叩きつけられ、身を捩る俺に向けて、再び剣が突き付けられる。

「無様だな。所詮は劣化野郎か……」
「くそっ……」

 最初の状況に引き戻された俺は、もはや相手を睨むことしかできない。

「──死ね」

 あっさりと突き出された剣先が、俺の胸元に吸い込まれるように届──

 神速の抜き打ちが、突き出された剣先を弾き飛ばした。

「退け、アッシュ!」

 俺と襲撃者の間に割って入った男が、威厳に満ちた声音で諫めるように告げた。

「……やはりこいつを庇うか、ヴァン」
「どういうつもりだ。私はお前にこんな命令を下した覚えはない。退け!!」
「……ちっ」

 俺を庇った男の一喝に、アッシュは舌打ちを洩らす。ついで騒ぎを聞きつけた国境警備隊の連中が駆けつけて来るのを目にすると、観念した様に首をふる。

 最後に俺と視線を合わせると、嘲りの笑みを浮かべた。

「この場は退く。だが忘れるな、ヴァンが来なければ、お前は死んでいたってことをな」

 アッシュが左腕を頭上に掲げ──振り降ろす。

 視界を放電の閃光が埋めつくす。

『ぐあっ……』

 閃光に目を焼かれ、その場に居た全員が目を閉じる。

 そのとき、俺の耳元で囁かれる言葉があった。


 ──てめぇに一つだけ忠告しておく。ヴァンには気を許すな。その家族とやらが、大事ならな……──


 なにを、と問い返そうと目を開けるが、閃光が収まったその場に、アッシュの姿はなかった。
 駆けつけた警備兵に、場が騒然となる。ジェイドが歩み寄って、なにやら話をつけているようだ。

 師匠に気をつけろって……どういうことだよ? 訳が、わからない。

「くそっ! なんだってんだよ」

 苛立ちに地面を叩く俺に、頭上からどこか深みのある重厚な声がかけられる。

「ルーク。今の攻防は無様だったな」
「ヴァン師匠……」

 俺は再開の気まずさに顔をしかめながら、俺の命を救った男の名を呼んだ。

「私の扱きが足らなかったのか?」
「うっ、そんなことないですよ。つい隙をつかれて……というか、会っていきなりそれですか……相変わらずですね、師匠は」

 まったくいつも通りの師匠の言葉に、俺はげんなりした顔になって応じる。

「ふっ……外に出たことで苦労したようだが、まだまだな。さすがは我が不肖の弟子だ」
「またそういうこと言いますか……」

 頭をかきながら不貞腐れたように言う俺に、師匠が剣を収めながら笑いかけた。

 師匠といつも通りの会話を交わしたことで、俺の中で渦巻いていた訳のわからない苛立ちはいつのまにか収まっていた。

 狙ってやったんだとしたら、やっぱり不肖の弟子だよな。俺もまだまだだよ、ほんとにさ。

 汚れた服を叩きながら俺が立ち上がったところで、師匠が登場したときから身体を強張らせていたティアが、懐からナイフを取り出すのが見えた。

「ヴァン!」

 叫ぶティアの顔には、これまでの道中では見せなかった追い詰められた様な表情が浮かんでやがる。これは、今にも師匠に切りかかってもおかしくない。

「ティアか。武器を収めなさい。おまえは誤解しているのだ」
「誤解……?」

 あくまでも疑念に満ちた声を上げるティアに、イオンが両者の間を取り持つ様な言葉をかける。

「ティア、ここはヴァンの話を聞きましょう。分かり合える機会を無視して戦うのは愚かなことだと僕は思いますよ」

 イオンの言葉はさすがに無視できなかったのか、ティアは少し考え込む様に黙り込むと、ナイフの切っ先を下げた。

「……イオン様のお心のままに。兄さんは──」
「ちょっと待ってくれ。師匠に話を聞くんなら……まず俺に話をさせてくれ」

 構えを解いてそのまま質問しようとするティアを遮って、俺は師匠に向き直る。

「師匠……さっきのあいつは、いったいなんなんです? あいつ、俺と同じ顔を……」
「……奴は鮮血のアッシュ。六神将の一画を担うオラクル騎士団の一員だ。六神将に関しては互いの素性を詮索しないことが不文律となっている。故に、私にもそれ以上のことは知らぬのだ。加えて、何故奴が動いていたのかもわからない」
「……そう、ですか……」

 何故あいつが俺と同じ顔をしているのかは、わからないままか……。

 アッシュ……奴はいったいなにをしたかったんだ? 俺を殺そうとしたかと思えば、すぐには殺そうとしない。確実に仕留めようとしてきたかと思えば、妙な警告を残す。

 そう、あの警告だ。

 ───ヴァンに気をつけろ。

 いったいどういうことだ? 一向に解決しない疑問を抱きながら、師匠に視線を向ける。

 師匠は皆からこれまでの経緯を聞いていたようだ。そこにはいつもの師匠の姿があるだけで、警戒に値するような不審げな態度は微塵も見出せない。

 話を聞き終えた師匠はしばし考え込んでいたが、そのうち納得がいったと頷いて見せた。

「……なるほど、事情はわかった。確かに六神将は私の部下だが、彼らは大詠師派でもある。おそらくは、大詠師モースの命令があったのだろう」
「なるほどねぇ。ヴァン謡将が呼び戻されたのも、マルクト軍からイオン様を奪い返せってことだったのかもな」

 ガイの推測に師匠が腕を組んで頷きを返す。

「あるいはそうかもしれぬ。先程も言ったが、おまえたちを襲ったアッシュも六神将だが、やつが動いていることは私も知らなかった」
「じゅあ! 兄さんは無関係だっていうの!?」

 ただ師匠の言い分を聞いているだけの状況に耐えられなくなったのか、ティアが叫んだ。

「いや、部下の動きを把握していなかったという点では、無関係ではないな。だが私は大詠師派ではない」
「初耳です、主席総長」
「六神将の長であるために大詠師派ととられがちだがな」

 アニスに顔を向けると、苦笑を浮かべながら付け加える。

「それよりもティア、おまえこそ大詠師旗下の情報部に所属しているはず。何故ここにいる?」
「モース様の命令であるものを捜索しているの。それ以上は言えない」

 問いかける師匠の言葉に、ティアは硬い声で返した。

「第七譜石か?」
「──機密事項です」

 あくまで拒絶するティアに、師匠が苦笑を深くする。

 兄妹喧嘩をするのはいいんだが、それよりなにを話してんだか俺にはよくわからなくなってきた。

「そもそも第七譜石って、なにさ?」

 周囲の人間が、みんな呆れ返ったかの様に黙り込む。

「箱入りすぎるってのもな……」

 額を抑えるガイに、俺はむしろ胸を張って答えた。

「ふん。お前らがどんだけ呆れ返ろうが、知らねぇものは知らねぇんだ。むしろ知ったかぶりするよりましだろが。第七譜石がなんなのか、とっとと教えてくれよ」

 堂々と尋ねる俺に、ティアが苦笑を浮かべながら口を開く。

「始祖ユリアが2000年前に詠んだスコアよ。世界の未来史が書かれているの」

 イオンが教団の導師として説明がしたかったのか、ティアの後を引き継いだ。

「あまりに長大な預言なので、それが記された譜石も、山ほどの大きさのものが七つになったのです。それがさまざまな影響で破壊され、一部は空に見える譜石帯となり、一部は地表に落ちました。地表に落ちた譜石は、マルクトとキムラスカで奪い合いとなって、これが戦争の発端になったのです。譜石があれば世界の未来を知ることができるため……」

 どこかいたましげに顔を伏せるイオンに、俺は要点だけを確認する。

「とにかく、七番目の預言がかいてあるのが、第七譜石なんだな?」
「第七譜石はユリアがスコアを詠んだ後、自ら隠したと言われています。ゆえに、さまざまな勢力が第七譜石を探しているのですよ」

 ユリアに隠された世界の預言書ねぇ……。誕生日ぐらいしかスコアに触れない俺からしてみれば、そんなの巡って戦争が起きたなんてことは、どうもピンとこないよなぁ。

「それをティアが探しているってのか?」
「さぁ、どうかしら……」

 あくまでも、はぐらかす気のようだ。それならそれで、別に俺はいいけどね。

「まあいい。とにかく、私はモース殿とは関係ない。六神将にも余計なことはせぬよう命令しておこう。効果のほどはわからぬがな」

 最後に身の潔白を訴えた師匠が話をまとめた。

 確かに師匠の話を聞く限り、怪しいところはまるで見受けられない。アッシュの警告も、単に俺の動揺を誘う類のもんだったのだろうか。

「ヴァン謡将。旅券の方は……」
「ああ。ファブレ公爵より臨時の旅券を預かっている。念のために持ってきた予備も含めて、ちょうどいい数のはずだ」

 ガイに促されて師匠が旅券を取り出して、俺たちに渡した。受け取った旅券に、ようやくここまで来たかと感慨深くなる。

「これで国境を超えられるんだなぁ」

 なんともジンと込み上げるものを感じていると、師匠がおもむろに歩き出す。集中する視線に、師匠が振り返る。

「私は先に国境を超えて、船の手配をしておく」
「カイツール軍港で落ち合うってことですね」

 ガイが確認すると、師匠が頷きを返しながら、俺に向けて笑いかける。

「そうだ。国境を超えて海沿いに歩いてすぐにある。ルーク、道に迷うなよ」
「そこまでバカじゃないっすよ……」
「ふっ。では、また会おう」

 この場を去った師匠の背中を見送って、ティアがどこか呆然とつぶやいた。

「あの兄さんが、他人をからかうような言葉をかけるなんて……」
「そんなに驚くようなことかよ?」

 思い出される試練の日々に、俺は顔をげんなりさせながらティアに尋ねた。屋敷で鬼のような扱きをしていたヴァン師匠は、常に嬉々とした表情を浮かべ、本当に楽しそうに俺をイジっていたものだ。

「なにせルークの師匠は、ローレライ教団主席総長ヴァン・グランツ謡将だからな。周囲に気を抜けるような相手も、なかなかできないんだろうよ」
「そんなもんなのかねぇ……」

 ガイの言葉に首を捻らせながら、俺はひとまず師匠の話を聞いたティアの感想を尋ねる。

「それで、師匠は信用できそうかよ?」
「信用できないわ」

 去っていった方角を見据えたまま、ティアは硬い口調で告げた。

 ヴァンに気をつけろ……か。

 殺されかけた相手の言葉だが、それでもティアまでもが警戒するよう何かを師匠は秘めているんだろうか。

 思わず黙り込んだまま師匠の去って行った方向を見据える俺たちに、ガイが眉を潜めながら肩を竦めた。

「……お寒い兄妹関係だねぇ」

 まさに両者の関係を端的に言い表している言葉であると言えた。




             * * *




 いろいろとゴタゴタはあったが、俺たちは二国間の国境を通り抜け、ようやくキムラスカ側に行き着くことができた。国境を守る兵士に敬礼を受けながら、俺たちはカイツールを発つ。

「これでようやくキムラスカに帰ってきたのか……でもなんだか実感がわかねぇよな」

 マルクト側と大差ない周囲の光景を見回す。

「駄目駄目。家に帰るまでが遠足なんだぜ? あんまり気を抜くなよ」
「こんなヤバい遠足勘弁って感じだけどな」

 ガイのおどけた言葉に乗って、俺も肩を竦めて見せる。 

「キムラスカに来たのは久しぶりですねぇ」」
「ここから南にカイツールの軍港があるんですよね。行きましょう、ルーク様♪」

 キムラスカに行き着いたことで、それぞれが思い思いの言葉をつぶやく中で、ティアだけが俯いたまま無言を保っていた。

「ティア……おまえは、なんで師匠をそんなに疑ってんだ? なんか理由があったりするのか?」
「兄は……まだなにか隠しているような気がするの」

 アッシュとのやり取りが気になって尋ねたが、ティアにもはっきりとした理由はないようだ。これといった理由がないなら、やはり考えすぎなだけなのかもしれない。

 そう考えると、やっぱり俺もアッシュの言葉を気にしすぎて神経過敏になっていただけのような気がしてくる。

 ある程度割り切れて、気分が上向いてきた俺とは対照的に、ティアは俺の問い掛けでさらに落ち込んだ表情になっている。

 このままじゃまずいよなぁ……。俺はどんな言葉を続けたものか躊躇いながら、その場で思いついた言葉をそのまま口に出す。

「確かに師匠はいろいろと底の知れないとこはあるとは思うけどさ、それでも悪人じゃないと思うぜ。あれで面倒見もいいしな。あんまりにも生真面目過ぎる性格してるから、時々ちょっと心配になるけどな」

 空気を軽くしようと笑いかける俺に、しかしティアは浮かない顔のまま俯いている。

「……」
「うっ……」

 この先どう言葉を繋げたらいいのかわからん。落いつめられた俺の頭上で、仔ライガが頑張れと前足でポンポン俺の頭を叩く。でもどう頑張ったらいいのやら、もはや皆目検討がつきませんよ。

 どんよりと沈み込んだ二人の様子に、ガイが救いの手を伸ばす。

「もう行こうぜ、お二人さん。話し合いなら向こうについてからでもできるって」
「……そうね」
「わ、わかったぜ」

 俺はガイに感謝しながら、とりあえずの窮地を脱するのであった。


 その後も重い雰囲気が漂う中進み行き、カイツール軍港に到着した。だが、どうも周囲の空気がおかしい。張りつめた空気中、波の音に混ざって、人々の争うような音が耳に届く。

「………なんだ?」

 さらに耳を済ませると、魔物の咆哮が聞こえてくる。

「魔物の鳴き声……っ! あれを見て」

 ティアの指差した上空に、翼を羽ばたかせ行き来する魔物の姿があった。

「あれって…根暗ッタのペットだよ!」 

 杖を握りしめながら、ティアが暗い表情で声を洩らす。

「港の方から飛んできた。やっぱり来たのね、アリエッタ」
「なになに? 根暗ッタとなにかあったの?」

 アニスが興味深そうに近づいて来たので、俺も表情を曇らせながら答えた。

「フーブラス川でも襲ってきたんだよ」
「フーブラス川ってすぐそこじゃん。それなのにすぐまた襲いかかって来るなんて、相変わらずしつこーい。根暗って、ほんとめんどー」
「そのときは、僕がお願いして見逃して貰ったんです」
「もう過ぎたことです。その件はもういいでしょう。今は襲撃点に急ぎましょう」

 暗い表情になるイオンの肩を叩き、大佐が話は終わりだと締め括る。


 無言のまま現場に駆けつけた俺たちを向かえたのは、むせ返るような血の臭いだった。

「……うっ……」

 俺は口元を抑え、しかし視線は逸らさずに、その場の惨状を見据えた。
 燃え上がる水上艦。漂う人の焼ける不快な臭い。血溜まりの中に倒れ伏す兵士や魔物の亡骸。

「アリエッタ! 誰の許しを得てこんなことをしている!」

 港の奥まった一画で、アリエッタに剣を突き付ける師匠の姿があった。

「やっぱり根暗ッタ! 人に迷惑かけちゃ駄目なんだよ!」
「アリエッタ、根暗じゃないもん! アニスのイジワルゥっ!!」

 アリエッタの姿を見かけるや否や、アニスが二人の下に駆け寄って呼び掛けた。
 これに涙を浮かべながら言い返すアリエッタ。その様子を見て、師匠が剣を収めながらこちらを振り返る。

「何があったの?」

 ティアの問い掛けに、師匠は厳しい表情で答えた。

「アリエッタが魔物に船を襲わせていたのだ」

「総長……ごめんなさい……。アッシュに頼まれて……」
「アッシュだと……?」

 意外な名前だったのか、師匠が眉間に皺を寄せ、気を取られる。
 一瞬の虚をついて、頭上から現れた翼を持った魔物がアリエッタを掴み上空に逃げた。

「……船を修理できる整備士さんは、アリエッタがつれていきます。『返して欲しければ、ルークとイオン様がコーラル城へ来い』……です。二人がこないと……整備士さんは……殺す……です」

 最後にそう言い残し、アリエッタは去った。去り際に俺の頭上で毛を逆立てる仔ライガに、哀しげな視線を向けるのがわかった。

「ヴァン謡将、船は?」
「すまん、全滅のようだ。機関部の修理には専門家が必要だが、連れ去られた整備士以外となると訓練船の帰還を待つしかない」

 全滅……か。

 アリエッタを見逃した事で発生した惨事に、俺は顔をしかめる。あのとき、俺に覚悟があれば、この結果は変わったのか? 柄でもない、後悔が頭をもたげる。

 考えに沈む俺を余所に、大佐がアリエッタの残した取引内容を確認する。

「アリエッタが言っていた、コーラル城というのは?」
「確か、ファブレ公爵の別荘だよ。前の戦争で、戦線が迫ってきて放棄したといかいう話だ。ここから南東の海沿いにあるとかって聞いたことがある」

 俺に視線を向けながらのガイの言葉に、俺は我に帰る。

「へ? そうなのか?」
「おまえなー! 七年前におまえが誘拐されたとき、発見されたのがコーラル城だろが」

 俺が発見された場所。

「……」

 予想外の展開に、俺は一瞬黙り込む。

「俺は……そのころのこと、なんも覚えちゃいないんだよ。もしかして……行けばなんか思い出すのか?」

 額を抑えながら押し殺した声を洩らす俺に、師匠が左右に首を振りながら否定を返す。

「行く必要はなかろう。訓練船の帰還を待ちなさい、アリエッタのことは私が処理する」
「ですが、それではアリエッタの要求を無視することになります」
「今は戦争を回避する方が重要なのでは?」

 鋭い視線でイオンを制すと、師匠は俺に視線を戻す。 

「ルーク。イオン様をつれて国境へ戻ってくれ。ここには簡単な休息施設しかないのでな。私はここに残り、アリエッタ討伐に向かう」
「……わかりました、師匠」

 どこか納得いかないものを感じたが、結局俺は頷いていた。

 師匠の決定を覆せる程の案は、俺には思い浮かばなかった。




             * * *




 カイツールへ向かいながら、俺は一人思考に沈む。

 イオンはともかく、なぜ俺まで呼び出されたのか。それがわからない。

 六神将がモースとかいう奴の命令で、和平に反対してるってのが師匠の話だ。それで和平を潰すためにイオンを確保しようとするのはまだわかる。

 だが、なんで俺まで呼び出す必要がある? 

 仮にキムラスカの大貴族の嫡男を教団が確保しておきたいって理由だとしても、王国に事態が判明した場合を考えれば、少し理由として弱い。

 イオンなら同じ教団の人間として、いくらでも理由はつけられるが、俺の場合はそうはいかないからだ。最悪教団と王国の戦争にまで発展するだろう。

 モース派閥がなんで和平を潰そうとするのかもよくわからん。長年戦争状態だった帝国と王国の間で和平を取り持ったってことになれば、教団の地位はそれこそ鰻登りに上昇するだろう。和平を潰すことで得られるような利点があるかね?
 
 今んところ考えられる和平反対の理由としては、帝国と王国の間をほどほどの仲に取り持ち続けることで、教団の有用性をアピール、仲介する際のどっかでうま味を搾り取るってところだろうか。

 うーむ、よくわからん。

 ともあれモース派閥の真意はどうあれ、コーラル城に俺まで呼び出す理由はない。

 それこそ、呼び出した奴の独断でもない限りはだ。

 ───ヴァンに気をつけろ。

 ……カイツールでやつに突き付けられた言葉が、どうも引っかかってしょうがない。

 もしコーラル城に向かえば、アッシュの真意がなにかわかるんじゃないないか? あいつの……俺と同じ顔をしたあいつが、なんなのか……

「ルーク、どうしました?」

 無言のまま皆の後に続いていた俺の顔を、イオンが怪訝そうに覗き込んで来た。

「いや……なんでもない。ただちょっとな、コーラル城が気になってただけだ」
「確かに、整備兵の方の身が心配ですけど、ここはヴァンに任せるしかないです。彼らの狙いは僕でしょうし……悔しいことですが……」

 俯くイオンの言葉で、俺は気付く。

 六神将の狙いはイオンだ。これだけは確かだ。そして呼び出されたのはイオンと俺だ。なら、要求を満たしながら、最悪の事態を回避するにはどうすればいいのか。

「そうだよ! イオンが行くのはまずいけどよ、俺が行く分にはなんも問題ねぇじゃねーかよ。こりゃ盲点だった。あんがとな、イオン!」
「え? え?」

 あんまりにもうれしかったんで、俺はイオンの肩を引き寄せて頭を乱暴に撫でていた。

「きゃわ。イオン様になにしてるんです、ルークさま!」
「あ、わりぃわりぃ」

 怒ったように訴えて来るアニスの言葉で、俺はイオンを解放する。

「いきなりなにやってんだよ、ルーク? イオンが目を回してるようだが……」
「ガイ。俺はわかったぜ」
「なにをさ?」

 尋ねる言葉にはすぐには答えないで、手元にある装備を確かめる。

「どうしたんですの、ご主人様」

 よたよたと足を動かして近づいてきたミュウが俺を見上げる。ぐるぐる喉を鳴らしながら、仔ライガも俺の足に鼻を押しつけて構ってほしそうに見上げてきた。

 折角だ、こいつらにも付き合ってもらうとするか。

「よし、お前らは一緒に来い」

 二匹を抱き寄せて肩に乗せてやる。突然のことに目を回す二匹に、他のみんなも怪訝そうに近づいて来る。

「……どうしたの?」
「いや、なんかルークがまた妙なことを言い出しててな……」
「おやおや、またですか」

 突然の騒ぎに皆が注目する中、俺は準備を終えると、矢継ぎ早に告げた。

「そんじゃ、俺はコーラル城に行ってくるぜ。イオンは任せた」

 さいならと手を振って、答えが返るのを待たずに、俺は皆に背を向けて駆け出す。

「なっ! ちょっ待て……」
「なにを考えてるの! ルーク!!」
「そうですか。任されました」
「大佐ぁっ! なに一人だけ落ち着いて答えてるんですかぁ!!」
「ルーク、一人で向かうのはさすがに……」

 騒然となる皆をその場に残し、俺は一度も振り返らずに走り続けた。

 うじうじ考え込んでるよりは、やっぱ行動だよな、行動。うんうんと首を頷かせながら、俺は足どりも軽やかに出発する。

 こうして、俺は気分も新たに、一人コーラル城へと向かうのだった。



  1. 2005/10/27(木) 17:49:54|
  2. 【家族ジャングル】  第二章
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