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──A.L.M──

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第1話 「帰リ着キテ、王都」 


 港に下りると、そこにはずらりと立ち並んだ兵隊連中が、俺たちに向けて敬礼を捧げていた。
 あんまりにも仰々しい出迎えに、俺はちょっと腰が退ける。

 なんとなくそのまま固まっていると、兵隊たちの中から壮年の軍人が一歩前に出て、俺たちに礼を取る。


「お初にお目にかかります。キムラスカ・ランバルディア王国軍第一師団長のゴールドバーグです。この度は無事のご帰国おめでとうございます」
「ああ。出迎えご苦労」


 内心激しく動揺しながらも、俺はなんとか外面だけは取り繕って答えを返す。公の場では、俺も外面はいいのだ。
 俺のそこそこ重めに聞こえる返答に満足そうに頷くと、ゴールドバーグはすぐにイオンに話し始めた。


 ……まあ、主役はそっちだしな。


 俺は特に気にするでも無く、周囲の様子を伺う。なんとなく、上京した田舎物の気分だ。
 それにしても、随分と仰々しい迎えである。マルクトの使節に対する軍事的な威圧の意味も込めてるんだろうかね? だとしたら、なんともせせこましい限りだけどな。

 そんな結構不穏な感想を抱きながら港を見回しているうちに、ふと気付く。


 そう言えば、港に来るのって初めてだよな。


 区画とかもかなり整理されてるようだが、バチカルらしい大規模な港だ。
 あいつがやってる事業の中に港の開拓も含まれてるとか聞いた覚えはあった。
 随分と意気込んで力説してるとは思ったが、やっぱ言うだけのことはあるわなぁ……。
 感心しながらきょろきょろ周囲を伺っているうちに、どうやらゴールドバーグとイオンの間の話し合いは終わったようだ。


「皆様のことは、このセシル少将が責任をもってお連れいたします」

 ゴールドバーグの脇に控えていたキリッとした容姿をしてる軍人の姉ちゃんが俺たちに敬礼を捧げた。

「セシル少将であります。よろしくお願い致します」

 セシル少将の名前を聞いた瞬間、ガイが微妙に顔をしかめるのがわかった。彼女もそれに気付いてか、怪訝そうに首を傾げる。なんとなく、いつもの女性恐怖症とも違う感じの反応が俺も気になった。

 セシル少将の反応に、ガイはなにかを誤魔化すように、慌てて名乗りを上げる。

「お……いや私はガイと言います。ルーク様の使用人です」
「ローレライ教団オラクル騎士団情報部第一小隊所属、ティア・グランツ響長であります」
「ローレライ教団オラクル騎士団フォンマスターガーディアン所属、アニス・タトリン奏長です」
「マルクト帝国軍第三師団師団長、ジェイド・カーティス大佐です。陛下の名代として参りました」

 ジェイドの名乗りまで来たところで、周囲に居た軍人どもが騒めく。

「貴公があのジェイド・カーティス……」

 絞り出すように呻くセシル少将に、ジェイドがいつもの悪人顔で笑みを浮かべた。

「ケセドニア北部の戦いでは、セシル将軍に痛い思いをさせられました」
「ご冗談を……私の軍は、ほぼ壊滅でした」
「皇帝の懐刀と名高い大佐が名代として来られるとは……なるほど、マルクトも本気というわけですな」

 随分と評価が高いんだな、ジェイドのおっさん。しげしげと視線を送っていると、大佐はなんてことないと言うように肩を竦めて見せた。

「国境の緊張状態を考える限り、本気にならざるを得ません」
「おっしゃる通りだ。ではルーク様は私どもバチカル守備隊とご自宅へ……」

 警護付きで自宅に護送だって? ゴールドバーグの申し出に、俺は目を点にする。

 将軍クラスがそんなことを言うってことは、正式な命令が出てるってことか? しかし、さすがにそこまで過保護にされるつもりはない。

 それにイオン達とここで別れるのは、まだ早すぎる。

「いや、それよりも……」

 俺は手を前に掲げ、ゴールドバーグの言葉を制止しながら言うべきことを考える。

「……まずは導師イオンを伯父上に面会させてやりたい。頼まれ事を途中で放り出すのは俺の主義に反する。帰宅するのはその後でも十分だ」

 それなりに考えて言った俺の言葉に、ゴールドバーグは感心したと頷くと、すぐに代案を立てた。

「承知しました。公爵への使いはセシル将軍に頼みましょう。……セシル将軍、行ってくれるか?」
「了解です」

 機敏な動作で去っていくセシル少将を見送ると、ゴールドバーグも俺たちに別れを告げる。

「それでは、私も軍港で引き継ぎを終えた後、城に向かいたいと思います。後ほど会いましょう、ルーク様」
「わかった。ご苦労だったな、ゴールドバーグ」

 軍人連中が完全に去ったのを確認すると、俺はようやく姿勢を崩した。

「ふぅ……やっぱ疲れるぜ。堅っ苦しいやり取りはなるべくやるもんじゃねぇよなぁ……って、どうしたよお前ら、俺を変な目で見て?」

 信じられないものを見たとでも言いたげな様子で、ガイ以外の全員が目を見開いてやがる。

「ルーク……あなた、ああいうキチンとした言葉遣いもできたのね」
「驚きましたね。まさか、あなたがあんな風に喋るとは……」
「僕も少しだけ、驚きました」
「ルーク様、たとえどれだけ似合っていなくても、ああいう物腰も素敵ですよ♪」

 次々と発せられる言葉に、俺は額が引きつるのを感じる。

「お前らな……いったいどういう意味だよ?」
「まあまあ、落ち着けよルーク。確かに普段のお前の様子からすれば、想像できないってのはさすがに認めるだろ?」
「ちっ……まあな」

 宥めて来たガイの言葉は、確かに否定できないけどよ。それにしても、失礼な奴らだ。

 不貞腐れる俺に、ティアが本当にわからないといった感じでつぶやいた。

「あなたなら誰が相手でも、いつもの態度を通しているとばかり思っていたわ」
「必要だったから覚えただけだぜ? いろいろと事業に手を出すには、ああいう態度も必要なんだ。王族らしい王族ってだけでも、いろいろ付加価値がつくからな」
「え~!! ルーク様なにか事業とかに手を出してるんですか!?」

 うげっ。アニスのやつが目を輝かせて、こっちに身を乗り出してきやがった。

「ま、まあ、ちょっとしたことが切っ掛けでな。大したもんじゃねぇけどさ」
「いったいどれぐらいの利益を上げてるんですか!?」

 こ、こぇーよ。目の色がガルドに変わってやがるぜ。ぐいぐいと身を乗り出して来るアニスに、俺は身の危険を感じて話題を変えることにする。

「そ、そんなことよりもアレだ! 早いとこ城に行こうぜ?」

 促した言葉に、真っ先に我に返ったイオンが頷いた。

「ではルーク。案内をお願いします」
「おう、そんじゃ行こうぜ」

 そそくさとアニスから身をかわして、港から伸びる天空滑車に向かう。

 ともかく、ようやく俺はバチカルへの帰還を果たしたのだ。本当に、なんとも長い旅路だったもんだ。

 感慨深さよりも、なぜか押し寄せる疲労感に、俺は目尻を拭うのであった。




             * * *




 縦に伸びるバチカルの下層部分に立って、俺は街を見上げた。

 久しぶりに眺めた街の景色に、徐々に懐かしさが込み上げてくる。

 帰って来たという事実がようやく現実のものとして実感されて来た。なんとも感慨深いもんだね。

「……すっごい街! 縦長だよぉ」
「チーグルの森の何倍もあるですの」

 感動するアニスと、はしゃぎまくるミュウと仔ライガの様子に、ガイが苦笑を浮かべながらいつもの解説癖を発揮する。

「ここは空の譜石が落下してできた地面の窪みに作られた街なんだ」
「自然の城壁に囲まれているという訳ね。合理的だわ」

 なんというか、街の感想まで軍人的思考に立たんでもいいんじゃねぇのかとか思ってしまう。でもまあ、そういうところもまた、ティアらしいと言えばらしいのかもしれないけどな。

 ともあれ、街を見上げながら、それぞれが始めてみるキムラスカの首都に目を輝かせている。

「こっから正面に見える天空滑車を乗り継いだ先が王城だぜ。今からはしゃいでると、体力もたねぇぞ?」

 なんとなく普段とは逆の立場が面白く感じられて、からかうような言葉を投げ掛ける。

「ははは。ルークも屋敷を抜け出し始めた頃は、似たようなもんだったじゃないか。あんまりそう言ってやるなよ」
「うっ……まあ、そうだったかもな。なにせあの頃はどこの囚人だよって言いたくなるぐらいにすげぇー窮屈な監視下で生活してたもんな。屋敷の外に一歩も出れねぇなんて生活、今じゃ考えられねぇぜ」

 かつての記憶が思い出されて、俺は気まずさに鼻下を擦る。

 三食昼寝監視つきの生活だったもんなぁ……。

 遠い目をして監禁ライフに想いを馳せていると、俺の発言にティアが顔を強張らせるているのに気付く。

「どういうこと? あなたが王都から外に出たことがなかったのは知っていたけど……昔は屋敷の外へさえも出られなかったと言うの? たとえ貴族であってもそれは……異常よ」
「あれ、言ってなかったっけか? 一応、俺って国王命令とかで、屋敷の外には一歩も出るなって決められてるんだぜ。ちなみに、これって今も有効な」

 俺の軽い言葉に、しかしその場にいた全員が顔を強張らせる。

「それは……いったいどういう理由からです? タルタロスで言っていた誘拐事件と、なにか関わりがあるのでしょうか?」
「ん、まあ、そんなようなもんだな」

 師匠から聞かされた真の軟禁理由が思い出される。超振動を発揮できる戦略兵器の飼い殺し……まあ、理屈はわからないでもないが、納得できるもんでもないよな。

「でも体力ついた後はガンガン屋敷の外に抜け出してたんだぜ? 今じゃ軟禁とは名ばかりで、抜け出しても王都の外に出ない限りなんも言われないしな。だから、お前らがそんな深刻に考える必要はないって」

 最初は必死に阻止しようとしてた執事連中も、今じゃ完全に諦めて、抜け出す俺に向けて、いってらっしゃいと手を振ってくるぐらいだしな。

 なんだか暗い雰囲気になってしまった一同に、俺はへらへらと笑いかけた。

 実際、たいしたことないと俺は思ってるのだが、一同の顔は晴れない。

 ティアがどこか困ったように首を傾げると、俺の顔を見据えた。

「……強いのね」
「へ? どういう意味だ?」
「いいえ……わからないなら、それでいいの。それよりも、お城に早く向かいましょう。案内はお願いね、ルーク」
「あ、ああ。わかった」

 なんだか誤魔化されたような気がしないでもなかったが、言ってることは正しいので、特に反論するでもなく、俺たちは城へと向かった。

 はて、マジでどういう意味だったんだろうな……?

 どこか機嫌良さげに見えるティアの後ろ姿を見やりながら、俺は首を傾げた。




             * * *




「げっ、忘れてた!」

 城のある階層にまで来たところで、俺は突然一つの可能性に思い至る。

 やばい、そういえば俺が帰って来たのは、先行したセシル少将が既に伝えちまってるんだよな。だとしたら、当然あいつの耳にも入るわけで、そうなったらあいつがどう行動するかなんて、一つしか考えられない。

「なにやってんだ、ルーク?」

 突然、植え込みに伝いに身を潜めながら進み始めた俺に、ガイが呆れた視線を送る。

「いや、アレだ。俺の予測だと、ここらへんでそろそろ、あいつが姿を見せてもおかしくないと思ったんだけど……どこにも居ないな。おかしい。俺の思い過ごしか?」
「あいつ……? ああ、あの御方か。確かに来てもおかしくないが、そこまで警戒する必要はないだろ」

 俺とガイの会話に、皆が首を捻る。確かになに話してるかわからんだろうが、今の俺には説明しているような余裕はないのである。

「それにどうせ城に向かうんだ。行き違いになる可能性も十分ある」
「そ、そうだな。あいつが来る前にとっとと城での用事を済ませちまおう。行くぜ、皆!」

 俄然張り切り出した俺の様子に、やはり皆が不可解そうにしている。

 そんな首捻ってないで、さっさと歩いてほしいってのが本音だ。

「ねえねえガイ。ルーク様の言ってるあいつって誰なの? アニスちゃん的に、ちょっとあやしいかな~」
「ああ……それはだな」
「余計なこと言ってないで、さっさと行くぞ!」

 俺の呼び掛けに、ガイが苦笑を浮かべながら肩を竦める。マジで無駄話は止めてくれと、俺は視線で訴える。

「まあ、すぐにでもわかると思うぞ。ルークがあの御方から逃げきれたことなんて、それこそ一度もなかったんだからな」
「だぁーもう、うっさいぞ、ガイ」

 俺の再度の呼び掛けに、ガイははいはいとおざなりに頷いくと、ようやく動き出した。

 まったくガイのやつも不吉なことを言いやがる。
 まあ……よくよく思い出してみると……確かにそうだったかもしれないけど……。
 そ、それでも俺は今度こそ、捕まる訳にはいかんのだ!

 あいつには頭が上がらない分、遭遇すんのはできる限り避けたいところだ。
 なにせ今回は突然居なくなったなんていう大事だ。
 いったいなにを言われることやら……考えるだけでも恐ろしい。

 俺は内心かなりビクビクしながら、王城へと足を踏み入れる。


「うわ~、さすがお城だけあって豪勢~。なにより高そう~」


 アニスが目を輝かせて、城の内装を伺っている。
 すさまじい勢いで目線が移動し、置かれた各種小物類の値段をはじき出す。

 なんか……最近、猫被りの化けの皮が剥がれてきてないかね? 

 本性駄々漏れになりつつあるアニスに、俺は生暖かい視線を向けた。それに気付いたイオンが、アニスに優しく声をかける。

「アニス、ルークが見てますよ?」
「はわぁ? え、え~と。綺麗なお城ですよね♪」
「高そうだしな」
「高そうだろうしねぇ」
「高そうでしょうしね」
「はぅあっ!」

 一斉に返されたことで、アニスがしまったと呻く。
 なんだかんだ言って、自分に正直なやつだよな。アニスにジェイドが苦笑を浮かべ、やれやれと肩を竦める。

「確かに、そこの装飾一つとっても、売り払ったら一財産でしょうね。それも買い取るような店があれば、の話ですが」
「へ? それってどういうことだ?」

 ジェイドの含みを持った言葉に、俺は首を捻る。
 売り払うだけなら、それこそどこでもできると思うんだが? 城にあるものなら、尚更質もいいだろうし。

「王城に卸されている品は、そのほとんどがオーダーメイド。完全な一品ものです。仮に賊が盗み出して、売り払おうとしたとしても、すぐに足がついてしまいます。だから現金に変えるのは困難でしょうね」

 なるほどなぁ。俺は納得して、改めて城の内装を見やる。

 確かに豪勢だけど、金にはならんのか。そんなこと思いながら眺めていると、アニスがぼそりと吐き捨てるのが聞こえる。

「ちっ……見かけ倒しか」

 ……まあ、正直なのは悪いことじゃないよな。うん。

「それよりも謁見の間に向かいましょう。ルーク、お願いします」
「おう。わかった。といっても、すぐそこだけどな」


 俺は皆を引き連れて、正面に位置する階段を昇る。
 階段からすぐのところに、兵士が扉の前に控えている。ここが謁見の間へ繋がる場所だ。


「ただいま大詠師モースが陛下に謁見中です。しばらくお待ちください」

 兵士の律儀な言葉に、俺は出された面会者の名前を記憶から探る。

 モースっていうと……確か大詠師派のボスか。

 うーん。どうしたもんか。
 たぶんゴールドバーグかセシル少将が面会の申請はしてくれてるだろうけど、受理されてんのかな。
 まあ、伯父さんなら何も言わずに来ても会ってくれるだろうから、大丈夫だろうけど。


「ちなみに、あとどれぐらい掛かりそうだ?」
「はい。申請されている面会時間は三時間となっております。既に二時間ほど経っていますから、間もなく出て来られるのではないかと思われます」

 俺は皆の方を振り返って、肩を竦めてみせた。

「待つしかなさそうだぜ?」
「まあ、仕方がないでしょうねぇ」
「モースが来ているのですか……」
「イオン様ぁ……」

 イオンの表情が引き締まる。それも無理ない話だろう。まだ証拠があるわけじゃないが、これまで大詠師派と言われる六神将にあれだけ邪魔されてきたんだからな。

 同様に、モースを信じているっぽいティアが、イオンの様子に表情を暗くする。

 うーん。未だに、よくわからんよな。六神将とモースは繋がっているのかね? イオンの話をきく限り、導師派に対抗できそうな派閥は大詠師派しかなさそうな感じだったが、一つの派閥と言ってもその中身は一枚岩でもあるまい。大詠師派、六神将閥とかでもあるのかね。

 いろいろと考えているうちに、扉が内側から開かれる。出てきたのは、誰もが神官と言われて思い浮かべるだろう、典型的な教団の人間像をした中年の男だった。

「導師イオン…?」

 モースが驚きに目を見開く。突然行方不明だったはずの人間が目の前に現れたことにか、あるいは六神将に確保されているはずの人間を目にしたせいか。どちらに驚いたのか、その判断はつかない。

「久しぶりです、モース」
「お探ししておりましたぞ。どうやら無事なようで安心しました。しかし、突然教団から居なくなるとは、いささか導師としての自覚に欠ける行動でしたな」
「モース、確かに導師としての立場はわかっています。ですが、教団本来の目的であるスコアによる繁栄を第一に考えた場合、僕が動くことで戦争が阻止できるなら、対面などいか程のものでしょう?」
「戦争の阻止? そう言えば、そちらの方々は? 私の部下も居るようですが」

 表情を一切動かさず、どうにも本音を伺わせない調子で、モースがジェイドの方を向く。

「申し遅れました。私、帝国より和平の使者として派遣されたジェイド・カーティスという者です」
「帝国からの和平の使者……なるほど、導師が姿を消した理由はわかりました」

 それだけで事情を察したのか、あるいは事前に全てを知っていたのか。やはり判断はつかない。

「確かに導師の仰ることにも一理あります。二国間に和平を結ぶためには、教団の力が、なによりも導師程の人物が動かれたという事実は、かなりの力添えとなるでしょう。ですが、言伝ても残さず動いたのは、いささか感心できかねる行為ですな。オラクルに申し出てくだされば、護衛を動かすぐらいのことはできたでしょうに」
「それは……なるべく迅速な行動が必要だったのです。ひとまず、この話は後にしましょう。全ては、これから行われる王国との面会次第です。教団の方針をここで話していても、なにも始まりません」
「……わかりました」

 モースは少し渋面になったが、すぐに引き下がった。そして、後方に控えていたティアに呼び掛ける。

「ティア。お前は残りなさい。例の件、おまえから報告を受けねばならぬ」
「モース様。私にはルークをお屋敷に届ける義務がございます。後ほど改めてご報告に伺います」

 少し、意外だった。あれほど軍人思考を心掛けていたこいつが、上官からの命令に意見するなんて思ってもみなかった。

 俺は目を見開いてティアの顔をまじまじと見据えてしまう。

 すると、俺の視線に気付いたティアが頬を染めて顔を俯けてしまう。なんでだ?

「ふむ……まあ、それもよかろう。それでは導師、私はこれで失礼します」

 さして緊急の用件でもなかったのか、モースも特に拘るでもなくティアの申し出を許可すると、導師に一礼してこの場を去った。

「……あのおっさんが大詠師派のトップなのか?」
「ええ。彼がモースです」
「なかなか、腹の底を見せない人物でしたね」

 ジェイドが眼鏡を押し上げ、面白そうに微笑を浮かべる。

「腹の底が見えないっていうか……なんつぅーか、えらい普通の神官にしか見えなかったんだけどよ。本当にイオンと対抗してる派閥のトップなのか?」
「彼もまた敬虔なスコアの信者であることに違いはありません。ただ、スコアに求める価値観が、僕たちの派閥と異なっているというだけです」
「スコアに求めるもの?」
「そうです。大詠師派は、預言──スコアによって観測された事象と、寸分違わぬ未来の道筋を歩むことを、なによりも重視しています」

 全てがスコアに定められるままに、か。

「イオンは違うのか?」
「スコアは人間が幸せになるために用いられる、数ある手段のうちのひとつに過ぎない。僕はそう考えています」

 ふむ。なるほどね。なんで二つの派閥が反発しあってるのかわからなかったが、教義の解釈上の相違ってやつなのか。スコアを絶対視する派閥と、手段の一つと割り切っている派閥か。

 ん? そう考えると、なんか一つの可能性が思い浮かぶような……

「ルーク、なにしてんだ? 中に入れるらしいぞ」
「あ、ああ……わかった」

 一瞬なにか重要そうな考えが思い浮かびかけたが、今は伯父さんとの面会の方が重要だよな。俺はすぱっと頭を切り換えると、思い浮かびかけた可能性をそれ以上深く考えることなく、謁見の間に足を踏み入れた。




             * * *




 謁見の間に踏み込むと、玉座に腰掛ける伯父さんが俺たちに視線を巡らした。

「話はゴールドバーグから聞いている。おお、ルークではないか。こうして話すのは、久しくなかったことのように感じるぞ。よくマルクトから無事に戻ってくれた」
「心配お掛けして申し訳ございません、伯父上」
「おお、そのように堅苦しく身構える必要はないぞ。いつものように、伯父さん、と呼ぶがいい。余はまったく気にせんぞ」

 伯父さんが許可してくれてるのはわかるんだけど、両脇に控える高官の一人がものすごい視線を俺に向けてきているのを感じる。うーん。どうしたもんか。

「えーと、一先ずそういった話は、帝国からの案件を済ませてからということで、よろしいでしょうか?」
「そうか? お前がそういうなら、仕方がない。するとお前の横にいるのが……?」
「ローレライ教団の導師イオンと、マルクト軍のジェイドです」

 俺が少し後ろに引いて、イオンとジェイドが前に出られるようにする。

「ご無沙汰しております陛下。イオンにございます」
「導師イオン。久しいな。モースが行方不明と心配していたぞ」
「陛下にもご心配お掛けしたようで、申し訳ございません。こちらがピオニー九世陛下の名代、ジェイド・カーティス大佐です」
「御前を失礼致します。我が君主より、偉大なるインゴベルト六世陛下に親書を預かって参りました」

 ジェイドの捧げた親書を、高官の一人がひったくる様にして受け取る。どうもあんまり穏健な態度であるとは言えない。これは、少し言っておいた方がいいかね?

「伯父上、俺はこの目でマルクトを見てきました。首都には近づけませんでしたが、それでもエンゲーブやセントビナーなどと言った国境沿いの村落は、平和そのものと言った様子でした。マルクトに、自発的な開戦の意志はないものと思われます」

 俺の少し差し出がましい進言にも、伯父さんは頷きを返してくれる。

「ルーク、わかっている。こうして親書が届けられたのだ、余とてそれを無視はせぬ。皆の者、長旅ご苦労であった。まずはゆっくりと旅の疲れを癒されよ」

 伯父さんの言葉に、ともかく和平の意志は伝えられたようだ。一同を安堵が包み込む。

「使者の方々のお部屋を城内にご用意しています。よろしければご案内しますが……」
「もしもよければ、僕はルークのお屋敷を拝見したいです」

 イオンの言葉に、俺も軽く頷いてやる。
 あれだけ長い間一緒に旅してきたんだ。ここで別れるのもちょっと名残惜しいしな。

「ではご用がお済みでしたら城へいらして下さい」


 高官の言葉に、退室ムードが漂い始める。
 そのとき、伯父さんが少し顔を暗くして、俺にその言葉を告げた。


「ルークよ。我が妹シュザンヌが病に倒れた」
「おふくろがっ!? マジかよ、伯父さん!? ど、どういうことだよ。容態とか、わかるのか!?」

 動揺しまくったせいか、言葉を取り繕ってるような余裕がなくなっちまう。俺の擬態した姿しか知らない高官の一人が驚いた様な視線を寄こすが、知ったことか。

「落ち着けルーク。医官の話によれば、幸い大事に至る様子はないとのことだ。余の名代としてナタリアを見舞いにやっている。よろしく頼むぞ」
「わ、わかったぜ。教えてくれてありがとな、伯父さん」
「うむ。いつでも来るがいい。〝私〟は歓迎しよう」

 こうして面会は終了した。

 伯父さんの話を聞いた俺は居ても立っても居られなくなって、城から駆け出す。皆も俺になにか言うでもなく、俺の後を追ってくれた。すまないとは思うが、今は皆のこと考えてる様な余裕がない。



 王城と同じ階層にある、一際でかい屋敷の門を潜る。
 門番してた白光騎士団の一人が、俺の顔を見て驚いた様に慌てて姿勢を正す。

「る、ルーク様っ! お帰りなさいませ」
「おうっ! 今帰ったぜ!」

 言葉少なに応じて、俺は屋敷の中に駆け込んだ。
 玄関から入ってすぐのところで、セシル少将と話し込んでいる親父の姿を発見。

「オヤジ! 今帰ったぜ! おふくろの容態はどうなんだ?」
「少しは落ち着かんか、バカ息子!  陛下に聞かなかったか? 大事はない。本当だ」
「──そっか」

 オヤジから直接聞けたことで、とりあえず俺も落ち着きを取り戻す。本当に大したことなさそうだ。これが危険な状態だったりしたら、オヤジもこんなに落ち着いてはいられないだろうしな。

「ともかく、報告はセシル少将から受けた。随分と大変な目にあってきた様だが……結局、その壊滅的なまでに軽佻浮薄な性格に改善は見られないようだな。まったくもって、嘆かわしいことだ。一体私達のどこに似たのだか」
「へっ……そいつは俺にもどうしょうもない。一度鏡を見てみることを薦めるぜ。そこにはきっと、俺の原型、さらに言えばダークサイドの提供者がハゲ面さらして嘆いてると思うぞ? 主に生きてることとか。カツラでも買えば?」

 俺とオヤジの視線が交錯する。

『はっはっはっはっは』

 まったく笑っていない互いの瞳を見つめ合い、俺とオヤジは引きつった高笑いをあげた。

「……えーと、旦那さま。親子の触れ合いはそのくらいで……」
「うむ。そうだな。ガイもご苦労だった」
「……はっ」

 ガイにねぎらいの言葉を掛けたオヤジが、続いて俺の方を見やる。なにかを躊躇うように口を開いては、閉じるを繰り返している。

 怪訝に思いながら、俺はオヤジを睨む。

「あんだよ?」
「まあ、なんだ……無事でなによりだ、ルーク」

 俺は一瞬呆気にとられて、オヤジを見返した。オヤジはそれに照れたように顔を背けている。

「へへっ……まあ、オヤジも元気そうで、なによりだぜ」

 オヤジのらしくない労りの言葉に苦笑を浮かべながら、俺もそう言っていた。

 なんとも俺らみたいな親子らしくない空気がその場を満たし始めたとき、追いついてきた面々が次々と屋敷の中に姿を見せ始めた。

 それに気付いたオヤジが、公人としての顔になって口を開く。

「使者の方々もご一緒か。お疲れでしょう。どうかごゆるりと」
「ありがとうございます」

 そこまで言ったところで、誰かを探す様にオヤジは視線を巡らせた。

「ところでルーク、ヴァン謡将は?」
「師匠? ケセドニアで分かれたよ。後から船で来るって……」
「ファブレ公爵……。私は港に……」
「うむ。ヴァンのことは任せた。私は登城する」

 それを聞き終えるや否や、オヤジは目つきも鋭く、セシル少将に指示を与えた。

 ……いったいなんだ? オヤジ、妙にピリピリした空気を振りまいてやがるが。

 少し皆から遅れて登場したティアが、屋敷の中に足を踏み入れた。

「む? キミは……キミのおかげでルークが吹き飛ばされたのだったな」
「……ご迷惑をおかけしました」

 素直に頭を下げるティアに、親父は尚も厳しい視線を向ける。

「ヴァンの妹だと聞いているが」
「はい」
「ヴァンを暗殺するつもりだったと報告を受けているが。本当はヴァンと共謀していたのではあるまいな?」

 そこで初めてティアが顔を上げる。

「共謀? 意味がわかりませんが……」
「まあよかろう。行くぞ、セシル少将」

 あまり家では見せることのない威圧的な空気を振りまきながら、親父は去って行った。

「なんか変だったな……旦那様」
「確かにな。ヴァン師匠がどうしたんだ……?」

 共謀ってどういうことだ? 俺たちは首を捻ったが、やはりよくわからなかった。

「私はここで……」

 ティアがどこか居心地悪そうに身を捩る。親父のさっきの対応のせいか、ティアに周囲から使用人たちの無遠慮な視線が降り注いでいる。まあ、屋敷を襲撃したのは事実だし、そんな奴が平然と門を通って、再び訪れたらこうなるのもしょうがないか。

 しかし、事の原因だったとしても、俺が世話になった事実は変わらない。

「別にそんな急ぐ必要もないんじゃねぇの? イオンも屋敷を見ていくみたいだし、もうちょっと付き合えよ。ティアには随分と世話になったことだし、ちゃんともてなすぜ」

 俺は使用人どもを睥睨しながら、こいつは客だと訴える。するとさっきまで敵意の籠もっていた視線が、かなり和らぐのがわかる。

「でも私は……」

 尚もなにか言いかけるティアに向けて、ガイが視線も鋭く言葉を投げ掛ける。

「どうせなら奥様にも謝っていけよ。奥様が倒れたのは、多分ルークがいなくなったせいだぜ」
「……そうね。そうする」

 少し俺の望んだ形とは違ったが、ティアももう少し付き合うことになった。

 しかし皆ともさよならか。ティアが話題を出したことで、ようやく別れの時が来たことを実感する。

 なんともいろいろなことがあったが、そう悪くない旅路だったよなぁ……。

 少し感慨深くなって、俺はこれまでの道中を思い起こした。

「さて、それじゃ奥さまの所に向かおうか」
「あ、ちょっと待ってくれ」

 促すガイに背を向けて、玄関先に佇むメイド連中にミュウと仔ライガ二匹を預け渡す。

「お前ら、こいつらちょっと頼むわ」

 まだ具合が悪いだろうおふくろを気づかって、俺は小動物二匹をメイドたちに預け渡した。小さいとは言え魔物の一種にメイド達は少し怯えた様子だったが、二匹の愛らしい容姿を目にすると、すぐに歓声を上げ始めた。ちょっと尋常じゃないぐらいに二匹が揉みくちゃにされているが……まあ、あいつらなら大丈夫だろうと思っておく。

 ともあれ、俺たちはまずはおふくろの下へ向かうことになった。


 そのまま玄関から応接間へ入った瞬間、眼にも鮮やかな金髪が俺の視界に飛び込んだ。


 柔らかいそうな金髪が、ふわりと空気に揺れる。
 彼女は俺の姿を目に留めると、その碧眼を瞬かせながら、口を開いた。

「ルーク!」
「げっ……な、ナタリアか」

 伯父さんに言われた、こいつを名代として派遣したって言葉をうっかり忘れてた。まずい、なんの対策も立ててない状態で、会っちまったよ。ど、どうする。

「まあなんですの、その態度は! 私がどんなに心配していたか……」
「いや、まあ、ナタリア様……ルーク様は照れてるんですよ」

 ナイスだ、ガイっ! 親友のフォローに称賛を送る俺だったが、ナタリアは止まらない。

「ガイ! あなたもあなたですわ! ルークを探しに行く前に私の所へ寄るよう伝えていたでしょう? どうして黙って行ったのです」
「俺みたいな使用人が城に行ける訳ないでしょう!」

 怒りの矛先が変わっただけだったけど、それでも俺に被害がないから良いことだ。

 頑張れ、ガイ。負けるな、ガイ。俺は心の中で声援を飛ばす。

 丁寧な口調ながらも威圧感を放ちながら、ナタリアがさらに詰め寄ろうとした瞬間、ガイが大きく後退る。それにナタリアがいつものように軟弱だと訴えて、ガイが悲鳴を上げる。

 毎度毎度の光景に、俺は引きつった笑みを浮かべる。さすがのガイもナタリアには形無しだ。ほんと、ある意味最強だよな、こいつは。

 しかし、このまま放っておいてもいいのだが、さすがに俺を庇おうとした相手を見捨てることもできんよなぁ。

 俺は頃合いを見計らって、二人の間に割って入った。

「まあ、アレだ。そう言ってやんなよ。ガイにも立場ってもんがあるしな」
「わかってますわよ! ただ、私は使用人としての心構えを……」
「だぁーわかってるよ! とりあえず、アレだ」

 尚も言い募るナタリアの言葉を遮って、俺はその言葉を告げる。

「ただいまだ、ナタリア」
「……ええ。お帰りなさい、ルーク」

 満面の笑みを浮かべて、ナタリアも言葉を返してくれた。その笑顔はやっぱ綺麗で、こいつは美人なんだと改めて思う。

 それでも、俺はこいつを前にすると、一歩引いてしまう自分を感じる。

 別にこいつが嫌いというわけじゃない。ただ、こいつは昔の俺を中心に、今の俺を見ている。ふとした拍子に、それがわかっちまう。

 なんというか……複雑な心境なんだよ。ほんと。

「それにしても大変ですわね。ヴァン謡将……」
「師匠がどうかしたのかよ?」

 突然の話題に、俺は思わず尋ねる。さっきも親父が師匠について聞いてきたが、なんかあるのか?

「あら、お父様から聞いていらっしゃらないの? あなたの今回の出奔はヴァン謡将が仕組んだものと疑われているの」
「はぁ? そりゃまた随分と……穿った考え方だな」

 あれが完全な事故だったってのは、現場に居たやつらには十分理解できたと思うんだが……あ。それでも現場に居たのは、まさに疑われている張本人の師匠と、言い方は悪いが、一使用人に過ぎないガイとペールの二人でしかない。そんな証言は、信用できないってことか? 

「それで私と共謀だと……」

 自分が大きく関わっている話題に入ったせいか、ティアが深刻そうに目を綴じる。

「あら……そちらの方は……?」

 そこで初めてティアの存在に気付いたのか、ナタリアが顎に手を添えて、首を傾げる。続いて、突然なにかに思い至ってか、衝撃に目を見開く。

「──はっ!? まさかルーク! 使用人に手をつけたのではありませんわよね!」

 一瞬、時が止まった。

「な、なななな、なにを言いやがるかなぁお前は!? て、手なんか出すかぁ!!」
「そ、そそ、そうです違います! えっと違うの! だって違うもの! だから違うわ!」

 二人揃って動揺しまくる俺たちに、ナタリアの視線が猫のように鋭くなる。

「あ・や・し・い・ですわ」
「そ、そもそもだ! こいつは使用人じゃねーの! ただの師匠の妹だ。師匠のい・も・う・と! 手なんか出してない! つぅーか出せるか! 全部お前の勘違い! わかったか!?」
「……ああ。あなたが今回の騒動の張本人の……ティアさんでしたかしら? た・だ・の・師匠の妹さんですか。わかりましたわ」

 妙にただの部分を強調、ナタリアはわかったと言いながらも、ティアに疑わしげな視線を送り続ける。

「……」

 それになぜかティアの方も黙り込む。時折俺の顔を伺うように、ちらちら視線を送ってくる。

 え、俺、なにか間違ったこと言いました? というか、なんで二人とも、俺を見んのよ? ど、どうする俺。いったいなにを期待されてるんだ!?

「そ、そんなことよりだ! 師匠はどうなっちまうんだ!?」

 思いっきり話題をもとに戻しました。

 後ろで面白がっていたジェイドに向けて、必死に目配せを送る。すると大佐はしょうがないと言った感じで肩を竦めながらも、その口を開いてくれた。

「ともあれ、姫の話が本当なら、バチカルに到着次第捉えられ、最悪処刑ということもあるのでは?」
「はぅあ! イオン様! 総長が大変ですよ!」
「そうですね。至急ダアトから抗議しましょう」

 って、流れで振った話題の割には、かなり深刻な状況だってのがわかったな。

「なあ、ナタリア。師匠は関係ないんだ。これは絶対確かだぜ。伯父さんに取りなしてくれねぇか?」
「……わかりましたわ。ルークの頼みですもの。その代わり」

 そこで言葉を切ると、ナタリアは頬を紅く染め、両手を顔の前に添えた。

「あの約束……早く思い出して下さいませね」

 約束。

 これもまた、俺が、どうにもナタリアに踏み込んで行けない要因の一つだ。

「ガキの頃のプロポーズの言葉か……どうだろうな。昔のことは、ほんと何一つ思い出せねぇままだからなぁ……」
「記憶障害のことはわかっています。でも最初に思い出す言葉があの約束だと運命的でしょう」

 運命的……か。確かに、言いたいことはわかる。

 それでも、俺としては、複雑な気分だ。

 ナタリアが今の俺ではなく、昔の俺を求めていることが、わかっちまう。俺みたいな奴が誰かに好かれてるだけでも贅沢だってのは、十分わかってるつもりだが……それでも、なかなか割り切れないもんだ。

「約束はともかく、師匠のとりなし、頼んだぜ」
「もう……意地悪ですわね。でも、わかりましたわ」

 ぎこちない表情を悟らせないように、必死に顔を笑みの形に整え、俺はもう一度頼んだ。

「本当に頼んだぜ。それじゃ、またな、ナタリア」
「ええ、さようなら、ルーク。それと、使節の皆様」

 律儀に全員に挨拶すると、ナタリアは去って行った。

「……ナタリア様って綺麗な人。可愛いドレスも似合うし……やっぱり……」

 ティアがナタリアの去っていた方向を見据えたまま、なにやらつぶやいている。

「まあ、整った容姿してるのは認めるけどよ……ってか、ティアはああいうドレスが好みなのか? ちょっと意外だな」

 なんとなく声を掛けると、俺に聞かれていたことがよっぽど意外だったのが、ティアは激しく動揺する。

「そ、そんなことないわ。そ、それより、早く奥さまのところに向かいましょう。きっと心配していらっしゃるわ」
「あ、ああ。まあ、確かにそだな。行くか」

 すごい必死に言い縋るティアの剣幕に押されて、なんとなくそれ以上尋ねることができなかった。最近、ティアの考えがよく理解できん。そんなに好みの服を知られることが嫌なのか? むしろ俺が嫌なの……

 これ以上考えるとろくでもない結論が出そうなので、思考を放棄する。
 まあ、なんにせよ、女心は俺には理解できませんね……。
 馴れ親しんだ屋敷の廊下を歩きながら、俺は軽くため息をついた。




             * * *




 寝室で横になっていたおふくろは、少し顔色が悪そうだったが、しかしそれだけだった。実際会うまで心配だったが、この分なら親父の言ってた通り、大したことはなさそうだ。

「おお、ルーク! 本当にルークなのね……。母は心配しておりました。おまえがまたよからぬ輩にさらわれたのではないかと……」

 いつものごとく少し大げさなおふくろの言葉に、俺は苦笑を浮かべながら宥める。

「大丈夫だって。こうして帰ってきたんだし、泣くなよ、おふくろ」

 目元を拭うおふくろの様子に、ティアが顔を強張らせ、少し堅い表現で謝罪する。

「奥様、お許し下さい。私が場所柄もわきまえず我が兄を討ち倒さんとしたため、ご子息を巻き込んでしまいました」
「……あなたがヴァンの妹というティアさん?」
「はい」
「……そう。では今回のことはルークの命を狙ったよからぬ者の仕業ではなかったのですね」
「ローレライとユリアにかけて違うと断言します」

 胸の前で、ローレライ教団の聖印を切る。

「ありがとう。でもティアさん。何があったか私にはわかりませんがあなたも実の兄を討とうなどと考えるのはおやめなさい。血縁同士戦うのは……とても悲しいことです」

 事情を知らないながらも、いや知らないからこそ、本当に真っ直ぐなおふくろの言葉に、ティアは一瞬顔を苦しげに歪めると、最大限の言葉を返す。

「お言葉……ありがたく承りました」
「ルーク。おまえが戻ってきてくれたんですもの。私は大丈夫。皆に顔を見せていらっしゃい」
「わかった。……おふくろも、もうちょっと安静にしてろよ」
「はいはい。わかっています。親子そろって、心配性ですね」
「……親父と一緒にするのは勘弁してくれ」
「はいはい。わかっていますよ」

 すべてを見透かすように、おふくろは鉄壁の微笑みを浮かべている

 ……やっぱりおふくろには勝てんね。それ以上の訂正を諦め、俺達はその場を後にした。


 その後もラムダスやペール、屋敷のメイドや執事連中に挨拶して回るうちに、いつのまにか外では日が暮れていた。


「じゃあ俺行くわ。お前の捜索を、俺みたいな使用人風情に任されたって白光騎士団の方々がご立腹でな。報告がてらゴマでもすってくるよ」

 ガイがそう切り出したのを機に、皆が一斉に別れの言葉を告げる。

「僕たちもそろそろ、おいとましますね。ルーク、これまで本当にありがとうございました」
「あなたという人間は、なかなか興味深かったですよ。陛下への仲介、感謝します」
「ルーク様。結構楽しかったですよ。イオン様と仲よくしてくれて、ありがとうございました♪」

 皆の言葉に、俺も笑って別れを告げる。

「そっか。いろいろ厄介事ばっかの道中だったけどよ。まあ、そんなに悪い旅でもなかったぜ。いつかまた、会えるといいな」

 それに、全員が頷きを返してくれた。湿っぽい別れは嫌いだし、こんな別れがあってもいいよな。

「──じゃあな」

 そして、俺と皆は別れを告げた。

 そんな風にイオン達が去って行った後、一人タイミングを逃したのか、未だ部屋に残っているティアに、俺はなんとなく視線を向ける。すると、彼女が少し慌てたように口を開く。

「わ、私もモース様に報告があるから、そろそろ行くわ」
「あ……ああ……そっか。わかった」

 なんというか、ティアに掛ける言葉が、どうも見つからない。
 思えば、こいつが屋敷を襲撃したことが全ての始まりだったわけだ。

「優しいお母様ね。大切にしなさい」
「へへっ。おまえに言われるまでもねぇよ。おふくろは、家じゃ最強だからな」
「ふふ……そうなの」

 最初の頃を考えると、ティアとこうして笑いあうような関係になれるなんて思ってもみなかったよな。

「……」
「……」

 なんとなく、沈黙が部屋に続く。それは別に、居心地の悪い類のものではなかった。

「それじゃ……そろそろ行くわね」
「あ、ちょっと待てよ」

 扉に近づいたティアに、俺は言い忘れていたことを思い出す。

「……何?」
「あんま気にすんなよ。おふくろが倒れたのは、元から身体が弱いだけだからさ」

 だから気にするな、と俺はひらひら手を振って、なるべく軽く聞こえるように告げた。

 一瞬ティアは目を見開いたかと思えば、すぐに顔を背け、こちらに背を向ける。

「……ありがとう、ルーク」
「こっちこそ……ありがとな、ティア」

 背中越しに言葉を交わし合い、それでも確かな繋がりを感じながら、こうして俺と彼女は別れた。


 かくして、俺はバチカルの屋敷へと帰り着き、本当の意味での帰還を果たした。

 振り返ってみれば、いろいろとあった事は確かだが、それでも悪くない旅だった。

 これで王都の外へ出る機会は当分ないだろうと、このときの俺は思っていた。


 翌日、その考えは完全に裏切られる事になる。


 和平締結の条件として掲げられた、障気に見舞われる街、アクゼリュスへの救援要請。その親善大使に、俺は任命された。この旅には、昨日別れを告げたはずのジェイドやティア、そしてガイや師匠までもが同行するという。

 戸惑う俺に、親父や伯父さん、城の高官達、誰もが告げる。

 全ては、スコアに詠まれていたことだと───

 英雄となれ、ルーク。

 師匠に船上でかけられた言葉が、蘇る。

 あかされた事実に、なぜか俺は──吐き気が、こみ上げた。




 確定された世界の流れは、どこまでも残酷に、人の意志を押し潰す。

 観測されし崩壊の時は、近い───




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  1. 2005/09/29(木) 18:00:44|
  2. 【家族ジャングル】  第三章
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─第一幕、鳴り響く開幕の鐘─


 結局のところ……あの赤毛が他の可能性と比べてあれ程までに変質しちまったのも、やつらとの出会いがすべての始まりだったんだろうな。

 なんでも人間ってな生き物は、環境によっていくらでも変化するらしい。

 もともと備わってるような性質ってもんは変わらんらしいが、それでも確実に、自分ってもんと関わりある存在に影響を受けるのだそうだ。最初から固まっちまってる俺らみたいなのからすれば、なんとも奇妙な話に聞こえるがな……。

 これからする話は、そんな環境に影響を受けた、赤毛の愚か者に起きた変化の話だ。

 同時に、観測以前にすべてが確定されちまってる、結末のわかりきった退屈な過去の記録にすぎない。

 登場するやつらはどいつもこいつも、甘ったるいぬるま湯に漬かり切ったような日々が、いつまでも続くもんだと信じて疑わない。

 だから誤魔化しなど許さない決定的な変化が訪れたときも、当然の帰結として、結局なにも成し遂げることができなかったような愚か者だけが残された。

 胸がかきむしられるような慟哭も、滑稽すぎて笑い出したくなるような喜悦も、すべてはそんなどうしようもない結末に至るための、とうに分かり切った道化芝居にすぎなかったわけだ。

 けれど、そんな絶望的なまでに愚かしい環境からの影響を受けたっていうのに、あの赤毛は今も必死に足掻き続けている。

 かつて自身の体験した道化芝居から目を逸らさず、ただ意地だけを頼りに、歯を食いしばってやせ我慢を続け、ついにはすべてを飲み込んだ──そう、あいつはそんなバカなのだ。

 これはそんなどこにでも居るバカが、目も覆いたくなるようなやせ我慢を続けた結果、より底抜けのバカになるまでの過程を綴った話し──

 すべての切っ掛けとなった、とある出会いから始まるおはなしだ。

 少しばかり耳を澄ませてみて欲しい。ほら……開幕のベルが聞こえて来ないか?

 どうしょうもなく笑えて、滑稽で、泣き叫びたくなるような──

 
さぁ──喜劇の幕開けだ。
 






















Tales of the Abyss



~家族ジャングル~























──むかしむかしのおはなし──























……音素はただそこにあるだけでは、その結びつきを解かれ、乖離していく存在だ。第一~第六までの音素もまた同様で、発揮された力は時間とともに消え失せる。つまりは、瞬間的な《現象》を具現化させる力と言えるだろう。対して、第七のみが他の音素と一線を画した力を発揮する……

  ──『音素概論』──























 【不良神官】



 僕は今日も今日とて暇が過ぎる職場に乾杯を上げる。

 ぐびぐびっと喉を鳴らしてビールを飲み干す。うまい、うまいねぇ。職場で飲む酒がやっぱ一番うめぇーよ。

「かぁー! ったく、酒でも飲まねぇーとやってらんねぇーな」

 僕は蒼天を仰ぎながら酒をかっこむ。座っている椅子は、教会前に設置されてる衛視小屋から引っ張り出したものだ。周囲を通りすぎる街の人々が、僕の姿を目に留める。

 大半は苦笑を浮かべて通りすぎるか、嫌そうに目を逸らすかのどちらかだ。

 ここで僕の職業を紹介しておこう。僕はキムラスカ・ランバルディア王国の首都バチカル駐在の教団武官の一人だ。つまりは神に仕える身の上なんでございます。がーっははははっ!

 酔っぱらった頭が笑えと命じるままに従って、僕は腹捩らせて笑いまくるのです。

「真っ昼間から酔っぱらうとはいい身分だな、アダンテ」

 いつのまにか気配も無く、すぐ側に立っていた銀髪の男が僕の名前を呼んだ。

「ん? なんだギンちゃんじゃねぇーか。僕に会いに来たの? でもだめだぜ。いま営業停止中。窓口は締め切られましたってか。がーっはっはっはっはっ!!」

「こ、この酔っぱらいが……っ!」
「お、押さえるでヤンス、親ビン」
「そうよ。こんな酔っぱらいに突っかかってもしょうがないわよ、リーダー」

 ん? と視線を横に滑らせると、ギンちゃん意外にも二人の人影が目に入る。一人は背の低い筋肉質の男で、もう一人は色っぽい姉ちゃんだ。ああ、いつ見てもいい女だよなぁ。でもギンちゃんに惚れてるみたいだから、手を出さないけどね。

「それでギンちゃん、どっかしたの?」
「ギンちゃん呼ぶなっ!」

 なぜか怒鳴るギンちゃんに首を傾げる。どってそんなに怒ってるのさ?

 わなわなと腕を震わせながら、ギンちゃんが両隣に立つ二人に目配せをする。

 ささっと動いて、三人が構えたところで、彼らがなにをするのかようやくわかった。

「闇を切り裂くサーベルタイガー、ギンナル!」

 背後で音素が緑色の光を撒き散らし、風が巻き起こる。

「闇に地響きナウマンゾウ、ドンプルでやんす!」

 背後で音素が黄土色の光を撒き散らし、小石が跳ね上がる。

「闇夜に羽ばたく吸血コウモリ、ユシア!!」

 背後で音素が青色の光を撒き散らし、水滴が滴り落ちる。

『我ら! 最強戦団、漆黒の牙!!』

 びしっと決め台詞を放った三人組に、僕は拍手で応えた。

「がーはっはっはっ! そうだったそうだった。漆黒の牙でした。
 ──で、何の用さ、ギンちゃん」

「こ、こいつは……」

 再び呻き始めるギンちゃんを、両隣の二人が押さえる。

「親ビン、ここはひとまず用事を先に澄ませた方がいいでヤンス」
「そうよ、リーダー。ぐずぐずはしてられないわ」
「そ、そうだったな」

 おや? いつもならこのネタで三十分は潰せるのに、今日はいやに割り切りが早いな。

「ほんとどうしたんだ? なんか随分焦ってるみてぇだけどよ」
「実はだな、お前を見込んで頼みがある」
「へっ、頼みだって?」
「そうだ。ユシア」

 呆気に取られる僕に応えて、ギンちゃんがユシアに目配せをする。

 頷いたユシアがなにやら背後から手を引いて連れてきたのは、一人の子供だった。わけがわからずきょとんと見つめるしかない僕に向けて、そのガキは少しくすんだ真紅の長髪を揺らしながら、性根の腐ってそうな目で睨み返してきた。

 子供を目にした瞬間、僕は事態を把握した。

「ギンちゃん……ちゃんと認知してやるんだぜ?」
「ああ、わかってる責任はとる──じゃねぇっよ! こいつは俺の子供じゃない! ドンプルもあっさり信じるな! ユシアも泣きそうになるよ!」 

 乗り突っ込みするギンちゃんに僕は馬鹿笑いを上げた。マジで腹がよじれるわ。

「くっ……ともかく、アダンテ。こいつを家に送って行って欲しいんだ」
「へ? なんでまた僕? 家に送るぐらいギンちゃん達でもでできるだろ?」

 あんまりにもからかい易い性格に忘れがちだが、漆黒の牙は名実共に最高技量を誇る貴族専門の窃盗集団だ。俗に言う義賊である。

「実はだな……仕事先でこいつに見つかってしまってな」
「このおっさんが、まちをあんないしてくれるのか?」

 ギンナルの言葉を遮って、性根の腐ってそうなガキが僕を不審そうに見やる。

「とまあ、そんなわけだ」
「……どういうわけだよ?」

 僕がちょっと声を低くして尋ねると、ギンちゃんがだらだら汗を流しながら弁解する。

「いや、じつは見つかっても騒がない交換条件として、街を案内しろと言われてな」
「そんな要求のんだのかよ」

 言下にそんな口約束は破っちまえと言ったのだが、ギンちゃんは即座に否定を返す。

「いや、俺は交わした約束は破らない。誰が相手でもだ。これだけは、絶対譲れん」
「親ビン……」
「リーダー……」

 ギンちゃんの断言に、配下二人も感動したように声を震わせる。

 まったくギンちゃんはバカだよなぁ……でもま、そんなやつだから、僕みたいな不良神官と親交があるわけだけどさ。

「しょうがねぇーな。他ならないギンちゃんの頼みだ。引き受けるよ」
「おお、ほんとか。ありがたい。感謝するぞ、アダンテ」
「今回だけだぜ、こんな無茶なお願い聞くのはよ」
「わかってる。この借りはいつか返そう」
「がーはっはっはっ! まあ、無期限利子無しで、いつまでも待ってるぜ」

 律儀な答えを返すギンちゃんに、僕は笑い返す。

「リーダー、そろそろやばいよ」
「む、そうか」

 なにやら袖を引っ張られて、ギンちゃんがかなり真剣な顔になる。

「どったの? ああ、もしかして仕事終わったばっかりなのか」
「そうだ。なるべく穏便に帰せる方法があるとしたら、やはり教団の人間が送り届けるのが一番怪しくないだろうと思ったんだ」

 確かに、子供が抜け出したのを『保護』したって言って一番受け入れられ易いのは、教会の人間だよな。

「それでは、我等は去る。坊主、このおっさんが街を案内して、家まで送り届けてくれるだろう」
「えーっ! ギンナルもういっちゃうのかよ! いっしょにまちみようぜ!」
「そう言うな。お前が信じる限り、漆黒の牙は不滅。いつか出会うこともあるだろう」

 駄々をこねるガキに、ギンちゃんが不敵に笑いかける。相変わらず子供に好かれるよな。

「さらばだルーク!」

 うるうると目尻に涙を溜めるガキを後に残し、ギンちゃんがばさりとマントを翻す。同時に巻き起こる突風が視界を覆い隠す。

 次の瞬間には、漆黒の牙の姿は跡形もなく消え去っていた。

 ほんと何回見ても、凄まじい移動の速さだよなぁ。

 感心していると、さっきまで強気だったガキが僕の方に向き直る。

「そ、それでおっさんがまちをあんないしてくれるのかよ?」

 どこか弱気を滲ませる物腰に、さっきまでの態度が虚勢にすぎないことがわかった。小憎たらしい口聞いても、なんだかんだ言って子供は子供だな。

 いけ好かないガキだっていう第一印象が、まだまだ子供に変化する。

「な、なに、ニヤニヤしてんだよ。こたえろよ!」
「がーはっはっはっ! わかったわかった。これもなにかの縁だ。教団は出会いを大切にすんだ。街のなかでも、お前が一番楽しめそうなところに案内してやるよ」
「ほ、ほんとかぁー?」

 さっきまでの不貞腐れた態度から一変して、目を輝かせる。身長、体格からして12歳ぐらいか? どうも見かけと違って、子供子供してるやつだな。

「ああ、本当だ。ついてきな。僕の特選スポットに案内してやるよ」

 不敵に笑いかけ、僕は子供を連れて、街へと繰り出すのであった。




【金髪奉公人】




「ルーク様を探せ……ですか?」
「そうだ」

 俺は自分の雇用主たるファブレの旦那が告げた言葉が信じられなくて、思わず命令を繰り返していた。

 俺の名はガイ。とある理由から、キムラスカ王国でもそれなりに名の通った大貴族にあたるファブレ家に仕える奉公人だ。今のところは屋敷の一人息子であるルークの世話役兼、遊び相手として日々の雑事をこなしている。

 ルークの誘拐事件があってから、旦那は俺に対していろいろな用事を言いつけるようになった。誘拐されて記憶を失ったルークを見捨てずに、世話をし続けた俺のことを妙に信頼してしまったようだ。少し、胸が痛いね。

 おっと、それよりも今は旦那さまの話しだ。

「いったい……どういうことでしょうか?」

 誘拐事件があってから、ルークは屋敷に軟禁されている。探すもなにも、屋敷から出ることは不可能なわけで、言われたことがよく理解できなかった。

 しかし旦那の言葉に嘘は無いようで、どこまでも真剣に頷きを返す。

「どうやったのかはわからないが、やつは屋敷を抜け出して街に向かったようでな。お前にはやつを連れ戻してほしい」
「白光騎士団の方々に任せるわけにはいかないのでしょうか?」
「駄目だ。それでは騒ぎが大きくなりすぎる。あくまで、お前がついている状態で、やつはお忍びで街に繰り出したにすぎない。表向きは、そういう筋書きとなる」

 なるほどねぇ。確かに屋敷の外に騒ぎが知れたら、とんでもない事態になるかもな。

「それでは、ルーク様の居所には、だいたいの検討などはついているのでしょうか?」
「うむ……それなのだが……」

 なぜか言いよどむ旦那に、俺は相手に気付かれない程度に眉をしかめる。なにか言葉にしにくい理由でもあるんだろうか?

「──に居るようなのだよ」
「はい?」

 かなり失礼な行為だったが、俺は思わず間の抜けた声を上げしまった。

 だが旦那もそれについては咎めずに、同じ言葉を繰り返した。

「やつは、孤児院に居るようなのだ」

 俺は呆気にとられて、口をポカンと開いて固まってしまった。




【赤毛小僧】




「このやろー!」
「なにくそっ!」

 オレは掴みかかってくるそいつの拳を引きつけるだけ引きつけて、限界ギリギリで身をかわす。そのとき左足をわずかに残し、相手の足を引っかける。

「あっ──」
「へっ──おそいぜっ!」

 振り抜いた拳が相手の顎を直撃する。頭を揺らされたそいつは、へなへなとその場に尻餅をついた。追撃をかけようとするオレに向けて、そいつはあわてて両手を上げた。

「ま、まいった!」
「へへっ。どんなもんだ?」

 周囲をとりまいていた連中が、一斉に歓声を上げる。

「すっげぇー。かったよ」
「かっこいー」
「なにかぶじゅつでもやっているんでしょうか」
「すごいわぁ~」
「くっ、くそ、負けたぁ!」

 オレは鼻の下を擦って、得意気に胸を張る。

 オレの名はルーク。王国の貴族、ファブレ家の嫡男だ。誘拐されたショックで、キオクショウガイとやらにかかって、昔のことが思い出せなくなってから屋敷の中だけがオレの世界だった。

 でも今日、オレは見知らぬ人物が屋敷の中を歩いていることに気付いた。そいつに近づいて見てみると、なんとそいつはマントをしてたんだ。その瞬間、オレにはわかった。そいつはオレを屋敷の外に連れ出してくれるヒーローだってことに。

 漆黒の牙のリーダー、闇を切り裂くサーベルタイガー、ギンナルは、オレの頼みを笑って聞き入れ、あっさりとオレを屋敷の外に連れ出してくれた。残念なことに、屋敷の外まで連れ出すと、ギンナルは帰ってしまった。きっと活動時間が限界だったんだろうな。

 そんなギンナルに変わって、今はアダンテとかいうおっさんがオレに街を案内してくれている。ギンナルと違って、なんだかだらし無いおっさんだが、悪いヤツではないようだ。街を行き交うほんとんどの人が、アダンテに向けてあいさつをしていた。

 街を見て回った最後の場所として、オレと同い年かもっと下の連中が集まってる孤児院とかいう場所に連れてこられた。物珍しげに見ていると、そこに居た連中のなかでも一番年長のやつが、突然オレに喧嘩をふっかけてきやがった。

 周囲のはやし立てる中、喧嘩を買ったオレは見事にそいつを叩きのめし、今や歓声に包まれているというわけだ。

「これからは、あいてをみてけんかをうるんだな!」
「くっ……」

 悔しげにうなだれるそいつに、オレはガイから聞いた喧嘩に勝ったときの決め台詞を初めて使った。

「おれのなまえはルークだ。そのむねにこのなをきざめっ!」
「くそっ! おぼえてやがれよ!」

 かけ出していくそいつに向けて、オレは指を突き付けて名前を告げた。

「ルーク兄ちゃんすげぇ! あいついつもいばってたけど、だれもかてなかなったんだぜ」
「アニキってよんでいいー?」
「なかなかの腕だということは認めましょう」
「ルーク兄さまかっこいい~」

 はやし立てる皆の言葉に、オレはちょっと戸惑いながら、くすぐったいものを感じて鼻を擦った。




【金髪奉公人】




「ごめんくださ~い」

 俺は家の塀あたりから声をかける。だが住人は家の中に引っ込んでしまっているのか、声が返ってくる様子はない。どうしたもんかと頬を掻いていると、突然肩を叩かれる。

 反射的に腰の刀を抜き放ちそうになるのを必死で堪え、顔を上げる。

「家に何か用かい?」

 金髪の長髪を無造作に背中に流した、白い鎧をまとった男が微笑んでいた。どうにも戦意が削がれるというか、人の良さそうな顔の造りをしている。だが、その物腰からかなりデキルことが伺えた。

「いや、その実は、うちの坊ちゃんがお邪魔してるって聞いて、迎えに来たんです」
「え? そうなのかい? なら一緒に来なよ。おーい、帰ったよ~」

 俺の答えも待たずに、その人はずんずん家の中に入って行ってしまう。

 初対面の相手に悪いかもしれないが、なんともボケボケした人だ。

「あら、お帰りなさい。ちょうどよかった。いまアダンテさんが来てるのよ。挨拶しときなさい」
「え、アダンテさんが? わかった。あ、そうだ。なんか子供が遊びに来てるとかって聞いたんだけど、迎えの人が来てるよ。伝えておいて」
「そうなの? わかったわ」

 ボケボケした人と話していた黒髪を肩あたりで切り揃えた女の人が、俺に笑顔を向ける。かなりの美人さんだな。

「いらっしゃい。でも、ちょっと待っててね。連中、裏庭で遊んでるみたいだから。もうすぐおやつの時間だから戻ってくるでしょうけど。そうだ! ちょうどいい。あなたもちょっと手伝って行きなさい。はい、これ運んで」
「へっ……はぁ」

 こちらの返事も待たずに、黒髪美人は台所から一方的に指示を飛ばす。俺も特に抵抗するでもなく、なんとなく彼女に促されるまま動いていた。

 ふと我に帰った頃には、キッチンから投げ渡される大量の菓子を受け取り、次々とテーブルに並べたてている自分に気付く。

 屋敷では味わったことない感覚に、なんとも言えない懐かしさを感じて、抵抗しようなんて気が起こらなかったのは確かだが……こんなことしてて、いいんだろうか? ほんと、どうしたもんだろうね。




【不良神官】




 僕はパラパラと本めくりながら、菓子の奪い合いをしている子供連中を見据えた。

 ぎゃあぎゃあと騒がしいもんだが、これこそ子供って感じがする瞬間だよな。

「アダンテさん。今日はどうしたんですか? 連絡無しに来るのって随分と久しぶりですよね」
「ん? そうだったか?」
「そうですよ。でもアダンテさんなら、いつでも大歓迎ですけどね」

 ボケボケした笑みを浮かべるこの男は、見かけとは裏腹に、孤児院の運営費を実質一人で稼いでいるに等しい、すさまじい漢だ。

「副院長さんにそんなこと言われると、僕としては毎日でも入り浸りたくなっちまうぜ」
「え、ま、毎日ですか? そ、それはさすがにちょっと……」

 正直すぎる答えるに、僕は笑い声を上げてしまう。

「がーはっはっはっ! それこそ副院長さんだ。いつまでもボケボケで居てくれよ」
「え、は、はい」

 律儀に答える副院長の背中をばしばし叩いて僕は笑った。

「ちょっとアダンテさん。うちの人をからかわないでくれる?」
「おっと、院長さんにはさすがの僕も敵わないからな。副院長弄りはこんぐらいにしとくよ」
「お、俺って弄られてたのか……?」

 なんだか落ち込んだ様子で肩を落とす副院長を無視して、院長が僕に向き直る。

「アダンテさんの連れてきた子……どうにも危なっかしい子ね」
「だろうな。なんでも、生まれてからずっと屋敷に監禁されて育ったらしいからな」

 その言葉を聞いた瞬間の心境が思い出されて、僕は胸くそ悪さに拳を握りしめる。

「そう……だから……」
「ん? どういうことだ?」
「普通なら知ってるような知識が、随分と抜け落ちてるのよ。目の前に出されたお菓子に、あの子不思議そうな顔をしてたわ。きっと同年代の友達と一緒に食卓を囲むってことも、その話を聞く限りじゃ初めての経験なのかもね……」
「……」

 あまりの胸くそ悪さに、僕は押し黙る。まったく、どうしょもない貴族も居たもんだ。

「あ、そう言えば、迎えの人が来てたけど、どうしてる?」
「ああ、彼ならあそこでみんなの面倒見てくれてるところよ」

 院長の示した先に、金髪を短く刈り込んだ少年が戸惑いを浮かべながら、子供の相手をしているのが見えた。

「ふむ。迎えが来たのか。さすがだな。やっぱそろそろ帰さんとヤバイか」
「なによ、アダンテさん。ヤバイって……誘拐でもしたの?」

 眉をしかめる院長の言葉に、僕は笑って答える。

「さてな。まあ、あんまり口出せない類のもんだよ」

 菓子の争奪戦を繰り広げているルークの下へ、僕は歩み寄るのであった。




【赤毛小僧】




 オレは大満足で街の見学を終えた。孤児院で遊んでる途中で、ガイのやつがオレを迎えに来た。なんでも親父が心配してるらしい。まったくうちの親は心配性だよな。

「ほうほう。お前がルークの家の迎えかよ?」
「そうですが、あなたは?」
「僕は教団の人間で駐在武官の一人をやってるアダンテってもんだ。街中で一人うろついてる子供を発見して保護した。ファブレ家の赤毛は有名だからな。すぐに貴族の子供だって気付いたぜ」
「あ、なるほど」

 なんだか二人は帰り道の途中で、ずっと難しい話をしていた。よく理解できないからつまらなくてしょうがない。天空滑車に乗って、しばらくするとすぐに屋敷についた。あんなすぐ側に、あんなに面白い場所があるなんて初めて知ったよ。

 絶対また抜け出してやる。オレは胸の内で硬く決心するのであった。

「ルーク……無事だったか」
「あ、ヴァンせんせー!」

 屋敷の門の前に控えていた師匠の下に、オレは駆け寄った。

「ガイもご苦労だったな」
「ほんと疲れましたよ、ヴァン謡将」
「ところで、そちらの方は?」
「教団のバチカル駐在武官の一人で、アダンテと仰る方です。なんでも街をうろついていたルーク様を保護してくれたそうで」

 師匠はガイの話を聞くなり、アダンテのおっさんのほうに向き直る。むぅ……いろいろと話したいことがあったのに、師匠はオレに視線を向けてくれないぜ。

「ルークを保護して下さったそうで……あなたにスコアの導きがあらんことを……」
「いや、僕は迷子を保護するって一般的な行動をとっただけですよ。スコアとかはあんま関係ないですね」

 アダンテのおっさんの言葉に、師匠が片眉を動かす。あれは師匠がなにか面白いものを見つけたときの癖だ。でもおっさんのなにがおもしろかったんだろ?

「ほう……あなたは教団の人間なのに、スコアを関係ないとおっしゃる?」
「うんにゃ、盲信してないだけですぜ。だからそんな怖い顔で睨むのはやめて欲しいもんです」
「ふっ……いずれ、あなたとはもっと会話を交わしたいものです」
「まあ、僕の部署はすんごい暇してますから、いつでも来て下さいや。物好きな総長さん」

 おっさんと師匠のやり取りに、ガイが小声で囁く。

「なんか、あのおっさんすごいな。ヴァン謡将と会話して、あれほど自然体の人は初めてみたよ」
「むしんけいなだけじゃねぇーの」
「は、ははは。まあ、その可能性も十分考えられるのが、あの人の恐ろしいところだな」

 なにやら引きつった笑みを浮かべるガイに、オレはわけがわからず首を傾げる。

 ともあれ、この日初めてオレは屋敷の外の世界を知った。

 その後も何度か屋敷を抜け出そうと頑張るうちに、コツを掴んだオレは好きなときに屋敷から抜け出せるようになった。

 この日を境に、オレの世界は急激な広がりを見せていった。

 アダンテのおっさんと話し、孤児院の連中とバカをやり、時々やってくるギンナルに引っついて歩く。

 いつまでも、こんな日々が続くことを、オレは疑いもしなかった。

 これはそんな──むかしむかしのおはなしだ。

 全てが崩れさる悪夢の日まで、この暖かくて、どうしょうもなく残酷なおはなしは続く。




 どうか──できるだけ長く、この日々が続きますように──



  1. 2005/09/28(水) 18:03:17|
  2. 【家族ジャングル】  第三章
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第2話 「雨、降リシキリ」



「―─―海は危険です」


 港に到着したところで、ジェイドは唐突に告げた。

 突然なんじゃらほいと思いながら詳しい話を聞くと、なんでも中央大海はオラクルの連中に監視されている可能性が高いらしい。それならどうするのか尋ねる俺に、ジェイドは言い聞かせるようにゆっくりと、その策を語った。

 海へおとりの船を出航させる。そして本隊は陸路でケセドニアに向かおうと。

 そんなにうまくいくのかよと疑問が浮かぶが、そんな俺の疑念にも、ジェイドは厭味なほど完璧な論理をもって答えてみせた。なんでもケセドニアから先のローテルロー海はマルクトの制圧下にあるらしく、船でカイツールへ向かうことは難しくないのだそうだ。

 確かに納得いくものだったが、問題は誰が囮になるかだ。

 囮であっても、敵にその認識はないのだ。本隊と見なされる以上、妨害工作が集中するのは目に見えている。
 沈黙が続くかと思われた瞬間。

「私がおとりの船に乗ろう」
「へ、師匠が?」
「私がアクゼリュス救援隊に同行することは発表されているのだろう? ならば私の乗船で信憑性も増す。神託の盾はなおのこと船を救援隊の本体と見なすだろう」

 言われてみれば確かに。説得力のある言葉だった。
 俺と大佐は使者として外せない人材だから除外するにしても、仮に他のメンバーが囮となった場合と比べるに師匠ほど重要視されないだろう。そう考えると、最初からジェイドは囮作戦を提案した時点で、師匠が適任だってことは当然わかっていたことになる。さらに言えば、他に選択肢はなかったことも。

 それをあえて志願したように見せるとは……なんとも底意地の悪い話だ。

 それとなくジェイドの様子を伺うと、俺の視線に気付いた大佐は、にやりと見透かしたような笑みを浮かべた。

 なんというか、ほんと底が知れないね、この大佐。

 呆れまじりに胡乱な視線を向けている間に、いつのまにか師匠は船に乗り込んでいた。
 甲板から俺たちを見据え、いつものように悠然と告げる。

「ではケセドニアか、さもなくばアクゼリュスの地にて、再び出会おう」

 健闘を祈る。最後にそんな言葉を残し、師匠は囮として王都を去っていった。

 かくして俺達は内陸をえっちらほっちら歩いて進み、アクゼリュスを目指さなければならなくなったわけだが。

「で、俺たちはどうやってアクゼリュスまで行くつもりなんだ、大佐さんよ。あそこまで周到に話を持って行ったんだ。なにか考えがあるんじゃないか?」

 ガイのもっともな問い掛けに、ジェイドが少し待てとばかりに眼鏡を押し上げる。

「なんにせよ、こちらは少人数の方が目立たなくてすみます。詳しい話については、後程改めて詰めることにしましょう。私は他の人々に話を通しておきますので、あなたたちは旅で必要そうなものを揃えておいて下さい。準備が整ったと判断したら、街の出口で合流しましょう」

 あえて詳しい内容は明かさずに、ジェイドは一方的に言い捨てると、その場を去った。
 なんとも言い様のない空気の中、残された俺たちの間をしばし沈黙が続く。

「……ジェイドの奴さ。結局、自分の考えに確信持てるまで外に出さねぇよな」
「そうだな。まあ、俺たち凡人には、大佐さんの深謀智慮は窺い知れないってことかもな」
「そこまで言う必要はないと思うけど」

 皮肉げに言い合う俺たちに、ティア一人が擁護するような言葉を放つ。
 それでも完全には庇いきれてなかったが、まあ、そこがジェイドの人徳ってやつなんだろうね。

「それよりも、準備を済ませましょう」
「だな。それじゃ、俺は必要そうな保存食材とか買い集めてくる」
「なら、私は回復道具を中心に店を巡ってみるわね」

 早速細かい打ち合わせを始めた二人に、俺は申し訳ないと思いながら手を上げる。

「あー……ちょっとすまん。悪いとは思うんだけどさ、街の知り合い連中に、顔出してきていいか?」

 てきぱきと話を押し進める二人に、俺はおずおずと申し出た。

「いきなり街から消えて、昨日帰って来たばっかだってのに、また居なくなるんだ。少なくとも無事だって知らせる意味も兼ねて、知り合いに顔ぐらい見せておきたいんだけどよ……やっぱ駄目かね?」

 否定されてもしょうがないと思いながらの申し出は、しかし意外と簡単に許可された。

「いいえ……そういうことなら、仕方がないわ。準備なら、私とガイで十分だと思うし」
「そうだな。前の旅で使わずに残った道具とかもかなりあることだし……いや、待てよ」

 突然、ガイがなにかを考え込むように顎に手を当てる。

「そうだ。折角バチカルに来たんだ。ティアもルークについて行きなよ」

 手をポンと打ち鳴らして、いいこと思いついたとガイが言う。
 話をふられたティアは、突然のことに困惑してか、俺とガイを瞬きしながら伺い見ている。

「えっ、でも……さすがに、ガイに悪いわ」
「いいっていいって。量的には俺一人で十分足りる。こんな機会は滅多に無いだろうし、二人で行ってきなって」

 そう言いながら、なんだか意味深な視線を俺に向けてきやがった。
 なんだよ? 意味がわからず首を捻る俺に、ガイは苦笑を浮かべる。

「ま、ともかく俺は大丈夫だから。さっさと行ってきなって」

 ここまで言われては、むしろ断る方が悪いと思い直してか、ティアも最後には頷いた。

「わかったわ。でも、ホントに大丈夫?」
「そうだぜ? 無理そうなら別に……」
「いいっていって。それじゃ、街の出口でまたな」

 ガイは強引に話を打ち切ると、呆気にとられた俺たち二人に苦笑を深めこの場を去った。
 ガイの不可解な行動に、俺達はわけもわからぬままその後ろ姿を見送る。

「なんだあいつ、突然……?」
「そうね……どうしたのかしら?」

 俺とティアはしばらく首を捻っていたが、このまま突っ立っていてもしょうがない。

「……行きましょう。時間はあまり無いわ」
「おう。それもそうだな。んじゃ行こうや」

 歩き出す俺たち二人に、後ろから呑気な声が届く。

「ご主人さまの街、楽しみですの~」

 ルンルン声を出すミュウと、ぐるぐる喉鳴らすコライガが俺たちの後ろに続く。
 あ、そういや、こいつらも居たっけ。わかった途端、理由のわからん物哀しさが俺を襲う。なんでだろうな……?

 ともあれ俺とティアの二人、そして小動物二匹は、バチカルの街を歩き始めた。




             * * *




「おや赤毛の若さまじゃないか。随分と久しぶりだね」

「なんだ、また屋敷を抜け出したのか、若さま。ほどほどにしとけよ」

「このクソガキがっ! またきやがったのか!? さっさと失せろ!! ……待て、連れが居るのか。こいつ持ってぎな」

「あらあら、なんだい今日はナタリア様じゃないのかい? 珍しいね。このパンでも持っていきな」

「きゃー。なにその子。可愛いー! 撫でさせて撫でさせて!! おばちゃん可愛いもの大好きなのよー!」

 道行く人々が、俺の肩や胸を叩き挨拶し、たまに食い物を押しつけていく。

「……」

 腕の中に抱えきれない程食べ物を抱えたティアが、呆れたような視線を俺に向けて来る。

「ご主人さま人気者ですの~」

 そういうミュウもティアと似たような状況だったが、全然堪えた様子はなく、むしろうれしそうだ。
 コライガは来る人来る人に撫でられまくって、乱れた毛並みを不快そうに何度も何度も繕っている。

 マジで、こういう歓迎の仕方は勘弁してほしい。俺は注がれる視線に、引きつった笑みを浮かべた。

「まあ、アレだな。あいつらも悪気がある訳じゃねぇんだ。勘弁してやってくれ」
「……別にいいけど。それより、さっきからどこかに向かっているようだけど……?」
「ああ。ちょっとな、顔見せときたい連中が居んだよ」

 それ以上は詳しく説明しないで、俺は足を進める。
 何度か路を曲がっているうちに、街のなかでも奥まった部分に行き着く。

「ここは……?」

 古くさい蔦に包まれた煉瓦造りの建物が、そこにあった。
 錆び付いた鐘の吊るされたアーチを潜った先に、小さいながらも整えられた中庭が広がっている。
 手作りのブランコやシーソーの上で、遊んでいた子供連中が、俺たちの姿に気付く。

「よっ、久しぶりだな。ガキども。元気にしてたか?」

 集中する視線に手を上げて応えた俺に、連中が一斉に声を上げる。

「ルークじゃん!」
「またきたのかよ! さっさっとかえんないとナタリアねえちゃんにおこられるぞ!」
「久しぶりっす! ルークのアニキ!」
「ルーク兄さま……こんにちわ」
「げげっ、ルークの野郎が来やがったのかよ! 帰れ! とっと帰れ!」
「ルークさんじゃないですか。お久しぶりです」

 一部俺に突進して来るバカも居たが、軽くあしらいながら周囲を見回す。
 居るのはガキどもだけで、肝心の人たちの姿が見えない。

「あん? 院長とかの大人連中は居ないのか?」

 子供の一人が手を上げて、得意そうに答える。

「は~い。副院長はまたでかせぎだって~。院長は買い物ちゅう~」
「そっか。……ちょっと間が悪かったかね」

 俺は額を掻きながら、とりあえず伝言を残しておくことにする。普段を考えれば、かなり長い間顔見せてなかった訳だから、これぐらいは必要だろう。

「二人に伝えといてくれねぇか? とりあえず元気にしてます。またそのうち顔出しますからって」

 俺の言葉に、その場に居たガキ共が一斉に答える。

「わかった~」
「まかせとけっ!」
「しょうがねぇーなぁ。ルークは」

 まあ、生意気な返事も混じっていたが、これだけ人数居る中で話したんだ。誰かから伝わるだろう。
 そんな伝言などもどかしいと言わんばかりに、瞳を輝かせた子供連中が俺に尋ねる。

「兄ちゃん兄ちゃん、ところでそっちの丸っこいのはなに?」
「ぼ、僕ですの?」

 うろたえたように耳を激しく動かしながら、ミュウが言葉を口にした。
 その瞬間、一同が押し黙る。


『ど、動物が喋ったぁ~!?』


 叫んだかと思えば、次の瞬間には揉みくちゃにされるミュウの姿が見えた。
 ガキ共の迫力に圧倒されるティアとコライガに目を向けて、とりあえず全員紹介しておくことにする。

「こいつはティアで、まあ俺の連れだ。ほんで、そいつはチーグル族のミュウ。こっちに居るのはライガのコライガだ」

 俺の紹介に、もう一匹小動物が居ることを知ったガキどもがコライガに突進する。苛立たしく喉を鳴らすコライガにも怯んだ様子を見せず、ガキどもは撫でまくる。

「す、すごい迫力ね……」
「まあ、こんなもんだろ。なんせガキだし」

 その後、しばらくの間ガキどもに揉みくちゃにされるミュウとコライガを眺めていた俺達だったが、時間的にそろそろ行かないと不味そうなことに気付く。

「ほれほれ、放してやんな。俺たちはそろそろ行くんでな」

『え~っ!』

 俺のとりなしに、ガキどもは不満そうに声を上げた。

「そのうちまた連れてきてやっからよ。ほら放せ」

 しぶしぶながらも解放される二匹が、俺の方にふらふらと駆け寄って来た。ミュウのやつなんかは泣きながら俺の胸に飛び込んだ。一方のコライガは苛立たしげに呻きながら周囲に放電し、草地に焦げ痕を残している。

 まあ、こういうのもいい経験だろう。

「そんじゃ、またな」
『じゃ~ね~』

 俺たちは煉瓦造りの建物──王立孤児院を後にした。

 少しの間、無言のまま俺の後に続いていたティアが、ポツリとつぶやきを発する。

「……少し、意外だったわ」
「まあ……なんのことかは言われなくても、なんとなくわかるぜ」

 俺が苦笑を浮かべると、ティアは少し顔を背ける。小さな声で、ごめんなさい、とつぶやいた。

「……みんな、随分とあなたに懐いているようだったけど、いつ頃から通ってるの?」
「まあ、かれこれ三~四年になるかね」

 確か初めて屋敷を抜け出したときも、ここに連れてこられた。
 その後も抜け出すたびに、遊びに来ていた。

「連中とは長い付き合いだよ……本当にな」


 かつて過ごした日々が思い起こしながら、俺は馴れ親しんだ路を進む。
 記憶とともに蘇る、胸の痛みをまぎらすように、一歩一歩、踏みしめるように歩いた。




             * * *




 街の出口まで行くと、そこには既にガイとジェイドの姿があった。

「悪い……ちょっと遅れたか?」
「いや、大丈夫だ。それよりもまずい事態になったぞ」

 顔をしかめながらガイの促す先に、昨日別れたアニスの姿があった。

「へ? アニス?」
「ルーク様ぁ!」
「うおっ!」

 突然腰回りに飛びついてきやがったアニスに、俺は転びそうになるのを必死に堪える。うっ、背骨がキツイ……。

「逢いたかったですぅ……でもルーク様はいつもティアと一緒なんですね……ずるいなぁ」

 アニスが抱きつきながら、俺と並んでこっちまで歩いてきたティアに視線を向ける。

「あ……その……よくわからないけど……ご、ごめんなさいね、アニス」

 俺には泣きまねしてるようにしか見えないアニスに、しかしティアは狼狽しきった様子で、真剣に謝っている。律儀というか、生真面目というか……。

「というか、こんな冗談いってる場合じゃないんじゃねぇのか?」

 呆れ果てた俺の視線に、アニスが慌てて身体を離す。

「そうなんですよ! それが……」

 今度は本気で泣きそうにながら、アニスは事情を語った。

 なんでも昨日まで居たはずのイオンの姿がどこにも見えないのだという。
 周囲に目撃情報を求めたところ、なんでも奇妙なサーカス風の衣装を来た連中と、イオンらしき人物が街の外へ向かうのを見た者が居たらしい。

「おそらくは漆黒の翼の仕業でしょう」

 ジェイドが推測を裏付けるように、バチカルの出入り口周辺で、兵士が同じような人物を見かけていたことを付け加えた。

 って、どえらい事態じゃねぇかよ!?

「た、大変じゃねぇか! こんな悠長に話してないで、とっとと追いかけようぜ!」
「それが駄目なのっ! 街を出てすぐのトコに六神将のシンクがいて邪魔するんだもん~」

 アニスのさらなる発言に、今度は俺たちの間にも緊張が走る。

「……まずいわ。六神将がいたら私たちが陸路を行くことも知られてしまう」
「ほえ? ルーク様たち船でアクゼリュスへ行くんじゃないんですか」
「いや、そっちはおとりだ。しかし……六神将が居やがるのか……」

 確かに、海だけを警戒するなんてのを期待するのは、さすがに連中を舐めすぎていたか。

「ジェイド、どうする?」

 集中する視線に、ジェイドがガイに目配せする。

「実はさっきまで大佐と検討してたんだが、いい方法がある。旧市街にある工場跡へ行こう。天空客車で行けるはずだ」
「工場跡?」
「ああ。確かそこから延びる排水口が外にまで繋がっている……はずだ」

 最後の最後で肩をすかしの言葉を放つ。

「はずって……あのな……」
「まあ、他に手段もないですし、とりあえずガイの言う通りにしましょう」
「……それしかねぇのか」

 ジェイドまで賛成するってことは、本当にそれ以外に手がないんだろう。

「しっかし廃工場ねぇ……どうなることやら……」

 このメンツで行く先々で問題ばっか起こっているような気がしてならないのは、きっと気のせいじゃないはずだ。

 嫌な予感をひしひしと感じる中、こうして俺たちはアニスを引き連れ廃工場へ向かう。

 どうかこれ以上厄介事が起きませんように……。



             * * *



 天空客車の降りた先は、薄暗い闇に包まれていた。
 ところどころ空いた天井の穴から射し込む日の光が、唯一の光源として、工場内が完全な暗闇に陥ることを防いでいる。


「で……だ。実際のところ、本当に排水口伝いに外に出れるんのかよ?」


 ここまで来ておいて、やっぱり無理だったなんてことになったら洒落にならん。
 睨む俺の視線を受けて、ガイが任せろと頷きながら工場の奥の方を指差す。


「バチカルが譜石の落下跡だってのは知ってるな? ここから奥へ進んで行くと落下の衝撃でできた自然の壁を突き抜けられるはずだ。ここの排水設備はもう死んでるが、それでも通ることはできるはずだからな」

 なるほど。それなりに目算はあるわけだ。しかし、なんというか。

「毎度毎度妙なことに限って詳しいよな、お前……」
「そうか? 自分でも耳に入ってきたことを記憶してるだけなんだがなぁ」

 謙遜したように掌を振るガイに、ジェイドが眼鏡を押し上げながら口を開く。

「いえ、あなたの知識はかなりの部分が体験に沿ったものです。それなりに誇っていいものだと思いますよ」
「そうよ、ガイ。実際私達は、こうして助かっているわ」
「そうだよ。ガイのおかげでイオン様のところに行けるんだし~♪」

 仲間連中に褒められて、さすがに悪い気はしなかったのか、ガイが照れたように頭を掻く。


「──そうですわ。ガイ、あなた意外と博識でしたのね」


 頭に手を置いたまま、ガイの動きが停まる。
 かくいう俺も動きを停めている。

 えー……ゆっくりと、落ち着いて、考えよう。今、聞こえた声は誰のものだった?

 一度目を綴じて、声のした方に向き直り、そこで瞼を開く。

 まったく日に焼けていない輝くような金髪がまず視界に映る。
 動きやすそうな外出着、頑丈そうなブーツ、おまけに背中に矢筒を背負った彼女がそこに居た。


「見つけましたわよ、ルーク」

 ナタリアは俺を逃さぬとばかりに、にっこりと微笑んだ。


「な、ななな、なんで、お前が、こんなところに……!?」
「決ってますわ。宿敵同士が和平を結ぶという大事な時に、王女の私が出て行かなくてどうしますの」

 動揺に震える指先突き付ける俺に対して、ナタリアは胸を張って答えやがった。

「ルークだけに任せてなんていられませんわ。だってあなた、少し抜けているところがありますもの」
「……って、アホか!! いきなり前線に出てくる王族がどこに居やがるよ!? そんなのは、後は判子押すだけで和平がなるような段階になってからの話だろう!?」 
「そ、それは、そうですけど……。こ、この私がわざわざついて行ってあげると言っているのですよ! 黙って連れて行きなさい、ルーク!」

 だぁー! もう、理屈にもなんにもなってねぇよ。……マジで勘弁してくれよ、ナタリア。

「それとも……ルークは私と行くのが……それほどまでに嫌なのですか?」

 さっきまでのツンケンした態度から一転、俺の顔を上目づかいで見上げて来るナタリアに、俺は本気で困惑する。

「だから、そういう問題じゃねぇだろ? 外の世界は……お姫様がのほほんとしてられる世界じゃないんだぜ?」

 最後の方は本気で心配になって訴える俺に、ナタリアが少し顔を背ける。

「それこそ……あなたがそんな外の世界に赴くというのに、私だけ黙ってなどいられませんわ」
「いや、そうは言ってもよ……」

 少し気押された俺の気配を感じとってか、ナタリアは俺の方に向き直って、畳みかけるように続けた。

「私だって三年前、ケセドニア北部の戦で、慰問に出かけたことがありますもの。覚悟はできていますわ」

 それなりに真剣な調子で言われた言葉に、さすがの俺も返す言葉が思いつかない。
 正直……まいった。こいつには借りがありまくるから、そこまで無下にはできない。


「慰問と実際の戦いは違うしぃ~お姫様は足手まといになるから残られた方がいいと思いま~す」
「失礼ながら、同感です」

 そこに丁度良く、アニスとティアが反対意見を述べる。
 俺はガイに視線を合わせ、説得を続けるよう頼む。

「ナタリア様、城へお戻りになった方が……」

 頷いたガイの宥める言葉を遮って、ナタリアがピシリと鞭打つように宣言する。

「お黙りなさい! 私はランバルディア流アーチェリーのマスターランクですわ。それに治癒師としての学問も修めました! そこの頭の悪そうな神託の盾や無愛想な神託の盾より役に立つはずですわ!」

 挑発的に言い放つと、アニスとティアに視線を向ける。

「……何よ、この高慢女! ツンケンみんなにトゲふりまいといて!」
「下品ですわね。浅学が滲んでいてよ」

 さすがにカチンと来て食ってかかるアニスと、迎え撃つナタリアが至近距離で睨み合っている。

「呆れたお姫様だわ……ルーク、もうあなたの好きにして」

 ティアが額を押さえて、本気で沈痛そうにつぶやいた。

「なんだか楽しくなってきましたねぇ」
「……だから女は怖いんだよ」

 ジェイドは端から傍観に徹しているし、ガイもトラウマが発動したのかブルブル震えている。
 もはや誰もが場の収拾を諦めてやがる。やっぱり、俺がなんとかするしかないのかよ。……なんか、泣けて来るな。

「あのな、ナタリア」
「なんですの? ようやく私を連れて行く気になりまして?」

 期待に満ちた顔を向けられても……俺にどうしろと?

「いや、そうじゃなくて……」
「ルーク。お願いします。私は王家の者として、アクゼリュスをこの目にしなければいけないのです。それに……このような機会でも無ければ、私は実際に外を見ることなど、二度とできないでしょう」

 これが最後の機会なのです、とナタリアはつぶやいた。
 それは……俺にも深く共感できる理由だった。


 結局のところ、ナタリアも俺も王族だ。
 そのうちバチカルという街から外に出る機会があったとしても、おそらくは少人数で気楽な旅路という訳にはいかないだろう。
 たとえこれが危険をはらんだ旅路であっても、ナタリアに巡ってきた、最後の機会なのだろう。

 結局……こいつからはどうやっても逃げきれないってことなのかね。


「ふぅ……しょうがねぇか。わかった。わかったよ、ナタリア」
「まあ、ルーク!」
「って、おい、引っつくな! 離れろって!!」

 首回りに手を回しやがったナタリアに、周囲からなにしてやがんだお前らと、軽蔑の視線が注がれる。マジで……勘弁してくれぇ。

 なんとかナタリアを引き離し、俺は喉をコホンコホンとならしながら、場の空気を整える。

「えー……ということで、ナタリアには来てもらうことになった」
「よろしくお願いしますわ。ルークがどうしてもと頼むので、仕方なく同行することになったナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアと申します。まったく、ルークは私が居ないと駄目ですわね」

 元気よくお辞儀しながらとんでもないこと口走りやがるナタリアに、ジェイド以外の全員が正気かと俺の顔を睨む。

「そういうことだったの……ルーク、見損なったわ」

 絶対零度の視線を伴う軽蔑の言葉がティアから放たれた。こ、怖すぎる……。

「ち、違げぇーよっ! こ、これはアレだ! そう! 高度な政治的判断とかっていうやつで……」
「……つくにしても、もうちょっとましな嘘つこうぜ、ルーク」
「うっせぇーよっ、ガイ! とにかく親善大使は俺なの! いいな?」

 俺の最終的な権力頼りの決定に、不承不承ながらも、皆が一応の同意を見せる。

「やー、さすがは親善大使殿の御決定。なかなかの英断ですねぇ」

 ジェイドが変な緊張感に包まれたその場を見回しながら、言葉を洩らす。
 こいつは本気で面白がってやがる。くそぅっ……この鬼畜眼鏡めっ!

 俺はまったく人事のジェイドに射殺すような視線を向けたが、もちろん大佐は意に介するはずもなく、そのまま悠然と歩を進める。


 ホント……いったい俺がなにをしたよ?

 雪だるま式に悪化していく状況に、俺は声なき声で、愚痴をもらした。




             * * *




 その後もジメジメした暗い路を進み行き、俺たちはなんとか外へ続く路に行き着くことができた。
 無論、王女のナタリアに対するいざこざは起こった。それこそ起こりまくって、何度も俺は泣きそうになりましたよ。

 しかし、少人数での行動って要因もあったんだろうが、皆で協力して進んでいくうちに、ナタリアもなんとかこの集団にも順応することができたようだ。


「それにしても……先程の魔物はいったいなんだったのでしょう?」
「この辺じゃ見かけない魔物だったなぁ。中身は蜘蛛みたいだったが?」
「廃工場だから……蜘蛛ぐらいいてもおかしくはないけれど……」
「油を食料にしている内に音素暴走による突然変異を起こしたのかもしれませんね」
「なんか油く臭くてサイテーでしたよ」


 今もさっき襲ってきた大物に対する推測を、あーだこーだと、みんなと一緒に話し合っている。
 というか……むしろ話しについていけない俺なんかより、よっぽど馴染んでいるとも言える。
 それ以上考えても、俺にとって哀しい結論しか出なそうだったので、頭を切り換える。


「あー……それよりも、そろそろ行かねぇか? あそこに見えてんの非常口だよな」

 俺は一段下に見えている、点滅する蛍光灯に照らし出された扉を指す。

「あれは……調べてみる価値はありますねぇ」

 ジェイドが周囲を探りながら、梯子を下ろして扉を検分している。
 後に続いた俺たちに向けて、軽く頷きを返した。

「当たりか。これでようやく地上だな……」
「はいですの、ご主人様。ここを抜ければ、あとは目指せケセドニア! ですの」

 最近成長が著しいコライガの上に跨がったミュウが、短い腕をえいやと振り上げる。その下でコライガが呼応するようにガルルと呻き、飛び跳ねる。

 ああ……ほんとこいつら仲いいよな。

 微笑ましい小動物二匹の言動に和む一同の中で、大佐が皆の手綱を引き締めるように一言付け加える。

「ケセドニアへは砂漠越えが必要です。途中にオアシスがあるはずですから、そこで一度休憩することになるでしょうねぇ」

 ケセドニア……またあの暑い所かぁ……。

「砂漠越えはキツそうだよなぁ……」
「そうですわね。ガイ、もしものときは私のフォローは頼みましたわよ」
「あのなぁ……俺には無理だってわかって言ってるだろ!」

 ガイの叫びに、ナタリアが俺の方を意味深に見やりながら言葉を繋げる。

「早くそれを克服していただかないと……その、ルークと結婚したときに、困りますもの」

 頬を染めながらつぶやかれた言葉に、アニスが挑発的な笑みを浮かべる。

「ルーク様はもっとず~っと若くてぴちぴちのコがいいですよねっ♪ 子供の頃に結ばれた婚約なんて、それこそいつでも破棄できますしぃ~」
「……なんですの?」
「何よぅ……!」

 睨み合う二人から一歩引いた場所に佇んでいたティアが、なぜか目を潤ませながら俺に叫ぶ。

「ルーク。あなたって……あなたって最低だわ!」
「そこで俺に話をふるのかよっ!」

 本気で収拾がつかなくなった場に、ジェイドがさっさと見切りをつけて先に歩き出す。

「さて、開錠できたことですし、なにやら忙しそうなルーク達はそっとしておいて、私達は先に外へ向かいましょうか」
「あ、ああ」

 後に続くガイが、ちらちらと俺らの方を気にしながらも、結局は大佐に続く。

「お、お前らな! そんなあっさり俺を見捨ないでくれ──っ!!」

 俺の叫びを無視して、二人はあっさりと扉を潜ってしまった。

 本気でこの場をどう収めたものか悩み始めたとき、外から二人の焦ったような声が響く。

「これは──」
「ルーク、イオンと六神将だっ!」

 二人の言葉に、俺たちも状況を悟り、慌てて外へと飛び出す。




             * * *




 降りしきる雨の中、イオンを連れたシンクがタルタロスへと乗り込もうとしている。
 シンクの背後に、周囲を警戒するように佇む、アッシュの姿があった。

 滴り落ちる雨の雫が、普段は押し上げられている前髪を額に流している。
 鏡に映ったように、俺と同じ姿をした人間が、目の前に居る。
 そう認識した瞬間、俺の意識の中で、なにかが、切れた。


「ア──ッシュッ!!」


 背後で俺の暴走を制止する声が聞こえたような気がしたが、俺は一切を無視して、アッシュに切りかかった。


「……お前かぁっ──!」


 吐き出された言葉が、苛烈な刃となって降り注ぐ。
 応える俺も言葉を無くした獣のように吼えると、ただ刃を振り上げる。
 降りしきる雨の中、俺とアッシュは舞踏を演じるように、ただ剣戟を交わし合う。
 互いに知り尽くした流派の技が、決定打をくり出せないままいつまでも続く。

 無限に続くかと思われた剣舞の終焉は──


「アッシュ! 今はイオンが優先だ」
「分かって──っ!?」

 わずかに逸らされたアッシュの視線によって、唐突に訪れる。

「アッシュッ!!」

 叫びと供に放たれた渾身の刺突に、辛うじて相手は反応した。
 咄嗟に掲げられたアッシュの剣が、俺の突きを受け止める。
 しかし、そこまでだった。


 ──穿破


 動きの止まった相手に向けて、音素をまとった俺の斬撃が振り上げられる。


 ────斬月襲


 響きわたる、金属同士が激突する高音。

「ちっ────!!」

 アッシュの手から弾き飛ばされた剣が虚空を舞った。
 この機を逃さず更に追撃をかけようと踏み出す。瞬間、俺の足が、急激に膨らむ嫌な予感に止まる。


「灰塵と化せ──」

 アッシュの掲げ上げられた腕の先で、音素の光が真紅の輝きを放つ。

「──エクスプロードッ!!」


 視界を覆い尽くす鮮烈な赤。
 荒れ狂う灼熱の業火に、巻き起こる爆風。


「がっ──……くっ……」

 目の前で炸裂した譜術に吹き飛ばされた俺は、数回地面を転がって、呻きながら身を起こす。


「いいご身分だな……ちゃらちゃら女を引き連れやがって」


 既にタルタロスに乗り込んだアッシュが、忌ま忌ましそうに告げる。
 一瞬、アッシュの視線がナタリアへと向かったような気がしたが、それを確かめる術は無い。

「アッシュ、さっきも言ったけど、この場はイオンが優先だ」

 アッシュの視線が弾き飛ばされた己の剣へと向くが、背後からシンクに呼び止められたことで動きを止める。
 そして、なにかを振り切るように瞼を閉じる。

「ちっ……剣は預けた、劣化野郎」

 宣言と同時に、開かれた双眸が俺を射抜く。
 無言のまま睨み合う俺とアッシュ。戦艦は徐々にその場から離れて行った。


 その後も俺は戦艦の去っていた方向を、無言のまま見据え続けた。


「イオン様……。どこに連れてかれちゃったんでしょう」
「陸艦の立ち去った方角を見るとここから東ですから……ちょうどオアシスのある方ですね」
「私たちもオアシスへ寄る予定でしたよね。ルーク様、追いかけてくれますよねっ!」
「ああ……」

 上の空のまま応えながら、俺は地面に突き刺さったアッシュの剣へと歩み寄る。
 降りしきる雨の中、水に濡れた俺の身体はどこまでも重い。

 ぬかるんだ地面に突き刺さった剣が、その音叉のような刀身に、俺の顔を映し出す。
 かつての持ち主となんら変わらぬ、俺の相貌が、刀身に、映し出された。


 俺は無造作に柄に手を掛けると、そのまま、剣を地面から抜き放つ。


 かくて、鍵は灰塵の下を離れ、偽炎の手に渡る。

 されど、確定された事象の流れに、破綻は未だ見えず───




  1. 2005/09/27(火) 18:07:03|
  2. 【家族ジャングル】  第三章
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─第二幕、あの忘れ得ぬ日々─


……未来を観測し確定する預言。負傷が完治した状態を観測し確定する治癒。こうした一連の譜術の発現過程から、第七音素の司る力とは『未だ存在しえぬ事象の観測と確定』であることがわかる。すなわち、第七音素の力とは『あまた存在する可能性を観測された一本の流れに確定する』ことに他ならない。しかし、この結論は、同時に一つの示唆を含んでいないだろうか? 第七音素とは『他の可能性を切り捨てる力』であるという……

 ──『音素概論による第七音素の考察とその展望』──























【赤毛少年、疾走す】



「へへっ。この俺が捕まるかってぇーの」

俺は俊敏な動作で屋敷の塀を乗り越えると、後を追う執事連中をものの見事に振り切った。

「ホントにいいのかねぇ……」

 俺の後に続いたガイが、胃の辺りをしきりに押さえながら顔をしかめた。

「いいのいいの。ガイだって知ってんだろ? ファブレ家嫡男、衝撃の事実、お忍びで外遊か……とかいう噂」
「うっ……確かにそんな噂が流れてるよなぁ……」
「あれだな、やっぱ事後承諾、あるいは既成事実を作る、とかいうんだったけか? 一度作っちまった前例は滅多なことじゃ突き崩せねぇーってことだな」
「うーん。微妙に用途が違う言葉もまじってるような気もするが……もうどうしょうもないのは確かだよな……」

 がくりとうなだれると、なぜかガイのやつは俺に恨めしそうな視線を向けてきやがった。まったく失礼なやつだ。けどな、俺は全てを覆す言葉を知ってるんだぜ?

「やっぱこれも、お前の教育のタマモノってやつなんじゃねぇーの?」
「うう……どっちかっていうと、アダンテさんと、ギンナルさんの影響が根深いと俺は思う。いや思いたい」

 ひたすら胃の辺りを押さえながら、苦痛に耐えるようにガイは呻いた。

 ……確かに、あの二人に影響受けてるってのは否定しないけどな。

「まあいいや。今日もとっとと連中のとこに行くぜ」
「わかりましたよ、坊ちゃん」

 俺とガイはすたこらさっさと下街目掛け、貴族たちが屋敷を構える区画を駆け抜けていく。


 初めて俺が屋敷の外へ出てから、既に二年という月日が流れていた……




【不良神官、絶叫す】




 僕は神に仕える神官です。聖職を預かるものとして、これまでの人生キヨクタダシク生きてきました。……そこ、嘘とか言わない。ともあれ、そんな僕にも忍耐の限界とか言うものはあるわけで、結局なにが言いたいかといいますと。

「お前ら──帰れっ!」

 目の前でくつろぎまくった様子で、勝手に部屋に上がり込んでやがったガキ共を僕は威圧した。

「ん、なんだおっさんか」
「ど、どうも。お邪魔してます」

 ガイはどこか恐縮したように頭を下げたが、ルークのやつは顔をこっちに向けただけで、挨拶すらもしやがらねぇ。なにやらソファーの上に寝ころんで、ひたすら何かを口に運んでいる。

「ってか! てめぇが食ってやがるのは、僕が先月から予約してやっと手に入れたエンゲーブ印の果物セットじゃねぇーか!! あ、ああ、僕の給料三カ月分の贅沢が、裕福な親に甘やかされて育ったくそガキの腹の中に、消えていく……」

 最後の一口をこれみよがしにゆっくり頬張ると、ルークは感想を述べた。

「ああうまかった。でも、屋敷で喰うもんの方がうまいな」
「る、ルークのアホっ~!」

 ぶちっ。

 はい。僕はブチ切れました。子供とは言っても、教育的指導は必要なのです。そうです。これは愛のムチなのです。

「る、るる、ルーク! あ、謝れって! アダンテさん、なんか釘バット取り出して、あ、やばいやばいって、バット振り上げてるよ!!」

 僕は振りかぶったバットを振り降ろすことに躊躇いなどおぼえません。そうです。このとき僕は純粋な殺意とはすなわち、食い物の恨みであることを悟ったのでした。

 そのとき、室内を涼やかな風が駆け抜けた。

 バットが先端から切り落とされて、ボトリと床に落ちる。

「アダンテ。気持ちはわかるが、そのぐらいにしておけ。所詮、子供のしたことだろう?」

 俺の後に続いていたギンちゃんの存在を忘れてた。ギンちゃんはどうしょうもない程底抜けの良いやつなんだが、子供に超絶甘いっていう欠点がありやがるんだ。僕がお仕置きなんざしようとしたら、止めるのはわかりきっていたことだった。

 くそぅっ……公爵家に絶対請求書送ってやるぜ! 三割り増しぐらいでなっ!!

 非情なりし復讐の誓いをあげる僕を余所に、ルークがギンちゃんにはきちんと挨拶をしてやがるのが見えた。このくそガキめっ!

「ギンナルじゃん! 久しぶりだよな」
「どうも、ギンナルさん」
「うむ。二人とも、久しぶりだな」

 ばさりと黒マントを翻しながら部屋に入ったギンちゃんは、部屋中に転がっているガラクタをかき分けて、座るスペースを作り出した。……別に僕は掃除が嫌いなわけじゃない。暇がないだけだ。

「ユシアの姉ちゃんとドンブルは居ねぇーの?」
「二人はちょっと故郷に帰省中だ。一人でいるのも暇なので、アダンテのところに寄ってみた」
「そっか。そんで肝心の話だけどさ、そろそろ俺も漆黒の牙に入隊させてくれる気になったかよ、ギンナル~」

 ルークのアホがまたとんでもないことを言ってやがる。

「う、うむ。そのうちな……」
「へへへっ」

 貴族専門の窃盗集団、漆黒の牙に入隊希望をするキムラスカ王国の大貴族、ファブレ家のバカ嫡男ルーク。ここじゃなきゃ、絶対見れねぇ光景だよな。

 ルークの残した最高級果物詰め合わせセットの残骸を、指でほじくって未練たらしく舐めとりながら、僕は生暖かい視線を二人に向けた。

 同じように一歩引いた位置に居るガイは、顔を引きつらせて、胃の辺りを押さえている。

「うんうん、わかるぜ、ガイ。こんなバカの世話役になるなんて、きっついだろう? まったくどこの誰に似やがったのか。こんな風にした奴を見かけたら、僕がぶん殴ってやるぜ」
「は、ははは。あなたにだけは、無理だと思いますよ」

 乾いた声を上げたガイが、なぜか僕の顔を見返しながら冷や汗を拭った。はて、いったいどういうことやら。

「ところで、おっさんよ。今日は無駄にダベリに来たわけじゃねぇーんだよ」
「あん? どういうことだ? 勿体ぶってねぇで要点を言えよ、要点。それじゃ僕にはまったく伝わらんぜ」
「ちっ……わかったよ。なんでもヴァン師匠がまたこっちに来ててさ、今度またおっさんと話したいってさ。屋敷で伝えといてくれって言われた」

 なに? 総長が? 僕は久しぶりに会うことになる、騎士団のトップからの言葉に少し動揺した。

「なんで僕なんかと騎士団トップの人間が話したがるんだ?」
「知らねぇーよ」
「……一度本気で沈んでみるか?」
「うっ……なんでも、おっさんが研究してることについて、いろいろ聞きたいんだってさ」
「ふ~ん。教団の人間にしては、珍しいやつだな」

 初めてルークが街へ降りてきたとき、総長とは少し話す機会があった。あれから何度か世間話程度は重ねていたが、それでも僕の研究について知りたいと言われたのは初めてだ。ダアトじゃ僕の研究はある意味有名だから、帰省中に僕の名前でも聞いたのかね。

「アダンテさんは、なんの研究してるんですか?」

 話の流れで興味を抱いて尋ねてくるガイに、僕は苦笑を浮かべた。

「まあ、あれだよ。少なくとも、教団の人間なら絶対に研究しないようなことは確かだな」

 僕の言葉にガイが首を捻る。ルークは最初から興味がない。ギンちゃんだけは僕の研究内容を知っているからか、どこか痛ましげに顔を伏せた。

 気を使わせちまったかなぁ……。

「ともかく、用件は聞いたんだ。とっと帰りやがれ、くそガキどもがっ!!」

 ここ二年間の間に、もはや何度響いたかもわからぬ怒声が、今日も今日とて教団の宿舎に響きわたった。




【天然姫様、訝しむ】




 怪しいのです。

 申し遅れました。私はキムラスカ王家に属するもの、ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアと言うものです。

 なにが怪しいのかと言えば、ここ最近、私の婚約者であるルークの様子が奇怪しいのです。

 四年ほど前にマルクトに誘拐されたショックで、ルークはそれ以前の記憶を無くしてしまいました。それ以来、更なる襲撃を嫌ったお父様と叔父様の考えから、彼は屋敷の中から一歩も外にでることができない生活を強いられてきました。

 少し話がずれましたね。ともかく、そんな理由から、ルークは屋敷から出ることができないはずなのです。

 ところが、ここ最近ルークの下を訪れても、なかなか彼に面会させてくれないことが多いのです。いったいどういうことでしょう? 

 私、気になって仕方がありません。

 ある日お付きのメイドの一人にそのようなことを洩らしたところ、彼女は気の毒そうに私を見据えました。

「姫様、知らなかったんですか?」
「なんのことです?」
「ファブレ家のルーク様が、ちょくちょくお忍びで外遊してるって噂、かなり有名になってますよ」

 そのとき私が受けた衝撃がどれほどのものだったか、とても言葉では言い表せないでしょう。

 ともあれ、私は事の真偽を確かめるべく、街へと繰り出すことに決めたのです。

 幸いなことに、ここ最近、私の着手した港の開拓事業や療養所の増設などといった一連の事業を切っ掛けにして、街に暮らす人々との間にコネクションができました。

 彼らと交渉を進めるうちに、城から離れて歩くことにもちょうど慣れてきたところなのです。

 私はよく赤毛の若様が目撃されるという場所の一つに赴きました。今日はパン屋さんと呼ばれる食料品店の前に向かいます。

 毎日メイドが伝えてくれるルーク目撃情報はとてもありがたいのですが、哀しいことに、今までは行き違いが多く、遭遇にまで至っていないのが現状です。

 今日こそ捕まえて見せますわ!

 拳を握り、私は張り込みと呼ばれるものを今日も続けるのでした。




【赤毛少年、外遊す】




 俺は今日も今日とて、街へと出向く。

 ここ最近は執事連中も諦め気味で、塀の上で手を振る俺に、疲れきった表情で手を振り返してきたりする。

「ああ──!! なんだか良心の呵責がすさまじい勢いで蓄積していく……!」

 まあ、それに比例するようにして、ガイの胃痛も悪化していってるようだけどな。

「ともかく、さっさと行こうぜ。おっさんのとこには師匠が来てるはずだから、先に皆のとこ寄ってからだな」
「うーん……わ、わかった。しかし、ナタリア様は放っといていいのか?」

 胃の辺りを押さえながらも、言うべきことは言う構えを崩さないガイ。

「あぁ……まあ、そのうち飽きるだろ。ナタリアは街の連中にも好かれてるみたいだし、どうにかなるなんてことはないだろうしな」
「まあ、そっち方面に関しては俺も心配しちゃいないけどな。それよりも、アレ、きっとお前がどこに行ってるのか気になってる証拠だぞ。きちんと会って言っておいた方がいいんじゃないか?」

 ガイのもっともな忠告に、さすがの俺も唸ってしまう。

 正直、俺はナタリアが苦手だ。ある程度意識がしっかりしてから、これまで何度か会ったことがあるが、その際あいつが随分と『俺』のことを心配してくれていたのはわかった。

 しかし、である。

 どうも俺にやたらと記憶を取り戻させたがる傾向がナタリアにはある。あんま記憶無くしたことで損したような事がないもんだから、俺としては非常に扱いに困る相手だ。

 ガイのように一から俺と付き合ってくれた相手が、今更記憶をどうこう言うような事がない分、余計に対応に困っちまうのである。

「まあ、そのうちあいつも諦めるだろ。確か今日はパン屋の前に張り込んでるんだったか?」
「あ、ああ。姫さん付きのメイドが言うには、そうらしい」
「よし、今日はルートBで向かうぜ」
「ナタリア様もお可哀相に……」

 わざとらしい動作で、ガイが目尻を拭う。

 情報をリークしてるお前が言えた義理じゃないと思うけどな……。

 俺は半眼でガイを一瞥した。

 ともあれ、俺たちは見事にナタリアの張り込みポイントを避ける道筋を通って、皆の下に向かった。

「よっ! みんな」

 門を潜りながら皆に声をかけると、庭で遊んでいた連中が一斉に顔を上げる。

「ルーク兄ちゃん!」
「ルークの兄貴だーっ!」
「ルークさんですか」
「ルーク兄様だ……」
「げげっ、ルークかよ」

 連中が一斉に声を上げて、俺の近くに駆け寄ってくる。

「へへへ。今日も来たぜ」

 ここ二年の間に大分親交を深めたおかげで、最初は人見知りしてた年少組のやつらも随分と俺に懐いてくれるようになった。

 二年前は屋敷の中が全てだった。

 今では屋敷の外にも、世界は広がっている。

 こんな毎日が、いつまでも続けば良いんだけどなぁ……。

 最近の俺は気付くと、いつもそんなことばかり考えていた。




【不良神官、相対す】




「お久しぶりすっね、総長。こんなあばら屋で、すまねぇとは僕も思うんですけど、まあ我慢して下さい」
「構わん。今更気を使うお前でもあるまい」

 散らかりまくった部屋にやってきたヴァン総長に、僕は適当に場所を切り開いて座るよう促す。大抵の相手はこの部屋の惨状を目にすると顔をしかめるのだが、総長は肝が座っているようで、眉一つ動かさなかった。

「ところで、僕の研究が詳しく知りたいとか言う話でしたっけ?」
「そうだ。ダアトに帰ってから驚いたぞ。アダンテの名前では知られていなかったが、お前のフルネームは向こうではかなり有名なようだ。知り合いの詠師にお前の名を尋ねたところ、仰天されたぞ」

 ああ、だろうな。確かに教団の連中にしてみれば、僕の名前は鬼門に等しいだろう。そんなものがオラクル騎士団主席総長なんかの口から飛び出るなんて考えもしなかっただろうしね。

「まあ、それを知った上で僕なんかのところを尋ねる総長もかなりの変わりもんですけどね」
「ふっ……違いない」
「とりあえず、どうします? 一応わかり易い資料とかは昨日のうちにまとめときましたよ。見るんなら、勝手にどうぞ。実は僕昨日あんま寝てないんですよ。だから、ちょっと寝てきますわ。見終わったら、呼んで下さい」
「わかった」

 ずしりと積み重なった資料を指し示し、僕は総長に背を向ける。

 無礼なやつだと思われただろうが、今更上の人間のご機嫌を伺うような立場でもないし、どうでもいいってのが本音だ。

「これは……」

 資料を目にした総長がなにやら驚愕したように呻き、ついで表情を喜悦に歪めるのが視界に映る。しかし僕はそんなことよりも訪れた生理的な欲求に従い、さっさと寝室へ引っ込むのだった。




【天然姫様、遭遇す】




 私、泣いてなんかいませんわ。

 夕陽が空を彩り始める時刻になりました。今日もルークは一向に現れません。パン屋のおじさまが私に気付いて、お昼ご飯をご馳走してくれたのは、お城の皆には秘密ですわね。

 とにかく、私は今日も何ら収穫を得られぬまま、お城に帰ることになりました。

 とぼとぼと街の整備された道を歩いていると、どこか近くで、よく聞き知った声が耳に届いたような気がしました。

「いったい誰の声かしら?」

 幸いなことに、まだ少しだけ時間はあります。興味を引かれるまま声のした方向へと歩き、私は通路を右に曲がって大通りに出ました。

 そこはローレライ教団の王都在住の方々が暮らす住居がある通りでした。

 ふと目線を上げると、少しくすんだ色合いをした真紅の長髪が視界に飛び込んで来ました。

「ルークですの!?」

 私が驚いて思わず上げた声に、彼はこちらに気付いて、顔をしかめるのがわかりました。まったく、意地悪な人です。

「げげっ、ナタリア! やばい、なんでか知らねぇーけど、ここがばれたぞガイ!」
「あーあ。やっぱりな。だからいつまでも隠し通せるはずがないって俺は言っただろ」
「そんな説教はどうでもいいっつーの。それより、早いとこずらかるぞ」
「やれやれ。まだ逃げるのか? いいかげん話してやれよ」
「馬鹿言うな。俺の心のオアシスになんで天敵をわざわざ招き入れなきゃいけねぇーんだよ」

 そう。そういうことでしたの……。

 私のことを無視して、奉公人のガイと話続けるルークに、私もさすがに我慢の限界ですわ。

「ルーク!! 待ちなさい! 絶対に逃がしませんわよ!!」

 逃げるルークと追いかける私の姿に、街を行き交う人々がきょとんと目を見開いていましたけど、今の私に周囲の視線を気にするような余裕はありませんでした。


 この日を境に、街の人々の間に、一つの笑い話が語られるようになった。

 曰く、逃げるは赤毛の王子さま、追うはお城の姫さま。普通なら、逆だよな?

 当の本人たちからしてみれば、至極笑えない小話だったそうな。




【赤毛少年、逃走す】




 どうにかナタリアを振り切って、屋敷まで逃げ帰った俺たちは荒くなった呼吸を整える。

「ぜぇっ……ぜぇっ……なんとか……逃げきれたか……」
「る、ルーク……まさか、これを今後も続けるつもりじゃないよな……?」
「うっ……」

 屋敷の前で力尽きたガイが、地面に転がったまま呻いた言葉に、俺も返す言葉が見つからない。

 さすがに、これを毎日続けるのはきつすぎる。

「あ、あれだな。しょうがないから、今後は街に降りる頻度を減らして、あいつとの遭遇に備えよう」
「……無駄な努力だと思うけど……」
「うっさい! いいんだよ! そう決めた」
「さいですか……」

 力尽きたガイをその場に残し、俺は一足先に屋敷の中に入る。

 出迎えたメイド達に手を上げて答えてやりながら、正面玄関から堂々と帰ってきた俺を奥の方から恨めしげに見やる執事連中にも手をふってやる。

「あ、そういえば、師匠ってこっちに来てるはずだよな? 屋敷には来たか?」
「いええ。ヴァン謡将はどうやら、本日は教団の宿舎の方にお泊まりになるようです。屋敷にはいらしておりません」
「そっか……」

 アダンテのおっさんと話したいことがあるって言ってたけど、よっぽどいっぱい話したいことがあるのかね。

 首を傾げて考え込むが、当然俺みたいなやつに師匠の考えがわかるはずもなく、もやもやした気持ちを抱えたまま、俺はその日を過ごした。




【不良神官、驚愕す】




 ……ん? カーテン越しに届いた朝日が目に眩しいぜ。

 僕は起き上がって、微妙な鈍痛を訴える節々をポキポキ鳴らしながら背を伸ばす。

「ふぁああ。よく寝たぜ。……なんか忘れてるような気がするけど、思い出せないなら大したことねぇーか」

 僕は顔を洗うべく寝室から出て、リビングを通過しようとしたところで、凍りつく。

「すばらしい……」

 なぜか、オラクル騎士団主席総長が、積み重ねられた資料の横にいやがりますよ。

「そ、そそ、総長! なんでまたあんた、まだ家に居やがるんですか!?」
「む? ああ……どうやら徹夜をしてしまったようだな。すまない」
「いや、なんだか微妙に論点が食い違ってるような気がしてしょうがねぇーんですけど……」
「細かいことだ。気にするでない」
「そ、そっすか?」

 すっげー納得できなかったけど、それ以上触れても意味がないと判断して、会話を打ち切る。

「ともかく、ちょっと待ってて下さい。身形整えてくるんで、適当に読み直してて下さい」
「わかった」

 さすがに寝起きの顔をさらすわけにもいかないので、僕は慌てて準備をすませると、僕みたいな不良神官の作った研究資料を徹夜で読み明かした総長の前に駆け戻る。

「──っと、お待たせしました」
「いや、気にすることはない。私が勝手に読みふけっていただけなのだからな」

 鷹揚に頷く仕種に、ああ彼は人を指揮する立場の人間なんだなぁと改めて思い知らされる。

「それで、どんな感じでした?」
「すばらしい。これまで研究されていた音素が司る現象領域の明確な定義付け。加えて、第七音素研究の過程をシュレー博士の思考実験の考察を中心に、コペンハーゲン派の考えからまとめ上げ、第七音素の司る力を《観測》と《確定》という既存の次元からさらに踏み込んだ、新たなる領域へと展開している」

 静かな口調ながらも、確かな感情の昂りを感じさせる総長の言葉は続く。

「第七音素が司る力の本質は《消滅》に他ならない──このような結論を、ここまで理論的にまとめあげたレポートは初めて目にしたぞ」

 ああ、そうなのである。僕はかつて、そんなとんでも論を主張するダアトの研究者だった。

 僕のやってる研究とは音素解明学。なかでも第七音素関連に対象を絞っている。より詳しく話すと、さらに馬鹿げた話に行き着くのだが、そちらは話がややこしくなるだけなんで、今は省略する。

 ともかく、未来を司る希望の象徴たる第七音素の集合意識体を崇めるのがローレライ教団の基本的な考えである。

 そんな中で、僕の提唱した考えは異端以外の何ものでもない。第七音素が消滅なんていう絶望的に不吉な力を司るなんて提唱に、教団の研究者はこぞって僕を弾劾した。そしてひとしきり罵倒し終わると、ちょっとお前引っ込んでろとばかりに、キムラスカ王国の一駐在武官として学会から追放を言い渡した。

 僕は異端の考えを保持する教団の人間なのである。

「これは前々から考えていたことだが、今回の件で確信に至った。アダンテよ、お前に折入って尋ねたいことがある。心を落ち着けて、聞いて欲しい」

 いつものように、異端に対する罵倒が始まるんだろうか。少しげんなりしながら、僕はいつでも耳に指が突っ込めるように準備する。

 しかし、次の瞬間耳に飛び込んだ言葉は、僕の予想だにしないものだった。

「我が直属の部下として、ダアトへ来ないか?」
「…………へ?」

 告げられた言葉の意味が理解できません。このおっさん、今、僕になんていいました?

「えっと……耳がつまってたのか? すんません。なんか、ダアトがどうとか聞こえたような気がしたんですが?」

「そうだ。我が部下として、ダアトへ来ないか? アダンテよ」

 瞬間、総長の気配が変化する。

 引きずり込まれるような強烈なカリスマを放ちながら、総長は僕に向けて手を伸ばす。

「我が手を掴め……お前はこのような場所で埋もれているような人間ではない。私と共に来るのだ」

 そうあることがまるで当然のように、総長は僕に向かって共に来いと促す。

 あの神託の盾騎士団、主席総長ヴァン・グランツ謡将が、僕みたいな奴を必要だと告げる。この有り得ない勧誘に、少しも心動かされれないような奴はいないだろう。

 当然僕もその例に漏れず、ふらふらと灯に引き寄せられる羽虫のように、総長へ手を伸ばす。

 指先が相手の手を取ろうかという、そのとき。

「──アダンテ。少し上がらせて貰ってもいいだろうか?」

 突如響いた第三者の声に、僕は我に帰る。今、自分はなにをしようとしていた?

「む。すまない、取り込み中だったようだな。出直そう」

「──待ってくれ、ギンちゃん」

 総長を目にした瞬間、身を翻しかけたギンちゃんを呼び止めて、僕は総長に改めて向き直る。

「総長、僕みたいな不良神官を部下に誘ってくれたことは……とってもありがたく、思っています」

 これは本心からの言葉だった。かつて異端の研究者として弾劾されて以来、僕の周囲に居た教団の知人は次々と僕から距離を取った。当然の選択だろうと、僕も思う。異端者と好んで付き合いたがるような物好きは、教団には居ない。僕は彼らの選択を妥当なものだと判断し、納得しようと努めた。

 しかし、周囲の反応を納得すると同時に、僕の中で、ローレライに対する信仰心は急激に薄れて行った。さすがに信仰心が無くなるようなことはなかったが、それでもかつてのようにただ愚直なまでにスコアを信望するような真似は、僕には到底できなくなっていた。

 続いて、教団の人間から自分の方からも積極的に距離を取るようになった。相手が自分を拒絶しているというに、近づこうとしても虚しいだけだったからだ。

 出世などもはや縁遠いものであり、僕はこの王都に骨を埋めることになるのだろうと、静かな諦めと共に現状を受け入れた。

 だが、今目の前に立つ男は、そんな僕みたいな奴に、お前が必要だと告げる。

 こんなところで埋もれているような人材ではないと、訴える。

 こんな言葉をかけられて、受け入れない道理はない……はずだった。

「しかし──その申し出は、受けられません」

 はっきりと、誤解を許さぬ言葉で否定の意を返した僕に、総長がしばしの沈黙を挟み、口を開く。

「……理由は、話して貰えるのか?」

 わずかな表情の揺らぎも見せない総長に、僕は頭をかきむしり、少しの照れくささを感じながら、その理由を言葉にする。

「この申し出が、僕がこの街にとばされた頃にされていたなら、それこそあっさりと頷いてたでしょうね。あの頃の僕は、この街が大して好きではありませんでしたから。……いや、むしろ憎んでいたかな?」

 ダアトと異なり、スコアを道具のように利用する貴族達。一部の特権階級のみが莫大な寄付金と引き換えに、スコアを詠まれる教団のシステム。すべてダアトに居たころの自分にとっては思いも寄らなかった状況であり、なによりも許せない行為だった。

「でも、今は違います。この街も、そう悪くないと思っています。友人と呼べるような存在も、できちまいましたしね」

 言いながらギンちゃんの顔を見上げると、僕の言ってる相手が自分だと気付いてか、ギンちゃんが顔をしかめた。照れてやがるのかね。まあ、かくいう僕もちょっとこっ恥ずかしいけどな。

 ギンちゃんからはじまって、院長や副院長、孤児院の奴ら、ルークにガイ、いろんなやつらと、僕はこの街で出会ってしまったのだ。結ばれた絆は、もはや取り消せない。

「だから──総長の申し出は受けられません」

 そう言葉を締め括り、僕は総長からの反応を待つ。

 そうか、と短くつぶやくと、総長はギンちゃんに視線を向け、目を細める。

「貴殿がギンナル殿か。アダンテからよく耳にしている。……良い友を、お持ちだな」
「あまり認めたくはないことだが……俺も、そう思う」
「ふっ。アダンテの事は惜しいと思うが、貴殿に免じて、ひとまず諦めることにしよう」

 ギンちゃんの肩を軽く叩くと、総長はもう一度僕を振り返る。

「決心は硬いようだな」
「ええ。ほんと……すいませんでした」

 この出会いが、かつてのダアトでなされていたら、話は違ったかもしれない。異端と蔑まれ、逃げ出したあのときに、総長のような人間と出会えていたら……そんな考えがどうしても打ち消せずに、僕は何度も総長に向けて頭を下げる。

「顔を上げるのだ、アダンテよ。自らの意志をもって未来を掴み取ろうとする人間を、私は尊敬している。お前が気に病む必要など、なにもないのだ。だが、もしもこれから先、お前の気が変わるようなことがあれば、いつでも私の下を尋ねて欲しい。どれほど時間が経とうと、私はお前を迎え入れよう」

 あくまでも、僕を必要としているという姿勢は崩さずに、いつまでも待っていると総長は言い含めた。

「――さらばだ、アダンテよ」

 最後の最後まで、その懐のでかさを見せつけると、総長はこの部屋から去った。

 去り際に、総長の視線がギンちゃんを一瞥する。向けられた視線に、どこか暗いものが浮かんだような気がしたが、僕は特に気にするでもなく、総長を見送った。

 どこまでもあっぱれな漢ぶりだったよなぁ……。

 感心しながら総長の去って行った背中を見据えていると、ギンちゃんが少しバツ悪そうに問いかける。

「どうにも話が掴めないままだったが……随分といい誘いのように聞こえたぞ。本当に、よかったのか?」

 僕に心配そうな視線を向けるギンちゃんに、僕は笑いかけてやる。

「がーはっはっはっ! まあ、友に代わるような対価はありねぇーってことだな」

「な、な、な」

 僕の正直な思いの吐露に、しかしギンちゃんは上擦った声を何度も上げた。

「照れるな照れるな」
「照れとらんわ~っ!」

 いつものように、僕はギンちゃんとの掛け合いを通して、この得難き日常の心地よさを実感する。


 ……思い返してみれば、この日がある意味では一つの転機だったんだろう。


 僕たちの世界は……──緩やかに、軋みをあげる。




  1. 2005/09/26(月) 18:08:26|
  2. 【家族ジャングル】  第三章
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第3話 「踏ミ越エル、熱砂」


 砂漠で最もキツイものとは何なのか?

 当然暑さだろ。俺とアニスは短絡的に答えた。
 水が無いことかしら。ティアやナタリアは少し考えた後で答えた。
 砂嵐じゃないか。ガイは自らの体験も交えて答えた。

 全ての答えをあいまいに退けると、大佐は一言で正解を告げた。


 それは気候の寒暖差です、と。


 なんでも昼夜の温度差が十数度は当然、下手すると数十度まで広がるらしい。

 そんなとんでもない砂漠を徒歩で渡るなんてことは論外らしいので、足を求めることになった。
 まあ、徒歩もやってやれないこともないでしょうけどね、と大佐は不穏な言葉を付け足していたりもしたけどな。


 ともあれ、幸いなことに、砂漠への境界付近にあるキャラバンで、ケセドニア行きの隊商と合流することができた。
 最初は俺たちの同行にいい顔していなかったが、さりげなくジェイドが権力を臭わせた途端、大人しくなった。

 なんとも世知辛い話だが、名目上は護衛として雇われ、隊商が夜盗や魔物連中と遭遇する度に撃退に駆り出されている。
 何度か戦闘を繰り返し、俺たちにそれなりの実力があることを認めると、俺たちの待遇も鰻登りで向上したから、隊商の連中も現金なもんだとは思うがね。


 今では、戦闘する者がいざというときに疲弊していちゃ話しにならないと、砂上専用の荷馬車を丸ごと一台借り出されていたりする。
 徒歩で砂漠を行くことを考えれば破格の待遇だったが、それでも暑いものは暑いのだ。
 俺たちはヒィヒィ悲鳴を上げながら砂漠を突き進む。


「……マジで、勘弁してくれ……この暑さはケセドニアなんて目じゃないぜ」

 荷馬車のホロの影に倒れ込み、俺はダレにダレまくっていた。

「ルークよ。さすがにダレすぎじゃないか?」
「……あまり気を抜けられても、戦闘になったときに困るわ」

 ガイとティアが荷馬車の中で寝っころがる俺に向けて、苦言を呈する。

「んなこと言われてもだな……暑いものは暑いんだ……どうしょうもねぇだろが」

 反論の声も元気が無く、俺はボソボソとつぶやく。
 そんな俺の様子に、二人がため息をつくのがわかったが、もはや起き上がる気力もない。

 コライガのやつも俺と同じような状態だ。
 むしろ全身を覆う毛皮のせいで、俺なんか目じゃないぐらいに、死んだようにぐったりと荷馬車の床に倒れ込んで動かない。
 時折思い出したようにパタリと動く尻尾のおかげで、辛うじて死んでないことがわかる。

 傍らに寄り添うミュウがハンカチを取り出して、団扇のようにしてコライガを仰いでいるのが見える。

 ああ、マジでダルすぎるぜぇー……

 荷馬車の上に寝っころがりながら、俺は少しでも冷たい床の感触を味わうべく、ごろごろと床を転がる。
 すると視界に、顔を俯けて、無言のままなにかを考え込んでいるナタリアの姿が映る。


 ……工場を抜けた先で六神将の連中と遭遇してから、ナタリアの様子がどうにもおかしい。


 どうおかしいのかと言われれば、答えようはないのだが、それでも幼馴染み故のカンとでも言うのか。
 なんとなくなにかを考え込んでいるのはわかった。その証拠に口数が少なくなり、終始上の空の状態だ。


 こんなときにどう声を掛ければいいのかわからんのだから、俺としても自分のバカさ加減がイヤになる。


 アニスはアニスで、護衛の自分が居たのに、イオンをさらわれたことに負い目を感じてか、最初のうちはどこか痛々しいまでに空元気を演じていやがったのが、今では口数も少なく、黙り込んでいる。


 そんなわけで、必然的に普通に会話できるやつも、ガイやティアぐらいになってしまうわけだ。そうなると小言が嫌な俺としては寝っころがるしかやることがなくなる。

 うん、ジェイドはハナから問題外だけどな。ともあれ、なんとなく嫌な空気が漂う中、俺は寝っころがったまま声を上げる。


「……というか、そろそろオアシスに着くはずじゃねぇのか?」
「そうですね。先程このキャラバンのリーダーに聞いた話では、もうそろそろ見え始める頃ですよ」

 ジェイドがホロから身を乗り出して、進行方向を見据える。

「そういえば、なんでも砂漠には〝死に水〟と呼ばれる怪奇現象があるらしいですよ」

 どこかすっとぼけた調子のまま、大佐が話題を振る。

「死に水だって?」
「ええ。なんでも砂漠の遭難者が水も底をつき、とうとう進退窮まった状態で現れるオアシスのことを、そう呼ぶらしいです」
「水が無くなって現れてくれるなら、いい話しじゃねぇか」

 おざなりに答える俺に、ジェイドが声の調子を抑える。

「それが、死に水の恐ろしいところでしてね。遭難者が歩いても歩いても、一向にそのオアシスにはたどり着けないのだそうです。最終的に遭難者は、最初から少なかった体力を無為に消耗して、死に絶えてしまうのだそうです。それ故に、〝死に水〟と呼ばれているのだそうです」

 なんとも恐ろしい話ですねぇ、と最後はいつもの調子に戻って、ジェイドが話を終えた。
 迫力に押されてツバを飲み込んだ俺を余所に、話を聞いていたティアが感心したように頷く。

「水が生死を分ける……砂漠らしい逸話ですね」
「まあ、実際は砂漠の蜃気楼が生んだ、幻影が噂の正体といったところだろうな。それでもこういう話は、いろいろとその地方特有の教訓を含んでるから面白いもんだよな」

 現実主義のティアと、旅慣れたガイの言葉で、俺はジェイドに自分がからかわれていたことに気付く。

「ジェイド……お前なぁ。俺で遊ぶなよ……マジで……」

 疲労しきった俺が訴えると、ジェイドが苦笑を浮かべながら肩を竦めて見せた。

「いえいえ。なにやら皆さんが元気のない様子だったので、話の種にでもなればと思いましてね」

 そう言って、未だ黙り込んだままのナタリアとアニスを見やる。
 なるほど。大佐もいろいろと考えているわけか。
 それでも、もうちょっと手段を考えて欲しいもんだが。

 理由が理由だったので、それ以上文句も言えずに黙り込んでいると、不意にジェイドが進行方向に視線を戻す。

「おや、とうとう見えてきたようですね」

 砂に覆われた大地の中にあって、水を湛えたオアシスの青色が、目に鮮やかに飛び込んできた。
 当面の目的地に着いたというのに、俺たちの顔は晴れなかった。



 オアシスに到着した隊商は物資の補給に忙しそうに動いている。彼らのリーダーに近づいて何やら話し込んでいたジェイドが、こちらに戻って来るのが見えた。

「それでは、目撃情報でも集めることにしましょうか。彼らに聞いた限りでは、だいたい二~三時間程休憩したら、すぐにでも出発するそうですし、時間はあまりありませんよ」
「情報次第では、隊商ともお別れってことか」

 ジェイドから伝えられた情報に、ガイが少し残念そうに顎をさする。

「……そうなると、こっからは徒歩か……キチィぜ」

 正直、砂漠を舐めていた。ケセドニアのような街中と違って、気温が高いだけではなく、地面を構成するものが砂ってのが最悪だった。足をとられてまくって歩きづらいったらありゃしない。歩くだけで、ひたすら体力を消耗するのだ。

「愚痴を言っていても始まらないわ。情報を集めることに専念しましょう」
「まあ……そうするしかないんだよなぁ……」

 別に異論があるわけじゃねぇが、それでもキツイことにかわりはない。
 俺はため息をつくと、ノロノロと聞き込みに赴くのであった。


 そうして、俺たちはしばらくの間別れて各自情報を集めたわけだが。


 出るわ出るわ……信じられない程に、多くの情報が集まった。
 中でも有力な情報が一つ。

「東の遺跡に向かった戦艦の噂ですか……」

 聞き込みをする際、最近見かけた変わったものとして、誰もが戦艦の存在をあげた。
 なんでもこのオアシスに寄った後、遺跡のある方向に去って行ったという話だ。
 かなり具体的な情報を前に、しかしジェイドは難しそうに腕を組んでいる。
 同じくガイやティアもどこか考え込んでいる様子だ。


「とにかく! イオン様の手がかりがあるかもなんだから行きましょうよっ!!」


 一人必死なアニスは藁にも縋る思いでとりあえず言うだけは言っておけと訴えるが、ジェイドは渋い顔だ。……というか、なんか様子がおかしいな。

「なんで、そんなに渋ってるんだ?」
「あまりにも、情報が具体的すぎるのよ」

 俺の疑問に、ティアがやはり口を引き結んだまま答える。

「こういう場合、向かった先には大抵ろくでもないもんが待ち構えてるってのが相場だよな」

「罠……ということなのでしょうか?」

 ナタリアが二人の言葉に顔をしかめる。


 罠。


 つまり情報を予め流しておくことで、ブラフの場所に誘い込んで、俺たちを撃退。
 イオンは別の場所に確保したまま、親善大使も始末できて一石二鳥。そんな感じだろうかね。
 俺が視線で問いかけると、ジェイドが顔に掛かった前髪を払いのけながら解説を口にする。


「いえ……罠だと断定できればまだいいのでしょうが、これまでの直接的な襲撃と比較して、今回は少しばかり回りくどい印象を受けます。六神将側の意図が、どうも測りかねますねぇ……」

 確かに、これまであんなに露骨な襲撃をかけていやがったってのに、今回が罠だとしたら、妙に持って回ったやり方だよな……。

「胡散臭い話だとは思うけどよ、結局他に情報がない以上動かざるをえないんじゃねぇか?」

 連中がなにを考えてるかわからないにしても、イオンがこのまま六神将側に確保され続けることを考えれば、こっちとしても動かざるを得ないだろう。

 まあ、俺程度の考えつくことは十分踏まえた上で、ジェイド達も難しい顔をしているんだろうけどな。
 本当にどうしたものか。うーんと皆で難しい顔のまま考え込んだ、そのとき。


 利き手と反対側に吊るしたアッシュの剣が、鈍い光を放ちながら、虫の這いずる様な音を上げる。


「なんだっ……ぐっ……」


 頭痛が、俺を襲う。


 痛む。割れるように、頭が、傷む。痛み意外に、なにも、頭に入って、来ない。
 額を抱えたままうずくまった俺に、皆が寄って来るのがわかるが、痛む頭のことしか考えられない。

 どこかで聞いたような声が、頭の中で響く。


 ──応えろ。グズがっ!──


「……っ……誰だよ……お前……」


 突然虚空を見上げ喋り出した俺に、皆がなにやら声をかけるのがわかる。
 しかし、それに応じるような余裕はない。
 ただひたすら頭の中に響く声だけに、意識が集中されて行く。


 ──ふん。バカはバカなりに考えているんじゃなかったのか? 脳無し野郎──


「お前、アッシュか……!?」


 コーラル城での応酬を皮肉として返されて、俺は声の相手が何者か悟る。


 ──奴らはザオ遺跡に居る。イオンをさっさと助け出すんだな。ったく……人が折角オアシスに情報を流してやったっていうのに……使えん屑め──

「おまえ………一体どういうつもり………」

 ──……俺の意図なんてどうでもいいだろうが。ともかく、ザオ遺跡だ。そこにイオンは居るはずだ。これ以上、てめぇらに関わってる暇はない。じゃあな──

「待っ──くそっ。……切れたの、か」


 声が消えると同時に、頭痛もまた嘘のように消え去った。
 アッシュの剣もまた、その不思議な発光を止めている。

 虚空を見上げて吐き捨てる俺に、ガイが心配そうに視線を向ける。


「大丈夫か、ルーク? また例の頭痛か?」
「いや……アッシュのやつがどうやってかはわからんが、俺に声を飛ばしてきた」
「声を……?」

 ガイが不可解そうに眉を寄せる。
 他の皆もどこか理解できないといった感じで俺を見据えているが、ジェイドだけが真剣な面持ちで、俺に問いかけた。

「アッシュが……ですか。それで、彼はなんと?」
「あいつの話を聞く限りだと、ザオ遺跡とやらにイオンは居るらしい」

「ザオ遺跡……ここから東にある遺跡ですか。目撃情報とは一致していますね」

 ジェイドが先程聞き込みで集めた情報を思い返し、さらに表情を引き締める。

「けど、なんか変なんだよな……あいつ。オアシスに情報を流したのは自分だって、言ってたぜ。その上で、さっさとイオンを助け出せとか……なんか、俺たちに有利な情報を流してるし……」

 さっき頭に響いたアッシュの言葉を思い返すに、少なくとも俺たちと絶対的に敵対しているような感じはなかった。
 まあ、それでも俺に対する侮蔑のような感情は確かに感じ取ったけどな。


「アッシュは他の六神将とは別の思惑で動いていると言うの……? だとしたら……やっぱり……六神将に指示を出しているのは……」

 俺のもらした言葉に、ティアがなにやら考え込みながら、小声でつぶやき始める。

「これはもう、罠かどうか言ってられるような状況じゃないんじゃないか、大佐さんよ」
「……そうですね。もはや、どんなカタチであれ、ザオ遺跡に六神将が関与していることは明白でしょう」

 ガイとジェイドの言葉に、アニスが目を輝かせる。

「じゃあ!」
「ええ、ここは一先ずザオ遺跡に向かいましょう。それでいいですね、ルーク」
「なんにせよ動かねぇことには始まらないだろうしな」

 ジェイドの確認に、俺も威勢のいい言葉で同意を返す。

「とりあえず行ってみるか。ザオ遺跡とやらに」




             * * *




 オアシスの東部に存在したザオ遺跡は、地上に露出したかなりの部分が風化したものだった。
 ジェイドの話によると、なんでも昔に存在した都市の名残で、遺跡の大部分は地下に存在するらしい。
 話の通り、地上部分に存在した入り口から螺旋状の階段を降りた先に、遺跡の本当の姿が広がっていた。

 地下という薄暗い場所と、あちこちに散乱する砂礫の存在が、この場所にどこか墓所めいた雰囲気を漂わせていた。


「罠の可能性はまだ捨てきれません。十分に注意して、進みましょう」

 ジェイドの忠告に頷き、俺達は遺跡のかなり奥まった部分まで進んで行く。

 途中にあった音素溜まりで、ミュウがなにやらソーサリーリングの新しい力とやらに目覚めたりもしたが、まあ、大したことではない。
 この力で小さい岩程度なら破壊できるって話だが、なんというか、力の発動の仕方が自爆特攻してるようにしか見えなくて、かなりひきました。

 ……極力使わないようにしよう。そう俺はかたく誓うのであった。


 ともあれ、俺たちは緊張感を保ったまま進み行き、とうとう遺跡の最深部に行き着いた。


 周囲を都市の残骸に囲まれたちょっとした公園ぐらいの大きさがある空間。
 奥まった場所に存在する、この先に続く開け放たれた扉らしきものの前。
 まるで門番のように佇む巨大な鎌を担いだ大男の姿があった。


「来よったか……導師イオンはセフィロト内部で儀式の真っ最中だ。おとなしくしていてもらおう」

 セントビナーで見かけた、確かジェイドに負かされたとか言っていた大男が恫喝の笑みを浮かべる。

「やっぱりイオンはここに居るってことか……」

 相手の言葉に、俺は少し考え込む。アッシュの情報は正しかったってことか。
 どういう意図かはよくわからんが、六神将同士でもなにか対立構図のようなものがあるんだろうかね?

「あなた、その物言いはなんですのっ! 仕えるべき方を誘拐しておきながら、儀式などとふてぶてしい!」
「そうだよラルゴ! イオン様を返してっ!」

 考え込んでいた俺を余所に、ナタリアとアニスが声も高らかに訴える。

「そうはいかないよ」

 そこに、ラルゴの背後に庇われた通路の先から、仮面の男が現れる。

「奴にはまだ働いてもらう必要があるからね」
「烈風のシンク……」

 二人目の六神将の登場に、ガイが顔つきを強張らせてつぶやく。
 それにシンクは仮面の下に露出した口元に、嘲りの笑みを浮かべる。

「どうやってこの場所を知ったのかはしらないけど、ここに来た以上、ただで帰れるとは思ってないよね」
「はんっ! コーラル城で逃げ出した奴が、調子のいいことほざいてんじゃねぇよ。ウダウダ言ってねぇで、さっさと掛かって来るんだな。変態仮面」

 腰から得物を抜き放ち、俺は相手を馬鹿にしたようにひらひらと掌を動かす。

「言ったね。六神将烈風のシンク。……本気で行くよ」

 口元を引き結び、シンクが腰を沈める。
 対峙する俺たちも臨戦態勢に入る中、ラルゴが俺に向けて心底面白そうに笑い声を上げる。

「わははははっ! よくぞ言った小僧! 同じく黒獅子ラルゴ。いざ、尋常に──」

 肩に担いだ鎌を眼前に構え、ラルゴがその言葉を告げる。

『勝負!』

 最初に動いたのはシンクだった。その小柄な身体を活かした小刻みなステップで、相手の意識の間隙を縫うように間合いを詰め、気付いたときには俺たちの死角にその身を滑り込ませている。

 厄介な相手の突撃に、俺たちは陣形を崩され、連係が乱されてしまう。

 って、アブなっ! 首筋を掠めた回し蹴りを、俺はカンの訴えるまま身を仰け反らせ、なんとか回避することに成功する。ついで俺は振り返りざまに剣を薙ぎ払う。

 一撃、もらってげっ!

「ちっ──」

 軽い舌打ちとともにシンクは身を翻し、次の瞬間には俺の剣の間合いから離れやがった。

 こいつ……烈風とあだ名されるだけあって、身のこなしが尋常じゃないぐらい素早い。

「シンクにばかり気を取られていていいのか、小僧?」

 間合いの外に立つ俺に向けて、鎌を振りかざすラルゴの姿があった。

「──地龍吼破っ!」

 地面に転がる無数の岩石を多数巻き込みながら放たれた薙払いの一撃が、わずかな距離などものともせず俺に押し寄せる。シンクに気を取られていた俺は対処が追いつかない。

 後衛組に攻撃対象を切り換えたシンクの相手に、ガイとアニスは手を取られ、俺をフォローするような余裕はない。

 やばいっ! これは直撃するっ!

「──そこですわっ!」

 響いた烈声と同時、後方から飛来した矢の連撃に、俺の目の前にまで迫った岩石が一つ残らず射抜かれた。大した腕だ。まったく言うだけのことはあるぜ。

「助かった!」
「当然ですわ。今です、ルーク!」

 大技を放った直後のラルゴが、ナタリアの方を見据えながら、わずかに硬直したように動きを停めている。

「行くぜっ!」

 俺は極限まで低く腰を落とした体勢で、得物を背中に担ぎ上げるような構えのまま、突進する。

 ──通牙

 全身の力を込めた斬撃の振り下ろしに、ラルゴが辛うじて鎌を両手で構え防御する。
 さすがなだ。けどな、それもこっちの想定の内だ!

 ────連破斬


 一切の間隙を置かずに放たれた右の掌底が、ラルゴのがら空きのどてッ腹に突き刺さる。
 苦悶の呻きを上げる相手に、俺は相手の防御を受けて跳ね返された勢いそのままに、一回転させた剣の柄を握り直し、渾身の斬り上げを放った。


「がっぁ──っつ!!」


 俺の連撃にふき飛ばされたラルゴの巨体が、遺跡の壁にブチ当たり、粉塵を舞い上げる。


「ラルゴっ! くっ……ゴチャゴチャとうざいんだよ……!」


 ガイとアニスの二人を相手取りながらも、特殊な歩法で全ての攻撃を避け、時にはいなしていたシンクがそこで初めて焦りを見せ、その動きを停めた。
 そこに好機を見出した二人が追い打ちを掛けるべく、シンクの両脇から一撃を放とうと間合いを詰める。


「吹き飛びな……」

 シンクが拳を頭上に向けて抱え上げながら、円を描くように両の足を踏み揃えた。
 音素が急激な収束を起こし、シンクの下へと殺到する。


「受けてみろ──昴龍礫破っ!」


 空中に飛び上がるようにして放たれたアッパーに、シンクを中心に巻き起こる音素の風刃が周囲を荒れ狂う。
 間合いを詰めていたガイとアニスがその身を切り刻まれ、苦痛の呻きを洩らした。

「チョロチョロ目障りなんだよ──さっさとくたばりなっ!」

 無防備のまま倒れ伏す二人に、シンクが止めを刺そうと迫る。

「それはこちらのセリフですね……すべてを灰塵と化せっ!」

 後方で戦場全体を眺め、機を伺っていたジェイドの譜術が発動する。

「──エクスプロードッ!」

 シンクを中心に大規模な爆発が巻き起こる。
 円形状に広がる灼熱の業火は時間と供に広がりを見せ、周囲を焼き尽くす。

「って、アニスとガイは大丈夫なのかよっ!」

 思わず叫んだ俺の言葉に、ジェイドが呆れたように肩を竦める。

「やれやれ。きちんと二人には識別──マーカーをしてありますから、なにも影響はありませんよ」
「うっ……そ、そっか。マーカーなんてもんが、そういやあったっけな」

 俺とジェイドが間の抜けた会話をしている内に、爆発が収まる。
 爆発が直撃して吹き飛ばされたシンクが、この先に続く通路付近に、虚空から投げ出された。

「命を照らす光よ、ここに来たれ──ハートレスサークル!」

 ガイとアニスの倒れ伏していた場所を中心に、柔らかい光を放つ円陣が展開。空中から降り注ぐ燐光に、二人の傷が癒される。

「助かった……」
「ありがとね、ティア」

 立ち上がった二人が、癒しの譜術を放ったティアに向けて軽く会釈を返す。

「二人とも、大丈夫なようね」

 安心したとティアが微笑む。

 ともあれ、これで、俺たちは体力の消耗は別にして、ほぼ戦力的には最初の状態に戻ったわけだ。

「さてと──まだやるつもりかよ?」

 俺は地面に膝をつく六神将の二人に向き直って告げた。

「くっ…」
「ぬぅっ! 簡単に、やられはせんぞっ!!」

 額から血を流しながらも、執念で立ち上がった巨漢が鎌を構える。

「……ケガをしたくなければ、退けいっ!」

 吹き付ける尋常ならざる闘気の高まりに、俺たちも反射的に武器を強く握りしめる。
 再度戦いが始まるかと思われた、そのとき──


「ラルゴ、やめるんだ。ここは一度、退こう」


 シンクが俺たちにとっても予想外の言葉を放ち、ラルゴを制した。

「しかし──」
「いいかい? なにも欲をかく必要はないよ。最低限であれ、とりあえず任務は果たしたんだからね」
「むぅっ……」

 黙り込んでしまったラルゴを脇において、シンクが俺たちに向けて言葉を放つ。

「取引だ。こちらは導師を引き渡す。その代わりここでの戦いは打ち切りたい」
「このままおまえらをぶっ潰せばそんな取引、成り立たないよな?」

 相手の調子のいい言葉に、俺は相手の本気を探り掛ける言葉を放つ。
 それにシンクは軽く鼻をならすと、天井を指差す。

「ここが砂漠の下だってこと忘れないでよね。アンタたちを生き埋めにすることもできるんだよ」
「むろんこちらも巻き添えとなるが、我々はそれで問題ない」

 指し示された天井は、さっき放たれたジェイドの譜術の影響もあってか、時折パラパラと、砂や小石のカケラが落ちて来る。
 シンクの言葉の通り、連中が後先考えずに奥義級の技を放てば、俺たち諸共生き埋めにするぐらいのことは簡単だろう。

「それに、こっちはまだセフィロト内部でイオンを確保してる奴が居るんだ。合流すればアンタたち程度なら蹴散らす余力は十分にあるよ」

 シンクが告げた戦力の存在に、俺達は押し黙る。

 正直、六神将二人を相手どったさっきの攻防でも、辛うじて勝利したようなものだ。
 ここで更に敵側に戦力が加わったなら、もはや勝てるかどうかはわからなくなる。ここは、提案にのるしかないか?

 皆に確認するように視線を巡らせると、全員が頷きを返した。


「ルーク。取り引きに応じましょう。今は早くイオン様を奪還してアクゼリュスへ急いだ方がいいわ」

 皆の意見を代表するように、一歩前に出たティアが俺に訴える。

「しょうがないか……わかったぜ。シンク、さっさとイオンを連れて来いや」

 シンクが無言のまま、通路の先に消える。


 数分後、シンクが約束通り、イオンを伴い戻ってきた。
 イオンを監視していたとかいう奴の姿は見えない。伏兵のつもりか、それとも俺たちを退かせるブラフだったのかね?

 なんにせよ、イオンが無事でなによりだが。

 わずかに焦燥した様子のイオンの登場に、アニスが目を潤ませながら感激の声を上げる。

「イオン様! 私、心配しました……」
「……迷惑をかけてしまいましたね。アニス、皆さん。本当に……ありがとうございます」

 少し青ざめた顔に笑顔を浮かべたイオンが、自分も辛いだろうに、俺たちに礼を言った。

「そのまま先に外へ出ろ。もしも引き返してきたら、そのときは本当に生き埋めにするよ」

 イオンを引き渡した後もこちらに向けて警告を放つのは忘れず、シンクが苛立たしげに告げた。

「ふん。こっちだってイオンが帰って来れば、お前らなんかに用はねぇよ」

 あくまで相手に対する警戒は怠らずに、俺たちもまた、その場を後にした。

「……やっぱり似てたな」

 シンクとイオンを見比べていたガイがなにごとかつぶやいたが、憤慨したナタリアを宥めることに忙しくなり、特に俺の意識に残ることなく消えた。




             * * *




 こうして地上に戻った俺たちは、再会の喜びを味わう間も惜しんで、ひたすらケセドニアへ直行した。

 体力的に砂漠越えがキツイだろうイオンのために、途中何度か休憩は挟んだが、ほぼ休み無しで進み行き、俺達はなんとか日が昇っている内にケセドニアへ行き着くことができた。


「ダリィ……もう、二度と徒歩で砂漠越えなんてしたくねぇー……」
「確かにな。今回はちょっと、つかれたな」
「ええ……やはり砂漠とは過酷な場所ですわね」


 体力お化けのガイとナタリアの二人も、さすがに砂漠の強行軍は堪えたものと見える。

「でもでも、ようやくケセドニアまで着きましたね」
「ここから船でカイツールへ向かうのよね?」

 確認するティアに、ジェイドが今後の予定を口に出す。

「マルクトの領事館へ行けば船まで案内してもらえるはずですよ。ですが……いささか疲れましたね。今日のところは、ケセドニアで宿を取りましょう」
「ですが、アクゼリュスの人々は私達の到着を待っていますわ!」

 ジェイドの言葉に、ナタリアが少しばかり感情的な反論をする。

 確かに俺も正論だとは思うが……ちょっと現状が見えちゃいないよなぁ。

「ちっとは落ち着けよ、ナタリア。俺たちの状態も少しは考えようぜ? 六神将の二人と戦闘した上に、その後砂漠を超えてきたんだぞ? これで船に乗り込んだりしたら、体力消耗しきって、どっちにせよ誰か体調崩す奴が出る。そうしたら、結局到着は遅れんだ。今のうちに、回復しといた方がいいって」
「……ええ。そう……ですわね。少し、気が急いていました」

 自分の言動を振り返って、ナタリアが少し気落ちしたように顔を伏せた。

「ねぇねぇ。そしたら宿に行こうよ。イオン様のこともどうするか考えないと……」

 アニスの言葉はもっともだ。とりあえず俺たちは宿へと向かった。


 宿帳に記帳し、二部屋を取る。
 そのうちより広い方である四人部屋に集まって、俺たちは今後の予定を確認する。

「ところでイオン様。彼らはあなたに何をさせていたのです? あそこもセフィロトなのですよね?」
「……はい。ローレライ教団ではセフィロトを護るためダアト式封咒という封印を施しています。これは歴代導師にしか解呪できないのですが、彼らはそれを開けさせて、内部でなにかしているようでした……」
「なんでセフィロトを護ってるんだ?」
「それは……教団の最高機密です。でも封印を開いたところで何もできないはずなのですが……」

 なんだか話がズレているのを感じた俺は、今後の問題に話を戻す。

「で、イオンのことはこれからどうすんだ?」
「六神将の目的がわからない以上……彼らに再びイオン様を奪われるような事態は避けたいわね」

 確かに、連中がなにを狙ってるのかわからないにせよ、戦争起こそうなんてしてる連中だ。
 少なくとも、ろくなことじゃあるまい。そんな奴らにイオンが誘拐されるのは避けたいよな。

 ああでもないこうでもないと議論する俺たちに、顔を俯けていたイオンが、なにかを決意したように拳を握り、顔を上げた。

「もしご迷惑でなければ、僕も皆さんと一緒に連れて行ってもらえませんか?」
「イオン様! そんな危険ですっ! それにモース様がまた怒りますよぅ?」
「僕はピオニー陛下から親書を託されました。ですから、陛下にはアクゼリュスの救出についてもお伝えしたいと思います。和平のために行動することは、教団の理念になにも反していません。モースには少しばかり、我慢して貰います」

 どうやら、イオンの決心は堅いようだ。

「ま、しょうがねぇか。これで送り返して、また誘拐されんじゃないかと心配してるよりは、身近にいて貰ったほうが、こっちとしても守り易いもんな」
「ご迷惑お掛けします、皆さん」
「では、アクゼリュスでの活動が終わりましたら私と首都へ向かいましょう。
 ───そういうことで、よろしいですね?」

 ジェイドが全員に確認を取り、この件は終わりを見た。

「またしばらくよろしくお願いします」

 律儀にお辞儀をするイオンの挨拶を最後に、この日は解散となった。


 こうしてイオンの同行は決まり、俺たちは翌日領事館へと赴いた。

 驚くべきことに、領事館についたところ、なんと師匠たちは先に先遣隊とアクゼリュスに向かったと聞かされた。
 なんとなく気が急くのを感じながら、俺たちは急いで領事の手配した船へと乗り込む。

 船が出航すまでの間、何度かガイが腕を抑えながら、少し気分が悪そうにしていた。
 昨日の強行軍の影響かと心配させられたが、ケセドニアから離れると同時に、なぜかすっきり収まったという。
 なんとも不思議なことがあるもんだと、俺たちは呆気にとられた。


 ともあれ、船はケセドニアを発ち、俺たちは順調にアクゼリュスへと近づいている。
 俺は甲板に突っ立ち、ぼけっと海を眺め見る。


 ───昨夜見た夢が、どうにも俺の意識に引っかかってしょうがない。


 なぜ、いまこのときに、あの夢を見たのか。
 白地の布にジワジワと広がる墨のように、漠然とした不吉な予感が沸き上がる。

 無邪気に甲板ではしゃぐミュウとコライガを目にしても、この不安は晴れない。


 なにかが、起ころうとしている。


 ただ漠然とした不安を胸に抱き、俺は拳を握りしめた。






















            ──あるよるのおはなし──






















 階段を昇っている。

 一段、二段、三段……十段、十一段、十二段。

 十三段目に足をかけたところで、彼が歩みを止める。

 取り囲む醜悪な観客達の中から、泣きそうな顔で見つめる俺の姿を一瞬で探し出し、なにかを告げる。

「──ルーク、  を  ろよ」

 前に向き直って、十三段目を踏み込む。

 ガタンッ────

 ゆらゆらと、揺れる。

 首にかかった紐を起点に、身体が揺れている。

 彼は、いったい、どうしたんだろう?

 そうか、彼は──


 死。






             * * *






「──っあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 俺は絶叫を上げながら、飛び起きた。
 額から滴り落ちる汗が、布団を濡らす。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 周囲に視線を巡らせる。ここは、ケセドニアの宿屋。
 周囲には熟睡しきった男連中の顔が見える。

 そこで初めて、俺は自分が夢を見ていたことに気付く。


 夢──それもとびきりの悪夢だ。


「……久しぶりに見たな、くそっ」

 俺は額を押さえる。一向に引く気配を見せない汗が、掌を伝って滴り落ちる。
 夢が、なにを意味するのか、俺にはよくわかっている。
 なぜなら、あれは確かに、かつて起こった現実の光景だ。


 俺の記憶から、再現された事実に他ならない。


「いったい……俺になんて言ったんだよ……」


 俺は掠れた声で、あいつの名を呼んだ。
 当然、応える声はない。窓から見上げた空は、未だ闇に閉ざされている。


 夜は終わらない。




  1. 2005/09/25(日) 18:10:58|
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