全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第1話 前編

 ただ飯が喰いたい。

 黒河慎夜が現時点をもって有する、腹の底から沸き上がる渇望を端的に言い表すと、それになる。

 唯単に飯が喰いたい、という意味ではない。無料で飯が喰いたいのである。いや、むしろ喰らうしかない、食わねばならぬ、といっても過言ではない。

 なぜ、ただ飯なのか。

 無論、それにも理由がある。

「……一円……二円……三円……四円……五円」

 生気の薄れた虚ろな視線のまま自身のガマ口財布の中を覗き込み、慎夜は掠れた声で中身を数えあげる。

「五円……五円」

 五円とつぶやいたところで、全身を痙攣させながら、数えるのを止める。

「五円……五円……全財産が五円……」

 黒河慎夜は現実のあまりの過酷さに挫折した。両手を地について膝から崩れ落ちる。愕然と首を俯け、うなだれる。傾いた全身を覆う漆黒の外套が地面に広がり、陰惨な空気が周囲を漂う。

 突然の奇行に、周囲からひいっ、と悲鳴があがるが、黒河慎夜は気にならなかった。気にする余裕はなかった。死活問題だったからだ。

 時刻は正午、場所は学生食堂食券前。無数の学生の畏怖にも似た視線を一身に集めながら、黒河慎夜は自身の生活能力の無さに失望し、将来の展望に絶望した。

「貧乏の……貧乏の……ばっかやろぉおおおおおおっ!」

「──騒がしい」

 叫び声をあげた瞬間、慎夜の首筋を手刀が撃ち抜いた。

「ぶはっ!!」

 床に口から叩きつけられ、慎夜は無様なうめき声を上げた。ちょっと洒落にならない勢いで床に激突し、前歯が衝撃に揺れ動き、激痛を訴える。

「は、歯が……」

 地面を転げ回りながら、前歯を手で確認すると、なんとか折れていないのがわかった。黒河慎夜は安堵に胸をなで下ろす。やはりブラッシングは重要だ。

「毎日の歯磨きに感謝……じゃねぇよっ!」

 両腕をビシリと振り上げ、慎夜は熱の籠もった声で必死に訴える。

「この黒河慎夜、確かにちょっとM入ってるって人に噂されたことはあるが、いきなり殴られて喜ぶような性癖はしてないのだよっ!!」

 いきなりじゃなければいいのか? ぼそりとつぶやかれた一般生徒の呟きは聞こえない。聞こえないったら聞こえないのだ。慎夜はそう自分に言い聞かせ、とりあえず犯人探しに移ることにする。

「誰だ……この俺の首筋に、手刀なんざ叩き込んだのは……? いや、わかってる。こんなことするのはあいつしかいねぇ!! さあ、どこにいる!? 手をあげろ! ホールドアップ!!」

 起き上がるや否や、慎夜は周囲を獣の目で見渡す。畏怖を抱いた一般生徒の群れが一歩引き、黒河を中心に空白地帯が作られる。ちょっと尋常じゃない一般生徒の反応に、慎夜は内心激しくショックを受けていたりしたが、それを表面には出さず、心で泣いた。

 そんな突如出現した無人領域の中──唯一動かなかった生徒が一人、手を上げて答える。

「私だ」

「やっぱりおまえか偽ど…………う?」

 叫びながら、徐々にその声が尻すぼみになる。答えた相手に視線を向けながら、慎夜は首を傾げた。

 手を上げたのは一人の女生徒だった。かなりの長身で、慎夜と同じ目線から、こちらを見据えている。理知的な雰囲気を全身に漂わせた人物で、実験対象を観察する学者のように、どこまでも冷静な視線をもって、こちらを冷徹に射抜いている。

 問題は、である。

「君って……誰さ?」

 攻撃の相手は、慎夜の予想と異なり、自分の知らない相手だった。容赦ない一撃から、いつものごとく格闘オタクの仕業かと思っていたので、黒河慎夜はかなり動揺する。

「え、なに……もしかして、そういう趣味の人ですか? でも俺、そこまで堕ちてないし……いやいや、君が嫌だってわけじゃないんだ。その、やっぱ、こういうことは、両者の合意をもって行うべきことだと思うんだ。うん、そう思う。だから、ここは友達から始めるということで……」

 致命的に間違った推測を下し、どこか恥じらうように言い募る慎夜に対して、相手は一切を無視して口を開く。

「初めまして、黒河先輩。私の名は一ノ瀬と言う」

 女生徒は名乗りを上げると、ついで先程の一撃について説明を始める。

「先程の一撃は、こちらが何度も呼びかけていたのに、先輩が一切反応してくれなかったのでな。こちらの存在を認識させるべく、止むを得ず、あのような行動を取るに至った。だが、少しやりすぎたようだな。申し訳ない、先輩」

 型通りの謝罪の後、冷えきった視線がこちらを射抜く。何だかわからないが、逆らっては行けないと他人に思わせる絶対的な気配をまとった一ノ瀬に、慎夜は本格的に動揺する。

「そ、そっか。こちらこそ……えーと、その、ご丁寧にどうも」

 訳もわからぬまま口を開き、思わず相手につられるまま、慎夜は頭を下げていた。それに相手は気にするなと、鷹揚な態度で頷く。

「いや、構わない。それより、先輩にお願いしたいことがある。これはあなたにしか解決できないと思われる問題で……先輩、私の話を聞くつもりがあるのか?」

 脇を移動した学生の運ぶ食べ物の香りに、恍惚としていた慎夜は、慌てて相手に向き直る。

「え……ば、ばかっ! き、聞いてるよっ!」

 強引に否定するが、慎夜は自分でも説得力が無いとわかっていたので、額から冷や汗が滴り落ちるのを止められない。

 そんな慎夜に疑惑の視線を向けていた一ノ瀬だったが、一瞬何かを計算するように視線を上向かせると、次の瞬間、相手の関心を最大限引き出すであろう言葉を放つ。

「報酬は食券一月分」

「わかった、全てこの俺に任せておけ! というかむしろこちらからお願いします!!」

 本能の赴くまま、黒河慎夜は碌に考えもせずに買収に応じた。

 ──これが、事件の発端。

 黒河慎夜は後に、この依頼を承諾してしまったことを、果てし無く後悔することになるのだが、それはまだ先の話し。ともかく、このときは、食という生きる上で最低限必要なものを確保できるという喜びに、ただ承諾の言葉を発するのみであった。

「では、改めて話そう」

 一ノ瀬と名乗る女生徒は、相手の承諾を得られたことに頷くと、その願いを端的に述べる。

「私を弟子にして欲しい」

 時が、停まった。

 食堂中の人間はその動きを止め、静寂に満ちた空間に、彼女の言葉だけが響き渡る。

 もちろん、黒河慎夜も例外ではない。彼は顎が落ちんばかりに口を開き、惚けたように、ただ一言をつぶやくのであった。

「はい?」



 * * *



 烏丸学園は県内でも最大規模を誇る公立高校である。

 中・高一貫のエスカレータ方式であるが、高校からの入学者、通称編入組もかなりの数に登る。全国的にみても、かなりの倍率を誇る名門校、といってもいいだろう。

 そんな烏丸学園における最大の魅力とは、代行職専門課程が実施されている点だ。

 代行職制度における最大の醍醐味としては、戦前まで規定の職業に限られていた特殊技能の行使を可能にする、代替執行権限の貸与が思い浮かぶだろう。しかし、在学中にこの執行権限を有するためには、国の実施する資格試験を勝ち抜かなければならない。筆記、実技、面接の三項目からなる試験は、職種によってその難易度もまた千差万別であり、個人の力のみで合格することは困難である。

 こうした困難な資格試験に挑む学生達をサポートすべく新たに加わった教育課程こそが、代行職専門課程である。しかし、代行職制度の実施以来、複雑怪奇なまでに細分化した潜在資格全てを網羅することは難しく、ほとんどの学園では、人気のある一部の職種に限り、専門課程を導入しているにすぎなかった。

 だが、烏丸学園は目録にして台帳数百冊を軽く突破する全職種に対して、完全なる支援を実行することをうたい上げ、設立された。これこそが、烏丸学園に人気が集中する要因の一つになっている。

 逆に言えば、この学園にいるものは、皆なにがしかの代行職に就くべく集まった者たちと言ってもいい。

 故に、学園内には学校側が開催するセミナー以外にも、学生たちが主体的に運営する代行屋と呼ばれる組織が存在する。代行屋では、職種ごとに集まり、資格試験の突破を目指したり、特殊技能を駆使する仕事を請負うなどして技能の鍛練を積む、などといった活動が日夜行われている。学園側もこれを奨励し、申請すれば、わずかばかりの予算や職室とよばれる活動拠点を得ることもできる。

 しかし、ここで一つの問題が発生する。

 代行職にはそれこそ千差万別の専門技能職が存在するわけで、適正者の多い職種もあれば、当然少ない職種もある。そして、学園の予算にも、敷地にも、限りがあるのも確かな事実。数が力を持つのは世の常で、予算も泣ければ拠点もない。そんな代行職はざらにあり、彼らは自身の適正職の力のなさに、涙を飲むのであった。

「──そんなわけで、我等が職長は考えたわけだ。ならば、我等も集まればいいとね。無数に存在した弱小代行職者達をまとめあげ、拠点と予算を勝ち取った。僕らが誇る万屋代行の成立した瞬間だねぇ」

「うるさい。黙れ。口を閉じろ。むしろ息もするな」

「やれやれ。酷い言いぐさだねぇ。僕がせっかく万屋の成立した歴史的経緯を説明していたというのになぁ」

「そんなもんいらん。必要ない。知らんでも活動できる。おまえが去れ」

 ゴミゴミした空間の中央に、ポツンと置かれた椅子と机があった。そこに腰掛け言い争う二人の生徒。一人は柔らかい口調で、相手をなだめるように話す線の細い男子生徒だ。なぜか、学生服に黒いシルクハットを被っている。もう一人はどこかやさぐれた雰囲気を周囲に振りまく背の低い女生徒であった。腰には細長い長物──日本刀を吊るしている。

「単純一直線のチャンバラには困ったものだ。これぐらいの話も、黙って聞いて居られないとはねぇ。まったく嘆かわしいことだよ」

 皮肉げな動作で肩を竦めて見せる男子生徒に、女生徒がまなじりを上げる。

「ふん。挑発か? なら、いつでもいい。かかってこいよ、インチキ手品師。叩き切ってやる」

 腰に吊るした長物に手を掛け、挑みかかるように口の端をつり上げる。

 インチキという言葉に、男子生徒の方は浮かべていた笑みを消す。

「挑発? 馬鹿を言ってはいけないねぇ。単なる事実の指摘だよ。時代錯誤のチャンバラ使い」

 言い含めるように、ゆっくりした口調で、侮蔑の言葉を言い切った。

 一瞬の間。

 鞘走りした日本刀が一閃される。空間を切り裂く銀光が三条、ばさりと広がった黒布がサイコロの目を浮び上がらせ、次の瞬間にはズタズタに切り裂かれた。

 だが、対面に腰掛けていた男子生徒の姿は、忽然と消え失せている。

 女生徒は舌打ちを洩らし、殺意を込めた視線を背後に向ける。視線の先には、地面に落ちたシルクハットがポツンと存在していた。

「くそ忌ま忌ましい、インチキ手品師が」

 吐き捨てると同時、奇怪なことに、シルクハットの内側から声が返る。

「むやみやたらとそんな凶器、振り回さないで欲しいものだねぇ、時代錯誤のチャンバラ使い」

 地面に落ちたシルクハットの下から、ニョキリと手が伸ばされる。その手はシルクハットのつば先を掴んだかと思えば、徐々に持ち上げられていく。それと同時に、シルクハットの下から足先が現れ、膝が現れ、腰が現れ……完全に帽子が持ち上げられた頃には、その場所にはシルクハットを片手で押さえながら、何事も無かったかのように佇む、男子生徒の姿があった。

「やれやれ、服が乱れてしまったよ。黒布も一枚無駄にしてしまったことだし……いったいどうしてくれようか」
「はんっ。やる気があるなら、最初からそうしろ。いいぜ、来いよ」

 両者の間に漂う空気が、充満する殺気に当てられ、凍りつく。

 向かいあう両者の間に、もはや言葉はない。

 ただ、その瞳が語る。

 己の持てる限りの力をもって、この敵を殲滅すると。

「かかってきなっ!」
「後悔したまえ!」

「えらいこったぁあああああっ────」

 扉が開け放たれ、生徒が一人駆け込んで来た。

 駆け込んできた生徒を中心にして、右にはステッキを叩き上げる男子生徒、左に刀を振り上げる女生徒の姿があった。

『あ』

 両者の声が重なりあって、突然の乱入者を見やる。

「へ?」

 間の抜けた声を上げる、乱入者。

 しかし、放たれた獲物が停まることはなく、互いの敵の間に身を置いた乱入者へと、凶器は物の見事に叩き込まれた。

 ゴミ屑のように吹き飛ばされる乱入者。

 硬直した二人を余所に、扉が再度開く。現れたもう一人の人物は床に転がる相手を冷静に見据える。

 彼女は床に転がる人物に近づくと、脈を図り、瞼を開き、瞳孔の確認を終えると、両手を揃えてつぶやいた。  

「御臨終だ」

 乱入者──黒河慎夜の末路については、結論だけ述べておこう。

 とりあえず、死ぬことだけは、免れたと。

 ──合唱。


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  1. 2006/09/04(月) 16:19:12|
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第1話 中編

 会議とは焼き肉に似ている。

 目の前で焼き上がるときを、ただひたすら待つ。その間、無言が場を支配しようとも、既に戦いは始まっている。視線による牽制、野菜による自己領域の確保、ダーティな技になると、使用済みの箸をもって肉をひっくり返す。なかなか小癪な一撃だ。

 しかし、すべては肉の確保という一点に向けて集約され、あらゆる行為が許される。

 水城征治は目の前で繰り広げられる、脂ぎった政治闘争を見据え、そのようなことを思った。

「──では、基本的な予算は継続ということでよろしいですね?」

 議長である生徒会長が、場をまとめる発言をする。

 周囲には不満の空気が渦巻いていたが、彼女の言葉にわざわざ逆らうような物好きは居ない。生徒会とはそういうものだ。代行職において統治種にあたる適正職種を持つ者のみが所属することを許される、政治闘争の魔窟。ましてや、相手はその頂点に君臨する生徒会長。

 面白い小話がある。ある生徒が生徒会選挙に不正があったらしいなんていう、よくある噂を囁いた。次の日、その生徒は転校した。何の前触れも無く、その痕跡すら残さず、綺麗さっぱり、消え失せた。理由は言わなくても、わかるよな? そんな小話だ。

 事実かどうかは、言うまでもない。そんな小話が流布するほど、生徒会とはその権威をもって、その権力を行使する。そうした機関である。その認識があればいい。

「それでは、次の議題へ移りましょう」

 会長の言葉に、脇に座る副会長が用紙を片手に立ち上がる。

「新入生の勧誘に関することです。この学園が常に優秀な学生を求めていることは、皆さんもご承知のことと思います。そんな皆さんが代行屋に所属し、技能の研鑽を積むことは、学園にとっても好ましいことです。しかし、代行屋への所属は義務ではありません。強引な勧誘は、学園としても好ましいものではないことを、皆さん念頭において下さい。なにごとも無く、この春を乗り切ってくれることを、生徒会は期待します」

 水城征治はわずかに眉を寄せた。

 新入生の勧誘が苛烈なものになるのは毎年恒例のことだ。このような訓示を述べられるのもまた、いつものことと言っていいだろう。会議の終盤ということもあり、蓄積された疲労から大多数のものはこの訓示を聞き流している。だが、水城征治は見逃せない、微かな違和感を得た。

 会議参加者のうち目端の効く者は、水城と同じように顔をしかめている。

 訓示に違和感を得なかった者も、室内の異様な空気を察してか、落ち着かなさげに身体を揺すっている。

「──それでは、本日の会議は終了ということで、よろしいですね」

 生徒会長が言葉を引き継ぎ、もの問いたげな参加者たちを尻目に、会議の終わりを告げる。

 わずかに弛緩した空気の中、会議の終了と共に、ざわめきが戻る。

「そうそう──一つ、忘れていました」

 今にも席を立とうとしていた誰もが引き止められる。そんな絶妙な間をもって、その声は放たれた。

 会議参加者の視線を、その一身に集め、彼女は明日の献立を話すかのように、軽やかな調子で、付け足しのように、その言葉を放った。

「今年の新入生の中には、特級資格保持者が居るとのことです」

 教室がざわめく。

 水城もまた、たいしたものだと、胸中で思う。

 特級資格とは、数ある代行職種の中でも、その資格取得が際立って困難だとされる資格のことを指す。試験の超絶的な困難さから、学園内においても両手で数えられるほどの人数しか、その存在を確認されていない。水城は純粋に、その新入生の力量に感心し、感嘆の念を抱いた。

 しかし、周囲の人間は異なる想いを抱いたようだ。なんとなれば、特級資格保持者を有する代行屋は、いずれも学園有数の人数を誇る大手団体であるからだ。

 特級資格とは、それだけ、人を引きつける。

「私の話は、以上です。皆さん、くれぐれも、節度ある勧誘をお願いします」

 会議参加者のうち、情報に分類される代行屋の職長たちが、会議室から足早に去っていった。さらなる情報を求めるべく、学園中を駆けずり回るのだろう。おそらくは一両日中には、どの生徒がその特級資格保持者であるか判明し、学園中にその情報が飛び交っているはずだ。

 水城はその生徒に同情した。

 特級資格保持者といっても、新入生である。入学そうそう、学園中を巻き込むようなお祭り騒ぎに参加させられることになるのだ。

 しかし、可哀相ではあるが、仕方がないとも思う。所詮は人事である。対岸の火事を眺めるのは、さして苦痛ではない。

 かぶりを振って、席を立とうとした瞬間──背筋が泡立つ。

 感覚の発信源に視線を向ける。

 生徒会長が婉然と微笑みながら、水城に向けて、流し目を送っていた。

 こちらが視線に気付いたことを確認すると、満足したように一度頷き、生徒会メンバーを引き連れ、会議室を歩み去った。

 すべての人間が会議室を去った後も、水城は一人、その場に佇み、考える。

 生徒会長の真意はわからずとも、その意図は理解できた。

 ようするに、彼女はこう言いたかったのだろう。

 ──あなた達は既に関係者である、と。

 厄介な話だ。

 水城征治──万代行屋職長は、額を押さえながらため息を吐いた。


 * * *


「──で、あんたはこの馬鹿の弟子になりたいと?」

「その通りだ」

 疑念に満ちた問いかけに対して、一ノ瀬結唯が端的に答える。

「うむ、それは考え直した方がいい。ヨルと知り合いであるというだけでも厄介だというのに、こともあろうに弟子とはねぇ。あまりに予想だにしなかった事態に、僕は卒倒する寸前だ」
「果てし無く気にいらんが、私もそう思う。あんたはまだ若い。人生捨てるには早すぎるよ」

 シルクハット被った男子生徒が頭を抱えて叫び声を上げ、腰に長物を指した女生徒が真剣な表情で言い諭す。

「……あんたら、そこまで言うか」

 全身を包帯でぐるぐるまきにしたミイラ男こと──黒河慎夜は半眼で吐き捨てる。

「年がら年中シルクハット被ってる変人代表の春日井怪奇とか、なんでもかんでも刀で解決しようとする人間凶器の香坂静流とかに、言われる筋合はないと思う、が……」

 包帯がハラリと解け落ちる。

 首の皮一枚のところに突きつけられた刀が、もうちょっとだけ食い込みたいなぁ、と自己主張する。眉間に突きたてられたステッキの柄が、頭蓋骨砕いちゃうよ、と訴える。

 額を滴り落ちる汗が、濁流のごとく流れ落ちる。

「僕が……何だと言ったかなぁ?」
「万代行屋が誇る希代の奇術師、春日井怪奇さまデス」

「私がどうだって?」
「万代行屋が誇る見目麗しき令嬢、香坂静流さまデス」

 答えに両者は満足げな笑みを浮かべると、その凶器を引いた。

 いつか見ていろこの変人どもが! 慎夜は胸の内で口には出せない罵倒を叫ぶ。だって声に出す勇気はないからだ。いや、力量を省みない行為は勇気でなく、蛮行と呼ばれるものだ。だから、この選択は正しいのだ。きっと。おそらく。たぶん。

 慎夜は自らの精神状態を安定させるべく詭弁を組み立てるも、内心では虚しい風が吹き荒れて止まらない。ああ、俺ってチキン。

「しかし、なんだって、よりにもよって、ヨルの弟子になりたいのだね?」

 さっぱりわからんと、春日井が首を傾げる。

「学園に申請されてるこいつの職種って、アレだよ」
「そう。アレであろう。無職とかわらん職種であろうにな」
「──無職言うなぁっ!」

 慎夜は机を叩き、椅子を蹴飛ばして立ち上がる。

 そう、これだけは、黙って居られない。己の職種を悪しざまに言われて立ち上がらぬ物など、人ではない。埃無き人は人ではなく、豚なのだ。

「俺は、無職じゃないし、学園への申請も受理されてんだ! 職連も認定してくれたし、今更どうこう言われる筋合いはねぇぞ! ことに、これだけはたとえお前らだろうが、何にも言わせねぇぞ!!」

 猛り狂う慎夜に対して、春日井と香坂は気まずそうに視線を合わせる。

「とはいえ……なぁ」
「だって……ねぇ」

 二人は口を揃えて、その職種の名称を告げた。

『正義のヒーローって、どうよ』

「可哀相な人を見るような視線を向けんじゃねぇ!」

 そうなのである。

 黒河慎夜。

 所属代行屋は万屋。

 申請職種は学園開校以来──というか、代行職制度が実施されて以来、存在しなかった職種であり、申請した者もまた皆無の職業。

 申請職種の名は《救い手》──誰かの危機に駆けつける、そんなお伽話に語られるような、所謂一つのヒーローだった。

 黒河慎夜の名が学園中に広まった所以の一つだ。

 鼻息も荒く抗議する慎夜に対して、二人は彼の肩をポンポン叩いて応じる。

「わかった。わかった。お前は正義の味方だよ」
「うむうむ。わかっているよ、僕たちは。だから落ち着きたまえ、えーと、ヒーロ?」
「くっ……屈辱だっ!」

 慎夜は歯をぎしりと噛みしめ、浴びせられる生暖かい視線に耐えた。

 しかし、急に不安になる。

「ええと、さ。一ノ瀬。ほんとに、その、俺なんかの弟子になりたいの? この通りさ、会うやつ会うやつ、馬鹿にするようなのばっかりだ。俺は自分が心底やりたくて選んだ道だからいいけど、なんでこんなやつの弟子になりたいわけ?」 

 こんなやつと、自分自身を指して尋ねる。

 春日井と香坂が深く深く頷いたのが腹立たしいが、とりあえず今は無視して、一ノ瀬の答えを待つ。

 向けられる三対の瞳に、一ノ瀬はもっともな疑問だ、と口を開く。

「それは──」

 微かな振動が、机を揺らす。ピタリと口を噤む一ノ瀬。

 それを感じ取ると同時に、四人は一瞬にして、四者四様の行動を取った。

 春日井怪奇はシルクハットに手を突っ込むと、引き出した黒布を扉に向けて大きく開く。
 香坂静流は深く腰を落とすと、扉とは反対方向の壁に向け、日本刀を一閃する。
 黒河慎夜は一閃された壁を見据えながら、他の三人を抱え込むべく両手を伸ばす。
 一ノ瀬結唯はどこか疲れたような表情を浮かべると、言葉を続けるべく、その口を開く。

 そして、そのときが来る。

 扉の向こうから飛来した無数の弾丸が春日井の広げた黒布に叩き込まれる。
 扉の対面に位置する壁が、香坂静流の一閃に切り抜かれ、瓦礫とかして崩れ落ちる。
 自分以外の三人を抱え込んだ黒河慎夜は、作り出された逃走経路に向け──飛び込んだ。

 襲撃者は不明。
 状況は不可解。
 理解に至るには、あらゆる情報が不足している。

 ただ、一ノ瀬結唯の呟きが、当面の指針となった。

 彼女が自分を頼った理由、それは──

 ──私が、悪の組織に狙われているからだ。

 轟、と吹きつける風が、慎夜のまとう漆黒の外套をはためかせる。

 眼下に広がる競技場に向け、四人は一瞬も躊躇うことなく、校舎の三階から飛び下りた。

 このときをもって、後に学園史上トップテンに入る被害総額を出すことになる《災禍の昼下がり》の幕は上がった。

 同時に、この事件は、この先起こることになる一連の騒動の前触れでしかなかったのだが──

 今はまだ、それを知る者は居ない。

  1. 2006/09/04(月) 16:17:24|
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第1話 後編

 水城征治は一人廊下を歩いていた。

 先程の会議を反芻しながら、今後自分はどう動くべきか検証する。

 あの会話の流れから察するに、特級資格保持者たる件の新入生は、この水城征治が運営する万屋に関わりがある、もしくは関わろうとしてる存在なのだろう。件の新入生がどのような性格、嗜好、資格を持つかについては、いまだ判断する資料がないため、考察する術がない。

 考えるべきは、もしその新入生が万屋に所属したいと言ってきた場合に関する、こちらの対応だ。

 特級資格保持者は、それこそ引く手数多の注目株だ。その動向は注視され、もし件の生徒が既に所属したい代行屋に当たりをつけているなどという情報が知れ渡れば、大変な騒ぎになるだろう。それこそ、恫喝じみた勧誘や、志望先に受入拒否を迫る動きも起こり得る。これはかつての水城自身の経験から言っても、確かなことだ。

 言うなれば、件の生徒の志望先は、騒動の種を抱え込むことになるとも言える。特に拡大志向を抱いていない代行屋にとって、そんな生徒を受け入れることは、厄介な荷物を請け負うことにも等しい。

 なら、万屋はどうか?

 この水城征治には、そうした生徒を受け入れるだけの度量があるのか?

 問われたならば、彼はこう答えるだろう。


 万屋は、来るものは受け入れ去る者は追わず、という不文律を保っている。
 故に──いかなる外部からの干渉にも屈さず、ただ受け入れるまでだと。


 水城は件の生徒が万屋への所属を志望することに関して、なんら思うことはない。

 ただ、こうも考える。

 なにも必要以上に、話を大きくする必要などない、と。

 検証すべきは、生徒が万屋へ所属する際に起こり得るであろう騒動を、如何に最小限にとどめるか、である。

「やはり件の生徒へ私自身が直接接触し、その志望の是非を尋ねるのが急務か……」

 それさえ把握でききれば、あとはどうとでもなる。志望するというなら、その旨を公言しないよう諭せばいい。ある程度情報の流れを遅延できれば、その間にしかるべき手順を踏んで情報の隠蔽、各界への根回し、などといった政治的対処がスムーズにいく。

「……当面はこの方針で望むとしよう」 

 口元だけで呟き、何度か頷く。

 できるか否かについては、言うまでもないことだと水城は考える。

 それだけの影響力を保持することが、代行屋を束ねる職長たる自身の勤めである。

 そう理解しているからだ。

「件の生徒を把握するためにも、早急に工房へ赴くとしよう」

 納得の行く解答が出たと、水城は微笑を浮かべる。

 幾分軽い足どりになって、廊下を進む。途中、何人かの生徒とすれ違う。だが不可解なことに、その誰もが声を潜めながら、なにやら興奮気味に言葉を交わしていた。

 このとき既に、水城はなんとも言えない嫌な予感を感じていた。

 さらに言えば、予感が確信に変わるのにも、それほど時間はかからなかった。

「号外! 号外! なんと、真昼の学園に襲撃事件だ!」

 掲示板の前に集う人だかりの群れ。その中央、簡易的に作られた台座の上で、額に情報命と書かれたハチマキを巻いた生徒が熱弁を振るっていた。

「しかも襲撃されたのは職室が列なる東棟! 数少ない目撃情報によると、現場にいたのは毎度毎度騒動の渦中にあるあの万代行の三人組と、なにやら曰くあり気な新入生だって話だ! ん……なんと!? これはまだ裏付けとれてない情報だけど、なんとその生徒は特級資格保持者だって話しだ! いやぁ、でも、こりゃほんとかね。でもま、万屋ならどんなことがあっても当然かねぇ」

 のっけから、水城の構想はすべてが躓いた。

 あまりのことに、さすがの自分も空いた口が塞がらない。

 しかも、話はまだ続く。

「それと最後に、わりと重要そうな情報を一つ。驚くべきことに、なんと彼らは今もその襲撃グループと交戦中だって話だ。第七グラウンドの方に向けて移動しながら、現在進行形でドンパチやらかしてるそうだぞ。だからみんな、気になるからって、第七グラウンドには近づきすぎないようにしようね。詳細は情報が入り次第、うちらがどんどん伝えて行くんで、安心して下さいな。みんなの情報収集を代行するNESネットを、これからもよろしく~!」

 話が終わると同時に、拍手が廊下に巻き起こる。せっせと簡易式の台座を片づけ情報屋が去っていくと同時、停滞していた廊下の人の流れが、何事もなかったかのようにもとに戻る。

 この程度の騒動には慣れきった学園生徒ならではの反応だったが、水城はこのまま日常に埋没することは許されそうになかった。

 脳裏に、悪魔のように笑う生徒会長の顔が蘇る。

 特級資格保持者の新入生。

 あの会長が会議で話題に出し、わざわざ自分に忠告を飛ばしてまで、存在を明らかにしたような相手だ。

 件の生徒が、単なる特級刺客保持者であるはずがなかった。

 しかし、それでも水城は、信じたかったのだ。

 あるはずもない存在──平凡という名の一日が、確かに存在することを。

 脆く儚い、夢だった。

 水城征治は額を押さえ、これからすることになるであろう、自らの率いる代行屋職員の尻拭いのために、頭を悩ますのであった。



                 * * *



「だぁ、なんだありゃ!? 正直言うぞ、信じらんねぇ!!」

 黒河慎夜は全身全霊を持って、グラウンドをひた走っていた。

 背後から無数の爆音が轟く。数秒間隔で着弾する鋼鉄の雨がグラウンドを地獄の戦場に変える。空中で別たれた無誘導のロケット弾が、走り抜ける慎夜達の後を執拗に追い求める。

「黙れうるさい切り裂くぞ。集中乱れて死にたいか? いやむしろ死ね」
「シズルに賛成。いくら僕らでも、この状況はちょっとまずいんだよねぇ。ほんの少しのミスが命取りになる故、君らは大人しくしていたまえ」

 慎夜の僅か後ろを、一定距離を保って走るシズルとカイキが口を揃えて言い諭す。二人はそれぞれ武装を構え、飛来する弾頭を正確に叩き落としている。二人が一撃を放つ度に、迎撃された何かが地面に落ちて、冗談じみた爆音を上げる。

 げんなりと肩を落としながら、どこか彼方に遠のこうとしている常識に想いを馳せる。

「しかし、普通は思わんだろ。いくらなんでも、あんなもんが襲撃して来るなんてさ」

 硝煙と粉塵の漂うグラウンドの向こう側で、揺らめき動く不気味な影があった。無数の足をギチギチと動かし、地面に穴を空けながら凄まじい勢いで走り寄る。

 まるで、蜘蛛だ。

 全長八メートルに及ぶ巨大な機械の体躯。計八本におよび足が動くたびに、金属同士を擦り合わせたような耳障りな音が上がる。生き物なら顔にあたる部分で、不気味な赤い光を湛える集光レンズの複眼が、不気味な駆動音と共に蠢く。

「黒服着たギャング男とかさ、頬に縫い痕もってるヤクザ屋さんとかなら、まあ、まだわかるよ。でも何さ、あれ。あんな機械グモが学園に襲撃するとか、普通思わんだろ?」

 ありえねぇ、と慎夜は更に呻いた。

 すると、何が気になったのか、一ノ瀬結維が唐突に顔を慎夜に向ける。ちなみに、彼女は現在、慎夜に抱き抱えられた状態にある。ともかく、慎夜と一ノ瀬はそんな状態にあるため、それがわずかな動作であっても、慎夜にすぐに伝わるのだ。

 何かもの言いたげな瞳を見据え、慎夜はとりあえず相手の発言を促してみる。

「何だ?」
「正式には急襲制圧式多脚戦車。無人兵器で、密集領域の制圧能力に優れている。通称メカ蜘蛛君だ」

 一ノ瀬が冷静な口調で、間抜けな通称を言い切った。

「メカ蜘蛛君……か」
「ああ、メカ蜘蛛君だな」

 とてつもない疲労感が慎夜を襲うが、被りを振って払いのける。

「なんにしろ、お前はあれについて何か知ってるんだな?」
「知っている。それもかなり深く」

「なら当然聞くが、あれはお前を狙ってる、悪の組織とやらの送りこんだもんだな?」
「……そうだろうな。かなり執拗だが」

「────それで、言う気はあるのか?」

 そう尋ねることが、当然であるかのように擦り込まれた質問に、それまで澱み無く答えていた一ノ瀬の言葉が、初めてそこで停まる。浮かぶ表情に戸惑いと、わずかな敵意が入り交じる。

「何を……言いたい?」

 睨み付ける一ノ瀬結唯に、黒河慎夜はあっさりと口を開く。

「弟子にしてくれって言葉は聞いた。弟子入りしたい理由も聞いた。お前がどんな思惑あって、そんなこと言ってるのか、俺にわからんし、訊こうとも思わんさ。したいと思ったのなら、すればいい。すべてはお前の選択だからな」

 万屋に集まる人間は、誰もが変わった奴ばかり。自分勝手で、傲岸不遜な、他人に迷惑かけることなく生きることなんかできはせず、もとより考えもしない者ばかり。

 そんな連中でも、誰もが共通して備えるものが一つだけ存在していた。

「けどな、この状況まで想定して申し出たんなら、それだけじゃ足りねぇよ。状況に流されるだけじゃ、俺は動こうと思わんの。求められもせずに動くなら、それはただの独善でしかないからな」

 それは揺り動かしようのない、一つの認識。

「ただ、覚えとけ。お前がそれを言うなら、その瞬間から、俺はお前の側に立つ。悪鬼羅刹の蠢く魔窟だろうが迷うことなく飛び込んで、その手をつかんで引きずり上げる。どんな状況にある奴だろうが、求めるもんには手を伸ばす。それが、俺の職業意識。ただ一つの動く理由だ」

 どこまでも強固に築き上げられた──職業意識。

 だからこそ、黒河慎夜は問いかける。抱き上げた彼女を見据え、視線を逸らすことなく問いかける。

「一ノ瀬結唯。お前が俺に求めているものは、なんだ?」

 爆音に満ちたグラウンドに、その問いかけはどこまでも澄んだ音と共に響き渡った。

「……あなたは、真っ直ぐだな」

 わずかに顔を俯かせ、一ノ瀬がつぶやく。

「それを言うことは、私の矜持を損なう。だからこそ、これだけ回りくどい手段を取ったと言うのに……それでも黒河先輩、あなたはその言葉を私に求めるのか?」

「これだけはしょうがない。俺にとっても譲れない一線だからな」

 肩を竦めて見せる慎夜に、一ノ瀬はため息を一つつく。

 俯かれていた顔が持ち上がり、慎夜を見据える。

「私が求めるものは、伸ばされる手、すくい上げる誰か、状況を納める者──《救い手》だ。
 だから、私はあなたにこの言葉を贈ろう。
 《救い手》黒河慎夜は、この私、一ノ瀬結唯を──助けなさい」

 告げられた宣言に、一瞬呆気にとられた慎夜は、次の瞬間には爆笑していた。

 一ノ瀬のあまりに明快な要請に、沸き上がる笑いの衝動は一向に収まる気配を見せない。 

「それで、どうかな? あなたの要望には添えたと思うが」

 すました顔で尋ねる相手に、にやりと笑いかける。

「オーケ、オーケ、完膚無きまで承知した。今このときをもって黒河慎夜は、一ノ瀬結唯の要請を、全身全霊をかけ達成することを誓おうじゃないか。
 俺の申請職種は、なんてったって、《救い手》だからな」

 力強く言い切ると、慎夜は足を止め、一ノ瀬をその場に降ろす。

 後ろを走っていた二人がすぐさま追いついて、慎夜にちらりと視線を向ける。

「それで、話はついたのかね?」
「もちろんついたさ」
「ふん。ヨルはいつも面倒臭い。そんな手順を一々踏むなんて、私ならかったるくってやってらんないね」

 面倒臭そうに刀を鞘に納める香坂に、慎夜は胸を張る。

「だろうな。だが、それこそが、俺の代行すべき職業だ」

 自負をもって答える。

 怪奇は苦笑し、静流が鼻をならす。

 前に出る慎夜に合わせて、二人が後ろに退く。

「では、後は任せるよ」
「さっさっと終わらせな」

 肩を叩いて送り出す二人に、慎夜は笑みを浮かべる。

「ああ、任せろ。すぐに終わらせるさ」

 そして、粉塵の向こうを見据える。

 粉塵の向こう、グラウンドの中央付近に佇む兵器の姿があった。突然動きを止めたこちらを警戒してか、それまで間断なく打ち込んでいた砲弾の雨が止んでいる。だが、たとえ相手の攻撃が停まっていなかったとしても、慎夜の行動は変わらなかっただろう。

「誰かの為に動くヒーローは、無敵だからな」

 身に纏う漆黒の外套を翻し、兵器と対峙する。

「──目に物見せてやるよ、メカ蜘蛛」



                 * * *



 ヒーロー、などという職種は本来存在し得ない。

 当然のことだろう。誰かの危機に颯爽と駆けつける救い手。そんな抽象的な概念像を職種として認定することができるはずがないのだ。

 しかし、黒河慎夜の代行職種は《救い手》──いわゆるヒーローと呼ばれる資格を有している。

 彼の保持する認定可能職種は多岐にわたる。軍の装甲騎兵操縦資格から始まり果ては生体工学研究資格に至るまで、ありとあらゆる分野に精通している。

 しかし、彼がなりたい職種は《救い手》に他ならなかった。

 この世界に絶望し、救いを求める人の為に駆けつけたい。

 それが黒河慎夜の行動理念。

 故に、彼はそうなるべく力を磨いた。貪欲に知識をつけた。

 しかし、個人の力では決して解決し得ない状況というものは、厳然と存在する。

 千差万別に存在する、危機的状況すべてに対応する事など、人の身では不可能なことだ。

 それでも、彼は認められなかった。認めようとしなかった。

 ひたすら自らの信じた道を進み、ありとあらゆる状況を打倒し得る力を追い求めた。

 どこまでも貪欲に、追い求めた。

 その果てに、彼は一つの答えに辿り着く。

 自身では、決して対応できない状況があるなら──

 状況に応じて、直面する危機を打倒し得る存在へと、自らの存在をすり替えればいいと。

 あまりに常軌を逸した考えだったが、最終的に、彼はそれを実現することになる。

 こうして、過去のある時点においては勇者とも、魔王とも、聖者とも、悪魔とも呼ばれた存在──世界真理執行者が、この現代において復活した。

 神にも悪魔にもなれる力を保持しながら、彼が望んだものはただ一つ。

 《救い手》になりたい。

 それが、どこまでもお節介な、人々に感謝される救世主にして、時に憎悪される人間災害が誕生した瞬間だった。



                 * * *



 視界を走る影──

 それを認識した瞬間、無人兵器が吹き飛ばされる。硬い金属を穿つ高音が響き渡り、一瞬遅れで校舎の壁面に激突した兵器が、崩れ落ちる瓦礫の中に埋没する。

 対面に位置する場所には、漆黒の外套を翻し、ただ素手の右腕を突き出す黒河慎夜の姿があった。

「……殴るって行為には、殴り飛ばされる対象が存在するのは当然だよな?」

 口元を吊り上げ、黒河慎夜は自らの殴り飛ばした存在を見据える。

 殴り飛ばされた無人兵器の装甲には、冗談染みた歪みが走っている。その起点となった位置には、制作者ですら見落としていたような、装甲の継目が脆くなった箇所が存在していた。

「人によって造られた存在ならば、欠陥が存在し得ないという事も、有り得ないよな?」

 ギチギチと耳障りな音を立てながら、無人兵器が瓦礫を強引にはね除け起き上がる。自らの敵対者に向けて駆ける。醜悪な足の一本が振りかざされる。炸裂火薬を仕込まれた射出機構による重い一撃が地を穿つ。

 グラウンドが、爆ぜ割れた。

 舞い上がる粉塵の中、機械蜘蛛はその複眼を蠢かし、周囲の様子を伺い探る。一瞬にして脅威認識度が跳ね上がった敵対者を警戒し、兵器は油断することなく、己が敵対者の在り処を探る。

 だが、それも無駄な行為に過ぎなかった。

「……また、さして動き回らずとも、攻撃が必ず当たるというような道理は無いよな?」

 振り降ろされた前足の僅か数センチ先の空間、まるで其処に攻撃が来るのが当然とわかっていたかのように、ただ一歩引いた位置に、己が身体を動かしていた黒河慎夜の姿があった。

 振り降ろされた前足をゆっくりと素手で撫で上げ、黒河慎夜は笑う。

「そして有り得ない事象など──それこそ存在しない。
 この世のありとあらゆる事象には、必ず起点となる行為と、終点たる結果が存在するのが道理だ」

 まるで世界そのものを従えるかのように、黒河慎夜は傲岸な仕種で両手を広げる。

「だから、俺は証明してやるよ。救いを求めたならば、そこに救われない者など決して存在し無い事を……」

 風にあおられた漆黒の外套が翼のように翻り、広げられた両手が天に突き上げられる。

「【救世代行ぐぜだいこう】の名の下に、この俺が体現する事でな」

 宣告と同時──再び黒河慎夜の姿がかき消える。

 戦車が冗談染みた轟音を上げながら、再び呆気なく吹き飛ばされる。視界の端に時折映る漆黒の影のみが、それを成した相手が確かにそこに存在する事を証明する。

 一ノ瀬結唯はそうした目の前で展開される光景を、ただ息を飲んで見据えていた。

「……ヨルの執行技能は、法理干渉系の亜種と言われているな」

 傍らに佇む春日井怪奇が、そんな一ノ瀬の胸中を見透かすようにして、小さく囁き語る。

 法理干渉とは、代行職制度において、其の資格有すると認められた者にのみ貸与される執行技能の一つ。無限に偏在する可能性に働きかけ、自らの望む有り得た可能性の一つを引き寄せ、この世界に体現する技能。

「しかし、それではヨルの技能を、正確に説明しきれない」

 いくら確率を操作できるとは言っても、有り得ない事象は決して起こせない。

 それが、絶対普遍の真理だ。

 しかし……

「ヨルは絶対普遍の世界法則をたやすく踏み越え、決して有り得ない世界をも従える」

 特殊な合金によって精製された複合装甲が、ただ拳の一撃でひしゃげ、破砕される。

「自らの直面する危機に応じて、状況を打破可能な存在に、自らの存在位階をすり替える。
 世界を欺き、あらゆる法則を踏み越え、絶対普遍の真理を、自らの望む真理にすり替え、執行する存在──【救世代行】真理執行者」

 無造作なだた一蹴りで、無人兵器が呆気なく、跳ね飛ばされる。

「何とも凄まじいものだとは思わないかい? あの化け物はさ」

 化け物と言いながら、春日井怪奇の瞳に浮かぶのはどこまでも楽しげな色だ。

「噂には聞いていたが……正直、アレ程の存在とは思わなかった」
「ふん。噂なんか所詮、話半分さ。……ま、噂の方がだけどな」

 香坂静流が刀を肩に担ぎながら、面倒臭そうに告げた。

「生身の人間が、クラスAの戦車に対抗できるとは……」
「はっ。あんた、何もわかってないね。あいつは《威海より這いずる者》を単独で殲滅して退けた事もある、正真正銘の化け物だ。日本みたいな平和ボケしてる国じゃなかったら、即刻国家専属の生体兵器認定を下されていただろうよ」

 香坂静流も乱暴に吐き捨ててはいるが、しかしその化け物に恐怖を抱いているようには見えない。

 一ノ瀬の抱く疑問を察してか、香坂があっさりと応える。

「結局、ヨルの奴は他者に求められないと動けない。そういう誓約を結んでいるからな。ったく、いったいなにを考えてんのやら、私には理解できんね」
「いやいや、何ともヨルらしいじゃないか。まさしく、あれこそ正真正銘のヒーローだ」

 二人の返事を聞いて、一ノ瀬は自分が間違っていなかったことを悟る。

「……《救い手》か」

 目の前には、ただ生身の拳を振るうだけで、特殊装甲を備える戦車を粉砕し、蹂躙する化け物がいる。

 だが、あの化け物は誰かに要請されなければ動かない。救いを求められなければ、動けない。

 ──なら、せいぜい利用させて貰うとしよう。

 一ノ瀬結唯は黒河慎夜を見据え、考える。

 この決断の先に待つのが、己が身の破滅か、それとも救済か、どちらかは未だわからない。だが、今はあの《救い手》から差し出された手を取ろう。自分を救って見せると断言した相手に、己が命を託そう。

 グラウンドに一際大きな爆発音が響きわたる。熱気に揺らめく空気の無こう側で、粉砕された戦車が、空に煙を立ち上らせている。

 完全に戦車が破壊されたのを確認すると、黒河慎夜は口元に笑みを浮かべながら、こちらに近づいて来るのが見えた。

「さて、とりあえずあの脅威は取り除いた。まあ、狙われているって言った以上、まだ終わりじゃないんだろうけどな。そうだろ?」
「ああ。これからもよろしく頼む、黒河先輩」

 素知らぬ顔で応じながら、内心で自分の行為の下劣さに吐き気を覚える。

 だが、この程度のことで、痛む良心など当に無くなった、

「こっちこそよろしくな、一ノ瀬」

 まるで含みも無く伸ばされる手を取り、一ノ瀬結唯は黒河慎夜と握手を交わす。

 何せ、この一ノ瀬結唯はかつて〝組織〟に所属していた、外道。

 この身はもはや地に堕ちた、悪の科学者に過ぎないのだから……。

「…………」

 かつて自らが作成を手がけた、無人兵器の哀れな末路を冷然と見据えながら、一ノ瀬結唯は今後自分がどう立ち回るべきかについて、冷徹に考えを巡らせるのだった。







 かくして、今回の襲撃事件には、一応の幕が降りる。

 しかし混乱に満ちた学園から、嵐の去る気配は依然として見え無い。

 錯綜する状況の行き着く先は、果たして如何なるものか?

 すべては────この瞬間に始まった。


  1. 2006/09/04(月) 16:16:50|
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第1話、あとがき

 はい、設定説明台詞が多すぎて訳わからん状態の第一話、終了です。
 ……いや、自分でもわかっちゃいるのですが、世界観説明するので色々と手一杯でした。
 今回登場した連中が代行学園において、主要な位置を占める登場人物になると思います。

 とりあえず、今回の主役である所の黒河慎夜と一ノ瀬結唯に関するコメント。

 黒河慎夜は、能力的には、最強に限りなく近い部類の存在を想定。
 まあ、それでも実際は幾らでも対処のしようはある訳で、今後色々と策に嵌められ苦しむ予定。
 強い弱いも状況次第……そんな武装司書シリーズ的戦闘シーンが書きたいものです。

 一ノ瀬結唯は学園モノ定番である謎の新入生、しかし恋愛要素皆無。
 無自覚に偉そうで、自覚的に黒い人。今後も色々と騒動の原因になって貰う予定。
 〝組織〟に関しては、いずれ話の中で出てくる……はず。

 視点や話は一話完結形式で変えて行くつもりですが、最終的には大規模な終わりに向けて、黒河慎夜と一ノ瀬結唯の二人に話が集約するような構成にできたらいいなぁーと儚い願望を抱いております。

 第二話は霊能探偵が主役の話か、新入生争奪戦のどっちかをやると思います。
 限りなく一般人に近い能力しか持たないハードボイルドもどきか、学園規模で巻き起こるお祭り騒ぎ。

 うーむ。……どっちも微妙ですな。

9/6
 少し台詞回しや地の文を改稿しました。まあ、ホント些細な違いですが一応報告です。

5/19
 代替執行権限の貸与期間を成人までに変更。
 よくよく考えたら、高校の三年しか使えないと試験に受かってもあんま権限を行使できる期間ないね。
 なんで小学生、中学生でも適性判定試験受けた後なら、試験に合格すれば執行権限を取得可能。ある意味、学徒動員を見込んだ鬼畜法案ですね。
/学園目次へ/
  1. 2006/09/04(月) 16:15:41|
  2. オリ長編文章
 
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