全手動軽文量産機

──A.L.M──

書庫へ戻る |  日記過去ログ |  アビス総合目次 |  ジャンク作品目次 |  お勧め一次創作 |  お勧め二次創作 |  掲示板 |  注意書き |

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

第2話 前編

 道端で段ボール箱に入れられた子猫が雨に打たれているのを見かけた男が哀れに思って子猫を連れ帰りミルクを与えたとしよう。

 子猫は男に与えられたミルクをチロチロと舌を出して舐め上げながらうなぁーと鳴くかもしれない。

 どこまでも子猫らしい動作に男は僅かばかりの暖かさを感じて飼う事を決めるだろう。


 結局の所、翌日、子猫は弱り切っていた体力を使い果たして死んだ訳だが。


「……まいった」

 出先から戻ってきた東道進は、永遠に覚めない眠りについた子猫の存在を見据え、心底参ったと額を押さえる。

 死んでしまって悲しいというのもあるが、現実的な側面から言っても、死んでしまった動物の扱いというものはなかなか処理に困るのだ。確か公園に死体を埋めるのも区の条例違反だとか聞いた事がある。

 確かに自分の記憶を探るに、さようならぴいちゃんと呼び掛けながらペットを埋葬する子供に、ずかずかと近づいてきた区の職員が、困るんだよねぇこんな所に死体埋められちゃぁ、などと心ない言葉で注意し、うわーんと子供が涙ながらに走り去っていく光景を眼にしたことがある。

 わびしい世の中になったものだと、自分が小学生だった頃を思い返す。そう言えば祭りの翌日には公園に金魚の墓が乱立して一種のホラーとして語られていたたなぁと感慨に耽る。

「……いや、現実逃避してる場合じゃないか」

 東道はまだ少し温かい子猫の身体を抱き上げ、どうしたものかと考える。

 条令違反とは言っても、見つからなければいい訳だ。見回りの来ない人気のない時間帯にでも公園へ向かって子猫のお墓を造るとしよう。見つかって掘り返されても行けないので、墓標は植えられた木にその役割を果たして貰うしかない。

 時間帯的にもちょどいい、と言うのはさすがに間違ってるような気がするが、深夜に近いこの時間まで見回っているような職員も居ないだろう。折り畳み式の傘を取り出し、外へ出る。

 ざぁざぁと振り注ぐ雨が、傘の脇から吹き込む風に運ばれ、水滴を頬に飛ばす。

 外へ行って穴を堀り、子猫を埋めて、手を合わせる。

 どうか成仏して下さい。

 一仕事終えた事に一瞬充足感を感じるが、すぐに結局子猫を助けられ無かった事実に思い至り、気分が沈む。そのまま暗い気分で部屋に戻り、子猫の入れられていた段ボール箱を片づける。昨日まで確かに存在した相手がいなくなってしまった事実に少し寂しさを覚える。

 チリン、と鈴の鳴る音が耳に届く。

 そう言えば、あの子猫には鈴付きの首輪がつけられていたなぁと思い出しながら、音源に視線を移す。

 宙に浮かんだ子猫がうなぁーと甘えるようにして、鳴き声を上げる。

 ごろごろと喉を鳴らして擦り寄ってくる半透明の子猫を見据え、やっぱこうなるかと東道は頭を抱えた。



 * * *



「それで子猫の幽霊に憑かれたと?」

 東道は自分の対面に位置する男の言葉に、ひたすらうなだれた。肩に乗った半透明の子猫が東道の動作に反応して、怪訝そうに小首を傾げる。

「まあ……そういうことです」
「相変わらずバカだね、君は」
「面目無いです……」

 ここは烏丸学園第十三食堂だ。不吉な其の番号と相まって、出てくる料理もマトモなものが一切無いと巷で評判の店だ。そうした噂のせいか常に閑古鳥が鳴いており、ちょっとした会話をするには都合の良い場所だった。

「君が憑かれやすい人間だってのは、随分と教え諭したはずなんだけどねぇ。まったくもって呆れ果てるよ」

 対面に位置するのは、室内であるというのにシルクハットを目深にかぶった、ちょっと変態入ってる学生服の男だ。アンニョイな服装センスにお近づきにはなりたくない人物だが、東道はそうも言ってられなかった。

「マジで申し訳ないです、ハル師匠」
「違う違う。そこはマスター・ハルと呼びたまえ、シン」

 東道にとってあまり認めたくない事実だが、目の前の変態、春日井怪奇は自分にとって唯一と言ってもいい、こうした案件で頼れる人物だ。そうそう無下には扱えない。

「まあ師匠の冗談は地球圏外に置いとくとして……どんな感じですか?」
「流されたっ!? しかも圏外って遠すぎっ!? ま、まあ、いいのだけどね……」

 不満そうにしながらも、春日井がシルクハットの端を持ち上げ、東道の肩に憑いた子猫を見据える。僅かに青白い光を発する瞳に射抜かれ、子猫がびくりっと全身の毛を震わせ、慌てて東道の背後に隠れる。

「見た限りさして害は無いね。数日中に消えるであろう」
「そうですか、ありがとうございます、師匠」

 ほっと胸をなで下ろす。こちらの反応に春日井が不気味な笑い声を洩らす。

「くくくっ。そんなものを引き連れて居ては仕事にならないだろうからね。心配するのもわかるよ、シン」
「邪悪に笑わないで下さい師匠。邪神が復活して世界が破壊されかねません」
「それってどんな笑い方っ!?」

 何故かショックを受けたようにうなだれる師匠を怪訝に思いながら、東道は首を捻る。

「まあ……君はそういう奴だったね。ともかく、ただでさえ引き寄せやすい体質なんだ。子猫一匹とは言っても、憑かれた状態である事には変わりない。更に性質の悪いものを引き寄せ兼ねないのだから、もう少し身の回りには気を付けるつけることを薦めるよ」
「……すいません、師匠」

 気にするなと手を振ってくる師匠に、東道は恐縮する。実際、真面目なことを話しているときの春日井は東道にとっても尊敬するのにやぶさかではない人物となる。こういうとき、彼に迷惑を掛けるしかない自分の体質が疎ましく感じてしようがない。

「異相知覚持ちの苦労は僕もわかってるつもりだよ。君がその気なら殺霊技能の訓練を課してもいいのだけどね」
「それは……まあ、ちょっと」

 遠回しに否定すると、それは残念、と春日井があっさりと引き下がる。

「実際、そっち方面の適正を持っていながら、何でまた──探偵なんだい?」

 泥水のような凄まじい味わいのコーヒーを口元に運び、東道は問い掛けられた言葉を考える。

 そう──東道進が目指す代行職種は探偵だ。

 探偵とはそれなりに知られた職業だ。物事の本質を探ったり、殺人事件を解決したり、浮気現場の情報を集めたりと、こなす仕事の幅が広い職種でもある。

 まあ、そんな無数に存在する探偵像の中でも、東道進の目指す探偵はいささか他の探偵とは毛色の変わったものではあるのだが。

「うーん。幽霊だから妖怪だからってだけで、むやみやたらと切り捨て殺す、退魔の業が気に入らないっていうのが一番の理由ですかね」
「……まあ、僕は少しオカルトに通じているだけの奇術師だ。頭の硬い退魔師じゃないから、否定も肯定もしないよ」

 虚空から取り出したステッキを一本の花に変え、子猫の前に付き出す。左右に揺れる花に、東道の背中で警戒していた子猫が我慢できなくなって前足を伸ばす。

「少し所の話じゃないと自分は思いますけど……」

 何食わぬ顔で子猫と遊ぶ師匠を見据えながら、東道はあきれ顔でつぶやく。

 実際の所、師匠と呼んではいるが、この相手は中々得体の知れない人物だ。もともと自分が所属する代行屋の先輩で、東道が異相知覚技能を持ってると聞きつけ向こうから近づいて来た。さして詳しい背景は東道も知らなかった。

 わかっているのは、そうした方面に関する知識に飛び抜けたものがあり、下手すると学園講師なども完全には理解していないような事柄を、茶飲み話であっさり口にしたりする人物であるということぐらいだ。

「さぁて……どうだろうね? ああ……ところで、相談事はそれで終わりかい?」
「え、あ、はい。そうですね」
「なら新しい仕事が入ってたよ。職長が君に渡してくれって」

 渡されたファイルに、かなり詳細な内容が記されている。

「水城さんも大変ですよねぇ」
「まあ、彼が苦労人なのは確かだが、あれほどの人物は中々居ないだろうね」

 しみじみと万代行屋をまとめあげる職長の凄さに想いを馳せる。

 万屋は数ある弱小代行職者を集め設立された代行屋だ。しかし同じ一つの代行屋に属するとはいっても、設立の経緯からもわかるように、それぞれの保持する技能や職種は異なっている。そのぶん多種多様な仕事の依頼が飛び込む万屋だったが、任せる相手を一つ間違えば、大惨事になりかねない類の依頼もそれなりに存在する。

 すべては各人の適正に合った仕事を見抜き、割り当てる職長の腕一つに掛かっているといっても過言ではない。そして、実際にそれをこなせてしまうところが、《万代行屋》職長、水城征治の水城征治たる所以と言えるだろう。

「そう言えば、最近また新しい人物が入ったそうですね。真昼の校舎襲撃事件とかも聞きましたよ」
「ん? さすがに情報が早いね。そうした代行職を目指すだけのことはあると褒めておこう」
「……ぶっちゃけ学園内で、知らない人の方が少ないと思いますけどね」

 冷めた視線を向ける東道に、春日井が素知らぬ顔であさっての方向を向く。

「どんな感じの人なんですか?」
「うむ。かなり面白い人物だよ。なかなか裏が有りそうで、少しの間、退屈せずにすみそうだ。くくくっ」
「うわぁ……やっぱ邪悪だよ、この人」

 半眼でつぶやくが、春日井はまるで聞こえないといった様子でこちらに顔を向ける。

「そうだ、ついでだから頼まれてくれないか? ここ最近派手に動いている組織があったら、リストアップしておいてくれたまえ」
「別にいいですけど……組織ですか?」

 関係性のわからない頼みごとに、東道は首を傾げる。

「うむ。なんでも件の新入生は《悪の組織》に狙われているらしいからね」

 一瞬、理解が遅れた。

「……冗談じゃなくて、マジですか、それ?」
「まじりっけなしの本当だよ」
「まあ、確かに万屋にはヨルの奴が居ますからね、頼りたくなるのもわかる気はしますけど……」

 申請職種のあまりの特殊さと、前例の無い特異な保持技能で、学園のみならず全国的にも有名な、同じ万代行屋所属の同級生にして友達──と言うか類友の一人に、思考を飛ばす。

「でもあいつの解決した事件、発生した二次的な被害総額も学園で三本の指に入るんですけどね」

 基本的にそうした被害の損害賠償に関しては、事件が解決した場合に限り、依頼人が責を負う事になっている。故に、絶対に依頼された内容だけは達成するぜっと本人がかなりテンパりながら叫んでいるのを東道は聞いた事がある。そうした情報を知りながら依頼したのなら、なかなか肝の据わった人物と言えるだろう。

「僕としては面白ければそれでいいのだよ。探っておいてくれ、くくくっ」
「ははは。最低ですね、師匠」
「いやいや、そう褒めるな。照れるではないか」
「カケラほども褒めてないですよ、師匠」

 意思疎通が不可能なことを悟り、東道はこれ以上の指摘を諦める。

「ともかく、まあ、暇ができたときにでもよろしく頼むよ。仕事の方を優先してくれたまえ」
「まあ、わかりました」

 話は終わりだと去っていくシルクハットの変人を見送り、東道は手にしたファイルに改めて視線を落とす。肩の上に浮かぶ子猫が構って頂戴とファイルの前に鼻先を突き出すが、なんとか隙間を探して詠み上げる。

 水城職長の仕事はいつも正確であり、仕事内容がわかりやすいように見出しの言葉が付けられている。東道はいつものように見出し部分に書かれた文字を読み上げ、依頼内容を確認し、口の中で繰り返す。

「夜な夜な公園で響く少女の声……?」

 なんともスタンダードな心霊現象だなぁと、このときの東道は深く考えるでも無く、そんな感想を抱くのだった。



 * * *



 ……とんでもない間違いだった。

 東道は目の前に展開される光景を見据え、乾いた笑いを洩らす。

『だぁ──かぁ──らぁ──っ!! 私の話を聞けって言ってるでしょう!!』

 うがぁーっと耳を貫く大音声に、近隣の住民が窓を空けて一斉にうるせぇーっと叫び返す。

 開け放たれた窓の一つから空き缶を投じられ、声の持ち主に激突する。

『イタっ!? ちょっと、誰よ今空き缶なんて投げたの!! 私に当たったわよ!? なによ、幽霊には人権が無いとでも言うつもり!? ふざけんじゃないわよ!!』

 公園に響きわたる声は、当然肉声では有り得ない。

 物質と接触が可能なまでのレベルで、こっち側へと顕現しているらしい異相具象体の一種──俗に言う幽霊が一般的に保持する力、念話の一種によるテレパシーの声だ。

 念話は頭の中に直接声が響くだけに、耳を塞ぐだけでは声を遮断できない。そのため、肉声の叫び声よりも始末におえない部分があった。

 依頼内容を改めて確かめてみると、見出しの下に記された仕事の分類には、心霊事件に対処せよでは無く、騒音公害に対処せよ、とあった。

 ……色々と間違ってるような気がしてならないが、まあ、自分に適正がある仕事と言えば仕事だろう。

 職長に対するこれまで抱いていた尊敬の念が少し陰るのを感じながら、東道はこのまま佇んでいるわけにもいかないと思い直し、いやいや騒音の主に近づく。

「あー……ちょっといいかい?」

 声を掛けられたことに驚いてか、騒音の主が長髪をふわりと浮び上がらせながらこちらを振り向く。

『え……なに? あんた、私が見えるの?』

 物質との接触可能なレベルで顕現しているとは言っても、異相具象体を知覚可能な能力を持たない人間にとっては、幽霊などはただ声が聞こえるだけの迷惑な存在にすぎない。

 誰からも無視される内に、陰の気が溜まり澱む事で、狂いが生じて悪霊化し──人に害を成す存在に堕ちる。そうした霊に対しては退魔師の出番と相成るわけだが、この霊はまだ正気のようで、安心した。

『はっ……もしかして、私を殺しに来た退魔師……? こ、こっちに来るんじゃないわよ──っ!!』

 つり上がったまなじりが一瞬にして敵意に満ち溢れ、東道の全身を貫く。

「ぐっ……」

 霊的存在の視線はそれだけで精神的に来るものがある。そこに敵意が込められていれば尚更だった。視線の圧力に耐えながら、東道は辛うじて口を開こうとするが、相手はこちらの話を聞く耳を持たないようだ。さすがに、これはちょっと、やばいな。

『こ、来ないでよ──っ!! 私はまだ死んでる訳じゃない!! 退治されてたまるか──!!』

「ち、違……」

 少女の霊から放たれる気配が〝澱み〟を含み始める。やばい。この兆候は危険だ。これ以上感情を乱すと本気で退治しないと行けない事態になりかねない。だがこちらの声を聞いてくれる気配もない。くそっ手詰まりか……──

 チリン──

 涼やかな鈴音が、場に優しく響き渡った。

『え……子猫?』

 東道の肩から顔を覗かせた子猫の霊が、少女の霊にふわりと浮び上がって近づく。少女の長い髪に向けて前足を伸ばして、他愛の無い動作でじゃれつく。

 子猫の存在に気勢を削がれてか、少女から発せられていた圧迫感も止んでいる。

「ふぅ……ええっとだな、そもそも自分は退魔師とかじゃなくて……──」

 この隙を見逃すものかと東道は口を開き、自分の代行職種を相手にどう伝えたものかと考えながら、一番使いたくない表現をせざるを得ない事実に気付き、愕然とする。

「ああー……もうこの表現は使いたく無いけど、もう仕方ないや。自分は幽霊とか妖怪専門で仕事を代行してる学生で申請職種は……」
『申請職種は……?』

 小首を傾げながら続く発言を待つ幽霊少女に、東道は内心ダラダラと汗を流しながら覚悟を決める。

「霊界探偵なんだ」

 一瞬、なんとも言えない空気が場にただよう。

『……え、なに、それって本気? 漫画の見過ぎとかじゃ無くて?』

 グサリと、東道進は言葉のナイフが胸に突き刺さるのを感じ、その場に膝をついた。

 だから、嫌なんだ……この安直な申請職種名は……うぅぅっ……

 東道は心ない幽霊少女の発言に、心の中で、さめざめと涙を流した。



 ともあれ、これが子猫と少女と探偵が、初めて顔を合わせた瞬間だった。



……続く?
スポンサーサイト
  1. 2006/10/08(日) 19:49:46|
  2. オリ長編文章
  3. | コメント:0

第2話 中篇

 探偵とはひどく地味な仕事だ。

 もちろん、《セブン》のような探偵と聞いて誰もが思い浮かべるような存在なら話は別だろうが、彼らは極端な例に過ぎない。そもそも世界に七人しか存在しない【名探偵】を名乗ることを許された特異な存在を基準に考えるのが間違いであり、その他大勢に当たるほとんどの探偵達は、華々しいスポットの当たる舞台から、遠く離れた位置に居る存在だ。

 それなりの洞察能力と、ある程度の調査技能。

 それらの条件を満たし、どのようなランクでも構わないと言うならば、簡単に《探偵》という職種資格を得ることはできる。

 東堂進も、本々はそんな有り触れた探偵資格保持者に過ぎなかった。

 だが、彼には他の者には無い、『目』があった。

 ――異相知覚技能。

 本来なら、この世界に存在し得ない者。異なる位相より、この世界に顕現し、欺瞞に満ちた仮初の生を得た存在。偽りであるが故に、彼らは其処に存在するだけで、常に世界の理を歪め、侵し続ける。

 そんな異相具象体と呼ばれる存在を、東堂進は知覚することが出来た。

 職業連盟も、当然彼がそうした技能を保持していることは把握していた。ゆえに、申請当初は、東堂に対して、他の適正職種に鞍替えすることを熱心に進めてきた。

 しかし、東堂は己の意思を曲げず、探偵になることを望んだ。

 提出された申請職種に、職連の議長はため息を一つ吐くと、条件付でこの申請を受理することを伝えた。

 ――汝が認識可能な普く存在に対し、依頼を請け負うことを責務とす。

 つまり、異相具象体からも可能な限り依頼を請け負うべし、というお達しだった。東堂としても、その程度の縛りならかまわないと思い、さして考えることなく職連の付けた条件を飲んだ。

 後日、東堂は己の見通しの甘さを激しく悔やむことになる。

 申請職種が通ったことを伝える通達に、記されていた申請職種名を見た瞬間、東堂は絶句した。

 申請職種名、《霊界探偵》。

 かつてセブンの一画を担った、異相知覚持ちの名探偵が、戯れに名乗った在りもしない職種名がそれだった。

 東堂は自分でも名乗った覚えの無い職種名に、ただ呆然と立ち尽くすのだった。



 * * *


「――とまあ、そんな経緯がある訳だよ」

 かなり込み入った複雑な事情を説明し終えた東堂に、しかし返された答えは無常だった。

『ふーん。だから霊界探偵ね。でも、変な職種名』
「……まあ、オレ自身そう思うけどね」

 東道はがくりと首を落とす。公園のベンチに腰掛けながら、東堂は苦い思いとともに缶コーヒーをちびちびと啜る。結局説明した意味は無かったということだ。もの悲しくて涙が出るね。

 缶コーヒーは無糖以外飲めたものじゃないないと思うが、懐事情は常に過酷なものだ。個人的な趣味趣向が入り込む余地など存在するはずもなく、東堂は金が無いという厳然たる現実の前に膝を屈し、せめて無糖を買うことで、缶コーヒーを買うことに対する抵抗感に、折り合いをつけるのだった。

 しばらく現実逃避を続けた後で、そろそろ本題に入ることにする。

「……ともかくだ。公園は一応公共の場だから、夜な夜な叫び声を上げるとか言う迷惑行為は止めてくれよ」
『でも、私は――……』

「君は、運がいい方だ」

 相手の発言を片手を差し向けることで制し、東堂は静かに語りかける。

「本来なら、退魔師が引っ張り出されてもおかしくない。最初にオレに依頼が来たのは運が良い。これは本当。例え其処にどんな理由があろうと、現世に生きる存在に対して害となる行動を取った異相具象体が、どういう扱いを受ける事になるのか……当然、知ってるよな?」
『……』

 苦い顔になって黙り込む幽霊少女の様子から考えるに、どうやら彼女も何も知らなかったわけではないらしい。話が早いと、東堂は言葉を続ける。

「幽霊に人権など存在しないのか?――この問いかけが、何よりも正確に君の現状を表しているだろうね。存在しないわけじゃないが、そのあり方はひどく脆い。その事実を胸に留めておいてくれると、オレとしてもありがたい」

 コーヒーで時折喉を潤しながら、こういう説教とかはやはり自分には合わないものだと内心で肩を竦める。そう柄ではないのだ。こんな訳知り顔で良い諭すような行為は、探偵とは相容れない行為だ。

『わかったわよ……もう公園で騒ぐのは止めるわ』

 見るからに不承不承といった感じで返事をする幽霊少女に、東堂はそうか、と顔をほころばせる。

 景気付けに手にしていた空き缶をゴミ箱に放り投げる。投じられた空き缶が弧を描いて宙を飛び、ものの見事にゴミ箱に突入する。ゴールインってな。

「ともかく、硬っ苦しいやり取りは、ここら辺で終りにしようか」
『え?』

 幽霊少女が戸惑ったような視線を向けてくる。それにかまわず、東堂はベンチから腰を上げ、幽霊少女に向き直る。

「オレに依頼してみないか?」
『どういうこと……?』
「オレがさっきまでやってた仕事は公園で夜な夜な上がる声をどうにかしろってものでね。それに関しては今、本人からもうしないと約束を取り付けた。これでオレは依頼内容を果たした訳だが、運が良い事に次の仕事は入ってない。ようするに、手が空いている。暇ってことだな」

 勢い良くしゃべりだした東堂に、幽霊少女が目を瞬かせる。

「そして偶然にも、オレの目の前には何やら困った様子の女の子が存在している。これを見過ごすのはさすがに人として、何よりも探偵としていかがなものか」
『で、でも私……幽霊よ?』
「忘れたか? オレの申請職種は、まあ、あまり認めたくないものだけど、霊界探偵だからな」

 名前は気に入らないが、請け負う仕事其の物は、東堂もそれなりに気に入っていた。

「それにだ。其処にどんな事情があろうとも、探偵は依頼主の味方だ。オレはあまり頼りになりそうにないかもしれないけど、それでも確実に君の味方になれる。何よりも……」

 言葉を途中で切って、幽霊少女の頭に手を伸ばす。

『あ……』
「あんまり、一人で抱えるもんじゃないぞ」

 ゆっくりと手を動かし、幽霊少女の頭を撫でる。実体として触れることは叶わずとも、誰かと触れ合っているという実感があるだけでも、随分と違うものだ。

 しばらく頭を撫でていると、幽霊少女は顔を俯け、かすれた声を絞り出す。

『……うん』

 うん、と何度も首を頷かせながら、幽霊少女は掛けられた言葉をかみ締めるように瞼を閉じると、東堂の申し出に応じることを伝えた。

 こうして、幽霊少女は東堂のクライアントになった。

 しばらくそのままの体勢で過ごし、ようやく落ち着いた幽霊少女に、東堂は改めて問いかける。

「それじゃまず一番基本的なことだけど、名前を教えてくれないか、お嬢さん」
『……わからないの』

 相手の漏らした言葉に、東堂は眉根を寄せる。

「そいつはいったい……?」
『わからない……何も覚えてないのよ。でも……一つだけ、覚えてる事があるわ』

 俯けていた顔を上げ、少女の瞳が東堂を正面から見据える。

『――私は、まだ死んでない。私の身体を捜して、探偵さん!』

 少女の悲痛な訴えが、公園に響き渡った。



 * * *



 現代においては、幽霊が発生するプロセスも一応解明されている。事故死、殺人などと言った衝撃的な突然の死によって、生前の意識が空間に焼き付き残留した存在――これが一般的に認識される幽霊と言う存在だ。

 しかし、生前の意識構造をどれだけ残していようが、生前の人間と幽霊は全くの別種の存在だ。

 意識の断絶――死とは絶対だ。

 科学・オカルト両面において、劇的な発展を果たした現代においても、未だ決して乗り越えられていない領域なのだ。永遠に意識を持続させる術――不死を目指す者達が、未だ後を絶たない所以でもある。

 一方で、生き霊と呼ばれる存在がいる。

 彼らは一般的に言われるような幽霊とは一線を隠した存在だ。通常の幽霊が意識の残滓に過ぎないとしたら、生き霊とは意識そのものである。発生するプロセスは一般的な幽霊とほとんどの部分で同じだが、唯一異なっている部分が存在する。

 生き霊は死を経験していない。

 この要素がいかなる変化を生むのか、未だ定かではないが、この一点において、生き霊と単なる幽霊の間には絶対的な違いが生まれる。

 通常であれば数日の間に消え去ってしまう意識の残滓――幽霊に対して、未だ基となる身体の存在する生き霊は圧倒的な存在感を誇り、数ヶ月も、数年も、下手をすると数十年もの間、存在し続ける。

 無論、生き霊化する事で、何も問題が発生しないわけではない。

 しかるべき手順を踏み、儀式的な術をもって生き霊化したのならば、問題にならない程度のものだったが、偶発的に生き霊化した存在にとっては正に致命的な問題が発生した。

 生き霊は、自らの身体が認識できない。

 つまり、自らの身体に戻れない状況が、存在するということだ。

「……そうした点を踏まえると、やっぱ身体を捜すしかない訳だが、どうしたものかね」

 東堂進は師匠から聞きかじった知識を思い返しながら、地道な調査活動を続けていた。

 ここ数ヶ月の間に起こった事故に関する新聞記事や、病院に運び込まれた入院患者の情報など、直接的にたずねまわったり、あまり口には出せない類の方法で引き出したりもした。

 その結果わかったのは、生き霊が発生するような事故は、少なくともここ一年ほどの間は、起こっていないという厳然たる事実だった。

『嘘なんかじゃない! 私は本当に……――」』
「いや、大丈夫。君の言ってる事に関しては疑ってないよ。嘘とかつけそうに無いくらい、単純だしね」
『……私、馬鹿にされてる?』
「へ? 何でだ?」

 本気でわからなかったので、正直に尋ね返すと、幽霊少女はどこか呆れたように額を押さえた。

『本気で言ってるし……探偵さん、あなた、ナチュラルに口が悪いとか良く人に言われるでしょ?』
「ん、何でわかったのさ? 確かに良く師匠に言われる。オレには良くわからないんだけどさ。まったくあの変人には困ったもんだよ」
『……自覚はまるで無しってことね』

 どこか納得したように顔を頷かせる幽霊少女が気にならなかったわけじゃないが、今は目の前の作業に集中しようと思い直す。

 ネットワークに端末から接続、何十にも張り巡らされた欺瞞情報を潜り抜け、指定のパスコードを入力、相手の応答を待つ。

『さっきから何をやってるの?』
「ん? まったく情報が集まらなかったんでね。その道の専門家に聞いてみようと思って……っと、繋がったか」

 端末から虚空に画像が展開される。不機嫌そうに腕を組みながら、投影された画像の中で、ガイコツが東堂を睨む。

《何のようだ、ヘボ探偵》
「久しぶりだな、ボーン。このオレがお前に尋ねる用件なんて、一つしか無いだろ? 情報だよ。情報。それ以外にあるはずが無い」
《寝言は寝てから言いやがれ。てめらぇ万屋の関わる案件は物騒なのが多すぎるんだよ》
「またまた、すねちゃって。世界一の情報屋って触れ込みは嘘っぱちか、ボーン?」

 挑発的に言い放った言葉に、ガイコツの落ち窪んだ眼窩の奥に灯る赤い光が一際強い輝きを発する。

 数秒の睨み合いの末に、画面上のガイコツが先に視線をそらした。

《ちっ……しゃぁーねぇな。第四埠頭ビルに行ってみろ。面白いもんが見れるはずだ》
「ん、オレの調べてることが何か知ってるのか?」
《公園。生き霊。身体の在り処》
「あらら……知ってるのね」
《骨を舐めるな、ヘボ探偵。もう二度とその汚ねぇ面見せるんじゃねぇぞ》
「はいはい。それじゃまたな、ボーン」
《ふん。あばよ》

 接続が切れる。同時にこっちの端末もシャットダウン。接続情報が漏洩しないように向こう側から強制的に落としたのだろうが、なんともお節介な事をしてくれると東堂は肩をすくめて見せた。

『今のって……なに?』

 あえて誰では無く、なにと尋ねるところに東堂は共感を覚えた。覚えながらとりあえず、自分の知っている情報を頭の中で整理しつつ、適切な言葉を探す。

「まあ、情報屋ってやつだよ。多分世界一の。刑務所入ってるけどね」
『が、ガイコツが情報屋なの?』

 引きつった顔をで尋ねる相手に、東堂もちょっと考え込んだ後で、頷く。

「ああ。スカル・フェィスって聞いたこと無いか?」
『って、あの史上最大のサイバーテロした【髑髏の紋章】!?』
「多分それ」
『呆れた……いったいどういう繋がりよ?』
「捕まえたのうちの代行屋だから、その繋がりでちょっとね」

 あっさりと答える東堂に、何かが間違ってると幽霊少女が頭を抱えた。ちなみに、子猫の霊は何を気に入ったのか、幽霊少女の腕の中に抱かれている。幽霊同士気があったってことだろうかと、東堂は単純に考えている。

『まあいいわ。それでどうするの? 第四埠頭ビルとか言ってたけど、其処に行くの?』
「ん、そうだな」

 あのボーンが見返りもなしに寄越した情報だ。その点は気がかりだったが、情報其の物の真偽は疑う必要は無い。情報屋の矜持として、求められた情報に嘘はつかないだろう。

 だが、全ての情報を伝えていないという事態は、充分に考えられる。

「……まあ、とりあえず行ってみますか」

 何かがある事はわかっている。ならば、自分としても望むところだろう。

 東堂は髑髏に導かれるまま、第四埠頭ビルに向かった。



 * * *



 第四埠頭付近は再開発指定地区になって久しい。だが一時期の乱開発が祟ってか、所有者の細分化した土地を行政が介入して再開発しようにも、交渉相手を見つけるところから始めなければならず、遅々として作業は進んでいないのが現状だった。

 スラム然とした廃ビルの続く大通りを進んでいると、潮の臭いが鼻に付つき出す。

 そもそも海が近いこともあって、第四埠頭は輸送の拠点となることを期待され、かなり多額の投資がなされていたわけだが、烏丸地区においてかなりの力を誇る複合企業体――SETOが第五埠頭への主要な工場の移転を発表してから、一気に寂れてしまった。

「……つわものどもが夢の後ってとこかね」
『諸行無常の響きってよりも、金の亡者のうめき声って感じよね』

 幽霊少女の言葉に、東堂も肩を竦めて応じる。

「それで目的地のビルはここか。君はとりあえず……」
『私もついて行くわよ』
「……さいですか」

 一応危険が無いか確認してからにしたかったのが東堂の正直なところだったが、意気込む少女の姿を見て、あきらめる。何事も妥協が必要なのが人生だ。もちろん引き下がってはいけない場面もあるが、今は違う。

「なら、オレの後を着いて来てくれ。そしてあんまりフラフラしない事。それだけ守ってくれればいいよ」
『わかったわ』

 幽霊少女に抱かれた子猫がにゃーと同意するように鳴いた。

 緊張感が抜け落ちていくのを感じながら、最低限度の準備を整え、ビルの入り口に向き直る。

「さて、行きますか」

 破棄されたビルに照明などあるはずもなく、手元にある懐中電灯をもって進行方向を照らし出す。だが崩れ落ちた外壁や壁に走ったひび割れなどからも日の光が差し込んで、それなりに廃ビル内は明るいものだった。

 それなりに利く視界に、多少安堵するものを感じながら、先を進む。

 一階には特にこれと言って目立ったものは見つからなかった。

 そう――何一つ。

 廃ビルであるにも関わらず、崩れ落ちた外壁の欠片一つとして、見当たらなかった。

「……これは、誰か出入りしてるって事か?」

 つぶやいてみるが、それで答えが見つかる訳でもない。このまま立ち止まって考え込んでいても何も解決しないので、東堂はとりあず二階に進む事を決めた。

 二階へ続く階段を上り終え、無数の部屋のある区画に続く通路に足を踏み出す。

 ――血臭が、なによりも強く、鼻に届く。

 一瞬強張った身体を無理やり動かして、東堂は通路を進む。一番近い位置にある部屋の一つに顔を覗かせて、中に展開された光景に息を呑む。

 紅い。

 天井を、床を、壁面を、ありとあらゆる部位を鮮烈な紅が塗りつぶしている。

『な、何よ……これ……』

 床に転がった無数の断片から、未だ暖かいものが滴り落ちる。

 四肢を、胴体を、頭部を……全身をバラバラに斬り裂かれた、かつて人間だった肉の塊が部屋中に転がっていた。

『うっ……』
「大丈夫か?」
『生身だったら吐いてたかも……』
「だろうな。正直……オレも今にも吐きそうな気分だよ」

 死体を見る限り、この惨劇が行なわれてから、さして時間は経っていないだろう。

 それに思い立った瞬間、東堂はその場に縫い付けられたかのように動きを止める。

 ――背筋が、泡立つ。

「ぐっ……」
『ど、どうしたの? 探偵さん、大丈夫? 顔、真っ青よ』

 心配そうに言ってくる幽霊少女に片手を上げて応じながら、東堂は悟る。

 ――危険。

 基本的に東堂が備える技能に、他人に誇れるほどに抜きん出た技能は存在しない。唯一他人より勝っていると言えるものがあるとしたら、それは第六感――中でもとりわけ、死の危険を察知する能力だった。

「ここから……」

 逃げるぞ、と口にする間もなく、状況は動き出す。

 殺気が、吹き付ける。

『な、何……うっ……』
「……遅かったか」

 リィ―――――ィィン――――……

 鈴音が、鳴り響く。

 鮮血に沈む部屋の奥まった部分、先に続く扉が、ゆっくりと開け放たれる。ドプリと開け放たれた扉の向こうから、更なる鮮血がこの部屋に流れ込み、血の海をより深いものにする。

 鮮血に沈んだ真紅の海に立つ、一人の女の姿があった。

 白袴の上に羽織った着流しから、サラシを巻いた片腕が見える。腰に刺された大太刀が、異様なまでの存在感を周囲に撒き散らす。

 女の顔は見えない。

 顔の上端部分を鬼面が覆い隠し、非現実的な目の前の光景をより一層際立たせる。

 わずかに覗いた口元の部分が、笑みを形取る。

 東堂の背中を言いようの無い怖気が走る。

「逃げろっ!」

 懐に片手を入れながら、東堂は幽霊少女に向けて衝動的に叫ぶ。同時に鬼面の女の手に握られた刀身が、ゆっくりと持ち上げられる。

 それと認識した瞬間、目の前に鬼面の女が立っていた。

 言葉を発することは出来ない。
 身体を動かすこともできない。
 意識を働かせる余地など無い。


 何一つ意味ある行動を取れぬ東堂に向けて――――


 斬戟は無慈悲に、放たれた。



 ……つづく
  1. 2006/10/08(日) 19:49:35|
  2. オリ長編文章
  3. | コメント:0

第2話 後編

 ギチィィィィィ――――――…………っ!!


 金属同士が擦り合わされる耳障りな高音が周囲を貫く

 東堂の右手に握られた銃身に、鬼面の女の刀身が食い込む。太刀からは蒼白い光が立ち上り、背筋が凍り付くような感覚が押し寄せる。

 一瞬の遅滞も無く、東堂は即座に動く。

 今にも両断されかねない銃身から――あっさりと手を放す。

 握り手を失い地に落ち行く銃。斬りこまれた太刀は力の掛かる先を無くす。鬼面の女が変化した力の均衡に重心を調整する。刹那の間に更なる斬戟を放つ体勢に鬼面が移り――

 鬼面の胴体に、回し蹴りが放たれた。

 手放された武器に意識を移していた相手に、東堂の放った一撃はものの見事に叩き込まれる。意外と軽い身体だったのか、鬼面の女は大きく後方に飛ばされながら衝撃を逃がす。

 両者の間に大きく距離が空いたのを確認、東堂は蹴り足を戻しながら、懐に突っ込んでいた左手を外に出す。そして、手に握った円筒形状の物体を地面に向け───叩き付けた。


 ───閃光と爆音が炸裂。あらゆる知覚が意味を無くす。


 全てが収まったとき、そこには鬼面の女が一人残された。

「…………」

 太刀を握る手がだらりと垂れさがる。鬼面の下に僅かに除く口元は笑みをかたどる。

 しかし、鬼面の目元に穿たれた穴から覗く瞳は、何の感情も宿して居なかった。



               * * *



「……………こ………これは、ヤバイな」

 対峙した瞬間に生じた一瞬の虚。そこを突いて死に物狂いで逃げ出した東堂だったが、未だ状況は最悪だった。

「このままじゃマジで死ぬな…………どうしたもんか……」
『え、どうして? 逃げ切れたんじゃないの?』

 不思議そうに尋ねる幽霊少女に、東道はブンブンと首を勢い良く左右に振ることで応じる。

「いや違う。むしろ逆だ。補足された。くそ……ボーンの奴、面白いものが見れるだと? 確かにそうだったが、面白すぎて死にそうだっての……!」

 額を押さえ、動揺のあまり今にも叫び出しそうになる自身に落ち着けと言い聞かせる。ともかくアレがもしそうなら、自分ごときに太刀打ちできるはずもない。この状況から抜け出すための至上命題としては、やはりわき目も振らず逃走を選ぶ以外に……

『探偵さん、あの人について、何か知ってるの?』
「……」

 問いかけに、東堂は一瞬動きを止める。

「知っているというか………まあ、何と言うか……」

 説明しようにも、あまり的確な言葉が思い浮かばない。とりあえず前提となる知識の有無を尋ねることにする。

「抜刀許可があるのは知ってるか? 剣道とか剣術の師範代クラスに貸与される」
『もちろん知ってるけど……それが?』
「その上位に、時代をどう間違ったのか、〝斬捨て委任状〟とか言うトチ狂ったものがあってな、それを所持してる奴には人を合法的に斬り捨てる許可が出るわけだ」
『な、合法的って………』

 信じられないと言葉を震わせる相手に、東道は自分でも信じたくないんだけどなぁと思いながら、自分の知っている事実を続ける。

「剣鬼斬殺。人間狂器───香坂静流」

 いったん言葉を区切り、幽霊少女に向き直る。

「ついでに言って置くと、彼女、オレの代行屋に所属する先輩でもあるんだよなぁ………」
『な、なにソレ――っ!?』

 駄目押しで告げられた情報に、幽霊少女が今度こそ絶句するのだった。

『ど、どど、どうして先輩が後輩の命を狙うのよ!?』
「……何と説明したものか。オレにもよくわからないんだけどさ。香坂家ってのはちょっと特殊な一族で、彼女はその完成品らしい」

 まるで関係がわからないと、ポカンと口を開く幽霊少女に、東道は自分でもあまり信じたくない情報を説明する。

「刀狂いの一族で、多種多様な技が伝わってる家なんだが、どれもこれもとんでもない技ばかりらしい。その中にある《無心》とかいう技。これは殺すことのみを追求した先に生まれたもんらしくてな。こっからここまでを殲滅するって一端領域を定めたら、そこに存在する生き物を根絶やしにするまで、普段意識を統制してる人格が戻らないらしいんだよ」
『な、なによ、ソレ………?』
「まさに人間狂器だろ? 何か冗談みたいな話だよな。………いや、まあ、根絶やしにされる側になった以上、もはや全然笑えない訳だけどさ」

 あまりに切迫した状況に、東道は乾いた笑みが浮かぶのを感じた。

 香坂静流という人間自体の人格には、色々困った部分は多いが、それほど物騒な相手でもないと東道は考えている。しかし、この殺人領域に止まり続けるならば、その限りではないのだ。

『………どうするの?』
「………どうしようね」

 本気で打開策が見つからなかった。

 ここはビルの三階だ。逃走する際、本能的な要請に従って相手との距離を離した結果として、気づけば逃げ場の無い位置に逃げ込んでいたという訳だが、本気でどうしょうもない自分の間抜けさ加減に、東道は何だか泣きたくなって来た。

『ええと、あれは……そう! 戦って倒すとか!』
「無理。死ぬ。それも即死の類でな」

 決定的な技量が違う。絶対的な地力が違う。

 何よりも───生物としての規格が違い過ぎる。

「…………戦闘系の職種とは相性最悪なんだよ、オレ」

 基本的に地味な調査等をやっているのが性分として合っているし、何より自分に向いている。東道は自身の適正を正確に把握していた。それ故に何の策も用いず対峙した際の結果も、見え切っていた。

「……ともかく、何か使えそうなものがあるか探すしかないか。突破口があるとしたら、一時的に意識を押さえ込んでいるって部分だろうし、使えるものは多い方がいい」

 意識がスライドする条件としては、仮面にあると言われているしな。そう最後に付け加える。

『どいうこと……?』
「つまり、倒しきるまで行かなくても、条件となる仮面をどうにかすれば意識が戻る可能性が高いってことだ。正気に戻れば、さすがに知り合いを斬殺するような事はしないだろうしな」
『仮面って………あの鬼のお面?』
「ああ。……たぶん」
『た、たぶんって……何だか頼りない答えよね』
「まあな。……あまりに頼りない突破口だってのは、オレもわかっちゃいるんだけどね」

 相手が万全の状態を期そうとするなら、再襲撃にもしばらくの時間が掛かるだろう。

 一応の取っ掛かりは見つかっているのだが、現状ではどう足掻いても実行するまでの力が足りない。つまり、この時間であまりに開ききった実力差を埋めるほどの、何がしかの手札を見つけ出す必要があった。

 だが、都合よくそんな手段が見つかるかと問われたら、東道も見つからないだろうなぁと考える。

 しかし、できなければ、それこそ───死ぬだけだった。

 この部屋に駆け込んだときは、死に物狂いで相手と距離を離すことしか考えていなかったせいで、周囲の様子を伺うような余裕がなかった。東道は手始めにこの部屋の状態を確認すべく、周囲に視線を転じる。

 無数の部屋が連なる空間だった。そこかしこに複雑な造りの機材が立ち並んでいる。どこか研究室じみた場所だと、東道は思った。

「しかし、廃ビル所の話じゃないな……」
『そうね。いったい何なんだろう、ここ……?』

 幽霊少女を引き連れ、東道は部屋の更に奥まった部分に進む。途中幾つもの仮組みされた車体のようなものや砲身などが無造作に放置されているのが見えた。

「……戦争でもするつもりか?」

 物騒なことだと、東道は呆れながら周囲を点検しつつ、先に続く部屋を確認していく。

 少し進んだところで、視界がまるで効かない部屋に辿り着く。入り口に近い辺りの壁を手で探る。壁に埋め込まれた電灯の電源と思しきものを見つけ、スイッチを入れる。一瞬電気が届いているのか不安になったが、それは杞憂に終わったようだ。

 ジジッと音を立て、すぐに明かりが灯る。東道は部屋を見渡し、息を飲む。

「こいつは………凄いな」

 床一面をケーブルがのたうち回る。壁という壁に電子機器が埋め込まれている。部屋の奥まった部分には、巨大なモニターが設けられ、操作パネルが設置されている。

 学園においてもそう目にすることができないような最新鋭の機材までもが使用されている。ここが何らかの組織の拠点として使われていた事は、もはや疑うべくも無いだろう。

『うーん……アクセスログを見る限りでも、昨日までは確かに使用されてた形跡があるわね』
「なるほど…………」

 周囲に所狭しと設置された機材を見回しながら頷いた後で、東道は気づく。

「……って! 危うく流しそうになったけど、君、なんでそんなスラスラと操作できてんの?」
『……あれ? そう言えば何でだろ?』

 東道の突っ込みに、幽霊少女が首を傾げる。そうしている間も彼女の手の動きは止まらない。モニターに凄まじい速度で様々な情報が次々と投影されては消えて行く。おそらくは幽体の特性を活かし、思念を用いて直接的に端末にアクセスしているのだろうが、それでも驚くべき操作能力だ。

「………そういう系統の技能保持者だったのかね?」
『うーん。私も何となくそんな気がしてきたような………』

 曖昧な応えだったが、それでも中々大きな収穫だった。そうした方面から攻めれば、案外すんなり彼女の身体の在り処も見つかるかもしれないな。東道は依頼解決の見通しが立った事に、頬が緩む。だが直ぐに、それも現状を乗り切れないようなら意味が無いと思い直す。

「ああ、そうだ。システムにアクセスできるなら、監視モニターとかが設置されてるかどうか、わかったりしないか?」
『うーん。ちょっと待ってね……と、あった! 今出すわね』

 モニターに大量の映像が映し出される。こんなに監視カメラが仕掛けられていたのかよと呆れ返りたくなるほど大量の映像だった。そうした映像の中の一つが、モニター中央に拡大される。鬼面をつけた女の姿が画面の中で動く。

『まだ、下の階層に居るみたいね……って、あ!?』

 鬼面がカメラの方を向いたと思った瞬間、モニターに映る画像が途切れる。砂嵐が画面を吹き荒れ、黒一色に染まる。

「…………」
『…………』

 何とも言えない空気が部屋を満たす。重くなった空気を誤魔化すように、東道は口を開く。

「あー……ところで、これだけの監視設備が整ってるんだ。防衛用の警備システムとかもあったりするんじゃないか?」
『えーと……どうかな……うん、あったわ。でも、うわぁ……』
「ん、どうしたんだ?」
『う、うん。かなり物々しい火気管制のシステムが、各部屋に設置されてたみたい。でも……どれも相手を感知するところまでは行くんだけど、その、起動する前に断ち切られてるみたい』
「……そりゃまた」

 つまり、本来なら侵入者を感知すると同時に起動するはずの銃火器が、反応する間もなく粉砕されているらしい。機械的な感知、起動、発砲の手順に沿っているようでは、まるで相手にならないということだ。

「本気で化け物だな………この管制システムって、手動で操作とかはできないのか?」
『うん。それは大丈夫。どうやらここがマスタールームみたいだから、ほとんどの操作が可能みたい。他にも使えそうなものがないか検索してみるわね』

 画面に無数の数列が浮かんでは消える。あまりにも簡単に操作しているので錯覚しそうになるが、これだけの規模のシステムだ。かなり厳重なプロテクトが掛けられているはず。それをこうもあっさりと踏破する当たり、彼女は電子機器に関しては相当習熟しているのだろう。

 ────しかし、そんな人間が偶然にも生霊化するなんてことがあるのだろうか? 

 物騒な方向に東道の思考が流れ掛けたとき、うわぁっ、と幽霊少女が嫌そうに声を上がる。

「……今度は何だ?」
『これ見てよ……お約束とえばお約束なんだろうけど、こんなものを設置する人の正気を私、疑うわね……』

 画面に投影された情報に、東道も驚きに目を見開く。だがすぐに身を乗り出し、食い入るように表示された情報を確認する。さらに自分の能力について考える。そうした条件から導き出されるものを考えるに……。

「いや、これは使える。ああ、これなら行ける!!」
『た、探偵さん……?』

 東道は情報を確認し終えると同時に、画像から顔を上げる。

「───今からこの窮地を脱する策を、説明しようじゃないか」

 不敵な笑みを浮かべ、東道は自らの策を一人と一匹に説明するのだった。



               * * *



 無人の部屋に一人佇む東道の姿があった。

 彼は腕を組み、ひたすら相手が訪れるのを待つ。

 そして、待ち人が現れる。

 一切の気配を感じさせずに、鬼面が部屋の入り口に立つ。

 このビル内で唯一の生きた人間である自分を餌にすることで、この場所に鬼面を誘い出した訳だが、正直、東道はこの相手と向き合うだけで、もう逃げ出したくて仕方がなくなる。

 そもそも会話による揺さぶりやハッタリがまるで通用しないのが痛い。人間の心理的な駆け引きを利用できない以上、地力だけが絶対的なものとなるからだ。そうなったらもう東道には逆立ちしても勝ち目はない。

 さらに厄介なことに、意識が消えると入っても、狂戦士のごとく理性が消え去るでも無く、戦闘面においては冷徹な計算を巡らせる。反則だ、と東道は思うのだった。

「……まあ、それでも意識が無いのに変わりはないから、まだ遣りようはあるんだけどな」

 鞘鳴りが響く。斬撃が走る。


『───今だ』


 太刀が動くのを認識すると同時に、東道は思念による合図を彼女に送る。

「────っ!?」

 銃火気が火花を散らす。圧倒的な量の銃弾が放たれる。

 侵入者の存在を感知しながらも、安易に動きを見せないよう偽装されていた火気管制機構がここに解放されたのだ。

 鬼面が驚いたように動きを止め、銃撃を正面に刀を構える。

 このビル内においても、この部屋には他に無いほど、これでもかというぐらいに圧倒的な量の銃火器が設置されている。

 それが、東道がこの部屋を選んだ理由の一つだ。

 ちなみに、これまで鬼面が訪れた部屋にも似たような仕掛けはあった。だが、機械的な制御による侵入者の感知から発砲に至るまでの過程はどれも画一的なものに過ぎない。故に、これまでさして問題視されること無く、仕掛けは破壊されて来てしまったのだった。

 しかし、今回は少し状況が異なる。機械的な経路によらず、管制室に残った幽霊少女が東道の合図を受けて、火器は相手の動作の間隙をつく形で放たれたのだ。

 管制室に居る相手に対して、一瞬の遅滞も無く合図が送れた理由としては、東道の技能に秘密が在った

 ───異相知覚技能。

 知覚できるという事は、翻って見れば、相手に働きかけることもまた可能だという事だ。対象との間に明確なラインが結ばれていれば、東道にも簡単な念話程度なら行うことができた。

 そうした一連の要素によって、銃撃は絶好の間を持って放たれた訳だが、これで相手が倒れるとは東道も思ってはいなかった。実際、目の前で展開される光景に、東道の額を冷や汗が滴り落ちる。

 怒濤の如く銃弾の雨を前に、刀身が翻る。押し寄せる銃弾一つ一つに合わせて太刀の切っ先は翻り、受け流された銃弾が壁にめり込む。銃弾の射角を完全に見切っているからこそできる芸当だった。

 こうして見る限り、弾丸が相手に負傷を与えているような様子は微塵も無い。

 ……本気で化け物だな。

 背中を這いまわる冷たいものを感じながら、東道は額を拭う。

 だが、銃弾が効いている様子は無くとも、相手を拘束することには成功したのだ。今はそれで良いと思うことにしよう。

 更なる一手を放つべく、東道は部屋の中心に向けて動く。

 鬼面もそれを察知するが、銃弾に阻まれ動けない。

 誰の妨害も入らぬまま、東道は部屋の中心に立つ。

 この部屋の中心には支柱が存在した。そんな部屋を貫く柱の前まで歩くと、東道は鬼面を振り返る。

「だが───これなら、どうだ?」

 東道は柱の一角に手を掛ける。ビル中に張り巡らされた仕掛けが起動する。

 ───焔が視界を染め上げる。

 目もつんざくばかりの閃光が衝撃が振動が荒れ狂い───

 揺れ動くビルは、ここに倒壊を始めた。



               * * *



 Q───こういった秘匿組織に必ずと言っていいほど設置されているものとは何か?

 A───それは侵入者諸共果てるような、自爆装置。


 圧倒的な質量が押し寄せる。

 鬼面が為す術もなく倒壊する天井に飲み込まれて消えた。

 東道は柱の側に立ち、それを見送る。

 東道の立つ柱の周辺には一かけらの破片も落ちてこない。

 予め、そう設計されているからだ。

 侵入者に対して建物そのものが罠として働く最後の大仕掛け。遠隔的な起動は不可能で、柱の側に立ち、直接的に動かす必要があった。

 この場所を選んだもう一つの理由が、それだった。

「………餌が仕掛けられるのは、罠の中と相場が決まっているからな」

 柱にしがみつき、蒼い顔をしながらも東道は不敵に笑って見せる。倒壊するビルは遂に下の階層が全て破壊しつくされ───全身を浮遊感が襲う。

 東道の立つ柱を中心に、床がそのまま垂直的に落下する。

「って、うぉっ────────ぐはっっ!!」

 凄まじいまでの振動音が周囲に響き渡る。落下した瞬間の加重によって、柱にしがみついた東道の身体が一瞬浮かび上がり、ついで床にたたきつけられる。

「……ぃてててっ」

 頭を振って東道は意識を戻す。ついで周囲を見渡し、目にした光景に息をつく。

 破壊しつくされたガレキの上に、東道は一人立っていた。空には傾き掛けた太陽が日の光をさんさんと照らし出している。尾を引いて流れ行く雲が視界に映る。

「な、何とか生き残れたか……ゴホッゴホッ!」

 舞い上がる粉塵に咳き込みながら、東道は何とか上手く行った事に胸をなで下ろす。

 予めそう設計されているとは言っても、実際にその通りに行くかどうかの保証は無かった。そんな中で、自らビルを爆破する仕掛けを発動するのは、中々心臓に来るものがあった。

 ガレキの中から何かが近づく気配を感じる。ビクリと身を竦め、東道は慌てて逃げ場を探す。しかし見つけ出す前に、相手が現れる。

『───探偵さん、大丈夫だった? って、どうしたの?』

 ガレキの中に頭だけ突っ込んだ状態で固まる東道に、怪訝そうに問いかける幽霊少女の姿があった。東道はわざとらしく咳き込みながら、誤魔化すように身体を起こす。

「ん、んんっと。まあ、何とか大丈夫。それより、火気管制の制御とか、本当にありがとうな。かなり助かった。あれが無かったら、最初の一撃であっさり死んでたね」
『べ、別に感謝される程の事はしてないわよ』

 銃火器による支援が無かったら、仕掛けを起動する間もなく自分は斬り捨てられていただろう。彼女の協力があって初めて、この状況が成立したのだ。東道としては感謝の言葉を掛けるのに躊躇いは無い。

「しかし、凄い光景だよなぁ……」

 少しやりすぎたかもしれないと思いながら、ガレキの残骸に視線を向ける。

 ───悪寒が走る。

 轟音とともに、ガレキが吹き飛ばされた。

 円形状に広がる空白地帯に、鬼面をつけた女は一人佇んでいた。鞘におさめた刀身に手を掛け、居合の型を見せている。周囲には細切れ状に切り裂かれた瓦礫の破片が散乱していた。おそらく崩落により押し寄せるガレキ全てを斬り捨て、自らの身を守ったのだろう。

 なんてデタラメなまでの技量だ。

 戦慄する東道に、相手は無機質な視線を鬼面越しに向ける。

 まずいっ、と思ったときにはもう遅かった。

 鬼面が地を駆ける。

 東道には今度こそ反応するような間は無い。

 振り上げられる刀身が陽光を反射する。



「────だが、やっぱりその位置から来るか」


 『頼んだぞ』


 念話による呼びかけが周囲に響く。呼び声に応え、ガレキの中から子猫が飛び出す。宙を掛ける子猫の前足が鬼の面に掛かる。

 意識がある状態ならたやすく回避できただろう子猫の突進によって、鬼の面が呆気なく地に落ちる。

 カラン、と音を立てて転がる鬼の面。

 目の前には勢いもそのままに迫り来る刃。

「───まあ、ギリギリ及第点って所か」

 喉の皮が一枚切り裂かれたところで、斬撃が止まる。

 意識を取り戻した香坂静流が、ニヤリと笑みを浮かべるのだった。



                * * *



「いや、途中から全然関係ない相手を攻撃してるってのは認識してたよ。それでも全て終わるまでこの技は止まらないからね。少し肝を冷やした」

 悪かったね。着流しから突き出した片手に鬼面を握り、子猫をじゃれつかせながら、香坂はさして悪びれた様子も無く二人に告げる。

 どう応えたものかと、東道は少し対応に困りながら、結局、はぁと曖昧な返事を返す。

「しかし、よくこの面を落とせたな。発動中は幽体の感知能力が落ちるのは確かだが、それでも大したもんだ」

 《無心》を発動中の香坂静流の意識は、対象領域に存在する生き物を根絶やしにするまで戻らない。それは同時に、既に死んだ存在───幽体に関してはその対象の限りではなく、さらに言えば感知能力が普段よりも落ち込むことを意味していた。

「ま、まあ、あの爆発を乗り切られるとしたら、あの位置に来るだろうってことはわかってましたからね」

 東道は押し寄せるガレキが最も少ない位置を、事前に頭にたたき込んであった。もし爆破を乗り切るなら、相手は其処に立つだろうと判断していたからだ。それ故に、東道はそこから支柱へと至る空間に、幽体である子猫を配置した。万が一の場合には、念話による呼びかけで、子猫に鬼の面をたたき落とさせるために。

 少し気押されたながら応えた東道に、ほう、と香坂が感心したように呻く。ついで東道の顔を見据え、何かを思い出そうとするように首をひねる。

「あー……とう……東……東、東丼だったか?」
「…………東道です、東道進。香坂さん」

 ああ、そうだったね。名前を間違えたことにも、さして悪びれた様子も無く、香坂静流は言葉を続ける。

「で、あんたら何しに来てたんだ? この周辺は水城に言って明日の朝まで誰も立ち入らないよう進入禁止区画に指定させてたはずなんだがね」

 首をひねる相手に、東道は骨の寄越した情報の伝えられなかった部分に憤りを覚える。くそっ、あの骨め、今度あったらどうしてくれようか。まあ牢獄入ってるからどうもできないわけだが。

「いや、実はですね……」

 職長に割り振られた依頼に従って公園に向かい、そこで出会った少女の生霊に身体を探してほしいと依頼される。依頼に応じて身体を探す内に、ボーンから情報が入って、此処に辿り着いた。そんな説明を要約して伝える。

「ふーん。なるほど。それでノコノコ情報の真偽も確かめることなく此処に来たと」
「うっ……まあ、そうですね」
「あんた馬鹿だね」

 説明を聞き終えた香坂の断言が、東道の胸に深く突き刺さる。

「大体あいつの寄越す情報に裏があるのはいつものことだ。どうして其処まで単純に言われるまま動けるのか、私は理解できんね」

 グサグサと突き刺さる言葉のナイフに、東道は胸の内で涙を流した。

「ところで、そっちの娘……」

 香坂の視線が幽霊少女に向く。ビクリと身を震わせる相手に、香坂がなぜそんな反応をされるのかわからず首をひねる。

「なあ、東丼。なんで私はあんなに怯えられてるんだい?」
「東道です。それはまあ……あのビルで行われてた惨劇目にすれば、むしろ当然の反応だって思いますよ」

 細切れに斬殺された人間の死体。あんなものを見て、怯えないわけがないと東道は呆れながら言葉を返す。しかし、その言葉に香坂は更に不可解そうに眉根を寄せる。

「ん? ……──あーあ、そういうことか」

 ポンと腕を打ち鳴らし、香坂が二人に向き直る。

「あんたら二人とも勘違いしてるな。私は今回、『人間』は一人も殺しちゃいないよ」
「へ?」
『え?』

 どういうことだ?

 顔を見合わせる二人に、香坂が先を続ける。

「私にも詳しくはわからないんだが、ここは生体部品を組み上げて作り上げられた、なんて言ったか……兵装、兵装擬体とか言う兵器を管理局に届けも出さず勝手に製造してた場所なんだよ」

 あんたらが見た死体ってのは、そいつらの破壊されたパーツだろうね。肩を竦めて言い放つ香坂に、二人は呆気にとられる。

 兵装擬体。東道も初耳だった。生体部品ということは、人間型の兵器なのだろうか?

 しかし……

「香坂家が引っ張り出される程の兵器なんですか?」
「詳しい説明はめんどくさいから省く。だが、なかなか手応えはあった。公安の駆除屋じゃ被害が大きすぎるって理由もあったが、ものが生体反応のある兵器だ。ぶっ潰すのにも、効率の良さから家が引っ張り出されたのさ」

 こっちの事情はそんな所だね、と香坂は説明を締めくくった。

「それで、何か掴めたのか?」 

 スカルフェイスは全てを語らず人を陥れるような事もするが、それでも何の意味もない情報は寄越さない。そうした意味を込めた問い掛けに、東道も幽霊少女が見せた電子機器に関する驚異的な操作能力を思い出す。

「まあ、そこそこ」

 曖昧に答える東道に、香坂もさして拘らない。そうかい、と一度頷き、鬼面にじゃれつく子猫を東道にポンと投げ渡し、こちらに背を向け、一瞬立ち止まる。

「ま、私が口を出すことでもないが……」

 ───女を泣かせる事だけはするなよ、東丼。

 侠気溢れる言葉を最後に残し、香坂静流はこの場を去った。

『カッコいい………』

「いや、オレの名前、東道なんだけどな………」

 頬を染めて瞳を輝かせる幽霊少女とは対照的に、最後の最後まで名前を間違われた東道は、ひどく釈然としない思いを抱え、顔をひきつらせるのだった。

 しばらく香坂の背中を見送った後で、東道は我に帰る。

「……とりあえず、今日の所は一旦帰ろうか」

 このままここに立ち尽くしていてもどうしようもないのだ。今後どう動いたものかと思考を巡らせながら、東道は足を進める。

 しかし、数歩進んだところで、幽霊少女が動かないことに気づく。

 背後を振り返り、東道は怪訝に思いながら、立ち尽くす彼女に呼びかける。

「どうしたんだ?」
『え、でも………その………』

 ゴニョゴニョと言葉を口元で呟く相手に、首を傾げながら、とりあえず今後の予定を伝える。

「明日からまた一から探すことになる訳だし、今日はもういいだろ?」

 家に帰ろう。呼びかける東道に、幽霊少女が大きく目を瞬かせる。

『……いいの?』
「? 当たり前だろ」

 何を問題にしているのか、いまいちピンと来ないまま頷く東道に、幽霊処女が顔を輝かせるそのまま空に浮かび上がって、幽霊少女は東道の隣に並んだ。

 一連の反応の理由がいまいち理解できず、東道はますます首を捻る。しかしこのまま考えても仕方ないかと思い直し、東道は深く考えるでも無く、再び足を動かすのだった。

 ぼんやりと夕陽に染まりつつある空を見上げながら頭に浮かぶのは、今後の行動方針についてだった。

 そもそも生霊化するなどというような事態は、滅多に起こらない。だからこそ、東道も最初の内は、直ぐに身体も見つかるだろうと楽観視していた。

 しかし、思った以上に事態は複雑に入り組んでいるようだ。

 ビルの中で幽霊少女が見せた操作技能。ボーンの寄越した情報に隠された真意。

 未だ答えの出ない問題に頭の中で考えを巡らせながら、ふと思い出す。

「なあ……このまま呼び名がないのも何だし、何かコレだっていう名前あったりする?」
『名前?』 
「ん、名前。あんまり誇れることじゃないが、この依頼、結構長引きそうだからな。このまま、ただ『君』って呼びかけてる訳にもいかないだろ?」

 東道の説明に、それもそうね、と幽霊少女が納得したように顔を頷かせる。ついで、名前について考え始めたものの、直ぐに難しい顔になって黙り込む。

『……ダメ。思い付かないわ。探偵さん、なにかいい名前があったりしない?』
「名前か……んー……」

 ふと、沈み掛けた夕陽が視界に入る。

「なら、レンって名前はどうだ?」

 大昔、黄昏を一文字で書いて、レンと読んだ事があったらしい。

 そこそこ無難な呼び名に、幽霊少女がしばし考え込んだ後で、同意を返す。

『レン……うん、いい名前! なら、私の名前は今日からレンね』

 満足げに呼び名を繰り返す幽霊少女──レンの嬉しそうな姿に、名付けた側としては少し気恥ずかしいものを感じるが、同時にそれも悪くない、という思いを抱かされる。

「それじゃ、改めてよろしくな、レン」
『こちらこそよろしくね、探偵さん』

 互いに呼び合い、頭を下げた後で、何とも言えない微妙な空気が流れる。

 あれだけ色々な事が起きたというのに、今頃こんな挨拶を交わしている。

 そんな事実に思い至ると同時に、二人は互いに顔を見合せ、どちらからともなく吹き出すのだった。





『ところで、この子の名前はどうするの?』

 しばらく進んだ所で、幽霊少女、改めレンが子猫を胸に抱きながら、そう言葉を切り出す。

「ん? ああ、そう言えばまだ名前付けてなかったか。何かあったりするか?」

『うーん……ダメね。何も思い付かない。記憶がないのって、意外と厄介よね』

「まあ、記憶が無いというよりも、関連づけられてないって方が正確だろうけどな。だから思い出そうとするよりも、自然と浮かぶのを待った方がいいね」

『そう言うものかしら……──あ! 今、何か思い浮かんだかも』

 目を輝かせながら子猫を抱き上げ、レンはその言葉を口にする。


『───ユイって名前はどう?』


「いいんじゃないか」

『でしょ? この子、女の子みたいだいしね』

「……ところでさ、その名前は何処から持ってきたんだ?」

『何となく頭に思い浮かんだのよ』

「ん……そっか」

 その名前にどこか意識に引っかかりを覚えるが、何が気になったのかわからない。

 まあ……気のせいか。

 東道は意識を切り換え、家路につくのだった。







……続く
  1. 2006/10/08(日) 19:21:21|
  2. オリ長編文章
  3. | コメント:0

第2話 あとがき

 はい、ということでいきなり主人公が変わってやがる非常に取っ付きにくい第2話終了ですよ。

 霊界探偵といいながら、霊能を使わなすぎですね。使っても念話とかショボイのだし。

 なんとも主人公向きじゃない探偵ですが、今後もちょくちょく顔を出すと思うので、生暖かい視線を送ってあげてください。

 次回は前・中・後と切りのいい構成では無く、少し長いの書こうかなぁと思っております。視点も今回のようにほぼ一人に固定ではなく、何人か出して交替交代回して行く予定。

 ……その分、一回一回が短くなりそうですけど(ボソリ)

 ともあれ、次回、新入生歓迎勧誘編に、ご期待あれー

10/8

 少し全体的な文章を整えました。話の流れとかには変更は無いので、あしからず。
/学園目次へ/
  1. 2006/10/08(日) 19:20:36|
  2. オリ長編文章
 
書庫へ戻る |  日記過去ログ |  ジャンク作品目次 |  アビス一覧目次 |  お勧め一次創作 |  お勧め二次創作 |  掲示板 |

FC2Ad


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。