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──A.L.M──

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【────まであと■日】







 ───ピピピッ───ピピピッ───ピピピッ───


 一定の感覚で繰り返される電子音が、朝の静寂を貫いた。耳に響く不快な音に、もぞもぞと動く手が蒲団の中から延びる。バシッと落とされた手が音源を止めた。

「…………」

 静寂が戻った部屋の中で、しばらくの間、蒲団から動きが消える。

 しかし、しばらくすると、再び電子音が部屋に鳴り響く。

 ───ピピピッ───ピピピッ───ピピピッ───

 響き渡る音は徐々に大きくなって行く。蒲団の主がとうとう観念したと身体を起こす。ぼさぼさになった肩にかかるぐらいの髪がふらふらの頭に合わせて揺れ動く。何度か倒れそうになった後で、時計を掴んだ手がようやく目覚ましの動きそのものを消した。

 起き上がった彼女はぼーっとした表情で、そのまま天井を見上げていた。

 しばらくして、視線が動く。壁際にかけられたカレンダー。金曜日の部分に記された印。最終日、ガンバれ私! 赤ペンでグルグルと丸が付けられている。再び電子時計に視線を戻す。記された日付と曜日は金曜日。

「…………嘘…………?」

 一瞬、日付の見間違いを疑う。

 しばし呆然とした後で、部屋に置かれたテレビをつける。流れ出したニュースが朝の挨拶を交えながら、天気予報を流す。そこに現れた日付と曜日は、やはりカレンダーに記された通りであり、時計の告げた金曜日と同じものだ。

「…………夢、だったの……?」

 つぶやくと同時に、グラリと視界が揺れる。グラグラと世界が揺れ動く。

 何かが、急速に失われていくような喪失感。

 室内につけっぱなしにされたテレビから流れるキャスターの天気を読み上げる声だけが響く。響く。響く。

 数時間とも、数秒ともつかない間、目眩が続いた後。

「…………夢、なんだ」

 でも、妙にリアルな夢だったな。

 彼女は首を捻りながら、そう呟いた。


 もはや、そこに違和感を覚えている様子はない。


 こうして彼女───高町晴香は示されるがまま、この世界を受け入れた。














               【────まであと■日】













 朝の細々した準備を整えた後で、寮の食堂へ向かう。

 寮母さんに朝の挨拶をしながら、朝食を受け取った後で、トレイを手にしながら、食堂を見回す。早朝のせいか、まだ他に人影は見えない。高町は席の端の方を選んで座り、朝ごはんに向き直る。トーストとサラダにスクランブルエッグ。高町は朝は洋食派だった。

 しばらくの間、もくもくと口に運んでいると、目の前にトレイが置かれた。

「今日も随分と早起きだな」

 顔を上げる。まず目につくのは白衣。制服の上から羽織られているが、それでもスタイルの良さわかる。自分と比べて落ち込みそうになった。とりあえず乳製品の摂取を増やそうと決意。口の中に入れたものを飲み込んだ後で、朝の挨拶を返す。

「ぅく……ふぅ、おはよう、ユイ」
「おはよう、ハルカ」

 ユイ。一ノ瀬ユイ。自分と同じクラスの友達。親友と行っても言いかもしれない相手。

 ユイは対面に腰掛けると、朝食を取り始める。味噌汁にご飯。彼女は和食派らしい。

 しばらく食を進めた後で、彼女は口を開く。

「今日は部活の朝練、、、、、 に出るつもりなのか?」


 告げられた言葉に───意識が軋む、キシム、きしむ。


 グラグラと揺れる世界の中で、しかし高町の口は勝手に言葉を紡いでいく。


「うん。六時起きは辛いけど、やっぱり毎日の積み重ねが大事だから、遅れを取り戻さないとね」
「そうか。まあ、退屈な学生生活・・・・・・・ だ。力を向けられる先があるのはいいことだな」
「……ユイ、なんだか年寄りクサイよ」
「何を言う、ハルカ。私はただ一般的な事を言っただけで……」
「はいはい。わかってるわよ」


 違和感の正体が表に出ることはなく、彼女はごく自然にユイと会話を続けていく。そして、会話を続けるうちに、直ぐに違和感も認識できなくなる。いったい何を変に思っていたんだろう? 

「でも、ユイの方も電脳部はどんな感じだったの? 確か体験入部したはずよね?」
「ふん。あんな低スペックで電脳を名乗るとはおこがましい。体験入部の際に、全てのマシンに侵入して停止してやった」

 無表情のままVサインを出す一ノ瀬。動かない表情にも、どこか得意気な色が見えた。

「それはそれは……電脳部も御愁傷様ね」
「むっ……それはどういう意味だ?」

 この親友は幅広い分野で天才的な技能もっている。しかし、そんな天才的な技能を無駄に遣うことに掛けてまで天才的と来ている。友達として災難を被ることの多い高町としては、どうにかして直して欲しい悪癖だった。

 溜め息をついて被りを振る高町に、一ノ瀬ユイは憮然と押し黙った。

 ふと、食堂につけられていたテレビに視線が行く。朝のニュースが流れている。

『──に上野公園で赤ちゃんが生まれました。これは国内でも初の───ジジッ───ジジッ──常威海に取り込まれた人間は意識を徐々に飲まれていく。技能の方向性が根本的に異なる自分は間接的にしか干渉できないが自分を強く意───ジジッ──ジジッ────環太平洋機構は帝国の三度目となる通商会談は無期延期となりました。両陣営の間に緊張が高まりつつあります。以上、朝のニューストピックをお送りしました』


「───ハルカ、どうかしたか?」

 ぼーっとニュースに見入っていた所に、一ノ瀬から声を掛けられた。

「大丈夫か?」

 心配そうに自分を見据える親友。一ノ瀬ユイ。

 大丈夫か? いったい何が? 自分は心配されるようなことは何もしてない。ただ、ニュースに見入っていて、反応が遅れただけだ。それだけだ。

「……ううん。何でもないわ」
「そうか」

 返された言葉に、一ノ瀬もさして拘ることなく頷き返した。

 その後は、惚けていた所に声を掛けられたのが気恥ずかしくなって、高町は急いで残った朝食を片づけた。すべて食べ終わった後で、両手を揃える。

「───ごちそうさま。それじゃ、先に行くわね、ユイ」
「わかった。また学校でな」
「うん。またね」

 挨拶を交わして、食堂を後にした。

 一端部屋へ戻った後で、荷物を方手に外へ向かう。

 寮から出た瞬間、早朝の澄んだ空気が押し寄せてきた。意識が研ぎ澄まされるような感覚に一瞬目を閉じて、大きく息を吸い込む。肺に取り込まれた冷たい空気に心地よさを感じながら、目を開く。

 そして、高町晴香はまだ人気のない通学路に向けて、一歩を踏み出した。


 ずっと何かが気になっていた。

 でもそれを考えたところで今は答えが出ないような気がしていた。

 だから無意識のうちに考えることをやめた。

 すると違和感そのもが薄れて行った。

 最期は何が気になっていたのかすら忘れていた。








               * * *






 走る。走る。走る。


 陸上競技の中でもっとも重要なのは、自らのペースを保つ技術だ。身長やフォームも高みを目指すなら重要になってくるが、何を置いても一つ上げろと言われれば、高町はそう答える。


 朝からずっと続いていた違和感も走ることで解消されていく。

 走っている間は、余計なことを考えずに済んだ。


 何回か測定した後で、トラックの横で柔軟運動をしながらタオルで汗を拭く。澄んだ朝の空気が肌に心地よく、胸にたまるモヤモヤを消し飛ばしていく。

「朝っぱらからせいが出るねぇ、高町」
「……香坂先輩」

 どこか時代がかった言葉をかけてきたのは、小柄な上級生。陸上部の先輩だが、朝練には参加していなかったのか制服姿だ。

「先輩は参加しなかったんですね」
「まあね。放課後は部活に出れるけど、うちの親はそれでさえ嫌がってる伏しがあるからねぇ。朝ぐらいは道場で稽古しろってさ」
「……それはまた大変ですね」
「まったくだね」

 香坂先輩の家は代々剣術道場をやっている家系らしい。先輩自身も正統継承者などと呼ばれて、幼少の頃からかなり本格的に剣術を仕込まれてきたらしい。

 そんな先輩がなぜ陸上部に所属しているかといえば、ひどく単純な理由があった。

「学校でまで剣術なんてやってられるかってんだ」

 ゲンナリと額を押さえながら、香坂先輩はいつもの言葉を口にした。

 ひどくこの先輩らしい理由だと高町は考えていた。

「ま、ともかくあれだ。それでも退院してからあまり日がないんだ。今日は早く切り上げなよ」


 ───自分は入院していた。部活に出るのは久しぶり。


 グラグラと視界が揺れる。グラグラと世界が揺れ動く。


「───って、おい、ハルカ! ハルカ!」
「……あ」
「大丈夫か?」

 気が付くと、目の前に先輩の顔があった。心配そうに自分を見やりながら、先輩は告げる。

「活動に参加するのは、やっぱりまだ無理そうだな」
「そんな先輩……!」

「ダメだ。今日の放課後は帰って安静にしてろ。いいな?」
「でも私は……!」
「体調をきちんと管理できるのも、一流のアスリートの条件だ」
「……ううぅ……わかりましたよ」
「よし。まあ、あまり根を詰めるなよ。……色々あったんだ。心配になるからな」

 後半の言葉は、どこか押さえられた声音だったため、高町にはよく聞こえなかった。

「……色々?」
「いや、何でもないよ。じゃ、またな」

 こちらの答えを聞き届けると、先輩はそのまま去って行った。

 首を傾げたまま、高町は先輩の左右に揺れるポニーテールを見送った。






                * * *





 退屈な授業は終りを告げ、放課の鐘が鳴り響く。


「ハルカー、今日は部活の参加を取り止めたと聞いたのだが本当か?」
「うん。先輩に止められちゃってね」
「なら、折角の機会だ。一緒に帰ろう」
「わかった」

 親友の誘いに応じて、二人は下校する。

 特にこれといった義務のない学生たちにとって、放課後の人の流れも二つに別れる。そのまま学校を去る者たちと、部活動に勤しむ者たちだ。


「でも、部活がないとなんだか気が抜けちゃうわねぇ……」
「またそんなこと言ってるのかハルカ?」

 ユイが溜め息混じりにこちらに向き直る。

「そこまで部活動が好きなのか?」

「うーん。そういうことでもないんだけど、何だか落ち着かないのよ」

 自分でもよくわからない衝動が、身体の奥で眠っている。それは出口を求めながら、身体の奥底でウネリ続けている。この衝動を一時的に押さえることが可能な代替手段が、走ることだった。

「ユイ」
「なんだ?」

「学校って、こんなものだったかな?」
「こんなものだったかなとは、どういう意味だ?」

「なんて言うのかな……もっと、いろんなことが出来たような気がする訳よ」
「いろんなことか」

 胸の内のモヤモヤを親友に伝えようとするのだが、どうしても言葉にすることができない。

「ハルカの言いたいことが、私にはわからない。私にとって学校に通うという行為は義務でしかない。この国に飛び級制度がないのが悔やまれる所だ」

 あまりにも才能に恵まれた親友は無表情のまま、どこか冗談めいた仕種で肩を竦めて見せた。

「飛び級制度かぁ。そういうものとも、何か違うような気がするのよねぇ……」

 この学生という身分に対して、どうにも腰が落ち着かないものを感じていた。勉強にせいを出せば良い。あるいは部活動で身体を動かして悩みを発散すべきだ。色々な意見があるだろう。

 しかし、根本的に自分が感じている世界が、何かがズレているような気がしていた。

「おそらく、ハルカはより本質的な事柄で悩んでいるのだろうな」

「本質的な事柄?」

「そうだ。私たち学生が身につける知識とはあまりに抽象的なものが多すぎると思わないか?」

 確かに、最低限度の体系的な学問知識は必須のものだろう。教えられた知識を学びとる過程で得た知恵が、今後の人生において、思考を働かせる過程で助けになることを否定するつもりはない。

「だが、既に向かうべき先を理解してしまっている者たちにとって、広範な知識と引き換えにしてでも学びとりたい知識が、身につけたい力というものは確かに存在する」

 そこで言葉を切ると、彼女はこちらに視線を向ける。

「ハルカが悩んでいるのは、そうした閉塞した現状と、望む世界との間に生じたズレによって生じた違和感のことだろうな」

「…………ズレ」

 断言する彼女に、高町は何も言葉を返せなくなる。

 それが、自分の悩んでいることなのだろうか?

 わからない。わからない。わからない。

「私には……私には、わからない」
「そうか。そうかもな。ハルカがそう言うのなら、そうなんだろうな」

 そこで、この話題は打ち切られた。

 しばらく無言のまま歩いた後で、不意にユイが話題を振ってきた。

「そう言えば、近い内に新入生の歓迎会があるそうだな」
「歓迎会?」
「そうだ。体験入部期間が終わった関係で、一斉に行うそうだ」
「ふーん。そんなのがあったんだ」

 気のない返事で応える高町に、ユイは呆れたように眉を寄せる。

「まったく。もう少し周囲の情報に気を配ったらどうだ?」
「あんまり興味ないわ」
「やれやれ……そんなことだと、一生独り身決定だな」
「ユーイーッ!」
「冗談だ、冗談」

 憤然と抗議する高町に、ユイは片目を閉じて言い添えるのだった。


 特にこれといった特質すべき事柄が起こらない場所。

 それが学校というものらしい。

 なりたいもの、手にしたいものを夢見ることがあったとしても、それは漠然としたものでしかない。

 誰もが流れるまま日常に埋没する世界に居るならば、明確な夢を持たないことで、劣等感が刺激されることもない。

 だから、自分は特に疑問を抱くことなく、これまで生きてきたし、これからもそう生きていくのだろう。



 ───何かが、ひどく気になった。














               【異邦人達の会話】









「───それで、最後の防護結界が破られたかもしれないってのは本当かよ?」


 どこか不自然なまでに人気のない路地裏。


「うん。架総研の中でも私の感知能力は高い方だから、まず間違いないよ」


 この世界の誰にも理解できない会話が交わされていく。


「結局、降臨陣の消去は間に合わなかったってことかぁ」

「うん。でも兆候が何もなかった訳でもないから、もちろん単なる確認だよね?」

「うっ……ま、まあな。この仮想世界が一気に密度を増したときに、俺もその可能性を思い付いてたよ? でも確信まで行ってなかったから、一応尋ねてみた訳だ。うんうん。これ本当」


 冷や汗を額に浮かべながら、暑苦しい漆黒の外套をまとった男が、どこかうろたえた様子で何度も言い募る。じーっと向けられる疑念のこもった視線に、黒衣の男はあっさての方向に視線を逸らした。


「し、しかし、誰の想念を核識にしてるかはわからんけど、随分と連中にとって都合のいい仮想世界が出来たもんだよなぁ」

「私たちにとってかなり厄介な世界だからね。ここに取り込まれたら、地力で脱出するのは相当難しいよ」


 栗色の髪を編み込んだ少女が、むーっと唸りながら周囲を見回す。


「架学の発展してない世界だからな。一見すると安定した世界なのがまた、一度取り込まれたらここの法則にどっぷり浸かっちまいそうで厄介だよなぁ。……居心地とかも良さそうだもんなぁ」

「でも、私はちょっと気に入らないかも」


 ポツリと呟かれた言葉に込められた嫌悪の感情に、男が意外そうに眉を上げる。


「ん、そうなのか?」

「無理やり安定してるように見せかけてるって言うのかな? そういう不必要なまでに、澱みを取り払ったような部分が、ちょっと気に入らない」


 ぷんぷんとどこか怒ったように見える少女の様子に、感心したように男は顎先を撫でる。


「……ふーん。威海門の安定を司る結界技師だと、こういう世界にそんな感想抱くもんなのか」

「うん。そんなものだよ」


 どこか得意気に薄い胸を張る少女に、男が改めて周囲に視線を向け直す。


「まあ、とりあえず、降臨陣の探索が先かね」

「そうだね。じゃあ、とりあえず広がった空間の中心点を探ってみるよ」

「ん。じゃあ移動するぞ」


 少女の言葉を受けた黒衣の男が、何もない空間に片腕を突き出して、広げた掌を握り込む。

 撃鉄を落としたような、金属どうしの打ち鳴らされる激しい音が響き渡った。

 電柱に止まっていたカラスが一斉に飛び去る。カァカァという鳴き声とバサバサ慌ただしく羽ばたく音が路地裏に谺する。



 そのとき、偶然近くの路地を通り掛かったサラリーマンが、突然一斉に飛び立ったカラスに対して、怪訝そうに顔を上げていた。サラリーマンはしばらく空を見上げた後で、首を傾げながらも、直ぐに歩みを再開させた。近道として、彼はあまり人通りのない路地裏に入る。


 そこには、誰の姿も存在しない。


 サラリーマンはカラスが飛び立つ直前、何だか変な音がこの路地から聞こえたような気がしていたが、目の前に広がる無人の路地を前に、単純に気のせいだったかと首を振る。やはり疲れているようだ。少し今日は早めに寝るとしよう。こうして、彼は家路につく。


 観測する者が存在しないなら、たとえ如何に不可思議な事象が発生しようとも、それは何も起こっていないのと同じこと。


 だから、ここでは何もおかしなことなど、起こっていない。


 つまりは、ただそれだけのことだった。





……続けぇっ!
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  1. 2007/11/24(土) 18:35:36|
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【──外界の傍観者】






「やれやれ……学園全体が《威海》に飲み込まれるとはね。こんな事はいつ以来だろうか?」

 学生服の男が一人、目深に被ったシルクハットを片手で抑えながら、視線を上向かせた。ついで校門から先に広がる光景を視界に納めると同時、感嘆の吐息を洩らす。

 上空に燦然と輝く方陣が、ギチギチと耳障りな音を立てながら回転していた。真下に位置する学園校舎の姿は見えない。方陣から絶え間なく注ぐ闇色の光によって、学園の敷地内は完全に外界から隔絶されているようだ。

「しかし、水城職長らしくない油断だね」

 光に覆われた学園をまじまじと見据えながら、やれやれと溜め息を洩らす。

 五大職種筆頭を回っていたのだ。他の職長達から情報は得ていただろうに、いくら素人を連れていたとは言え、為す術なく降臨陣の展開範囲に飲まれるなど、あまりにも彼らしからぬ失態と言えた。降臨陣の展開に多少でも注意していれば、彼なら対処も容易であっただろうにと、どうしても思ってしまう。

「あら、彼にも油断することぐらいあると思いますよ───春日井さま」

 澄んだ声が、背後から届く。

 名を呼ばれた男───春日井怪奇は背後を振り返り、僅かに眉根を上げた。烏の濡れ羽のような漆黒の長髪。学園指定の制服が、目の前の彼女が着込むだけで、まるで専用に誂えられた豪華なドレスであるかのような錯覚を覚える。

「おや君か、会長・・
「ええ。ごきげんよう、春日井さま」

 微笑みながら、会釈を返した相手───烏丸学園生徒会長の登場に、春日井は鷹揚に頷き返す。

「ごきげんよう、会長。それと先程の言葉だが、それは君が彼を生徒会でしごいていたときの経験から来た言葉かい?」
「そうですね。水城くんはあれでいて、けっこう感情に流されちゃう人ですから」

 くすくすと口元に手を当て、可笑しそうに笑う会長に、春日井は苦笑を浮かべた。数ある代行屋の中でも、鬼子とも称されることがある万代行屋の職長に対して、そんな評価を与えられる者など彼女ぐらいの者だろう。

「……まあ、彼もまだまだ経験が足りないという事か」
「あら、春日井さまと比べたら、誰もが若輩者になってしまいますわ」
「ふむ……言われてみれば、そうかもしれないね。でも、君の事は僕もそれなりに認めているつもりだよ、会長」

 どこかとぼけた顔でシルクハットを指で弾く春日井に、会長は笑みを深める。

「大戦から生き続ける英雄の言葉です。素直に嬉しく思いますわ」
「むむ……それを言うのは止めてくれたまえ。僕はまだまだ若いつもりなんだから」
「あら、春日井さまは十分お若い容姿を保っていると思いますけど?」
「違う違う。その考えがそもそも間違ってるのだよ」

 小首を傾げる会長に、春日井はまだまだ甘いと指を左右に振って、彼女の間違いを指摘する。

「これでも見た目だけじゃなく、中身も十分に若いつもりなんだよ。僕はね」
「あら、これは失礼。でも、精神的にも十分お若いと思いますわ」
「……なんだか無理やり言葉を引き出したようで少し気が引けるね。しかし、一応ありがとうと言っておこう」
「どういたしまして……と言うのもなんだか変ですわね」

「む……それもそうだね。まあ、僕はまだ若い。それだけ認識しておいてくれればいいよ」
「はい。わかりました。まだまだ若い、春日井さま」

 互いに顔を合わせ、なんだか間の抜けた会話に、少しの間、笑みを交わし合う。

 不意に笑みを消すと、会長が視線を校舎に戻した。

「今回の件に関して、春日井さま御自身が動く予定はありますか?」
「最初はそうするつもりだったのだがね。どうもヨルのやつが既に動いてるようなんだよ。だから少し迷っている」

 返された言葉に、会長も納得したように首を頷かせた。

「確かにヨルくんが動いているなら、春日井さまが動く必要はないかもしれませんね。あまり多くの者が介入し過ぎても、事態をややこしくするだけでしょうし」

「うむ。僕もそう判断した。なんで、しばし静観しようと思ってる訳だが……学園側としては、今後どう動く予定なのだろうか?」

「素直に結界の修復に務める予定です。一度【魔王】が顕現した以上、専用の装備も整っていない状態で突入した所で、何の解決にもならないと思いますから」

「ふむ。正しい判断だね」

 【魔王】の危険性を、正確に見越した上での判断と言えた。解決を図れる者が既に領域内に居るのだ。ならば、外に居る自分たちは、他に出来ることをやるべきだろう。

 そこまで考えた所で、ふと疑問が浮かぶ。

「【魔王】という存在について、君達はどう考えているんだい?」
「【魔王】について、ですか?」

 唐突に放たれた問い掛けにも関わらず、会長は素直に考えを巡らす。

「そうですね……錬課でもそれなりに研究を進めているようですけど、対象が対象なだけに、あまり芳しくないのが現状です。それ故に一般的な人々に広がっているイメージを言えば……文字通り、絶対的な存在、といった所でしょうか」

「ふむふむ。まあ、そんな所だろうね。間違ってはいないよ。《威海》より現れる異相具象体どもの中でも至高階級───魔王と呼ばれる程の存在だ。まさしく、絶対的な存在と言える」

 王という称号は、何も国をおさめる者にのみ付けられるものではない。他者を圧倒する絶対的な力。あまりにも周囲から隔絶した異能の持ち主。彼等は畏怖を込めて、こう呼ばれるだろう。

 すなわち───魔王と。

「威海の発見から既に半世紀近くが経った訳だが、その間、【魔王】がこちら側の世界に姿を現した回数を知っているかい?」

 問い掛けながら、春日井は相手の答えを待たず、そのまま答えを告げる。

「驚くべきことに、たったの四回なのだよ」
「……四回」
「異相具象体達にも、自らの行動を律する何らかのルールがあるということだね。いずれのケースも、彼等は現界するために、こちら側からの呼びかけを必要としていた。すなわち忌まわしき召還陣──魔王降臨陣の展開をね」

 いったい誰が考案したのか、それすらも定かではない戦略級の殲滅術式───魔王降臨陣。

 かつての大戦時、威海からの侵攻に追い詰められていたときの政府は四国の放棄を決定。軍の撤退と合わせて、黄泉平塚に通じるとも言われた四国そのものを贄として降臨陣を展開───魔王を召還した。

 一度顕現した魔王の力から、逃れられる者は存在しない。それは同じ威海より現れた異相具象体どもにも言えることだ。

 召還された魔王の名は残されていないが、降臨陣により展開された世界は【黄泉返り】と呼ばれ、文字通り黄泉の国───死の世界が現実世界に顕現した。

 四国の放棄から半月の間、威海からの侵攻は停滞し、政府は貴重な時間を得た。

 しかし、戦力を再編した軍が、再び四国を奪還するためには、数十万にも昇る特殊技能執行者達の犠牲を必要とした。

「【魔王】はこちら側に顕現した瞬間から、世界の支配者となる。自らの存在する領域において、絶対の法を占き、万物の覇者となるのだよ。文字通り、自らの存在する世界ソノモノの───王となる訳だ」

「何度聞いても、おそろしい存在ですね」
「うむ。【魔王】に敵対する事は、世界そのものを敵に回すようなものだ。それ故に、【魔王】の支配領域に突入することは、あまり現実的な対処法とは言えない訳だよ」

 過去に【魔王】が顕現した場合も、大抵は陣の展開された空間そのものを吹き飛ばし、降臨陣が展開された事実そのものをなかったことにする事で、対処していたぐらいだ。

「……まあ、空間ごと破砕する方法もあるにはあるが、あれは周囲に与える被害があまりにも大きすぎるのが欠点だ。今回は使えないだろうがね」

 学園の周囲には市街地が存在する。空間そのものが吹き飛ばされることで生じる衝撃波を完全になくすことは出来ない。周囲に与える損害を考えれば、却下せざるを得ないだろう。

「あえて他に【魔王】に対抗できるような方法を上げろ言われたならば、それこそ【魔王】と同等の存在を用意するか、あるいはより高次の概念を司る存在───《真理執行者》を【魔王】に直接当てるぐらいしか、打開策はないだろうね」

 春日井は校舎に視線を戻す。上空に展開された幾何学的な紋様を描き出す方陣が、音を立てながら回転していた。学園敷地内は空間そのものが、こちら側とは異なる位相に切り離されている。そこで何が起きているか、外界から伺う術はない。

「つまり、当面はヨルに任せる以外にないということだよ。なんとも厄介な事にね」

 どこか複雑な表情で被りを振る春日井に、会長がからかいを含んだ視線を向ける。

「なんだか不安そうですわね、春日井さま」
「それは不安にもなるさ。何しろ彼は手加減というものを知らないからね」

 揺れるシルクハットを片手で押さえながら、肩を竦めてみせる。

「まあ、せいぜい校舎が全壊する程度で済むことを祈るよ、僕は」

 そう言って、春日井怪奇はシルクハットに目元を隠す。

「それはもう心の底から、ね」

 目深に被られたシルクハットに遮られ、春日井の表情は見えない。しかし、面倒事は御免だという発言内容とは裏腹に、僅かに除く春日井の口元は、緩やかな弧を描いていた。

 まるで、この先起きる事態に対して、隠しきれぬ高揚感が、『笑み』という形で表情に、溢れ出たかのように───………






……続く?


  1. 2007/11/24(土) 18:35:23|
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【────まであと■時間】





 塔、と呼ばれるものが在る。

 天に向け悠然と聳え立つソレは、人知を越えた領域に存在する象徴的な存在。地上を這い回るしかない人間が、僅かばかりでも天の頂きに己が身を近づけようとして作り上げた、数ある祭器の一つ。

 学園の中央区画に存在するソレは、まさしくそんな塔の一つだった。

 烏丸地区に存在するどんな建物よりも高く、天に向けて伸びる建造物。人の出入りすることが許されない尖塔の頂き、正面方向に備えつけられた銀盤を廻る二つの針が、絶え間なく時を刻む。

 時計塔。

 無機質に街を見下ろす塔は、眼下で繰り広げられる人間の営みなど関係なく、ただひたすら時を刻み続ける。巨大な時を刻む歯車を止めることができるモノなど存在しない。


 くるくると、クルクルと、狂々と───廻り続ける。


 定められた、ただ一つの覆せぬ、そのときに至るまで。
















               【────まであと■時間】



















 散策は、特に目的が存在しない。

 視界の端を流れ行く景色に意識を傾けるでもなく、一定の間隔でただ進み続ける。興味を引くものがあれば、一時的に歩みを止めることもあるだろう。しかし、それも長続きはしない。数分もしないうちに足は動きだし、ひたすら目的のない散策が続く。

 特にこれと意識するまでもなく、単調な間隔で黙々と足を動かし続ける。このとき、日常生活を過ごす中で必然的に発生するような、雑事に対する配慮が介在する余地はない。思考の網はすっぱり取り払われ、ひたすら自らの内面の淵に沈み込むことが許される。

 つまり、考え事などをする際に、散策は最も好ましい手段の一つであると言えるだろう。

 特に、それが日常的な生活を過ごす際も、決して無視できぬ問題について、考えるときなどは。

「…………ふぅ」

 高町晴香は自らの存在する世界に違和感を覚えていた。

 それは他の誰に問い掛けても、きっと共感を得ることなどできない、世界そのものに対する不和。

 この世界が、自らの生きる場として、正しいものと認識できない。

 友人の一人に、この疑問を、それとなく洩らしてみたこともあった。そのときは、核心に近いものを返されたような気もしたが、その答えにもどこか言いようのない違和感がつきまとった。

「…………ふぅ」

 結局の所、自らの見出した答えでなければ意味がいない。そういうことなのだろう。

 高町晴香は考える。自らの生きる世界を視界に流しながら、自らの内面世界に沈み込んで、深く深く考える。

 本当に、ここは自分のいるべき世界なのか?

 突拍子もない、荒唐無稽ながらも、何者であろうと完全な証明も否定もできないような、決定的な疑念に対する答えを、ひたすら追い求める。


 不意に、耳を打つ鐘の音があった。


 僅かに顔を上げて、街の中心部に視線を据える。

 天高くそびえ立つ一本の尖塔。

 音源は学園都市の中枢、学園本校舎に作られた時計塔が鳴らす鐘の音だ。街そのものを包み込むように、音色は一定の感覚でなり響く。

 しばらく耳を澄まして、音色に聞き入った後で、高町はふと思い付く。

「そうね。時計塔に行ってみようかな?」

 もともと目的など存在しない散策。それでも一定の区切りというものは必要。煮詰まった考えを一新するには、そう悪くない考えかもしれない。

 うんうんと何度も首を頷かせながら、高町はこの思いつきを行動に移すことに決めた。
 良しと気分を切り換え、新たに定まった目的地に向かうべく、歩みを再開させる。

 しばらく進んで行くと、通りの向こうからこちらに近づく人影が見えた。男はぶつぶつと一人で何やら呟いている。高町は自然と相手を避けるように、身体を路地の脇に寄せる。

 擦れ違う瞬間、聞くともなしに、男の呟かれた言葉が高町の耳に入る。

「……いったい何処にあんだかね。ったくマッドな科学者は手に終えんよな。あーあー本当ならあいつの側に張りついてなきゃならないんだろうけどさ。九条経由の以来はさすがに断れねぇからな。ったく割に合わねぇ依頼だよ。まったく本当によ…………」

 ぶつぶつと、ひたすら独り言を呟きながら路地を進む男。

 すごい変人だ。擦れ違った瞬間、まず浮かんだ感想がそれだった。

 男の独り言もそうだが、なによりその格好がまた一段とおかしい。いったい何を考えているのか、このポカポカした陽気の中で、男は漆黒の外套を羽織っている。黒という色は高級感を見るものに与えることもあるが、一つ間違えると、身にまとう者の怪しさを助長する色合いでもある。

 まあ、どっちになるかも、身にまとう人次第なんだろうけどね。高町はさりげなくヒドイことを考えた。

「ん?」
「へ?」

 不意に、男と高街の視線がかち合った。同時に男は歩みを停めて、高町をしげしげと見据え始める。近視の人が不鮮明な像を見定めようとするように、ぐぐぐっと目を細めながら視線を送る。ぶっちゃけかなり引く表情だ。

「な、なに?」
「んー……?」

 不躾な視線に気押されながら、辛うじて言葉を返す彼女に男は告げる。

「あんた、実は正気だろ?」
「え……?」

 まったく意味がわからなかった。ぽかんと口を開いて男を見据える高町の様子に、男はあれ? と首を一度傾げた後で、すぐに言葉を再開する。

「いや、目覚め掛けの方か? んーまあ、どっちにしろ感心感心。
 ま、もう少しの辛抱だからさ。頑張ってくれ。絶対に俺が救い上げてやるからよ」

 うんうんと首を頷かせながら、ポンポンと気安げにこちらの肩を叩くと、男は何事もなかったかのように悠然とこちらから距離を離す。

 何だって言うんだ? 呆然と男の後ろ姿を見送った後で、高町は我に変える。

「ちょ、ちょっと! それ、どういう意味──?」

「んー……? ……ああ、まだ揺らいでる所に、いらんこと言っちまったか」

 参ったなぁと頭を掻きながら、男はしばし言葉に迷うように沈黙した。しかし、結局は面倒くさそうにかぶりを振った。

「……ま、今わからんようなら、気にすんな、高町晴香」
「!? な、なんで、私の名前を……」
「あー……またやっちまったか。まあ、直に理解できるはずだから、今は説明とかかんべんな」

 そう投げやりに言い捨てると、男はそのまま逃げるように曲がり角に身体を入れた。視界から消えた相手の背中に、高町は慌てて男の後を追う。

「ちょっと、待────……っ!?」

 男の後を追って駆け込んだ曲がり角の先。
 男が角を曲がるのと、彼女が後を追うまでに要した時間差は僅か数秒に過ぎない。
 だと言うのに、

「うそ………誰も、いない」

 目の前には、ひたすら無人の路地だけが、広がっていた。


















               【異邦人達の会話】












「本当に、奇妙な世界だよな」

 現実世界と何ら変わる所のない街並みが眼下に広がっていた。同行者との落ち合い場所、人気のないビルの屋上。漆黒の外套を風にはためかせながら、男はどこか呆れたような口調で呟くと、ついで周囲に視線を巡らせる。

「あ、ヨルさん。どうだった?」

 ビルの端。一人の少女が黒衣の男に気付いて、顔を上げた。手を上げて彼女に答えながら、黒衣の男は肩を竦めてみせる。

「収穫はなしだよ。ったく、ここまで同じだと厄介極まるな」
「仕方ないよ。展開されたのが学園だもん。降臨陣を展開した人たちも食べられちゃった後だし、彼らの認識の影響もあるんだと思うよ?」
「まあ、な。当然と言えば当然なんだが、それでもなぁ……」

 厄介なもんだ。ビルの下に広がる街並みから、黒衣の男は視線を少女に戻す。

「で、実際そっちはどんな案配よ、浅田マユミ?」
「ヨルさんヨルさん。いい加減、フルネームで呼ぶの止めて欲しいんだけど?」
「……ん? あ、こりゃすまん。でもなんか癖でな」
「うー」
「あーわかったわかった。で、浅田の嬢ちゃん。実際、どんなもんだ?」

 名前でいいんだけどなぁーと不満げに呟きながら、少女は改めて周囲に知覚を飛ばす。

「うーん。……やっぱりダメ」

 額に手を当てながら、しばし唸ったと思えば、直ぐにぱちりと目を開いて、首を左右に振る。

「ここも違うみたい。あーもう、本当にどうなってるんだろ? いくらなんでもおかしいよ? 陣の基点になりそうな場所はこれで最後だって言うのにさー……」

 おかしいなぁとひたすら首を傾げる少女に、黒衣の男は懐から地図を取り出した。地図には幾つかの印が記されている。印を確認しながら、同じく懐から取り出したペンで、印の上に×を付けていく。

「あー確か最初に廻ったのがココとココだろ、そんで次にアソコ廻って、ココに来た訳だ」
「うん。ココとココも違ったから、ココだろうって検討つけてきた訳だけど、今度も違ってた。あの感覚からするとたぶん高い場所にあるはずなんだけど、ココでもないって言うのがなぁー。これでもうほとんどの候補がなくなっちゃったよ」

 もうお手上げー。両手を上げる少女に、黒衣の男も不可解そうに眉根を寄せる。

「しっかし【魔王】の種類がわからないってのが致命的だよな」

 だよねーと少女の同意が返った。

 基本的に、【魔王】が内包する世界は一つの概念に支配される。

 かつて四国に降り立った【魔王】は【死】の概念を司っていた。これは何も偶然そうなったというわけではなく、極めて高い不死性を誇っていた【威海より這いずるモノ】達に対抗するため、軍部が検討に検討を重ね、不死性を無意味に貶める概念を持った対象を、狙って呼び寄せた結果だった。

 呼び出される対象が司る力は、予め描かれる降臨陣の作成過程によって変わってくると言われているが、具体的な作成資料は軍部の中でも最重要機密として秘匿されているため、確認はできない。しかし、完成された陣の資料は戦後の混乱期、裏の世界にそれなりに出回っており、呼び寄せられた魔王の種類もそれなりに判明している。

「それに今回の降臨陣は、そもそもどこから流れてきた資料を基にしたかもよくわかってないから」
「あー……まあな」

 外部から流れてきた資料を手にした半端な術者が展開した降臨陣。結果として呼び出されたものが暴走するのも、当然の帰結と言えた。

「だが、それにしてもこれまで廻った場所のどれでもないってのが、妙に腑に落ちないというか……」
「展開された領域から考えると、どこか高い場所のはずなんだけどね……うーん」

 基本的に降臨陣の描かれた場所は、世界が魔王の支配領域となり変質した後も変わらず残る。そのため、突入した部隊が降臨陣の消去を目指すことも可能となっている訳だが……

 黒衣の男はげんなりと眼下に広がる町に視線を転じる。そこには平和そのものといった街並みがひたすら広がっていた。

「ここまで何から何まで外と一緒だとなぁ……」
「さすがに見当すらつかないよねー……」

 げんなりと顔を会わせ、二人は同時に溜め息を洩らす。

 これまで廻った場所も、世界の歪みを感知することに長けた少女の感知能力を頼りに、ひたすら足を使って検証して回ってきたわけだが、この場所でほぼ怪しいと当たりを付けた場所は廻り終わってしまった。

「後は、見込みの薄い候補地しか残ってないはずなんだが……どうにも、この世界そのものにいやーな違和感がつきまとって仕方がねぇんだよな」
「うーん。確かにね。何か根本的なものを見落としてるような気が私もするような……」

 二人して首を傾げ、改めて地図を見据える。

 そのとき、鐘の音が街中に響く。

「ん?」
「あれ?」

 澄んだ音色が高らかに鳴り響く。

「これって……時計塔の鐘か? さっきも聞こえたような気もするが、随分と懐かしいもん持ってきたもんだよな」

 どこか呆れたようにつぶやく黒衣の男とは対照的に、少女の顔色が変わる。

「え、あれ、なんで……?」
「って、どうした? 急に顔青ざめさせて」

「時計塔って、確か、数年前に取り壊されたはずだよね?」
「ん? ああ、そうだぜ。でも、まあ威海だしな。そういうこともあるだろ」

「違う、おかしいよ! ここまで何から何まで現実と同じくせに、あんな目立つものを置き換え忘れるなんて、逆に絶対怪しいよ!」

 少女の焦ったような訴えに、呑気に相槌を打っていた黒衣の男も、ようやく理解が及ぶ。

「と、すると」
「うん。たぶん」

 二人はほぼ同時に広げた地図の一点を指さす。


『ここが降臨陣の展開地点』


 そこは学園都市の中枢。烏丸学園本校舎───時計塔。










…………つづけぇ!


  1. 2007/11/24(土) 18:35:12|
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