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──A.L.M──

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【──高町晴香・水城征治/1回目──】




──【金曜日、夕】──



───第五区画、特課技能職・修練場───



「……困ったな」

「そうですね……」


 既に空は夕焼け色に染まり、下校を促す音楽が校舎に流れ始めている。

 今日一日、水城に案内を頼んで、代行屋を見学して廻った高町だったが、結局これまで見学してきた所に、自らが所属したいと思えるような代行屋は存在しなかった。

「……一応五大技能職種の筆頭をほぼ全て廻ったことになるが、空気ぐらいは掴めたか?」

「ええ、一応は……でも……」

「……気に入った所はなかったということか」

「はい……」

 応える声も、どこか力ないものになった。

 五大技能職種と呼ばれる分類がある。

 これは職種を大まかな系統別に分けようとした際に、最も基本的な判断基準となる分類項目だ。

 戦課技能職。錬課技能職。枢課技能職。報課技能職。特課技能職。上記、五つが存在する。

 今や膨大な数に上る代行職種、すべての支援を謳い上げた烏丸学園であっても、この基本的な区分けは変わらない。

 烏丸学園には、共通課目を履修する本校舎を中心にして、この五大技能職に必要とされる施設が、各区画毎に変質的なまでに集中して設置されている。

 これは共同で使用できる施設が一つでもあるなら、多少の職種間の差異は無視してでも、一つの区画にまとめて設置して共同利用でもさせない限り、どれだけ施設を新設しても予算がまるで追い付かないという、何とも物哀しい理由があるからだ。

 このように、予算状の問題によってまとめられた五大技能職種だったが、ある程度の人数が集まれば、派閥を形成するのが人間の性というものだろうか。五大職技能職種の中には、それぞれ筆頭とでも言うべきような職種が存在し、予算の折衝などにおいても中心的な立場を取り、会議の際もまとめ役となって、予算配分を決定する生徒会と対峙している。

 高町晴香はそうした五大技能職種を中心に、これまで特課技能職以外の筆頭代行屋を紹介して貰って来た訳だが……どれもしっくり来なかった。

 茜色に染まった空を見上げながら、高町はこれまでの経緯を思い返し、溜め息を漏らした。


 ───半日前───


───第一区画、戦課技能職・演習場───



 最初に案内された場所は、広い広い演習場。

 前を行く水城の後に続きながら、高町は物珍しさに周囲の様子を伺う。

 周辺から鉄条網で隔離された区画に、塹壕を彫り込まれた陣地、航空機の飛行場や、果ては大規模攻勢術式の演習地などに至るまでもが、整然と設置されている。

 水城が歩みを止めた。

 目的地に到着したのだろうか? 高町は顔を上げ、目の前に広がる光景を目にした瞬間、凍り付く。

「寝るなっ! そんなに泣き言ほざきたければとっとやめちまえぇっ!」
『サーイェッサーっ!』

「この程度の掃射も避けきれねぇようなら戦場じゃ即死だ! 避けて見ろっ!」
『サーイェッサーっ!』

「この程度でへばるなっ! ○○○を×××して○×○されてぇのか糞無視共がぁっ!」
『さ、サーイェッサーっ!』

 いったいどこの地獄絵図だと問い詰めたくなるほど、苛烈な軍事演習が繰り広げられていた。

「………戦課技能職・筆頭、『地衛会』」

 淡々と、水城の解説が耳に届く。

「……毎年数百人規模の希望者を出すが、この選別演習で多数の脱落者を出す。だが、一度入会して、最後まで脱落しなければ、戦課の基本技能にして奥義、『状況分析』の能力を究める域にまで、引き上げて貰うことが可能だろう」

「……だ、脱落したら?」

 こわごわとした問いかけに、水城は何処か遠くを見据えると、生暖かい視線を空に向けた。

「……少なくとも、死にはしない」
「…………」

 高町は今度こそ絶句した。そんな彼女に感情の宿らない視線を戻すと、水城はあくまで淡々と、続く言葉を放つ。

「……とりあえず、体験するだけしてくるといい」

 案内を頼み込んだ身として、高町に否と言えるはずがなかった。

 かくして、高町晴香という名の素人は、壮絶な軍事演習に加わることになった。

 なんとも哀れな話しである。


                 * * *



「面白奴を連れてるな」

 背中から言葉は届いた。

 この距離に至るまで、一切の気配を感じさせず近づいた相手の技量に感嘆と僅かな羨望を覚える。だがそうした要素を一切面に出すことなく、水城征治は淡々と口を開く。

「……ただのどこにでもいるような新人だ。
 戦課筆頭──『地衛会』の職長が興味を示すような人材とは思わない」

「ははは。『万代行屋』職長が自ら案内役を果たすような相手だ。興味も沸くさ」

「………付随する価値というやつか」

 嘆息が洩れた。僅かな言葉から、相手が自分の同行をどう捉えているか察し、水城は自らの考えの足らなさを認識した。

 それは個人としての評価ではない。

 例えば目の前で、銃器に振り回され涙目になる彼女。
 例えば格闘訓練で呆気なく地に伏せる彼女。

 『完全な素人』であるという要素は全て無視され、『万代行屋』職長が同行しているという、本来なら取るに足らぬ要素のみが取り沙汰され、評価が決定される。

 それは、あまりにも彼女にとって、酷なことだろう。

「……単なる退屈しのぎの一環として、引き受けたに過ぎないのだがな」

 それ以上の意味はない。

 どこか硬い態度で告げる水城の反応に、地衛会の長は尚も興味深そうに口端を緩めている。

「ふむ……まあ、確かに一見すると、平凡な人材にしか見えない」

 基本的な教練を受ける件の少女に視線を向ける。完全武装の状態で、トラックを必死に走る姿が見えた。最も簡易的な装備だったが、それでも人間一人背負っているのと変わらないぐらいの重さがある。後方から声をかける教導官の罵声をあびながら、少女は今にも倒れそうになりながらひた走る。

「軍事的な教練を受けたことはないだろうな。また、肉体的な鍛練を積んでいたとも思えない。
 だが、初の教練で泣き言一つ言わない根性は、認めてやろうって気になるぞ?
 まるで、昔の誰かさんを見ているような気にさせられるしな」

「……主観でモノを語るのは、あまり勧められんな」

 からかいを含んだ視線を寄越す相手に、水城は不快感も露わに言葉を返す。

 だが、相手は肩を竦めると、諦めろと事も無げに告げる。

「それは仕方ない。何しろ俺は『本能で生きている男』だからな」
「…………【狂導官】偽堂修司が誇るケダモノの勘というやつか」
「野生の獣であるが故に、むしろ一見目立たん人材にも、鼻が効くのさ」

 わざとらしい仕種でクンクンと鼻を動かす変態に、水城は絶対零度の視線を向けた。

「とうとう人間の言葉を話せなくなったか。哀れだな」
「……とことん性格悪くなったよな、お前も」

 呆れたように眉を寄せる偽堂に、今更応えるまでもないことだと水城は被りをふった。

「……それで、何があった?」

 基本的に、勧誘週間中の職長は無駄話をわざわざしに来るような暇はない。特に五大技能職種の一つ、戦課筆頭『地衛会』ともなれば、その忙しさは想像を絶するものになるだろう。

 そんな相手がわざわざ時間を造り、自らに話しかけてきたのだ。これまでの会話は単なる前振りであり、何がしか告げたいことがあるのだろう。

 そうした意味を込めた問い掛けに、かなわんなぁと苦笑を浮かべながら偽堂が口を開く。

「どうも錬課の奴らがミスったようだ」
「錬課が……?」
「今朝辺りから、第七実験場が閉鎖されてるらしいぜ」

 眉がつり上がる。第七実験場。そこは確か、【威海門】が設置された実験場だったはず。

「これから五大技能職種を案内して廻るんだろ? 詳しい話は錬課筆頭にでも聞くといい。
 ───だが、注意するんだな、水城征治。お前は、ただの学生ではないのだから」

 かつての教官時代の口調に戻り、地衛会の長は忠告の言葉を告げた。

「…………俺はただの学生だよ」

 顔を逸らして応じた水城の言葉も、どこか力ないものとなった。

 偽堂もそれ以上、何も言おうとはしなかった。

 その後、二人の間に会話らしい会話は起こらなかった。

 しばらく重苦しい沈黙が続いた後、体験を終えた高町がようやく戻ってきた。

 かなり憔悴しきった様子の彼女を見据えながら、とりあえず問いかける。

「どうする、ここに入会するか?」
「謹んで辞退させて頂きます……っ!!」

 首をブルンブルン左右に振って、高町は全力で拒否。

 あまりに率直な否定を返され、地衛会の長が横で苦笑を漏らすのがわかった。



───第二区画、錬課技能職・実験場───




「……錬課技能職、筆頭、架学理法総合研究所───通称、『架総研』」

 雑多に積み上げられた実験器具から異臭が放たれ、床に描かれた術式が仄暗い光を発している。あまりにも不気味過ぎる閉鎖空間に、奇怪な声が途絶えることなく木霊する。


「術式の展開が甘い。ここは連続的に界面励起によって負荷発生を解消することで……──」

「……3、5、7、11、13、17、19、23……素数を数えろ……数えるんだ……」

「うひょひょひょひょーーーードーリールーぅぅぅっぅ!!」

 実験場に存在するは、白衣をまとった奇人変人大集合。

「…………うっわぁ」

 もう、それしか言葉がなかった。

「……錬課そのものにも言えることだが、架総研は基本的に個人研究者の集合体だ」

 どん引きする高町に気付いているのか、いないのか。水城征治は微塵も動揺することなく、案内役としての責務を果たすべく、淡々と説明を続ける。

「各人が自らの定めた研究テーマを追求する過程で、発見した事柄を組織に報告する。報告された研究成果を利用するのに発見者の許可は必要なく、ただひたすら知識のみを追い求める。
 研究を進める過程で構成員は、オカルト的な色の強い『空理展開』技能か、物理法則に則った『法理干渉』技能のどちらかを気付けば習得していることだろう」

 そこで一旦言葉を区切ると、水城は感情の宿らない瞳で高町の背中を押す。

「……とりあえず、ここも体験するだけ体験してくるといい」

 かくして、高町は変人たちの直中に突き落とされるのであった。



                 * * *



「ふふふっ……水城さぁん、貴方も随分と面倒な事柄に関わってるみたいだね」

 ぼさぼさの長髪が薄暗い室内に揺れる。手入れなどなにもされていない前髪が顔に掛かり、僅かに除く金色に光る猫のような瞳が、興味津々と言った様子でこちらを伺っている。

「……面倒な事柄、か」

「何一つとして目につく技能を持たない人材に代行屋を案内して廻る。そんな雑務を面倒な事柄と言わずに何て言うのさ? まあ、僕なら自分の面倒は自分で見ろと言い捨てて、無能は切り捨てるけどね」

「…………」

「それとも何かい? あの娘、随分と昔の誰かさんに似てるみたいだけど、それが気になって引き受けちゃったとか? 水城さんともあろう人が、まさか感傷で動いたなんてことはないよね? って……あれ、もしかして図星? ならゴメンね」

 あははぁとまるで悪びれた風もなく、笑い声が響いた。

 癇に触る言葉をはくことの多い相手だったが、悪意は皆無なのがまたやりづらい。水城は溜め息混じりに、彼女に言葉を返す。

「……相変わらずのようだな、九条鼓」

 人格的に問題の多すぎる相手だが、会話が成り立つだけ、錬課の中ではマシな方だった。

 まとめ役たる錬課筆頭、『架総研』の職長でさえこれなのだから、他の構成員の方向性も、押して知るべしということだろう。

「うん。まあね。ところで、どうも僕にも何か話があるみたいだけど、何かな?」

「……第七実験場で何があった?」

「…………」

 水城が告げた言葉に、これまでの饒舌が嘘のように相手は沈黙した。


「……さすが、耳が早いね。でもまあ、話が早くていいか」

 しばらくして、感心したように首を何度も頷かせながら、九条が口を開く。

「実は錬課の中でも怪しいぃ研究ばっかしてたと常々有名だったエキセントリックな代行屋がさ、今朝方未明に魔王降臨陣を展開したみたいなんだよね」

 困ったもんだと軽い調子で首をふる九条。水城は告げられた内容に、舌打ちを漏らす。

「……ちっ! よりによって【魔王】か。その腐れ外道どもはいま何してやが……」

「口調、昔に戻ってるよ」

「…………そいつらは、どうなった?」

「あそこは大して有能な研究者はいなかったらね。非合法な手段で資料だけ入手して中途半端な陣を張った結果は無様の一言に尽きるよ。何せ、威海の中でも至高階級たる【魔王】さま。
 陣の展開者達は発動直後に、グズグズに溶かされて喰われちゃったらしいよ」

 凄惨な結果を眉一つしかめることなく、あっけらかんと伝えてきた。それに水城も動揺することはない。そんな外道の輩に動かす感情はないからだ。

「………それで、架総研としては、どう対応している?」

「学園に張られた七層からなる防護結界も、降臨の余波で六層辺りまでぶち抜かれちゃったからね。現状、そっちの修復に人手とられて、降臨陣への対応は保留中だよ」

「……降臨陣が招来した【魔王】の種別は判明していないのか?」

「一応、そっちも解析中。でも効果が判明するまで最低でも1日はかかるよ」

「……1日か」

 長いとは言えないが、決して短いとも言えない期日だった。

「あとさ、うちの連中が君の所の構成員に個人的なツテ使って、陣の消却を依頼したとか小耳に挟んだんだけど……水城さん、それ知ってた?」

 珍しく、どこか遠慮の混じった声で九条が問いかけてきた。

「……いや、初耳だな」

 基本的に所属する代行屋が決まっている者が、所属先経由で回されてきた依頼以外を受けることは、あまり好ましい行為とは見なされない。正式なルールとして定まっている訳ではないため、罰則規定などは設けられていないが、職種の区別なく割合広く共有された価値観だった。そうした慣習を鑑みて、目の前の相手も珍しく、こちらに気を遣ったのだろう。

 だが、水城がそうした事実を聞かされて、憤ることはない。

「……まあ、うちの連中が勝手に動くのは今更の話しだからな……」

「随分と達観してるよねぇ」

「………それ以外に道はなかったからな」

 ふっと視線を天井に向け、額を押さえた。なんとも物哀しい台詞だが、水城はあえてそれに気付かないフリをした。多少の欺瞞は飲み込まないと、ぶっちゃけ万屋の職長などやってられなかった。

「……それで、誰に頼んだ?」

「多分、君の所の看板技能者、真理執行者さんだと思うよ」

「……ヨルの奴か。まあ、妥当な人選だな」

 基本的に威海の存在を相手にするなら、これ以上の適任者はいないとも言える。

 了解したと事も無げに答える水城に、九条は安心したと息を漏らす。

「ありがとね、水城さん。こっちも錬課筆頭としてのメンツがあるからさ。錬課内で発生した厄介事の解決を、余所の代行屋に依頼したって事実を公で認めることはできないけど、感謝の気持ちはホントだよ」

「……わかっている。あまり気にするな」

 素直に礼を言ってくる九条に、知らず苦笑が浮かぶ。基本的にこの相手は素直だ。素直すぎる故に、紡がれる言葉はときに人の心を切り刻むこともあるが、他人を気遣うことができないわけではない。そうした相手の性質を知っているから、水城もこの相手をただ嫌うことができなかった。

 その後は今年度の入学者のレベルはどうかなどといった、他愛もない話しを交わして時間を潰す。

 しばらくすると、フラフラと憔悴しきった様子で高町が戻ってきた。

 今回はどちらかといえば、精神的な疲労感が激しいのだろう。架総研の構成員のぶっとびぶりを知ってるだけに、少し憐憫の情がわく。

 よく無事に戻ったと、労いの言葉を掛けた後で、とりあえず尋ねておく。

「……ここに入所するか?」
「無理です!!」
「……そうか」

 こんな魔界に馴染むのは無理そうだ。彼女の表情はそう告げていた。

 ……まあ、当然だろうな。

 口には出さず、水城は彼女の思いに同意するのだった。




───第三区画、枢課技能職・研修場───

              



「……枢課技能職、筆頭『降索党』だ」

 幾つもの会議室を一つの空間に押し込めたような、無数のブロックに別れた大会議室を示す。

 区画毎にそれぞれ特色が見て取れた。世界規模で大まかな区分を映し出す巨大な情勢地図や、株式や債権市場の変動を反映するモニター、各国の世界経済におけるGDP推移などが映し出されるスクリーン等々……無数の分析画面の前で、幾人もの人々が熱烈な議論を交わしている。

 高町は目の前に展開される光景に驚愕した。

「そんな……!?」
「……驚くのも無理はない。これだけの設備を備える学生組織は世界的に見ても異例……」
「ま、マトモな代行屋があったなんて……っ!?」
「…………」

 高町はむしろ其処に驚いた。

 しばしの間、水城は紳士的な沈黙を保った後で、何事もなかったかのように説明を再開。

「……枢課技能とは、基本的に政治、経済などの分野や、金融関係に関する知識を深める過程で、『交渉』技能と『洞察』技能の向上を目指す。ただ知識を蓄積するだけでなく、実際に場数を踏ませる事で可能となる経験値の蓄積も重視している組織だな」

「はぁ……本当に、すごいですね」

 これまでとはうって変わって目を輝かせる高町に、水城はこれまで通りの対応を返す。

「とりあえず、ここも体験するだけしてくるといい」



 * * *



 高町と別れた後、水城は気分が重くなるのを感じながら、枢課筆頭の職長が控える執務室に向かっていた。枢課筆頭の職長は、数少ない水城が頭の上がらない相手であり、気分がどれだけ乗らなかろうが、顔をみせない訳にはいかなかった。

 執務室の扉を叩く。開け、と中から応えが返った。失礼しますと扉を開いた先に、執務机に腰を掛け、厳めしい顔つきで書類を決済する男の姿があった。入室したこちらに気づき、顔を上げた男の顔が皮肉げに歪む。

「ふん。久しぶりだな、水城征治」

「……ご無沙汰しています、鏡谷さん」

 枢課筆頭『降索党』職長───東郷鏡谷。水城の当たり障りのない挨拶に、彼は鷹揚に頷く。

「よくぞ顔を見せたと喜ぶべきか、よくも顔を見せられたものだと憤るべきか。
 判断に迷うところだが、とりあえず尋ねておこう。
 枢課を見限ったものが、今更、ここに何の用だ?」

 あまりに苛烈な言葉に、水城は自らの表情が硬くなるのを感じながら、辛うじて口を開く。

「……所属先が未だ決定していない新入生の一人に、代行屋の案内を頼まれたので」

「ふん。案内を頼まれたか」

 東郷鏡谷は大して面白くもなさそうに鼻を鳴らすと、そのまま言葉を続ける。

「だが、もはやその件は、ついでに成り下がっているのではないか?
 錬課の失態は聞き及んでいる。真理執行者のバカが、関連して動いていることもな。
 なにか尋ねたいことがあるならば、聞くがいい」

 人脈もまた力だと教えたはずだと、一方的な言葉が降りかかる。だが、そこに自分への僅かばかりの配慮を見出し、水城も我を張ることなく、気になっていた事柄を尋ねることにした。

「……第七実験場の事故。あれは、本当に単なる研究者の暴走ですか?」

「裏で動いていた人間は居るだろう。錬課筆頭も研究が関連すれば、ただの道化ではない。
 やつに気付かれず降臨陣の展開に必要な準備を行えた時点で、裏で支援してた者たちの存在は自然浮かび上がる。
 学園に提出された実験申請の書類などが改竄されていたのを見る限りでは、かなり大規模な組織が関与しているだろうな」

「…………」

 学園の上層レベルにまで、手が回されていた事実に驚きを覚える。

 油断していたのか。見過ごせない失態だ。水城は自らの気を引き締め、それを気付かせた相手に礼を取る。

「……助かりました、鏡谷さん」

「ふん。礼など不要だ。忌ま忌ましいながらも、貴様は興味深い存在だからな。
 貴様が進む先に何があるのか、関わった者たちに見届けたいと思わせる其の資質は貴重だ。
 万屋の運営に飽きがきたなら、いつでも此処に戻るがいい。
 もっとも……あまりに不甲斐ないようなら、こちらで引きずり落とすまでだがな」

「…………肝に命じて置きます」

 会話は終わったと、東郷鏡谷は書類の決済に戻った。もはや彼の意識はこちらを向いておらず、完全に書類だけに向いている。

 最後に一礼を返すと、水城はそのまま静かに執務室を去った。

 研修所の入口辺りまで戻ると、そこに体験を終えた高町の姿があった。

 これまでと異なり、どこか深酷に考え込んでいるような様子が印象的だ。相手の変化に少し疑問を抱きながら、とりあえず彼女に声を掛ける。

「……無事に体験を終えたようだな、高町」
「あ……水城さん」

 こちらに気づき顔を上げる高町。そこに浮かぶ表情は、やはりどこか暗いものだった。

 いったい何があったのか。問いかけたくなるが、今はそれよりも体験結果の是非を聞くべきだろう。そう思い直し、水城はいつものように尋ねる。

「……ここはどうだ?」

「ちょっと……わたしの能力的に、付いていけそうにないです」

「……そうか」

 それで、枢課も候補から外れた。




───第四区画、報課技能職・研鑽場───




 戦課では肉体的に死にそうな目にあい、錬課では精神的に疲弊したと思えば、枢課では能力的な格差に打ちのめされた。

 これまでは肉体的な性能や、人格的な乖離などが印象的であり、能力的な優秀さは意識に残らなかった。だが、枢課ではそうした目につく要素は一切存在せず、ただ自らの能力の絶対的な不足を思い知らされた。

 暗くなるな。そう何度も自分に言い聞かせるが、気分が沈むのを止めることはできそうになかった。

 高町が終りない内省に沈んでいるうちに、前を行く水城の歩みが止まる。

「……着いたぞ。ここが報課技能職、筆頭『NES』だ」

「──……」

 目の間に広がる光景に息を飲む。

 多数の連結された電算機が壁際に立ち並ぶ。頭上に展開された巨大なスクリーンに無数の情報が投影され、次々と新たに入った情報が追加されていく。そうした先鋭的な機材が続いたかと思えば、中央付近に置かれた円卓につく記者と思しき者たちが、怒号を飛び交わせながら記事の編集を繰り広げている。

「……報課は情報に分類される職種が統合されている。学園で発行されるメディアのほとんどは、ここが作成したものだな。所属構成員に求められる技能としては、『情報処理』技能の一言に集約されるだろう。だが、それも電脳関連のものから、報道関連のもの……そして、諜報関連に至るまで幅広く扱われている」

 もはや手慣れてきた感のある解説を挟んだ後で、水城はこれまでのように促すのだった。

「とりあえず、体験して来るがいい」



                * * *



「お前ら情報のために命をかけろっ!!」

「くそっ! すっぱ抜かれた!!」

「クラッキング~クラッキング~楽しいクラッキング~」

 どこか常軌を逸した熱気に包まれた空間。

 そんな場所に一人だけ冷静なまま立つことは、非常に居心地の悪いものがあった。

 報課は他の場所とは異なり、体験すると言っても、解説者が一人ついて、どのような仕事を行っているか見学する程度のものだった。少し物足りないと高町は思った。だが、これまでの体験が異常なだけだったと思い付かない辺り、高町も相当毒されていた。

 時折挟まれる解説を聞き流しながら、高町の視線は部屋の入り口に向かう。

 そこでは水城が、報課筆頭の職長と思しき人物と、何やら熱心に言葉を交わしているのが見えた。更に言えば、時折自分に向けて、報課の職長が視線を向けてくるのがわかった。好奇を多分に含んだ視線に晒され、ただでさえ痒い背中が無性に痒くなる。


 そして、どうにも気分が乗らないまま、体験は終りを向かえた。


「……それで、どうだった?」
「…………」

 無言のまま佇む高町に、水城は感情の宿らない視線を向けると。

「……そうか」

 ただ納得したと、静かに頷いた。



 ───そして、現在に至る。


───第五区画、特課技能職・修練場───




 結局、これまで見学してきた職種の中に、自らが所属したいと思えるような代行屋は存在しなかった。廻った先が各職種区分の中でも最高峰に位置する、筆頭の代行屋ばかりだったとは言っても、この結果にはさすがの高町も落ち込むしかなかった。

「……そう言えば、まだ特課技能職の筆頭が残ってますよね?」

 ふと思い出して問いかけると、水城は僅かに躊躇うような間を空けた後で口を開く。

「……特課は五大技能職の一つに数えられているが、その実態は他の分類に分けられなかった、その他の弱小職種の集まりに過ぎない。それ故に、まとまった組織自体が存在しない」

「そう……なんですか? なら、これまでみたいな筆頭もないってことですか?」

「……いや、一応、筆頭は存在する。『生徒会』だ」

「え? 生徒会? でも生徒会って統治関連の適正者が集まってるはずでは……?」

 混乱して目を白黒させる高町に、水城はゆっくりと言い含める。

「……そうだな。それ故に、誰もが生徒会を政治に関連した枢課技能職と認識している。そして、それも間違いではない。特課筆頭と言われているのも、便宜的な区分に過ぎないからな」

 尚も首を傾げる高町に、水城は続ける。

「……つまり、雑多な職種が集まった特課の中で、効率的な管理能力を持った組織がなかったため、生徒会が必然的に管理を行うようになった。それが転じて特課筆頭と分類されるようになった。何しろ、予算を勝ち取る能力すら危ぶまれていた程だからな」

「はぁ……随分と政治的な理由ですね」

「……それ以外に手がなかったからな。仕方ない。ともかく、そうした理由から『生徒会』は特課筆頭であっても、特課技能職の最大派閥ではない。特課の有力組織を上げろと言われれば……おそらく、万屋が候補になるだろうな」

「水城さんの代行屋ですか……」

 むぅと考え込む高町に、水城が付け足す。

「……案内しろと言うなら勿論請け負う。だが、あまりお勧めできないな」

 自ら率いる代行屋であるにも関わらず、あまり紹介するのは乗り気ではなさそうだ。

「どうしてですか?」

「……基本的にうちが新入生の勧誘活動を行っていないことは聞かせたな?」

 頷く。思い出すのは一ノ瀬に水城と引き合わされた時に告げられた言葉だ。

「……うちも何も理由もなく、そんなことをしている訳ではない」

 水城はそう前置きすると、その理由を語った。

 万屋は専門性が高すぎるが故に、その職種単独で代行屋を組織することが難しい弱小代行職者達が集まることで設立された。だが、細分化された無数の職種が集まった結果として、技能を高めるにも各自が単独修練を積む以外にない。

 必然的に代行屋として求められる機能も縮小され、仕事の分担と予算の確保という最低限の部分しか存在しない。最初からある程度の練度を持った人間でなければ、万屋に所属しても自らの技能を高めて行くことは難しく、まったくの素人にとって敷居の高い組織が出来上がってしまった。

「……そうした理由から、あまりお勧めできないという訳だ」

「なるほど……確かに、私には難しそうですね」

 はは、と力ない笑みが洩れた。

 高街の適正職種はひたすら広く───そして浅いものでしかない。

 どんな技能でもある一定のレベルまではそつなく修めることができるが、それだけだ。一人で修練を積める程、高まった技能は何一つ存在しない。

 ある程度適性が絞り込めていれば、万屋という選択肢もあったかもしれないが……それも、もはや今更の話だろう。

 これからどうしたものか。高町はただでさえ沈んでいた気分が、更に沈み込むのを感じた。

 自分は平凡な人間だ。高町晴香はそう自認している。

 出生に劇的な秘密などあるはずもなく、血統に優れた先達がいるわけでもない。あえて上げるなら、両親の仲が年甲斐もなく熱烈なまでに良好なことぐらいだろうか? だが、その程度の特別さは特筆に値しない。

 平凡であるが故に、何かを手にしたいと望む。

 結局の所、自分にとって所属先としての代行屋は、さして意味を持たないのかもしれない。

 例えばそれは、流れる先を探す雲のようなものだ。

 型として、枠として嵌まる事を望むのではなく、未だあやふやで定まらぬものを手にしたいと漠然と望む指向性。顔を向けた先にまず視界に入ったものが、代行職制度というものであったに過ぎないのだろう。

 だから。

「……君自身が希望する職種は、何一つとして存在しないのか?」

 水城征治が何気なく問いかけた言葉。そこに感情の波は何一つとして浮かばない。
 ただ尋ねて当然の疑問を口にしただけだと、黒々とした瞳を向ける。

 問い掛けに応えるべき言葉が見つからない自分に気づき───高町晴香は絶句した。



                * * *



 誰かに『案内』を頼まれ、それを引き受けたとしよう。

 『案内』を頼まれる立場にある以上は前提条件として、自らはその分野に精通していることになる。もちろん頼んだ側もそうした自らの知識を宛にしていることは自明の理であり、頼まれた後で、改めて知識を深める必要は何もない。

 しかし、精通しているとは言っても、それは何も『案内』に手慣れていることを意味しない。

 漠然とした望みだけを提示されて、答えるべき言葉に迷ってしまったとしても、それは当然の反応と言えるだろう。

 そう、水城征治は考えている。

 考えているのだが………少し考えを改める必要があるかもしれない。
 視線を後方に流し、自らの後ろを歩く彼女を見やる。

「……………………」

 ひどく空気が重い。

 先程問い掛けを発して以降、高町は言葉を失くしたままだ。ふらふらととした足どりで、悄然とただ後ろを歩く。こちらの後をついて来てはいるのだが、意識は此処にあらずといった様子だ。

「……自分としては、それほど急いで職種を一つに絞る必要もないと思うがな」

 気付けば、そんな言葉が口をついて出ていた。

 最初何を言われたのかわからなかったのだろう。ぽかーんとこちらの顔を口を開き見ていたかと思えば、突然、彼女は声を上げた。

「───でも……っ!」

 続く言葉はない。だが、浮かぶ表情はひどく悲痛な───痛々しいものだった。

 決めなければならない。
 他の誰でもない。
 何者かになるためには───

 そんな彼女の思いが、透けて見えるかのようだった。

 胸に渦巻く気持ちを、言葉として表すことができないもどかしさに、高町が唇を噛む。

 そんな彼女の姿を見据えながら、水城はゆっくりと口を開く。

「……何しろ、かくいう自分がそうだったからな」

「水城さんが……?」

「ああ。自分はこの学年になるまで、フラフラと様々な職種を渡り歩いていた身の上だ」

 驚きに目を見開く高町に、水城は肩を竦めて肯定を返す。

「最初はただ知識を深めるべく錬課を選んだ。だが直ぐに知識を集める方法に興味を抱き報課に移った。そして情報を集める過程で身体を鍛える必要を感じて戦課、戦場で大局的な判断を下す場面に何度か遭遇して枢課へ……そうして幾つもの職種を渡り歩いて、流れ着いた先が特課だったという訳だ」

「一つの職種に止まろうとは、思わなかった……?」

 特定の場所に止まり、一つの技能を磨き上げた方が効率がいいのは自明の理だ。
 それにも関わらず、幾つもの職種を渡り歩いた理由がわからないと高町の瞳は告げていた。

「……さて、どうだろうな? 自分でも未だに、どうしてあれほど数多くの職種を渡り歩く羽目に陥ったのか、よくわかっていない部分が多い」

 首を傾げながら告げられた言葉に、一瞬高町の顔に呆れのようなものが浮かぶ。
 だが、水城はそんな彼女の反応も気にすることなく、笑みを浮かべ、続く言葉を放った。

「───だが、無駄な時間を過ごしたとは思わない。それに見合うだけの何かを得た。その自負があるからな」

 何一つ後悔はない。そう告げる水城の言葉は、思いの外、高町の胸にストンと落ちたようだ。

「そういうもの……ですか?」
「……ああ、そういうものだ」

 どこか憑き物が落ちたような、軟らかい表情で問いかける高町に、水城はゆっくりと頷き返した。




───烏丸学園本校舎、正門前───



「今日は、本当にありがとうございました」

「……いや、こちらこそいい退屈しのぎになった」

 二人は顔を合わせ、別れの言葉を交わす。

 今日一日の結果は、十分に満足の行くものだった。高町晴香はいまだ定まらぬ部分も多いが、一つの可能性を見出しつつあった。

 あの後、高町は万屋に関する事柄に関して、水城から直接説明を受けた。基本的に万屋の人間は一つの場所に集まること自体が稀らしく、職長から直接話を聞けた幸運は思いの外大きいものになるだろう。高町はすべての話を聞き終えた後で、そんな感想を抱いた。

 結局の所、最終的に所属する先がどのような場所であれ、自らの技能が底辺に位置することは変わらない。ならば、むしろどのような方面にであれ、自由に手を出せる道を選ぶという選択肢もあるのではないだろうか? 最後にはそんなことを考えるようになっていた。

「では、水城さん……」

 また明日と、別れの挨拶を告げようとした瞬間───
 突然、水城が空を仰いだ。

「水城さん?」

「…………」

 呼びかける高町にも応えは返らない。
 水城は苛烈なまでに鋭い視線を空へと向け続ける。

「……この感覚。手遅れか」

 不意に吐き捨てられた言葉は、こちらの理解を促すものではなかった。

 首を傾げるしかない高町と視線を合わせると、水城は自らの額を押さえながら早口に告げる。

「……どのような状況に放り出されようとも、決して諦めるな。可能な限り合流を急ぐが、それでもある程度の時間は必要となるだろう」

 何一つ、理解できない高町を余所に、水城は一方的な言葉を投げかける。

「おそらく、そこにはヨルのやつが居るはずだ。可能なら、やつを頼るといい」

「ヨル……?」

「黒河慎夜という名の変態だ。漆黒の外套をまとった見るからに怪しい不審人物だが、目につく風体をしているから、会えばそれと気付くだろう。もう一度言うが、決して、諦めるな」

 無表情の中にも、どこか焦燥感を走らせながら、水城はひたすら言い聞かせる。だが、その言葉も不意に途切れた。空に視線を戻し、低い、低い声で呟く。

「……来るか」

 そして───世界は変貌する。

「う……っ!」

 耳が痛い。

 突然発生した痛みに、両耳を押さえながら、高町はその場にうずくまった。

 おそろしいほどの静寂が世界を包み、激しい耳鳴りが意識を掻き乱す。

 人間の認識できない領域で奏でられる高周波の音色は、まるでその場に存在する者たち全てにひれ伏せと告げるかのように、無慈悲に響き渡る。

 痛みに耐えながら顔を上げると、水城が音色に屈することなく空を睨み続けていた。

 つられて見上げた空に、展開されるモノを目にした瞬間、高町は息を飲む。

 学園の上空、広大な校舎すべてを覆い尽くすかのようにして展開される、光の方陣が在った。膨大な光を発しながら幾重にも展開された陣は折り重なり、目にしているだけで目眩を覚えそうな規模にまで発展しながら、さらに複雑なものへ、さらに精密なものへと、方陣はひたすら完成を目指し構築されていく。

 上空に展開される方陣から放たれる光は真昼の如き明るさに達し、意識を掻き乱す音色はもはや意識を保つことさえできない領域にまで高まりつつあった。
 
「…………3年ぶりか。『威海より這いずるモノ』が、再び世界を侵す」

 宿業だな。

 そんな水城の呟きが最後に耳に届いた。


 こうして、高町晴香の意識は途切れ。

 彼女の『一回目』は、終りを迎えた。








───全力で続けぇ!
  1. 2007/11/25(日) 18:33:16|
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