全手動軽文量産機

──A.L.M──

書庫へ戻る |  日記過去ログ |  アビス総合目次 |  ジャンク作品目次 |  お勧め一次創作 |  お勧め二次創作 |  掲示板 |  注意書き |

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

第1話 「深淵の旋律」




                 【1】



 彼女は目を開いた。

 ありふれた宿の一室。石造りの宿は見るものに無機質な印象を与える。ひどく乾いた空気が室内に漂い、開け放たれた窓から届く潮風が鼻をくすぐった。どうやら、海が近いようだ。

 身体を起こす気にはなれなかった。

 少しの間、身体を寝かしつけたまま彼女──ティアは天井を見上げ続ける。周囲に人の気配はない。今がどういう状況にあるのか。普段の自分ならそれを確認すべく、直ぐにでも動き出していただろう。しかし、今の自分には、そんなことは考えられなかった。

 ただ深い喪失感が、胸を突く。

 彼女は天井を見上げ続ける。睨み付けるように見据える。目尻に押し寄せるものが乾くまで、見開いた瞳を天井に向ける。泣いている暇などない。そんなことをしても意味はない。前を向いて歩く。そう自分は約束したから。

 波の押し寄せる音が繰り返し響く。しばらくして、彼女はようやく上体を起こす。

「……バカ……」

 そして、小さく口元でつぶやく。

「……死んだら、何にもならないじゃない……っ…………」

 音にもならない言葉が掠れた音を上げた。拳に握りしめられたシーツが、微かに音を立てる。

 泣いている暇などない。そんな暇、ありはしない。

 それでも、いま少しだけ、一方的に約束を破った彼を想うことを、許して欲しかった。




               * * *




 部屋の外に出ると、そこにはカウンターに腰掛ける宿の店主の姿があった。

「あの……すみません」
「ん、何だい……? って、おや。あんた気づいたのかい」
「はい。あの、少しお聞きしたいのですが……」

 少し相手に気後れするのを感じながら、ここがどこなのか、自分の連れが今どうしているのか、端的に尋ねる。すると主人は朗らかに頷き返し、すらすらと答えを告げる。

「ここはシェリダンだよ。あんたのお連れさん達なら、イエモンさん達、街の代表者と一緒に、集会場に集まってるようだ。どうにも情勢が物騒なことになってるようだからねぇ。おたくらを運んできたオラクルの人たちを何やら対策会議でもしてるんじゃないのかい」
「オラクルが……? そう…ですか」

 自分たちを宿まで運び込んだオラクル騎士団。その言葉に少し引っ掛かりを覚えるが、考えてみれば自分やアニスもオラクルの一員だ。騎士団全てが兄の側に寝返った訳でない以上、そういう事も確かにあり得るだろう。

 少し考えた後で、ティアはとりあえず集会場に向かうことを決めた。ともかく、現状では情報が足りなすぎる。

「わかりました。では私もそこに向かってみます。入れ違いになったら、皆にそう伝えておいて下さい」
「ああ、それはいいけど……あんた、大丈夫なのかい? 今にも倒れそうな顔をしてるけど」

 直ぐにでも立ち去ろうとしたティアの背中に、店主が心配そうに声を掛けてきた。言葉から感じるのは純粋な配慮。それほどまでに、今の自分はひどい顔をしているのだろうか?

 ……そうかもしれない。

 疑問に感じたのは一瞬。否定する要素は何一つ見当たらない。だから、少なくとも皆の前に出る頃には、表面上だけでも取り繕えるようになろうと、気分を引き締めることを誓う。

「………いいえ、大丈夫です」

 ありがとうございましたと、ティアは相手の気遣いに言葉短く礼を伝え、宿を後にした。

 機械の放つ鉄錆のニオイが鼻に突く。至る所に施された譜業による仕掛けが蒸気をまき散らしながら、忙しなく動いているのが視界に入る。

 譜業都市シェリダン。ノエルの故郷にして、飛行機械たるアルビオールを受け取った場所だ。

 だが、なぜ自分達は此処にいるのだろう? 目覚めてから今になって、ようやく当然の疑問に行き当たる。

「……ダメね。こんなことじゃ、軍人失格だわ」

 思った以上に、自分の頭は働いていないようだ。

「それに……あの空」

 見上げると、どこか不気味な薄紫色のもやが空を覆っているのが見える。ユリアシティでは見馴れた光景。障気に覆われた空が、そこにはあった。

 そもそも、なぜ、自分はシェリダンに居るのか?

 この疑問には簡単な推測が成り立つ。地殻で意識を失う直前、彼が自分たちに向けて奏器を投じた姿をティアは目にしていた。おそらく、他の六神将達がしていたように、転送陣を用いて、自分たちをここに飛ばしたのだろう。

 だが、展開される譜陣の範囲に、彼の身体は含まれていなかった。譜陣が発動すると同時に、彼が再び血の海に崩れ落ちる姿を、自分の瞳は確かに捉えていたから。

「…………」

 再び暗い淵に沈み込みそうになった思考を、現状の考察に向けることで、建て直す。

 外郭大地の降下はなされ、確かに障気は地殻に押し戻されたはずだった。それがどうだろう。見上げた空は障気に覆い隠され、かつての魔界のような様相を挺している。

 いったい、今、なにが起こっているのか?
 地殻であの後、兄さんは何をしたのか?
 彼は──本当に死んだのか?

 考えることは、幾らでもあった。

 だから彼女は考える。今後どう動くべきか、ひたすら現実的な思考に立って、余計な考えを弾き出す。足を止めれば、自分は直ぐにでも歩き出せなくなることが、わかっていたからだ。

 そして、そんな無様をさらす訳には絶対に行かなかった。

 今も自分は前を向いて歩いている。絶対、彼と交わしたあの誓いを破らない。

 今にも崩れ落ちそうになりながら、彼女は一歩、一歩、前へと進む。

 彼との誓いを胸に、前を向いて歩き出した。



                 【2】





 重苦しい空気が、その室内には充満していた

 中央に置かれた円卓付近に佇む老人たちが顔をしかめながら、設置された計器を見据えている。天井へと伸びる譜業の一種が、空に向けられ、状況を観測している。

 ……やはり、それほど状況は悪いということか。

 彼らの様子を遠巻きに眺めながら、ジェイドはともすれば口をついて出そうになる溜息を押し殺す。ついで、暗くなった気分を紛らわすように、集会場に集まった人々の顔を順に見渡していく。

 自分を除いたいつものメンバーは、観測を続けるイエモン達の近くに立っている。譜業を見れば目を輝かせるガイも、今はひどく真剣な表情だ。常に気丈なナタリアの顔にも暗い蔭が指し、何かと騒がしいアニスもひどく不安そうにイエモン達の作業を見守っている。

 彼等とは少し離れた位置に、あまり見馴れない者たちの姿があった。オラクル騎士団の記章を施された装備を身につけた二人の男。一人は黒の教団服を着込んだ第六師団長──カンタビレ、もう一人は彼の副官であるライナー。

 ジェイドは彼等を見据えながら、苦笑を浮かべる。そして、これまで散々事を構えてきたオラクル騎士団の人間と、こうして敵対するでもなく、席を共にすることになった奇妙な経緯を思い返した。




               * * * 




 ジェイドは気絶したメンバーの中で、最初に意識を取り戻した。

 まず室内を見回し、ここが宿の一室であることを認識する。ついで、自分を含めた五人の無事を確認し、怪我の手当てなどがなされていることから、今が差し迫った状況にないことを理解する。

 ルークの姿は、やはり見えない。

「…………」

 最後に浮かんだ事実を、感情を切り離して、ただの情報として理解する。ついで、この状況について分析を始める。感傷に浸ることなら、いつでも出来る。ならば、今しかできないことを優先すべきだろう。

 アブソーブゲートでヴァン謡将に敗れたはずの自分たちが、突然、宿の一室に寝かされている。普通なら狼狽してもおかしくない事態だったが、ジェイドはさして動揺することもなく、この事実を受け入れた。

 今まで目にしてきた六神将達の用いる転送陣は、すべて触媒武器を媒介にしていた。ならば、第一奏器を使いこなすまでに至ったルークが、転送陣を使うことも可能だろうと容易に推測がついたからだ。

 むしろ、特にこれといった監視も拘束もされぬまま──手当てまでされて──自分たちが宿の一室に寝かされている、この状況の方に疑問が浮かぶ。

 第七音素を用いた転送には、二つの地点を結ぶ何らかの媒介が必要だ。そして、触媒武器を用いた転送は、陣の展開速度、音素の収束率から考えるに、触媒武器そのものを媒介に使っている可能性が高い。

 つまり、飛ばされた先には、他の触媒武器を持った人間が居るはずだった。そして、そんな者たちは六神将か教団関係者以外に居ないはずだった。それ故に、監視も拘束もされていないこの状況にジェイドは不可解なものを感じていた。

 もしやローレライの鍵を持つアッシュの元に飛ばされたのかとも考えたが、直ぐにそれを打ち消す。ヴァン謡将の言葉から考えるに、鍵自体は地殻に沈むローレライの意識体を抽出するものとしては、使われていないはずだ。

 では、ルークはいったいどの触媒武器を、転送先に設定したのだろうか?

 第六奏器はヴァン謡将と共にゲートにあるので除外できる。第四奏器と第五奏器はリグレット、ラルゴもろとも雪崩の下に沈んだことから、可能性は低い。第三奏器の在り処はわからないが、シンクが健在であることを考えると、気絶したままの自分たちが怪我の手当てをされた上で、拘束すらされずに寝かされているこの状況とそぐわない。

「……となると、やはり第二奏器を所持する者の下でしょうかね」

 未だ自分たちが目にしていない触媒武器──第二奏器。

 持ち主すら不明の触媒武器だったが、改めて考えてみれば、どうも不可解な点が目につく。思えばタタル渓谷の時点で、シンクが第三奏器を使ったの確認した後、アッシュはこんなことを言っていた。

 ───これでついに六属の奏器が完成した。

 あの言葉から考えるに、どうもアッシュは第二奏器の存在を認識していたようだった。それも既に、意識体を抽出済みの触媒武器として、である。

 しかも、それでいて次に向かうセフィロトでは、六神将と総力戦になるだろうと言いながら、第二奏器に関しては何も言及しなかった。何か情報を仕入れているなら、幾らあのアッシュと言えども、存在を匂わす程度の事はしただろう。

 だが、結局アッシュは何も伝える事はなかった。まるで第二奏器に関しては、気に掛ける必要などないと最初から意識の外に除外していたかのように、ただロニール雪山では油断するなと、当然の忠告を告げるのみだった。

 そして実際、ロニール雪山の戦闘では、ラルゴとリグレットの二人は触媒武器を用いていたが、残るアリエッタは六神将でありながら、触媒武器を保持していなかった。

 ヴァン謡将の陣営が第二奏器を確保していれば、未だ使い手となりうる手駒が存在するあの時点で、投入しない手はないはずだった。

 しかし、アリエッタは魔物使いとして参戦し、奏器は投入されなかった。

 そうした諸々の要素を繋ぎ合わせると、一つの推測が成り立つ。

「つまり……第二奏器の保持者は、少なくとも現時点においては、ヴァン謡将の陣営から、既に離れている可能性が高い……と、そういうことでしょうかね?」

 そこまで考えたところで、苦笑が浮かぶ。あまりに飛躍がすぎる推論であり、全てはこの状況から無理やり結びつけた、論拠も何もない強引な結論でしかなかったからだ。

 だが、何にせよ、この分析が無駄になることだけはないだろう。

「まあ、こうして考えているよりも、私たちを宿に運んだ其の人に、実際の所はどうなのか、直接尋ねるのが早いでしょうしね」

 やれやれと被りを振った後で、視線も鋭く、唯一部屋に存在する扉を見据える。

「──そこのあなたも、そう思いませんか?」

 少しの間を置いた後で、扉が向こう側から開かれる。

「……さすがだな。死霊使いの二つ名は伊達じゃないってところか」
「ええ、ホント、師団長とは大違いですね。何と言うか、貫祿がありますよ」


 何とも言えない深い沈黙が、部屋に降りる。


「だぁぁっ! うっさいわ、ライナーっ! 初対面の相手が居るときぐらいは団長の顔立てろっ!」
「あ、失礼。つい本音が漏れました」
「本音って……この副官は……っ!」

 ガヤガヤと騒がしい遣り取りを挟みながら、二人の男が現れる。

 交わされる間の抜けた遣り取りに多少呆れるものを感じながら、ジェイドは擬態の可能性も考慮して、油断なく相手を観察する。ついで二人の姿を見やり、ジェイドは目を細める。二人の身につけているものは、どちらもオラクル騎士団の記章が縫い込まれていたからだ。

「……ま、お二人の関係はともあれ、盗み聞きしていたのは些か感心しかねる行為ですねぇ」
「あー……そいつに関しては悪かったよ。こっちとしても、あんたらが意識を取り戻すのを今か今かと待ってるところだったからな、許して欲しい」

 ジェイドの嫌味を多分に含んだ言葉に、相手は罰が悪そうに顔をしかめたあとで、謝罪を返した。口調は乱暴だが、想ったよりも粗暴な人間という訳でもなさそうだ。

「ま、いいでしょう。では単刀直入に尋ねますが──あなたは私たちの敵ですか? それとも味方ですか?」

 こっそり譜術の詠唱を開始しながら、問いかける。

「……あんたらはあいつの仲間なんだ。少なくとも敵じゃねぇよ」

 こちらの物騒な問い掛けに、相手は多少の呆れを含ませながら、片手をぱたぱたと左右に振って答えた。返された言葉に少し気にかかるものを感じたが、とりあえずジェイドは先を続ける。

「ふむ。……先程そこの人が、師団長とあなたを呼んでいましたね。では、あなたがあの第六師団の師団長と考えて、宜しいでしょうか?」

 第一から第五に至るまでのオラクル騎士団の師団はまともに機能していない。これはユリアシティで和平が結ばれたのを契機に、どこも師団長を筆頭に多数の離席者を出したためだ。唯一師団長を含め、一人の欠員も出さなかった師団が第六師団である。そうジェイドは耳にしていた。

「ああ、カーティス大佐。僕が第六師団の師団長やらせて貰ってるアダンテ・カンタビレってもんだ」
「同じく副官のライナーです」

 オラクル式の敬礼をしてくる相手に、ジェイドは帝国式の敬礼を返すことで応じた。

「なるほどね。ま、とりあえず信用しておきましょう」

 そこまで聞いて、ジェイドはようやく譜術の詠唱を止めた。

「……ったく、噂に聞く以上に物騒な人だな、カーティス大佐」
「疑り深いのは性分ですから、仕方ありません。ま、儀式的に確認しておきました」

 譜術に関して言えば、もともと放つ気などない単なる牽制だったが、これぐらいの警戒はして当然だろうとジェイドは考えていた。自分の推測が確かなら、第六師団には第二奏器の保持者が存在すると考えられるからだ。

 ……それにしても、オラクル騎士団のものに助けられるとはね。

 あまりの皮肉さに、ジェイドは口には出さず、密かに苦笑を浮かべた。

 だが、第六師団は忠実な導師派と耳にしたことがある。自分たちへの対応から見ても、少なくとも現時点でどうこうする可能性は低いだろうと、最終的にジェイドは結論づけた。

「では、まず情報交換が必要でしょうね。どうします? ゲートで何があったのか、至急確認したいのではありませんか?」

 ヴァン謡将の陣営でないならば、むしろ目の前の彼等こそ、こちらの情報を欲しているはず。

 そう推測した上で放った問い掛けに、第六師団長があからさまに顔をしかめて見せた。図星だったのだろう。

「……まあ、確かに情報交換の必要性は認めるが、詳しい話しに関しては他の連中も気づいてから、集会場でやるつもりだ。一々、一人気づく度に同じ説明を繰り返すのは手間だからな」
「なるほど……ま、確かにそれが一番効率がいいでしょうね」

 それに皆が意識を取り戻せば、万一を考えた場合に戦略の幅が広がる。こちらとしても異存はなかった。

「では、とりあえずこの場所が何処なのかだけでも、教えてください」
「ん、ああ、それも教えてなかったか。ここは譜業都市シェリダンで、其処にある宿屋の一つだ」
「なるほど、シェリダンですか……」

 ラーデシア大陸にまで、飛ばされたということか。ゲートからの距離を考えると、やはり奏器の力は巨大と言う他ないだろう。そこまで考えたところで、見落としていた事実に気づく。

「……ノエルがまだゲートに止まっている可能性があります。ここがシェリダンなら、アルビオールを通して、彼女に連絡を取ることができないでしょうか?」

「ああ、それに関しては対応済みのはずだ。そうだったよな、ライナー」
「はい。既にシェリダンの技師連に頼んで、通信を入れて貰いました。こちらに向かう途中でケテルブルクに一度寄り、導師イオンを回収してくると言っていました。なので、到着にはもうしばらくの時間がかかるでしょう。お二人とも無事と耳にしていいますよ」
「ま、そういうことだ」

 副官の言葉に頷き、カンタビレが肩を竦める。だが、相手の対応の早さに、ジェイドは無視できない違和感を覚える。

「……随分と、私たちの動向に詳しいようですね」

 言葉に滲み出る不審さを感じ取ってか、カンタビレが慌てて口を開こうとしたところで、寝台から呻き声が届く。顔を向けると同時、ガイが寝台から凄まじい勢いで上体を起こす。


「ルーク───っ!!」


 叫んだ後で、自分の状態に気づいてか、ガイが呆然と周囲を見渡す。

「こ…………ここは……ゲートじゃ、ない……? いったい、何が……」

「気づいたようですね、ガイ」
「大佐? ここはいったい……───」

「うーん……うるさいなぁ……」
「ん…………いったい、何が……?」

 ガイの叫びに触発されてか、次々と他の面々が意識を取り戻していく。

「……これは説明するのに、少々骨を折りそうですね」

 どうしたものかと肩を竦めてみせた後で、カンタビレが妙に真剣な表情で黙り込んでいることに気づく。視線の先には、ガイとナタリア、二人の姿があった。

 向けられる視線に気づいてか、困惑したように周囲を見回していたガイが顔を上げる。そしてカンタビレの姿に気づき、一瞬怪訝そうに眉をしかめた後で、直ぐに驚愕に顔を歪める。

 信じられない相手を見たとでも言うかのように、ガイはその目を見開いて、カンタビレを見据え続けている。

「アダンテ、さん……?」

「……久しぶりだな、ガイ」

 応じたカンタビレはひどく懐かしそうに目を細め、どこか苦みを感じさせる笑みを浮かべた。




               * * *




 そうして、目覚めたガイとナタリアの話から、ルークを含めた三人と、カンタビレが旧知の仲であることがわかった。詳しい話を聞くことはできなかったが、彼等はかつてバチカルに住んでいたときに知り合ったらしい。

 だが、ジェイドとしては彼等四人が知り合いであったことよりも、アニスの証言を聞けたことを何よりも重視した。なぜなら彼女の証言から、確かにカンタビレが第六師団の団長であると確認できたからだ。副官のライナーとも顔見知りらしく、やはり間違いないとわかった。

 この証言によって、カンタビレ達が『第六師団を装った者ではないか?』という最大の懸念は消え去った。ジェイドはひどく安堵した。なによりも最大の危惧は、味方面した者たちに油断した所を突かれることだったからだ。

 ともあれ、ジェイドはある程度の範囲であったが、ようやく肩の力を抜くことができた。誰もが気絶している状況から抜け出せたことも大きかったが、少なくとも今のところは敵対する可能性が低い相手と確信できたことが最大の理由だ。

 その後はしばらくの間、残るティアの目覚めを待っていたが、彼女は一向に目覚める気配がなかった。仲間の半数以上が目覚めた今、彼女の一人の目覚めを待つ意味も薄くなっていた。

 結局、一足先に集会場に向かい、現状の確認をすることになった。

 それが、つい先程のことだ。

 今は集会場に移動した自分たちはイエモン達と合流し、彼らの行う空を覆う《紫紺の靄》の観測結果が判明するのを待っている状態だ。

 観測の間も、何ら会話が行われなかったわけではないが、あまり重要な事柄は話していない。

 ラーデシア大陸に存在するオラクル駐屯地に、自分たちは飛ばされたらしい。
 そんな自分たちを作戦行動中の第六師団の面々が拾って、シェリダンまで運び込んだ。
 もともと主力となる団員が地方に飛ばされていたため、第六師団の面々はラーデシア大陸を本拠地に活動している。
 故にシェリダンの面々ともつきあいが深く、シェリダン技師のまとめ役たるイエモン達三人とも顔見知りだった。

 ……と、いった推測でもわかる世間話し程度の情報しか交換していない。未だ本格的な話には至っていないのが現状だった。

 しかし、第六師団長──異端のカンタビレか。再びカンタビレ達に視線を向ける。

 まさか、彼がルーク達と知り合いだとは思わなかった。詳しい経緯は未だ聞いていないが、それでもどのような関係だったのか、気になる所だ。

「──終わったぞい」

 集会場に設置された観測機を覗き込んでいたイエモンが、厳しい顔でこちらに向ける。

「やはり空を覆っておるのは、障気に間違いないようじゃ」

 出された結論に、やはりと空気が重くのしかかる。

「助かります。これで少なくとも、今我々がどのような事態に直面しているのか、理解することができました」

「うむ……別に、これぐらいのことなら、本々行うつもりじゃったから、改めて礼を言われるほどのことでもない。……ただ、ジェイド」
「何でしょう?」
「そろそろ……聞かせてくれんか? いったい、ゲートで何があったのか」

 その場にいた誰もが抱いていた疑問を、イエモンは口にした。

「それに、ルークはいったい……」

 どうしたんじゃ? 先に続くべき言葉は、音にならず虚空に消えた。

 沈黙が、より一層重くのしかかる。

 ゲートで何があったのか。それを説明することは、自分たちの無力さを認めることと同義だった。いつもなら、軽い調子でガイに解説を頼むところだが……今回ばかりは、さすがに彼に任せるのはひどく酷なことだろう。

 まあ……仕方ありませんね。ジェイドは苦笑を浮かべ、その口を開く。

「私が、説明しましょう」

 集まる視線を前に、ゲートで何が起きたのか、自身の把握している事柄を整理する意味も込めて、ジェイドは言葉にしていく。

 ゲートで行ったヴァン謡将との戦闘。
 ルークが触媒武器を用いて、一度は撃退したこと。
 そして地殻の降下を成し遂げた矢先、ルークがヴァン謡将の剣に貫かれた。
 愕然と立ち尽くすしかなかった自分たちは、結局、そのまま敗北した。

「……しかし、私たちはこうしてゲートから無事に帰還することができました。おそらくは……触媒武器による転送陣を用いることで、ルークが私たちを逃してくれたのでしょうね」

 ひどく淡々と、敗北に至る顛末を言葉にした。

 こんなときでも、自分は冷静に事態を把握できる。起こったことは、ただの事実としか認識できない。

 やはり自分の心は冷えきっているようだ。ジェイドは自嘲のあまり口端が歪むのを感じた。

 だが、今は自らを哀れんでいる場合ではない。

 そのまま顔を上げて、ジェイドは一人の男に視線を合わせる。

「カンタビレ。あなたの下に飛ばされたのは、偶然ではないはずだ」

 意識を取り戻してから、考え続けていた一つの推測を語りかける。

 本来、転送陣には二つの地点を結ぶ媒介となるモノが必要となる。そして、これまでの六神将達側の行動から推測するに、用いられる媒介とは触媒武器そのもの以外に考えられない。

 一旦間を置いて、皆の理解が追い付くのを待った後で、一息に問いかける。

「あなたもまた──触媒武器を保持しているのではありませんか?」

「…………」

 集まる視線を前に、カンタビレは少し押し黙った後で、腰に挿した剣を引き抜いて見せた。掲げられた剣は根元から二つに別れ、まるで生きているかのように脈打ちながら左右に開く。

「あんたの推測通りだ、カーティス大佐。僕は第二奏器──《地剣》ネビリムの行使者だよ」

 カンタビレの発言に、場の面々に緊張が走る。

 一斉に身構える相手を前に、くくっとカンタビレが低い声で苦笑を漏らした。

「師団長、挑発に聞こえるように告げるのは止めてください。言うなら、全てをわかりやすく、キチンと説明してくれないと困ります。それでは我々が敵だと言ってるようなものです」
「………そうかい?」

 副官の進言に、カンタビレは肩を竦めるだけで取り合わない。ライナーが溜息をついた後で、こちらに向き直る。

「どうか誤解しないで頂きたい。我々第六師団の面々は、そのほとんどが導師の御考えに賛同した改革派の者です。ヴァンの陣営とは敵対関係にあります。彼らの一派を指して、我々は未だ教団に残る大詠師派と区別する意味も込めて、過激派、と端的に呼んでいます」

「改革派……ねぇ。しかし、それではなぜ、改革派の人間である第六師団長が、あなたたちの言う過激派である、ヴァン謡将達が集めていた触媒武器を持っているのです?」

 おかしなことだと、ジェイドの投げかけた質問に、再びカンタビレに視線が集中する。

「それは……」
「……もういい、ライナー」
「ですが……!」
「僕が説明する。……それが、ケジメってやつなんだろうな」

 副官の言葉を遮り、カンタビレが前に出る。

「しかし、何から話したもんか。やはり、あの実験がすべての始まりか……」

 口を開き、カンタビレが説明を始めようとした──そのときだ。

「──私にも聞かせて下さい」

 集会場の扉を開け放ち、割り込む声。

 扉の側に佇むティアが、カンタビレを見据えていた。

「……ヴァンの妹か」

 ティアの問い掛けに、カンタビレが視線も鋭く顔を上げた。

 向けられる苛烈なまでの眼光に、一瞬怯るんだように顔を伏せた後で、彼女はすぐに顔を上げる。

「あなたの言う通り、私はヴァン・グランツの妹です。でも、それ故に私は知る義務があります」

 向けられる視線に正面から向き合って、彼女は僅かに瞳を閉じる。

「ルークは私たちがヴァンの一撃を受けて倒れた後も、一人立ち上がった」

 脇腹を貫かれ、一度血の海に沈みながら、一人立ち上がって兄に向かって行った。そして決定的な一撃をその身に受けた後も、最後の瞬間まで足掻き続けた。

「倒れ伏す私たちをあの場から逃すために、最後の力を使って、彼は転送陣を展開した」

 次々と口にされるゲートで行われた最後の死闘に、誰もが息を飲んで立ち尽くす。

 ナタリアとアニスがやりきれないと顔を伏せる。そしてガイは彼女に語られる言葉が意味する、もう一つの事実に気づく。

「ティア、君は………」

「…………あなたは、最後の瞬間まで、意識があったのですね」

 ジェイドが続けた残酷な問い掛けに、彼女は静かに頷き返す。

「彼を討った兄が……いったい何をしてきたのか。私には知る必要が、義務がある……」

 顔を上げて、ティアはカンタビレの視線を正面から受け止める。

「だから、兄が何をしてきたのか、あなたの知っていることを、私にも教えて下さい」

 静かに願い出るティアに、カンタビレの方が、最後には視線を伏せていた。

「……わかった。だが、僕とて全てを知っているわけでもない」

 そう前置きした後で、カンタビレは語り始める。

「全ては一年前、セフィロトで行われた一つの実験から、始まった───………」

 かつて自らの犯した、取り返しのつかない、罪の記憶を。



  1. 2005/05/31(火) 14:19:41|
  2. 【家族ジャングル】  第七章
  3. | コメント:0

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可(誤字・脱字等の報告を下さる場合は、チェックして頂けると幸いです)

 
書庫へ戻る |  日記過去ログ |  ジャンク作品目次 |  アビス一覧目次 |  お勧め一次創作 |  お勧め二次創作 |  掲示板 |

FC2Ad


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。