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──A.L.M──

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第2話 「守り手の調べ」



                 【1】




 日の光を閉ざされた空の下、目の前に広がる仄の暗い海を眺めながら、ガイは一人思考に沈んでいた。

 今の自分とルークの関係を形成するのに、大きな影響を与えた人物。
 かつてのバチカル駐在武官にして、年の離れた友人の一人だったアダンテさん。

 ……いや、今はオラクル騎士団第六師団長《異端》のアダンテ・カンタビレ、か。

 仰々しい二つ名に、似合わないなぁと苦笑が浮かぶが、直ぐにそれも消え去る。浮かぶ感情は、ひどく苦い想いだった。

 彼がヴァンと共に、ダアトに向かったことはガイも知っていた。

 だが、まさか彼があそこまでヴァンと深く関わっていたとは、思いも寄らなかった。

 かつて、自分はヴァンの側に居た。公爵邸にもぐり込んだ先で、ヴァンと再開することになり、互いに同志となることを約束したわけだが……

 ガイは今でも思い出せる。公爵に復讐を誓った、深い憎悪に囚われていた頃の自分の姿を。

 下手をするといつ暴発するかもわからなかった当時の自分は、ヴァンにとっても、さぞ扱いに困る相手であっただろう。それがこうして当時を冷静に思い返せるようになった今になって、初めて理解できた。

 ルークが記憶を失って屋敷に返された頃から、自分とヴァンの関係は徐々に距離が開き始めた。向こうもそれを察してか、こちらに対して全面的な信用を置かなくなった。だが、それも仕方がないとガイも考えていた。

 なにせ、自分は心の其処からあいつと友達づきあいを初めてしまったのだから。

 自分の節操の無さに苦笑が浮かぶが、選んだ道に後悔はない。

 ついで思い出されるのは、自分が復讐から解き放たれる決定的な切っ掛けとなった、二年前の事件だ。

 あれほどの事を経験しながら、尚も前を向いて歩き始めたルーク。そんなあいつの姿を見たからこそ、自分は心の底からあいつに笑顔が向けられるようになろうと思い立った。

 誓いが果たされた後も、自分の正体を打ち明けるような真似はできなかったが、もはやあいつに復讐することなど考えられなかった。

 だが、その影でヴァンは一人計画を進めていたのだ。もはやそれは公爵への復讐などに収まらない、世界そのものの改変を目指した、途方もない計画。

 二年前のあの頃には、既にそうした次元にヴァンは行き着いていたのだろうか。

「──ここにおりましたのね、ガイ」

 背中からかかる声に、思考が途切れる。振り返った先で金髪の髪が風に揺れ、綺麗な色を放つ。

「ナタリアか。どうかしたのか?」
「ノエル達が間もなく到着するそうです。私たちは直ぐにでも、ここを発つことになるでしょう」
「……そうか。頑張れよ、国際会議の開催」
「ええ、絶対に両国の間に協力関係を結んで見せますわ」

 集会場での話し合いの後、全ての話を聞き終えたナタリアは、国際会議を招集する必要性を皆に訴えた。現状、どちらの国も事態を何も掴めていないことを考えると、早急に動く必要がある。自分たちの知っている事を報告して、障気に対する国家規模の対策を練るべきだと。

 最終的にいくつかの修正を加えた後で、ジェイドも同意した。

 国際会議において、実際に行われる事柄としては、各国の代表者にゲートでの顛末を報告することが決まっている。さらに協力体勢が結べた場合は、空を覆う障気に対して当面の対処方法を取り決めた後で、根本的な対策を協力して研究することになっている。

「ガイ、私はそちらで動くことはきでません。だから……教団の方は任せました」
「ああ、わかってる。こっちは任せろ」

 国際会議の開催のために同行するメンバーはジェイドとナタリア、そしてアニスの3人が選抜された。各国に影響力をもつ彼等は、ノエルの操縦するアルビオール1号機が到着次第、イオンと合流して、各国の首脳陣を尋ね、世界中の空を飛び回ることになっている。

 では、彼等と別行動を取る自分たちはいったい何をするのか? 当然、誰もが疑問に思うだろう。

 今回の別行動には、アダンテさんが示した一つの提案が深く影響している。

「それにしても、ヴァン謡将に対抗するために……残るローレライの意識体と新たな契約を結ぶ。
 そんなことが、本当に可能なのでしょうか?」

 そう──ローレライとの契約。それが集会場で示された可能性だった。

「どうだろうな。だが、ジェイドも反対はしなかった。それなりに目算はあるんだろうな」

 すべての切っ掛けとなった、集会場で交わした会話をガイは思い返す。




               * * *




「かつて、ローレライの鍵を地殻から抽出する実験があったことは、聞いているな?」

 確かに、アッシュから耳にしたことがあった。ザレッホ火山のセフィロトにおいて行われた実験。ローレライの鍵を抽出する計画。

 だが、教団上層部にも計画の詳細は秘匿されたまま進められた実験だったとも聞いてる。そんな実験をどうして話題に出すのか? 訝しむこちらに、彼はあっさりと告げる。

「当時すべての実験の指揮を執っていた研究者の名はアダンテ・カンタビレ──つまり、この僕のことだ」

 絶句する一同を前に、カンタビレは淡々と続ける。

 鍵を抽出するために用いられたのは、惑星譜術の触媒の一つであるケイオスハート。鍵を引きずり上げるバイパスとして目を付けられたのが、パッセージリング。

 ヴァンに要請されるまま、その先に何があるかも碌に考えもせずに、純粋な第七音素から構成される鍵を、パッセージリングを介して引きずり上げる研究を成立させたと彼は告げた。

「……なるほど。つまり第七音素集合意識体を属性ごとに分断した状態で地殻から抽出し、リングを通して引きずり上げた意識分体を触媒武器に封じ込める……そうした、六神将が行っていた行動の大本には、あなたの研究成果があったという訳ですか」

 どこか複雑な表情になって、ジェイドは吐息を漏らした。

「ああ。ようするに、僕はスピノザの同類だ。……いや、この現状から判断するに、もたらされた被害は比べ物にならねぇか」

 最後にそう付け加えると、カンタビレは自嘲気味に被りを振った。それにジェイドは僅かに眉根を寄せ、端的に言葉を返す。

「自虐は結構。それよりも、話を聞く限り、今のあなたがヴァンの一味と決別しているのは確かなようですが……彼等と手が切れたのは、いつからです?」

 ジェイドが切り込むように、鋭い問い掛けを放つ。

「今、あなたが触媒武器を所持しているのを見る限り、繋がりが断ち切れたのも、ここ最近になってからなのではありませんか?」

「……ああ、そうだな。そこら辺のことに関しても、もう少し詳しく話す必要があるか」

 カンタビレは素直に指摘を認めると、さらに説明を続ける。

「鍵のサルベージが行われたのが、今から一年ほど前のことだ。この当時、教団には目立った動きが一つあったわけだが……アニス、覚えているか?」
「わ、私ですか? え、えーと……一年前って言うと、確か第六師団が改革派側だーって大々的に宣言した年のことですよね? ……って、アレ?」

 応えた後で、そんな昔から決別していたのなら、どうして今も触媒武器を所持しているのだろうかと、疑問が浮かぶ。

「さっきの大佐の問いに一部答える形になるが、この頃、僕は奴に一度反旗を翻した。ダアトに戻ってから一年も掛かったが……ヴァンの裏の顔を知ることになったからな」
「ふむ……当時、どのような事を知った結果、そのような行動に出たのです?」
「……ルークがアッシュのレプリカだってことと、スコアの消滅を本気で目指しているってことを知ったからだ」

 幾分暗い声を出した後で、直ぐにしきり直すように一度首をふる。

「ともかく、この頃から僕はあいつと心情的には完全に決別した。そして実際、アニスが覚えていたように、具体的な反抗活動も画策した訳だが……それも大した意味はなかったんだがな」

 付け足された言葉に、怪訝そうに首を捻るオラクル以外の面々に、ライナーが暗い表情で付け足す。

「第六師団の面々は、その直後、大詠師派の分断工作によって、師団員の大半を地方に飛ばされてしまいました。結果として、改革派がダアトにおける影響力を喪失することで、一連の騒動は幕を閉じました」
「そういうことだ。何とも間の抜けた話だよなぁ」

 カンタビレはやや捨て鉢気味に、肩を竦めてみせる。

「本来ならそこで、僕自身も師団長から更迭されると思ってたんだが、そうはならなかった。あいつは僕を師団に残す代りに、ある提案を突き付けた」

「──研究に協力を継続するよう要請された、ですか?」

 どこか不自然なまでに、感情の消えた瞳がカンタビレを見据えていた。

「……ああ、その通りだ。そして、僕はその提案に乗った」
「なぜです? 兄の目的を知った後だったのでしょう?」
「ローレライの消滅っていう目的に関しては、な。手段に関しては当時も依然不明なままだった」

 尚も納得いかなそうな皆に、ジェイドが説明を補足する。

「つまり、ヴァン謡将の要請を受け入れる代りに、彼は相手の動向を公然と探る権利を得たということですよ。……私としては、それ以降、あなたがどれほどの位置に居たのかが気になりますね。研究の妨害などはできなかったのですか?」
「もちろん、最初は連中の研究を妨害することも考えたよ。だがなぁ……」

 カンタビレは難しい顔になる。

 それ以降、研究参加中は常に監視がつくようになったため、妨害工作はほぼ不可能だった。また、最低限必要となる基礎的な研究データはすべて、鍵の抽出実験で揃っていたためか、それ以降行われる実験はデータの検証がほとんどで、重要なものは少なかった。

「そんな段階で少しばかりの妨害工作を施したところで、さして意味はなかったよ」
「なるほど……後は応用研究を残すのみだったということですか」
「……どういうことだ、お二人さん」

 ジェイドを除いて、尚も首を傾げるガイたちに、カンタビレは言葉を変えて、もう一度説明を繰り返す。

「つまり、最低限必要となるピースをどこに置けばいいかわかっているパズルのようなもんだ。後はどれほど時間がかかろうが、一つ一つピースを組み込んで行けば、いずれ完成する状態にあったのさ」
「はぁ……パズルですか」

 何となく納得できたような気がするが、ガイはあまりしっくり来ずに気の抜けた声を出した。

「ともかく、幾らカケラを探っても、さして意味あることはわからなかった」

 当時のカンタビレにわかっていたことは少ない。ヴァン達がローレライの力を弱体化させる方法を探っているようだ。そのためにセフィロトの所在地や、触媒武器の在り処を調査させている。地殻への干渉実験と、触媒武器は記憶粒子関連で繋がりがあるらしい。

「……と、それぐらいのものでしかなかったよ」
「ほぼアッシュと同じですね」
「ま、そういうことだ。だが、あいつとの違いは、僕は研究に参加していたって点だ。そこら辺が、僕とあいつの触れた情報に多少の違いを生むことになった」

 ヴァンに反抗して以降、監視付きでしか研究に参加できなくなったカンタビレだったが、実験の流れはそれなりに理解できた。半月程経った時点で、研究はある種の行き詰まりを見せていた。机上の空論ではなく、実践的なデータが新たに必要な段階に移ったためだ。

「そんなときだ。新たに触媒武器が一本発見された」

 ラーデシア大陸に派遣された魔物の討伐隊が持ち帰った一本の剣。それはヴァン達の探し求めていた触媒武器の一種だった。ケイオスハートは鍵の抽出に成功した貴重な成功例として、実験に使うのは躊躇われていた。一応実験に使えそうな触媒に関しては一つ辺りがついていたらしいが、それでも予備は一切存在しない状態だったらしい。そんなときに、新たな触媒武器が発見されたのだ。ヴァン達は歓喜して、ついに最終的な実験を行うことを決定した。

「それが触媒武器を用いパッセージリングへ同調、地殻に潜む意識体に干渉を行う実験──つまり、ローレライ意識分体の抽出実験だ」
「……なるほど」

 そこまで聞いた段階で、すべてを理解したとジェイドは冷然とした瞳をカンタビレに向けると、どこか吐き捨てるようにつぶやく。

「当時何一つ意味あることを探り出せず、追い詰められていたあなたは、初の実験で作り出される触媒武器の被験体となるべく、自ら手を上げたと……つまりは、そういうことですか? ……馬鹿なことをしましたね」
「そこまでわかるのか? やっぱ、本物の天才は違うな」

 皮肉を色濃く出すジェイドとは対照的に、カンタビレはどこか感心したように頷き返した。

 二人の遣り取りに、ガイ達はどうも話しについていけないものを感じて、首を捻る。

「どういうことです、大佐?」
「研究が完成してしまえば、後は切り捨てられる可能性が高い。ならば自ら最初の触媒武器の使用者となり、性能実験などに参加することで、研究完成後も無視できない存在として自身の価値を高めた状態で、相手の動向を探る方が懸命だ。彼はそう判断したんでしょうね」

 応えながらジェイドは尚もさめきった視線をカンタビレに向ける。

「つまり、それがあなたがヴァンに反旗を翻したにも関わらず、今も尚、触媒武器を保持している理由という訳ですか」
「……ああ、その通りだ」

 スッと抜き放たれた剣が、目の前に掲げ上げられる。

「第二奏器──《地剣》ネビリム。地属の第二音素に関連した権能を使用者に付与する。数ある触媒武器の中でも、ローレライ意識分体を最初に取り込んだ奏器だ。……その分、色々と不具合も大きい初期不良品に過ぎないがな」

 根元から左右に別れた奇妙な形状をした刀身が、生き物のように蠢きながら不気味な鼓動を刻む。剣を見据えながら、カンタビレは僅かに拳を握る。

「こいつの性能はともかく、致命的だったのは……当時の抽出実験が不完全なものに終わったことで、僕がある可能性を見落としたことだ」
「不完全……ですか?」
「……そうだな、そっちの説明が先か」

 疑問符を浮かべる一同に、カンタビレは説明を続ける。

「当時、初の意識体抽出実験に用いられたのは、ザレッホ火山のパッセージリングだった」

 本来、意識分体規模の音素がパッセージリングを通過すれば、生じる負荷によってセフィロトは暴走状態に突入し、やがて大地は崩落する。

 だが当時のパッセージリングには、未だアルバート式封呪が健在だった。そのため、慎重に慎重を重ねた抽出実験が行われ、パッセージリングへの負荷は最小限の範囲に留められた。

「意識体の抽出自体も不完全なもので終り──結果として崩落は生じなかった。それが不完全の意味するものだ」
「何となく予測は尽きますが……その不完全な抽出実験の結果が、その後あなたの行動に与えた影響について、教えて下さい」

「……ザレッホ火山における抽出実験以降、ヴァン達は精力的に活動を始めた」

 六神将に命じて導師イオンを誘拐、各地に存在するダアト式封呪を解除、各地に点在する触媒武器の所在の確認など、これまでの秘密裏な活動が嘘のように公然と動き始めた。

 そうした行動の変化には、アクゼリュスにおいて教団規模で何らかの動きがあり、それに便乗する形で、表立って強引な行動を取ることが可能になったことが影響していたらしい。そこまでは当時もわかっていた。

「だが、奴らの活動を妨害しようにも、師団員の大半が地方に分断されたことで、第六師団の影響力は大きく衰えていた。中央に気づかれぬまま、大規模な作戦行動をとるような余裕はなく、妨害は実質不可能な状態にあった」

 活発な活動を続ける彼等を眼の前に、カンタビレ達は介入を図ることができずにいた。現状に歯痒い想いを抱きながら、最終的に、カンタビレ達はまだ時間はあるものと判断し、当面は細々と地方に置ける新たな勢力基盤を築いて行くことを選択して、再起の時を待つことになった。

「馬鹿な話だよ。この時点で強引に動く必要は無いと判断していたんだからな。当時の僕らは不完全な抽出実験の結果に囚われるあまり、まさかそんなことを起こすはずがないと考え──大地の崩落が引き起こされるという可能性を、完全に見落としていた」

 たとえ封呪があろうと、ホドが崩落した時点でアルバート式封呪は不完全なものになっていた。故に、抽出直後に大地の崩落が始まるのを代償にすれば、強制的に意識分体を抽出することは、十分に可能だった。

「そして、アクゼリュスで崩落が生じるのを見過ごすはめになった……これが、僕らが知っている範囲における、これまでの流れだよ」

 長く続いたカンタビレの告白に、誰もが言葉をなくす。

「……なるほどね。ようやく色々なことに合点が行きましたよ」

 しばらく沈黙が続いた後で、最初に口を開いたのは、やはりというべきか、大佐だった。

「崩落後にアッシュと一度別れて以降、妙に彼がヴァン謡将達の同行に精通していたのも、あなたが情報源となっていたためですね」
「どういうことですの、ジェイド?」

「たとえば……そうですね。ベルケンドでアッシュが鍵の抽出実験に関する事柄や、タタル渓谷で触媒武器の性能に関して、妙に詳しかったのを覚えていますか? あれもカンタビレから聞き出した情報だったのでしょうね」

 実験の当事者から話を聞いたのであれば、納得できます。

 ジェイドは説明しながら、尚もカンタビレに鋭い視線を注ぎ続けている。向けられる視線を見返し、彼もあっさりと指摘を認める。

「ああ、アッシュとは同盟関係にある。一応、崩落以前から、それなりに連絡を取り合うぐらいはしていたが……本格的な協力関係を結んだのは、アクゼリュス崩落以降のことだ。当時の僕らは、互いに相手を完全に信用しきれていなかったからな」

 アッシュと第六師団は、当時から非公認だが協力関係にあった。だが、当時のアッシュが未だ旗幟を鮮明にしていなかったこともあり、カンタビレは全面的な信用を置くことができなかった。アッシュの方も、未だヴァンの研究に参加していた自分を信用することができなかったのだろう。

 互いにヴァンの影を気にするあまり、自らの知る情報を完全に開示することなく、齟齬が生じた結果として、アクゼリュス崩落を防ぐことは叶わなかった。

「もし、当時からアッシュと本格的な連携できていれば、アクゼリュス崩落も回避できたかもしれないが……今となっては、それも後の祭りでしかない」

 大きく息をついた後で、カンタビレは話のまとめに入る。

「後は、さして大勢に影響を与えるような目新しい情報は特にない」

 淡々と、カンタビレは続ける。

 アクゼリュス崩落以降、ヴァン達は触媒武器を用いて、地殻に沈むローレライの意識分体を抽出することで、ローレライの力を弱めて行った。だが、崩落によって公的には死亡したことになっているヴァンから出された指示ということもあって、ここにカンタビレ達の介入する隙が生じた。

 結果として、ヴァン達に対抗する形で第六師団は動き、各地の駐屯地で過激派との間に、無数の小規模な小競り合いが発生した。

 ヴァン達は部隊規模での行動を大幅に制限され、各地に点在するセフィロトに直接六神将達を送らざるをえなくなった。これに対抗する形で、カンタビレ達も自由に動けるアッシュに、入手した相手の動向を流すことで、連携した妨害活動を行っていった。

「それでも、ヴァンの行動には無数の不可解な点が残っている。実際のところ、お前たちがアブソーブゲートで耳にした程度のことしか、僕らにもわかっていないのが現状だよ」
「……ふむ。結局、目新しい情報はこれと言ってないということですか」
「そういうことだな」

 肩を竦めて話しを締め括るカンタビレ。それにジェイドは一度頷いた後で、眼鏡を押し上げる。逆光に反射するレンズに、その表情は隠され、いったい何を考えているのか伺う術は無い。

「まあ……とりあえず、今はそういうことにしておきましょう。
 ちなみに、あなた方第六師団は、今後どのように動くつもりですか?」
「当面の方針は、一応立案済みだ。ライナー」

 呼びかけに副官が手帳を取り出し、今後の予定を読み上げる。

「我々第六師団の面々は、今後ローレライに関する資料を探るつもりです。特に、ローレライとユリアの契約に関連した資料を重点的に探ることになるでしょう。アッシュ特務師団長にも協力を要請するつもりです」

「ローレライの契約に関する資料……ですか?」
「ああ。ヴァンが第七音素集合意識体の消滅を目指していたのは確かだ。しかし話を聞く限り、ルークの奴が超振動を使ったとは思えない」

 そう思うだろと確認するカンタビレに、その場に居る誰もが頷き返す。

「そうなると、ローレライは未だ消滅していないってことになるんだが……この障気に覆われた空と、無数に意識が分断されたローレライの状態が、現状と何も関連がないとは思えない。ならば、どうするべきか? 
 簡単な話だ。ヴァンの奴に消滅させられるよりも先に、僕らが真っ当な方法でローレライを地殻からすくい上げ、保護してやればいい。すなわち、新たにローレライと契約を結べばいいってことだな」

 あまりに突き抜けた提案に、一瞬理解が追い付かない。

「……最大の懸念要素である、ローレライの鍵は既にアッシュが保持している。なら他に必要となる細々とした要素が判明すれば、新たに契約を結ぶのも不可能ではない……か」

 ジェイドは幾分慎重に提案を頭の中で整理した後で、計画の疑問点を指摘する。

「ですが、かなりの部分で不確定要素が強い。ローレライとの契約に必要なものが何なのか、それすらわかっていないはず。そうした点に関して、何かアテはあるのですか?」
「とりあえず、ダアトに向かう予定だ」

 ヴァンが率いる六神将が完全に教団から離脱した今、改革派の影響力は格段に増している。今なら、これまで立ち入れなかったような区画に存在する禁書庫の資料を目にすることも可能になっているはずだ。

「あそこには、かなりの資料があるからな。総ざらいするれば、ローレライ関連の資料が見つかる可能性はかなり高い。
 まだアッシュと連絡は取れていないが、アルビオール3号機であいつがラジエイトゲートに向かった時点で、合流地点としてシェリダンを指定済みだ。あいつが戻って来次第、僕ら第六師団の人間はダアトに向かい、そこで契約に必要なものを探るつもりだよ」
「…………」

 しばしの間、ジェイドは眉間に皺を寄せ計画の実現性に関して検討した後で、やれやれと肩を竦める。

「……まあ、確かにローレライの存在が既に確定している以上、それもまた一つの方針ですかね」

 最終的にジェイドもまた、このとんでもない提案の実現する可能性を、遠回しにだが肯定するのだった。




               * * *




 改めて思い返して見ても、何ともスケールの大きすぎる話だとガイは思う。

 だが、大佐も全ての話を聞いた後で、確かに可能性としては十分に考えられると言葉にした。あの大佐までもが、可能性を否定しなかったのだ。それなりに目算のある計画なのだろう。

 そして場を納得が包みかけたそのとき、ナタリアが国際会議の開催を提案したのだ。

 今でも、ナタリアの告げた言葉はすべて思い出せる。

 ───ジェイド、アニス。あなたたちに協力を要請します。導師を連れたノエルが到着次第、ここを発ちましょう。そして世界を覆う障気に対する対策を、世界規模で練る為にも、二度目となる国際会議を開くことを提案しますわ

 確かにこの状況においては、国際的な協力関係を両国に取り付けておくことは必要な措置だろうと、ジェイドも同意した。

 ───ルークが自らを犠牲にしてまで、私たちを逃した事を無駄にしないためにも……私たちは立ち止まっていることは許されない。そう、私は考えています。

 ナタリアは僅かに震える拳を背中に隠し、力強く、前を向いて歩くことを誓ったのだった。

 こうして、国際会議の開催に向けて動く組と、ダアトの禁書庫に向かいローレライの資料を探す組の二手に別れ、自分たちは動くことになった。

 集会場における会話に想いを馳せていると、不意に隣のナラリアがポツリと言葉を漏らす。

「ガイ……あなたは、私を薄情だと思いますか?」
「おいおい、どうしたんだナタリア? 突然そんなこと尋ねるなんて、らしくないぞ」

 おどけて見せるガイに、しかしナタリアの表情は晴れなかった。

「……いまだ、さして時が経っているわけでもないのに、私は既に動き出しています。まるで、彼の存在は自分に何の影響も与えないとでも言うかのように……」
「それは違うだろ。君が負い目を感じるのは間違いだ。……むしろ、俺は助かってるよ。ナタリアとアダンテさんのおかげで、当面のやることがみつかったんだからな」

 実際、感謝していた。このまま動けないまま立ち尽くしていることは、決してあいつの望んでいないことだ。それだけは、確信できたからだ。

「ありがとうございます、ガイ。でも、私も全てを割り切れた訳ではありませんわ。むしろ、逆です。どうか、笑わないで下さいね。私は彼がまだ生きている……そう考えることを、どうしても止められないのです」

 胸の前に手を添えて、静かに目を閉じるナタリア。

「彼が笑って、ある日、何事もなかったかのように帰ってくる……そんな想像を、決して打ち消すことができないのです」

 傍目には完全にいつもの状態を取り戻したように見えるナタリア。だが、それもただ気丈に振る舞っているだけに過ぎなかった。

「ああ……そうだな」

 彼女の言葉に、ガイも深く同意する。

「あいつが逝っちまったなんて、まるで信じられない」

 そう、まるで実感がわかなかった。

 だが、ゲートでの顛末は否定を許さない。

 ティアが最後に目にした光景を耳にした瞬間、ガイは自身の視界が暗くなるのを感じた。

 大地の降下後に突如虚空から現れたヴァン謡将。彼の突き出した剣は確かにルークに致命傷を与えていた。あのまま仮に止めをさされなかったとしても、もはや生存は絶望的だろう。頭の一画で冷静な声が囁く。

 そこまで深い傷を負った状態で、尚もあいつは自分たちを助け出す為に動いたのだ。

 無様にも気絶していた自分を守る為に、最後まで抵抗したのだ。そう考えるだけで、ドロドロした黒いヘドロのようなものが胸の中を込み上げていくのがわかる。

「──それでも、私たちは私たちにできることを全力で果たしましょう、ガイ」

 暗い淵に思考が沈みかけた自分に、ナタリアが訴える。

「私たちはこうして頑張れている……そう、彼に胸を張って誇れるような自分になるためにも……今は前を向いて、歩きましょう」

 障気に覆われた空が視界に入る。

 だが、これまでのように不安が胸を過ることはない。

「ああ、そうだな。あいつに誇れる自分になるためにも……今は、できることをしていこう」

 世界から希望はすべて消えさったかに見えた。だが、僅かといえども、確かな光が見えた。

 もう暗い感情に囚われることはない。もう二度と顔を俯けることはしない。

 それがあいつに対する唯一の手向けだと、わかっているから。

 それでも、ガイは考えずには居られなかった。

 ……お前が一人で逝ったことに関しては、やっぱ納得できないんだよ、ルーク。

 親友に向けて、言葉には出さぬまま、ガイは胸の内で静かに呼びかけた。



                 【2】



 アッシュが到着するまでの待ち時間。

 解散した集会場に残った二人の間に、気まずい沈黙が続く。

 他にこれといって行く場所が思い至らなかった、カンタビレとティアの二人だ。

 カンタビレはこういう空気が苦手だった。なので、とりあえず無難な話題を出すことで、この沈黙を破る。

「そういや、ルークとはどういう関係なんだ?」

 がたたたっ! 盛大に音を立てて仰け反るヴァンの妹。金魚のように、パクパクと口を開いては閉じるを繰り返す。捉え方によっては、ある意味ものすごい問い掛けだったが、カンタビレがそれに気づくことはない。

「……何か僕、まずいこと聞いたか?」
「い、いえ……ただ、唐突な質問だったので……」

 胸に手を当て深呼吸するヴァンの妹。そんなにとんでもない質問だったか? カンタビレは首を捻る。鈍い。

「まあ、ともかく二年近く離れていたからな。少し気になったんだよ。あいつがどんな連中といたのか。それであいつとはどういう関係なんだ? 知り合った経緯ぐらいは教えてくれよ」
「その……公爵邸を……襲撃したときに……初めて顔を合わせました……」

 徐々に尻すぼみになっていく言葉。だが呟かれた単語にカンタビレの眉根が寄る。

「襲撃?」
「はい。実は……」

 怪訝そうに首を捻るカンタビレに、ティアがこれまでの経緯をポツリポツリと話していく。


「はぁ……そんなことがあったのか」

 全てを聞き終えた後で、カンタビレは納得した。

 しみじみと頷きながら自分を見やる相手に、今度はティアが怪訝そうな表情になる。

「な……何でしょうか?」
「いや、何ともあいつらしいこったと思ってな」

 言った後で、どこか疲れたように吐息を漏らす。そうした反応に、彼女もルークと目の前の相手の関係が気になってきたようだ。

「あなたはいつから、ルークと知り合いに……?」
「そうだな……」

 ひどく遠い目になって、カンタビレは過去に想いを馳せる。

「あいつがまだこんなにチッコイ頃だ。ガイともそのころからのつきあいだよ」
「……驚きました」
「だろうな。僕も、随分と昔のことのように感じるよ。あいつとは……ホントに古いつきあいだよ。初めて会ったときは爆笑もんだったがな」
「爆笑……ですか?」

 困惑に瞳を揺らす相手に、カンタビレはニヤリと笑いかける。

「なんせ、自分から誘拐してくれって頼んで、外に連れ出されてきたあいつと会ったのが、最初の面通しだったからな」
「誘拐?」

 目を丸くする相手に、カンタビレはおかしくて仕方ないと肩を揺らして笑いかける。

「ああ、そうだ。僕の知り合いが屋敷に忍び込んだところが見つかってな。騒がない代りに街を案内してくれって、ルークのバカは頼み込んで来たらしい」

 あまりに予想外すぎる二人の出会いに、ティアは言葉をなくす。

「最初は性格がねじくれまくってそうなガキに見えたが、それも直ぐになくなったよ。知り合いの経営してる孤児院に連れ回したのを切っ掛けに、あいつは自分の行動範囲をどんどん広げていった。そして、加速度的にバカになっていったよ」

 懐かしいもんだと、カンタビレは目を細めた。

 言葉に込められた感情には、ただの懐古ではなく、どこか苦いものも混じっていた。

「……バチカルに帰還したとき、彼と孤児院に訪れました」
「お、そうなのか? 元気そうにしてたか、あいつら?」
「はい。とっても」

 そうか。カンタビレは素直に感銘を受けた。

 少しの間、どこか温かい沈黙が続く。

 どうにも言いようのない気恥ずかしさを感じたカンタビレは、場の空気を切り換えるべく話題を変える。

「あー……そういえば、譜歌には時代が流れる内に失われた歌詞があるって聞いたことがあるんだが」
「はい、第七譜歌のことですね」

「一応そっちに関しても、ダアトの禁書庫で探すことになると思う。ユリアシティに専門家が居るとか聞いたことがあるんだが、可能なら応援要請とか頼めるか?」

「そうですね……おそらく大丈夫だと思います。ダアトにつき次第、連絡をとってみようと思います」
「そうか、助かるよ。道筋がつくだけで、随分と違うからな。ローレライと新たに契約結ぶって方針を立てた訳だが、まだまだ問題が山積みなのが現状だからな……。
 だが、仮に契約が結べる段階まで行けば、これは障気への対抗策にもなり得るはず。いずれにしろ、無駄にはならんだろうからな」
「障気への対策にも……ですか?」
「……これに関しては、まだ可能性にすぎない。だから、説明は勘弁してくれ」

 関連がわからないのか、首を傾げる相手に、カンタビレは誤魔化すように肩を竦めた。

「ともかく、鍵が到着しないことには始まらない。一応、アッシュの乗っていったアルビオール三号機に連絡は入れてあるから、もうそろそろ来る頃だと思うんだが……」

 そう続けたところで、集会所の扉が乱暴に開け放たれる。

「──どういうことだ、カンタビレ!」

 部屋に乗り込んだアッシュの剣幕に、カンタビレは少し違和感を覚える。

「アッシュか。しかしどうしたんだ? 随分興奮してるみたいだが、何かあったのか?」
「どうしたもこうしたもねぇ! お前──ん?」

 口を開こうとしたところで、アッシュがティアの存在に気づく。

「……なんで、こいつがここにいる?」
「ああ、実はだな……」

 疑問符を浮かべるアッシュに、カンタビレはこれまでの経緯を説明していく。

 ゲートでの敗戦。第一奏器の転送陣で、ここまで飛ばされたという事実。

 全ての説明を聞き終えた後で、アッシュはどこか苛立っているとも、納得がいったとも、どちらとも取れるような複雑な顔になって、小さく舌打ちを漏らす。

「やはり能無しは、しくじったってことか……」

 少しの沈黙を挟んだ後で、アッシュは無造作に口を開く。

「……そいつと関連しているのかはわからんが、見ろ」

 言って、乱暴に手にした剣が突き出された。

「ん、鍵がどうし……────」

 相手の意図がよくわからないまま剣に視線を落とし、カンタビレは絶句する。

 突き出された剣は、音叉のような形状をした譜術武器。
 ローレライの鍵と呼ばれし、ユリアの造り上げた響奏器。
 第七音素集合意識体、ローレライとユリアの間に結ばれた契約の鍵。

「ローレライの鍵は……ぶっ壊れちまったよ」

 突き出された刀身には、無数のヒビが走っていた。



  1. 2005/05/30(月) 14:28:48|
  2. 【家族ジャングル】  第七章
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