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第3話 「天使の歌声」



                 【1】



 かつて始祖ユリアが自ら精製したと言われる譜術武器。
 純粋な第七音素により構成されるローレライの鍵。

 第七音素集合意識体であるローレライとの契約に用いられたとも、パッセージリングの礎となる気穴を大地に穿ったとも言われている。残された逸話だけなら、それこそ一山幾らで売れるほど氾濫しているのが現状だ。

 しかし、具体的に鍵がどのような機能を有していたかと言えば、さっぱりだった。

 ………それも仕方ないことなのかもしれないがな。

 目の前に広がるあまりに渾沌とした光景に、アッシュは顔をしかめた。

 本、本、本……数えきれない本の群が視界を圧倒する。整然と書棚に納められたものから、床の上に乱雑と積み上げられたものに至るまで、目の前の空間は本に埋めつくされていた。

 人々が行き交う度に、折り重なる本の上に降り積もる白いものが舞い上がる。ふわりと虚空を漂う白が音素灯の明かりに照らされ、一見すると幻想的と見紛うばかりの光景を演出する。

 だが、その実体は、掃除の行き届かない場所に溜まりに溜まった──埃の山に過ぎない。

 鼻に届く紙の臭いも古くさい埃に塗れたもので、ここが長きに渡って人の手が届かなかった場所であることを見るものに知らしめる。

 ここは余人の立ち入れぬ聖域、この世界において、閲覧を禁止された本が最後に行き着く場所──ダアトの禁書庫だった。

 シェリダンに到着した自分が推測を交えながら告げた、ローレライの鍵が損壊しているという事実に、カンタビレ達は最初激しく動揺した。

 ヴァン達に対抗するべく、当面の方針として、ローレライトとの契約を目指すことが決まった直後に、計画の要となるべき鍵が損壊しているという事実が判明したのだ。動揺するなという方が無理な話だろう。

 だが、カンタビレも伊達に師団を率いてはいない。直ぐに我に帰ると、鍵の損壊を踏まえた上で、計画に新たな修正を加え、このままダアトに向かうことを決定した。

 カンタビレが言うには、何でも鍵は純粋な第七音素によって構成されている。そのため損壊部分を修復するにも、残る部位と同等の濃度を備えた第七音素をあてがう必要があるらしい。

 しかし、この純粋な第七音素というのが曲者だった。

 鍵を構成する第七音素は、あまりにも其の純度が高すぎた。今の鍵には簡単な処理が施され、欠損部が埋まった状態にある。だが、それも緊急的な処置に過ぎないそうだ。通常の方法で入手できる第七音素では、たとえ一時的に欠損部を補完できたとしても、長く持たないのだ。

 完全に鍵を修復するには、創世歴時代に匹敵する濃度を保った第七音素を見つけ出す以外にない。

 カンタビレは続けて、おそらく創世歴時代から生きる魔物が存在するはずだ。そいつらを見つけ出せば、後は魔物の体音素から、必要となる音素を抽出することが可能だと告げた。

 基本的に集合意識体を使役する響奏器は、極限まで濃縮された特定属性の音素を素材に作成される。この音素を入手する場合に最も効率的な方法が、音素含有比率が本々遥かに高い存在──つまり魔物の体音素を取り出して、加工する手法だった。

 ローレライの鍵も例外ではなく、この手法を用いれば、完全な状態に復元することができるだろうと、カンタビレは最終的に結論づけた。

 現在、この〝特殊な体音素を備えた魔物〟の探索に、師団員の半数近くが割かれている。

 契約そのものに関しても未だ不鮮明な部分が多い状態で、それだけの人員を割かれるのは痛手だったが、やはり鍵は契約に必要不可欠な在である以上、それも仕方のない措置だった。

 残る師団のメンバー達は、ローレライの契約に関連した資料を探す傍ら、ローレライの鍵作成時の資料も併せて資料を探っている。ダアトに残る教団員の人手までもが総動員されて、禁書庫の資料を探索しているのが現状だった。

 自分たちも例外ではなく、カンタビレ達と共に禁書庫に詰め、ひたすら資料に眼を通している。だが、自分たちの目的に合致する資料を見つけ出すには、相当の労力が必要となるだろう。アッシュは今後の見通しを想い、知らず吐息を漏らした。

「随分とシケた面してるな、アッシュ」

 部下に指示を出していたカンタビレが、お気楽そうに声をかけてきた。

「ふん……テメェに心配される程落ちぶれた覚えはないな」
「まあ、気持ちはわかるけどな。とりあえず情報が足りなすぎるんだ。今は手を動かそうぜ」

 続けられた言葉に、苛立ちが頂点に達する。アッシュは思わず吐き捨てていた。

「チマチマと情報を出し惜しみしているような奴に言われる筋合いはないな、カンタビレ」
「……そりゃまた、どういう意味だ?」

「言葉通りの意味だ。テメェは、あいつらに告げてない事実があるだろ?」
「…………」

 黙り込む相手に、アッシュは僅かに放れた位置で資料を探るガイとティアを指し示した。

 ヴァン達の計画を妨害する為に、ローレライの鍵を修復する。それはいいだろう。ローレライの状態と、空を障気が覆っている現状との間には何らかの関係があるはずだ。仮に契約が果たせずとも、其の過程で入手できた情報は決して無駄にはならないだろうから。
 たが……

「なぜ、能無しが生存している可能性があることを奴らに明かさない?」

 完全同位体の特性は未だ定かではない。だが、ゲートにおける決戦で、ヴァンの奴が口にしていた事柄は決して無視できない類の情報を多分に含んでいた。

 伝え聞いた話から判断するに、超振動を用いてローレライの消滅させる以外にも、ローレライの完全同位体には、何らかの使い道があると見て間違いないだろう。

 それがどのような方法かはわからないが、少なくとも能無しがただで殺されたとは思えない。むしろ、どのような形にせよ、いまだ生存している可能性の方が大きいだろう。

「連中に伝えられないような理由が、あるとでも言うのか?」
「…………」

 問いかけるアッシュに、カンタビレは僅かに視線を伏せる。

「……どちらにせよ、不確定な推測しかできない。なら、今は不確定な要素は考えず、ローレライの復活を目指した方がいいってもんだろ?」

 それにカーティス大佐なら、それぐらいのことは既に勘づいているはずだ。

 肩を竦めながら答えた相手に、しかし尚もアッシュは不審さを滲ませた視線を向ける。その反応に、カンタビレは僅かに声を潜める。

「……あまりいい結果が待っているとも、僕には思えないからな」

 付け足された言葉に、ようやくアッシュは納得が行った。

「ふん……そういうことか」

 つまり、カンタビレは能無しのやつが仮に生存しているとしても、事態が好転する可能性は低いと考えている。むしろ、死んでいるよりも酷い状態にあると考えているということだ。

 相手の想定する事態がどのようなものかまではわからなかったが、アッシュもとりあえず矛先を納める。だが、このまま情報を制限されるのは面白くない。

「わかっている事があるなら、俺にも知らせろ。アクゼリュスの二の舞は、ごめんだからな」
「……ああ、そいつに関しては僕もわかっている。当時は、まさかお前がそこまでヴァンに見切りをつけているとは思ってもいなかったからなぁ」

 カンタビレが溜め息を漏らす。だが、それに関しては自分からも言えることだ。当時の第六師団がどちらの立場にいたのか、図りかねていたのが事実だったからだ。

 カンタビレとアッシュの関係はそれなりに長いものだ。第六師団が大詠師派と対決姿勢を鮮明にして以来、師団長であるカンタビレを筆頭に、この一年なにかと連携して動いてきた。

 基本的にカンタビレが探った知識を下に、アッシュが動くという関係。そこに信頼など存在せず、ひどく実利的な関係があるだけだった。

 幾ら大詠師派との対決姿勢を打ち出したとは言っても、当時の第六師団長がヴァン直々の要請で任命されたことは周知の事実だった。そんな相手に対して、裏付けもなく無条件の信頼を置ける程、アッシュは楽観的になれなかった。そうした不審によって、互いの握っていた情報に齟齬が生じるのも当然の流れだろう。

 ……結果として、アクゼリュスの崩落を見過ごす事態になってしまったがな。

 アッシュは苦い想いを呑み込む。

 結局、本格的な協力関係を結べたのは、アクゼリュス崩落以降のことでしかない。

「まあ、今更言っても詮ないことか。できることをしていこうぜ。当面はローレライの関する資料探しだな」
「……実際にそう上手く行くとも思えんがな」

 アッシュはカンタビレの言葉を受けた後で、能無しの仲間に視線を移す。

「……どうにもカビくさいね」
「文句を言わないで、手を動かす」
「僕たちもお手伝いするですの~」
「ぐるぅぅ」

 積み重ねられた書物を次々と整理されていく。

 あいつが生存している可能性は高い……この事実を告げたら、あいつらはどう思うんだろうな。

「………」

 一瞬頭に浮かんだ考えを振り払い、アッシュは自身も資料の探索に加わるのだった。



                 【2】




「──以上が、ゲートに置ける顛末です」

 ナタリアの発言を最後に、場を沈黙が満たす。

 ここはユリアシティの会議室。各国の重鎮達が席に腰掛け、互いに渋面を突き合わせていた。

 中央に置かれた机を境に、右側にはピオニー陛下を筆頭に帝国側の重鎮が並び立つ。対面に、お父様を中心に王国側の高官が並んでいる。そして両国に挟まれる位置に、導師イオンを中心として、両脇にテオドーロ市長と大詠師モースの姿があった。

 会議室に集う人々の顔は、どれも暗いものだ。

 ……それも仕方のないことなのかもしれませんわね。ナタリアは口の中で、溜め息を押し殺す。

 アクゼリュス崩落から二度目となる国際会議。

 既に各国に開催を呼びかけた段階で、ゲートにおける顛末は既に報告済みの内容だ。この会議が真の意味をもつのは、まだまだこれからだった。

 インゴルベルト陛下が、最初に沈黙を破る。

「現状、民の間にも混乱が見られる。幸いなことに、未だ人的被害は出ていないが、今後も予断を許さん状況だろう」
「やはり、預言に詠まれていない事態であることが、民衆の不安を煽っているようです」

 額を押さえるインゴルベルトに続けて、焦燥した表情で高官の一人が続けた。その発言を受けて、今度はピオニー陛下が帝国側の現状を説明していく。

「帝国側でもほぼ同じ状況だな。キムラスカとの間に和平が結ばれていたのは僥倖だったが、色々と不安がっている。大地の降下と同時に障気が空を覆い尽くしたのが、やはり一番まずかったな。一部では、預言に逆らった当然の結果だと言う者たちまで出る始末だ」
「やはり……そこまで今回の事態の影響は大きいということですね。教団の現状はどうなっていますか?」

 イオンの促しを受けて、モースが恭しく口を開く。

「教団の者たちは大半が始祖に対して祈りを捧げております。これといって暴動などは発生しておりませんが……それも今のところはという側面が大きいでしょうな」

 暗にいつ暴発してもおかしくないと示してみせた。

 この発言に場の空気がさらに重くなる。かつては最も人心の安定したダアトにおいてさえ、暴動が起き兼ねないというのだ。この事実は両国にとっても、決して無視できないものだった。

「それにしても……ヴァンの狙いがよくわからないな。預言からの解放、ローレライの消滅、そうした事柄に関しては報告を受けている。だが、今回の障気の復活と関連性が見えない」

 ピオニー陛下の言葉通り、確かにヴァン謡将の目的と、障気の復活との間に、どのような関連があるのか、よくわからなかった。

「そちらに関しても目下調査中です。ガイ達が第六師団と共同で、ダアトにおいて資料を探っている最中ですね」
「ああ、そういえば、ローレライトと新たな契約を目指すとか言ってたな」
「第七音素集合意識体と契約……どうにも胡散臭い話だな。情報源はどこなのだ?」
「教団の研究者の話ですよ。それなりに信憑性は高いと、私は考えています」

 ジェイドの発言に、初めてモースが顔を上げる。

「それはカンタビレ第六師団師団長の言葉ですかな?」
「ええ、そうですが」

 何か? と笑みを浮かべ続きを促すジェイドに、モースは僅かに考え込むような表情になった。だが、結局それ以上口を開くことはなく、沈黙する。ナタリアは相手の反応が少し気になったが、それを問い詰めるよりも先に会議の話題が移る。

「現状、ローレライとの契約には、どれぐらいの実現性が見込めている?」
「少なくともローレライの鍵は現存してますからね。担当する研究者も、それなりの目算がありそうでしたし、とりあえずこのまま進めさせて問題はないと思いますよ。
 まあ、この計画のみに頼るのは論外ですが、それでも第七音素の総量が減少している事実と、外郭大地が降下したにも関わらず障気が地表を覆った現象の間に、何らかの関連性があるのは確かです。ヴァン謡将達が動き出す前に、第七音素集合意識体に関する事柄を探っておいて、損はないと私は判断しますね」

 ジェイドの言葉に、会議の参加者の空気が少し変わる。

 とりあえず、ローレライと契約を結ぶという計画も、全くの眉唾ではないらしい。

 そうした認識が、言葉にはされずとも広がった瞬間だった。

「ローレライとの契約を目指す傍ら、引き続き各国の研究所が協力して障気対策に当たる。
 当面は、そうした方針で宜しいですね?」
「致し方なかろう」
「任せるしかないな」

 応じる列席者の顔は、しかし尚もどこか暗いものだ。

 だが、それも仕方ないことだろう。結局、未だ進展の見込めない研究の継続と、ローレライと契約を結ぶなどという怪しげな計画に頼らざるを得ないという結論に至ったのだから。


 その後は特に話しが進展することもなく、会議は解散した。


 会議の成果としては、キムラスカ王国とマルクト帝国の間に、外郭大地降下後も協力体勢を継続する条約が結ばれたことがある。

 基本的な条項は、既存の外郭大地降下計画時に結ばれたものの焼き直しに過ぎなかったが、それでも大地の降下後も引き続き現状の調査と対策を協力して行うことが公的に決定した事実が、各方面に与える影響は大きい。

 ……これで国民に広がる動揺も、幾らか抑えることが可能でしょうね。

 王国側に与えられた控室に戻り、ナタリアは大きく息をつく。

「お前には世話を掛けるな、ナタリア」
「お父様……」

 疲れた表情で、同じく会議室から戻ったインゴベルト陛下がねぎらいの言葉をかけてきた。

「本来なら、余が帝国側に会議の開催を呼びかけを行わねばならねばならなかったというのに……。不甲斐ない王だな、私は……」
「そんなことはありませんわ!」

 顔を上げて、ナタリアは否定する。

「お父様は良くやっています。国民が動揺しながらも、最終的な所で踏みとどまっていられるのは、国の存在が大きいはず。このようなときこそ、私たち王族が存在する意義が問われると、私は思いますわ」
「ナタリア……」

「彼らの期待に応える為にも、頑張りましょう、お父様……いえ、陛下」
「ああ……そうだな、ナタリア。ローレライの復活は任せた。こちらでも、障気への対策を引き続き探っておこう」
「ありがとうございます、お父様」

 どこか柔らかくなった空気の中で、二人は顔を合わせる。だが、直ぐに陛下の顔が僅かに引き締まる。

「ルークに関しては……残念だった」
「………」

 ゲートでの顛末は既に王都で報告していた。

 ファブレ公爵はゲートでの顛末を報告する自分に、そうか、とだけ頷いた。其の表情が変わることはなく、ただ色を失うほど握りしめられた拳が、公爵の内心を伝えていた。

「ファブレ公爵は今、どうしています?」
「公は王都に残り、各方面の指揮を執っている」

 応えながら、浮かぶ表情はひどく辛いものだ。

「まるで何かに取りつかれたように、眼の前にある業務に没頭しているよ」



                 【3】




 今回の会議に参加した教団側の人間は、それなりの数に上る。

 ただ随行しただけの者たちを抜かしても、導師たる自分、大詠師たるモース、詠師の代表としてトリトハイムなど、教団上層部を占める人間が多数参加した。

 イオンは会議終了後、テオドーロとの打ち合わせをようやく終え、アニスと共に与えられた控室に戻った。他の教団員は会議が終わると同時に、ダアトに帰還している。

 教団は今、渾沌の只中にあった。

 ヴァン達を筆頭に多数の離反者を出したオラクル騎士団は、現在そのほとんどが再編中だ。そんな中で、空を障気を覆い尽くすなどという、前代未聞の事態が起きたのだ。

 一般信者は言うに及ばず、教団上層部に至るまで凄まじい動揺が走り、あらゆる業務が滞っているのが現状だった。可能な限りダアトを空けたくないという気持ちは、イオンにも理解できた。

 だが、今回同行した者たちの中でも、モースは真っ先にダアトへ帰還した。

 今回の協力体勢に関して、何らかの発言をするものとばかり思っていたが、結局、これといった抗弁をすることもなく、彼はダアトに帰った。

 現状、大詠師派の教団内部における影響力は失墜している。

 中核をなすヴァンが教団を離反した事実は大きい。トリトハイムらからなる中立派も、カンタビレらが積極的に懐柔工作を行ったこともあって、今や大きく改革派に傾いている。

 おそらく、取り急ぎ教団に戻ったのも、そうした現状が影響しているのだろう。

 どこかやつれたように見えたモースの様子を脳裏に浮かべ、イオンは少し心苦しいものを覚えた。

 だが、不意にカンタビレと交わした言葉が蘇る。


 ───今の大詠師派にも決して油断はするなよ、イオン。

 ───どういうことでしょうか?

 ───……主席総長ヴァン・グランツが教団を去ったとは言っても、未だ大詠師モースの政治力は侮れないからな。

 情報部を旗下に置くモースが無視できない存在だというのは、理解できる。

 ヴァンとモースの二軸で構成されていた保守派が、改めて過激派と真の大詠師派に別れた形になる。かつてよりも、その結びつきは強固になっているとも言えるだろう。

 だが、忠告する相手の言葉には、それ以上の何かを懸念しているよな響きが感じられた。

 ───それに……これは完全に僕の勘に過ぎないんだが、あのおっさんには何処か、得体が知れない所があるような気がするんだよ。だから、あの娘の扱いにも十分………───


「───どうかしました、イオンさま?」

 アニスの心配そうな顔が目の前にあった。沸き上がる動揺を一瞬で押さえ込み、如才なく口を開く。

「……いえ、何でもありませんよ」

 尚も心配そうに見やるアニスに、イオンは苦笑混じりで告げる。

「少し疲れただけです。僕は大丈夫ですよ、アニス」
「そうですか? ならいいですけど……無理しないで下さいね、イオンさま」
「はい。心配してくれて、ありがとうございます、アニス」
「イオンさまは直ぐに無理するんですから、ほんとーーに、気を付けて下さいよね!」

 頬を膨らませながら、尚も言い募るアニス。そんな彼女を見据えながら、イオンはモースの行動を考える。

 会議の終結と同時に、真っ先にダアトヘ帰還したモース。

 おそらく、モースは今回の事態にも、積極的に関わるつもりはないのだろう。かつてケセドニアで耳にしたように、あくまで監視者として、事態を静観するつもりなのだろう。

 ローレライ教団にとっては、それが正しい選択なのかもしれない。

 だが、それは僕たちの目指すものではない。

 先に待つものを知りながら、ただ座して動かないでいることなど、自分にはできない。

 いつか、自らの行動を後悔する日が来たとしても、自分はその悔恨すら見据えた上で動くだろう。

 ただ……どんな結果に終わったとしても、目の前の少女には笑っていて欲しかった。

 一人逝ってしまったルークと、残された自分たちの姿が、自分の決意の先に待ち受けるものと重なり合う。

「もーわたしの話を聞いてるんですか、イオンさま!」

 プンプンと憤るアニスの顔を眺めながら、イオンはぼんやりと、いつか必ず来るそのときに、想いを馳せた。



                 【4】



 書庫を歩く。

 本を抜き取る。中を確認する。次の本を取る。次の次の本を取る。

 流れるような単調な作業に没頭しながら、ティアは資料を次々と確認していった。
 後に続くミュウとコライガが、こちらの邪魔にならないよう足元を動く。

 大地の降下以降、ノエルに連れられて不安定な状態のまま合流した二匹だったが、最終的にダアトに向かう自分についていくことを選んだ。

 ───ご主人様はまだいなくなっていないですの。どこかに気配が感じられるですの。だから、まだティアさんの側にいさせて欲しいですの……

 同意するように、コライガも鳴き声を漏らした。どうやら、二匹は自分たちにはわからない何かを感じているらしい。

 もちろん、ティアに断る理由があるはずもない。彼女はミュウ達の申し出を受け入れた。そうして、二匹を後ろに引き連れた状態で、今も書庫の探索に挑んでいる。
 だが……

「……これも、違うのね」

 手にした本を棚に戻すと同時、自然と溜め息が漏れた。

 書庫の探索から、既に一週間が過ぎた。

 空は依然として障気に覆われたまま、ヴァン達も不気味な沈黙を保っている。イエモンさん達によると、セフィロトから吹き出した障気の塊はオールドラントの空を覆い尽くし、かつてホドのあった地点で、濃紺な塊となって存在しているらしい。

 現状、資料の探索は行き詰まりを見せていた。

 広大な書庫に果ては見えず、探索に終りは見えない。

 第六師団の者たちが中心となって、書庫をいくつかの区画に分け、それぞれ担当者を割り当てた状態で探索が続けられている。ある程度、効率的な探索が可能な状況は整えられているのだが、それでも未だ有用な情報は見出せていない。

 書庫に灯る唯一の照明、音素灯の光が揺らぎ、点滅を繰り返す。

 古くさい書物の臭いが鼻に届き、どこか背中を怖気が走るのを感じた。

 突然、こんな不気味な場所に一人佇む事実が意識される。

 分散した人手はそれぞれ割り当てられた区画に散っているため、この周辺には自分以外に人の気配は感じられない。

 ミュウとコライガの姿が、いつのまにか見えなくなっていた。

 どこにいったのだろうか……? 急に不安になる。周囲に積み重ねられた本をかき分けながら、ティアは資料に眼を通すのを中断して、二匹を探す。

 改めて意識してみると、あまりに不気味な状況だった。急激に沸き上がる悪寒に、知らず背中を冷や汗が滴り落ちる。基本的に、こういう場所は苦手なのだ。お化けがでるには、まさに絶好のシチュエーションではないか。

「……ど、何処に、行ったの?」

 僅かに震える声で呼びかけるが、応えは返らない。

 これからどうしよう。そう考えた瞬間。


 音素灯が明滅、一瞬にして唯一の光源は消え失せた。


「……っ!?」

 闇が周囲を包み、静寂が耳にいたい。

 急激な状況の変化に、ひくっと思わずしゃっくりのようなものが喉からでる。腰から力の抜け、気づけばその場に両膝をついていた。まるでセメントで固められたように、足は動かない。

 不意に、荒い息づかいが耳に届く。

 獣がハァハァと荒く呼吸を取り込む音が、不気味な広がりを持って闇に響く。

 呼吸音は、こちらに近づいてきてるようだ。

 ついで、子供が裸足で歩くような、ペタペタという足音が周囲に響く。

 この区画に、自分以外の人はいないはずだった。

 そう、自分以外の人間は────

 獣の呼吸息と、子供染みた足音が、突然停まる。

 自分の、すぐ後ろで、最後の音は響いた。

「──────ー──っ─ー─ーーーっ!?!」

「みゅみゅみゅみゅ!?」
「ぐぅるるるるるぅぅっ!?!」


 悲鳴を挙げなかったのは、少なくとも上出来だったと思う。

 後にこの瞬間を思い返し、ティアは真っ赤に染まった顔を俯けながら、そう独白したそうな。


                   * * *


「──こっちですのー!」

 クルクルと両耳を揺らしながら声を挙げるミュウ。丸まったコライガの尻尾がふさふさと揺れる。二匹の後に続きながら、ティアは書庫を進んでいた。

 合流後、どこか興奮した様子のミュウ達を落ち着かせたティアは、二匹がこれまでどうしていたのか話を聞いた。それにミュウは両耳をクルクルと動かしながら、どこか戸惑いの含まれた声を上げる。

 ───誰かに、呼ばれてるような気がするですの……

 ティアは僅かに息を飲んで、ミュウの言葉を耳にした。

 かつてチーグルはユリアと契約を交わし、ローレライとの契約に助力したという。あの話が本当ならば、自分達には感じられないような何かを、ミュウだけが感じ取っていてもおかしくない。

 しばらく考えた後で、ティアは決断した。

 ───ミュウ、声のする場所に、案内して

 こうして、自分たちはミュウを先頭に書庫を進み、声の在り処へと向かっている。

「ここですのー!」

 元気よく声を上げながら、ミュウが小さな手で前方を指し示した。だがティアは目の前を見据え、僅かに困惑する。

「本当に、ここから聞こえるの……?」
「そうですの! 間違いないですの!」

 元気よく応えるミュウ。だが、示された先にあるのは白い壁。行き止まりだった。

 先に続く通路があるようには見えない。だが、その先から声は届いているとミュウは言う。

 どういうことだろう? 何か仕掛けでもあるのだろうか?

 思考に沈む自分を余所に、ミュウが壁に向けて歩く。

 小さな手を前に押し出し、壁に触れると同時───

 ───光が場を貫いた。

「────!?」
「みゅみゅみゅみゅっ!?
「ぐぅるるるるるるるつっ!?」

 あまりの光量に眼が眩む。混乱した場の中、クルクルと弧を描きながら、ミュウとコライガが床の上を走り廻る。

 しばらくの間、場を騒然とした空気が満たした後で、ようやく光が収まり、静寂が戻る。

 ティアは目眩に額を抑えながら、周囲を見渡した。先程まで壁のあった場所に、ちょうど人一人が通るのにちょうどいいぐらいの通路が生まれていた。

「これは……隠し通路?」

 警戒も露わに通路の先を覗き込む。だが通路の先に音素灯の光は届かず、ぽっかりと不気味な穴を開けている。

 そのとき、小さな影が足元を走り抜けた。

「ここから声が聞こえるですの!」
「ミュウ、待って……──」

 制止は間に合わない。ミュウが通路の先に足を踏み入れた。

 ぼっと光が灯る。

 見上げた先、通路の天井に据えつけられた音素灯が煌々と光を発していた。先程自分が覗き込んだときは、何の反応もなかったというのに、ミュウが足を踏み入れると同時に明かりが灯った。

「……チーグルに、反応した?」

 不意に頭を過る突拍子もない考え。即座に否定しようとして、何も否定するような材料がないことに気付く。

 仮に、チーグルの存在がこの通路が現れる条件となっているならば、長い間この場所の存在に、教団の誰もが気付かなかったのも、無理はないだろう。

「ミュウ……お手柄よ」
「お役に立てて、うれしいですの」

 頭を撫でて上げると、ミュウは気持ち良さそうに鳴き声を上げた。両耳が照れたようにクルクルと廻る。かわいいなぁと想いながら、名残惜しさを感じつつ手を離す。

 気を引き締めた後で、ティアは改めて室内に視線を転じた。そこはどこかこぢんまりとした空間だった。これまでの書庫と違い、どこか個人用の閲覧室といった趣がある。部屋の中央に置かれた机と一脚の椅子が、そうした印象をさらに際立たせている。

 四方を囲む壁には、やはり本が納められていた。だが禁書庫に納められていた本とは、どこか種類が異なるように見える。

 『音素学原論』『子供に好かれる百の方法』『譜術式格闘術のすすめ』

 厳格なタイトルの中に、どこか部屋の主の感性を感じさせる他愛もない雑学書が混じる。

 『リーダーシップ構築論』『空気を読める人間になる方法』『組織統制論序説』『集合意識体に関する考察と触媒の意義』

 少し呆気にとられながら、流し見たタイトルの内、最後の一冊に視線が止まった。ティアは手を伸ばして、書棚から目当ての本を抜き取る。

 手に取った本の表紙を返す返す眺める内に、彼女は本の表紙に記された文字に気づく。

「これは……まさか……──!」

 表紙に載せられた著者の名。

 ───フランシス・ダアト

 ローレライ教団の創設者にして、ユリアを裏切ったと伝えられる初代導師の名が、そこには記されていた。



                 【5】



「……連中はどう動くと思う、ライナー」

 手にした本をパラパラと気もそぞろに捲りながら、カンタビレは脇に立つ副官に尋ねた。

「主立った大詠師派の面々は、やはりヴァンの離反時にダアトを去ったようです。これまでのように大詠師派が強大な権力を奮うことは、もはや不可能でしょう。中立派のトリトハイム様達も、今回の事態でさすがに考えさせられることが多かったようで、彼らの助力を得られる目算もかなりの強まったと言えますね」

「……長かったな」
「ええ。これでようやく、改革派がダアトに置ける影響力を取り戻すことはできました」

 一年前、切り崩された第六師団だったが、ついにダアトへ帰還することができた。

「やはり、ヴァン達六神将の主立った面々が離反した影響が大きいです。大詠師モースの存在が辛うじて派閥の壊滅を防いでいるようですが、それも限界ということでしょうね」

 弱体化した教団の運営を支える為には、自分たちのような存在を呼び戻す以外に手がなかったということだろう。

「しかし……皮肉なもんだな」
「……」

 第六師団が地方に飛ばされた名目上の理由は、不安定な情勢に対応するためだった。だが、今ではダアトに存在するはずの師団のほとんどが機能していない。

 かつては厄介者扱いされ、ダアトから追放された第六師団。それが今は呼び戻され、軍の要職のほとんどを占めるまでになっている。

 これを皮肉と言わずに、何と言うか?

「馬鹿らしくて笑っちまうな」

 くくっと皮肉げに笑うカンタビレに、ライナーが何か言葉を返そうとしたとき。

「──師団長! カンタビレ師団長!」

 駆け寄ってくる部下の呼び声が、慌ただしく書庫に響き渡る。

「どうやら、何か動きがあったらしいな」
「そのようですね。今度こそ、何らかの進展があることを祈りましょう」
「…………祈る、か」

 カンタビレは手にした本を閉じた。ついで先を行くライナーに、どこか達観した視線を向ける。

 祈ることに意味などない。未来の記憶などというものが存在する世界で、預言は祈り手に、決して救いの手を差し伸べない。

 ───世界の存続。

 ───スコアに存在する意味があるとしたら、そんな下らぬ理由があるだけに過ぎないだろうな。

 かつて盤上を斜向かいに、聞き出したヴァンの言葉が、脳裏を過る。

「……観測された事象の流れ……前史……観測者となり得る者……ローレライの使者……」

 ゲートでヴァンが語りかけたという言葉を口ずさみながら、最後に一度だけ、暗闇に包まれた書庫に視線を戻す。

「そして、停滞世界は終焉を迎える……か」

 最も引っ掛かりを覚えた部分を最後に囁くと、カンタビレは書庫を後にした。



  1. 2005/05/28(土) 18:16:14|
  2. 【家族ジャングル】  第七章
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