全手動軽文量産機

──A.L.M──

書庫へ戻る |  日記過去ログ |  アビス総合目次 |  ジャンク作品目次 |  お勧め一次創作 |  お勧め二次創作 |  掲示板 |  注意書き |

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

 ──闘争の追憶──



              【1】


 この拠点で暮らすようになってから、かなりの月日が経ったような気がする。

 ……気がするなんて、何とも頼りない言い方になるのも、未だ意識がはっきりしない時が多々あるからだ。

 何なんだろうね、いったい。

 集落の道端をつらつらと歩きながら、俺は溜め息をつく。

「隙有り────っ!!」

 叫び声が聞こえた瞬間、身体が勝手に反応。

 背後からふり降ろされる木刀をいなす。戻し手の反動をそのまま利用して、掌低を放つ。

 ───烈破掌

「ぐっはぁっ────!?」

 容赦なく放たれたカウンターに、吹き飛ばされた相手が盛大に地面を転がるのが見えた。

 その場に膝を付いて悶絶する相手を見据え、俺は懲りねぇなぁと額を押さえた。

 ……またお前かよ、アルバート。

「っ……くそっ!」

 威勢よく罵声を上げるが、最初の一撃がかなりいい所に入ったのか、いまだ起き上がる気配はない。

 かつてダアトが予測したとおり、アルバートは出会い頭にもケンカを吹っ掛けてきやがった。
 荒削りながらも、かなり腕が立つ相手に、俺はやべぇやべぇと思いながら本気で打ち返したもんだ。
 しかし、何故かは知らんが、俺はこの相手がどう動くのか予測できた。
 相手の初動を悉く潰すように動いた結果、勝負は俺の圧勝に終わった

 …………まあ、あまりに容赦ない俺の反撃に、周囲の連中からかなり引かれはしたがな!

 この惨敗がよっぽど腹に据えかねたのか、それ以降も、アルバートは俺と顔を突き合わせる度毎に、獲物を取り出し勝負を挑んでくるようになった。

 最近では俺も、まあ身体を動かすのにちょうどいいか、と思い始めているのだから、人間馴れってのはおそろしいもんだ。

 俺はしみじみと空を見上げ、現実逃避を続けた後で、目の前で悶絶するアルバートに顔を戻す。

 しかし、大丈夫か? 起き上がれねぇようなら家まで送っていくがよ。

「う、うっせぇっ! 勝負は、まだ、終わってねぇんだからなっ、ローレライ!」

 ……人の話聞けよ。

 あー……というか、なんでまた、お前、そう何度も何度も俺に突っかかるんだ?

「ぐっ……そ、それは……」

 それは……?

 何故か相手は顔を真っ赤にして、言葉に詰まりやがった。

 ……そーいう顔を男がやっても、キモイだけだぜ? 

「う、ううう、うっせぇっ! 俺はテメェが気に入らねぇだけだよっ! このバーカッ! バーカ! バーカ!!」

 そう叫んだかと思えば、こっちに背中を向けて、そのまま駆け出して行ってしまった。

 ……まあ、所詮ガキか。あの程度の罵声で切れるほど俺は──……

「このロリコンがっ!!」

 かなり離れた位置から、そんな単語が聞こえた。

 ………………

 俺は無言のまま、地面に放置されていたアルバートの木刀を拾い上げる。

 柄の部分を槍でも掴むかのように手に納めると、そのまま手を大きく後ろに振りかぶって───ぶん投げた。

 放たれた木刀は放物線を描き、そのまま走り去ろうとしていたアルバートの頭に、ものの見事にぶち当たる。

 カコーンっと盛大な音が上がった。

「───っ!!??」

 耳に届く声にはならぬ叫びに、俺はやれやれと肩を竦めるのだった。


               * * *


 アルバートのバカと別れて、集落をブラブラと散策する。

「ローレライ。今日も元気そうだな」

 おうよ。また力仕事があったら呼んでくれや。

「あら、ローレライ。前は子供達の世話ありがとね」

 気にするな。なんかよーわからんが、ガキの相手は馴れてるからな。

 道すがら、時折すれ違う住民と、短く声を掛け合ったりもする。

 集落の誰もが何らかの作業に従事していた。その作業というのも、複雑な音機関や譜業関連のものが多い。こんな辺境の集落には、あまりにも不釣り合いな設備だが、それにも理由が存在する。

 世界情勢とか難しいことはよくわからんが、かつて六王国時代とか呼ばれて讃えられた国々も、既に四国が滅ぼされて久しいそうな。
 一応、まだ二国も残ってるじゃないかと思うかもしれないが、それも怪物の目が他国に向いていたからに過ぎず、彼等に怪物に対抗できる力がある訳ではなかった。

 世界中の誰もが絶望する中、このまま滅びを享受することを良しとしない人間が集まって、この集落は結成されたという。

 この集落の譜業関連設備が、辺鄙な場所にある割に異常なまでに充実しているのも、滅ぼされた国の研究者とかが集まってきてるのが理由だって話だ。

 以前ダアトから聞いた話をつらつらと思い返しながら、俺は集落を歩く。

 未だはっきりしないことは多い。

 だが、それでも現実問題として、腹は減るし眠くもなる。

 働かざるもの食うべからず。そんなノリを地で行く御時世だ。

 集落での仕事を割り振られて、糧を得るうちに人との繋がりもどんどん広がって行く。

 いつしか、俺はここでの暮らしに順応しつつあった。

「ローレライ殿!」

 不意に、背後から声がかかった。振り返った先に、沈痛そうな表情で、こっちを見据える顔があった。

 おう、シグムントじゃねぇか。どうしたよ、そんな辛気臭い顔して?

「───申し訳ございませんでした!」

 地面に頭を着きかねない勢いで、こっちに頭を下げてきやがった。

「またうちの兄が大変なご迷惑をお掛けして、何とお詫びしたらいいか……くぅっ───弟として、面目次第もございませぬっ!!」

 あまりの剣幕に、俺はかなり気押されながら、辛うじて口を開く。

 い、いや、そこまで気にされるような問題でもないと思うんだが………

「なな、何と!? 謝罪を受け入れて下さらぬとおっしゃるか!?」

 俺がさして考えもせずに返した言葉に、シグムントは信じられないとガガーンと目を向いた。

「くぅ───こうなっては、もはや腹を切ってお詫びを───………」

 ───せんでいいっ!!

 血走った目で刀を抜き放とうとしたシグムントを、俺は本気で止めた。

「はぁ……………左様でございますか」

 不肖不精、刀を降ろすシグムント。止められたことに、あんま納得してるように見えない。

 ……お、お前さ。良く人に、思い込みが過ぎるとか、行動が極端だとか言われるだろ?

「確かに言われてみれば、友人知人から、良くそのような言葉を掛けられますな」

 いったいどうしてなのでしょうね、と朗らかに笑い掛けてくる相手に、そんなの一目瞭然だろがっと突っ込みたくなる気持ちをぐっと押さえて我慢する。

 突っ込んだら突っ込んだで、より厄介な方向に話が行くのがこれまでの経験上、わかりきっていたからだ。

 ……いろいろ行動に行き過ぎな部分もあるが、それを抜かせば、良い奴なんだがね。

 何ともままらない世の真理に、俺は深く溜め息をつくのだった。

 ……まあ、アレだ。ともかく、あんま気にすんなよ、シグムント。

「ですが、今後も兄上があなたを付け狙い続けることは確実です。このまま兄の行動が拡大して行けば、おそらく…………くぅっ!」 

 突然額を押さえ呻いたかと思えば、シグムントは俺に向けて両手を添え、ホド様式の死者への黙祷を捧げる。

「……惜しい人を亡くしました」

 って俺死ぬの確定かよっ!?

 あんまりにもアレなシグムントの対応に、俺も思わず叫び返した。

 と、ともかく……アレだ。拝むのだけは止めてくれ。マジで縁起悪すぎだからよ。

「はぁ………左様でございますか」

 またも不肖不精といった感じで、シグムントは手を降ろした。

 ……ま、まあ、お前はそういう奴だよな。

 どっと押し寄せる疲労感にうちひしがれながら、俺は乾いた笑みを漏らした。

 しかし……なんでまた、アルバートの奴は俺を付け狙うんだろな?

 俺が聞いても、あいつ絶対に口割らねぇんだよなぁ……

「………………」

 ん……なんだよ? 何言ってんだこの人的な目で見て?

「……ローレライ殿、ちなみにこの後の予定は?」

 ん? ああ、何かユリアに呼ばれてる。

 またいつもみたいに、よくわからん譜術の理論とか、音機関の解説とかだろ。

 俺に言われてもわからねぇって何度も言ってんだけどなぁ…………

「………………失礼ながら、ローレライ殿の態度にも問題はあるかと」

 え……マジで?

「ええ。マジです」

 わけわからんと首を捻る俺に、シグムントは深々と頷き返すのだった。



              【2】



 大気に満ちる音素を取り込む。

 フォンスロットに取り込んだ第七音素を全身に巡らせる。

 そのまま限界ギリギリまで練り上げた力を──解き放つ。

 放たれた超振動の光が怪物を吹き飛ばした。

 あやふやだった意識が戻ったときには、既に怪物が退却した後だった。

 いつもこうだ。

 こと怪物との戦闘となると、確実に記憶が欠落する。

 ……いや、戦っている間にどうしたのか、何が起こったのかは理解できるのだが、自身が体験したこととして、認識ができなくなるのだ。

 一連の流れを、俺は外側から、まるで人ごとのぼんやりとしか認識できない。

 …………ったく、いったい全体、何なんだろうな。

 自分の状態の不安定さに、思わず愚痴が洩れるが、それで何がわかるわけでもない。

 最後に一度溜め息をついて、俺は改めて周囲を見渡す。

 怪物が去ると同時に、周囲を漂っていた障気も拡散しているようだ。
 澄んだ空気によって視界が広がり、遠く地平の彼方まで見通せた。
 かつて街が存在した地点は、ガレキも残さず消し飛んでいるようだがな。

「……何度見ても、凄まじい威力だな」

 呆れたような声が背後から届く。

 ん? ああ、ダアトか。さっきは譜術の援護とかあんがとよ。

「……礼を言うのはこちらの方だな。おかげで部隊の展開が迅速に進み、取り残された住民の避難も無事に完了した」

 ああ、そっか。今回も助かったんだな。

 俺はほっとして、胸をなで下ろす。

 こうした活動は何も今回が初めてという訳ではない。

 サザンクロスのじいさんが組織した集落は、もともとあの怪物をどうにかする事を目的にしている。行われる研究も、すべては怪物の打倒を目指してのものだ。

 もちろん、具体的な対抗手段がそう簡単に見つかるはずもなく、実際怪物に襲われたときは、壊滅しかけたりもした訳だ。

 しかし、どこを間違ったのか、俺があの怪物を撃退することに成功してしまった。

 うちの集落が、一度怪物に目をつけられながら撃退したことは、衝撃的な事態だったらしい。
 以降、怪物に対する対処法を学びに来る者や、現在進行形で怪物に襲撃されている都市などから救援要請を求める使者などが、集落に訪れたりするようになった。

 こっちとしても掲げた目的上、そうした要請を無下に断ることができるはずもない。
 結果として集落の規模はどんどんデカクなって行き、救援要請に対しても、志願者を募って人を出したりする余裕なんかが出てきた。

 大抵の場合は、怪物が去った後、生き残った人々を助け出す程度のことしかできなかったが、たまに怪物とかち合ったりもする。

 そんなとき、俺の出番が来る訳だ。

 何故かは良くわからんのだが、俺は怪物に対抗できたからな。

 戦闘中はあんま意識が残ってないから、詳しいことはわからんままだが、何でも俺は超振動とやらを用いて怪物に対抗しているらしい。

 何度か怪物と戦闘を繰り返すうちに、同行した研究者連中の分析から、そもそも第七音素関連の攻撃が怪物に有効であることがわかってきた。

 この発見を受けて、ユリアが中心となって、大規模な反攻作戦を行う動きがある。

 今回のような救援活動も、この反攻作戦実施に向けた、人々の支持を得る為に必要な布石の一つとかいう話だ。

 …………まあ、色々と説明だけはされてるが、正直、俺が全てを理解できてるとはあんま思えないんのが哀しいところだけどな。

 俺の認識としては、とりあえず俺は怪物を叩き返すことができ、俺が動いた分だけ助かる命がある。

 それだけわかってりゃいいかなぁ、と単純に考えていた。

「しかし超振動……か。理論上は存在を確認されていたが、単体で引き起こし得る者が存在するとはな。いったい、どうやって引き起こしているのだ?」

 撤収作業の指揮を取りながら、ダアトが不意にそんなことを聞いてきた。

 あー……俺にもよくわからん。

 ただ、なんか第七音素は操り易いって言うか、自分の身体の延長みたいに感じるんだよなぁ。

「ふむ。………やはりローレライの名が意味するものは、そういうことなのか……?」

 ん? 何か言ったか?

「いや……何でもない」

 そう言いながらも、深刻そうな表情で、何事か考え込んでいるのが傍からも丸分かりだった。

 あー……何つぅーかさ、言いたいことあるならはっきり言ってくれよ。

 まあ、俺がそれに答えられるどうかは、別問題なわけだけどさぁ……。

「いや、かまわん。大した事ではないからな。……今はまだ、な」

 そう言って、ダアトはこちらに背を向けた。

 ……まあ、いいけどな。

 俺は溜め息をついて、ダアトの後に続くのだった。



              【3】


 たまに無口少女に付き合わされる。

 こいつの家は譜術の理論書やら、未完成の音機関やらが所狭しと詰め込まれ、おおよそ女の子らしからぬ部屋をしている。

 それでも、こいつの個性が出た部屋だよなぁと来る者に思わせる辺り……色々と周辺環境に問題があり過ぎるような気がしてならない訳だがな。

 邪魔するぜ、ユリア。

「…………」

 無言のまま上げられた顔が俺を見据え、首を頷かせる。入って来いって意味だろうな。

 ユリアは何やら作業中らしく、こっちを気にした様子もなく、机に向かっている。

 呼びつけといて何だよと思わないでもないが、もう馴れた。

 天才天才と周囲から騒がれるだけあって、こいつはいつも、俺には到底理解できんような設計図を引いていたりする。

 俺はドカドカと家に踏み入れて、勝手に自分の座る場所を作り座り込む。

 しばらくぼーっと、机に向かうユリアを見守る。

 かなりの時間が経った後で、ようやく彼女は顔を上げ、こっちに視線を向けた。

 ん、終わったか。そんで今日はなんの用だ?

「…………」

 無言のまま、出来上がった設計図を押しつけられた。

 いや、訳がわからんのだが……見ろってことか? 

 受け取った設計図の内容を確かめるが、正直俺にはまるで理解できませんよ。

 あー……ユリア、これ何の設計図だ?

「…………フロート」

 ん? フロート?

「…………サザンクロス先生が基礎を組んで、私が手直しを加えた大地の再生計画の一つ」

 ふーん。フロートねぇ……

 俺は設計図をしげしげと見据えながら、気のない返事を出した。正直、あんまよく理解できてないのが正直な所だ。

 しかし、俺に見せてどうすんだ?

「…………あなたの意見が聞きたい」

 へ……俺の意見だって? 

 正直、意外な言葉だった。

 なんで俺なんかに意見求めんだ? 専門家じゃないから、大したこと言えねぇぞ?

 それに対して、ユリアはフルフルと首を振って、あまりに率直な否定を返す

「…………専門的な意見は、もとから期待していない」

 ぐっ……自分で最初に否定しといてなんだが、改めて他人に言われると傷つくな……。

 しかし、俺が頼りにならんのがわかってながら、何で意見求めんだ?

「…………あなたは───私の理解を超えた存在だから」

 か細い声で呟かれた言葉は、耳を通りすぎた。

 意識が、ザワツク。

 おそろしいまでの静寂が室内を満たし、ただ少女の言葉だけが響く。

「…………ローレライ、これを」

 新たに取り出した設計図を示しながら、ユリアは俺に呼びかけた。

 まるで引き寄せられるように、俺の視線は、新たに取り出された設計図に釘付けとなる。

「…………これは第七音素に特化した、集合意識体を使役する響奏器の創案」

 広げられた設計図の中心には、音叉のような形状をした、一本の剣が描かれていた。


 ────頭痛が、脳髄を締め付ける。


「…………私が設計を手がけていたもの」


 どこかで見覚えがある剣。


 ────突然痛み出した頭を抑え、俺はその場に膝をつく。


 痛みに意識を掻き乱されながら、俺は気付く。見覚えがあるのも当然だった。なぜなら──


「…………なぜ、未だ存在しないはずのものを、あなたは手にしていたの?」


 この設計図に記された剣は、俺の腰に吊るされた剣と、まったく同じものだった。


 ────視界をノイズが占め行き、意識がどんどん掻き乱されて行く。


「ローレライ…………あなたはいったい、誰?」


 問い掛けが耳に届くと同時───俺の意識は掻き消えた。



              【3】



 目を開いた先に、見覚えのある天井が広がっていた。

「気がついたか」

 寝台脇に置かれた椅子に腰掛け、ダアトがこちらを静かに見据えていた。

 …………また、俺は気を失ったのか。迷惑かけちまったな、ダアト。

「…………」

 すまなねぇと声を掛けるが、ダアトは硬い表情のまま答えない。

 どうしたんだ、そんなおっかねぇ顔してさ?

「君はいったい、何者だ?」

 軽い口調で尋ねた俺に、返された言葉はどこまでも苛烈なものだった

 …………いったい、そりゃどういう意味だ?

「この剣……」

 俺がこの集落に来た当初から、常に持っていた剣を持ち上げ、ダアトは険しい顔で俺を睨む、

「私もユリアに指摘されるまで気付かなかったが……これは彼女が考案し、私が理論的な補助を請け負いながら作成しようとしていた、反攻作戦の要となる譜術武器とまったく同じものだ」

 ………………なん、だって。

「機能的なものが、多少似通っている程度なら、まだ理解できる。技術的には集合意識体を使役する響奏器の精製法は、既に確立されていたからな。だが、機能的なものから外見上の特性、使用された材料に至るまで、あらゆるデータが、この剣は我々の考案していた譜術武器とまったく同じものだと示している」

 淡々と続けていたダアトが、吐き捨てる。

「未だ存在せぬはずの武器と、まったく同じものが既に存在するだとっ!?」 

 もはや耐えかねんと拳を振り上げ、ダアトは俺に問い詰める。

「なぜ、君がこれを持っているっ!? 答えろローレライ!!」

 ……わかんねぇよ。

 俺はボソリと、小さく呟いた。

「…………」

 ダアトの苛烈な視線は、俺を睨み据え動かない。

 ああ、俺にわかる訳がねぇだろっ!

 俺は……っ! 俺の記憶は……っ! ……まるで、はっきりしねぇんだからな…………

 これまでの日々で、鬱屈した苛立ちが激情となって、俺の口から吐き捨てられた。

「……その言葉も、どこまで信じられたものかな」

 …………

「…………」

 俺たちは互いに睨み合う。

 もはやこれ以上の議論は、互いの罵り合いにしかならないことがわかっていたからだ。

 視線の交錯は数十秒とも数分ともつかぬ間続き、

「…………だが、それも今更の話か」

 不意にダアトは視線から力を抜き、どこか困ったような表情で俺を見据えた。

「君はいったい、何者なのだろうな」

 つぶやかれた言葉は問い掛けではなく、ただ純粋な疑問として放たれた。

 そこに俺の答えを求めるような気迫は、見受けられない。

 だから、俺も力ない声を漏らす。

 …………それこそ、俺が一番知りたいことだよ。

「ふっ……それもそうだな」

 俺とダアトは、苦笑を浮かべあった。

「まあ、君が訳のわからん存在だと言うのは、何も今に始まったことではないか」

 …………へぃへぃ、所詮俺は訳のわからん存在ですよ。

「そう拗ねるな。今後は君が何者なのか、我々も組織的な調査を行うことになるだろう」

 …………最重要機密である反攻作戦の要、いまだ存在しないはずの譜術武器、か。

「単独で超振動を扱える事実も、やはり見過ごすことはできないだろうな。君が滅ぼされた六王国のいずれかで、怪物に対抗するために生み出された生体兵器だったと言われても、私はさして驚かんだろうな」

 …………生体兵器か。また随分とすんげぇ推測ぶちまけるわな、ダアト。

「君の存在は、それほどまでに異質なものなのだよ」

 最後に神妙な顔で言い含めると、ダアトは手にしていた俺の剣をこっちに返してきた。

 しかし、この剣がねぇ……

 返された剣を掲げながら、これまでダアトに言われた言葉を考える。

 反攻作戦の要となる譜術武器。ユリアとダアトが造ろうとしていた譜術武器、か。

 なあ……この剣、ユリアの奴に渡してやってくれないか?

「む……良いのか?」

 造ろうとしていたってことは、まだ完成品はないってことだろ?

 最近人が増えてきたおかげで、物資とかもいろいろ切迫してるとか聞いてるしな。

 反攻作戦の時期まで、もうあんまない訳だし、今から一から造るよりもこいつをそのまま使っちまった方が良いと思うんだが。

「確かにこれを使えるなら、それに越した事はないが……」

 それに、俺よりも旗印になるあいつが、この武器を持ってた方がいい。

 あいつなら、こいつを扱える……いや、これはあいつが持っているべきものだ。

 そう、俺は思うんだ。

「…………そこまで考えた上での提言か」

 しばしの間、考え込んだ後で、最終的にダアトは頷いてくれた。

「……わかった。設備の関係上、物資が不足しているのも確かだ。反攻作戦遂行に全力を注ぐためにも、君の申し出をありがたく受け入れよう、ローレライ」

 こっちこそ感謝するぜ、ダアト。こんな怪しい奴を受け入れてくれたんだからな。

 剣を渡しながら、俺はダアトに冗談めかした言葉を掛けた。

 それを受けて、ダアトは僅かな間迷うように瞳を彷徨わせた後で、俺に背中を向けた。

「君がかつて何者だったのか、それはわからぬままだ。だが、これまで接して来た中で、君の人柄はそれなりに理解できたつもりだ。
 ……共に過ごした時間をすべて無かったものとして、ただ君を切り捨てるようなことはしない。フランシス・ダアトの名に掛けて、それを此処に誓おう──ローレライ」

 予想しなかった宣誓の言葉に、俺は何だか泣き笑いのような表情が浮かぶのを止められなかった。

 ……ありがとな、ダアト。

 呼び掛けに答えは返らなかったが、それでもダアトが微かに笑みを浮かべたのが、俺にはわかった。



              【4】



 怪物と決戦の日取りが迫っている。

 作戦準備に向け、慌ただしく行き交う人々を見据えながら、俺はぼんやりと思考に沈む。

 怪物と戦い初めてから、それなりの月日が流れている。

 いまだに俺の記憶は戻らない。

 むしろ怪物と戦う機会が多くなればなるほど、俺の認識はどこか世界とズレを生じて行った。

 俺はいったい───何をしてるんだろうな?

 ふぅ…………ああ、もう止めだ止めだ。これ以上考えても暗くなるだけだわな。

 ガシガシと頭を掻き回して、俺は暗くなった思考を切り換えるべく、勢い良く顔を上げた。


 周囲から音が消えた。


 不気味なまでに静まり返った空間。

 色褪せた景色の中、ただ白と黒のコントラストだけが目に焼きつく。

 誰も言葉を発さない。誰も動かない。

 あらゆるものが色を失くし、静止した空間の中で───その声は届いた。

〝─────だいぶ、引きずられているようだな〝

 いつのまにか隣に腰掛けた、顔の無い誰かが、俺に声をかけてきた。

〝しかし、あまり入れ込み過ぎるのも考えものだぞ?〝

 停滞した空気の中、ただ一人、無貌の誰かは、俺を面白そうに見据えている。

〝行き過ぎた同調は、本気で帰ってこれなくなるからな〝

〝自我境界線の区切りはきっちりつけておいた方がいい〝

〝それが所詮は、いずれ朽ち果てるしかないものだとしても、な〝

 どこかで、見覚えがあった。記憶の中で、何かが騒めく。この相手に、俺は以前も会ったことがある。

〝くくくっ! 無理をするな、兄弟〝

〝この滑稽な追憶に浸っている間は、幾ら思い出そうとしても無駄だよ〝

〝しかし……思い出は美しいと言うらしいが、あまりにも未練たらしいものは、滑稽を通り越してワラえてくる〝

 そう思わないか? 無貌の誰かは、ゲラゲラと声を出して一頻りワラウと、額を押さえた。

〝……まあ、何にしろ終幕の刻は近い〝

〝はたして、お前はどちらの名乗りを上げるのか・・・・・・・・・・・・・…………〝

〝────そのときを楽しみに、待たせて貰うとしよう〝

 相手に向けて、思わず手を伸ばした瞬間───………


 景色が色を取り戻し、音が蘇る。


 人々は何事もなかったかのように、動き廻っている。

 騒めきを取り戻した空間の中で、俺はただ一人、呆然と立ち尽くしていた。

 周囲を通りすぎる人々が、誰も居ない空間に向けて、手を伸ばしている俺に、怪訝そうな視線を向けている。

「…………」

 そのとき、通りかかったユリアが俺の様子に気づき、不思議そうな顔で俺を見上げてきた。

 いや……何でもねぇよ。

 腰の位置にある頭をポンポンと撫でて、俺は自分でもわからぬうちに───誤魔化しの言葉を放っていた。



              【5】



 障気の満ちる世界。

 圧倒的な存在感を誇る怪物を前に、絶望的な闘争を挑む軍勢があった。

 もはや疲弊し切った人類にとって、これだけの規模の作戦を、再び行うような余裕はない。あらゆる物資が、惜しげもなくこの戦場に投入され、今にも崩れ落ちそうな戦線を支えていた。

 だが、怪物の抵抗は凄まじく、生半可な攻撃は全て無効化されていく。

 あまりに一方的な戦況だったが、それでも戦場に立つ誰もが希望を失わない。

 陣頭に立つ一人の少女。

 彼女の手に握られた、音叉のような形状をした剣が翻る度に、眩いばかりの閃光が戦場を貫き、怪物は確実に後退して行く。

 凄まじい少女の活躍に、誰もが後に続けと武器を構え、志気を取り戻す。

 放たれる譜術が、譜業による砲弾が、次々と怪物に降り注ぐ。

 だが、それも決定打にならない。

 誰もが焦燥感に駆られる中───俺は、勝負に出る。

 限界まで練り上げた第七音素。全ての力を両手に注ぎ込む。
 両手の先に創り出された小さな光の球体は、加速度的な勢いで膨れ上がる。
 防御など一切考えることなく、俺は間合いを一瞬で詰めると───怪物に向けて両手を叩き込んだ。

 ゼロ距離で放たれた超振動の力に、光の柱が天上を貫き、怪物の動きは激しく掻き乱された。

 そして───ユリアが動く。

 膨大な量の音素が、彼女を中心に荒れ狂う。
 取り込まれた音素は、少女の手にした剣に一瞬で収束し、巨大な切っ先が形成された。

 怪物は動けない。

 障気に満たされた薄暗い世界は、一瞬にして覆り、日輪の如き輝きが大地を照らす。

 抗うことなど許されない、絶対の一撃が───怪物の中枢を貫いた。

 絶叫が、世界を犯す。

 断末魔の叫びは一向に止むことなく、戦場に響き渡る。

 突き刺さった剣先を中心に、怪物の内側を第七音素が駆け巡る。
 せめぎ合う力の余波に、荒れ狂う大気が轟々と音を上げ、大地は振動に揺れ動く。
 一際鮮烈な光が、世界を満たすと同時───

 怪物の姿は、周囲に溶け込むようにして、あっさりと消え失せた。

 怪物の消滅に、勝鬨の声が上がる。
 戦場は興奮に湧き上がり、誰もが口々に勝利を祝う。

 ユリアはゆっくりと全軍を見回しながら、頭上に剣を掲げる。

「…………怪物は討ち滅ぼされた。新たな世界の幕が、此処に開く」

 ユリアの宣言を機に、先程と同じか、それ以上の歓声が上がった。

 誰もが興奮に包まれ、ついに勝ち取った瞬間に、全てを忘れ喜びにひたる。

 だが俺は何の感慨も抱くことなく、すべての光景を、一人遠くから眺めていた。


          ああ、こんなことがあったのか・・・・・・・・・・・


 自分の思考に気づき───ゾッとする。

 ………今、俺はいったい、何を考えた?

 身体は凍り付いたように動かず、待ち侘びた勝利にも関わらず、俺の心が踊ることはない。

 込み上げる吐き気に、俺は口元を押さえ、震えを押し殺した。



              【6】



 宴の席。

 燃え盛る篝火が、夜の闇を押し退け、その場に集う人々の姿を照らし出す。

 いまだ荒れ果てた世界に、復興の道筋はついていない。

 だがそれでも、今この瞬間だけは、この勝利に酔いしれるのも悪くない。

 アルバートが酒を一気飲みして歓声が上がる。その直後ぶっ倒れ、馬鹿笑いが巻き起こる。シグムントが情け無いと額を押さえ、ユリアの無表情にも微かな微笑が浮かぶ。

 誰もが歓声を上げ、長い戦いの終りに、祝杯を交わす。

 しかし、俺は皆の和に加わることなく、障気の消え失せた夜空を一人見上げていた。

「……何やら浮かぬ顔だな、ローレライ」

 ダアトか。

 珍しいな、お前が酔ってる所なんて、初めて見たぜ。

「ふっ……確かにな。だが、今日ぐらいは羽目を外すのも悪くない」

 …………そうだな。

 少しの間、言葉もなく俺たちは空を見上げ続ける。

「……ローレライ。君は絶望というものを感じたことはあるか?」

 随分と突拍子もない話題だな。

 しかし、絶望……ねぇ。

 とりあえず絶望ってのが何なのか。お前の考える定義を教えてくれないか?

「ならば、取り替えしようのない現実を思い知る事……それを、絶望と定義しよう」

 ふむ…………なら、答えは簡単だな。いつも感じてるよ。

 なぜだって? そりゃ俺たちの過ごす日々の生活は、常に取り替えしようのない事象の繰り返しだ。

 その定義から行くと、絶望は日常の隣人なんだろうよ。

「……随分と君らしからぬ、悲観的な意見だな」

 そうか? お前が定義した言葉に、答えただけだぜ?

「ふっ……それもそうか」

 まあ、悲観的に聞こえたのも、お前が何かまた小難しいことで、悩んでるからじゃねぇの?

 実際、お前の方は絶望ってのをどう考えてんだ?

「……絶望とは、希望の裏返しなんじゃないか。私はそう思うよ」

 希望の裏返し……か。

「ああ。世界は、これ以上ない絶望の淵に沈み込んでいたと私は思っていた。だが、今回の勝利によって、世界は急激な勢いで希望を取り戻して行くだろう。それが……私は怖い」

 ……どういうことだ?

「絶望は希望に勝る。私は……そう考えてしまうんだ」

 宴の中心、大勢の人々に囲まれ、讃えられる少女に視線を向ける。

「ユリアが陣頭に立ち、怪物は討ち滅ぼされた。大地の復興計画においても、必ずや彼女が打開策を見出すだろう。おそらく、今後の時代の流れ全てにおいて、彼女は中心的な位置を果たすことになるのだろうな」

 ……あんま、それを歓迎してるようには聞こえないな。

「……裏を返せば、彼女を失った時点で世界は終わる。これまで以上の絶望が、世界を覆うことになるだろう。それほどまでに、彼女の権威は高まりつつある」

 そのとき、まるでユリアを崇め立てるように、称賛の声が宴の中心から上がった。

 ………確かに、それも否定できねぇかもな。

「ふっ……君は否定すると思ったがな」

 まるで否定して欲しかったとでも言うかのように、ダアトは自嘲の笑みを漏らした。

 ……だがまあ、そんな小難しく考えることもないと俺は思うぜ?

 怪物が滅ぼされた事で、第七音素の総量とかも順調に戻って行くだろうしな。

 第七音素を媒介にして未来を観測する術……あー、確か、スコアとか言ったか? 

 アレを使えば、世界復興の道筋も何とかなるだろうしな。
 まあ、共通の敵が消えたことで、まだ残ってる国から、色々と横やりとか入るかもしれないが、それでも最終的には安定した世界が戻ると俺は思うぜ?

 って、どうした? なんか変な顔してるがよ。

「…………まるで、君は全てを見通しているかのように、世界を語るのだな」

 …………………………そう聞こえたか?

「…………いや、すまない。酒の席での戯言だ。忘れてくれ」

 そのとき、宴の中心から、ダアトに向けて呼び声が掛かる。

 あー俺に構うこたないから、行って来いよ。

 俺は片手を上げてダアトを促す。

 ダアトは最初俺を一人残すことを気に掛けていたようだが、それでも反攻作戦の幹部として、このまま呼び掛けを無視する訳にもいかず、小さくすまないと呟くと、俺の側を離れて行った。

 ふぅ…………しかし、どうしたもんかね。

 再び一人に戻った俺は、星の輝く夜空を見上げる。

 絶望は希望に勝る。彼女を失った時点で、世界は終り……か。

 ダアトと話したことで───俺の覚悟は決まった。

 この場に居る誰もが、いまだ気付いていない問題に対して、どう動くべきなのか、その方針が、明確に定まった。

 …………行くか。

 ユリアから返却された剣を腰に挿し、俺は宴の席に背を向ける。

 宴の中心、大勢の人々に囲まれた少女がそれに気づき、戸惑いに瞳を揺らすのが見えた。

 だが、俺はそれに気づかぬフリをしたまま、足を進め続ける。

 世界に満ちる音素が──未だ確たる意識を持たぬ第七音素の総体が、俺に訴え掛ける声があった。

 まだ、何も終わっていない。

 アレは、未だ滅びていない。

 声の指し示す場所、全ての決戦の地。

 かつて怪物が生まれ出たという孤島に向けて───

 俺は一人、足を踏み出した。



  1. 2005/05/25(水) 18:31:14|
  2. 【家族ジャングル】  第七章
  3. | コメント:0

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可(誤字・脱字等の報告を下さる場合は、チェックして頂けると幸いです)

 
書庫へ戻る |  日記過去ログ |  ジャンク作品目次 |  アビス一覧目次 |  お勧め一次創作 |  お勧め二次創作 |  掲示板 |

FC2Ad


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。