全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第5話 「激しき調べ、そして」




                 【1】



 外郭大地降下後、世界は障気に覆い尽くされた。

 各国の都市に押し寄せる障気に、誰もが不安を顔に浮かべ、それに耐えている。

 治安の悪化を懸念した両国首脳陣によって、各都市に存在する警備軍の編成は強化され、治安維持に果たす役割も大幅に増大していた。

 常ならぬ様子で街を歩く兵士達の姿に、住民たちも不安を隠せない。

 何が何だかわからないが、ともかく危険なものだ。

 それが、基本的な障気に対する認識だった。

 いったいどのような場合に危険なのか?

 危機的な状況に遭遇した場合、どのように対処すればいいのか?

 多少でも経験と知識が及んでいれば、不安の高まりもある程度は抑えられたが、その多少の経験と知識が何よりも欠けているものだった。

 暴動が発生するまでには至らないが、このまま対策を講じることができなければ、それも時間の問題と思われている。

 しかし、セントビナーの住民達は、そんな他の都市の住民と比べれば、格段に落ち着いたものがあった。

 これはセントビナーの住民が、既に一度崩落を経験したことがあり、障気に対する理解が進んでいたことが上げられる。

 さらに言えば、現在復興のために戻ってきている住民も、ある程度〝覚悟〝を持ち得た有識者達が多いという事実も大きいだろう。

 まあ……障気の浸透そのものも、どこか緩やかなようですしね。

 ジェイドは僅かに顔を上向かせ、視界に映るソイルの木に目を細めた。

 ソイルの木。それは樹齢2000年以上と言われる神木。かつてこの大樹が枯れかけたとき、周辺の地帯の草木までもが影響を受けたとも言われる、様々な伝承を帯びた、この街の象徴。

 立ち並ぶ家屋を飛び越え、大樹は天に向け、ひたすら伸びる。

 そんなソイルの木の前方、住民たちの集会などに利用される広場には、巨大にして精密な譜陣が描かれていた。見ているだけで、目眩を覚えそうなまでに複雑な構成だが、これでも完成にはほど遠いとジェイドは判断していた。

 ヴァン謡将達が行ってきた、第七音素集合意識体の分断計画は、ローレライにかなりの悪影響を及ぼしている。

 なにせ、自らを構成する属性の内、六つまでもが本体から切り離された状態にあるのだ。人間で言えば、脳髄を無数に切り離されたようなものだろうか?

 未だ地殻に残る意識体は、かなりのレベルまで衰弱していることが予想できた。

 新たに契約を結ぶにも、資料に記されていた準備だけで十分と言えるのか? そうした不安が研究者達の間に広がり、最終的に新たに大規模な譜陣を契約の場に施すことで、ローレライの鍵に込められた術式そのものを補強することになった。

 その結果が、目の前の状況と言うわけだ。

「…………し、死ぬ……っ……」

 地獄の底から響くような、オドロオドロシイ声が、周囲に木霊した。

 周囲を慌ただしく動き廻り、作業に従事する人々がピタリと動きを止めた。ついで声の主に視線を止めるや、目尻を拭う。

 視線の行き着く先には──延々と譜陣の構築に勤しむカンタビレの姿があった。

 その頬はやつれ、目の下には濃い隈が浮かび、まさに半死半生といった風体だ。

 既に譜陣の作成開始から、三日ほどが経過している。不眠不休のまま作業は続けられているが、その間、譜陣構築の中心である彼に、休息をとるような暇は与えられていない。

「……しかし、本当に限界が近そうですね。大丈夫ですか、カンタビレ?」
「大丈夫に見える奴が居たら……そいつを絞め殺してやるよ…………」

 壊れたブリキ人形の如く、がくがくとカンビレの首が動いた。こちらの言葉に応えながらも、手の動きは止まらず、譜陣を描き続けている。どうにも生気の失せた反応だ。

「…………大佐も、少しぐらいは、手伝ってくれてもいいだろが…………っ」

「まあ、手伝うのはいいですが、既にできることはやっていますからね。あなたも了承していたはずですよ? 付随的な作業を抜かせば、譜陣構築の中心は一人に絞った方がいいと」

「ぐぐっ……そりゃ……そうなんだが…………」

 基本的に、ローレライとの契約に必要となる譜陣構築に、ジェイドは関与しない。
 これは一定レベル以上の術者には、術式に無視できない類の〝クセ〝が付いているからだ。

「複数人で譜陣を構成した場合、最終的に出来上がった解釈の差異は、発生する現象に無視できない類の影響を及ぼしますからねぇ」
「…………うぐぐっ…………」

 特に、自分はそれが強い。仮に自分が参加することで、譜陣の構築速度が上がるにしても、
最終的に出来上がる譜陣の完成度は格段に落ちることだろう。ならば自分は参加せず、カンタビレ一人に任せた方が効率的というものだ。

「…………だがっ……このデカさは、予想、超えてるぜ………?」

「まあ、確かにそれに関しては同意しますよ」

 普段は住民たちの集会場に使われることもある広場、そのすべてを埋めつくす規模にまで、譜陣は広がっている。すべての構成を完成するには尋常ではない労力が必要となるだろう。

「しかし、なにしろ計画が計画ですからね。力の弱まっていることが確実な意識体を無理やり地上に呼び出し、契約を交わす……そんな無茶を仕出かそうというのです。むしろこの程度の規模で済んで、僥倖かもしれませんよ?」
「…………くっ………好き勝手……言いやがって………」

 ボソボソと怨嗟の声を上げながら、それでもカンタビレの手は止まることなく動き続け、譜陣を構築していく。もはやそうした作業が、条件反射の域にまで達しているのだろう。

「まあ、それにそもそも私の譜陣は、こうした共同作業には向かないとよく言われますしね」

 一般的に、思考の活用方法そのものが常人と異なる天才の生み出したものは、理解が難しい。秀才はそれを理解すべく解釈を進めるため、応用と改善に優れ理解を得易いと言われる。

 ようするに、創造性を発揮する代りに、まず常人には理解できないようなものを勝手気ままに作るのが天才なら、そうして生み出されたものに対して、ひたすら応用と改善を繰り返すことで、一般化を図るのが秀才と言える。

 天才は共同作業に向かないという意味だが、自分から言い出すのもどうかとカンタビレは思った。

「私としてもできれば手伝いたかったのですがねぇ。いやはや、本当に残念でなりませんよ」

 ちなみに、譜陣構築の中心人物を決める段階で、真っ先にカンタビレを推薦したのがジェイドだったりする。

「…………このっ…………きちく、メガネがっ…………!!」

 まあ、これも世の中の縮図というものだろう。



                 【2】



「どうやら、今日中に準備は整いそうですね」

 自らの処理した書類の内容を目で追いながら、イオンはその事実に安堵した。

 現在、導師としての決済事項などが丸ごと運び込まれ、簡易的な執務室が急遽センビナーに造られている。

 これはローレライと契約を結ぶという今回の作戦に、自分が同席することになったからだ。

 ヴァン達の襲撃も予測される危険な作戦ということもあって、アニスなどは最初反対していたが、それも直ぐに抑えられた。

 教団上層部が、導師イオンがローレライとの契約の場に居合わせることを欲したからだ。

 今回の作戦が成功すれば、教団の崇めるローレライが公式の場で記録されることになる。裏を返せば、そんな歴史的事態に、導師の同席なくして作戦実行を認めることはできないということだろう。

 この非常時に何言ってんだかとアニスが憤慨していたが、意外なことに、カンタビレがこの要求にも利点はあると示した。

 彼が言うには、ヴァン総長以下、過激派の主要な師団長が離脱したことで教団内部は揺れ動いている。そんな教団内部でイオンが確固とした基盤を固めようとした際、そうした宗教的事実もそれなりに有用な手札になるらしい。

 作戦の危険性と政治的な効力を秤にかけ、要請を受け入れた方が得策と判断したのだ。そうした考えを語った上で、彼は自分の決断を求めた。もちろん、自分の考えは決まっていた。

 こうして、イオンは作戦に同席することになり、ダアトを発った。マルクト軍ベースの一室に簡易的な執務室が作られ、ひたすら書類を決済し続けているのが現状だ。

「イオンさま、あんまり無理しないで下さいね」

 書類の整理を手伝いながら、アニスが声をかけてきた。秘書的な業務を担ってくれる彼女に、イオンも申し訳なさを抱きくが、それでも手を休めることはできなかった。

「ええ、わかっています。……ところで、ライナーの姿が見えないようですが?」
「ライナーはダアトで待機するそうですよ。カンタビレも抜け目ないですよね」

 どこか呆れたような表情で、アニスは窓の外を見据えた。そこに譜陣を構築中のカンタビレの姿が見下ろせた。

「なんでも主要なメンバーが離れてる間、ダアトに睨みを効かせるためだって話しらしいですよ」

「なるほど……ですが、それだけではないと思いますよ。おそらく、再編中のオラクル騎士団で、それなりの判断を下せる人物をダアトに残しておく必要があったということでしょうね」

 それにライナーがわざわざ睨みを聞かせずとも、水面下で常に動いていた人物が居るはずだ。

 続く言葉は胸の内に止め、イオンは自らの知る第六師団の面々を思い浮かべた。

 師団長のカンタビレと副官のライナーも含め、ダアトを離れることが多かった第六師団だ。派閥の瓦解を防ぐ為にも必要な、中央における様々な工作に関しては、第六師団の中でも古参に当たる者が一手に担っていたと噂に聞いたことがある。

 あまり表に出ようとしない人物のため、教団においても存在をあまり知られてない謎に包まれた人物だが、カンタビレに聞いた限りでは、かなり有能な人で、第六師団でも参謀職に就いているという。

 なぜそれほどの人物が表に出ないのか? そう尋ねるイオンに、カンタビレは苦笑を浮かべながら、次のように答えた。

 顔を知られていないということは、それだけで十分に価値あることだと。

 かつて交わした言葉に考えを巡らせていると、不意にアニスの感心したような声が耳に届き、イオンを現実に戻す。

「はにゃぁ……そういう効果も考えてた訳ですか。やっぱ抜け目ないというか、カンタビレって思ったよりも慎重ですね」

「……ええ。それに、彼はどこかモース一人がダアトに残ることを警戒していた伏しがあります。カンタビレは、あまり彼を信用していないということなのでしょうね」

 書類の決済に戻りながら、半ば上の空のまま、イオンはそう言葉を続けた。

「……そうですね」

 僅かに遅れて返った言葉は、どこか力ないものだった。



                 【3】




 天に浮かぶ月。

 障気に遮られた夜空に、星は見えない。それでも僅かに届く月明かりを見上げながら、カンタビレは杯を口に運ぶ。背中をソイルの木に寄せ、一人、広場の譜陣を前に酌を進める。

 不意に、手にした杯を運ぶ手が止まった。

 口の中に染み渡る味に、僅かに顔をしかめながら、カンタビレは顔を上げる。

「……まっずい酒だわな。折角の月見酒も、障気のせいで味気ないもんだよ」

 溜め息をついた後で、視線が広場の一画を向く。

「そんな所に突っ立ってないで、こっち来いよ、ガイ」

 どこか躊躇うような間を空けた後で、金髪が闇の中で動く。

「……気付いてたんですか。人が悪いなぁ」

 頭を掻きながら、気まずげな様子でガイが姿を表した。

「そりゃお互いさまってやつだな。こんな夜中に突然視線を感じる気持ち悪さったら他にねぇぞ?」

 杯を口に運びながら、片眉を上げ、冗談めかした口調で続ける。

「その上、それが男の視線と来たもんだ。もう勘弁してくれって所だな」
「相変わらずですね、アダンテさんは」

 苦笑を浮かべるガイに、カンタビレは脇に置いた酒瓶を掴む。

「ほれ、受け取れよ」

「──っと! ええと、これは……?」

 放り投げられた酒瓶を受け止め、ガイは困惑に瞳を揺らす。

 なにを今更とカンタビレは杯を掲げて、ちょっと付き合えと促す。

「割とイケル口だろ? 少しぐらい付き合えよ」
「いや、まあ、それもいんですけど、明日には確か、ローレライと契約ですよね?」

 呆れたように言ってくるガイに、カンタビレは硬いこと言うなと言葉を返す。

「別に今更緊張することもねぇんだろ。準備は整ってんだ。後は、ヴァンの妹次第さ」

「はぁ……」

「それにだ。落ち着いて顔合わせるのも、随分と久しぶりだろ?」
「………それもそうですね。わかりました」

 最終的に、ガイは同意した。受け取った酒瓶を手に、カンタビレの隣に腰を降ろす。

 少しの間、無言のまま酒席は進む。

 二人は杯を口に運ぶ。

 月は見えないが、それでも淡い光は地上に届き、二人を照らす。

 先程よりも、少しだけ味わいを増している酒の味に、カンタビレは笑みが浮かぶのを感じる。

 おそらく、一人で飲むよりも、二人で飲む方が美味い。そういうことだろう。

「──しかし、心ってのは、ままならないもんだよなぁ」

 少し呂律の廻らない口調で、カンタビレは天を仰ぐ。

「特に何かを憎むような場合。憎悪となると、手がつけられねぇよ」
「憎悪、ですかぁ」

 ガイもまた空を見上げた。その瞳に移るのは、過去の光景。かつて預言に詠まれるまま、崩落したホドの姿だろうか。

「僕はさ、昔何も言わずバチカルを去った訳だが、いったい何でそんなことしたと思うよ?」

「……どうしてなんです?」

 憎悪だよ、とカンタビレは静かに尋ねるガイに答えた。

「……あいつが死んだ後、僕はどうにもそいつの対象を求めちまったみてぇでなぁ。そいつの対象を見出しちまうのがあんまりにも怖くて怖くてしょうがなくて、結局誰にも何も言えないまま、街を出るしかなかった訳だよ」

「…………そう、だったんですか」

「ああ。だがなぁ……結局、逃げられなかった」

 手の中で、揺らされた杯が飛沫を飛ばす。水面に移る月光を飲み干し、眼を逸らした結果、見過ごした事実を言葉に直す。

「スコアには、ギンちゃんの死が詠まれてたんだとよ」

 ぎょっと動きを停めるガイを横目に、カンタビレはひっくとシャックリ混じりに顔を上向かせる。

「当然、ヴァンの奴はそれを知っていた。知っていながら、見過ごした。下手すると、先頭に立って動いてたかもな」

「……アダンテさんがヴァンの奴に反旗を翻したのは、もしかして……」

 それを知ったから? 続く言葉を待たず、カンタビレは口を開く。

「別に、今もあいつを憎んでたりはしねぇのよ。誰かを憎み続けていられる程……僕は強くないからな」

 ただ、やり切れない。

 それだけだと、カンタビレは杯を傾けた。

「向き合うことでしか、見えないものは、確かにあるんだな」

「…………」

 沈黙が続き、静かに酒を進める音だけが響く。

 しばらくして、今度はガイが口を開く。

「結局スコアってのは、何なんでしょうね?」

「……そうだな」

「ホドは預言に詠まれるまま崩落した。アクゼリュスも同じだ。ヴァンの奴はスコアに支配された世界を否定していたが、結局やってることは、これまでの教団と何も変わりない……」

「…………」

「ルークが死ななければならないような理由が、どこにあったって言うんだ……?」

「…………」

 淡々とつぶやかれた言葉に、カンタビレは僅かに間を置いた後で、静かに口を開く。

「……第七音素に含まれた未来の記憶。それが術者に観測されることで、偏在する事象の流れは先行きを狭められ、未来は術者の見た世界に確定される。観測と確定に依る第七音素の力の発露、それが預言──スコアと言われるものだ」

 滔々と一般的に知られた定説を語り終えると、カンタビレは顔を上向かせる。

「だが、そもそも奇怪しいと思ったことはねぇか?」

 障気に覆われた空を見上げながら、酒を口に注ぐ。

「なんだって、未だ経験していないような未来の〝記憶〝とやらが、存在するんだろうな?」

 月下に照らされたソイルの木。

 二つの影はひたすら杯を傾ける。

「スコアってのは、やっぱりどっか歪な存在だよ」

 その先に続く会話はなく、二人は無言のまま、ただ杯を口に運ぶ。

 後にガイはこのときの会話を、深い感慨とともに思い出すことになるのだが、それはまた別の話だ。

 ただ今は、無言のまま酒宴が続く。

 天に輝くべき月明かりは、障気に遮られ、どこか弱々しく地上を照らしていた。



                 【4】



 ───優しげな音色が穏やかに奏でられていく。

 広場に描かれた譜陣の中心に突き立てられた一本の剣があった。音叉のような形状をした剣の刀身が僅かに振動し、奏でられる音色が譜歌と重なり合いながら高らかに鳴り響く。

 周辺には重武装した帝国兵の姿が見えた。街の警備を中心に担う帝国兵に対して、街の外には教団兵の姿が目立つ。その誰もが緊張した面持ちを崩さず、張り詰めた空気を身にまとっている。

 周囲に住民の姿は見えない。マクガヴァン元帥に話を通して、住民には一時的に外出を自粛して貰っているらしい。

 既に作戦は実行段階にある。

 街の外を教団兵が警戒し、内を帝国軍が固める。自分たちは万が一に備え、契約の場でティアの護衛を担っていた。これまでの戦歴から言えば、自分たちもそれなりのものだ。少数精鋭という意味で言えば、妥当な人選だろう。

 しかし、何の因果か、この場には非戦闘員であるイオン様の姿もあった。

 何故そんなことになったかと言えば、教団上層部の意向と答えるしかない。

 ローレライと契約を結ぶなんていう歴史的事態に、導師の同席なくして作戦実行を認めることはできないと、頭の硬い教団上層部が言ってきたからだ

 この非常時に何言ってんだかと呆れたが、意外なことにカンタビレはこれをあっさりのんでしまった。

 護衛としては断固反対を訴えたい所だったが、導師として地盤を固めるために仕方ない措置だという主張に、最終的に自分も認めるしかなかった。……いまだ納得したとは言い難いが。

 まるで戦争中みたいだ。

 アニスはぼんやりとセントビナーの街並みを見据えながら思った。

「しかし、なかなか面白いことを考えますね、カンタビレ」

「そうかい? あんま大したことを考えたつもりはないがな、カーティス大佐」

「ふふっ……まあ、そういうことにしておきましょう」

 愉快そうに一頻り笑うと、大佐はメガネを押し上げた。

 このどこか行き過ぎにも思える警戒態勢にも、カンタビレが言うにはそれなりの意味があるらしい。

 今回の作戦にヴァン達がどう動くか見極めることで、彼らの真意を探ることが可能だという話だ。

 国際会議の場において、自分たちはローレライとの契約を目指すと声明を打ち出すことで、国家的な後ろ楯を手に入れた。発表された情報は、人々に国が現状に対策を保持していることを示す一環として、広く宣伝されている。外郭大地降下以降、姿を隠しているヴァン達にも、確実に伝わったと見ていいだろう。

 スコアから世界を解放するために、ローレライの消滅を目指すと言う言葉。

 これまでも何度となく耳にした目的だが、いまだ自分たちは表面的なものしか見えていない。

 ただわかっているのは、彼等がスコアと第七音素集合意識体にひどく拘っているという事実だ。

 そんな第七音素集合意識体──ローレライを保護しようという自分達の作戦に、ローレライの消滅を謳い上げていたヴァンは、いったいどう対応するのか? 作戦の妨害に動くのか、それとも静観するのか……そうした動き如何によって、彼らの真意を探ろうという目論見らしい。

「──あなたは彼等が動くと思いますか?」

 不意に尋ねた大佐の言葉に、カンタビレが僅かに間を空けて口を開く。

「……どうだろうな。6割で動きがあると思うが、3割ぐらいの確立で静観もするだろう。僕らにとってローレライを確保する意味は大きいが、ヴァン達にとってみれば大した意味はないと考える可能性も十分に考えられるからな」

「なるほど。では、残り1割は?」

「イレギュラーってやつだろうな」

 肩を竦めると、カンタビレは大佐に笑いかけた。

「それに対応するために、わざわざ指揮系統の違う帝国軍にも協力を求めたんだ。あんま刺々しくしないでくれよ? こっちとしては不慣れな場所だ。非常時にはそっちが頼りだからな」

「それはあなた次第ですよ、カンタビレ。ローレライと契約を結ぶ。それによりローレライの消滅を目指すヴァン謡将達から、第七音素集合意識体を保護する……」

 一旦言葉を区切ると、譜歌を奏でるティアに視線を向ける。ソイルの木前方に設置された譜陣の中心には、ローレライの鍵が突き立てられ、譜歌の旋律に合わせて、緩やかな鼓動が刻まれていた。

「何ともわかりやすくて耳障りのいい方針ですが、はたして、この作戦の意図はそれだけなのでしょうか?」

 問いかける大佐に、カンタビレが参ったもんだと額を抑えた。

「……さてね。とりあえず、全ては作戦の経過次第とだけ言っとくよ」

「まあ、いいでしょう。……すぐにでも、わかることですからね」

 柔和な言葉を使いながらも、互いの視線は相手の真意を見抜こうと苛烈なものだ。丁々発止の遣り取りを交わす二人の側で、アニスは何とも面倒なことをしてるなぁという感想を抱いた。

 輝きに満ちたソイルの木の下、燐光は舞踊る。

 展開された譜陣を前に、ティアは一人、譜歌を奏で続けていた。

 契約の為に必要となる、七つの詩篇から構成されしユリアの譜歌──大譜歌は象徴を解せずとも、効力を発揮するという。ダアトの書に記されていた七番目の譜歌によって、今回の契約に必要な材料は全て揃った。

 譜陣の中心に突き立てられた、修復されたローレライの鍵に音素が流れ込み、カンタビレの構築した譜陣の軌跡に沿って、光が放たれる。

 鼓動を刻む鍵の音色は、さざめく梢の音に重なり合い、譜歌の旋律は深く静かに響き渡る。

 奏でられる音色が最高潮に達しようとした、そのとき───

 空に、影が生じた。

 生まれ出た影は加速度的に大きさを増して行く。ついで響き渡る、譜歌の旋律を掻き乱す轟音に、誰もが顔をしかめながら顔を上げ──上空から迫り来る譜業兵器の姿に気付く。

「……あのバカは」

 ジェイドが苦々しく吐き捨てると同時、機影はほぼ彼らの視線と交わる形で停滞した。

『カンーーータビ─ーーレェ─ッ!!』

 両肩から突き出た装甲版の内部で、回転するプロペラが角度を変えながら、機影を虚空に留めている。譜業兵器の先端、スライドした部分には六神将──ディストの姿が在った。

「何を……?」

 譜業兵器に備えつけられたスピーカー越しに、音割れした絶叫じみた声音が、一人の名前を叫んだ。困惑に一瞬、誰もが判断が遅れた。だがこちらの理解を待つでもなく、死神は告げる。

『私の目的の為に────』

 譜業兵器の胸部装甲が両脇に展開された。周囲に漂う障気が急激な勢いで取り込まれていく。渦を巻く障気の流れが兵器を包み、展開された装甲の内側──胸部から突き出た砲身が不気味な光を放つ。

『──ここで、死になさい!!』

 轟音が周囲を貫き──契約の地は、戦場に変わる。




  1. 2005/05/24(火) 00:10:42|
  2. 【家族ジャングル】  第七章
  3. | コメント:0

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