全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第6話 「神々の歌声は響く」



                 【1】



 立ち込める土煙が視界を遮る。譜業兵器から放たれた光線は、爆音と閃光をまき散らしながらこちらに向かい、直撃する寸前で、展開された障壁に防がれた。

 ジェイドは状況を掴むべく、冷静に現状を見据える。目の前にはどこか禍々しさを見るものに抱かせる黒ずんだ力場。これが障壁となり、攻撃を撥ね返したようだ。耳に届く歌声が、未だ譜歌が奏でられていることを伝えていた。

「小癪なまねをっカンタビレェッ!!」

 ディストが上げる耳障りな喚き声が届いた。それで脇に立つカンタビレが、いつのまにか抜き放った第二奏器を、地面に突き立てているのに気付く。彼がとっさに展開した障壁が、ディストの奇襲を受け流したようだ。

 契約に必要な譜陣も、譜歌を歌い続けるティアも、ディストとは対面──こちらの背後に存在する。ならば、カンタビレがこの障壁を展開する限り、ちょっとやそっとの攻撃は無意味だろう。そこまで状況を理解すると、ジェイドはとりあえず前に出ることを決めた。

「ここはお願いします」
「…………わかった」

 一瞬何か言いたそうに言葉に詰まった後で、カンタビレから同意が返った。障壁の一部が歪み、隙間ができる。

 ジェイドは一人前に出ると、虚空に止まり続ける譜業兵器を見上げた。

「まったく、とことん空気の読めない人ですね、ディスト。いったい何のまねです? ヴァン謡将の陣営に、完全に鞍替えしたということですか?」

「ジェイド、あなたですか。空気が読めなくて結構。私の有用性を示すためにも、それなりの成果を上げる必要があるのですよ。そして何より──ネビリム先生を復活させる為に必要な一手なのです!!」

「………この後に及んで、まだ、そんな愚かなことを」

 低く、低く押し殺された言葉が響いた。ディストはそれに気付かない。

「今はまだローレライを地上に復活させるわけにはいかない! あなたが何もしないというなら、私からも特に干渉しようとは思いませんよ。先生を蘇らせるためならば、幾らあなたとて──」

「もう、諦めなさい」

 熱く語り掛けるディストに、ジェイドはメガネを押し上げ表情を隠すと端的に告げた。

「な、何を言うのです、ジェイド!! あなたが、それを言うのですかっ!? ……いや、それは本心ではありませんね? 先生を蘇らせれば、あなたも昔のあなたに戻るはず! もう誤魔化す必要はありません!! 一般的な道義に拘るなどあなたらしくありませんよ!!
 さぁ、先生とともにもう一度──あの時代を!!」

 興奮に、我を忘れたような状態で言い募るディストの手が、ジェイドに差し出された。

「……今まで、見逃してきた私が甘かったようですね」

 差し出された手を一瞥すると、ジェイドは己が掌に槍を生み出す。

「さようなら、サフィール」

 突き付けられた槍の穂先を見据え、ディストの表情が凍り付く。
 ついで狂ったような哄笑を上げながら、ディストは振り払われた腕に必死で縋り付く子供のような目で、ジェイドを見やる。

「本当に、本当に私を見捨てるんですね!!」

 ジェイドは答えない。

「ジェイ──ーーード──ーーっ!!」

 絶叫じみた声音で其の名を叫んだのを最後に、ディストの身体が譜業兵器の内部に沈み込む。

『──ならば、もはや私も容赦はしません! 本気で行かせて貰います!!』

 駆動機関の始動音が鳴り響くと同時、虚空に浮かぶ譜業兵器の周囲から急激な勢いで障気が取り込まれていく。

『私の研究成果の集大成──カイザーディストExaを前に、この街諸共滅びるがいいィィィッッ!!』

 虚空に浮かぶ譜業兵器の左腕でドリルが高速で回転する。右腕を覆う特殊装甲に施された譜陣の輪郭が淡い光を放つ。取り込まれた障気が蒸気のように背部から排出された。



                 【2】



 荒廃した大地が、どこまでも広がっていた。
 月明かりも見えない闇の深淵。世界はただ静かに其処に在った。
 思い出したような間隔で、時折きらめく光が闇を押し退け、轟音が静寂を突き崩す。
 光に照らされた世界は、真昼のような明るさを取り戻す。
 音が響き渡る世界は、戦場のような喧騒に包まれる。
 数度光が瞬き、音が響いたかと思えば、突然、これまでにない規模の光と音が世界を貫いた。
 まるで燃え尽きる寸前の灯火のように、鮮烈な光が世界を染め上げる。
 あたかも断末魔の絶叫のように、壮絶な雑音が世界をつんざく。そして、それらを最後に───

 ───すべての光と音は消え失せた。


                * * *


 曖昧だった意識が戻ると同時、俺は喉元から込み上げる鉄臭さを感じて顔をしかめた。
 剣を握る両手は、固まったように動かない。
 ジジッと手元で掠れた音が上がる度に、音素で形成された刀身が、消えかけの音素灯のように明滅するのがわかった。

 剣の突き出された先には、中枢を貫かれた怪物が、同じように明滅を繰り返している。
 相手から伸びる爪のような尖端状の何かが、目の前の相手と同じように、俺の胸を貫いていた。
 俺はゆっくりと手にした剣を前に突き出して、動かない怪物の身体を地面に縫い付ける。

 ズブリと嫌な音を立てて、俺の胸を貫く何かが抜け落ちた。気持ち悪ぃ。嫌悪感を覚えながら、俺は解放された身体から力を抜き、重力に任せるままぶっ倒れた。

 あーあー……ったく、ここまでか。

 怪物は結局、殺せなかった。

 だが、ここまで弱らせれば、後はあいつらが何とかしてくれるだろう。そんな自分勝手な想いも同時に浮かび上がるから、始末に終えない。

 どうにも後ろ向きな満足感にひたりながら、俺は僅かに痙攣する指先を天に向けて伸ばす。
 怪物が衰弱した影響か、障気の薄まりつつある空に、星の明かりが微かに見えた。

 綺麗な、空だよなぁ……

 ぼんやりと、ただ独り空を見据える。
 不意に、誰かの肉声が耳に届いた。

「───!」

 声は誰かの名を呼んでいるのか、焦ったように何度も何度も、同じ言葉を繰り返す。

「───!!」
「───!? ──────!!」

 ついで何人もの人間の気配が現れるのを感じる。

 慌ただしく動き廻る人々の中で、一人が俺の方に近づいてくる。

 ん……なんだ?

「…………」

 彼女は答えない。

 ただ哀しげな瞳が俺を見据えていた。


 ───不意にデジャブを感じた。


 むかし、何処かで似たようなことが、あったような気がする。


 ───吹き上げる音素に満ちた空間、俺は無様な真似を晒しながら、ただ倒れ伏していた。


 目の前の少女は無言のまま俺を見据え、瞳から滴り落ちる水滴が、俺の頬を濡らす。


 ───そこでも、俺は誰かを泣かせていた。


 目の前の少女はただ静かに俺を見下ろし、深い哀しみに沈んでいる。


 ───そこで、彼女は何度も何度も、同じ言葉を繰り返し叫んでいた。


 いったい、記憶の中で彼女は、なにを言っていたのか。


 ───思い出せない。


 だが、思い出せないはずがない。


 ───何故なら、彼女が口にしていた言葉は──────


「────……ルー…ク…?」


 紡ぎ出された言葉に───世界が震えた。

 音の消え失せた世界。耳に痛いまでの静寂が続く。
 色の抜け落ちた世界。白と黒の色合いが目に焼きつく。
 追憶の幕引きは唐突に訪れ、虚構の世界は此処に崩れ落ちる。
 ガラスが割れるような音を上げながら、ヒビだらけの世界はノイズを吹き上げ、崩壊して行く。
 崩れ落ちた部分は、光に満ちた空間に取って代わられ、すべての崩壊した世界の先に───


 顔の無い誰かが、立っていた。



                 【3】



『無駄無駄無駄無駄っ!!』

 地上から僅かに離れた位置を譜業兵器が滑空する。帝国兵から次々と譜術が放たれるが、その悉くが譜業兵器に回避されて行った。対象の機動性は凄まじく、譜術の狙いをつけた所で、常に移動を続ける相手には、発動するまでの間が致命的な遅れとなった。

 ただ一人、ジェイドは慌てることなく、淡々と詠唱を続ける。

「聖なる意思よ、我に仇なす敵を討て──」

 高速で展開される譜陣が、収束され行く音素の光に染まり上がり、一つの属性を成す。

「──ディバインセイバーっ!!」

 紫電の閃光が、譜業兵器を貫いた。

 鉄の塊である譜業兵器に向けて放たれた迅雷の一撃は、刹那の間に命中を果たす。だが、直撃した部分──まるで待ち構えるかのように突き出された右腕部に、刻まれた譜陣が光を疾らせる。

『無駄ですよっジェイドォッ! あなたの譜術とて、効果はなぁいィィッ!!』

 施された譜陣が空中に展開された。直撃した譜術は刻まれた陣によって連続的な継起として記録され、放たれた術式をそのままの威力で跳ね返す。

 《───聖ナル意思ヨ、我ニ仇ナス敵ヲ討テ───ディバインセイバーッ!!》

 機械的な音声の後に続いて、雷撃が無数の矢となり地上へと降り注いだ。天から降り来る豪雷の雨に、帝国兵が苦悶の声を上げ、衛生兵を呼ぶ声が周囲に木霊する。

『はーっはっはっはっは! 譜術の照準さえ追い付けない機動性能! ピンポイントで施された改良型対譜術機構──シークエンサー改による防御能力! もはやカイザーディストExaに全ての譜術は意味をなしません!! まさに無敵!! まさしく最強!!』

「なら──こいつでどうだ!」

 虚空に浮かぶ譜業兵器の傍らに、飛び上がったガイの姿があった。腰を落しながら剣を背中に引き寄せ、全身のバネを使って、渾身の回転斬りを叩き込む。

「──断空剣っ!!」

『う───っとぉおしいっ!!』

 掲げられた左腕部でドリルが激しく回転する。振り降ろされたガイの刀身とドリルが交錯し、耳障りな金属同志の擦り合わされる音が響く。だが、それも一瞬の膠着の後で、呆気なく弾き返された。

「ガイ! 援護しますわ、聖なる雷よ───」

 引き絞られたナタリアの弓矢に音素が収束する。帯電する空気がチリチリと音を立てながら、鏃に注ぎ込まれる力の波に打ち震える。

《───ボルテックライン!》

 放たれた雷光の一閃が、体勢を崩したガイを追撃しようとした譜業兵器の動きを阻害する。

『───っお呼びじゃないのですよ!』

 一度上空に浮かび上がり、体勢を建て直した譜業兵器がナタリアに向き直る。ついで股下に据えつけられた機銃座がキュルキュルと音を立てながら回転し、無数の銃弾を放つ。

「ちっ───させるかっ!」

 着弾点に割り込んだ紅い髪が流れる。漆黒の教団服を着込んだアッシュが自らの手にした剣を地面に突き刺す。

 ───守護方陣!

 大地に突き刺された剣を中心に、同心円状に広がる力場が、押し寄せる銃弾の雨を弾き返した。

「……大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます、アッシュ」

 背後に庇ったナタリアを気遣うアッシュに、譜業兵器のスピーカーから忌ま忌ましげな言葉が降りる。

『アッシュですか。カンタビレと行動を共にしているということは、六神将のくせに、あなたも総長を裏切ったということですね』
「ふん。もとからテメェらの仲間になった覚えはねぇな」

『はーっはっはっはっは! 仲間ぁ! そうですかぁ。そうでしょうね。所詮、私たち六神将も、一時的な利害関係の一致で、動いていたに過ぎない。ですが、それでも裏切ったことに代わりはない。このまま対立を続けると言うなら、いずれあなたには総長の鉄槌が下るでしょうね』

「モースとも通じていたような奴が、今更何を言う!」

『ふふふっ……それ故に、こうして成果を上げに来ている訳ですよ。総長は裏切り者に容赦しない一方で、利用価値のある駒には、それなりの便宜を図ってくれますからねぇ。ここでローレライを地殻に止めれば、彼等にもそれなりの対価を取り付けることが可能となる』

 会話を続けながらアッシュは、ディストの言葉に、言いようのない違和感を抱く。

「……待て。これはヴァンの指示じゃないのか? 何故、奴らが直接動かない?」

『さて、何故でしょうねぇ? 彼等に行動を起こすだけの余裕がないということでしょうが……まあ、私にはどうでも良いことです。このままグズグズしていては、いつまで経ってもネビリム先生の復活計画に着手できなくなりますからねぇ。そのためにも──……』

 ディストの視線が後方を射抜く。

 この混乱にも関わらず、譜歌の詠唱を続けるティアを視界に納めた。

『──このまま一気に決着をつけて上げましょう!!』

 高速で移動する譜業兵器が、一瞬にして間に立つ者たち全てを追い抜いた。

「「「なっ」」」

 後方に置き去りにされた誰もが動揺に声を上げるが、それすら待たずに状況は動く。

 出鱈目なまでの機動性を発揮した譜業兵器の目前には、障壁を維持するカンタビレ、ただ一人の姿があるだけだ。

 舌なめずりをするような音がスピーカー越しに洩れる。譜業兵器の胸部装甲が左右に別れ、中心に据え付けられた砲身に、これまでにない規模の光が収束する。

『これで──チェックメイトですっ!!』

 取り込まれた障気が不気味な光を放ちながら世界を染め上げた。破壊的な光線が、譜歌を紡ぐティアに向けて、解き放たれる。

 障壁に光線が直撃した。圧倒的な閃光が視界を染め上げる。カンタビレの障壁は辛うじて一撃を防いでいるようだが、轟々と音を上げながら放たれ行く光線は一向に止む気配を見せない。

『無駄無駄無駄っ!! 初期不良品の第二奏器如きが、この一撃を防ぐことは不可能っ!! このままま出力を増して行けば───』

 押し寄せる光線から放たれる光が更に勢いを増す。障壁を維持するカンタビレの額に無数の汗が浮かび、その顔が急速に青ざめていく。

 そしてついに、致命的な音を立てながら、障壁に亀裂が走った。

『はーっはっはっはっは! 絶望の淵に沈みなさい!!』

 哄笑を上げるディストの言葉が響き渡る。

 その瞬間、いくつもの事が連続して起きた。

 押し寄せる力を前に障壁が崩壊した。ソイルの木が風もないのにさざめく。広場に描かれた譜陣から一際強い光が放たれた。阻むものをなくした破壊の力が譜歌の歌い手に迫る。延々と譜歌を紡ぎ続けていたティアの瞳が開かれ──大譜歌の詠唱が、完成する。


 ───光の柱が、天を貫いた。



                 【4】



 おびただしい数の時計が、白い壁にかけられていた。
 全ての時計の秒針は、頂点を指した位置で停まり動かない。
 どこか以前よりも荒んだ印象を受ける部屋の中、俺はそいつと幾度目かの対面を果たす。

〝久しぶりだな〝

 気安げに声をかけてくる無貌の誰か。俺は相手を睨み据えたまま、何も答えない。
 こちらの反応にそいつは肩を竦めると、そのまま気にした様子も見せず言葉を続ける。

〝どうやら、自らの名を取り戻したようだが、とりあえず名乗れるか?〝

「……ルーク。俺は、ただのルークだよ」

 こちらの答えを聞き届けると、そいつは腹を抑えて盛大に笑い声を上げた。

〝ははははっ!! そうかそうか。いや、それで間違いない。だが、なるほどな。そう来たか〝

 どこか小馬鹿にしたような相手の態度に、言葉にできない苛立ちを感じながら、俺は押し殺した声でそいつに問いかける。

「あれは、いったい何だったんだ?」

〝なんだとは? なんだ?〝

「……俺のさっきまで体験してたもんだよ」

〝───気付いているんだろ?〝

「…………」

〝まあ、説明するのもやぶさかじゃないがな〝

 どこか勿体ぶった仕種で肩を竦めると、そいつは言葉を続けた。

〝あれは記憶だ。前史の観測者にして、第七音素の集合意識体へと至った存在──ローレライの記憶だよ〝

「ローレライの記憶……」

〝衰弱したあいつは自らの存在を維持すべく、避難先を探していた。そこに地殻に沈んだお前さんの身体を見つけて、これ幸いと逃げ込んだ。だが、自我境界線が曖昧になった結果として、あいつの記憶がお前に流れ込み、未練がましい追憶劇が始まった──それが事の真相だ〝

「…………」

 こいつの言葉が事実なら、俺の身体にはローレライの意識体が宿ってることになる。いくら衰弱しているとは言っても、そんなものを生身の人間が宿して、無事で居られる保証など何もない。

「……俺が自分の名前を名乗れるかどうか拘ったのも、そいつが理由か?」

 自我境界線が曖昧になるって言葉の意味はよくわからないままだが、自分以外の意識が同じ一つの身体に在ったのだ。それなりに危険な状態にあったのは、何となく想像がつく。

〝まあ、そんな所だ。どうやら、見たところ自らの意識を保てているようだがな〝

「ゾッとしねぇ話だな……」

 軽い口調で応じる相手に、俺は背中を走る怖気を感じながら、自らの肩を抱き寄せる。

 だが同時に、地殻なんて場所に放り出されながら、こうして自分が無事で居られた理由も理解できた。

 よく意味のわからない部分も多いが、とりあえずこの相手も、今のところは、嘘だけは言っていないように感じる。

 しかし、ローレライの記憶……記憶か。

「記憶が流れ込んでたって割には、妙に俺自身と重なる部分が多かったような気がするんだが……それはこっちの意識が、ローレライの記憶に影響してたってことか?」

 向こうから記憶が流れ込んだって言うなら、当然、こっちからも何らかの影響があってもおかしくないだろう。そうした意味を込めた問い掛けに、無貌の誰かはニヤニヤと人を喰ったような笑みを浮かべると。

〝さて、そいつはどうだろうな?〝

 余裕そのものといった態度で、はぐらかしやがった。

「……まあ、いいけどな」

 俺は僅かな諦観を胸に、小さく溜め息をついた。この相手が全てを聞かれるままに話すなんてことは、俺ももとから期待していない。だが、折角の機会だ。ダメもとでも、尋ねる意味はあるはずだ。

 しばらくの間、与えられた情報に考えを巡らせるうちに、ふと、新たな疑問が浮かぶ。

「──怪物は、あの後いったいどうなったんだ?」

〝…………〝

「俺の見た記憶が事実なら、結局、ローレライもあれを滅ぼすことはできなかったはずだけどな?」

〝……『怪物』は滅んでいない。ああ、そうだ。新たな世界法則の一つとなるべく生み出された『怪物』が、人の手如きで滅ぼすことができるはずもない。ただ、封じられただけだ〝

「封じられた……?」

〝そうだ。まあ……折角の機会だ。なにが起きたのか。そいつを見せよう〝

 パチリと指を打ち鳴らす音が響くと同時、壁に一枚の絵画が現れた。
 まるで映像のような生々しさをもって、絵画は無数の光景を次々と描き出していく。
 死んだ『ローレライ』の身体が、ホドのセフィロトから、地殻に沈められて行く。

〝地殻に沈められた『ローレライ』の遺骸から、第七音素は中枢足り得る意識を手に入れた。ユリアはそいつと契約を結び、『怪物』を地殻に封印した。まあ、それでも時折セフィロトから洩れ出た力の残滓──障気が地上に溢れ、世界を侵し続けた訳だがな〝

 世界を侵す障気を前に、嘆きの声を上げる人々が、一人の少女に救いの手を求める。

〝最終的にユリアは大地をフロート化させ、地殻との間に中間層となる魔界を挟むことで、障気に汚染された区画と未だ無事な大地を切り離し、新たな世界──外郭大地を造り上げることで、この問題に対処した〝

 『ローレライ』の残した剣を手にした少女が譜歌を奏でると同時、世界が光に染め上げられた。セフィロトから立ち上る幾条もの光の柱が大地を空に浮かび上がらせ、世界に蒼空が戻る。

〝かくして、世界は再生を果たした訳だが……目に見えた脅威がなくなったことで、生き残った人間ドモの間に、様々な問題が表面化していった〝

 結局、何一つ有益なことができなかった大国。実質的に世界を救ったに等しいユリア達。両者の間に発生した確執が、時を置く毎に深まっていく。

 ついにはダアトがユリアの譜石を取引材料に、大国の支援を受け、ローレライ教団を設立──大国によって、ユリアは幽閉された。

 ユリアを信じる人々と大国の間で、数年もの永きに渡って諍いが続いた。最終的にアルバートがユリアを救出し、ローレライ教団の導師となることで、事件は終息を向かえた。

〝だが永い間、争いが続いた結果として、外郭大地が創造された数年後には、もはや『怪物』も『ローレライ』の存在も──創世歴時代のあらゆる真実は、すべて人間ドモの記憶からすっかり抜け落ちていた。何一つとして、当時の正確な記録が現在に残ってない理由がそれだ〝

 当時の人々を嘲るように、顔のない誰かはくつくつと笑う。

〝なんとも愚かしい顛末だとは思わないか?〝

「…………」

 俺は問い掛けに応えず、一人思考に沈む。

 話を聞く間、俺は相手の語る言葉から、常に言いようのない違和感を覚えていた。
 人間に対する嘲笑。まるで自ら目にしてきたかのように、当時起こった事態を語る言葉。
 あたかも自らの存在と、人間を別個の存在であるかのように、切り離して捉える態度。
 頭に浮かんだ突拍子もない推測が、一つの問い掛けとなって外に溢れる。




「お前が──怪物か?」




 問い掛けに返されたのは、言葉ですらなかった。




〝はははははははははははぁぁあっ! あはははあはははぁぁぁぁああっ!!!〝


 世界そのものを嘲るように──無貌の怪物は狂ったような哄笑を上げた。


 滲み出る狂気に晒されながら、俺は辛うじて口を開き、問い掛けを放つ。

「……ここでの会話が記憶に残らねぇのも、それが理由か?」

〝くくっ……それは違うな。世界の摂理、法則でそう定まっているからに過ぎない〝

 抑えきれぬ愉悦に、堪えきれないといった感じで笑い声を漏らしながら、怪物はゆっくりと顔を上げた。

〝そう、停滞世界は廻る廻る廻る。クルクルくるくる狂狂。果てなき因果を廻り続ける〝

 壊れた蓄音機のように、無貌の怪物から滑らかに言葉は紡がれて行く。

〝おめでとう、おめでとう、レプリカルーク。此処にお前は資格を手に入れた〝

 顔のない怪物の視線が、俺の全身に絡み付く。

〝この永劫回帰の牢獄を構成する歯車となるべき資格を手に入れてしまった訳だ〝

 無貌の怪物は、ひらすら笑い続ける。

〝ああ──楽しくて楽しくて仕方ないっ!!〝

 響き続ける声音から伝わる狂気に気押されるまま、俺は独り立ち尽くす。
 果てる事なき哄笑は、いつまでも絶えることなく響く。
 もはやこの笑い声は永遠に響き続けるのかと思われた、そのとき───

 歌声は耳に届いた。


 深淵へと誘う旋律……───

 ──トゥエ──レィ──ズェ──クロァ──リョ──トゥエ──ズェ──

 堅固たる守り手の調べ……───

 ──クロァ──リョ──ズェ──トゥエ──リョ──レィ──ネゥ──リョ──ズェ──


 かつて、絶対に生きて帰ろうと約束した人。
 気付けば、誰よりも俺の近くに居た彼女の歌声。
 間違えるはずがない。間違えることなどありえない。

 この歌声は───

「──……ティアの譜歌?」

 それに思い至ると同時、強張った身体から力が抜け落ち、急速に自由が戻るのがわかった。
 周囲に響き続けていた笑い声も、いつのまにか収まっていた。

〝……ふん。どうやら、お迎えが来たようだな〝

 不機嫌そうな声が上がるが、直ぐに無貌の怪物は、大したことではないと肩を竦めてみせた。

〝だが、もはや終幕に至る扉は開いた。同じこの停滞世界を構成する歯車同志、せいぜい仲良くしようじゃないか〝

 意味の取れない言葉。それがなにを意味しているのか。俺は怪訝に思いながら、問い返そうと口を開くが──もはや全ては遅かった。

〝───では、いずれ、またな〝

 視界を染め上げる光が、譜歌の旋律と合わさり──加速度的な勢いで世界が崩壊を始める。


 壮麗たる天使の歌声……───

 ──ヴァ──レィ──ズェ──トゥエ──ネゥ──トゥエ──リョ──トゥエ──クロァ─

 女神の慈悲たる癒しの旋律……───

 ──リョ──レィ──クロァ──リョ──ズェ──レィ──ヴァ──ズェ──レィ──

 魔を灰燼と為す、激しき調べよ……───

 ──ヴァ──ネゥ──ヴァ──レィ──ヴァ──ネゥ──ヴァ──ズェ──レィ──

 破邪の天光煌めく、神々の歌声……───

 ──クロァ──リョ──クロァ──ネゥ──トゥエ──レィ──クロァ──リョ──ズェ──レィ──ヴァ──


 響き渡る歌声が、世界を突き崩す中、最後の歌詞が響く───

 ──レィ──ヴァ──ネゥ──クロァ──トゥエ──レィ──レィ─────…………


 ───契約は此処に結ばれた。

 ローレライの力を継ぐもの───次代の観測者が聖誕を果たす。

 嗚呼、聖なる哉、聖なる哉、聖なる哉──────



                 【5】



 ───天が、二つに裂けた。


 蒼い、どこまでも蒼い空が、頭上に広がっている。
 二つに裂けた天の下、障気は左右に押し退けられ、ただどこまでも広い蒼空がそこに在った。
 淡い光を放つ譜陣の中心。突き立てられた剣に手を掛け、『俺』は無造作にそれを引き抜く。

 かつての長さを取り戻した、どこかくすんだ真紅の長髪が風に流れ、襟元から巻かれた黒い外套がばさばさと揺れ動く。

「そんな……まさか……」

「嘘……えぇ───っ!?」

「はは、ははは……っ!!」

 愕然とこちらを見据える皆の姿が目に入る。ついで直ぐ目の前、空に浮かぶ譜業兵器の存在に気付く。両者の間、描かれた譜陣の端に立ってるのは……アダンテのおっさんか?

 少し戸惑いを覚えながら、周囲を見渡し、状況を掴もうとする俺の耳に──其の声は届いた。

「─────ルーク……っ!」

 頬を伝う滴が風に流れ、揺れる長髪が銀に輝く。
 広場に描かれた譜陣の前、杖を手に彼女──ティアが、俺の名を呼んでいた。
 交わった視線は動かない。言いようのない懐かしさが込み上げるのを感じる。

 あーもう大丈夫かよ。

 今にも声を上げて泣き出しそうな彼女に、とりあえず、俺は片づけるべきことを、まず片づけてしまうことに決めた。

 俺の目の前、間抜けにも停止したまま動かなくなった譜業兵器に視線を移す。
 ついで手にした鍵に力を込め──そのまま、振り降ろす。

『な────しまっ────!!!』

 ありとあらゆるものを消滅させる絶対の一撃──超振動の光が、ローレライの鍵を媒介に、完全な制御の下に解き放たれた。光に飲まれた譜業兵器は空へと突き上げられ、次々と破滅的な音を響かせる。

 収束する音素が、これまでにない規模で高まるのがわかった。音素化していた影響か、一時的に出力が上がってるのかもしれないな。そんなことを思いながら、俺は引き出されるに任せ、そのまま鍵に力を注ぎ続けた。

『己ぇぇっ─────私をたばかったのですねぇっ───ヴァ───────ンッ─………』

 周囲から障気を取り込み、必死に耐えていた譜業兵器にも限界が訪れた。譜業兵器は一瞬で光に飲まれ──爆発四散した。パラパラと降り注ぐ部品に混じって、ディストらしき影が地上に吐き出されるのが遠くに見えた。

 脱出機構が作動したのか? 一瞬疑問に思うが、大した問題じゃないかと被りを振る。
 完全に譜業兵器が破壊されたのを見届けると、俺は皆の方を振り返る。

 案の定というべきか、ぽかーんと口を空けた状態で、呆然とこちらを見据える皆の間抜け面が並んでいた。

 俺はポリポリと頭を掻きながら、とりあえず口を開く。

「まあ──この通り、どうやら死に損なったみてぇだ」

 信じられない者を見るような皆の瞳に、急速に理解が広がっていく。
 俺は皆の顔を見渡しながら、どうにも言いようのない照れ臭さと共に、再開の言葉を告げる。

「これからも、ヨロシクな」

 そう笑い掛けると同時、視界が急速に狭まって行く。
 あれっ? と思う間もなく、俺はぐらついた身体の勢いもそのままに───

 盛大に、ぶっ倒れるのだった。


                 * * *


「って、大丈夫かぁ!?」
「だ、大丈夫、ルーク!?」

 再開の言葉を告げた姿勢のまま、垂直方向にぶっ倒れたルークに、誰もが慌てふためく。真っ先に駆けつけたティアがルークを膝の上に載せて、慎重に状態を確かめ始める。

 だが、それも直ぐに杞憂だと気付かされた。
 一定の間隔で、ルークから盛大に鳴り響く音に、誰もが気付く。

「……寝てる?」

 一定の間隔で響くのは──イビキだった。
 気持ち良さそうに寝息を立てるルークを前に、一瞬、何とも言えない沈黙が場に降りる。

「こいつは……ったくよ! 心配かけさせやがってぇ!!」

「まったく、困ったもんだよね。このチンピラはさぁ!」

 ガイが嬉しくて仕方ないといった様子で、ガシガシとルークの長髪を掻き乱す。アニスが杖の先でツンツンとルークの身体をつつくが、顔には笑みが浮かんでいた。

「しかし、どうしてローレライと契約を結んだ場所に、ルークが現れたのでしょう?」

 不思議そうに首を傾げるイオンに、ミュウとコライガが鳴き声を上げる。

「でも嬉しいですの! またご主人様に会えて、僕、嬉しくて仕方ないですの!!
「ぐるぅうぅ!!」

「そうですわね。本当に、本当に良かったですわ」

 嬉しそうにルークの胸元にすり寄る二匹の言葉に、ナタリアが目尻を拭いながら応じた。

「ええ、そうね。でも本当に───」

 ひどく心地良さそうに寝息を立てるルークを見下ろし、ティアもまた目尻を拭うと。

「───バカよ、ルークは……──」

 膝の上で寝入る彼の頬をゆっくりと撫でながら、小さく微笑んだ。




                  * * *




「……ローレライと契約を結んだ結果として、能無しが地上に戻る……か」

 僅かに離れた場所に立ち、アッシュはルークの姿を見据えていた。
 アッシュの呟きに、メガネを押し上げ表情を隠したジェイドが、脇に立つもう一人に尋ねる。

「あなたが見越していたのは、この可能性ですか、カンタビレ?」
「……ああ。ルークはローレライの完全同位体──つまりは、そういうことだろうな」

 返された答えに、ジェイドは額を抑え、小さく息をつく。

「残酷なことを……──いえ、今はルークの帰還を喜ぶべき時、か」

 そのまま空を見上げ、ジェイドは呟きかけた言葉を飲み込んだ。
 見上げた先には、一時的に障気が押し退けられた空が、どこまでも澄んだ蒼を湛えながら、遥か遠き地平の彼方まで、広がっていた。







                 【6】






 光差し込まぬ闇の中。
 ぼそぼそと交わされる言葉が、どこまでも虚ろに響く。

「──ディストは敗走したようです」
「そうか……」

 僅かに考え込むような間を空けた後で、男が口を開く。

「例の件はどうなっている?」
「既に必要となる部分は構築されています。もはや、全ては時間の問題と思われます」
「わかった。御苦労だった、下がれ」
「はっ!」

 遠ざかり行く靴音を耳にしながら、男は一人自らの思考の内に沈む。

「…………ついに、次代の観測者が地上に生まれ落ちた。停滞世界は永き流転の果てに、再び定められた岐路に立つ」

 瞼の裏に浮かぶのは無数の人々の姿。

 世界の真実を知らぬまま、感情的に流され動く者達。
 世界の真実を知った故に、現状の打破を目論む者達。

 だが、世界の真実を知りながら、現状の維持を志す者の何と少なき事か。

「もはや……私の後に続く者はないということか」

 口にした後で、己が呟いた言葉の意味する所に気づき、男は一人苦笑を漏らす。
 それが、当にわかりきっていた事実にすぎなかったからだ。

 だから、自然と笑い声が洩れた。
 くつくつと、虚ろな笑い声は響き続ける。

 いつまでも。

 どこまでも。


/第三部目次/
  1. 2005/05/23(月) 22:50:52|
  2. 【家族ジャングル】  第七章
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