全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第3話 「廻る刻針」



 白銀の世界。燃え盛る一軒の家屋。

 倒れ伏す女性にすがり付く子供と、冷静に観察する子供の姿があった。


 ───ジェイド、先生が死んじゃうよ!

 ───ああ。ボクのせいだ。このままだと先生は助からない。だけどフォミクリーなら……

 ───そうか! 先生のレプリカを作るんだね! だけどここにフォミクリーの音機関は……

 ───僕の譜術でやる。ネフリーの人形で一度成功してるから、できる筈だ


 倒れ伏す女の前に近づき、冷静な子供が手をかざすと、譜術の光が女を包む。


 ───……う……ううぅ……

 ───凄い! ジェイドはやっぱり凄いや! 大成功だ!


 はしゃぎ廻る子供とは対照的に、もう一人は冷淡な視線のまま、うめき声を上げる相手を見据えていた。

 そこに、騒ぎを聞きつけた帝国兵が駆けつける。


 ───何の騒ぎだ!

 ───……っ───っ!


 誰何の声に、倒れ伏していた女が反応したと思った瞬間──鮮血の赤が、視界を染め上げる。


 ───ぐぁぁぁああぁぁあ───っ!!


 雪原の無地に広がる血の色は何よりも生々しく、首下から鮮血を吹き上げ、帝国兵は死に絶えた。

 駆けつけた兵を殺すと、起き上がったレプリカはフラフラと、そのまま何処へともなく去っていた。


 ───失敗か

 ───う……うわぁぁぁ──────っ!?


 冷淡につぶやく子供の後に続いて、はしゃいでいた子供の悲鳴が上がった。


 残されたのは二人の子供と死体が二つ。


 すべては、遠い昔の記憶。


 過ぎ去った過去の記憶にすぎない。



                 【1】



 塔の頂上は無形の威圧感に支配されていた。

 その場にいる誰もが、不可解な女の唐突な登場に、警戒心も露わに身構える。その中でもジェイドは最前に立ち、女と対峙していた。

 他の皆とはどこか意味合いの異なる視線を交わす二人の関係に、俺は思い当たるものがあった。

 かつてジェイドとディストが生み出した存在。
 二人の恩師を複製した最初の一体──ゲルダ・ネビリムのレプリカ。

「……どうしてお前が此処にいる?」
「ふふふ……昔はあんなに可愛らしかったのに、今は随分怖い顔をしているのね?」

 からかうように笑いかけるネビリムに、ジェイドの紅眼が燃え上がるような鮮烈な赤に染まる。

「どうしてここにいるかと聞いている。──答えろ」

 冷然とした態度とは対照的に、立ち上る怒気に周囲の空気が震え上がる。

 まあ怖いと、ネビリムは頬を片手で押さえながら口を開く。

「レムとシャドウの音素が欲しくて譜術士から音素を盗んでいたら、地殻に封印されてしまったのよ。ここに居るのは、サフィールが惑星譜陣で私の封印を解いたからでしょうね」

「譜術士から音素を盗んでいた……? 聞いたことがある……ケテルブルク南西付近で、一個中隊規模の部隊を壊滅させた譜術士とは、お前のことだったのか」

 忌ま忌ましげに顔を歪めるジェイドとは対照的に、ネビリムはまるで気にした様子もない。

「さぁ、詳しいことはわからないわ。でも、今はどうでも良いことでしょう?」

 無粋なことを言うのね。そう呟くと、拗ねたような視線でジェイドを見やった。

 放たれる威圧感とあまりにそぐわない態度に、誰もが戸惑うのがわかる。俺自身も先程ディストに一撃放ったときと、いま目の前に立つ相手の態度の違いに困惑していた。

「ねぇ、ジェイド」

 不意にネビリムは微笑むと、堅い表情のまま動かないジェイドに熱い視線を送る。

「あなたは私を捨てて、殺そうとしたわよね。私が不完全な失敗作だったから。
 でも、今の私は失敗作じゃないわ。今度こそ、私は完全な存在になったのよ。
 私はもう完全な存在──本物になれた。そうでしょう、ジェイド?」

「……それは…………」

 ───誕生したレプリカは、ただの化け物でした

 ネフリーさんがケテルブルクで、俺に伝えた言葉が蘇る。

 不完全な失敗作として、遺棄されたレプリカ。

 自らを完成品と胸を誇る彼女の姿に、俺は言いようのない感情が揺り動かされるのを感じていた。造り手に見捨てられながらも、一度求められた可能性は、そこまでレプリカの行動を縛るものなんだろうか。

 しばらくの間、沈黙が続いた後で、ジェイドは顔を上げた。

「……おまえが本物になることはなく、また、そうなる必要もない」

 その瞳に感情の色は浮かばず、ただ淡々と事実のみをジェイドは口にする。

「私はもう──ネビリム先生を求めていない」

 ジェイドの告げた言葉を、ネビリムは目を閉じて静かに聞いていた。

 じっくりと吟味するように、告げられた言葉を咀嚼した後で、ゆっくりと顔を上げる。

「そう……また、私を拒絶するのねぇ、ジェイド。私の創造主」

 静かな表情に動揺が浮かぶことはなく、ただどこまでも無垢な視線が、ジェイドを見据えていた。

「なら、私があなたを殺してあげる。そうすることで、私は初めて──〝私〟になれるのよ」

 婉然と流し目を作りながら、ネビリムの背で翼が大きく広がる。フォンスロットが開放され、周囲から急激な勢いで音素が取り込まれて行く。

「なんて、音素なの……!?」
「こいつは……相当ヤバイぞ」

 一斉に身構える俺たちに、ジェイドが自身も堅い表情で告げる。

「くっ……気を付けて下さい。かつてマクガヴァン元帥が派遣され、ようやく封印した存在。油断は即座に、こちらの死に繋がる」

 ジェイドの忠告を耳にしながら、俺は苦い感情を噛み締めていた。

 くそっ……本当に、戦うしかないのか?

 俺には、二人が戦う理由がわからなかった。

 ジェイドはもはや目の前に立つ相手に拘っているような様子はない。だが、ネビリムはあくまでジェイドに拘り、拒絶されるや、其の命を奪おうとしている。

 作成された当時がどうだったかは知らないが、今目の前にいる相手は、どれだけの力を秘めていようが、ただの人間にしか見えない。今更、ジェイドにこだわり、命の奪い合いをしようとする理由が、俺にはわからなかった。

「……しかし大佐さんよ、ネビリムさんがレプリカってのは、一体……?」
「今回の事態が解決した際、陛下に報告しに行く時にでも、ご説明しますよ」
「……そうか」

 どこか誤魔化すような言葉だったが、特に食い下がるでもなく、ガイも納得した。

 目の前で高まる殺気に、言葉を飲み込んだという方が正解かもしれない。

 俺の葛藤など問題にすることなく、状況は最悪の方向に向けて動き出す。

「ふふふ……さあ、どんなふうに楽しませてくれるのかしら?」

 ネビリムの両手の先に煌々と音素の光が灯り、光の槍が形成される。

「来ます!!」

 そして、誰にとっても得るものなどない、戦闘の幕は上がる。


                  * * *


 両手の先に生み出された光槍が打ち合わされた。閃光と衝撃を撒き散らしながら、ネビリムは戦場を駆ける。迎え撃つ俺とガイは互いに連携して動き、道半ばでネビリムと激突する。

 無造作に振り回されるネビリムの両腕の先から生み出される光の槍は、怒濤の勢いで迫り来る。構えも踏み込みもなっていないデタラメな攻撃は、一見すると簡単に対処できそうなものだったが、それはとんだ思い違いだ。

 ちっ……反応速度が、異常なまでに高い。

 もとからの身体能力の高さが、あらゆる要素を些細な問題におとしめていた。其の攻撃はひたすらに苛烈。其の一撃一撃はあまりに重く、鋭いものだった。

 俺たちは常に後手に回り、受け流すので精一杯になる。攻めに回るような余裕なんざありはしない。少しでも隙を見せれば、俺たちを押し退け、無防備な後衛に光槍が降り注ぐだろう。

「ふふふ。まだまだね」

 俺とガイの二人を同時に相手取りながら、ネビリムは余裕そのものといった様子だ。

 突然、舞うような動作でネビリムが回転する。ふわりと僅かに浮かび上がる裾が翻り───ネビリムの姿が消え失せる。

 間合いは一瞬で消失、俺の側面から迫ったネビリムが光槍をふり降ろしていた。

「ちっ……!?」

 強引な踏み込みに集中が乱れる。俺は手にした剣を迎撃に切り換え、迫る光槍に叩きつけた。辛うじて切り返しが間に合った。そう思った瞬間、俺の鳩尾に回し蹴りが直撃していた。

「───っ!?」

 尋常でない衝撃が体内を駆け巡る。その場に止まれたのは一瞬、俺の身体は遥か後方まで吹き飛ばされていた。

「がはっ……ぐっ……」

 口元を拭うと、袖が紅に染まる。内蔵がやられたのか? 身体を起こそうとする度に、鈍い痛みが全身を貫く。だが、それでも、このまま寝て居られるような状況ではなかった。

「ルーク! まだ動かないで、今治癒するわ」
「すまねぇな……ティア」

 無理にでも起き上がろうとした俺を押しとどめ、駆け寄ったティアが治癒を開始する。柔らかい光が注ぎ、全身の痛みが和らぐ。

「よそ見をするような余裕があるのかしら?」

 俺が戦線を離脱したことで、両手を自由に使えるようになったネビリムのガイに対する攻撃が、さらに苛烈さを増して行く。

「やってくれるね。だが、アンタもいつまで、余裕でいられるかな?」
「威勢がいいわねぇ。でも、そうこなくちゃ──ね」

 無造作に振り回される左右の手が更に勢いを増す。踊るように優雅に動くネビリムを前に、次第にガイが押され始めた。次々と生み出される光槍は、あたかも神の槍のごとく、神々しいまでの威光を放ちながら次々とガイに押し寄せる。

「くっ───抜かせるかぁっ!」

 一瞬の間隙をついて、ガイが間合いを詰めた。疾走の勢いもそのままに、肩からネビリムに激突する。捨て身の体当たりに体重の差を悟ってか、ネビリムが衝撃に逆らわず、自ら後方に飛び退いた。

 両者の間合いが、ひらく。

 後方から響くジェイドの詠唱が届く。ネビリムが体勢を立て直す。あの相手なら、開いた間合いも、直ぐにでも詰めることが可能だろう。

 全ての状況を踏まえた上で、ガイは刹那の間に決断する。

「紫電の光よ」

 手にした刃が大地に突き立てられた。全身のフォンスロットから取り込まれた第三音素が、刀身に収束する。技の発動を妨害しようと、ネビリムが右の手に生み出した光槍を振り降ろす。

《獅子───》

 光槍が弾かれた。刀身は火花を散らし、爆発的に高まりし力が此処に解き放たれる。

《──爆雷陣っ!!》

 雷撃が周囲を荒れ狂い、視界を染め上げる雷光に戦場が霞む。

「ぅんっ───……」

 それはネビリムも例外ではない。閃光に視界をとられてか、彼女は一瞬目元を掌で覆った。

「雷雲よ、我が刃となりて敵を貫け」

 そこに狙い済ましたように、詠唱を続けていたジェイドの譜術が発動する。

「───サンダーブレード!!」

 雷撃の刃が地を穿った。大地を伝う放電の余波は空気を嘗め上げ、焦げ臭い臭いが鼻に届く。

 だが、俺たちは依然、構えを解くことなく陣形を整える。

「……もう、危ないわねぇ、ジェイド」

 服の裾を掴み上げながら、ネビリムがわざとらしい仕種で、哀しそうに焦げついた部分を示す。

「少し、服が汚れてしまったわ」

 考えようによっては、大した攻撃ではないと直接的に告げるよりも挑発じみた言葉だったが、それにジェイドは憤ることなく、冷静にメガネを押し上げる。

「……やはり、この程度の譜術では効果はありませんか」
「ふふふ。随分弱気な発言ねぇ。私を捕まえなくてもいいのかしら?」
「事実は事実ですからね。それに、生け捕りにする必要もありませんからね」
「まあ怖い」

 どこか戦場にそぐわぬ会話だったが、ジェイドは相手から一瞬足りとも視線を逸らさず、ネビリムが動くのを牽制していた。その間に体勢を立て直したガイが後方に下がり、回復した俺も改めて構えを取る。

 陣形を整える俺たちに向けて、ネビリムが注意を払うことはない。ただ一人ジェイドを見据えたまま、交わされる他愛もない会話を楽しんでいる伏しさえあった。

「もう準備は終わったぁ? なら、今度は私の番ね」

 ネビリムは自身の顔の前に掌を掲げた。白い腕が譜の力の高まりを前に音素の光に染まり、空間に譜陣が刻まれていく。

「面白いものを、見せてあげるわ」

 だが、このまま譜術の発動を待つ道理はない。俺とガイは一瞬視線を合わせ、一息に間合いを詰める。

 ネビリムは詠唱のため動けない。俺とガイは同時に左右から斬りかかる。

 理想的な体勢で斬撃は放たれ──次の瞬間、俺達は地に伏せ、空を仰いでいた。

「な……っ?」

 混乱に一瞬、状況が理解できなくなった。衝撃が全身を貫き、身体は動かない。

 何が起こった?

 痺れるような痛みを訴える上体を起こし、周囲に視線を巡らせる。俺と同様に、地面に転がり困惑するガイの姿が隣にあった。

「乱暴ねぇ」

 先程とまったく変わらぬ位置に立ち、ネビリムはうそぶいた。

 俺とガイは動揺を必死に打ち消しながら立ち上がり、即座に構えを取り直す。

 だが、何をされたのか理解できない以上、こちらからは迂闊に動けなかった。

 膠着した状況を見て取り、後衛のティアが牽制の譜術を放つ。

「聖なる槍よ、敵を貫け───ホーリーランス!」

 ネビリムの足元に譜陣が展開された。光放つ譜陣から、一瞬にして形成された無数の光槍が虚空に浮かび上がり、ネビリムに向けて振りそそ───

「ふふふ。怖いわね」
「───!?」

 ティアの頬に手を添え、ゆっくりと髪をすきながら、ネビリムは彼女の耳元に顔を寄せ囁いた。

 硬直するティアに代わり、とっさに反応したジェイドが反射的に槍を投じる。放たれた槍は風を切りながら突き進み──誰もいない空間を貫くと、そのまま地面に突き立った。

「どうしたの? そんなに驚いた顔をして?」

 遥か後方で、ネビリムは胸の前で優雅に腕を組みながら、ひたすら悠然と微笑んでいた。

 ───ゾッとする。

 何が起きているのか、まるで理解できない。理解できないまま、一方的な展開が続く。

「高速移動……か? いや、それにしては次の動作に移るまでの間に間隙がなさ過ぎる。幻術……? いや、それも実態を伴っていたことに説明がつかない……」

 ジェイドが候補に上げたものを次々と否定しながら、場の動揺を押さえようと暫定的な結論を告げる

「しかし、何らかの譜術であることは間違いありません」

「……どういうことだ、ジェイド?」

「あれが奇妙な動きを見せる瞬間、常に譜術の発動する際に放たれる音素の残光が見えました。おそらく、あの奇怪な動作も、何らかの譜術の効果でしょうね」

 相手の更なる行動を警戒しながら、言葉を交わす俺たちに、ネビリムがおかしそうに笑い声を上げる。

「ふふふ。さすがねぇ、ジェイド。それでこそ、私の創造主」

 本当に嬉しそうに、ネビリムはこちらの言葉を肯定してみせた。

「なら、次で見極めてね。見せて上げるわ──本当の力というものを」

 嗜虐的な快感への期待にうっすらと頬を染めながら、ネビリムの掲げられた手の先に音素の光が灯り、譜陣が空間に刻まれる。

 まるでコマを落したフィルムのように、あまりにも唐突に、ネビリムの譜術は完成する。

「───メテオスフォーム」

 灼熱の業火を伴う流星が、塔の頂上を貫いた。




 連続して降り注ぐ流星群を前に、陣形を保つ余裕があるはずもなく、俺たちはそれぞれがバラバラに回避行動に移り、死に物狂いで流星から身をかわす。それでも完全に攻撃を交わすことはできず、次々と負傷を重ねていった。

 降り注ぐ隕石がようやく止んだとき、そこには前衛も後衛もなく分断され、満身創痍で息を荒らげる俺たちの姿があった。

「……くっ……これほどの規模の譜術を詠唱もなしに終える、だと……?」

 ありえない。

 片膝を突きながら、視線も鋭くネビリムを睨み据えるジェイドに、相手は微笑み返す。

「あら、詠唱はきちんとしたわよ?」

 こちらの反応を楽しむように告げるネビリムの言葉に、ジェイドは眉を寄せる。

「高速移動でも、幻術でもない。お前の行動は変わらず、ただ私たちがそれを認識できなかっただけに過ぎない……?」 

 斬りかかると同時に、地面に叩き伏せられていた俺とガイ。攻撃の起動からあまりに唐突に姿を消すネビリム。そして、詠唱がされていたと言いながら、あまりに突然発動した大規模譜術。

 すべての行動からわかる事実は、ただ一つ。

 ある行動から、次の行動に移るまでの間が、ネビリムはあまりにも抜け落ちていた。

「まさか……」

 それが意味する所は、つまり───

 ジェイドは顔を強張らせ、相手の術の正体を告げる。

「お前は──時に干渉したとでも言うのか?」

「正解よ、ジェイド」

 あまりにもあっさりと、ネビリムは頷きを返した。

 術の正体を看破されたというのに、ネビリムに動揺は見えない。

 むしろその事実を嬉しがるように、ネビリムは微笑んでいた。

「でもね、それがわかったところで、なんの意味もないわ」

 かざした手の先で、時を操る譜陣が展開された。

 為す術もなく見やる俺たちの前で、一瞬にして譜陣は完成する。


「───タイム・ストップ」


 ───そして、時は凍り付く。


                   * * *


 あらゆる色彩の消え失せた空間。単調な白と黒のコントラストが目に焼きつく。

 あらゆる音色の途絶えた空間。その場に立つ者たちはすべて、凍り付いた彫像のように動きを停めていた。

 ただ一人、この空間を統べる女王は、ゆっくりと顔を上げ、周囲に首を巡らせる。

 停まった時の中で、動きを停めた自らの創造主に視線を向ける。やはり、まずは彼に挨拶を交わすべきだろう。どんな反応をするのか、胸を踊らせながら動き出そうとしたとき。

 リィィィン─────────………………

 不意に、涼やかな音色が響く。

 本来なら聞こえるはずのない、自ら以外の発した音色。

 耳を澄ますと、直ぐに音源に辿り着く。どこか音叉のような形状をした剣から、音色は響いていた。

 どういうことかしら……?

 不可解な現象に小首を傾げながら、剣の持ち主の顔を見据える。当然のことだが、相手に動きは見えない。

 不意に、胸がざわつく。

 一瞬、この相手と視線が合ったように感じた。

 そんなことが、あるはずない。ネビリムは自らに言い聞かせながら、停まった時の中を動き、彼に近づいて行く。

 彼の目の前に立ち、ネビリムはゆっくりと全身を見据える。しかし、やはり相手に動きはなく、こちらに反応するような気配も見えない。

 やはり気のせいだったのか。安堵に胸をなで下ろす。

 リィィィン─────────………………

 それがわかれば、やはり気になるのは、鈴音を響かせる剣の存在だ。剣の持ち主の存在は意識から消え失せ、ネビリムは涼やかな音色を響かせる剣に改めて視線を落とす。

 どういうことかわからないが、確かにこの剣から音色は響いている。

 このまま放っておくことはできない。本能が告げる警告に従い、ネビリムは音色を響かせる剣に手を伸ばす。刀身を掴み、そのまま取り上げてしまおうと力を込める。

 光が、停まった時の中を貫いた。

《────────────っ?!》

 剣から膨大な光が放たれる。伸ばした手の先から伝わる振動が全身を貫く。響き渡る音色に背合わせ、剣から溢れ出す光は、もはや目を開けておくこともままならぬ規模に達し───

 時の凍り付いた空間そのものが、高まり行く光の前に、消し飛ばされた。


 ───そして、時は動き出す。


                   * * *


 全身に自由が戻ると同時、俺は刹那の間に行動に移る。目の前に立つ相手に向けて剣を突き出し、全身のフォンスロットを開放、練り上げた力を鍵を通して一息に開放する。

「こいつでぇ───終わりだあぁっ!」

 剣先に収束する音素の波が一瞬で光の球体を作り上げ、ネビリムを包む。

《───レイディアント・ハウルっ!!》

 膨大な光を放つ超振動に飲まれ、ネビリムは呆気なく吹き飛ばされた。

 苦悶の声を上げながら大きく後退する相手を見届けると同時、膝から力が抜け落ちた。

「ぐっ……はぁはぁはぁ」

 俺はその場に片膝をついて、数度咳き込みながら、荒い呼吸を繰り返す。

 それと同時に、ようやく状況の変化に追い付いた皆が、一斉に声を上げる。

「って、時間を停めたネビリムが、逆に吹き飛ばされてる?」
「いったい、何が……?」

 動揺する皆の中で、ネビリムの様子を油断なく伺いながら、真っ先にジェイドが俺に問い掛ける。

「ルーク、何が起きたのか、説明できますか?」

 額にかかる髪を押し退け、俺は疑問の答えとして、自らの手にした鍵を掲げて見せる。

「……こいつのおかげで、どうやら停まった時間の中を認識できたみたいだ」
「ローレライの鍵……ですか。ではネビリムも?」

「……ああ。身体は動かせなかったが、向こうから近づいてきた所を、超振動で時間の停まった空間ごと消し飛ばしてやったよ」

 ああ、そうだ。俺は超振動で時の停まった空間を消し飛ばした。
 感覚的な認識に過ぎなかったものが、言葉にしたことで、確かに起こった事だと理解できた。

「超振動って、お前、大丈夫なのか?」
「戦闘で使用するには、まだ制御が……」

「大丈夫……何とか、な」

 心配する必要はないと笑いかける俺に、二人はいまだ心配そうながらも、一応の納得を見せた。

 どうも地殻から帰って来て以来、制御能力が向上しているみたいだ。限定的な使用なら、何の問題もなく制御できた。どうして制御能力が向上しているのかは、俺にもわからなかったが、何となく、手にした鍵に視線を落とす。こいつのおかげなのか? それとも、俺の身体の中に居るというローレライの影響か?

「──しかし、さすがにダメージは大きいようですが、まさか超振動の直撃に耐え切るとはね」

 ジェイドの僅かに緊張をはらんだ声が、いまだ終わってないと、俺の意識を現実に戻す。

 視線の先で、ネビリムが額を押さえ、掠れた声を上げていた。ボロボロに擦り切れた衣装の端々から除く肌に滲む汗が、次々と滴り落ちて地面を濡らす。

「……ぁ……私の、中で……音素が、乖離、す……ぁっ…………」

 何度も荒い呼吸を繰り返していたネビリムの身体が、ビクリッと大きく震え上がる。胸元を掻き抱きながら、ネビリムは限界まで身体を仰け反らせ、悲鳴を上げる。

「ぁあ、ああぁ、ぁああぁあ、あァ───っ!!!」

 開かれた口から途切れ途切れ悲鳴は溢れ、ネビリムの全身から──膨大な音素が放たれた。

 絶叫を上げながら、ネビリムは痛みから逃れようとするかのように、両手の先から次々と光槍を放つ。獣のような咆哮を上げながら、無差別に周囲を蹂躙し始める。

 理性をなくしたネビリムの進む先には、いまだ地面に片膝をつくガイの姿があった。

「なっ───?!」

 咄嗟に反応したガイが、辛うじて構えを取る。初撃は受け止めたが、理性をなくしたネビリムの猛攻は凄まじく、直ぐにガイの反応も追い付かなくなっていく。次々と放たれる光槍は其の密度を増し行き、加速度的に威力も跳ね上がって行く。

「くっ──────」

 ガイの握る刀身に、致命的なヒビが走るのが見えた。

 やばい、あのままじゃ刀身が保たない。俺は咄嗟に加勢に向かおうと足に力を込めるが、身体の反応はあまりにも鈍かった。

 ちっ……さっき超振動を使った影響か。

 舌打ちを漏らすが、身体から返る反応は変わらない。当分の間、俺の身体はマトモに動きそうにない。どう対応すれば良い。焦燥感が募る中、俺は必死に思考の糸を手繰り寄せて行く。

 ───ガイに返してやってくれ。

 不意に、脳裏に一つの言葉が浮かんだ。
 屋敷を出る際、オヤジに掛けられた言葉。
 ガイラルディア家に伝わりし宝刀──ガルディオス。

 間に合えと心で念じながら、俺は荷物から刀を取り出す。

 手にした刀を投げ渡そうと顔を上げた先で、ついに限界を向かえたガイの刀身が砕け散った。ネビリムの振り降ろす光槍がガイに迫る。俺は手にした刀を大きく後方に引き──投げ渡す。

「ガイっ! 受け取れぇ───っ!」

 投じられた刀が、ガイの手に受け止められた。ネビリムの振り降ろす光槍がガイに直撃する。

 光輝く刀身が、陽の光に美しく映える。

 刹那の間に抜き放たれた刀身が、ネビリムの光槍を間一髪で受け止めていた。

 ガイはそのまま砕け散った方の刀の柄を投げ放ち、相手が怯んだ隙に大きく後方に下がる。そこで初めて、自らの手にした刀に意識が向いたのか、ガイは驚いたように目を見開く。

「これは……ルーク、この刀を何処で?」

「オヤジがガイに、返してやってくれってさ」

「……そうか。ファブレ公爵が」

 一瞬だけ瞳を閉じると、ガイは手にした刀の鞘を腰に挿して身構える。

 その間も、理性をなくしたネビリムは周囲に向けて無差別に光の槍を放っていた。もはや、当初はあった意識はないに等しい。ジェイドは目の前のネビリムの姿から目を逸らすことなく、メガネに手を掛けると、そのまま外して懐に仕舞い込む。

 露わになった紅の双眼が、瞳に刻まれた譜陣を通じて、爆発的な音素を周囲から収束し始める。

「……ガイ、私がとどめをさします。詠唱が終わるまでの間、時間稼ぎをお願いします」
「ああ、任せろ」

 ジェイドが譜術の詠唱を始めるのと同時に、ガイは居合の型をとる。

「無限に連なる刃よ……」

 静謐な空気がガイを包む。低く低く腰を落しながら、ガイは一歩を踏み出した。

《閃覇───》

 鞘走りの音が、連続して響く。

 壱の太刀。
 弐の太刀。
 参の太刀───

 無数に連なる斬撃は衝撃波を伴い、敵を完膚無きまで切り刻んで行く。

《───瞬連刃》

 鞘に刀身を納める音が響くと同時、ネビリムの絶叫が上がった。

 全身を朱に染めるネビリムを見据え、ジェイドは決別の言葉を告げる。

「……せめて私の手で、消えなさい」

 塔の頂上を包み込むようにして、巨大な譜陣が展開された。

 立体的に構築され行く、途方もなく巨大な譜陣の中心点に、ネビリムは囚われ苦悶の声を上げる。そんなネビリムを見据えながら、ジェイドは無慈悲に詠唱の終焉を告げる。

《旋律の縛めよ、ネクロマンサーの名の下に具現せよ───》

 膨大な量の音素が、譜陣の中心点に向けて、圧倒的な勢いで押し寄せる。

《───ミスティック・ケージ》

 暴虐的なまでに荒れ狂う音素の奔流に、ネビリムは声もなく飲み込まれた。





「あーあ……負けちゃったぁ」

 ネビリムの瞳には、いつしか理性の光が戻っていた。

 ボロボロになった身体を横たえ、ネビリムは空を見上げる。

「私…………やっぱり、本物にはなれないのね」

 決して手の届かない何かを諦めるように、ネビリムは空に視線を向け続ける。

 そんなネビリムの姿は、俺にとって、どうしても見過ごせない類のものだった。

「違う! どうして、どうしてわからねぇんだよっ!」

 突然の叫びに、ネビリムはきょとんと驚いたように眼を瞬かせる。

「本物だとか、偽物だとか、そんなものはどうでもいいことだろっ! 創ったやつの意図がなんだろうが、生まれた以上……もう、俺たちは俺たちの世界を生きてるんだ!!」

 俺の一方的な訴えを最後まで聞き届けると、ネビリムは静かに微笑んだ。

「そうね……そんな生き方も……あったのかもしれないわね。でも私は……────」

 その先に、言葉が続くことはなかった。

 ネビリムの胸は、一本の剣に貫かれていた。

「え……?」

 不意に、日の光を湛えていた空に影が落ちる。見上げればそこに、塔の下から渦を巻き押し寄せる障気の波があった。

 一瞬の停滞の後、障気の波は動く。


「あ────────────…………」

 それが、ネビリムの残した最後の言葉になった。


 禍々しき障気の波は、ネビリムの胸に突き立つ剣を目掛け一瞬で押し寄せると、そのままネビリムの全身を飲み込んだ。

 止まることなく押し寄せる障気の波は、いつしか漆黒の球体を形作り、不気味な鼓動を刻みながら、次々と押し寄せる障気を吸収し、確実に膨張していく。

 あまりに唐突な展開に、俺たちはなにが起きているのか、何一つとして理解が追い付かない。

 誰もが呆然と立ち尽くすしかないその場に──靴音が響く。

 ───カツンッ───カツンッ───カツンッ───

 押し寄せる障気の渦に紛れ、塔に降り立った何者かの靴音が響く。

 ───カツンッ───カツンッ───カツンッ───カツン。

 靴音が、途絶えた。


「───御苦労だったな、ローレライ、、、、、


 押し寄せる障気の向こうに悠然と立ち、ヴァン・グランツが、姿を現した。


                   * * *


 ヴァンの姿を目にした瞬間、これまで戦闘に参加できず、後方で待機していたアッシュが発射的に身体を起こす。

「ヴァン、テメェは……ぐっ」
「アッシュ……まだ、動かないで」

 苦悶の声を上げ、為す術なく崩れ落ちるアッシュの身体を受け止め、ナタリアが治癒の譜術を掛ける。

「ふっ。アッシュか。随分と手ひどくやられたようだな?」
「くっ……」

 悔しげに呻くアッシュから、ヴァンはさして興味もなさそうに視線を離すと、ついで俺を見据えた。相手の口が開かれ、何事かを告げとするのを遮り、俺は叫んでいた。

「ヴァン……あんたは、ネビリムにっ、いったいっ、なにをしやがったぁっ!」

 今にも激発しそうな感情の憤りを押さえ、俺は詰問を発する。そんな俺の態度に、ヴァンは意外そうに眉を上げた。

「ほぅ。いまだ飲まれることなく、自らの意識を保っていたか、ルークよ。
 ふっ……面白い事態になったものだが、それはそれで好都合というものか」

「何を、言ってやがる……?」

「今のお前に、私の行動を妨げる術は存在しないということだ」

 そこで言葉を切ると、ヴァンは足を進める。

 ネビリムを包む漆黒の球体を前に、ヴァンは両手に握る二本の杖──光杖と闇杖を地面に突き刺す。展開された譜陣が立体的な格子を伸ばし、ネビリムを包む漆黒の球体の表面を覆い尽くして行く。

 漆黒の球体の頂点へ向け、尚も押し寄せる障気の渦が更に勢いを増した。

 光と闇の音素が譜陣を舞踊る中、天から注ぎ降る障気はただ一点を目指し、ネビリムの胸に突き立つ剣にむけて収束する。荒れ狂う大気の渦が轟々と音を立てる中、空間に刻まれた譜陣が最後に眩いばかりの光を放ち───


 すべてを喰らいつくした後に、一本の剣だけが、残された。


 ネビリムの身体は跡形もなく消え失せている。

 これまでオールドラント全土を覆い尽くしていた障気は、たった一本の剣によって、喰らい尽くされた。

 神々しいまでの威光を放ちながら、剣はあまりに禍々しい鼓動を刻む。

「ここに第八奏器──《刻針》エターナルは完成した」

 ヴァンが腕を伸ばすと、剣は当然のように其の掌に収まった。

「永劫回帰の楔を破り、停滞世界を穿つ創世の刻は、確実に近づきつつある。
 くくっ……ははははははははは─────!!」

 手にした剣を掲げ、ヴァンは哄笑を上げた。

 目の前の光景を呆然と見据えながら、俺はただ相手の口にした言葉を繰り返す。

「第八、奏器……?」

「そうだ。唯一にして最大の奏器。第七音素と対をなす終焉の音素、第八音素を司る奏器。
 あるいは、障気を司ると言った方が、お前たちにはわかりやすいか?」

「障気を司る、だと? 何を……?」

「天佑だな。第八奏器の開発は難航していたが、第八音素含有比率の高い存在──レプリカネビリムを喰らうことで、ここに第八奏器は完成した」

 相手の言葉に、これまで沈黙を保っていたジェイドが視線も鋭く問いかける。

「導師イオンの誘拐も、レプリカネビリムの復活も、すべてあなたがディストに指示を下し、行わせたことだったのですか?」

「いや、今回の騒動は私としてもイレギュラーなものだったよ、カーティス大佐。突如、この塔に第八音素の高まりを感じて来てみれば……まさかディストの目的としていたレプリカネビリムの発する気配だったとはな。この結果が最初からわかっていれば、私もそれ相応の支援を行ってやったのだが」

 無駄な手間を掛けたものだ。地面に倒れ伏すディストに視線を落し、ヴァンは傲然と言い放った。

 返答に無言のまま殺気を高めるジェイドを前に、ヴァンは気にした様子も見せず、背後に呼びかける。

「さて……リグレット、アリエッタ」
「──はっ」

 唐突な呼びかけに、ヴァンの背後から応えが返る。そこには金髪を結い上げた怜悧な美貌の持ち主と、胸元に人形を抱いた少女の姿があった。ロニール雪山で消えた六神将の二人──リグレットとアリエッタ。

「教官……」
「生きて、やがったのか」
「ふっ……アリエッタの魔物に救われた」

 ヴァンの私兵としての立場を露骨に現すように、二人は既にオラクルの僧服を脱ぎ捨てていた。いまはより戦闘的な、自身の戦闘方法に最適と思しき戦闘服をそれぞれ着込んでいる。

 自らの配下たる二人に向けて、ヴァンは告げる。

「これまでは因果を押さえつけるために必要だったが、もはや第八奏器が完成したことで、用済みとなった二つの奏器をお前たちに授けよう」

 光杖がリグレットに、闇杖がアリエッタに譲り渡される。

 恭しく奏器を譲り受けるリグレットとは対照的に、アリエッタは奏器を渡されるまま受け取り、ただ呆然と倒れ伏すイオンに視線を向けていた。

「イオン、さま……?」
「……導師イオンか」

 僅かに目を閉じると、ヴァンはアニスに視線を移す。それを受けて、リグレットが自らの主に推測の言葉を告げる。

「おそらくは導師を教団から離し、後を追う者達をレプリカネビリムと潰し合わせようとしたのでしょう」
「ふっ……なるほど、彼らしい受け身の策だな」

 ビクリと身体を震えさせるアニスに、ヴァンは瞳を細める。

「まあいい。彼に伝えておくがいい。私は第八奏器を手にした。あなたはそこで世界の終焉まで、もはや意味をなさなくなった役目に縋り付き、無為に佇んでいるがいいと」

 この場に居合わせぬ誰かに向けて、言伝てを残す。

 ついで、呆然と立ち尽くすアリエッタの耳に囁く。

「我等は戻るが……アリエッタ、後は好きにするがいい」

 ヴァンの手にした剣が禍々しい光を放つと同時、譜陣が展開され、二人の姿が消える。

 呆然とアニスの胸に抱かれるイオンを見据えていたアリエッタが、ヴァンの言葉に我に返り、アニスに問い詰める。

「どうして………どうして──アニスっ!! どうしてイオンさまを裏切ったのっ!!!」
「私は……」

 顔を俯けたまま、アニスは答えない。

「──もう……もういいっ!!」

 イオンの下に駆け寄ったアリエッタが、アニスを突き飛ばす。

 アニスの代りに、アリエッタはイオンを抱き寄せた。

「イオン様、イオン様……もう、大丈夫です」

 意識を失ったまま、全身から汗を流しながら、呼吸を荒らげるイオン。

 きっと顔を上げ、アリエッタはアニスに告げる。

「アニスは、イオン様を裏切ったっ! ライガママを殺したのも、イオンさまがこんなに苦しんでるのも、ぜんぶ、ぜんぶアニスのせいだっ! もうこれ以上、アリエッタの大切なヒトを、アニスには奪わせない!」

 殺気を色濃く載せた言葉が、次々と叩きつけられる。しかし、アニスは何も言い返さない。そんなアニスの態度に、アリエッタは更に殺気を高めながら告げる。

「アリエッタは、アニスに決闘を申し込む!!」

「……わかった。受けて立ってあげるよ」

 アニスが堅い声で同意すると同時、イオンが僅かに身動ぎし、苦しそうに声を漏らした。

「イオンさま……。……でも、今はイオン様の身体が心配」

 イオンを優しく抱き寄せると、アリエッタはアニスに顔を戻す。

「明日の朝、西ルグニカのローテルロー橋まで来い! ……逃げたら、絶対に許さないっ!!」 

 最後に一際強い殺気を振りまくと、イオンを引き連れ、アリエッタもまたこの場を去った。

 誰もが去った後、残されたアニスに視線が集中する。

「アニス……」

 掛けるべき言葉が、見つからない。

 言いよどむ俺たちを前に、アニスが口を開く。

「……そうよ、私はイオン様を裏切った」

 一言一言を噛み締めるように、アニスは言葉を絞り出す。

「ディストがイオン様を連れ出すのを助けた、裏切り者よっ!」

「アニス……だがよ、なにか事情が……?」
「そうですわ。気をしっかり持って、アニス……」

「もう、もうみんなほっといてっ! わたしに優しい言葉を掛けないで!!」

 両耳を押さえ、何も聞きたくないと悲痛な声を上げると、アニスはこちらに背を向ける。

「……アリエッタとは、わたしが決着を着ける。イオン様も、わたしが、絶対に教団に連れ帰るから」

 数歩進んだところで、突然何かを思い出したように立ち止まると、アニスは振り返ることなく、小さく別れの言葉を告げる。

「……みんな、これまで、ありがと」

 そう最後につぶやくと、こちらが何か言葉を返すのも待たず、アニスは一人、この場から去っていった。

 俺達は後を追うことも思い付けず、彼女の小さな背中が消えて行くのを、ただ見送ることしかできなかった。

 それが告げられた決別の言葉に対し、無言の肯定を返す事と、同じ行為と知りながら。



  1. 2005/04/28(木) 18:02:30|
  2. 【家族ジャングル】  第八章
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