全手動軽文量産機

──A.L.M──

書庫へ戻る |  日記過去ログ |  アビス総合目次 |  ジャンク作品目次 |  お勧め一次創作 |  お勧め二次創作 |  掲示板 |  注意書き |

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

第1話 「蠢く策謀」



 一方的な言葉が、淡々と呟かれて行く。

「………もはや一刻の猶予もない」
「…………」

「あやつに協力し、時間を稼ぐのだ。それがどのような行動であろうともな」
「…………」

「だが、わかっているな? お前にこれといった、積極的な行動を求めている訳ではない」
「…………」

 聞き手から返る言葉はない。

 そんな聞き手の無反応に苛立つでもなく、語り手は一端口を閉じた。

 そして、何気ない事柄を口にするような態度で、決定的な言葉を付け足す。

「二人の世話なら、心配するな」

 微笑すら伴い告げられた言葉に、聞き手が一瞬、身体を強張らせた。

 長い沈黙が続いた後で、聞き手はようやく口を開く。

「………………わかりました」

 返された承諾に、語り手は静かに頷き返した。

「全ては世界が続いて行くために……我等が存在する意味は、それ以外にありはしない」
「…………」

 応える声はない。

 そこで、会話は打ち切られた。

 これは、さして意味のない会話。

 誰が気に掛けるでも無い、他愛もない会話の断片に過ぎない。

 今は、まだ。



                 【1】



 弱々しく降り注ぐ日の光を全身に浴びながら、俺はボケーっと庭のベンチに腰掛ける。久々に戻った実家の庭先には、俺と同じように日向ぼっこに興じる小動物二匹の姿もあった。

 コライガはゴロリと横になって、石畳の冷たさを堪能して目を細めている。ミュウは空を見上げながら時折そよぐ風を感じてか、ピクピクと気持ち良さそうに両耳を動かす。

 何とも和まされる平和な光景だ。見ているだけで気分が落ち着くと言ってもいいだろう。

 しかし、である。

「……退屈が過ぎるってのも、問題だよな」

 俺はベンチに背中を預け、盛大に溜め息をもらした。

 薄く障気に覆われ、微妙に快晴とは言い難い空を見上げる。流れ行く雲が尾を引き、轍のような軌跡を残す。

 気分は急いてるってのに、俺を取り巻く状況は動かない。とりあえず一端落ち着けと待ったを掛ける。これまでの性急すぎる展開を考えれば、こうした穏やか時間を持つことが無意味だとは思わない。

 何しろあんな事があった後だ。

 少し安静にしてろと言ってきた皆の気持ちも理解できる。

 理解はできるのだが……それでもぼやかずにはいられなかった。

「なんだってこの一大事に、俺一人が屋敷で静養してなきゃならんのかねぇ…………」

 バチカルに一人里帰りして、屋敷で待機することになった経緯を思い返し、俺はもはや日課となった溜め息をつくのだった。


                  * * *


 地上に戻ってきた俺は、セントビナーで戦闘後にぶっ倒れた。

 気がつくと、俺はどこか見覚えのある天井を見上げていた。

 セントビナーでのことは夢で、俺はついに地殻でくたばったのか? 訝しみながら、身体を起こして周囲を見渡す。視界に入るのは壁に掛けられた無数の怪しい標語と、多数の医療機器だ。

 ……ああ、ベルケンドの医療施設か。

 見覚えがあるはずだ。納得しながら、俺は簡易寝台から立ち上がる。しばらくの間、何をするでもなく、ぼーっと壁を見据える。何を考えるでもなく、ただ視線を据え続ける。

 地殻にいる間の記憶は霞の中につつまれたように定まらない。何故地上に戻れてのかも想像がつかない。何が起きているかもわからない。

 だが、俺は生きている。

 ──絶対に生きて帰ろう

 あの約束を守ることができた。

 それだけは、確かなことだった。

「──よおぅっ! 随分と寝過ごしたようだな、ルーク」

 突然、馴れ馴れしい呼びかけが耳に届いた。扉の開け放たれる音が室内に響き、騒がしい音を立てながら誰かが入室してくる。いったい誰だと怪訝に思いながら顔を上げると、そこには懐かしい顔が在った。

「って、アダンテのおっさん……!?」

 驚愕に目を向いた後で、不意に意識を失う直前見た景色が蘇る。

「……いや、そういえば確かセントビナーにも居たか」
「ん、セントビナーでの記憶もあるのか。そりゃ話が早い。意識もだいぶはっきりしてるようだな」
「…………」

 困惑するしかない俺にかまうことなく、アダンテのおっさんは俺の状態をこなれた様子で確認していく。そして全ての確認を終えると、おっさんはようやく俺と視線を合わせた。

「しかし、久しぶりだな。あの日以来だから……二年ぶりってところか」

 向けられた視線に、俺は動揺した。脳裏に蘇る幾つもの事象。かつて別れた際に起こった事件。処刑される彼の姿。誰に告げることもなく街を去った、目の前にいる男。

「……おっさんは、やっぱ教団に戻ってたんだな」

 注がれる視線から目を逸らすようにして、羽織られたオラクルの外套に視線を向ける俺に、おっさんはさして気にした風もなく応える。

「ああ。セントビナーに居たのも、導師イオンの方針の下、お前の仲間と動いていた結果だ。しかし、ゲートでの顛末は聞いていたから、心配したが……なんとも無駄に元気そうでなによりだな」

 まったく呆れ返るとでも言いたげに肩を竦めてみせるおっさん。変わらないな、この人は。俺は思わず苦笑を浮かべていた。

「しかし、どうなってんだ? 状況が、まるで理解できないんだが……?」
「ふむ……そいつが先か。まあ、色々あった訳だが、簡単に説明してくぞ」

 問いかける俺に、飄々とした態度で頷くと、おっさんは説明を始めた。

 なんでも外郭大地の降下自体は成功したらしいが、代りに障気が空を覆っちまったそうだ。俺がゲートでヴァンに敗北した後、皆はおっさんの居たオラクルの基地に飛ばされたらしい。

 障気の拡大に関してはよくわからんままだが、ヴァンがローレライの消滅を狙ってるらしいことは確実だ。ならあいつの計画を阻止する為にも、新たにローレライと契約を結ぶんでしまえとおっさんが提案し、皆がそれに合意した。

 準備を整えるために色々あった後、セントビナーで契約を結ぶ段階になった所で、ディストのやつが襲撃をしかけてきた。危うい所でティアが大譜歌の詠唱を終え、ついに契約が結ばれローレライが姿を表すかってな場所に──何故か、俺が登場してしまったらしい。

「で、ディストのやつを倒したは良いがぶっ倒れちまったお前を、僕らがベルケンドまで運んで、検査してたって訳だ。ちなみに、ぶっ倒れたと最初に言ったが、正確には盛大にイビキかいて爆睡してたってのが正しいけどな」
「ぶっ……い、イビキ!? ……な、なんとも締まらねぇ再会だな」
「まったくだ」

 やれやれと首を振るおっさんに、俺も頭が痛いと額を押さえた。

「……でも、まあ、しかしアレだよな」

 少し咳払いして調子を整えた後で、おっさんから聞いた話で疑問に思った部分を尋ねる。

「聞いた限りだと、おっさんって教団でもけっこう上の方にいたりするのか?」

 ある程度人を使えるような立場にでもいない限り、作戦を提唱した所で動きようがないはずだ。そう問いかける俺に、おっさんはあっさりと頷く。

「ああ、それで合ってるぞ。それに、これでも僕は改革派の中じゃ重鎮の方だからな」
「重鎮……?」

 疑わしそうに眉根を寄せる俺に、おっさんはわざとらしい仕種でオラクル式の敬礼を取る。

「第六師団師団長アダンテ・カンタビレ、ってのが今の僕の肩書だ」
「師団長!? に、似合わなすぎるにも程がある。おっさんみたいな不良神官を改革派の幹部に据えるなんて、イオンのやつよく我慢できたな」
「……ほっとけ」

 憮然と返すおっさん。そんな些細な会話一つ一つから、かつてバチカルで共に過ごしていた瞬間が思い起こされ、俺は気付けば声を上げて吹き出していた。

「だぁっ笑うなっ!!」
「はははっ! す、すまねぇ」

 ひどく他愛もない会話一つ一つが、ひどく懐かしい。
 二年にも及ぶ空白が、急激に埋まって行くのを感じて、俺の顔は自然とほころんでいった。

「しかし、俺がベルケンドに居る理由は納得したけどよ。おっさんはここで何してたんだ?」

 医療機器が所狭しと押し込められた部屋だ。皆の姿も見えない以上、面会だとも思えない。

「ああ、そりゃ簡単な話しだ。僕はこれでも第七音素関連の専門家だからな。お前の身体を大佐と一緒に調べてたって訳だ」
「おっさんと大佐が……? うっげっ……最悪の人選だな」

 俺の脳裏に、いい笑顔でメスを握る鬼畜メガネと、にやにや笑って合いの手を打つ不良神官の姿が浮かんだ。

「随分な言いぐさだよな、おい。……まあ、カーティス大佐と一緒にするのは、さすがの僕もやめて欲しいと思うけどな」

 互いにげんなりと顔を合わせた。

「おや、ルークは気付いたようですね」

「「うおっ!?」」

 突然何の気配もなしに後ろから響いた声に、俺たちはぶったまげましたよ。

 部屋の入り口部分、開け放たれた扉から、マルクトの軍服を着込んだ長髪メガネが顔を出してやがる。それが誰かなんて今更言うまでもないだろ。

「じぇ、ジェイド」
「いつのまに……?!」

 戦慄する俺たちに構う様子もなく、ジェイドは涼やかな笑みを浮かべると俺に視線を合わせる。

「ええ、お久しぶりですねぇ、ルーク」
「お、おう、久しぶり」

 動揺しまくりのまま応える俺に、ジェイドはメガネを押し上げ表情を隠す。

「最悪な人選ということですが……何なら今から改造でもしてあげましょうか?」
「お、俺が悪かった! 頼むから勘弁してくれ……っ!!」

 悲痛な叫びを上げる俺に、そうですか、とジェイドはしごく残念そうに肩を竦めてみせた。

「ところでカンタビレ、ルークにはどこまで話しました?」
「あ、ああ、ここに来るまでの経緯はだいたい話しといたぜ」
「そうですか……では、ルークがこれまでどうしていたのかについては、まだ聞いていないということですね」
「……ああ、そうなるな」

 ん? 俺がどうしていたのかだって? どうも俺の話題が出ているようだ。

「ジェイド、何のことだよ?」
「……いえ、ゲートで別れて以降、あなたが何をしていたのか気になりましてね。私たちがローレライと新たに契約を結ぼうとしていたのは、カンタビレから聞いていますね?」
「大雑把にはな」
「ならわかるでしょう。あなたがこれまでどういった状態にあったのか、話を聞くことで契約の場に突然あなたが現れた理由が何なのか、わかるかもしれないと考えた訳ですよ」
「ああ、そういうことね」

 確かに、ゲートで消息不明になってたやつが、ローレライと契約を結ぶなんていうとんでもなく大事な局面で、すべてを台無しにして現れたんだ。そりゃ気にもなるだろう。

「……けどよ、俺もあんまはっきりとした記憶が残ってる訳じゃねぇが、それでもいいのか?」
「かまいません」

 躊躇いがちに付け足した言葉に、返されたのは即答だった。

 相手の真剣な顔を見る限り、こりゃ話さない訳にはいかないか。

「……わかったよ」

 俺はため息をついた後で、自分の記憶を探る。ゲートで皆が飛ばされた後で、いったい何があったのか、まとめながら口を開く。

「実際の所さ。ヴァンにやられた後は意識が朦朧としてたせいで、そもそも断片的な記憶しか残ってねぇんだ。それでも覚えてることって言えば……ヴァンのやつが、俺を地殻に投げ落とした瞬間の記憶、ぐらいか」
「地殻に投げ落した……ですか?」
「ああ。理由はよくわからんけど、あいつは俺を地殻に投げ落とした。そのとき何か言ってたような気がするんだが……確か……完全同位体たる役目を果たせ、だったかな?」

「完全同位体たる役目を果たせ……」

 特に思い入れもなく語った俺とは対照的に、ジェイドがひどく強張った顔になった。俺はそれに気付くことなく、記憶を探りながら言葉を続けていく。

「後は完全に記憶が飛んでるな。気付いたら、セントビナーに居て、どう見ても敵対してるっぽいディストの譜業兵器が目に入ったから、とりあえず撃退したところでぶっ倒れた訳だ」

 それぐらいだなと両手を上げる俺。しかし話が終わったにも関わらず、ジェイドは頻りに何かを考え込んでいる様子だ。

 どうしたもんかね。手持ち無沙汰になった俺は頭を掻く。いつのまにか元の長さに伸びた髪が鬱陶しく揺れる。何故に髪の長さが戻ってるのかも謎だよな。

「そう言えば、検査とかしたって話だが、検査結果はどうだったんだ?」

 考え込んでいるジェイドに代わり、おっさんが応える。

「異常なしだ。完全な健康体だったな」

「健康体か。……ん?」

 返された言葉に俺は違和感を覚えた。それとほぼ同時に、不意に顔を上げたジェイドが付け足す。

「障気の汚染も完全に消失していました」
「…………」

 第一奏器の使用によって、俺の身体は障気に汚染されていた。その障気が、完全に消えているってことか。どういうことだ? 俺は眉間に皺を寄せて考え込む。

 俺とジェイドの様子に何か思うところがあったのか、アダンテのおっさんもまた黙り込んで、何やら考え込んでいるようだ。

「……僕も一つ聞いときたいことが出来たんだが、ちょっといいか?」
「ん、おっさんが?」

 顔を上げた俺の瞳を覗き込み、おっさんが尋ねる。

「地殻で何があったか……どれだけ微かな事でもいい。何か覚えてることはないか?」

 質問に促されるまま、俺は無意識のうちに記憶探っていた。

「……俺は……地殻で……───……ぐっ!!」

 腰に挿されたローレライの鍵が、微かに鼓動を刻んだような気がした瞬間──激しい痛みが俺の脳髄を締め付ける。

「がぁ、ああぁ、あ、ぁあぁ──っ!!」

 頭が痛む。激しい痛みとともに無数の光景が脳裏を過る。

 ───ローレライ。無数の戦場。ダアト。
 ───朽ち果てた街並み。アルバート。輝く鍵。
 ───創世歴時代。ユリア。世界を蹂躙する■■の姿。

「───ルーク! おい、大丈夫か?! 気をしっかり持て!! 飲み込まれるなっ!!」

「…………あ、……俺、いったい?」

「とりあえず深呼吸だ。いいか? 一定間隔で息を吸って、そのまま吐く!」

 声に促されるまま、身体が勝手に反応して動作を反復する。

「よし。もういいぞ!」

 強かに背中を叩かれたところで、俺はようやく朦朧としていた意識が戻るのを感じた。

「……すまねぇ。どうも取り乱しちまったみてぇだな」
「いや、こっちこそすまん。考えが足りなかったな。病み上がりだってのに、少し性急すぎたようだ」

 バツが悪そうに謝罪し合う俺とおっさんに、何が切っ掛けで俺が錯乱したのかわからないジェイドが怪訝そうに瞳を揺らしていた。

「いったいどうしました、ルーク?」
「あー……どうも、地殻に居た間のことを思い出そうとすると、頭が痛みまくって集中できなくなるみてぇなんだよ。いったい、どういうことだろうな……?」

「……地殻で、何がしかの干渉を受けた結果ということでしょうか?」
「……どうだろうな。だが、おそらくこのデータと関連した事だろう」

 ジェイドとおっさんがボソボソと何かのデータ表を前に言葉を交わす。

「……あのさ、何かわかってることがあんなら、最初に俺に言っといて欲しいんだがよ」

 なんか予想ついてたのに、無駄に痛い思いをさせられたのなら、洒落にならんね。

「それもそうですね。とりあえず、これをどうぞ」

 あっさりと差し出されたのは、どうも俺には到底理解出来そうもない数値が描かれた表だった。

「……訳わからん」

 頭を掻きむしる俺に、二人が苦笑を浮かべながら説明を口にする。

「右が一般的な成人男性の体音素の構成表で、左がお前の体音素の分析結果だ」
「数値が偏っているのがわかりますか? 障気の汚染は完全に消えたようなのですが、代りに無視出来ない範囲で、第七音素の数値が上昇しています」

「……あー、それでもあんまよく理解できないままなんだが」

 げんなりと額を押さえる俺に、ジェイドがゆっくりと告げる。

「つまりあなたの身体には、高密度の第七音素が取り込まれた状態にあるということですよ」
「高密度の第七音素……?」

 そうですと頷いたジェイドに続いて、おっさんがさらに説明を続ける。

「地殻には衰弱したローレライの意識体が在ったはずだ。それにこの分析結果と、ローレライとの契約の場にお前が現れたことを合わせて考えれば……導かれる結論は、一つしかないだろうな」
「なっ……まさか、嘘だろ?!」

 俺の頭にあまりに突拍子もない推測が浮かぶ。動揺のあまり声が上げる俺に、おっさんは額に手を当て口籠もった。その先を続けることを躊躇うおっさんに、このままでは埒があかないと考えてか、ジェイドが前に出る。

「おそらくあなたは第七音素集合意識体──ローレライを身体に取り込んだ状態にあると見て、まず間違いないでしょうね」

 ジェイドの告げた結論に、俺は身動き一つできぬまま、ただ愕然と目を見開くのだった。


                  * * *


「ルーク様、昼食の用意ができました。食堂まで入らしてください」
「ん、わかった。直ぐ行くよ」

 メイドの呼びかけに意識を現実に戻して、俺はよっこらせと重い腰を上げた。

 食堂に向かいながら、その後起こったことを思い出す。

 特に、皆と引き合わされた際は大変だった。

 俺がローレライを身体の中に取り込んだ状態にあると聞いて、誰もが驚愕した。ついでジェイドとアダンテのおっさんに詳しい話を聞かせろと詰め寄ったから、さあ大変だ。狭い医務室で一斉に何人もの人間が声を上げ、ジェイドに押しかける。そんな状況で質問にマトモに応えられるはずもなく、場は加速度的に混沌に満ちて行った。

 最終的に、混乱した状況は、ジェイドが水属性の譜術をぶちかますことで収まった。

 濡れ鼠のような状態で、ジェイドから細かい説明を受けるはめになったが、とりあえずその説明で俺の身体は今の所は問題ないと保証がついて、皆もようやく落ち着いた。

 しかし、俺がローレライを身体に取り込んだ、不安定な状態にあるって事実に変わりはない。

 とりあえず、しばらくの間は実家に帰って安静にしてろと送り返され、今に至るという訳だ。

 俺は溜め息をついて、退屈なここ二週間の日々を思い返しながら、食堂に向かう。

 食堂に向かう間、無数の視線を感じていた。おそらくすれ違った使用人達のものだろうが、どうにも鬱陶しいものが含まれているように感じられてしょうがない。

 単に俺の考えすぎに過ぎないかもしれないが……やれやれだな。

 俺がレプリカだという事実は、俺の生存が判明した時点で、既に王都に広まっていた。

 大方、公爵家に思うところがあるどっかの家が、社交界で広めたってのが事実だろう。まったく暇な奴も居たもんだと呆れるが、そいつらにそれ以上思うことはない。遅いか早いかの違いがあるだけで、いずれわかる事実に過ぎなかったからだ。

 だがそれでも、此処まで変わるものかと、正直思い知らされた気持ちだった。

 食堂に入ると、オヤジとおふくろが顔を上げた。

「来たか、ルーク」
「ああ。おはよう、オヤジ、おふくろ」

 だらしない仕種で答える俺に、オヤジが溜め息をつく。

「まったく、このバカ息子は……」

「ふふ……いいではないですか。ルークも久しぶりの帰郷なのですから」
「むぅ……」

 二人の力関係は変わらないようだ。

 いろいろあったが、それでも俺を家族として接してくれる二人には、言葉には出せないが……感謝してる。

「そうだ。お前に手紙が届いていたぞ」

 食事が終りかけた頃、不意にオヤジがそんなことを言ってきた。

「手紙?」
「ガイからと、もう一通来ているらしい。確か……」
「ティアさんですね」
「ティアからもなのか?」

 手紙なんか書きそうにない相手からの手紙に驚いて、俺は思わず声を上げてしまった。

「ふふ……私たちの若い頃を思い出しますね」

 お袋はどこか上気した頬に手を当て、小首を傾げた。流れた髪が肩に掛かり、艶っぽい緋色を更に際立たせる。

「思えば、あなたから恋文を受け取ったのを切っ掛けに私たちは……」
「……ゴホンゴホンっ!! て、手紙はラムダスが受け取っているはずだ」

 唐突に始まった二人の馴れ初め話に、オヤジが盛大に咳き込んだ。続けて顔を上げて俺の顔を睨み据え、無言のまま意志を伝達して来た。

 ……そういうことだから、とっと去れ、バカ息子!

 ……了解、クソ親父。

 俺は無言のまま席を立つ。オヤジの態度にはムカツク所もあるが……誰だって親のノロケ話を聞きたいとは思わんだろう。俺はそそくさと足を動かし、お袋のノロケ話から撤退を決め込むのだった。

 食堂から出たところで、ちょうどよく待機していたラムダスを見かけた。

「おう、ラムダスちょうどよかったぜ」
「ぼっちゃま。どうしました?」

 何の脈絡もなく声をかけた俺に動じるでもなく、ラムダスはそつなく受け答えをする。

「俺宛に手紙が来てるって、オヤジから聞いたんだけどさ」
「……ああ、その件ですか。かしこまりました。こちらにありますので、どうぞお受け取りください」
「ん、あんがとよ」

 ラムダスから手紙を受け取った俺は、いそいそと部屋に戻って、早速手紙を開く。

『よっ、ルーク。外に出られないから退屈してるだろうが、もう少し安静にしとけよ。
 まだまだ万全な体調って訳じゃないんだからな。
 俺は今、大佐の部隊と王国軍の間で、連絡役のようなもんをやってるよ。
 たぶん、両国のわだかまりを踏まえた上で、俺が妥当だって選ばれたんだろうな。
 こっちとしては両方に睨まれて勘弁してくれって所だが、まあ、それでもやりがいのある仕事だよ』

 相変わらずだな。前向きなガイの姿勢に、俺は思わず顔がほころぶ。

『ここから本題だ。
 実は、そろそろ教団側で動きがありそうだ。
 近い内に、そっちにも連絡行くと思うから、そんときはお前もダアトに向かってくれると助かる』

 手紙を閉じて、記された内容に考えを巡らせる。

 ……ダアトから連絡って事は、やっと屋敷から出られるのか。何とも感慨深いもんを感じるね。自然と顔がにやけてくるのを感じながら、もう一通の手紙に手を伸ばす。

 さて、次はティアの手紙か。どれどれと俺は文字を追い出し、眉間に皺が寄っていくのを感じる。

『ルークヘ

 現在、教団はヴァンの動向を追跡中。
 平行して障気の対策を模索しているが、未だ判明せず。
 今後の方針としては、導師イオンが禁書の一般開放を提案。
 旧主流派の間に反発が広がっているが、大詠師モースは沈黙を保っている。
 私も大詠師の直属を解かれ、今は導師イオンの下で動いているため、大詠師派の考えは不明。
 あなたにも、導師イオンからダアトへ招聘がかかっている。
 あくまで個人的な誘いなので、この手紙を確認次第、至急ダアトへ向かう事』

 …………ってか、これじゃまるで手紙というか、単なる招集令状じゃねぇかよ?

 内心で突っ込みを入れた後で、二枚目があることに気付く。

『……その、手紙なんて書くの初めてだから、おかしかったら……ご、御免なさい』

 最初の方に書かれた文字に、あいつらしいなぁと何となく笑みが浮かぶ。

 そのまま手紙を読み進めて行く内に、堅い文章に混じって、普通の手紙らしい近況などが細々と記され始めた。そのまま最後まで行ったところで、こんなことが記されていた。

『ノームリデーク第四週、レムの日までノエルがアルビオールでバチカルに滞在するそうだから、可能なら彼女と合流してダアトに向かって欲しい』

 ふむふむ。ノームリデーク第四週のレムの日まで、ノエルがこっちに来てるのか。

 どれどれと、俺は壁に掛けられたカレンダーを確認する。

 今日は、ノームリデーク第四週の……レムの日か。

「──って、今日じゃねぇかよっ!!」

 俺は慌てて使用人を呼んで、旅立ちの準備を始めることになった、

 慌ただしく駆け回る使用人に囲まれながら、俺は申し訳なさを覚えて声を掛ける。

「すまねぇな、何か急に準備させちまって」
「い、いえ、お気遣いなく。ルーク様は、玄関でお待ちください」

「…………」

 どこかぎこちない受け答えをする使用人に促されるまま、とりあえず俺は部屋を出た。

 ……下らない話しだが、貴族社会ってのは醜聞ほどよく広まる。

 俺が記憶なくして帰って来たときも、別人じゃないかってよく噂されていたもんだ。今回の騒動で、それが事実だったことがわかったんだ。噂の広がり具合も、かつてとは比べ物にならないだろうな。

 一応、オヤジは俺を正式に公爵家の人間だと宣言してくれている。嫡男はアッシュになる訳だが、それでもあいつは一度も屋敷に寄ろうとはしない。

 基本的にバチカルからでられなかった俺は、他の貴族と違って、よく使用人の連中に話し相手になって貰ってた。使用人たちの態度がどこかぎこちないのも、まだ状況がよく理解ができず、困惑しているってのが正しいだろうな。

 そうした屋敷の連中の事情は、十分に理解してるつもりだ。つもりなんだが……

「……ふぅ」

 自然と溜め息が洩れるのは止められそうになかった。

「む、もう行くのか?」

 玄関口まで行ったところで、オヤジと出会った。どうやら使用人に遠出する準備を任せたのを見て、確認にきたようだ。

「ああ。手紙にイオンが呼んでるって書いてあったからな。しかもちょうどよくノエルがバチカルに来てるらしいし、この機会にダアトまで行ってくるぜ」

「そうか……導師イオンが。私は王都を離れる訳にはいかないが、くれぐれも失礼がないようにな」

「あーはいはい。わかってるよ」

 多少投げやりに応えた俺に、オヤジは本当に大丈夫かと疑わしい目になった後で、不意に視線を壁に転じる。そこには常に一本の刀がこれ見よがしに飾られていた。オヤジはその刀に手を伸ばすと、突然壁から取り外す。

「ん? なにしてんだオヤジ?」
「ガイにこれを返してやってくれ」

 差し出された刀に、俺は困惑しながら視線を落とす。簡素な造りながらも見るものに威厳を感じさせる直刀だ。だが、何故これをガイに? しかも返すってどういう意味だ?

「こいつは……?」
「かつてのホド戦争の折、ガイラルディア伯爵家を私が攻め込んだ際に得た戦利品だ。代々当主が受け継ぐものと決まっていたらしい。私の手から返却しようとも思ったが……お前の手から返してやってくれ」

「……伝言とかはいいのか?」
「……いい。戦争だったのだ。私は王国のために動き、伯爵家は帝国の防衛のために動いた。そこに個人的な感傷が働く余地はないが、それでも……私が成した行為に、変わりはないからな」

「……わかったよ、オヤジ」

 託された剣を腕に抱え、俺は少しの間、黙祷を捧げた。

「ルーク様、準備が整いました」

 使用人からの呼びかけに、俺はわかったと声を上げ、親父と向き直る。

「それじゃオヤジ、またな。お袋にもよろしく言っといてくれ」
「ああ。わかっている。行って来い、バカ息子」
「行ってくるぜ、くそオヤジ」

 いつもの如く乱暴に言葉を交わし合い、こうして俺たちは別れた。

 玄関に向かうと、そこには何人ものメイド達が見送りのために、左右に並んでいた。

「あー……皆もまたな。ちょっと行ってくるぜ」

 なんとなく居心地の悪い思いをしながら、使用人の皆に別れの言葉を告げる。

 だが、彼女たちは儀礼的に頭を下げたまま、顔を上げようとはしない。

 少し寂しい思いをしながら、それでも仕方ないかと思いなおし外に出ようとした瞬間。

 不意に、使用人の一人、執事長のラムダスが顔を上げた。

「ん、どうした?」
「…………私どもにとって、ルーク様は、ルーク様です」

 ラムダスの発言に続いて、屋敷のメイドや執事の連中が一斉に顔を上げる。

「「「「行ってらっしゃいませ、ルークさま!」」」

 誰もが微笑み、優しい表情で俺を見つめていた。

 一瞬、言葉が繋げなかった。
 急激に紅くなる表情を誤魔化すように、俺は少し顔を背けて、小さく呟く。

「……ありがとな、皆」

「いえ……使用人として、差し出がましい口を挟みました。皆さん、今月は減給ですよ」

「「「「はい!」」」」

 むしろ望むところだと言うかのように、威勢の良い返事が返った。

 使用人としての矜持を曲げてまで、言葉を掛けてくれた皆の想いに、俺が不覚にも涙ぐんでしまったのは、ここだけの秘密だ。

 そのまま振り返らずに、俺は威勢よく公爵邸を後にするのだった。




 天空滑車を乗り継ぎ、街の港付近まで来たところで、停泊するアルビオールの機影と、商店街を歩くノエルの姿が見えた。ちょうどアルビオールに買い込んだ物資を運んでいく最中らしい。

「ど、どうやらギリギリ間に合ったみてぇだな」
「ルークさん……?」

 ぜぇぜぇと息を切らせながら駆け寄った俺に、ノエルが驚いたように声を上げた。彼女の顔を見上げて、俺は再会の言葉を掛ける。

「久しぶりだな、ノエル」
「お久しぶりです。ルークさんもお元気そうで、安心しました」

 快活な仕種で挨拶を返すノエルに、俺は冗談めかした言葉を返す。

「へへっ……戻って最初に顔合わせたときは、幽霊扱いされちまったけどな」
「そ、それは……忘れて下さい」

 ノエルは恥ずかしそうに頬を染めると、顔を伏せた。

「ところで、これからどう動く予定になってんだ?」
「あ、はい。ちょうど物資の補給が終わった所なので、このままダアト港に向かうことになります。詳しい話に関しては、私は聞いていないので、港でティアさんと合流して下さい」
「わかった。またしばらくの間、よろしくな」
「はい!」

 こうしてノエルと合流した俺は、城下での準備を済ませ、アルビオールに乗り込んだ。

「──それでは、行きましょう!」

 ノエルの声を合図に、アルビオールの機影が王都の空へと飛び立った。



                 【2】



 大量の譜業機器に埋めつくされた鍾乳洞の中、黙々と作業に勤しむ兵の姿が在った。天井から時折滴り落ちる水滴の音だけが、静謐な洞窟内に響き渡る。

 ここはレプリカ精製に必要となるフォミニンの採掘場にして、今や教団から追放された元第二師団師団長、死神ディストの拠点の一つ──ワイヨン鏡窟だ。

 セントビナーの襲撃によって、正式に教団から除名されたディストは、今や教団兵、帝国軍の双方から追われる身だ。今回の派兵も、教団に残されていた資料からディストの拠点の一つとして、ワイヨン鏡窟の名が記されているものが発見されたのが切っ掛けだ。

 ディストの姿こそなかったもの、最近まで使用されていたのか、かなりの資料が残されていた。周囲を動き回る兵達も残された物資を頻りに見て廻っている

 ……何とも忙しないことだけどな。

 周囲を駆け回る兵とすれ違う度に、御苦労さんと声を掛けつつ、ガイは奥へと向かう。

 最奥に達したところで、目的の人物を発見した。件の人物は一台の演算器を前に、何やら考え込んでいる様子だ。なにやら珍しい表情だなとガイは思いつつ軽い口調で話し掛ける。

「何か変なところでも見つかったのか、大佐さん?」
「……ガイですか。いえ、少し気分が沈むのを感じていただけです」

 返された言葉のいつにない暗さに、ガイは驚きを覚えた。

「珍しいな。大佐が弱音を吐くなんて」
「まあ、私も人の子ということでしょうね。そういうときもありますよ」

 苦笑を浮かべると、大佐は直ぐに顔を引き締めた。

「それよりも、この設備を見てください」

 促されるまま、大佐の指し示す方角を見上げる。其処には天井に届かんばかりの巨大さを誇る譜業機械が在った。

「こいつは……えらいデカイ設備だな。ん……?」

 どうも記憶に引っ掛かりを覚えた。どこかで見覚えがあるような気がするが……?

 訝しむこちらの気配を察してか、大佐が頷きを返す。

「これはファブレ公爵の別荘に設置されていた装置と同じものです」

 告げられた言葉にはっとする。かつて誘拐されたルークが発見された、あの屋敷に設置されていたものと同じ装置だと?

「こいつも……レプリカ関連の施設だってことか?」
「ええ。あのバカは、この地で懲りずに複製体の研究を続けていたようです。実際、ここで実験に使われていたと思しきチーグルが発見されています」
「チーグルが実験に? そりゃまたヒドイな」
「……言い方は悪いですが、チーグルはもともと音素比率が安定した存在なので、実験に最適の種族ですからね。大多数のものはまだ実験に使用されていなかったようですが、運の悪い一匹が複製体を作られ、この先でオリジナルと飼育されていました。……既に一匹は死んでしまったようで、遺体も残っていませんがね」
「遺体も残ってない、か。……レプリカの方は、間に合わなかったってことか」

 レプリカが死んだとき、その死体は残らない。音素乖離によって、死体すら残さず音素に帰る。その事実に顔しかめるガイに、ジェイドはどこか苦い表情で否定を返す。

「いえ、死んでいたのはオリジナルの方です」
「ん? そりゃどういうことだ?」
「……まだわかりません。しかし、もしかするとディストは……」
「カーティス大佐!!」

 遠くから上がった呼び声に、大佐は一端口を閉じた。

「失礼……どうしました?」
「この計画書を……」

 どこか興奮した様子で言い募る部下に、大佐が怪訝そうに眉を寄せながら計画書を受け取る。

「これは……──」

 渡された書類を読み進めるうちに、みるみるジェイドの表情が強張っていく。

 おいおい。あの大佐が表情変えるとは、いったいどんな内容だ? 不安が胸を過るのを感じながら見据えていると、ついに大佐が顔を上げる。

「──至急、ダアトに戻る必要があるようです」

 強張った表情で告げられた言葉が、静謐な洞窟内にどこまでも響き渡った。



  1. 2005/04/30(土) 18:06:11|
  2. 【家族ジャングル】  第八章
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可(誤字・脱字等の報告を下さる場合は、チェックして頂けると幸いです)

トラックバック

トラックバックURL
http://suimin5088.blog58.fc2.com/tb.php/147-5e7a743a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
 
書庫へ戻る |  日記過去ログ |  ジャンク作品目次 |  アビス一覧目次 |  お勧め一次創作 |  お勧め二次創作 |  掲示板 |

FC2Ad


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。