全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第2話 「輝く尖塔」



 前を行く男の後に続きながら、彼は彼女に言葉を掛ける。

「……大丈夫ですか?」
「…………」

「僕では……あなたの力になれませんか?」
「…………」

「……わかりました。ですが、安心してください」
「…………」

「あなたは、僕が守ります」
「…………」

 握りしめられた小さな拳が、軋んだ音を立てた。



                 【1】



 ダアト港に到着した所で、埠頭に佇む彼女に気付く。

 アルビオールから外に出た俺は彼女に近づき、笑いかける。

「久しぶりだな、ティア」
「ええ。久しぶりね、ルーク」

 二人の間に涼やかな風が吹く。
 しばらくの間、言葉も交わさぬまま、視線を交わせる。

 不意に、咳払いが届く。

「私はアルビオールの整備を進めておきますね」

 それでは、とそそくさと去っていくノエル。

 後に残された俺たちは顔を見合せ、何とも言えぬこっ恥ずかしい想いに晒され、顔を真っ赤に染め上げるのだった。

 足元では小動物二匹が、単純に久々に会えた仲間に対して嬉しそうに駆け回っていた。

 ……やっぱ、何とも締まらない再会だよな。

 俺達は顔を見合せ、どちらからともなく、苦笑を浮かべ合った。


                  * * *


 ダアトに向かう道すがら、教団の状況に関して言葉を交わす。

 何でも現在トリトハイムが事務方で中心となりつつあるようだ。軍部においても、まともな指揮官がアダンテのおっさんぐらいしかいなくなったことで、急速に改革派が実権を掌握しつつあるらしい。

 どうやらイオンの導師としての基盤も、ほぼ磐石なものとなりつつあるようだな。

 ユリアシティの連中も、緊急時である以上やむを得ないと、イオンの方針を受け入れつつあるそうだ。

 スコアがまるで当てにならなくなった状況だ。俺たちからすれば、当然の対応だろうがと怒鳴り返してやりたい気分になるがな。

「それにしても、ディストの奴はどうなった?」
「ええ。その件に関しても進展があったわ」

 セントビナーの襲撃を行ったことで、ディストは帝国と教団の双方から手配を受けている。ヴァンとの繋がりを持った唯一の情報源だったが、さすがのモースも今回の一件で庇いきれなくなったらしい。正式に教団からも除名され、ディストの執務室にも捜査の手が伸びた。

 そこから発見された資料を下に、ラーデシア大陸にディストの拠点が発見されたそうだ。今もジェイド率いる帝国軍とガイが教団兵と共に、その拠点──ワイヨン鏡窟に向かっているらしい。

 今回の呼び出しも、鏡窟の調査隊がそろそろ戻ってくる頃らしいので、それに関した報告を兼ねたものだという。

「なるほどね……。他の皆がどうしてるかわかるか?」
「イオン様とアニスは、まだナタリアと各国の慰問に出向いている最中だから、ダアトに帰還するには、もう少しかかるそうよ」

 アッシュの行方に関しては、また独自に動き出したらしく、教団側としても不明ということだった。

 だが連絡をとろうと思えば、アダンテのおっさんが取れるらしいので、さして心配はしていない。

 そのとき、港の方から汽笛が盛大に鳴らされた。

 顔を向けると、かなりデカイ軍艦が入港して来るのが見えた。

「もしかして、ジェイド達か?」
「あの船籍を見る限り、たぶんそうだと思うけど……変ね?」
「どうしたんだ?」
「予定だと、二人がダアトに戻るのは、まだ数日後のはずだったけど……?」

 不可解そうに首を傾げるティアの言葉に、俺も確かに変だと訝しむ。

「ん……まあ、どうせまだ大して離れてないんだ。港まで迎えに戻って、直接話を聞いちまおうか?」
「……そうね。戻りましょうか」

 俺たちは予定より早い帰還を疑問に思いながら、とりあえず港に引き返す。

 まあ、何があったにせよ、会って話しを聞けば、少なくとも何かはわかるだろう。

 思考を切り換え、港に戻ったところで、湾口を前に立つ二人の姿が目に入る。

「ジェイド、ガイ。二人とも、久しぶりだな」
「お久しぶりです、ルーク」
「ああ、随分と久しぶりに感じるよな、ルーク」

 和やかに再会の言葉を交わした後で、俺は当然の疑問を尋ねる。

「にしても、二人とも予定より早く帰還したみたいだけどよ、何かあったのか?」

「…………」
「…………」

 軽い調子で尋ねた疑問に返されたのは、重苦しい沈黙だった。

「な、なんだよ。そんな深刻な問題なのか?」

「……まず一つ、報告します」

 メガネを押し上げながら表情を隠して、ジェイドは淡々と告げる。

「ディストの拠点で、警戒すべき事柄が明らかになりました」
「確か……ワイヨン鏡窟とか言ったか?」
「ええ、そうです。色々なことがわかりましたが……結局ディストの行方は掴めませんでした。しかし、無視できない計画が同時に判明しました。あのバカは、どうも導師イオンの身柄を狙っているようなのです」

「導師イオンの……?」
「……身柄を狙ってるだって?」

 さすがに考えもしなかった事態に、俺たちは困惑に首を捻る。

 ダアト式封呪が解除された今、イオン狙う理由は存在しないはずだが……いったいどういうことだ?

 考え込んでいると、ガイが続ける。

「ともかく、イオンが危険に晒されていることに違いはないんだ。ひとまずイオンを教団に呼び戻してくれないか?」
「まあ、それが一番か。……ティア、大丈夫そうか?」
「え、ええ。今はナタリア達と各国の慰問に廻っているけど、さして緊急性のある用件ではないから、直ぐにでも帰還できると思うわ。けど……ディストは、本当にイオン様を?」

 戸惑うティアに、ジェイドはどこか切迫した空気をまといながら続ける。

「ええ。それにどうも嫌な予感がする。ディストが馬鹿げた行動を取るのは今更の話ですが、今回はいつもと何かが違うように感じられます。厄介な事態になる前に、導師にはダアトに帰還して頂き、万全な警護がついた状態で待機して貰いたい」
「……わかりました。トリトハイム様に伝えて、イオン様の慰安を一時中断、ダアトに帰還して頂きます」
「お願いします」

 話が決まったところで、俺たちは急ぎ教団本部に向かう。

 だが、教団内に足を踏み入れた所で、どうも違和感を覚える。

 教団員達の間に流れる空気が、どうにも慌ただしい様子なのだ。

「何かあったのかね?」
「……おかしいですね」

 不意に、慌ただしく歩く教団の人間の中に、トリトハイムの顔が視界に入った。

「詠師トリトハイム、少しよろしいでしょうか?」
「おお、カーティス大佐。それにグランツ響長、二人ともお戻りになりましたか」
「ええ。調査に関連した事柄で、イオン様に関して至急お伝えしたいことがあります」
「むぅ……導師イオンに関して伝えたいことがある、ですか……」

 何かを躊躇うように、言葉に詰まるトリトハイムに、ジェイドが更に前に出る。

「詠師トリトハイム。こちらも緊急の用件です。ワイヨン鏡窟の探索で、六神将のディストが、導師イオンの襲撃を企てていることが判明しました」

「何と、ディストが!? ……いや、だが確かにそう考えると……」

 なにやら考え込み始めたトリトハイムに、ジェイドも嫌な予感を感じてか、真剣な表情で再度問い詰める。

「いったい、何があったのです? 話して頂けるようなら、私たちが直ぐにでも動けますが?」

 教団兵では小回りが効かないでしょうと続けたジェイドの言葉に後押しされてか、トリトハイムが重い口を開く。

「……わかりました。全てをお話ししましょう。
 実は、先程入った情報なのですが……各国の慰安に廻っていた使節団が襲撃を受け、導師イオンが行方不明となりました」

「「「なっ」」」

 驚愕する俺たちを前に、トリトハイムは自身も焦りを露わにしながら、言葉を続ける。

 何でも各地域を慰問して廻っていた使節団だったが、街と街との間を移動する隙をつかれて、襲撃されたらしい。導師イオンはもとより、同行していたアニスの消息も不明。ナタリアと他の使節団の人間は、負傷した状態で倒れているのを周辺の街で発見されたそうだ。

 運び込まれた施療院で治療を施されていたらしいが、しかし直ぐにナタリアも姿を消したという。まだ不確定だが、黒の教団服を着込んだ赤毛の男が、ナタリアらしき人物と街を出るところを目撃したという情報もあるらしい。

「襲撃したのは、やっぱディストのやつなのかね? 目撃情報の方はアッシュか?」
「どちらにせよ、対応が後手に廻ったのは否めませんね……いささか油断していたようです」
「でも導師を誘拐して、今更どうするつもりなのかしら……?」

 トリトハイムから次々と告げられる驚愕の事実を前に、誰もが口を開き言葉を交わす。

 さらに詳しい状況を聞き出そうとしたそのとき、怪訝そうな声が掛かる。

「……どうも慌ただしいようだが、何があった?」

 教団の制服をまとった中年の男──大詠師モースが、こちらを見据えていた。

「詠師トリトハイム。詳しい状況をお教え願いたいものですな」

 一切俺たちと視線を合わせようとはせずに、モースはトリトハイムに話しかけた。

「大詠師モース、実は各国の慰安に廻っていた使節団が襲撃を受け、同行していた導師が行方不明になってしまったようなのです」
「導師イオンが行方不明に?」
「そうです。また、ワイヨン鏡窟の探索を行っていたカーティス大佐によると、六神将ディストが導師の襲撃を企てていたとも……」

 トリトハイムの説明にモースが眉を寄せる。そこに不審な態度は見えないが、どうにも俺はこの相手の態度が気に掛かった。

 ……試してみるか。

「モース、あんたはディストの野郎と組んでたんだよな?」
「ふん。使っていたと言って欲しいものだがな」

 揶揄するような言葉を叩きつける俺に、バカバカしいとモースは鼻を鳴らした。相手の真意を伺うべく、俺はさらに強くモースを睨むが、相手は一向に気にした風もない。泰然とした態度で、ただこちらを見返している。

「情報源として利用していたのは認めるが、あやつはやりすぎた」

 モースの瞳は醒めきっていた。そこに一切の感情は感じらず、ただ当然の言葉を返すのみという態度が見える。

「教団にとって害となる人間を、いつまでも見過ごすほど愚かではない」
「………なるほどね。さすがは大詠師って所か」

 裏を返せば、それは教団にとって害となるような人間ならば、いつでも切り捨てる用意があるとも取れた。

「まあ、少し落ち着けよ、ルーク」

 滲み出る嫌悪感を隠そうともしない俺を押しとどめ、ガイがやんわりとモースに問いかける。

「しかし、あんたがディストと協力関係にあったのは事実だろ? 何か知らないのか?」
「ディストが導師イオンを誘拐した可能性か……」

 僅かに考え込むような間を空けた後で、そう言えば、とモースが顔を上げる。

「やつが以前、言っていたのを耳にしたことがあるな。レムの塔で最悪の場合は例の計画を実行するしかない、と……」
「レムの塔? 何処だそりゃ?」
「ふん。私の方が聞きたいぐらいだな」

 ……やっぱ、いちいちムカツク反応返すやつだよな、オイ。

 再度睨み合う俺とモース。だが、それも直ぐに終わりを告げた。その場所に心当たりがあると、ティアが声を上げたからだ。

「昔から魔界にある塔よ。何でも創世歴時代に、外郭大地計画が失敗した場合を想定して、別の星へ行くための塔だったと聞いたことがある。確か……キュビ半島にあったはず」
「創世歴時代の塔ですか?」
「ふむ、随分と突然の話だな」

 イオンの誘拐と関連がわからないと不可解そうに首を捻るジェイドとガイ。だが、ティアの説明を耳にした瞬間、トリトハイムが目を見開く。

「襲撃が行われた地点は南ルグニカ平野です! あそこは確か、キュビ半島近郊だったはず」

 新たに加わった情報との符合に、俺たちの間に緊張が走る。

「……とりあえず、他に情報がないんだ。行ってみようぜ」

 いつまでもイオンが無事だとは限らない。そうした意味を込めた呼びかけに、皆も同意する。

「だな。それ以外にないか」
「イオンさま達が無事だといいけど……」

 こうして、レムの塔に向かうという方針が定まった。

 トリトハイムが神妙な表情で俺たちに向き直る。

「導師をお願いします、皆さん。私もオラクルの者たちに出動を要請しておきます」
「お願いします、トリトハイムさま」

「それじゃ、行こうぜ」

 皆を促し、俺たちは早速塔に向けて動き出した。だがふと、一人動かないジェイドに気付く。ジェイドはどこか険しい表情で、一人モースに視線を据え続けている。

「どうしたよ、ジェイド? 何か気になることでもあったのか?」
「………いえ、何でもありません」

 被りを振ると、直ぐにジェイドも俺たちの後に続いた。怪訝に思わなかったといえば嘘になるが、このときはそれよりもイオンの方が気掛かりだったため、それ以上問い返そうとは思わなかった。

「…………今はイオンさまの救出を優先すべき、か」

 だから、最後に呟かれた言葉に込められた意味も、このときの俺にはわからなかった。



                 【2】



「すっげぇでかさだよなぁ……」

 見上げる限り続く塔。俺は間の抜けた顔で塔を見上げながら、その威容に思わず感嘆の息を漏らしていた。

 ダアトを発った俺たちはアルビオールでキュビ半島へと向かった。着いた先にはこの塔以外に目立った建造物など存在せず、直ぐにそれがレムの塔だとわかった。

 天に向けて延々と伸びるレムの塔は、平坦な大地の中で、あまりにも際立っていた。

「しかし、他の星に逃げるなんて、よくそんなとんでもないこと考えるよなぁ……」

 創世歴時代のとんでもない技術力には呆れ返ると、俺は被りを振った。それにガイが苦笑混じりに同意する。

「まあ、シェリダンでもロケットじいさんが宇宙関連の研究開発は行ってるらしいが、空もろくに飛べない時代だ。宇宙なんて夢のまた夢だよな」
「空に宇宙。どちらもまだ、人間の手の届かない領域ということでしょうね」
「お、ジェイド。戻ったのか」

 アルビオールから降りるや、ジェイドは一人先行して塔の偵察に向かっていた。ジェイドに御苦労さんと声を掛ける俺を押さえ、ティアがまっさきに質問を掛ける。

「カーティス大佐。何かわかりましたか?」
「見た限りこれといって不審な点は見当たりません。どうやら名付けられた通り、レムの音素が満ちた場所でもあるようですが……今はあまり関係ないことでしょう。むしろ、塔の外で発見がありましたね」
「塔の外?」
「こちらとは反対側に、アルビオールと似た型式の航空機が停泊していました。あれはおそらく、アルビオール三号機でしょうね」
「三号機……? アルビオールってそんなに数があったのか?」

 アルビオールの機体に寄っ掛かりながら首を傾げる俺に、機体の整備をしていたノエルがひょっこりと顔を出す。あまりに突然の登場に、正直俺はびびりました。

「アルビオール三号機はギンジ兄さんが操縦する機体です。今はアッシュさんに貸し出されているはずですよ」
「そ、そっか。ありがとな、ノエル」

 多少どもり気味に礼を言う俺に、ノエルは大したことではないと微笑むと、直ぐに顔を引っ込め機体の整備に戻った。疑問に答えてくれたのはありがたいが……ちょっと心臓に悪いな。

 俺は少し咳払いをして、動揺を押さえた後で、口を開く。

「しかし、ノエルの言う通りならアッシュのやつもここに来てるってことになるな」
「市街での目撃情報と合わせて考えれば、ナタリアも来ている可能性が高いでしょうね」

 ふむ、確かにナタリアのやつなら、自分の目の前でイオンがさらわれたりしたら、そのまま黙ってなんていられそうにないしな。

「二人がイオンの後を追ってるなら、やっぱここで正解ってことか」

 睨み付けるようにして塔を見上げる。自分でも視線がいつになく鋭くなるのがわかる。

「アニスのやつも一緒かね? 無事だと良いが」
「アニスなら余程のことがない限り、大丈夫でしょう」
「そうそう。きっと今頃立ちふさがる障害をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、犯人を追ってる頃だぜ」
「トクナガから怪光線ぐらいなら出しているかもしれませんねぇ」

「ず、随分とすごい想像だな」

 ふざけたこと言い合う俺とジェイドに、ガイが乾いた笑い声を上げた。その顔には単純に否定もできないなぁと書かれていたから、人のことは言えないと思うがな。

「もう……ふざけたことを行ってないで、先を急ぎましょう」

 馬鹿話を交わす俺たちを一喝すると、ティアは先立って歩いて行ってしまった。

 ……さすがにちょっとふざけすぎたか。

 バツが悪くなった俺たちは慌てて彼女の後に続く。

 塔の中は、パッセージリングのあるセフィロトと似たような雰囲気が漂う場所だった。建物を構成する物質も人工的で、どこかユリアシティにも似ているかもしれない。

 正面に、バチカルにある天空滑車を格段に進化させたような昇降機が設置されていた。

「先程確認してみたのですが、どうやらこの塔は建造途中で放棄されたもののようです。そのため、この昇降機では途中までしか上がれないようです」

 ジェイドが説明をしながら、まっさきに昇降機に乗り込む。

「って、途中までしか行けないのにいいいのか?」
「途中まででも行けるだけ僥倖ですよ。」

 外から見たならわかるでしょう、とジェイドが肩を竦めて見せた。

 思い浮かぶのは、雲を突き抜け伸び続ける塔の威容だ。

「……まあ、確かにあれを全部足で昇り切るのはキツイか」
「とりあえず、これで行ける所まで行ってみましょう。塔の外周に沿って階段があるので、途中からそちらに移ることになるでしょうけどね。アッシュ達が来てるなら、少なくとも無駄足にはならないでしょう」
「それもそうだな」

 ジェイドの言う通り、途中まで行けるだけマシってことか。

 俺たちは昇降機に乗り込み、扉を閉める。

 昇降機が起動し、グングンと上に登っていく。バチカルに置かれた天空滑車と異なり、移動する際に聞こえるはずの音もまるで聞こえない。やっぱとんでもない技術力だよな。

 感心していると、一分も経たないうちに昇降機が動きを止める。

「……ここまでのようですね」

 徐々に緊張感が高まって行く中、昇降機の扉が開かれる。

 扉の開かれた先に、三人組の男女の姿があった。どこか道化染みた衣装をまとった、怪しい人物だったが、今は負傷しているのか、苦しそうに床に座り込んでいる。

「って、お前ら漆黒の翼か?」
「あんたたちは……坊や達か!」

 向こうも俺たちの登場が予想外だったのか、驚きに目を見開いている。

「お前らどうしてここに? どういうことだ? もしかして、アッシュの奴と……?」
「今は答えてる時間がない。アッシュの坊や達なら塔の頂上に向かったよ。あの娘を止めてやってくれ!」

 叫び返すようにして、ノワールが告げた。あまりに余裕のない彼女の様子に、俺はそれ以上問いかける言葉を失う。

 この焦りようを見る限り、詳しい話を聞き出しているような余裕はないようだ。

「……わかった」

 だから、俺はせめて相手が安心できるように、静かに頷き返した。それに安心してか、ノワールは意識を失ったようだ。彼女の手当てをしていたウルシーが代わって顔を上げる。

「あっちに頂上に続く階段がある。急いで欲しい」
「俺たちじゃ力が足りねぇでゲス! アッシュの旦那をよろしく頼む!」
「ああ、任せとけ!」

 ウルシーとヨークの呼びかけに力強く答えると、俺たちは駆け足で階段に向かった。

 簡易的に造られたと思しき階段を進む。壁のあちこちにむき出しのまま放置された部分が目立つ。階段そのものもどこか崩れ、切り出されたブロックのまま放置された箇所さえある。

 直ぐに階段は終りを告げ、駆け上った先に扉が見えた。

「どうやら、頂上はこの先のようですね」
「準備はいいか? 漆黒の翼の様子を見る限り、居るのは相当物騒なやつだぞ」
「ええ。油断はしないでね、ルーク」
「わかってるさ。行くぜ」

 覚悟を決め、扉を開く。

 扉の先には、蒼空が広がっていた。

 障気は足元に広がっている。どうやらこの塔は、雲の上の層にまで達しているようだ。広がる絶景に一瞬息をのんだ後で、直ぐに気を引き締め周囲を伺う。

 塔の中央付近に、三人の男女の姿があった。何かの譜業装置のようなものを調節するディスト、床に描かれた譜陣の中央に立つイオン、そして何故か顔を俯けたまま動かないアニス。

 床には譜業兵器の残骸と思しきものが焔を上げながら大破しているのが見えた。だが、大破しながらも維持される障壁のようなものが、こちら側と向こうを隔絶していた。

 譜業兵器を間に挟み、三人と対峙するようにして、身構えるアッシュとナタリアの姿が見えた。アッシュは片膝をついた状態で、苦しげにうめいている。ナタリアはアッシュの側に立ち、必死に治癒術を掛けていた。

 治癒術を掛けながら、ナタリアは顔を上げて呼びかける。

「アニス! もはやあなたが頼みです! 導師を止めて下さい!」
「導師、お前も考え直せ!」
「…………」

 アニスは俯いたまま、応えない。

「どういう状況だ、アッシュ?」
「ちっ……テメェらも、あいつを止めろ!!」

 状況が理解できず動けない俺たちに、アッシュが苦々しげに顔を歪めた。

「はーっはっはっはっは! あまり殺気立たないで欲しいものですね。私は何も導師を害しようという訳ではありませんから」

 慇懃な仕種で断りを入れると、ディストは導師に向き直る。

「さあ、導師、この譜陣にあなたの力を注ぎ込んでください。ダアト式譜術は、導師にしか扱えませんからねぇ」
「やめろ導師! テメェの力がもたねぇぞっ!! クソガキ! テメェも止めろ!!」

 ディストが促しに、アッシュが必死の形相で声を上げた。だが、イオンはそれに微笑み返すと、俯いたままのアニスに小さく声を掛ける。

「……アニス、オリバー達のことはわかっています」

 はっとアニスが顔を上げた。イオンと初めて視線を合わせる。イオンの瞳は静謐なまま、動かない。

「僕の力が及ばなかったばかりに、すみません。ですが、もう安心して下さい。せめて、あなただけでも……」

 ディストに促されるまま、イオンが塔の床一面に描かれた譜陣に手を伸ばす、

「っ!! ───イオンさまぁダメェ────っ!」

 注ぎ込まれる力に譜陣が膨大な光を発し、塔の頂上は光の中に霞む。

「ふふふふふっ来た来た来たァァァ! 莫大なレムの音素が、この地に収束するのを感じますよぉっ!!」

 煌々と集う光の乱舞の中心で、ディストが歓喜も露わに哄笑を上げる。

「今こそ復活のときです、ネビリム先生ぇーーーーっ!!」

「ネビリム先生だと? ディスト、どういうことだっ!」

 ジェイドが殺気も露わに問い詰める。それにディストは余裕そのものといった様子で応じる。

「ふふふ。結局の所、ネビリム先生のレプリカ情報を握っているのは総長ですからね。彼等が教団を離脱した以上、モースが総長から情報を奪取することは期待できません。さらに言えばセントビナーの一件で、師団からも追われた私が、総長に繋がりを持つことは難しい。もはや新たに先生のレプリカを造ることは絶望的になったと言ってもいいでしょうねぇ」

 自らの目的が遠のいたと言いながら、そこにはまるで動揺が見えない。思わず俺は問いかけていた。

「どういうことだっ! なら、何が目的でお前は……」
「簡単な話ですよ。新たに作成することができないなら、既に存在するものに手を加え調整し、完成の域にまで届かせればいいとね」

 言いながら、譜陣に力を注ぎ続けるイオンに視線を向ける。

「ダアト式譜術の精密な制御能力! 人間の精神にすら干渉を可能とする調整能力! ケイオス・ハートから確保しておいた第一音素に、レムの塔に収束する第六音素を合わせ、この譜陣に注ぎ込む事で、封印は解かれるのですっ!!」

「……この譜陣……───っ! ……まさか……っ!?」

 息を飲むジェイドに、ディストは歓喜の声を上げる。

「ええ! そうです。改めて複製体を作成せずとも、あの日から、確かに先生は存在していた。
 あなたが最初に生み出した──レプリカとしてねぇっ!
 さぁ──我らが愛するゲルダ・ネビリム先生が、ここに復活するっ!」

 ディストは最後に叫ぶと同時に、何かの響律符を譜陣に投じた。響律符が譜陣に触れると同時、闇色の音素が顕現する。周囲から押し寄せるレムの音素と、響律符から溢れ出すシャドウの音素は煌々と燃え上がり、混ざり合った音素は紫紺の光を放ちながら世界を侵し───

 全てが消えた。

 一瞬遅れて、イオンの身体が、床に崩れ落ちる。

 倒れたイオンに、アニスが慌てて駆け寄り、彼の小さな身体を抱き寄せ、塔の端に避難する。

 他の誰も動かなかった。

 いや、動けなかった。

 圧倒的な存在感が、場に満ちていた。

 光の消え失せた譜陣の上空で、翼の翻る音が響く。

「まさか……」

 ジェイドが動揺の声を上げる。信じられないものを見たとでも言うように、限界まで見開かれた眼で、視線の先にあるものを見据え続ける。

 白磁の肌がきらめき、豪奢な金髪が風に揺らぐ。背中から覗く翼が、一定の間隔ではばたき、抜け落ちた羽が地面に届く寸前で、音素の光に変わる。

「ネビリム先生ーーーー!!」

 ディストが感極まった様子で、譜陣の上に現れた女に呼びかけた。

 女は声に気づき、僅かに表情を緩めると、鈴の鳴るような声で、ディストの名を呼ぶ。

「……──ごくろうさま、サフィール」
「ネビリム先生っ!! 先生にお話ししたいことがたくさん……」

 感動にもはや堪えきれないと詰め寄ろうとするディストに、女は優しく微笑みながら、すっと手を持ち上げる。光が灯り、持ち上げられた指先がディストに向けられる。

「──まずい! 伏せろっ!!」

 視界を貫く、一条の閃光。

 ディストのメガネが爆ぜ割れた。砕け散ったメガネの破片が地面に降り注ぎ、力ない声が洩れる。

「しぇんしぇい……───?」

 ディストの身体はグラリと傾き、地に伏せた。溢れ出した鮮血が床に広がっていく。ディストの身体はピクリとも動かない。

「ディスト!?」
「おかしいですの。なんだか怖い魔物がいるですの……」

 ブルブルと震えるミュウに、コライガも全身の毛を逆立てながら低く唸り声を上げる。

「ふふふ……失礼ね。私を魔物呼ばわりするなんて……──」

 先程の一撃など、まるで意に介した様子も見せず、女はひたすら優しく微笑んでいた。

 それが、なによりも畏ろしい。

 場を支配する圧倒的な存在感を前に、誰もが動けない。

 女の視線が動く。向けられた視線の先に、ジェイドの姿があった。女はジェイドに熱い視線を向けながら、まるで花咲くような可憐な笑みを浮かべると、嬉しそうに呼びかけた。

「──お久しぶりね、ジェイド」

 ゲルダ・ネビリムが、ここに復活を果たした。



  1. 2005/04/29(金) 00:30:00|
  2. 【家族ジャングル】  第八章
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