全手動軽文量産機

──A.L.M──

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【────まであと■日】







 ───ピピピッ───ピピピッ───ピピピッ───


 一定の感覚で繰り返される電子音が、朝の静寂を貫いた。耳に響く不快な音に、もぞもぞと動く手が蒲団の中から延びる。バシッと落とされた手が音源を止めた。

「…………」

 静寂が戻った部屋の中で、しばらくの間、蒲団から動きが消える。

 しかし、しばらくすると、再び電子音が部屋に鳴り響く。

 ───ピピピッ───ピピピッ───ピピピッ───

 響き渡る音は徐々に大きくなって行く。蒲団の主がとうとう観念したと身体を起こす。ぼさぼさになった肩にかかるぐらいの髪がふらふらの頭に合わせて揺れ動く。何度か倒れそうになった後で、時計を掴んだ手がようやく目覚ましの動きそのものを消した。

 起き上がった彼女はぼーっとした表情で、そのまま天井を見上げていた。

 しばらくして、視線が動く。壁際にかけられたカレンダー。金曜日の部分に記された印。最終日、ガンバれ私! 赤ペンでグルグルと丸が付けられている。再び電子時計に視線を戻す。記された日付と曜日は金曜日。

「…………嘘…………?」

 一瞬、日付の見間違いを疑う。

 しばし呆然とした後で、部屋に置かれたテレビをつける。流れ出したニュースが朝の挨拶を交えながら、天気予報を流す。そこに現れた日付と曜日は、やはりカレンダーに記された通りであり、時計の告げた金曜日と同じものだ。

「…………夢、だったの……?」

 つぶやくと同時に、グラリと視界が揺れる。グラグラと世界が揺れ動く。

 何かが、急速に失われていくような喪失感。

 室内につけっぱなしにされたテレビから流れるキャスターの天気を読み上げる声だけが響く。響く。響く。

 数時間とも、数秒ともつかない間、目眩が続いた後。

「…………夢、なんだ」

 でも、妙にリアルな夢だったな。

 彼女は首を捻りながら、そう呟いた。


 もはや、そこに違和感を覚えている様子はない。


 こうして彼女───高町晴香は示されるがまま、この世界を受け入れた。














               【────まであと■日】













 朝の細々した準備を整えた後で、寮の食堂へ向かう。

 寮母さんに朝の挨拶をしながら、朝食を受け取った後で、トレイを手にしながら、食堂を見回す。早朝のせいか、まだ他に人影は見えない。高町は席の端の方を選んで座り、朝ごはんに向き直る。トーストとサラダにスクランブルエッグ。高町は朝は洋食派だった。

 しばらくの間、もくもくと口に運んでいると、目の前にトレイが置かれた。

「今日も随分と早起きだな」

 顔を上げる。まず目につくのは白衣。制服の上から羽織られているが、それでもスタイルの良さわかる。自分と比べて落ち込みそうになった。とりあえず乳製品の摂取を増やそうと決意。口の中に入れたものを飲み込んだ後で、朝の挨拶を返す。

「ぅく……ふぅ、おはよう、ユイ」
「おはよう、ハルカ」

 ユイ。一ノ瀬ユイ。自分と同じクラスの友達。親友と行っても言いかもしれない相手。

 ユイは対面に腰掛けると、朝食を取り始める。味噌汁にご飯。彼女は和食派らしい。

 しばらく食を進めた後で、彼女は口を開く。

「今日は部活の朝練、、、、、 に出るつもりなのか?」


 告げられた言葉に───意識が軋む、キシム、きしむ。


 グラグラと揺れる世界の中で、しかし高町の口は勝手に言葉を紡いでいく。


「うん。六時起きは辛いけど、やっぱり毎日の積み重ねが大事だから、遅れを取り戻さないとね」
「そうか。まあ、退屈な学生生活・・・・・・・ だ。力を向けられる先があるのはいいことだな」
「……ユイ、なんだか年寄りクサイよ」
「何を言う、ハルカ。私はただ一般的な事を言っただけで……」
「はいはい。わかってるわよ」


 違和感の正体が表に出ることはなく、彼女はごく自然にユイと会話を続けていく。そして、会話を続けるうちに、直ぐに違和感も認識できなくなる。いったい何を変に思っていたんだろう? 

「でも、ユイの方も電脳部はどんな感じだったの? 確か体験入部したはずよね?」
「ふん。あんな低スペックで電脳を名乗るとはおこがましい。体験入部の際に、全てのマシンに侵入して停止してやった」

 無表情のままVサインを出す一ノ瀬。動かない表情にも、どこか得意気な色が見えた。

「それはそれは……電脳部も御愁傷様ね」
「むっ……それはどういう意味だ?」

 この親友は幅広い分野で天才的な技能もっている。しかし、そんな天才的な技能を無駄に遣うことに掛けてまで天才的と来ている。友達として災難を被ることの多い高町としては、どうにかして直して欲しい悪癖だった。

 溜め息をついて被りを振る高町に、一ノ瀬ユイは憮然と押し黙った。

 ふと、食堂につけられていたテレビに視線が行く。朝のニュースが流れている。

『──に上野公園で赤ちゃんが生まれました。これは国内でも初の───ジジッ───ジジッ──常威海に取り込まれた人間は意識を徐々に飲まれていく。技能の方向性が根本的に異なる自分は間接的にしか干渉できないが自分を強く意───ジジッ──ジジッ────環太平洋機構は帝国の三度目となる通商会談は無期延期となりました。両陣営の間に緊張が高まりつつあります。以上、朝のニューストピックをお送りしました』


「───ハルカ、どうかしたか?」

 ぼーっとニュースに見入っていた所に、一ノ瀬から声を掛けられた。

「大丈夫か?」

 心配そうに自分を見据える親友。一ノ瀬ユイ。

 大丈夫か? いったい何が? 自分は心配されるようなことは何もしてない。ただ、ニュースに見入っていて、反応が遅れただけだ。それだけだ。

「……ううん。何でもないわ」
「そうか」

 返された言葉に、一ノ瀬もさして拘ることなく頷き返した。

 その後は、惚けていた所に声を掛けられたのが気恥ずかしくなって、高町は急いで残った朝食を片づけた。すべて食べ終わった後で、両手を揃える。

「───ごちそうさま。それじゃ、先に行くわね、ユイ」
「わかった。また学校でな」
「うん。またね」

 挨拶を交わして、食堂を後にした。

 一端部屋へ戻った後で、荷物を方手に外へ向かう。

 寮から出た瞬間、早朝の澄んだ空気が押し寄せてきた。意識が研ぎ澄まされるような感覚に一瞬目を閉じて、大きく息を吸い込む。肺に取り込まれた冷たい空気に心地よさを感じながら、目を開く。

 そして、高町晴香はまだ人気のない通学路に向けて、一歩を踏み出した。


 ずっと何かが気になっていた。

 でもそれを考えたところで今は答えが出ないような気がしていた。

 だから無意識のうちに考えることをやめた。

 すると違和感そのもが薄れて行った。

 最期は何が気になっていたのかすら忘れていた。








               * * *






 走る。走る。走る。


 陸上競技の中でもっとも重要なのは、自らのペースを保つ技術だ。身長やフォームも高みを目指すなら重要になってくるが、何を置いても一つ上げろと言われれば、高町はそう答える。


 朝からずっと続いていた違和感も走ることで解消されていく。

 走っている間は、余計なことを考えずに済んだ。


 何回か測定した後で、トラックの横で柔軟運動をしながらタオルで汗を拭く。澄んだ朝の空気が肌に心地よく、胸にたまるモヤモヤを消し飛ばしていく。

「朝っぱらからせいが出るねぇ、高町」
「……香坂先輩」

 どこか時代がかった言葉をかけてきたのは、小柄な上級生。陸上部の先輩だが、朝練には参加していなかったのか制服姿だ。

「先輩は参加しなかったんですね」
「まあね。放課後は部活に出れるけど、うちの親はそれでさえ嫌がってる伏しがあるからねぇ。朝ぐらいは道場で稽古しろってさ」
「……それはまた大変ですね」
「まったくだね」

 香坂先輩の家は代々剣術道場をやっている家系らしい。先輩自身も正統継承者などと呼ばれて、幼少の頃からかなり本格的に剣術を仕込まれてきたらしい。

 そんな先輩がなぜ陸上部に所属しているかといえば、ひどく単純な理由があった。

「学校でまで剣術なんてやってられるかってんだ」

 ゲンナリと額を押さえながら、香坂先輩はいつもの言葉を口にした。

 ひどくこの先輩らしい理由だと高町は考えていた。

「ま、ともかくあれだ。それでも退院してからあまり日がないんだ。今日は早く切り上げなよ」


 ───自分は入院していた。部活に出るのは久しぶり。


 グラグラと視界が揺れる。グラグラと世界が揺れ動く。


「───って、おい、ハルカ! ハルカ!」
「……あ」
「大丈夫か?」

 気が付くと、目の前に先輩の顔があった。心配そうに自分を見やりながら、先輩は告げる。

「活動に参加するのは、やっぱりまだ無理そうだな」
「そんな先輩……!」

「ダメだ。今日の放課後は帰って安静にしてろ。いいな?」
「でも私は……!」
「体調をきちんと管理できるのも、一流のアスリートの条件だ」
「……ううぅ……わかりましたよ」
「よし。まあ、あまり根を詰めるなよ。……色々あったんだ。心配になるからな」

 後半の言葉は、どこか押さえられた声音だったため、高町にはよく聞こえなかった。

「……色々?」
「いや、何でもないよ。じゃ、またな」

 こちらの答えを聞き届けると、先輩はそのまま去って行った。

 首を傾げたまま、高町は先輩の左右に揺れるポニーテールを見送った。






                * * *





 退屈な授業は終りを告げ、放課の鐘が鳴り響く。


「ハルカー、今日は部活の参加を取り止めたと聞いたのだが本当か?」
「うん。先輩に止められちゃってね」
「なら、折角の機会だ。一緒に帰ろう」
「わかった」

 親友の誘いに応じて、二人は下校する。

 特にこれといった義務のない学生たちにとって、放課後の人の流れも二つに別れる。そのまま学校を去る者たちと、部活動に勤しむ者たちだ。


「でも、部活がないとなんだか気が抜けちゃうわねぇ……」
「またそんなこと言ってるのかハルカ?」

 ユイが溜め息混じりにこちらに向き直る。

「そこまで部活動が好きなのか?」

「うーん。そういうことでもないんだけど、何だか落ち着かないのよ」

 自分でもよくわからない衝動が、身体の奥で眠っている。それは出口を求めながら、身体の奥底でウネリ続けている。この衝動を一時的に押さえることが可能な代替手段が、走ることだった。

「ユイ」
「なんだ?」

「学校って、こんなものだったかな?」
「こんなものだったかなとは、どういう意味だ?」

「なんて言うのかな……もっと、いろんなことが出来たような気がする訳よ」
「いろんなことか」

 胸の内のモヤモヤを親友に伝えようとするのだが、どうしても言葉にすることができない。

「ハルカの言いたいことが、私にはわからない。私にとって学校に通うという行為は義務でしかない。この国に飛び級制度がないのが悔やまれる所だ」

 あまりにも才能に恵まれた親友は無表情のまま、どこか冗談めいた仕種で肩を竦めて見せた。

「飛び級制度かぁ。そういうものとも、何か違うような気がするのよねぇ……」

 この学生という身分に対して、どうにも腰が落ち着かないものを感じていた。勉強にせいを出せば良い。あるいは部活動で身体を動かして悩みを発散すべきだ。色々な意見があるだろう。

 しかし、根本的に自分が感じている世界が、何かがズレているような気がしていた。

「おそらく、ハルカはより本質的な事柄で悩んでいるのだろうな」

「本質的な事柄?」

「そうだ。私たち学生が身につける知識とはあまりに抽象的なものが多すぎると思わないか?」

 確かに、最低限度の体系的な学問知識は必須のものだろう。教えられた知識を学びとる過程で得た知恵が、今後の人生において、思考を働かせる過程で助けになることを否定するつもりはない。

「だが、既に向かうべき先を理解してしまっている者たちにとって、広範な知識と引き換えにしてでも学びとりたい知識が、身につけたい力というものは確かに存在する」

 そこで言葉を切ると、彼女はこちらに視線を向ける。

「ハルカが悩んでいるのは、そうした閉塞した現状と、望む世界との間に生じたズレによって生じた違和感のことだろうな」

「…………ズレ」

 断言する彼女に、高町は何も言葉を返せなくなる。

 それが、自分の悩んでいることなのだろうか?

 わからない。わからない。わからない。

「私には……私には、わからない」
「そうか。そうかもな。ハルカがそう言うのなら、そうなんだろうな」

 そこで、この話題は打ち切られた。

 しばらく無言のまま歩いた後で、不意にユイが話題を振ってきた。

「そう言えば、近い内に新入生の歓迎会があるそうだな」
「歓迎会?」
「そうだ。体験入部期間が終わった関係で、一斉に行うそうだ」
「ふーん。そんなのがあったんだ」

 気のない返事で応える高町に、ユイは呆れたように眉を寄せる。

「まったく。もう少し周囲の情報に気を配ったらどうだ?」
「あんまり興味ないわ」
「やれやれ……そんなことだと、一生独り身決定だな」
「ユーイーッ!」
「冗談だ、冗談」

 憤然と抗議する高町に、ユイは片目を閉じて言い添えるのだった。


 特にこれといった特質すべき事柄が起こらない場所。

 それが学校というものらしい。

 なりたいもの、手にしたいものを夢見ることがあったとしても、それは漠然としたものでしかない。

 誰もが流れるまま日常に埋没する世界に居るならば、明確な夢を持たないことで、劣等感が刺激されることもない。

 だから、自分は特に疑問を抱くことなく、これまで生きてきたし、これからもそう生きていくのだろう。



 ───何かが、ひどく気になった。














               【異邦人達の会話】









「───それで、最後の防護結界が破られたかもしれないってのは本当かよ?」


 どこか不自然なまでに人気のない路地裏。


「うん。架総研の中でも私の感知能力は高い方だから、まず間違いないよ」


 この世界の誰にも理解できない会話が交わされていく。


「結局、降臨陣の消去は間に合わなかったってことかぁ」

「うん。でも兆候が何もなかった訳でもないから、もちろん単なる確認だよね?」

「うっ……ま、まあな。この仮想世界が一気に密度を増したときに、俺もその可能性を思い付いてたよ? でも確信まで行ってなかったから、一応尋ねてみた訳だ。うんうん。これ本当」


 冷や汗を額に浮かべながら、暑苦しい漆黒の外套をまとった男が、どこかうろたえた様子で何度も言い募る。じーっと向けられる疑念のこもった視線に、黒衣の男はあっさての方向に視線を逸らした。


「し、しかし、誰の想念を核識にしてるかはわからんけど、随分と連中にとって都合のいい仮想世界が出来たもんだよなぁ」

「私たちにとってかなり厄介な世界だからね。ここに取り込まれたら、地力で脱出するのは相当難しいよ」


 栗色の髪を編み込んだ少女が、むーっと唸りながら周囲を見回す。


「架学の発展してない世界だからな。一見すると安定した世界なのがまた、一度取り込まれたらここの法則にどっぷり浸かっちまいそうで厄介だよなぁ。……居心地とかも良さそうだもんなぁ」

「でも、私はちょっと気に入らないかも」


 ポツリと呟かれた言葉に込められた嫌悪の感情に、男が意外そうに眉を上げる。


「ん、そうなのか?」

「無理やり安定してるように見せかけてるって言うのかな? そういう不必要なまでに、澱みを取り払ったような部分が、ちょっと気に入らない」


 ぷんぷんとどこか怒ったように見える少女の様子に、感心したように男は顎先を撫でる。


「……ふーん。威海門の安定を司る結界技師だと、こういう世界にそんな感想抱くもんなのか」

「うん。そんなものだよ」


 どこか得意気に薄い胸を張る少女に、男が改めて周囲に視線を向け直す。


「まあ、とりあえず、降臨陣の探索が先かね」

「そうだね。じゃあ、とりあえず広がった空間の中心点を探ってみるよ」

「ん。じゃあ移動するぞ」


 少女の言葉を受けた黒衣の男が、何もない空間に片腕を突き出して、広げた掌を握り込む。

 撃鉄を落としたような、金属どうしの打ち鳴らされる激しい音が響き渡った。

 電柱に止まっていたカラスが一斉に飛び去る。カァカァという鳴き声とバサバサ慌ただしく羽ばたく音が路地裏に谺する。



 そのとき、偶然近くの路地を通り掛かったサラリーマンが、突然一斉に飛び立ったカラスに対して、怪訝そうに顔を上げていた。サラリーマンはしばらく空を見上げた後で、首を傾げながらも、直ぐに歩みを再開させた。近道として、彼はあまり人通りのない路地裏に入る。


 そこには、誰の姿も存在しない。


 サラリーマンはカラスが飛び立つ直前、何だか変な音がこの路地から聞こえたような気がしていたが、目の前に広がる無人の路地を前に、単純に気のせいだったかと首を振る。やはり疲れているようだ。少し今日は早めに寝るとしよう。こうして、彼は家路につく。


 観測する者が存在しないなら、たとえ如何に不可思議な事象が発生しようとも、それは何も起こっていないのと同じこと。


 だから、ここでは何もおかしなことなど、起こっていない。


 つまりは、ただそれだけのことだった。





……続けぇっ!
  1. 2007/11/24(土) 18:35:36|
  2. オリ長編文章
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