全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第1話 「偽りの安寧に包まれ」




 声が聞こえる。

 眠りに落ちると同時、その声は届いた。

 薄霧に包まれた世界で、俺は独り考える。


 ああ、これは夢だな。

 耳に届く声が、何を意味するものか、理解することはできない。


 ───世界の意志───

 ───観測者───

 ───自らの務めを果たせ───


 薄霧が、晴れる。


 目の前に立つ影。


 自らとまったく同じ顔をした相手が、こちらをじっと見据え、笑っていた。


 俺は絶叫を上げた。




                  【1】




 跳ね起きると同時、吹き飛ばされた掛け布団が勢い良く床に落ちる。

「みゅみゅみゅみゅみゅー!?」
「がるるるるぅうぅうるるる?!」

 突然の落下物に視界を覆われて、床で寝ていた小動物達が混乱したように、慌ただしく鳴き声を上げている。

「………………」

 胸の動悸が収まらない。

 耳に響く鳴き声も、どこか遠く聞こえた。

 息を荒らげながら、しばし呼吸を整えた後で、俺は額を伝う汗を拭う。

「…………夢、か」

 身体を起こし、窓際に立つ。

 見上げた空に、一つの大陸が在った。それは日の光を遮りながら、渦を巻くプラネットストームの中心に存在する。浮遊大陸の底からは、重々しい砲台が無数突き出しているのが見えた。

「ご主人様、酷いですのー!
「ぐるぅぅうーーーー!」

「って、だから寝起きの相手に突進すんなっての! だぁ、うぉい! 尻尾で叩くな! 爪を立てんな! だぁーー! もう俺が悪かった! 悪かったから、止めろってのーーーー!!」


 ───エルドラントの浮上から、既に二週間近くが経っていた。



                  * * *



 ……なんか朝っぱらからヒデェめに会ったぜ。

 俺はかったるい身体を引きずって、中庭に立つ。見上げた空に浮かぶ忌ま忌ましい大陸を睨み付け、溜め息をつく。

 ジェイド曰く、あれはホド島のレプリカらしい。

 空中に浮遊しているように見えるのも、かつてホドに存在したセフィロトごと、フォミクリーの技術を使って再生されたからだろうって話だ。再生されたセフィロトからセフィロトツリーが生成されて、吹き上がる音素の波が、あの島を押し上げているとか。

 まあ……実際の所、あんまよくわかっちゃいないんだけどな。

 何にせよ空に浮かんでるとは言っても、俺たちには飛行機械であるアルビオールがある。大した障害にはならないだろうと、当初は楽観的に考えていた訳だが……とんでもなかった。

 アルビオールの突入は、現状では不可能だとジェイドは結論付けた。

 一応、ものは試しとばかりに、一度アルビオールで突っ込んでも見た。しかし、結果は酷いもんだった。エルドラントを取り巻くプラネットストームの流れに阻害されて、突入するどころか、ろくに近づくことすらままならなかった。

 ただ幸いなことに、上空からエルドラントの全容を確認することはできた。

 浮遊する大陸。エルドラントの中心と思しき地点に──それはあった。

 漆黒の球体。

 まるで卵のような球体。だが質感はむしろ水面のそれだ。いずれ生まれ落ちるときを待ち侘びるかのように、それは執拗に不気味な蠢動を繰り返す。

 地上に戻り、報告を受けたシェリダンの精密器具を用いた観測結果を経ても、あれが何なのか、解析不能という結果しか得られていない。

 今では地上からも、肉眼で目にすることができる。地上から確認できる姿だけ言えば、上空からエルドラントに覆いかぶさるようにして広がる、漆黒の湖だろうか? 

 真っ白い布に差し込まれた墨汁のように、漆黒の球体はジリジリと広がり続けている。目にも鮮やかな蒼穹を浸食しながら、ひたすら拡大を続けている。

 俺はアレに見覚えがあった。漠然とした直感に過ぎなかったが、まず間違いない。

 レムの塔。剣に貫かれるレプリカ・ネビリム。展開される漆黒の球体。


 ───第八音素の集積体。


「ヴァンの目指すもの……か」

 エルドラントがヴァンによって作り上げられたもんであることは、もう疑うまでもないだろう。既に帝国と王国、双方で開催された会議において、この新たな要塞に対する対策会議をダアトで開くことが決定されている。

 ダアトにおける会議の開催まで、俺たちも一時的にパーティーを解散して、それぞれが自分たちの領域で動いているのが現状だ。

 ジェイドは帝国でピオニーと細かい部分の打ち合わせを行っている。
 ガイもまた屋敷を辞したペールと共に帝都へ戻り、何やら鍛練を積んでるらしい。
 ナタリアは王都の施設を精力的に回り、市民の不安感情を抑えていた。
 ティアは一足先にダアトに戻り、モースが残した言葉の真偽を探っているという。

 そして肝心の俺は何をしてるかと言えば、家の中に一人籠もり、何をするでもなく空を見上げていた。何もしないのか。内から問い掛ける声がない訳でもなかったが、どうしても積極的に動き回る気になれなかった。

 俺は一通の手紙が届くのを待っていた。

 思い出すのは、王国における会議の終わった後で、伯父さんと交わした一つの会話。



                  * * *



「──……そうか。ラルゴがそのようなものを……」

 ラルゴの襲撃時、交わした会話。拾われたペンダントに納められていた肖像画と、記されていた名前。これまでの顛末に一つの推測を交え、俺は報告を終える。

「まだ、不確定だけどな。それで伯父さん。ナタリアの産みの親に関して、何か情報持ってたりしないか? どんなことでもいいんだが」

 確証を得たいと問い掛ける俺の言葉に、伯父さんも目を細めながら記憶を探る。

「……確か、砂漠において傭兵をしていたと、一度聞き及んだことがある」
「傭兵?」
「そうだ。砂漠の獅子王と呼ばれた傭兵、名を確か──バダックといったはずだ」
「……バダック」
「詳しい話は乳母に聞く以外にないがな」
「……あの人か」

 ナタリアの乳母は、もはや王城を辞して久しい。自らの懺悔から、あんな事態が引き起こされたんだ。城に居づらくなったってのはわかるが……まあ、あまり好意的な感情は抱けそうにない相手だ。

「運命とは残酷なものだな。この先、エルドラントに籠もるヴァン一派と全面衝突という事態になれば、あの子は…………」

 片手で顔を覆うと、伯父さんは言葉を切った。
 追い詰められた様子の伯父さんに、俺は悪いと思いながら、更に言葉を掛ける。

「伯父さん。これは勝手な言い分かもしれないが……もう、ナタリアの手を離さないでやってくれ」
「ルーク?」
「生まれってのは、確かに無視できない要素かもしれない。でも、だからこそ、これまで過ごした時間だって同じくらい、いや、それ以上に大きいはずだ」

 肝心なときに、言葉が上手く廻らねぇ。そんな自分のダメさ加減に焦れながら、必至になって訴える俺の言葉に、伯父さんは僅かに口元を緩めた。

「ああ。わかっている。わかっているさ、ルーク。ナタリアは私の娘だよ」
「そっか」
「ああ、そうだ」

 どうにか余裕を取り戻したように見える伯父さんに、俺はとりあえず今後の方針を語る。

「会議が開催されるまで、まだ間もあることだしさ。ナタリアの乳母に確認の手紙を送ってみるよ」
「そうだな。そうするのが一番いいだろう。だが、ルークよ。もし、この推測が真実とわかった場合は、ナタリアに知らせるかどうかの判断は、私に任せてくれないか?」

 苦悩に満ちた瞳がこちらを見据えていた。伯父さんの様子からも、それが苦渋の判断から来た言葉であることが、理解できた。

「……わかったよ、伯父さん」

 だから、それ以外に、俺なんかに返せる言葉は存在しなかった。



                  * * *



 雑念を振り払うべく、我武者羅に剣を振る。

 型の練習を繰り返す。執拗なまでに、剣を振るう。

 ゲートを停止することで、エルドラントに突入することが可能になる。ダアトで開催される会議において、プラネットストームの停止に関して、合意が形成されるのはまず間違いない。
だが、ヴァン達も当然それはわかっているだろう。

 おそらくゲートには、六神将の誰かが待ち構えている。

 下手をすると、ナタリアは親子と……殺し合いをすることになるのかもしれないってことか。

 心の乱れから、型が崩れる。

「くそっ……」

 額から流れ落ちる汗を拭い捨て、その場にゴロンと大の字に寝っころがる。

「アッシュのバカヤローーーーーー!!」

 大声で、空に向かって叫ぶ。

「……こんな肝心なときに、あいつは何をしてんだか」

 アッシュのやつは、また何処かに姿を消してやがる。

 一応、ノエルがアルビオール三号機を操縦するギンジから、定期的に連絡だけは受けているらしい。曰く、世界中のセフィロトや、古代遺跡などといったものを順繰りに回っていると。

 この一大事に今更何をやってるんだか。イマイチよくわからない行動だった。あいつはあいつなりに、何か明確な理由があっての行動なんだろうが……理由をまったく説明しようとしやがらねぇから、推測すらできやしねぇ。
 ……まあ、それでも最終的に俺たちの手が必要だと判断すれば、嫌々ながらも連絡してくるだろうから、あいつの行動に関しては、そこまで心配はしていない。

 ただ、こんなときぐらい、アッシュのやつもナタリアの側にいてやれよ。そんなしみったれた考えばかり、後から後から湧いて来るからたまらない。

「……本当に、勝手な言い分だってのはわかってるんだけどな」

 ぼうっと流れる雲を見上げる。

 結局、ヴァンのやつは何がしたいんだろうな?

 第七音素集合意識体──ローレライのやつは、触媒武器によってズタズタに分断されている。
 中枢となる意識の本体は、俺の中にいるらしいが、そいつを狙ってわざわざ俺を殺しに来るような動きも、ヴァン達には見えない。
 ローレライを消滅させると、あれだけ何度も繰り返していた訳だが、それも手段の一つに過ぎなかったってことだろうか。
 俺がゲートで、超振動を使ってローレライの中枢意識体を消滅させることを拒絶したことで、また別の手段に移った結果が、アレなのか?

 空に見える浮游大陸。延々と膨張を続ける漆黒の球体。
 スコアに支配された世界からの解放。ローレライの消滅。

 すべての要素があまりに複雑に絡み合い、今の俺にはまだ何一つわからない。

「……ローレライ、あんたならわかるのか?」

 手にした剣──ローレライの鍵に向け、呼びかける。

 当然、応える声はない。




                  【2】




 刀に手を掛ける。

 ──自分の力を信じていない訳じゃない。

 心を研ぎ澄ませ、一刀、一刀、刀を振るう。

 ──修練を積んだ目的も、今は変わってしまった。

 繰り返される抜刀と納刀の型。

 ──だが、かつてよりも、力への渇望は強い。

 極限まで無駄を省かれた居合の型は、見るものに一種独特の感銘を与えるだろう。

 ──復讐ではない。もう二度と失わない為の強さが力が、自分は欲しい。

 刀を納めると同時、背後から手を打ち鳴らせる音が響く。

「お見事です、ガイラルディア様」
「……ペールか。まだまだよ、俺は」

 背後に立つ自らの師にして、親代わりの称賛の言葉に、ガイは力なく答えた。

「まだ、届かない」

 脳裏に過るのは、燃え上がる焔。天から降り注ぐ光の柱。

 技量において、自らがあいつらに負けているとは思わない。

 だが、刀そのものが届かない。一撃を叩き込むための力が、あと一歩の後押しが、どうしても必要だった。

「力が、欲しいよ」

 力が欲しい。奪うためではない。もう失わない為の力が、欲しい。

「ペール」
「なんでしょう?」

 即座に返答が来た。こちらが何を考えているのか、既に察しているのだろう。
 敵わないな。苦笑が浮かびそうになるのを抑えながら、ガイは先を続ける。

「──奥義会の人と、連絡は取れるか?」


 守る為の力を。失わない為の力を手にする為に───




                  【3】




「それで、ディストに話は聞けたのか?」

 水の流れ落ちる音が響き続ける。水上の宮殿と名高い帝都の皇城。玉座に構える自らの主君からの問い掛けに、ジェイドは無念さが声音から滲み出るのを自覚しながら、口を開く。

「……ええ。ですが、やはりあいつも詳しい事は、何も知らされていませんでした」

 そうか。難しい顔で頷き返すピオニーに、ジェイドはメガネを押し上げ、感情を押し殺す。

「厄介なことです。現状の詳細に関しては、ダアトで行われる対策会議で報告することになるでしょうね。ただ、ヴァン謡将の狙いが朧げながら、ようやく掴めたような気がします」
「ヴァンの狙いか」
「ええ……簡単に言ってしまえば、全ては創世歴時代に創られた世界の枠組みに対して、否と声を上げた者たちの行動なのでしょうね」
「世界の枠組み、か」


 ヴァンがこれまでに告げた言葉の断片。ラルゴの襲撃と、モースの残した言葉。

 ただひたすら、世界の存続のみを想う存在。それがスコアとローレライ教団の存在意義。
 停滞世界。世界の破滅をもたらす障気、あるいは第八音素の集合意識体──オブリガード。

「やつらはいったい、この世界に何を見ているんだろうな」
「……いずれにしろ、今は推測に頼る部分が多過ぎます。今後も六神将と遭遇した際は、積極的に情報を引き出す必要があるでしょうね」

「そうか。ま、あんまり思い詰めるなよ。お前はただでさえ、頭でっかちなんだからよ、ジェイド」
「肉体派が過ぎる陛下に言われたくはありませんね」
「ははは、違いねぇ」

 露骨な皮肉に対して、さして気にした様子もなく、陛下はゲラゲラと笑い声を上げる。やれやれ、まったくこの人は……。自分が唯一始めて心を許した相手を前に、ジェイドは肩を竦めながら、今後の状況に思いを馳せた。




                  【4】




「彼の大陸は、栄光の大地──エルドラントと呼ばれているようです」

 静寂に包まれた会議室に、淡々と説明の声が響く。

 教団、王国、帝国の指導者層が一同に会す会議も、これで四度目となる。両国の高官たちの間にいまだ緊張は残るが、目に見えた敵意は見えなくなって久しい。

 今後も定期的な会議の開催が必要かもしれない。親しくはなれなくとも、互いに顔を合わせるだけでも、露骨な悪感情は抱きにくくなるものだ。ナタリアは会議室に居合わせる者たちの空気を見やりながら、そんなことを思った。

「エルドラント……栄光の大地ねぇ。まさに栄光を掴むもの──ヴァンデスデルカらしいとでも言うべきか?」

「命名方法はともかく、いま問題とすべきは、エルドラント浮上とほぼ同時に、大陸上部に展開され始めた謎の球体に関することでしょうね」

 こちらをご覧下さい。

 会議机の脇に設置された解析機にフォンディスクが挿入された。カリカリとデータを読み取る音が響くと同時、机の中央部に設置されたスクリーンに、一つの映像が浮かび上がる。

「見えますか? これはアルビオールでエルドラントに接近した際、撮影した映像です」

 流れる雲の向こう、かなりの高々度から撮影されたと思しき大陸の全景図が投影される。徐々に鮮明になる映像の中、大陸中央部に奇妙なものが見えた。倍率を上げられる解析映像。それが映し出された瞬間、会議室にどよめきが起こる。

 黒い稲光のようなものを周囲にまき散らしながら、不気味な膨張を続ける漆黒の球体が在った。

「大陸中央部に存在する高エネルギー体。観測データから推測するに、このままの速度で膨張が進めば、おそらく半年もしないうちに、オールドラント全土が、この球体に飲まれることになるでしょう」

 会議室に一転して、沈黙が降りた。

 スクリーンに映し出された映像が途切れ、漆黒の球体に関する解析画像が次々と展開される。

「この球体に飲まれた場合、そこで何が起こるのか。そいつは説明できるか、ジェイド?」
「……残念ながら、そこまではわかりません。しかし、このエネルギー体の周辺で、エントロピーが異常な速度で増大していることがわかっています」

「というか、エントロピーの増大って、そもそも何だ?」
「そうですね……まあ、時間軸の歪みが生じていると思ってください」
「時間軸の歪み?」
「ええ。時間が不安定になっているということです」

 応じながら、ジェイドは投影された解析画像に視線を戻す。

「そうした現象から推測するに、この球体がオールドラント全土を包み込んだ場合、球体内部ではエントロピーの増大と時間軸の乱れが限界を超えて、反転現象を生じ──」

「あー……専門用語じゃなくて、もっと簡単にまとめると、結局何が起こるんだ?」

「失礼。まあ……そうですね。時間そのものが奇怪しくなる。そう考えて貰って結構です」
「時間が?」
「ええ。現在、過去、未来、全てが同時に存在する状態が発生し、時空平面の崩壊──この世界そのものの終焉が、導かれるでしょうね」

 あっさりと提示された言葉に、誰もが絶句する。

 スクリーンに投影された球体が膨張を続け、オールドラント全土を包み込むと、そこで映像は途切れた。静止した球体の解析画像が再び投影される。

「これが……ヴァンの狙いだったということか」
「世界の崩壊ね。俺たちの行った作戦行動も、結局は藪をつついて蛇を出したようなものだったってことか」

 沈黙が続く会議室に、国王と皇帝の苦みの走った言葉が響いた。

「……いえ、そうとも言い兼ねます」

 曖昧な否定に、ピオニーが先を促す。

「ん、そりゃどういう意味だ、ジェイド?」

「実は、この球体、エルドラントが浮上する以前から、既に存在していたことがわかっています」
「既に存在していただと?」

 驚きにざわめく会議室に、ジェイドは言葉を続ける。

「ええ。大陸への上陸作戦前、付近の海中で不審な音素の集積現象が観測されていたことは、皆さんも御存知の通りでしょう。その観測結果が、この球体の膨張現象と合致しています」

 理解が浸透するのを待つように、ゆっくりとジェイドが告げた言葉に、ピオニーが顔を強張らせる。

「……つまり、エルドラントが海中に存在した時点から、既にあの球体は存在し、成長を続けていたってことか?」

「あくまで推測ですが、おそらく、それで間違いないかと」

 ジェイドの提示した事実に、再び会議室を重い沈黙が占める。

 海中に存在する時点で、球体が既に存在していた。それは仮に連合軍の艦隊が派遣されていなければ、球体の存在に気付くこともできぬまま、すべてが手遅れになっていたことも起こり得たということだ。

「ゾッとしねぇな」

「ええ。ですが更に厄介なのは、この先です。この球体にどう対処するにせよ、エルドラントへ上陸することは必要不可欠な要素になるでしょう。しかしエルドラントへ侵攻するには、周囲を取り巻くプラネットストームが邪魔になります」

「つまり、プラネットストームの停止が必要になるということか」
「ええ。頭の痛い問題ですが……プラネットストームの停止に関しては、構いませんね?」

 ジェイドが両国の代表に確認を求めると、二人はゆっくりと頷いた。

「もはやスコアという道標が消え失せた以上、我等は我等の意志で未来を掴まねばなるまい」
「未来の不便を想像している暇はないからな。その未来までなくなる事を考えれば、プラネットストームを停めるのは合理的な考えだろうさ」

 プラネットストームの流れを停止することで、譜術や譜業の効果が徐々に衰えていくことがわかっている。しかしこの問題に関しては、既に外郭大地の降下計画時に、ある程度の合意が形成されていたのだろう。

「承知しました。では話を続けます」

 二人の言葉を受けて、会議はより具体的な部分に移って行く。

「プラネットストームの停止には、アブソーブ・ラジエイトの両ゲートを停止する必要があります。しかし、当然こうした我々の行動は、六神将側も予測していると考えるのが自然」

 ゲートには、六神将の誰かが、確実に待ち受けているだろう。

 思い出すのは、勝利を掴んだと思った瞬間、光に貫かれ倒れ伏すゲートでの戦闘。聖堂にて、あまりに圧倒的な焔を操る黒獅子の姿。六神将の誰もが、奏器を真の意味で使い込ます領域に達していると彼は告げた。

「ジェイド、俺たちは……勝てると思うか?」
「……そうですね。私は勝算のない勝負はしない質ですから、それなりの考えはあります」
「ん? それって……」
「何が策があるってことか?」

 迂遠な言い回しをするジェイドに、誰もが首を捻る。あれほど強大な相手を前に、意味をなす策があるのだろうか?

「説明の前に、ルーク。一つ私の質問に答えて下さい」
「ん、俺か?」

 突然名指しされて、困惑するルークにも構わず、ジェイドは端的に尋ねる。

「地殻より帰還して以来、あなたの超振動に対する制御能力は、格段に上昇していますね」
「まあ、確かにそうだな」

 帰還時にディスト操る譜業兵器に向けて放たれた一撃。レプリカ・ネビリムの譜術を打ち破った一撃。どれもかなり安定したレベルで制御されていた。

「なら、あなたはそれが今後も戦闘時に、いつでも使用可能なレベルにあると思いますか?」
「それは……」

 僅かに言葉に詰まった後で、自らを見据える真剣なジェイドの視線に気付くと、ルークは正面からこの視線を見返す。

「……そうだな。任せろ。俺はいつでも発動できるし、発動させるぜ、ジェイド」

 ローレライの鍵に手を掛けながら、ルークは力強く頷き返した。そんな相手の反応をじっと見据えながら、ジェイドはメガネを押し上げる。

「そうですか。なら、我々にも勝算は十分にあります」

「で、大佐。なんでルークのやつが戦闘時も超振動を制御できるか、なんてことをわざわざ確認したんだ?」
「ええ。私も気になります。どういうことですか、大佐?」

 言葉を重ねるガイとティアに、ジェイドが僅かに苦笑を浮かべる。

「まあ、二人とも落ち着いて下さい。これまで、我々が六神将と対峙する際、用いてきた戦術を思い返してみて下さい。どれも第二譜歌の障壁をもって、相手の秘奥義級の一撃を防ぐことが、戦術の根底にあるのが理解できるはず」

 パッセージリングにおけるシンクとの戦闘。雪山における六神将三人を向こうに回した戦闘。どれもこちらの勝利には、第二譜歌の障壁が重要な位置を占めていた。

「しかし、第二譜歌の障壁も、ゲートでヴァン謡将と対峙した際、既に破られています。そして、ダアトで遭遇したラルゴの言葉」

 ──六神将の誰もが、真の意味で奏器を使いこなす領域に達している。

「あれが事実であれば、今後も六神将との戦闘において、第二譜歌を当てにするのは危険と考えた方がいいでしょう」

「……確かに、他の六神将が兄のレベルに達しているなら、第二譜歌を頼るのは危険ね」

 ジェイドの指摘に、ティアが自信の力の足りなさを悔やむように、力なく同意する。

「つまり、ルークの超振動を、第二譜歌の代わりに盾として用いるということですか、ジェイド?」
「ええ。今ナタリアが言った通り、ルークの超振動を広範囲に展開、相手の秘奥義級の一撃を相殺します。当初から、相手がヴァン謡将レベルの存在であると意識していれば、秘奥義以下のレベルの一撃ならば、十分に私たちでも対処可能でしょうからね」

 納得が場を包む。だがそれに流されることなく、ガイが最後の確認とルークに向き直る。

「で、ルークよ。ジェイドが言ったようなことが、本当にできるのか?」
「できるかじゃなく、やるしかない。つまりはそういうことだろ、ジェイド」
「まあ、そういうことですね」

 連合軍が壊滅した軍の再編に勤しむ間、鍵を操れるルーク達が少数精鋭でアブソーブ、ラジエイト、両ゲートを回り、プラネットストームを停止することが決まった。

 しばらく細かい調整を詰めた後で、不意に話題が途切れる。

「しかし、やはり大詠師がラルゴに殺されたことは、痛いな」

 ピオニーの漏らした言葉を皮切りに、教団のこれまでの対処に関する不満が場に溢れる。向けられる不平・不満の数々に抗弁することなく、教団の代表席から即座に謝罪の言葉が返された。

「……本当に申し訳ない」」

 トップを欠いた教団を暫定的にまとめているユリアシティ市長──テオドーロが暗い表情で頭を下げた。目に下に浮かんだ隈が、テオドーロの疲労感の濃さを見るものに感じさせた。

「モースが残した言葉、第八音素に関して、何か資料は見つかったのか?」
「それは……おそらく、禁書に分類されるものになるでしょう。ですが、やはり我々の知る範囲では、いまだ確認できていません」

「ユリアシティは外郭大地創世時から存在するのだろう? そちらには、何か当時の資料が残されているのではないか?」
「データの量が膨大過ぎます。なにより、真偽の定かではないものも多いため、確認にはやはりまだ時間が掛かります」

「ふむ……しかし、ヴァン達の行動に影響を与えた情報が何なのか、そいつもわからないのか?」
「大変遺憾なことですが、把握できていません」

「一応ユリアシティにいるのは、ダアトに居る連中より上位者じゃなかったのか?」
「基本的に我々ユリアシティの者たちは地上に干渉することを良しとしません。スコアもって人々を安寧に導く地上における直接的な干渉は、全てローレライ教団を管理する者たちに一任されていたためです」

「なるほど……そして、ヴァンの暴走を許すような事態になった訳か」

 つぶやかれた言葉に、テオドーロ市長の顔に苦渋が走る。

「いや、すまない。少し言葉が過ぎたな」
「いいえ……我々が不甲斐ないのは、事実ですから。ともかく、そうした事情から、導師の閲覧できる秘匿資料に関しては、完全な口伝に頼っていました。教団の中でも直接、監視者として動く者たちにのみ伝えられてきた情報があることはわかっています。しかし……」

 教団トップが全ての全滅したような現状では、もはやそれを知ることは不可能だろう。テオドーロの口惜しげな言葉を最後に、教団に対する質問は終りを向かえた。

 ダアトに関しては、今後も禁書庫を中心にして、調査を続行するという方針で結論が出た。
 こうして主要な案件が決まれば、後はスムーズに会議は進み、ついに解散の時が来た。

 それぞれが席を立ち、会議室にざわめきが盛り始める。ナタリアも席を立ち、大きく背を伸ばして疲れを取る。そうして身体を動かしたときのことだ。会議室の隅で、ルークがインゴベルト陛下を呼び止め、何やら言葉を交わしているのが視界に映る。

「……ではやはり、あのラルゴという男が……?」
「ああ。手紙で確認した。……な以上………もう間違いないと思う」
「……そうか」

 会議に参加したほとんどの面々が去った後も、インゴベルト陛下とルークは言葉を交わし続ける。そんな二人の様子に、他の者は疑問符を浮かべながら、とりあえず二人の会話が終わるのを待つ。

「父上とルークは、いったい何の話をしているのでしょう?」
「ふむ。そういえばルークと陛下は、俺らが王都を出てる間、何度か面会してるんだったな」
「キムラスカに何か問題が発生したのかしら?」
「さて……どうでしょうね。まあ、とりあえず、二人の様子を見る限り重要な話のようですし、しばらく二人の会話が終わるのを待つとしましょうか」

 今後、ゲートに向かうことが決定しているが、ルークが居ないことには話にならないのだ。とりあえずジェイドの言葉に皆も納得して、二人の会話が終わるのを待つ。

 そうして、しばし退屈な時間が過ぎた後で、二人は何らかの合意に達したようだ。ルークを脇に引き連れながら、陛下はこちらに歩み寄ると、

「──ナタリア、話したいことがあるのだ」

 どこか痛みを堪えるような表情で、そう告げた。




                  * * *



 いつになく真剣な空気を纏った二人につれられるまま、気付けば王国側に用意された控室に着いていた。

 いったい何の話があるのか。問い掛けを拒絶する二人の空気に戸惑っていると、厳しい顔つきのまま、こちらを見据える父の顔が目の前にあった。

「お父様、いったい、どうしましたの……?」
「お前に大切な話があるのだ」

「大切なお話し……それは、いったい?」
「──お前の実の両親に関することだ」

 息を飲む。

 実の両親。

 それはナタリアにとって、意識の外にあった言葉だ。考えても仕方ないものとして、自分でも気付かぬ内に、深く考えないように、押し込めていた疑問。

 胸元を押さえ、静かに息を整える。再び正面を向いたときには、辛うじて動揺を抑え込むことができた。

「……確か、私の本当の母は、ばあやの娘なのでしたわね?」
「そう。シルヴィアだ。しかし、父親のことは知るまい?」
「ええ。詳しい話を聞く前に、ばあやは……城を出て行ってしまいましたから」

 言葉を交わすこともできなかった、ばあやとの別れを思い出し、僅かに胸が痛む。それに当時は実の両親に関することよりも、目の前の父に受け入れられた事実が、何よりも嬉しくて、他の事柄に意識を向けるような余裕はなかった。

「お前の父は、バダックという名の傭兵だということがわかった」
「……傭兵……? そう……ですの。でも、何故今になって?」

 不思議に思って首を傾げる。そんな自分に向けられた父の瞳に、深い苦渋が走る。

「ナタリア……気を強くもって聞いてほしい。このような事態だからこそ、お前には父のことを話さねばならんと思ったのだ」
「……な、なんですの……?」

 重ねられる言葉に、否が応でも不安が高まる。拳をぎゅっと握りしめながら、ナタリアは続く言葉を何なのか疑問に思いながら、顔を上げた。それを確認すると、父は口を開く。

「バダックは今、ヴァンに組みしている」

「───!?」

 絶句。

 言葉が何も出ない。それほどの衝撃だった。

 実の父が生きていた。それはいい。だが、その人が、よりにもよって、ヴァンに組みしている。いったい、これはどんな冗談だろう?

「何かの間違い、では……?」
「ルークが調べてくれた。まず間違いない。バダックは名を換え、教団の重鎮となっている。そして、今は《黒獅子》ラルゴと名乗っている」

「……うそ……うそです!」

 目の前が暗くなる。崩れ落ちる世界。不定形に揺れる視界の先、この件を調べたという幼馴染みに問い掛ける。

「ルーク、何かの間違いでしょう? そ、そうですわよね?」

 問い掛けに、同意は返らない。

 ルークは痛みに耐えるように、ひたすら口元を堅く引き結びながら、目を伏せている。彼は嘘を付くことができない。仮に嘘をついたとしても、直ぐにそれとわかるほど、真っ直ぐな人だ。

 そんな彼が調べ上げた事実。
 つまり、告げられた言葉に、間違いはないということだ。

 バダックは……実の父は、《黒獅子》ラルゴとして、ヴァンに仕えている。

「お父様……私は……」
「ナタリア……もうこれ以上、お前が最前線に立つ必要はない」
「お父様? な、何故です!?」

 突然の言葉に、悲鳴染みた声を上げていた。狼狽する自分に、父は静かな瞳を向け続ける。

「何故、血を分けた親子が戦う必要がある?」
「……」

 血を分けた親子。父の言葉に、ようやく理解する。そう、このまま戦闘に加わり続ければ、いつか、彼と対峙する日は訪れる。

 それでも尚、戦い続ける必要があるのか?

 問い掛けに、混乱した今の自分は、直ぐに明確な答えを見出せそうにない。

 それでも、このまま逃げ去るように、前線を退くことだけは、何かが違うと、頭の何処かで、訴える声があった。

「血を分けた……親子だからこそ、超えねばならぬこともあると思います」

 だから、最後にはそんな言葉を返していた。

 真っ青な顔で、なおも自らの答えを告げる自分に、父はただそうかと、頷きを返した。




                  【5】




 プラネットストームは巨大な譜業によって制御されている。ユリアはローレライの鍵で大地を斬り裂き、音素の流れを制御することで、現在のセフィロトを創り出した。

「──こうした力は、いまだローレライの鍵に譜陣として刻まれていることが推測されます」

 ユリアシティの技術者が、ローレライの鍵を分析機に掛けながら、得意になって説明を続ける。

「皆さんもご存じの通り、ローレライの鍵には第七音素の結集、拡散の作用があります。ユリアがローレライの鍵を用いて、第七音素を結集してゲートを開いたならば、同様に鍵を用いて第七音素を拡散させて、ゲートを閉じることも可能ということです」

 長々と続く説明に、ルークは既に理解することを放棄しているようだ。ガイやジェイドは時折相槌を打ちながら、一応耳を傾けている。周囲の反応を何ともなしに見やりながら、ティアが首を巡らしていると、不意にナタリアと視線が交わる。

「ゲートの封鎖はアブソーブゲートから行うのがいいでしょうね。あちらはプラネットストームが帰結する場所です。そこから閉じる方が理に適っています」

 続く説明が耳に入らない。ただこちらを見やるナタリアの表情から、なにか自分に話したいことがあると推測できた。

「──では、ローレライの鍵の解析は我々に任せてください」

 研究者の説明はいつのまにか終わり、ローレライの鍵の解析作業が始まった。

 解析が終わるまでの間は、各自が必要な準備を整える自由時間として、解散が決まった

 それぞれがこの場を去って行くのを見送った後で、ティアは最後まで残ったもう一人と顔を合わせる。

「どうしたの、ナタリア?」
「ティア、聞きたいことがあります」

 思い詰めた瞳が自分を見据える。相談の内容を問い掛ける前に、ティアは頷きを返していた。

 場所を自らの家に移し、お茶をナタリアの前に出す。
 小さく礼を返すと、ナタリアはお茶を口元に運んだ。
 しばらく他愛もない会話が続いた後で、不意にナタリアは切り出した。

「あなたは、どう思いましたの……? ヴァンが……あなたの肉親が、恐ろしい計画を企てていると知ったとき」

 問い掛けに、なるほどと思った。
 確かに、自分以外に尋ねることはできない問い掛けだろう。
 納得しながら、自身でも思い返すことのなかった当時の心境を振り返る。

「そうね……まるで他人事のように聞こえたわ」
「わかるような気がしますわ。一瞬、頭の中が真っ白になって……」
「ええ。それから私は、必死で兄さんのやろうとしていることを調べて、何としても兄さんを止めると決めた。たとえ、刺し違えても……」

 この世で血の繋がった兄妹は、兄だけだった。同じ血の流れる自分が止めなければならない。それ以外に自分のできることは存在しないと思い詰めた。しかし……今思えば、初めて兄に刃を向けたときの自分は、まるで追い詰められて我を失った獣だった。

「あのときの私は、何も見えていなかった。他にも道はあったのかもしれない。それでも、私は兄と対峙する道を選んだ。それが良かったのかどうかは、まだ、私にもわからないわ」

 ティア。ナタリアが短くこちらの名を呼び、深い苦悩を含んだ瞳を向ける。

「私もわからないのです。お父様の言う通り、戦わない方がいいのかもしれません。ですが、皆もラルゴが私の父親だと知っています。戦いづらいのは同じでしょう。それに、このまま戦いを退くことで、何かが解決するとも思えません」
「そうね。ナタリアの迷いは当然のものだと思うわ」

「どうすればいいのか……私も、それが、わかりません」

 苦悩するナタリアの姿を見る内に、自然、彼女に掛けるべき言葉が脳裏に浮かぶ。それはかつて自分が迷いを抱いたときに、道を開く切っ掛けになった言葉と似ていた。

「ナタリア、すべてを理屈で考える必要はないと思うわ」
「──!」

 はっと目を見開いて、ナタリアはどこか呆然とした様子で、口を開く。

「あなたから、そんな言葉を聞くとは思いませんでしたわ」

 返された言葉に、思わず苦笑が浮かぶ。

「私が理屈でしか考えられない人間だから言うのよ。たぶん、進んだ先で、示された事実を受け止めることでしか得られない結論もあると思うから。あなたは私と同じ選択をしないほうがいいし、する必要もないと思うの」

 理屈に依ることなく、選ばれる道も存在する。彼を見続けることで、抱いた思いだ。ナタリアに掛けた言葉には、そんな自分の想いが込められている。

 告げられた言葉の意味を噛みしめるように、ナタリアは静かに目を閉じている。胸の前に手を組み、何かに祈りを捧げるように両の手を合わせると、彼女はゆっくりと顔を上げた。

「ありがとう……ティア」

 再び開かれた瞳には、確かな決意の光が在った。

  1. 2005/04/22(金) 00:00:45|
  2. 【家族ジャングル】  最終章
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