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第4話 「帝都の夜」


 絶海の孤島で、少女は少年に語りかける。

「イオン様……」

 苦しげに呻く少年を前に、少女は拙い仕種ながらも懸命な看病を行っていた。

「……大丈夫です、イオンさま。もう、誰にもイオンさまを、傷つけさせたりしません」

 少女は自らの決意を語りかけると、少年の額に置かれた水布を換えに、部屋を去る。

 部屋には魔物が二匹、心配そうに少年に寄り添っていた。

 熱に浮かされた意識の中で、少年は必死に考え続ける。

 自らが何者か、彼女に告げるべきか否か。

 加速度的に悪化していく体調から、もはや自分に残された時があまり多くないことを、彼は理解していた。

 だから、もはやこれが最期に機会になるかもしれないことも、朧げにだが理解していた。

 誰に知られることもなく、少年は一人考え続ける。



                 【1】



「──そうか。そんなことがあったのか」

 譜術によって巻き上げられた水流が飛沫を上げながら流れ落ちる。
 俺たちの報告を聞き終えたピオニーは、ひどく堅い表情で目を閉じていた。

 アニスが立ち去った後、教団から派遣されたオラクルの部隊が追い付いてきたことで、俺たちは直ぐにでも動き出す必要が生じた。

 ジェイドは彼らに現在の状況を簡単に説明すると、導師イオンを追う必要性があることを説いて、その場の処理を強引に引き継がせ、行動の自由を得ることに成功した。

 ちなみに、このときの交渉で、アッシュの奴はオラクルと一足先にダアトに戻ることが決まった。この決定を受けた瞬間、不愉快そうに顔をしかめていたアッシュだったが、ジェイドのやつが続けて何事か言葉を掛けると、直ぐにどこか納得したような顔になったから不思議なもんだ。

 ともあれ、こうしてレムの塔を後にした俺たちは、そのままアルビオールで帝都に向かった。

 これはアリエッタの指定した決闘の場所にもっとも近い都市が帝都であり、また今回のレプリカ・ネビリムの件について、ジェイドがピオニーに報告しておきたいと申し出たからだ。

 すべての報告が終わった今、謁見の間には、水の流れ落ちる音だけが響いている。

「しかし、第八音素か。八番目の音素なんてものが本当に存在するのか、ジェイド?」

「そうですね、陛下。まだ判断するにも材料が少なすぎるので、難しい所はありますが、そもそも第一から第六までの音素は対となる属性が存在します。突然変異的に発生したと言われる第七音素にだけ、この法則が当てはまらないという道理もありませんからね」

「まあ、確かにな」

 相剋する属性が存在する。これは全ての音素に当てはまる法則でもある。そうした考えを踏まえた上で、第七音素と対となる属性を持った音素が存在する可能性を言われれば、確かに理論上は考えられないこともないかもしれない。

「それに、ヴァン謡将の残した障気を司るという言葉。障気はそれ自体があまりにも謎に満ちた存在です。仮にその性質が一つの属性として捉えられたとしても、何らおかしくないでしょうね」

 ピオニーの第八音素は存在するかという問い掛けに、ジェイドはあくまで可能性としては十分に考えられると肯定してみせた。

「やれやれ。障気が上空から消えたのは素直に歓迎したい所だが、そういう訳にも行かないか」

「ええ。ヴァン謡将の手にしていた剣。あれがオールドラント全土を覆っていた障気を取り込むことで、消し去ったのは事実です。しかし、それもすべて彼の予定の内に過ぎないとしたら、その上で何をするつもりなのか? 警戒心以外のものは、抱きようがありませんからね」

「ヴァンの手にした剣がねぇ。そいつも話しに聞く集合意識体を使役する響奏器とやらか? しかし、今回のはこれまで話しに聞いてたものと、また違う印象を受けるがな」

「そうですね。これまでヴァンの陣営が集めていた響奏器は、ローレライの力を削ぐことを第一の目的としていた為か、すべて惑星譜術の触媒を流用したものに過ぎませんでした。しかし、今回ヴァン謡将が手にした剣は、新たに精製されたものと見て間違いないでしょうね」

「……そう言えば、兄さんはこれで第八奏器が完成したと言っていたわ」
「ネビリムさんのレプリカをさして、第八音素含有比率が高い存在とも言っていましたわね」

 ティアとナタリアの言葉を受けて、ガイがふむと首を捻る。

「つまり、大佐、俺たちがベヒモスに対して鍵を修復するときにやったのと同じようなことを、ヴァンの奴はレプリカネビリムにしたって考えていいのか?」
「そうですね。おそらくはレプリカネビリムを核にして、大気に拡散した障気を限界まで凝縮することで、未完成な部分を補完したのでしょう」

 ジェイドの補足に、どこか納得したような空気が場に流れる。

 しかし、俺だけはどうにも話の流れがよく理解できなかった。

「あー……というか、ベヒモスとか、音素含有比率が高い存在とか、鍵の修復とかってのは、そもそも何の話しだ?」

 ちょっと気後れするものを感じながら発した問い掛けに、皆の視線が一斉に俺に集中する。集まる視線の圧力に、俺は思わずうっと唸って一歩後退していた。

「まあ。そう言えば、ルークはあのとき居りませんでしたわね」
「そういやそうだったな。あんまりにも居るのが当然だったから、本気で忘れてた」

 頭を掻くガイに、俺は結局どういうことだと皆に視線で問い掛ける。

「ルークとゲートで別れてから、ローレライの鍵が破損したことがあったの。この鍵の修復のために、かなり高い密度を持った第七音素が必要になった」
「その条件に当て嵌まりましたのが、ベヒモスという名の魔物です。先程話しに出た音素含有比率が高い存在のことでもありますわ」
「んで、そのベヒモスを狩って、鍵と間にコンタネーション現象を起こして、破損部分を修復した事があった訳だ」

 かなりの部分をはしょった説明だったが、なんとなくだが、何があったのかは理解できた。

「はぁ……なるほどね。つまり、それでネビリムに対して、ヴァンのやつが同じようなことをしたんじゃないかって話が出た訳か」

 思い出すのは、ネビリムの胸に突き立つ一本の剣。
 圧倒的な勢いで押し寄せる障気の波が次々と吸収されて行く光景が脳裏に蘇る。

「ええ。そしてヴァン謡将の手にしたものが、私たちの考える通りのものならば……ネビリムを核にして完成したあの剣が、何を目指して作成されたものかも、自然推測がつきます」

「……第八音素集合意識体の使役、でしょうか?」

 どこか戸惑ったようなティアの声が謁見の間に響いた。

 しかし、後に続く言葉はない。

 そもそも第七音素の集合意識体でさえ、明確に存在を確認されていないのだ。そこに存在するかすら定かではない第八音素、それも集合意識体を使役する可能性があると言われても、あまりに突拍子もなさすぎて、実感がわかなかった。

 場の煮詰まりを見て取ってか、一人議論に加わらず静観していたピオニーが口を開く。

「ま、とりあえずこれまで姿を隠してたヴァンが、ようやく動き出したんだ。こっちでも第八音素とやらの存在について王国と教団にも示唆して、研究所の連中に検証をさせておこう」
「助かります、陛下」

 気にするなと軽い仕種で手を上げると、ピオニーは僅かに肩から力を抜いた。

「しかし、結果はどうあれ、ようやくネビリム先生の一件に決着がついたんだな」

 謁見の間に響いた声は、どこか安堵を感じさせるものだった。

 どこか肩の荷が降りたような表情からは、ジェイドを長く縛り続けていた問題が解決した事を純粋に喜ぶ色が見えた。

 ピオニーとジェイドは幼馴染みだと聞いたことがある。この表情も、かつてジェイド達が何を求めて、どう行動したのか、深く知っているが故のものなんだろうな。

 過去を懐かしむピオニーを前に、しばらく沈黙が続いた後で、不意にガイが口を開く。

「大佐、そろそろネビリムさんのことを説明してくれないか?」
「そうですね。……わかりました」

 集まる視線を前に、ジェイドは静かな表情で口を開く。

「始まりは、私の好奇心です。素養のない者が第七音素を使ってみたらどうなるか、自分自身で実験をしたのです。結果は、私の譜術が大暴走して、ネビリム先生の家を燃やすことになりました」

 どこか遠くを見据えながら、ジェイドは淡々と言葉を重ねていく。

「ネビリム先生も瀕死でした。私はディストに手伝わせて先生を街外れに運びました」

 しかし、瀕死のネビリム先生は、もはや手の施しようがなかった。
 街にいる治癒が可能なセブンスフォニマーも、当時はネビリム先生以外に存在しなかった。
 全ての条件を踏まえた上で、回転する思考が導き出したジェイドの答えは、常人からすれば、あまりにも異質もなものだった。

 ──怪我の治癒した状態のレプリカを作成すれば、それは先生を救ったに等しいはずだ。

「そして、私はネビリム先生のレプリカを作成した」

 譜術の光が倒れ伏すネビリムを包み、複製体が一瞬で作り上げられた。
 成功だと無邪気に喜ぶディストの横で、もう一人の子供は特に何の感慨も覚えることなく、自らの作品を見据えていた。

「しかし、創り出されたネビリム先生のレプリカは破壊衝動の塊でした」

 火事を見て駆けつけた帝国兵が為す術もなく、一瞬で殺される。
 血飛沫が舞う雪原に立ち、目の前の存在が失敗作であることを悟った。

「私は彼女を処分──いえ、殺そうとしました。しかし、その前に彼女は姿を消した。その後は、レプリカ研究を完成させることに目的意識は移り、彼女の存在は半ば忘れ去っていましたよ」

 過去の自身の浅慮を自嘲するように口端を歪めると、ジェイドは口を閉じた。

「それで、今回の一件に繋がるって訳か」
「大佐……辛い事件でしたのに、話して下さってありがとうございます」

「……いえ。責められて当然の過去ですから、逆に心苦しいですよ」

 真摯な気遣いを見せるナタリアに、ジェイドはどこか居心地悪そうに視線を背けた。

「大佐、一つ気になることがあります。レプリカは元素の結合を、第一から第六の音素に頼らず、全て第七音素でまかなっていた筈では?」

 ジェイドの心情を察してか、ティアが技術的な問題に話を移す。
 そうした相手の気遣いを悟ってか、ジェイドはどこか苦笑を浮かべながら、話題に応じた。

「ええ。そのため第七音素が乖離したレプリカは消滅します」
「うん? でもディストは第一と第六の音素を補充してたよな?」

 確かに、ディストがイオンのダアト式譜術を媒介にして、惑星譜陣に注ぎ込んでいたのは第一音素と第六音素だったような気がする。

 条件の違いに首を捻る俺たちに、当時の状況を聞き知るピオニーが助け船を出す。

「ネビリム先生は生物レプリカの第一号だ。当時は技術も違っていた。そうだったな?」
「ええ。当時は基礎を譜術の理論で構築していましたから。また、先生のレプリカは譜術で作りましたからね。この方法で生物レプリカを作ると、一部の音素が欠落してしまうのです。結果、精神の均衝が保てなくなって破壊衝動に襲われたり、ある種の能力だけが異常発達する……」

 脳裏に過るのは、あまりに特異な力を駆使するレプリカネビリムの戦闘能力。

「ネビリムさんのレプリカも、そうだったって事か」
「ええ。その結果を受けて、ディストと共にマルクト軍で改良を重ねて行き、第七音素だけで全てをまかなうようにしたのが、現在知られているレプリカ技術になります」

 レプリカに関する技術も、それなりに段階踏んで発展してるのか。何だか感慨深くなるね。

「俺に使われてる技術にも色々あったんだなぁ」
「……まあ、完全同位体の研究は未だ完成してない分野なので、素直に頷けない部分もありますけどね」

 ふと洩らした俺の感想に、ジェイドはどこか感情を抑えた声で、付け加えた。

 そう言えば、俺は完全同位体とか言う特殊なレプリカだったか。

「完全同位体の研究がまだ完成してないってのは、どういうことなんだ?」
「そのままの意味ですよ。完全同位体を意図的に作り出す技術が、まだ構築されていないということです。ルークがアッシュの完全同位体になったのも、偶発的な事故によって発生した結果でしょうね」

 ワイヨン鏡窟に残されていた断片的な資料からも、そうした事実が読み取れましたとジェイドは続けて見せた。

「偶発的な事故かぁ……なんか微妙に不安になってくるような言葉だよな」
「まあ、お前の不安もわかるがね。でも、特に問題がある訳でもないんだろ、大佐?」

「……ええ。複製体や被験体に異常が起こるのは、少なくともレプリカ作製から数日以内と言われています。これまで特に何も異常が起きてない以上、今はあまり気にする必要はないでしょうね」

 ジェイドの保証に俺は安堵の息をつく。あのディストが俺の生まれに関わってるってだけでも不安になるのに、これ以上厄介な要素は御免だった。

「しかし、サフィールも良くその状況で生き残ったもんだよな」

 ピオニーがどこか困ったような、呆れたような表情でつぶやいた。

 だがまあ、そう言われるのも仕方ないことだろう。

 俺も最期に見たディストの状態を思い出すだけで、乾いた笑みが漏れる。

 ネビリムの一撃で完全に死んだと思われたディストだったが、戦闘終了後にしぶとくも生き残ったことがわかっている。光の槍が直撃したはずなんだが、地面を流れた血は鼻血のみ、メガネが割れてタンコブ一つ作っただけで、他に外傷はなかったと言うから、呆れるしかない。

「あのバカは昔から、頑丈なことだけが取り柄でしたからねぇ」
「頑丈なだけが取り柄って……」
「……すげぇ言いぐさだよな」

 おいおいとガイと俺は顔を引きつらせるが、ディストの幼馴染み二人は特に気にした様子もない。

「ディストが喋れるまでに回復したら、兄に関する情報を聞き出す必要があるでしょうね」
「そうですわね。ディストがヴァン謡将達と接触があったのは確かですものね」

 ちなみに、そんな呆れるほどに頑丈なディストだが、塔に掛けつけたオラクルの部隊に連行されて行ってしまった。今頃はダアトの牢屋にでもぶち込まれていることだろう。

「尋問の際は私も立ち会いたいものですね。……少し、奴には聞きたいこともある」
「聞きたいことか。やっぱりレプリカ関連の事か、ジェイド?」
「ええ、そのようなものです」

 軽い調子で尋ねたピオニーに、ジェイドはどこか曖昧な言葉を返して、明言を避けた。

「まあ、今回はジェイドの事情に巻き込まれる形になって、お前らも災難だったな。まだ導師の救出が残ってる以上、そうそう落ち着いてもいられないだろうが、折角向こうが決闘とやらの場所と時間を指定してくれたんだ。今日の所はゆっくりしていけよ」

 そう笑いかけるピオニーの言葉で、その場は解散となった。



                 【2】



 帝都の夜。

 どうにも寝つけなかった俺は、一人夜の街を歩いていた。

 水の都と呼ばれるだけあって、常に何処からか水の流れる音が響く。
 バチカルの譜業の駆動音と違い、水のせせらぎはどこか俺の心を落ち着かせてくれた。

「……レプリカ、か」

 港から緩やかに流れる風を受けながら、俺は夜空を見上げた。

 俺が出会った三人目の同類。レプリカネビリムの最期が、どうしても頭から離れなかった。

 思えば、俺の出会ったレプリカは、誰もが違う道を選んでいる。

 イオンはオリジナルの代わりに、導師として自らが在ることを受け入れた。

 シンクは必要とされないレプリカをゴミと言い切り、自らを生み出した世界そのものを憎悪した。

 ネビリムはオリジナルそのものになることを望み、自らを生み出した相手の手によって……死んだ。

 俺たちに共通するものがあるとすれば、それは決して、オリジナルそのものに成り代わることはできないという厳然たる事実ぐらいのものだろうか。

「……大丈夫かな、イオンの奴は」

 今、イオンはかつてのオリジナルイオンを知る人と共に居る。そしてまだ、アリエッタはイオンが導師のレプリカである事実を知らない。それが意味する所を思うと、どうしても不安が沸き起こる。

 ホウホウと梟の鳴く声が響く。

 しばらく、そうして空を見上げていると、不意に背後から近づく人の気配を感じる。

「眠れませんか、ルーク」

「……まあな。ジェイドこそ、どうしたんだこんな夜中に?」

 首だけで振り返った先に、静かに歩み寄るジェイドの姿があった。

「……私も少し、思うところがありましてね」

 あまり答えになっていないような言葉を返すと、ジェイドはそのまま俺の隣に並んで空を見上げた。

 しばらく沈黙が続いた後で、俺はとうとう抑えきれなくなった疑問を口に出す。

「ネビリムのレプリカは……どうして、引けなかったんだろうな?」
「……さて、どうしてでしょうね」

 自らを完璧な存在──本物になれたのだと、ジェイドに訴え掛けるネビリム。

「レプリカってのは、結局オリジナルとは別人だって俺は思うんだよ」

 アッシュと俺は全くの別人だ。性格だけじゃなく、記憶、歩んできた道そのものがまったくの別物だ。それだけは、絶対的に覆せない事実だった。

 本当はネビリムも、それをわかっていたんじゃないかって俺は思えてならない。

 しかし、彼女はジェイドに否定を返された後も、〝完全な存在〝になることに拘り続けていた。

「なんで、あいつは本物になることに固執したんだろうな」

 誰に問いかけるでもなく、自然と溢れた問い掛け。

 特に答えが返ることを期待しないそんな問い掛けに、僅かに遅れて応える声があった。

「……私の責任でしょうね」
「ジェイド……?」

 つぶやかれた言葉は、思いの外強い、苦みの籠もったものだった。

 見据える俺の瞳から僅かに顔を逸らし、夜空を見上げながら、ジェイドは続ける。

「生み出された当初の彼女は、破壊衝動の塊でした。
 かけつけた帝国兵が殺された瞬間、私は思いました、ああ、これは失敗作だと……」

 何も応える言葉が見つからない。

 ジェイドは自嘲の笑みを浮かべる。

「当時の私は、今にも増して人の死というものが実感できなかった。言葉は悪いですが、ましてや、いくらでも作りかえの効くレプリカともなれば、尚更です。直ぐに失敗作として〝処分〝しようとした」

 あくまで殺すという言葉ではなく、当時の思いそのままに、処分という言葉を使うジェイド。

 結局、逃げられてしまいましたけどね。おどけるように肩を竦めてみせるが、ジェイドの瞳はまったく笑っていない。

「その後はディストと愚かな誓いを立てました。いつか、先生を取り戻そうと。レプリカの研究を深めるのが何よりの優先事項となり、失敗作を気に掛けるような暇はなかった。
 ──しかし、彼女は私の言葉をずっと気に掛けていたのですね」

 かつてのジェイドの言動は告げていた。
 失敗作に、本物でないお前に存在する価値などありはしないと。

「そんなかつての言葉を今更翻したのです。私を殺しにかかるのも、当然というものでしょうね」

 ───お前が本物になることはなく、またそうなる必要もない。

 ───なら、私があなたを殺してあげる。そうすることで、私は初めて──〝私〝になれるのよ。

 戦闘の前に二人が交わした言葉が脳裏に蘇る。

 俺にとっても、ヴァンの存在は大きい。自分がレプリカだと知る前もそうだったが、自分がヴァンによって作られたレプリカだと知った後では、尚更だった。

 生まれたのではなく、作られた俺たちにとって、造り手の意図はどうしても意識せずにはいられないものだった。

 ましてや、生み出された瞬間、造り手に見限られたレプリカネビリムにとって、ジェイドの言葉はどれほど重いものだったんだろうな。

「……結局、偽物だとか、本物だとかどうでもよくて、ジェイドに自分の存在を認めて欲しかっただけなのかな」

 それは幼子が親に愛情を求めるように、自然な行動。

「……そう、なのでしょうかね」

 もはや、それも想像することしかできない。

 ただ水のせせらぐ音だけが、静かな夜の帝都に響く。



                 【3】



 翌朝、帝都を立った俺たちは、アリエッタの指定した場所──ローテルロー橋に向かった。

 漆黒の牙が仕掛けた爆弾によって破壊されたローテルロー橋は、その後に始まった帝国と王国の戦争や、障気の浸透などと言った世界的な事件の余波を受けて、いまだ修復されることなく打ち捨てられている。

 アルビオールから橋を見下ろした瞬間、俺たちはそこにあまりにも奇怪なものを目にした。

「あれは……島か?」

 薄霧に包まれた島が、ローテルロー橋の直ぐ横に接限していた。

「あの島……どうも見覚えがある気がするんだが……」
「おかしいですね。あのような島はこの近海に存在しないはずだが……?」

 アルビオールで島の上空を旋回しながら、しばらくの間様子を伺っていると、突然、島が動き出す。

「って、移動し始めた?!」
「浮島? 物理的にありえない……」

 怪訝そうにうめくジェイド。目の前の信じがたい光景に固まる俺たちに、ナタリアが首を巡らせる。

「とりあえず、島に降りてみませんこと? 橋にアニスの姿が見えない以上、アリエッタがローテルロー橋を指定したのも、あの島に何か意味があるからだと思いますわ」

「……そうですね。とりあえず、アルビオールで直接乗り込むことは可能ですか、ノエル」
「はい。大丈夫です」

 尋ねるジェイドに、ノエルが即座に任せて下さいと応える。

 それなりに警戒しながら島に近づくが、特に妨害が入るでもなく、アルビオールは島に着陸することができた。

 降り立った島は、どこまでも無人の街並みが連なる廃墟だった。

 周囲を伺うが、人の気配はない。

「やっぱり見覚えがある気がするんだが……」
「ここは……ひょっとして、フェレス島ではないでしょうか?」

 周囲の街並みを眺めていたジェイドが、島の名前をつぶやく。

「そうか! ホド対岸にあったあの島か!」
「フェレス島……?」

 どこか興奮した様子でつぶやくガイに、俺は初めて聞く地名に首を傾げる。それにティアが小さな声で補足する。

「……ホド崩落の際に、津波の余波を受けて消滅した島よ」

 ホド崩落の際、津波で消滅した島。

 あまりに閑散とした街並みに、俺はアクゼリュスの崩落時のことが思い起こされ、苦い気持ちが蘇る。

「でも、津波の影響を受けたにしても、陸が浮島になるのはおかしいですわ」
「ええ。とりあえず、奥に進んでみましょう」

 促すジェイドの言葉に従い、俺たちは廃墟を進んでいく。

 かつて海に沈んだ影響か、目に入る建物はどれも黒ずんでいた。
 整然と整えられた街並みが見事なだけに、現在の姿の生々しさが際立っている。

「しかし……どうも、なんだか似たような建物ばっか続くよな」
「ああ、当時の天才と湛えられた建築家が一括してデザインしたって話だ」
「はぁ……街一つをデザインしたのか。すげぇな」
「当時のグランコクマの建築様式にも影響を与えたってぐらいだからな」

 だが、かつての美しい街並みも、今は島を襲った津波によってボロボロになっている。
 あまりにも無残な光景を前に、自然と俺たちの口数も小さくなっていく。

 そして、街の中枢と思われる場所に辿り着くと同時、何者かが争う音が聞こえてきた。

「……どうやら、ここから近いようね」
「もう決闘が始まってるのかね?」
「ともかく、急ごうぜ」

 俺たちは幾分早足になって、先へと進む。

 街の区画そのものが整然とされているためか、さして迷うこともなく数度角を曲がった所で、音源と思しき区画へと俺たちは辿り着く。

 行き着いた先はかなりの空間が広がっていた。かつては街の広場に使われていたのかもしれない。

 そんな広場の中心で、アニスとアリエッタの二人は対峙していた。

 広場の端、何かの譜業設備と思しき機械の並べられた脇に、地面に横たえられたイオンの姿が見えた。イオンの傍らには、ライガとフレスベルクが彼を護衛するように、周囲を警戒しながら佇んでいる。

「アニス!」

 駆けつけた俺たちの存在に気付き、アリエッタが険しい顔になる。

「邪魔、しないで! これはアリエッタとアニスの問題!!」
「……そういうことだから、皆は下がってて!」

 殺気を高めながら対峙する二人の間に、俺は足を止めることなく割って入る。

「二人の言い分もわかるが、やっぱりこのまま見過ごす訳にはいかねぇんでな」

 強引に前に出る俺達に向けて、アニスが戸惑いに顔を伏せる。

「みんな……なんで、そこまでするの……? 私は……裏切りものなんだよ?」
「……まあ、そうなるんだろうな」

 返された言葉に、ならばどうしてと、アニスが更に困惑に瞳を揺らす。

「アニスにどんな事情があるのか、俺にはわからねぇよ。でもさ、どんな事情があっても、話してくれさえすれば、俺たちは絶対にそれを受け止めた上で、一緒に解決策を考える」
「一人で思い詰めいても、何も変わらない。私が公爵邸を襲撃したときも、そうだったから」

「…………ルーク、ティア」

 アニスと向き合う俺たちを、少し離れた場所から見据えながら、ジェイドが口を開く。

「まあ、私としては特に言うことはありませんよ。ただ一つ言わせて貰うなら、もう少しだけ上手く立ち回って欲しかったものですけどね」

「…………大佐?」

「あなたは確かにイオンさまを裏切った」

 端的に告げられたジェイドの言葉の強さに、アニスは顔を強張らせる。

「……それがあなたの背負うべき罪であり、誤魔化すことは決して許せないのでしょうね」

 しかし、そこにアニスを責める色はなく、ただ事実を指摘する響きだけがあった。

「ですが、裏切ったという事実を認めるならば、糾弾を畏れるよりも先に、今後どう動くかに目を向けて欲しいものです」
「相変わらずきっついこと言うなぁ、大佐」
「そうですか? 単に思った事を言ったまでですよ。まあ……それに対策を怠ったのはこちらも同じですからね。その上で、導かれた結果だ。その責任をすべて他人に転嫁する気もありませんよ」

 ひねくれた言葉を返すジェイドに、ガイが苦笑を浮かべながら話しに加わる。

「ま、俺の言いたいことも概ねそんな所だよ。詳しい事情は、この状況を打開した後にでも、話してくれればいいさ」
「ええ。まだ何も遅くはありませんわ。だって、アニス、あなたは私たちの仲間ですもの」

「…………ガイ、ナタリア……。……みんな……後で、後悔してもしらないよ?」

「そうなったらそうなったで、それも一つの結果さ。全部受け止めた上で、後悔なんか跳ね返してやるよ」

 顔を俯け言葉をなくすアニスの横に並んで、俺は彼女の頭をポンポン撫でる。

「な……なによ! 止めてよ! ルークのくせに……生意気!」
「はいはい、そりゃすまねぇな」

 アニスは俺の手を強引に払いのけると、目元を拭きながら顔を上げる。

「みんなの気持ちはわかった。そんなにアニスちゃんが心配なら、仕方ないね」

 冗談めかした口調で、アニスは俺たちの顔を見返す。

「でも、これは私とアリエッタの勝負だから。みんなはそこで見てて。譲れるのは、そこまでだよ」

 なおも否定を返すアニスだったが、その言葉からは、これまでの悲痛さはなくなっていた。

 これ以上は、さすがに無理か。

 俺たちも一応納得して、アニスの決意を見守ろうとした───そのとき。

「───もう、いい」

 顔を俯けたアリエッタが、拳を震わせながら、小さく言葉を洩らす。

「もういい! そんなに、邪魔したいなら、お前たちも加われ! ルーク、ティア、カーティス大佐! アリエッタもお友達の力を借りる!!」

 アリエッタの指示に従い、イオンの脇に佇んでいたライガとフレスベルクの二匹が、アリエッタの脇に移動する。

「アリエッタ、それは俺達三人が手を出すのは、お前も認めるってことか?」

 少し戸惑いながら呼びかけた言葉に、返されたのは憎悪に染まった叫び。

「三人も──ライガママの仇! アニスと一緒に、ここでやっつけてやる!!」

 俺は思わず脇に立つ小動物に視線を向けていた。

 小首を傾げるコライガ。俺が犯した罪の象徴。

 アリエッタが恨む対象としては……俺はアニスよりも重い罪を背負っている。

「……わかった。受けて立つぜ」
「そうね、女王の件には私達にも責任がある」
「やれやれ……女王に止めを指したのが私である以上、断る訳にもいきませんか」

 前に出る俺たちに、ガイが後ろから声を掛ける。

「みんな気を付けろよ。一応決闘の形を取ってる以上、俺たちは加わらない方が良さそうだ」

 アリエッタの魔物使いとしての能力を考えた場合、二人が無理に加わる事で、呼び寄せる魔物に際限がなくなることを考えれば、万が一の場合も考えて、ここは待機していた方がいいという判断だった。

「ご主人様……ぼくも……ぼくもアリエッタの仇ですの……」

 ガイの隣で、ミュウが力なく耳を足らした。ライガが森を移ったのは、そもそもミュウがはいた炎から始まっていた。気にするなというほうが無理な話だろう。

 だが、森に来た俺たちが、ライガクィーンに手を下したのも確かな事実だった。

「ミュウ……お前はさがっててくれ。直接手を下したのは、結局の所、俺たちだからな」
「ご主人様……わかりましたですの……」

 力なく後ろに下るミュウに、俺は思わず声をかけていた。

「ミュウ、コライガ、お前はナタリア達と、イオンのやつを見ててくれないか?」
「イオンさまをですの?」

 きょとんと目を見開くミュウに、ナタリアが名案だと頷く。

「そうですわね。私たちは導師の様子を見ています。アリエッタ、それで宜しいですね?」

 ナタリアの提案に、アリエッタは一瞬迷った後で、黙って道を譲った。

 ガイとナタリアが小動物二匹を引き連れ、イオンの側に移動していく。アリエッタと擦れ違う瞬間、前へ進むコライガとアリエッタの視線が交わった。

 だが、それにコライガは何の反応も見せることはない。

 アリエッタの顔に浮かぶ泣きそうな表情に、俺は感情を押し殺して、正面を向き続けた。

 高まる戦場の気配を前に、アニスとアリエッタは互いにこれが最期とばかりに、激しい言葉を交わす。

「ライガママの仇、イオンさまへの裏切り……もう、アニスをイオンさまの側になんかいさせない!」
「アリエッタ……あんたの指摘は正しいよ。それでも、それでも私も負ける訳にはいかないんだ!」
「ぬけぬけとっ───アニスッ! 覚悟っ!!」

 その言葉を皮切りに、ライガが唸り声を上げ、フレスベルクが空に浮かぶ。

 一斉に身構える俺たちを前に、誰かが小さく掠れた声で、アニスとアリエッタの名を呼んだような気がした。

 しかし、もはやその声が届くことはなく、呼び声は空しく、虚空に消えた。



  1. 2005/04/27(水) 04:42:46|
  2. 【家族ジャングル】  第八章
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