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──A.L.M──

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第5話 「闇の慟哭」








───故郷で過ごした日々───








 彼女にとって、世界は完結していた。

 ものの半日で一巡り出来るくらい小さな島。かつて受けた津波の影響か、樹木の類はほとんどがダメになっている。生き残った動物も少なく、決して獲物に恵まれているとは言えない場所。それでも彼女にとって、この島は他のどんな場所とも換え難い、愛すべき『家族』の居る故郷だった。


 彼女の家族は、一般的な価値観からすれば忌避される存在──所謂魔物の一種だった。


 ライガと呼ばれるトラのような魔物で、特に子供は人を好むと言われている。彼女がライガを家族と呼ぶ事実に、後に教団で会った人々は誰もが信じられないと言葉を洩らしていた。

 しかし、この頃の彼女にそんな知識があるはずもなく、ただそうあるべき当然のものとして、家族を受け入れていた。仮に知っていたとしても、自分は何も変わらなかっただろうと彼女は思っている。

 意識がはっきりした頃には、彼女は既に、この小さな島の中でライガと共に暮らしていた。

 彼女の家族は誰もが自分よりも大きくて、自分の後に生まれた弟達や彼女の母が全身を毛皮に覆われているのに対して、自分の身体はひどく小さく、毛皮もろくに生えて来なかった。

 獲物を狩る力強い牙もなければ、鋭い爪もない、脆弱な身体。

 家族と比べて、彼女はひどく弱い存在だった。

 特に走るのが苦手で、素早く移動する皆になかなか追い付くことができず、弟達が自らの足で動けるようになった後も、母にひょいとくわえられて、その背中に揺られながら移動していた。

 当然、そんな彼女が狩りに参加できるはずもない。

 皆が軽々と獲物を仕留めるのを横目にしながら、彼女は一人悔しさをかみしめていた。皆の役に立てないと落ち込む彼女に、家族は気にするなと優しく鼻先を押しつけ、慰めてくれた。でも、彼女はこのまま家族の優しさに甘えていることなどできなかった。たとえ狩りに参加できなくても、みんなを助けることはできるはずだ。どうすれば、みんなの役に立てるだろう?

 悩みに悩んだ末に、彼女は一つの役割を見つけ出した。

 自ら獲物を刈り取ることを目指すのではなく、獲物を狩る皆の補助に徹する。それを自らの役割に決めたのだ。

 幸いなことに、彼女は家族の誰よりも、器用な前足を持っていた。自由に使える前足で、獲物が追い立てられる先に罠を張り巡らせる。この罠に追い立てられた獲物は、これまで狩りに掛かっていた時間が嘘のように、面白いほどあっさりと仕留めることができた。

 狩りのお荷物に過ぎないという負い目は、完全になくなった。

 道具を使い始めたのも、確かこの頃だ。

 皆が追い立てた獲物が、彼女の仕掛けた罠に掛かり、次々と仕留められていく。皆の狩りを補助する役目に徹しながら、いつの日か、家族の隣に並んで、狩りに出る日が来ることを夢見ていた。

 しかし、それから何年経っても、彼女には爪も牙も生えて来なかった。

 もはや、家族の中で、どこか変わっている自分の存在を意識せずにはいられなかった。

 いったい、自分はなんなんだろう? ぼんやりと海を見据えることが多くなった、そんなある日のことだ。


 海から、ひどく大きな〝何か〝が島にやってきた。


 この〝何か〝は島の海岸沿いを進むと、かつて港と呼ばれていた場所で動きを止めた。

 恐々と遠目に様子を伺っていると、〝何か〝の中から生き物がぞろぞろと出てきた。彼らの姿を目にした瞬間、彼女はあまりの驚きに呼吸が止まるかと思った。

 その生き物たちは、ひどく自分と似通った姿をしていたから。

 足が、自然と前へ進む。

 気がつけば、彼女は自分に似た生き物達の前に立っていた。彼らは彼女の姿を目にすると、ひどく驚いたように、口々に声を上げた。このざわめきを聞きつけて、彼女の後を心配そうに着いてきていた弟が、警戒の唸り声を上げた。

 彼女の脇に立って、唸り声を上げる弟を目にした瞬間、彼らの間に緊張が走る。彼らは一斉に身構えると、その手の先から伸びる、ギラギラと光る爪のようなものを向けてきた。これに弟もますます警戒心を高め、低く唸り声を上げ始めた。

 急激に高まる緊張感が限界に達しようとした、そのとき。


「武器を納めろ」


 この一声で、彼らは一斉に動きを止めた。
 声の先には、一人だけ最初から落ち着いた眼で、常に自分を見据えていた人の姿があった。

 強い人だ。

 本能的に、目の前に立つ相手が、とても強い力を持った人だとわかった。

「よもや、この島に生き残りが居ようとはな」

 彼はざわめく群れの中を一人前に進むと、こちらに手を伸ばす。

「我が手を取るがいい、魔物を従える少女よ」

 差し伸べられた手。
 初めて見る、自分の同族から掛けられた言葉。

 気付けば、彼女は差し出された手を取っていた。


 そして、彼女は人としての名前を取り戻す。


 いつも身につけていた、ボロボロに擦り切れた布切れ。
 そこに残されていた刺繍から判明した、一つの名前。


 彼女の名前は──アリエッタ。


 教団で過ごすようになってからも、アリエッタはふとした拍子に、島で暮らしていた日々の記憶を思い出すことがあった。

 あの頃の自分と比べて、今の自分が得た物はあまりにも多かったが、それでもかつて島で過ごした日々の記憶は色褪せることなく、いつまでも彼女の胸に刻まれていた。

 それは言葉では言い尽くせないほどに多くの、懐かしさと優しさを含んだ記憶。

 ひどく小さな島。常に耳に届く穏やかな波の音。自分を心配そうに見据える弟の瞳。母の大きな背中。家族と故郷で過ごした日々の記憶。


 ───彼女にとって、世界は完結していた。








【1】







 厄介な相手だ。

 空中から襲いかかる爪と牙。フレスベルクは常に三次元的な機動から攻撃を仕掛ける。あくまでこちらの動きに対して牽制を仕掛けるのみで、決して深追いはしようとしない。主の命令もあるだろうが、この魔物自体の知性も決して侮れないものがあった。

「狂乱せし地霊の───くっ!」

 上空から襲いかかる爪牙。詠唱を中断、即座にその場から飛び退く。右手に握る槍をカウンターで投じようと構えるが、既に相手は間合いから離れていた。

 やはり厄介な相手だ。ジェイドは苦々しい想いを噛みしめる。

 こちらが譜術の詠唱に入る仕種を見せるや、これまで遠巻きにしていたのが嘘のように、即座に反応して急襲を仕掛ける。こちらも虚実を交えて、何とか一撃を加えようとするのだが、あくまでも牽制を心掛ける相手に攻撃は届かない。

 ここから僅かに離れた位置で、ルークがティアの援護を受けながらライガと戦り合っているのが見える。自分と同じように相手はあくまで牽制を意識しているようで、早々に決着がつくとは到底思えない状況だ。

 ………彼らの狙いは、アリエッタの勝負を邪魔をさせない、といった所でしょうかね。

 戦場の中心で、対峙する二人の少女に視線を送る。アリエッタの手にした杖から引き出される闇が、圧倒的な威圧感を放っていた。だが、彼女の瞳に浮かぶ強い意志の光が、安易な暴走を許さない。

「………やれやれ、仕方ない」

 手にした槍に第三音素を込める。逆巻く風に、フレスベルクが警戒したように翼を動かす。

「──あなたの狙いに付き合って上げましょう」

 ジェイドは強引な突破を諦め、目の前の相手に意識を切り換えた。


                   * * *


 紫電の雷光に、視界が白に染まる。

 全身に荒ぶる雷を纏った獣の突進。体重の差はそうそう覆せるものではない。俺は構えた剣の嶺で獣の突進を受け流しながら、突撃の軌道をずらして斜め後方に飛び退く。

 こちらが身をかわしたのを見るや獣が地に爪を立て、強引に動きを変えた。地を這う雷が床を削り、振るわれる前足に収束する。はね上げた剣先で爪を弾くが、突進の勢いまでは殺せない。剣を振った勢いを利用して身体を突進の軌道からずらす。

 相手の一撃は当らないが、それはこっちも同じことだった。

 瞬発力では、相手が上か。

 もはや何度も繰り返した相手の突進をやり過ごしながら、思考を巡らせる。

 常に先手を握るライガに対して、俺は攻め手を見出せないでいた。大技を出すにはある程度のタメが必要なのだが、相手はこちらがそんなタメを作るような時間を持たせない。

 こなくそと相手の攻撃に合わせてカウンターを叩き込もうとするが、これもダメ。こちらが切り込もうとする気配を見せるや、相手は即座に距離を取った。常に一撃離脱を心掛けているのか、なかなか隙を見せやがらない。

 厄介な相手だ。

 ライガの頭が良いのは、身近に居るあいつのおかげで良くわかってるつもりだったが、こいつは特に厄介な存在だった。

「……仇なす者よ、聖なる刻印を刻め───」

 詠唱の響きが届いた。睨み合うライガの立つ場所に、譜陣の光が走る。

「───エクレールラルム!」

 交錯する光の刃が展開された譜陣の上を貫いた。

 やったのか……? 警戒しながら僅かに剣先を下げると同時、視界の端に影が走る。

 反射的に構えた剣を前方に叩きつける。振り降ろされたライガの前足が剣と激突した。

 ちっ……譜術まで躱しやがるのかよ。

 これまでも時折、後方からティアのナイフや譜術が放たれていたが、相手にタイミングが読まれているのか、絶妙なところで間を外され、その悉くが空を切った。

 目の前で低く唸り声を上げるライガに意識を向けながら、俺は僅かに視線をずらす。

 高まる濃厚な闇の気配の中心、闇杖を構え立つアリエッタの姿があった。

 僅かに意識がズレた瞬間、ライガの前足から掛かる力が増す。慌てて受け流しながら、間合いを取るが、相手はこれまでと同じように懲りずに突進を仕掛けやがる。

 まったく、きりがねぇな!

 俺はあまりの戦り辛さに内心で舌打ちを洩らした。

 ライガの狙いがわからない訳じゃない。

 おそらく、全ての決着がつくまで、俺達を引きつけることに徹するつもりなんだろう。

 だが、それがわかっていても突破口が見つからなかった。

 ライガの咆哮が場を貫く。振り降ろされた爪を剣の嶺で受け流す。

 目の前で放電する爪が、ここを通すものかと俺をこの場に縫い付ける。

 ちっ、まったく、何ともこの状況は───

「──くそったれだなっ!」


                   * * *


 譜業人形の豪腕が唸りを上げながら振るわれるが、アリエッタはまるで気にした様子も見せず、詠唱を続けていた。何発か拳が直撃するが、相手を包む闇の衣が攻撃を通さない。

「アリエッタ! いい加減イオンさまを解放して!!」

「絶対に、イヤッ! アニスに……イオンさまを裏切ったアニスなんかに、絶対にイオンさまを渡さないっ!!」

 放たれる言葉はあまりに正しすぎて、反論することすら許さず、胸の内に突き刺さる。

 それでも、諦める訳にはいかなかった。こんな自分を信じてくれた皆のためにも、教団で待つ二人のためにも、アリエッタにどうにかして納得して貰わなければならなかった。

「そっちこそ! なんで、ヴァン総長なんかに協力するの! 世界を、壊そうとしてるんだよ!!」
「そんなの関係ない!! 総長はアリエッタの恩人! この島で一人だったアリエッタに居場所をくれた!!」

 振るわれる闇杖から走る闇の刃が頬を掠めた。

 アリエッタの言葉は、自分にも理解できるものだった。もしあの人が手を差し伸べてくれなければ、今頃自分たち親子は野垂れ死んでいただろう。

「イオンさまに合わせてくれたのもヴァン総長だった! あの頃はイオンさまも総長に協力してた!! すべてが、すべてがおかしくなったのは──アニスが導師守護役に就任してからだ!!」

 自分が導師守護役についた時期、それは──オリジナル・イオンが死んだ時期のことだ。

 一瞬、無意識の内に人形を繰る手から力が抜けた。

 それは本当に一瞬のことだったが、アリエッタは決して、この隙を見逃さない。

「許さない。絶対に……絶対に、許さない!!」

 アリエッタが手にした闇杖を掲げ上げた。

 周辺から膨大な量の音素が収束し、大気が揺れ動く。

《……始まりの時を再び刻め───》

 集束された音素は幾重にも編み上げられ行き、展開された譜陣から漆黒の闇が滲み出た。

《───倒れて!》

 顕現せし闇の中心で、アリエッタは勝利の確信と共に告げる。

《──────ビッグバンッッ!!》

 荒れ狂う闇の奔流が渦を巻きながら世界を犯す。うねりを上げるながら爆発的な勢いで迫る闇の浸食を前に、アニスの身体は凍り付いたように動かない。そのまま為す術なく、身体が闇に飲まれようとした、そのとき───

 トンと、背中を軽く押された。

 よろめく身体。視界の端に映る少年の姿。迫る闇の渦。自分の替わりに闇の前に立つ彼の姿。


 微笑む彼の瞳が、ひどく印象に残った。


 ───闇がすべてを食らいつくした。








───教団で過ごした日々───








 彼は教団の人間であり、ヴァンと名乗った。

 ヴァンは自分を島から連れ出すと同時に、これまで住んでいた島など比較にならないぐらい住みやすい森を、母に紹介してくれた。森に移り住む家族と別れ、一人だけ彼女の側を離れなかった弟と共に、アリエッタは教団へと向かった。

 教団で過ごす日々は、なれないことの繰り返しだった。

 言葉というものを教わる。人と意志を疎通する術を学ぶ。ゴワゴワとした服の動きにくさを我慢する。何もかもが、アリエッタにとって初めてのことばかりだったが、それでも彼女は周りに馴染もうと必死に頑張った。

 これまで家族の中に居て、ふとした拍子に感じることがあった、自分だけ違うという想いが、ここでなくなることを信じて───


 ある程度、人間の常識というものを理解した所で、アリエッタは教団から任務を受けるようになった。誰かに認められたいと想うなら、認められるだけの何かを示す必要があると思ったからだ。

 そうして、幾つかの任務をこなす内に、アリエッタが教団の中で接する人も増えて行った。あまり使い慣れぬ言葉を使って、必死に話しかけながら、彼女は教団の中で友達を作ろうと頑張った。ヴァンやラルゴはそんな自分を見据えながら、ひどく優しげに目を細めていた。

 しかし、教団の人々は、アリエッタが魔物を操ると知ると、誰もが距離を置いた。

 それとは対照的に、任務で外に出た先で知り合う魔物たちとは、あまりにもたやすく友達になることができた。絆を交わした魔物たちを連れ帰る自分に、ヴァンは苦笑を浮かべながら世話をする手配を整えてくれた。

 そうして、任務と教団を行き来する日々がしばらくの間続いた。

 ふと気付けば、アリエッタは教団の中で孤立していた。彼女の周りにいるのは、魔物の友達のみで、人間の友達は一人として出来ることはなかった。

 彼女を教団に誘った人々──ヴァン総長と、彼の周囲に居る人々だけは、決して自分を畏れることなく接してくれた。彼らと過ごす日々は確かに充実していたが、それでも周囲から注がれる目には、決して隠すことのできない畏怖が含まれていた。

 魔物を使役する彼女の力は、人の中において、あまりに異質なものだったから。

 魔物でも人でもない自分という存在は、どうやら魔物の中にも人の中にも、完全に溶け込むことが出来ないようだ。


 なら、いったい自分は何処で生きて行けばいいんだろう?


 一人、空を見上げることが多くなった、そんなある日のことだ。

 思い悩むことの多くなった自分の様子を察してか、総長が次のようなことを提案してきた。
 しばらくの間、教団の対外任務から離れて、本部で護衛の長期任務に就いてみないかと。
 閉塞した状況に行き詰まりを感じていたアリエッタは、この申し出を一にも二もなく受け入れた。

 先を行く総長の後に続いて、普段なら決して足を踏み入れることのない区画を進む。

 数度のノックの後、部屋の中から思ったよりも幼い声が返る。
 扉が開かれ、総長の後に続いて、彼女は部屋に足を踏み入れる。

 案内された先は、導師の執務室。



 ───そして、彼女は彼と出会った。








【2】







 闇杖を握りしめながら、アリエッタが震えている。
 蒼ざめた顔の中で、見開かれた瞳は自らの放った一撃を受けた相手を捉えて離さない。

「……イオン、さま…………どうして……?」

 震える唇が、イオンの名を呼んだ。

 イオンの背後に庇われるようにして、床に座り込むアニスの姿が見えた。イオンのかざされた掌の先で、展開されていたダアト式譜術の光が消える。おそらく、アリエッタの放った術が発動する直前、駆けつけたイオンがアニスを庇ったんだろう。

 だが、ダアト式譜術をもっても、アリエッタの一撃を完全に抑え込む事はできなかったようだ。擦り切れた導師服が風に揺らぎ、イオンがその場に膝を着く。

『イオン様───!』

 その場に居る誰もがすべてを忘れ、イオンに駆け寄ろうとした。
 しかし、イオンはすべての動きを制止するように、手を前に差し出す。

「……アリエッタ、僕はあなたに、伝えなければいけないことがあります」

 誰もが動きを止めた空間。
 場の中心に立つ少年はゆっくりと口を開き、決定的な言葉を放つ。

「僕は、あなたの知るイオンではありません」

「……え?」

 アリエッタの顔に浮かぶのは強い困惑。彼女の顔を見据えながら、イオンは一息に告げる。


「僕は、オリジナル・イオンのレプリカです」


「イオン、さま……?」

 告げられた言葉が理解できないのか、アリエッタはひたすら呆然と立ち尽くす。

「僕はあなたの思い人だった導師ではありません。あなたには、たいへん申し訳ないことをしました……」

 事実を告げること自体に痛みを感じるように、イオンは僅かに視線を伏せた。しかし、直ぐに顔を上げ、再び言葉を紡ぐ。

「僕は怖かった。自分がレプリカであることを、誰よりもオリジナル・イオンと親しかったあなたに知られることが……だから、結局こうして最期のときまで、あなたにこの事実を明かすことができなかった」

「さい…ご……?」
「どうやら、これまで少し力を使い過ぎたようです」

 アリエッタをつらそうに見据えながら、イオンは微笑んだ。

「この告白も……僕のエゴに過ぎないのかもしれない。それでも、あなたには真実を知って欲しかった。ああ、本当に、僕はあなたに、ひどいことしか、できな、かった───」

 イオンの身体が、その場に崩れ落ちる。

「イオンさま!」
「イオン!!」

 慌てて掛け出した俺たちとは対照的に、アリエッタの身体は凍り付いたように動かない。
 最初に駆けつけたアニスの手によって、イオンの身体は抱き止められた。

「イオン、どうしてだよ! そんな状態で、なんであんな無茶を……っ!!」

 激しく問い掛ける俺の顔を見上げながら、イオンはどこか困ったような顔で微笑む。

「僕はもともと……身体の弱かった導師の、さらに体力が劣化したレプリカです。ダアト式譜術の使用に耐えられるように、この身体はできていません」

 まるで燃え尽きる寸前の灯火のように、イオンは言葉を紡いで行く。

「力を使う度に、自分の生命が磨り減っていくことが、他の誰でもない、僕にはわかっていました。そして、同時に理解していました。もう、自分は長くないことも……。だから、最期に何かを残したかったのかもしれません」

 アニスの手に抱かれながら、イオンは集まった俺たちの顔をゆっくりと見回す。

「でも、みんなに出会えて僕は幸せでした。だって、僕は───」

 精一杯、生きたから。

 微笑み掛けるイオンのあまりに勝手な言いぐさに、俺はやり切れなさを感じて拳を握りしめる。

「ごめんなさい……ごめんなさい、イオンさま……私……私……!」
「ああ……アニス、泣かないで。もう、僕を監視しなくていいんですよ」

 涙をこぼすアニスの頬を撫でながら、イオンは彼女に微笑み掛ける。
 浮かぶ微笑みとは対照的に、イオンの身体から急速に力が抜け落ちていくのが傍目にもわかった。

「今まで、ありがとう……僕の……一番……大切な……────」

 アニスの頬を撫でる手から、力が抜け落ちた。
 イオンが静かに目を閉じると同時──乖離した音素が一斉に舞い上がる。
 天に向けて駆け昇る光の粒子。煌く燐光が廃墟を照らし、幻想的な光景が目の前に広がった。
 だが、その光も一瞬で消え去り、後には何も残らない。

 死体を残すことすら許されないレプリカの死にざまに、俺は──恐怖した。

「……イオン、さま?」

 ただ一人、離れた場所で立ち尽くすアリエッタの口から漏れた呼びかけは、あまりにも虚ろに響く。

「なんで……イオン、さまがレプリカ?」

 何一つ理解できないと、アリエッタは視線を彷徨わせる。
 アリエッタの手に握られた闇杖が、チリチリと音を立てた。

 ───奏器の制御には強固な意志の力が必要だ。

「嘘……嘘……嘘、なんで? なら……アリエッタの知ってるイオンさまは、どこ?」

 手にした杖が、込められた力に震える。

 ───彼女にとってそれは導師イオンの存在に他ならない。

「アリエッタは……誰よりも大切な人が、居なくなっていたことにも、気付けなかった?」

 呟きに応える声はない。

 ───彼女が精神の支柱としていた少年は、もう居ない。

「あぁ、ぁぁあぁぁ。ぁあああああぁぁぁぁ───!!」

 絶叫に引き裂かれる世界。
 絶望に染まる担い手の指向に、闇杖はあまりにも忠実な反応を返し───


 ───闇が、暴走を始める。


「まずい……これは……」
「アリエッタ! アリエッタ!!」

 杖から絶えることなく溢れ出る闇。
 其の深淵を伺うことは何人にも許されず、膨れ上がる闇はひたすら世界を喰らい始める。

 魔物たちも自らの主の状態に困惑しているのか、戸惑うばかりで動けない。

 しかし、混乱する場とは対象的に、俺は一人ひどく冷静に闇を見据えていた。

 ───リィィイ───ン──────…………

 鈴の鳴るような音色が響く。

 手にした剣から伝わる力。研ぎ澄まされていく意識。
 俺の思考とは決定的にズレた場所で、身体が動き始める。

 ───この機を逃すな。

 俺の頭の中で、ひどく乾いた声が冷徹に告げた。
 ゆっくりと顔を上げて、どこか緩慢とした世界を見据える。

 闇に包まれた少女が目の前に居た。彼女に向け剣を構え、足を前へと踏み出す。
 すべてを拒絶する闇はあらゆるものを喰らいながら膨張を続けていた。

 だが、何も心配する必要はない。

 俺は闇に向けて駆ける。
 俺の接近を察した闇が、鋭利な触手のようなものを一斉に伸ばす。

 しかし、俺は慌てることなく、手にした鍵を無造作に前方へと薙ぎ払う。

 切り裂かれた触手が悲鳴のようなものを残しながら、鍵の刀身に吸収されるように虚空へと消えた。残された闇の触手が動揺するように蠢くが、もはやすべては遅い。

 暴走する闇の中枢、簒奪せし力を括る依代、全ての元凶たる闇杖に向け──剣を振り降ろす。

 アリエッタの手にする闇杖が、真っ二つに切り裂かれた。

 絶叫じみた高音が広場を貫き───


 ───何かが、俺の中に、流れ込む。








───彼と過ごした日々───








 総長に護衛対象として紹介された少年は、優しげな風貌と丁寧な物腰に似合わず、ひどく意地悪な人だった。

 何度泣かされたのか。それすらわからなくなる程、出会った当初は何度も何度も意地悪なことを言われた。アリエッタは目尻に涙を浮かべながら、それでもめげることなく彼と接して行った。

 すると、いつまで経っても彼の側を離れることのないアリエッタに影響されてか、彼の態度から徐々に刺は抜け落ちて行った。

 そしてあるとき、彼は根負けしたように一度だけ苦笑を浮かべると、アリエッタが護衛に就く事を受け入れた。

 驚くべきことに、刺の削げ落ちた彼の態度は、まるでどこに隠していたのかと疑いたくなるほど、優しさに満ちていた。ときに意地悪なことを言うこともあったが、もうそれが彼の本心からの言葉でないことはわかっていた。

 アリエッタにとって何よりも嬉しかったのは、彼が自分が魔物を操ると知っても、決して態度を変える事なく、自分と向き合ってくれたことだ。


 彼と過ごす日々は、ひどく楽しくて、まるで瞬くような早さで過ぎていった。


 彼と親しくなってから、アリエッタは彼に奇妙な癖があることに気付いた。

 彼は会話の最中などで、時折、ひどく遠くを見据えることがあった。

 どうかしたんですか、イオンさま? 尋ねる彼女にも、彼は微笑むだけで何も応えない。首を傾げるが、話すまでもないことなのだろうと自分を納得させて、この頃のアリエッタがこの癖を深く考える事はなかった。

 しかし、彼が遠くを見据える癖は、日を追うごとにその回数を増やして行った。
 さすがに何かあるのではないかと疑問に思い始めた、そんなある日のことだ。

 しばらくの間、病気の療養のため、アリエッタとは会えなくなる。

 いつものように他愛もない会話を重ねた後で、彼はそんなことを言ってきた。涙を浮かべる自分に、彼は何度も慰めの言葉を掛けながら、自身も辛そうに目を伏せた。そんな彼の態度に、アリエッタは自分のわがままで困らせるわけにはいかないと、哀しさをぐっと堪えて、この申し出を受け入れた。

 しばらくの別れに言葉を交わし、後ろ髪を惹かれながら、彼の部屋を後にしようとしたそのとき。彼は一度だけ、アリエッタの名前を呼び止めた。

 なんですか、イオンさま? 不思議に想いながら尋ねるアリエッタに、彼は口を閉じたまま、じっと彼女の顔を見据えていた。

 かなりの時間が経った後で、何でもないと、彼は笑ってアリエッタを送り出した。


 次の日、彼女は導師守護役を解任された。


 ごく自然な態度で、ただ親しい人にするように、わがままを言い、時にケンカをし合いながら、彼は家族のような態度で、自分と接してくれた。


 アリエッタは、そんなイオンさまのことが──大好きでした。








【3】







 切り裂かれた闇が完全に消え失せる。

 ……今のは、アリエッタの記憶、か?

 一瞬の白昼夢に、俺は抑え切れない動揺を感じて、額を抑えながらその場に立ち尽くす。

 ───ドクンッ───

 鍵が、鼓動を刻む

 二つに切り裂かれた杖の残骸が、音素の光を巻き上げながら虚空に溶ける。
 舞い上がる音素が鍵の刀身に絡みつくと同時、闇杖の残骸はこの世界から完全に消え失せた。

 いつになく、ギラついた光を放つ鍵の刀身が俺の手の中にあった。

「アリエッタ!」

 アニスの呼び声に、俺は我に返る。

 ……今は、それよりもアリエッタの状態か。

 俺は頭を振って思考を切り換えながら、闇の消えた前方に視線を移し──息を飲む。

 闇に蹂躙され尽くしたアリエッタの姿が、目の前に在った。
 ボロボロの身体を横たえたアリエッタの状態は、どう見ても瀕死としか言いようがないものだった。

「アリエッタ! アリエッタ!」

 駆け寄ったアニスが、アリエッタの隣に並ぶ。彼女の手を取りながら、必死に呼びかける。

「…………イオンさま、どこ?」

 焦点の合わぬ瞳。掠れた声は彼の名を呼ぶ。

「イタイよ……イオン…さま……イオ…───」

 言葉は半ばで途切れ、アリエッタの動きが停まる。

 彼女はもう動かない。

「……ごめんねぇ……ごめん…アリエッタ……ごめんねぇ……」

 向けるべき相手をなくした、アニスの謝罪の声が響く。
 何も言葉を掛けられない。言葉が見つからない。
 嗚咽を洩らす彼女の背中を前に、俺たちはただ立ち尽くすことしかできない。

 そのとき、背筋がゾクリと撫で上げられるような悪寒が走った。

 ライガとフレスベルクの二匹が、主の死を前に尋常ならざる殺気を放っていた。
 空間そのものが震え上がるような殺気を放ちながら、獣は一歩一歩、前へと進む。

 咆哮を上げながら、今にも俺たちに飛び掛かろうとしていた獣達の動きが──突然止まる。

 咆哮に応じるようにして放たれた低い鳴き声が、二匹を押しとどめていた。
 猛り狂う二匹と対峙するコライガが、まるで言葉を交わすように、低く唸り声を上げる。対峙するライガも自らの同族を見下ろしながら、低く唸り声を返した。

 そうして、しばらくの間、唸り声を交わし合うと、ライガとフレスベルクの二匹は突然俺たちから興味をなくしたように、殺気をおさめた。
 フレスベルクがアリエッタの亡骸を抱き上げ、ライガの背中にそっと乗せる。彼女の亡骸が背負われたのを確認すると、二匹は俺たちに背を向けた。

 もはや俺たちなど視界に留めるにすら値しないとでも言うかのように、二匹は一切振り返ることなく、戦場から去った。


「……私が、死ねば良かったんだ」

 つぶやかれた言葉は、あまりにも虚ろに、この場に響く。

「イオンさまもアリエッタも……死ぬ必要なかった。私のせい……ぜんぶ私のせいで、二人は死んだ……っ……」

 トクナガを胸に抱きながら、アニスは嗚咽を洩らす。

「アニス……俺たちは……」 

「ルーク、やっぱり、無理みたいだよ」

 顔を上げたアニスは、からっぽの笑みを浮かべていた。

「私は、もう、戻れない」

 よろよろと立ち上がり、彼女は一人、俺たちに背を向ける。

「アニス! アニス──俺たちは───」

 イオンを救えなかったのは俺たちも同じだ。

 仕方がなかったんだ。

 掛けるべき言葉はいくらでも思い付いた。

「くそっ!」

 アニスが悪いせいじゃない。

 だが、アリエッタのせいでもない。

「くそっくそっくそっ!」

 なら、いったい誰が悪いんだ? 誰のせいなんだよ?

 思い浮かぶ言葉はどれもひどく薄っぺらい気がして、どうしても口にすることができなかった。

「くそぉぉぉおぉぉぉ───っ!!」

 やり場のない憤りを含んだ叫びが、廃墟の中を響き渡った。


「……ダアトへ、報告に戻りましょう」

 真っ先に我に返ったジェイドが、感情の籠もらない声で、皆を促した。

 それに抵抗する気力は、もはや誰にもなかった。

 イオンはもう居ない。

 アリエッタもまた死んだ。

 そしてアニスは俺たちの下を去った。


 すべてがあまりにも、現実感が乏しかった───







【4】






 気がつくと、いつのまにかダアトについていた。
 目の前に広がる教団本部に、ふらふらと向かう。
 教団に入ると、そこにトリトハイムの姿があった。
 向こうもこちらに気付いてか、待ちかねていたかのように声を上げる。

「おお、みなさまも帰りましたか」

 今日はどんな御用ですかな? 朗らかに応じる彼を前に、俺は強く唇を噛む。
 だが、いつかは告げなければいけないんだ。先送りにしているような余裕はない。

「俺達は……イオンを……イオンを……」
「導師イオンがどうかしましたか?」
「俺達は……イオンを助けてやれなかった」

 告げられた言葉に、しかしトリトハイムは困惑したように瞳を揺らす。

「ええと、いったいどのような意味でしょうか?」
「イオンを……助けられなかったんだ」
「???」

 首を傾げながら、トリトハイムが口を開く。

「導師イオンに改めてお会いしたいということでしょうか? しかし、それならば、できればもう少し日を置いて頂きたいのですが……」
「…………何を、言ってるんだ?」

 会話が噛み合わない。どこか埋めることが出来ない、決定的な断絶が俺たちの間に存在していた。

「──詠師トリトハイム、そこを離れよ」

 冷徹な言葉が投げかけられると同時、俺たちをオラクルが取り囲む。

「これは、どういうことですか、大詠師モース!!」
「彼らは大罪人──咎人なのですよ」
「いったい何を……?」

 困惑するトリトハイムに向けて、モースは淡々と告げる。

「彼らこそが、導師の生命を狙っていた者たちに他ならない。導師、、 が打ち明けてくれました」
「──なっ、そんな、まさか……」

「その証拠に、彼らは導師が亡くなっていることを前提に話を進めている」
「……俺たちは、確かにイオンを助けられなかったが……殺そうとしたなんてまで言われる筋合いはねぇぞっ!!」

 俺の身体から吹き出る濃厚な殺気を前に、オラクル達が一斉に槍を構える。
 オラクル達の動きを制し、モースは言葉を続ける。

「助けられなかった……か。何を言うかと思えば、お前たちが亡き者にしようとした導師なら、私が危ういところで保護することに成功したぞ?」
「保護することに、成功した……?」

 混乱する俺たちを前に、モースは自らの背後を示す。

 そこに一人の少年がいた。中性的な容姿に、深みをもった緑色の長髪。彼は導師服を身にまとい、どこか虚ろな視線をこちらに向けていた。

 激しい動悸が停まらない。

 間違えるはずがない。間違えることなどありえない。なぜなら、彼の顔は───

「どうした? 亡き者にしたはずの導師の姿を前に、言葉もないか?」

 生前のイオンと、まったく変わぬ少年の姿が、そこにあった。

「そう、ここに導師は存在する、、、、、、、、、、 。もはや言い逃れは無用。──拘束しろ」

 モースの命を受けて、周囲を取り囲むオラクルが俺たちを拘束しようと迫る。

「……ネクロマンサー、お前も譜術の詠唱を止めろ。アルビオールの操縦士は確保済みだ」

 続けられた言葉に、ジェイドが譜術の詠唱を止める。
 周囲を取り囲むオラクル達が、俺たちを拘束する。

「どういう、ことだ……?」
「説明するまでもない。彼は導師イオン。それ以外に何を言う必要がある?
 もっとも、殺され掛けた衝撃のためか、少しばかり記憶が定まらぬようだがな……」

「───っ!!」

 囁かれた言葉に、俺は弾かれたように顔を上げて、少年を見やる。

 イオンはレプリカだった。

 何体も造られたレプリカ達の中で、もっとも導師に近い能力をもっていると選ばれた。

 なら、目の前に居る少年は……

「モース……」
「ひとまず牢に閉じ込めておけ。詳しい決定は追って沙汰する」

 オラクルに取り押さえられながら、俺は猛り狂う思いに任せるまま叫ぶ。

「大詠師モース───ッ!!」
「───連行しろ」

 さめきったモースの瞳が、何の感情も宿すことなく、俺達を見据えていた。



  1. 2005/04/26(火) 00:15:43|
  2. 【家族ジャングル】  第八章
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