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──A.L.M──

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第5話 「対峙する鏡像、漂うは死臭」


「でっけぇーな」

 国境を別つ城壁が大陸の端まで続いている。到着したカイツールに漂う空気は妙にピリピリとしていて、自然と姿勢を正してしまうなにかがあった。

さすがに国境というだけあって、物々しい場所だよなぁ。

「それだけキムラスカもマルクトも、ここらを重視してるってことだな」

口を開けて城壁を見上げる俺に、ガイが苦笑を浮かべた。

「仮に戦争が始まったとしたら、ここが真っ先に戦場と成り得るということでもありますねぇ」
「開戦は阻止してみせます。そのために僕たちがいるのですから」

 皮肉混じりのジェイドの言葉を、イオンが純粋な思いから出た言葉で否定する。

 戦争が始まったらか。その戦争を俺みたいなチンピラが阻止しようとしてんだから、なんとも場違いなところに来ちまったよなぁ。

「あら……あの娘、アニスじゃないかしら?」

 ティアの指し示す先に視線を送る。城壁を潜った国境の境で、なにやら兵士と揉めている少女の姿があった。

「証明書も旅券も無くしちゃったんですぅ。通して下さい。お願いしますぅ」
「残念ですが、お通しできません」
「……ふみゅぅ」

 額に両腕をそえながら困ったなと呻くと、しょうがないとばかりに背を向け歩き出す。そして最後に、ぼそりと吐き捨てる。

「……月夜ばかりと思うなよ」

 妙にドスの入った声音に、さすがの俺もちょっとばかし腰が退けた。ありゃ相当な修羅場を潜った奴しか出せない深みがあったぞ。

「アニス。ルークに聞こえちゃいますよ?」

 イオンがぽやぽやした微笑を浮かべながら、アニスに呼び掛ける。

「あ……きゃわーん♪ アニスの王子様~」

 即座に猫被って、アニスはなぜか俺に抱きついて来た。小さいとはいえ女の子に抱きつかれて嫌な気はしなかったが、それでもさっきまでの印象が強すぎて、抱き返すこともできやしない。

「……女ってこえー」

 ガイが後ろを向いて、顔を引きつらせるのがわかった。正直、俺もそう思います。

「ルーク様。ご無事で何よりでした~! もう心配しました~!」
「そ、そっか。でもま、こっちも心配してたんだぜ。魔物と戦ってタルタロスから墜落したって聞いたがよ、大丈夫だったのか?」
「そうなんです……。アニス、ちょと怖かった……。……てへへ」

 俺もちょっと顔を引きつらせながら尋ねると、即座にしおらしい表情になったアニスが目尻に涙を浮かべる。うっ、しっとりした表情が妙に艶かしいというか。

「そうですよね。『ヤローてめーぶっ殺す!』って悲鳴上げてましたもんね」

 その瞬間を再現するように、イオンが感情込めてアニスの発言内容を繰り返した。

「……イオン様は黙っててください」

 怒りに額を引きつらせながら、アニスがイオンに向き直って抗議する。さっきまで俺に見せていたような表情は一瞬で吹き飛んでやがる。

 やっぱ、こいつ怖ぇーよ。なんか、俺には計り知れない深みを感じるよ。

「ちゃんと親書だけは守りましたよ。ルーク様。誉めて誉めて」
「そ、そっか。偉い偉い」

 思わずいつもバチカルの悪ガキ連中にしているように、アニスの頭を撫でていた。えへへ、と嬉しそうに目を細める仕種はそこらの子供と変わらないかったので、俺も多少落ち着きを取り戻すことができた。

 こいつは子供、子供……胸中で必死に言い聞かせる俺に、ティアが冷たい視線を投げ掛ける。

「……随分と優しいのね」
「そ、そんなことはねぇよ。子供相手だから普通だろ?」
「本当かしら……?」

 俺の下心を容赦なく見透かす視線に、ダラダラと冷や汗が滴り落ちる。

「ふっふっふ。羨ましいんですか~ティアさん?」
「そ、そんなことないわ」

 妙に挑発的な表情で見上げるアニスに、ティアが何故か焦ったように口ごもる。

 なんだかよくわからない微妙に切迫した空気が周囲を満たし、俺も動くに動けない。

 う、誰か、助けてくれ……

 助けを求める俺の視線に、ジェイドが気付いて肩を竦める。

「やれやれ。ともあれ、本当に無事で何よりでした」

 珍しい大佐の労るような言葉に、アニスが即座に反応して振り返る。

「はわー。大佐も私のこと心配してくれたんですか?」
「ええ。親書がなくては話しになりませんから」

 あっさりと返す大佐に、アニスがいじけた様に地面を蹴る。

「大佐って意地悪ですぅ……」

 子供らしいアニスの仕種に和やかな空気が周囲を満たし、俺も安堵の息を飲む。

「はれぇ? ところでそっちの彼氏は? もしかしてアニスちゃんが気になったりしてる?」
「あ、ああ、みんなの話を聞いてて、どんな娘なのかと思ってな」

 突然話を振られたガイが多少気押されながら、わずかに後退った。

「えぇ~? 私は普通の女の子ですよぉ」
「おやおや。アニスの普通の基準は、私とは違うようですね」
「ははは」
「大佐ひどいですよぉ。イオン様もそこは笑うところじゃありません!」

 元気良く抗議するアニスだったがその目は笑っていなかった。ガイも自分では測り知れないものを彼女に感じ取ってか、やや引きった笑みを浮かべている。

「ま、まあ、ともかくよろしくな、アニス」
「うん。よろしくね」

 ガイの挨拶にアニスも元気よく答えた。

 さっきの凄味効かせてたときとどっちが本性なのか、いまいちわからん奴だ。

 ともあれ話が一段落ついたのを感じてか、ティアが大佐に尋ねる。

「ところで、どうやって検問所を超えますか? 私もルークも旅券がありません」

 確かにどうしたもんか。首を捻る俺たちに大佐が何事か言おうと口を開き掛けて、突然俺の頭上に鋭い視線を向ける。

「──ここで死ぬやつにそんなものはいらねぇよっ!」


 頭上から叩きつけられた白刃が空を切る。


 反射的にその場から飛び退いていた俺の視界に映ったのは、燃え上がる様な真紅の長髪と、漆黒の教団服を着込んだ男の姿だった。
 太陽を背に取られ、一瞬視力を奪われた俺の明滅する視界の中で、自分に向けて振り降ろされる白刃の切っ先が鮮やかに近づくのがわかった。


 金属同士のぶつかり合う衝撃音が響く。


 辛うじて間に合った抜剣に襲撃者と鍔迫り合いを演じながら、俺は相手の顔を初めて目に映し、衝撃を受ける。

「誰、だよ……おまえ……」

 真紅の長髪、その下に見えた襲撃者の顔は、俺が鏡の向こうに見るものと同じだった。

「屑がっ!」

 気を取られた一瞬の隙をついて、襲撃者は剣先を撥ね上げる。弾かれた俺の剣が虚空に吹き飛ばされた。

「──動くな」

 俺の喉元に突き付けられた切っ先が、動きかけていた仲間の行動を制す。
 一瞬遅れで、弾き飛ばされた俺の剣が地面に突き刺さった。

 場の主導権を握った襲撃者は、剣を突き付けながら俺の顔を睨みつける。

「俺が誰だと? そんなことも推測できねぇからてめぇは雑魚なんだよ。脳味噌まで劣化してんのか? 馬鹿がっ!」
「くっ……好き勝手いいやがって……どうせ俺は馬鹿だよ。馬鹿で悪いかよっ!」

 混乱した頭が叩き出した答えはとんちんかんなものでしかなかった。
 俺の答えにそいつは馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、ついで視線を俺の頭に移す。

 俺の頭にしがみついたままだった仔ライガが、襲撃者に向けて呻き声を上げていた。

「……なんだこのライガは?」

 怪訝そうに眉を寄せる相手に、俺は自分に注意を引き戻すべく口を開く。

「俺の……家族だよ」
「家族だと?」

 呆気にとられたように目を見開く。そんな一つ一つの仕種までもが、どれも気味が悪いほど俺と似てやがる。

 俺は相手に悟られぬように手に砂を握り込む。

「そうだ……ぜっ!」
「ちっ──!」

 顔面に叩きつけられた砂のつぶてに、俺の答えに気を取られていたそいつは、咄嗟に突き付けていた剣を退いて顔を庇った。
 それでもわずかに目に砂が入ったのか、苦しそうに瞼を閉じている。
 この隙を見逃すか。剣は弾き飛ばされているが、体術まで封じられたつもりはない。

「あんまり俺をなめんなっ!」

 ───烈破掌

 深く落とした腰から砲弾のごとく放たれた掌低が相手の脇腹を狙う。

「ちっ、目障りだっ!」

 苦しげに薄めを開けながらそいつが叫んだ瞬間、俺は我が目を疑った。

 ───烈破掌

 互いの突き出した抜手がぶつかり合い、音素の激しい閃光を撒き散らす。発生した衝撃の余波に、俺たちは互いに吹き飛ばされながら距離を取る。

 地面を転がりながら、俺は弾き飛ばされていた剣を拾って、構えを取る。

 ありえない……俺は相手の放った技に、激しく動揺していた。

「な、なんでおまえが同じ技を使ってやがんだよっ!」
「はっ! 同じ流派だからに決まってるだろうがっ! 雑魚がっ!」

 俺に反撃された屈辱に吼えながら、そいつは再度突撃を仕掛けようとして──その動きを止める。

「動かないで」

 誰にも悟られない程気配を殺して動いていたティアが、そいつの首筋にナイフを突き付けていた。

「ふん。モースの犬か」

 そんな状況でも嘲笑う様な笑みを浮かべるそいつに、先程とは逆の立場となって、俺は剣を突き付ける。

「おまえはいったいなんだ? 教団兵かよ?」
「……」

 さっきとは一転して無言になったそいつに、俺は激しい苛立ちを感じる。

「彼は六神将の一人、鮮血のアッシュでしょう」
「六神将だって……?」
「なぜ彼が単独で襲撃をかけたのかはわかりませんが……タルタロスでは随分とお世話になりました」
「ふん。死霊使いジェイドともあろう御方が、子供のお守りとは大変だな」

 馬鹿にした様な視線で、俺たちを睥睨する。

「な、なんですって!」

 子供と言われて反応したのか、アニスが憤慨した様に睨み返す。

「余裕だな。だが、この人数相手にいつまでその態度が貫けるかな」

 ガイが刀に手をかけながら、威圧の言葉をかける。

「……」

 そいつは地面に剣を突きたて、一見観念した様に見える。それでもその双眸は敵意に満ちあふれ、あくまで馬鹿にした様な表情を消そうともしない。

 俺はなにも答えようとしないそいつに耐えきれなくなって、胸ぐらを掴む。

「アッシュとかいったな。六神将とかどうとかはどうでもいいぜ。それよりも、なんでお前は俺と……同じ顔をしてやがるんだよっ! 答えろよっ!」
「……屑が。やはり簡単に引っかかる」

 掴み上げられたそいつが、俺を嘲笑う。

「いけませんっ! 下がりなさい、ルークっ!」

 ジェイドがその場から飛び退きながら、警告を放つ。

 なにを、と思ったときには、既に遅かった。

 地面に突きたてられた剣を中心に、周囲に円陣が疾っている。円陣は音素の光を撒き散らしながら、次の瞬間、その内に秘めた力を解き放った。

「───守護方陣」

 地面から噴き出した激しい音素の衝撃に、アッシュにナイフを突き付けていたティアも、胸ぐらを掴んでいた俺も、咄嗟に反応が出来たジェイド以外の全員が吹き飛ばされた。

「ぐっ……」

 地面に叩きつけられ、身を捩る俺に向けて、再び剣が突き付けられる。

「無様だな。所詮は劣化野郎か……」
「くそっ……」

 最初の状況に引き戻された俺は、もはや相手を睨むことしかできない。

「──死ね」

 あっさりと突き出された剣先が、俺の胸元に吸い込まれるように届──

 神速の抜き打ちが、突き出された剣先を弾き飛ばした。

「退け、アッシュ!」

 俺と襲撃者の間に割って入った男が、威厳に満ちた声音で諫めるように告げた。

「……やはりこいつを庇うか、ヴァン」
「どういうつもりだ。私はお前にこんな命令を下した覚えはない。退け!!」
「……ちっ」

 俺を庇った男の一喝に、アッシュは舌打ちを洩らす。ついで騒ぎを聞きつけた国境警備隊の連中が駆けつけて来るのを目にすると、観念した様に首をふる。

 最後に俺と視線を合わせると、嘲りの笑みを浮かべた。

「この場は退く。だが忘れるな、ヴァンが来なければ、お前は死んでいたってことをな」

 アッシュが左腕を頭上に掲げ──振り降ろす。

 視界を放電の閃光が埋めつくす。

『ぐあっ……』

 閃光に目を焼かれ、その場に居た全員が目を閉じる。

 そのとき、俺の耳元で囁かれる言葉があった。


 ──てめぇに一つだけ忠告しておく。ヴァンには気を許すな。その家族とやらが、大事ならな……──


 なにを、と問い返そうと目を開けるが、閃光が収まったその場に、アッシュの姿はなかった。
 駆けつけた警備兵に、場が騒然となる。ジェイドが歩み寄って、なにやら話をつけているようだ。

 師匠に気をつけろって……どういうことだよ? 訳が、わからない。

「くそっ! なんだってんだよ」

 苛立ちに地面を叩く俺に、頭上からどこか深みのある重厚な声がかけられる。

「ルーク。今の攻防は無様だったな」
「ヴァン師匠……」

 俺は再開の気まずさに顔をしかめながら、俺の命を救った男の名を呼んだ。

「私の扱きが足らなかったのか?」
「うっ、そんなことないですよ。つい隙をつかれて……というか、会っていきなりそれですか……相変わらずですね、師匠は」

 まったくいつも通りの師匠の言葉に、俺はげんなりした顔になって応じる。

「ふっ……外に出たことで苦労したようだが、まだまだな。さすがは我が不肖の弟子だ」
「またそういうこと言いますか……」

 頭をかきながら不貞腐れたように言う俺に、師匠が剣を収めながら笑いかけた。

 師匠といつも通りの会話を交わしたことで、俺の中で渦巻いていた訳のわからない苛立ちはいつのまにか収まっていた。

 狙ってやったんだとしたら、やっぱり不肖の弟子だよな。俺もまだまだだよ、ほんとにさ。

 汚れた服を叩きながら俺が立ち上がったところで、師匠が登場したときから身体を強張らせていたティアが、懐からナイフを取り出すのが見えた。

「ヴァン!」

 叫ぶティアの顔には、これまでの道中では見せなかった追い詰められた様な表情が浮かんでやがる。これは、今にも師匠に切りかかってもおかしくない。

「ティアか。武器を収めなさい。おまえは誤解しているのだ」
「誤解……?」

 あくまでも疑念に満ちた声を上げるティアに、イオンが両者の間を取り持つ様な言葉をかける。

「ティア、ここはヴァンの話を聞きましょう。分かり合える機会を無視して戦うのは愚かなことだと僕は思いますよ」

 イオンの言葉はさすがに無視できなかったのか、ティアは少し考え込む様に黙り込むと、ナイフの切っ先を下げた。

「……イオン様のお心のままに。兄さんは──」
「ちょっと待ってくれ。師匠に話を聞くんなら……まず俺に話をさせてくれ」

 構えを解いてそのまま質問しようとするティアを遮って、俺は師匠に向き直る。

「師匠……さっきのあいつは、いったいなんなんです? あいつ、俺と同じ顔を……」
「……奴は鮮血のアッシュ。六神将の一画を担うオラクル騎士団の一員だ。六神将に関しては互いの素性を詮索しないことが不文律となっている。故に、私にもそれ以上のことは知らぬのだ。加えて、何故奴が動いていたのかもわからない」
「……そう、ですか……」

 何故あいつが俺と同じ顔をしているのかは、わからないままか……。

 アッシュ……奴はいったいなにをしたかったんだ? 俺を殺そうとしたかと思えば、すぐには殺そうとしない。確実に仕留めようとしてきたかと思えば、妙な警告を残す。

 そう、あの警告だ。

 ───ヴァンに気をつけろ。

 いったいどういうことだ? 一向に解決しない疑問を抱きながら、師匠に視線を向ける。

 師匠は皆からこれまでの経緯を聞いていたようだ。そこにはいつもの師匠の姿があるだけで、警戒に値するような不審げな態度は微塵も見出せない。

 話を聞き終えた師匠はしばし考え込んでいたが、そのうち納得がいったと頷いて見せた。

「……なるほど、事情はわかった。確かに六神将は私の部下だが、彼らは大詠師派でもある。おそらくは、大詠師モースの命令があったのだろう」
「なるほどねぇ。ヴァン謡将が呼び戻されたのも、マルクト軍からイオン様を奪い返せってことだったのかもな」

 ガイの推測に師匠が腕を組んで頷きを返す。

「あるいはそうかもしれぬ。先程も言ったが、おまえたちを襲ったアッシュも六神将だが、やつが動いていることは私も知らなかった」
「じゅあ! 兄さんは無関係だっていうの!?」

 ただ師匠の言い分を聞いているだけの状況に耐えられなくなったのか、ティアが叫んだ。

「いや、部下の動きを把握していなかったという点では、無関係ではないな。だが私は大詠師派ではない」
「初耳です、主席総長」
「六神将の長であるために大詠師派ととられがちだがな」

 アニスに顔を向けると、苦笑を浮かべながら付け加える。

「それよりもティア、おまえこそ大詠師旗下の情報部に所属しているはず。何故ここにいる?」
「モース様の命令であるものを捜索しているの。それ以上は言えない」

 問いかける師匠の言葉に、ティアは硬い声で返した。

「第七譜石か?」
「──機密事項です」

 あくまで拒絶するティアに、師匠が苦笑を深くする。

 兄妹喧嘩をするのはいいんだが、それよりなにを話してんだか俺にはよくわからなくなってきた。

「そもそも第七譜石って、なにさ?」

 周囲の人間が、みんな呆れ返ったかの様に黙り込む。

「箱入りすぎるってのもな……」

 額を抑えるガイに、俺はむしろ胸を張って答えた。

「ふん。お前らがどんだけ呆れ返ろうが、知らねぇものは知らねぇんだ。むしろ知ったかぶりするよりましだろが。第七譜石がなんなのか、とっとと教えてくれよ」

 堂々と尋ねる俺に、ティアが苦笑を浮かべながら口を開く。

「始祖ユリアが2000年前に詠んだスコアよ。世界の未来史が書かれているの」

 イオンが教団の導師として説明がしたかったのか、ティアの後を引き継いだ。

「あまりに長大な預言なので、それが記された譜石も、山ほどの大きさのものが七つになったのです。それがさまざまな影響で破壊され、一部は空に見える譜石帯となり、一部は地表に落ちました。地表に落ちた譜石は、マルクトとキムラスカで奪い合いとなって、これが戦争の発端になったのです。譜石があれば世界の未来を知ることができるため……」

 どこかいたましげに顔を伏せるイオンに、俺は要点だけを確認する。

「とにかく、七番目の預言がかいてあるのが、第七譜石なんだな?」
「第七譜石はユリアがスコアを詠んだ後、自ら隠したと言われています。ゆえに、さまざまな勢力が第七譜石を探しているのですよ」

 ユリアに隠された世界の預言書ねぇ……。誕生日ぐらいしかスコアに触れない俺からしてみれば、そんなの巡って戦争が起きたなんてことは、どうもピンとこないよなぁ。

「それをティアが探しているってのか?」
「さぁ、どうかしら……」

 あくまでも、はぐらかす気のようだ。それならそれで、別に俺はいいけどね。

「まあいい。とにかく、私はモース殿とは関係ない。六神将にも余計なことはせぬよう命令しておこう。効果のほどはわからぬがな」

 最後に身の潔白を訴えた師匠が話をまとめた。

 確かに師匠の話を聞く限り、怪しいところはまるで見受けられない。アッシュの警告も、単に俺の動揺を誘う類のもんだったのだろうか。

「ヴァン謡将。旅券の方は……」
「ああ。ファブレ公爵より臨時の旅券を預かっている。念のために持ってきた予備も含めて、ちょうどいい数のはずだ」

 ガイに促されて師匠が旅券を取り出して、俺たちに渡した。受け取った旅券に、ようやくここまで来たかと感慨深くなる。

「これで国境を超えられるんだなぁ」

 なんともジンと込み上げるものを感じていると、師匠がおもむろに歩き出す。集中する視線に、師匠が振り返る。

「私は先に国境を超えて、船の手配をしておく」
「カイツール軍港で落ち合うってことですね」

 ガイが確認すると、師匠が頷きを返しながら、俺に向けて笑いかける。

「そうだ。国境を超えて海沿いに歩いてすぐにある。ルーク、道に迷うなよ」
「そこまでバカじゃないっすよ……」
「ふっ。では、また会おう」

 この場を去った師匠の背中を見送って、ティアがどこか呆然とつぶやいた。

「あの兄さんが、他人をからかうような言葉をかけるなんて……」
「そんなに驚くようなことかよ?」

 思い出される試練の日々に、俺は顔をげんなりさせながらティアに尋ねた。屋敷で鬼のような扱きをしていたヴァン師匠は、常に嬉々とした表情を浮かべ、本当に楽しそうに俺をイジっていたものだ。

「なにせルークの師匠は、ローレライ教団主席総長ヴァン・グランツ謡将だからな。周囲に気を抜けるような相手も、なかなかできないんだろうよ」
「そんなもんなのかねぇ……」

 ガイの言葉に首を捻らせながら、俺はひとまず師匠の話を聞いたティアの感想を尋ねる。

「それで、師匠は信用できそうかよ?」
「信用できないわ」

 去っていった方角を見据えたまま、ティアは硬い口調で告げた。

 ヴァンに気をつけろ……か。

 殺されかけた相手の言葉だが、それでもティアまでもが警戒するよう何かを師匠は秘めているんだろうか。

 思わず黙り込んだまま師匠の去って行った方向を見据える俺たちに、ガイが眉を潜めながら肩を竦めた。

「……お寒い兄妹関係だねぇ」

 まさに両者の関係を端的に言い表している言葉であると言えた。




             * * *




 いろいろとゴタゴタはあったが、俺たちは二国間の国境を通り抜け、ようやくキムラスカ側に行き着くことができた。国境を守る兵士に敬礼を受けながら、俺たちはカイツールを発つ。

「これでようやくキムラスカに帰ってきたのか……でもなんだか実感がわかねぇよな」

 マルクト側と大差ない周囲の光景を見回す。

「駄目駄目。家に帰るまでが遠足なんだぜ? あんまり気を抜くなよ」
「こんなヤバい遠足勘弁って感じだけどな」

 ガイのおどけた言葉に乗って、俺も肩を竦めて見せる。 

「キムラスカに来たのは久しぶりですねぇ」」
「ここから南にカイツールの軍港があるんですよね。行きましょう、ルーク様♪」

 キムラスカに行き着いたことで、それぞれが思い思いの言葉をつぶやく中で、ティアだけが俯いたまま無言を保っていた。

「ティア……おまえは、なんで師匠をそんなに疑ってんだ? なんか理由があったりするのか?」
「兄は……まだなにか隠しているような気がするの」

 アッシュとのやり取りが気になって尋ねたが、ティアにもはっきりとした理由はないようだ。これといった理由がないなら、やはり考えすぎなだけなのかもしれない。

 そう考えると、やっぱり俺もアッシュの言葉を気にしすぎて神経過敏になっていただけのような気がしてくる。

 ある程度割り切れて、気分が上向いてきた俺とは対照的に、ティアは俺の問い掛けでさらに落ち込んだ表情になっている。

 このままじゃまずいよなぁ……。俺はどんな言葉を続けたものか躊躇いながら、その場で思いついた言葉をそのまま口に出す。

「確かに師匠はいろいろと底の知れないとこはあるとは思うけどさ、それでも悪人じゃないと思うぜ。あれで面倒見もいいしな。あんまりにも生真面目過ぎる性格してるから、時々ちょっと心配になるけどな」

 空気を軽くしようと笑いかける俺に、しかしティアは浮かない顔のまま俯いている。

「……」
「うっ……」

 この先どう言葉を繋げたらいいのかわからん。落いつめられた俺の頭上で、仔ライガが頑張れと前足でポンポン俺の頭を叩く。でもどう頑張ったらいいのやら、もはや皆目検討がつきませんよ。

 どんよりと沈み込んだ二人の様子に、ガイが救いの手を伸ばす。

「もう行こうぜ、お二人さん。話し合いなら向こうについてからでもできるって」
「……そうね」
「わ、わかったぜ」

 俺はガイに感謝しながら、とりあえずの窮地を脱するのであった。


 その後も重い雰囲気が漂う中進み行き、カイツール軍港に到着した。だが、どうも周囲の空気がおかしい。張りつめた空気中、波の音に混ざって、人々の争うような音が耳に届く。

「………なんだ?」

 さらに耳を済ませると、魔物の咆哮が聞こえてくる。

「魔物の鳴き声……っ! あれを見て」

 ティアの指差した上空に、翼を羽ばたかせ行き来する魔物の姿があった。

「あれって…根暗ッタのペットだよ!」 

 杖を握りしめながら、ティアが暗い表情で声を洩らす。

「港の方から飛んできた。やっぱり来たのね、アリエッタ」
「なになに? 根暗ッタとなにかあったの?」

 アニスが興味深そうに近づいて来たので、俺も表情を曇らせながら答えた。

「フーブラス川でも襲ってきたんだよ」
「フーブラス川ってすぐそこじゃん。それなのにすぐまた襲いかかって来るなんて、相変わらずしつこーい。根暗って、ほんとめんどー」
「そのときは、僕がお願いして見逃して貰ったんです」
「もう過ぎたことです。その件はもういいでしょう。今は襲撃点に急ぎましょう」

 暗い表情になるイオンの肩を叩き、大佐が話は終わりだと締め括る。


 無言のまま現場に駆けつけた俺たちを向かえたのは、むせ返るような血の臭いだった。

「……うっ……」

 俺は口元を抑え、しかし視線は逸らさずに、その場の惨状を見据えた。
 燃え上がる水上艦。漂う人の焼ける不快な臭い。血溜まりの中に倒れ伏す兵士や魔物の亡骸。

「アリエッタ! 誰の許しを得てこんなことをしている!」

 港の奥まった一画で、アリエッタに剣を突き付ける師匠の姿があった。

「やっぱり根暗ッタ! 人に迷惑かけちゃ駄目なんだよ!」
「アリエッタ、根暗じゃないもん! アニスのイジワルゥっ!!」

 アリエッタの姿を見かけるや否や、アニスが二人の下に駆け寄って呼び掛けた。
 これに涙を浮かべながら言い返すアリエッタ。その様子を見て、師匠が剣を収めながらこちらを振り返る。

「何があったの?」

 ティアの問い掛けに、師匠は厳しい表情で答えた。

「アリエッタが魔物に船を襲わせていたのだ」

「総長……ごめんなさい……。アッシュに頼まれて……」
「アッシュだと……?」

 意外な名前だったのか、師匠が眉間に皺を寄せ、気を取られる。
 一瞬の虚をついて、頭上から現れた翼を持った魔物がアリエッタを掴み上空に逃げた。

「……船を修理できる整備士さんは、アリエッタがつれていきます。『返して欲しければ、ルークとイオン様がコーラル城へ来い』……です。二人がこないと……整備士さんは……殺す……です」

 最後にそう言い残し、アリエッタは去った。去り際に俺の頭上で毛を逆立てる仔ライガに、哀しげな視線を向けるのがわかった。

「ヴァン謡将、船は?」
「すまん、全滅のようだ。機関部の修理には専門家が必要だが、連れ去られた整備士以外となると訓練船の帰還を待つしかない」

 全滅……か。

 アリエッタを見逃した事で発生した惨事に、俺は顔をしかめる。あのとき、俺に覚悟があれば、この結果は変わったのか? 柄でもない、後悔が頭をもたげる。

 考えに沈む俺を余所に、大佐がアリエッタの残した取引内容を確認する。

「アリエッタが言っていた、コーラル城というのは?」
「確か、ファブレ公爵の別荘だよ。前の戦争で、戦線が迫ってきて放棄したといかいう話だ。ここから南東の海沿いにあるとかって聞いたことがある」

 俺に視線を向けながらのガイの言葉に、俺は我に帰る。

「へ? そうなのか?」
「おまえなー! 七年前におまえが誘拐されたとき、発見されたのがコーラル城だろが」

 俺が発見された場所。

「……」

 予想外の展開に、俺は一瞬黙り込む。

「俺は……そのころのこと、なんも覚えちゃいないんだよ。もしかして……行けばなんか思い出すのか?」

 額を抑えながら押し殺した声を洩らす俺に、師匠が左右に首を振りながら否定を返す。

「行く必要はなかろう。訓練船の帰還を待ちなさい、アリエッタのことは私が処理する」
「ですが、それではアリエッタの要求を無視することになります」
「今は戦争を回避する方が重要なのでは?」

 鋭い視線でイオンを制すと、師匠は俺に視線を戻す。 

「ルーク。イオン様をつれて国境へ戻ってくれ。ここには簡単な休息施設しかないのでな。私はここに残り、アリエッタ討伐に向かう」
「……わかりました、師匠」

 どこか納得いかないものを感じたが、結局俺は頷いていた。

 師匠の決定を覆せる程の案は、俺には思い浮かばなかった。




             * * *




 カイツールへ向かいながら、俺は一人思考に沈む。

 イオンはともかく、なぜ俺まで呼び出されたのか。それがわからない。

 六神将がモースとかいう奴の命令で、和平に反対してるってのが師匠の話だ。それで和平を潰すためにイオンを確保しようとするのはまだわかる。

 だが、なんで俺まで呼び出す必要がある? 

 仮にキムラスカの大貴族の嫡男を教団が確保しておきたいって理由だとしても、王国に事態が判明した場合を考えれば、少し理由として弱い。

 イオンなら同じ教団の人間として、いくらでも理由はつけられるが、俺の場合はそうはいかないからだ。最悪教団と王国の戦争にまで発展するだろう。

 モース派閥がなんで和平を潰そうとするのかもよくわからん。長年戦争状態だった帝国と王国の間で和平を取り持ったってことになれば、教団の地位はそれこそ鰻登りに上昇するだろう。和平を潰すことで得られるような利点があるかね?
 
 今んところ考えられる和平反対の理由としては、帝国と王国の間をほどほどの仲に取り持ち続けることで、教団の有用性をアピール、仲介する際のどっかでうま味を搾り取るってところだろうか。

 うーむ、よくわからん。

 ともあれモース派閥の真意はどうあれ、コーラル城に俺まで呼び出す理由はない。

 それこそ、呼び出した奴の独断でもない限りはだ。

 ───ヴァンに気をつけろ。

 ……カイツールでやつに突き付けられた言葉が、どうも引っかかってしょうがない。

 もしコーラル城に向かえば、アッシュの真意がなにかわかるんじゃないないか? あいつの……俺と同じ顔をしたあいつが、なんなのか……

「ルーク、どうしました?」

 無言のまま皆の後に続いていた俺の顔を、イオンが怪訝そうに覗き込んで来た。

「いや……なんでもない。ただちょっとな、コーラル城が気になってただけだ」
「確かに、整備兵の方の身が心配ですけど、ここはヴァンに任せるしかないです。彼らの狙いは僕でしょうし……悔しいことですが……」

 俯くイオンの言葉で、俺は気付く。

 六神将の狙いはイオンだ。これだけは確かだ。そして呼び出されたのはイオンと俺だ。なら、要求を満たしながら、最悪の事態を回避するにはどうすればいいのか。

「そうだよ! イオンが行くのはまずいけどよ、俺が行く分にはなんも問題ねぇじゃねーかよ。こりゃ盲点だった。あんがとな、イオン!」
「え? え?」

 あんまりにもうれしかったんで、俺はイオンの肩を引き寄せて頭を乱暴に撫でていた。

「きゃわ。イオン様になにしてるんです、ルークさま!」
「あ、わりぃわりぃ」

 怒ったように訴えて来るアニスの言葉で、俺はイオンを解放する。

「いきなりなにやってんだよ、ルーク? イオンが目を回してるようだが……」
「ガイ。俺はわかったぜ」
「なにをさ?」

 尋ねる言葉にはすぐには答えないで、手元にある装備を確かめる。

「どうしたんですの、ご主人様」

 よたよたと足を動かして近づいてきたミュウが俺を見上げる。ぐるぐる喉を鳴らしながら、仔ライガも俺の足に鼻を押しつけて構ってほしそうに見上げてきた。

 折角だ、こいつらにも付き合ってもらうとするか。

「よし、お前らは一緒に来い」

 二匹を抱き寄せて肩に乗せてやる。突然のことに目を回す二匹に、他のみんなも怪訝そうに近づいて来る。

「……どうしたの?」
「いや、なんかルークがまた妙なことを言い出しててな……」
「おやおや、またですか」

 突然の騒ぎに皆が注目する中、俺は準備を終えると、矢継ぎ早に告げた。

「そんじゃ、俺はコーラル城に行ってくるぜ。イオンは任せた」

 さいならと手を振って、答えが返るのを待たずに、俺は皆に背を向けて駆け出す。

「なっ! ちょっ待て……」
「なにを考えてるの! ルーク!!」
「そうですか。任されました」
「大佐ぁっ! なに一人だけ落ち着いて答えてるんですかぁ!!」
「ルーク、一人で向かうのはさすがに……」

 騒然となる皆をその場に残し、俺は一度も振り返らずに走り続けた。

 うじうじ考え込んでるよりは、やっぱ行動だよな、行動。うんうんと首を頷かせながら、俺は足どりも軽やかに出発する。

 こうして、俺は気分も新たに、一人コーラル城へと向かうのだった。



  1. 2005/10/27(木) 17:49:54|
  2. 【家族ジャングル】  第二章
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