全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第7話 「囁き声」


「うおっ! なんかカユイなぁ……」

 甲板に出た瞬間、潮の香りが鼻孔をくすぐって何とも面映い気分になる。
 その上、甲板に足を踏み出す度に、波に煽られた船体がわずかに傾いて、転びそうになってしょうがない。
 船内を歩いていたときもそうだったけど、船ってこんなに揺れるもんなんだな。
 一人感心しながら頷いてると、足元を駆け抜ける小動物二匹の姿が目に入る。


「すごいですのー! 周りみんな水だけですの~!」


 甲板をクルクル回るミュウと、その後をついてあちこち飛び跳ねる仔ライガの姿がなんとも微笑ましくて笑みがもれる。
 最近この二匹はいつも一緒に居たせいか、かなり仲が良くなっているみたいだ。

 しみじみと、魔物でも友達がいるのは大事だよなぁ、とか考えてしまう俺は親馬鹿なんだろうかね。


「にしても、甲板で師匠が呼んでるって言ってたけど、どこに居るんだかねぇ」

 甲板を見回すと、船内への出入り口に近いところで、海を眺めるイオンが発見できた。


「よっ、イオン」
「ルーク……」
「なんか暗い顔してんな。どうしたんだ?」


 どうにも覇気のないイオンの様子が気になって、俺は顔を覗き込んだ。


「いえ……ただ今回の事、インゴベルト陛下の不興を買って、和平が失敗しないかどうか、少し気になっていただけです」


 それを悩んでいたのか。確かにキムラスカにとって頭の痛い問題だよなぁ。


 教団の人間がキムラスカの軍港を襲撃した事実は大きい。
 復興が意外に早く済み、既に犯人が捕縛されているとはいっても、襲撃犯がダアト預かりになった以上、その処分もさして厳しいものにはならないだろう。
 そこを追求された場合、教団とは言えど苦しい立場に立たされることは間違いない。


 最悪な状況を考えて、イオンが暗くなるのもまあわかる。


「でもま、大丈夫だよ。伯父さんにはちゃんと話をするさ。うちのハゲ親父とおふくろにも頼むし」
「そういえば、ルークのお母様は陛下の妹君なんですよね」
「そういうこったな。まあ、安心しろって」


 なるべく気安く聞こえるように請け負うと、イオンも笑みを浮かべてくれた。
 教団について話しいるうちに、ふとアリエッタの境遇が思い出される。


「そう言えばアリエッタは、ライガ・クィーンに育てられたんだよな?」
「はい……アリエッタにはかわいそうなことをしました」


 人間の親をなくし、魔物に育てられた少女。それも俺たちのせいで、育ての親すら無くしてしまった。


「ある意味、あいつもアリエッタと同じなんだよな」


 無邪気にミュウと戯れる仔ライガの姿を、俺たちは言葉も無く見据えた。



 なんともしんみりした空気になってしまったが、俺はミュウと戯れる仔ライガをその場に残し、イオンに別れを告げた。
 そのまま師匠を探して甲板を歩いていると、今度は舳先に佇むティアの姿があった。


「よっ、ティア。なに見てんだ?」


 近づく俺に視線も向けず、ティアは海を眺めたままポツリとつぶやく。


「海は……蒼いものなのね」
「なんだそれ? そりゃそうに決まってるだろ」

 あのときは夜だったが、タタル渓谷でも海は見れた。
 なによりコーラル城の周りも海だった。幾らでも見る機会はあったと思うんだけどな。
 王都から一歩も外にでられなかった俺とは違って、ティアなら何度も見たことがあるはずだが。
 意味がわからず首を捻る俺に、なんでもないわ、とティアは苦笑を浮かべた。

「それにしても……あなた、随分と頑張っているわね」
「ん? そうか?」
「ええ。初めて王都から出たにしては、よくついてきている方だと思うわ」
「改めてそう言われると、なんか照れちまうな」

 俺は気恥ずかしさに、なんとなく手持ち無沙汰になって、鼻下を擦る。

「エンゲーブでお金を払わなかったときは、どうなることかと思ったけどね」
「うっ……あれを言われると、返す言葉がねぇわな」

 たじろぐ俺に、ティアがくすくすと笑い声を上げる。今の彼女からは普段の張りつめた様子が感じられず、なんだか俺自身も徐々に気分が落ち着いてくる。

「にしても、思えば遠いところまで来たもんだよな……屋敷から飛ばされたときは、どうなるもんかと思ったけど……なんとか振動とか言ったか?」

 ティアが海から顔を上げてこちらを振り向く。まじまじと俺の顔を見据えながら、わずかに小首を傾げる。

「あなたは正式な第七音譜術士じゃなかったのね」

 不躾な言葉だが、前も似たようなことを言われたよな。確かあれは……俺たちがタタル渓谷に飛ばされた直後だったっけな。

「前も第七音譜術士がどうとか言ってたよな。それって、結局なんなんだ?」
「家庭教師に習わなかった?」
「知らねぇな。なんせ、こちとら記憶が無くなってるもんでね」

 皮肉げに肩を竦める俺に、ティアが本当に不思議そうに目を瞬かせる。

「記憶障害を起こしているのは七年前まででしょ? その後は勉強しなかったの?」

 重ねて尋ねるティアに、俺はすぐに答えず、船の舳先へ歩み寄り空を見上げた。

 思い出されるのは屋敷に戻ってからの日々。

「他に覚えることが山ほどあったからな。例えば──親の顔とかさ……」

 確かに家庭教師をつけられはしたが、学ばされたのは常識以前の問題がほとんどだった。記憶がほとんど飛んでるとは言え、自分のバカさ加減に呆れたもんだ。

 これでも頑張った方だとは思うんだけど、頭の出来だけはどうしょうもなかったってことかもな。

「……」

 ぼけっと突っ立ち空を見上げる俺の様子に、ティアが顔を背けた。

「……すべての物質には音素が含まれていて、あらゆる現象と音素の間には密接な関係がある。かつて、そうした世界を司る音素は六つの属性に分かれていたわ」

 突然始まった説明に、俺はちょっと呆気に取られた。

「突然どうしたよ? もしかして、さっきの説明か?」

 ティアはわずかに首を頷けると、そのまま説明を続ける。

「この音素を星の地核にある記憶粒子──セル・パーティクルと結合させると、膨大な燃料になる。だから、記憶粒子を上空の音符帯に通して、世界中に燃料を供給する半永久機関をつくったの」

 そこで言葉を切ると、ティアは指を一本立てながら俺の方に向き直る。

「これが、プラネットストーム」
「むむ……やっぱ音素関連は難しいな。……それで?」

 顔をしかめながらも先を促す俺に、ティアは胸の前に腕を組み直すと、改めて口を開く。

「ところがプラネットストームは六属性の音素と記憶粒子の突然変移を引き起こしたの。そうして誕生したのが、七番目の音素。これが第七音素──セブンス・フォニム。これを用いて譜術を操るのが、第七音譜術士──セブンス・フォニマー」

「地核に直結した半永久機関と、音素の突然変異ね……なんだか途方もない話だよな」

 惑星規模の話というのが、そもそも規模がでかすぎて想像できない。

「まあ、話を聞いて改めてわかったがよ、やっぱ俺は第七音譜術士じゃねぇぜ」

 そもそも譜術すらまともに使えんしな。

 へらへら笑って否定する俺に、話はまだそこで終わりではないと、ティアは言葉を続ける。

「だけどあなたは私と超振動を起こした。第七音素を使う素質があるんだわ。これだけは先天的な素養だから」

 先天的という言葉で、ふと思い出す。

「そういや、ジェイドは使えないよな。第七音素」
「ええ。第七音譜術士は数が少ないの。司る現象も、未だによくわかっていないというのが現状ね。確認されている限りでは、預言を詠む預言士、それに治癒士も第七音譜術士よ。教団のある研究者は『事象の観測と確定こそが第七音素の司る力である』という言葉を残しているわ」

 私にもその意味はよくわからないけどね、とティアは付け加えた。

「ふーん。要するに、特別な音素を使える特別な譜術士ってことか……」

 特別なんて言葉を使うのは極力避けたところだったが、他に当てはまるような言葉も思いつかないのでそのまま口に出す。特別なんて言ったところで、結局のところ使いこなせなければ意味がない。素質があるだけの俺には、第七音素を使うだなんて、遠い言葉だね。

 そうやって説明を胸の内で反芻していると、不意にティアがなにやら思い詰めた瞳をしていることに気付く。

「ん、どうしたよ?」

 心配になって尋ねる俺に、突然ティアは頭を下げた。

「……ごめんさない」
「な、なんだよ。急にどうしたんだ?」

 考えもしなかったティアの唐突な謝罪に、俺は泡食ったようにうろたえる。

「私……あなたの記憶障害のこと、軽く考えていたみたい。今まであなたに意地の悪いことばかり言っていたわ。自分が恥ずかしい……」

 苦しげに目を伏せるティアに、俺もどうしたらいいかわからなくなって、混乱した頭のまま無駄に長い髪を掻きむしる。

「べ、別にだな、そんなティアが気にするようなことじゃ……」
「本当に、ごめんなさい──」

 最後にもう一度頭を下げると、ティアは俺に背を向け、そのまま走り去った。

「あ……」

 思わず言葉が漏れるが、そのときには既に、ティアの姿は甲板から消えていた。
 彼女の走り去って行った方向を見やり、俺はなんとも言えない悔しさに口を尖らせる。


「ちぇっ……別に俺は気にしてないって言いたかったんだけどな」


 常識知らずだなんて言葉は、それこそ聞き飽きた言葉だ。家庭教師についた連中から吐き捨てられた言葉と比べれば、たいしたものでもない。

 ましてや、なんだかんだと文句を言いながらも、結局は俺の面倒を見てくれた彼女と比べるなんて論外だ。

「むしろ俺が礼を言う側だってのに……ホントに生真面目な奴だよな」

 同様にひどく生真面目な彼女の兄のことが思い起こされ、俺は苦笑を浮かべた。

「にしても……ここにも居ないってことは、師匠は反対側かね?」

 舳先を回って、甲板をさらに進み行く。それでも師匠の姿は見当たらない。

 だんだん面倒くさくなってきた。このまま船室まで戻っちまうのもいいかなぁ、と不穏なことを考え始めたとき、それは訪れた。

「──ぐっ……っ!」

 あの忌ま忌ましい頭痛が、俺に襲いかかる。

「……っつぅ……ぃてぇ……っ!」

 痛ぇっ! くそっ! 頭が割れるっ!

 俺はその場にうずくまって額を抑える。

 いったい何故こんなにも痛むのか、その原因はわかっていない。医者に言わせれば記憶障害に伴う精神的なものだろうという話だが、この痛みを一度でも味わえば、そんな戯言は二度とほざけはしないだろう。

 原因はわからんが、それでもしばらくの間耐えきれば、痛みは嘘のように消え去る。ただひたすら痛みに堪え、そのときを待つ俺に、しかし今回は更に予想外の事態が襲いかかる。

(身体が勝手に……動く……!?)

 力も入れていないのに起き上がった身体は、俺の意志などお構いなしに、勝手に俺の両手を天に向け突き出す。

 ───ようやく捉えた……

「だ……誰だ、てめぇっ!」

 頭の中に響いた電波に、思わず叫び返していた。その行動で、言葉は自分の意志で発することができるという事実に安堵する。だが、次の瞬間返された電波の答えにもなっていない言葉に、そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。

 ───我に従え。その力、見せてみよ……

 突き出された両手の先に奇妙な光の球体が生み出された。光球は徐々に、しかし確実により巨大なものへと成長していく。放たれる光の強さに、球体が内に秘めた力の凄まじさが伺える。

 だが、そんな些細な事柄は、今の俺にはどうでもよかった。

「……姿も見せねぇ奴が……従え? 力を見せろだ?」

 黒い炎が、燃え上がる。

「ふ・ざ・け・る・な・よ」

 轟々と胸の内で燃え上がる激情に突き動かされるまま、俺はそいつに向けて吼えた。

「俺は人形じゃねぇっ! 俺を見ようともしない奴が俺に指図をするなっ! 俺の意志を犯すなっ! 電波ごときが俺の──ルーク・フォン・ファブレの自我を踏みにじるんじゃぁねぇっ!!」

 ───待て、危険だ。無理にチャンネルを切り捨てると制御が……

「知ったことかよっ!!」

 頭に響く声に初めて動揺が混じるが、今の俺はその意味をまともに考える余裕なんかない。

 わずかに支配を取り戻した左腕の指先を起点に、強引に身体の支配を取り戻すべく全身全霊の力を込める。

「うぉおおおおおおおおっ!!」

 獣のように吼える俺の身体が、不意に温かいものに包まれる。

「ルーク、落ち着け」
「放せぇっ!!」

「ルーク、私だ!」

 怒鳴る俺の肩を抑え、顔を覗き込む師匠の顔が目の前にあった。

「ヴァン……師匠……」
「そうだ。私だ。落ち着ついて深呼吸をしろ」

 俺の身体を背後から抱きすくめた師匠は、そのまま腕を伸ばし俺の両腕を抑えると、耳元に口を近づけ、ゆっくりと言い聞かせるように囁く。

「そうだ。そのままゆっくり意識を両手の先に持っていけ。ルーク、私の声に耳を傾けろ。力を抜いて、そのまま……」
「師匠……俺は……」

 師匠に促されるまま動くうちに、光球は徐々にその光を薄れさせていき、身体の自由も取り戻されていく。同時に俺の意識もどこかへ遠ざかるように薄れていく。

「お前がそのように吼えるのは……あのとき以来だな」

 どこか遠くを見据える師匠の瞳を最後に、俺の意識は途切れた。










 ……
 …………
 ………………






















 ん? なんだお前?

 混線したのか? ……ああ、やつのせいか。

 最近なにかとうるさいもんなぁ、■■■■■のやつ。力抜けて焦るのはわかるが、俺から見ればみっともないもんだよ。

 ん? なに言ってるのかわからない? だろうよ。

 お前はあいつ寄りみたいだが、運が悪ければ、そのうち俺──■■■■■と会う刻がくるかもな。

 やっぱわからない? だから、それでいいの。これは所詮、可能性の一つにすぎない。やつに消されて、忘れるのがオチだ。

 仮に忘れないにしても、やっぱり俺と話すには、まだ足らないよ、お前。

 可能性の広がりは認めるが、無知が過ぎる。

 さっさと帰るんだな。次に会うときまでには、自分がなにかぐらい知っとけよ。

 じゃあな、■■■■ルーク。






















………………
…………
……










「──ーク。ルーク」

 遠くの方で、俺を呼ぶ誰かの声が響く。

「……師匠……?」

 現実を認識するにつれ、なにか忘れては行けないはずのものが抜け落ちていくような感覚が押し寄せる。

「ルーク、大丈夫か」
「大……丈夫です」

 完全に意識を取り戻した俺は、甲板にへたり込んだまま、真っ白になった頭でわけもわからぬままつぶやく。

「俺は……一体何を……」
「超振動が発動したのだろう」

 答えが返されるなどとは思ってもいなかった言葉に、師匠が重々しく口を開く。

「超振動……? タタル渓谷に吹き飛ばされたときの……?」
「確かにあの力の正体も超振動だ。不完全ではあるがな」

 師匠の言葉はよく理解できなかったが、俺は立ち上がって呆然としたまま呻く。

「師匠……いったい、俺はどうなっちまったんだ……? それにあの声は……いったい」

 頭の中に声が響いた瞬間、俺の身体の自由は奪われ、なにかとてつもない力を放ちかけていた。改めて思い返すと、自分の考え無しの行動にゾッとする。

 怒りに任せるまま、俺は強引に身体の支配を取り戻そうとしたのだが、もしあのまま師匠が割って入らなければ、声の主の制御を失ったアレがどうなっていたか……考えるだけで恐ろしい。

「声に関しては私にもわからない。だが、私も多少は知っていることがある」

 その言葉に、俺は改めて師匠に向き直り、真剣な目になってその先を促す。

「おまえは自分が誘拐され、七年間も軟禁されていたことを疑問に思ったことはないか?」
「それは……親父達が無駄に心配して……」
「違う。世界でただ一人、単独で超振動を起こせるおまえをキムラスカで飼い殺しにするためだ」

 また、超振動。その言葉かよ。だけど俺には、それがなんなのかすら未だによくわかっていない。

「待ってくれ師匠。理解が追いつかない……だいたい超振動ってなんだ……?」
「超振動は第七音譜術士同士が干渉しあって発生する力だ。あらゆる物質を消滅させ、再構成する。本来は特殊な条件の下、第七音譜術士が二人居て初めて発生する」

 本来は二人居て発生する? その言葉が意味するものを悟り、俺は愕然とする。

「あらゆる物質を消滅させ、再構成する力……超振動。……それを世界でただ一人……俺だけが単独で起こせる……?」
「そうだ。訓練すれば自在に使える。そして、それは戦争に有利に働くだろう。おまえの父も国王もそれを知っている。だからマルクトもおまえを欲した」

 背を向けながら語る師匠の言葉に、俺は自身の両腕を見下ろす。

「超振動……そんなもんのために、俺は誘拐されたってのか……」

 戦争に有利に働くなんて言うぐらいだ。超振動は相当な威力を持っているんだろう。そんな力の持ち主が敵国に居ることを知って、マルクトが黙って見ているはずもない。俺が誘拐された理由がようやくわかった。そして、異常なまでに俺の外出を嫌う親父の理由も理解した。

「はっ……俺は国に管理されている兵器だったってわけか……お笑い種だよな……」

 額に手を当てながら、明かされたあまりにも冷徹な親父達の過保護さの理由に、俺は笑った。

「師匠、あんたも知っていたんだよな? なら、師匠みたいな教団でも上の人間がダアトから家に派遣されてたのも、俺っていう戦略兵器の軽はずみな使用を、教団がキムラスカに対して牽制する意味もあったんじゃねぇか?」

 穿ったものの見方かも知れないが、事実を知った今では、そうとでも考えないと、いろいろと辻褄が合わないことが目につく。

 ただの貴族のボンボンに、教団でもトップに位置するオラクル騎士団主席総長たる人間が、わざわざ剣術を教えになど来ないだろう。

「……否定はしない」
「やっぱりな」

 わずかの間を置いて頷いた師匠に、俺は諦観の視線を向ける。

 俺は貴族のボンボンとして過保護にされてたんじゃない。いつか戦争で使われる人間兵器として、最高級の管理をなされていたってわけだ。

「どいつもこいつもふざけるなよっ! 俺は、人間だっ!」

 激昂する俺の肩に、師匠が手を乗せる。

「落ち着きなさい、ルーク。おまえの父は確かに、そうした理由の下におまえを軟禁してきた。だがその事実を知ったとしても、おまえたちの間に結ばれた、親子としての情が消えるわけではあるまい。おまえの家族は、おまえをただの兵器として見ていたのか? いや、違うはずだ」

 真摯に語りかける師匠の言葉で、俺の中で渦巻いていた怒りが、徐々に静まっていくのを感じる。

 脳裏を過るのは俺と正面から罵り合う親父の姿。見守るおふくろ。孤児院のガキども。笑いかけるガイ。俺の後を追う彼女。屋敷を抜け出す切っ掛けとなった彼ら……。

 あの街で過ごした七年間が、思い出されていく。

「そして、この私もそうだ。教団の意向があったことは確かだが、おまえを兵器として見たことはない。スコアにその生誕を詠まれた一人の人間、ルークと相対してきたつもりだ。この言葉に嘘は無い」

 真っ正面から俺を見据える師匠の瞳に、嘘はない。

 冷静になった俺は、気恥ずかしさに視線を逸らす。

「……すみませんでした、師匠。あんまりにも突然、いろんなことがわかったせいで、ちょっと錯乱してました。でも……」

 国が俺を兵器として見る一方で、俺をそう見ない人たちも確かに存在する。

「でも、大丈夫。もう俺は大丈夫です」

 俺を──ルークを見てくれる人が居る。それだけで、十分だった。

「でも、それを聞いちまった以上、尚更戦争を起こさせる訳には行かなくなりましたね」

 屋敷の中での親父は俺をバカ息子と呼んで、家族として扱ってくれるただの頑固親父でしかない。しかし同時に、親父は国に仕えている身の上だ。キムラスカにとって必要となれば、幾らでも感情を割り切れる人でもある。

 仮に戦争に勝利するために俺の力が必要となれば、親父は躊躇うことなく俺を兵器として扱うだろう。親父はそういう立場にいる。

「そうだな。兵器として扱われることを納得するな。まずはルーク・フォン・ファブレという一人の人間として、戦争を回避することを考えろ。そしてその功を内外に知らしめる。そうなれば平和を守った英雄として、おまえの地位は確立される。少なくとも管理すべき兵器として見られるような、理不尽な軟禁からは解放されよう」

「英雄か……なんだか胡散臭い言葉ですね」

 苦笑しながら師匠の顔を見上げると、師匠もまた苦笑を浮かべていた。

「そう言うな。少なくとも、英雄と称えられるほどの功績を成し遂げる必要があると、私は言っているにすぎない。そのためには、超振動という力を利用することすら考える必要がある」
「超振動を利用、ですか?」

 先程否定した兵器としての力を利用する必要があると言われ、俺は動揺に目を見開く。

 師匠はそんな俺を安心させるように、俺の肩を叩きながら激励する。

「大丈夫だ。自信を持て。おまえは不肖ながら、我が弟子なのだからな。超振動という力すら飲込み、英雄となってみせろ」

「……それでも、俺は不肖の弟子のままなんですね」

 師匠なりの不器用な励ましに、俺は苦笑を洩らした。
 そのとき見計らったようなタイミングで、汽笛の音が鳴り響く。


「……着いたようだな。ここでバチカル行きの船に乗り換えだ」


 どこか誤魔化すように遠くを見据え、師匠は会話の終わりを告げた。

「それじゃ師匠、俺はちょっと部屋に戻って荷物取ってきますんで、また下で会いましょう」

 部屋に駆け戻る俺の背後から、師匠がつぶやいた最後の言葉が耳に届く。

「……ルーク、私は迷わない」

 言葉の意味するものはわからなかったが、それでもその台詞は、まさに師匠を言い表している言葉であるといえた。

 すこし考え込みすぎるのは欠点だが、それでも一度決断したことは貫き通す、どこまでも苛烈な希代の武人。

 それが俺の知る師匠──ヴァン・グランツ謡将だった。

 ───ヴァンに気をつけろ

 一瞬アッシュに囁かれた警告が耳に蘇る。だが俺は特に気にするでも無く、そのまま船内に駆け戻る。


 哀れな人形は、告げられた言葉の意味を知らず───



  1. 2005/10/25(火) 17:57:08|
  2. 【家族ジャングル】  第二章
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