全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第8話 「貫けカイザーディスト」


 乾いた風が土埃を舞い上げる。
 ギラギラと照りつける陽光が、砂漠に囲まれたケセドニアの地を紅に彩る。


 ってか暑い! 暑すぎる! 正直、こんな気温はバチカルじゃありえねぇー!


 声無き声で叫びながら、だらだらと滴り落ちる汗を拭っていると、先を歩いていた師匠が俺達の方を振り返る。


「私はここで失礼する」
「へっ……どういうことですか?」

 気を失ったままのアリエッタを抱き抱えた師匠は突然の別れを告げた。
 呆気に取られて尋ねる俺に、師匠はアリエッタを掲げて見せた。


 いわく、なんでもアリエッタをダアトの監査官に引き渡さにゃならんのだそうな。
 確かに、このままアリエッタを抱えたままバチカルに向かうのは無理があるか。
 納得して頷いてると、なにやらティアと話していた師匠が俺達全員に向き直る。


「船はキムラスカ側から出る。キムラスカの領事館に向かうといい」


 最後にそう言い残すと、師匠はケセドニアの騒がしい街中を悠然と歩き、その場から去って行った。


「行っちまったな……師匠」
「ええ……」


 船内での会話のせいもあるが、なんとも心細さが沸き上がって来るのを感じてしまう。ほんと、俺もまだまだまだよな。

 師匠の去って行った方向を名残惜しそうに見据える俺達に、ジェイドが手を打ち鳴らす。

「さて、このまま佇んでいても始まりません。キムラスカ領事館に向かいましょう」
「大佐さんよ。領事館に向かうのもいんだが、少しぐらい街も見ていかないか」
「賛成~賛成~」

 ガイの提案に、アニスが背を伸ばして手を上げる。なんというか、緊張感無さすぎだよな。
 半眼でみやるが、しかし俺が突っ込みを入れるまでもなく、ジェイドが口を開く。

「いえ、ここは先に領事館に向かいましょう。領事館に行ったとしても、すぐに船が出航するわけでもないでしょうし。とりあえず、私達が無事に到着したことを報告した後で、幾らでも時間はありますよ」

 ジェイドの流れるような弁舌に、二人も納得して口を閉じる。

「そんじゃ、まずは領事館に行くんでいいんだよな?」
「ええ、領事館はキムラスカ側の港付近にあるそうよ」

 周囲に立ち並ぶ露天の一つで、話を聞いていたティアが場所を告げた。

 こうして一先ず領事館に向かうことになったわけだが、ただ街並みを眺めながら通りすぎるだけでも、ケセドニアは十分すぎるほど面白い街だった。

 ケセドニアはこれまで訪れたどの街とも異なった雰囲気を宿している。
 露天に立ち並ぶ店が通りを埋めつくし、行き交う人々は誰もが活気に満ち溢れていた。
 なんというか、商売人の熱気とでもいうのか、そこら中から威勢のいい掛け声が聞こえてくる。

「ご主人様、新しい街ですのっ! 砂だらけですのっ!」

 ぴょんぴょん刎ね回るミュウに、仔ライガが降り掛かる砂を鬱陶しそうに払いながら、毛繕いをしている。

 元気なこったが、正直、俺にはしゃぐような余裕はない。

「小動物は元気だよなぁ……俺はなんか暑くて、この街はダメだ」
「そうね……少し暑すぎるかも」
「ははは、バチカルは気候的にも過ごしやすい立地をしているからな。初めての人間にはちょっとキツイのかもしれないな」

 暑さにぼやく俺たち二人に、まったく平気といった感じのガイが笑いかける。

「ジェイドもよく大丈夫だよな」

 ガイの向こう側で、汗一つかいていないジェイドの姿が視界に入る。

「これでも鍛えていますからね」

 眼鏡を押し上げ不敵に笑うジェイドに、アニスが両手を額に当てて首を傾げる。

「あれれ? 譜術で自分の周囲の温度を一定に保ってるんじゃありませんでしたっけ?」
「おや、ばれてしまいましたか」

 ぬけぬけと言いやがる大佐に、俺は次々と滴り落ちる汗を拭いながら呻いた。

「初めて譜術使えない自分を恨みたくなったぜ……」
「……私もちょっと、羨ましいかも」
「俺も耐えてるだけで暑いからなぁ……」

 暑さに苦しむ三人組の視線を受けながらも、大佐が涼やかに笑うだけだった。

 この鬼畜眼鏡め……! と罵りたくなるけど、絶対勝てないから口には出さない。

「それより領事館に向かいましょう。こんなところに居ても、暑いだけですよ?」
「ジェイドにだけは言われたくないぜ……」
「違いない」

 先を促す大佐の後に続いて、俺とガイは顔を見合わせて肩を落とすのであった。


 そのまま街中の雑踏を進む。

 物珍しさにきょろきょろ首を動かしながら進む俺の視界に、全身を真紅の衣装に身を包んだ女が映る。
 結構年上な感じだが、その分成熟した魅力がたまらん。

 なんとなく露出の高い衣装に目を離せないでいると、突然女が俺に向けてウィンクを飛ばす。

 でへへと鼻の下を伸ばしてみとれていると、女はさらに大胆な行為に及ぶ。
 な、なんと、妙に煽情的な仕種でしなをつくり、俺の首に手を巻き付けてきたのだ! 

「ってか! え? な、ななな、なんですとっ!?」
「せっかくお美しいお顔立ちですのに、そんな風に目を見開いては……ダ・イ・ナ・シですわヨ」

 首筋に片手を添えながら、顔を近づけてくる。
 俺は鼻の下を伸ばして、相手のされるがままになっていた。
 仕方がない。これは男の性なのだ。美人に迫られて嫌がる馬鹿は居ないのだ。

 だから軽蔑の視線を向けるのは止めて下さい、ティアさん。

 だらだら背中に冷や汗を流しながら、振り払うこともできず身を任せていると、突然アニスが苦悩の叫びを上げる。

「きゃう~アニスのルーク様が年増にぃ~!!」

 頭を抱えて結構酷いことを叫ぶアニスに、真紅の女も眉間を引きつらせる。

「あら~ん、ごめんなさいネっ! 小さい小さいお嬢ちゃん。お邪魔みたいだから行くわネ」

 女が身を翻すと同時に、懐からなにかが引き抜かれるような感触。

 ……ん? ああ、そう言うことか。

 俺は軽くなった懐に、相手の態度の真意を悟る。

「ちょっと待て、姉ちゃん」
「あらん?」

 即座にこの場から去ろうとしていた女の腕を俺は掴んでいた。

「いい思いさせてもらっといて言いにくいんだが、それでもさすがに財布丸ごとやるってわけにもいかねぇんでな」

 幾らなんでも、あの程度の触れ合いでスッカラカンは認められないよな。

「はん……身につけてるもんの割には、鋭いじゃないの」
「まあ、色気で気を引くってのは基本中の基本だよな」

 会話を続けながら女は俺の隙を伺っているようだが、そう簡単に見逃すわけにはいかない。
 なにせ、俺の背後でティアから突き刺さる冷め切った視線が痛すぎるからだ。

 ううっ、しょうがねぇだろ? ちょっとぐらい色気に惑わされてもいいじゃねぇか。

「はん」
「って、しまったっ!」

 一瞬ティアに気をとられた隙をついて、財布が近くに控えていたのっぽに眼帯の男に投げられる。

「ヨーク! 後は任せた! ずらかるよ、ウルシー!」

 財布を受け取ったヨークとか呼ばれた眼帯の男と二手に分かれ、女はウルシーとか呼ばれた背の低い男と逃げ出してしまった。

「まったくもう……」

 ティアがぼやきながら、ナイフを取り出す。
 瞬間、その腕が霞む。
 投じられたナイフが足元に突き刺さり、ヨークはその場に膝をついた。

「──動かないで」

 すかさず気配を殺して動いていたティアが、ヨークの首筋にナイフを突き付けていた。

「盗ったものを返せば無傷で解放するわ」

 無言のまま財布を取り出して放り投げると、ヨークは慌てて仲間達の下に駆け寄って行った。

「俺たち漆黒の翼を敵に回すたぁ、いい度胸だ。覚えてろよっ!」

 そんな在り来りな捨て台詞を最後に残し、盗人共は去った。
 しかし、あいつらが漆黒の翼だったのか。

「なんというか、思ったよりも間抜けな奴らだったよな……」
「あら、鼻の下を伸ばしていた人の発言とは思えないわね」

 戻ってきたティアが、グサリと俺の急所を射抜く。

「……返す言葉もありません」
「もう……バカなんだから」

 ティアの痛すぎる言葉に、俺はうなだれるしかなかった。

「まあまあ、ルークがスケベなのは今に始まったことではありませんし、許して上げましょうよ」
「そうそう。屋敷でもこいつはいつもこんな感じだったしな」
「お前にだけは言われたくねぇぜっ! ガイっ!!」

 屋敷のメイド達のアイドルだったガイに対して、俺は血の涙を流しながら訴えた。

 そんな俺の訴えなど誰も取り合うはずもなく、変わらずティアとアニスの軽蔑の視線が俺の背中に突き刺さった。

 あまりのいたたまれのなさにうなだれていると、突然ガイが首を捻る。

「それにしても、連中の名前とか姿、どこかで見たことあるような気がするんだが……」
「ん? ガイもそう思うのか? 俺もなんか連中の衣装に記憶が刺激されてしょうがないんだよなぁ……」

 黒を基調にした服装に、どこか舞台染みた派手な装飾品。どっかで見たことあるような気がするし、考えてみれば漆黒のなんたらって名前も聞いたことがあるよう気が……。

 うーんと首を捻って唸る俺たちに向けて、ジェイドが手を叩く。

「はいはい。思い出せないことをいつまでも考え込んでいても仕方がありません。早く領事館へ向かいましょう」

 ジェイドの正論に依存があるはずも無く、俺たち二人は考え込むのを止めて歩き出した。
 それでも気になるものは気になるわけで、俺たち二人は歩きながら、いつまでも首を捻っていた。




             * * *




 その後、領事館に向かった俺たちだったが、やはり船の準備が終わるまでにはまだまだ時間がかかるという話だった。
 それじゃ観光でもするかという話しになったとき、ガイがコーラル城で手に入れた音譜盤を解析しておきたいと、提案してきた。
 別にこれといってすることも決まっていなかったので、そのまま領事館で聞いた音譜盤の解析機を持っているというケセドニア商人ギルドのアスターの下へと向かった。
 悪趣味なまでにきらびやかな宮殿で、音譜盤の解析情報を受け取った俺たちだったが、どうもかなりの情報が収められていたようだ。


「すげぇーよな。あんなディスクにこんだけの情報が入ってるなんてさ」
「まあな。それにしても、俺もこれ程とは思わなかったね。船の中で、のんびり見ることにするさ」
「それもそうだな」


 肩を竦めて見せるガイに、内容は暇なときにでも見ればいいかという流れになった。
 そのまま街の中をうろうろ見て回っているうちに、俺はどっかで見覚えるの姿を見かけた。


「って、おいっ! そこのお前、ちょっと待てっ!」


 突然大声を出す俺に驚く仲間を後に残して、俺はそいつの背中に目掛けて駆け走る。
 声に動きを止めて振り向いたそいつが、俺の顔に目を留めたことで仰天する。
 すかさずそいつの肩に腕を回して逃げられないように固定すると、俺は親しげに声をかける。


「よっ。随分と久しぶりじゃねぇか? なあ、馭者さんよ」
「あ、あんたたちか。は、ははは、久しぶりだね」

 馭者は俺のまったく笑っていない目の輝きに、顔を引きつらせて答えた。

「あなたは……」

 追いついたティアが驚きに目を見開く。

「それで、俺たちからボッたくったペンダントに関して話して貰おうじゃねぇか。ん?」

 頬をペチペチ叩きながら問い詰める俺に、馭者が突然その場に身体を伏せる。
 こ、こいつ、土下座をしやがった。

「す、すまない。橋が壊れて帰れなかったから、あのときの宝石はグランコマで売っちまったんだ」
「う……売ったんです……か?」

 馭者の告白に、ティアが信じられないといった感じで口元を抑える。

「あ、ああ。ほんとにすまない。売ってみて俺もびっくりしたんだが、船代どころかおつりまで返ってきた。まさか、あれほどまでに高価なもんだとは思ってなかったんだ。本当に申し訳ない。お釣りは返す。この通りだ。許してくれ」

「……」

 財布からそれなりの金額を差し出す馭者にまったく反応しないティア。
 俺もどうしたいいのかわからなくなる。ここまでキッパリと謝られて、尚もゴネられるほど俺も太い神経はしていない。

「……どうする? まだ気が済まないようなら、代わりに取っちめてやってもいいけど」

 拳を鳴らす俺に、馭者がひっと身を竦める。

「ま、待って、ルーク」

 馭者の悲鳴で我に帰ったティアが、俺を押しとどめる。

「大丈夫。顔を上げて下さい。既に済んだことですから」
「あ、ありがとう」

 ティアの取りなしに、馭者が感動したように顔を輝かせる。

 何度も何度もお礼を言って去っていく馭者の姿を見送りながら、それでもティアの顔色は優れなかった。

「ほんとによかったのかよ?」
「大丈夫。心配してくれて、ありがとう……ルーク」
「うっ……お、俺もその場に居たからな。気になってただけだよ」

 直球で返された感謝の言葉に、俺は照れくささに耐えられなくなって顔を背けた。

「おーい。どうしたんだ?」

 雑踏の中、突然走り出した俺たちにようやく追いついたガイ達が、俺に呼び掛けるのが聞こえた。

「なんでもねぇよ」

 声を返しながら立ち去る俺の背後で、ティアが俺の耳にも届かないほど小さな声でつぶやいた。

「お母さん……ごめんね……」




             * * *




 その後もいろいろと街中を見て回った。流通の拠点というだけあって、店に売り出されているものも珍しいものばっかで、バチカルじゃ見かけたこともないようなものが所狭しと置いてあった。

 そうしてそれなりの時間が経ったとき、俺たちの下に駆け寄って来るキムラスカ兵の姿が見えた。

「こちらにおいででしたか、船の準備が整いました……」

 息を荒らげながら声を上げる兵士の背後を、深緑の烈風が通りすぎる。

「なにっ!」

 薙ぎ払われた短刀の一撃に、ガイの二の腕が切り裂かれ、ディスクが掠め取られる。

「ぐっ……」

 ガイが呻きながらも、解析結果の書類だけは抱え込む。

「それをよこしな」

 襲撃者──シンクが淡々とつぶやきながら、ガイに追撃をかける。
 辛くも後ろに跳んで攻撃を回避したガイだったが、跳んだ勢いもそのままに走り出す。

「とりあえず戦略的撤退っ!」
「ですね。ここで諍いを起こしては迷惑になるだけですし、一先ず船へ!」

 突然の襲撃に場所が悪すぎると判断した俺たちは、一目散に逃げに打って出る。

「逃がすかっ!」

 背後から声が聞こえて来るが、追われて止まるバカはいない。
 そのまま港に繋がる階段を駆け降りて、俺たちは船に駆け寄る。

「あ、ルーク様。出発準備完了しております」
「急いで出向してくれっ!」

 船に駆け込んで、俺は叫び返す。

「は?」
「追われてるんだ。だぁー、急げ! やばいからっ!」

 背後を示しながらもう一度叫ぶと、兵士は慌てて出航の合図を出した。
 港から離れていく船上から顔を覗かせると、悔しそうに船を見据えるシンクの姿があった。

 紙一重の差だったな……。離れ行くケセドニアを見送りながら、俺は安堵の息をついた。




             * * *




「くそっ……。書類の一部を無くしたみたいだな」

 書類を確かめていたガイが、悔しそうに呻いた。

「見せて下さい」

 ジェイドが書類をものすごい速度でめくりながら確かめる。それでほんとに内容がわかるのか心配になるが、大佐だしな。わかるんだろう。

「同位体と……響奏器の研究のようですね。3、1415926535……。これはローレライの音素振動数か」

 書類を最後まで確認し終わったジェイドが表情を隠すかのように眼鏡を押し上げる。

「同位体? 響奏器? ローレライの音素振動数? 一つもわからんな」

 なんだか自分の馬鹿さ加減に泣けて来るが、頭の出来だけはしょうがないよなぁ。

「ローレライは第七音素の意識集合体の総称よ」

 壁際に背を預けたティアが、いつになく優しい声で応えた。

「音素は一定数以上集まると自我を持つらしいんですよ。彼らを使役するには触媒になる道具が必要で、そうした触媒を一般的に響奏器と呼ぶんです。教団の始祖ユリアもそうした触媒を使って、ローレライの力を行使したって言われてます。教団の名前も、このローレライにあやかったものなんですよ♪」

 ベッドに腰掛けたアニスが、より詳しい説明を付け加えた。

 なるほど、だからローレライ教団か。にしても意識集合体の使役ね……。

「他の音素にも名前はついてるんだぜ」

 ガイがアニスの後を引き継ぐ。

「第一音素集合体がシャドウとか、第六音素がレムとか……どれも滅多にお目にかかれるような存在じゃないけどな。必要な触媒も、創世暦時代に作られたものがわずかに残っているだけだって話しだ」
「ちなみに、ローレライは観測すらされていません。いるのではないかという仮説です。こう言った仮説は、結局のところ証明されるまで不確かなままですから。触媒もユリアとともに失われたという話ですし、現状で証明するのは難しいでしょうね」

 ジェイドが書類をガイに戻しながら、説明を締め括る。

「はー、みんなよく知ってるな」

 本気で感心して頷く俺に、ガイが額を押さえる

「まぁ……。常識なんだよな、ほとんど」
「知識が無いことを恥じる必要はないわ。わからないことなら、これから知ろうとすればいいのよ」

 俺に向けて微笑むティアに、アニスがどこか意地の悪い笑みを浮かべる。

「なになにティアってば~。今日はなんだかいつになくルーク様に優しいよね~?」
「そ、そんなことないわ!」

 胸の前で組んでいた腕を解き、ティアが両手をわたわたさせながら否定する。

「そ、そう! 音素振動数はすべての物質が発しているものでね、指紋みたいに同じ人はいないのよっ!」

 すんごい上擦った声で、話を変えた。

「なんか、ものすごい不自然な話の逸らせ方だな……」

 壁に背を預け様子を伺っていたガイがぼそりとつぶやく。正直俺もそう思ったが、口に出すことはできなかった。

「ガイは黙ってて!」

 ピシリと撥ねつけるティアの剣幕に、ガイは肩を竦めて黙り込んだ。

「同位体は、音素振動数がまったく同じ二つの個体のことよ。人為的に作りでもしない限り、存在しないけど……」
「ま、同位体がそこらに存在していたら、あちこちで超振動が起きていい迷惑です。同位体研究は兵器にも転用できるので、軍部は注目していますけどねぇ」

 困ったものだと言いたげに、ティアの説明を強引に引き継いだジェイドが両手を広げてみせた。

「えっと~、確か、昔研究されてたっていうフォミクリーって技術なら、同位体が作れるんですよね?」

「……」

 アニスの問い掛けに、どこか不自然なぐらい突然、ジェイドが口を閉じる。

 嫌な空気が漂うのを感じとってか、ガイが会話の後を引き継ぐ。

「あ~、確かフォミクリーって、複写機みたいなもんだろ?」
「……いえ、フォミクリーで作られるものは、所詮ただの模造品です。見た目はそっくりですが、音素振動数は変わってしまいます。同位体はできませんよ」

 眼鏡を押し上げながら、どこか自嘲するように笑みを浮かべた。

「音素の集合意識に、同位体ねぇ。結局、六神将がなにしたいのかは、よくわからんままか」

 アッシュの奴が筆頭だが、やっぱ六神将の考える事はよくわからん。

 俺は天井を見上げてため息をついた、そのとき。

「──た、大変です!」

 唐突に扉が開け放たれ、一人の兵士が慌てた様子で飛び込んで来た。

「どうしました?」
「ケセドニア方面から多数の魔物と、正体不明の譜業反応が──」

 激しい爆発音が響く。

 揺れる船内にそれぞれが足を取られ、身体のバランスを崩した瞬間。

 ──うぉおおおっ!!
 
 白銀の全身鎧をまとった教団兵が叫び声を上げながら、部屋に流れ込んできやがった。

「いけない、敵だわ!」 

 真っ先に気付いたティアがナイフを構え、投じる。

 白刃の切っ先は先頭にいた教団兵を射抜く。鎧の隙間を狙い澄ました一撃に悲鳴を上げながら、そいつは錯乱したように武器を振り回し、ティアに突進する。

 体勢が崩れたティアは、動けない。

 理解した瞬間、俺は覚悟を決めた、

 鞘から剣を抜き放ち、勢いもそのままに切り上げる。
 鎧のひしゃげるような音と、肉を絶つ嫌な感触が俺の手に残る。
 尚も剣を振り降ろそうとする『敵』に向けて、俺は殺意を解き放つ。

 ──牙連

 振り下ろしに敵の腕が切り離される。絶叫する相手に踏み込み、俺は斬撃を振り上げながら飛び上がる。

 ────崩襲顎

 一瞬の間も置かず、空中から放たれた二段蹴りに敵は吹き飛ばされた。

 そのまま仲間と激突して体勢を崩した連中を、ガイとジェイドが狙い打ち、確実に仕留める。

 侵入した教団兵は、あっけなく全滅した。

「……ルーク?」

 剣を握りしめ、死体を見下ろしていた俺の名前をティアが呼んだ。

「大丈夫だ。覚悟は決まってたからな」

 ぎこちなく見えないように、必死に笑いかける。そして誰にも聞こえないように、口元で小さくつぶやいた。

「手段を選んじゃ、いられないんだよな……」

 そんな俺の様子に、ティアはなにかに耐えるようにわずかに唇を噛んだ。

「それにしてもこの襲撃……やはり、イオン様と親書をキムラスカに届けさせまいとしてのものでしょうね」

 ジェイドが槍を消し去りながら、推測する。

「水没させるつもりなら突入してこないでしょうし、となると狙いはやはり……」

 冷静に現状を分析する大佐に、アニスが勢いよく手を上げて応える。

「はいはい~! それじゃあ、きっと船を乗っ取るつもり!」
「やれやれ、制圧される前に艦橋を確保しろってことか? 厄介な」
「そういうことですねぇ」

 嫌そうに眉根を寄せるガイに、ジェイドがあっさりと頷いた。

「オラクルのやつらの目的がいまいちよくわからんよなぁ。戦争なんか起こして、いったいなにがしたいんだか……」

 頭を掻きながらぼやく俺に、ジェイドが肩を竦めて答える。

「理由はわかりませんが、今はこの状況をどうにかすることを考えましょう。行きますよ、ルーク」
「わかってるよ」

 既に部屋から出たジェイドに促され、俺たちは戦場へとその足を踏み出した。




             * * *




 できる限り戦闘を避けながら、俺たちは船内を走る。

 幸いなことに、船内に侵入した教団兵はそれほど大人数ではないようで、あちこちに設けられた防御拠点に、王国兵達が立て籠もって必死な抵抗を続けていた。

 甲板までどうにか到達したところで、俺は剣を振ってこびりついた血糊を飛ばしながら、芳しくない状況に呻く。

「にしてもキリがねぇな。どっかに居る指揮官をどうにかしねェー限り、ジリ貧だぜ?」
「ですね。しかし……この一見計画性がありそうでありながら、実は出たとこ任せな考え無しの用兵……ひょっとして指揮官は……」
「なんだ? 知ってるやつなのか?」
「いえ……どうでしょうね」

 なにやら思いついたことがあったようだが、ジェイドは口を閉じた。

 ジェイドは自分自身で確証が持てるまで、その考えを語らない。いろいろと理由はあるんだろうが、そんなに頭の性能がよくない俺からすれば、気になってしょうがない。

「そいつは……」

 問い詰めようと口を開きかけたところで、周囲からどこかで聞いたことのある無機質な拍手の音が響きわたる。

 どこからか照準されるピンク色の光に照らし出されたそいつに、俺は目を点にする。

「ハーッハッハッハッ!」

 変態が空から降ってきた。

 首回りにド派手な襟巻きを巻いた白髪眼鏡が、空に浮かぶ豪華な椅子に腰掛けている。セントビナーでも見たことのある変態だ。確か六神将の一人で、名前はなんていったか?

 俺の疑問に答えるように、白髪眼鏡は流れるような動作で片手を広げると、高らかに名乗りを上げる。正直、キモイです……。

「ハーッハッハッハッ! 野蛮な猿ども! とくと聞くがいい、美しき我が名を! 我こそはオラクル騎士団、薔薇の……」
「おや、鼻垂れディストじゃないですか」
「薔薇! バ・ラ! 薔薇のディスト様だ!」

 鼻垂れディストが顔を茹でダコみたいに真っ赤にして、猛然と抗議する。

「えぇ~? なに言ってんの? 死神ディストでしょ?」
「黙らっしゃい! そんな二つ名など認めるかぁっ! 薔薇だ、薔薇ぁっ!」

 これまたアニスが、二つ名を死神に訂正する。

 ジェイドとアニス二人のどこか手慣れた対応に、俺は呆気にとられた。

「なんだよ、二人ともあの変態と知り合いなのかよ?」
「う~ん。残念ながらそうです。でも、私は同じオラクル騎士団だからですけど……大佐は?」

 アニスの問い掛けに、薔薇の鼻垂れ死神(仮)ディストが得意気に胸を張る。

「そこの陰険ジェイドは、この大天才ディスト様のかつての友ですっ!」
「どこのジェイドですか? そんな物好きは」
「何ですってっー!」
「あ、ほらほら。怒るとまた鼻水が出ますよ。ティッシュいりますか?」
「キィ―――!! 出ません! いりません!」

 両手を振り回しながら、ディストが空中で地団駄を踏む。

 ジェイドとディストの緊張感皆無のやり取りに、俺たちは気を削がれまくりだよ。

「……あ、あほらしすぎだぜ」
「こういうのを置いてけぼりっていうんだよなぁ……」

 俺とガイのコメントに、ディストが気を取り直すように咳払いを打つ。

「まあ、いいでしょう……それよりも、さあ! フォンディスクのデータを出しなさい!」
「はい、これですか?」

 ジェイドがこれみよがしに取り出した書類が、一瞬のうちに駆け抜けたディストの手に奪われる。

「ハハハッ! 油断しましたねぇージェイド!」
「差し上げますよ、その書類の内容はすべて覚えましたから。ご苦労さまです」
「ムキ―――!!」 

 なんだかほんと扱いに慣れてるよな、ジェイド……。ディストをからかうのが楽しくてしょうがないのか、いつも浮かべている人の悪い微笑が、五割増しぐらいになってる。

「猿が、猿が私を小馬鹿にして! この私のスーパーウルトラゴージャスな技を食らって、後悔するがいいーっ!」

 ディストが宣言し、手元の装置をなにやら操作する。

「って、なんだぁっ!?」

 突如空中から出現した巨体が船に飛び乗って、衝撃に船体が激しく揺れ動く。

『ハーッハッハッハッ! 行きなさい、カイザァーッディストッ! R!!』

 鋏のような右手に、ドリルのような左手を持った譜業人形が駆動音を響かせながら、ディストの呼び掛けに応えた。

「こんなんアリかっつーのっ!!」
「泣き言を言っても始まらないわ」
「来るぞっ!」

 ドリルが凄まじい勢いで回転しながら、前方に突き出される。
 俺たちは散会して、それぞれの得意とする距離に回る。
 前衛に俺とガイ、中距離に大佐、後方にティア。アニスはイオンの側に控え、不測の事態に備えている。

 そんな位置構成なら、まずはどこが狙われるかといえば、当然決まっていた。

「げっ、掠った! 今、ドリル掠ったっ!」
「刀が弾かれる……っ! 教団の譜業人形は化け物かっ!?」

 俺とガイに向けてとんでもない質量を持った一撃がブンブンと振り回される。こりゃ、洒落にならねぇ! きっと死ぬ! マジで死ぬ! 絶対死ぬ!!

「ジェ、ジェイド! なんかデカイ譜術使ってなんとかしろっ! こいつ、大きさが違いすぎて俺たちじゃ無理! 絶対無理っ!」

 大ぶりな攻撃に隙を見出して攻撃するも、全て分厚い装甲に弾かれちまって意味がない。

「やれやれ、ディストの玩具ごときに私の譜術は勿体ないのですが……ガイでも無理そうですか?」
「た、大佐さんよ。さすがの俺も無理だ!」

 こめかみを掠めたドリルの回転に、ガイが顔を引きつらせながら応える。

「しょうがないですね……少し持たせて下さいよ」

 詠唱状態に入った大佐に、カイザーディストがさせじとばかりにドリルの回転をより一層激しくしながら勢いづいて、突進をかける。

「げげっ!」

 巨大質量の大ぶりな一撃を必死にかいくぐり、俺たちは死に物狂いで反撃しながら、カイザーディストをその場に張り付ける。

 回避して体勢を崩した俺目掛けて、ドリルが唸りを上げて迫り来る。ヤバっ! 直撃する!

「──狂乱せし地霊の宴よ、ロックブレイクっ!」

 甲板を走る岩礫が唸りを上げながら迫り、カイザーディストに直撃する。軌道をずらされたドリルが俺の髪を数本奪って、数センチ先を掠め通った。

「た、助かったぜ、ジェイド」
「いえ……しかし、いやに頑丈ですね」

 不可解そうに眉をしかめたジェイドに、ディストが高笑いを上げる。

『ハーッハッハッハッ! あなたが譜術をもって対抗しようとするなんてことは、この私にはお見通しでしたよ。やりなさい、カイザァーッディストッ! R!!』

 ディストの掛け声とともに、カイザーがロックブレイクの直撃したドリル腕をわずかに後方に引き絞る。同時に、ドリルを中心に音素が淡い光を放つ。

「おや、少しまずいですね。皆さん、衝撃に備えて下さい」

 ジェイドの少しも焦ったように聞こえない言葉が響いたと同時。

 《──狂乱セシ地霊ノ宴ヨ、ロックブレイク》

 ドリルの先端から飛び出したのは、先程大佐の放った譜術と全く同等の威力を伴った一撃だった。

「なにぃっ──!」
「さ、詐欺だっ!!」

 俺とガイは咄嗟に飛び退いて、譜術の軌道から身をかわす。

 甲板を走る岩礫が船体にぶちあたると沈黙した。

『ハーッハッハッハッ! どうです! 見ましたか、ジェイドっ! 対譜術機構たるシークエンサーを装備したカイザァーッディストッ! Rに、あなたの譜術など通用しないのですよっ! もはやスーパーデリシャスゴールデンハイパーで無敵なのがカイザァーッディストッ! R!!』

 勝ち誇るディストの言葉は癇に触ってしょうがないが、確かにとんでもない装置だ。

「いったいどんな原理だよ……」
「おそらく、放たれた譜術の展開過程を連続的な継起として記憶し、出力することで再現──つまり、まったく同等の一撃をカウンターとして放っているのでしょうね」

 呆れ果てたと言った感じで、ジェイドが額に手を当てる。

「原理が解明できるのでしたら、なにか対策もあるでのしょうか、大佐?」

 ティアの当然な問い掛けに、ジェイドが肩を竦める。

「やれやれ、こういう手法はあまり好きではないのですけどねぇ」
「好き嫌いはどうでもいいから、なんとかしろよっ!」

 俺の叫びに、ジェイドは億劫そうに首を振りながら前にでた。

『どうしました? いまさら謝ったって遅いのですよ、ジェイド!!』
「あんまり勢いづくと、鼻水が垂れますよ、ディスト」
『ムキ―――!!』

 ジェイドが余裕な様子で、片手を上げて詠唱を始める。

「荒れ狂う流れよ、スプラッシュ!」

 大地から噴き出した四本の水流の渦がカイザーに直撃する。

 《荒レ狂ウ流レヨ、スプラッシュ》

 同時に放たれた譜術カウンターが大佐の術を再現する。
 だがそのときには、既に大佐は次の譜術を唱え終えている。

「終わりの安らぎを与えよ、フレイムバーストッ!」

 熱量を周囲に撒き散らしながら無数の火焔が唸りを上げ、カウンターで放たれた水流を一瞬で蒸発させると、カイザーに直撃する。

《ブ…ブブ……終ワリノ安ラギヲ与エヨ、フレイムバースト》
「唸れ烈風! 大気の刃よ、切り刻め! タービュランス!」

 またもやカウンターと同時に放たれた譜術が、大気を激しく揺れ動かしながら迫る突風となって、カウンターで放たれた火焔を巻き上げながら、カイザーを切り刻む。

《ブ……ブブ……ブブ……唸レ烈風。大気ノ刃ヨ、切リ刻メ。タービュ──》
「炎帝の怒りを受けよ! 吹き荒べ業火! フレアトルーネードッ!」

 度重なる譜術の高速詠唱に追いつけなくなったカイザーディストのカウンターを、ついに大佐の詠唱が追い抜いた。

 カイザーディストを包み込むようにして、灼熱の業火は荒れ狂う。
 吹きつける炎風が、業火の中心に位置するカイザー目掛けて風刃となって降り注ぐ。

 猛り狂う炎と刃の嵐に、ついに譜業人形が爆発を起こす。

「そ、そんなバカなぁ────っ!!」

 吹き上がる爆風にディストが吹き飛ばされて、キラリと輝きを残し、空へと消えた。

「あれ……さすがに死んだんじゃないか……?」
「殺して死ぬような男ではありませんよ、ゴキブリ並みの生命力ですから。まったく、放たれた詠唱を再現できると言っても、本体がシークエンサーを装備していたら、結局攻撃をその身に受けなければならないというのに……やはりバカですねぇ」

 あっさりと断言するジェイドにビビリながら、俺はつばを飲み込む。

「そ、そっか? かなり強かったみてぇーに俺は感じたんだけど……」
「私なら本体には装備させません。事前に必要最低限な譜術は登録させておくか、攻撃を受けずに空間に残留する詠唱情報を詠み取らせるかして、一方的に連続で高速詠唱させますよ」

 ゾッとするような笑みを浮かべて、ジェイドがとんでもないことを言い放った。

 なんというか、こいつが味方でよかったような、恐ろしいような、複雑な心境だ。

「さて、そんな些細なことは置いといて、私はブリッジを見てきます」
「あ、俺もついて行く。女の子たちはルークとイオンを頼む」

 さっさと去って行ったジェイドの背中を見つめて、アニスがぼそりとつぶやく。

「大佐って、底が知れませんよねぇ……」
「ホントにな……」

 俺は心底同意して、力強く頷いた。

 後に残された俺たちは突然の終幕に呆気に取られながら、のろのろと動き出す。

「んじゃ、俺たちは……」
「怪我をしている人がいないか確認しましょう」
「そうですね」
「だな」

 幸いなことに、船内にそれほどの被害はなかった。ディストが星になると同時に、艦内に居た教団兵も見切りをつけて、早々と一斉に撤退して行った。
 そうこうしているうちに、汽笛が鳴り響く。どうやらバチカルに到着したようだ。

 なんだか最後の最後まで慌ただしい旅路だったよなぁ……。

 俺は腕を振って、凝り固まった肩をほぐす。
 周囲ではようやく行き着いたバチカルに、船員達が忙しげに動き回っている。


「帰って来たんだなぁ……」


 あまり実感のわいて来ないまま、近づきつつあるバチカルの港を見据える。


「超振動……兵器としての管理……か」


 もはや無視できない、様々な問題を残したまま、長かった俺の初めての旅は終わりを迎えた。





/第一部目次/
  1. 2005/10/24(月) 17:58:00|
  2. 【家族ジャングル】  第二章
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