全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第四話 「お金がない」


 最近、第一王子に関する噂をよく耳にする。

 王族に関する噂が社交界で囁かれるのは、別段珍しいことではない。

 諸侯の盟主として存在する王族の動向はアルビオン中の貴族が注目している。ちょっとした行動様式の変化でさえ、直ぐさま側仕えの貴族達によって、地方にまで伝播する。

 しかし、今回の噂に関して言えば、どこかいつもと異なる感触を覚えていた。

 その噂とは、なんでも遠乗りに出かけた王子が、落馬の渾沌から意識を取り戻して以来、各方面に対して活発に働きかけているらしい、というかなり具体的なものだったからだ。

「おー、これは壮観だね」
「はい、ウェールズ殿下。ここはアルビオン空軍が誇る工廠ですから」

 そんな隣に立つ件の王子に、これといって面白みもない言葉を返しながら、ヘンリ・ボーウッドは噂もなかなか侮れないものがあると、密かに感心していた。

 鉄塔のような桟橋に、全長百メイル程の『イーグル号』、全長二百メイルに達する巨大帆走戦艦『ロイヤル・ソブリン号』に至るまで、艦首もさまざまな戦艦が其の威容を誇りながら、悠然と停泊している。

 ここは首都ロンディニウムの郊外に位置する街、ロサイスに存在するアルビオン空軍の工廠だ。数ある工廠の中でも、広大な森林地帯を利用することで、屈指の造船能力を誇っている。

 首都の近隣でありながら、それだけの森林地帯が残っているのは、過去に首都において発生した火災によって、それ以降、木造建築の家屋を首都において建造することが王命で禁止されたためだ。

 ウェールズ王子がここを訪れた理由は、工廠の視察と聞かされている。

 ボーウッドは自分がアルビオン国軍において、典型的な軍人であると考えている。貴族としてはそれなりの位置にいたが、あくまでそれなりでしかなく、決して有力な家柄ではない。そうした中流貴族の大半は有事の際に家名を高めるべく国軍に入隊するのだが、ボーウッド自身もその例に洩れず軍人となった。

 そんな特に面白みもない経歴の自分が、今回の視察でウェールズ王子の対応を任されたのは意外な展開だった。なにせ滅多にない王族と顔を繋ぐ機会だ。それこそ希望者を募れば、諸手を上げて立候補が殺到するだろう。

 しかし現実には、基本的に上に対して必要以上の接触を図ろうとしない自分が、これといって求めた訳でもないのに、気付けば上から案内役を任されていた。

 どうにも釈然としない思いが沸き上がらないでもなかったが、もはや案内を任された事実が変わることはない。まあ断るという選択肢がない以上、せいぜい全力で役割を果たすまでか。ボーウッドは直ぐに気持ちを切り換えた。

 それに、思うことがないわけでもない。

 いずれこの国の頂点に立つ人物が、どのような相手なのか、直接相対することでわかることもあるだろう。それが良きにつけ、悪しきにつけ。

 内心、そんな不穏なことを考えながら、王子の案内に臨むボーウッドだったが、実際に相対した王子の聡明さは、想像以上のものがあった。

 こちらの端的な説明に対しても、要所要所で的確な質問や指摘が返される。案内の合間合間で交わした少ない会話からも、既に王子が少なくとも成人並の判断力を備えていることが理解できた。

 まさに、ウェールズ王子は既に王者としての資質の片鱗を覗かせつつあると言えるだろう。

 そう、ボーウッドは感心していた。いまだ十代前半でありながら、貪欲に自らの治めることになる国について知ろうとする姿勢は、普段堅物が過ぎると評されることの多いボーウッドにも、静かな感銘を与えていたからだ。

 それ故に、説明にも思わず力が入ってしまう。

「───このように、風石から発する力を受けることによって、帆船は浮力を得ているわけです」
「はぁー……なるほど、風石から浮力をねぇ」
「はい。そのため航続距離が伸びるほど、必要となる風石の数も増します。故に、ロイヤル・ソブリン級の戦艦を運用できるのは、ハルケギニア広しと言えども、風石の利用技術に優れた我が国か、大量の風石が眠る砂漠サハラと隣接したガリアぐらいのものでしょう」
「なるほどなるほど。いやぁ、話には聞いていたけど、実際目にしてみると、やっぱり大したものだね」
「畏れ入ります」

 それに、自らのした説明に対して、目に見えた反応を返されれば、ボーウッドとしても悪い気はしない。

 こうして、ボーウッドにもそれなりの収穫を与えながら、視察はスムーズに進んだ。

 このまま行けば、何事もなく勤めを果たせるだろう。そんなことを考えながら、次の地点へ向かおうと一歩踏み出した所で、不意にボーウッドは違和感に気付く。

(なんだ? これは……視線か?)

 自らに向けられる、絡みつくような視線の気配があった。

 最初は王子の護衛か何かが、こちらを監視しているのかとも思った。だが、直ぐにそれは間違いだと理解する。
 
 視線の正体は、改めて探るまでもなく、ボーウッドの直ぐ脇に存在したからだ。

(……よりにもよって、殿下が視線の正体か)

 案内の合間合間で、時折、こちらをじっと見据えたまま動かなくなる王子の視線があった。それは移動の最中も止むことなく、絶えず観察の色を含んだ視線が、こちらを見据えている。

 相手は王族だ。人を見る目を鍛える意味も込めて、今回の視察は計画されたのかもしれない。そう考え、最初の内は王子の視線にも気付かぬふりを続けていたボーウッドだが、視線は一向に止む気配をみせない。

 いや、むしろ時が経つにつれ、より露骨になっていると言ってもいい。

(どうしたものか……特に弊害があるわけでもないが……)

 このまま気付かぬふりを続けるには、向けられる視線の圧力は強すぎた。

「──殿下」
「ん、何かな?」

 だから、ボーウッドは真っ向から切り込むことにした。

「何か、気になる点でも? 先程から、小官の様子を頻りに伺っているように思われますが」

 あまりに率直なボーウッドの言葉に、ウェールズ王子は一瞬ポカンと口を開けたまま、表情の動きを止めた。そして次の瞬間、声を上げて笑い出した。

「ははは、くくっ……いや、すまない。少し露骨過ぎたかな」
「殿下?」
「うん、いや、マジで──じゃなくて、本当にすまない。視察の内容とは直接関係ないから、まだ早いと我慢してたんだけどね。まあ、いい機会か」

 憮然と言葉を重ねるボーウッドに、王子はなおも口元を緩ませたまま、意外なほどあっさりと答えを告げる。

「実はボーウッド卿には、個人的に尋ねたいことがあってね」

 つい案内の間も視線が行ってしまったという訳だよ。そう言って、王子は事も無げに肩を竦めてみせた。

「? 小官に尋ねたいこと……ですか?」

 予想外の答えに、相手の意図がわからずボーウッドは首を捻る。自分ごとき下級貴族に、王族がわざわざ意識を割くような要素があっただろうか?

「そうだ、ボーウッド卿」

 考え込むこちらの反応など意に介した様子も見せず、ウェールズ王子はずいっとこちらに身を乗り出す。急激に近づいた相手の顔に、多少気押されるものを感じながら、ゴクリとつばを飲み込む。

「な、何でしょう?」
「実は以前から、私はあなたのことを知っていてね。直接話をしてみたいと思っていたんだよ」
「小官と……ですか?」
「うん。私は最近、ある部隊を新設してね。そこの教育を任せられる者を探している。そして優秀な人材として、一度あなたのことを耳にしたことがあった」

 だから、実際に会って、人柄を確認してみたかったんだよ。続けられたウェールズ王子の言葉に、ボーウッドは戸惑いから眉を寄せる。能力を評価されたのは嬉しいが、自分でも知らぬ所で、王族の耳に自分の評価が入っていたのは、いささか面白くない事実だった。

 それに、今目の前で王子が告げた言葉も、少し頂けない。

「新設部隊の教育……?」
「そう、現在私が進めている計画の一つでね。傭兵に頼らない、王軍固有の下士官を育成して、常備兵として配属しようという計画だ」

 そう前置きすると、ウェールズは自身の考えを語り始めた。

 曰く、通常の貴族の子弟に施される士官教育とは別に、平民に対して基礎的な軍事教訓を施す、下士官育成学校の設立を考えている。あなたには彼らの教導官を引き受けて欲しいと。

「メイジ以外の通常戦力を傭兵に頼った現在の状態は、あまり好ましいものとは言えないからね」
「……確かに、それには同意します」

 実際、傭兵達には雇われた国に対する思い入れなど存在しない。肝心な部分で、どこか信頼性の乏しい部隊が、傭兵と呼ばれる戦力だった。おまけに戦争が終われば、そのまま野盗と化す者たちも少なくない。現実問題、強力な武装盗賊と化した彼等を討伐するために、軍の部隊が投入されることも少なくなかった。

「しかし、平民を正式に軍へ登用するのですか?」

 貴族こそが前線に立つべきである。それは古き良き時代にのみ成立していた貴族の義務だ。現状でも、空軍士官には平民がそれなりに存在している。ウェールズ殿下の話は、そこに正式な育成という手順を挟んだに過ぎない。

 ノブレス・オブリージュ。それは既に時代後れの観も漂い始めた古くさい考えだったが、ボーウッドはこの古くさい貴族の義務をそれなりに信望していた。

 戦争の惨禍に民草を巻き込みかねない計画に、王子に返した声にも、苦いものが混ざってしまう。

 そんなこちらの懸念を理解してか、ウェールズ王子もまた、どこか苦しげな表情になって、説明を続ける。

「ボーウッド卿。これは必要な措置なんだ。アルビオンは、他国よりもメイジの人口比が少ない。戦艦の運用全てにメイジが必要となる訳ではない以上、空軍力において一定の優位性を築き続けるためにも、大規模な平民の登用を進め、兵科そのもののを改革する必要があると、私は考えている」
「兵科そのものの改革……!」

 放たれた言葉に、驚きが声に出る。自分が当初思ったよりも、かなり大規模な計画のようだ。そこまで考えた所で、ボーウッドはふと疑問を覚える。

「しかし、殿下の計画が実行されれば、最終的にかなり大規模な影響が各方面に出るでしょう。実際にそこまでの改革を行うに思い至ったと言うことは、何か具体的な懸念事項が御有りになるのでは……?」

 なんとなしに尋ねた疑問だったが、目に見えて相手の表情が変化する。

 何かまずいことを尋ねたか。内心で焦るボーウッドを余所に、しばしの沈黙を挟んだ後で、ウェールズ王子は重々しく口を開く。

「これは私が独自に掴んだ情報なのだが……あなたになら、構わないか」

 前置きされた言葉に、自分が藪をつついて蛇を出したことを自覚した。しかし、もはや相手の言葉を止めるには遅すぎた。こちらが覚悟を決める前に、王子は衝撃の事実を告げる。

「ガリアの皇太子派が、アルビオン国内の反王国派の貴族達と、頻りに接触を図っていることがわかっている。それが、私が軍の改革を思い至った理由だよ」
「なんと!? あの大国ガリアが……!?」

 驚きに声をあげた後で、慌てて周囲を見回す。国内の不穏分子の存在に止まらず、それが他国と結びついているかもしれないという話しだ。下手な者に聞かれては、王子の身に危険が降りかかりかねない。

 ガリアは現在、次代の王位継承者の選定に揺れている。文武両面において非常に優れた使い手である弟のオルレアン公派と、魔法が不得手なことから暗愚の誹りを受ける兄のジョゼフ皇太子派の二つに別れ、宮廷勢力が激闘を繰り広げているという話だ。内乱にこそ至っていないようだが、予断を許さぬ状況が続いていると言っていいだろう。

 伝え聞く話しでは、弟であるオルレアン公の優秀さは誰の目から見ても明白であり、支持層にも有力貴族が多いという。だが、ボーウッドは、むしろそんな状況下にあっても尚、自らの派閥を維持しているジョゼフ皇太子の方が、不気味な存在に映っていた。

 そんな皇太子派から、国内の反攻勢力に接触があると言う話だ。驚愕の程が理解できるだろう。

 そもそもガリア自体、ハルケギニア随一の魔法先進国である。下手を打てば、アルビオンは一部の暴走した貴族の浅慮を突かれ、気付けば骨の髄まで食い潰されていた、というまったくもって笑えない状況に陥っていても奇怪しくない。

 しかし、そんな慌てる自分とは対照的に、当の王子は平然としたものだ。どうにも釈然としないものを感じながら、ボーウッドは相手の真意を尋ねる。

「……小官などに、そこまでの話を打ち明けても宜しいのでしょうか?」
「あなたは信頼できる。そう私が判断した上で明かした以上、この先何が起きようと、私の責任だからね」
「しかし、他の者に聞かれる可能性も考えれば……」
「大丈夫。所詮、ようやく十代に手が届いたばかりの分別も碌にない、子供の戯言に過ぎない。今はまだ、誰に聞かれても、さして問題にはならないだろうさ」

 そう言って、ニヤリと笑ってみせた。これまでの貴族然とした、上品な仕種とは対照的な、年齢にそぐわない、ドロ臭い笑みだった。しかしそんな王子の表情に、ボーウッドは気押されたように、自らの視線を伏せていた。

 なるほど、これが王族か。ボーウッドは目の前に立つ、未だ年若い君主に対して、感嘆と驚愕の入り交じった、ある一つの感情──畏怖の念が、急激に沸き上がることを自覚した。

「では、改めて尋ねたい」

 真剣な瞳が、こちらを見据える。

「ボーウッド卿。私に協力してくれないか?」
「……殿下の仰せのままに」


 この日、ヘンリ・ボーウッドは次代の君主に対して、杖の忠誠を誓った。



              * * *



「ふぅ……これで、ようやく王軍で平民が活用される目処が立った訳か」

 執務室で書類の決済を進めながら、先日の交渉に思いを馳せる。

 アルビオンの大陸は空中を浮遊しているため、他国への移動にも飛行船が必要になる。国内に存在する軍の工廠もそれなりの数が揃っており、規模もなかなかのものだ。そのため、造船能力そのものも、他国よりも頭一つ抜きんでた力を誇っていた。

 つまり空軍の能力だけを見れば、アルビオンは他国に警戒されるだけの力を保持していると言えた。当初、アルビオンは軍事的に脆弱な立場にあると考えていたウェールズにとって、これは嬉しい誤算だった。

 が、いずれ反乱が発生する事を思えば、この『なかなか侮れない航空戦力』がそのまま敵対勢力のものとなるのだ。この事実に思い至り、ウェールズはますます自分の気分が沈むのを感じるのだった。

 かくして、公共事業や官営工場の設立と平行して、平民向け下士官育成学校設立に向け、より一層の尽力に励むウェールズだったが、そこで一つの問題が発生する。

 平民に軍事技術を教授するなど冗談ではないと憤ってか、肝心要の教官に、引き受け手がなかなか集まらなかったのだ。

 基本的に平民士官のほとんどが、卒業後は空軍に水兵として配属されることを思えば、操舵に関する専門知識を持った軍人の存在は必須だった。そんな所に起こった圧倒的教官不足なんていう大問題の発生に、ウェールズは本気で慌てた。

 ウェールズ自身が方々の軍施設を視察と称して引きずり回り、若手を中心に懇々と自らの展望を訴え掛けることで、ようやく定数を確保できたのが、つい先日のことだ。

 無駄に疲労を重ねることになった訳だが、それに見合った収穫が無かった訳ではない。数人の貴族士官をこちらの陣営に引き入れ、少なくない数の教導官を揃えることができた。

 中でもロサイスの工廠では、軍人としての分をわきまえた人物として、原作で描写されていたボーウッド卿を引き抜けたのは僥倖だったと思っている。

 原作ではレコン・キスタに属していたボーウッドだが、もともとは艦隊司令の上官が反乱軍についたため、仕方なくレコン・キスタに参加した人物だ。

 共和制を敷かれた後のアルビオンにおいても、心情的には王党派でありながら、軍人は政治に関わるべきはないと考え、そのまま国家の剣たらんとした無骨な姿勢も、ウェールズは気に入っていた。

 そうした心情的な面を抜きにしても、巡洋艦の艦長だった当時に王党派の戦艦を一会戦で二隻も撃破してみせた手腕や、トリステインへの侵攻では実質的な司令官役を任されていた経緯からも、彼が軍人として優秀な人物であることがわかっている。

(将来的には王党派で、中核的な指揮官になって欲しいもんだな……)
 
 さすがに一筋縄では行かない相手で、少ない情報でこちらの真意を正確に見抜いてきたが、それだけ優秀ということだ。何の問題もないだろう。

 協力を取り付けた後で交わした雑談でも、貴族の子弟に関しては、取り込める者は可能な限り取り込んでおいた方がいいと、控えめな言葉で忠告を受けた。

 これはウェールズにとっても盲点だった。

 確かに、このままの方針で進むと、真っ向から貴族勢力の反発を受ける形になる。原作では王党派であった貴族たちまで、レコン・キスタに合流しかねない。味方はできる限り多い方がいいと言うのに、それでは本末転倒だろう。

 つまり、貴族に対する取り込み工作が、新たに必要となった訳だ。

「それに、こっち側の魔法技術も侮れないもんがあるからな。やっぱメイジの取り込みは必須か……」

 王立魔法研究所の研究レポートを掴み、パラパラと斜め読みする。

 基本的にメイジの使う魔法は自然現象を再現したものが多い為、自然科学の研究はそれなりの発展を見せていた。どれも魔法技術に還元する為の研究だったが、再現するにも杖を一振りすればいいのだ。この世界の実験器具の精度を考えれば、デタラメな成果を叩き出していると言えた。

 《火》の系統魔法に関連した成果だけを言っても、《熱》というものが運動エネルギーであることが、おおまかにだが認識されている。また《固定化》などは其の最たるものだろう。物質の酸化、腐敗を防ぎ、対象をあらゆる化学反応から保護するなど、尋常ではない。

 そうした魔法があまりに便利すぎるため、魔法技術における発見が、一般人にも利用可能な技術として応用されることは稀だった。

 しかし、原作でコルベールが蒸気機関の発明に成功したのも、そうした基礎的な部分の研究が、ある程度の発展を見せていたことが大きかっただろう。

 そもそもハルケギニアの国々はそれぞれ、自国の得意とする系統を保有している。
 トリステインの水、ゲルマニアの火、アルビオンの風……それぞれの国が得意とする系統魔法に準じて、各国の得意とする技術も発展を見せている。

 トリステインならば医療技術、ゲルマニアならば冶金技術……一部では現実世界よりも驚異的な発展を見せている分野もあるから驚きだ。

 我が国アルビオンは《風》の系統魔法を得意としている。そのため、飛行船の建造に必要となる風の魔力を秘めた《風石》の利用技術や、それに関連した造船技術が発展を見せていた。

 しかし、どの分野も、現実世界における科学ではなく、魔法の検証から発展した技術であるため、普遍的に応用可能な数学的法則の発見や、実験による検証の概念は、あまり発達してないのが残念な所だ。

「まあ、科学技術の成果が国力に直結する訳でもないから、今は大した問題でもないか」

 ウェールズは現実世界の近世において、西欧諸国の躍進を支えたのは、科学技術の存在ではなく、産業革命により爆発的に増大した、その圧倒的な生産力にあると考えていた。

 産業の発展に貢献した幾多の発明に関しても、科学の発見から技術的なアイディアを着想したものもあるが、大半は現場の人間が創意工夫の末に生み出したものに過ぎなかったからだ。

 もちろん、そうした創意工夫によって生み出された発明品を改良する為には、科学的な思考に基づいた『普遍的に利用可能な法則』の発見が必要になるのだが……初期の発明においては、さして問題にならないと考えていた。

「しかし、産業の発展に貢献しそうな要素揃えるだけなら……アイディアのもとだけ提示できれば、魔法技術でも、必要な研究開発は可能だってことかな?」

 アルビオンにも王立魔法研究所は存在する。

 やるなら近代国家の基礎となる冶金技術の発展を第一に支援したい所だが、火の系統を得意とするゲルマニアに追い付くのは数年では足らないだろう。故に、少なくない予算を割くなら、アルビオンが得意とする風の系統に関連した、現代で既に成果の実証済みの分野に関して、何らかの開発支持を提示したい所だ。

「風、風ね……電気も風に含まれたか。そうすると、電信の概念が、一番導入するのが容易か……?」

 電気が流れるものであるという認識は既に存在する。必要な導線を錬金で生み出せば、通信施設の充実もそれなりの規模で果たせるだろう。それは情報伝達速度の発達に繋がり、地方における国家的な判断を容易にさせる。上手く行けば、旗流信号が主流の艦隊群に、原始的な無線による通信設備を配備するまで行けるかもしれない。

「情報を制するものは全てを制すってやつか。あー……貴族派の動向を見張る諜報組織の設立とかも進言しないとなぁ。でも……そうなると……」

 これまでに立案された計画に予算を割り振ってみる。ちゅうちゅうたこかいな……

「って、がぁー! 全然、ダメだ!!」

 執務室の机に突っ伏して、ウェールズは頭を抱えた。

「予算が、まるで、足りん!!」

 こちら側に来てから、それなりに精力的に動いているウェールズだったが、その全てが成功した訳ではない。

 父王ジェームズ一世は、幼い王子が積極的に政治を学ぼうとする姿勢を評価してか、一定の権限を与えてくれた。少なくない予算も付き、それなりの行動が可能になった訳だが、それもあくまで限定的なものだ。

 色々な施策に関しても、実験的な導入なら可能だったが、国家規模の事業として継続的に押し進めようとすると、どう見積もっても予算の規模が足らなかった。

 現在進めている構想が軌道に乗れば、最終的にかなりの収益が見込めるだろうが、軌道に乗せる段階でつまずいているようでは、正直お話にならない。

「あーうーあー」

 渡る世間は鬼ばかり。ゼニの花は白い。されど蕾は血のように紅いのだ。

「……やっぱ一人で出来ることは限界があるね。資金的な面からも、そろそろ他の貴族を抱き込まないとダメな段階ってことか……」

 だが貴族と言うと、どうしても原作において反乱を起こしたレコン・キスタの連中が頭に浮かぶ。

 いや、自分でもわかっているのだ。

 王党派と呼ばれるものが存在した以上、すべての貴族がレコン・キスタに参加した訳ではないと。しかし頭では理解できるのだが、どうしても積極的に彼等に協力を求める気になれなかった。

「信用できそうな貴族、それもある程度の財力を持った、予算的な援助もしてくれそうな貴族……そんな都合のいい貴族、原作にいたかなぁ……」

 原作に出てきた、数少ないアルビオンに関連したイベントを頭に描く。

 ふっと無数の断片的な単語が蘇る。

 金髪。長耳。ハーフ・エルフ。バスト・レヴォリューション。胸革命───

「───あ、ティファニア!? そういえば、ティファニアってアルビオン大公家の娘だったよな」

 虚無の系統で、エルフとのハーフ。土くれのフーケ、マチルダ・サウスゴータの実家が仕えていた王弟の娘。広大な南部地域を治める領主であり、王の命令で取り潰された大公家の末姫。

「って、やばい! 親父さんは財務監査官してたとか言ったよな……えーと、取り潰されたのが、原作の四年前とか言ってたけど……あ、良かった。まだ存続してるな」

 各地の貴族が治める領地と使用する紋章が記された書類に、きちんと大公家の名前は残っていた。安堵に胸を抑えながら書類を見据え、ふと思い付く。

(……家が存続してるってことは、エルフの愛妾が居るって事実も、まだ父王に知られてないってことだよな? なら、彼女らを匿う代わりに資金援助とかも期待できるか?)

 ちょっとした思いつきに過ぎなかったが、案外悪くない一手かもしれない。

(大公も絶対に公にできない事実を、次代の君主が秘密裏に容認してくれる形になる訳だ。絶対の忠誠を期待できる……しかも、東西南北四方を治める大貴族の一画を、確実に取り込める……)

 さらに言えば、大公が『南部』地方を押さえていることも無視できない要素だ。

(そもそも空軍の工廠ロサイスが南部にある訳だしな。ロサイスと首都ロンディニウムの間には、南部街道の集結点になるサウスゴータも存在する。大公の一門から全面的な協力を取り付けられれば、資金面の援助だけでなく、公共事業に絡んだ今後の構想そのものに追い風が期待できるし……)

「うん、やっぱ悪くないな」

 そうと決まれば話は早い。ウェールズは大公と会談の場を設けるべく、動き出すことを決めた。

 大公家に関する書類を改めて見据えながら、少しの間手を止める。

「……まあ、それに予め殺されるってわかってる相手に、何も手を打たないのは、さすがにな」

 ポリポリと頭を掻く。これも無駄な感傷に過ぎないかもしれない。自身に危険が迫れば、自分は即座に手を引くだろう。

 だが、それでも自分の手に届く範囲で、できることがあるなら、やってみるのも悪くないだろう。

「というか、金がないと何もできんってのが本音かね」

 出資者候補~出資者候補~

 大公との会談に望むべく、ウェールズは怪しい鼻唄を口ずさみながら、細々とした準備に入るのだった。


  1. 2007/07/22(日) 21:30:42|
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