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──A.L.M──

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第1話 「帰リ着キテ、王都」 


 港に下りると、そこにはずらりと立ち並んだ兵隊連中が、俺たちに向けて敬礼を捧げていた。
 あんまりにも仰々しい出迎えに、俺はちょっと腰が退ける。

 なんとなくそのまま固まっていると、兵隊たちの中から壮年の軍人が一歩前に出て、俺たちに礼を取る。


「お初にお目にかかります。キムラスカ・ランバルディア王国軍第一師団長のゴールドバーグです。この度は無事のご帰国おめでとうございます」
「ああ。出迎えご苦労」


 内心激しく動揺しながらも、俺はなんとか外面だけは取り繕って答えを返す。公の場では、俺も外面はいいのだ。
 俺のそこそこ重めに聞こえる返答に満足そうに頷くと、ゴールドバーグはすぐにイオンに話し始めた。


 ……まあ、主役はそっちだしな。


 俺は特に気にするでも無く、周囲の様子を伺う。なんとなく、上京した田舎物の気分だ。
 それにしても、随分と仰々しい迎えである。マルクトの使節に対する軍事的な威圧の意味も込めてるんだろうかね? だとしたら、なんともせせこましい限りだけどな。

 そんな結構不穏な感想を抱きながら港を見回しているうちに、ふと気付く。


 そう言えば、港に来るのって初めてだよな。


 区画とかもかなり整理されてるようだが、バチカルらしい大規模な港だ。
 あいつがやってる事業の中に港の開拓も含まれてるとか聞いた覚えはあった。
 随分と意気込んで力説してるとは思ったが、やっぱ言うだけのことはあるわなぁ……。
 感心しながらきょろきょろ周囲を伺っているうちに、どうやらゴールドバーグとイオンの間の話し合いは終わったようだ。


「皆様のことは、このセシル少将が責任をもってお連れいたします」

 ゴールドバーグの脇に控えていたキリッとした容姿をしてる軍人の姉ちゃんが俺たちに敬礼を捧げた。

「セシル少将であります。よろしくお願い致します」

 セシル少将の名前を聞いた瞬間、ガイが微妙に顔をしかめるのがわかった。彼女もそれに気付いてか、怪訝そうに首を傾げる。なんとなく、いつもの女性恐怖症とも違う感じの反応が俺も気になった。

 セシル少将の反応に、ガイはなにかを誤魔化すように、慌てて名乗りを上げる。

「お……いや私はガイと言います。ルーク様の使用人です」
「ローレライ教団オラクル騎士団情報部第一小隊所属、ティア・グランツ響長であります」
「ローレライ教団オラクル騎士団フォンマスターガーディアン所属、アニス・タトリン奏長です」
「マルクト帝国軍第三師団師団長、ジェイド・カーティス大佐です。陛下の名代として参りました」

 ジェイドの名乗りまで来たところで、周囲に居た軍人どもが騒めく。

「貴公があのジェイド・カーティス……」

 絞り出すように呻くセシル少将に、ジェイドがいつもの悪人顔で笑みを浮かべた。

「ケセドニア北部の戦いでは、セシル将軍に痛い思いをさせられました」
「ご冗談を……私の軍は、ほぼ壊滅でした」
「皇帝の懐刀と名高い大佐が名代として来られるとは……なるほど、マルクトも本気というわけですな」

 随分と評価が高いんだな、ジェイドのおっさん。しげしげと視線を送っていると、大佐はなんてことないと言うように肩を竦めて見せた。

「国境の緊張状態を考える限り、本気にならざるを得ません」
「おっしゃる通りだ。ではルーク様は私どもバチカル守備隊とご自宅へ……」

 警護付きで自宅に護送だって? ゴールドバーグの申し出に、俺は目を点にする。

 将軍クラスがそんなことを言うってことは、正式な命令が出てるってことか? しかし、さすがにそこまで過保護にされるつもりはない。

 それにイオン達とここで別れるのは、まだ早すぎる。

「いや、それよりも……」

 俺は手を前に掲げ、ゴールドバーグの言葉を制止しながら言うべきことを考える。

「……まずは導師イオンを伯父上に面会させてやりたい。頼まれ事を途中で放り出すのは俺の主義に反する。帰宅するのはその後でも十分だ」

 それなりに考えて言った俺の言葉に、ゴールドバーグは感心したと頷くと、すぐに代案を立てた。

「承知しました。公爵への使いはセシル将軍に頼みましょう。……セシル将軍、行ってくれるか?」
「了解です」

 機敏な動作で去っていくセシル少将を見送ると、ゴールドバーグも俺たちに別れを告げる。

「それでは、私も軍港で引き継ぎを終えた後、城に向かいたいと思います。後ほど会いましょう、ルーク様」
「わかった。ご苦労だったな、ゴールドバーグ」

 軍人連中が完全に去ったのを確認すると、俺はようやく姿勢を崩した。

「ふぅ……やっぱ疲れるぜ。堅っ苦しいやり取りはなるべくやるもんじゃねぇよなぁ……って、どうしたよお前ら、俺を変な目で見て?」

 信じられないものを見たとでも言いたげな様子で、ガイ以外の全員が目を見開いてやがる。

「ルーク……あなた、ああいうキチンとした言葉遣いもできたのね」
「驚きましたね。まさか、あなたがあんな風に喋るとは……」
「僕も少しだけ、驚きました」
「ルーク様、たとえどれだけ似合っていなくても、ああいう物腰も素敵ですよ♪」

 次々と発せられる言葉に、俺は額が引きつるのを感じる。

「お前らな……いったいどういう意味だよ?」
「まあまあ、落ち着けよルーク。確かに普段のお前の様子からすれば、想像できないってのはさすがに認めるだろ?」
「ちっ……まあな」

 宥めて来たガイの言葉は、確かに否定できないけどよ。それにしても、失礼な奴らだ。

 不貞腐れる俺に、ティアが本当にわからないといった感じでつぶやいた。

「あなたなら誰が相手でも、いつもの態度を通しているとばかり思っていたわ」
「必要だったから覚えただけだぜ? いろいろと事業に手を出すには、ああいう態度も必要なんだ。王族らしい王族ってだけでも、いろいろ付加価値がつくからな」
「え~!! ルーク様なにか事業とかに手を出してるんですか!?」

 うげっ。アニスのやつが目を輝かせて、こっちに身を乗り出してきやがった。

「ま、まあ、ちょっとしたことが切っ掛けでな。大したもんじゃねぇけどさ」
「いったいどれぐらいの利益を上げてるんですか!?」

 こ、こぇーよ。目の色がガルドに変わってやがるぜ。ぐいぐいと身を乗り出して来るアニスに、俺は身の危険を感じて話題を変えることにする。

「そ、そんなことよりもアレだ! 早いとこ城に行こうぜ?」

 促した言葉に、真っ先に我に返ったイオンが頷いた。

「ではルーク。案内をお願いします」
「おう、そんじゃ行こうぜ」

 そそくさとアニスから身をかわして、港から伸びる天空滑車に向かう。

 ともかく、ようやく俺はバチカルへの帰還を果たしたのだ。本当に、なんとも長い旅路だったもんだ。

 感慨深さよりも、なぜか押し寄せる疲労感に、俺は目尻を拭うのであった。




             * * *




 縦に伸びるバチカルの下層部分に立って、俺は街を見上げた。

 久しぶりに眺めた街の景色に、徐々に懐かしさが込み上げてくる。

 帰って来たという事実がようやく現実のものとして実感されて来た。なんとも感慨深いもんだね。

「……すっごい街! 縦長だよぉ」
「チーグルの森の何倍もあるですの」

 感動するアニスと、はしゃぎまくるミュウと仔ライガの様子に、ガイが苦笑を浮かべながらいつもの解説癖を発揮する。

「ここは空の譜石が落下してできた地面の窪みに作られた街なんだ」
「自然の城壁に囲まれているという訳ね。合理的だわ」

 なんというか、街の感想まで軍人的思考に立たんでもいいんじゃねぇのかとか思ってしまう。でもまあ、そういうところもまた、ティアらしいと言えばらしいのかもしれないけどな。

 ともあれ、街を見上げながら、それぞれが始めてみるキムラスカの首都に目を輝かせている。

「こっから正面に見える天空滑車を乗り継いだ先が王城だぜ。今からはしゃいでると、体力もたねぇぞ?」

 なんとなく普段とは逆の立場が面白く感じられて、からかうような言葉を投げ掛ける。

「ははは。ルークも屋敷を抜け出し始めた頃は、似たようなもんだったじゃないか。あんまりそう言ってやるなよ」
「うっ……まあ、そうだったかもな。なにせあの頃はどこの囚人だよって言いたくなるぐらいにすげぇー窮屈な監視下で生活してたもんな。屋敷の外に一歩も出れねぇなんて生活、今じゃ考えられねぇぜ」

 かつての記憶が思い出されて、俺は気まずさに鼻下を擦る。

 三食昼寝監視つきの生活だったもんなぁ……。

 遠い目をして監禁ライフに想いを馳せていると、俺の発言にティアが顔を強張らせるているのに気付く。

「どういうこと? あなたが王都から外に出たことがなかったのは知っていたけど……昔は屋敷の外へさえも出られなかったと言うの? たとえ貴族であってもそれは……異常よ」
「あれ、言ってなかったっけか? 一応、俺って国王命令とかで、屋敷の外には一歩も出るなって決められてるんだぜ。ちなみに、これって今も有効な」

 俺の軽い言葉に、しかしその場にいた全員が顔を強張らせる。

「それは……いったいどういう理由からです? タルタロスで言っていた誘拐事件と、なにか関わりがあるのでしょうか?」
「ん、まあ、そんなようなもんだな」

 師匠から聞かされた真の軟禁理由が思い出される。超振動を発揮できる戦略兵器の飼い殺し……まあ、理屈はわからないでもないが、納得できるもんでもないよな。

「でも体力ついた後はガンガン屋敷の外に抜け出してたんだぜ? 今じゃ軟禁とは名ばかりで、抜け出しても王都の外に出ない限りなんも言われないしな。だから、お前らがそんな深刻に考える必要はないって」

 最初は必死に阻止しようとしてた執事連中も、今じゃ完全に諦めて、抜け出す俺に向けて、いってらっしゃいと手を振ってくるぐらいだしな。

 なんだか暗い雰囲気になってしまった一同に、俺はへらへらと笑いかけた。

 実際、たいしたことないと俺は思ってるのだが、一同の顔は晴れない。

 ティアがどこか困ったように首を傾げると、俺の顔を見据えた。

「……強いのね」
「へ? どういう意味だ?」
「いいえ……わからないなら、それでいいの。それよりも、お城に早く向かいましょう。案内はお願いね、ルーク」
「あ、ああ。わかった」

 なんだか誤魔化されたような気がしないでもなかったが、言ってることは正しいので、特に反論するでもなく、俺たちは城へと向かった。

 はて、マジでどういう意味だったんだろうな……?

 どこか機嫌良さげに見えるティアの後ろ姿を見やりながら、俺は首を傾げた。




             * * *




「げっ、忘れてた!」

 城のある階層にまで来たところで、俺は突然一つの可能性に思い至る。

 やばい、そういえば俺が帰って来たのは、先行したセシル少将が既に伝えちまってるんだよな。だとしたら、当然あいつの耳にも入るわけで、そうなったらあいつがどう行動するかなんて、一つしか考えられない。

「なにやってんだ、ルーク?」

 突然、植え込みに伝いに身を潜めながら進み始めた俺に、ガイが呆れた視線を送る。

「いや、アレだ。俺の予測だと、ここらへんでそろそろ、あいつが姿を見せてもおかしくないと思ったんだけど……どこにも居ないな。おかしい。俺の思い過ごしか?」
「あいつ……? ああ、あの御方か。確かに来てもおかしくないが、そこまで警戒する必要はないだろ」

 俺とガイの会話に、皆が首を捻る。確かになに話してるかわからんだろうが、今の俺には説明しているような余裕はないのである。

「それにどうせ城に向かうんだ。行き違いになる可能性も十分ある」
「そ、そうだな。あいつが来る前にとっとと城での用事を済ませちまおう。行くぜ、皆!」

 俄然張り切り出した俺の様子に、やはり皆が不可解そうにしている。

 そんな首捻ってないで、さっさと歩いてほしいってのが本音だ。

「ねえねえガイ。ルーク様の言ってるあいつって誰なの? アニスちゃん的に、ちょっとあやしいかな~」
「ああ……それはだな」
「余計なこと言ってないで、さっさと行くぞ!」

 俺の呼び掛けに、ガイが苦笑を浮かべながら肩を竦める。マジで無駄話は止めてくれと、俺は視線で訴える。

「まあ、すぐにでもわかると思うぞ。ルークがあの御方から逃げきれたことなんて、それこそ一度もなかったんだからな」
「だぁーもう、うっさいぞ、ガイ」

 俺の再度の呼び掛けに、ガイははいはいとおざなりに頷いくと、ようやく動き出した。

 まったくガイのやつも不吉なことを言いやがる。
 まあ……よくよく思い出してみると……確かにそうだったかもしれないけど……。
 そ、それでも俺は今度こそ、捕まる訳にはいかんのだ!

 あいつには頭が上がらない分、遭遇すんのはできる限り避けたいところだ。
 なにせ今回は突然居なくなったなんていう大事だ。
 いったいなにを言われることやら……考えるだけでも恐ろしい。

 俺は内心かなりビクビクしながら、王城へと足を踏み入れる。


「うわ~、さすがお城だけあって豪勢~。なにより高そう~」


 アニスが目を輝かせて、城の内装を伺っている。
 すさまじい勢いで目線が移動し、置かれた各種小物類の値段をはじき出す。

 なんか……最近、猫被りの化けの皮が剥がれてきてないかね? 

 本性駄々漏れになりつつあるアニスに、俺は生暖かい視線を向けた。それに気付いたイオンが、アニスに優しく声をかける。

「アニス、ルークが見てますよ?」
「はわぁ? え、え~と。綺麗なお城ですよね♪」
「高そうだしな」
「高そうだろうしねぇ」
「高そうでしょうしね」
「はぅあっ!」

 一斉に返されたことで、アニスがしまったと呻く。
 なんだかんだ言って、自分に正直なやつだよな。アニスにジェイドが苦笑を浮かべ、やれやれと肩を竦める。

「確かに、そこの装飾一つとっても、売り払ったら一財産でしょうね。それも買い取るような店があれば、の話ですが」
「へ? それってどういうことだ?」

 ジェイドの含みを持った言葉に、俺は首を捻る。
 売り払うだけなら、それこそどこでもできると思うんだが? 城にあるものなら、尚更質もいいだろうし。

「王城に卸されている品は、そのほとんどがオーダーメイド。完全な一品ものです。仮に賊が盗み出して、売り払おうとしたとしても、すぐに足がついてしまいます。だから現金に変えるのは困難でしょうね」

 なるほどなぁ。俺は納得して、改めて城の内装を見やる。

 確かに豪勢だけど、金にはならんのか。そんなこと思いながら眺めていると、アニスがぼそりと吐き捨てるのが聞こえる。

「ちっ……見かけ倒しか」

 ……まあ、正直なのは悪いことじゃないよな。うん。

「それよりも謁見の間に向かいましょう。ルーク、お願いします」
「おう。わかった。といっても、すぐそこだけどな」


 俺は皆を引き連れて、正面に位置する階段を昇る。
 階段からすぐのところに、兵士が扉の前に控えている。ここが謁見の間へ繋がる場所だ。


「ただいま大詠師モースが陛下に謁見中です。しばらくお待ちください」

 兵士の律儀な言葉に、俺は出された面会者の名前を記憶から探る。

 モースっていうと……確か大詠師派のボスか。

 うーん。どうしたもんか。
 たぶんゴールドバーグかセシル少将が面会の申請はしてくれてるだろうけど、受理されてんのかな。
 まあ、伯父さんなら何も言わずに来ても会ってくれるだろうから、大丈夫だろうけど。


「ちなみに、あとどれぐらい掛かりそうだ?」
「はい。申請されている面会時間は三時間となっております。既に二時間ほど経っていますから、間もなく出て来られるのではないかと思われます」

 俺は皆の方を振り返って、肩を竦めてみせた。

「待つしかなさそうだぜ?」
「まあ、仕方がないでしょうねぇ」
「モースが来ているのですか……」
「イオン様ぁ……」

 イオンの表情が引き締まる。それも無理ない話だろう。まだ証拠があるわけじゃないが、これまで大詠師派と言われる六神将にあれだけ邪魔されてきたんだからな。

 同様に、モースを信じているっぽいティアが、イオンの様子に表情を暗くする。

 うーん。未だに、よくわからんよな。六神将とモースは繋がっているのかね? イオンの話をきく限り、導師派に対抗できそうな派閥は大詠師派しかなさそうな感じだったが、一つの派閥と言ってもその中身は一枚岩でもあるまい。大詠師派、六神将閥とかでもあるのかね。

 いろいろと考えているうちに、扉が内側から開かれる。出てきたのは、誰もが神官と言われて思い浮かべるだろう、典型的な教団の人間像をした中年の男だった。

「導師イオン…?」

 モースが驚きに目を見開く。突然行方不明だったはずの人間が目の前に現れたことにか、あるいは六神将に確保されているはずの人間を目にしたせいか。どちらに驚いたのか、その判断はつかない。

「久しぶりです、モース」
「お探ししておりましたぞ。どうやら無事なようで安心しました。しかし、突然教団から居なくなるとは、いささか導師としての自覚に欠ける行動でしたな」
「モース、確かに導師としての立場はわかっています。ですが、教団本来の目的であるスコアによる繁栄を第一に考えた場合、僕が動くことで戦争が阻止できるなら、対面などいか程のものでしょう?」
「戦争の阻止? そう言えば、そちらの方々は? 私の部下も居るようですが」

 表情を一切動かさず、どうにも本音を伺わせない調子で、モースがジェイドの方を向く。

「申し遅れました。私、帝国より和平の使者として派遣されたジェイド・カーティスという者です」
「帝国からの和平の使者……なるほど、導師が姿を消した理由はわかりました」

 それだけで事情を察したのか、あるいは事前に全てを知っていたのか。やはり判断はつかない。

「確かに導師の仰ることにも一理あります。二国間に和平を結ぶためには、教団の力が、なによりも導師程の人物が動かれたという事実は、かなりの力添えとなるでしょう。ですが、言伝ても残さず動いたのは、いささか感心できかねる行為ですな。オラクルに申し出てくだされば、護衛を動かすぐらいのことはできたでしょうに」
「それは……なるべく迅速な行動が必要だったのです。ひとまず、この話は後にしましょう。全ては、これから行われる王国との面会次第です。教団の方針をここで話していても、なにも始まりません」
「……わかりました」

 モースは少し渋面になったが、すぐに引き下がった。そして、後方に控えていたティアに呼び掛ける。

「ティア。お前は残りなさい。例の件、おまえから報告を受けねばならぬ」
「モース様。私にはルークをお屋敷に届ける義務がございます。後ほど改めてご報告に伺います」

 少し、意外だった。あれほど軍人思考を心掛けていたこいつが、上官からの命令に意見するなんて思ってもみなかった。

 俺は目を見開いてティアの顔をまじまじと見据えてしまう。

 すると、俺の視線に気付いたティアが頬を染めて顔を俯けてしまう。なんでだ?

「ふむ……まあ、それもよかろう。それでは導師、私はこれで失礼します」

 さして緊急の用件でもなかったのか、モースも特に拘るでもなくティアの申し出を許可すると、導師に一礼してこの場を去った。

「……あのおっさんが大詠師派のトップなのか?」
「ええ。彼がモースです」
「なかなか、腹の底を見せない人物でしたね」

 ジェイドが眼鏡を押し上げ、面白そうに微笑を浮かべる。

「腹の底が見えないっていうか……なんつぅーか、えらい普通の神官にしか見えなかったんだけどよ。本当にイオンと対抗してる派閥のトップなのか?」
「彼もまた敬虔なスコアの信者であることに違いはありません。ただ、スコアに求める価値観が、僕たちの派閥と異なっているというだけです」
「スコアに求めるもの?」
「そうです。大詠師派は、預言──スコアによって観測された事象と、寸分違わぬ未来の道筋を歩むことを、なによりも重視しています」

 全てがスコアに定められるままに、か。

「イオンは違うのか?」
「スコアは人間が幸せになるために用いられる、数ある手段のうちのひとつに過ぎない。僕はそう考えています」

 ふむ。なるほどね。なんで二つの派閥が反発しあってるのかわからなかったが、教義の解釈上の相違ってやつなのか。スコアを絶対視する派閥と、手段の一つと割り切っている派閥か。

 ん? そう考えると、なんか一つの可能性が思い浮かぶような……

「ルーク、なにしてんだ? 中に入れるらしいぞ」
「あ、ああ……わかった」

 一瞬なにか重要そうな考えが思い浮かびかけたが、今は伯父さんとの面会の方が重要だよな。俺はすぱっと頭を切り換えると、思い浮かびかけた可能性をそれ以上深く考えることなく、謁見の間に足を踏み入れた。




             * * *




 謁見の間に踏み込むと、玉座に腰掛ける伯父さんが俺たちに視線を巡らした。

「話はゴールドバーグから聞いている。おお、ルークではないか。こうして話すのは、久しくなかったことのように感じるぞ。よくマルクトから無事に戻ってくれた」
「心配お掛けして申し訳ございません、伯父上」
「おお、そのように堅苦しく身構える必要はないぞ。いつものように、伯父さん、と呼ぶがいい。余はまったく気にせんぞ」

 伯父さんが許可してくれてるのはわかるんだけど、両脇に控える高官の一人がものすごい視線を俺に向けてきているのを感じる。うーん。どうしたもんか。

「えーと、一先ずそういった話は、帝国からの案件を済ませてからということで、よろしいでしょうか?」
「そうか? お前がそういうなら、仕方がない。するとお前の横にいるのが……?」
「ローレライ教団の導師イオンと、マルクト軍のジェイドです」

 俺が少し後ろに引いて、イオンとジェイドが前に出られるようにする。

「ご無沙汰しております陛下。イオンにございます」
「導師イオン。久しいな。モースが行方不明と心配していたぞ」
「陛下にもご心配お掛けしたようで、申し訳ございません。こちらがピオニー九世陛下の名代、ジェイド・カーティス大佐です」
「御前を失礼致します。我が君主より、偉大なるインゴベルト六世陛下に親書を預かって参りました」

 ジェイドの捧げた親書を、高官の一人がひったくる様にして受け取る。どうもあんまり穏健な態度であるとは言えない。これは、少し言っておいた方がいいかね?

「伯父上、俺はこの目でマルクトを見てきました。首都には近づけませんでしたが、それでもエンゲーブやセントビナーなどと言った国境沿いの村落は、平和そのものと言った様子でした。マルクトに、自発的な開戦の意志はないものと思われます」

 俺の少し差し出がましい進言にも、伯父さんは頷きを返してくれる。

「ルーク、わかっている。こうして親書が届けられたのだ、余とてそれを無視はせぬ。皆の者、長旅ご苦労であった。まずはゆっくりと旅の疲れを癒されよ」

 伯父さんの言葉に、ともかく和平の意志は伝えられたようだ。一同を安堵が包み込む。

「使者の方々のお部屋を城内にご用意しています。よろしければご案内しますが……」
「もしもよければ、僕はルークのお屋敷を拝見したいです」

 イオンの言葉に、俺も軽く頷いてやる。
 あれだけ長い間一緒に旅してきたんだ。ここで別れるのもちょっと名残惜しいしな。

「ではご用がお済みでしたら城へいらして下さい」


 高官の言葉に、退室ムードが漂い始める。
 そのとき、伯父さんが少し顔を暗くして、俺にその言葉を告げた。


「ルークよ。我が妹シュザンヌが病に倒れた」
「おふくろがっ!? マジかよ、伯父さん!? ど、どういうことだよ。容態とか、わかるのか!?」

 動揺しまくったせいか、言葉を取り繕ってるような余裕がなくなっちまう。俺の擬態した姿しか知らない高官の一人が驚いた様な視線を寄こすが、知ったことか。

「落ち着けルーク。医官の話によれば、幸い大事に至る様子はないとのことだ。余の名代としてナタリアを見舞いにやっている。よろしく頼むぞ」
「わ、わかったぜ。教えてくれてありがとな、伯父さん」
「うむ。いつでも来るがいい。〝私〟は歓迎しよう」

 こうして面会は終了した。

 伯父さんの話を聞いた俺は居ても立っても居られなくなって、城から駆け出す。皆も俺になにか言うでもなく、俺の後を追ってくれた。すまないとは思うが、今は皆のこと考えてる様な余裕がない。



 王城と同じ階層にある、一際でかい屋敷の門を潜る。
 門番してた白光騎士団の一人が、俺の顔を見て驚いた様に慌てて姿勢を正す。

「る、ルーク様っ! お帰りなさいませ」
「おうっ! 今帰ったぜ!」

 言葉少なに応じて、俺は屋敷の中に駆け込んだ。
 玄関から入ってすぐのところで、セシル少将と話し込んでいる親父の姿を発見。

「オヤジ! 今帰ったぜ! おふくろの容態はどうなんだ?」
「少しは落ち着かんか、バカ息子!  陛下に聞かなかったか? 大事はない。本当だ」
「──そっか」

 オヤジから直接聞けたことで、とりあえず俺も落ち着きを取り戻す。本当に大したことなさそうだ。これが危険な状態だったりしたら、オヤジもこんなに落ち着いてはいられないだろうしな。

「ともかく、報告はセシル少将から受けた。随分と大変な目にあってきた様だが……結局、その壊滅的なまでに軽佻浮薄な性格に改善は見られないようだな。まったくもって、嘆かわしいことだ。一体私達のどこに似たのだか」
「へっ……そいつは俺にもどうしょうもない。一度鏡を見てみることを薦めるぜ。そこにはきっと、俺の原型、さらに言えばダークサイドの提供者がハゲ面さらして嘆いてると思うぞ? 主に生きてることとか。カツラでも買えば?」

 俺とオヤジの視線が交錯する。

『はっはっはっはっは』

 まったく笑っていない互いの瞳を見つめ合い、俺とオヤジは引きつった高笑いをあげた。

「……えーと、旦那さま。親子の触れ合いはそのくらいで……」
「うむ。そうだな。ガイもご苦労だった」
「……はっ」

 ガイにねぎらいの言葉を掛けたオヤジが、続いて俺の方を見やる。なにかを躊躇うように口を開いては、閉じるを繰り返している。

 怪訝に思いながら、俺はオヤジを睨む。

「あんだよ?」
「まあ、なんだ……無事でなによりだ、ルーク」

 俺は一瞬呆気にとられて、オヤジを見返した。オヤジはそれに照れたように顔を背けている。

「へへっ……まあ、オヤジも元気そうで、なによりだぜ」

 オヤジのらしくない労りの言葉に苦笑を浮かべながら、俺もそう言っていた。

 なんとも俺らみたいな親子らしくない空気がその場を満たし始めたとき、追いついてきた面々が次々と屋敷の中に姿を見せ始めた。

 それに気付いたオヤジが、公人としての顔になって口を開く。

「使者の方々もご一緒か。お疲れでしょう。どうかごゆるりと」
「ありがとうございます」

 そこまで言ったところで、誰かを探す様にオヤジは視線を巡らせた。

「ところでルーク、ヴァン謡将は?」
「師匠? ケセドニアで分かれたよ。後から船で来るって……」
「ファブレ公爵……。私は港に……」
「うむ。ヴァンのことは任せた。私は登城する」

 それを聞き終えるや否や、オヤジは目つきも鋭く、セシル少将に指示を与えた。

 ……いったいなんだ? オヤジ、妙にピリピリした空気を振りまいてやがるが。

 少し皆から遅れて登場したティアが、屋敷の中に足を踏み入れた。

「む? キミは……キミのおかげでルークが吹き飛ばされたのだったな」
「……ご迷惑をおかけしました」

 素直に頭を下げるティアに、親父は尚も厳しい視線を向ける。

「ヴァンの妹だと聞いているが」
「はい」
「ヴァンを暗殺するつもりだったと報告を受けているが。本当はヴァンと共謀していたのではあるまいな?」

 そこで初めてティアが顔を上げる。

「共謀? 意味がわかりませんが……」
「まあよかろう。行くぞ、セシル少将」

 あまり家では見せることのない威圧的な空気を振りまきながら、親父は去って行った。

「なんか変だったな……旦那様」
「確かにな。ヴァン師匠がどうしたんだ……?」

 共謀ってどういうことだ? 俺たちは首を捻ったが、やはりよくわからなかった。

「私はここで……」

 ティアがどこか居心地悪そうに身を捩る。親父のさっきの対応のせいか、ティアに周囲から使用人たちの無遠慮な視線が降り注いでいる。まあ、屋敷を襲撃したのは事実だし、そんな奴が平然と門を通って、再び訪れたらこうなるのもしょうがないか。

 しかし、事の原因だったとしても、俺が世話になった事実は変わらない。

「別にそんな急ぐ必要もないんじゃねぇの? イオンも屋敷を見ていくみたいだし、もうちょっと付き合えよ。ティアには随分と世話になったことだし、ちゃんともてなすぜ」

 俺は使用人どもを睥睨しながら、こいつは客だと訴える。するとさっきまで敵意の籠もっていた視線が、かなり和らぐのがわかる。

「でも私は……」

 尚もなにか言いかけるティアに向けて、ガイが視線も鋭く言葉を投げ掛ける。

「どうせなら奥様にも謝っていけよ。奥様が倒れたのは、多分ルークがいなくなったせいだぜ」
「……そうね。そうする」

 少し俺の望んだ形とは違ったが、ティアももう少し付き合うことになった。

 しかし皆ともさよならか。ティアが話題を出したことで、ようやく別れの時が来たことを実感する。

 なんともいろいろなことがあったが、そう悪くない旅路だったよなぁ……。

 少し感慨深くなって、俺はこれまでの道中を思い起こした。

「さて、それじゃ奥さまの所に向かおうか」
「あ、ちょっと待ってくれ」

 促すガイに背を向けて、玄関先に佇むメイド連中にミュウと仔ライガ二匹を預け渡す。

「お前ら、こいつらちょっと頼むわ」

 まだ具合が悪いだろうおふくろを気づかって、俺は小動物二匹をメイドたちに預け渡した。小さいとは言え魔物の一種にメイド達は少し怯えた様子だったが、二匹の愛らしい容姿を目にすると、すぐに歓声を上げ始めた。ちょっと尋常じゃないぐらいに二匹が揉みくちゃにされているが……まあ、あいつらなら大丈夫だろうと思っておく。

 ともあれ、俺たちはまずはおふくろの下へ向かうことになった。


 そのまま玄関から応接間へ入った瞬間、眼にも鮮やかな金髪が俺の視界に飛び込んだ。


 柔らかいそうな金髪が、ふわりと空気に揺れる。
 彼女は俺の姿を目に留めると、その碧眼を瞬かせながら、口を開いた。

「ルーク!」
「げっ……な、ナタリアか」

 伯父さんに言われた、こいつを名代として派遣したって言葉をうっかり忘れてた。まずい、なんの対策も立ててない状態で、会っちまったよ。ど、どうする。

「まあなんですの、その態度は! 私がどんなに心配していたか……」
「いや、まあ、ナタリア様……ルーク様は照れてるんですよ」

 ナイスだ、ガイっ! 親友のフォローに称賛を送る俺だったが、ナタリアは止まらない。

「ガイ! あなたもあなたですわ! ルークを探しに行く前に私の所へ寄るよう伝えていたでしょう? どうして黙って行ったのです」
「俺みたいな使用人が城に行ける訳ないでしょう!」

 怒りの矛先が変わっただけだったけど、それでも俺に被害がないから良いことだ。

 頑張れ、ガイ。負けるな、ガイ。俺は心の中で声援を飛ばす。

 丁寧な口調ながらも威圧感を放ちながら、ナタリアがさらに詰め寄ろうとした瞬間、ガイが大きく後退る。それにナタリアがいつものように軟弱だと訴えて、ガイが悲鳴を上げる。

 毎度毎度の光景に、俺は引きつった笑みを浮かべる。さすがのガイもナタリアには形無しだ。ほんと、ある意味最強だよな、こいつは。

 しかし、このまま放っておいてもいいのだが、さすがに俺を庇おうとした相手を見捨てることもできんよなぁ。

 俺は頃合いを見計らって、二人の間に割って入った。

「まあ、アレだ。そう言ってやんなよ。ガイにも立場ってもんがあるしな」
「わかってますわよ! ただ、私は使用人としての心構えを……」
「だぁーわかってるよ! とりあえず、アレだ」

 尚も言い募るナタリアの言葉を遮って、俺はその言葉を告げる。

「ただいまだ、ナタリア」
「……ええ。お帰りなさい、ルーク」

 満面の笑みを浮かべて、ナタリアも言葉を返してくれた。その笑顔はやっぱ綺麗で、こいつは美人なんだと改めて思う。

 それでも、俺はこいつを前にすると、一歩引いてしまう自分を感じる。

 別にこいつが嫌いというわけじゃない。ただ、こいつは昔の俺を中心に、今の俺を見ている。ふとした拍子に、それがわかっちまう。

 なんというか……複雑な心境なんだよ。ほんと。

「それにしても大変ですわね。ヴァン謡将……」
「師匠がどうかしたのかよ?」

 突然の話題に、俺は思わず尋ねる。さっきも親父が師匠について聞いてきたが、なんかあるのか?

「あら、お父様から聞いていらっしゃらないの? あなたの今回の出奔はヴァン謡将が仕組んだものと疑われているの」
「はぁ? そりゃまた随分と……穿った考え方だな」

 あれが完全な事故だったってのは、現場に居たやつらには十分理解できたと思うんだが……あ。それでも現場に居たのは、まさに疑われている張本人の師匠と、言い方は悪いが、一使用人に過ぎないガイとペールの二人でしかない。そんな証言は、信用できないってことか? 

「それで私と共謀だと……」

 自分が大きく関わっている話題に入ったせいか、ティアが深刻そうに目を綴じる。

「あら……そちらの方は……?」

 そこで初めてティアの存在に気付いたのか、ナタリアが顎に手を添えて、首を傾げる。続いて、突然なにかに思い至ってか、衝撃に目を見開く。

「──はっ!? まさかルーク! 使用人に手をつけたのではありませんわよね!」

 一瞬、時が止まった。

「な、なななな、なにを言いやがるかなぁお前は!? て、手なんか出すかぁ!!」
「そ、そそ、そうです違います! えっと違うの! だって違うもの! だから違うわ!」

 二人揃って動揺しまくる俺たちに、ナタリアの視線が猫のように鋭くなる。

「あ・や・し・い・ですわ」
「そ、そもそもだ! こいつは使用人じゃねーの! ただの師匠の妹だ。師匠のい・も・う・と! 手なんか出してない! つぅーか出せるか! 全部お前の勘違い! わかったか!?」
「……ああ。あなたが今回の騒動の張本人の……ティアさんでしたかしら? た・だ・の・師匠の妹さんですか。わかりましたわ」

 妙にただの部分を強調、ナタリアはわかったと言いながらも、ティアに疑わしげな視線を送り続ける。

「……」

 それになぜかティアの方も黙り込む。時折俺の顔を伺うように、ちらちら視線を送ってくる。

 え、俺、なにか間違ったこと言いました? というか、なんで二人とも、俺を見んのよ? ど、どうする俺。いったいなにを期待されてるんだ!?

「そ、そんなことよりだ! 師匠はどうなっちまうんだ!?」

 思いっきり話題をもとに戻しました。

 後ろで面白がっていたジェイドに向けて、必死に目配せを送る。すると大佐はしょうがないと言った感じで肩を竦めながらも、その口を開いてくれた。

「ともあれ、姫の話が本当なら、バチカルに到着次第捉えられ、最悪処刑ということもあるのでは?」
「はぅあ! イオン様! 総長が大変ですよ!」
「そうですね。至急ダアトから抗議しましょう」

 って、流れで振った話題の割には、かなり深刻な状況だってのがわかったな。

「なあ、ナタリア。師匠は関係ないんだ。これは絶対確かだぜ。伯父さんに取りなしてくれねぇか?」
「……わかりましたわ。ルークの頼みですもの。その代わり」

 そこで言葉を切ると、ナタリアは頬を紅く染め、両手を顔の前に添えた。

「あの約束……早く思い出して下さいませね」

 約束。

 これもまた、俺が、どうにもナタリアに踏み込んで行けない要因の一つだ。

「ガキの頃のプロポーズの言葉か……どうだろうな。昔のことは、ほんと何一つ思い出せねぇままだからなぁ……」
「記憶障害のことはわかっています。でも最初に思い出す言葉があの約束だと運命的でしょう」

 運命的……か。確かに、言いたいことはわかる。

 それでも、俺としては、複雑な気分だ。

 ナタリアが今の俺ではなく、昔の俺を求めていることが、わかっちまう。俺みたいな奴が誰かに好かれてるだけでも贅沢だってのは、十分わかってるつもりだが……それでも、なかなか割り切れないもんだ。

「約束はともかく、師匠のとりなし、頼んだぜ」
「もう……意地悪ですわね。でも、わかりましたわ」

 ぎこちない表情を悟らせないように、必死に顔を笑みの形に整え、俺はもう一度頼んだ。

「本当に頼んだぜ。それじゃ、またな、ナタリア」
「ええ、さようなら、ルーク。それと、使節の皆様」

 律儀に全員に挨拶すると、ナタリアは去って行った。

「……ナタリア様って綺麗な人。可愛いドレスも似合うし……やっぱり……」

 ティアがナタリアの去っていた方向を見据えたまま、なにやらつぶやいている。

「まあ、整った容姿してるのは認めるけどよ……ってか、ティアはああいうドレスが好みなのか? ちょっと意外だな」

 なんとなく声を掛けると、俺に聞かれていたことがよっぽど意外だったのが、ティアは激しく動揺する。

「そ、そんなことないわ。そ、それより、早く奥さまのところに向かいましょう。きっと心配していらっしゃるわ」
「あ、ああ。まあ、確かにそだな。行くか」

 すごい必死に言い縋るティアの剣幕に押されて、なんとなくそれ以上尋ねることができなかった。最近、ティアの考えがよく理解できん。そんなに好みの服を知られることが嫌なのか? むしろ俺が嫌なの……

 これ以上考えるとろくでもない結論が出そうなので、思考を放棄する。
 まあ、なんにせよ、女心は俺には理解できませんね……。
 馴れ親しんだ屋敷の廊下を歩きながら、俺は軽くため息をついた。




             * * *




 寝室で横になっていたおふくろは、少し顔色が悪そうだったが、しかしそれだけだった。実際会うまで心配だったが、この分なら親父の言ってた通り、大したことはなさそうだ。

「おお、ルーク! 本当にルークなのね……。母は心配しておりました。おまえがまたよからぬ輩にさらわれたのではないかと……」

 いつものごとく少し大げさなおふくろの言葉に、俺は苦笑を浮かべながら宥める。

「大丈夫だって。こうして帰ってきたんだし、泣くなよ、おふくろ」

 目元を拭うおふくろの様子に、ティアが顔を強張らせ、少し堅い表現で謝罪する。

「奥様、お許し下さい。私が場所柄もわきまえず我が兄を討ち倒さんとしたため、ご子息を巻き込んでしまいました」
「……あなたがヴァンの妹というティアさん?」
「はい」
「……そう。では今回のことはルークの命を狙ったよからぬ者の仕業ではなかったのですね」
「ローレライとユリアにかけて違うと断言します」

 胸の前で、ローレライ教団の聖印を切る。

「ありがとう。でもティアさん。何があったか私にはわかりませんがあなたも実の兄を討とうなどと考えるのはおやめなさい。血縁同士戦うのは……とても悲しいことです」

 事情を知らないながらも、いや知らないからこそ、本当に真っ直ぐなおふくろの言葉に、ティアは一瞬顔を苦しげに歪めると、最大限の言葉を返す。

「お言葉……ありがたく承りました」
「ルーク。おまえが戻ってきてくれたんですもの。私は大丈夫。皆に顔を見せていらっしゃい」
「わかった。……おふくろも、もうちょっと安静にしてろよ」
「はいはい。わかっています。親子そろって、心配性ですね」
「……親父と一緒にするのは勘弁してくれ」
「はいはい。わかっていますよ」

 すべてを見透かすように、おふくろは鉄壁の微笑みを浮かべている

 ……やっぱりおふくろには勝てんね。それ以上の訂正を諦め、俺達はその場を後にした。


 その後もラムダスやペール、屋敷のメイドや執事連中に挨拶して回るうちに、いつのまにか外では日が暮れていた。


「じゃあ俺行くわ。お前の捜索を、俺みたいな使用人風情に任されたって白光騎士団の方々がご立腹でな。報告がてらゴマでもすってくるよ」

 ガイがそう切り出したのを機に、皆が一斉に別れの言葉を告げる。

「僕たちもそろそろ、おいとましますね。ルーク、これまで本当にありがとうございました」
「あなたという人間は、なかなか興味深かったですよ。陛下への仲介、感謝します」
「ルーク様。結構楽しかったですよ。イオン様と仲よくしてくれて、ありがとうございました♪」

 皆の言葉に、俺も笑って別れを告げる。

「そっか。いろいろ厄介事ばっかの道中だったけどよ。まあ、そんなに悪い旅でもなかったぜ。いつかまた、会えるといいな」

 それに、全員が頷きを返してくれた。湿っぽい別れは嫌いだし、こんな別れがあってもいいよな。

「──じゃあな」

 そして、俺と皆は別れを告げた。

 そんな風にイオン達が去って行った後、一人タイミングを逃したのか、未だ部屋に残っているティアに、俺はなんとなく視線を向ける。すると、彼女が少し慌てたように口を開く。

「わ、私もモース様に報告があるから、そろそろ行くわ」
「あ……ああ……そっか。わかった」

 なんというか、ティアに掛ける言葉が、どうも見つからない。
 思えば、こいつが屋敷を襲撃したことが全ての始まりだったわけだ。

「優しいお母様ね。大切にしなさい」
「へへっ。おまえに言われるまでもねぇよ。おふくろは、家じゃ最強だからな」
「ふふ……そうなの」

 最初の頃を考えると、ティアとこうして笑いあうような関係になれるなんて思ってもみなかったよな。

「……」
「……」

 なんとなく、沈黙が部屋に続く。それは別に、居心地の悪い類のものではなかった。

「それじゃ……そろそろ行くわね」
「あ、ちょっと待てよ」

 扉に近づいたティアに、俺は言い忘れていたことを思い出す。

「……何?」
「あんま気にすんなよ。おふくろが倒れたのは、元から身体が弱いだけだからさ」

 だから気にするな、と俺はひらひら手を振って、なるべく軽く聞こえるように告げた。

 一瞬ティアは目を見開いたかと思えば、すぐに顔を背け、こちらに背を向ける。

「……ありがとう、ルーク」
「こっちこそ……ありがとな、ティア」

 背中越しに言葉を交わし合い、それでも確かな繋がりを感じながら、こうして俺と彼女は別れた。


 かくして、俺はバチカルの屋敷へと帰り着き、本当の意味での帰還を果たした。

 振り返ってみれば、いろいろとあった事は確かだが、それでも悪くない旅だった。

 これで王都の外へ出る機会は当分ないだろうと、このときの俺は思っていた。


 翌日、その考えは完全に裏切られる事になる。


 和平締結の条件として掲げられた、障気に見舞われる街、アクゼリュスへの救援要請。その親善大使に、俺は任命された。この旅には、昨日別れを告げたはずのジェイドやティア、そしてガイや師匠までもが同行するという。

 戸惑う俺に、親父や伯父さん、城の高官達、誰もが告げる。

 全ては、スコアに詠まれていたことだと───

 英雄となれ、ルーク。

 師匠に船上でかけられた言葉が、蘇る。

 あかされた事実に、なぜか俺は──吐き気が、こみ上げた。




 確定された世界の流れは、どこまでも残酷に、人の意志を押し潰す。

 観測されし崩壊の時は、近い───




  1. 2005/09/29(木) 18:00:44|
  2. 【家族ジャングル】  第三章
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