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──A.L.M──

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第2話 「身を委ねるは停滞に至る道」





                 【1】




「……しかし、考えてみれば不思議なもんだよな」
「いきなりなんだ、ルーク?」

 俺の唐突なつぶやきに、となりを歩くガイが怪訝そうに首を傾げた。特に聞かせるつもりのなかった言葉だけに、俺は改めて自分が何を言いたいのか、頭の中で整理しながら口を開く。

「いや、何つーかさ。創世歴時代のもんって、一種独特の空気があるよなぁって感心してた」
「ああ、そういうことか。確かに当時の技術は凄いもんがあるからな。魔界で障気の浸透にすら耐えきってたユリアシティなんかは、その筆頭だろうな」

 魔界に存在する唯一の都市、ユリアシティ。なんでも当時の最新技術を駆使して造られたとかいう話しだ。あそこまで行くと、もう俺なんかの理解を遥かに越えた所にあるね。

 ぼんやりと、障気の海に浮かぶ都市の姿を思い返しながら、地に向けて深く伸びる回廊を進む。


 ここはアブソーブゲート。セフィロトの帰結点にして、音素の帰る地。


 ユリアシティでローレライの鍵を分析した後、俺たちはそのままゲートへ向かった。下手に間を開けることで、ヴァン達に対応の機械を与えたくないって理由もあったが、何よりも彼女の決断に迷いが生じない内に、行動する必要があると判断したからだ。

 たとえこの先に居るのが、彼女の肉親であったとしても。

 ふとした拍子で、どこまでも沈み込んで行きそうになる気持ちを無理やり押さえつけ、前を行くナタリアに視線を移す。彼女の様子から、思い悩んでいるような様子は見えない。内心でどう考えてるかまではわからないが、少なくとも態度には現れていない。

「………はぁ」
「な、なんだぁ? 今度は溜め息なんかついて」
「……いやさ。なんかもう、最近考えることが多すぎるなぁって思ってさ」
「まあ、な」

 ガイも苦笑混じりに同意する。

 チラリと視線を上げ、俺たちは先を行くナタリアの様子を見やる。

 彼女は落ち着いた様子で、やはり冷静に足を進めていた。隣を歩くティアと、なにやら言葉を交わしているようだが、その内容までは聞こえて来ない。

 ユリアシティで、二人が何か話していたらしいことは知っている。何を話したかまではわからないが、あの二人の様子を見る限り、ティアとの会話を切っ掛けに、ナタリアの覚悟は決まったんだろうな。

「強いよな。ナタリアは」
「……ああ。本当にな」

 どこか眩しいものを見るように、俺たちは目を細めた。

「しかし、ガイ。お前はヴァンのやつの狙いとか、検討つくか?」

 ヴァンが目指すものが何のか、いまだにわからないのが現状だ。パッセージリングの破壊や、ローレライの消滅、障気の復活、第八奏器の創造。これまで幾つかの情報が判明してきたが、それらもほとんどが手段にすぎず、最終的にヴァンが何をやりたいのかが、さっぱりだった。

 そもそも、現状からして何が起こっているのか、曖昧な部分が多い。

 浮上したエルドラントで、ヴァンは世界中から掻き集めた障気──第八音素を凝縮して、なにやら危険なことをしているようだ。今もエルドラントの中枢で膨張を続ける第八音素の集積体が、このまま成長を続ければ、いずれオールドラントそのものが飲み込まれるらしい。

 国際会議で解説されたジェイドの分析も、そこで終わっている。

 第八音素の集積体に世界が飲み込まれた先で、何が起こるのというのか? 世界がとんでもないことになるのはわかるが、具体的にどうなるかはわからなかった。

「単に世界を滅ぼしたいってのとも、何か違う気がするんだよな……」

 ───ただ復讐に狂うことができれば、まだ私は救われただろうな。

 アブソーブゲートで交わした会話の断片。これまではさして気に留めていなかったが、思えばヴァンは最初から、この世界に存在する何か絶対的な存在に抗おうとしていた。

「そうだな。ヴァンは昔から思い詰めるタイプだったが……」

 ガイが難しい表情になって顎先を撫でる。

「そんなあいつがあそこまで過激な行動を取ってきたんだ。最終的な目的も、世界の枠組みそのものに手を掛けるような、何かとんでもないものだろうな」
「世界の枠組みそのものに、か」

 脳裏に過るのは、聖堂で最期に残されたモースの言葉。
 世界に破滅をもたらすもの。障気。第八音素集合意識体──オブリガード。

 ……やっぱり、よくわからねぇよな。

 はぁ。揃って溜め息をついたところで、背後から呆れたような声がかかる。

「二人とも随分と余裕ですねぇ」
「ん、ジェイドか」
「まあ、あんたも余裕そうだけどな」

 むしろ俺らなんか比べ物にならないね。いつものごとく、飄々とした様子で佇むジェイドを半眼で見やる。向けられる視線に、ジェイドはひょいとメガネを押し上げながら、そうでもないですよと、まったく信用のおけない言葉を返してきた。

 ……まあ、ジェイドのペースに付き合ってたら、いつまで経っても埒が明かないよな。

「ジェイドはさ。ヴァンのやつが最終的に何を狙ってるのかとか、推測できてるのか?」
「……どうでしょうね。彼らの目的を理解するには、まだまだ情報が足らない」
「そっか」

 ただ、とそこで言葉を切って、ジェイドは顔を上げる。

「この先で待ち構えている者から、何がしかの情報を得ることは、確実にできるでしょうね」
「…………」


 深く、地の底へと続く回廊。
 闇に覆われた深淵に向けて、俺たちは進む。




                  【2】




 ゲートに流れ込む音素が、絶えることなく淡い光を放つ。どこか幻想的な光に彩られた場所の中心で、男は戦場の気配をその身にまといながら、一人佇んでいた。

「やはり、お前たちが来たか」

 具足が床を叩く、重厚な音が響き渡る。漆黒の大鎧が音素の光に照らし出された。甲冑に覆われた眼窩に浮かぶ表情は、獰猛な獣の笑み。

「ダアトでの忠告は無駄に終わったようだな」

 せっかく拾った生命を無駄に散らしに来るとは、酔狂なことだ。

 真紅の槍を片手に握り、静かに佇む男──黒獅子ラルゴは俺たちを一瞥した。向けられる視線に込められた苛烈なまでの闘気が、俺達の全身を貫く。

「まあいい。死にたいと言うなら、我が手で刈り取ってやるまでだ」
「──その前に一つ答えなさい、ラルゴ」

 槍を構えようとしていたラルゴの動きが止まった。

「お前は……お前は、なぜ、六神将に入ったのです?」 

 ナタリアの問いに、ラルゴは感情の伺えない瞳で彼女を見やる。

「……そんなことを俺に聞いてどうする?」
「私には知る権利があります! 答えなさい──バダック!」

「──────」

 告げられた名に、ラルゴ──いや、バダックは沈黙した。
 周囲に放射されていた圧迫感が消え失せる。
 残されたのは、ぽっかりと穴が空いたように、虚無的な静寂に包まれた場。

「……そうか。知ったのか」

 ゲートに流れ込む音素の光を見上げながら、ラルゴは小さく声を漏らした。

「ならば、答えるべきなのだろうな。だが、つまらん話だ」

 この世界にありふれた、ひどくつまらない話だ。目を細め、過ぎ去った日々の記憶に思いを馳せるように、ラルゴは口を開く。

「妻──シルヴィアは、バチカルで見る夕陽が好きだった。
 いやな予感ってのはあるもんだな。あの日、俺が家に帰ると、既にシルヴィアの姿はなかった。家の中に夕陽が差し込んで、そりゃ紅くてな……。俺は必死になって町中を探したよ。
 だがな、結局街でシルヴィアは、見つからなかった」

 先に続く言葉が何なのか。既に予測はつく。それを理解しながら、ナタリアは問い掛ける。

「シルヴィアさんは、どうなりましたの……?」
「既に息絶え、港に浮かんでいる所を発見したよ」

「───」

 言葉を無くすナタリアを見据え、ラルゴは淡々と続ける。ぞっとするほど感情の抜け落ちた視線が、俺たちを見据える。

「シルヴィアは、自らの生んだ赤子を奪われた末、錯乱して自害したのだ」
「……っ……自害……」
「シルヴィアは身体が弱かった。だがスコアラーは、二人の間に必ず子供が生まれる──いや、生まねばならぬと言っていた。それが、あの結果を導く為だと知って、俺はバチカルを捨てた。そして砂漠での放浪の末、総長に……ヴァンに拾われたのだ」

 僅かに顔を俯け、沸き上がる憤りを押さえつけるように、ラルゴは拳を握る。

「ヴァンは俺に告げた。この世界を支配する絶対の法則を。俺の感じた怒りも、哀しみも、喜悦も……全ては、これまで何度となく繰り返された歴史をなぞったものに過ぎないと」

 再び顔を上げたラルゴの双眸に映るのは──何よりも深い憎悪の焔。

「この世界は停滞しているのだ。障気という名の破滅を内包したこの世界は、滅亡に瀕するたびに何度でも繰り返される。すべては創世歴時代に生み出された、忌まわしき観測者……ローレライの手の内に過ぎない」
「繰り返されている……?」

「そうだ。かつて、世界を滅亡寸前に追いやった希代の化け物──第八音素の集合意識体、オブリガードが世界に出現した原初の時。目前に迫った世界の破滅を回避するべく、第七音素の繰り手──ローレライの使者と呼ばれる存在が死闘の末、オブリガードを地殻に封印した」

 セフィロトの基点に封じられた怪物は深い眠りに突き、ローレライの使者もまた命を落した。残された者たちは怪物の封印を絶対のものとするため、ローレライの使者に予め下されていた指示に従い、大地を二つに分断した。
 魔界と外郭大地。大地をわかつ一つの機構はパッセージリングによって制御され、惑星を循環する音素の流れは無限に等しいフォン・パワーを生み出し、封印を絶対のものとした。
 だが、パッセージリングも人の手によって造られたもの。当然、限界は存在する。

「──そして怪物の封印より二千年後。パッセージリングが耐用年数の限界を向かえたとき、封印は破れる。それは時の経過という絶対に避けようのない封印の限界点。だが、やつらはこの限界を踏み越え、オールドラントの存続を確実なものとするべく、世界に忌まわしき一つの法則を押し付けた」

 握りしめられた拳から鮮血が伝わり、地面に落ちた。

「その押し付けられた法則ってのは……スコアのことか?」
「スコア……確かに、それもこの世界を構成する法則の一つ。だが、それはこの停滞世界が続く内に、後天的に獲得されたものに過ぎない。すべては破滅を回避するという下らぬ大儀によってな!」

 血の滲む拳を振り払い、ラルゴは吐き捨てた。激昂する相手に、ガイが慎重に口を開く。

「破滅を回避……そいつはモースが言っていた、ローレライ教団の介入のことか?」 
「ローレライ教団? はっ! そんなものはただの道化に過ぎない!」

 溢れ出る憤怒の感情に、ゲートに集う音素の流れが激しく揺れ動く。

「パッセージリングの限界が間近に迫った時代、地上におけるローレライの代行者として、完全同位体──ローレライの使者が生まれ落ちる。この完全同位体の手を借りて、ローレライは惑星を覆う音素の層──音符帯へと昇るだろう。
 そしてパッセージリングが限界を向かえ、世界が障気に覆われたとき──やつは力を放つ。それは星の記憶に蓄積されし、創世歴時代の情報の下、発動する力」

「正史に……前史……繰り返される世界……音符帯から放たれる、ローレライの力……?」

 ブツブツと口元で呟いていたジェイドが、突然、愕然と目を見開く。

「──まさかっ!? では記憶粒子が意味するものとは……」
「……気付いたようだな、ネクロマンサー。そう、スコアとは星に蓄積された経験の軌跡」

 ラルゴは憎悪に瞳を燃え上がらせながら、真実を告げる。

「怪物の封印という下らぬ大儀の下、閉じた円環の中、この世界は何度となく繰り返されている。全ては忌まわしきローレライの力。第七音素の最高峰、消滅と再構成を司る力──惑星規模の超振動が、音符帯からオールドラントに放たれることでな!」

『なっ!?』

 驚愕に目を見開く俺たちを前に、ラルゴは沸き上がる激情を無理やり押さえつけるように、声を低いものに変える。

「音符帯へ昇りしローレライは惑星規模の超振動を放つ。そして消滅した世界を、やつは自らの内に蓄積されし、創世歴時代の情報から再構成するだろう。封印の要たる一連の機構もまた再生され、オブリガードの復活は防がれるという訳だ。……確かに、この循環の中を安穏と過ごせば、少なくとも世界は滅びないのだろうよ」

 停滞した世界の中で、怪物は封印されたまま、表面上は穏やかな日々が続いていく。

「だがな! 再び二千年の時が流れ、パッセージリングの限界が訪れる度に、何度でも同じことが繰り返される! 全ては忌まわしき観測者──ローレライの手の内で、この世界は永劫回帰の牢獄に囚われているんだよっ!!」

 これまで耳にした意味の取れぬ言葉の断片。

 あるはずのない未来の記憶。蓄積された経験の軌跡。
 スコア。第七音素。観測者。障気。第八音素。
 永劫回帰の牢獄。繰り返される世界。停滞世界の真実。

 全てが──繋がる。

「だから、兄さんはローレライの力を分断した?」

 可能ならば超振動をもって、ローレライの中枢を消滅させようと、ローレライの完全同位体に近づいた。
 そして、それが不可能だった場合はローレライの力を分断し、完全同位体の器を地殻に沈めた上で、意識の中枢を封じ込めた。
 全ては、音符帯にローレライが昇るような事態が、万が一にも起こらないよう行動した。

「……ヴァンが、ローレライの消滅にあれほど拘ってた理由は、わかった」

 告げられたあまりに衝撃的な真実に、俺は動揺を必死に押し殺しながら、口を開く。

「だが、そうまでして封じられたような化け物を解放して、ヴァンは……あいつはいったい、何をするつもりなんだ?」

 世界を破滅させるような力を解放して、そんなもので何ができる? 困惑するこちらの問い掛けに、ラルゴは鼻を鳴らすことで応じる。

「ふん……ヴァンの目指す創世の刻は、確かに世界に終焉をもたらす。だが破滅を向かえるのは、この腐り切った停滞世界のみの話。これまで何度となく繰り返させられた偽りの生が、ようやく終わり向かえるに過ぎない」
「創世……先程から繰り返されている言葉ですが、それはいったい何を意味しているのです?」

 ジェイドの切り込むような問い掛けに、ラルゴは僅かに瞑目する。

「……俺がヴァンに忠誠を誓う理由は全て語った。もはやこれ以上の言葉は不要。世界の真実を理解しながら、それでも尚、抗うと言うなら、それも良いだろう」

 再び開かれた瞳に浮かぶのは、明確な敵意。

「六神将が一柱、この黒獅子ラルゴが相手になろう」

「ラルゴ……私たちは……」

 苦しげに手を伸ばすナタリアの呼びかけを拒絶するように、ラルゴは槍を構える。

「これで三度目か。もはや後はない。焔よ──俺と結び付きし因果、すべてを焼き尽くせ!!」

 爆発的な勢いで焔が吹き上がる。天を焦がす灼熱の熱波によって、空間そのものが膨張する。

 くっ……結局、こうなるのかよ。戦闘の始まりを告げる熱波の到来に、俺たちも陣形を整える。

「焔とはあらゆるものを燃やし尽くす力だ!」

 打ち震える大気。荒れ狂う焔が槍の尖端に渦を巻く。槍が僅かに後方に引かれたかと思えば、ラルゴが凄まじい勢いで突進する。ラルゴの後方に吹き上がる焔が、突進の勢いそのものを後押ししているのか、超絶的な加速。

 気付けば、目の前にラルゴの巨漢があった。

 これは、まず────

《───炎牙っ!》

 突き上げられた槍の一撃。俺の身体は一瞬で上空に突き飛ばされた。
 身動きできない空中で、俺は必死に体制を整えようと身体を捻じる。
 だがそこに、後を追うように地を蹴ったラルゴの左腕が視界に迫った。

「がぁっ───!?」

 喉笛を掴む左腕の握力に掠れた悲鳴が漏れる。明滅する視界の端、槍を握るラルゴの手に、炎が収束する。

《───爆砕ぃ吼ぉっ!!》

 一瞬の停滞もなく、燃え上がる槍の一撃が放たれた。

 だが、そこに切り込む影。

「───やらせるかっ!」

 ガイの振るった刃が間一髪、突き出された焔の一撃を受け流す。
 逆巻く風が荒れ狂い、尚も天に向けて燃え上がる焔を四方に散らす。
 額の直ぐ脇を掠め飛ぶ焔の衝撃を感じながら、俺は強引にラルゴの手を振り払い間合いを離す。無理な挙動に体制が乱れ、直ぐに反撃には戻れない。

「ガイ、そのまま押さえて下さい」
「わかった!」

 呼びかけに一声で答えながら、ガイは再び刃を翻す。風と焔の相性か、燃え上がる焔を辛うじてガイは受け流している。ラルゴは目の前に立つガイを忌ま忌ましげに見据えながら、背後で詠唱を紡ぐジェイドを睨む。

「ちっ───目障りだっ!」

 片手に握る槍が一閃された。
 放射状に放たれる熱波に───大気そのものが、爆発する。

「な───がぁっ……!」
「くっ───」

 押し寄せる熱波に、ガイの身体は一瞬で撥ね飛ばされた。後方で詠唱を続けていたジェイドの身体を巻き込んで、二人は諸共壁に叩きつけられる。だが、ジェイドの詠唱は止まらない。

「───受けよ、無慈悲なる白銀の抱擁!」

 ジェイドの周囲に展開される譜陣が第四音素の光に染まる。それを見据え、ラルゴは槍を回転させると腰を落とす。

「ふん──雷火に燃え散れっ!」

 ラルゴに握られた槍の尖端──煌々と燃え上がる焔が、矛先で一点に凝縮される。

《───紫光!》

 槍の尖端に火花が散った。発生した紫電の雷光は稲光を響かせながら一瞬で成長する。

《───雷牙閃!!》

 槍の一閃と同時──光が走った。一瞬遅れで、爆雷が轟く。
 同時に、ジェイドの詠唱が完成する。

《───アブソリュート!!》

 展開された譜陣から吹き出す凍気。ビキビキと音を立てながら、凄まじい勢いで氷柱は成長する。

 槍の軌道を突き進む雷火の牙。

 貪欲に成長を続ける氷結の牙。

 対極に位置する力が衝突し──互いに喰らい合う。

 均衡は一瞬。

 巨大な氷柱が呆気なく、解け落ちた。閃光の後を追うようにして爆音が響き渡る。立ち塞がる、ありとあらゆるものを焼き尽くしながら、雷火は生み出されし爆焔の道を突き進む。

 道の終点には、辛うじて身体を起こしたガイとジェイドの姿があった。

『ぐぁあああっ────!!!!!』

『ガイ、ジェイド!』

 絶叫を上げ、全身から煙を立ち上らせながら、今度こそ、二人はその場に倒れ伏した。
 だが、この結果をもたらしたラルゴは、自らの腕を見据え、どこか愉快そうに獰猛な笑みを漏らす。

「……ふっ、ふははっ! なかなかやるな」

 突き出した槍を握る二の腕。突き刺さる一本の矢に視線を移す。
 技が放たれる寸前、ラルゴの腕に突き刺さったこの矢が、二人の生命を救った。

「だが、たとえ治癒術を施したところで、あの二人がこの戦闘に参加することは、もはや不可能」

 顔を蒼白にして、治癒術を二人に掛け始めるティアをラルゴは黙って見送った。

「さて、これで実質的に残ったのは、お前たち二人のみ」

 獰猛な笑みを浮かべながら、ラルゴは厳かに告げる。

「貴様らが総長に打ち勝つ可能性など、万に一つも有り得んことを、この俺が証明してやろう」

 言って、一歩踏み出す。ラルゴの全身から溢れ出る熱気に、二の腕に突き刺さった矢が蒸発する。ドロドロに溶け落ちた床の残骸がセフィロトに流れ落ちた。

「これが、真なる奏器行使者の力だぁっ!!」

 轟っ!!

 ラルゴの身体そのものから、天を突かんばかりに強大な焔が吹き上がった。
 連続して放たれた熱波が同心円状に広がり、世界を侵す。
 漆黒の大鎧が膨大な熱量を前に、白銀色に染まり上がっていた。
 世界を席巻する火焔の渦。
 天に向け突き上げられた槍を中心に、火焔の渦はあたかも火龍のごとく尾を描く。

《───紅蓮!》

 それは、伝承に語られる火龍の息吹。

 世界を焼き尽くした原初の火。

《─────旋・衝・嵐!》

 紅蓮の焔の渦を前に、世界が圧倒されようとした──そのとき。


《がぁあああぁ──────!》

 ローレライの鍵を振り上げ、俺は焔を正面から迎え撃つ。


《───レイディアント・ハウル!!》


 天を貫く光の柱が、真龍の息吹と激突する。

 音の消え失せた世界に、ただ純粋な光だけが踊り狂った。




                  * * *



「はぁはぁはぁ……」

 ローレライの鍵を大地に突き立て、俺は荒い息を尽きながら、全身を襲う苦痛を押し殺し、顔を上げた。
 鍵を握る手から力は抜かない。全身の感覚を研ぎ澄ませたまま、正面を睨み据える。

「くっ…………超振動の、力か」

 熱波に揺らぐ大気の向こうから、苦悶の声が響いた。
 全身を包む大鎧の継ぎ目から白煙が立ち上り、左肩から先の部分は完全に消滅していた。
 紅蓮に染まる槍を地に突き立て、今にも倒れ伏しそうな身体を片手で支えながら、しかし正面に向けられた瞳に浮かぶのは、尚も衰えることのない好戦的な笑み。

「だが……まだまだ、制御が甘いな。俺はこうして、生きているぞ?」
「はっ……ほざけよ。次で、当ててやるさ」

 相手の惨状を揶揄するように、挑発的な笑みを俺も返す。

「ふん。それは……こちらの台詞だな、坊主。触媒武器が、ローレライの意識分体を喰らった事実は、伊達ではないぞ?」

 あながち強がりとも思えない返しに、俺は眉をしかめながら問い返す。

「……どういう、意味だよ?」
「気付かんか? 超振動とは最強の矛にして、絶対の盾となり得る力。だが、俺の焔は押し負けたといえども、坊主に届いているぞ」

 確かに、俺の身体はラルゴほどではないと言っても、押し寄せる焔によってダメージを受けている。超振動はあらゆるものを消滅・再構成させる力だ。何故、攻撃が届いた……?

 眉を寄せる俺に向けて、ラルゴは獰猛な笑みを浮かべながら、手にした槍を掲げ見せた。自然、俺の視線も槍に引き付けられる。そして、気付く。槍から放たれる光。それは超振動が放たれる際放射されるような、淡い真紅の光を湛えていた。

「それは……超振動……?」
「そう。我が焔は、ローレライより簒奪せし焔。やつの構成意識の一つを喰らった力によって構成される。つまり、真なる意味で触媒武器を使いこなした今、我が焔は超振動の特性すらも備え持つ!」

 苦悶の声を紛らせながら、獰猛な笑みを浮かべ、ラルゴは吼える。

「この焔をもってすれば、貴様の内に巣くいし、ローレライの中枢意識体諸共、貴様の存在を焼き尽くし、この世から消し去ることが可能だっ!!」

 あの焔は……まずいな。

 俺は緊張に身体を強張らせる。超振動の特性を備えた焔だ。それは単に超振動を放つよりも、焔という属性が付加されている分、より強力な一撃となってこちらを襲うだろう。

 俺の中にもローレライの本体が居るって話だが、そいつが出てきて力を貸してくれたような覚えは、これまで一度もない。

 あの焔に対抗する術はなんだ?

「さて、構えろ」

 考えろ。どう対抗する。考えろ。

「この一撃で、決めてやる」

 ラルゴの身体そのものから、膨大な焔が吹き上がる。消滅した腕を焔が覆い、擬似的な腕が形成された。感触を確かめるように数度握りしめた後で、ラルゴはゆっくりと構えた槍を天に向けて突き上げる。

 ──不意に、脳裏をいくつもの光景が流れる。

 孤島。闇。吸い込まれる音素の光。
 ローレライ。超振動。第七音素。
 破壊された第一奏器。触媒武器に括られていた意識分体。

 ──解放された意識体は、いったい、何処へ消えた?

 ラルゴの手に存在するは、ローレライの構成意識が括られた触媒武器。だが、音素は同じ属性同士、引かれ合う。ならば、解放された意識体が向かう先は───

「──ティア、第一譜歌の旋律をローレライの鍵に頼む!」

「第一譜歌を……? どうして……──いえ、わかったわ」

 ティアが譜歌を紡ぐ旋律が場に響く。こちらの真意を問い掛けるよりも先に、どうやら行動に移ってくれたようだ。

 ありがとな、ティア。言葉に出さず、胸の内で感謝を告げる。

 本番一発勝負、一世一代の賭けだ。だが、負けるつもりは毛頭ない。

 譜歌の旋律が響く中、俺は焔に向かい立つ。

「──ルーク。あなた一人で全てを決めるのは狡いですわよ」

 正面からラルゴと対峙する俺に向けて、ナタリアがどこか冗談めかした言葉を掛けてきた。

「私も力を貸しますわ」

 堅い決意の浮かんだナタリアの表情に、俺も覚悟を決める。

「なら、ナタリア。俺が前に出た瞬間、ラルゴに向けて矢を放ってくれ。ラルゴに近づくまで、道が居るんだ」
「わかりました。私の出せる最高の一矢をもって、道を切り開くことを約束しますわ」

 強い自負の感じられる言葉に、俺は差し迫った状況を大した事ないとばかりに笑い飛ばす。

「へへっ。交わした約束は絶対に破らないナタリアの言葉だ。安心して突っ込ませて貰うとするよ」
「ふふっ。当然ですわ。任せて下さい」

 互いに笑いあった後、俺は正面に視線を戻す。

 全身から膨大な量の焔を吹き上げながら、火焔の槍を旋回させるラルゴの姿があった。

「───業火に飲まれろ!」

 膨張する焔。火龍が尾を引いてうねりながら天を貫く。放射される熱波に空間が歪む。

《紅蓮───》

 紅蓮の炎をまとう槍。灼熱の息吹がラルゴの動作一つ一つに反応して吹き上がった。
 猛り狂う焔に包まれた空間に、紅蓮の一閃が薙ぎ払われる。

《───旋・衝・嵐!》

 あまりに圧倒的な焔の嵐が──世界を侵す。
 あらゆるものを焼きつくさんと荒れ狂う灼熱の劫火。
 抗うことなど許されない煉獄の焔を前に、しかし俺は躊躇うことなく、正面から全速力で突進する。

 背に立つ仲間が、道を作り出すことを信じて。

《至高なる蒼き一閃───ノーブルロアー!!》

 蒼光をまとう一閃。
 放たれた一矢は押し寄せる焔の壁を貫いた。それはラルゴの身体にまで届くことなく燃え尽きたが、押し開かれた焔の壁に、か細いながらも、確かに一つの道が開かれる。

 驚愕に目を見開くラルゴに向けて、既に前に出ていた俺は、一直線にこの道を突き進む。

「──闇に、斬り裂かれな!」

 鍵に収束する超振動の光。限界を超えて引き出された力は、いつ暴走してもおかしくない。荒れ狂う超振動の力が制御を放れようとした──そのとき。

 譜歌の詠唱が完成した。

 ローレライの鍵が闇色に染まる。譜歌はローレライの力を導く。完全なる制御のもとに、新たな属性を得た超振動の力が、ローレライの鍵に集束される。

《斬魔────》

 集束された光は闇色に染まり、ローレライの鍵を核に、巨大な闇の刃を形成する。

 闇色に染まるローレライの鍵の刀身が、限界を越えた負荷に甲高い音を放ちながら振り抜かれる。

《───飛影斬!》

 全てを喰らい尽くす──闇の斬撃が放たれた。


 交錯する二つの影。


 キィィンッと高音を上げ、火槍が無数の断片に切り裂かれた。
 火槍の破片が淡い光を放ちながら、ローレライの鍵に吸収される。

 全てを見届けると、ラルゴは口端をつり上げ、どこか満足そうに笑った。

「──見事だ」

 そして、血溜まりの中に倒れ伏した。


 ローレライの鍵が紅い輝きを放ち──眩いばかりの光が、俺の視界を塗りつぶす。








                  ───砂漠の獅子王───








 ■■■にとって、過去とは捨て去ったものだ。

 彼はかつて砂漠で傭兵をすることで生計を成り立てていた。若いころはかなりの無茶を重ねたが、彼──かつての名はバダック──にはそうした無茶に耐えるだけの強靱な肉体があった。
 戦術的な指揮に関する天性の才もあったのだろう。いつしか彼はそれなりに名の馳せた傭兵団を率いるまでになっていた。

 だが、無茶を重ねる若さにも、必ず終わりの時は来る。幼いころよりいつも隣に居た、誰よりも愛する人を妻に迎え、子供を授かったころには、すっかり荒事の世界から身を引く決心がついていた。

 身重の妻の身体を気づかって、バダックは一時的に生活に利便性のある王都に移り住むことを決めた。幸いなことに、妻の母親が王宮勤めということもあって、新たな生活への準備はとんとん拍子で進んで行った。移り住んだ王都に腰を落ち着け、いったいどんな子が生まれるのだろうと、期待に胸を膨らませた。

 そして、ついに一人の女の子を授かった。バダックは妻と検討に検討を重ねた結果、選び抜いた名前を自らの娘に付けた。メリルと名付けられた娘は、二人から惜しみなく捧げられる愛情を一身に受けながら、健やかに成長していった。王都での生活はこれといった問題もなく、緩やかに過ぎていった。





 ある日、全ては夢と消えた。





 子供を無くした王妃が心を病んだ結果、せめてもの慰めになればと連れて行ったメリルを、王妃が自らの子供と思い込んでそのまま取り上げのだ。

 バダックはただ権力に屈することなど到底認められなかった。義憤にかられるまま王宮に乗り込み、娘を奪い返そうと考えたとき、ローレライ教団の司祭が突然、我が家を訪れた。

 安心するが良い。あなた達の娘は、王族に迎え入れられることがスコアに詠まれていたのですよ。司祭の告げた言葉に、義母はスコアに詠まれていたならば仕方ないと直ぐに諦めた。

 預言に詠まれていた。その事実は何よりも重くのしかかる。

 預言に詠まれていたならば……仕方ない。仕方ないと……思おう。

 結局、バダックは無理やり折り合いを付ける道を選んだ。この選択には、彼が長年努めていた傭兵家業において、別れとは近しい隣人であったことが大きな影響を与えている。必要なら死すら割り切れる傭兵にとって、生きていることさえわかっていれば、娘との別れとて、ギリギリのラインで耐えられたからだ。

 しかし、それはある種の強者のみが選べる道だった。

 バダックの妻は心優しい人で、家族を愛するという称賛に値する強さを持っていたが──同時にこのような理不尽な突然の別れには、決して耐えられない人だった。

 彼女がローレライ教団の敬虔な信者だったことも影響した。娘を取り戻したい。しかし、これはスコアに詠まれていた事態。決して覆すことは許されない。ああ、でもわが子をこの腕に抱きたい。親にとって当然の欲求は決して納まる様子を見せない。

 心の乱れは、身体に影響を与えて行った。日に日に身体を衰えさせ、心を病んでいく妻を前に、バダックは唇を噛み締め、拳を握り血を滴り落とした。

 なぜ、我ら家族がこのような謂われなき苦難に見舞われなければならないのだ! 始祖ユリアよ、答えよ!! 叫びに、応える声はなかった。





 終わりは唐突に訪れた。





 もはや寝台から起き上がることも少なくなった妻に、せめてもの栄養をつけてもらおうと、バダックは滋養の高い食品を市場で買い込んだ。帰宅途中、港付近に不審な人だかりができているのを横目にしながら、足早に我が家に帰る。

 荒れ果てた室内。散乱する硝子の破片。叩き割られた家族の肖像。開け放たれた扉。

 一瞬呆然と立ち尽くし、彼の愛する人の姿が、この部屋にない事にようやく思い至る。

 はやる気持ちを落ち着かせ、バダックは鳴りやまぬ鼓動とともに家を飛び出す。このとき、既に嫌な予感はしていた。そして、この種の予感が外れたことはなく、それ故にバダックは砂漠の傭兵王として君臨することができた。

 だが、今はその恩恵が何よりも恨めしい。

 港にできた人だかりの群れ。それを割って中に入る。囁かれる言葉が耳に届く。誰かが海に身を投げたそうだ。かわいそうにねぇ。いったい何があったんだろう。どうして誰も止めなかったんだろう。スコアに詠まれていなかったのかねぇ。

 澄み切った蒼い海の中、金髪が波に揺れ動く。弛緩しきった彼女の身体は、既に硬直が始まっているのか、ピクリとも動かない。

 彼女は死んだ。

 バダックは空に向けて吼えた。立ちはだかる野次馬の群れを強引に投げ飛ばし、誰よりも愛する人の亡骸を腕に抱き、引き上げる。陶磁器のような白い肌は温かみを失い、どこか畏怖を孕んだ美しさを放っていた。噛み締めた唇から流れ落ちる鮮血を感じながら、バダックはもはや生気の失せた彼女と最後の口づけを交わした。

 冷たい唇は、ひどく濃密な、死の味がした。





 腐っている。





 バダックは妻の墓標を前に、拳を握りしめる。滴り落ちる血が地面を濡らす。心の中で渦巻く憎悪が吹き出す先を求めて荒れ狂う。

 俺たちが何をした!? バダックは世界を呪った。家族と引き離されることに耐えられなかった、心の弱さが悪いというのか? そんなバカな! 家族を愛するな、忘れろなどと、どうして言えようか? 間違っているのは俺たちではなく、この世界そのものだっ!

 スコアを信仰することは、その先に続く未来に希望があると信じればこそだ。祈りを捧げる先に救いがもたらされると信じるからこそ、誰もがスコアに詠まれた未来を受け止めるのだ。

 だが、今の自分はどうだ? スコアに詠まれるまま我が子を引き離された結果として、妻の心は衰え、崩壊した世界は死を選ばせた。義母は全ての結果にただ畏れ戦き、娘の葬式にすら出ようとしなかった。そんな義母に対して覚えるのは哀れみだった。

 憎悪の向かうべき対象はスコアに支配されたこの世界そのものだった。

 だが、この世界でスコアに憎しみを抱いた先にあるものは、絶望だった。誰もが盲目的にスコアを信仰し、その存在を疑おうとすら思わない。





 バダックは世界に絶望し、砂漠へと帰った。





 無為な戦いの先に果てるのが自分には相応しいと思いながら、どのような相手だろうと構うことなく雇われて、次々と戦いに身を投じていった。かつて誰よりも盗賊に畏れられた男は、いつしかごろつき共の頂点に立っていた。敵味方構わず立ちふさがるものは全て皆殺しにするバダックは、仲間内からも畏れられ、誰も近づこうとはしなかった。

 酒を浴びるように飲み、ただ世界への憎悪を戦に身を投じることで紛らわし、一切の過去と決別した悪徳の日々は続いた。

 だが、終わりはまたしても唐突に訪れた。

 教団から派遣されたオラクル騎士団によって、バダック達は追い詰められた。

 だが教団の兵士を相手にするという事実に、バダックは鬼神のごとき働きを見せた。

 鎌を振るう。首を飛ばす。足を切り裂く。腸を抉る。

 教団兵は殺す! 殺して、殺して、殺して、殺し尽くしてくれるわっ!

 幾多もの屍の上に立ち、死神の鎌は命を刈り取って行く。

 だが、一人の男によって、バダックは敗れ去った。

 盾も使わずに豪快な剣術を駆使する相手に、バダックはついに地へ伏せた。このまま教団のゲスの手に掛かるのか。無念さのあまり、バダックはスコアに対する呪いの言葉を最後に叫んだ。

 男が、止めをさすべく振り上げていた剣の動きを突然止めた。

 いったいどういうことだ? 不審さを覚えるバダックに対して、男はひどく興味深そうな視線を向けると、部下に向けて連行しろと自分の拘束を命じた。

 戦場で果てることもできず、バダックはダアトへと連行された。

 閉じ込められた牢の中、格子の向こう側に、自分を倒した男が一人立っていた。

 何の用だ? 忌ま忌ましさに顔を歪めるバダックに、男はふっと顔をほころばせ、口を開く。

「預言が憎いか、バダックよ。だが教団兵を幾ら殺したところで、世界は何も変わらない」

 耳に届く声は魂を直接撫であげるようにして、バダックの心を掴み取った。
 自分よりも一回り程離れている若造に、自分が完全に飲まれていることをバダックは悟った。

 バダックに対して、男は語る。

「世界の真実の姿をお前に教えよう。我が力となれ──砂漠の獅子王よ」

 こうして、バダックはすべてを知った。

 そして絶望の深淵を知りながら、全てを覆すと約束してみせた男に対して、犬の如き忠誠を誓った。もはや過去の全てを切り捨て、男の目指す世界の実現に向けて邁進することを約束した。

 忠誠の代価として、与えられる新たな役割と名前。

 オラクル騎士団第一師団師団長──黒獅子ラルゴ。





 ラルゴにとって、過去とは捨て去ったものだ。


 この事実が覆ることは、決して有り得ない。


 故に、憎悪の焔は、煌々と燃え上がり続ける。


 いずれ全てを飲み込み、燃え尽きる刻が来ることを、知りながら───…………









                  * * *




 視界が、戻る。

 目の前には、血溜まりに倒れ伏すバダック──いや、ラルゴの姿があった。限界を超えて触媒武器を使用し続けた反動なのか、ラルゴの全身から、絶えることなく炎が立ち上り、音素の光となって空に昇っていく。

「ラルゴ……俺たちだって、世界が繰り返されるなんてのは御免だ。なら、俺たちは手を取り合うことだってできたはずだ……そう思っちまうのは、間違いなのか?」

 苦い想いを飲み込みながら、俺は問い掛けていた。
 ラルゴは口の端から鮮血を伝わせながら、口を開く。

「……ああ、間違いだよ、坊主」

 強い光を帯びた瞳が俺を見返していた。

「……そもそも、同じじゃ、ないんだよ」

 言葉を紡ぐ度に、血が滴り落ちた。何度も咳き込みながら、ラルゴは語りかける。

「いいか、坊主……これは互いの信念を掛けた戦いだ」
「信念……」
「俺たちは……この世界は一度滅び、新しく生まれ変わるべきだと考えた」

 オブリガードを使役することでもたらされる──創世の刻。

「だが、お前たちは…………今の世界が、続いていくことを……ただ、望んでいる」

 同じゃ、ないんだよ。
 もう一度、言葉を繰り返し、ラルゴは俺の瞳を見据える。

「敵に情けをかけるなよ、ボウズ。そんな生半可な覚悟、では……あの男は、倒せんぞ」
「ラルゴ……」
「……世界の真実を、ヴァンの目指す創世の意味を、知りたいと思うならば……いま一度、ダアトの禁書庫を尋ねてみるのだな」

 こちらから視線を逸らし、ラルゴは言い放った。

「ふっ……なんのことはない。覚悟を突き通せなかったのは……俺の方か」

 ゴブリと血を吐き出しながら、ラルゴはどこか自嘲するように笑う。

 そして、最後にラルゴはナタリアの顔を見上げた。泣きそう表情で唇を噛みしめるナタリアに、目を細めながら、手を伸ばす。

「……大きく、なったなぁ、メリル」

「───っ……お父、さん──っ!」

 ナタリアの呼びかけに、ラルゴは少し驚いたように目を見開くと、直ぐに柔らかい笑みを作った。
 険の抜け落ちた笑顔がナタリアを見据え、彼女の頬に添えられた手が、目尻から滴り落ちる滴をすくい取る。

 槍を握っていた腕の尖端から、チロチロと焔が噴き上がり続けていた。
 焔は音素の光を巻き上げながら、一瞬でラルゴの全身を包み込む。

「あぁ。シルヴィア……そんな所に、お前は……居たん、だな──────……」

 消え掛けのロウソクが、最後に一際大きな焔を上げて燃え尽きるように、ラルゴの全身は幻想的な音素の光を一斉に舞い上げ──すべては、光の中へと消え去った。

「────」

「ナタリア」

「大丈夫ですわ」

 大丈夫。私は大丈夫です。

 感情を押し殺した震える声で、ナタリアは何度もそう繰り返すと、低く低く、嗚咽を漏らした。




                  【3】




 少しの間、ラルゴに黙祷を捧げた後、俺たちはついにゲートへ辿り着いた。

「まさか私が戦線から脱落するような嵌めに陥るとは……不覚。状況のシュミュレートがいささか甘かったということですかね。やはり次からは……」
「……また、俺、ぶっ倒れた。うぅ……なんだか、最近、かませ犬が板について来てないか、俺?」

 ブツブツとひたすら何やら口元で繰り返し続けるジェイド。ドンヨリと喰らい空気をまといながら盛大に肩を落とすガイ。何と言うか、もう激しく鬱陶しい。

「二人とも、そろそろ落ち着いて」
「そうだぜ、ジェイド、ガイ。というか二人とも、空気よめ」

 ナタリアは、アレだ。肉親亡くしたばっかりだってのに、お前らがそれより落ち込んでどうするよ。
 直接的な言葉にできない指摘を、遠回しに二人に告げると、さすがに我に帰ったのか、二人とも気まずそうに顔を上げた。

「それもそうですね」
「す、すまん、ルーク」
「まあ、わかればいいだけどな」

 多少呆れながら。ポリポリと額を掻いてしまう。
 なんだかなぁと思いながら、とりあえず淡い光を吹き上げるゲートに視線を移す。

「で、どうやって閉じるんだ、ジェイド?」
「少し待ってください。ふむ……なるほど……」

 何やらゲートの周囲を見渡しながら、感心したように何度か頷く。しばらくして、顔を上げたジェイドは答えを告げる。

「ここでローレライの鍵を使えばいいでしょう」
「ゲートの正面か」
「ええ。もう少し右……ええ、そこです。後はローレライの鍵を譜陣に接触させれば、規定の術式が発動するはずです」

 示された位置に移動した後で、とりあえずジェイドの言葉に従って、剣を譜陣に突き刺してみる。

 瞬間、光が全身を包んだ。

「なっ───これ、は───?」

 ドクン───ッ───

 鍵の刻む鼓動が、いやに、耳に残った。





                  * * *




 なんだ? どうなった?

 身体の感覚が消失する。曖昧な視覚に映し出される人々。耳に届く声。

「凄いもんだね。オブリガードか。
 こんな化け物を制御しようとするなんて、正気の沙汰じゃないよ」

「それでも、因果を利用することでもたらされる力は膨大なものだ」
「まあ、それは否定しないけどね」

 どこか神々しい、神殿のような建造物の中心に、詠師服を着込んだ男が立っていた。男──ヴァンは地に突き立てられた一本の大剣に手を掛けている。

 第八奏器──《刻針》エターナルソード。

 ヴァンが手に掛ける剣の銘が、何故か、脳裏に浮かぶ。

 淡い光の粒子をまとったヴァンの身体は蒼く輝いていた。

 僅かに紅い光を放つ第七音素とは、どこか対照的な光。

「それに閣下ならば、あの程度の力を御すことなど、造作もないことだろう」
「まあね。でも、世界の創世か。ヴァンも凄いことを考えるもんだ」
「ああ、だが……どうしました、閣下?」

 大剣を握るヴァンの視線が、虚空の一点を捉えたまま動かなくなる。

「この視線……こちらを見ているな、聖なる焔の光」

 ヴァンの視線は、紛うことなく、俺の姿を射抜いていた。

 虚空に伸ばされたヴァンの手が、何かを掴む。

 バチリッと明滅する視界。


 ───すべてが、闇に包まれた。




                  * * *



「───ーク、ルーク!」

「あ……」

「どうしました、ボウッとして。ゲートの封鎖は無事、終わりましたよ」

「…………」

「本当に大丈夫?」
「いったいどうしましたの、ルーク?」

「…………」

「おいおい、封鎖の瞬間、やっぱり何かあったんじゃないか?」
「ふむ……おかしいですね。さして異常な反応は観測されなかったのですが」

 
「って、イテテテっ! なにしやがるジェイド!!」
「いえ、何も反応がないようなので、触診をしてみたまでですよ」

 飄々と肩を竦めて見せるジェイドに、俺はまなじりをつり上げ欺瞞を暴く。

「だぁー触診ってのは頬を両側に引っ張るのかよ! そんなん有り得ねぇだろが!!」

「ふむ。その様子なら大丈夫そうですね」
「あー……まあな。色々と釈然としないが、ちょっと意識が飛んでただけだよ」

 不貞腐れたように答えると、皆もようやく納得したようだ。

「では、とりあえず今後の行動ですが……」
「ああ、それなんだが、大佐。一度ダアトに戻らないか?」
「そうね。会議の決定を受けて、禁書の洗い直しが始まっているだろうから、新たな資料の発見があったかもしれない」
「ラルゴの……彼の残した、最後の言葉。無視するには、少し大き過ぎる要素のように思えますわ」
「そうですね……確かに、新たに判明した事実を検証することも、必要か」

 集まる視線に、妥当な判断だろうと、ジェイドが頷き返す。 

「わかりました。では、一度ダアトへ戻りましょう」

 こうして、次なる目的地が決まった。決定を受けて、誰もが一斉に動き出す。

 いまだすっきりしない頭を抱え、皆の後に続きながら、俺は一人考える。

 ………いったい、あれは何だったんだろうな。

 ゲートを封鎖すると同時、意識の飛んだ先で、自らが目にした光景。

 無数の支柱が並び立つ神殿のような場所。
 場の中心に立つ男は手にする大剣に手を掛けながら、まるで祈りを捧げるように微動だにしない。

 脳裏を過るラルゴの言葉。

 ──ヴァンの目指す創世の刻は、確かに世界に終焉をもたらす。だが破滅を向かえるのは、この腐り切った停滞世界のみの話。

 世界を滅亡寸前にまで追い込んだ希代の怪物──オブリガード。
 ローレライの力をもってすら滅ぼし切れず、世界規模の封印を形成することでしか対処できなかった、正真正銘の化け物。

「第八奏器……か」

 見上げた先、停止したゲートを取り巻く、取り残された音素の光が、瞬き消えた。




  1. 2005/04/21(木) 00:00:40|
  2. 【家族ジャングル】  最終章
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