全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第3話 「されど 停滞を厭うならば」





                  【1】




「──ここが、新たに存在の判明した禁書庫だ」

 積み上げられた本の山。鼻につく古紙の臭い。
 山の一つに視線を移す。どうやらタイトル別に整頓されているようだ。おせじにも手入れが行き届いているとは言えないが、その事実を知ってから改めて書庫を見渡すと、それなりに整然として見えてくるから不思議なものだ。

「すまねぇな、おっさん」

 礼を言う俺に向けて、おっさんは気にすんなと投げやりに片手を上げて寄越した。

 ゲートを後にした俺たちは、ラルゴの残した言葉に従い、ダアトに向かった。
 国際会議の決定を受けて、禁書の整理と把握が押し進められていたこともあってか、意外なほどすんなりと、禁書の閲覧にも許可が降りた。

「まあ、具体的にどんな情報を探るつもりなのかはしらんが、あんまり目ぼしい情報があるとも思えんがな」
「そうなのですか、カンタビレ?」
「ああ。一応、ローレライと契約しようとしたときに、あらかたの資料は目を通してるからな。地殻でお前らがラルゴに示唆されたような情報が、いまだ残ってるとは思えん」

 仮にあったとしても、ヴァンが教団を離脱する際、処理されてるだろうな。

 ナタリアの問い掛けに肩を竦めて答えながら、おっさんは被りを振って見せた。

 まあ、確かにおっさんの言葉も尤もだろう。あの抜け目のないヴァン達のことだ。教団を離脱する際、目ぼしい情報は破棄されてる可能性は十分に考えられる。

 だが、それでも。

「まあ、やるだけやってみるさ」

 あのラルゴが最期に残した言葉だ。何か意味があるはずだ。尚も考えを変えようとしないこちらを見やり、何らかの決意を感じ取ってか、おっさんもさして拘ることなく頷き返す。

「そうか。気の済むまで探すのもいいだろうさ。僕はちょっとカーティス大佐と話があるんで、また後でな」
「わかった。本当に助かったぜ、おっさん」
「助かりましたよ、アダンテさん」
「感謝しますわ、カンタビレ」

 おう、と肩を竦めて応じると、おっさんはジェイドと共に書庫を去った。

 それじゃ早速本に目を通すとするかね。残った誰もが動き出す。手直にある棚に手を伸ばして本を手に取ったところで、ふと、俺は一人動かないティアに気付く。彼女はおっさん達が去った方角に、どこか鋭い視線を向けていた。

「どうかしたのか、ティア?」
「…………いえ、何でもないわ。ただ、少し大佐と何の話をするのか。気になっただけだから」
「ん? まあ、確かに気にはなるが、一応研究者同士、なんか小難しい話でもあるんじゃないのか?」
「ええ……そうね」

 視線を向けたまま、ティアは頷いた。




                  【2】




「さて、カンタビレ。わざわざ私だけに話しがあるとは、いったいどんな風の吹き回しです?」
「……あんたも人が悪いな」

 こちらが何を話したいのかなんて、とっくの昔に察しがついているだろう。それでいて、とぼけてみせるのだから、質が悪い。顔をしかめるカンタビレに、ジェイドが肩を竦めながら口を開く。

「実際、いくつか話題の予想はつきますよ。それでもいったいどの件に関することなのか……さすがにそこまでは分かりかねますからね」
「ルークの状態に関することだ」

 ジェイドの余裕をもった表情から笑みが消えた。彼は感情の抜け落ちた表情のまま、メガネを押し上げる。

「やはり……あなたは現在の状態が起こり得ると予測していながら、それを承知の上で、ルークを地上に戻したのですね、カンタビレ」
「…………」

 切り込むように鋭く放たれた言葉に、カンタビレは僅かに口籠もる。

「……本来なら、何の問題も起こらないはずだった。ローレライの集合意識はヴァン達によって分断されていた。衰弱した意識体程度に、あいつが飲まれるはずない。それがわかっていたからな」
「しかし、分断されていた意識は、回収されてしまった」

 突き付けられた言葉に、今度こそカンタビレは沈黙した。

「フェレス島において、ルークはアリエッタの行使していた触媒武器を破壊しました。あの時点ではさして気に留めていませんでしたが、思えばあのときから既に兆候はあったのですね」
「…………」
「ゲートにおけるラルゴとの戦闘でも、ルークは闇属性を付加された超振動を行使したと言います」

 破壊された触媒武器の残骸は消え失せた。
 ならば、そこに括られていたローレライの分断された意識は、どこに行った?

「第七音素は互いに引かれ合う。そして、あの場には誰よりも密度の高い第七音素をその身に秘めた存在があった」

 地殻で、ローレライの中枢意識を取り込むことで、地上に帰還を果たしたルーク。

「……カーティス大佐の推測で、間違いないだろうな」
「では、やはり」
「ああ。第一奏器に囚われていたローレライの意識分体は、触媒武器が破壊されると同時、ルークの中に取り込まれている可能性が強い。ゲートで発現した力というのも、取り込まれた力が、ルークの中に巣くうローレライの中枢意識と結合した結果だろうな」

 今やローレライはルークを通じて、かつての力を急速に取り戻しつつある。

「……ならば、ルークが大譜歌の契約によって地上に帰還できたのも」
「ああ、あいつが第七音素集合意識体──ローレライと認識された結果、地上に戻されたんだろうな」

 ───ローレライに代わる存在として認識された結果、大譜歌はルークを地上に戻した。

 しばらく沈黙が続く。

 先に口を開いたのは、カンタビレの方だった。

「今、あいつの意識は大丈夫そうか?」
「ルークの意識は確かですよ。自我の混乱や、意識の混濁も見られない。彼の中に巣くうローレライも、いまだ完全にはほど遠い状態でしょうからね」

 今はまだ。

 肩を竦めて見せながら、最後に不穏な言葉を付け加えた。それを受けて、カンタビレも声を潜める。

「……なら、今後はどう見る?」
「そうですね……このまま六神将との戦闘が続いた先でという意味なら……正直、予想は難しい。何せ二つの意識が一つの身体に同時に存在する。そんな状態の前例は、存在しませんからね」
「そうか」

 カンタビレは額を押さえ、ジェイドの分析に想いを馳せる。
 そして、ふと思い付いたように声を漏らす。

「一つの器に二つの意識……か。これはビッグバン現象に似ているのかもな」
「大爆発……と来ましたか」

 被験者とレプリカの間で起こる音素の逆転現象。
 被験者の意識がレプリカの器へ流れ込み、ただ一人の意識が残る。

「はたして、肉体を持たない存在が同位体とビッグバン現象を起こしたなら、収まるべき器に最期まで残る意識は、いったいどっちのものになるんだろうな?」
「…………」

 問い掛けに、答えは返らない。

「──ま、何にしろ色々とすまなかったな、大佐」

 場の緊張を解きほぐすように、カンタビレは話を締めくくる。

「裏でこういう話をするのは良い気分しないだろうが、今後もあいつの状態を見守ってくれると助かる」
「別にかまいませんよ。ルークの状態が気になるのは、私も同じですからね」

 謝罪をされる謂れはない。そう苦笑を刻むと、ジェイドはそのまま部屋を去った。




                  【3】




「なんか、全然見つかんねぇな」
「だな」
「ええ」
「ですわね」
「ですのー」
「グルルゥ」

 広大な禁書庫を揃って一瞥した後で、揃って溜め息をつく。

 ラルゴのやつは何を思って、禁書に行って見ろなんて言葉を残したんだろうな? 探索を開始してから、目ぼしい資料は一つとして見つかっていない。ある程度は覚悟してたつもりだが、ここまで何も見つからないと本気で気が滅入ってくるね。

「っていうか、本当にそんな資料あるの?」
「ん……さすがに自信が揺らいできたような」

 そう何気なく答えた後で、気付く。

「って、アニス!?」
「うん。皆、久しぶりー」
「久しぶりー!」

 振り向いた先、何時の間に来ていたのか、書庫の入り口に立つアニスの姿が在った。彼女の隣では、ゆったりとした導師服を着込んだ少年が、にこにこと笑みを浮かべながらこちらに手を振っている。振られる手に合わせて、深い緑色の髪が揺れる。

 イオンの代わりに、モースによって担ぎ上げられた、導師のレプリカの一人。

「そう言えば、アニスは今その子の世話役してるんだったか」
「フローリアン」

「ん?」
「この子の名前。いつまでもこの子って呼んでる訳にもいかないでしょ?」
「ああ、そういうことか」

 確かに、既にレプリカと知られているなら、教団にとって、この子をイオンと同じ名前で呼び続ける意味は薄い。
 まあ、裏にある事情がどうあれ、自分自身だけの名前を得られたのは、いいことだよな。

「古い言葉で、無垢なる者という意味ね」
「素晴らしい名前だと思いますわ」
「ああ、似合ってると思うぞ」

「ありがとう!」

 嬉しそうに笑顔を返すフローリアン。
 そんな彼の様子を、アニスは優しげな瞳で見守っている。

「だいぶ、立ち直ったみたいだな」
「……うん。たぶん、あの子のおかげ」
「そうか」

 書庫を駆け回る少年。舞い上がる埃に場が騒然となる。小動物二匹が目を回し、ナタリアやティアは埃に咳き込む。ガイは少年をつかまえようとして、倒れてきた本に押しつぶされる。

「ぐおっ──!?」
「まあ、ガイ!?」
「だ、大丈夫なの?」
「ミュミュミュ!!!」
「ぐるぅるるるる」

「ははははっ!!」


 ……なんだかとんでもない状況になってそうだが、あえて視線を逸らす。ついで隣で同じように事態を傍観するアニスに呼びかける。

「なあ、アニス」
「なに、ルーク?」

「そろそろ戻って来ないか?」
「…………」

 応えは返らない。だが、俺は焦ることなく、そのままのんびりと言葉を続ける。

「次はラジエイト・ゲートに向かうんだが、そこにもきっと六神将の誰かがいるだろうな」
「残りの六神将って、確かリグレットと……」
「ああ、シンクだ」

 ──六神将の一人にして、イオンと同じ導師のレプリカ。

「無理強いとかは、できないってのもわかってるさ。それでも、アニスが戻ってきてくれたら、俺は嬉しいよ」
「ルーク……」
「結局、どうしょうもない状況ってのは存在するからな」

 自嘲染みた笑みが漏れる。本当に、俺が言えた義理じゃない言葉だ。それでも、今のアニスには必要な後押しのはずだ。視線をあさっての方向に向けたまま、思うまま口を動かす。

「イオンのことは、誰の責任でもねぇよ。だから、それを気兼ねして戻らないってのはあんまり意味ないぜ? 俺たちはアニスが帰ってくるのを、いつまでも待ってるからな」

 あとは、アニスの気持ちの問題次第だよ。

「ルーク……」

 アニスは顔を俯けた。内心の葛藤は激しいものだろう。そう簡単に気持ちを切り換えることができないのは理解できる。

 それでも、伝えたい事は全て伝えた。

「そうだね。うん、私も──……」

 アニスが何かを答えようと口を開いた、そのとき。

「──おい、ちょっと来てくれ!」

 アニスの言葉を遮って、ガイの呼び声が書庫に響き渡った。騒ぎの間に移動したのか、視界に入る範囲にガイ達の姿はない。どこか緊張した声の気配に、俺とアニスは一度顔を見合せて、とりあえず話を中断。声のした方向に向かう。

 何列も並び立つ書棚の奥、書庫の壁を前に立ち尽くす皆の姿があった。

「いったいどうしたんだ……って、こいつは?」

 問い掛けた後で、気付く。皆の向き合う壁の一角に、ぽっかりと空いた通路があった。通路の先には小さな部屋が一つ。覗き込んでみると、床に譜陣が描かれているのが見えた。

「驚いたろ? どうも隠し通路のようだ」
「はぁ……隠し通路か。こんなのどうやって見つけたんだ?」

 感心しながら問い掛けると、皆もこの発見に興奮しているのか、直ぐに答えが返る。

「フローリアンが壁に手をついたら、扉が開いたのよ」
「導師の存在に反応したということでしょうか?」
「どうだろうな。だが、この先に何かあるのは確かだ」

 新たな発見を前に、どう動くべきか。相談が始まると同時扉の開く音が響いた。

 かつかつと靴音が近づき、書棚の向こうから人影が顔を覗かせる。

「おや、随分と大所帯になっていますね」
「ジェイド! 良いところに来たな」

「さて、いったいなんでしょう?」

 古代文字にも通じた軍人にして研究者は、メガネを押し上げながら、とぼけた顔でゆっくりと首を傾げるのだった。



                  * * *



「なるほど、隠し通路ですか」

 ガイから説明を受けたジェイドが、興味深そうに譜陣を分析し始める。

「ふむ。状況を聞くに、やはりフローリアンの存在に反応したのでしょうね」
「やっぱそうか。前にも似たような隠し部屋があったことだしな」
「そうね。あのときも驚いたけど」

 皆がわいわいと言葉を交わすが、俺はいまいちピンと来ない。

「といか、前にも似たようなことがあったのか?」
「以前もミュウに反応して、初代大詠師の使っていた部屋が見つかったことがあったのよ」
「はぁ……ミュウに反応」
「頑張ったですのー!」

 なんとなくミュウに視線を向けると、得意そうに胸をはってきた。

「あー……そいつは偉かったな」
「まあ、どっちかというと、チーグル族に反応したんだろうけどな」

 何となくミュウの頭を撫でてやる俺に、ガイが苦笑を浮かべながら付け足した。

 そうしてジェイドの分析が終わるまでの間、無駄話をして時間を潰していると、それほど時間もかからずに、ジェイドの分析が完了した。

「わかりました。これは転送陣の一種のようですね」
「転送陣っていうと、執務室にあるのと同じ奴か?」
「ええ、あれと同じものと考えて貰ってけっこうです」

 イオンの執務室など、教団幹部の部屋が並ぶ階層へ通じる転送陣を思い出す。

「ではガイ、そこに立ってみて下さい」
「ん? お、俺か?」

 突然ジェイドに名指しされたガイが、混乱したように自分を指さす。だが戸惑う相手に構う様子もなく、ジェイドは笑みを浮かべたまま頷き返す。

「ええ。お願いします」
「まあ、いいけど……って、うぉっ──!?」
「って、ガイ!?」

 譜陣の上にガイが立った瞬間、その姿が消え失せた。

 どよめきが巻き起こるその場で、一人だけ冷静なジェイドの声が響く。

「ふむ。やはりキーワードなしでも起動するタイプの陣でしたか」

『…………』

「おや、どうかしました、皆さん?」

 まったく悪びれた様子もなしに、メガネを押し上げるジェイドは、やっぱり鬼畜だった。



                  * * *



「さすがに何の説明もなしってのは、エライ酷いな……」
「まあ気持ちはわかるが、無事に合流できたんだからいいじゃねぇか」
「うーん、いや、でもなぁ……」

 ガイはいまだ納得行かないと言った様子で唸り声を上げる。そんなガイの肩をポンポン叩きながら、とんでもない目にあったなと慰める。

 あの後、ガイの転送によって安全を確認した俺達は、そのまま転送陣の上に立った。
 ……まあ、色々と言いたいこともあるだろうが、ここはあえて触れないことにする。

 ともかく、そうして向かった先に、今俺たちは居る訳だ。

「しかし、よくもまあこんな空間を隠し通せたよな」

 視界の限り続く、広大な空間が広がっていた。天上の高さだけでも、ダアトの聖堂数個分はあるだろう。壁に埋め込まれた音素灯から降り注ぐ淡い光だけが、唯一の光源だった。

「そうね。大佐の分析だと、ここは土の中らしいわ」
「らしいな。たぶんザレッホ火山辺りの地下空間にでも繋がってるんだろう」
「はわわぁー、ここって地下なんだ」
「地下なんだー」

 キョロキョロと視線を周囲に巡らせるアニスとフローリアン。
 土の中とは到底思えないほど、この空間は作り込まれていた。
 壁には数えるのも馬鹿らしくなるほど膨大な本の群が、見渡す限り、まるで壁の中に埋め込まれたかのように延々と陳列されている。

「ラルゴの言っていた資料を探すにも、大分時間がかかりそうだな」

「──いえ、そうとも限りませんよ」
『ん?』

 やれやれと言葉を交わす俺たちに、この空間を率先して探索していたジェイドが戻ってくるや、そう告げた。

 どういうことかと、ジェイドに視線を問い掛ける。

「こちらに来てください」

 答えずに歩き出すジェイドの後を追って、書庫の奥へ進む。

 かなりの距離を歩いて、辿り着いた先。

 無数の音素灯に照らし出された台座が在った。台座に刻まれた譜陣が空調を管理しているのか、壁面に埋め込まれたボロボロの本とは対照的に、完璧な状態で保存された一冊の本が台座の上に乗っている。

 台座に立て掛けられた表紙。記されたタイトルが視界に入る。

「停滞世界の真実……?」
「では、この本がラルゴの言っていた」
「おそらく。では、失礼して」

 ジェイドが前に出て、慎重に台座から本を取り出す。
 手にした本をパラパラと捲って、一通り目を通した後で、ジェイドは顔を上げた。

「どうでしたか、大佐?」
「ええ。これなら解読できます。しかし、通して読むには多少の時間が必要ですね」

 ジェイドの保証に、俺たちを安心が包む。ここまで来て、結局本の内容がわかりませんでしたじゃ洒落にもならないからな。

 どこか弛緩した空気が流れ始めたのを見て取り、一旦上に戻ろうと提案しようとした、そのとき。

 烈風の刃が、ジェイドの手にした本を切り刻む。

『───!』

 轟々と音を立てながら、揺れ動く大気。旋風は書庫を荒れ狂う。
 書庫に存在するあらゆる本を切り裂きながら、吹きすさぶ風は紙吹雪をまき散らす。

「──ラルゴは、敗れたみたいだね」

 吹き荒れる風の中心、紙吹雪が舞い散る中、舞い降りる声。
 短く切り込まれた深緑の髪。手にされた刃は深緑の輝きを放つ。

『烈風のシンク!』

 六神将が一柱、烈風のシンクが、その姿を現した。




                  【4】




 緊張を高める俺たちとは対照的に、シンクは冷めきった視線で俺達と対峙する。

 書庫に吹き寄せる旋風を前に、アニスがフローリアンを背後に庇っていた。
 そんな彼女を見据え、シンクは顔を歪める。

「……ふん。人形遊びか。虫酸が走るね、偽善者が」

 パラパラと降り注ぐ紙片。風によって切り裂かれた本の成れの果て。
 紙吹雪の中心で、彼は嫌悪に顔を歪めながら、吐き捨てる。

「アニス、僕はあなたのことが、大嫌いだったんですよ?」

 ニッコリと笑って、悪意に満ちた言葉を告げた。

「──! イオン、さま……」
「ははははははっ!!」

 表情を凍らせるアニスを見据え、シンクは口の端を歪めながら嘲笑する。

「シンク、お前───!」
「そんなに怒るなよ。ちょっとした冗談じゃないか」

 身体を二つに折って、一頻り哄笑を上げると、シンクは再び顔を上げた。

「しかし、この書庫の情報を処理するよう言われて来てみれば、お前たちがいるとはね」

 言って、アニスの背後に庇われたフローリアンに視線を向ける。ビクリとアニスの背中に隠れるフローリアンに、僅かに苛立たしげに鼻を鳴らす。

「まあ、いいさ。教えてやるよ。この世界でいったい何が起きているのか、その真実を」
「どういうつもりだ……?」

 書庫の情報を処理しに来たってことは、何か知られたくない情報があるってことだ。それをわざわざ俺たちに知らせる意図がわからない。

「どうせラルゴから多少は聞いてるんだろ? ヴァンの進める計画は、もう誰にも覆しようのない所に来てる。あんた達がこれからどう動こうと、無駄な動きにしかならないってことを教えてあげるよ」

 せいぜい絶望するんだね。警戒の視線を送る俺達を嘲笑うと、シンクは語り出す。

「ヴァンの目指す創世。あれは障気の根元たる第八音素集合意識体、神代の化け物、オブリガードを使役することによって始まる世界規模の改変だ。因果を司る第八音素によって、ヴァンはこの時空そのものに干渉する」
「時空に干渉……?」

 確かジェイドが前に、エルドラントで膨張してる球体が、時間軸の歪みを発生させているとか言ってたが、それに関連してるのか? こちらの抱く疑問を察したように、シンクはあっさりと答えを示唆する。

「あんた達が飛行機械でエルドラントに近づいたときも、見えたんじゃないかい?」

 エルドラントの中心、渦を巻く漆黒の球体。

 世界を破滅させるもの──第八音素集合意識体、オブリガードの力の発露。

「……あのエネルギー体が、オブリガードを使役して生み出された力であると?」
「そうさ。あれは創世の卵。いずれ生まれ落ちる世界の雛型。あの卵の殻が世界を覆い尽くしたとき、創世は始まるのさ」

 沸き上がる興奮を無理やり抑え込むように、シンクは自らの額を片手で覆い隠す。

「ヴァンが目指すものは既存の因果を無に返すことで、新たに生まれ落ちる世界。因果律そのものに介入することで成し遂げられる、既存の世界からの決別。
 まったくの新しい世界を創り出す──まさに文字通りの、新世界の創世さ」

 ───新世界の創世。

 あまりにも、荒唐無稽な話しだった。そんなことが人の手で可能だなんて、到底信じられるものじゃない。
 だが、これまで目にしてきたものが、俺たちの疑念を否定する。

 なにより、俺の中で乾いた声が告げていた。

 ───やつの力をもってすれば、その程度は造作もない、と。

 否定も肯定できないまま、告げられた言葉の真意を探る内に、ふと一つの疑問が沸き起こる。

「そんなことが可能なら……なんでヴァンは国に協力を求めなかったんだ? ローレライが音符帯から超振動を放てば、俺たちが生きるこの世界は消滅して、創世歴時代にまで遡って再構成されちまうんだ。世界の繰り返しから逃れるためだって言えば、幾らでも協力が…………」

 シンクが笑っていた。背を折り曲げ、腹を抱えながら、ケタケタと嘲笑う。

「何が可笑しい……?」
「ははっ……滑稽だね! 言っただろ? 既存の因果を無に返すことで、新たな世界は生まれ落ちる。オブリガードを包む卵の殻が世界を覆い尽くしたとき、当然、この下らない停滞世界は──滅びる」

『なっ!?』


「そんなの目茶苦茶だ! そんな新しい世界を創った所で、結局、この世界に生きる俺たちは誰も助からない!」

「なら、滅びればいいのさ」

 そんなことは大した問題ではないと、シンクは言い捨てる。絶句する俺たちを、冷めきった視線が射抜いていた。

「既に滅びて当然の僕らは、下らない延命措置によって、無理やり生かされているのさ。死ぬ自由さえ許されないままにね」

 こんな世界に守る価値なんて、はなから存在しない。この世界そのものに対する深い絶望をシンクは吐き出した。

「今ある世界をすべて否定してまで、兄さんは新世界を望んでいるというの……?」

「ああ、そうだ。この世界がそもそも間違ってるんだ。閉じた円環の中、ひたすら同じ歴史を繰り返すこの世界が、どれだけ歪んだものか。あんたらにも理解できるだろ?」

 繰り返される世界。停滞した歴史の循環。解放なき永劫回帰の牢獄。

 確かに、世界の歪みに絶望するやつらが出るのも理解できる。だが、

「それでも……ヴァンの目指すものも、納得できねぇよ」

 破滅を厭うあまり繰り返される停滞した世界を望むことと、すべてを無に返した新たな世界を望むことの間に、いったいどれほどの違いがあるって言うんだ?

 上手く言葉にすることはできないが、決して無視することの出来ない違和感が在った。強張った表情で否定を返す俺を無言のまま見据えると、シンクは苛立たしげに鼻を鳴らす。

「……ふん。何処まで行っても平行線だね。ならいいさ。叩き潰してあげるよ」

 言葉と同時、一斉に身構える俺たちに向けて、シンクは慌てるなと片手を前に出す。

「ゲートで待つ。そこで、殺してやるよ。この僕の手でね」

 サァ──風が流れる。紙吹雪が視界を占める。
 吹き荒れる風の中、シンクは姿を消した。




                  【5】




「──それじゃ、行ってくるね」
「うん。アニス、いってらっしゃい」

 元気よく手を振るフローリアンに、アニスが笑顔で手を振り返す。

 あの後、発見した書庫をカンタビレ達に報告して、ダアトにおける俺たちの役目は終わった。

 引き継ぎを終えた俺たちは聖都を発ち、このままゲートに向かう。
 そして、これにアニスも同行を申し出てくれた。

「しかし、本当に良かったのか、アニス?」
「ひっどいガイ。それ、私なんかもう足手まといってこと?」
「い、いや、そうじゃなくて……」

「あー……アニスさ。ガイをからかうのはそれぐらいにして……本当に、良いんだな?」
「うん。もう誤魔化すのは止める」

 決着をつけるよ。引き結ばれた口元で、アニスは小さく呟いた。

「……そっか」

 そんなアニスの決意を前に、俺もそれ以上の言葉を飲み込んだ。


 様々な思いを胸に抱きながら、俺たちは聖都を後にする。

 向かうは六神将が一柱、烈風のシンクが待ち受ける地。

 プラネットストームの噴出点──ラジエイト・ゲート。


  1. 2005/04/20(水) 00:00:39|
  2. 【家族ジャングル】  最終章
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