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──A.L.M──

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第4話 「──汝 前を向きて進め」





                  【1】




 ラジエイト・ゲートはアブソーブ・ゲートと異なり、風化した建造物がまるで深く地の底へ根を伸ばすように続いている。薄気味悪いことに、地殻変動でもあったのか、壁のあちこちから、古代の魔物の化石とおぼしき骨が露出していた。

「なんか、気味が悪いったらねぇな」
「そうですわね。それに、なんだか寂しげな場所ですわ」

 顔をしかめる俺に、ナタリアが頬に手を当てながら、どこか憂いを含んだ瞳で同意する。

「寂しげな場所、か」

 改めて周囲に視線を巡らせてみる。プラネットストームの帰結点だ。創世歴時代には一大拠点の一つだったろうに、今は整備する者たちもなく、ただ打ち捨てられている。

「確かに、ナタリアの言うことも一理あるな。それなりに重要な場所だ。本来なら、管理者でもおいて、定期的にメンテナンスでもするのが一番なんだろうが……」

 残念だよ。そうガイが心底無念といった感じで被りを振った。

「というか、なんでメンテナンスとかしないんだ? ここが停まったら一大事だろ」

 プラネットストーム停めに来た俺達が言うのも、なんか変だがな。怪訝に思いながら問い掛ける俺に、ティアが口を開く。

「今はもう、当時の構造を管理するだけの技術が、何処にも残っていないのよ」
「あ、そいうことか」

 確かに、ユリア・シティも現状を維持するだけで手一杯だとか言う話を聞いたことがあったな。できる限りのことはしているが、それでも劣化は避けられないとかなんとか。

「結局、創世歴時代に造られたもんに頼りっぱなしだった現状が、まず変だったのかね」
「確かに、そういう評価も否めませんね」

 ジェイドがどこか皮肉げに肩を竦めながら、俺の思いつきを肯定してみせた。

「おまけに今後は、これまで活用してきたエネルギーが使えなくなるのです。当分は、代替エネルギーの発見が急務になるでしょうね」
「つぅーか、そっちも本当に大丈夫なのか? 世界を救ったはいいけど、エネルギーがなくてどうにもなりませんじゃあ、笑い話にもならねぇぞ」
「まあ、そちらに関しても、それなりに道筋はついていますよ」
「へ、そうなのか?」

 あっさりと答えたジェイドに、俺は呆気に取られて目を見開く。そんな俺の横で、同じく話を聞いていたガイが、俄然興味を引かれてか、前に身を乗り出した。

「へー初耳だな。さすが大佐。ちなみにどんな案なんだ、それ?」
「何も自慢できるようなものではありませんよ」
「いいからいいから」

 さぁさぁと期待に目を輝かせるガイ。譜業関連の話を期待しているのが見え見えだった。苦笑を浮かべながら、ジェイドは説明を始める。

「まあ、これまでのように空気中から無尽蔵にフォン・パワーを取り込むのではなく、そうですね……音素のエネルギーを蓄積する器のようなものを作成して、それを媒介に譜術や譜業を発動する形態を取る。これが社会的にも、もっとも混乱の少ない移行案になるでしょうね」
「ほぉ……エネルギーを蓄積する器か」
「素晴らしいですわ。そうした器を作成することができれば、これまで造られた譜業や譜術を続けて使用することができますわね」

 ああ、そっか。完全に新しいエネルギー源に移行するようだと、これまで作られてきたものが全てダメになるから、どっちにしろ音素にエネルギーを頼るのは止められないってことか。

 やっぱ、難しい問題だよな。俺は尚も代替エネルギーに関して議論を続ける皆から、ふと視線を逸らす。

 ゲートに突入してから、これまで一言も発していないアニスの姿があった。かなり緊張した顔つきのまま、ひたすら正面を向いている。んー……このままだと、まずそうだよな。

「アニス」
「…………」
「おーい、アニス!」
「……へ──ひゃぁ! って、ルーク? な、なによ!?」
「い、いや、呼びかけてもなんも反応なかったからさ」

 顔を真赤にして憤然と抗議してくるアニスに、俺はちょっと釈然しないものを感じながら、とりあえず落ち着けと手を前に出す。

「まあ、いいけど。今度から気を付けてよね」
「……いまいち何に気を付けたらいいのかが、よーわからんのだが」
「気・を・付・け・て・よ・ね!」
「わ、わかったよ」

 ぷんぷんと肩を怒らせるアニスに、俺は気押されるまま頷いていた。うーん。小さくても相変わらず迫力満天だよな。

 こうして見る限り、最初の頃よりも、大分気が晴れたように見える。

 だから、俺はこれが最後の機会と問い掛ける。

「アニス」
「今度は何よ、ルーク」
「本当にいいんだな?」
「…………」

 問い掛けに込められた意味を察したのだろう。アニスの顔がわずかに俯けられた。

 シンクはイオンと同じ、導師のレプリカだ。自らの思い人の似姿、写し身を前にして、冷静で居ろと言う方が、無理な話だろう。

「ルーク……私さ。フローリアンと一緒に過ごしてわかったことがあるんだ」

 フローリアン。イオンやシンク同様、かつて創られた導師のレプリカの一人。

「どんなに似てる人が二人いてもさ。どっちかの相手にもう片方を重ねて見るのは……どんなことがあっても、やっちゃいけないことだよね」
「…………」
「大丈夫だよ、ルーク。私がこれから向かい合うのは、六神将の一人。烈風のシンク」
「……そうか」

 うん。頷くアニスの震える拳には、気付かぬふりをした。




                  【2】




 ゲートから絶えることなく噴き出す音素が、うねりを上げながらセフィロトを取り巻いている。だが、ただ一点、音素がそこに存在する者と触れ合うのを避けるように、極端な蛇行を描く場所があった。

「……ふん。ようやく来たね」

 俺たちの到着に気がついたのか。音素の放つ淡い光に包まれながら、そいつは全身から殺気をまき散らし、ゆっくりと顔を上げた。六神将が一柱、烈風のシンク。

「しかし、わからない奴だね、ローレライの使者。そもそもあんたの存在そのものが害悪なんだよ」
「害悪……か」

「ああ、そうさ。結局の所、預言に詠まれた聖なる炎の光は、ローレライの地上における代行者。やつが音符帯に昇る為に、地上に送り込まれた人形に過ぎない」

 完全同位体の手を借りて、音符帯に昇ったローレライは惑星規模の超振動を地上に放つ。この超振動によって、俺たちの生きる世界は消滅し、全ては創世歴時代の情報を下に再構成される。

「奴の思うがまま事態が進めば、確かに少なくとも世界は滅びないんだろうさ。それまでに起こった何もかもが忘れ去られ、ただ閉じた円環の中をくるくるクルクル狂々と廻り続ける腐り切った世界が、ね。……僕らは、死んでも解放されない牢獄の中に居るのさ」

 沸き上がる激昂を無理やり抑え込むように、拳を握りしめながらシンクは吐き捨てる。

「僕はもう御免だね。これ以上、どんな形であれ、この僕という存在が、自分以外の誰かの思惑の中、無意味に続いていくなんて状況は耐えられない」

「……だから、お前はヴァンの言う新世界の創世に協力しているのか」
「そうさ。この下らない停滞世界は滅びるべきだ。その後で、ヴァンが何をしようが興味はないね。創世された世界は、この世界とはまったくの別物だって話だ」

 むしろせいせいすると、シンクは言い捨てた。

 せいせいする……か。

 ──気に喰わねぇな。

 胸の奥から沸き上がる感情の意味を理解する。
 目の前に立つ相手のあまりに勝手な言い分を聞く内に、俺はようやく何かを掴む。

 沸き上がる想いに突き動かされたまま、俺は口を開く。

「やっぱり、俺はヴァンの計画を認めることはできねぇな」
「……ふん。この下らない停滞世界を存続させるって言うのかい?」

「いや、違う」
「なに?」

「ローレライを音符帯なんかに昇らせねぇ。オブリガードに世界を滅ぼさせたりもしねぇ。世界の繰り返しなんて絶対に停めてやるし、ヴァンの言う胡散臭い新世界なんてのも、もってのほかだ」
「……答えになってないね。ヴァンを倒したところでオブリガードが消えるわけじゃない。それに今はあんたの中にローレライがいるけど、いずれあんたが死ねばやつは解放されるんだ。いずれ音符帯に昇ったローレライが、オールドラントに向けて超振動を放つだろうさ」

 そして、世界は何度でも繰り返される。それが停滞世界の真実。

「それじゃ永劫回帰の牢獄はいつまでたっても終わらない。少なくとも、ヴァンの目指す新世界の創世が導かれれば、この下らない世界の繰り返しから抜け出すことはできるんだ」

 いったい、あんたはこの世界の真実に、どう対処するつもりだい? 

 馬鹿にしたように問い掛けるシンクに、俺は顔を上げて、胸を張って答えを告げる。

「ふん──そいつはこれから皆で考えるさ」

 沈黙が場に降りた。

「はぁっ!?」

 あまりに予想外の返しだったのか、シンクが一瞬遅れで、驚愕を声に漏らす。

「もう一人でグダグダ考えるのは止めたからな」

 そう。アクゼリュスの崩落から、頭を使って考えることの大切さは自覚した。確かに、慎重に物事を決めるのは重要だろう。だが、

「一人で無意味に考え過ぎるのは、それこそ無駄だ。一人で考えに考え抜いて、それでもまだ答えがでねぇなら、もうしょうがねぇ。俺以外の奴らの助けも借りて、進むだけさ」

「あ、あんたはバカか!? それじゃ、結局、自分は何も考えてないのと同じゃないか!」

 悲鳴染みた抗議の声を上げるシンクの顔を、俺は正面から見返す。

「バカと呼びてぇなら呼べよ。それでも俺は『答え』を出したぜ」
「答えだって……?」

 ああ、そうだ。胸の前に拳を当て、俺はこれまで自分が歩んできた道を振り返る。

「俺は仲間を信じてる。だから、グダグダと一人で悩むのは止めだ。俺は一人じゃねぇ。お前らみたいに、手前勝手に一人で考え込んで、世界に絶望なんかしてやるかよ。俺一人じゃできないようなことでも、皆が居ればどうにかなるし、どうにかするさ」

 自分一人なら絶対に届かねぇ地平にだって、皆が居れば辿り着ける。そうだろ?

 同意を求めるように、周囲に立つ皆を見渡す。

「やれやれ……やはり、私が主に対策を考えないといけないんでしょうねぇ」
「はははっ、なんともルークらしい答えだよ」

 ジェイドが肩を竦めながら苦笑する。ガイが腹の底から爆笑する。

「でも、一人で出来ることに、限界があるのは確かな事実」
「他人に頼ることは、決して悪いことではありませんわ」
「それでも胸張って言うようなことでもないけどね」

 ティアが真剣な表情で頷く。ナタリアが嬉しそうに微笑む。アニスが呆れ混じりに揶揄を口にする。

 しかし誰もが否定せずに、俺の答えを受け入れてくれた。

 どこか温かい空気が流れるその場を──殺気が貫く。

「……っ───ふざけるなっ!!」

 額を片手で押さえ、全身から殺気を吹き出しながら、シンクは吐き捨てる。

「仲間? 信じる? 全然笑えないね。そんな戯言、二度とはけないようにしてるやるよ」

 抜き身の第三奏器──風刃ロストセレスティを片手に、烈風のシンクは戦闘の構えを取った。

「奏器を使いこなした今なら、ローレライが乖離する前にあんたを殺すことができる。あんたの中に巣くう中枢意識体諸共──ここで殺してやるよ、ローレライの使者!!」

 膨れ上がる音素のうねりを感じながら、俺たちもまた即座に陣形を整え構えを取る。殺気に満ちた宣言に、俺は挑発の言葉を返す。

「はっ、やってみろよ。だいたいだ。安易にこの世界を切り捨てて、新しい世界とやらを求める性根がまず気に喰わねぇんだよ、根暗触覚」
「がぁぁあぁ──! 嵐よ、荒れ狂えぇ!」

 天を貫く風の尖塔。一瞬で成長した稲光を伴う嵐の中心で、暴風の化身が吼えた。
 世界法則を司る集合意識体が一柱、ローレライの権能を簒奪せし神代の代行者
 烈風のシンクとの戦闘が──いま、ここに始まる。

 陣形を整える俺たちに向けて、ジェイドが口早に告げる。

「風の機動性はやはり厄介です。ラルゴの例を考えれば、やはり大幅な底上げがなされていると考えるのが自然でしょう。はたしてどこまで力を上げているのか、皆さん十分に気を付けて下さい」

「先行は俺に任せてくれ」
「ん、ガイ?」

 そうだと、刀を片手に構えながら、前にでたガイが頷き返す。

 確かに以前シンクと戦った時も、ガイだけが相手の速さに対抗できた。だが、それでも押されていたんだ。さらに力を上げているだろう今回も対抗できるのか?
 こちらの抱く疑問を見て取ってか、ガイは不敵に笑う。

「奥義会でちょっとな。鍛え直してみた。それなりの戦果を約束するよ」
「では、我々はガイ、そしてアニスの援護に専念します。ルークはこれまでのように、決定的な場面を見極め、相手の触媒武器を破壊して下さい」
「わかった」

 最期の確認する俺たちに、シンクが苛立たしげに告げる。

「ふん──ごちゃごちゃと小細工を立てたところで、すべて無駄なんだよ!」

 僅かに後方に引かれるシンクの両の掌。その軌跡を辿るように雷光が空間を貫く。轟々と吹き荒れる烈風の中心点で──シンクが動く。

《───昴龍!》

 地を疾る譜陣の光。回転する無数の譜陣が連鎖反応を起こし爆発的な光を放つ。

《────礫破!!》

 天を貫く巨大な嵐が生み出された。
 渦を巻く旋風は尖端を槍のようにしならせながら、うねり上げて大気を切り裂く。

 押し寄せる風神の牙に──正面から切り込む一陣の刃。

「ただで済むかよ!」

 左右に大きく開かれた足、後方に引き絞られる刃。裂声を合図に、渾身の突きが放たれる。

《───烈震!》

 収束する地属の力が、地響きを上げながら嵐と激突する。

《────千衝破ぁ!》

 神速の突き。轟音と共に放たれた衝撃波が荒れ狂う嵐の牙を掻き消した。

 全身から雷光を轟かせ、暴風の化身は苛立たしげに吼える。

「また、あんたか! 今度は遊びを挟む余地もなく、全力で潰してやるよ!!」
「やれるものなら、やってみろ!」

 雷の大帝、逆巻く嵐の暴君がガイと激突する。大気が揺れ動く度に、ガイの全身から血飛沫が舞う。だが薄く目を閉じたガイは周囲を乱れ飛ぶ風の刃にもまるで臆した様子を見せず、ひたすら致命的な一撃にだけ剣戟を重ね合わせ、迎撃する。

 だが、長くは持たないだろう。

 俺も最初から、全力で行く。

「ティア、第五譜歌をローレライの鍵に頼む」
「わかったわ。……魔を灰燼と為す、激しき調べよ──…………」

 詠唱を始めるティアと背中合わせに並び立ちながら、俺はローレライの鍵に手を掛け、意識を研ぎ澄ませて行く。

 単に超振動を使うだけなら、完全に制御することが可能だ。だが、そこから更に一歩踏み込んだ、限界を超えたローレライの力を引き出すには、まだまだ譜歌の補助が必要だった。

 ラルゴ……あんたの焔を借りるぜ。

「アニス、ナタリア、ジェイド、俺の攻撃準備ができるまでの間、シンクの牽制頼んだぜ」

 俺の勝手な言葉にも、皆は無言のまま即座に頷きを返す。

 シンクをひたすら引き付けるガイの援護に、ナタリアがまず動く。

「輝ける青よ!」

 引き絞られた弓に収束する音素の光が、鏃の一点に凝縮される。
 逆巻く激流の一矢がシンクを狙い打つ。

《───エンプレスブルー!》
「ちっ───邪魔だぁっ!!」

 相手の身体を射抜く寸前、シンクが風刃を振り上げた。
 吹き荒れる暴風。掻き乱される大気の渦に、放たれた矢は完全に薙ぎ払われた。

「ならば……断罪の剣よ、光の輝きを持ちて降りそそげ!」

 直後、後方で紡がれていたジェイドの詠唱が完成する。輝ける譜陣が地を走り、暴風を捉える。

《───プリズムソード!》
「くっ───無駄なんだよ!」

 譜陣から放たれた光の剣が空を切った。譜陣の後方に飛び退いたシンクが両手を大きく後方に引く。両手が左右から交錯するように薙ぎ払われると同時、雷の鉄槌が降り注ぐ。光の剣は降り注ぐ雷光の前に、完全に相殺された。

「こっちを忘れるな───喰らえッ! 龍虎の牙!」

 後衛から放たれた連続攻撃に紛れ、間合いを詰めていたガイが、手にした刃に音素を収束させる。足元に譜陣が展開された。地に沈み込むような体制からガイは上空に飛び立つ。込められた力に、火花を散らす刃。滑空の勢いすら利用して、渾身の一閃が振り降ろされた。

《龍虎───滅牙斬!!》
「だからっ───無駄だって言うのがわからないのか!!」

 全身の体重を込められた一振りに、シンクは風刃を振り上げることで応じた。斬撃に付随して放たれた暴風の牙。大気を穿つ風刃がガイの一撃と衝突──凄まじい衝撃波を周囲に放つ。

 激突の余波に押されるように、ガイとシンクは互いに大きく間合いを離す。

「さて、無駄かどうかはわかりませんよ。皆さん、連続でいきますよ」
『応!!』

 間隙を置かず連続して放たれる一撃の数々。暴風の化身はすべてを迎撃し、どの一撃も荒れ狂う嵐を前に意味をなさない。だが、それでも誰もが攻撃の手を止めようとしない。

 積み重なる一連の攻撃を前に、相手の動きは完全に牽制されていた。

「がぁぁ……──いい加減、鬱陶しいんだよ!!」

 咆哮と同時──雷光が天を貫く。荒れ狂う風刃が地を切り裂いた。
 鳴動する大気の中心、膨大な量の音素がただ一点に収束する。

 あまりに圧倒的な力の顕現を前に、俺はただ静かに譜歌の旋律に耳を傾ける。

《───これでとどめだぁッ!》

 荒れ狂う暴風の中心、巨大な譜陣が展開された。
 陣を構成する幾何学的な紋様に光が走り、計六つにも及ぶ嵐の渦が一瞬で天を貫く。
 暴君の指揮する稲光を放つ嵐の渦は、術者の意に従い荒れ狂う。

《───アカシック・トーナメント!!》

 シンクの全身から雷光が吹き上がり──巨大な譜陣の上で旋風が疾った。

 押し寄せる嵐の渦を前に、しかし俺は臆することなく、一歩前に出る。

 紡がれていた譜歌の旋律が完成した。

 ローレライの鍵が譜歌の旋律を受けると同時──刀身が紅蓮の輝きに染まり上がった。

 触媒武器によって分断された意識体。焔を統括するローレライの力が、譜歌を媒介に復活を果たす。

 手にしたローレライの鍵を肩に担ぎ上げるように構え、一息に振り降ろす。

《───魔王!》

 大上段から振り降ろしの一閃。
 刃の軌跡を辿るように──紅蓮の焔が走った。

《────絶炎煌!!》

 灼熱の劫火が、巨大な斬撃となって、荒れ狂う嵐の渦と正面から激突する。

 猛り狂う焔の斬撃と渦を巻く暴風の侵攻は、互いに火花を散らしながら激突し──互いに喰らい合うようにして、一瞬で消え失せた。

「なっ……!?」

 驚愕に目を見開くシンクに向けて、俺はいまだ紅蓮の輝きに染まるローレライの鍵を振り上げ、間合いを詰める。

「がっぁぁあぁ嘗めるなぁぁあぁ───雷よっ!!」

 剣を振り降ろす寸前、接近に気付いたシンクが全身から雷光を放つ。

 荒れ狂う雷撃と暴風の乱舞。それは攻防一体の壁となって俺の前に立ちふさがる。たとえそこを突破したとしても、先に居るシンクの一撃が俺の命を刈り取るだろう。

 シンクが風刃を構えながら、勝利の確信に笑みを浮かべた。

 だがそれに、俺は不敵に笑い返す。

「言ったはずだ。俺は仲間を信じてるってな」

《荒れ狂う殺劇の宴───》

 人知を越えた力のぶつかり合う戦場。
 誰よりも先んじて、ひたすら気配を殺し動いていたアニスが、シンクの背後で力を解き放つ。

《───殺劇舞荒拳!》

 連続して放たれる譜業人形の一撃。拳を基点に回転する無数の譜陣が、シンクの身体を打つと同時に眩いばかりの光を放った。浸透する衝撃にシンクの身体が宙に押し上げられ、絶対的な隙ができる。

「吹き飛びな───」

 この隙を見逃す道理はない。俺はローレライの鍵を構え、大きく地を蹴った。シンクの頭上高くまで飛び上がる。鍵から放たれる超振動の光が、逆巻く紅蓮の焔となり剣先に凝縮される。

《───紅蓮襲撃っ!!》

 超振動の力を秘めた焔が光を放つ。灼熱の軌跡を描きながら、斬撃はここに放たれた。

「がぁぁぁ、ぁぁ、ぁぁぁぁーーーーー!!!」

 キィンッっと甲高い音を立てて、風刃が真っ二つに砕け散った。

 宙を舞う風刃の残骸が深緑に染まる音素の光を放つ。

 乖離する音素がローレライの鍵に吸い込まれると同時──

 光が、俺の視界を、包み込む。









                  ───レプリカ・ドール───











 複製体五号。

 彼にはそもそも名前というものがなかった。意識を持ったときには、すでにサンプルとしての番号がつけられ、性能を検出する機器やいくつもの試験に駆り出されていた。

 自分たちが作られた者であるという事実も理解していた。

 既に死ぬことが確定している導師。跡継ぎが見つかるまでの間、彼の代わりを務める代替物となるべく、自分たちは作られた。

 そう、自分一人ではなく、何人ものレプリカが生み出された。

 彼等とともに、導師としての技量を高めるべく研鑽を積んだ。そうして過ごす日々は過酷なものだったが、それなりに充実したものがあった。なぜならば、自分達が必要とされていると知ることができるなによりの瞬間だったからだ。





 だが、全ては錯覚に過ぎなかった。




 火口から投げ込まれ、焔の中に消える。肉の灼ける不快な臭いが鼻に届く。生きながら焔の中に突き落とされ、次々と死んでいく自分の仲間達。だが、彼らを殺していく者達の表情に変化は見えない。ただ淡々と事務的に廃棄品を処分をしていくだけの色が見えた。


 このとき、彼は理解した。


 ああ、レプリカとは人ではないのだ。


 だから、彼等はそもそも誰も殺してなどいない。

 不要になった失敗作を処分しているにすぎないのだ。


 この認識は誰にとっても正しく、道徳的なあらゆる声が意味をなさないこの場所においては、覆しようのない真理だった。

 そして、自分もまたそんな使い物にならないゴミの一つ。

 ただ厳然たる事実として、それを理解した。


 自らが火口に投げ込まれる瞬間が来た。抗う気力もなく、促されるまま火口に突き落とされる。

 だが彼の能力──肉体的なものは、特に強靱にできていた。彼はダアト式譜術を使いこなすべく、オリジナル以上の身体能力を備えていたからだ。

 本能的なレベルにまで叩き込まれたダアト式譜術が、死の瞬間に発動した。




 火口の淵が一瞬にして凍り付く。




 本能的な声に従い、彼は気付けば生き残る道を選んでいた。

 凍り付いたマグマの上に膝を着き、激しく息をつく自分の脇に、その男は現れた。

「素晴らしい力だ。預言に関する能力は劣化しているようだが、戦闘的な能力に限定して言えばオリジナル以上のものがあるだろう」

 男の称賛も、どうでもよかった。どちらにせよ、自分がゴミであることに違いはなかったからだ。だが、そんな自分に男は手を伸ばす。

「お前に生きる場所を与えてやろう。我が手を取り、力を貸すがいい」

 挿し出される手。彼は虚ろな瞳を男に向けながら、心の底から疑問を返す。

 生きていないものに、今更死なないことがどれほど意味をもつ? 
 それならゴミはゴミらしく、ここで死んだ方がましだ。

 投げやりに言い捨てる自分に、男は笑う。

「その死にすら意味がないとしたら、お前はどうする?」

 なにを……?

 再び差し出される手。異様な気配をまとった男が、誘いの言葉を告げる。

「我が手を取れ。さすればこの世界の真実の姿をお前に教えよう、レプリカ・ドール」


 こうして、彼は世界の真実の姿を知った。


 許せるはずがなかった。こんな紛い物の生を与えられただけでなく、死にすら解放が存在しない停滞した世界の現状。永劫回帰の牢獄。そんなものが、許せるはずなかった。

 全てを終わらせるために、彼は仮面を被り、偽りの存在として暗躍することを誓う。

 すべてが紛い物の存在。それもいいだろう。

 だが死すら許されない世界の姿は、どうしてもこのまま見過ごすことはできなかった。

 彼は全てを覆い隠したまま、オラクルへその身を投じる。

 名前をどうするかと問われたときも、彼は皮肉げに答えた。

 好きに呼べばいいさ。いや、この呼び名が僕には最適だろうね。

 狂った世界そのものに対する嘲笑の笑みを浮かべながら、彼は自らの名前を決めた。



 こうして、複製体5号、いや──第五師団師団長、烈風のシンクは、欺瞞に満ちた世界に、仮初めの生を得た。


 この無意味な世界から、ただ解放される日が来ることを、ひたすら追い求め──…………









                  * * *



 血の気の失せた顔で、シンクがよろめく身体を持ち上げる。次々と立ち上る音素の粒子が、空間に舞い踊る。限界を越えて触媒武器の力を引き出した反動か、シンクの身体は、既に大半が乖離する音素の光に包まれていた。

「くっ………この焔、第五奏器を破壊して、分断された意識を、回収していたのか」

 血反吐を履きながら、這いずるようにして、尚もシンクはセフィロトの縁まで動く。

「これ以上……繰り返させて……たまるかっ」

 身体から音素の粒子を立ち上らせながら、シンクはうわ言のように繰り返す。

「この生命が紛い物だとしても……僕の意志は……僕だけのものだ……」

 苦悶に顔を歪め怨嗟の声を上げるシンクに、アニスが顔を泣きそうな表情に歪めながら、前に出る。

「シンク……もう止めよう。レプリカとか、紛い物とか、そんなのもう関係ないよ」
「………笑えるね。あんたらに、僕の意志は何一つ、動かされない」

 地面を掻きむしる手の先から、血が滴り落ちる。だが、流れ落ちる鮮血すらもが、音素の光となって消え失せる。加速度的に乖離する音素の光に包まれながら、シンクは強引に身体を引きずり上げた。

「後は、ヴァンが全て終わらせてくれるさ」

 セフィロトの縁を背中に無理やり立ち上がると、シンクは虚ろに笑う。

「ははは……僕は、ここで死ぬ。でも、あんた達に殺されてなんかやらない」

 口端をつり上げ、シンクは呪いの言葉を告げる。

「こんな世界──大っ嫌いだ」

 傾いだ身体がセフィロトに墜ちる。落下した身体は音素の渦に飲まれ、全ては光の中に、掻き消えた。




                  * * *




 ローレライの鍵が光を放ち、ゲートから噴き出す音素の流れが停止する。

 これで、プラネットストームの停止は完全に成し遂げられたことになる。だが、達成感に浸れるような状況とは、到底言い難かった。

 俺たちの間を包む、重苦しい沈黙。

 壮絶なシンクの最期を前に、誰もが語るべき言葉を無くし、示された世界の真実に思いを馳せていた。

「──エルドラントへ行こうぜ」

 沈黙の続く、沈みきった空気を切り裂くように、俺は勢い良く顔を上げた。

「ルーク?」

 集まる視線を前に、俺は声に力を込めて訴えかける。

「ローレライが俺の中にいる限り、少なくとも世界の繰り返しは起こらねぇんだ。まずはヴァンの新世界の創世を叩き潰すのが先だろ?」

 プラネットストームは停止した。これでエルドラントへ続く道を阻むものは存在しない。

「ヴァンが目指す創世の準備が終わっちまったら、それこそ何にもならねぇからな」

「しかし、エルドラントへ向かうにしても、まずは対空砲火を潜り抜けなければなりませんよ」

 対空砲火……ああ、あれか。
 アルビオールで確認した、針山のような砲の群が思い出された。

 ガイが表情を引き締めながら、ジェイドに尋ねる。

「やっぱりあれは厄介か、大佐?」
「ええ。ですが、ケセドニアでは連合軍が反攻作戦の準備を進めているはず。新たに手に入れた情報も合わせ、詳細な対策を検討するためにも、一度ケセドニアへ戻りませんか?」

 冷静に言い諭すジェイドの言葉に、俺の暴走気味だった思考にも冷静さが戻っていく。

 確かに……このままエルドラントの直行するのは、さすがに無謀か。

「わかった。それじゃ、まずはケセドニアへ向かう。それでいいよな?」

 顔を上げ、皆に問い掛ける。それに皆も同意を返してくれた。

 次なる目的地に向かうべく誰もが動き出す中、ゲートを去る直前、俺は一人シンクの消えたセフィロトを振り返る。

 立ち上る音素の光が、目に眩しい。

 最後まで世界に絶望を抱いたまま、シンクは自らの身をセフィロトに投げ入れた。
 俺は自らの記憶に焼き付ける。シンクが抱いた世界への絶望を記憶に刻む。

 あれは、俺のもう一つの姿だ。

 一歩間違っていれば、俺がシンクの立ち位置に居たとしても、何らおかしくなかった。

 代替品としての意味すら見出されず、存在そのものを否定されたレプリカ・ドール。
 自らを生み出した世界を憎悪するも、死にすら解放が見出されぬ、停滞世界へ抱いた絶望の深さ。

 そう……俺がああなっていたとしても、何もおかしくなかったんだ。

 俺とシンクの違いなんか、たった一つしか存在しない。
 この世界に、絆を結べた者たちが存在するか、しないか。たったその程度の違い。

 だが同時に、絶対的な違いだった。

「…………」

 しばらくセフィロトを見据えた後で、俺は正面に視線を戻す。前へ進みながら、改めて覚悟を決める。

 かつて世界を滅亡寸前にまで追い詰めた、希代の化け物──オブリガード。
 怪物を封印し続けるために、ひたすら停滞世界を維持する──ローレライ。
 この世界に見切りをつけ、新たなる世界の創世を求める──ヴァン・グランツ。

 ああ、どいつもこいつも───


「──上等だ」


  1. 2005/04/19(火) 00:00:38|
  2. 【家族ジャングル】  最終章
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