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──A.L.M──

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第5話 「求めるは 永劫を穿つ響き」





                  【1】




 ケセドニアに着いたはいいが、既に日は傾いていた。

 一部の将校たちがまだ揃っていないこともあって、簡単な報告を終えた後で、本格的な会議の開催は明日改めて行われることになった。

 これまでの強行軍の疲労がたたってか、作戦部に出頭したジェイド以外の皆は、既に宿で休んでいる。

 どうにも寝つけなかった俺は、一人練兵場に足を運び、剣を振るっていた。
 既に日が落ちてから、かなりの時間が立っている。練兵場に他の人影はない。

 ダアトにおける新たな禁書庫の発見と、俺達の報告を受けた作戦本部は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。士官たちのあまりの混乱ぶりを受けて、現在は箝口令が敷かれているが、漂う不安に満ちた空気までは隠しようがない。囁かれる言葉が、下士官以下の兵卒たちにも様々な憶測を生んでいた。

 キムラスカとマルクト。両陣営の上層部にも既に報告は廻っている。
 だが、どちらも伝えられた情報に、ただ困惑するしかないというのが現在の状態だった。

 両国の研究機関も真偽のほどを確かめるべく動き出したらしいが、提出された報告書を中心となってまとめた者が、あのジェイド・カーティスということもあってか、調査と言っても、半ば以上単なる確認作業にとどまっているらしい。



 報告の内容は、要約すると以下のようなものになる。



 創世暦時代、かつて世界を滅亡寸前に追いやった希代の化け物が、ローレライの力を操る始祖ユリアと、超振動の繰り手──ローレライの使者と呼ばれる存在によって、地殻に封印された。しかし封印から漏れでた力の残滓──障気が世界から消えることはなく、怪物を完全に消し去ることもまた叶わなかった。全ての解決策として、最終的に大地は二つにわかたれた。

魔界と外郭大地。大地をわかつ一つの機構はパッセージリングによって制御され、惑星を循環する音素の流れは無限に等しいフォン・パワーを生み出し、封印を絶対のものとした。

 だが、この封印すら、永遠に続くことはなかった。

 創世歴時代から二千年が経過し、封印の限界が間近に迫った時代。パッセージリングは耐用年数の限界を向かえる。封印された化け物から漏れ出た力の残滓は次第に世界を侵し、いずれ化け物は復活するだろう。

 この事実を正確に予期していた、当時の始祖ユリアを中心とした一派は、この限界を踏み越え、オールドラントの存続を確実なものとするべく、世界に一つの法則を定める。

 パッセージリングの限界が間近に迫った時代、ローレライの完全同位体──聖なる焔の光と称される存在が地上に生まれ落ちる。この聖なる焔の光の手を借りて、音符帯に昇ったローレライは、オールドラントに向けて一つの力を放つだろう。

 それは第七音素の最高峰、消滅と再構成を司る力──惑星規模の超振動。

 放たれる力によって、オールドラントは消滅し、創世歴時代にまで遡り再構成される。そして再び二千年の時が流れ、封印が限界を向かえる度に、同じことが繰り返される。

 それが、停滞世界の真実。

 星の中枢に蓄積された歴史の流れは、いつしか停滞世界を維持するために利用され、未来の記憶を詠み上げし奇跡の御技──スコアと称されるようになった。はたして、教団が在ったが故にスコアが生み出されたのか、スコアが在った故に教団が組織されたのか。どちらが先に在ったものか、これは想像する以外にない。

 世界の再演を効率的に導く為には、既に起こった再演の軌跡を辿ることがもっともたやすい方法だった。故に、閉じた円環の中、停滞した世界は既に過ぎ去った世界の軌跡を辿りながら繰り返される。それが既に一度、終焉へと至った世界の軌跡を辿る行為に過ぎないことも知らぬまま、何度でも繰り返される。

 ローレライ教団の存在も、スコアに記された未来の記憶も、全ては地殻に封じられた希代の化け物、第八音素の集合意識体──オブリガードの復活を防ぎ、世界が続いていくために定められた、封印を補助する一連の機構を構成する歯車の一つに過ぎない。

 ヴァンはこの第八音素の集合意識体、オブリガードを使役することで、時空そのものに干渉する。世界を構成する因果律そのものを改変することによって、我々の生きる世界とは異なる、まったくの新世界の創世を導こうとしている。エルドラント上空に展開されたエネルギー体も、このオブリガードを使役することで導かれたものと推測される。

 ヴァンの目指す創世を防ぐ為にも、エルドラントへの侵攻が急がれるだろう。



 ……と、まあ、だいたいそんな感じの内容だ。



 しかし……改めて並べてみると、なんともデタラメな話だ。他人から聞かされたなら、到底信じられたものじゃなかっただろう。そんなとんでもない話を、いきなり真実だと突き付けられたんだ。作戦部が混乱するのも、まあ、仕方ないことなんだろうな。

 今、ジェイドは本部の人員と合流して、具体的な対案を練っている。ジェイドなら何らかの対策を見出すことができると信じられるが、それが明日に間に合うかは、正直微妙なところだと思う。

 いったい、明日の会議はどうなることやら。空を見上げる。月を遮るエルドラントの大地が視界に入り、知らず溜め息が口をついて出た。

 どうにも集中できない。思考を切り換えるべく、俺は改めて剣の型に意識を集中させる。柄を握る手に力を込めて、いざ振り降ろそうと持ち上げたとき。


「──随分と精が出るな、ルーク」


 背後から、其の声は響いた。




                  【2】




 練兵場で一人剣を振るっていた旧友に、カンタビレは声を掛けた。背後から突然響いた声に意識を取られてか、剣の勢いが鈍る。だがそれも一瞬。相手はこちらに顔も向けぬまま、直ぐに剣に意識を戻すと、素振りを続けたまま、どこか気の乗らない声を返してきた。

「なんだ、アダンテのおっさんか」
「あー……僕で悪かったな」
「いや、別にそういう意味じゃねぇよ。……というか、おっさんもこっちに来てたんだな」
「まあな。一応、今は僕がオラクルの代表ってことになってるからな」

 もっとも、兵力も半分以下に低下、碌に師団も機能しちゃいないがな。

 飄々と肩を竦めて答えると、ふーんと相手はどこか気の抜けた返事を返してきた。

 相変わらずの反応だな。思わず苦笑が浮かぶ。だが、今は昔話をしにきたのではない。沸き上がる旧懐の念を無理やり押し殺す。カンタビレは本題に話を繋げるべく、更に言葉を続けた。

「それより、少し話さないか?」
「ん? まあ、いいけど」
「ああ、別にそのままで結構だ」

 素振りを止めようとする相手を制す。少し離れた位置に立ちながら、月明かりを反射する剣舞の型を見据える。しばらく沈黙が続いた後で、カンタビレはようやく重い口を開く。

「シンクが残した言葉について、改めてカーティス大佐から説明を受けた」
「……そっか」

 僅かに素振りの剣速が落ちた。

「停滞世界の真実。繰り返される世界。そこから抜け出そうと足掻く、ヴァンの思い描く新世界の創世……か」
「あんまり驚いた風でもないんだな?」

 淡々と続けるこちらに、相手の声に意外そうな気配が籠もる。それにカンタビレは苦笑が浮かぶのを感じた。

「シンクにぶった切られた禁書庫の書類を回収したのは僕らだからな」

  ほとんどが判別不可能なまでに細切れにされていたが、それでも部分的に読み取れるものはあった。それらの資料をまとめ、カーティス大佐と作戦部に上げた報告書の作成にも、カンタビレの部隊は関わっている。

「それに……これでもローレライの研究者だったんだ。世界の歪みについては、それなりに感じていたさ」

 もっとも、世界が同じ歴史を繰り返しているだなんてことは、いくらなんでも考えつかなかったけどな。そう自嘲気味に付け加える。

 これまでこの世界に在って当然と考えられていた未来の出来事を詠み上げた預言──スコア。

 あって当然と考えられていた対象は、思考の硬直化を生み出す。スコアに関する研究は長い間停滞していた。せいぜいが年に数度、新進気鋭と売り込みを掛ける研究者が、学会でとんでもない仮設をぶちまけて、名を売ろうとするぐらいだ。

 ……そう、かつての僕のようにな。

 ひどく自嘲じみた笑みが浮かぶ。あの論文が、結局ヴァンに目をつけられることになった原因だったわけだ。そんな自分ですら、今回示された世界の真実とやらは予想を遥かに越えた地平に在った。結局、ある程度の違和感を感じていた自分ですら、その程度に過ぎなかったのだ。事前知識もなしに、真実に触れたヴァン達の抱いた絶望は計り知れない。

 ……少し思考が横道に逸れたな。

 ともすれば際限なく横道に逸れそうになる思考の流れを、今は無理やり押しとどめる。今は、そんな当たり前のことについて話しをしに来たのではない。

「ルーク。ついでに一つ聞きたいんだが、シンクを倒したとき、風刃も破壊したんだよな?」
「ああ、そうだぜ」
「触媒武器の残骸はどうなった?」

 唐突な質問。ルークは怪訝な顔をしながらも、手にした鍵を掲げて見せた。

「たぶん、ローレライの鍵に取り込まれたと思うぜ」
「……鍵に取り込まれた、か」

 予想外に低い声が出た。

「おっさん?」

 素振りを止めて、ついにルークがこちらを振り返った。相手のもの問いたげな視線を無視して、カンタビレは一方的に要求を告げる。

「ルーク、少しばかりローレライの鍵を貸してくれ」
「鍵を? まあ……いいけどな。ほい」
「あんがとよ」

 投げ渡された鍵を片手で受け取り、もう一方の手をかざす。小さな譜陣が展開された。解析用の譜陣。譜陣越しに鍵の全体を確認し終えると同時、音素の光は消えた。

「……やっぱり、そうか」

 以前、地殻からルークが帰還した時も、ローレライの鍵に関する情報は一通り記録してある。そのとき採取された情報と、今読み取った情報の間に、差異は存在しなかった。かつて測定された以上の第七音素は、鍵からは検出されなかった。

 ローレライの鍵に、触媒武器から解放されたローレライの構成意識は存在しない。

 次第に、表情が険しくなっていくのを自覚する。

「どうしたんだ、おっさん?」
「返すぞ」
「──っと。いや、だから、どうしたんだ?」

 投げ返された鍵を受け取りながら、ルークが再び問い掛けてきた。

 相手の困惑した表情を前に、カンタビレは迷う。伝えるか否かではない。どう伝えるのが一番いいか。選ぶべき行動に迷っていた。

 だが、どれだけ考えたところで、最初から選べるようなものは、何一つとして存在しないことに気付かされる。結局、そう動く以外にないのだ。

 黙り込んだこちらをどこか心配そうに見据えるルークに、カンタビレは顔を上げる。

「……カーティス大佐が提唱した理論の一つ。完全同位体に関する理論で、ビッグバン現象と呼ばれるものがある」
「大爆発……?」

「ビッグバン現象とは、オリジナルからレプリカの肉体へ音素情報が流出する過程で起こる現象だ。これは音素振動数がオリジナルと完全に同一な完全同位体との間にのみ発生する現象と言われている」

 第一段階、まずオリジナルの身体情報を構成する音素が外部に流出を始める。
 第二段階、流出した音素情報が流れ込む先としてレプリカの肉体を見出す。
 第三段階、音素情報の流出が完全になされ、オリジナルの意識がレプリカの身体に宿る。

「──そして最終段階、レプリカの意識が消え失せ、ビッグバン現象は終焉を向かえる。こうした結果が、生きた年月の差によって導かれるものなのか、それは定かではない。ただ一つ言えるのは、レプリカの肉体にオリジナルの意識が流れ込む事で、レプリカの意識は消え失せる」

 すなわち、魂の死だ。

「レプリカの肉体と意識を結びつけていた精神の残滓──記憶は残るが、そこにいるのはあくまでオリジナルの意識をもった存在であり、オリナル以外の何者でもない」

「………おっさん。ようするに何が言いたいんだ?」

 ひどく強張った表情で、ルークがこちらを見据えていた。

「もっと簡単に言えよ。つまり、俺とアッシュの間に……そのビッグバン現象が起りつつあるってことか?」

 相手の深刻な表情を見返しながら、しかしカンタビレは小さく首を左右に振った。

「いや、そうじゃない。オリジナルとレプリカの間に問題が発生する場合、そのほとんどはオリジナルから音素情報が採取された数日後に発生している。既にお前が生まれてから数年が経過している以上、アッシュの音素情報は安定しきっているだろうからな」

 あいつからお前に音素情報が流入する可能性は皆無だ。そう断言するカンタビレに、一瞬安堵の息をついた後で、より一層ルークの顔は怪訝そうにしかめられて行く。

「………なんか、ますます、おっさんが何を言いたいのか、よくわからなくなったんだが?」
「安心しろ、ここからが本題だ」

 戸惑う相手の顔を正面から見据え、カンタビレは続ける。

「今、お前の中にはローレライの中枢、第七音素の集合意識を統括する存在──ローレライの中枢意識体が存在するな?」
「まあ、そうらしいな。一応何回か聞いた気はするんだが、やっぱり中枢ともなると、他の分断されたローレライの意識とは何か違うのか?」
「ああ。集合意識体は文字通り、意識の集合体だからな」

 寄り集まった無数の意識は、中枢足り得る意識によって統括されている。

「ルーク。お前はそんなローレライの核たる中枢意識を、自らの肉体に取り込んだ状態にある。そして、お前はアッシュのレプリカで、完全同位体だ。だが、アッシュはもともと音素振動数が第七音素と同一の存在。つまり、お前はローレライの完全同位体でもあるんだよ」

 告げられた言葉に、ルークが目を大きく見開く。

「今のお前は、さっき説明したビッグバン現象が発生した初期の段階と、ひどく似通った状態にあると言えるだろうな」

 一つの器に、それ以上の意識が同時に存在する状態。
 この場合は、オリジナルがローレライ、レプリカがルークになるだろう。

 最終的にレプリカ側の意識が消え去る現象だ。
 ルークは動揺を顔に浮かべた後で、しかし直ぐに何かに気付いたように、はたと首を傾げた。

「ん? でもおっさん。俺が地上に戻ってきてからだいぶ経つが、俺の意識は別に消えちゃいないぞ」

 音素情報の流入が始まっているとしても、既に数カ月は経っていることになる。通常の場合でも、音素情報の採取されたオリジナルと同位体の間に問題が発生するかどうかは、早くて数日以内には判明すると言う。なにかが起こっているなら、兆候ぐらいは感じても良さそうなものだが。そう疑問を漏らすルークに、カンタビレは頷き返す。

「ああ、そうだな。カーティス大佐からも聞いたが、お前の意識には特に問題は生じていない。それは何故か? 答えは、ローレライの現状にある」

 しばし考え込むような顔で唸った後で、ルークは何かに気付いたように、はっと顔を上げた。

「まさか……触媒武器に、今のローレライの意識が分断された状態にあるからか?」
「そういうことだな」

 ヴァンはローレライの力を弱めるべく、やつの構成意識を触媒武器を用いて無数に分断していた。結果として、集合意識体なんて言うとんでもない容量の意識体を、自らの内に取り込んだ状態にあると言うのに、ルークの自我がローレライに飲まれることはなかった。

「もちろん、お前自身の意識が地殻で少しでも不安定な状態になっていたら、今頃どうなっていたかはわからないがな」
「…………」

 次第に堅い表情になるルークに背を向け、カンタビレは徐々に相手と距離を取り始める。

「触媒武器には、ローレライの集合意識から分断された、意識の断片が括られていた。だが、六神将を倒す度に、お前は触媒武器を破壊して、そこに囚われた意識を解放してきた」

 腰に挿された自らの触媒武器、地剣に手を添えながら、淡々と説明を続け、最後に決定的な言葉を告げる。

「このまま進めば、お前の中で──ローレライは復活する」




                  【3】




「──…………は?」

 何を言われたのか、とっさに理解できなかった。思わず間の抜けた言葉が口をついて出た。だが、目の前の相手は一切を無視したまま、淡々と言葉を続ける。

「このままローレライの力が回復していけば、最終的にお前の身体を統制するものは、より強い意識──自我をもった方になるだろうな」

 脳裏に過る無数の光景。

 断ち切られる闇杖。火槍。風刃。
 鍵に吸い込まれるように消え失せる、触媒武器の残骸。

「相手は腐っても世界法則を司る意識体だ。このままローレライが復活すれば、お前の意識は為す術なくやつの意識に飲まれる。そして、ローレライの望むことは一つ。この世界の維持だ」
「…………」

 パッセージリングの耐用年数が限界を向かえ、オブリガードの復活が目前に迫った時代。
 地上に生まれ落ちる完全同位体の手によって、ローレライは音符帯に昇る。
 そして……

「……音符帯から放たれる惑星規模の超振動によって、世界が繰り返される……?」
「そうだ。ローレライがお前の人格を統制したとき、超振動による世界の再演が起こるだろう」

 こちらに背を向けながら、距離を取っていたおっさんが、不意に足を止めた。尚も振り返らぬまま、背中越しに言葉が届く。

「おそらく、ヴァンにとってもこの事態は予想外のものだったはずだ。地殻にお前の器を投げ捨てたのも、ローレライの行動を制限する手段の一つだったろうからな」

 ローレライの行動を制限?

「でもおっさん。聞いた話だと、ヴァン達はセントビナーの一件にも特に妨害の動きを見せなかったんだろ? 地殻でローレライに意識を飲まれた状態で、俺の身体が地上に戻ってたら、それこそ、やつにとっても最悪の事態が起こり得たんじゃないのか?」

 どうも納得が行かない。首を捻る俺に、そうでもないと、おっさんは否定を返す。

「仮に地殻でお前の意識がローレライに飲まれた状態で、やつが地上へ出ることがあったとしてもだ。衰弱しきった状態にあった当時のローレライに、惑星規模の超振動を放つ力はなかったからな」

 むしろ、お前の身体を碌に動かせたかどうかも怪しいところだ。そう肩を竦めてみせた。

 改めて、告げられた言葉の内容を振り返る。

 つまりだ。触媒武器を破壊することで、分断された意識が回収され、ローレライは力を取り戻して行く。このまま音素情報の流入が進めば、誰にとっても最悪の事態が起こりうる。なら、逆を言えば……

「これ以上、俺に触媒武器を破壊するなって言いたいのか、おっさん?」

 そういう話なら納得だ。触媒武器に囚われていた意識体を回収する度に、俺自身の力が上がっていたような感覚もあったが、あれも俺の中でローレライが力を取り戻していった過程で起こった、副産物に過ぎなかったんだろうな。

 ようやく話が掴めたと、少し安心しながら問い掛ける俺に、しかしおっさんは曖昧な言葉を返す。

「……それで収まれば、話しは早かったんだがな……」
「ん、それってどういう意味だ?」」

 怪訝に想いながら問い掛ける。だが相手はこちらに背を向けたまま、質問とは関係ない言葉を口に載せる。

「……カーティス大佐達と行った協議の結果、世界の再演が起こらない状況が、わかっているだけで三つある」
「おっさん……?」

「一つ、ローレライがこれ以上力を取り戻すことなく、お前の自我がローレライを押さえ続けた場合。これは今の状態が続くのと同じことだが、お前の寿命がつきればローレライは解放される。ひどく消極的な策だ。また、このままヴァンの進める創世が訪れたならば、意味のない方法でもある」

 こちらの問い掛けを無視したまま、一方的な話が展開されていく。

「一つ、世界そのものの枠組みを再構築させた場合。これは、ヴァンがやろうとしていた方法だ。既存の世界法則そのものが、覆されるんだ。音素というこの世界を構成する最も基本的な法則すら一変されるだろう。この世界が無くなる事を別にすれば、あらゆる問題が解決する方法ではあるな」

 そこで、おっさんは言葉を切った。

「……なら、最期の一つってのは、いったい何だ?」

 淡々と説明を続ける相手の雰囲気に飲まれるように、気付けば俺は問い掛けていた。

 無言のまま振り返るおっさん。手には抜き身の地剣が握られていた。

「最後の一つ。それは──」

 ──直後、背筋が泡立つ。本能が命じる声に従うまま、とっさにその場から飛び退く。

 荒れ狂う衝撃波がこめかみを掠めて飛んだ。放たれた重力波を伴う斬撃によって、練兵場はズタズタに切り裂かれる。一瞬遅れて、大地そのものが砕け散った。

「おっ、さん……?」

 目の前で、抜き身の地剣を肩に担ぎながら、殺気を周囲に放射する者は、いったい誰だ?

「最期の一つ」

 それは第七音素と第八音素。世界の停滞と破滅の原因たる両音素の、中枢たり得る意識体のどちらか一方を、完全に消滅させた場合。

「……世界の再演も、ローレライの中枢意識が、怪物の復活する前兆を感じ取って、始めて動き出すものだ」

 破滅をもたらす怪物の存在そのものが消滅するか、あるいは再演を起こすローレライの中枢意識が消え去れば、世界の再演もまた、起こらなくなるのは当然の帰結。

 肩に担いだ大剣の切っ先が、俺に突き付けられる。

「そして、第七音素と同じ音素振動数、ローレライの力を備えた触媒武器を使った攻撃なら、お前の身体からローレライを乖離させることなく、お前をローレライ諸共──殺すことが可能だ」
「っ──!?」

 強引な踏み込み、剣先に収束する地属の力。目の前に迫る切っ先。

 鳴り響く高音。辛うじて引き寄せるのが間に合ったローレライの鍵が、叩きつけられた剣の衝撃に火花を散らす。

 何が起きているのか、思考が追い付かない。

 交錯する剣越しに、俺は斬りかかった相手に叫ぶ。

「くっ……おっさん、本気なのか!? 最初に言った、方法じゃ、ダメ、なのかよ!?」

 突然の襲撃に混乱しながら、それでも必死に頭を動かして反論する。

 ローレライがこれ以上力を取り戻すことなく、俺の自我がローレライの意識を押さえ続けた場合も、世界の再演は起こらないはずだ。確かに、俺の寿命が尽きるまでというタイムリミットはあるかもしれないが、ヴァンの創世を防げば、かなりの時間がまだまだあるはずだ。その間に、他に方法はないか探ればいい。

 必死に訴え掛けるが、相手は微塵も揺らがない。

「……全ては、最初に言ったビッグバン現象に繋がることだ」

 ローレライの構成意識が分断され、触媒武器に括られている限り、音素情報の流入も遅々としたものになるだろう。だが、それでもローレライは確実に力を取り戻していく。

「これは、ビッグバン現象の研究過程で判明した事実だ」

 そう前置きすると、おっさんは端的な言葉で、最悪の事実を告げる。

「一度始まった音素情報の流入を防ぐ術は、存在しない」

 告げられた言葉に、俺は愕然と目を見開く。

 交錯する剣越しに見える相手の表情からは、何の感情も読み取ることができなかった。押し合う剣に込める力を、一瞬も緩めることなく、地剣の担い手は淡々と続ける。

「つまり、仮に残りの触媒武器を破壊することなく、ヴァンの創世を止めたところで、いずれローレライはお前の中で復活する。復活したローレライにお前の自我が飲まれたとき、やつは音符帯に昇るだろう」

 そして、世界は再び永劫回帰の牢獄に囚われる。

「だから選べる道も、最初から、一つしか存在しない」
「──っ──ーーー!?」

 交錯する剣に力を込め、互いにその場を飛び退く。

 一切の躊躇いなく、振り降ろされる一閃。身体を切り裂く寸前、反射的に切り上げた切っ先で弾き返す。

 交わされる剣戟。連続して響き渡る甲音。

 動揺に意識を掻き乱されながら、ただ身体に叩き込まれた反射行動に従い、俺はひたすら相手の攻撃を受け流し続ける。

 だが、そんな気の抜けた状態で、いつまでも相手にできるような存在ではない。

 目の前に迫る切っ先。発射的に、剣先を跳ね上げ、攻撃を弾く。
 不意に相手は身体を翻す。腕が、身体が、足が、大きく後方に回転する。

 攻撃を弾かれた勢いすら利用した、全身の体重を乗せた回転斬りが放たれた。

「がっ───!!!」

 衝撃に苦悶の声が漏れた。斬撃の勢いに押し負けた俺の身体は遥か後方に吹き飛ばされる。辛うじて体制を崩すことだけは防いだが、それでも相手に行動の自由を与えたまま、間合いが離されてしまった。

「──断ち切れろ」

 轟く裂声。カンタビレの肩越しから振り降ろされた大剣が、大地を薙ぎ払う。

《臥竜───滅破!!》

 巨大な斬撃が放たれた。斬撃の余波に地面が捲り上がり、大地は地響きを上げながら砕け散る。

「くっ─────」

 低く身体を転がして、一撃をやり過ごす。衝撃の余波に強かに身体を打ちつけられながら、荒れ狂う重力波に耐える。


「これで最後だ、ルーク」


 地剣が地面に突き立てられる。

 剣の切っ先が光を放つと同時、巨大な譜陣が展開された。
 地響きを上げながら揺れ動く大地の中心に、爆発的な勢いで音素が収束する。

《重圧の軛に、囚われ朽ちろ───》

 光輝く譜陣に制御されながら、俺の頭上で漆黒の重力場がうねりを上げた。
 譜陣はゆっくりと回転しながら、どこまでも力を高めて行く。

《───グラビティブレス》

 漆黒の重力場が、俺の全身を押し潰す。
 全身を貫く超重力の軛に、俺は絶叫を上げた。

「ぐぁぁぁぁああぁっ────っ───っ!!!?」

 ズンっと音を立てて、俺の立つ大地が陥没する。全身の筋肉がビキビキと音を立て、骨がギチギチと軋む。地面に突き立てた剣に寄り掛かり、辛うじて倒れ込むのだけは防ぐが、そんなものは気休めにもならない。

 全身を襲う苦痛に耐えながら、俺は相手に縋り付くように、腕を伸ばす。

「おっさん……本気、なの……か……っ!?」

 答えは返らない。

「おっ……さん……っ!?」

 答えは返らない。

 さっきの話が事実なら、確かに俺の中のローレライを殺せば、世界の繰り返しは防がれる。だから、おっさんは選んだのか? 俺を切り捨てることで、永劫回帰の牢獄から解放される道を──……

 全身を貫く苦痛に激しく思考が掻き乱される。一瞬の内に、無数の考えが浮かんでは消えた。

 ぐちゃぐちゃになった思考はまとまりを持たない。全ての答えを求め、俺は目の前の相手に縋り付く。

「──答えろよっおっさんっ!?」


 答えは、返らない。




 両足から、骨の砕け散る致命的な音が響いた。




 ────死にたくない。




 両腕から、断裂した筋肉が鮮血を噴き出した。




 ────死にたくないか。なら、どうすればいい?




 薄れ行く意識の間隙に、紛れ込むようにして、囁き声が響く。




 ────簡単な話だ。この状況をつくった奴を───






 殺される前に、殺せ





 乾いた声が告げた。





                  【4】




 ガラスの砕け散るような音を立てて、重力場が崩壊する。
 強引に振り上げられた鍵の一閃によって、力場はたやすく切り裂かれた。
 自由を取り戻したルークが、自らの敵対者に向けて駆ける。

 ルークの身体を深緑の風が取り巻き負傷が一瞬で完治する。鍵の刀身から紅蓮の焔が吹き上がり天を貫いた。踏み込んだ大地を漆黒の闇が伝い喰らい尽くす。

 戦場を埋めつくす暴虐なまでに強大な力の波動。

 どこまでも荒々しい、獰猛な殺意が世界を貫いた。

 間合いは一瞬で消失する。カンタビレは反応すら出来ない。
 棒立ちになるカンタビレに向けて、殺戮の鎌は振り抜かれた。



「──────」



 滴り落ちる鮮血。

 喉元に突き付けられた刃。

 薄皮一枚を切り裂いたところで、剣先は停まっていた。


「ぐっ───がぁっ───」

 苦悶の声を上げながら、殺意の担い手は自らの頭を押さえた。荒れ狂う意識の波に苦しみながら、すべてを強引に撥ねつけるように、空を仰ぐ。


「───テメェらは、いい加減、黙ってろっ!!」


 ルークの身体を取り巻く風が凪に戻る。鍵の刀身に絡みつく焔が燃え尽きた。地に広がる闇が霧散する。

 この一喝に、周囲を圧倒していた殺意の波動は、まるで最初から存在しなかったとでも言うかのように、一瞬で消え失せた。

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 荒い息をつきながら、ルークは乱暴に剣を地面に突き立てる。

「──何を考えてやがる、おっさん!」

 ついで目の前に立つカンタビレの胸ぐらを掴み上げ、吼えた。

「あと一歩、間違えれば、俺はあんたを殺してる所だったんだぞ!! しかも触媒武器を使ったあんな一撃を放つなんざ、本気で俺を殺す気かよ!?」

 怒鳴り声を上げるルーク。それにカンタビレは抗うでもなく、胸ぐらを掴み上げられるに任せたまま、ようやく口を開く。

「…………ルーク……お前、なんだな?」
「あん? 何当たり前のこと聞いてんだよ」

 返された反応に、カンタビレの口から安堵の息が漏れた。

「……何とか、成功したってことか。……さすがに、肝を冷やしたな」
「だからさっきから何を訳わからんこと──……って、マジで大丈夫か?」

 自分の掴み上げる相手の異変にようやく気付いてか、ルークが慌てたように尋ねてきた。

 カンタビレの顔色は完全に青ざめ、全身から滴り落ちる汗が次々と地面を濡らす。全身に力は入らない。ルークに掴み上げられた部分に寄り掛かるようにして、辛うじて体制を維持する。それがなければ、今頃地面に倒れ伏しているだろう。

 さっきまで剣を突き付けあっていた相手と同じ人物とは到底思えない、疲弊しきったカンタビレの様子に、それまでの気勢を削がれてか、ルークが僅かに怒気を収めた。ついで、呆れたような口調で尋ねる。

「はぁ……もうマジで訳わからんな。本気で、何を考えてたんだ、おっさん?」
「まあ、今からそれを説明するよ。だから、そろそろ放してくれると、助か……──うっ──」
「って、おっさん! おい!! 白目向いてる場合じゃ、げっ! というか、これはマジでやばく───」

 人気のない練兵場に、ひたすら動揺しきったルークの声が木霊した。




                  【5】




「あー……大丈夫か? マジで」
「ああ、もう落ち着いたよ」

 いまだに青ざめた顔のおっさんに、本当かよと思ったが、これ以上それに拘っていても話が進まない。だから、本題を切り出す。

「それで、話してくれるんだよな?」
「ああ。全て説明する」

「なら聞くが、さっきの戦闘はいったい何だったんだ?」
「……さっきの話の続きになるが、お前の中にローレライの中枢意識は存在する」

 カンタビレがこちらの胸の中心を指さす。

「一度始まった音素の流入を途中で止める手段がないのも本当だ。このまま行けば、ヴァンを倒して新創世の創世とやらを止めても、いずれローレライはお前の中で復活し、世界の再演が起こるだろう」

 そこで言葉を一旦切ると、おっさんは指を天に向ける。そこには月明かりを遮るエルドラントの大地があった。

「だがな、全ての元凶たるオブリガードが完全消滅すれば、話は別だ」

 告げられた言葉に、これまで一方的にされてきた話の一つが蘇る。

 ──三つ目の方法。それは第七音素と第八音素。世界の停滞と破滅の原因たる両音素の、中枢たり得る意識体のどちらか一方を、完全に消滅させた場合だ。

「つまり、あれか? さっき言ってた三つ目の方法の、別バージョンってことか」

 俺の中のローレライじゃなく、オブリガードを消滅させるってことか? 尋ねる俺に、相手もそうだと頷き返す。

「ローレライが世界を再構築しようとするのも、オブリガードが復活する前兆を感知してのことだからな。当然、オブリガードが消滅しても、世界の再演は防がれる。だが、一つの属性を司るような意識体を完全に消滅させようって言うんだ。必要になる力はそれこそ膨大。これを成し遂げるためには、お前が自らの内にすくうローレライの存在を自覚して、制御する必要があった」

「自覚して、制御するか」

「ああ。顕在化したローレライの力は強大。だが、ローレライの意識に手綱をつけることなく、この力を無自覚に使うのは危険だ。お前も、これまでに何度か覚えがあるんじゃないか?」
「……言われてみれば、まあ、確かに……」

 思い出すのは、フェレス島における戦闘。闇杖を叩き切ったときの意識の流れなんか、まさにそれだろうな。

「さらに言えば、ローレライの完全な制御が成功すれば、今後も音素情報の流入が続こうが、お前の意識がやつに飲まれることはなくなる」

 つまり、全ての問題が解決する。そう続けた後で、おっさんは僅かに顔をしかめた。

「だがな、問題が一つあった。ローレライの意識が顕在化しないことには、そもそもお前が自らの内に巣くうローレライの存在を自覚することは不可能だった。ローレライを制御する切っ掛けを掴むためにも、やつの意識を刺激して、一度表に起こしてやる必要があった訳だ」

 ローレライの意識を刺激、か。……ん、待てよ? ということはだ。

「おっさん、問答無用で俺に襲いかかった理由も、もしかして、それなのか?」
「そういうことだ。ローレライの意識が表に顕在化するのも、お前の器に危機が迫ったときぐらいだからな」
「はぁ……無茶するぜ」

 恨めしげな視線を送る俺に、おっさんは苦笑を刻んだ。

「そうでもないさ。なにしろまだローレライも完全な状態にはほど遠かったんだ。勝算はかなり高かいものがあったよ。それとも、完全な状態に復活したローレライと勝負する方がよかったか?」
「うっ…………まあ、それよりはマシか」

 確かにこの先、完全な状態になったローレライの意識に手綱を付けるよりは、まだマシなのかもしれない。……そもそも比較対象からして、何かが間違ってるような気がしてならない訳だが。

「僕がお前に剣を向けた理由はそんな所だ。で、こいつはどうする?」
「ん? って、地剣か」

 差し出される裁ち鋏のような奇怪な形状をした大剣。
 ローレライの司る地属に関連した、構成意識が括られた触媒武器。

「今のお前はローレライを完全な制御下に置いた状態にある。だから、今更新たに一つ二つ分断された意識が回収されたところで、大した影響はない」

 つまり、地剣を破壊して取り込んでも、大丈夫ってことか。

「それにいずれヴァンとぶつかるんだ。今のお前がローレライを制御したと言っても、第八音素の集合意識体は、完全な状態のローレライをもってしても、滅ぼしきれなかった化け物って話しだ。どっちにしろ、ある程度力を取り戻したローレライを制御下にでも置かない限り、勝算は低い」

 どうする? そう言って、再度差し出される地剣。
 受け取った地剣を一瞥した後で、俺はそのまま地面に突き立てる。

 腰に挿したローレライの鍵に手を掛け、一閃。

 絶ち切られた触媒武器は山吹色の音素の光を吹き上げ、俺の中に取り込まれた。
 ローレライを完全に制御下に置いた今、俺の意識が掻き乱されることはない。

「……進めといて何だが、ずいぶんとあっさり決めたな」
「どっちにしろ必要な力なんだろ? なら、ありがたく貰っておくさ」

 レムの塔で垣間見た第八音素の力の一旦。エルドラント上空で膨張を続ける漆黒の第八音素の集積対。
 あれに対抗する為には、まだまだ今の俺では足らない。せっかく力をつける機会があるんだ。可能な限り、貪欲に汲み取っておくべきだろう。

「そうか。なら最後に一つ。一応、カーティス大佐と連名で司令部に上げた作戦案も、だいたい今言った方針に沿ったものになっている。おそらく、明日の会議で詳しい部分を詰めることになるだろうな」

 つまり、あとは明日になるまでわからないってことか。

「まあ、方法が方法だけに、ちょっとばかし複雑な心境だが、いろいろ助かったぜ、おっさん」

 軽い口調で礼を言う俺に、しかし、おっさんは顔を逸らした。

「……礼を言われるようなことは何もしていないさ。この案にも……何も問題がない訳じゃないからな」
「ん、まだ何かあるのか?」

「第七音素の対極に位置するような音素の集合意識体を消滅させるんだ。そんな規模の超振動を放つには、完全に覚醒した状態のローレライの力を、それこそ全力で振るう必要がある。だが、それでオブリガードが消滅したとしても、覚醒したローレライの力を全力で振るったとき……それでもなお、お前が自分の意識を保てるかどうかの保証は、何もない」

 そう言って、おっさんは顔を俯けた。

「勝手な言い分だよな。他の選択肢も碌に示さずに、実行者に危険が及びかねないような不安定な方法を一番にすすめるんだ。だが、それでも、お前に頼る以外にないのが現状なんだ」

 ひどく陰鬱な表情が相手の顔に浮かんでいた。俺に対する負い目がよっぽど深いのか、いつまで経っても、おっさんは顔を上げようとしない。

 ……なんだか、段々腹が立ってきたな。俺はゆっくりと拳を握ると、おっさんの前に立つ。

「おっさん」
「ん?」

 顔を上げたおっさんの頭を、思いっきりぶん殴る。体重を乗せた全力の一撃。かなりいい感じに入ったのか、おっさんは盛大に吹き飛ばされた。

「ぐぉぉっぉっ!? 頭が割れるように痛むーーーっ!?」
「ふん。そいつは良かったな。少しは気分がスッキリしたか、おっさん」
「ぜんぜん良かねぇよ!! ってか、いきなり何しやがる、ルーク!?」

 地面を転げ回りながら、苦悶の声が上げていたおっさんが、即座に起き上がってこちらに喰ってかかってきた。それに俺は拳を軽く振って応える。

「まあ、こいつでチャラにしようぜ。問答無用で俺に襲いかかった件も、オブリガードへの対応方法も──三年前の件も、全部合わせてな」

 おっさんが目を見開く。

 これまで無意識のうちに、俺たちが触れることを避けていた話題。

 三年前、俺の世界は一度崩壊している。

「ギンナルが死んだあの日、結局、俺は何もできなかった。おっさんは全て終わった後に、黙って街から消えた。正直ショックだったな。少しの間、おっさんのこと恨んでた時期もあったんだぜ? でも、結局、何もできなかった俺なんかがどうこう言えた話しじゃないってのにな。随分と勝手なやつだよ」

 それでも、こうして再会した今、俺たちは何事もなかったかのように、かつてのような距離をもって言葉を交わしてきた。

 だが、内心で互いに負い目を抱えたままじゃ、気分が良くないのは当然だよな?

 おっさんの顔を見据え、一息に告げる。

「だからさ。これまでのことも全部合わせて、今の一発でチャラにしようぜ。負い目を抱くとか、そんなのはもうさ。俺たちにとってしてみれば、今更の話だろ?」
「ルーク……」

 呆然と俺を見据えるおっさん。少し照れくさいものを感じる。だが、ここはあえて言い切る。

「それに最初からヴァンの創世は止めに行く予定だったんだ。その予定にオブリガードの消滅が新しく加わったところで、大した違いはねぇさ。おっさんが、俺に負い目を抱く必要なんか何もねぇよ」

「……だが、それでも僕は…………」

 暗い表情で、おっさんは尚も言い募ろうとする。幾ら言ってもわかろうとしない相手の強情さに、俺はとうとう叫んでいた。

「がぁぁあぁぁ! だから、気にする必要なんざ何もねぇの! ローレライの力を全力で行使するのに問題があったとしてもだ。俺は絶対にローレライなんかに負けねぇよ」

 ああ、そうだ。もう俺が自分を見失うようなことはない。

「ヴァンも、オブリガードも、ローレライも───」

 ローレライの鍵を天に向け突き付ける。

「どいつもこいつも上等だ。俺が、全部叩き潰してやるよ」

 盛大に啖呵を切った。

 俺の傲岸な宣言に、おっさんはしばし呆然とした様子で目を見開いていた。だが、突然顔を俯けると、次第に肩を震わせ始める。

「おっさん?」

 震える肩の勢いが限界を超え、身体を二つに折る。腹を押さえながら、おっさんは盛大に笑い声を上げていた。

「っ──くくくっ─っははっ! ああ、そうだな。お前はそういう奴だったよな!」
「へっ、ようやく思い出したかよ」 

 目尻を拭いながら、おっさんは顔を上げた。

「ああ。これでもかってぐらいにな。本当に羨ましくなるような底抜けのバカだよ、お前は」
「ぐっ……褒められてるような気がぜんぜんしねぇが……まあ、否定もできねぇか」

 結局どこまで行っても、俺の根っこの部分は変わらないってことかね。

 一頻り笑うと、おっさんは身体を起こす。浮かぶ表情に、隠逸な影は見えない。

「もう心配とか遠慮はしない。とっととエルドラントに突入して、全て終わらせて帰って来いよ、ルーク」
「ああ。安心して任せとけ、おっさん」

 肩を叩くおっさんの信頼の籠もった言葉に、俺は力強く頷きを返した。




                  【6】




 練兵場から去っていくルークの背中を見送る。

 負けた。本当に完敗だった。だが、不思議と嫌な感じはしない。むしろ、救われたのかもしれない。カンタビレは先程交わした言葉を思い起こす。

 見るものが見れば、あいつが歩んできた道は、あまりに過酷なものに映るだろう。だが、あいつはそれがどうしたと言わんばかりに、決して顔を俯けることなく、真っ直ぐな道を歩み続けている。一度すべてに背を向けて逃げ出した自分とは大違いだ。

 本当にかなわないな。

「──宜しかったのですか? 我々の動きについては、何も伝えずに済ませても」

 ルークが練兵場から完全に去った後、カンタビレの背中から其の声は響いた。だが動揺することなく、カンタビレは言葉を返す。

「さてな。結局はあいつがヴァンの所まで辿り着かないことには始まらない。そのときが来れば、いずれわかることだろうさ、ライナー」

 背を向けたまま、自らの副官に呼びかける。

 ライナーがここに居るのは、自分の要請があったためだ。何しろ、ローレライの意識を無理やり覚醒させて、ルークに捩じ伏せさせるという荒技に挑むのだ。万が一の場合を想定して、師団の者達には背後で待機して貰っていた。

 まあ、全てが終わってみれば、本当に無駄な心配に過ぎなかったわけだが。

「……分の悪い掛けのように思ってしまうのは、私が彼についてさして知らないためでしょうか?」
「まあ、誰だって一個人に全てを掛ければ不安にもなるさ」

 第八音素集合意識体──オブリガード。

 各地に点在する童謡にも、その威容は語り継がれていた。『あいつ』がモースから伝えられた真実の下、世界中の古代遺跡を駆けずり回って蒐集した遺物にも、その存在を示唆する情報が多数含まれていた。

 第七音素の対極。歴史の裏に抹消された存在。世界を破滅に導く怪物。

 かつてローレライですら滅ぼしきることができず、地殻への封印と、プラネットストームという無限に等しいフォン・パワーを生み出す世界規模の牢獄を構築する以外に、対処することが叶わなかった存在だ。

 そんな規格外の化け物を相手にすると思えば、不安に感じない方がおかしい。

「だが、僕は気付いたよ。問題の本質は別にあるのさ。どうしても不安を消せないようなら、簡単だ。考えればいい。いったい自分に何ができるのか? そいつを考えればいいのさ」

 わかるだろ? 肩を竦めて言い放つ。すると相手はどこか納得したように首を頷かせた。

「なるほど。つまり、我々はいつも通りの行動をすればいい。そういうことですね」
「ああ、そういうことだな」

 天空に浮かぶ栄光の大地を見上げる。自分たちがエルドラントへ向かうことはできない。だが、ルーク達を送り出して、そこで全てが終わる訳でもない。地上に残った者たちにも、まだまだできることはあるはずだ。

「そう……少しでもあいつの力になるためにも、な」


 それぞれが、それぞれのできることに全力を尽くす。

 ただ、それだけのことだった。



  1. 2005/04/18(月) 00:00:37|
  2. 【家族ジャングル】  最終章
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