全手動軽文量産機

──A.L.M──

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─第三幕、全てが失われた日─


……の事実より、身体を構成する音素が、死後その結びつきを解かれ、元素から乖離していく現象とは第七音素の力の一端であるものと推測される。第七音素の過剰行使者や、過剰摂取者もまたその身体を構成する音素を乖離させて行くという事実は、この推測を裏付けてはいないだろうか? また、第七音素の力の最高峰とも言える『超振動』が『ありとあらゆる物質を消し去る力』であることなどは、その最たる例と言えないだろうか? つまり、『消滅』こそが第七音素の本質であると……

 ──「異端諮問局に提出された論考より抜粋」──























【allegro──速く】




「討伐令……ですか?」

 不躾に旦那から告げられた言葉を繰り返し、俺は困惑に眉根を寄せる。

 ここは玄関ホールの一画で、周囲に俺と旦那以外の人気はない。

 いつものように屋敷を抜け出したルークに胃の辺りを押さえ、ため息混じりで後を追おうと玄関に向かったところで、ちょうど城から返ってきた旦那と俺は鉢合わせした。

 なにやらいつも以上に不機嫌そうな旦那の様子に、そのまま見なかった事にして先を行くルークの後を追う訳にも行かず、なし崩し的に愚痴の様なものを聞かされる中、出た話題がそれだった。

「そうだ。愚かしいことだがな」
「……物騒な話ですね」

 討伐令とは議会などで特に凶悪と判断された罪人に対して下される決定だ。この決定がなされた瞬間から、警備軍のみならず、各将軍指揮下にある兵数までもが動員され、罪人を駆り立てることになる。

 大抵の場合は謀反──王家に対して牙を向く──などといった、よっぽど大それたことしでかした相手でもない限りは、討伐令が下されることはありえない。

 そんな凶悪犯が、このご時世に現れたっていうのだろうか?

「案件そのものは先週のうちから議題として出されていた。そして、先程正式に議会で決定がなされた。本日中に城下へ軍が派遣され、容疑者が捕えられるだろう。ふむ……そうだな。そういう状況下だから、今日の城下ではなにが起こるかわからん。お前はルークに張りついて、街へ出ないよう見張っておいてくれ」
「…………はっ」

 威勢よく答えながら、俺は内心で冷や汗をかく。既にルークは街におりているなんてことは、言い出せる様な空気じゃないね。ううっ……キリキリと胃が痛む……。

「しかし、気に入らん。未だにどのような力が働いたのかわからん……十分な審議を待つまでもなく、やけにあっさりと、この討伐令は下された。まるで始めから用意されていた結論を出したようで、どうにも気に入らん。表立って動いている連中については、わかっているのだが……その先がさっぱりだ」

 旦那の言葉に少し驚く。ファブレ家は王家とも姻戚関係をもつ大貴族だ。議会での影響力も大きく、議席をもつだけの形ばかりの三流貴族議員と違って、内政能力にも長けている。そんな旦那もよくわからない根回しによって、結論が出されるとは珍しい。

 俺の驚きが顔に出ていたのだろうか、旦那は続けて自身の考えを語る。

「決議を急かしたてていたのは、腹芸の一つも満足に使えぬ三流貴族どもだ。連中の背後にいる者が何を意図しているのかはわからぬが……三流貴族どもの動機について言えば、私怨だろうな。まったく……国庫を食い物にする三流貴族どもには呆れ果てるしかない」
「私怨……ですか?」

 貴族の私怨。その言葉に、俺は胸が騒めくのを感じる。

「ああ。今回討伐令が下された者達はなかなか頭の良い奴でな。不正に着服した私財を抱える三流貴族どもを中心に盗みを繰り返していたらしい。ものがものだけに、これまでは奴らも盗まれたと声高に訴えることができなかったというわけだ。私としても、国庫を食い物にするような連中が無駄に貨幣を金庫に仕舞込んで腐らせるよりも、盗人にでも奪われて、市場に流れた貨幣が流通を活発化される方がまだましだと吐き捨てたくなるがな」

 不機嫌そうに発せられる旦那の説明を聞くにつれ、胸の騒めきはどんどんその激しさを増していく。

「だがそうは言っても、討伐令が下された者達が明確な犯罪者であることにも変わりはない。故に、私も裁決に対して強硬な反対はできなかった。この討伐令があの三流貴族どもの私怨絡みであることや、連中の背後関係について何一つ掴めていないことを考えると、気分はよくないがな」

 そこで言葉を切ると、旦那はため息をつく。

 ときどき旦那は議会における愚痴を使用人に対してぶちまけるという悪癖があった。周囲に他の使用人達の姿を見かけないのも、おそらく事前に察した他の連中が身を潜めた結果だろう。

 いつもなら、俺も雇用主の愚痴を聞くなんて苦行を味わうのは御免なのだが、今回に限っては、その例も当てはまりそうにない。

 俺はある種の予感に突き動かされる様にして、気付いたときには、既に口を開いていた。

「討伐令を下された者の名は……なんと、言うのでしょうか?」

「む? 確か……漆黒の牙──首領ギンナルと言うらしい」


 世界が、加速していく。




【piu mosso──以前よりも速く】




 その日、俺は数日ぶりに街へと繰り出し、孤児院の連中と遊んでいた。

 今から数週間程前に、ナタリアのやつに見つかって以来、俺は街に降りる頻度を意図的に落としている。だがそんな小細工など関係ないと言わんばかりに、ナタリアのやつは必ず帰り際の俺達を見つけ出し、その度毎に俺達はデッドヒートを繰り広げるのが最近の常であった。

 それでも辛うじて、今のところ孤児院の場所だけは、なんとか誤魔化し続けることに成功している。

 ちなみに、アダンテのおっさんの住処は押さえられちまってるだろうから、ここ数週間おっさんの家には行っていない。ガイがナタリア付きのメイドに聞いた話では、毎回おっさんの家に出向いて、俺が来ていないか確認しているらしい。

 おっさんも、厄介なことになってないといいけどなぁ……。

「あ、サーベルタイガーだぁ~」
「ギン兄~」

 突然騒がしくなった皆の様子に、俺も気になって顔を上げる。

「うんうん。子供は元気が一番だな」
「あ、ギンナルじゃん」

 俺は黒マントを羽織った銀髪ヒーロの名前を呼ぶ。

「久しぶりだな、ルーク」

 俺の呼び掛けにギンナルは片手を上げて答えた。その手にはいつもここを訪れるときに持ってくる差し入れの袋がぶら下がっている。

 これはアダンテのおっさんもそうなのだが、ギンナルは孤児院を訪れるときは大抵、寄付だとか言って食い物とか日用品だとかを大量に持ち込んでくる。

 俺も最近になって気付いたのだが、ここの経営はそれなりに苦しいらしい。だから俺も暇を見て、差し入れとかをするようになった。……スズメの涙程でしかねぇーけどな。

「今日はどうしたんだよ? この前言ってた、他の連中が帰省してて暇だから遊びに来たとか? それともアダンテのおっさんのとこが飽きただけか?」

 重ねて尋ねる俺に、ギンナルは苦笑を浮かべる。

「実はな、このまえお前が逃亡劇を繰り広げた相手が、今日も宿舎に押しかけていてな。さすがの俺も王家の人間と同じ場所に居られるほど、太い神経はしていない」
「あー……やっぱそうなったかよ」

 俺はまさしく予想通りの展開に頭を抱えた。これまでもメイドから聞いた話だけを頼りに張り込みをしていたぐらいだ。実際に目撃した場所があるとなったら、テコでも動かないだろう。

「こりゃやっぱり当分おっさんのとこには行けないな……」
「アダンテの奴は、早くお前に引き取りに来てほしいと言っていたが?」
「無理……俺なんかにあいつは手に負えねぇーよ」

 げんなりと顔をしかめて手を振る俺に、ギンナルも困ったものだと言いたげに両手を上げてみせる。

 頬に落ちる冷たい感触。

「ん?」

 空を見上げると、急速に広がり行く黒雲が視界に入る。同時に、雨粒がポツポツと降り始めた。

「あちゃ……降ってきちまったか。お前ら! そろそろ帰るぞー!」

 雨にきゃーとか歓声を上げてやがる年少組の連中に呼び掛ける。すぐにはーいと元気のいい返事が帰ってきた。

 俺の下に集まって来るガキどもから顔を戻し、ギンナルに問いかける。

「そんで今日はどうする、ギンナル? 院長と副院長は珍しくどっちも留守にしてるらしくて、俺も年少組の子守してるわけだけど、一緒に来るか? 雨宿りぐらいにはなると思うぜ」
「うむ……そうだな。ここは甘えると……」

 雷鳴が、鳴り響く。

 凄まじい轟音に、一瞬身体を竦めて目を瞑ってしまった。ちょっと恥ずかしく思いながら顔を上げると、ギンナルが妙に張りつめた表情をして、周囲を見回していた。

 同時に、俺も気付く。

 いつのまに近づいていたのか、俺達の周囲をぐるりと取り囲む、兵士達の姿があった。

「──漆黒の牙、首領ギンナルだな?」

 遠巻きに見据える兵士のうち一人が前に進み出て、厳かに尋ねた。




【decrescendo──緩やかに弱く】




「姫さんよ、もう帰れや。あのクソガキなら当分来ないと思うぜ? なんて言っても、無駄に鼻だけはきくやつだからな。ほとぼり冷めるまで動かないだろうよ」

 なんでこんなことせにゃらんのかね。僕は宿舎の前に座り込んで動かない、キムラスカ王国のお姫さまの存在に頭を抱えた。

「いいえ。私、動きませんことよ。ルークを捕まえるまで、毎日でも通いますわ」

 うわぁい。なんともお手上げだ。

 本気でテコでも動かなそうな姫さんの決意に、僕は成す術がない。まったく、こんなに良い娘相手に、ルークのアホゥはなにを気後れしてんだかねぇ。

 問答無用で叩き出してもいいのだが、女の子相手にそんな乱暴なことはできない。それに今、外は雨が降ってきたところだ。風邪でも引いたら目も当てられないし、今日のところはしゃーないか。

「はぁ……まったくしょうがねぇな。お茶でも入れてやるから、とりあえず雨が止むまで居るんだな」
「ありがとうございます」
「いいって、いいって。あの馬鹿に振り回されてんのは、僕も一緒だしな」

 思えばギンちゃんがあいつを連れてきてからこっち……落ち着けた一日はなかったような……。

「ふ、ふふふふっ……本当に、な」

 ここ二年の間に蓄積したくそガキに対するフラストレーションに、思わず物騒な笑みが口から漏れる。お姫さまがそれを見て、ちょっとひいたように顔をしかめるのが見えた。

 おっと、平常心……平常心。

 精神制御をしてストレスを押さえ込みながら、しかし同時に思うこともある。

 ……まあ、そんなに悪い二年でもなかったけどな。

 ヤカンに火をかけてお湯を沸かしながら、雨の降り始めた空をぼーっと見上げる。

 そのとき、雨の降りしきる街路を、傘も挿さずに走る見知った連中の姿を窓の外に見える。

 いったいなんだ? 僕は火を留めて、とりあえず外に出る。

「どうしましたの?」
「いや、なんか僕の知り合いが来たみたいでな。でもなんか様子が変だな?」

 首を傾げながら扉を空けて、外に出る。すると僕の姿を見かけた孤児院のガキどもが、かなり慌てた様子で駆け寄ってきた。どいつもこいつも目尻を真っ赤に晴れ上がらせて、尋常じゃない様子で泣きわめいている。

「……どうしたんだ? お前ら?」

 少し尋常でないものを感じて、僕も真剣な顔して問いかける。それに連中は堰を切ったように一斉に口を開く。

「た、たいへんなんだっ! アダンテのおっちゃんっ!」
「ギン兄が! ギン兄が孤児院の前でへいたいに……」
「ルークの兄貴が抵抗してて……でも、全然適わなくて」

 支離滅裂な言葉から緩やかに追いついた理解が、最後は弱々しい懇願によって、僕の背中を押す。

『アダンテのおっちゃん、助けて──』

 最後まで聞かずに、僕は雨の降りしきる中、外へ駆け出していた。




【crescendo──次第に強く】




 旦那の話を聞き終えると同時に、俺は街へと走った。

 こんな時に限って、ルークを一人で街に行かせたことが悔やまれてならない。

 街で暮らしている人々はルークの存在を貴族の坊ちゃんと認識している。だが、討伐令の下に動いている兵隊の連中にまで、そんな認識は期待できるはずもない。

 討伐対象がギンナルである以上、その場にルークが居合わせれば、あいつがどうするのかも手にとるようにわかる。

 きっとあいつは抵抗するだろう。

 軍人が民間人に手をかけるとは思わないが、その考えも余程の事がない限りは、という脆い前提に立っているにすぎない。あまりにも執拗な抵抗を繰り返す相手に対して、殺気だった兵士がどんな行動を起こすか……考えたくもない。

 それに、別の意味でも嫌な予感が収まらない。旦那ですら、背後関係が掴めなかったという討伐令の決議。なにか……俺には計り知れないような存在が、影で蠢いているような気してならない。

 くっ、間に合ってくれよ!

 天空滑車を使うのも、もどかしい。俺は雨にぬれて不安定になった足場もものともせず、眼下に広がる街目掛けて、パイプを飛ぶ移りながら駆け降りる。

 ここ二年の間、毎日のように歩いた道筋を辿る。二人が接触するとしたら、あそしかない。俺は──孤児院へ向けて駆けた。


 降りしきる雨の中、周囲を取り囲む兵士達の中心に、ギンナルの姿はあった。


 いつもの彼なら既に逃走していてもおかしくない状況に、一瞬違和感を覚える。しかし、直ぐに彼が逃走しない理由に思い至り、俺は自分の顔を殴りつけたくなる。

 包囲の中心に向け槍を構える兵士達の周囲には、遠巻きに涙を浮かべる子供や、どこかへ慌てて走り去っていく子供達の姿があった。それ故に、見落としていた。

 ギンナルの側には、今だ呆然と佇む数人の子供達の姿があった。

 あそこまで距離を詰められた状態で、彼が普段用いているような譜術による逃走術を行おうものなら、目標を一瞬で見失った兵士達が、包囲の中心に残された子供達になにをするかわからない。

 俺は子供達が意図せずギンナルの枷と化している事実に、拳を握りしめた。

 その枷の中には、苛立たしそうに顔をしかめ、ギンナルの横に立つ、ルークの姿もあった。

「大人しく投稿して貰おうか、漆黒の牙」

 告げられた兵士の言葉に、包囲の中に取り残された子供の一人がギンナルを庇うように進み出る。

「ぎ、ギンナルをいじめるなっ!」

「ふん……邪魔だ、どけ」

 兜に覆い隠された視線が鬱陶しそうに子供を見据え、乱暴に押し飛ばす。

「てめぇーっ! なにしやがるっ!!」

 突然の暴挙にルークが怒声を上げ、その兵士に向けて殴り掛かる。

 ──しかし

「がはっ!」

 訓練された軍人と、少しばかり喧嘩が強いだけの民間人との間に横たわる能力の隔たりは大きい。ルークはあっさりと殴り飛ばされ、地面に崩れ落ちた。振るわれた明確な暴力に、孤児院の子供達が悲鳴を上げる。

「兄ちゃんっ!」
「あ、アニキっ!」
「兄さまっ!」

 そうした子供達の反応を無視して、兵士達はひたすら槍を構え続ける。微動だにしない槍の穂先には、ゾッとするほど冷たい色を宿した双眸をギラつかせるギンナルの姿があった。

 ギンナルが一歩でも動けば、子供達諸共槍を突き出しかねない雰囲気を兵士達は放っていた。

 場を満たす緊張感が、正に限界に達しようかという──そのとき。

「くそっ──!」

 起き上がったルークが再び兵士の一人に向けて殴り掛かった。

 突然の行動に、兵士が槍の穂先を反射的にルークに向ける。ルークはそれに気付かない。

「くっ──」

 俺は刀に手を掛け、走り出す。視界に映る光景が、引き延ばされた映像のように、ゆっくりと流れ行く。ルークが拳を振りかぶる。兵士が槍をわずかに後方に引く。槍の先端が押し出される。間に合うか、くそっ……間に合わな──


 風が、吹き荒れた。


 突如荒れ狂った突風に、兵士達は鎧の上から全身を切り刻まれる。一切の行動を許されることなく、兵士達は苦悶の声を上げながら地面に崩れ落ちた。

 この場に居る全員の視線が、一人の人間に集中する。

 ガタガタと震える包囲に取り残された孤児院の子供たちも、突然の展開に呆然と立ちつくすルークも、背筋が凍りつくような寒気に襲われる俺も──この場にいる誰もが、ただ一人、無傷のまま兵士達の中心で佇むギンナルを見据えている。

 ……正直に言おう。

 俺は暴虐の風に──畏れを抱いた。

 闇を切り裂く剣虎、ギンナル。その名に偽りはなく、彼は圧倒的な力を備えている。これまで彼が戦闘においてその力を行使することがなかったためわからなかったが、対人戦において、彼の力は絶対的なものとなるだろう。

 彼がどう行動するのか、俺は恐れていた。

 先程の力を見る限り、条件付きではあるが、ギンナルが王都から逃亡することは可能だろう。

 駆けつける兵士達を、皆殺しにするならば……。


 雨が、次第にその激しさを増していく。




【morendo──命絶えるように】




 自分の行動がもたらした光景に、俺は呆然と立ち尽くす。

 周囲には、突然俺達を包囲しやがった兵士どもが、全身を切り刻まれ倒れ伏している。全員が苦痛の声をあげるのを見る限り、誰一人として死んでいないようだ。その事実に安堵すると同時に、俺は拳を握りしめる。

「大丈夫か、ルーク」

 いつのまにかこの場に駆けつけていたガイが、俺を落ち着かせるように肩に手を添えた。ガイの手に触れながら、俺は自分でも震える声を絞り出す。

「ガイ……。あいつら、いったいなんだったんだ? なんで俺達を包囲したんだ? 俺は、訳がわからねぇーよ……」
「彼らは国軍で……その狙いは、漆黒の牙だ」

 ガイは倒れ伏す兵士たちの中心で、一人無傷のまま佇むギンナルを、若干強張った表情で見据えた。

「なっ! なんでたかがこそ泥に、軍が動くんだよっ!?」

 理解できない説明に、思わず俺は叫んでいた。それにガイが何事か答えようとして、不意に視線を動かし口を閉じる。

 視線の先に、ギンナルの姿があった。ギンナルは呆然と立ちつくす年少組のやつらの近くまで歩み寄り、安心しろと微笑みかけながら、言葉をかける。

「もう大丈夫だ。安心しろ」

 悲鳴が、上がった。

 一斉に泣き出す孤児院の子供連中に、どこか戸惑ったように頭を掻いた後、ギンナルは自分の姿を省みて、苦笑を浮かべるのが見えた。

 漆黒のマントは、兵士達から飛び散った返り血に塗れていた。

 子供達の反応に、どこか泣いているような様子で立ち尽くすギンナルの姿に、俺は顔から血の気が退いていくのを感じる。

 俺は……いったいなにをした?

 握りしめた拳が、血を滴り落とす。

 孤児院のやつが突き飛ばされたことで、頭に血が上るに任せるまま行動して、呆気なく返り討ちにされた。それで大人しくするでもなく再び飛び出して、死にそうになったところをギンナルに助けられた。

 その行動の結果として、ギンナルは子供達に拒絶を返されている。自らの行動がもたらした光景に、俺はギンナルに言葉をかけることもできず、立ち尽くす。

 ガシャガシャと鎧の擦れ合う高音とともに、新たな兵士達が駆けつけてくるのが見える。

 先程の連中から少し遅れて駆けつけた兵士達はその場の惨状に息を飲み、ついで倒れ伏す同僚達の中心に位置する男に向けて武器を構える。

「──漆黒の牙、首領ギンナルだなっ! おい、お前達は早く子供達を避難させろ! ここは俺達が押さえる」
「はっ!」

 駆けつけた兵士達は子供たちを守ろうと、ギンナルに向けて槍を構える。

 そんな光景に、俺は叫ばずにはいられなかった。

「や、止めろっ! そいつは、ギンナルは俺を助けようと──」

 叫びながら飛び出しかけた俺の腕が、掴まれる。

「ルーク、止まれ」
「なんでだよ! ギンナルのやつは、単なるこそ泥で、きっと連中は誤解してるだけなんだ。そうだよ。だから俺が説明してやらないといけないんだ。だから放せよっ! 放せよっガイッ!!」
「違う……違うんだ……ルーク」

 腕をふり払って飛び出そうとする俺を押さえつけ、ガイが声を絞り出す。

「さっき旦那様から聞いた話だ。議会で、漆黒の牙に討伐令が下された。討伐令の対象となった以上、漆黒の牙は既に判決を下された死刑囚のようなもんだ。さっきの兵士連中は確かに乱暴なところはあったと思うが、それでも討伐令を下された相手への対応としては、間違ったもんだとも言えないんだよ」

 こいつは……いったい、なにを言ってやがるんだ?

 俺は呆然と、まるで信じられないような言葉を告げるガイの顔を見据えた。ガイは顔を強張らせ、泣きそうな表情で、俺の視線を受け止める。そこに、嘘を言っているような様子は見られない。

 理解できない。いったい、なにが起こっているのか、まるでわからない。

 ギンナルに視線を戻す。そこでは後から駆けつけた兵士達が周囲に倒れ伏す同僚達の惨状に怯えながらも、子供たちを守ろうと震える身体を必死に鼓舞している姿があった。そんな兵士たちの姿を目にして、ギンナルは自らの力を振るえずにいる。

 しばしの膠着のあと、ギンナルはわずかに表情を崩し、瞳だけで苦笑を浮かべた。それで、俺にはわかった。彼がどうするつもりなのかが、わかってしまった。

 ギンナルが不意に両手を上げた。過剰なまでの反応で、一斉に身構える兵士たちに、しかしギンナルはどこまでも静かに言葉をかける。

「心配するな。抵抗はしない」

 なおも警戒しながら近づく兵士に、ギンナルはあっさりと拘束された。

 連行されるギンナルに、孤児院の連中がさっき自分たちの示した反応に改めて気付いてか、後悔の涙を流す。そんな子供達に、ギンナルは心配するなと笑いかけている。

 去り際、ギンナルは呆然と立ち尽くすしかない俺に向けて、この先に待ち受ける終わりを理解してしまったものが浮かべるような──どこまでも儚い笑みを浮かべた。

「ルーク。孤児院の皆を頼んだぞ。それと、アダンテのやつによろしくな」

 それが俺の思い出せる、ギンナルから聞いた最後の言葉になった。




【smorzando──全ては消えるように】




 僕はそこに駆けつけ、現場を一目見た瞬間、全てを悟る。

 全ては終わってしまった後だった。

 降りしきる雨の中、空に向けてルークが吼えている。
 寄り集まった子供達が、涙を流す。
 ガイが刀を握りしめ、掌から血を滴り落とす。

 そうか。僕はなにもすることができなかったんだな。

 認め難い事実を、僕は認めた。

 だって、それ以外に、できることはなかったからだ。

 ただ無気力に、僕はその場に立ち尽くす。

「これは……いったい、どうしたというのだ?」

 聞き覚えのある声に顔を上げると、僕に向けて傘を掲げる総長の姿があった。

「総長……」
「アダンテ。いったいなにがあった?」
「僕にも……わかりませんよ」

 僕が顔を伏せると同時に、ルークのやつが問い掛けに答えるようにして、空に向けて吼える。

「俺のせいだっ! 俺が弱かったから!! 俺が無様に兵士に殴り飛ばされてたから! だからギンナルのやつは逃げられなかったんだ! 逃げられたのに、逃げなかったんだっ!!」

「違うっ! ルーク、それは違う!! 討伐令が出された段階で……既にすべては決まっていたようなもんだ。だから、お前が悪いわけじゃない。くっ……あんまり自分を責めるな、ルークッ!」

「う──うわぁあああああああああああああああああああああああああっ!!」

 啼き声を上げるルークの肩をかき抱き、ガイもまた苦痛に耐えるように顔を歪めた。

 胸が掻きむしられるような慟哭を上げながら、二人は雨に打たれている。

 そんな二人のやり取りも、どこか遠くから聞こえるように、今の僕には現実感がなかった。

「討伐令……なるほど。そういうことか」
「討伐令……」

 二人の会話に納得が言ったと顔を頷かせる総長に、僕はただ耳に入った言葉を繰り返す。

「この国において、特に凶悪と見なされた犯罪者に下される事実上の死刑宣告のことだ。ここ最近、国軍の動きが慌ただしいことには気付いていたのだが、まさか彼がその対象となっていようとはな。おそらくは議会において、彼に恨みを持つ一部の貴族達が強引に押し通した裁決だったのだろう。しかし、よもやここまでこの国が──……」

 尚も言葉を続ける総長の存在も、どこか遠くに感じる。

 頭上では雷が鳴り響き、雨はその激しさをいよいよ増していく。

 しかし、全ては消えるように──

 僕の意識から、世界の感覚は抜け落ちて行った──……




  1. 2005/09/24(土) 18:12:29|
  2. 【家族ジャングル】  第三章
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