全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第1話 前編

 ただ飯が喰いたい。

 黒河慎夜が現時点をもって有する、腹の底から沸き上がる渇望を端的に言い表すと、それになる。

 唯単に飯が喰いたい、という意味ではない。無料で飯が喰いたいのである。いや、むしろ喰らうしかない、食わねばならぬ、といっても過言ではない。

 なぜ、ただ飯なのか。

 無論、それにも理由がある。

「……一円……二円……三円……四円……五円」

 生気の薄れた虚ろな視線のまま自身のガマ口財布の中を覗き込み、慎夜は掠れた声で中身を数えあげる。

「五円……五円」

 五円とつぶやいたところで、全身を痙攣させながら、数えるのを止める。

「五円……五円……全財産が五円……」

 黒河慎夜は現実のあまりの過酷さに挫折した。両手を地について膝から崩れ落ちる。愕然と首を俯け、うなだれる。傾いた全身を覆う漆黒の外套が地面に広がり、陰惨な空気が周囲を漂う。

 突然の奇行に、周囲からひいっ、と悲鳴があがるが、黒河慎夜は気にならなかった。気にする余裕はなかった。死活問題だったからだ。

 時刻は正午、場所は学生食堂食券前。無数の学生の畏怖にも似た視線を一身に集めながら、黒河慎夜は自身の生活能力の無さに失望し、将来の展望に絶望した。

「貧乏の……貧乏の……ばっかやろぉおおおおおおっ!」

「──騒がしい」

 叫び声をあげた瞬間、慎夜の首筋を手刀が撃ち抜いた。

「ぶはっ!!」

 床に口から叩きつけられ、慎夜は無様なうめき声を上げた。ちょっと洒落にならない勢いで床に激突し、前歯が衝撃に揺れ動き、激痛を訴える。

「は、歯が……」

 地面を転げ回りながら、前歯を手で確認すると、なんとか折れていないのがわかった。黒河慎夜は安堵に胸をなで下ろす。やはりブラッシングは重要だ。

「毎日の歯磨きに感謝……じゃねぇよっ!」

 両腕をビシリと振り上げ、慎夜は熱の籠もった声で必死に訴える。

「この黒河慎夜、確かにちょっとM入ってるって人に噂されたことはあるが、いきなり殴られて喜ぶような性癖はしてないのだよっ!!」

 いきなりじゃなければいいのか? ぼそりとつぶやかれた一般生徒の呟きは聞こえない。聞こえないったら聞こえないのだ。慎夜はそう自分に言い聞かせ、とりあえず犯人探しに移ることにする。

「誰だ……この俺の首筋に、手刀なんざ叩き込んだのは……? いや、わかってる。こんなことするのはあいつしかいねぇ!! さあ、どこにいる!? 手をあげろ! ホールドアップ!!」

 起き上がるや否や、慎夜は周囲を獣の目で見渡す。畏怖を抱いた一般生徒の群れが一歩引き、黒河を中心に空白地帯が作られる。ちょっと尋常じゃない一般生徒の反応に、慎夜は内心激しくショックを受けていたりしたが、それを表面には出さず、心で泣いた。

 そんな突如出現した無人領域の中──唯一動かなかった生徒が一人、手を上げて答える。

「私だ」

「やっぱりおまえか偽ど…………う?」

 叫びながら、徐々にその声が尻すぼみになる。答えた相手に視線を向けながら、慎夜は首を傾げた。

 手を上げたのは一人の女生徒だった。かなりの長身で、慎夜と同じ目線から、こちらを見据えている。理知的な雰囲気を全身に漂わせた人物で、実験対象を観察する学者のように、どこまでも冷静な視線をもって、こちらを冷徹に射抜いている。

 問題は、である。

「君って……誰さ?」

 攻撃の相手は、慎夜の予想と異なり、自分の知らない相手だった。容赦ない一撃から、いつものごとく格闘オタクの仕業かと思っていたので、黒河慎夜はかなり動揺する。

「え、なに……もしかして、そういう趣味の人ですか? でも俺、そこまで堕ちてないし……いやいや、君が嫌だってわけじゃないんだ。その、やっぱ、こういうことは、両者の合意をもって行うべきことだと思うんだ。うん、そう思う。だから、ここは友達から始めるということで……」

 致命的に間違った推測を下し、どこか恥じらうように言い募る慎夜に対して、相手は一切を無視して口を開く。

「初めまして、黒河先輩。私の名は一ノ瀬と言う」

 女生徒は名乗りを上げると、ついで先程の一撃について説明を始める。

「先程の一撃は、こちらが何度も呼びかけていたのに、先輩が一切反応してくれなかったのでな。こちらの存在を認識させるべく、止むを得ず、あのような行動を取るに至った。だが、少しやりすぎたようだな。申し訳ない、先輩」

 型通りの謝罪の後、冷えきった視線がこちらを射抜く。何だかわからないが、逆らっては行けないと他人に思わせる絶対的な気配をまとった一ノ瀬に、慎夜は本格的に動揺する。

「そ、そっか。こちらこそ……えーと、その、ご丁寧にどうも」

 訳もわからぬまま口を開き、思わず相手につられるまま、慎夜は頭を下げていた。それに相手は気にするなと、鷹揚な態度で頷く。

「いや、構わない。それより、先輩にお願いしたいことがある。これはあなたにしか解決できないと思われる問題で……先輩、私の話を聞くつもりがあるのか?」

 脇を移動した学生の運ぶ食べ物の香りに、恍惚としていた慎夜は、慌てて相手に向き直る。

「え……ば、ばかっ! き、聞いてるよっ!」

 強引に否定するが、慎夜は自分でも説得力が無いとわかっていたので、額から冷や汗が滴り落ちるのを止められない。

 そんな慎夜に疑惑の視線を向けていた一ノ瀬だったが、一瞬何かを計算するように視線を上向かせると、次の瞬間、相手の関心を最大限引き出すであろう言葉を放つ。

「報酬は食券一月分」

「わかった、全てこの俺に任せておけ! というかむしろこちらからお願いします!!」

 本能の赴くまま、黒河慎夜は碌に考えもせずに買収に応じた。

 ──これが、事件の発端。

 黒河慎夜は後に、この依頼を承諾してしまったことを、果てし無く後悔することになるのだが、それはまだ先の話し。ともかく、このときは、食という生きる上で最低限必要なものを確保できるという喜びに、ただ承諾の言葉を発するのみであった。

「では、改めて話そう」

 一ノ瀬と名乗る女生徒は、相手の承諾を得られたことに頷くと、その願いを端的に述べる。

「私を弟子にして欲しい」

 時が、停まった。

 食堂中の人間はその動きを止め、静寂に満ちた空間に、彼女の言葉だけが響き渡る。

 もちろん、黒河慎夜も例外ではない。彼は顎が落ちんばかりに口を開き、惚けたように、ただ一言をつぶやくのであった。

「はい?」



 * * *



 烏丸学園は県内でも最大規模を誇る公立高校である。

 中・高一貫のエスカレータ方式であるが、高校からの入学者、通称編入組もかなりの数に登る。全国的にみても、かなりの倍率を誇る名門校、といってもいいだろう。

 そんな烏丸学園における最大の魅力とは、代行職専門課程が実施されている点だ。

 代行職制度における最大の醍醐味としては、戦前まで規定の職業に限られていた特殊技能の行使を可能にする、代替執行権限の貸与が思い浮かぶだろう。しかし、在学中にこの執行権限を有するためには、国の実施する資格試験を勝ち抜かなければならない。筆記、実技、面接の三項目からなる試験は、職種によってその難易度もまた千差万別であり、個人の力のみで合格することは困難である。

 こうした困難な資格試験に挑む学生達をサポートすべく新たに加わった教育課程こそが、代行職専門課程である。しかし、代行職制度の実施以来、複雑怪奇なまでに細分化した潜在資格全てを網羅することは難しく、ほとんどの学園では、人気のある一部の職種に限り、専門課程を導入しているにすぎなかった。

 だが、烏丸学園は目録にして台帳数百冊を軽く突破する全職種に対して、完全なる支援を実行することをうたい上げ、設立された。これこそが、烏丸学園に人気が集中する要因の一つになっている。

 逆に言えば、この学園にいるものは、皆なにがしかの代行職に就くべく集まった者たちと言ってもいい。

 故に、学園内には学校側が開催するセミナー以外にも、学生たちが主体的に運営する代行屋と呼ばれる組織が存在する。代行屋では、職種ごとに集まり、資格試験の突破を目指したり、特殊技能を駆使する仕事を請負うなどして技能の鍛練を積む、などといった活動が日夜行われている。学園側もこれを奨励し、申請すれば、わずかばかりの予算や職室とよばれる活動拠点を得ることもできる。

 しかし、ここで一つの問題が発生する。

 代行職にはそれこそ千差万別の専門技能職が存在するわけで、適正者の多い職種もあれば、当然少ない職種もある。そして、学園の予算にも、敷地にも、限りがあるのも確かな事実。数が力を持つのは世の常で、予算も泣ければ拠点もない。そんな代行職はざらにあり、彼らは自身の適正職の力のなさに、涙を飲むのであった。

「──そんなわけで、我等が職長は考えたわけだ。ならば、我等も集まればいいとね。無数に存在した弱小代行職者達をまとめあげ、拠点と予算を勝ち取った。僕らが誇る万屋代行の成立した瞬間だねぇ」

「うるさい。黙れ。口を閉じろ。むしろ息もするな」

「やれやれ。酷い言いぐさだねぇ。僕がせっかく万屋の成立した歴史的経緯を説明していたというのになぁ」

「そんなもんいらん。必要ない。知らんでも活動できる。おまえが去れ」

 ゴミゴミした空間の中央に、ポツンと置かれた椅子と机があった。そこに腰掛け言い争う二人の生徒。一人は柔らかい口調で、相手をなだめるように話す線の細い男子生徒だ。なぜか、学生服に黒いシルクハットを被っている。もう一人はどこかやさぐれた雰囲気を周囲に振りまく背の低い女生徒であった。腰には細長い長物──日本刀を吊るしている。

「単純一直線のチャンバラには困ったものだ。これぐらいの話も、黙って聞いて居られないとはねぇ。まったく嘆かわしいことだよ」

 皮肉げな動作で肩を竦めて見せる男子生徒に、女生徒がまなじりを上げる。

「ふん。挑発か? なら、いつでもいい。かかってこいよ、インチキ手品師。叩き切ってやる」

 腰に吊るした長物に手を掛け、挑みかかるように口の端をつり上げる。

 インチキという言葉に、男子生徒の方は浮かべていた笑みを消す。

「挑発? 馬鹿を言ってはいけないねぇ。単なる事実の指摘だよ。時代錯誤のチャンバラ使い」

 言い含めるように、ゆっくりした口調で、侮蔑の言葉を言い切った。

 一瞬の間。

 鞘走りした日本刀が一閃される。空間を切り裂く銀光が三条、ばさりと広がった黒布がサイコロの目を浮び上がらせ、次の瞬間にはズタズタに切り裂かれた。

 だが、対面に腰掛けていた男子生徒の姿は、忽然と消え失せている。

 女生徒は舌打ちを洩らし、殺意を込めた視線を背後に向ける。視線の先には、地面に落ちたシルクハットがポツンと存在していた。

「くそ忌ま忌ましい、インチキ手品師が」

 吐き捨てると同時、奇怪なことに、シルクハットの内側から声が返る。

「むやみやたらとそんな凶器、振り回さないで欲しいものだねぇ、時代錯誤のチャンバラ使い」

 地面に落ちたシルクハットの下から、ニョキリと手が伸ばされる。その手はシルクハットのつば先を掴んだかと思えば、徐々に持ち上げられていく。それと同時に、シルクハットの下から足先が現れ、膝が現れ、腰が現れ……完全に帽子が持ち上げられた頃には、その場所にはシルクハットを片手で押さえながら、何事も無かったかのように佇む、男子生徒の姿があった。

「やれやれ、服が乱れてしまったよ。黒布も一枚無駄にしてしまったことだし……いったいどうしてくれようか」
「はんっ。やる気があるなら、最初からそうしろ。いいぜ、来いよ」

 両者の間に漂う空気が、充満する殺気に当てられ、凍りつく。

 向かいあう両者の間に、もはや言葉はない。

 ただ、その瞳が語る。

 己の持てる限りの力をもって、この敵を殲滅すると。

「かかってきなっ!」
「後悔したまえ!」

「えらいこったぁあああああっ────」

 扉が開け放たれ、生徒が一人駆け込んで来た。

 駆け込んできた生徒を中心にして、右にはステッキを叩き上げる男子生徒、左に刀を振り上げる女生徒の姿があった。

『あ』

 両者の声が重なりあって、突然の乱入者を見やる。

「へ?」

 間の抜けた声を上げる、乱入者。

 しかし、放たれた獲物が停まることはなく、互いの敵の間に身を置いた乱入者へと、凶器は物の見事に叩き込まれた。

 ゴミ屑のように吹き飛ばされる乱入者。

 硬直した二人を余所に、扉が再度開く。現れたもう一人の人物は床に転がる相手を冷静に見据える。

 彼女は床に転がる人物に近づくと、脈を図り、瞼を開き、瞳孔の確認を終えると、両手を揃えてつぶやいた。  

「御臨終だ」

 乱入者──黒河慎夜の末路については、結論だけ述べておこう。

 とりあえず、死ぬことだけは、免れたと。

 ──合唱。


  1. 2006/09/04(月) 16:19:12|
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