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──A.L.M──

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第3話 「闇の胎動」


 あの後、俺達は兵士達に周囲を囲まれたまま、帝都まで連行された。
 なんとも窮屈な思いをしながらグランコクマまで着いたところで、街の入り口に大層な人数の兵士が並んでいるのが見えてくる。

 んー……随分と大仰なお出迎えだな。


「フリングス少将!」
「ご苦労だった。彼らはこちらで引き取るが、問題ないかな?」
「はっ!」

 俺達を連行した兵士が緊張した様子で敬礼を返し、少将に道を譲る。
 奇妙な展開に呆気にとられていると、銀髪のフリングス少将とか呼ばれた人物は俺達に歩み寄る。
 少将は先程まで兵士に対して向けていたしかめっ面を不意に崩し、俺たちに爽やかな笑みを浮かべた。

「ルーク殿ですね。ファブレ公爵のご子息の」
「へ……どうして俺のことを……?」

 突然出たオヤジの名前に間抜けな言葉を洩らす俺に、フリングス少将の笑みが苦笑に変わる。

「ジェイド大佐から、あなた方をテオルの森の外へ迎えに行って欲しいと頼まれました。その前に、少し厄介な状況になってしまったようですが……」
「すみません、マルクトの方が殺されていたものですから……」
「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。ただ、騒ぎになってしまいましたので、皇帝陛下に謁見するまで皆さんは捕虜扱いとさせていただきます」

 申し訳なさそうに告げる少将に、俺は気苦労の多そうな人だなぁと思ってしまう。

「わかりましたよ。あと、仲間が倒れちまってるんで、どうにか……」
「──彼はカースロットに侵されています」

 突然進み出たイオンが俺の言葉を遮る。ついで俺の肩に担がれたガイを伺いながら、表情を暗くする。

「……しかも、抵抗できないほど深く侵されたようです。どこか安静に出来る場所を貸して下されば、僕が解呪します」
「イオンが何とか出来るのか?」
「というより、僕にしか解けないでしょう。これは本来、導師にしか伝えられていないダアト式譜術の一つですから」

 ダアト式譜術って……チーグルの森で使ってたようなやつか。
 しかし、なんで導師にしか伝えられん譜術をシンクが使ってたんだろね。
 まあ……森で見たのは大層な威力もってたことだし、使えそうだからって理由で、ヴァン辺りが勝手に盗み出したってところだろうか。

 そんな風に考え込んでいると、俺達の会話を黙って聞いていたフリングス少将が口を開く。

「わかりました。城下に宿を取らせましょう。しかし陛下への謁見が……」
「皇帝陛下には、いずれ別の機会にお目にかかります。今はガイの方が心配です」
「わかりました。では部下を宿に残します」

 少将の指示に、数人のマルクト兵がイオンに従う。
 俺も肩に担いでいたガイを彼らに渡しながら、頼みますと小声でお願いしとく。
 兵士達は本来なら敵国の人間にかけられた言葉に少し戸惑ったようだが、最後には頷きを返してくれた。

「私も行きますっ! イオン様の護衛なんですから」

 慌てて同行を宣言するアニスに、お願いしますね、イオンが苦笑を浮かべ同意した。

「ガイのやつ大丈夫かね……」
「ええ。それにしても、人間を操るなんて、許せませんね」

 まあ、イオンがどうにかできるらしいから、そんなに心配することはないだろうけどな。
 そんな風に楽観的に構えていると、宿屋に向かおうとしていたイオンの足が突然止まる。

「ナタリア……いずれ分かることですから、今、お話しておきます。カースロットというのは、けして意のままに相手を操れる術ではないんです」

 へっ? 意のままに操れる術じゃないだって? 
 ナタリアも同じことを思ってか、イオンに真意を尋ねる。

「どういうことですの?」
「カースロットは、記憶を揺り起こし理性を麻痺させる術。つまり……元々ガイにあなたへの強い殺意がなければ、攻撃するような真似は出来ない。……そういうことです」

 なん、だと。俺はイオンの顔を覗き込む。そこに嘘を言ってるような気配は微塵も感じられない。

 ……本当だって、言うのか。

 イオンから告げられたカースロットの真実に、ナタリアの顔が青ざめる。

「……そんな……」
「解呪が済むまで、ガイに近寄ってはいけません」

 イオン自身も、そうした注意を告げるのが心苦しいのか、沈痛そうな面持ちで顔を伏せる。
 それ以上の言及を避けるように俺たちに背を向け、足早にこの場を去った。

 去っていくイオンの背中を見送り、俺達は無言のままその場に立ち尽くす。

「よろしければ、しばし城下をご覧になってはいかがですか? 街の外には出られませんが、気を落ち着けるにはその方が……」

 少将がナタリアの様子を伺い、そんな提案をしてくる。

 確かにナタリアの状態を見る限り、間を空けないことにはどうしょうもないか。
 相手からのありがたい申し出に、俺も感謝の意を込めて頷きを返す。

「すんません……そうさせて下さい」
「わかりました。それでは我々は城の前に控えていますので、声を掛けて下さい」

 少将はそう言い残し、少し心配そうに俺たちの様子を伺いながら、この場を去った。
 残された俺達の視線は、否応なしにナタリアに向かう。

「……少し、一人にさせて下さい」

 ふらふらと離れていく彼女を咄嗟に追いかけようとして──俺はその一歩を踏み出せない事に気付く。

「ルーク? 追いかけないの?」
「俺は…………」

 ティアが俺の背中を押すような言葉をかけてくれたが、俺はそれに答えようと口を開くも、その先に続く言葉が見つからなかった。

 ──俺は彼女の求めたルークじゃない……──

 一瞬脳裏を過った考えがどうしても打ち消せず、俺はたった一歩が踏み出せない。

「……俺も少し、一人にさせてくれ」

 結局出て来たのは、そんな誤魔化しの言葉でしかなかった。

 自分の情けなさに、正直反吐が出る思いだな……くそっ。

「……ガイ……」

 親友の名を呟くが、当然返事があるはずもない。
 行き場を無くした呼び掛けだけが、帝都の街並みに虚しく響いた。




              * * *




 譜術によって巻き上げられた水が勢いよく流れ落ちる。
 虚空へ飛び散った水滴が微細な霧となって周囲を包む。

 水の都とはよく言ったもので、水上都市であるグランコクマの空気はどこか澄んだものを感じさせた。譜業によって囲まれたバチカルとの違いに、自分も遠いところまで来たもんだと考えさせられるね。

 そんなどうでもいいことが頭に浮かぶのは、俺が動揺を抑えようとしている証拠だろう。

 こんな意味のないこと考えていても、気分が晴れるはずもないってのにな。自嘲の笑みが浮かぶ。

「……」

 俺は一人噴水を眺め、思考に沈む。

 前へ進もうと誓った。
 あの誓いに嘘は無い。

 あの七年間は他の誰でも無い俺の過ごししたものだ。
 この想いに偽りは無い。

 それでも、俺以外の人間がどう思っているかまでは……正直、わからなかった。

 結局俺があいつと入れ代わっていた事実に変わりは無い。ガイはそんな俺を親友だと受け入れてくれた。ナタリアも戸惑いながらも、俺をルークと呼んでくれた。

 だが、俺はそんな二人のことさえ、碌にわかっていなかったんだな……。

 ウジウジした考えを否定しきれないでいると、不意に、俺は自分の後ろに立つ誰かの気配を感じる。振り返るまでもなく、俺にはそいつが誰かわかった。

 俺はため息混じりに顔を上げる。

「……一人にさせてくれって、言ったよな」
「約束したわ。あなたを見ているって」

 俺の遠回しな拒絶にもまるで怯んだ様子も見せず、ティアは応えた。その先に何か小言が続くのかと意識を向け続けるが、彼女はそれ以上なにを言うでも無く、ただ静かに俺の後ろに佇んでいる。

 ……気を遣われちまったな。

 彼女の不器用な気遣いに、胸の内に苦笑が浮かぶ。約束を前に押し出していても、ただそれだけじゃないことぐらい俺にもわかる。
 だから、気付けば口を開いていた。

「……コーラル城で、言ったよな。俺はガイの親ついて、なにも知らなかったってさ」

 両親が既に死んでいたというガイ。コーラル城の譜業機関が設置されていた部屋で、俺は初めてその事実を知った。

「両親を亡くしてたことも知らなかったし、誰かを……殺したい程憎んでたことも知らなかった」

 七年間の付き合いの間に、俺が知るべきものは無数にあった。本当に……俺はどれだけのものを見落としていたんだろうな。もし、これが俺じゃなく、あいつだったなら……

「アッシュなら、わかってやれたのかもしれねぇ……そんなしみったれた考えが、どうしても否定しきれなかった。アホだよな、俺。ナタリアがあんな状態だってのにさ。情けないことに足が踏み出せなかったよ」

 自嘲の笑みが浮かぶのをどうしても止められない。

 俺の言葉を吟味するように少し間を置いた後で、背後からティアの言葉が届く。

「……あなた達三人が、私は少し羨ましい。ユリアシティに暮らす人々は、どこか私とは距離を置いていたから」

 彼女は俺の思いもしなかった言葉を語りかけてきた。

「あなた達三人が過ごした時間に偽りは無い。ナタリアの約束した相手があなたでなかったとしても、あなたはここに居る。他の誰でもない……あなたの言葉を彼女に掛けることは出来る。
 ここで一人考え込んでいても、何も変わらない。あなたなら……それがわかっているはずよ」

 背中越しにかけられた彼女の言葉はどこまでも厳しく、同時にどこか優しさを感じさせる。

「ナタリアを探しましょう、ルーク。……私も、居るから」

 最後の言葉に、俺は気付けば振り返っていた。彼女の瞳に、俺の姿が映る。

 まじまじとティアの顔を見据えていると、彼女の頬が朱に染まる。

「な、なに?」
「やっぱ……ティアは凄いな」

 どうしてこうも……俺のかけて欲しい言葉を言ってくれるんだろうね。

 彼女にはよく意味がわからなかったようで、不可解そうに目を瞬かせている。

「どういうこと?」
「いや……なんでもねぇよ」

 俺は目を伏せて、口元に微かな笑みを浮かべた。

「僕達も居るですの~」
「ぐるぅぅう」

 続けて放たれたコライガ達の能天気な声に、場の空気が一気に軽くなる。
 さっきまであれほどまでに悩んでたのが、馬鹿らしくなってくる。

「ま、確かにそうだよな」

 他の誰でも無い。俺にできることをやる。つまりは、いつも通りの俺でいいってことだよな。

かぶりを振って、陰気な考えをふき飛ばす。

「そんじゃ、ナタリアを探すとするかね」

 未だ納得いかなげなティアを尻目に、俺は気分も新たに勢いよく、その一歩を踏み出した。




              * * *




 マルクトの港に立ち、ナタリアは一人海を見据えていた。

 なんとなく掛ける言葉が思いつかず、俺は無言のまま彼女の隣に並ぶ。

「私は……至りませんわね」

 しばしの沈黙の後、彼女は不意にそう言葉を洩らした。

 至らない……か。自分が気付いてやれなかったことを気に病んでるだろうか。考える方向性まで似ているとは、参ったね。思わず苦笑しそうになるが、ここで笑うのはさすがに場違いだ。

 だから、俺は自分の考えをナタリアに伝えることにした。

「……誰かを殺したいほど憎む気持ち。俺も、わからないわけじゃねぇんだ」

 ナタリアがはっと顔を上げる。

 ───ヴァン・グランツ。

 俺に七年もの間剣を教えた師匠にして、アクゼリュスを俺に崩落させた六神将の長。

「ヴァンに裏切られた瞬間、俺の中に沸き上がった感情は、どう贔屓目に見ても、殺意としか言いようがなかったな。あの感情は……一度抱いたら滅多なことじゃ忘れられねぇとも思ったよ」

 もし奴が目の前に現れたなら、俺は自分でもなにをするのかわからないだろうな……。後半は言葉にはせず、顔を伏せる。ナタリアはなにも言わず、俺の言葉の続きを待ってくれている。

 でもさ、と俺は重苦しい口調を一転、伏せていた顔を上げて言葉を続ける。

「今は、それよりも知りたいって気持ちが強いんだ。どうしてヴァンは俺にあんなことをさせたのか、その理由が知りたい。奴の話しを聞きたい」

 憎しみが消えた訳じゃない。それでも感情の全てが、憎しみに占められている訳でもない。

「だから、まずガイと話そうぜ。あいつがなにを抱えていたのかはわからねぇけど、それでもあいつはこの七年間、俺達と笑って過ごしてたんだ。あの笑顔に嘘は無いって、俺は信じられる。
 ガイが気付いたらあいつと話す。悩むのは、それからにしようぜ。俺も一緒に考えるからさ」

 もっとも、あんまり役に立たないかもしれないけどな、と俺は肩を竦めて見せた。

「ルーク……」

 俺の感情の赴くまま放たれた勝手な言い分に、ナタリアが初めて俺と顔を合わせた。彼女の碧眼が海の蒼を反射する。綺麗だなぁーと俺は素直に思った。

「ええ。そうですわね。まず彼と話す……悩むのは、それからですね」

 顔を上げて自らの思いを口にするナタリアの様子に、ひとまず胸をなで下ろす。なんとか持ち直せたようだ。

 後は、実際にガイと話さないことには解決しないだろうが、その辺のことは心配していない。かつてがとうであろろうと、あいつが今も憎しみに囚われているなんてことはありえない。これだけは断言できる。

 いろいろと気に食わないところもあるが、それでも、俺はガイの親友だからな。

「それじゃ、謁見しに行くとするか」
「わかりましたわ」

 足どりも軽く歩き出す俺の後ろに続いて、ナタリアとティアがなにか言葉を交わしてる。

「……彼は、どこか変わりましたね」
「変わりたい……彼はそう言っていたわ」
「おそらく、ティアの影響を受けているのでしょうね」
「わ、私の影響?」
「少しだけ……悔しいですわね」

 なかなか動き出そうとしない二人に、俺は大声上げて呼び掛ける。

「おーい、早いとこ行こうぜ。結構待たしちまってることだしさ」
「ええ。わかっていますわ──ルーク」

 ナタリアは笑みを浮かべて、自然とその名前を口にしていた。




              * * *




「よう、あんたたちか。俺のジェイドを連れ回して帰しちゃくれなかったのは」
「……は?」

 閉口一番放たれた訳わからん台詞に、俺は口をあんぐり開けて、呆気に取られる。

 言葉を無くした俺達の様子に、脇に控える高官が呆れたように額を押さえるのが目に入る。

「えーと、あんたがピオニー……陛下?」
「ルーク!」

 俺のあんまりにも不作法な呼び掛けに、ティアが諫めるように俺の名を短く叫ぶ。

 しかし、俺の気持ちもわかってほしい。だってそうだろ。マルクト帝国皇帝陛下がこんな気さくな兄ちゃんだなんて、いったい誰が思うよ?

 日に焼けた健康そうな体躯に、簡素ながらも仕立の良い衣装を身に包んでいる。王族としての威厳が無いわけじゃないが、それよりも先に親しみやすさを感じる

「おうよ。俺がピオニーだ。そう言うあんたはルークか。ふむ……」
「な、なんだ?」

 俺の顔をしげしげと見据え始めた兄ちゃんに、なんだか言葉にできない迫力を感じて気押される。

 しばらく俺を見据えていたかと思えば、マルクトの皇帝は唐突にニヤリと笑う。

「なに。あのジェイドに気を遣わせた大物の顔だ。一度じっくり拝ませて貰いたいと思ってたんでな」
「……へ?」

 ついで放たれたのは、まるで訳わからん言葉だった。ジェイドに気を遣わせる? そんな絶対的に不可能に近い偉業を成し遂げたような覚えは、俺の記憶には無いがね。

 なんの冗談だと一人首を傾げていると、ジェイドが苦虫を噛み潰したような表情で額を押さえる。

「……陛下。冗談でもそういうことを仰るのはお止めになって下さい」
「ハハッ、全部が全部冗談ってわけでもないんだがな。ま、アホ話してても始まらんか」

 ひとしきり笑うと、ピオニー陛下の表情が引き締まる。
 どこか重々しい空気が場を見たし、重厚な声音が謁見の間に響く。

「本題に入ろうか。ジェイドから大方の話は聞いている……」

 皇帝がそう切り出したのを皮切りに、俺達は帝国側の動向を説明された。

 なんでも帝国側でもセントビナーの地盤沈下については把握してるらしい。それならさっさと住民を避難させればいいと思うが、事はそう簡単ではないようだ。

「何故ですの、陛下。自国の民が苦しんでおられるのに……」

 ナタリアの疑問に、大佐がメガネを押し上げ表情を隠す。

「キムラスカ軍の圧力があるんですよ」

 そう告げた大佐に続けて、脇に控える将軍がなにかを読み上げる。

『王女ナタリアと第三王位継承者ルークを亡き者にせんと、アクゼリュスごと消滅を謀ったマルクトに対し、遺憾の意を表し、強く抗議する。そしてローレライとユリアの名のもと、直ちに制裁を加えるであろう』

 事実上の宣戦布告の言葉だった。

 予測していなかった訳じゃないが……それでも現実として目の前に突き付けられると、動揺を感じる。

「父は誤解をしているのですわ!」

 ナタリアの抗議の声も、俺にはどこか遠く感じられた。

 ──スコアに詠まれていたことだ──

 俺が親善大使に選ばれたとき、告げられた言葉が俺の耳から離れない。

 ナタリアとは対照的に沈黙する俺に、ジェイドが視線を向けてくる。将軍とナタリアの言い合いを目線で示し、俺は大佐に止めてくれと訴える。

 ジェイドはやれやれと肩を竦めた後で、二人の間に割って入ってくれた。

「ナタリア、落ち着いてください。アクゼリュスの件は皆把握しています。本当にキムラスカが戦争のためアクゼリュスを消滅させたのかは、この際重要ではないのです」

 ジェイドが仲裁に入り、俺たちはひとまず問題点を整理することになった。

 議会が動かないことには動きようがない。そもそも皇帝自身も、ジェイドの報告を聞くまでは、キムラスカが超振動を発生させる譜業兵器を開発したと考えていた。故に、救援を差し向けた途端、セントビナー諸共消滅されられるのではという危惧を止められないという。

 改めて突き付けられた問題に、俺たちは考え込む。

 つまり軍を動かすわけには行かないってことか。だが、セントビナーにはマルクト軍の基地があったはずだ。それなら、最悪セントビナーを放棄しろって皇帝からの命令があれば、住民の避難に協力してもらえるかもしれない。

 そんなことを思いついて口を開こうとした瞬間、ナタリアが俺の前に出る。

「どうしても軍が動かないなら、私達に行かせて下さい。それなら不測の事態にも、マルクト軍は巻き込まれないはずですわ」

 皇帝はナタリアからの訴えに、驚いたように僅かに目を開く。
 しばし考え込むような間を置いた後で、ナタリアを見据えながら皇帝は顎を撫でる。

「……驚いたな。どうして敵国の王族に名を連ねるお前さんが、そんなに必死になる?」
「敵国ではありません! 少なくとも、庶民たちは当たり前のように行き来していますわ。それに、困っている民を救うのが、王族に生まれた者の義務です」

 ……王族たるものとしての責務を果たそうとする、か。

 たとえ王族だろうが、滅多に言い切れない言葉だ。そんな言葉を躊躇うことなく言い切れるナタリアの姿を、俺は少しの眩しさを感じながら見つめた。

「……そちらは? ルーク殿」

 将軍の問い掛けに、皆の視線が俺に集まる。

「俺の理由……か」

 瞼を閉じて、俺は自分の理由を改めて見つめなおす。

 脳裏に過るのは、アクゼリュス崩落の記憶。剣から流れ込んだ大量の死。気が狂いそうになるほど、響きわたる死にたくないという人々の悲鳴。すべてが、俺に訴え掛ける。

 なぜ、自分たちを、殺したのかと。

「アクゼリュスは……俺の手で崩落した」

 どんな要員が絡まっていようが、あれは俺の背負った罪だ。これだけは、誤魔化すことはできない。

「今回の事態も、まったく俺が関係してないわけじゃない。俺は……あんな思いをするのはもう二度と御免だ。セントビナーの崩落を直接的に引き起こしたのが俺じゃなかったとしても、そこに居る連中を助けたいって思う。……敵国とか、そうじゃないとか、正直俺にはよくわからねぇよ。
 ただ、目の前に救えそうな人間が居るなら、手を出したい」

 こんな俺なんかでも、救える命があるなら救いたい。

「……そう思うのは、そんなにおかしいことなのか?」

 マルクト皇帝の顔を見返して、俺は逆に問い返していた。

 皇帝はしばらくの間、面白そうに俺の言葉を吟味していたが、不意に不敵な笑みを浮かべた。

「とことん甘い考えだが……そうだな。当然、おかしくないわな」

 俺の支離滅裂な答えに、皇帝は満足そうに頷いた。ついで脇に控える将軍に、顔を向ける。

「どうだ、ゼーゼマン。お前の愛弟子ジェイドも、セントビナーの一件に関してはこいつらを信じていいと言ってるぜ」
「陛下。『こいつら』とは失礼ですじゃよ」

 二人のどこか惚けたやり取りに、先程までの圧迫感が一瞬で霧散し、場の空気が軽くなる。

 ジェイドが僣越ながら、と二人の話しに口を挟む。

「セントビナーの救出は私の部隊とルークたちで行い、北上してくるキムラスカ軍は、ノルドハイム将軍が牽制なさるのがよろしいかと愚考しますが」
「小生意気を言いおって。まあよかろう。その方向で議会に働きかけておきましょうかな」
「恩に着るぜ、じーさん」

 将軍がジェイドの提案に同意し、皇帝は軽口を叩いている。

 どうやら、なんとかなりそうだな。

 次々と決定されていくエンゲーブの救出計画に、俺たちもようやく安堵する。

 最後に皇帝は俺たちの瞳を真剣な表情で見据える。

「……俺の大事な国民だ。救出に力を貸して欲しい。頼む」
「全力を尽くすぜ」
「私もですわ」
「御意のままに」

 俺たちの返答に深く頷き返すと、マルクトの皇帝は勢いよく玉座から立った。

「──よし、俺はこれから議会を招集しなきゃならん。後は任せたぞ、ジェイド」

 踵を返し、皇帝は機敏な動作で謁見室を去っていた。

 あれが……王族か。

 国民の命を双肩に課せられた人物。ちょっとしか話せなかったけど、なかなかの傑物だったように俺には思えた。預言に頼りきっていないからか、それとも今の俺がキムラスカに思うところがあるせいか。

「やれやれ、大仕事ですよ。一つの街の住民を全員避難させるというのは」

 皇帝が完全に去った後、俺達の下に近づいてきたジェイドが、厄介なことになったと被りをふった。

「弱音を吐くなんて、ジェイドらしくないぜ?」

 俺が笑みを浮かべ揶揄すると、ジェイドは軽く肩を竦めて見せた。

「冷静に事実を述べたまでですよ。それにしても……」

 一旦言葉を切って、ジェイはどこか苦笑染みた表情を浮かべた。

「私の予測を上回るとは……やはり面白い人ですね、あなたは」

 面白いって、そりゃネタとして飽きないってことか? それはそれで、どうにも複雑な気分だ。

「まぁ……ともかく、具体的にはこれからどうするんだ?」
「陛下のお話にもありましたが、アクゼリュス消滅の二の舞を恐れて、軍が街に入るのをためらっています。まずは我々がセントビナーへ入り、マクガヴァン元元帥にお力をお借りしましょう」
「ああ、そっか。さっきの将軍が守備を引き受けてくれるから、セントビナーの軍人も手を貸してくれるのか」
「……よく気づきましたね」

 また、それかい……。

 もはや最近お馴染みとなってきた言葉に、俺はがくりと肩を落とす。

「はいはい。そうでしょうよ。……ったく、そんなに俺は考え無しに見られてたのかよ」

 俺のぶつぶつ洩らした愚痴に、さすがのジェイドも失笑を洩らす。

 ともあれ、ジェイドの具体的な指示で、なにをするのかわかったのだ。気を引き締めていかないとな。

 アクゼリュスの二の舞は……もう御免だ。

 いろいろと細かい打ち合わせをしながら歩き出そうとしたところで、ティアが言い難そうに告げる。

「その前に、ガイやイオン様たちの様子を見ないと……」

 ナタリアの足が止まり、わずかにその身体が強張るのがわかった。

「ナタリア……」
「大丈夫ですわ、ルーク。ガイと、話しましょう」

 そこには俺のよく知ってる、決して諦めないと瞳で語るナタリアの姿があった。

 やれやれ……ガイのやつめ。俺たちにこんな心配かけさせるとは、宿であったら覚えてやがれよ。

 頭の中でガイに語りかけると、想像の中でガイはどこか困ったような表情を浮かべていた。




              * * *




 いろいろと覚悟は決まったわけだが、宿屋の前まで行くと、さすがに俺たちの間を緊張が漂う。

「ご苦労」
「はっ。導師のお許しは出ています。どうぞ」

 兵士が敬礼を返し、中への扉を開く。

 俺たちは宿屋の中に足を踏み入れた。

 宿の奥まった部屋、寝台に腰掛けたガイの姿があった。

「ガイ、もう大丈夫なのか?」
「ああ……迷惑かけちまったな。特にナタリア、すまなかった」

 やはりナタリアの姿はどこか沈んで見えたんだろう。ガイは真っ先にナタリアへ向けて、頭を下げた。

「いえ……私の方こそ……」

 少し躊躇いながら、言葉を選ぶように謝罪の言葉を探すナタリアの台詞を、ガイが手を上げて制する。

「そうじゃない。そうじゃないんだ」

 首を振って、謝ろうとするナタリアの行動を否定した。

 集まった視線の中、ガイはなにか決定的な判断を躊躇うかのように、少しの間、瞼を閉じる。

 再び目が開かれたとき、ガイの瞳には覚悟の光が宿っていた。

「俺は……マルクトの人間なんだ」
「え? ガイってそうなの?」

 アニスの場の空気を無視した軽い合いの手に、ガイは少し苦笑を浮かべたが、そのまま言葉を続ける。

「ああ。俺はホド生まれなんだよ。で、俺が五歳の誕生日にさ、屋敷に親戚が集まったんだ。んで、預言士が俺の預言を詠もうとした時、戦争が始まった」
「ホド戦争……」

 ティアがどこか哀しげに呟く。そう言えば……ティアもヴァンも、ホドが故郷だったか。

「そう。あの戦争でキムラスカの奴らに、公爵が率いる軍に俺の家族は殺された。家族だけじゃねぇ。使用人も親戚も……すべてあの戦争で、無くしちまったんだ」
「あなたが公爵家に入り込んだのは、復讐のためですか? ──ガルディオス伯爵家、ガイラルディア・ガラン」

 ジェイドの斬り込むような鋭い言葉に、ガイが驚いたと両手を上げる。

「うぉっと。ご存知だったって訳か」
「ちょっと気になったので、調べさせてもらいました。あなたの剣術は、ホド独特の盾を持たない剣術、アルバート流でしたからね」
「正確には、俺が使ってるのはアルバート流から派生したシグムント流……いや、シグムント派とでも言うべきものなのかな」

 なにかを懐かしむように、目を細めて見せた。だがすぐに、後悔するように瞳を伏せる。

「大佐のいった通り、俺は最初、公爵に俺と同じ思いを味わわせてやるつもりだったんだ。そのために、屋敷に入り込んだ。そうして屋敷で虎視眈々と機会を狙ってたわけだったんだが……」

 顔を上げたガイの表情には、苦笑が浮かんでいた。

「おかしなもんで、お前ら二人と付き合ううちに、俺は復讐しようなんて気持ちは忘れちまったよ。いつのまにか、ルークとナタリアの二人と、本気で友達になってたんだ。七年間、そうして一緒に過ごしてきた中で、憎しみは消えたはずだったんだがな……心の底では、まだキムラスカに思うところがあったのかもしれない」

 再び真剣な表情になって、ガイはナタリアに頭を下げた。

「本当に……すまなかった、ナタリア」

 頭を上げようとしないガイに、ナタリアがそっと手を伸ばす。

「いいえ……いいのです、ガイ。頭を上げて下さい。私の方こそなにも気付かず、あなたを苦しめていたのですね」

 顔を上げたガイの掌をとって、ナタリアが視線を合わせる。

「だから、私にも言わせて下さい。ごめんなさい……ガイ」
「ナタリア……」

 どうやら、二人は仲直りできたようだ。

 だが、俺はガイの言葉を聞いて、どうしても確かめなければならないことができた。

「ガイ……一つ聞かせてくれ。カースロットは人間の記憶を掘り起こし理性を麻痺させる術だ。ホドを直接攻めた公爵家の人間じゃ無くて、ナタリアに斬りかかったのは……俺がレプリカだったからか?」

 問い掛けながら、ガイに視線を向ける。実際に聞きたいのは、そんなどうでもいいことじゃない。ただ、俺は聞きたかった。俺がレプリカだから友達になれたのか、聞かずにはいられなかった。

 俺の瞳を真っ向から見返し、ガイが俺の考えを見抜いたのか眉間に皺を寄せる。

「今度そんなこと言ったら、本気で殴るぞ」

 どこか怒ったようにガイの瞳が燃える。だがすぐに、なにかを躊躇うように瞳の光が揺らぐ。

「……そりゃ、全く関係ない訳じゃないとも思う。それでも、俺が憎しみに囚われなくなったのは、お前がレプリカだったからなんかじゃない。この二年の間、ずっと前を向くのを止めようとしなかった……ルーク、ナタリア、屋敷の人たちの姿を目にして……俺は過去を振り切ろうって、思い切れたんだ」

 瞳を逸らさず、ガイはかつて過ごした日々を懐かしむように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「決してルークを見捨てようとしなかったナタリア。あんな経験をしながら、最後には自力で立ち上がったルーク。そんなお前たち二人を見ていて、俺は憎しみを捨てようって思えたんだ。
 ──ようするに、敵国がどうとか仇だとか考えるのが、馬鹿らしくなったってことだな」

 軽い口調で、最後にはそう肩を竦めて見せた。俺が皇帝に問いかけた言葉と、どこか似ているな。

「……馬鹿らしいか」
「ああ、馬鹿らしい。そう思うだろ?」

 俺とガイは同時に吹き出して、笑い合う。俺達につられるようにして、ナタリアも笑みを浮かべた。

 復讐を誓ったガイが、当時どれだけの決意で屋敷に乗り込んできたのかはわからない。それでも、ガイはかつて失った過去よりも、俺たちと過ごした日々を取ってくれたんだ。

 軽い言葉の裏に隠された想いの深さに、ここはもう……笑うしかないってもんだろ?

「さて。いい感じに落ち着いたようですし、そろそろセントビナーへ向かいましょうか」

 意味もなく笑い合う俺達三人に向けて、ジェイドが出発を促す。

 確かに崩落が迫ってるんだ。こんなとこでいつまでも馬鹿笑いしてる訳にはいかないか。

「あ、イオン様はカースロットを解いてお疲れだし、危険だから 私とここに残りま~す」

 手を上げて主張したアニスに、イオンが異を唱える。

「アニス。僕なら大丈夫です。それに僕が皆さんと一緒に行けばお役に立てるかもしれません」
「イオン様!?」
「アニス。それに皆さん。僕も連れて行ってください。お願いします」

 一人驚愕するアニスを尻目に、イオンが俺たちに頭を下げた。

「ヴァンがイオンを狙ってるなら、どこだろうが危険だし……俺は連れて行っていいと思うけど?」
「目が届くだけ、身近の方がマシということですか? ま、仕方ないですかね」

 大佐も同意を返し、イオンが同行することが正式に決定した。

「もうっ! イオン様のバカ!」
「大丈夫ですよ、アニス」

 アニスの悲痛な叫びにも、イオンはニコニコ笑いを浮かべたまま、呑気に請け負うのであった。

 まあ、純粋なのはいいけど、もう少し危険に敏感になって欲しいもんだ。

 まるで危機感の無いイオンンの笑顔に、つい、俺もそんなことを考えてしまうのであった。




              * * * 




「ですから父上、カイツールを突破された今、軍がこの街を離れる訳にはいかんのです」
「しかし民間人だけでも逃がさんと、地盤沈下でアクゼリュスの二の舞じゃ!」
「皇帝陛下のご命令がなければ、我々は動けません!」

 マルクト軍のベースキャンプで、親子ほど歳の離れた軍人と老人が激論を交わしていた。部屋に入った俺たちの姿にも、気付く様子が無い。

「あー……ピオニー皇帝の命令なら出たぜ」

 どうしたものかと思いながら発した俺の言葉に、二人の視線がこちらを向く。ついで、軍人の視線がジェイドを映し、驚きに目を見開く。

「カーティス大佐!? 生きておられたか!」
「して、陛下はなんと?」

 軍人の方は大佐の生存情報に固まっていたが、老人の方は落ち着いたもので、冷静に俺たちの言葉の続きを促した。

「民間人をエンゲーブ方面へ避難させるようにとのことです」
「しかし、それではこの街の守りが……」

 大佐の言葉に我に返って抗弁する軍人に、ジェイドがまだ先があると言葉を続ける。

「街道の途中で私の軍が民間人の輸送を引き受けます。駐留軍は民間人移送後、西へ進み、東ルグニカ平野でノルドハイム将軍旗下へ加わって下さい」
「了解した。……セントビナーは放棄するということだな」

 どこか苦々しげながらも、命令なら仕方ないとその軍人は頷いて、部屋を後にした。

「さて、私達も動きますか。エンゲーブ方面へ住民を誘導するのに、人手があって足らないということはないですからね」

 そんな大佐の言葉を皮切りに、俺たちはセントビナー住民の避難に向けて動き始めた。

 もともとアクゼリュスでこういう活動を想定してたからか、思ったよりも順調に誘導は進んだ。

 あとは俺たち同様、住民の避難活動を手伝ってくれていたマクガヴァン老以下、街の人たちを残すばかりってとこまで行き着いた。意外となんとかなるもんだと、張りつめていた気が少しだけ緩むのを感じる。

「それではマクガヴァン元帥。あなた達もそろそろ……」

 避難して下さい、とジェイドが続けようとしたところで、視線も鋭く上空の一角を見据える。

 何事だと思いながら、大佐の視線を追う。視線の先、空の一転に影が生じた。急速に迫り来る巨大な影は一切速度を落とさぬまま進み行き──マクガヴァン老の家に突っ込んだ。

「な、何だ……!?」

 突然の出来事に、誰一人動き出せないまま、事態は進み行く。

 マクガヴァン元帥の家屋の瓦礫を撒き散らし、飛び出したのは──巨大な譜業兵器の存在だった。

 頭の方に迫り出した操縦席のようなものの上に立ち、白髪メガネが高笑いを上げる。

「ハーッハッハッハッ! ようやく手に入れましたよっ!!」

 耳障りな声を上げながら、突き出されたディストの手に握られているのは、一振りの槍。どこか血に濡れたような朱色に彩られた刃が、ギラついた光を放つ。

「あれは我が家の家宝、プラッドペイン!」

 マクガヴァン老の言葉に、ジェイドが視線も鋭くディストを睨む。

「この忙しい時に……。昔からあなたは空気が読めませんでしたよねぇ」

 大佐の厭味な言葉で、ディストはジェイドの存在に初めて気付いたといった様子で目を見開く。

「おや、そこに居るのはジェイドじゃありませんか? これはいい! もののついでです。導師イオンを渡していただきましょうか!!」

 キモイ動作で差し出された掌の上で、薔薇が地上に舞い落ちた。

 大佐がうざそうに薔薇の花びらをたたき落とし、満面の笑顔で顔を横に振る。

「お断りです。……それより、元帥の家から盗み出したそれを、いったいどうするつもりです?」
「ムキー! 私がなにをするかなどあなたにはどうでもいいことなのでしょう!! ネビリム先生のことを……諦めたあなたには……」

 ネビリムという名前を発した瞬間、ディストの表情が一瞬曇る。
 大佐がわずかに動揺したように瞳を揺らし、メガネを押し上げ表情を隠す。

「お前は……まだそんな馬鹿なことを!」
「さっさと音を上げたあなたにそんなことを言う資格はないっ! もう、お話の時間は終わりです!!
 ──さあ、導師を渡して貰いましょうかっ!!」

 叫ぶと同時、譜業兵器の迫り出した部分が沈み込み、槍を手にしたディストの姿が内部に消える。

『───奏器駆動機関、起動シマス』

 機械的な音声が周囲に響き、譜業機関が駆動音を立てながら動き出す。



 闇が、生まれた。



 何処とも知れぬ場所から生じた漆黒の闇は急速に譜業兵器を包み込む。闇の現出は兵器を完全に覆い尽くした後も止まらない。溢れ出した闇の残滓が大地に流れ込む。流出した闇の先端部分は、まるで生き物のように地面の上をビチビチと跳ね回り、醜悪な動作で蠢き回る。

「これは……異常なまでの第一音素の高まりを感じる」

 ジェイドが闇を見据え息を飲む。ついで視線も鋭く俺たちに忠告を発する。

「皆さん、気をつけて下さい。どうやら、いつものディストとは違うらしい」

『ハーッハッハッハッ! 第一奏器を内蔵せしカイザァーッディストッ! CH!! の力の前に平伏しなさい、ジェイド!!』

 地面を跳ね回っていた闇の触手が一斉にその先端をもたげ、譜業兵器の前面に展開される。闇の触手はその先端を鋭く捩じらせながら、放たれるのを待ち望む矢のごとく後方に引き絞られる。

「──ティア、譜歌をお願いします!」

 大佐の指示に疑問を返すでも無く、ティアが即座に譜歌を歌い出す。彼女もまた、目の前の譜業兵器の異様さに気付いているからだろう。

 譜歌の美しい旋律と、闇の触手が地面を這いずり回る音だけが、周囲を満たす。

 譜歌の完成まで残すところ後僅かというところで、解放の時を今か今かと待ち望んでいた闇の触手が、不意にその動きを停めた。

「来ます!」

 醜悪なりし闇の触手は、豪雨のごとき奔流となって降り注ぎ───

 俺たちの視界を、埋め尽くした。



  1. 2005/08/28(日) 20:15:08|
  2. 【家族ジャングル】  第四章
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