全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第4話 「漆黒の闇 ─ソリスト─」


 僅か数センチ先の空間を闇の触手が跳ね回る。

 触手が俺たちを貫くかと思われた──正にその瞬間、間一髪で譜歌は完成した。
 展開された障壁に遮られた先で、闇の触手が悔しげにその身を捩らせる。


『む、なかなか鋭い反応ですね。ならば、こちらから攻め込むとしましょうか』


 漆黒の闇に覆われた譜業兵器が、無骨な鋼鉄の足を踏み出す。
 一歩進み出る毎に本体から溢れ出した闇の残滓が周囲を蛇のようにのたうち、地面を這いずり回る。


 ──アレはやばい。


 常にヴァンと行っていた生死を強く意識した訓練で、無意味なまでに高まった俺の危機察知能力が、最大限の警鐘を鳴らしてやがる。
 正直、見ているだけで背筋に怖気が走る光景だ。


「……なんなんだ、アレは?」

 全身に怖気が走るのを感じながらのつぶやきに、大佐が譜業兵器に視線を据える。

「見たところ……動力部から汲み出した第一音素を、半ば物質化するまで集束させ、譜業兵器の装甲にまとわせているようですが……実際の効果の程は未知数ですね。正直、私もこんな術は知りませんし」

 大佐にも見当がつかないのかよ。本気で意味わからんと俺は闇を凝視する。

「しかし……機動性はかなり低いようですね」

 さっきから譜業兵器がこちらに近づこうと動いているのだが、一歩を踏み出すだけでもかなりの時間がかかっている。
 どうも地面をのたうち回ってる触手が譜業兵器の動きを阻害してるようだな。

 ん? あの触手……見た感じだと剣でも弾けそうだな。大佐の分析だと第一音素の塊だって話だが。

「さっき物質化とか言ってたけど、あのキモイ触手、剣とかでも叩き落とせるってことか?」
「そうですね……引きずられた触手が地面に跡を残しているので、剣で触れることも可能でしょう。地面に接触した部分を見る限りでは、特にこれと言った特殊な効果も無さそうですしね」

 今の所はですが、と最後に付け足して大佐は肩を竦めて見せた。
 なるほど。ともあれ、あの量を捌けるなら、前衛が動いても大丈夫ってことか。
 俺は剣を構え、一歩前に進み出る。俺の動きに、皆の視線が集まる。

「とりあえず、俺とガイが突っ込んでみる」
「俺も!?」
「雨みたいに降り注ぐ触手の中で動けんのは、完全な前衛の俺らぐらいなもんだろ。諦めろ、ガイ」
「……まあ、仕方ないかね」

 嫌そうに顔をしかめ、地面をのたうち回る触手を見やりながら、ガイが刀を肩に担ぎ、了承を示す。

「大佐は相手の反応を探ってくれ。ティアとナタリア、それにアニスは適宜援護頼む。かなりマジで」

 あの量を捌くのは俺ら二人でも、さすがにギリギリの線なので、かなり切実に頼んでおく。

 皆もそれはわかっているのか、深く頷いてくれた。

「障壁を解くタイミングはどうするの? 一応、私に伝えてくれれば、その瞬間に解除できるけど」

 ティアの申し出に、俺は一瞬考えた後で、すぐに答えを出す。

「ガイ、頼めるか?」
「ん? 俺でいいのか?」
「俺より、いろいろと良さそうだからな。……特に運とか」
「…………運か」

 これは参ったとガイが額を抑えた。ちなみに冗談とかではなくて、本気だ。

 一瞬でもタイミングを間違えれば、飛び出たところをディストに狙い撃ちにされて、見事な昆虫標本が出来上がることだろう。

 かなり運の要素が高い判断に、ここはやっぱ俺みたいな墓穴堀りまくり野郎よりも、ガイみたいな大吉男に任せたいのが正直な所だ。

「……飛び出す瞬間、私に合図して。そのとき解除するから」
「わかった。しかし、あの中に飛び込むのか……」

 ガイの言葉に、俺も改めて闇に視線を向ける。視線の先で、触手が地面を蠢いている。

 う……こうして改めて見ると、マジでキショすぎる。あれで本当に音素かよ、と疑念が沸き上がるのが止められない。

 そんな風に闇を見据えていると、少し間が空いた後で、ガイが俺に目配せをしているのに気付く。俺はそれに応じ、足に力を込めて、そのときを待つ。

「ティア、頼む!」

 障壁が消える。俺達は突進する。譜業兵器が俺たちに気付く。触手が蠢く。

 ……相手の攻撃の威力がどれほどのものかわからんが、いなす程度のことはできると信じたい。

『ハーッハッハッハッ! 自ら飛び出して来るとは潔いことです。一撃で仕留めて上げましょう!』

 前に出た俺たちに向けて、触手が降り注ぐ。

 俺とガイは隣だって並び立ち、上下左右から押し寄せる闇の触手を弾き、いなし、時にはかわして、しのぎ続ける。

 う……ってか、切りが無くないか……マジ……キツイ……

 考えてた以上に、圧倒的な奔流となって触手は押し寄せ続ける。

 俺は絶え間なく押し寄せる攻撃だけに集中してるのが耐えきれなくなって、防御の合間に思わず触手の発生源を見やる。

 げげっ! こりゃ、切りが無いはずだぁ……。

 なんとも呆れ果てたことに、譜業機関の装甲から地面に溢れ出した闇の先端から、次々と新たな触手が生み出されてやがるのが見えた。

 隣のガイに目配せする。すると同じ事実に気付いたガイの表情が一気に引きつるのがわかる。

 一応、後方から時折思い出したように矢とか譜術が放たれているのだが、触手の攻撃は一向に収まる気配を見せない。
 今のところ持ちこたえているが、弾いた触手と、新たに生み出される奴が合わさって、加速度的にその数を増していく。
 このまま行ったら押し切られるのはわかりきってるわけで……


 だぁーっ! もう、一か八かだ!!


「ガイ、ちょっとの間、頼んだぜっ!」
「な、ちょ、ルーク!? うおぃっ!!」

 悲鳴を上げるガイをその場に残し、俺は数歩後退する。


 こうして下がって見てみると、改めて敵の攻撃の異様さがわかる。

 集中してくり出される触手をガイが死に物狂いでさばいている。
 後衛からくり出された譜術が直撃し、数本の触手が引きちぎられる。
 触手はしばらくの間地面を跳ね回り、悲鳴のような音を残して消えた。

 ぶ、不気味な。マジで、なんなんだよ、アレは……。

 全身に鳥肌が立つのを感じながら、ともかく俺は考えていた行動にさっさと移る。


 刀身に音素をまとわせ、納刀する。
 譜業兵器を見据え、意識を研ぎ澄ませる。


 脳裏に蘇る。ティアから貰った音素学原論に記された内容。
 グランコクマに至るまでの間、船上で教えてもらった基本的な音素を感じる術。
 フォン・スロットへの取り込み方。意識的に操る術。


 腰を落とす。深く深く沈み込ませる。
 意識を集中する。細く細く練り上げる。


 体内にフォン・スロットの存在を感じる。大気に満ちる音素の流れを感じる。
 フォン・スロットを解放する。第六音素を体内に取り込む。


 鞘に納められた刀身に、片手を添える。


 昂った意識の中で、しかし思考は冷静なまま、俺は譜業兵器に向けて──駆ける。


『ハーッハッハッハッ! 正面から突っ込んで来るとは愚かですね!』


 耳には何も聞こえない。
 ただ闇をまとった譜業兵器を見据える。
 それ以外に視界に映るものはなにも無い。


『──死になさいっ!!』

 抜刀、刺突、音素解放。

《──翔破》

 闇に覆われた譜業兵器の装甲に、剣先が触れる。

《────裂光閃っ!!》


 膨大な光をまとった一撃が闇の衣とぶつかり合い──
 第一音素と第六音素の力の押し合いは一瞬の拮抗の後、呆気ない程簡単に崩れさった。


『なんですと~!?』


 光の奔流の前に装甲を覆う闇がごっそりと削り取られた。
 無防備となった譜業兵器の巨大な体躯がふき飛ばされ、轟音をあげながら瓦礫に激突する。

 土煙を舞い上げながら瓦礫の中に倒れ伏す譜業兵器を見据え、俺は独り言ちる。


「……これが、音素の流れを感じるってことか」


 かつていない威力を持った一撃に、自分でもちょっとばかし感慨深いもんを感じる。
 少しの間、両手を見下ろしていると、駆け寄ってきたガイが俺に向けてからかうように笑い掛ける。

「随分と凄い一発だったな、ルーク。俺一人にされたときはどうなることかと思ったぞ?」
「あー……まあ、なんも説明しなかったのは悪かったぜ」

 ばつが悪くなって頭を掻く俺に、ガイは軽く俺の肩を叩いて応じた。だがすぐに真剣な表情に戻る。

「で、やったと思うか?」
「……どうだろうな」

 相手も一撃で倒れるほど脆くはないだろう。
 そう言葉を続けようとした正にその瞬間、瓦礫がふき飛ばされる。

『ムキーッ! よくもやりましたねっ! ですが、このカイザァーッディストッ! CH!! にその程度の攻撃は屁でもありません!! なぜならば──』

 スピーカーから声が響くと同時、譜業兵器の装甲を再び闇の衣が覆い尽くす。

 なっ、再生しただって!?

『ハーッハッハッハッ! たとえ剥がれ落ちようとも、闇はより強固な力となって蘇るのですよ!!』

 高笑いするディストの言葉に、俺はどうしたもんかと大佐に視線を寄越す。
 大佐はディストの言葉に、じっと譜業兵器を観察していた。

 不意に、大佐の視線が譜業兵器の装甲に止まる。
 先程の一撃ではダメージを負っている様子を見せなかったと言うのに、闇に包まれた装甲には無数の亀裂が走っていた。


 闇は掻き消される前よりも、その濃度を増している。


「なるほど。そういうことですか」

 ニヤリと笑うと、大佐が俺たちに指示を飛ばす。

「ルーク、先程のように光属の技を、繰り返し放って下さい。ティアとアニスも、ルークと同じように光属の譜術をお願いします」

 言いながら、大佐も詠唱を始める。

 詳しい理由の抜け落ちた指示だったが、今は悠長に説明してるような余裕は無いってことか。

「ガイ、援護を頼む!」
「任せろ!」

 こうして、俺たちの反撃が始まった。

 譜業兵器そのものの動きは鈍く、本体からの攻撃は注意していれば避けられない程ではない。
 俺とガイは極力間合いを詰め、相手に闇の触手を放つ隙を与えない。
 どうもあの攻撃には少しのためが必要らしく、先程から相手は間合いを詰めた俺たちに対して、うるさそうに手足を振り回している。

 動きが止まった所を、背後から放たれた第六音素の譜術が直撃し、闇の衣を引き剥がす。
 俺も時折後ろに下がって、フォン・スロットに取り込んだ音素を載せた一撃を放つ。

『くっ! 無駄無駄無駄ぁといっているのがわからないのですかぁっ~!!』

 俺は音素を取り込み、技を放つ。間を開けずに譜術が直撃する。
 無意味とも思われる一連の攻撃は果てなく続き……

 ピシリ──

 もう何度繰り返したかもわからなくなった攻防の後、不意に奇妙な音がその場に響き渡る。

『へっ……?』

 ディストが間の抜けた声を上げた。

 一度響いた奇妙な音は、次々と重なり行く。
 譜業兵器の装甲には、無数の亀裂が浮かび上がっていた。

「貴重なヒント、ありがとうございました」

 大佐が慇懃無礼な態度で、礼を取る。
 引き剥がされる度に濃度を増して行った闇は、今やその牙を内に包み込んだ譜業兵器に向けていた。

『こ、こんな馬鹿なぁ~!!』

 とうとう周囲を包み込む闇の圧力に耐えきれなった装甲が、ベキベキと音を立てながら一斉に捲れ上がる。

 機関部に致命的な亀裂が走り、譜業兵器の中心に闇色の光が集い始める。
 集束した闇は一瞬の停滞の後──爆発した。

「覚えてなさい、ジェイドォ────ッ!!」

 そんな捨てぜりふを残し、ディストの姿はいつかのように、空へと消えた。
 さすがというべきなのか、譜業兵器の爆発に巻き込まれながらも、その手にはマクガヴァン邸から奪い取った槍が握られていた。


 なんというか、無駄に頑丈なやつだよな。


 呆れながら空に消えたディストを見送り、俺は大佐に視線を移す。

「……そんでジェイド。結局、どうなったんだ?」
「ディストの言葉通り、私達の攻撃を受け剥がされる毎に、あの闇は力を増しているようでした。ですが、皮肉なことに装甲の方が闇の圧力に耐えきれなかったようです。あの程度のことも見抜けぬまま、設計するとはねぇ。
 ま……今回ばかりはディストの間抜けさに助けられましたね」

 あの大佐が助けられたねぇ。その言葉だけでも、どれだけやばい相手だったかわかるってもんだな。

「……あの闇はいったいなんだったのでしょう?」
「私としても気になる所です。どうも動力に秘密がありそうでしたが……おや?」

 爆発四散した譜業兵器の残骸に目をやっていた大佐が、なにかに目をとめる。

「あれは……」

 残骸の中心、虚空に浮び上がる一本の杖が存在した。

「……杖」

 記憶が刺激される。俺はこれに似た物を、確かに見た覚えがある。

 なにかに操られるように、俺の足が杖に近づく。
 浮び上がった杖は、闇色の燐光を周囲に漂わせながら、時折鼓動を響かせている。
 先端部分が無数の輪に繋がれた、どこか錫杖じみた杖に向かって歩く。

「ルーク?」

 仲間が俺に呼び掛けるが、俺はそれらを無視して杖の前に立つ。

 杖に、手を伸ばす。

 ドクン──

 掌に伝わる鼓動を最後に、周囲を漂っていた燐光は、いつのまにか止んでいた。

 手の中の杖に視線を落とす。見た目はまったく違う。
 だが、似ている。

「……ヴァンがアクゼリュスのパッセージリングに、これと似た杖を突き刺してたんだ」

 アクゼリュス崩落の時、ヴァンの奴がパッセージリングに突き刺していた杖と似ているのだ。
 俺の洩らした言葉に、イオンもまたあのときの光景を思い出したのか、はっと顔を上げた。

「ふむ……どうやら、あの譜業兵器の動力源に使われていたもののようですね。しかし、ヴァン謡将がアクゼリュスのパッセージリングにねぇ……もしや……」

 大佐が言葉を続けようとして、突然なにかを思いなおしたようにかぶりを振る。

「……いえ、今はこの杖に関する話は置いておきましょう。とりあえず、それはルークが持っていて下さい。今は、セントビナーの住民を避難させる方が重要です」

「そだな。わかったぜ。しかし、俺が持ってるのか……」

 うーむ。あんなデロデロの触手を出していた譜業兵器の動力源だ。
 俺はちょっと不気味に想いながら、爪先で杖をつまみ上げ、道具入れの中にしまい込む。

「さて、時間も無いことですし、住民の誘導に戻りましょう」

 ジェイドの促しに、俺たちも頷いて動き出す。
 そのとき、一際強い振動が大地を貫いた。

「うおっ!」
「きゃっ!」

 体勢が崩れる。慌てて両足を踏み込み、すっ転ぶのを辛うじて防ぐ。

 動けぬまま振動に耐えていると、視界の先で大地に亀裂が走る。
 同時に地鳴りのような音が周囲に響き始め、セントビナーはかつてのアクゼリュスのように沈み始めた。

 地面に走った亀裂に別たれた先、マクガヴァン老以下、取り残された住民達の姿があった。
 沈み込み始めた大地の先を見下ろし、俺は避難が間に合わなかった悔しさに歯を噛みしめる。

「くそ! マクガヴァンさんたちが!」
「待って、ルーク! それなら私が飛び降りて譜歌を歌えば……!」

 そうか、譜歌があったか! 俺は顔を上げて、ティアに頷き返す。
 今にも動き出そうとした俺達に、しかし大佐が制止の声を上げる。

「二人とも待ちなさい。まだ相当数の住人が取り残されています。ティアの譜歌で全員を護るのはさすがに難しい。もっと確実な方法を考えましょう」

 確かに……取り残された住民の数は相当なものだ。あの人数を譜歌で護り切るのはさすがに無理か。
 歯痒い思いで立ち尽くし、なにか方策はないかと考え込む俺達に、取り残された住民が呼び掛ける。

「わしらのことは気にするなーっ! それより街のみんなを頼むぞーっ!」

 心配するなと、気丈にも笑いかけて来た。
 ……あんな人たちを見捨てることなんてことが、俺達にできるはずもない。

「くそっ! どうにかできないのか!」

 無力さに俺は苛立ちを吐き捨てた。
 不意に、なにかをずっと考え込んでいたガイが口を開く。

「……そういえば、シェリダンで飛行実験をやってるって話を聞いたことがあるな」
「飛行実験? それって何なんだ?」

 聞き慣れない言葉に顔を向けると、ガイが空を見上げる。

「確か……教団が発掘したっていう大昔の浮力機関らしいぜ。ユリアの頃はそれを乗り物につけて空を飛んでたんだってさ。音機関好きの間でちょっと話題になってた」
「確かキムラスカと技術協力するという話に了承印を押しました。飛行実験は始まっているはずです」

 浮力機関、教団が発掘、そんでキムラスカが技術協力……なるほど。

「イオンかナタリアの名前を出せば、その飛行実験に使ってる奴を借りられるかもしれねぇってことか。なら、シェリダンに行こうぜ。急げばマクガヴァンさんたちを助けられるかもしれねぇ!」
「しかし……間に合いますかね? アクゼリュスとは状況が違うようですが、それでも……」
「兄の話では、ホドの崩落にはかなりの日数がかかったそうです。魔界と外殻大地の間にはディバイディングラインという力場があって、そこを越えた直後、急速に落下速度が上がるとか……」

 ジェイドの疑問に、少し自信が無さげながらも、ティアはまだ猶予があると保証してくれた。
 そういうことなら話は早い。なにより、こうしてグダグダ論じてる時間が惜しい。俺はジェイドに向き直る。

「確かに間に合うかは問題だが、やれるだけやってみようぜ。何もしないよりマシだろ?」
「そうですわ。出来るだけのことは致しましょう」

 俺達の言葉に、大佐もやれやれと肩を竦めた。

「シェリダンはラーデシア大陸のバチカル側にありましたね。キムラスカ軍に捕まらないよう、気をつけていきましょう」
「よし、急ごうぜ」

 こうして俺達はシェリダンに向かうことが決定した。

 移動するのに新たな船を手配してもらう余裕があるはずも無く、俺達はアッシュが残し、大佐達が移動するのに使っていたタルタロスで移動することになった。


「しかし……大丈夫かよ?」

 俺はローテルロー橋付近に停泊されていた戦艦を見上げた。
 一度は魔界に落っこちた船だ。途中でぶっ壊れないもんかと心配になる。
 そんな俺の考えを察してか、大佐が口添えする。

「これでも戦艦ですからね。むしろ魔界にすら耐えきった頑丈な一品という見方もありますよ」
「そういうもんか?」
「そういうものでしょう」

 俺と大佐のどこか抜けた会話に、ガイがふと思いついたといった様子で入って来る。

「そう言えばオラクルの襲撃にも耐えきったしな。ある意味、刻まれた傷は歴戦の勲章ってとこかね」
「歴戦の勲章……なんか激しく使い方を間違ってる気がする」
「まあ、軍では既に廃艦扱いされてるのは確かですけどねぇ」

 最初の頃と比べて、どこかくすんだ印象の戦艦を見上げる俺達に、ティアが呆れたと額を押さえる。

「他に代わりの船がない以上、気にしていても意味は無いわ。……早く出発しましょう」

 確かにその通り。
 俺達三人は不毛な議論に見切りをつけて、促されるままタルタロスに乗り込むのであった。




              * * *




 かくして、気ばかり急く中進み行き、とうとう俺達はシェリダンに到着した。

 譜業の本場、技師の街ってだけあって、音機関好きのガイが妙に浮ついてやがった。
 それでも事が事だけに、ガイも泣く泣く街を突っ切り、シェリダン技師のまとめ役達が集まる場所へ俺達を案内した。

 そして現在、集会場でまとめ役と交渉しているわけだ。
 幸いイオンやナタリアの顔が知られていたこともあって、貸し出しの承認自体はすんなり取り付けられた。


 しかし、予想だにしなかった問題が俺達の前に立ち塞がった。


「はぁ!? 故障してて飛ばせないだって!?」

 ここまで辿り着いて、初めて明かされたあんまりな事実に、叫んでしまう。

「うむ。幸いなことに、動力に使われておった飛行譜石はオラクルの軍人さんが回収してくれたがな」

 イエモンさんの続けた言葉に、俺達を緊張が走る。

「……オラクルがここにいるのか?」
「いや、一号機の飛行実験自体、少し前にやったもんだし、既におらんよ。なんでもメジオラ高原に魔物討伐に派遣されたらしくてな。墜落現場にたまたま居合わせて、パイロットを救出がてら、ここまで届けてくれたんじゃよ」

 のほほんと本気で助かったという様子で続けられた言葉を聞く限り、別に俺達を狙っていたという訳でもなさそうだ。

「しかし……なんとなくオラクルってだけで、胡散臭い話しに聞こえちまうよな」
「魔物討伐ねぇ。確かに今までの経験上、なんか裏があるもんじゃないかと勘繰りたくなるよな」

 俺とガイが顔を見合わせ苦笑すると、ティアとアニスが抗議の声を上げる。

「オラクル全体が、私達を狙っている訳ではないわ」
「そうそう。二人ともひっど~い! 本来ならそういう一般信者じゃ対応できないような事態に当たるのが、オラクルの役目なんだからね! ……そりゃあ、今は六神将や総長に牛耳られちゃってるけど」
「……そうですね。僕の力が至らないばかりに」

 顔をうつむかせてしまったイオンに、アニスが慌ててイオンに顔を戻す。

「そ、そういうことじゃありませんよ。イオン様落ち込まないで下さい!」

 まあ……確かに教団の行動がすべて俺達を狙ってるなんてのは考えすぎだったか。
 イオンを宥めるのはアニスに任せて、とりあえず話を戻すことにする。

「ともかく、結局空を飛べる音機関は用意できないのか?」
「いや、調整中の二号機があることにはあるんじゃが……」

 言葉を濁すイエモンさんに、どういうことかと視線で先を促す。

 すると、困り顔で技師達三人が次々と口を開く。

「それについてはこっちも困っているのよ」
「戦争にあわせて、大半の部品を陸艦製造にまわしてしもうた」
「二号機完成に必要な部品が足らんのよ」

 ……なるほどね。俺もようやくイエモンさんが言葉を濁した理由を理解する。
 戦争準備のせいで部品が全て戦艦に回されちまってる訳か。ったく、こんなとこまで戦争の影響があるとはな。

 どうしたもんかと顔を上げたところで、なにやら考え込んでいる様子の大佐に気付く。

「どうしたんだジェイド?」
「いえ……少し私に考えがあります」

 言って、イエモンさん達に向き直る。

「タルタロスも元は陸艦です。使える素材があるなら使って下さい」
「なんと! 部品さえあれば、わしら、命がけで完成させてやるぞい」

 大佐からの思わぬ申し出に、イエモンさんが大きく請け負って、任せておけと胸を叩く。
 しばらくの間大佐といろいろと話し込んでいたかと思えば、すぐに技師達は慌ただしく動き出す。
 作業に移り出した技師達を見据えながら、俺は少し気になったことをジェイドに確認する。

「……大丈夫なのか?」

 緊急時とは言っても、国が管理してるもんを勝手に処分しちまって大丈夫なのか。そんな意味を込めた問い掛けに、大佐が心配ないと次のように説明する。

「タルタロスは既に廃艦扱いされていますからね。問題ないでしょう。それに今回の事態に当たり、ピオニー陛下から可能な限り便宜を図ると一筆頂いています。もしもの場合も、これで権力を笠に着ればどうとでもなりますしね。今は少しでも有効に活用できるものがあるなら、使ってしまう方が重要です。ま……これもある意味節約の美徳というものですかねぇ」
「うんうん。無駄を省く精神、大佐もわかってますねぇ~」
「さすがにアニスには負けますよ」

 このこの~と肘を突き出すアニスに、大佐が身をかわしながらにこやかに応じていた。

「せ、節約って……そういう問題かぁ?」

 二人のやり取りに、ガイが少し退いた位置で顔をひきつらせた。

 まあ冗談はともかく、大佐が問題ないって言うなら、本当にその通りなんだろうけどな。それにしても、どこまでも抜かりなく手を回しておく辺りは、さすが大佐といった感じだよな。

 権力を笠に着る云々の部分に多少の呆れを感じながら、俺達は大佐の用意周到さに改めて感心するのであった。

 ともあれ、その後突貫で工事は押し進められ、アルビオール二号機は完成した。

「よし、ついに完成じゃ! 二号機の操縦士も準備完了しておるぞ」

 案内された工房の中で、顔に煤を付けたイエモンさんが工具を手に握りながら興奮した様子で語った。続いて、タマラさんが上品に顔をほころばせる。

「おたくらの陸艦から部品をごっそりといただいたよ。製造中止になった奴もあったんで、技師たちも大助かりさ」
「おかげでタルタロスは航行不能ですね」

 肩を竦めて見せる大佐に、アニスが空を飛べるという事実に少し興奮した様子で言葉を返す。

「でも、アルビオールがちゃんと飛ぶなら、タルタロスは必要ないですよねぇ」
「『ちゃんと飛ぶなら』とはなんじゃ!」

 老人三人組の中でも一際職人らしさを漂わせているアストンが憤慨したと身を乗り出した。

「わしらの夢と希望を乗せたアルビオールは けして墜落なぞせんのだ!」

 空を見上げながらの決め台詞に、その場に居た技師一同が『おおおおおおお~!!』と騒めく。しかし興奮した様子の技師達を余所に、俺達全員の心の声は計らずとも一致していた。

 ……一号機は墜落したじゃん。

 それでも口にしても詮ないことだと悟っていたから、誰も言わなかったけどな。

 ともかく、不毛な言い合いよりも、今後の予定に話を移すとしますか。

「そんで、二号機の方は無事に完成してるんだよな?」
「おうとも。ばっちりじゃ!」

 イエモンさんがぐっと親指突き出し請け負ってくれた。なんだかシェリダンの技師達のノリについていけないもんを感じるが、とりあえずどこに行けばいいか聞こうと口を開きかけた、そのとき。

 工房の扉をガンガン叩く音が、外から響く。ついで言い争うような声が外から聞こえて来る。

『ここにマルクト船籍で乗り込んだ連中がいるはずだ! そこを退け!』
『おやっさ~ん! 早いところ客人達を俺らの夢に乗せて飛ばしてやって下さい!! ここは俺らに任せて下さいや!』
『なっ! こら、何をする!? うぉっ!?』
『さぁさぁこっちで休憩して下さい兵隊さん。いつもお勤めご苦労さまです』
『や、止め……うっ──』

 外から聞こえてきたやり取りに、工房内に沈黙が降りる。

「兵隊さんってことは、キムラスカの守備隊かね?」

 タマラさんの切り出しに、大佐が真っ先に反応する。苦笑を浮かべながら、メガネを押し上げる。

「なるほど。私の姿がキムラスカ兵に見られていたのかもしれませんね」
「そうか、あんたマルクトの軍人さんだったねぇ」
「この街じゃ、もともとマルクトの陸艦も扱かってるからのぅ。開戦寸前でなければ咎められることもないんじゃが……」

『お、おやっさ~んっ! 早くして下さいっ!! 扉が壊されそうっす!』

 外から届いた呼び掛けを聞く限り、呑気に反してるような暇はないようだ。

「アルビオールの二号機は?」

 改めて確認を取る大佐の言葉に、イエモンさんが工房の奥へと続く扉を指差す。

「外の兵士はこちらで引き受けるぞい。急げ!」
「ですが、外の兵はかなり気が立っていますわ。私が名を明かして……」

 ナタリアの言いかけた言葉を遮り、老人三人組が任せておけと胸を叩く。

「時間がないんでしょう? 私たちに任せてくださいよ」
「年寄りを舐めたらいかんぞ! さあ、お前さんたちは夢の大空へ飛び立つがいい!」
「わしらの夢を託したぞい!」

 三人からの熱い言葉に、俺達もそれ以上返す言葉はなかった。ただ皆の無事を祈り、力強く頷く。

「後は頼みます!」

 駆け出した俺達は工房の奥に進み、アルビオール二号機の艦橋らしき場所へと辿り着く。

「お待ちしておりました」

 金髪にゴーグルを付けた実直そうな姉ちゃんが操縦席らしき場所から身を起こし、俺達に向き直る。

「あんたは?」
「私は二号機専属操縦士ノエルです。高原で怪我を負った一号機の操縦士、ギンジ兄さんに代わって皆さんをセントビナーへお送りします」

 率直でいて丁寧なノエルの物言いに、俺としてはかなりの好感を抱いた。
 なんにしても、美人さんはいつ見ても癒されます。近頃切迫した状況があんまりにも続いてたせいか、こういう出会いが不足していたと、しみじみ俺は思うわけですよ。

 しかし、今回は状況的にどう見ても悠長に自己紹介してるような余裕はないので、とりあえず無難な挨拶で終えておく。

「そっか。よろしく頼むぜ、ノエルちゃん」
「……い、いえ、こちらこそよろしくお願いします」

 俺の馴れ馴れしい呼び掛けに、ノエルはどん引きしてるようにも見えなくもなかったが、きっと俺の気のせいに違いない。気のせいのはずだ。
 なんとなく彼女を見つめたままでいると、ノエルがあからさまに顔を背ける。

 ……気のせいだったらよかったのにな。

 相手の反応に一人落ち込んでいると、ノエルが操縦席に戻る。

「それでは行きましょう!」

 うおっ!?

 ノエルが操縦桿らしきもんを握ったかと思えば、機体が動き出す。……って、さすがに突っ立ったままじゃ危ない。俺達は慌ててブリッジに用意された席に座り込む。

 操縦席についたノエルの雰囲気が変化する。どこか近づき難い空気を放ちながら、彼女は真剣な表情で前方を見据えている。

 徐々にハッチが開いていき、外から光が射し込む。
 進行方向に向けて伸びた通路が照らし出される中、機体が急激な加速を始める。


 一瞬の衝撃の後──
 周囲から固唾を飲んで見守る技師達の視線が集中する中、


 アルビオールは果て無き空へ──飛び立った。




  1. 2005/08/27(土) 18:52:39|
  2. 【家族ジャングル】  第四章
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