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──A.L.M──

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第6話 「紛い物の存在意義」


 目の前に飛び込んだ光景は、俺達にとって衝撃的なものだった。


 鬨の声があがる。


 ぶつかり合う人の群れが剣戟を交わし合い、後方から放たれた譜術が大地を穿つ。
 激突する陸艦同士が砲火を交わし合い、機関部に命中された戦艦が爆発四散する。
 マルクトとキムラスカ、オールドラントが誇る大国が繰り広げる潰し合いに、俺達は息を飲むことしかできない。


「これはまずい」

 いち早く我に返ったジェイドが、事態の深刻さに顔を歪める。

「下手をすると両軍が全滅します」
「……あ、そうか。ここってルグニカ平野だ。下にはもうセフィロトツリーがないから……」

 崩落と同時に、両軍が障気に飲まれて消える。
 最悪の展開に、ティアが声を震わせてつぶやく。

「これが……兄さんの狙いだったんだわ……」
「……どういうことだ?」
「兄は外殻の人間を消滅させようとしていた。預言でルグニカ平野での戦争を知っていた兄なら……」
「シュレーの丘のツリーを無くし戦場の両軍を崩落させる……確かに効率のいい殺し方です」

 重苦しい沈黙が続く中、ナタリアが立ち上がる。

「戦場がここなら、キムラスカの本陣はカイツールですわね。私が本陣へ行って、停戦させます!」

 ナタリアの言葉に触発されてか、ティアが戦争に関連した新たな危惧を口にする。

「でも……エンゲーブも気になるわ。あそこは補給の重要拠点と考えられている筈。セントビナーを失った今、あの村はあまりに無防備だわ」
「崩落前に攻め滅ぼされるってこと? こわ……」

 話を黙って聞いていたガイが、一つの提案をする。

「二手に分かれたらどうだ? エンゲーブの様子を見る班と停戦を呼びかける班だ」
「……エンゲーブへは私が行くべきでしょう。マルクト軍属の人間がいないと、話が進まない」

 次々と進められて行く話に、俺はついに来るべきときが来た事を理解する。

 宣戦布告がなされた事は既にグランコクマで聞いていた。
 一応ピオニー陛下には俺達が生き残っているという情報を、王国に伝えてくれるよう頼んではおいたが、どうも欺瞞情報と判断されたようだ。
 同時にその事実は、俺達が王都に直接姿を見せない限り、生存が認められないことを意味する。

 未だ踏ん切りがつかないのが正直な所だが、もはやそんなことを言ってられるような状況ではない。

 なら、俺も覚悟を決めるしかない。

「──ナタリア」

「なんですか、ルーク?」
「停戦を呼び掛けるなら、カイツールに行っても無駄だと俺は思うぜ」
「どういうことですの?」

 首を傾げるナタリアに、俺は自分の考えを口にする。

「たとえ本陣に詰めてる連中に停戦を訴えたとしても、一度ぶつかりあっちまった以上、そう簡単には引き下がれないはずだ。むしろここは遠回りに見えても、一旦バチカルまで戻って俺達の生存を訴えて、インゴルベルト陛下に停戦を呼び掛けてもらう方がいいと思う」

「完全な停戦にはお父様の力が必要なことはわかります。ですが、本陣で私達が生存していることを伝えれば、王都に伝令が走るはず。どちらにしても同じことでは……?」

 確かに、ナタリアが考えることもわかる。
 本陣に俺達が生きてることを伝えれば、当然王都にも同じことが伝わるだろう。
 なら、現在位置から近いカイツールの本陣に向かおうという判断は理屈にあったものだ。


 だが、それも王都の対応次第でどうにでもなる話にすぎない。


「……ルークが気にしているのは、スコアの存在でしょう」

 ジェイドがメガネを押し上げ表情を覆い隠す。

「スコア……ですか?」
「アクゼリュスの崩落が預言に詠まれていたことは知っていますね」

 関連がわからないのか、不思議そうに首を捻るナタリアに、俺は少し躊躇いながら口を開く。

「……俺が親善大使として派遣されたとき、オヤジ達がなんて言ってたか覚えてるか?」
「親善大使として……? ──っ!」

 ナタリアの瞳に、急速に理解の色が浮かぶ。

 そう……俺が親善大使に任命されたとき、オヤジ達は言っていた。
 すべてはスコアに詠まれていたことだと。
 ナタリアがついてきたのは予定外だったろうが、もしあの言葉がアクゼリュスの崩落までを指していたなら……俺の死は城の連中にとって、想定内のものだったことになる。

「仮に本陣で停戦を訴え、それが受け入れられたとしても、王都に戦争を続行する意志がある限り意味はない……つまりは、そういうことですね」

 ジェイドの確認に、俺はため息混じりに頷く。

「あんまり考えたくないけど、そういう事態もあり得るってことだ。……それと、イオン」

 俺の考えが当たっていた場合、バチカルに向かうメンバーとして、どうしても欠かせない人物に俺は呼び掛ける。

「イオンもバチカル組に加わってくれないか? ナタリアが居れば大丈夫だと思うが、最悪、王城に入るのも難しいって状況も考えられる」

 俺達の死が予定通りのものだった場合、最悪ナタリアとは引き離され、そのまま俺の帰還は無かったことにされるおそれがある。

「導師が居れば、そうそう無茶なこともしてこないと俺は思うんだが……頼めるか?」

 静かに俺達の話を聞いていたイオンが顔を上げ、俺と視線を合わせる。

「わかりました。僕はルークに同行しましょう」
「イオン様が行くなら私も一緒に行くっ! 私はともかくイオン様は危険な所に連れてかないでよね」

 イオンが答えると同時に、アニスが身を乗り出して勢いよく訴えた。
 あんまりにも素早いアニスの反応に、俺は多少呆れながら、ため息混じりに応じる。

「……はいはい。その辺のことは俺だって十分わかってますよ」
「ルーク、それ本気で言ってる? ……チーグルの森であれだけ連れ回しといて良く言うっちゅーの」
「うっ」

 半眼で俺を見やるアニスの言葉に、いろいろと具合の悪い記憶が蘇る。そういや、けっこう危ない所まで連れ回してるような気がしないでもない。

「こ……今後は気をつける」

 辛うじて言葉を返す俺に、アニスの疑惑の視線が突き刺さる。少しの間、緊張状態が続いた後、不意にアニスが肩からふっと力を抜く。

「……ま、ルークにそんな配慮期待しても仕方ないか。しょうがないから、アニスちゃんが一肌脱いで上げますよ」
「頼もしいことで……」

 男らしく胸を叩いて応じるアニスに、なんとも年齢に会わない頼もしさを感じる。
 最近ネコ被りをしなくなったアニスはなんとも漢気満載で、そのやさぐれ具合に俺と近しいもんを感じてしょうがない。

 なにかが間違ってるような気がしないでもないがな。

「ともかくだ。俺は頼りないかもしれないが、イオンをよろしくな、アニス」
「イオン様のことは任せなさいって」

 ま、アニスが狙ってやったのかはわからないが、そんな彼女とのやり取りで、俺の気分が少し紛れたのも確かな事実だ。
 ありがとな、アニス。俺は胸の内で、密かに彼女に感謝した。


 その後はさらに話を詰め、これからどう動くのかが具体的に決まった。

「まずバチカル付近でルーク達を降ろしましょう。その後、私たちはアルビオールでエンゲーブへ向かいます。合流は……中立地帯のケセドニアということで、よろしいですか?」
「ああ、それでいいぜ」

 大佐の最終確認に頷いて、俺は一旦瞼を閉じる。
 王都でなにが待ち受けているのか……碌に感情が整理できないまま、帰ることになっちまったな。
 それでも、もはや躊躇っていられるような状況ではない。

「──行こうぜ」


 こうして、俺は二度目の帰還を果たす。
 出迎えなど存在しない、歓迎されるかすらわからない故郷へ向けて、俺達はその足を踏み出した。




               * * *




 あまり王都に近づきすぎると『瞬殺譜業』などといった兵器に狙い撃ちにされるおそれがある。
 そのため俺達は王都から少し離れた場所に降ろされた。
 上空で健闘を祈ると言うかのように、アルビオールが弧を描き、去っていく。


「……行ってしまいましたわね」
「そうだな」
「大佐達大丈夫かなぁ。エンゲーブって、いつ戦場になってもおかしくないんでしょ?」
「エンゲーブはジェイド達に任せるしかありません。僕達は僕達にできることをしましょう」

 自分にできることをする……か。


 アクゼリュスの崩落から、自分にできることは何か、俺は常に考え続けていた。
 がむしゃらに動き続けた結果、セントビナーの住民を助けることはできた。

 それでも、それが俺にしかできないことだったかと言うと、素直に頷くことはできそうもない。

 救援だけならジェイドが居ればできたはずだ。
 純粋に俺が役に立ったことと言えば……シュレーの丘のパッセージリングを操作するときぐらいだろう。
 そう考えると、やはり釈然としない想いが沸き起こる。


 いったい、俺にしかできないことってのは、何なんだろうな?


 頭上から去っていくアルビオールを見送りながら、俺は少しの間、自分の価値について想いを馳せた。



「──ル、ルーク様!? それにナタリア殿下も!? 御二人とも無事だったのですね!」

 街の入り口に立っていた衛兵達が騒めく。彼らは俺達の顔を見て、歓迎の敬礼を返してくれた。

 こうして見る限り、末端の兵士達は純粋に俺達の生存を喜んでくれているようだ。

「今すぐ城へ報告に……」
「あー……すまないが、報告は少し待ってくれ」

 俺の呼び止めに、兵士は意外そうな顔を返す。

 ……正直、これからすることを思うと気分が重い。だが、これが目的を達するために必要な措置である以上、どれ程気分が乗らなかろうが、やらざるを得ないんだけどな。

 俺はナタリアやイオンと一瞬顔を見合わせてから、兵士に予め考えておいた言葉を告げる。

「王都に帰還するまでの間に、俺達は何度か襲撃を受けた。それも……オラクルのな」
「なっ!?」

 驚きに固まっている相手に、矢継ぎ早に言葉を続ける。

「どうやら一部の戦争推進派が、俺達の生存情報を握りつぶそうとしているらしい。俺達が生きてることがわかれば、戦争を続行する大義名分がなくなるからな。そういう訳だから、俺達が帰還したって情報を下手に城内に広めたくない。陛下には俺達が直接会って報告したいんだ」

 全てが嘘ではない。兵士の襲撃はなかったが、戦争推進派がいる事は確実だ。
 事実と異なる点があるとすれば……一部どころではなく、キムラスカと教団が一丸となって、戦争を肯定している可能性があるってことだ。

 内心で考えている危惧は押し殺し、俺は兵士の顔を正面から見据える。

「そういう訳だから、城には内密ってことで頼めるか?」
「はっ! ……どうか、御無事で」

 悲痛な面持ちで敬礼を捧げ、見張りの兵士は俺達が街に入っていくのを見送ってくれた。

 少し罪の意識を感じないでもないが、ナタリアやイオンは別にしても、下手すると俺には捕縛命令とかが下されるおそれもある。可能な限り、生き残れるよう布石は打っておきたい。

 その後もなるべく目立たないように身を潜めながら街中を歩き、足早に天空滑車に乗り込む。
 動き出した天空滑車の中で、今の所うまくいっていることに一息つく。


 ふと、ナタリアが俺の顔をチラチラと伺っている事に気付く。


「……ん? どうしたよ、ナタリア?」
「ルーク。あなたは……」

 言葉を選びながら、少しの間を置いた後で、ナタリアは俺の瞳を正面から見据えた。

「先程言った事を、どこまで信じていますか?」

 重い沈黙が天空滑車の閉塞された空間に続く。

「正直……ファブレ公爵なら、国の為に何やってもおかしくないと思ってる」
「……」

 オヤジをあえてファブレ公爵と呼んだ俺に、ナタリアが悼ましそうに顔を伏せるのがわかった。

「オヤジは頑固なところもあるが、どこにでも居るような普通の親だ。……でもよ、ガイの話を聞いてわかるように、やっぱりどこまで言っても国に使える公爵なんだよな」

 ホドを攻め落としたファブレ公爵の名は王国側では讃えられるものだろうが、帝国に住む人々にとっては憎悪の的だろう。負の感情を受けることになるのを自覚しながら、必要ならそうした行動が取れる。それが屋敷では見せなかったオヤジの姿なんだろうな。

「俺個人としては……やっぱ複雑なもんがあるけどな」

 いろいろな思いを込めて、俺は言葉を止めた。

 ミュウが俺の服の裾掴み、コライガが足に鼻を押しつける。
 二匹とも心配そうに俺の様子を伺っている。少し離れた場所にいるイオンとアニスも、俺達の様子が気がかりなのか、しきりに視線を向けて来る。
 たぶん、俺達の会話が聞こえてたんだろうな。


 それから無言のまま天空滑車を乗り継ぎ、俺達は王城前に辿り着いた。

「イオン、頼む」
「任せて下さい」

 突然城内に乗り込んできた俺達に向けて、見張りの衛兵達が駆けつける。

「待て! ここを何処だと……」
「引きなさい。僕はローレライ教団導師イオン。インゴルベルト陛下との謁見を求めます」
「ど、導師イオン!? それに、ナタリア殿下、ルーク様も!?」

 目を白黒させる見張りの兵士達の様子を見る限り、やはり末端まで情報は行き届いていないようだ。

 乗り込んできたのが死んだはずの俺達だと気付いて、衛兵達は誰もが困惑している。
 その上導師までいるとあっては、下手な対応もできない。
 兵士達はどう対応したらいいのか判断しかねて、ただ遠巻きにこちらの様子を伺っている。

「伯父さん……陛下は今どこにいる」
「へ、陛下は現在謁見の間でオラクルの方と会合中ですが……」
「そうか」

 死んだはずの相手を目の前にして、混乱しているんだろう。
 呆気ない程簡単に伯父さんの居場所を聞き出すことができた。
 もう少し手間取るかと思っていたが、俺達にとっては都合のいい展開だ。


 しかし、オラクルが来ているのか。


「イオンには悪いが、このまま乗り込むことになりそうだ」

 俺はイオンに告げる。これ以上伯父さんに厄介なことを吹き込まれるわけにはいかない。
 視線を向けた俺の意図を読み取り、イオンが即座に動き出す。

「わかりました。三人とも、僕の後についてきて下さい」

 先頭を歩く導師イオンの姿を見て、衛兵達も制止の声を上げられない。
 そのまま謁見の間の前にある扉にまで突き進む。

「ど、導師イオンといえども事前の連絡無しに謁見することは……」
「緊急の用件です。ここは引いて下さい」
「うっ……わ、わかりました」

 謁見の間の扉に控えた衛兵も、イオンの威光に押し切られた。
 そのまま俺達は伯父さん、インゴルベルト陛下が居るという謁見の間に乗り込んだ。

「──誰だ?」

 扉を押し開け、室内に踏み込む。
 そこには伯父さんの他にオヤジを含めた数人の高官と向かい合う形で、六神将ディストのやつが居やがった。
 なぜかやつの隣に、ナタリアの乳母の姿も見える。


「無礼者! ここをどなたの御前と心得る!!」
「突然の来訪、お許しください、インゴルベルト陛下。導師イオンにございます。今回は、至急陛下にお知らせしなければならない事があります」


 玉座の前に片膝をついたイオンの後に続いて俺は前に出る。並び立つ高官達の視線が集中する。
 当然オヤジの視線もまた俺に向けられる。なにか反応があるかもしれないと、俺はチラリと視線を滑らせる。

 オヤジから注ぐ視線はどこまでも無機質なもので、そこに感情の動きはまるで見い出せない。
 自分の感情が掻き乱されるのがわかる。今にも口を開いて事の真意を問いただしそうになるのを必死に押さえ込む。落ち着けと、心の中で繰り返す。

 今は……伯父さんの説得が優先だ。
 気持ちを無理やり落ち着けて、俺は改めて伯父さんに顔を向ける。

「伯父上。俺達は生きています。マルクトへの宣戦布告を即刻取り消して下さい」
「そうですわ、お父様。アクゼリュス崩落にマルクトの関与はありません」

 ナタリアの姿を目にした瞬間、伯父さんがどこか痛みを覚えたように表情を歪め。胸元を押さえた。

「……私は……そちらの帰還を喜ぼう」

 僅かな沈黙の後、陛下はそう呟いた。ナタリアが安堵に息をつく。


 しかし、続けて放たれた言葉に、全てが覆される。


「だが、〝余〟は決して認めることはできん」

 伯父さんの脇に控えた高官が進み出て、俺達に威圧的な視線を向ける。

「ファブレ公爵が嫡男ルーク・フォン・ファブレ並びに、ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア。両名はマルクトの開発した新兵器によるアクゼリュス崩落に巻き込まれ、死亡した。ファブレ公爵の子息の名を騙りしルーク。そしてナタリア──いや、キムラスカ王女の名を騙りしメリルよ」
「メリル……? 何を言っているの?」

 困惑に瞳を揺らすナタリア同様に、俺も事態が掴めず眉をしかめる。
 俺への対応はまだわかるとしても、ナタリアまで王女の名を騙ってるってのはどういうことだ?

「王国は其方達から王位継承権を剥奪する。また、アクゼリュスにて救援隊を惨殺せし罪も重い」
「な、何を言っているのです! 違いますわ! そんなこと、わたくし達は……!」

 反論しようとするナタリアの言葉を遮り、陛下の傍らに控えていたディストが哄笑を上げる。

「往生際の悪いことですねぇ。メリル~。すべてそこに居る乳母が証言してくれましたよ?」

 謁見の間の片隅で顔を俯けていたナタリアの乳母が、ひっと短く悲鳴を上げる。

「殿下の乳母が証言しましたよ。お前は亡き王妃様に仕えていた使用人シルヴィアの娘メリルだと!」

 事態についていけない俺達を余所に、インゴルベルト陛下が乳母に確認を取る。

「……そうだな?」
「……は、はい。本物のナタリア様は死産でございました」

 ナタリアが目を見開く。

「しかし王妃様はお心が弱っておいででした。そこで私は、数日早く誕生しておりました我が娘シルヴィアの子を王妃様に……」
「……そ、それは、本当ですの、ばあや」

 駆け寄ろうとしたナタリアの前に立ち、ディストが嘲笑う。

「今更見苦しいですよぉ、メリル~。お前はアクゼリュスへ向かう途中、自分が本当の王女でないことを知り、実の両親と引き裂かれた恨みからアクゼリュス消滅に荷担したんでしょう?」
「ち、違います! そのようなこと……!」
「余とて信じとうはない! だが……これの言う場所から嬰児の遺骨が発掘されたのもまた事実だ!」

 顔を歪めながら、伯父さんは叫び返した。

 突き付けられた言葉が、現実のものだと、すぐに認識できない。

 本物のナタリアは死産で遺体が見つかった。
 俺達の知るナタリアはナタリアじゃなくて、メリルだったとこの連中は言う。
 否定したいが、教団がこうも派手に動いている以上、単なるデタラメだとも思えない。


 だが、事実がどうだろうが、そんな戯言をすんなりと認められるはずがない。


「なにを……なにを言ってんだよ! そんな、そんな簡単にナタリアを切り捨てちまっていいのかよ、伯父さん!」

 俺の呼びかけにも、伯父さんは堅い表情のまま、応えようとしない。

「他人事のような口振りですね。貴公もここで死ぬのですよ。アクゼリュス消滅の首謀者としてね!」
「……そちらの死を以って、我々はマルクトに再度宣戦布告する。今回の戦争の後、キムラスカ・ランバルディア王国は未曽有の大繁栄を向かえる。それが預言に詠まれし、世界の流れだ」

 感情を押し殺した表情で、伯父さんが脇に控える衛兵達に目配せをする。


 くっ……本気なのか!?


 最悪の展開に、俺は背後にナタリアを庇い、いつでも離脱できるよう準備する。


 兵士達はどこか恐れ多いといった感じで、こわごわと俺達に武器を構える。


 まるで訳がわからない。どうしてこんな事になる。
 ナタリアやイオンには危険がないと判断したから、俺はのこのこと王都までやってきたんだ。
 最悪でも、俺一人が逃げ出せば、どうとでもなると思っていた。
 それが、ナタリアまでもが、本物ではないと、こいつらは言いやがる。


「──本気かよ!」

 ぐちゃぐちゃになった思考の中で、気付けば俺はオヤジに向けて叫んでいた。

「本気で、本気でそんな話を信じてやがるのかよ!? 答えろ、オヤジィッ!!」


 俺達の登場以来、沈黙を保ち続けていたオヤジが、そこで初めてその口を開く。

「スコアとはお前が考える以上に重いものだ」

 一切の感情が覆い隠されたまま、相手は告げる。

「世界の選択に抗えるとでも思っていたか?」

 一切の情を切り捨てられた言葉を吐き捨てる。


「──身の程を弁えろ、逆賊よ」


 俺の、中で、なにかが壊れた。

 頭の中が真っ白に染まる。目の前に立つ相手が誰か認識できない。
 開かれた口が言葉を紡ぐことはできず、強張った身体は一切の制御を拒絶する。


「インゴルベルト陛下。僕はこのような戦争に、大儀を認めない!」
「導師イオン。大詠師モースより、既に宣旨は下されている。貴殿も所詮、スコアに詠み上げられた世界へ向かう為に必要な歯車の一つに過ぎない。キムラスカの王族たる〝余〟と同様に、な」」

 伯父さんが自嘲気味に笑い、イオンの言葉を切って捨てた。

「はーっはっはっはっはっ。僣越ながら、導師イオンは私が教団に連れて帰りましょう。残りの二人は、陛下達のお好きなように処理なさって下さって結構ですよ」

 ディストが狂ったように哄笑し、徐々に衛兵達の包囲が狭まっていく。

 しかし、俺は何一つ反応できぬまま、その場に立ち尽くす。現実味を失くした世界を見据え、ひたすら呆然と立ち尽くす。

 ついに俺達に衛兵達の手が触れようとした──そのとき。

「お待ちください、陛下」

 制止の呼び声を上げたのは、ファブレ公爵だった。
 玉座に向き直って、彼は片膝をつく。

「……殺す価値もないものと思われます」

 ファブレ公爵の進言に、陛下が王族としての顔になって頷く。

「……導師イオンに免じて、この場は見逃そう」

「なっ!? なんですと!? それでは話が……」
「いい加減に、黙れ!!」

 陛下の一喝に、ディストが固まったまま口をぱくぱくと開く。

「王席からは抹消する。……この街を去り、どこへなりとも消えるが良い」

 告げる相手に、表情は無い。

「ですが、二人は……!」
「イオン」

 なにか言葉を返そうとしたイオンを、俺は呼び止める。

「……行こう」

 静かに促す俺に、イオンは少しの間その場で躊躇っていたが、最後には俺の言葉を聞き入れてくれた。


「髪を切ったのか?」


 謁見の間に背を向けようとした瞬間、その声は耳に届いた。
 オヤジがそんなことをするとは思っていなかったので、俺はかなり動揺しながら顔を向ける。

 そこには、やはりなんの感慨も浮かばない、無表情があるだけだった。
 少しの落胆と、やはりそうかという諦めを抱きながら、俺は相手の問い掛けに、言葉も短く応える。

「……ああ」
「そうか……まったく……」

 わずかに目を細め、俺を見据えるオヤジ。

「愚かな奴だよ、お前は──本当に……な」
「……っ!」

 その姿を目にした瞬間、俺の胸の内を、言葉にできない程に、激しい感情の波が荒れ狂う。

 俺はオヤジから顔を背け、拳を握り締めた。
 これ以上、ファブレ公爵と向き合っていることが、俺には、耐えられなかった。

 逸らした視線の先で、ナタリアもまた、伯父さんと視線を合わせていた。しかし、そこに言葉は存在しない。

 明確な拒絶を前にして、ナタリアは肩を震わせながら立ち尽くしている。

 俺はナタリアに近づいて、彼女の手をそっと握る。
 動き出せない彼女の腕を引いてやりながら歩き出す。かつての肉親に、背を向ける。


 背中に、言葉は掛からなかった。


 こうして──俺達は、帰るべき家を失った。




              * * *




 ゴゥン……ゴゥン……

 機械的な駆動音が、無言の閉鎖空間に響く。
 天空滑車から眼下に広がる街並みを見下ろし、俺は考える。


 結局、俺が捨てゴマだったことに、間違いは無かったようだ。


 正直悲しいとか思うよりも先に、ああやっぱりな、と納得してしまっている自分が居た。
 もちろん何にも思わなかった訳じゃない。
 しかし、それでも事前に考えていた以上に、受けた衝撃が少なかったのも確かな事実だ。


 ……ああ、そういうことか。


 ようするに、俺は認めちまったわけだ。周囲から期待された自分の価値ってやつが、既に尽きてしまっていると。
 レプリカとしての自分がどう思われるか以前の段階で、既にルーク・フォン・ファブレに期待されていた価値が無くなってしまっていると……認めちまったわけだ。


 思わず自嘲の笑みが浮かぶ。


 自分がレプリカだったなんてことを知る前は、考えもしなかったような小難しいことが頭を占める。


 自分の価値……か。


 ため息を一つ。かぶりを振って、終わりのない考えを打ち切り、俺はナタリアに視線を移す。

 彼女は顔を俯かせ、力なく眼下に広がる街を見据えていた。

 ナタリアにとって、今回のことはまるで考えもしなかった事態のはずだ。
 俺は自分がレプリカだって知らっていたから、ある程度は相手に拒絶される覚悟もできていた。
 だが、ナタリアはなんの準備もできていなかったんだ。どれほどの衝撃を受けたかは、想像に難くない。

 デマカセだと思いたいのはやまやまだが、あれ程大々的に触れ回っていた以上、ディストのもたらした情報がなんの根拠もないデマだったとは到底思えない。

 いったいナタリアにどんな言葉をかけたらいいのか、俺にはわからなかった。
 ナタリアの気持ちはわかる。気にするな。そんなことを言えばいいんだろうか?

 ……とてもそうは思えない。

 俺がレプリカだってわかったとき、それでも顔を上げて居られたのは、正直な所、やせ我慢に依る部分が大きい。
 俺が本当の意味で立ち上がれたのは、他の誰でもなく、俺自身を認めてくれた人たちが居たからだ。

 だが、ナタリアは常に王族としての自分に誇りをもって、それに相応しくあろうと努力していた。
 それは同時に、ナタリアにとってキムラスカが自分自身から決して切り離せない存在であることを意味している。
 そんなナタリアに、俺みたいなやつが言った言葉が、どれほどの意味を持つだろうか?

 やはり、俺には、わからなかった。


 重苦しい空気が続く。


 イオンの隣で何かを後悔するかのように、唇を引き結んでいたアニスが、突然両手を突き上げる。

「あ──も──っ! みんな、暗すぎっ!」

 呆気に取られる俺達に、アニスがさらに詰め寄って続ける。

「二人とも元気出しなよ! 生まれなんて今更どうでもいいじゃん! そんなことで落ち込んでるよりも、今はなにができるか考えよう? ──っていうか、二人ともそんなキャラじゃないじゃん! もっとこう、なんでも来いって感じで、えーと、その、馬鹿みたいに笑ってドーンと構えて、えと……その………ごめんねぇ………みんなぁ………」

 目尻に涙を浮かべ、最後には顔を俯けた。


 なんというか、アニスさん、目茶苦茶です。


 アニス自身、自分が言いたいことが途中からわからなくなったのか、最後には混乱したまま謝っちゃってるし、その上、言ってる内容自体も支離滅裂過ぎて訳がわからん。

 誰もがポカンと目を見開いてアニスを見つめる中、俺はあきれ返って額に手を当て、ため息をつく。

「アニス、お前なぁ……人がわざわざこう、じっくりと、ナタリアを元気づけられるような言葉がないもんか吟味してたってのに、何でいきなり暴発するよ? なんつぅーか、さすがの俺も呆れ返ったね」
「な、なによ! ルークがそんなんだからナタリアが落ち込んじゃってるんじゃん! この、ヘタレ!」
「だ、誰がヘタレだ! 人が折角フォローしてやろうと思って声をかけたのに、いきなり噛みつくなんて訳わからねぇよ! いくら俺でも我慢の限界ってもんがあるぜ!」

「ふ、二人とも、少し落ち着いて下さい」

 今にも取っ組み合いに移ろうかという俺達の間に挟まれて、イオンがわたわたと両手を動かす。

『イオンは黙って』ろ」

 イオンの制止も虚しく、俺達が互いに向けて手を伸ばし合った、そのとき。

 くすくすと、笑い声が俺達の耳をくすぐった。

「ナタリア……?」

 振り返った先で、ナタリアが口元を押さえながら俺達を見据えていた。

「大丈夫です。ええ、私は大丈夫。こんなに私を心配してくれる人たちが居るのですから──」

 透き通った翠緑玉のような瞳が煌く中、ナタリアはわずかに首を傾け、微笑んだ。




              * * *




 かつて辿ったように、陸路を伝ってアクゼリュスに向かう。
 俺達の心境を現すように、天候は終始曇りがちだった。
 野営の傍ら夜空を見上げ、益体もない思考をつらつらと重ねる。


 血のつながりはなかったが、それでも通じ合っている何かがあるように感じていた。
 それも俺の一方的な思い込みで、勘違いだったってことだろうか。


 躊躇なく俺達の拘束を促したインゴルベルト陛下。
 蔑みの視線を向け俺達を逆賊と断じたファブレ公。


 レプリカだったからとかいう以前の問題で、俺は切り捨てられた。


 ───この世界はスコアに支配されているのだ。


 少し癪な話だが……奴の告げた言葉の意味が、俺にも少しだけわかったような気がする。

「眠れないのですか?」


「ああ。でも見張りも必要なことだし、ちょうどいいさ」

 夜空を見上げていた俺に、イオンが話しかけてきた。それに俺は言葉短く応じる。
 イオンはなにも言わぬまま、俺の隣に腰掛ける。

「……ナタリアの様子はどうですか?」

 躊躇いがちに放たれた問い掛けに、俺は早々と寝込んでしまったナタリアの寝顔に視線を向ける。
 どこか苦悩するようにしかめられた表情から、夢の中でも考え込んでしまってる様子が見て取れる。

「……そうだな。やっぱ、完全にふっきるってわけには行かなそうだ」

 肩からずれてしまった簡易毛布をナタリアにかけ直す。
 寝顔を見る限りでも、彼女の苦悩の深さが伺える。
 ナタリアが寝入るまでの間、ミュウとコライガの二匹も彼女を慰めようとしてか、ナタリアに終始引っついて離れなかった。

「しかし、困ったもんだよな」

 偽物だって今更言われても困っちまうぜ、と俺は自嘲の笑みを浮かべた。

 なにしろ、自分ってもんの拠り所として、誰もが最初に考えるだろう自分の名前ってもんを否定されちまったんだ。これで、混乱しない方がおかしい。

「……知らない方が良い真実というものも、この世界には存在しますからね」

 ナタリアの隣で眠るアニスに視線を落とし、どこか苦しそうに寝返りをうつアニスの頭を撫でながら、イオンがデオ峠で洩らしたものと同じ言葉をつぶやく。

「前も確か、同じような事言ってたよな。俺がレプリカだって、イオンはいつから気付いてたんだ?」

「王都で六神将のアッシュに連れ去られたときに、もしやと思いました。確信したのは、デオ峠でリグレットの投げ掛けた言葉からです。もっとも……大佐はさらに前から気付いていたかもしれません」
「そっか」

 ジェイドはレプリカ技術の考案者だって話だ。なにかしら疑わしい部分が目についたんだろうな。
 少しの沈黙を挟んだ後で、俺は仲間の誰にも聞けなかったことを、イオンに尋ねてみることにした。

「なあ、イオン。これは仮にって話だが……」
「はい? なんでしょうか」
「仮に、俺があくまでルーク・フォン・ファブレの代わりであろうとしたんなら……俺は、アクゼリュスで死んで置くべきだったのかな?」

 俺の口から飛び出した言葉に、イオンが動揺するのがわかる。

「それは──違うと思います!」

 一拍遅れで、イオンが強く否定する。
 そんなイオンの反応に、俺は自分でも少し言いにくいものを感じながら、その先を続ける。

「けどさ。結局俺、ルーク・フォン・ファブレに期待されてた価値ってそこで終わりだろ? その先にはなんも無いわけだ。実際はティア、ガイ、ナタリアにイオンやアニス、おまけで大佐とかが俺のこと気にしてくれたから、今もどうにかなってる」

 だがよ、と俺は言葉を区切る。

「仮に屋敷から飛ばされないまま、皆とも会わずに、ある日突然親善大使に任命されてアクゼリュスに向かってたら、俺ってそのまま死んでたわけだよな」

 かなり高い確立で有り得た一つの終わりを語る俺に、イオンも真剣な表情になって、俺の真意を伺おうと姿勢を正す。

「だから、考えちまうわけだよ。ルーク・フォン・ファブレとしては既に用済みになった俺は、これから先、いったいなにをしたらいいんだろうかってさ」
「周囲から望まれていた価値が無くなったことで……自分というものの在り方が、わからなくなったということでしょうか?」
「そうかもな。自分で言っててよくわからないけど、たぶんそんな感じだ」

 焚き火に薪を継ぎ足しながら、燃え盛る炎を見据える。

「本物なら、こんなことで悩まないのかね」

 俺自身の過ごした年月に偽りは無いってことはわかってる。
 俺って存在を認めてくれる人たちが居ることも、素直にありがたいと思う。
 だが、そうした事柄とは関係無しに、どうしても考えずには居られない一つの問い掛けがあった。

 ───いったい、俺は何の為に作られた?

 生まれたのではなく作られた俺という存在。
 そんな不自然な在り方が、自分はここに居てもいい存在なのかと、世界に叫び続ける。
 こんなことを考えても意味がないのは頭ではわかっちゃいるんだが、それでも考えるのを止められない。

 ……やれやれだな。こんな鬱陶しいことを俺が考えてるなんてことは、恥ずかしすぎて誰にも相談できないはずだったんだが、この場の雰囲気に流されて、思わず口にしちまったよ。


 ため息を一つつき、俺は折角ここまで話したんだから、ついでとばかりにイオンに問いかける。

「イオンはどうだ? やっぱりイオンも自分ってもんの在り方で、悩んだりするのか?」
「僕は……僕には、わかりません……」
「そっか。まあ、イオンも同じようなもんだからな」


「どういう、意味、ですか?」


 思いもしなかった言葉だったのだろうか。イオンから予想外に強い反応が返った。
 少し気押されながら、俺は自分が思ったことをそのまま伝える。

「導師っていう大昔から続いてる型に嵌めて、イオンも周囲から見られてる訳だろ? それって俺と似たようなもんじゃないか?」
「……なるほど。そのような考え方も、確かに存在しますね」
「だろ? だとすると、仮に本物だったとしても、こうあれみたいな押しつけがましい在り方を強制されてんのに変わりはないってことかもな。あーあー。ますますわからんね」

 両手足を投げ出し、夜空を見上げため息をつく。

「……俺ってのは、いったいなんだろな?」
「そうですね。僕とはいったい、なんなのでしょうね」

 焚き火のはぜる音だけが、静まり返った夜空に響く。
 俺はふと思い立ったことを口にする。

「ま、俺は自分ってもんの在り方も碌にわからんレプリカなわけだが、それでも、自分のしたいことに嘘はつきたくないよな」
「自分のしたいこと……ですか?」

 そうだな、と適当に頷いて、だらだらと言葉を続ける。

「するべきことってのは、結局相手の願望が反映されちまってると俺は思うんだ」

 相手に求められる役割、そのままに行動させられる。

「いくら作られた存在だからって、誰かに利用されるだけってのはさすがに……な」

 ───利用されるのは、もう二度と御免だ。

 焚き火に薪を継ぎ足しながら、その先に続く言葉を飲み込む。

 再び沈黙が続く。なにを話していたのかも忘れかけた頃になって、イオンが唐突に口を開く。

「……ですが」

 イオンは俺の瞳を見据え、ゆっくりと語りかけた。

「するべきことが、いつしか自分のしたいことに重なってしまうこともある……僕はそう思います」

 少しびっくりしながら、イオンの言葉を考える。
 いったい、どういう意味だろうか? それはもしかして……ナタリアのような在り方だろうか?

 国民のために、いつも頑張っていたナタリア。
 最初の内は、彼女もただ王女として相応しい行動をとろうとしていただけかもしれない。
 しかし、彼女の行動で救われた人たちが現れるにつれて、次第にナタリアの思いも変わって行った。

 いつだか、どうしてそんなに頑張るのかと尋ねたことある。
 そのとき彼女はいつものように王族としての義務であると答えるのと同時に、なにより目の前で虐げられている人々を見過ごせないからと、付け足していた。


 なにより──ナタリアがなしたことは、たとえ彼女が王女でなくなったとしても、決して消えることのない事実だ。


「そう……だな。そうかもな」

 するべきことが、いつしか自分のしたいことと重なってしまうこともある……か。
 俺はアクゼリュスの件に囚われ過ぎて、少しばかり視野が狭くなっていたのかもしれない。

「ありがとな、イオン。なんか、少し気分が楽になった」
「いえ……僕も、何かが掴めたような気がします」

 イオンが空を見上げ、静かに想いを口にする。

「たとえ教団がスコアを動かす為の道具と見なされようとも、僕は人々を助けるローレライ教団の導師であり……なにより、導師として在りたい」

 そうか、と応じて、俺も夜空を見上げる。

「いつか全ての問題が解決したら……そのときはまた皆さんと一緒に、今度はなんの目的もない旅がしてみたいです」
「そんときは、イオンのおごりで頼むぜ? きっと全てが問題なく解決したときには、教団でイオンに逆らえるやつはいなくなってるはずだからな。そんぐらいの我が儘は聞いてくれるはずさ」
「ええ。そのときは、教団に特別予算を組ませましょう」

 一瞬顔を見合せ、互いの冗談めかした言葉に笑い合い、俺達は空に視線を戻す


 霞がかった空に浮かぶ月。
 朧月夜の優しい光が、俺達に降り注ぐ。
 どこかいつもと異なる、安らかな空気に包まれながら、俺達はその後も他愛もない事を話し続けた。

 好きな食べ物。苦手な食い物。気に入らない教団の同僚の話。王都の知り合い達について。これまで立ち寄った街の中で一番印象に残っている場所……。

 そんなどうでもいい話を、熱心に語り合い、俺達の夜は更けていく。

 ───自分は確かに、此処に居る。

 そんな当たり前の事実を、必死に確かめようとするかのように───

 俺達はいつまでも、言葉を交わし続けた。





  1. 2005/08/25(木) 12:34:11|
  2. 【家族ジャングル】  第四章
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