全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第2話 後編

 ギチィィィィィ――――――…………っ!!


 金属同士が擦り合わされる耳障りな高音が周囲を貫く

 東堂の右手に握られた銃身に、鬼面の女の刀身が食い込む。太刀からは蒼白い光が立ち上り、背筋が凍り付くような感覚が押し寄せる。

 一瞬の遅滞も無く、東堂は即座に動く。

 今にも両断されかねない銃身から――あっさりと手を放す。

 握り手を失い地に落ち行く銃。斬りこまれた太刀は力の掛かる先を無くす。鬼面の女が変化した力の均衡に重心を調整する。刹那の間に更なる斬戟を放つ体勢に鬼面が移り――

 鬼面の胴体に、回し蹴りが放たれた。

 手放された武器に意識を移していた相手に、東堂の放った一撃はものの見事に叩き込まれる。意外と軽い身体だったのか、鬼面の女は大きく後方に飛ばされながら衝撃を逃がす。

 両者の間に大きく距離が空いたのを確認、東堂は蹴り足を戻しながら、懐に突っ込んでいた左手を外に出す。そして、手に握った円筒形状の物体を地面に向け───叩き付けた。


 ───閃光と爆音が炸裂。あらゆる知覚が意味を無くす。


 全てが収まったとき、そこには鬼面の女が一人残された。

「…………」

 太刀を握る手がだらりと垂れさがる。鬼面の下に僅かに除く口元は笑みをかたどる。

 しかし、鬼面の目元に穿たれた穴から覗く瞳は、何の感情も宿して居なかった。



               * * *



「……………こ………これは、ヤバイな」

 対峙した瞬間に生じた一瞬の虚。そこを突いて死に物狂いで逃げ出した東堂だったが、未だ状況は最悪だった。

「このままじゃマジで死ぬな…………どうしたもんか……」
『え、どうして? 逃げ切れたんじゃないの?』

 不思議そうに尋ねる幽霊少女に、東道はブンブンと首を勢い良く左右に振ることで応じる。

「いや違う。むしろ逆だ。補足された。くそ……ボーンの奴、面白いものが見れるだと? 確かにそうだったが、面白すぎて死にそうだっての……!」

 額を押さえ、動揺のあまり今にも叫び出しそうになる自身に落ち着けと言い聞かせる。ともかくアレがもしそうなら、自分ごときに太刀打ちできるはずもない。この状況から抜け出すための至上命題としては、やはりわき目も振らず逃走を選ぶ以外に……

『探偵さん、あの人について、何か知ってるの?』
「……」

 問いかけに、東堂は一瞬動きを止める。

「知っているというか………まあ、何と言うか……」

 説明しようにも、あまり的確な言葉が思い浮かばない。とりあえず前提となる知識の有無を尋ねることにする。

「抜刀許可があるのは知ってるか? 剣道とか剣術の師範代クラスに貸与される」
『もちろん知ってるけど……それが?』
「その上位に、時代をどう間違ったのか、〝斬捨て委任状〟とか言うトチ狂ったものがあってな、それを所持してる奴には人を合法的に斬り捨てる許可が出るわけだ」
『な、合法的って………』

 信じられないと言葉を震わせる相手に、東道は自分でも信じたくないんだけどなぁと思いながら、自分の知っている事実を続ける。

「剣鬼斬殺。人間狂器───香坂静流」

 いったん言葉を区切り、幽霊少女に向き直る。

「ついでに言って置くと、彼女、オレの代行屋に所属する先輩でもあるんだよなぁ………」
『な、なにソレ――っ!?』

 駄目押しで告げられた情報に、幽霊少女が今度こそ絶句するのだった。

『ど、どど、どうして先輩が後輩の命を狙うのよ!?』
「……何と説明したものか。オレにもよくわからないんだけどさ。香坂家ってのはちょっと特殊な一族で、彼女はその完成品らしい」

 まるで関係がわからないと、ポカンと口を開く幽霊少女に、東道は自分でもあまり信じたくない情報を説明する。

「刀狂いの一族で、多種多様な技が伝わってる家なんだが、どれもこれもとんでもない技ばかりらしい。その中にある《無心》とかいう技。これは殺すことのみを追求した先に生まれたもんらしくてな。こっからここまでを殲滅するって一端領域を定めたら、そこに存在する生き物を根絶やしにするまで、普段意識を統制してる人格が戻らないらしいんだよ」
『な、なによ、ソレ………?』
「まさに人間狂器だろ? 何か冗談みたいな話だよな。………いや、まあ、根絶やしにされる側になった以上、もはや全然笑えない訳だけどさ」

 あまりに切迫した状況に、東道は乾いた笑みが浮かぶのを感じた。

 香坂静流という人間自体の人格には、色々困った部分は多いが、それほど物騒な相手でもないと東道は考えている。しかし、この殺人領域に止まり続けるならば、その限りではないのだ。

『………どうするの?』
「………どうしようね」

 本気で打開策が見つからなかった。

 ここはビルの三階だ。逃走する際、本能的な要請に従って相手との距離を離した結果として、気づけば逃げ場の無い位置に逃げ込んでいたという訳だが、本気でどうしょうもない自分の間抜けさ加減に、東道は何だか泣きたくなって来た。

『ええと、あれは……そう! 戦って倒すとか!』
「無理。死ぬ。それも即死の類でな」

 決定的な技量が違う。絶対的な地力が違う。

 何よりも───生物としての規格が違い過ぎる。

「…………戦闘系の職種とは相性最悪なんだよ、オレ」

 基本的に地味な調査等をやっているのが性分として合っているし、何より自分に向いている。東道は自身の適正を正確に把握していた。それ故に何の策も用いず対峙した際の結果も、見え切っていた。

「……ともかく、何か使えそうなものがあるか探すしかないか。突破口があるとしたら、一時的に意識を押さえ込んでいるって部分だろうし、使えるものは多い方がいい」

 意識がスライドする条件としては、仮面にあると言われているしな。そう最後に付け加える。

『どいうこと……?』
「つまり、倒しきるまで行かなくても、条件となる仮面をどうにかすれば意識が戻る可能性が高いってことだ。正気に戻れば、さすがに知り合いを斬殺するような事はしないだろうしな」
『仮面って………あの鬼のお面?』
「ああ。……たぶん」
『た、たぶんって……何だか頼りない答えよね』
「まあな。……あまりに頼りない突破口だってのは、オレもわかっちゃいるんだけどね」

 相手が万全の状態を期そうとするなら、再襲撃にもしばらくの時間が掛かるだろう。

 一応の取っ掛かりは見つかっているのだが、現状ではどう足掻いても実行するまでの力が足りない。つまり、この時間であまりに開ききった実力差を埋めるほどの、何がしかの手札を見つけ出す必要があった。

 だが、都合よくそんな手段が見つかるかと問われたら、東道も見つからないだろうなぁと考える。

 しかし、できなければ、それこそ───死ぬだけだった。

 この部屋に駆け込んだときは、死に物狂いで相手と距離を離すことしか考えていなかったせいで、周囲の様子を伺うような余裕がなかった。東道は手始めにこの部屋の状態を確認すべく、周囲に視線を転じる。

 無数の部屋が連なる空間だった。そこかしこに複雑な造りの機材が立ち並んでいる。どこか研究室じみた場所だと、東道は思った。

「しかし、廃ビル所の話じゃないな……」
『そうね。いったい何なんだろう、ここ……?』

 幽霊少女を引き連れ、東道は部屋の更に奥まった部分に進む。途中幾つもの仮組みされた車体のようなものや砲身などが無造作に放置されているのが見えた。

「……戦争でもするつもりか?」

 物騒なことだと、東道は呆れながら周囲を点検しつつ、先に続く部屋を確認していく。

 少し進んだところで、視界がまるで効かない部屋に辿り着く。入り口に近い辺りの壁を手で探る。壁に埋め込まれた電灯の電源と思しきものを見つけ、スイッチを入れる。一瞬電気が届いているのか不安になったが、それは杞憂に終わったようだ。

 ジジッと音を立て、すぐに明かりが灯る。東道は部屋を見渡し、息を飲む。

「こいつは………凄いな」

 床一面をケーブルがのたうち回る。壁という壁に電子機器が埋め込まれている。部屋の奥まった部分には、巨大なモニターが設けられ、操作パネルが設置されている。

 学園においてもそう目にすることができないような最新鋭の機材までもが使用されている。ここが何らかの組織の拠点として使われていた事は、もはや疑うべくも無いだろう。

『うーん……アクセスログを見る限りでも、昨日までは確かに使用されてた形跡があるわね』
「なるほど…………」

 周囲に所狭しと設置された機材を見回しながら頷いた後で、東道は気づく。

「……って! 危うく流しそうになったけど、君、なんでそんなスラスラと操作できてんの?」
『……あれ? そう言えば何でだろ?』

 東道の突っ込みに、幽霊少女が首を傾げる。そうしている間も彼女の手の動きは止まらない。モニターに凄まじい速度で様々な情報が次々と投影されては消えて行く。おそらくは幽体の特性を活かし、思念を用いて直接的に端末にアクセスしているのだろうが、それでも驚くべき操作能力だ。

「………そういう系統の技能保持者だったのかね?」
『うーん。私も何となくそんな気がしてきたような………』

 曖昧な応えだったが、それでも中々大きな収穫だった。そうした方面から攻めれば、案外すんなり彼女の身体の在り処も見つかるかもしれないな。東道は依頼解決の見通しが立った事に、頬が緩む。だが直ぐに、それも現状を乗り切れないようなら意味が無いと思い直す。

「ああ、そうだ。システムにアクセスできるなら、監視モニターとかが設置されてるかどうか、わかったりしないか?」
『うーん。ちょっと待ってね……と、あった! 今出すわね』

 モニターに大量の映像が映し出される。こんなに監視カメラが仕掛けられていたのかよと呆れ返りたくなるほど大量の映像だった。そうした映像の中の一つが、モニター中央に拡大される。鬼面をつけた女の姿が画面の中で動く。

『まだ、下の階層に居るみたいね……って、あ!?』

 鬼面がカメラの方を向いたと思った瞬間、モニターに映る画像が途切れる。砂嵐が画面を吹き荒れ、黒一色に染まる。

「…………」
『…………』

 何とも言えない空気が部屋を満たす。重くなった空気を誤魔化すように、東道は口を開く。

「あー……ところで、これだけの監視設備が整ってるんだ。防衛用の警備システムとかもあったりするんじゃないか?」
『えーと……どうかな……うん、あったわ。でも、うわぁ……』
「ん、どうしたんだ?」
『う、うん。かなり物々しい火気管制のシステムが、各部屋に設置されてたみたい。でも……どれも相手を感知するところまでは行くんだけど、その、起動する前に断ち切られてるみたい』
「……そりゃまた」

 つまり、本来なら侵入者を感知すると同時に起動するはずの銃火器が、反応する間もなく粉砕されているらしい。機械的な感知、起動、発砲の手順に沿っているようでは、まるで相手にならないということだ。

「本気で化け物だな………この管制システムって、手動で操作とかはできないのか?」
『うん。それは大丈夫。どうやらここがマスタールームみたいだから、ほとんどの操作が可能みたい。他にも使えそうなものがないか検索してみるわね』

 画面に無数の数列が浮かんでは消える。あまりにも簡単に操作しているので錯覚しそうになるが、これだけの規模のシステムだ。かなり厳重なプロテクトが掛けられているはず。それをこうもあっさりと踏破する当たり、彼女は電子機器に関しては相当習熟しているのだろう。

 ────しかし、そんな人間が偶然にも生霊化するなんてことがあるのだろうか? 

 物騒な方向に東道の思考が流れ掛けたとき、うわぁっ、と幽霊少女が嫌そうに声を上がる。

「……今度は何だ?」
『これ見てよ……お約束とえばお約束なんだろうけど、こんなものを設置する人の正気を私、疑うわね……』

 画面に投影された情報に、東道も驚きに目を見開く。だがすぐに身を乗り出し、食い入るように表示された情報を確認する。さらに自分の能力について考える。そうした条件から導き出されるものを考えるに……。

「いや、これは使える。ああ、これなら行ける!!」
『た、探偵さん……?』

 東道は情報を確認し終えると同時に、画像から顔を上げる。

「───今からこの窮地を脱する策を、説明しようじゃないか」

 不敵な笑みを浮かべ、東道は自らの策を一人と一匹に説明するのだった。



               * * *



 無人の部屋に一人佇む東道の姿があった。

 彼は腕を組み、ひたすら相手が訪れるのを待つ。

 そして、待ち人が現れる。

 一切の気配を感じさせずに、鬼面が部屋の入り口に立つ。

 このビル内で唯一の生きた人間である自分を餌にすることで、この場所に鬼面を誘い出した訳だが、正直、東道はこの相手と向き合うだけで、もう逃げ出したくて仕方がなくなる。

 そもそも会話による揺さぶりやハッタリがまるで通用しないのが痛い。人間の心理的な駆け引きを利用できない以上、地力だけが絶対的なものとなるからだ。そうなったらもう東道には逆立ちしても勝ち目はない。

 さらに厄介なことに、意識が消えると入っても、狂戦士のごとく理性が消え去るでも無く、戦闘面においては冷徹な計算を巡らせる。反則だ、と東道は思うのだった。

「……まあ、それでも意識が無いのに変わりはないから、まだ遣りようはあるんだけどな」

 鞘鳴りが響く。斬撃が走る。


『───今だ』


 太刀が動くのを認識すると同時に、東道は思念による合図を彼女に送る。

「────っ!?」

 銃火気が火花を散らす。圧倒的な量の銃弾が放たれる。

 侵入者の存在を感知しながらも、安易に動きを見せないよう偽装されていた火気管制機構がここに解放されたのだ。

 鬼面が驚いたように動きを止め、銃撃を正面に刀を構える。

 このビル内においても、この部屋には他に無いほど、これでもかというぐらいに圧倒的な量の銃火器が設置されている。

 それが、東道がこの部屋を選んだ理由の一つだ。

 ちなみに、これまで鬼面が訪れた部屋にも似たような仕掛けはあった。だが、機械的な制御による侵入者の感知から発砲に至るまでの過程はどれも画一的なものに過ぎない。故に、これまでさして問題視されること無く、仕掛けは破壊されて来てしまったのだった。

 しかし、今回は少し状況が異なる。機械的な経路によらず、管制室に残った幽霊少女が東道の合図を受けて、火器は相手の動作の間隙をつく形で放たれたのだ。

 管制室に居る相手に対して、一瞬の遅滞も無く合図が送れた理由としては、東道の技能に秘密が在った

 ───異相知覚技能。

 知覚できるという事は、翻って見れば、相手に働きかけることもまた可能だという事だ。対象との間に明確なラインが結ばれていれば、東道にも簡単な念話程度なら行うことができた。

 そうした一連の要素によって、銃撃は絶好の間を持って放たれた訳だが、これで相手が倒れるとは東道も思ってはいなかった。実際、目の前で展開される光景に、東道の額を冷や汗が滴り落ちる。

 怒濤の如く銃弾の雨を前に、刀身が翻る。押し寄せる銃弾一つ一つに合わせて太刀の切っ先は翻り、受け流された銃弾が壁にめり込む。銃弾の射角を完全に見切っているからこそできる芸当だった。

 こうして見る限り、弾丸が相手に負傷を与えているような様子は微塵も無い。

 ……本気で化け物だな。

 背中を這いまわる冷たいものを感じながら、東道は額を拭う。

 だが、銃弾が効いている様子は無くとも、相手を拘束することには成功したのだ。今はそれで良いと思うことにしよう。

 更なる一手を放つべく、東道は部屋の中心に向けて動く。

 鬼面もそれを察知するが、銃弾に阻まれ動けない。

 誰の妨害も入らぬまま、東道は部屋の中心に立つ。

 この部屋の中心には支柱が存在した。そんな部屋を貫く柱の前まで歩くと、東道は鬼面を振り返る。

「だが───これなら、どうだ?」

 東道は柱の一角に手を掛ける。ビル中に張り巡らされた仕掛けが起動する。

 ───焔が視界を染め上げる。

 目もつんざくばかりの閃光が衝撃が振動が荒れ狂い───

 揺れ動くビルは、ここに倒壊を始めた。



               * * *



 Q───こういった秘匿組織に必ずと言っていいほど設置されているものとは何か?

 A───それは侵入者諸共果てるような、自爆装置。


 圧倒的な質量が押し寄せる。

 鬼面が為す術もなく倒壊する天井に飲み込まれて消えた。

 東道は柱の側に立ち、それを見送る。

 東道の立つ柱の周辺には一かけらの破片も落ちてこない。

 予め、そう設計されているからだ。

 侵入者に対して建物そのものが罠として働く最後の大仕掛け。遠隔的な起動は不可能で、柱の側に立ち、直接的に動かす必要があった。

 この場所を選んだもう一つの理由が、それだった。

「………餌が仕掛けられるのは、罠の中と相場が決まっているからな」

 柱にしがみつき、蒼い顔をしながらも東道は不敵に笑って見せる。倒壊するビルは遂に下の階層が全て破壊しつくされ───全身を浮遊感が襲う。

 東道の立つ柱を中心に、床がそのまま垂直的に落下する。

「って、うぉっ────────ぐはっっ!!」

 凄まじいまでの振動音が周囲に響き渡る。落下した瞬間の加重によって、柱にしがみついた東道の身体が一瞬浮かび上がり、ついで床にたたきつけられる。

「……ぃてててっ」

 頭を振って東道は意識を戻す。ついで周囲を見渡し、目にした光景に息をつく。

 破壊しつくされたガレキの上に、東道は一人立っていた。空には傾き掛けた太陽が日の光をさんさんと照らし出している。尾を引いて流れ行く雲が視界に映る。

「な、何とか生き残れたか……ゴホッゴホッ!」

 舞い上がる粉塵に咳き込みながら、東道は何とか上手く行った事に胸をなで下ろす。

 予めそう設計されているとは言っても、実際にその通りに行くかどうかの保証は無かった。そんな中で、自らビルを爆破する仕掛けを発動するのは、中々心臓に来るものがあった。

 ガレキの中から何かが近づく気配を感じる。ビクリと身を竦め、東道は慌てて逃げ場を探す。しかし見つけ出す前に、相手が現れる。

『───探偵さん、大丈夫だった? って、どうしたの?』

 ガレキの中に頭だけ突っ込んだ状態で固まる東道に、怪訝そうに問いかける幽霊少女の姿があった。東道はわざとらしく咳き込みながら、誤魔化すように身体を起こす。

「ん、んんっと。まあ、何とか大丈夫。それより、火気管制の制御とか、本当にありがとうな。かなり助かった。あれが無かったら、最初の一撃であっさり死んでたね」
『べ、別に感謝される程の事はしてないわよ』

 銃火器による支援が無かったら、仕掛けを起動する間もなく自分は斬り捨てられていただろう。彼女の協力があって初めて、この状況が成立したのだ。東道としては感謝の言葉を掛けるのに躊躇いは無い。

「しかし、凄い光景だよなぁ……」

 少しやりすぎたかもしれないと思いながら、ガレキの残骸に視線を向ける。

 ───悪寒が走る。

 轟音とともに、ガレキが吹き飛ばされた。

 円形状に広がる空白地帯に、鬼面をつけた女は一人佇んでいた。鞘におさめた刀身に手を掛け、居合の型を見せている。周囲には細切れ状に切り裂かれた瓦礫の破片が散乱していた。おそらく崩落により押し寄せるガレキ全てを斬り捨て、自らの身を守ったのだろう。

 なんてデタラメなまでの技量だ。

 戦慄する東道に、相手は無機質な視線を鬼面越しに向ける。

 まずいっ、と思ったときにはもう遅かった。

 鬼面が地を駆ける。

 東道には今度こそ反応するような間は無い。

 振り上げられる刀身が陽光を反射する。



「────だが、やっぱりその位置から来るか」


 『頼んだぞ』


 念話による呼びかけが周囲に響く。呼び声に応え、ガレキの中から子猫が飛び出す。宙を掛ける子猫の前足が鬼の面に掛かる。

 意識がある状態ならたやすく回避できただろう子猫の突進によって、鬼の面が呆気なく地に落ちる。

 カラン、と音を立てて転がる鬼の面。

 目の前には勢いもそのままに迫り来る刃。

「───まあ、ギリギリ及第点って所か」

 喉の皮が一枚切り裂かれたところで、斬撃が止まる。

 意識を取り戻した香坂静流が、ニヤリと笑みを浮かべるのだった。



                * * *



「いや、途中から全然関係ない相手を攻撃してるってのは認識してたよ。それでも全て終わるまでこの技は止まらないからね。少し肝を冷やした」

 悪かったね。着流しから突き出した片手に鬼面を握り、子猫をじゃれつかせながら、香坂はさして悪びれた様子も無く二人に告げる。

 どう応えたものかと、東道は少し対応に困りながら、結局、はぁと曖昧な返事を返す。

「しかし、よくこの面を落とせたな。発動中は幽体の感知能力が落ちるのは確かだが、それでも大したもんだ」

 《無心》を発動中の香坂静流の意識は、対象領域に存在する生き物を根絶やしにするまで戻らない。それは同時に、既に死んだ存在───幽体に関してはその対象の限りではなく、さらに言えば感知能力が普段よりも落ち込むことを意味していた。

「ま、まあ、あの爆発を乗り切られるとしたら、あの位置に来るだろうってことはわかってましたからね」

 東道は押し寄せるガレキが最も少ない位置を、事前に頭にたたき込んであった。もし爆破を乗り切るなら、相手は其処に立つだろうと判断していたからだ。それ故に、東道はそこから支柱へと至る空間に、幽体である子猫を配置した。万が一の場合には、念話による呼びかけで、子猫に鬼の面をたたき落とさせるために。

 少し気押されたながら応えた東道に、ほう、と香坂が感心したように呻く。ついで東道の顔を見据え、何かを思い出そうとするように首をひねる。

「あー……とう……東……東、東丼だったか?」
「…………東道です、東道進。香坂さん」

 ああ、そうだったね。名前を間違えたことにも、さして悪びれた様子も無く、香坂静流は言葉を続ける。

「で、あんたら何しに来てたんだ? この周辺は水城に言って明日の朝まで誰も立ち入らないよう進入禁止区画に指定させてたはずなんだがね」

 首をひねる相手に、東道は骨の寄越した情報の伝えられなかった部分に憤りを覚える。くそっ、あの骨め、今度あったらどうしてくれようか。まあ牢獄入ってるからどうもできないわけだが。

「いや、実はですね……」

 職長に割り振られた依頼に従って公園に向かい、そこで出会った少女の生霊に身体を探してほしいと依頼される。依頼に応じて身体を探す内に、ボーンから情報が入って、此処に辿り着いた。そんな説明を要約して伝える。

「ふーん。なるほど。それでノコノコ情報の真偽も確かめることなく此処に来たと」
「うっ……まあ、そうですね」
「あんた馬鹿だね」

 説明を聞き終えた香坂の断言が、東道の胸に深く突き刺さる。

「大体あいつの寄越す情報に裏があるのはいつものことだ。どうして其処まで単純に言われるまま動けるのか、私は理解できんね」

 グサグサと突き刺さる言葉のナイフに、東道は胸の内で涙を流した。

「ところで、そっちの娘……」

 香坂の視線が幽霊少女に向く。ビクリと身を震わせる相手に、香坂がなぜそんな反応をされるのかわからず首をひねる。

「なあ、東丼。なんで私はあんなに怯えられてるんだい?」
「東道です。それはまあ……あのビルで行われてた惨劇目にすれば、むしろ当然の反応だって思いますよ」

 細切れに斬殺された人間の死体。あんなものを見て、怯えないわけがないと東道は呆れながら言葉を返す。しかし、その言葉に香坂は更に不可解そうに眉根を寄せる。

「ん? ……──あーあ、そういうことか」

 ポンと腕を打ち鳴らし、香坂が二人に向き直る。

「あんたら二人とも勘違いしてるな。私は今回、『人間』は一人も殺しちゃいないよ」
「へ?」
『え?』

 どういうことだ?

 顔を見合わせる二人に、香坂が先を続ける。

「私にも詳しくはわからないんだが、ここは生体部品を組み上げて作り上げられた、なんて言ったか……兵装、兵装擬体とか言う兵器を管理局に届けも出さず勝手に製造してた場所なんだよ」

 あんたらが見た死体ってのは、そいつらの破壊されたパーツだろうね。肩を竦めて言い放つ香坂に、二人は呆気にとられる。

 兵装擬体。東道も初耳だった。生体部品ということは、人間型の兵器なのだろうか?

 しかし……

「香坂家が引っ張り出される程の兵器なんですか?」
「詳しい説明はめんどくさいから省く。だが、なかなか手応えはあった。公安の駆除屋じゃ被害が大きすぎるって理由もあったが、ものが生体反応のある兵器だ。ぶっ潰すのにも、効率の良さから家が引っ張り出されたのさ」

 こっちの事情はそんな所だね、と香坂は説明を締めくくった。

「それで、何か掴めたのか?」 

 スカルフェイスは全てを語らず人を陥れるような事もするが、それでも何の意味もない情報は寄越さない。そうした意味を込めた問い掛けに、東道も幽霊少女が見せた電子機器に関する驚異的な操作能力を思い出す。

「まあ、そこそこ」

 曖昧に答える東道に、香坂もさして拘らない。そうかい、と一度頷き、鬼面にじゃれつく子猫を東道にポンと投げ渡し、こちらに背を向け、一瞬立ち止まる。

「ま、私が口を出すことでもないが……」

 ───女を泣かせる事だけはするなよ、東丼。

 侠気溢れる言葉を最後に残し、香坂静流はこの場を去った。

『カッコいい………』

「いや、オレの名前、東道なんだけどな………」

 頬を染めて瞳を輝かせる幽霊少女とは対照的に、最後の最後まで名前を間違われた東道は、ひどく釈然としない思いを抱え、顔をひきつらせるのだった。

 しばらく香坂の背中を見送った後で、東道は我に帰る。

「……とりあえず、今日の所は一旦帰ろうか」

 このままここに立ち尽くしていてもどうしようもないのだ。今後どう動いたものかと思考を巡らせながら、東道は足を進める。

 しかし、数歩進んだところで、幽霊少女が動かないことに気づく。

 背後を振り返り、東道は怪訝に思いながら、立ち尽くす彼女に呼びかける。

「どうしたんだ?」
『え、でも………その………』

 ゴニョゴニョと言葉を口元で呟く相手に、首を傾げながら、とりあえず今後の予定を伝える。

「明日からまた一から探すことになる訳だし、今日はもういいだろ?」

 家に帰ろう。呼びかける東道に、幽霊少女が大きく目を瞬かせる。

『……いいの?』
「? 当たり前だろ」

 何を問題にしているのか、いまいちピンと来ないまま頷く東道に、幽霊処女が顔を輝かせるそのまま空に浮かび上がって、幽霊少女は東道の隣に並んだ。

 一連の反応の理由がいまいち理解できず、東道はますます首を捻る。しかしこのまま考えても仕方ないかと思い直し、東道は深く考えるでも無く、再び足を動かすのだった。

 ぼんやりと夕陽に染まりつつある空を見上げながら頭に浮かぶのは、今後の行動方針についてだった。

 そもそも生霊化するなどというような事態は、滅多に起こらない。だからこそ、東道も最初の内は、直ぐに身体も見つかるだろうと楽観視していた。

 しかし、思った以上に事態は複雑に入り組んでいるようだ。

 ビルの中で幽霊少女が見せた操作技能。ボーンの寄越した情報に隠された真意。

 未だ答えの出ない問題に頭の中で考えを巡らせながら、ふと思い出す。

「なあ……このまま呼び名がないのも何だし、何かコレだっていう名前あったりする?」
『名前?』 
「ん、名前。あんまり誇れることじゃないが、この依頼、結構長引きそうだからな。このまま、ただ『君』って呼びかけてる訳にもいかないだろ?」

 東道の説明に、それもそうね、と幽霊少女が納得したように顔を頷かせる。ついで、名前について考え始めたものの、直ぐに難しい顔になって黙り込む。

『……ダメ。思い付かないわ。探偵さん、なにかいい名前があったりしない?』
「名前か……んー……」

 ふと、沈み掛けた夕陽が視界に入る。

「なら、レンって名前はどうだ?」

 大昔、黄昏を一文字で書いて、レンと読んだ事があったらしい。

 そこそこ無難な呼び名に、幽霊少女がしばし考え込んだ後で、同意を返す。

『レン……うん、いい名前! なら、私の名前は今日からレンね』

 満足げに呼び名を繰り返す幽霊少女──レンの嬉しそうな姿に、名付けた側としては少し気恥ずかしいものを感じるが、同時にそれも悪くない、という思いを抱かされる。

「それじゃ、改めてよろしくな、レン」
『こちらこそよろしくね、探偵さん』

 互いに呼び合い、頭を下げた後で、何とも言えない微妙な空気が流れる。

 あれだけ色々な事が起きたというのに、今頃こんな挨拶を交わしている。

 そんな事実に思い至ると同時に、二人は互いに顔を見合せ、どちらからともなく吹き出すのだった。





『ところで、この子の名前はどうするの?』

 しばらく進んだ所で、幽霊少女、改めレンが子猫を胸に抱きながら、そう言葉を切り出す。

「ん? ああ、そう言えばまだ名前付けてなかったか。何かあったりするか?」

『うーん……ダメね。何も思い付かない。記憶がないのって、意外と厄介よね』

「まあ、記憶が無いというよりも、関連づけられてないって方が正確だろうけどな。だから思い出そうとするよりも、自然と浮かぶのを待った方がいいね」

『そう言うものかしら……──あ! 今、何か思い浮かんだかも』

 目を輝かせながら子猫を抱き上げ、レンはその言葉を口にする。


『───ユイって名前はどう?』


「いいんじゃないか」

『でしょ? この子、女の子みたいだいしね』

「……ところでさ、その名前は何処から持ってきたんだ?」

『何となく頭に思い浮かんだのよ』

「ん……そっか」

 その名前にどこか意識に引っかかりを覚えるが、何が気になったのかわからない。

 まあ……気のせいか。

 東道は意識を切り換え、家路につくのだった。







……続く
  1. 2006/10/08(日) 19:21:21|
  2. オリ長編文章
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