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──A.L.M──

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第1話 「受け止める者、抗う者」


 澄み切った蒼い空に、白い雲が風に流され緩やかな跡を残す。
 海に囲まれたダアトの空はすっきりと晴れ渡り、目に眩しい。
 整然と並び立つ街並みさえも基本は白で統一されていて、清廉にして厳粛な空気を都市は漂わせていた。

 まあ、つまり何が言いたいかというと……正直、なんとも居心地が悪くてしょうがないわけですよ。

 というか、ダアトってのはもっとこう、強面で筋肉モリモリの熱っ苦しいおっさん連中が立ち並んでる街のことじゃなかったのか? 教団の人間と言われて、まず思い浮かぶのがヴァンやおっさんみたいな武闘派だなんて俺が、そもそも偏ってるのかもしれないけどさ。

 それでも自分がこれまで思い描いていたダアト像を否定されて、正直裏切られた気持ちですよ!

 まあ、何に裏切られたのかとか訊かれても答えようがないけどな。

 そんな馬鹿なことつらつら考えながら教団本部の建物を見上げていると、ティアがどこか遠い目をして、安堵の息をつくのが見える。

「でも、キムラスカとマルクトの間で一時的な休戦協定が結ばれたことには安心したわ」

 その言葉で、俺も港での一件を思い出す。港では運行されなくなった定期便に不満を持った人々が集まり、船を出してくれとしきりに訴えていた。そんな人々に対して、教団の詠師までがでわざわざ出場って、船が出ない理由を説明していた。

 すなわち、一時的な休戦協定が結ばれた。詳しい情勢がわかるまで船は出せないと。

「そうだよね。心配事が減ってよかったよ。もう色々起こりすぎて対処しきれないって感じだもんね」
「陛下も崩落が引き起こされる中、戦争を継続する程愚かじゃなかったってことだな」

 うれしそうに声を上げるアニスに、ガイもうんうんと首を頷かせ同意してみせた。しかしナタリアは一人表情を暗くし、顔を俯けている。

「……キムラスカに、これ以上の動きが無いことを願いますわ」

 王都での経緯を思い出しているんだろうか。その声にはどこか切実な想いが込められているように俺は感じられた。

 かく言う俺自身も、オヤジ達の顔が思い出され、戦争に対する危惧が蘇るのを感じる。

「そうだよな……実際の所、いつまた戦争が再会されてもおかしくねぇもんな」

 オヤジ達はスコアに詠み上げられた繁栄をもたらすために、戦争を起こした。しかし、スコアに詠まれていなかった崩落によって、一時的に戦争が中断されているのが現状だ。

 崩落先の状況を知る術が無い以上、ルグニカ平野に集まっていた軍は全滅したと見なされていてもおかしくない。軍の中核を成す部隊が居なくなったような状況で、預言にも詠まれていないような事態が起こった今、何が起きているかも把握できぬまま、戦争を継続するとは俺にも思えない。

 しかし、あくまでオヤジ達がスコアに固執するなら別の見方もあるはずだ。俺達はユリアシティの連中の言葉や、モースから直に聞いて、崩落がユリアのスコアに詠まれていなかった事態だと知っている。

 だが、オヤジ達にそれを知る術はなく、教団としてもわざわざ教えるとは思えない。戦場の崩落に関しては自分達に公開されていなかった秘預言と見なしても何らおかしくないのだ。

 崩落によってマルクト側の領土、軍備は大幅に落ち込んでいる。今こそあの宿敵を打ち倒す好機───

 キムラスカ側がそう判断して、軍の再編が終わった途端、戦争を継続することも十分に考えられる。

 そんな鬱々した考えをだらだら口に出して述べると、皆の顔にも緊張が浮かぶ。

「……なるべく早く、崩落に関する情報を両国に知らせる必要があるということね」
「厄介な事態だな。こっちは崩落にも対処しないといけないってのに、キムラスカが戦争を続ける可能性も捨て切れないってことか」

 ティアとガイのまとめに、事態の複雑さを改めて思い知らされ、思わずため息が場に降りる。

「でもでも、なんでユリア様は戦争のスコアなんて詠んだんだろう?」
「そうですわね……星の記憶を詠み解き、遥か彼方の事象に至るまでを見通していたと言われるユリア。彼女は預言に振り回され生きるしかない未来の人々に、いったい何を感じていたのでしょう……?」

 翻弄されて生きるしかない……か。まさに今の俺達の世界を言い表している言葉だよな。

 なにせ戦争が引き起こされ、最終的にホドは預言通りに崩落した。続いて預言によって予め死が決定づけられていた聖なる焔の光が訪れると同時に、アクゼリュスもまた崩落した。

 そこまでは預言も順調に進んでいたわけだが、他の大陸まで崩落が始まって、ついに預言から外れた事象が起こり始めたことがわかった。

 だが、そんな現状においても、誰もが預言の絶対性を疑おうとしない。

「始祖ユリアか。自分の詠んだ預言が未来でこうも絶対的に崇められちまうなんてことがわかっていながら、それでも詠まざるを得なかったのかね。だとすると、先が見えるってのも、ちょっと考えもんだよなぁ」

 実際問題、当時の障気から離脱しようなんて状況下で、二千年先の事まで一々考えられたとは俺には到底思えない。未来に預言がどう見なされるかわかっていたとしても、結局の所、当時の人々を説得するために預言を絶対的なもんだと思わせるしか道がなかったんじゃなかろうか、とか俺は思っちまうんだけどな。

「ま、始祖ユリアの考えはわかりませんが、戦争が起きるから預言が詠まれたのか、預言に詠まれていたから戦争が起きるのか。ユリアの預言が詠まれてから既に二千年に近い時が流れているのです。今やそうした線引きは難しいでしょうね」

 俺達の洩らした預言に関する感想に、最後にジェイドが静かに口を開いてまとめてみせた。

 もうどっちが先にあったのか、誰にもわからなくなってるってのが正解ってことかね?

「そう簡単に答えは出せない問題ってことだろうな」

 首を傾げる俺に、ガイが俺の肩に手を置いて促す。

「ともあれ、そろそろ行かないか? このまま立っててもしょうがないだろ?」
「まあ、そうだな。そんじゃアニス、案内とか頼むぜ」

 俺は導師に関しては一番詳しいだろうアニスに話を振った。それにアニスが薄い胸を叩いて漢らしく応じる。

「導師守護役たるアニスちゃんに任せておきなさいって~♪」
「……いや、元導師守護役だろ──って、うわぁっ! だ、抱きつくなぁ~っ!!」

 突っ込みを入れたガイにアニスが報復し、情けない叫び声が周囲に響きわたった。

 一応さっきまでは真面目な話をしてたってのに……なんとも締まらないよな、俺達のメンツって。

 引きつった笑みを浮かべ、俺は二人のやり取りを生暖かい視線で見守った。




               * * *




 導師の執務室がある階層へ続く転送陣を起動させ、イオンの下へ急ぐ。

 しかし、ダアトにも転送陣が存在するのはジェイドに聞いて知ってたが、こんな譜陣が今も残って機能してるなんて、実際に目にした後でも信じられないよな。転送の際には合言葉を唱える必要があるとか言って、アニスは慣れた様子で転送陣を使ってたが、教会じゃ結構一般的な技術なんだろうかね。

 俺は一人首を捻りながら、ダアトの技術力の偏りに疑問を抱くのであった。

 ともあれ、そんなこんなで進み行き、導師の執務室前まで来たところで、部屋の中から複数の話し声が届く。

「ん? 誰か居んのか?」
「静かに。見つかったら少し厄介な事態になるわ……」
「うっ……わ、悪ぃ……」

 ティアに注意されるまま口を閉じて、中の様子をそっと伺う。

 導師の部屋で大詠師モースと、なぜか六神将のディストが向き合って会話しているのが見えた。

 ……どういうことだ? なんでこの二人が一緒に居る? わけのわからん状況に、俺達は顔を見合せ、とりあえず会話に耳をすませて様子を伺うことにする。

「……というわけで、戦場では一時的な休戦協定が結ばれたようです」
「そうか……お前はそのまま事態の推移を見据えろ」

 モースの指示に、ディストが慇懃な態度で応じる。それを特に気にした様子も見せず、モースが更に質問を重ねる。

「……ヴァンの奴は何をしている?」
「ええ、導師によって解放されたセフィロトに他の六神将を派遣して、何やらやっているようですよ」

 肩を竦めて肝心の部分はぼかした答えに、しかしモースはそうかと軽く頷いてみせた。

「アクゼリュスの崩落、戦場の崩落、生ける聖なる焔の光……やはり、そうなのか……?」

 ぶつぶつと呟き始めたモースに、ディストが少し苛立ったように腕を組み直す。

「それよりも、ネビリム先生のレプリカ情報の件、ぜひともお願いしますよ?」
「……ああ、任せておけ。情報部を動かして置こう。お前はそのままヴァン達の動向を逐次報告しろ」
「わかりました。それならばこの薔薇のディスト、あなたに協力いたしましょう。……ああ、それと導師イオンが再び連れ去られた場合に関してはどうしましょうか?」

 ディストの問い掛けに、モースが渋面になって顎を撫でる。

「……オラクルの半数以上がヴァンの影響下にある状況で、導師を守りきるのはさすがに難しいだろうな。今導師は……図書館に居たか。お前は導師が他の六神将に連れ去られた場合も動かず、情報を流すだけに留めろ。居場所さえわかれば、行動するのは情報部の者に任せられる。貴重な情報源を潰すのも意味がないからな」
「わかりました。先生の件、くれぐれもよろしくお願いしますよ」
「わかっている」

 会話はそれで終わったのか、二人はそのまま扉に近づいて来る。

 って、ヤバイじゃねぇか! ど、どうする? 

 きょろきょろと隠れ場所を探すが、そう簡単に見つかるもんでもない。

「やばっ、こっち! 早く……!」

 アニスに促されるまま、俺達は近くの部屋に慌てて飛び込んだ。間一髪のところで扉が開き、モースとディストがすぐ其処を歩く音が聞こえて来る。

 しばらくの間、俺達は緊張に身体を強張らせたまま、外を通りすぎる靴音に耳を傾ける。

「……行ったみたいだな。ふぅ」

 二人が完全に遠ざかったのを確認して、俺達はようやく息をつくことができた。

「しかし……ディストはモースのスパイなのかね?」
「それにしては、モースにも忠誠を捧げているような感じはしませんでしたわ」

 外に出てガイの洩らした言葉に、ナタリアが首を傾げた。彼女は部屋で行われていた二人のやり取りに、なにか引っかかるものを感じているようだ。

 確かに二人の会話を思い出してみると、上司と部下というよりは協力者という感じが強かったようにも思える。いったいどういう関係なのかと疑問符を浮かべる俺達の間に、低い声が響きわたる。

「……あのバカは、まだあんなことを」

 ジェイドの口から呟かれた言葉に、俺達はぎょっとして顔を向ける。大佐は眼鏡を押し上げ表情を覆い隠しているが、全身から立ち上る怒気が見て取れた。

「ど、どうしたんだ、ジェイド? なんか、ギスギスした空気振りまいてるけどよ?」
「……失礼。ともかく、ディストがモースに情報を流しているのは確実です。しかし、完全にヴァンの陣営から外れているわけでもないでしょう。おそらく、あのバカのことですから、自分の目的のために両者を利用してやるぐらいに考えているのでしょうね」

「モースと総長の間でコウモリしてるってことですか?」 

 大佐にしては珍しく感情を伺わせる言葉に、アニスが小首を傾げた。

 どっちつかずのまま両方を利用するか。だが、そんなに上手く行くのかね。モースもヴァンもそんな甘い相手じゃ無いような気がするんだが。それに、ディストの目的もよくわからん。先生とか言ってたが……何なんだろうな?

 ディストの行為に呆れながら奴の目的について考えていると、ナタリアがどこか強張った表情で口を開く。

「私……大詠師モースが今後どう動くつもりなのかが気になりますわ。崩落がスコアに詠まれていない以上、ヴァン謡将と対立しているのはわかります。ですが、彼があくまでスコアに詠まれているように戦争を押し進めようと考えているなら、やはり無視できません」

 それに、と小さく呟いた後で、その先を続けることを躊躇うように、ナタリアは視線を伏せる。

「それに……あの二人が協力関係にあるなら、ディストが王都で動いていたのも、モースの差し金だったとも十分に考えられますし……」

 王都で起きたスコアに関する事態を思い起こしてか、ナタリアの表情が曇る。

 確かに、伯父さんもモースによって宣旨が下されたと言っていた。あのときは戦場の崩落に関して十分に把握していなかったからだとも考えられるが……モースとディストが協力関係にあるなら、崩落が引き起こされるような状況においても、両国に戦争を続けさせようとしていたって可能性は十分に考えられる。

「……ティア、お前ってもともとはモースの部下だったよな。どう想う?」
「え、ええ……あの方は敬虔なローレライの信徒だったわ。誰よりもスコアを神聖なものと考え、自身の行動を律し、教団の運営に携わっていた」

 そこで言葉を切って、ティアは表情を暗くする。

「……でも、教団の役割が、そもそも預言から外れた事態が起きないように、外郭大地を監視することだった。それを考えると……あの方の信仰心の高さからも、どう動いてもおかしくないと思うわ」

 躊躇うように、歯切れの悪い言葉をティアは口にした。彼女の様子を見る限り、尊敬していた上司だけあって、教団本来の役割を知った今でも、そうした推測を口にするのに複雑な思いがあるってところか。

 この議論に終わりが見えない雰囲気を感じてか、ジェイドが一端の区切りを入れる。

「ともあれ、本人に確認でもしてみない限り、結論は出ないでしょうね。今は先を急ぐことです。他の六神将が居ないのが確認できたのは僥倖でしたが、それでもオラクルにいつ発見されるとも知れない状況に変わりはありませんからね」
「ま、そうだな。イオンは……図書館とか言ってたか? 図書館がどこにあるかわかるか、アニス?」
「この先ですよ。ちゃんとついて来て下さいね♪」

 イオンと再会できるのが嬉しいのか、ルンルン気分でアニスが先をさっさと歩き出す。

『……』

 何とも微妙な沈黙が場に降りる。

 ……いや、さっきからアニスが話に参加しないのが妙だとは思っていたけど、そういうことかい。

 何とも乾いた笑みが浮かぶのを感じながら、俺達はひとまず話を打ち切り、図書館へと向かうのだった。

 まあ、わかりやすいというか、なんというか……アニスらしいけどな。




               * * *




「皆さん、どうしてここに……? いえ、でも無事だったのですね。安心しました」

 図書館の奥の方に居たイオンが突然の俺達の登場に最初は驚いた様子だったが、それでも直ぐに嬉しそうに出迎えてくれた。おそらくケセドニアが崩落したって知らせを受けてたんだろう。俺達の無事を心底うれしく思ってくれているイオンの様子に、こっちとしても笑みが漏れる。

「崩落に関して厄介な事がわかってさ。イオンが何か知ってるかもしれないと思って、訊きに来てみたってわけだよ」
「僕に訊きたいことですか?」
「ああ。説明はガイ、頼んだぜ」
「お、俺か? ま、まあ、わかった。実はな……」

 ガイからセフィロトが暴走状態になっている事実を伝え、それに伴い他の大地も崩落する危険性が大きいということを簡単に説明して貰う。

「……まさか、外郭大地がそのような状態になっているとは」

 話を訊き終えたイオンも、事態の深刻さに表情を曇らせた。

「しかし、イオンもこんなところで何をしてたんだ? 調べ物か?」

 書棚が立ち並んだ部屋の様子を見渡しながら尋ねると、イオンが気を取り直したように口を開く。

「はい。ここは教団の中でも一部の者しか閲覧できない本が並んでいる書庫です。僕がケセドニアでダアトに帰ることを決めたのも、この書庫に崩落に関する情報があるかもしれないと思い立って、一度探してみようと考えたからです」

「ん? それじゃ、俺達の目的ともちょうど合ってたってことか」
「ええ。ルーク達が訪れた理由を聞いて、僕も少し驚きました」

 少し照れたように笑うイオンに、さすが先の先までちゃんと考えてる奴は違うよなぁと感心する。

「この本を皆さんに」
「こいつは……?」

 渡されたのは古びた一冊の本だった。ペラペラめくって中身を確認して見るも、まるで理解できない、こりゃ俺には無理だな。使われてる文字からしてさっぱりで、俺には到底読み解けそうにも無い。

「ジェイドなら読み解けるはずですよ」

 眉間に皺を寄せて唸る俺の様子に、イオンが苦笑を浮かべながら本の説明を口にする。

「これは創世歴時代に教団が回収し、禁書に指定した歴史書です。地核の流動化を防ぐ方法が考案されていると解説には書かれていました。詳しい内容は僕にもわかりませんでしたが、崩落に関連して起こる問題のいずれかを解決しようとした際、なんらかの助けになると思います」

 イオンの説明を聞いて納得する。やっぱり、創世歴時代にはある程度の対策とかも考え出されてたってことか。だが、同時に一つの疑問が浮かぶ。

「しかしよ、地核の流動化に対する対策があったのに、なんで何もしなかったんだ? その上対策が書かれた本まで禁書にしちまうしよ。なんか、理屈に合わない行動だよな」

 対策がわかってるなら、さっさとやっちまえばいいと俺は思うんだけどな。

 首をひねる俺に、ティアが少し躊躇いながら自分の考えを口にする。

「ただユリアの預言に詠まれていなかったから、禁書になった……?」
「おそらくティアの言う通りでしょう」

 ティアの推測にイオンが小さく頷きながら、少し沈んだ声音で言葉を続ける。

「教団にとって、ユリアのスコアに詠まれていないような状況を生み出しかねない本の存在は、到底認めることができなかったのだと思います」

 預言に詠まれていないような状況か。なんだか俺達からしてみれば、ホント今更って感じだけどな。

「預言か……アクゼリュス崩落まではユリアの預言通りに進んでたんだっけか? 秘預言とかいったか?」

 厄介なもんだと話の流れで確認した俺に、イオンが僅かに顔を俯ける。

「……実は僕、今まで秘預言を確認したことがなかったんです」
「えっ! そうなんですか?」

 アニスにとっても初耳だったのか、驚きの声を洩らす。

「ええ。秘預言を知っていれば、僕はルークに出会った時、すぐに何者か分かったはずです」

 言われて見れば、アクゼリュス崩落が預言に詠まれていたという割には、イオンは何も知らずに俺達に同行してたもんな。導師が知らないってのは意外な事実だったが、イオンはまだ若すぎる。教団の実権がモースに握られていただろうなんて事は容易に想像がつくし、有り得ない話では無いだろうな。

「……僕が内容を把握していれば、アクゼリュスの崩落は防げたかも知れない。教団に戻ったのは、そう言った理由もあったからです」

 俺としては納得できる答えだったが、ティアが預言の確認に戻った聞いて、疑問が浮かんだようだ。

「しかし、預言にはセフィロトの暴走は詠まれていなかったのでは……?」
「ええ。やはり第六譜石には、アクゼリュス崩落に至るまでの経緯と、戦争が勃発するということしか詠まれていませんでした。皆さん、着いてきて下さい」

 念のため皆さんにも確認して貰いましょう、とイオンが俺達を引き連れ移動を始めた。

 階段を回って、譜石の安置された礼拝堂に俺達は案内された。

「この譜石は第一から第六までの譜石を結合して加工したものです。導師は譜石の欠片からその預言を全て詠むことが出来ます」

 ただ量が桁違いなので、ここ数年の崩落に関する預言だけを抜粋しますね、と断りを入れ、イオンが譜石に手をかざす。

 仄かな光を放ちながら、スコアが浪々と詠み上げられる。




 ――ND2000。
 ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。
 其は王族に連なる赤い髪の男児なり。
 名を聖なる焔の光と称す。
 彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう。

 ──ND2002。
 栄光を掴む者、自らの生まれた島を滅ぼす。
 名をホドと称す。
 この後、季節が一巡りするまでキムラスカとマルクトの間に戦乱が続くであろう。

 ──ND2018。
 ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。
 そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街と共に消滅す。
 しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。
 結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の大繁栄の第一歩となる──




 スコアを詠み終えると同時に、イオンが息を荒らげながら身体をよろめかす。

「イオン様っ!」

 慌ててアニスが身体を支え、どうにか倒れ込むのを防いだ。

「大丈夫です、アニス。少し疲れただけですから」

 イオンが身体を起こすのを目にして、さすがの俺達もホッと息をつく。

「しかし、やっぱりアクゼリュス崩落と戦争のことしか詠まれてないか。もしかしたら、セフィロトの暴走は第七譜石に詠まれてるのかもしれないな」
「第七譜石か。それって結局見つかってねぇんだろ? やっぱ預言じゃどうしょうもないってことか」

 預言の内容を耳にしたガイの感想に、俺はスコアもあてにならないもんだとため息をついた。

「……ローレライの力を継ぐ者って、誰のことかしら?」

 譜石を見据えていたティアの疑問に、ナタリアが口を開く。

「それはルークに決まっているではありませんか」
「でもルークが生まれたのは七年前よ」

 確かに、あんまり言いたかないが、俺がフォミクリーで複製されたのは七年前だよな。

「今は新暦2018年です。2000年と限定しているのだから、これはアッシュのことでしょうね」
「でも、アクゼリュスと一緒に消滅するはずのアッシュは生きています」

 大佐の答えにも、やはりおかしいとティアが眉を寄せて反論した。そうして議論をしている内に、アニスもまた預言に詠まれた事象と現実に起こった事態の間で、合致しない部分を見つけ出す。

「それ以前にアクゼリュスへ行ったのはルークでしょ? この預言、やっぱりおかしいよ」
「確かに……アッシュも後から来たことは来たが、奴はあの時点で聖なる焔の光と呼ばれてた訳じゃないからな」

 どういうことだ? 俺達は次々と浮かぶ疑問を持て余す。

 最後に、譜石を見据えたまま一人考え続けていたティアが、決定的な矛盾を指摘する。

「ユリアのスコアにはルークが──レプリカという存在が抜けているのよ」

 その指摘に、俺は突然足元がぐらついたような感覚を覚える。

「……俺が生まれたから、預言が狂ったのか?」

 確かに……本来の預言が外れ始めたのは、俺が存在した時からだ。

 俺の存在が預言を狂わせたのか?

「……ルーク?」

 ティアもそこまで考えた上で、指摘したわけではなかったんだろう。突然深刻な顔になって考え込みはじめた俺の様子に、心配そうに俺の名前を呼ぶ。だがその声に答えることもできず、俺は新たな可能性について考え込む。

 しかし、その思考も突然飛び込んだ詰問に、霧散することになる。


「──何をしているのです、導師イオン」


 厳めしい顔に訝しげな色を浮かべながら男──大詠師モースは、イオンにそう問いかけた。




               * * *




「導師警護の者達から怪しいものがうろついていると報告を受け来てみれば、お前達か……」
「大詠師モース……」

 俺達は咄嗟に身構えたが、相手の出方がわからない以上下手に動くわけにも行かない。そんな俺達を庇うように、イオンが前に出る。

「モース、彼らは崩落を阻止すべく動いています。それは教団の方針にも何ら反しない……」
「導師イオン。わかっております。──それとネクロマンサー、無意味な行動は慎むのだな」

 モースが手を打ち鳴らすと同時に、礼拝堂のそこかしこから突然人間の気配が現れるのがわかる。

「既にこの部屋は包囲されている。それに……今はお前達を拘束するつもりも無い」

 モースの言葉に、大佐が警戒を完全には解かないながらも、肩を竦めながら譜術の詠唱を止めた。それを見届けると、モースは俺に視線を移す。

「崩落の阻止のために動いていると言ったな?」
「……ああ、そうだ」

 モースの無遠慮な視線が俺の全身を這い回る。ケセドニアであったような形だけの敬語も消え去り、完全に見下すような視線が俺を捉える。苛立ちが沸き上がるのを感じながら睨み返す俺に、モースが更に言葉を掛ける。

「来るべき繁栄のときを向かえるべく、世界を監視する。我らの存在する意味とはそれだ」
「……それがどうしたって言うんだ?」

 意味のわからない話の流れに敵意を持って聞き返すが、モースは淡々と問いかける。

「ユリアの預言を知った今なら、理解できたはずだ。世界の混乱には、お前の存在が影響していると」
「なにが……言いたい」

 ギシリと歯を噛みしめ問いかける俺にも構わず、モースはその言葉を告げる。

「──イレギュラーであるお前が死ねば、世界は正常な流れを取り戻すのではないか?」

 どこまでも端的な問いかけは、俺の心臓を正確に抉った。

「……俺は」

「死にたくないとでも言うつもりか? だがそれを真に思っているのは、果たして誰であったのだろうな。お前に殺されたアクゼリュスの人々か? それとも本来なら崩落するはずのなかった大地が崩落することで、その生を終えた者達か?」

 殺した人々の存在を忘れたことなど無い。例え一瞬であっても、決して有り得ないと断言できる。

 いつも意識のどこかで、その声は俺に囁き続けていた。

「……俺は……俺は……」

 なぜ自分達は死んだ? なんで本来生まれるはずのなかったお前が生きている?  

「全ての犠牲の上に立ち、尚も生き続けるお前は、そんな自分の存在をどう思っているのだ? ぜひとも聞かせてほしいものだな、レプリカルークよ」

 どうして、お前、死んでないんだ?

「──狂った預言に、もはや縛られる意味などありませんわ!」

 響いたナタリアの言葉は、俺の意識に巣くっていた囁き声を消し飛ばした。

 俺を庇うように前に立ち、ナタリアはモースを睨み返している。

「……だが、ユリアの預言に詠まれて居ないものが存在したために、この現状があるのもまた事実だ」
「それは、全ての元凶となったヴァン謡将にこそ帰せられるべき言葉でしょうね」
「ああ。それにルーク一人の存在で破綻するようなら、預言もその程度の存在だったって事だろうな」

 続いて放たれたジェイドとガイの返しに、モースは静かに目を閉じる。

「なるほど……お前達はそう考えているわけか。確かに、そういった考え方もあるだろう」

 予想外のことに、あっさりとモースは引き下がった。

「だが、その想いとて世界が存続しなければ何ら意味がない。だからこそ私は……」

 モースが目を開き、どこまでも静かに、粛々と続ける。

「お前達は、スコアをどう考えている?」

 この場に居るもの達全員の顔を見回し、語り掛ける。

「私の考えはただ一つ。スコアとは──受け止めるものだ」

 自らの胸の前に腕を掲げ、ただ一つの考えを奉じる聖人は、自らの信念を告げた。

「それ以上でも以下でも有り得ない。我等のありとあらゆる行動も、全ては最初から預言に定められていた必然の結果にすぎない。例え僅かばかりの誤差が生じようとも……何も変わらないのだよ。
 ……正式な手続きも踏まず導師に接触した事、今回は見逃そう。直ぐに教団から立ち去るのだな」

 俺達から視線を外すと、イオンに向き直り礼を取る。

「導師も今後は不用意に部外者と接触するのはお止めください。……それでは私はこれで失礼します」

 あとは俺達に一瞥もくれずにモースは去っていった。そんな奴の背中を、俺達は言葉も無く見据え続けた。

 しばらく立ち尽くした後で、再び動き出した俺達の間にも、会話は起こらなかった。

 無言のまま進む皆の最後尾に立って、俺はモースの言葉の意味を考える。

 ──お前の存在が世界の混乱を生み出しているのではないか? 

 たとえ誰が相手だろうが、そうした問いを突き付けられたら……俺は何も言い返せない。

 ナタリアは俺を庇って、狂った預言などもはや関係ないと断言してくれた。そんな彼女の言葉は俺の胸に染み渡って、言葉じゃ言い表せないくらいに嬉しいもんだった。

 だが、それでも、世界の渾沌を生み出しているのが俺じゃないって否定するような理屈は、何一つ見出せていないのもまた、確かな事実だ。

 アクゼリュスの崩落に関しても、俺は未だ何一つ償えちゃいない。自分の軽はずみな行動の結果引き起こされた事態に対して、何一つ清算が出来ちゃいないのが現状だ。

 ジェイドに言わせれば、罪が消えることは有り得ない、とか皮肉でもって返されそうだが、それでも自分が犠牲にした人たちに対して何も報いることができていないこの状況に、歯痒さを覚える。

 その上、この世界の混乱が全て、そもそも俺の存在により生じたもんだとしたら……

 正直……きついよなぁ。

 否定しきれない一つの仮説に、俺は顔を上向け、一人ため息を漏らした。

 やれやれと俺は落ち込んだ気分を紛らわせようと、先を行く皆に視線を巡らせる。

 ふと、ティアの様子がおかしいことに気付く。悄然と肩を落としながら歩く彼女の様子が気になって、俺は気付けば彼女に声を掛けていた。

「大丈夫かよ、ティア? なんか、顔が真っ青だぜ?」

 顔を覗き込む俺に、ティアが少しその瞳を潤ませながら俺から視線を逸らす。

「……ごめんなさい、ルーク。私、大詠師モースの言葉に何も言い返せなかったわ」

 ん、そんなこと気にしてたのか? 俺はひらひらと手を振りながら、彼女の言葉を否定する。

「別に気にする必要はねぇだろ? もともとティアは教団の人間だ。あいつのスコアに対する考え方を尤もだって納得しちまうのも、ある程度はしょうがないって……」

「──違う! そうじゃない……そうじゃないの……私は……」

 声を震わせながら、しかしティアは俺の顔を正面から見返す。

「私は……あなたの存在がスコアを狂わせたという言葉に、確かに一理あると一瞬、納得してしまった。だから、皆があなたの存在を肯定したときも、何も言い返せなかったのよ」

 ……そっか。何かを気にしてるとは思っていたが、そこを気にしてたのかよ。

 なんだかんだ言ってもティアは俺みたいな単純な奴と違って、まず理屈から考えるタイプの人間だ。そんなこいつが、モースの整然とした言葉を聞かされて、ある程度の理屈を認めちまうのも仕方のないことだって俺は思う。

 しかし、わざわざ言わなくてもいいような事を打ち明けるのは、なんともティアらしいと感じてしまう。不器用なまでに、どこまでも生真面目なやつだよ、ホントにさ。

 苦笑が浮かぶのを感じながら、返すべき言葉を探している内に、ティアは更に自分の迷いを口にする。

「私……わからなくなってしまった」
「……うん? 何がだ?」
「スコアは人々が守るべきものだと、私はずっと信じてきた。通常の生誕祭で、死の預言が詠まれないのも、当然のように受け入れていた。それが避け難いものだと思っていたから……けれど」

 彼女はこれまでの自分の行動を振り返り、今の自分の考えとの矛盾を口にする。

「それは崩落が起こるのを知りながら、何もせず人々を見殺しにすることと、何ら変わりない行為だったのかもしれない」

 ──崩落を見殺しにすることも、死の預言を伝えないことも結局は同じ次元の話ではないか?

 アクゼリュスでモースが投げ掛けた疑問が蘇る。あのときは何も言葉を返すことができなかったが、しかしティアの口から伝えられたそれは、あいつの言い放った言葉とは何かが違うようにも感じる。

「ならよ、今はどう思ってるんだ?」
「今……?」
「ああ、そうだ。昔じゃなくて、今はスコアをどう思ってるんだ?」

 意外な問い掛けだったのか、ティアが一瞬きょとんと目を見開く。かく言う俺自身も、何でそんな質問をしたのかよくわからなかったが、気付けばそう問いかけていた。

「今は……そうね、イオン様の考え方に近いかもしれない。決して覆せないものではない、生きる上で与えられた選択肢の一つに過ぎない……そう考えているわ」

 ティアの答えを耳にして、俺はようやく自分でも何が言いたかったのか理解した。

「ティア……お前、結構変わったよな」
「……そ、そうかしら?」
「ああ。変わったぜ」

 口元がほころぶのを感じながら、俺はやんわりと言葉を続ける。

「やっぱり、お前は違うぜ。知りながら動かねえ人間と、知った後で動こうとする人間の間には、絶対的な違いがあるって俺は思うんだ」

 モースやユリアシティの連中は知りながら動かなかった。だが、ティアは違う。預言の裏にあるものを知った後で、自分の考えを変えることができたんだ。過去がどうだろうと、今ここに居る彼女が考えてる事が、何より重要だって俺は思う。

「まあ……俺がそう思いたいだけかもしれねぇけどな」

 二年前の事件、アクゼリュスの崩落。もはや取り返しのつかない、無数の罪の記憶が脳裏を掠める。だが、今はぐだぐたと俺の事情で落ち込んでるようなときではない。被りを振って陰鬱とした記憶を振り払い、その先の言葉を続ける。

「それでもさ、ティアは気付いたんだ。それだけは誰だろうが否定できない。俺はそう思うぜ」

 ティアの顔を見据え、俺は嘘偽りのない本心からの言葉を告げた。

 それに彼女は言葉の意味を噛みしめるように、瞳を閉じる。そして少し間を空けた後で、小さく微笑んだ。

「……ありがとう、ルーク」

 少し頬を染めながら呟かれたティアの感謝の言葉に、俺も急激に顔が赤くなるのがわかる。

 うっ。よくよく考えてみれば、こんな風に誰かを慰めるなんて事は初めての経験だったから、俺としても何だか気恥ずかしいもんを感じてしょうがない。

「い、行こうぜ」
「そ、そうね」

 なんだか理由のわからない居心地の悪さを感じながら、俺達は強引に話を打ち切り、少し先を行く皆に追いつくべく、足早に動き出すのであった。




               * * *




 イオンと教団の正面口まで移動したところで、一人の詠師がこちらに駆け寄って来るのが見える。

「導師イオン! お捜ししておりましたぞ!」
「詠師トリトハイム。すみません、礼拝堂で少し確認したいことがあったので……」

 申し訳なさそうに謝るイオンに、トリトハイムは憮然と顔をしかめる。

「導師としてのお勤めは如何なさいます。処理していただきたい案件が多数残っているのですよ。まったく……ん?」
「どうしたのですか?」

 突然俺達の居る方を見据え、顔を強張らせたトリトハイムの行動に、イオンが怪訝そうに問いかけた。

「いえ……実は彼らに異様な音素の高まりを感じとり、少し気になったので」
「なんだそりゃ……?」

 あんまりにも曖昧なトリトハイムの物言いに、俺は思わず突っ込みを入れていた。

 ……ん、待てよ? 異様な音素の高まりって……ひょっとして……それは……

「……こいつのことか?」

 ガサゴソと道具袋を探って取り出した杖を見せた瞬間、トリトハイムが目を見開いて呻く。

「なんと……強力な音素……しかし、こ……これは! この杖をどこで手に入れたのです!」

 激しい勢いで詰め寄って来るトリトハイムに、俺達は少し困惑しながら言葉に詰まる。そんな俺達に代わって、イオンがトリトハイムを宥めるように、静かに言葉を掛ける。

「詠師トリトハイム。この杖が何か……?」
「う……うむぅ。まぁ、今となっては話をしても構わぬか……」

 少しの間腕を組んで考え込んだ後で、トリトハイムはその口を開く。

「その武器は惑星譜術の触媒と言われているものです。惑星譜術とは創世暦時代に考案された大規模譜術であり、このオールドラントの力を解放すると言われています」

 惑星……譜術? なんだか、急に話が随分とデカイもんに移ったな。

「オールドラントの力を解放するとは、どういうことなのでしょう?」
「星の質量をぶつけると言われていますが、正確な効果の程はわかりません。なんでもこれが使われる前に譜術戦争──フォニック・ウォーは終結したと言われているので」

 ……なるほどな。六神将が触媒を集めていたのは、その惑星譜術の復活が目的だったのか? 

 考え込む俺達を余所に、イオンが自分の知らなかった事実に対して、不可解そうにトリトハイムへ問いかける。

「しかし、トリトハイム。どうしてあなたはそこまで詳しいのですか?」
「うむぅ……実は、この惑星譜術に関する資料がユリアシティで発掘され、前導師エベノスの手で密かに復活計画が進められていたのですよ」
「前導師が……?」

 思わぬところで拾った情報に、俺達の関心が更に強まる。

「ええ。なんでも発動には創世歴時代に造られ、集合意識体を使役するために用いられた六つの触媒──レムの力を操るための奏器が三種、シャドウの力を操る奏器が三種必要となる……ということらしいです」

「へ? 六属性の触媒を一種類ずつじゃなくてか?」

 ラルゴの振るった第五音素の力を思い返し、思わず疑問が口をついて出る。

「む、なにか知っている事柄と相違があったようですね。実を言うと、詳しいことは私にもよく分かっていないのですよ。惑星譜術計画の責任者であったオラクルの騎士は、資料を処分して教団を辞めてしまったし、エベノス様も亡くなられたので……」

 責任者は教団を止めちまってるのか。しかも、資料は残っていないと。

 まあ、残された手がかりが少ないのは残念な話だが、それでも惑星譜術の存在と、触媒が六つあるって情報を聞けたのは運がよかったかもしれない。ヴァンの奴らがいろいろと動いているなら、教団に残っていた資料があったとしても、外に出ないよう抱え込まれちまってる可能性も十分に考えられたのだ。

「結構、重要そうな情報が手に入ったよな」
「ええ。兄の目的が何かわかるかもしれない」

 小声で言葉を交わす俺達に、イオンが小さく頷いて更に詳しい話を聞き出そうと質問を続ける。

「トリトハイム、その人がどこに行ったかわかりますか?」
「なにか気になることがありましたかな? ならばケテルブルクへ行ってみるのがいいと思われます。残念ながら、既に責任者は亡くなっているそうですが、ともすれば何か手がかりが残っているかもしれませぬ」
「その責任者だったという方の名前は?」
「ゲルダ・ネビリム響士と言うそうです」

 トリトハイムの口にした名前に、俺は何か既知感を覚える。

「……ん? ネビリム……?」

 どっかで聞いた名前のような……? 一人首を捻って記憶を探るも、俺が何かを思い出す前に、トリトハイムがイオンに向き直る。

「ともかく、導師のお知り合いでしたら安心でしょうが、仮に惑星譜術の復活が成せたとしても、軽はずみな使用はくれぐれも控えて下さい。それでは導師、なるべく早く執務室へお戻り下さい。私はここで失礼します」
「ええ。いろいろとありがとうございました、トリトハイム」

 イオンの礼に構いませんと一礼すると、トリトハイムはこの場を去った。

 彼の背中を見送った後で、イオンが再び俺達に向き直る。

「僕は引き続きダアトで、ヴァン達の集めていたものについて探ってみるつもりです。前導師が研究していた事柄なら、僕にもある程度の情報が集められると思いますから」

 イオンは毅然とした決意を瞳に宿し、俺達に自分がどう動くつもりなのか伝えた。そんなイオンの様子に、こいつが導師として自分にできることを行い、世界の混乱に対処しようという意気込みを感じる。

「まったくよ、モースに言われるままダアトに帰ったのかと思えば、最初からそういうつもりだったのか。イオンがいろいろと考えてたのは知ってたが、誰にも相談しないで一人で突っ走りすぎだぜ」
「……ルーク。すみません」

 申し訳なさそうにしゅんと肩を落とすイオンに、俺は苦笑を浮かべる。俺はあの夜交わした会話を思い起こしながら、イオンの頭をくしゃくしゃと撫で回す。

「ま、イオンは自分にしかできないことを見つけたんだな。なら、俺から言うことは何もねぇよ。資料探し頼んだぜ、イオン」
「はい! 僕は僕なりに崩落に対処してみるつもりです」

 そう笑いかけると、イオンはアニス視線を向ける。

「アニス、皆さんをよろしくお願いしますね」
「任せて下さい! 皆どこか抜けてますから、わたしがしっかり締める所を締めて見せますよ♪ あと……イオン様も、総長達の動きには十分気を付けて下さいね」
「ええ、わかっています。皆さんも、どうか気を付けて」

 最後にそんな言葉を掛け、イオンもまた俺達に背を向けた。

 そんなイオンの背中をアニスがいつまでも名残惜しそうに見送っているのが印象的だった。

 しばらく別れの余韻に浸っていると、現実的なティアと大佐が今後の予定を話し始める。

「六神将が集めていた響奏器は、単に集合意識体の使役に用いられる触媒ではなかったということでしょうか?」
「そうですねぇ……あまり気は進みませんが、一度ケテルブルクへ行ってみる必要がありそうだ」

 ティアの推測に、大佐が眼鏡を押し上げ応じた。

 集合意識体を使役する響奏器ってだけじゃなく、六本集めることで一つの意味がある惑星譜術の触媒か。しかし、そうなってくると、俺達がディストから杖を奪えたのも運がよかったのかもな。

「ともあれ、まずはイオン様に渡された禁書を解読するとしましょう。やれやれ、これは意外と時間がかかりそうですねぇ」
「解読ってダアトでするのか? それって……大丈夫かよ?」

 いつ六神将が戻ってくるともわからない場所で、悠長にそんな作業してて大丈夫なのかと心配になるが、ジェイドは安心しろと言葉を掛ける。

「今のところオラクル騎士団はモースが統制しているようですし、ヴァン謡将と彼の目的が合致でもしない限り、六神将も迂闊にダアトに戻ることはできないでしょう。それに、先ほどのモースの様子を見る限りでも、私達に無駄な襲撃を仕掛けることはしないでしょうしね」

 おそらく大丈夫でしょう、とジェイドは肩を竦めて見せた。

 そんなものだろうか? 大佐の説明に俺は首を捻るが、皆は納得したようだ。まあ、確かにモースの言葉を聞く限り、ヴァンに協力するとは思えない。ひとまずは安心ってことか。

 俺達はジェイドの解読のために、ダアトの宿屋に向かうのであった。


 こうして、俺達はダアトで一日を過ごし、ジェイドの解読が終わるのを待った。


 翌日、解読を終えた大佐は本に記されている音機関の復元に、計算機に精通した技師達の協力が必要不可欠だと述べた。それにガイが計算機ならベルケンドの技師達が一番詳しいだろうと提案し、俺達はベルケンドに向かうことになった。

 ダアトの街並みを背にしながら、俺達は旅立ちの準備も終え、ダアトを後にしようとしている。

 最後の見納めとばかりに、俺は教団の本部が存在する建物を見上げる。

 ……結局、おっさんに会うことはできなかったな。

 二年前、何も告げず街を去ったおっさん。寮の管理者はダアトに転属になったと言っていたから、ヴァンの奴に聞けば、この二年の間も今どうしているかぐらいのことは簡単に聞き出すことは出来ただろう。しかし、俺はこの二年の間、それをしようとは思わなかった。どうしても一つの可能性が打ち消せなかったからだ。もしかしたら、俺という存在はおっさんにとって……

「──ルーク?」

 ティアが不思議そうに声を掛けて来た。

 周囲を見回すと、既に皆が動きはじめているのがわかった。一人動き出さない俺に気付いて、不審に思ったんだろう。

「どうかしたの?」

 続けて尋ねて来る相手の顔には、少し心配そうな色が浮かんでいた。どうやら傍目にもわかるくらい、様子がおかしくなっていたようだ。

「……いや、別になんでもねぇよ。少し、昔の事を思い出してただけさ」

 心配そうに見据える相手に、俺は言葉短く答えた。

 荘厳な教団の建物を見上げながら、口の中で繰り返す。

「今更どうにもできない、昔の事を……な」

 活気に満ちた都市の中で、俺は一人過去を見据える。

 頭を下げることすら許されなかった、自らが犯した罪の記憶に──

 言葉に仕切れぬ想いを込めて、小さく言葉を洩らした。



  1. 2005/07/31(日) 01:24:15|
  2. 【家族ジャングル】  第五章
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