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 ──白の聖都──


 ローレライ教団という組織を一言で表すなら──それは巨大であるという一言に尽きる。

 オールドラントが誇る二大大国たるキムラスカランバルディア王国とマルクト帝国、それに宗教自治区を備えるローレライ教団を加えた三大勢力が、現在世界を分割統治していると言っても過言ではない。

 そんな強大な権威を誇る教団だが、その組織は複雑で、構成員も多岐に渡っている。

 まず一般的に誰もが思い浮かべるであろう教団信者達とは、必ずしも教団に属するものではない。各国に設置された教会を時折訪れる、どこにでも居るような領民が、そうした信者達の大半を占める。

 対して、宗教自治区に暮らす信者達はまさに教団に全てを捧げた人間と言っても過言ではない。自給自足の暮らしを自らに課し、スコアへの祈りを日々の糧としている。

 また、教団という組織を語るに当たって欠かせない存在として、神託の盾──オラクル騎士団の存在があるだろう。彼らは教団に支払われる莫大な寄付金を基に組織運営され、教団の目指す秩序を実現すべく日々訓練を重ねている。

 西に魔物に困る人々が居れば剣を持って駆けつけ、東に災害に苦しむ人々が居れば援助を持って手を伸ばす。

 そんな真摯に預言への祈りを捧げ、教団の為に日々奔走するオラクル騎士団にあっても──忌ま忌ましいことに──当然型に収まり切らない、常軌を逸した人間というものは確実に存在する

 全ては、現在から遡ること二年前、一人の愚か者がダアトに舞い戻った時点から始まった。

 これから語る話には、そんな規格外という形容が相応しいと言うしかない、どこか決定的に〝踏み外してしまった者〟ばかりが登場する。

 誰もが不遜な態度で預言を軽んじ、世界に対して深い絶望を抱き、その内に消えるこの無い憎悪の焔を抱え続け、果ては禁忌に手を伸ばすことさえ厭わないと口にする──咎人だ。

 そんな罪深き咎人達に、私が掛けるべき言葉があるはずもなく、関わり合いを持つ理由もまた、何一つ存在しない──はずだった。

 ただ、聖句を唱え、偉大なる始祖に祈りを捧げ、絶対的なる預言のままに動く世界を眺める。

 それだけで、私は、十分だった。

 満ち足りていたのだ。

 私は、

 決して、

 知りたくなどなかった。


 この世界が■■■ッ──ッ──■■■■■──……………………………………………………………

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…………………






















                  Tales of the Abyss

                  ~家族ジャングル~






















                ──聖なる哉、聖なる哉──






















 【異端の交わす杯】




「あぁー……ダリィ」

 書類の積み上げられた執務室にあって、その男はひたすらダラケきっていた。左手にはビール瓶が握られ、右手にはグラスが握られている。並々と注がれた液体が音たてながら泡を弾けさせ、冷えきったグラスに霜を降ろす。

 無精髭の生え揃った口元にグラスを近づけ、くいっと傾ける。

「ぷはぁ……くぅ──もうこの一杯のために生きているって感じだわなぁ」

 無精髭の男が腰掛けるソファーの対面、書類の積み上げられた長机の方から悲鳴が上がる。

「し、師団長ーっ! たまに顔出したんですから、少しは仕事を手伝って下さいっ!」

 しかし、無精髭の男は一切の声を無視してグラスを傾け続ける。

 これなら机にたまりたまった書類が、ちょっとした山のようになって、こんもりと積み上げられている状況にも、大多数の者達は違和感を覚えることなく、それも当然と納得してしまうかもしれない。

 しかし、如何に無精髭の男が仕事をさぼろうとも、その執務室に積み重ねられた書類の量は異常なものがあった。

 もちろん、こんな状況が出来上がったのにも、当然それなりの理由というものがある。

 それを説明する前に、まず彼らの所属する組織──オラクル騎士団について、少し述べておきたい。

 オラクル騎士団は主に六つの師団を持って構成されている。それぞれ師団長によって統制され、その編成は以下の様なものになっている。

 第一師団の人員は約6000名、師団長には黒獅子の名を冠するラルゴ謡士。
 第二師団の人員は約6000名、師団長には死神の忌み名をいだくディスト響士。
 第三師団の人員は約20名で、師団長には妖獣と畏怖されるアリエッタ響手。
 第四師団の人員は約2000名、師団長には魔弾の異名を誇るリグレット奏手。
 第五師団の人員は約2000名、師団長には烈風と称されるシンク謡士。

 そして最大規模を誇る第六師団──約8000名もの人員を束ねる師団長は、長らく空席であった。

 しかし、今から遡ること数カ月前、この第六師団長に、突如一人の人物が任命された。

 その人物の名は、アダンテ・カンタビレ──

 かつてダアトの学会でその悪名を轟かせた、異端の研究者の名前であった。

 何故このような人事がなされたのか? 教団員は誰もが憶測を交わし合い、到底認められた者では無いと影で囁くものや、公然と批判を口にするもの、果ては上層部に撤回を直訴する者まで現れる始末。事態はいよいよ収拾がつかなくなるかと思われた。

 しかし、ただ一人の人物の一喝を持って、全ての騒動は立ち消える事になる。

 オラクル騎士団を統括する主席総長、ヴァン・グランツ謡将は次のように述べた。

 曰く──彼の者を異端と見なす者達よ、聞け。貴殿らの口にした悪意ある言葉は、全ては自身に帰せられるものである──と。

 大多数の教団員は、この言葉に己の言動を恥じ、それ以上批判を口にすることは無くなった。

 それも表向き、ではあったが。

 やはり、主席総長からの達しがあったとは言っても、教団員達の反感を完全に抑え切れるはずもなく、むしろ批判を表立って口にすることができなくなった分、より陰湿なものとして、この新たな第六師団長への不満は噴き出した。

 各師団に均等に割り振られるはずの任務が、明らかに困難で時間の掛かるものから、取るに足らない雑事に至るまで、ありとあらゆる任務が怒濤のごとく、第六師団に押し寄せた。

 当初、こうした嫌がらせを始めた者達の思惑としては、この第六師団長があまりの任務の多さに、泣きついて来るのを期待していた節がある。

 しかし、新たに着任したばかりの第六師団長に、割り当てられた任務が異常なまでに多いことなど当然わかるはずもなく、彼はあっさりと受け取り──さらにまずいことに、処理しきってしまった。

 こんなもんでしょうかね? 報告書の末尾には、そんな挑発じみた言葉が添えられていたという。実際は言葉通りの意味で、仕事の出来を尋ねて居たのだが、誰もそうは取らなかった。

 これを自分達への挑戦と受け取った教団員達はますます意固地になって、第六師団に任務を割り当てる。第六師団長はそうした悪意に気付くこと無く、さすが教団本部の人間は仕事に熱心だなぁと的外れな感想を抱きながら、任務を処理し続ける。

 かくして、決壊した河川に押し寄せる洪水のごとく、第六師団には日々膨大な量の任務が押し付けられるという、今の様な状況が出来上がったというわけだ。

 ……まあ、実際に苦労しているのが誰かと言えば、それは件の第六師団長では無く、主に彼の部下であったというのが、なんとも涙を誘う話だ。

 そんな現状の元凶にして、今日も今日とてノラリクラリと杯を傾け続ける第六師団長に対して、彼の哀れな部下がもう嫌だと悲鳴を上げる。

「ぼ、僕にだって処理能力に限界はありますっ! て、手伝うぐらいして下さいっ、カンタビレ様!」

 何度も上がる悲鳴をさすがに無視できなくなってか、第六師団長──カンタビレは顔を机に向けた。

「やれやれ、ライナー君。僕ぁ思うんだよ」
「な、何をですか?」

 聞き返す声に、カンタビレはよくぞ尋ねたとばかりに、ぴしりと指を突き付け、最低の言葉を返す。

「仕事とは、サボる為にある。うーむ、これって名言じゃねぇ?」
「ひぃ────んっ!」

 結局、全ての仕事が片付くには、悲鳴の主が徹夜で手を動かし続けなければならなかったのだが、その間、本来その仕事を行わなければならなかった人物が何をしていたかと言えば……

「かぁ──うめぇ……っ!」

 ……まあ、多くは語るまい。


 ともあれ、これが新たに第六師団長となった人物──異端のアダンテ・カンタビレの日常であった。




【獅子の洩らす吐息】




 ───更に遡ること数カ月程前。


 ラルゴは突如招集された各師団長の面々の様子を伺いながら、改めて考える。

 自分達は一般的な信者達とはどこか一線を画してると。

 見た目年端も行かぬような者から、常に仮面を付けた怪しい風体の少年、果ては自分のような素性も知れぬ無頼漢に至るまで、よくぞ集めたと称賛したくなるほど、組織の内には到底収まり切らないような人材ばかり集められ、師団長に据えられているのだ。

 こうした集団は本来であればまとまりを持つのを待つまでも無く、瓦解するのが自然な流れなのだが、それも一人の男のカリスマによって統制されている。見事なものだと、ラルゴは自らが忠誠を捧げる相手に抱く畏怖の念を新たにする。

「ところでさ、特務師団長の姿が見えないけど?」

 シンクの言葉に、ラルゴは我に返り、周囲を見渡す。確かに、この場に集められたメンバーにアッシュの姿は見えない。

「──アッシュにはしばらくの間、外へ出て貰っている」

 騒めく場に、その言葉は投げ込まれた。

「閣下に敬礼っ!」

 副官たるリグレットの掛け声を合図に、それぞれが新たに現れた人物に思い思いの敬礼を捧げる。

「少し待たせたようだな。皆の者、すまない」

 敬礼の先に佇む相手は、自分達師団長を統制する者にして、軍の頂点に位置する存在、オラクル騎士団主席総長、ヴァン・グランツ謡将の姿があった。

「今回お前達を招集したのは他でもない、これよりお前達の同僚となる、新たな師団長を紹介するためだ」

 総長から語られた初めて耳にする情報に、ラルゴは少し驚きを覚える。それは他の面々も同じようで、特に参謀を勤めるシンクなどはどこか胡散臭そうに口元を歪めている。

「新たな師団長って、名目だけの師団長をこれ以上増やされても困るんだよね、ヴァン」

 皮肉を口にしながら、シンクは集められたメンバーの一人、ピンク色の髪をした小柄な少女──アリエッタに顔を向ける。

「し、シンクひどいっ! アリエッタ、名目だけの師団長じゃないもんっ!」
「どうだかねぇ。それに僕はなにもお前がそうだとは一言も言ってないけど。名目だけだって自覚があるってことじゃないの?」
「うっ……うう、シンクの意地悪っ!」

 言い争う二人に、ラルゴは頭痛を感じながら割って入る。

「シンク、さすがにそれは言葉が過ぎるぞ。アリエッタの魔物使いとしての能力は侮れぬものがある」
「そんなことはわかってるよ。……まあ、魔物の力は認めてあげるさ」
「うぅ……」

 あくまで皮肉を止めないシンクに、アリエッタが涙目になってシンクを睨む。

 いつからオラクル騎士団は保育所になった? ラルゴは肩にずしりとのしかかる疲労の重みを感じながら、それでも生来の面倒みの良さから他の者達のように無視もできず、アリエッタに向けて口を開く。

「そう自分を卑下することはないぞ、アリエッタ。お前の力は、この黒獅子ラルゴとて認めるものだ。俺が言うのも何だが、誇っていい能力だ」
「ラルゴ……あ、ありがと……」

 照れたように頬を染め、顔を俯けるアリエッタに、ラルゴは彼女の頭を撫でることで応じる。ふと、もはや顔も思い出せない一人娘の事が脳裏を過るが、すぐにそれも消え失せる。同時に、胸の内で消える事無く燃え続ける世界への憎悪を確認し、自分が未だこの感情を忘れていない事実に安堵する。

「では、これより第六師団長となる者から就任の挨拶をして貰う。──入って来い、カンタビレよ」

 総長の呼び掛けに、扉が音を上げ開かれ、一人の男が部屋に足を踏み入れた。

 どこか虚無的な空気を漂わせる男だった。無精髭の生える口元を面倒臭そうに引き結び、注がれる視線にも臆することなく、むしろ反対にこちら側を観察するような瞳を返す。着ているのは自分達と同様、師団長のみが着ることを許される黒色を基調とした教団服だ。

 男は総長の隣に立つと、頭に手をやりながら、がしがしと髪をかき上げる。

「あー……総長から紹介があったとは思いますが、僕が今日から皆さんの同僚になるアダンテ・カンタビレってもんです。まあ、僕は基本的にクソ弱いんで、あんまり戦闘任務じゃ力になれないと思いますんで、予め了解しといて下さい。あと、僕は教団の人間って基本的に大嫌いなんで、そこんとこもよろしく。以上」

 言いたい事は言い切ったと、あっさり口を閉じるカンタビレの挨拶に、ラルゴ達は呆れ果てた。

 仮にも先任に当たる自分達に、ここまでとんでもない言葉をぶちまける者が居るとは思わなかった。ラルゴは呆れるのを通り越して、むしろどこか感心するものを感じながら新たな同僚に視線を向ける。

「……まあ、このような奴だ。口は悪いが、それほど性根の曲がった奴でもない。くれぐれも宜しく頼む」

 苦笑を浮かべる総長に、カンタビレが肩を竦める。

 ……なるほど、こいつもまさに規格外というしかないな。

 ラルゴは彼が師団長に据えられたことに、ある種納得するものを感じながら、同時に別のことを思う。

 もう少しで良いから、総長も人格面を考量して、師団長の人選をして欲しいものだ。

 そんな叶うはずもない願いを胸に抱き、ラルゴは密かにため息をはくのであった。




【仮面の抱く呆れ】




 シンクは紹介された新たな師団長の就任挨拶に、また馬鹿なやつが来たものだと呆れ果てた。

 参謀も兼任するシンクにとって、あまり使い物にならないような人物に対して、協力の見返りに師団長の座を渡すような行為は、もう止めてほしいというのが正直なところだった。だがヴァンの決定した人事である以上、シンクに異を唱えることはできない。

「また、本人からもあったように、カンタビレは指揮に関して素人だ。故に、副官としてディストの方からライナーを持ってこようと思っているのだが、どう思う?」

「承知いたしました、総長」

 過剰なまでに丁寧な動作でディストは礼を取ると、続いてカンタビレに視線を向ける。

「しかし……カンタビレ、ですか。なるほど……あなたが……あの」

 ディストにしては珍しく、人間に興味を抱いているようだ。シンクはあまりの意外さに問いかける。

「珍しいね、あんたが人間に関心を持つなんて」
「いえ、彼の名前に少し聞き覚えがあったもので……ねぇ」

 ニヤニヤと陰湿な笑みを浮かべるディストの言葉に、カンタビレが顔をしかめるのがわかった。

 ……ふん。こいつも訳ありってことか。

 カンタビレの様子になにかを察して、シンクは鼻を鳴らして唇を吊り上げる。そんなシンクの様子に気付いていながら、ヴァンはあえてそれを無視して、声を掛ける。

「シンクもカンタビレを気にかけてやってくれ」
「まったく……僕の負担も少しは考えてほしいね、ヴァン」

 シンクの遠回しな拒絶にも、ヴァンただその口元に苦笑を浮かべるのみだった。

「まあ、もう就任した以上、今更言っても仕方ないけどさ」

 やれやれと首を振ってヴァンからの申し出を了解した際、シンクはカンタビレが自分をじっと見据えていることに気付く。

「なにさ?」
「……いや、一つ聞いて良いか?」
「それが意味ある質問ならね」

 意味のない質問だったら許さないと暗に示した答えにも、カンタビレは躊躇う様子も無く、間髪入れずに口を開く。

「その仮面はアレか、趣味なのか?」

 場の空気が、凍りつく。

 シンクの身体から殺気が漏れ出し、周囲に叩きつけられる。

 基本的に六神将の過去を詮索することは最大級の禁忌とされている。そんな禁忌をあっさりと踏みにじり、臆面もなく問いかけたカンタビレはと言うと、変質した場の空気に気付いた様子も無く、一人ぶつぶつと口元で呟きながら、しきりに首を捻っている。

「まあ、そうだな。趣味は人それぞれだし、いいけどな」

 カンタビレは勝手にそう結論付けると、話を終えた。

 沈痛そうに額を押さえるヴァンや他の師団の面々に気付いた様子も見せず、カンタビレは尚もちらちらとシンクの仮面に向けて、興味深そうに視線を寄越す。

 ──こいつ、やっぱり馬鹿だな。

 それが、シンクがカンタビレに抱いた第一印象であった。




【妖獣の零す涙】




 新たに着任した師団長に対してアリエッタが抱いた感想とは──怖い人、である。

 ……まあ、初の顔合わせで、いきなりあんなことを言われれば、それも当然かもしれない。

 ともかく、アリエッタはカンタビレに、あまり良い印象を持てなかった。

 そもそも、自分は同僚である他の師団の面々ともあまり仲は良くない。例外的に、よく自分に気をつかってくれるラルゴのことは好きだが、それ以外の者達となると、やはり苦手としか言いようがない。

 もともと魔物と育ったアリエッタにとって、人と接することは極度の緊張を強いる行為であり──ときに恐怖すら伴う行為だった。

 そうした思いがある程度改善されたのは、自分が導師守護役に任命されてからだった。最初は酷い事も言われたりしたが、自分にだけは本音を洩らしてくれるイオンのことが、アリエッタは大好きだった。彼と接する内に、他の人間との接触することもあまり苦痛ではなくなっていった。

 魔物使いとしての能力を買われ、いつしか導師守護役だけでなく、師団を任されるようにもなった。

 もっとイオンの役に立って見せると、アリエッタは慣れない事にも果敢に取り組み、日々を楽しく過ごしていた。

 変化が起きたのは、つい最近のことだ。

 病気で一年ほど寝込んでいたイオンが突然回復し、以前とはうって変わって公の場に顔を出すようになった。自分からどこか遠く離れた位置へと、一人歩き出したイオンに、少し寂しいものを感じながら、同時に彼の病気が治った事を心の底からうれしく思っていた。

 しかし、そんな彼との繋がりも、今は絶えてしまった。自分は突然、導師守護役を解任されたのだ。

 あまりに突然の辞令にびっくりして、アリエッタはイオンの下に駆け込み、その真意を問い詰めた。しかし、彼はどこか哀しげな色を瞳に宿し、以前とは違い、どこかよそよそしい態度で、建前の言葉を口にするのみだった。

 彼の態度にアリエッタはショックを受け、それ以上解任の理由を尋ねることはできなくなっていた。

 それに……ある一つの考えを、どうしても打ち消すことができなかった。

 イオンは唯一、自分が魔物を操ると知っても、恐れを抱かずに接してくれた人だった。だが、もしかしたら、心の底では、イオンも自分に恐怖を感じていたのではないか? 身体が自由に動かせるようになったことで、その恐怖が表面化したのではないか?

 彼は──自分を恐れ、傍から離れていったのではないだろうか?

 以来、アリエッタは以前にも増して、人と接する事が苦手になった。

 それでも、一度絆を結んでしまった経験から、自分の事をまだあまり知らず、恐れる下地の作られていない人間に会う度に、ある種の期待を抱く事が止められなかった。

 もしかしたら、昔のイオンのように、自分と接してくれる人が、再び現れるかもしれないと。

 チラチラと胸に抱いた人形越しに、視線を寄越すアリエッタの存在に気付いて、カンタビレが眉根を寄せる。

「……総長、なんで子供がここにいるんですか?」

 カンタビレの言葉に、アリエッタは顔を真っ赤にして叫ぶ。

「アリエッタ、子供じゃないもん!」
「はははっ──!」
「むん……」

 シンクが傑作だと皮肉げな笑い声を上げ、ラルゴがそう思うのも仕方がないかと苦笑を浮かべる。

「……あー、まあ、そう言い張りたくなる年頃だってことか。まあ、すまんな、嬢ちゃん」
「うぅ…………っ! ち、違うもん!」

 ポンポン頭を撫でて来るカンタビレの腕を無理やり振り払って、アリエッタは目尻に浮かんだ涙を拭いながら、相手の顔を睨み付ける。しかしこの相手はまるで怯んだ様子も見せず、肩を竦めている。

 ──やっぱり、この人、嫌いですっ!

 アリエッタはカンタビレの変わらぬ態度に、ますます意固地になって、抗議の声を上げるのであった。




【異端の見据える闇】




 なんとも個性的な奴らばかりだったな。先程まで顔を突き合わせていた六神将達の様子を思い返しながら、アダンテ・カンタビレは先を行くヴァンの後に続いて、二年ぶりの教団本部を歩く。

 かつてと何ら変わることない、どこまでも閉鎖的な教団内部をアダンテは苦い思いを抱きながら見渡す。見慣れぬ自分が師団長のローブを身に纏っていることに気づいてか、すれ違う者達は一様に、不可解そうな視線を自分に向けて来るのがわかった。

 ……やれやれ、自分の名前が知れる前ですらこれだ。いったい名前が知れたら、どうなることやらね。

 今後の事に想いを巡らし、アダンテはげんなりと顔を引きつらせた。

「ふむ。着いたぞ」

 ヴァンの言葉に、カンタビレは我に返る。

「ここが、今後お前の詰めることになる場所だ」

 指し示されたのはかなり広いオフィスだった。事務仕事用の長机の他に、簡単な応接用のソファーまでもが設置されている。そんな中でも、特にアダンテの目を引いたものがあった。

「へぇ……結構いい機材が揃ってますね」

 フォンディスク解析機や、入力端末などまでもが設置されている。個人に用意される設備としては、かなり破格なものだ。感心しながらさっそく手を伸ばすアダンテにも、ヴァンは大したことではないと鷹揚に頷き返しながら、話を続ける。

「書庫の方にも、いつでも入れるよう手配しておいた。さらに申請すれば、禁書の閲覧も可能だ」
「……いいんですか、禁書なんかを僕が見ちまっても?」

 本来なら教団においても詠師職以上にしか公開されていない書物だ。あまりの待遇に疑念を洩らす自分に、ヴァンは不敵に笑って見せた。

「ふっ……そうでなければ、意味は無いからな。お前に、まずこれを預けておこう」

 差し出されたのは一本の杖だった。錫杖のように列ねられた無数の輪がしゃりんと澄んだ音を立てる。

「この杖は……ん? なんか、異様に第一音素の含有率が高そうな杖ですね」

 受け取った杖を適当に見返しながらも、適格な分析を口にするアダンテに、ヴァンがどこか満足げに重々しい頷きを返す。

「前導師の時代に、教団が発掘した、創世歴時代に造られし響奏器の一種だ」

「なんか……随分と特殊な形式ですね。単に集合意識体を使役するってわけじゃないでしょ?」

「……さすがだな。この杖と共に発掘された資料には、これが特別な目的の為に造り上げられた六本の奏器──惑星譜術の触媒に用いられるものの内の一本だと、書き記されていた」

 ヴァンの告げた言葉に、アダンテは眉を潜める。

「惑星譜術って言うと……確か創世暦時代に考案された大規模譜術でしたっけ。……随分と物騒なもんですね」
「どれほどの力を秘めていようが、所詮道具に過ぎん。物騒かどうかも、結局は扱うもの次第だろう」

 口にした懸念をあっさりと切り捨てるヴァンに、アダンテも特に拘るでもなく、肩を竦めて応じる。

「ま、確かにそうですね。それで、僕はいったいこいつで、何をすればいいんですか?」

 単刀直入に尋ねるアダンテに対して、しかしヴァンは更に前提となる話を続ける。

「お前は論文において、地核より噴き出す記憶粒子──セルパーティクルの流れを制御するパッセージリングと、この惑星を取り巻く音符帯から特定属性の音素を大量に集束し、集合意識体を使役する響奏器……これらの間にはその機能においても、多数の似通った点が存在すると述べていたな?」

「ええ……確かにそうですけど、それと今回の話がどう繋がるんですか?」

 まだ話が掴めないと首を捻るアダンテに、ヴァンは杖に視線を降ろす。

「響奏器の中でも、惑星譜術の触媒はいささか偏った性質を備えているらしくてな。これまでこの杖を分析した研究者達は一様に、地核に対する親和性に優れていると述べていた」

「地核に対する親和性……ってことは、似た点があるどころの話じゃなくて、ほぼパッセージリングと同じような機能が、惑星譜術の触媒にはあるってことですか?」

 少し驚きながら問い掛けたアダンテに、ヴァンは緩やかに首を頷かせた。

「その通り。上手くやれば、パッセージリングそのものと同調させることすら可能な程に……な。
 この分析をお前はどう見る、アダンテよ」

 どこかこちらの反応を試すように投げ掛けられたヴァンの問いに、アダンテは一瞬思案した後で、すぐに自分の結論を口に出す。

「確かに……惑星譜術はオールドラントの力を解放するとか言われてるぐらいですからね……地核にも関わりは深い。実際に分析してみないと断言はできませんが、そう見当外れな分析でもないと、自分も思いますよ」

 おそらく間違っていないだろうとアダンテが保証すると、ヴァンはようやく本題を告げる。

「ならば、私はお前に命じよう。アダンテよ、お前はこの杖を基に、パッセージリングと奏器の同調研究を進め──地核に沈んだと言われしローレライの鍵を、この地上へと引きずり出す方法を考案しろ」

 あまりに突拍子も無い要請に、アダンテは目を見開いて、一瞬絶句する。

「……そりゃ……また、随分と、とんでもないこと、要求しますね」

 辛うじて言葉を絞り出しながら、しかし頭の中では要求された事柄が実現できるかどうか、真剣に検討してみる。

「……そもそも、ローレライの鍵、それ自体が本当に存在しているかどうかすら定かじゃないと思うんですけど……」
「いや、鍵は存在する」

 即座に断言するヴァンの様子に、アダンテは違和感を覚える。

「どうして……そこまで言い切れるんですかい?」
「……それに関しては、今はまだお前が知る必要はない。ある程度研究が形に成り、実験の見通しが立った段階で……そうだな、お前には、話すことになるかもしれんな……この世界の真実を……」

 何かを考え込みはじめてしまったヴァンの姿を見て、アダンテも肩を竦めて見せる。

「まあ、無駄に機密知らされて、面倒なことになるのは僕も御免ですから、別にいいですけどね」

 階級に応じて情報が制限されるのは当然のことなので、アダンテも特に拘るでも無く、それ以上訊くのを止めた。

「しかし、ローレライの鍵のサルベージねぇ……やっぱ、鍵が存在することを現物で証明することで、間接的にローレライの存在も証明して、教団の権威を高めるのが目的とかだったりするんですか?」

「ふっ……おそらくは、そういうことになるのだろうな」

 どこか意味深な言葉を返し、ヴァンはなにかを嘲るような笑みを浮かべて見せた。だが、すぐにその笑みも消え、いつもの表情に戻る。

「私がお前に直接要請する事は、それだけだ。他にも教団上層部から各師団に割り当てられる仕事もあるだろうが、お前は研究の方を優先して取り組んで貰いたい」
「──了解です、総長。まあ……まだ断言はできませんが、なんとかしてみせますよ」

 どこか気楽に請け負うアダンテに、しかしヴァンはどこまでも昏い色を宿した瞳を向ける。

「……お前には期待しているぞ、アダンテ」

 アダンテの肩に手を置き、囁くように言い添えると、すぐに身体を離す。

「詳しい引き継ぎに関しては、後日改めて指示を下そう。今日の所は道中の疲れを癒すが良い」

 ではな、と言葉を残し、あっさりとヴァンは部屋から立ち去った。

 一人部屋に残されたアダンテは、椅子に腰掛け、全身から力を抜いて、天井を仰ぐ。

 染み一つない天井を見上げ、呟く。

「とうとう……この街に戻って来ちまったか」

 誰に対するでもなく、ただ自然に口から漏れ出た言葉が──どこまでも虚しく響いた。




【魔弾の捧ぐ憐憫】




「──報告は以上です」

 リグレットは自らが忠誠を捧げる相手に、監視対象の報告を終えた。フォニム灯の薄明かりが室内をぼんやりと照らし出す中、正面に据えられた執務机に腰掛ける壮年の男が、満足そうに首を頷かせる。

「なるほど……カンタビレに命じた研究は、現状では特に問題なく進行しているということか」
「はい、閣下」

 リグレットは答えた後で、少し躊躇ながらヴァンに問いかける。

「しかし、なぜ、あのような男に師団を任せたのです、閣下。単に研究者として抱え上げる事もできたはずでは……?」
「……お前が私にそのように意見するとは珍しいな」
「いえ……」

 意外そうに片眉を上げるヴァンに、リグレットは言葉を濁し、苦い気持ちと共に目を伏せる。

 新たに第六師団の師団長となったアダンテ・カンタビレ。この相手を監視する必要があると訴えたのは、リグレットに他ならない。ヴァン自ら引き抜いて来た人材だけに、改革派の寄越した刺客である可能性は低かったが、それでも零とは言い切れないのが、この世界の常識だ。

 最高で一月の監視。それで不審な点が見られないようなら、即刻監視は取りやめるという条件で、リグレットはカンタビレの監視を任せられた。先程した報告はそれに関するものだったのだが、結局カンタビレは、自分が当初危惧していたような存在ではなかった。

 だが、監視の結果わかったことは、あまりにも不可解なものだった。

 ひたすら書庫に籠もり、狂ったように文献を読みふける。書庫から出てくるのは一週間に一度あればいい方で、いつ寝ているのかすらわからない。師団としての任務よりも、研究を優先するように働きかけたのはヴァンに他ならないので、そうした行動が特に問題になるようなことは無かったが、それでもあまりにも不可解な行動だった。

 また、そうして書庫に籠もったまま、師団長としての任務に全く手を付けないなら、研究者とはそういうものかと、それはそれで納得できた。だが、珍しく書庫から出て来たかと思えば、カンタビレは自室に戻り休憩するでも無く、自分が任された師団の職場へと赴き、仕事を手伝いもせずに、ただひたすら部下と他愛もない話を交わしながら酒を飲み交わしていた。

 リグレットには眉をしかめるしかない行為だったが、それでいて第六師団の者達からは、不思議と悪評を訊かなかった。不平や不満なら耳にするのだが、悪意ある噂となると、それこそ皆無と言っていい。

 リグレットにはあの男が何一つ理解できなかった。

 精神に異常を来しているとしか思えない書庫での生活。
 自分には仕事の邪魔をしているとしか思えない行為をしながら、自らの師団を把握する影響力。

 あの男は──あまりにも、常軌を逸している。

 それが、リグレットの抱いたカンタビレに対する評価だった。

 言葉で発せられずとも、リグレットが抱く嫌悪の情を感じ取ってか、ヴァンが口元に笑みを浮かべる。

「ふっ……お前はバチカルに居た頃の奴を、眼にしたことは無かったな。ならば、お前がカンタビレにそうした感想を抱くのも当然だろう」

 机の上で腕を組み直し、ヴァンは目線をリグレットに合わせる。

「今の奴は、牙が抜け落ちた状態にあるのだよ、リグレット」
「牙……ですか?」
「そうだ。バチカルで──あの男は世界に絶望した。この世界に絶望しながら、しかし憎悪を向ける対象を見出すことを恐れ、すべてのシガラミを切り捨て、あの街から逃げ出した。私は逃げ込む場として、研究という名の逃避先と、師団長の座という名の新たなシガラミを提示してやるだけで良かった」

 結果、奴はあっさりと我が下に降った。

 肩を竦めて見せながら、ヴァン・グランツは淡々と言葉を続ける。

「与えられた研究に没頭し、現実から逃れようとするかのように、他者との接触を絶つ。それでいて完全に繋がりを絶たれる事を恐れ、自らの任せられた師団に顔を出す……牙の抜け落ちた獣ほど、扱いやすいモノは居ない」

 何ら熱の籠もらない言葉には、ただ事実を語っているだけという響きが伺え、リグレットは知らず掌に冷えきった汗が滲むのを感じた。

「カンタビレは、あのままでも十分使える人材だ。研究が滞り無く終わるまで、奴にはあのままの状態で居て貰う。下手に賢しい知恵をもって詮索をされるのも、面倒だからな」

「閣下の考えも知らず、差し出がましい口を挟みました」

 自らの浅はかな判断に、顔を俯け謝罪するリグレットに、ヴァンは気にする事は無いと、ゆっくりと首を振る。

「今のカンタビレの状態を見て、お前がそう感じるのも当然のことだろう。だが……いつまでも腑抜けのままで居て貰っては困るのもまた、確かな事実だ」

 額に手を添えながら、ヴァン・グランツはその表情を覆い隠す。

「そうだな……そのときは、カンタビレには憎悪を向けるべき対象が確かに存在する事を、明かすことになるだろうな。そのときこそ、奴は真の意味で、我等の同士となろう。そう……」

 ヴァンが最後に告げた言葉で、リグレットは彼の意図を全て理解した。

 その後は教団の雑事に関する報告を済ませ、リグレットはヴァンに一礼し、そのまま退室した。

 背後で扉の閉じる音を聞きながら、リグレットは両腕で肩を掻き抱き、しばらくの間、廊下に立ち尽くす。廊下に立ち尽くしながら、彼女はヴァンが最後に告げた言葉を思い返す。

 ──スコアに対する復讐者へ、成り果てることだろう。

 バチカルにおいて起こった一連の事件に関する報告書は、リグレットも読んでいる。

 スコアに詠まれるまま、処刑台を上りし哀れな剣虎。あの事件に、教団が絡んでいないはずがない。

 ………まるで、過去の自分を見ているようだな。

 リグレットはあまりの皮肉さに、苦笑が浮かぶのを感じる。自分はかつて、スコアに詠まれるまま死んだ弟の為に、総長を仇と付け狙う存在だった。それが今ではあの人に感化され、その理念に共感し、完全な忠誠を捧げている。

 あの男も、そうなるのだろうか?

 染み一つない天井を見据えながら、リグレットは考える。わずかな哀れみを感じながら、今も書庫に籠もっているだろう相手を思い──その瞳を閉じた。






 こうして、世界に絶望せし愚か者は、自らの古巣へと帰還した。

 自らの行う研究が、真に意味するものを、何一つ理解せぬまま──

 いずれ訪れる選択の時まで、愚者はただ命じられるまま、動き続ける。


 今はただ無為に、どこまでも、流されるまま………───





  1. 2005/07/30(土) 15:16:53|
  2. 【家族ジャングル】  第五章
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