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──A.L.M──

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 ──緋の御柱──



【鮮血、滴リ落チ】




 日の光さえ届かない地の底。軍靴の擦れる音が不気味に洞窟内に反響する。それ程大人数でもない集団にとって、暗がりの中、明らかに誰も居ないとわかっている空間から聞こえる反響音は、怖気を掻き立てるには十分なものがあった。

 天井から滴り落ちた水滴が、一際甲高い音を立てる。

 思わずギクリと身を竦ませ、動きを止めた行軍に、集団の先頭に立つ、漆黒の教団服を着込んだ男が背後を振り返る。真紅の長髪が後ろに流れる中、男は苛立たしげに己の部下を睨み据える。

「……何を怯えている。さっさと測量を済ませろ」
「は、はっ!」

 明らかに上官と分かる男の叱咤に、全身鎧を着込んだ騎士達は慌てて敬礼を返すと、手に手に測量道具を持ち直し、周囲に分散して行った。そんな己の部下を横目にしながら、真紅の長髪の男──アッシュは忌ま忌ましげに舌打ちを洩らす。

 戦闘が本職でないにしろ、あまりに情けない。沸き上がる苛立ちを静めるため、アッシュは部下たちの存在を意識的に無視しながら、周囲を見渡す。

 暗い洞窟には澱んだ空気が沈殿し、自分達が久方ぶりに訪れた来訪者であることを知らしめる。

「……セフィロトか」

 低く呟きながら、アッシュは自分がここに寄越された経緯を思い返した。


 ──お前には各地に点在するセフィロトの正確な場所を確認し、周辺の詳細な地図を作成して貰う

 突然作戦室に呼び寄せられたかと思えば、あの男は何の前置きも無しに、自分にそう告げた。

 あまりに突然の辞令に困惑していると、こちらが反応するのを待つまでもなく、たたみかけるように今回の指令の目的を説明された。

 ──連れて行く部隊には正確な測量と、精密な地図の作成が可能な者を寄越そう

 なぜ俺達の部隊を使う? やや憮然としながら、アッシュはようやく口を開き、相手に問いかけることができた。それに相手は当然の質問だとばかりに頷き、どこか信用の置けない曖昧な答えを返す。

 ──これは公式の任務ではない。故に、他の師団を動かすわけには行かないからな。お前達、特務師団の者に任せる事になった。

 ……期間はどれくらいになる? 芽生えた不信感が決定的なものになるのを感じながら、低く尋ねるアッシュに、男はゆっくりと瞳を閉じると、決定的な言葉を放った。

 ──おそらくは、一年ほどダアトを離れて貰うことになるだろうが──今更、是非もあるまい?

 当然、アッシュに頷く以外のことができるはずも無かった。


「──アッシュ特務師団長! 測量、終了致しましたっ!」

 部下からの報告に、我に返る。直ぐ目の前で、直立不動の体勢のまま敬礼を捧げる相手から、報告書を受け取る。ざっと流し読みし、これと言って問題がないことを確認すると、アッシュは頷き返す。

「……よし。なら、こんな陰気な場所からはさっさっと引き上げるぞ。撤収作業に入れ」
「はっ!」

 機敏な動作で撤収作業に移る部下達の様子を眺めながら、アッシュは報告書の内容を改めて確認する。そこにはセフィロトに続くダアト式封咒が施された扉に至るまでの道筋が、詳細に記されていた。

 現時点で、存在箇所が判明していないセフィロトは存在し無い。だが、それらの正確な位置となると、また話は別だった。時の流れは厄介な物で、当時記された資料の大部分を判別不可能にしてしまっている。さらに解読に成功した文献があっても、大まかな大陸名しか読み取れない物がほとんどだった。

 また、仮に当時の存在箇所が読み取れたとしても、徒労に終わるケースも少なくなかった。セフィロトのある場所によっては、大規模な地殻変動によって、セフィロトに通じる扉が当時の記録から大きく外れた位置にまで移動してしまっている状況もあったからだ。

 故に、現時点におけるセフィロトの場所を把握しておきたいという話は、別段不可思議な話でも無かった。

 教団にとってセフィロトという存在が、それなりの地位にいる者からすれば、重要な存在であることは容易に理解できる話だ。そんなセフィロトに関して、教団が把握していないような部分を無くしておきたいという話も、理解できる。

 ただ、今回ばかりは、それを命じた相手が問題だった。

 ──このスコアに支配されし世界を、変革する。

 そう声高に叫んではばからない者が命じた任務にしては──あまりに教団らし過ぎる理由だった。おそらくは自分にも建前上の理由しか説明されていないのだろうと、アッシュは考えている。

「セフィロトのある場所を把握……か」

 低く呟いた言葉に、部下から怪訝そうな視線が返る。アッシュは何でもないと言葉短く答えると、撤収作業の終了した部下達と共に地上に向かう。

 無言のまま進み行き、日の光が眼に入る。ようやく地上まで戻ってきたことを実感させる光景に息をつく。

「こんな辺境まで御苦労さん、アッシュ」

 突然名を呼ばれた。

 気配のした方向に視線を向けると、そこには仮面に顔を隠し、教団のローブを着込んだ少年が一人壁に背を預け、口元に皮肉げな笑みを浮かべながらこちらの様子を伺っている。

「……シンクか」
「特務師団長も大変だよね。一々地方を回わらないと行けないんだからさ」
「テメェにそれを言われる筋合いは無いな。一々、その地方とダアトを往復してるテメェにはな。
 ……受け取れ。今回分の報告書だ」
「──ま、確かに、それもそうだね」

 荒々しく投げ渡した報告書を受けとったシンクが、その中身を確かめるのを横目にアッシュは考える。

 自分は建前状の理由しか知らされていないが、この相手は違うだろう。その証拠に、自分達の師団が作成した報告書を受け取るのは、いつもシンクだった。

「ヴァンのやつは何を考えてる? 一々こんな過去の異物を回って、地図を作ることになんの意味がある? ……てめぇは何か聞いてないのか?」
「さぁね。総長が伝えていないことを、僕の一存であんたに知らせ訳にもいかないね」
「ちっ……使えねぇやつだ」

 反射的に吐き捨てた言葉に、シンクが一瞬ビクリと肩を震わせ、こちらを睨む。

「アッシュ特務師団長。作戦参謀として命じる。僕に、二度と、その言葉を使うな……っ!」
「……ふんっ」

 相手の反応に多少怪訝なものを感じるが、特に拘るでも無く、アッシュはシンクから視線を逸らした。

 シンクから叩きつけられていた殺気混じりの視線が──不意に止む。

「……ダアトに戻って、やつのことを知ったときの、あんたの反応が楽しみだね」

 どこか含みを感じさせるシンクの言葉に、アッシュは眉を寄せる。

「……どういう意味だ?」
「ダアトに帰還すれば、嫌でもわかるはずさ。そのときが楽しみだよ」

 嘲りの笑みを洩らすシンクに、アッシュは顔をしかめた。

 自分が正確な情報が知らされていないのは、これで決定的になったようだ。相手の言葉から分析を進めながら、同時に引き出した言葉からも、意味あるものが何一つ見出せない事実に苛立ちがつのる。

 やはり、自分は信用されていないということか。アッシュは自嘲の笑みを浮かべ、すぐに思いなおす。いや、信用していないのは、こちらとしても同じことか。

 アッシュは誰一人頼れる者が存在しない事実を諦観と共に受入れ、天を仰ぐ。

 ──何を考えている、ヴァン

 ここ最近、その意図を理解できなくなりつつある己の師にして──全てを奪い去った者の名を呟いた。




【翠玉、薄闇デ輝キ】




 フォニム灯の明かりも落とされた暗い室内。古い紙特有の臭いが周囲を漂う。闇に慣れ始めた視界に映るのは、見上げるような高さにまで積み上げられた古書の群れと、そうした本を取り囲む威圧的な本棚の列だ。

 ダアトにおいても、一定位階以上の者しか立ち入ることが許されない書庫の一画に、深い翠色の髪を二つに束ねた少年が、一人膝を抱え込み、埃の積もった床に座り込んでいた。

「…………」

 床に座り込んだ少年──イオンは周囲を取り囲む本を手に取るでも無く、ただじっと膝を抱え、ひたすら闇を見据えている。

 こうした行為には、特にこれといった理由はない。たまたま暇ができたから、滅多に自分意外の人間が来ることのない、この場所に足を運んでみた。それだけだ。

 イオンは世界各国に対して絶大なる影響力を持つ教団の頂点──導師であることが求められる少年だった。意識が確立した頃には、既に導師としての振る舞いを教え諭され、言われるままに、そうあることが当然のように自分でも行動していた。

 教団の理念である、預言による人々の救済に対して、特に疑問を覚えるでも無く納得し、全てを教団の為に捧げてきた。そんな導師としてあることに不満など無かったし、教団の存在が人々に必要なことも理解していた。

 そして、自分が導師以外の存在に決してなれないことも、十分すぎるほどに、理解していた。

 しかし、教団内のどこに行っても、結局は導師としての立ち振る舞いを自分は求められた。息をつける場所など存在しない。執務室に籠もっていても、導師の決済に必要な仕事から逃れることはできない。

 少し、疲れていたのかもしれない。

 気付けば、一人になれる場所を探し求め、この場所で座り込むことが、日常に組み込まれていた。

「……ふぅ……」

 導師としてある。そこに疑問などなく、抵抗も覚えない。その想いは変わり無く、呪いのように自身に絡みつき、拒絶さえも許さない。それさえも、自分は受け入れていると思う。

 それでも時々──無性に一人になりたくなった。

 そんなとき、イオンはこの忘れられた書庫に籠もり、一人膝を抱え座り込む。本を読むでも無く、ただひたすらに闇を見据え、ため息をつく。

「……ふぅ……」

 すでに何度目かすらわからなくなった、ため息を吐く。

 変化は、突然訪れた。

「だぁー──────っ!! うっとーしぃー──────!!」

「えっ!?」

 埃にまみれた古書の積み重ねられた一画。誰も存在しない無いと思っていた闇の中から、叫び声はイオンの耳に飛び込んだ。

 目を白黒させて固まるイオンを無視して、状況は動く。明かりの消えた闇の中ということもあって、相手の輪郭しかわからないが、のっそりと暗がりの中から身を起こした男が頭を掻きむしるのがわかる。

「唯でさえ暗い場所だってのによ。さらに暗くなるようなため息ついてんじゃねぇぜ……ったく。お前はあれか、カマドウマか?」
「カマドウマ……ですか?」

 相手の例えに出した存在が何かわからず、イオンは状況もよく理解できないまま、首を傾げた。そんなイオンの様子を見て、顔も見えない相手が意外そうな声を上げる。

「ん? 何だ、知らねぇのか?」
「ええ。僕はそうした知識に疎いので……」

 少し顔を俯けながら答えたイオンの様子に、相手は少し黙り込んだかと思えば、戸惑ったように口を開く。

「ちょ、調子が狂うな……まあ、暗がりを好む習性がある虫だよ。……この説明で、わかったか?」
「はい! すごいですね、こんな暗闇に、進んで適応してしまう虫が居るなんて!」

 興奮を覚えながら声を洩らすイオンに、相手がさらに肩を落とすのがわかる。

「はぁ……なんだか本当に調子が狂うな……今、僕はかなりとんでもないレベルの侮蔑の言葉を吐いた訳だよ。そこら辺のとこ、本気でわかって言ってるのか、少年?」
「そうなのですか?」

 本気でよくわからなかったので、イオンは闇の中で唯一輝く相手の双眸を見据え、小首を傾げた。相手はそんな自分の反応に、何故か胸を押さえ「こ、心が痛む」とうめき声を上げていた。

「純真するぎるのも考えもんだな。……ちょっとぐらいは、他人の悪意に敏感になれ、少年」
「はぁ……」

 やはりよくわからなかったので、自分でも煮え切らない言葉が口から漏れた。相手はそうした自分を見据え、後ろ手に頭を掻くと、突っ張ってるのが馬鹿らしくなって来るな、と小さくつぶやいた。

「しかし、どうしたんだ。こんな所で? 本を読んでるような感じでも無かったがよ」
「それは……」

 相手の尋ねた疑問に、イオンは答えることを躊躇する。なぜなら、自分がここに籠もっていた理由は、かなりの部分が精神的なもので、あまり他人にひけらかしたくない類のものだったからだ。

 口を噤むイオンに対して、相手はあっさりと引き下がった。

「……訳ありか。ま、僕も仕事を部下に放り投げて、こんな所に籠もってる訳だから、人のことは言えねぇんだがな」

 相手は自嘲するように笑い声を洩らすと、突然立ち上がる。周囲に散乱する本をかき分け、歩きだす。呆気にとられたまま動きだした相手を見据えていると、書庫の出口まで辿り着いたところで、男が振り返る。

「ま、何か悩んでるようなら相談に乗るぜ、少年。僕は大抵書庫のどっかに居るから、また顔会わせることもあるだろうよ。気が向いたら、そのうち何か話して見てくれや」

 そんじゃまたな。一方的に言い放つと、相手はこちらに背を向け、書庫から去った。

 イオンは動くこともできず、顔も名前もわからない男の背中を、ただ見送るのだった。




【聖者、闇ヲ覗キ】




「最近書庫に良く足を運んでいるそうですな、導師イオン」

 執務室に、その声は思いのほか大きく響いた。

 部屋に居るのは未だ年若い少年である導師イオンと、彼に決済用の書類を求める中年の男──モースの二人だった。

 事務的に書類を片づけながら、ふと思い立った問い掛けに、しかしイオンは中々答えようとしない。

 モースは少し不審に想いながら相手の顔を見やる。問いかけられた相手は、それでも少しの間沈黙した後で、どこか感情の籠もらない言葉を返す。

「ええ。まだまだ学ぶべきことが多いですから」
「……左様でございますか」

 モースとしては、導師が時折書庫に籠もって、一人で何やら考え込んでいることは把握していた。ここ一年ほどで『導師』に叩き込んだ教育の濃度を思えば、この少年が少しばかり奇異な行動を取っても奇怪しくなかろうとも思っていた。

 それでももう少し、突発的な問い掛けに対しても、それなりの返しをしてもらいたいものだと思ってしまう。完璧を求めるのは酷なことだとはわかっているが、モースは相手のわかりやすい反応に少し落胆を覚えながら、当たり障りのない苦言を呈する。

「あまり根をつめるのもお身体に触りますぞ。くれぐれも、ご自愛下さい」
「ええ。わかっています、モース」

 目線を手元の書類に落としたまま、イオンは応じた。普段の導師であれば、話しかけられた相手と目を合わせないなどという態度は考えられないものだったので、その不自然さが際立つ。

 まだまだ甘い、とモースは内心で苦笑を浮かべながら、導師としての振る舞いに評価を下す。

「ところでモース、このセフィロトの使用申請とは何のことでしょうか?」

 話題をずらすようにして問い掛けられた言葉に、しかしモースは自分の顔が歪むのを感じる。提出された報告書を読んだ時に抱いた、釈然としない苛立ちが蘇る。だが、そうした不快感が表面に出すこと無く、モースは淡々と答える。

「何でも、ヴァンが主導して行っている計画だそうです。あやつが言うには、この実験が成功すれば、ローレライの存在を証明することが可能だという話です」

「ローレライの存在を証明……ですか」

 戸惑ったような言葉を返すイオンに、モースも内心では同じ気持ちを抱きながら、とりあえず問いかけられた事柄に対して、事務的に報告を続ける。

「ええ。教団の方針からも、特に反対する理由は思い至らないのですが……個人的に少し気にかかったのは、この実験には、パッセージリングの一つを用いる必要があるという点です」

「パッセージリングを……?」

「ええ。詳細に関しては私もわかりませんが、セフィロトツリーを通じて、地核に何がしかの干渉を行うことで、ローレライの存在を証明するのが実験の主旨であると報告書には記されていました。
 実験の詳細に関しては、ヴァンが実験内容の重要性を考慮して、ユリアシティや一部の詠師には実験を秘匿したまま計画を進めたいと申し出ております。
 今のところ我々詠師一同の意向としては、申し出を許可する方向で一致しています」

 暗に、既に根回しが済み、計画が発動される見込みが高いと告げる。それを察したイオンが、報告書を手に取りながら、どこか複雑な表情を浮かべる。

「そうですか………わかりました、了承の印を押しましょう」

 計画が通るのを確認すると、モースはさらに今後の予定を説明する。

「では期日までに、導師にはダアトに存在するセフィロトであるザレッホ火山へ赴いて貰うことになるでしょう。ダアト式封咒が解除されない限り、我々はセフィロトに足を踏み入れることができませんからな。オラクルから何人か派遣しますので、導師も予定の調整をよろしく願いますぞ」
「わかりました。それにしても……」

 答えた後、イオンはどこか躊躇うように言葉を濁す。

「ローレライの存在を証明する……本当に、そんなことが可能なのでしょうか?」
「……どうでしょうな。それも、あの異端者次第でしょう……」
「異端者……?」
「いえ……何でもありません」

 答える気は無いと応じた自分に、イオンが表情を曇らせる。だが、相手を気にかけることはなく、モースは退室を申し出る。

「それでは、私はこれで失礼します」

 導師のもの問いたげな視線を振り切り、モースは部屋を後にした。

 扉が閉まる音を背後に聞きながら、表情の消え失せた無機質な視線を天井に向ける。

「ローレライの存在を証明する……か」

 もっともらしい理由を報告書には記していたが、それだけであるはずがない。モースは相手の思惑に一瞬想いを巡らし──すぐにそれを止める。奴が何を狙っているかは知らぬが、それもいいだろう。

「全ては、確定された事象のままに流れ行く……些細な歪みなど無視して……世界は廻り続ける」

 モースは通路に設けられた窓から、空を見上げる。日の光の落ちた曇り空に、視界に映るものは存在し無い。ただぼんやりと鈍い光を発する月が、微かに見えるばかりだ。

「お前とて、それは知っていように……ヴァンよ」

 暗い闇の淵を覗かせる瞳を空に向け、モースは低く、囁いた。




【異端、地ニ堕チル】




 淡い光を放ちながら音素が天井に昇っていく。

 ここは十あるセフィロトの内が一つ、ザレッホ火山の内部。長らく教団により秘匿されていたパッセージリングの在る場所だ。

 二千年以上誰も立ち入ることを許されなかった空間に、今、自分達は立っている。

 その事実に、アダンテは感慨深いものを感じた。ここに至るまでの経緯を思い返しながら、そっと瞼を閉じる。

 ヴァンからパッセージリングと奏器の同調実験の研究を進めるよう指示を受けてから、既に一年近い時が流れている。

 求められた研究は、かなり困難なものだった。パッセージリングと奏器が機能的には似通っているとは言っても、そこに違いが存在することに変わりは無く、そうした差異は研究の過程で、絶対的な断絶となって立ちふさがった。

 師団長としての仕事もほぼ副官に丸投げし、すべての時間を研究に没頭した。それでも目に見えた成果が出ることは無く、アダンテは研究が行き詰まる度に執務室へと顔を出し、息抜きと称して酒ばかり飲んでいた。

 当時の自分の行動を顧みて、さすがにライナーには悪いことしたもんだと、苦笑が浮かぶ。この実験が終わったら、さすがに師団長としての仕事にも手を出さないと、団員の皆に合わせる顔が無い。アダンテはもう少し、真面目に仕事にやることを誓う。そう、この実験が成功したならば……

「──実験は上手く行きそうか、アダンテよ」

 自分を家名ではなく、アダンテと呼ぶ相手は一人しかいない。声のした方向に顔を向けながら、アダンテは肩を竦めて応じる。

「まだわかりませんよ、総長。そもそもこの実験自体が前代未聞のことですし、参照となり得るデータがあまりに足らないんすよ。まだ一回目ですし、今回は成功したら運がいいぐらいに考えておいた方が無難かもしれませんね」
「そうか」

 振り返った先には、難しい顔で腕を組む壮年の男の姿があった。全身から発せられる覇気が、男がただ者ではないことを周囲に知らしめる。だが、それも当然のことだろう。何せこの相手はオラクル騎士団主席総長──ヴァン・グランツ謡将。アダンテの認識としては、現時点における自分の実質的な雇い主に他ならなかった。

「だが、その割には随分とお前は落ち着かない様子に見えたが?」
「……やっぱ、わかりますか?」

 ああ、とあっさりと頷く相手の洞察力に、アダンテは舌を巻く。尚も向けられる視線に、アダンテはこれ以上誤魔化す事を諦め、やれやれと口を開く。

「さっき言った事は……まあ、公式見解って奴ですね。僕としては、何がなんでも、この一回で成功させたい」

 理論上は正しいはずだ。なら、この一回で成功しなければ何度やっても同じ事だとアダンテは考える。

 地核から記憶粒子を抽出するパッセージリング。
 そんな記憶粒子と音符帯が衝突することで生み出された第七音素。
 そして、パッセージリングとほぼ同機能を備える惑星譜術の触媒。

 これらの内のどれか一つが欠けても、今回の実験は成立しなかっただろう。

 ザレッホ火山のパッセージリングに取り付けられた惑星譜術の触媒を見据え、アダンテは独り言ちる。

「……文献に残されていたケイオスハートが教団にあったのは、幸いでしたね」
「どういう意味だ?」

 思わず洩らした呟きに、ヴァンの怪訝そうな視線が向けられる。

「惑星譜術の触媒も響奏器の一種である事に違いはない。ローレライの鍵とは構成的に異なっていても、それに準じた性能を持った道具を手元で分析できたのは、研究進める上でかなり助けになりましたよ」
「……なるほどな」

 研究の過程を思い出しながら説明すると、ヴァンも納得したように頷いた。

「ま、それでも後は運をスコアに任せて、祈るしかないですけどね」
「最後は運頼みか」

 ヴァンが苦笑を浮かべた後で、すぐに表情を引き締める。

「だが、研究に関する事柄をお前に一任したのは私だ。実験が失敗に終わろうとも、責任は取ってやる。今回も好きにやると良い」
「了解っす、総長」

 冗談めかした態度で応じるアダンテに、ヴァンが苦笑を深め、その場から離れた。

 アダンテは自らの気を引き締めるべく、両頬を張る。

「──よしっ! んじゃ、実験開始するぞ! 計測器の波形から目逸らすんじゃねぇぞ、お前らっ!」

 了解、と周囲から野太い声が返る。同調実験に関する研究をまとめあげたのはアダンテだったが、それ以外にも、細々としたデータ取りなどを任された研究員たちは存在している。彼らはアダンテが参加する前から、別アプローチで研究そのものには取りかかっていたとも聞いている。

 故に、アダンテの立場を正確に表すならば、新たに赴任してきた研究主任というのが正しいだろう。今回の実験の成否次第では、自分の立場も微妙なものになるだろうなぁ、とアダンテは考えている。

 ともあれ、現時点では部下に当たる他の研究員達に指示を出しながら、アダンテもまた持ち場に戻る。

 パッセージリングと接続された奏器には、無数の計測器具が取り付けられ、些細な異常も見逃さないとばかりに、波形を揺れ動かしながら事態の推移を記録している。

 高まり行く緊張感に、場の空気が殺伐として行くの感じながら──アダンテは宣言する。

「第一回、奏器同調実験を開始する」

 ケイオスハートが、鼓動を刻む。

 ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ……

 胸から響く心音のようでいて──何かが決定的に異なる不気味な胎動が、その場を満たす。

 パッセージリングが奏器に同調し、地核に伸びるセフィロトツリーを活性化させる。活性化されたセフィロトから、パッセージリングが大量の音素を地上に汲み上げ、膨大な光がその場を満たす。

 アクゼリュスが要となって存在するアルバート式封咒によって、パッセージリングの操作は封じられている。また、ユリア式封咒によって、直接パッセージリングに干渉する事さえ不可能だった。

 しかし、パッセージリングに同調させた奏器を操作することで、間接的にパッセージリングに対して干渉し、セフィロトツリー全体からすれば取るに足らない程度の影響を与えるぐらいならば、十分に可能だった。

 それは僅かばかりの〝流れ〟を生じさせる程度でしかなかったが、外郭大地を支えるセフィロトツリーに対して、僅かとは言っても干渉ができるのだ。今回の目的には、それで十分だった。

 与えられた方向性が、同調したパッセージリングを基盤に増幅され、地核内部を駆けめぐり、目的のものを探り寄せる。

 どこまでも高らかに、響奏器は鼓動を発し──その音色を奏で、高らかに鳴り響かせる。

 音素は同じ属性同士、惹かれ合う。これは固有振動数の波形が似通ったもの同士が、互いの音域で重ね合わせ、共振することで、より高らかに鳴り響こうとする現象のことだ。

 言うなれば、音素は自らの奏でる音色を、より高らかに鳴り響かせてくれる存在を求めているのだ。

 ローレライの鍵は、そんな音素の一種たる第七音素によって造り上げられた。

 パッセージリングと同調された響奏器は、汲み上げた記憶粒子を利用して、第七音素の備える固有振動数を奏でる事で、自らと同じ音色を響かせる、地核に沈みし鍵を捜し出し、手繰り寄せる。

「──反応がありましたっ!」
「よし、そのまま第二段階に移行しろっ!」

 計測される数値から目を話さずに、アダンテは両手を握り占め、実験の推移を見据える。

 響奏器より奏でられていた鼓動が、その音色を僅かに変化させる。パッセージリングがより鮮烈な光を放ち、活性化された機構が膨大な量の音素を地核から抽出し、同時に見出した鍵を引きずり上げようとする。

 第七音素とて、もとは記憶粒子から生み出された存在だ。ならば、地核から間断なく、膨大な量に上る記憶粒子を抽出するパッセージリングを持ってすれば、存在する場所さえ判明してしまえば、地核に沈んだと言われるローレライの鍵を、この地上へと強制的に引き上げる事もまた、可能なはずだ。

 ふと、アダンテは計器に異常なブレを見出す。それが何を意味するのか考えた瞬間──

 固唾を飲んで一同が見守る先で、響奏器によって奏でられる鼓動が、より一層高らかに響き渡る。

 同調したパッセージリングが目も眩まんばかりの一際強烈な閃光を放ち────…………


 閃光がおさまり、鼓動が止んだ。


 あまりに突然の終焉に、場が騒然となる。

「いったいどうなった……っ!?」
「待って下さい……これは……」
「反応消失……!?」

 慌ただしく怒鳴り声を上げながら、状況を把握しようと動き回る研究員達を尻目に、アダンテは一人パッセージリングを見据えたまま、目を見開く。

「あれは……?」

 呟きは、混乱したその場に、思いのほか大きく響いた。

 最後に膨大な光を発したパッセージリングは、今では何事も無かったかのように、静かに音素を立ち上らせている。そこに接続された響奏器もまた、先程まで奏でていた音色を止めている。

 響奏器の脇、虚空に浮かぶ一本の剣が存在していた。

 誰もが息を飲んで見守る先で、淡い音素の光を放ちながら、剣はリィィンと澄んだ音を立てると、地面にゆっくりと降り立ち、光を放つのを止めた。

「成功か」

 ヴァンの落ち着いた言葉を皮切りに──歓声が上がる。

 自分達の進めてきた研究成果が確かな実績を残した事実に、誰もが歓声を上げる。全てが終わった訳ではなく、今後はこの膨大な量に上る実験データを分析する作業が残っているのだが、今は誰もが全てを忘れ、この一時の成功に酔いしれる。

 だが、アダンテは一人表情を強張らせたまま、計器に記されたとあるデータを見据え続けていた。

「どうした、アダンテ? 実験は成功したというのに、浮かない顔だな」
「いえ……」
「何か気になる事が合ったのか? ならば話してみろ。今更口を噤むようなお前でもあるまい」

 度重なるヴァンの問い掛けに、アダンテは自分でも躊躇いながら、口を開く。

「ローレライの鍵が地上に引き上げられる寸前、ケイオスハートが変な動作してるんですよ。どうも鍵とは別のポイントに存在する第七音素の塊を探知して、こっちからの命令も無しに、勝手に干渉してるっぽいです。しかもこれは……かなり、膨大な量に上る第七音素です」
「……膨大な量に上る第七音素、か」

 低く呟かれた言葉に潜む喜悦に気付く事無く、アダンテは自らの思考に没頭するまま推測を口にする。

「ええ。しかも……どうやら地核から鍵を引き上げると同時に、ケイオスハートに大量の音素が流れ込もうとしている……そのせいか、これは? 鍵を引きずり上げる前と後じゃ、微妙にケイオスハートを構成する音素の構成比率が異なってる……さっきまでは第七音素なんて一切含んでなかったのに、今じゃ第一音素と第七音素の比率が半々……? いや、これは……そもそも第七音素か? 属性が偏りすぎている……いったいこりゃ、どういうことだ?」

 不可解な計測結果に、後半は独り言のように、アダンテはぶつぶつと口元でつぶやく。理解できない計測結果に、ひとしきり頭を掻きむしった後で、これ以上数値だけ見て考えていても埒が明か無いと、アダンテは頭を切り換える。

「まあ、パッセージリングが封咒で枷嵌められてたせいか、結局はこの流れも途中でせき止められて、不発に終わったみたいですけどね。今回の実験にも、なんの悪影響もありませんでしたよ」

 肩を竦めながら、アダンテはふと一つの仮設を思いつく。あまりに馬鹿らしい仮説だったので、冗談めかした言葉に直しながら、ヴァンに伝える。

「ひょっとすると、この第七音素の塊はローレライなのかもしれませんね。自分から鍵を奪うなって、奏器に抵抗し───っ………」

 先に続く言葉を、アダンテは飲み込んだ。

 目にした光景に息を飲み、ただひたすら硬直する。

 ヴァン・グランツが──笑っていた。

 細められた目が、吊り上げられた口元が、欠けた月の如く不気味な弧を描く。

「くっくっ……そうか、やはりそうなのか。これで……すべての駒は揃った。後は時を待ち、全てを集め、奴を引きずり上げるのみ……くっくっくっ」

 背を仰け反らせ、腹を押さえながら、哄笑を上げる。

「はははははははっ───────」

 狂ったように上げられる嘲笑は、いつまでも終えることなく──どこまでも虚ろに、響き渡った。




 アダンテ・カンタビレは、自らが研究する事柄に、一切の疑問を抱いたことが無かった。

 むしろ以前の一人無目的に研究を行っていた時とは違い、上から指示を下され、それを達成すべく目的を持って研究に打ち込む現状に、充実感すら抱いていた。

 今、このとき、この瞬間まで。

 これまでは胸に抱いた虚脱感を振り払うべく、ひたすら研究に打ち込んでいた為、気付かなかった。

 だが冷静になって、改めて考えてみると、明らかに奇怪しい部分が目に突き出す。

 ヴァンから下された指示の内容には、一貫して『目的』に関する部分の説明が抜け落ちていたのだ。

 これを気のせいだと無視することは、ヴァンの狂態を眼にしてしまった今のアダンテには、到底できないことだった。




 かくして、アダンテは自らの進めた研究の隠された意味を探るべく、一人動き出すことになる。




 はたして、この愚者は真実とやらに辿り着くことができるのか?

 今はまだ……それを語るときではない。

 我々はただ地に伏して、祈りを捧げ、彼が真実に辿り着かぬ事を願おう。


 スコアより伸ばされた呪縛は、確実に──この愚か者にも巻きついているのだから───………



  1. 2005/07/28(木) 15:17:49|
  2. 【家族ジャングル】  第五章
  3. | コメント:1

コメント

やっぱ熱い物語には素敵なおっさんが登場しないと駄目ですよね!
おっさん万歳!
  1. 2009/04/13(月) 23:59:21 |
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