全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第3話 「朝焼けに染まる海」


 ダアトに来るのはこれで二度目になる。
 目の前に広がる街並みからして、清廉な印象を漂わせる宗教都市ダアト。
 ぶっちゃけ、どんだけ贔屓目に見ても、この街は到底俺の肌に馴染みそうに無い……。

 できることなら、さっさとやる事済まして、この街からオサラバしたいってのが正直な所だが、どうやら話はそう簡単には行かないようだ。

「……アッシュの奴も、セフィロトがダアトのどこにあるかまで教えといてくれればいいのにな」

 何とも間抜けな話だが、肝心のダアトにあるセフィロトの正確な場所がわからない。

「まあ、アッシュもそこまでは知らなかったということも考えられますしね。それに……昔、聞いた事があります」

 ん? ジェイドが何か知ってるのか? 期待を込めてその先に続く言葉を待っていると、ジェイドは視線をダアト北西に向ける。

「ザレッホ火山に教団が何かを秘匿しているらしい、とね」

 ザレッホ火山って……あそこか?

 今も煙を立ち上らせる活火山を見上げる。

 ……まあ、仮にジェイドの言う通り、あそこにセフィロトがあるとしてだ。それならそれで新たな問題が持ち上がる。

「火山にセフィロトって言われてもなぁ。正直、どうやって行ったら良いかわからねぇぜ」

 アルビオールなら火口に直接降りる事も可能かもしれないが、まだ其処にあると決まった訳じゃないんだ。確証持てるまでは、あんまり試したい方法じゃない。

「もしかしたら……教団本部から続く通路があるかもしれないわね」

 胸の前に腕を組みながら、ティアが少し自信無さげながらも、推測を口にする。

 ふむ。情報部に所属していただけあって、何かしら勘が働くものがあったのだろうか? 

 まあ、確かに有りそうな話だよな。教団の総本山たるダアトにあるセフィロトだ。その情報統制も相当なものがあるだろう。火口以外からセフィロトに向かう道があるとしたら、それが教団内部に作られ、そこで秘匿されていると考えるのが自然かもしれない。

 そこまで考えた所で、ふと思いつく。俺はもう一人のオラクルに話を振る。

「そう言えば、アニスの方は何か知らないのか? 封咒が解除されてるって事は、イオンは其処に行ったことがあるんだろ?」
「な、何かって何かな?」

 目に見えて狼狽しはじめるアニスを、俺達は少し半眼になって見据える。

「……さすがに挙動不審すぎるぞ、アニス」
「アッシュの言ってた実験がセフィロトで行われたってことは、それ以前にダアト式封咒が解除されたってことだろうしな」
「まあ。なら解除を任された導師に、アニスも同行したのではありませんの?」

 次々と投げ掛けられる問い掛けに、アニスが観念したと手を上げる。

「あーもう、わかったよ! 知ってます! 知ってますよ!! 案内するからついてきて!!」

 突然叫んだかと思えば、一人駆け出して行ってしまった。

 取り残された俺達は呆気に取られたまま、思い思いにつぶやく。

「なんだぁ、ありゃ……?」
「さぁて……まあ、今の所は、さして気にする必要も無いでしょうねぇ」
「どういうことでしょうか?」

 もっともな疑問にも、大佐は笑みを浮かべるだけで、答えない。

 うーむ。実際問題どういう事だろうな? アニスの挙動は、あまりにも不審すぎる。

 アニスは導師守護役だったわけで、当時の解除に同行したなら、パッセージリングの在り処を知っていても何らおかしくない。だが、アニスはその情報を俺たちに知らせようとはしなかった。教団が機密とする情報だからとも考えられるが、外郭大地の崩落という事態を考えるに、今更秘匿していても意味がないのは自明の理だろう。

 しかし一方で、アニスは俺たちが突っ込みを入れると同時に直ぐ自分が知っていると認めてもいる。

「……大して黙っとく事に拘らないくせに、できるだけ自分からは言いたくないってことか?」

 どうにも行動が一貫していないと言うか……結局、何も見えて来ないってのが正直な所だよなぁ。

 考え込んでいると、俺の様子に気付いたジェイドがやれやれと額を押さえる。

「まあ、周囲を気に掛けるようになったのは良い事ですが、全ての疑問を口に出せば良いと言うものでもありませんよ? 時には疑問を胸の内に納め、一人考えてみるのも重要ですからねぇ」

「……そう言うって事は、ジェイドは何か思い当たる事があるってことか?」
「さぁて、どうでしょうねぇ?」

 ……ダメだな。こりゃ絶対に口を割りそうにない。

 メガネに手を掛け不敵に笑うジェイドに、俺はそれ以上追求する事を諦めた。

 まあ、ジェイドがある程度確信が持てないと口に出さないのは今に始まった事じゃない。必要になったら、そのときは教えてくれるだろう。それにアニスの様子を見る限り、すんなりと俺たちに話してくれるとも思えないし、そのうち折を見て話を振ってみるしかないだろうな。

 釈然としない思いに一応の区切りをつけて、俺も先を行くアニスの後に続こうと、足を踏み出す。

「まあ、アニスちゃん!」

 数歩も進まぬ内に、俺たちの更に後方から声が掛かった。

 振り返った先では、穏和な笑みを浮かべた女性が、胸の前に両手を組んで、どこか嬉しそうな面持ちでアニスに呼び掛けている。

「聞いたわよ。イオン様からお仕事を命じられて頑張っているそうね」
「ま、ママ!?」

 仰天と言った様子で固まるアニスに、俺達も一瞬間を空けた後で、この相手が誰か理解する。

 って、アニスのお袋さんか? こりゃ驚いた。

「まあ、アニスのお母様ですか」
「そうか。アニスの両親は教団に住み込んでるんだったな」
「住み込みということは、教団自治区の人なのでしょうか?」
「ええ。教団自治区で暮らしているそうです。確かタトリン夫人の名は……パメラさんでしたね」

 顔突き付け合わせてヒソヒソと言葉を交わす俺達を余所に、アニスがポツリと言葉を洩らす。

「……ごめん。ママ」
「あらあら。まあまあ。どうしたの、アニスちゃん?」

 心配そうに尋ねるパメラに、アニスは何かを誤魔化すように両手を左右に振る。

「う、ううん。ママに聞けば六神将の奴らがどうしてるか、わかるかもなぁ……って」
「あらあら。まあまあ。そんな言い方よくないわよ、アニスちゃん」

 パメラはホンワカしたお人好しの空気を放ちながら、アニスをたしなめた後で答える。

「リグレット様はタタル渓谷に向かったそうよ。シンク様はラジエイトゲートに向かわれたらしいわ。でも、アリエッタ様はアブソーブゲートからこちらに戻られるって連絡があったわね」

 少し驚いた。思った以上に詳細な情報をパメラは教えてくれた。

「となると、丁度もぬけの殻か?」
「そのようですわね」
「……でもやはり、一般信者には兄さんの生存と、六神将の行動は知られていないみたいね」

 確かに……パメラの言葉を考える限りでも、六神将は未だダアトを行き来しているみたいだしな。

「少し気を引き締めて進みましょう」
「だな。そろそろ行かないか?」
「ああ……そうだな。アニス、もういいか?」
「うん。それじゃ、もう行くね、ママ」
「わかったわ。頑張ってね、アニスちゃん」

 アニスが名残惜しそうにパメラと別れを告げている。そんな二人の様子を少し微笑ましく思いながら、俺たちは見守る。

「ありがとね、ママ」
「ええ。またね、アニスちゃん」

 背を向け先に進もうとした所で、パメラが呑気な声でとんでもないことを口にする。

「あらあら、アニスちゃん。どうやらアリエッタ様が戻っていらしたみたいよ」

 ……って、なんだって!?

 振り返った先、街の入口付近から魔物を引き連れ歩いて来るアリエッタの姿が視界に入る。

 自分に向けられる視線を感じてか、アリエッタが顔を上げる。

 アリエッタと俺達の視線が、ものの見事にかち合う。

「うげっ! ま、まず……っ!」

 固まる俺達同様、一瞬動きを止めていたアリエッタが、直ぐさま我に返って、肩を震わせながら叫ぶ。

「──ママの仇っ!」

 ライガが全身に雷をまといながら、大地を踏みしめ、大きく身体を落とす。

「ちょっ、根暗ッタ! こんな所で暴れたら──」
「関係ないアニスは黙っててっ! ママたちの仇、絶対取るんだからっ!」

 ひたと据えられた視線の先には──俺の姿があった。

「行っけ──ぇ!」

 ライガが地を蹴り、前足を振り上げる。未だ陣形も整えられていない俺達は、密集したまま碌に身動きも取れない。俺の前にはアニスが居る。ライガが雷光を轟かせながら突進する。振り上げた前足が振り降ろされ──

「危ない!」

 パメラがアニスの前に飛び出して、自らの娘を背後に庇う。

「きゃぁっ……!?」

 突然標的以外の存在が目の前に飛び出したせいか、ライガが一瞬困惑したように突進の勢いを弱め、脇に飛び退く。だが放電を止めるのは間に合わなかったのか、パメラが地を走る雷の余波に煽られ、悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちた。

「ママっ!?」

 アニスは呆然と座り込み、パメラを前に動きを止める。負傷したパメラの容態を一瞬で見てとると、ジェイドがナタリアに鋭く促す。

「ナタリア! パメラさんに治癒を!」
「わかりましたわ!」

 即座に動き出すナタリアを背後に庇い、俺はライガと対峙する。

 脇に佇むコライガに一瞬視線を転じる。コライガはアリエッタに向けて、低く唸り声を上げている。

 俺は僅かな間、瞼を閉じて、自らの負い目に蓋をする。

 ……今は、気に病んでいるようなときじゃない。

 剣の柄に手を掛け、覚悟を決める。腰を深く落とし、目の前の敵に向き直る。

 俺の放つ殺気を感じとってか、ライガが警戒したように大きく間合いを離す。向き合う俺たちの間で、急激に空気が張りつめていく。

 だが、俺たちが動くまでもなく、既に状況は決したようだ。

「……そこまでです。さあ、お友達を退かせなさい、アリエッタ」
「うっ……! だけど……」

 何時の間にかアリエッタの背後に移動していたジェイドが、彼女に槍を突き付けながら低く恫喝する。

 尚も渋るアリエッタに、ジェイドが視線も鋭く槍を引いた、そのときだ。

「──何を騒いでいるかと思えば……またお前たちか」

 オラクルの守備隊を引き連れたモースが、この場を見渡しながら眉を潜める。

「アリエッタ……導師守護役に戻すと約束はしたが、このような無法を許した覚えは無いぞ」
「ご、ごめんさない……モース」

 うなだれながら謝罪すると、アリエッタは慌てて魔物達に退くように命じた。

「少し頭を冷やすのだな──連行しろ。それとパメラを治癒術師の下に運べ」

 アリエッタが警備兵に連行されていく。倒れ伏すパメラが丁重に抱え上げられ、オラクルに運ばれていく。

「ママ、ママ……っ」
「大丈夫よ、アニスちゃん。あなたを護れたなら本望よ……」

 パメラに付き添いながら、アニスが涙を目尻に浮かべながら、この場を離れて行く。

「……アニスのお袋さん、助かるよな?」
「ええ。私にできる限りの治癒は施しましたわ。きっと、助かります」

 パメラの容態を心配しながら、俺たちもアニスの後を追う。


「……思い……出した……」


 一人立ち尽くし、呟かれたガイの言葉が、俺達の耳に小さく届いた。




               * * *




 襲撃直後にナタリアの治癒術を受けられたのが幸いしたらしく、なんとかパメラの火傷は後も残らず完治したようだ。

「大事に至らなくてよかったですわ」
「そうだよなぁ……。俺も気が動転してて、治癒には気付かなかったぜ」

 パメラの運び込まれた部屋の外で、俺達は彼女の無事に安堵する。

 部屋から出てきたアニスが、俺達に気付いて駆け寄ってくる。手を上げてそれに応えながら、俺は話しかける。

「パメラさん、大丈夫そうだって?」
「うん。なんとかママも助かったみたい。ナタリア、ありがとね」

 いいのですわ、とナタリアも微笑みを浮かべ、パメラの無事を喜んだ。

「ふん……貴様らは来る度毎に、頭の痛い問題を持ち込んで来るな」

 同じく部屋の外に待機していたモースが額を押さえながら沈痛そうにつぶやく。

 モースは場を納めた後も直ぐには立ち去ろうとはしなかった。現場の責任者としては当事者たちから状況を把握して置きたいってのは、まあ、妥当な判断なんだろうが……どうも俺はこの相手が苦手だね。

 露骨に嫌そうな視線をモースに向けていると、アニスがモースの姿に気付く。

「そ、そうだ! ど、どういうことなんです、モース様!? アリエッタが導師守護役って……!!」

 ショックから立ち直ったアニスが詰め寄るが、モースはまるで動じた様子も見せない。

「何も驚くことはなかろう、タトリン唱士。導師守護役が不在のままでは何かと都合が悪い」
「でも、アリエッタは六神将の……」
「オラクルの人事権は、何もヴァンばかりにあるものではなかろう」

 モースの言葉に、俺はどうにも含みを感じてしょうがない。

「ともかく、私はこのような事を話すために残ったのではない」

 強引に話題を打ち切って、モースは改めて俺達に視線を向ける。

「……貴様らは此処に何をしに来た? 導師に会わせる事なら、叶わんといったはずだが?」

 ぬけぬけと言って退けるモースに、俺は鼻を鳴らして応じる。

「イオンを守りきれなかった奴がよく言うぜ」
「……ふん。誰に聞いたかは知らぬが、私とて苦々しく思っている。それに関しては対策を講じている最中だ」

 忌ま忌ましげに吐き捨てるモースに、ジェイドが眼鏡を押し上げる。

「アリエッタを導師守護役へ戻したのは……対策の一貫ですか? しかし、そう上手く行きますかねぇ」

「何の事かわからんな、ネクロマンサー。……だが私としては、アリエッタが私の申し出を受けたという事実があれば、それでいい、とだけ言っておこう」

 モースの曖昧な返しに、ジェイドがニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる。

「なるほど。その事実を持って、六神将側の不和を狙うという事でしょうか? しかし、それだけでは少し弱い……ああ、なるほど。仮にアリエッタが導師守護役就任後、導師がさらわれるような事態が起きた場合、六神将アリエッタの責任を追求できる……と、そう考えているわけですか?」
「……ふん。さてな」

 メガネに手を添え、にこやかに黒い推測を告げるジェイドに、モースは鼻を鳴らすだけで答えない。

「それより、質問に答えていないな。導師の不在を知っていたなら尚更だ。何をしにダアトに来た?」

 一瞬、俺達は顔を見合わせる。

 このまま答えなくてもいいのだが、現状モースは俺たちと敵対しているわけではない。もちろん味方という訳でもないが、崩落が厄介な事態だという考えが一致しているのも確かな事実だ。

「ま……仕方ありませんね。崩落に関しては教団にも知らせておく必要があるでしょう」

 確かに、それが妥当な判断ってやつかね。

「ほう……何か対策が見つかったということか?」

 さして驚いた様子も見せず、どうにも感情を伺わせない表情でモースが尋ね返す。

 とりあえず俺たちはさして当たり障りの無い範囲で、簡単な外郭大地降下の説明を口にする。


「……なるほど。導師が居なくなった今、封咒が解除されているのが確実な場所は、ここしか無いということか……」

 話を聞き終えたモースは少し間を空けた後で、顔を上げる。

「まあ、よかろう。セフィロトへは教団内部から伸びる通路が存在する」
「……随分と呆気なく認めたな?」

 もう少しゴネると思っていただけに、俺は不審さを瞳に込めてモースを見やる。

「ふん……崩落に対処する事は、教団としても必要な措置と認識している。それだけにすぎん」

 モースは何ら感情を伺わせない表情で、俺の挑発をあっさりと受け流す。

「詳しい場所は、タトリン唱士に聞くがいい。これ以上は私の関知せぬ事だ」

 これ以上話すことは無いと、モースはさっさと身を翻し、この場を後にした。

 モースが最後に残した言葉に、俺達の視線も自然とアニスに集まる。

「う……図書館から行けるらしいですよ。と、ところでガイが居ないよ? ど、どうしたのかなぁ~?」

 明らかに強引な話題転換だったが、まあ、確かにガイが居ないのは事実だよな。

「そういえば、あいつどうしたんだ? 何か、パメラさんの襲撃時に顔青くしてたがよ……?」
「そうですわね。私もあんなガイを見るのは始めてですわ」

 互いに首を捻る俺とナタリアに、ここで話していても仕方がないとティアが方針を示す。

「確か……ガイなら礼拝堂ね。行きましょう」




               * * *




 荘厳な空気をまといながら、聖堂はどこまでも静謐に其処に在った。

 光の射し込む複雑な造りのステンドグラスを前に、ガイは片膝を尽き、祈りを捧げていた。

 声を掛け難い空気を感じながら、そのままガイを見つめていると、視線に気付いたガイが顔を上げる。

「パメラさんは大丈夫だったのか?」
「あ、ああ。軽い火傷で済んだぜ」
「そうか……よかった。本当に……よかったな」

 遠くを見据え、俺達とは違う何かをその瞳に写しながら、ガイは言葉を洩らす。

「何か……思い出したとか言ってたけど、なにを思い出したんだ?」

 パメラが運び込まれていく直前、ガイの洩らした言葉を思い返しながら、俺は問いかける。

 ガイは再び聖堂に視線を転じると、胸の前に手を添えながら、小さな声で答えた。

「俺の家族が……殺されたときの記憶だ」

 ガイの瞳が過去を映す。

 俺達は語られる過去の記憶を、ただ耳にする。







 ──悲鳴が聞こえる。

 姉上が俺を暖炉の前に連れて行き、ここに隠れていなさいと優しく言い聞かせる。

 ──いいですか、ガイラルディア。お前はガルディオス家の跡取りとして、生き残らねばなりません。

 俺は何一つ状況を理解できないまま、ただ変質していく周囲の空気を感じて、身体を震わせる。

 ──ここに隠れて。物音一つたてては駄目ですよ

 暖炉の中に隠れた俺の耳に、使用人たちの悲鳴と、兵士たちの荒々しい鬨の声が聞こえてくる。

 俺は耳を押さえ、震える身体を両腕で押さえる。

 ──女子供とて容赦はするな! 譜術を使えるなら十分脅威だぞ!

 悪魔のような命令に、遠くから聞こえる使用人たちの悲鳴が、どんどん近づいて来る。

 ──そこを退け!

 ──そなたこそ下がれ、下郎!

 ──ええいっ! 邪魔だっ!

 俺は恐怖に耐えられなくなって、暖炉から外に身を乗り出し、姉上の姿を探す。

 殺気をみなぎらせる兵士が、目の前にいた。

 振り上げられた剣が、鎧の面に覆われた隙間から漏れ出る殺意とともに、振り降ろされる。

 ──ガイ! 危ないっ!

 俺の目の前に、姉上が飛び出す。

 鮮烈な赤が視界に飛び散る。

 ──姉上? 姉上!?

 呼び掛ける俺に反応して、姉上は血の滴り落ちる片手をゆっくりと上げると、俺の頬を撫でる。

 ──ガルディオス家の跡取りを護れたなら、本望だわ……

 だらりと垂れた腕が、床に落ちる。姉上はもう動かない。

 呆然と座り込む俺に、兵士たちが更に剣を突き付ける。

 ──ガイラルディア様、危ないっ!

 何人もの使用人たちが、俺の身体に多い被さり、振り降ろされる剣を、その身を盾にして防いで行く。

 次々と重なり行く、俺を守るために、死んでいく人々の群れ。

 ──う、うわぁああああああ────────…………!!







「……そうして、俺は姉上達の遺体の下で、一人血まみれになって気を失っていた」

 壮絶な過去の記憶を自らの口で語りながら、ガイは顔を俯ける。

「姉上だけじゃない。メイド達もみんな俺を庇おうとして……死んで行った」

 そこまで一息に言い切ると、ガイは顔を上げ、俺達の顔を見返す。

「ペールが助けに来てくれた時には、もう俺の記憶は消えちまってたのさ」

 自嘲するような口調で、すべてを語り終えたガイは肩を竦めて見せた。

「……あなたの女性恐怖症は、そのときの精神的外傷──トラウマだったのですね」

 ジェイドの言葉が、静謐な聖堂に大きく響いた。

「ああ……情けないよな。命を掛けて俺を護ってくれた姉上達の記憶を『怖い』何て思っちまうとは……」

「……そんなことねぇよ。ガイはまだそのころ子供だったんだろ? 目の前で人が死んでいくのを……それも自分を庇って死んでいく様を見て、忘れたいと思っちまうのも仕方ない……俺はそう思う」

「そうですわ。それに……私、謝らないといけませんわね。ガイがそんな過去を抱えていたというのに、私、あなたが女性を怖がるのを、どこか面白がっていましたわ……」

 そこまで一息にいった後で、ナタリアはガイに頭を下げた。

「ごめんなさい……ガイ」

 ナタリアの謝罪に、アニスやティアも次々と頭を下げる。

「……ごめんね、ガイ」
「私も謝らないといけないわ……本当にごめんなさい、ガイ」

「……ははっ。何言ってるんだよ。そんなの俺だって忘れてたんだ。キミ達が謝る事じゃないだろ? 気にしないでくれ」

 笑って気にするなと、ガイは言ってのけた。言葉通り、その顔に暗い影は読み取れない。

 ……内心で、どう考えているかまではわからないけどな。

 最悪と言えるような記憶を取り戻した直後なんだ。それなのに今や動揺を完全に押さえ込んでいるガイの姿に感心すると同時に、俺は少しの危うさを覚えた。

「……ガイ、気分はもう大丈夫ですか?」
「もちろん。全然たいしたことないさ」

 終始ガイの様子を伺っていたジェイドの確認にも、ガイは頷いて見せた。

「そうですか。では行きましょう。また他の六神将と鉢会わせしては具合が悪い」
「だな、みんな行こうぜ?」

 眼鏡を押し上げ促すジェイドに、真っ先にガイが同意して歩きだす。

「確かアニスが場所知ってるんだよな?」
「う、うん。ついてきて、みんな」

 アニスの後に続きながら、俺はそっとガイに声を掛ける。

「……無理はすんなよ、ガイ」
「全然してねぇよ! 似合わないぜ、お前が俺の心配なんてさ」

 じっと相手の顔を見据える。それにガイも視線を逸らすことなく、自然な態度で受け止める。

 ……確かに大丈夫そうだな。俺は口調も軽く、冗談めかした言葉を続ける。

「へへっ。たまには俺がガイを心配するってのも、新鮮味があっていいだろ?」
「はははっ。確かにな。でも、ま……ありがとうな、ルーク」

 くっ……や、やっぱこう言うのは性に合わん。無性に照れくさくてしょうがない。

「べ、別に気にする必要はねぇよ!」

 俺は半ば強引に話題を打ち切って、皆の後を追う。それにガイが苦笑を浮かべながら、俺の後に続くのだった。




               * * *




 図書館の隠し部屋にあった譜陣で、俺たちはザレッホ火山内部に転送された。

 そのままクソ熱い火山の中を黙々と進み行き、ようやくパッセージリングに辿り着く。

「……えーと、そんで、どうやって計測すんだ?」
「パッセージリングの譜石に計測器を取り付けて下さい。それと、降下の準備もしてしまいましょう」

 ジェイドに指示された通り、パッセージリングに超振動で命令を刻み込む。

 作業そのものは、ここのセフィロトと第一セフィロトを連結させた後で、第一セフィロト降下と同時に起動しろと書き込む事で終了した。これでラジエイトゲートのパッセージリング降下と同時に、ここのパッセージリングも起動して降下するようになったらしい。

 なんでもジェイドの話によると、こうして各地にあるパッセージリングに同じ命令を仕込んで行くことで、最後にラジエイトゲートのパッセージリングに降下を命じるだけで、外殻が一斉に降下するようになるのだそうだ。

「他のセフィロトにも同じ作業か……後はアッシュがうまくやってくれるといいんだけどな」
「アッシュなら、きっと導師を取り戻してくれますわ」
「……ま、それに関してはここで話していても始まらないでしょう。計測を終えたら、ベルケンドに戻りましょう」

 確かに、ここで言っててもしょうがないか。にしても、色々と問題が山積みだよなぁ。

 今後の先行きに、俺はため息を洩らす。ぼけっと突っ立ち、計測器が振動数を読み取るのを見つめる。

 頭痛が、俺を襲う。

「ぐっ、がぁ、ぁぁ────っ!」

 俺は額を押さえながら、その場に膝をつく。ひたすら痛みに耐える。

 ぐっ………また、かっ……

 俺の様子に気づき、駆けつける皆が声を掛けてくれるが、俺にはそれに応じるような余裕は無い。

 ──……ジジッ……─…ジッ………

 不意に、以前、頭痛に襲われた時の状況が思い出される。

 脳髄かき乱す尋常ならざる痛み。散乱する荷物。不意に痛みが収まる。我に帰ると同時に気付く。自らの手に握られた杖の存在。

 ──……ジジッ……─…ジッジッ………

 俺はパッセージリングの操作に使った杖を、其の手に握り直す。
 半ば藁にも縋る思いで選択された、何ら意味のない行動。

 ──効果は劇的なものだった。

 杖を手に取った瞬間、まるで霧が一瞬で晴れるようにして、激痛は治まった。

 ───か…………聞こえるかっ!

「……アッシュ、か」

 同時にアッシュから届く声が、より鮮明なものになって俺に届く。

 ──……ようやく届いたようだな。

「今度は何の用だ?」

 ──ディストの奴に、お前らがベルケンドの技師に頼んだことが、ばれたらしい。

「ディストに……? ああ、そう言えばベルケンドはあいつが責任者だったか」  

 ──あの馬鹿が技師達に何をするかわからんからな。技師の連中はシェリダンに逃がした。装置を組み立てるのもそっちになるだろう。お前たちもシェリダンに向かえ。

「わかった。……イオンはどうだ?」

 ──……まだ追ってる最中だ。見つけ次第、シェリダンに連れて行く。動くんじゃねぇぞ。

 憮然と吐き捨てると、やはり一方的にアッシュからの通信は切れた。

 まあ……あいつの俺に対する苛立ちはわかるがよ……それでもどうせ協力するなら、もうちょっと強調的な態度取ってもいいのになぁ……ったくよ。

 内心でぶつぶつ呟きながら通信内容を思い返していると、みんなから注がれる奇異の視線に気付く。

 ん? ああ……そういえば俺以外に聞こえないんだったな。

「実はアッシュから通信があってな……」

 俺はアッシュとの会話の内容をみんなに説明する。


「……なるほど。ディストの奴は結局どっちつかずって事か」

 どうにも行動の読めないディストの反応に、ガイが顔をしかめる。

「まあ、あの馬鹿に知れた以上、ヴァン謡将にも計画が伝わったのは確実ですね。急いでシェリダンに向かった方が良いでしょう」

 確かにジェイドの言う通りだな。ヴァンの奴は俺たちが崩落に対処するのを好きにしろと言ってやがったが、具体的な対処法が見つかった今、相手がどう動くかはわからない。

「本当に厄介な事ばっかしてくれるぜ」
「……行動が読めないのは、厄介ね」
「そうですわね。私、あの者は苦手ですわ」
「……まあ、あいつが苦手じゃない奴はいねぇだろうけどな」
「違いない」

 白髪メガネの姿を思い返し、俺たちは乾いた笑みを洩らした。

「ま、あのバカに関して話していても仕方ありません。どうやら計測も終わったようですね。ルーク、計測器を」
「ん、わかった」

 ジェイドの促しに応じて、俺は装置を取り外して皆に向き直る。

「それじゃ、さっさとシェリダンに行くとするかね」

 かつて俺たちがアルビオールを受け取った街──シェリダンへ、俺たちは向かうのだった。




               * * *




「──そんな風に心が狭いから、あのとき単位を落としたんじゃ!」

 シェリダンに到着した俺達を迎えたのは、技師たちの詰める集会場で飛び交わされる言い争いだった。

「うーるさぁいわいっ! 文句言うなら出て行けっ!」
「そーじゃそーじゃ! ひっひっひっ」

 俺たちの存在にも気付かず言い争いを続ける技師達に、俺たちは呆れ返る。

「……こんなに仲悪いのかよ」
「まあな。『い組』と『め組』は元々、王立学問所時代から続くライバルだって話だから、多少は仕方ない部分もある訳だが……まあ、実際に目にすると、改めて凄いもんだと思うけどな」

 対立の原因を説明しながら、さすがのガイも呆れ口調で目の前の老人達を見据える。

 そのまま口も挟めず見守ること数分、俺たちの存在に老人たちがようやく気付く。

「おや、あんた達かぁっ!」
「おおっ! 音機関の図面なら完成しているぞっ!」
「わーしらの力を借りてなー!」
「道具を借りただけだっ!!」
「そうじゃ! 恩きせがましいにも程があるぞっ!」

 てんやわんやと騒がしい老人達に、こっちは詳細を尋ねる切っ掛けも掴めない。

「ほんと、元気なじーさん達だよなぁ……」

 呆れながら見守ってると、言い争いの焦点も、ようやく件の音機関に及んだようだ。

「しかし、地核の圧力に負けずに、地核と同じだけの震動を生み出す装置を作るとなると大変だな」
「ひーっひーっひーっ!」
「その役目ぇ、わーしらシェリダン『め組』に任せてくれればぁ、丈夫な装置を作ってやるぞーい」

 シェリダン『め組』の技師達が主張すると、それにベルケンド『い組』が猛然と抗議する。

「360度全方位に震動を発生させる精密な演算機は、俺達ベルケンドい組以外には作れないぞっ!」
「そうじゃな。ワシら以外に任せられんと思うがのう」
「なぁに? 100勝目を取ろうって魂胆かぃ?」
「ひーっひーっひーっ!」

 睨み合う両者が、剣呑な空気をあたりに撒き散らす。

「……なんじゃと?」
「……なんだとっ?」

 イエモンさんとヘンケンが今にも互いに掴み掛かろうかという──そのとき。

「睨み合ってる場合ですのっ!?」

 いい加減しびれを切らしたナタリアの一喝が、場に轟き渡る。

「このオールドラントに危険が迫っているというのに、『い組』も『め組』もありませんわ!」

 否定のしようがない正論に、さすがの頑固者たちも口を噤む。

「ナタリアの言う通りです。皆さんが協力して下されば、この計画はより完璧になりますねぇ」
「おじーちゃん達、いい歳なんだからさ。いい加減、仲良くしなよー」

 自分達よりも年下の者に言い諭されて、さすがに彼らも決まりが悪くなったようだ。

「……」
「……」

 しばし無言のまま睨み合ったかと思えば、ぼそりときまり悪そうにイエモンさんがつぶやく。

「わーしらが地核の揺れを抑える装置の外側を造る。お前らは……」
「わかっとる! 演算機は任せろ」

 ヘンケンが応じたことで、とりあえず話は決着したようだ。

「あー……ともかく、頼むぜ。『い組』さんに『め組』さんよ」
「ホントにな……」

 このまま言い争いのせいで、装置が完成しなかったなんて事態だけは勘弁してくれよ。

 かなり不安に思いながら、俺は技師たちの様子を伺う。

 だが実際に作業に移ると、そこはさすが本職。手際よく分担された作業に手をつけ始める

 動き出した技師達に、これ以上自分達が居ても邪魔なだけだろうと考え、俺達はそっと外に抜け出る。

「……地核の振動については、これで何とかなりそうだな」
「ええ。これで音機関復元の目処は立ちました。後は各地のセフィロトに降下指示を下すのみですね。まあ、もっとも、まだ問題がある事に変わりはありませんけどね」

 肩を竦めて見せるジェイドに、ティアがその懸念を口にする。

「……ダアト式封咒と、導師イオンの存在ですね」
「アッシュ、ちゃんとやってくれてるといいけどなぁー……」

 今後の行動に想いを巡らし、それぞれ話始めた仲間達を余所に、俺は一人考える。

 外郭大地の降下準備に関しては、現状でこれ以上俺達に出来ることは無くなった。だが、全ては俺達が一存で押し進めてきた一方的な計画に過ぎない。各国で生活する人々は何も知らないのが現状だ。このまま俺達だけで全てを進めても、いずれ限界が来るだろう。何も知らぬまま結果だけ突き付けられても、その後の生活に適応する事はできないだろうからな。

 それに……俺にはどうしても消せない懸念が一つ存在した。

 マルクトに関しては降下後であっても、ジェイドを通せば簡単に話は済むだろう。だが、キムラスカに関しては、絶対に降下前に話を通して置く必要があった。このまま何も話を通さず降下した場合、キムラスカが──スコアに詠まれるまま其の繁栄を享受するべく、戦争を引き起こした王国がどう動くのか。仮に俺の考える通りだとしたら……そのときは降下した大地において、再び戦乱が──

「──……どうかしましたの、ルーク?」

 ナタリアが心配そうに、俺の顔を覗き込んでいた。

 どうやら、いつのまにか俺は立ち止まって考え込んでいたようだ。

 怪訝そうな視線が皆から俺に注がれている。

 ……これも良い機会かもしれないな。

 俺は向けられる視線に顔を上げ、皆の顔をゆっくりと見渡す。

「──話が、あるんだ」

 怪訝そうに眉を潜める皆を呼び止め、俺は話を切り出す。


 オヤジ達を、キムラスカを説得する必要があると──……




               * * *




 朝の澄んだ空気がシェリダンの街に漂う。

 どうにも目が冴えちまったようだ。俺は昨日交わした会話を思い返しながら、街中を一人歩く。

 ──やっぱ、両国にきちんと事情を説明して、協力し合うべきだと思うんだよ。

 突然切り出した俺の提案に、皆は最初驚いていたが、直ぐに真剣になって俺の話を聞いてくれた。

 スコアには、戦争後に訪れるキムラスカの繁栄が詠まれている。だが俺たちが知った情報では、既にスコアは狂いはじめている。俺という──レプリカが存在したことで。

 このままそうした情報を知らせずに外郭大地を降下させたとしても、平和条約が結ばれていない状況では、降下した先で戦争が再会される恐れがある。だから、まず降下前に平和条約を結ぶ。それからキムラスカもマルクトもダアトも協力して、外殻を降下させるべきではないか? 

 提案終えた俺に、皆も確かに必要な措置だと納得してくれた。

 だが、戦争勃発時にバチカルに訪れた、アニスやナタリアは表情を曇らせていた。

 ──……少しだけ、考えさせて下さい。それが一番なのはわかっています。

 顔を伏せると、ナタリアは自らの想いを洩らした。

 ──でもまだ怖い。お父様が私を……拒絶なさったこと……。ごめんなさい

 そう言い残すと、彼女は自分に与えられた部屋に籠もってしまった。

 俺は自分にできることをやると決めた。見出した答えを確かなものとするためなら……かつて俺がルーク・フォン・ファブレだった過去も使ってやる。そう、覚悟も決めた。

 だが、それはナタリアの気持ちを一切考えない提案だったんだよな。

「……俺も、まだまだだよな」

 いつまで経っても気が回らない自分の考えの足ら無さに、自嘲の笑みが浮かぶ。

 すっきりしない気持ちを抱えたまま街を歩いている内に、水平線に広がる海を一望できる高台に行き着く。

 そこには一人高台に佇み、目の前の朝焼けを見据えるナタリアの姿があった。

 彼女に声を掛けようと口を開いた瞬間──ナタリアが突然振り返る。

「誰?」

 思わぬ詰問に、俺は気付けば物陰に隠れていた。何となくこのまま出て行くことも出来ずに、固まっていると、予想外の人物が姿を表す。

「……久しぶりだな」
「アッシュ……? どうしてここに……?」

 教団のローブを翻しながら、アッシュはナタリアの横に並ぶ。

「導師を取り返したからな。お前達との約束通りシェリダンに連れてきた。今は集会場に居るはずだ」
「まぁ……なら、導師イオンは助かったのですね」
「各地にあったダアト式封咒は解除されちまった後だったがな……」

 アッシュは苦々しげに付け足した後で、ナタリアに顔を向ける。

「……お前こそ、こんなところで何をしている?」
「私は……」

 顔を俯けたナタリアに、アッシュは彼女から視線を外す。

「……バチカルへ行くんじゃないのか?」
「知っていましたの……?」

 力ない瞳で顔を上げるナタリアに、アッシュが海に視線を据えたまま、ポツリとつぶやきを洩らす。

「……怯えてるなんてお前らしくないな」
「私だって……! 私だって怖いと思うことぐらい……ありますわ」
「そうか? お前には何万というバチカルの市民が味方に付いているのに?」
「……そうでしょうか? 私は……偽りの王女だったというのに………」

 いつになく弱々しい口調つぶやくと、ナタリアは顔を俯けてしまった。

 二人の間に沈黙が降りる。

 いつまでも続くかと思われた沈黙は、しかし続けて放たれたアッシュの言葉によって破られる。

「……――いつか俺たちが大人になったら、この国を変えよう」

 朝焼けを見据えたまま、アッシュはどこまでも静かな口調で、歌い上げるように其の言葉を紡ぐ。

「貴族以外の人間も貧しい思いをしないように。戦争が起こらないように……」
「……死ぬまで一緒にいて、この国を変えよう」

 アッシュの後を引き継いで、ナタリアがそっと先に続く言葉を口にする。

 俺には何一つ理解できない言葉だったが、ナタリアにとっては違ったようだ。

「覚えていましたのね……ルーク」

「……あれは、お前が王女だから言った訳じゃない」

 ナタリアとアッシュ──いや、ルーク・フォン・ファブレは、どこまでも深い想いを込めて、七年越しの誓いを言葉にする。

「生まれなんかどうでもいい。お前が出来ることをすればいい」

 アッシュの言葉を受けて、ナタリアが朝日に視線を戻す。

 それを見届けると、アッシュはもう振り返ること無く、その場から去った。

 ナタリアは朝日を見据えたまま、掛けられた言葉をその胸に刻むように、何時までも佇んでいた。


 ……あれが、とうとう俺が思い出せなかった、二人の約束か。

 俺は壁に背を預けたまま、二人の会話に耳を傾けていた。

 アッシュが去った後も、俺は頭を片手で押さえながら、朝焼けに染まった空をぼんやりと見上げる。

 どこか胸にポッカリと穴が空いたような、同時に何かがすっきりと腑に落ちたような感覚が広がる。

「……覚えていてくれてよかったな、ナタリア」

 長年、俺にとって一番近しい距離に居た幼馴染みの願いが、ついに叶えられたことを──素直に、祝福した。

「ん、誰だ?」

 背後に気配を感じて振り返る。そこには宿に続く階段の上で、気まずそうに佇むティアの姿があった。

「……立ち聞きは、よくないと思うわ」

 少し弱い調子で言って来るティアに、俺も苦笑を浮かべながら相手を見上げる。

「聞こえちまったんだよ。……それにティア、そりゃお前も同じじゃねぇかよ」
「わ、私は……別に……二人の会話を聞いていた訳じゃないわ……」

 ゴニョゴニョと言葉を濁すティアを怪訝に思わなかったわけじゃないが、俺はひとまず自分の言葉を続ける。

「それにさ……声、掛けにくい雰囲気だったしな」
「……そうね」

 一人佇むナタリアに視線を移し、彼女の後ろ姿を見据える。

 いつも俺の頭のどこかを占めていた、決して否定できない一つの仮定が脳裏を過る。

「俺が生まれなかったらよ。ナタリアはアッシュと……」
「あなたが生まれなかったら、アッシュはルークとして……アクゼリュスで死んでいたでしょうね」
「……まあ、そうだろうな」

 仮定に意味が無い事はわかってる。俺自身も、自分の在り方に関して、一応の答えは見出した。

 だが……

「それでも……やっぱり、重いよな」

 自分を卑下して言ってる訳じゃない。

 アッシュには悪いが、俺は生まれた事を感謝してるし、死にたくも無い。生きてやる。生き抜いてやる。心の底から……そう思う。

 けど、世界に向けて一人向き合い、子供のように叫ぶ事に……疲れを覚えない訳じゃない。

「俺って存在を考えるとき、レプリカって前置きはどうしても無視できないわけでさ。バチカルの皆を騙してたってのは、否定しようのない事実なんだよな」

 俺という存在を偽っていた訳じゃない。しかし、事情を知った者が、どう思うかまではわからない。

「それにさ、レプリカって事実を抜きにしても、俺って存在が周りからどう見られてたのか。改めて考えてみると酷いもんだよな。オヤジ達にとって、ルークは開戦の口実になる捨てゴマでしかなかった訳だ。レプリカとしても、ルークとしても……誰も俺って存在を認めてくれない。ならさ……」

 顔を上げ、冗談めかした口調で自らの認識を口にする。

「俺ぐらいは認めてやらないと、可哀相すぎるだろ?」

 肩を竦めて見せる俺に、ティアの瞳が僅かに曇る。その意味に気付かぬまま、俺は尚も軽い口調で、自らの認識を言葉にして行く。

「結局、浅ましい訳だよな。それが当然だってわかってるのに、それでも俺って存在を自分以外の誰かに認めて貰いたいって思うのを……どうしても辞められねぇんだ。少なくとも、アッシュが過ごすはずだった七年間を俺が奪ったのは、事実だってのにさ。やっぱり、俺は……」

「──……奪ったなんて、考えないで」

 小さくつぶやかれた言葉に、俺は彼女に視線を戻す。

「あなたの誓った『誤魔化さない』という言葉……辛い記憶から目を逸らさない事だけが、あの誓いの意味するものだとは思わない。あなたは、あなただけの人生を生きている。あなただけしか知らない体験、あなただけしか知らない感情、あなただけしか知らない絆……そこに負い目を抱かないで」

 彼女の不思議な色合いを宿した瞳が、俺を見据える。

「だって、あなたはここに居るのよ」

 かつてイオンと交わした会話が思い出される。

 誰かに作られた俺という存在。
 そんな自分の存在する意味。
 他者から求められる価値。

 俺一人がいくら世界に向けて、自らの存在を訴えた所で、ただ虚しさばかりが募っていくばかりだった。それでも俺は顔を上げて、やせ我慢を続け、前に進むことを誓った。

 誓った通り、全てを受け止め、ひたすら動き続けて来た。そこには進む事を辞めた瞬間、この世界に自分がいる場所が無くなるような……そんな強迫観念染みた想いが、あったからだ。

 だけど……

「俺は……ここに居るかな?」
「私の前に居るのは、他の誰でも無い……──あなたよ、ルーク」

 世界に向けて泣き叫ぶように、自らの存在を訴え続け無くてもいい。

 俺が歩んできた道は、他の誰かに認められるまでもなく、俺だけのものだから。

 これまで俺が刻んできた軌跡は……誰にも否定できない。

「……そうだな。誰かの代わりなんかじゃない。俺は……──ここに居る」

 他人から奪いとった場所なんかじゃなく──……俺は俺として、この場所に立って居るんだよな。

 俺はアクゼリュス崩落以降、常に張り詰めていた気持ちが、ようやく落ち着くのを感じる。

「色々と俺の下らない愚痴とか聞かせちまって、すまなかったな、ティア」
「……構わないわ。私もちょうど目が覚めてしまった所だったから」

 気にする事は無いと首を振るティアに、俺はこの際だからと思い切って、更に話を続けることにする。

「なら、もうちょっとだけ聞いてくれないか?」
「……なにかしら?」
「これはさ。ここだけの話だけどよ」

 首を傾げるティアに、俺は自分の中に押さえ込んでいた感情を、こっそりと打ち明ける。

「実はオヤジと会うの、俺も少しだけ怖かったりしたんだよな」
「……そう」

 特に驚くでも、意外そうにするでもなく、ティアは静かに頷いてくれた。

「でもさ。びびってて問題を先伸ばしにしていても何も変わらないって思ったから、皆に切り出してみたわけだ」
「ふふ……あなたらしいと思うわ。そういう向こう見ずな所は」
「ひっでぇな」

 クスクスと微笑を洩らすティアに、俺も冗談めかした仕種で肩を落として見せた。

「しかし、俺らしいか。……それって俺が変われて無いって事なのかな?」
「……バカね。あなたの積み重ねてきた、これまでがあるからこそ、今のあなたがあるんでしょ? なら、決して変わらない部分があってもおかしくないと思うわ」

 俺の積み重ねてきた日々……か。確かに、そうだな。過去の俺を全て否定する必要もないもんな。

 しかし、改めて考えると凄いよな。

「全てを受け止め、前に進む。……自分で言っといて何だが、かなり大それた宣言しちまったよな」
「そうね……でもあなたなら、きっと……──」

 朝焼けに染まった空を見上げながら、俺とティアは自然に会話を重ねていく。

 どこまでも穏やかな空気に包まれながら、いつまでも飽きることなく──俺達は言葉を交わし合った。




               * * *




 完全に日が昇った後、俺たちは未だ降りて来ないナタリアを宿に残し、とりあえず集会場に向かった。

「皆さん、お久しぶりです」
「イオン様!? 無事だったんですねぇー!」

 イオンの胸に真っ先に飛び込んでいくアニスの姿に、場の空気が一気に柔らかくなる。

「いったい、いつシェリダンに着いたんですか?」
「実は今日の明け方頃には、アッシュとシェリダンに到着していました」

「どうやら、アッシュはきちんと自らの役目を果たしてくれたようですね」
「しかし、にしてはあいつの姿が見えないけどな?」

 首を捻るガイに、イオンがアニスの頭を撫でながら顔を上げる。

「アッシュは僕をシェリダンに連れて来た後、直ぐに街を離れたようです。引き続き、ヴァンの動向を探ると言っていました」
「なるほどね。相変わらずの単独行動を続けるってことか」
「まあ、予想通りの行動ではありますけどねぇ」

 皆の交わす言葉を聞きながら、俺とティアは顔を見合せ、朝の出来事を思い返し、苦笑しあった。

 ……結局イオンを連れてきた方がついでで、アッシュはナタリアに会いに来たってことなのかもな。

 その後、場所を宿屋の一階にある食堂に移し、イオンから改めて話しを聞く。

 なんでもイオンによると、各地のダアト式封咒は全て解除させられた後だという話だった。だが、ま、今回ばかりはそれも仕方ないだろうと思うし、むしろ今後イオンが狙われる理由が無くなったことを喜んでもいいはずだよな。

 そんな風に互いの情報を交換している内に──ついに、ナタリアが姿を表した。

「……ごめんなさい。私、気弱でしたわね」

「では、バチカルへ行くのですね?」
「ええ。王女として……いいえ、キムラスカの人間として、出来ることをやりますわ」

 皆の前で、ナタリアはバチカルに行くことを決心したと告げた。

 王女として、キムラスカの人間としてできることをする。

 彼女の決意がアッシュとの会話が切っ掛けになったのは確実だ。

 少し前の俺なら、ウジウジと自分が何もできなかったことを思い悩んでいたんだろうが、今の俺はナタリアの決意を素直に喜ぶ事ができた。

 ……ある意味、俺はようやくアッシュと自分が別人だって認める事ができたのかもな。

 力強く自らの決意を語るナタリア。俺にとって、大切な幼馴染みの一人を見据えながら、顔をほころばせた。

「実はそう言ってくれると思って、今までの経過をインゴベルト陛下宛ての書状にしておきました。外殻大地降下の問題点と一緒にね」
「問題点? 何かありましたっけ?」

 頬に両手を当てて首を傾げるアニスを余所に、ティアが表情を引き締め、その答えを告げる。

「……瘴気、ですね」
「そうか。そもそも外殻大地は瘴気から逃れるために作られたものでもあるんだよな」

 ──障気。

 ガイの言う通り、そもそも外殻大地は瘴気から逃れるために作られた場所だ。降下した大地で生きるためには避けて通れない、いつかは解決しなければならない問題だ。

 瘴気に関しては、ベルケンドやシェリダンだけではなくグランコクマの譜術研究、それにユリアシティとも協力しなければ解決策は見つからないだろう。

 そして、そのためには──まずキムラスカとマルクトが手を組まなければならない。

「絶対に、お父様を説得してみせますわ」
「ああ、行こう。俺たちの故郷──バチカルへ」

 こうして、俺たちはバチカルへと三度目の帰還を果たす。

 アッシュの代わりとしてなんかじゃない。

 他の誰でもない、俺自身が七年間を過ごした故郷へ向けて──その足を踏み出した。



  1. 2005/07/27(水) 15:19:47|
  2. 【家族ジャングル】  第五章
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