全手動軽文量産機

──A.L.M──

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 ──黒の禁書庫──


 盤上を斜向かいに対峙する二人の男の姿があった。
 さして広くもない室内には冷え切った空気が充満し、向き合う二人を中心に、駒の進められる音だけが定期的に響く。
 緩やかに進められる序盤の流れの合間で、カンタビレは時折口を開き、問いかけを放つ。
 ヴァンがそれに淡々と答え、対局は表面上は穏やかに進行する。
 序盤の応手はさして劇的な変化も見せぬまま流れ行き、対局は中盤に至っていた。

「……などほどな」

 カンタビレは盤上から視線を移す。射抜くような視線を向けながら、自身の把握した情報を言葉に直す。

「つまり当時から、あんたは僕の研究内容に目をつけていたって事か」

 序盤においてカンタビレの発した質問は、そのほとんどが当時に関する確認だった。

 今から一年程前。あまりに突然なされたダアトへの誘いに、かつて自分は王都にとどまる事を選択し、申し出を断った。

 それから数日と間を開けぬ内に──ギンナルは死んだ。

 カンタビレが王都にとどまる事を選択した最大の理由は消え去った。

 その後は促されるままダアトに向かい、世界から目を背けるように、要請されるまま研究に没頭した。

 だが、それすらも全ては目の前の男の思うがまま、踊らされた結果に過ぎなかった。
 この男はスコアの内容を知りながら、何一つ口にせぬまま放置し──ただ待った。
 そして、何一つ直接的に動く事もなしに、最も望ましい結果だけを手に入れたのだ。

「全てを知りながら放置し、訳知り顔で手を差し伸べる……正直、吐き気がするな」
「随分と嫌われたものだな。余程あの事件の顛末が気に入らないか?」
「はっ! これで嫌わなかったら、むしろ異常だね。……まあ、スコアに関しては教団の方針だった。あの段階で知ったところで、どうしょうもなかったってのは僕も理解しているさ」

 何年もの間動かなかった政府が動いたのだ。それ相応の入念な準備がなされていたと思うべきだろう。あの日他の団員が帰省していた所を狙われたのも、偶然ではなかったのだろうなと、今のカンタビレは判断していた。

「だが、それでもだ」

 教団の方針がどう在ろうが、そんな事は自分の抱く感情とは何の関係もない。

「僕はあんたが気に食わねぇ。あんたのやり口は、ひたすら虫が好かねぇ・・・・・・・・・・類のもんだ」

 抱く嫌悪を一切隠そうとしない、率直なカンタビレの物言いに、ヴァンは薄く笑みを浮かべる。

「個人的な感情にまで口を挟むつもりはない。お前が有用な人材である事に変わりは無いからな。だが一つ言わせて貰うなら、お前の手がけた研究内容が私の興味を引いたのは確かだが、それ以上に、おまえ自身に興味を抱かされたのもまた確かなことだ」

 相手のあまりにも一方的な言いぐさに、カンタビレは更に顔をしかめる。

「迷惑な話だな。……ディスト一人じゃ足りねぇのか?」
「奴の役割はまた別にあるからな」
「……フォミクリーか」

 かつてケテルブルクに生まれた二人の天才の名は世界的にも有名なものだ。バルフォア博士が生み出したフォミクリーを作成する譜術。それを同郷たるネイス博士が譜業技術として体系化する事で、複製体の安定性を高めた事は、その筋の人間ならば誰もが知っている事実だ。

「あんたにとって、まるで人間は駒のようだな」

 ルークが勢いよく、相手陣地に切り込みを掛ける。正面から受けようとすれば少し対処に困る局面に、しかしヴァン・グランツはさして慌てる事もなく、最も効率的な一手を放つ。

 ボーンが犠牲にされて、カンタビレの放った手は無意味なものとなった。

「効率的に使い潰されるならば、駒としても本望だろう」
「……」

 生体フォミクリーを躊躇いもなく実行できる相手の言葉だ。本気で言っているのだろう。

 背筋を走り抜ける薄ら寒いものを感じながら、そんな自分の感情を叱咤する様に、カンタビレは一度瞼を閉じ、開く。

「そろそろ本題に入らせて貰うぜ」

 言葉と同時──カンタビレの苛烈な一手が放たれる。

「むっ……」

 盤上を見据え、ヴァンが応手を止める。一連の流れから切り離された位置にあった序盤の一手が、ビショップからキングに繋がる道を開き、その動きを効果的に阻害している。

 下手に攻め続ければ、このままの読み筋で行くとヴァンが一手負けに終わる。

 沈黙するヴァンの姿を認識すると、カンタビレは一息に問い掛けを放つ。

「──預言からの解放が意味するものとは、一体何だ?」

 問い掛けに、ヴァンが静かに両眼を閉じる。
 つり上げられた口端が、僅かに笑みを形取る。

「さて……いったいどのような答えが返される事を望んでいるのだ?」
「そのままだ。そのままあんたの考えるところを言ってくれれば、それでいい」

 どこか惚ける様な相手の返答に、カンタビレはふざけた事をと内心で思いながら、表面上は冷静さを保ち、自身の推測を交えた言葉を続ける。

「全ての預言の源であるローレライを滅ぼして、この世界を革新する……そう、あんたは言っていたな。確かに預言を詠む際に第七音素は必要になる。そんな第七音素の集合意識体が消滅すれば、世界中の第七音素の総量は大幅な減量を余儀なくされるだろうよ。
 だが、それで人類が預言から解放されると、何故言える? ローレライが居ようが居まいが、第七音素がある限りスコアは消えない。
 あんたの言う預言からの解放が意味するものとは、いったい何だ?」

 わずかな沈黙を挟んだ後、ヴァンがゆっくりと駒に手を伸ばす。

「……星の記憶というものを知っているな」

 攻めに転じていた幾つかの駒が戻されて行く中、カンタビレは相手の言葉の意図が掴めず怪訝に思いながら、とりあえず答えを口にする。

「確か……地殻に沈んだ記憶粒子の大本のことだったか」
「その通り。そして同時に──スコアを構成する事象の流れの根源でもある」

「星の記憶が……?」
「そもそも我々が知る預言とは〝間接的〟なものだ。地殻に存在するローレライが星の記憶より観測せし事象の流れを、第七音素を媒介とする事で覗き見ているに過ぎない」

 緩手を続ける相手を追い立てながら、カンタビレも相手の告げた言葉の意味を考える。

「……媒介となる第七音素が残っていても、星の記憶を直接的に観測するローレライが居なくなる事で、預言自体が詠めなくなるって事か?」
「ああ。観測者たるローレライを消滅させることで、人類はスコアを詠む術を失うだろう」

 あまり動きの無い盤上から視線を外し、カンタビレは告げられた言葉に思考を巡らす。

 確かに、ヴァンの言っていることが事実ならば、ローレライを消滅させることで、人類がスコアを知覚する術は失われるだろう。

 だが、ローレライが消滅しようとも、預言の下となっている記憶粒子の総体──星の記憶は残る。また、そもそもこれまで詠まれたスコアが消える訳でも無い。目の前の相手が告げた言葉に、言いようの無い不審感が募るのをカンタビは感じた。

 ……一つ、試してみるか。

「なら、ユリアの残したプラネットスコアに関してはどうするつもりだ?」
「……プラネットスコアか」

 かつて星の一生を詠んだと言われる膨大な預言。生み出された七つの譜石を巡り、かつて戦争が引き起こされもした。今では現存するかどうかはともあれ、その存在する場所のほとんどは確認されている。

 ただ一つ、星の終焉を詠んだとされる第七譜石のみが未だ発見されていない。

「とりあえず手段は置いとくが、仮にローレライを消滅させる事に成功したとしてもだ。預言の根源である星の記憶自体は消えない事になる。あんたの言ってる言葉から考えるに、プラネットスコアが星の一生を読み上げた記録だって言われてるのも、星の記憶から直接的に引き出された預言だったからなんだろ?」
「そうなるだろうな」
「なら、スコアを詠む術が無くなっても、譜石に刻まれた預言がある限り、プラネットスコアの影響は世界に残り続けるんじゃないか?」

 多少強引な話の展開だったが、それでもヴァンの掲げるスコアからの解放という目的から考えるなら、やはり無視できない要素のはずだ。いったいこの問いにどう答えるのか、カンタビレは視線も鋭く相手の反応を待つ。

 どこか遠くを見据えるように瞳を細めていたヴァンが、ゆっくりと口を開く。

「……私から言えるのは、プラネットスコアと言えども完全ではないということだろうな」
「なに……?」

 思わぬ言葉に眉根を寄せるカンタビレに、ヴァンは続ける。

「預言により定められた事象の流れは絶対と言われているが、それは正確ではない。絶対たり得るのは、流れの行き着く先のみ。終焉に至る過程においては無数の異なる流れが存在し得る。
 たとえプラネットスコアと言えども、それは例外ではない。教団が自らを監視者と称しながら、世界に対して事有るごとに干渉する理由でもある。絶対たり得るのは、流れの行き着く先のみ」

 問われた質問には応えた、とヴァンはそこで言葉を止めた。

「……」

 預言に詠み上げられた終焉に至る過程そのものは絶対では無い。そう、この相手は告げる。

 だが逆を言えば、無数の異なる流れが生じようとも、行き着く先は何も変わらない。そう言っているとも取れる言葉だった。

「……やっぱり、わからねぇな」

 カンタビレは額を抑え、低く呻く。

「いや……更に疑問が沸いたと言うべきか。本来、未来とは不確定なものであり、偏在する事象に決まりきった結果など存在しない。そして、そうした無数に存在する流れを消し去り、一つに確定する術がスコアであると僕は考えていた」

 偏在する事象の流れを観測する事で確定する──これが一般的に言われている預言の発現過程だ。そうした分析があったからこそ、カンタビレはローレライの力の本質が消滅であり、他の可能性を消し去る事で、唯一の流れを発生させているという仮説を打ち立てた。

「だが、あんたは、星の一生を詠み上げたと言われるプラネットスコアにも、幾つもの流れが存在すると言う。それでいて、行き着く先に関しては唯一つしか存在しないと口にする。それは預言が詠まれようが詠まれまいが、結局の所、導かれる最終的な結果は変わらないと言っているようなものだ。
 なら──この世界に預言が存在する意味は、存在するのか?」

 どのような過程を経ようが、行き着く先がただ一つしか存在しないのでは、未来を知ることに何の意味がある? そう問いかけるカンタビレに、ヴァンは僅かに目を閉じる。

 答えを待つ自分から顔を逸らし、ヴァンの口から小さなつぶやきが漏れる。

「……気づいたか」

 思わぬ相手の反応に、向ける視線が自然と強まるのを感じる。気勢を増した視線の圧力に晒されながら、しかしヴァンは一向にその先を続けようとしない。

 痺れを切らしたカンタビレは、語気も荒く相手に問い質す。

「それで、質問に答える気はあるのかよ?」

 それとも何か答えられないような理由が存在するのか? そうカンタビレは裏で問い掛ける。

 更に沈黙が続き、カンタビレが疑惑を確信に高めたとき──ヴァン・グランツが口を開く。

「世界の存続」

 意味の取れない返答に眉根を寄せるカンタビレを余所に、ヴァンの言葉は淡々と続く。

「スコアに存在する意味があるとしたら、そんな下らぬ理由があるだけに過ぎないだろうな」

 どこか嘲るような言葉を最後に、ヴァンが口を閉じる。

「……」

 かつての創世歴時代、ユリアは障気に汚染されたこの星で、人類が生き残る道筋を見いだすべく、プラネットスコアを詠んだ。ヴァンの返した言葉は、そうしたスコアの成立過程を指しているようにも考えられる。

 だが、自分の直感が告げる。

 目の前の男が告げた言葉には、それ以上の意味が込められていると。

 険しい視線を向けるカンタビレに、しかしヴァンは黙したまま盤上に視線を据え続ける。

 ……これ以上の質問に、答える気は無いってことか。

 カンタビレはこれ以上の思考をいったん打ち切り、盤面に意識を戻す。

 対局は既に終盤に至っている。

 質問に気を取られすぎたせいか、それともヴァン自身の腕か。カンタビレが優勢だったはずの盤上の形成は、いつしか互角にまで盛り返していた。

 交わされる言葉が無くなった二人の間で、駒が次々と動かされていく。

 一手、一手と打たれる毎に、不確実な読み筋が消え行き、有効な手は無くなっていく。

 互いの意識は盤上に集中され、両者の頬を汗が滴り落ちる。
 そして数手が打ち合わされた所で……二人は同時にその手を止める。

 盤上を見据え、どちらからともなく、深い息が漏れる。

「引き分け……か」
「そのようだな」

 よほどのミスを犯さない限り、互いのキングを詰めることは不可能な状態だった。そしてこの盤面を造り上げた二人が、そんなミスを犯すことはありえない。

 盤上に視線を落とし、沈黙するカンタビレに向けて、ヴァンが面白そうに問いかける。

「それで、お前が知りたいことはわかったのか?」
「……ああ、十分すぎるほどにな」

 そう、カンタビレは理解した。

 この相手がスコアからの解放を謳い上げ、具体的に何をしようとしているかはわからない。そうした手段に関しては、自分が研究に携わる内に、おのずと知る機会は幾らでも訪れるだろうとカンタビレは判断していた。故に、今回の対局でカンタビレが理解しようとしたのは、そうした事柄には無い。

 対局の傍らで交わされた言葉の端々から、カンタビレはヴァンに探りを掛けた。復讐に狂い出来もしないことをただ口にしているだけなのか、それとも明確な根拠と手段を見いだしているのか、質問に答える相手の反応から、判断する材料を引き出した。

 そして対話を終えた今、カンタビレは理解した。

 この相手は──危険過ぎる。

 世界に対する復讐心を其の原動力にしながら、選択される行動はどこまでも冷徹な計算に基づいている。スコアから人類を解放するという妄言とも取れる目的を掲げながら、この相手はあくまで現実を見据えている。あらゆるものを一切の躊躇いも無しに利用しながら、確実にその実現に向けて動いている。

 あまりにも、危険な相手だった。

「……」

 今後自分がどう動くべきか思考を巡らせながら、カンタビレは立ち上がる。そのまま去ろうとした所で、思い出したようにヴァンに向き直る。

「……対局に付き合ってくれた事に関しては、素直に感謝するよ」
「今は言葉通りの意味で、受け取って置くとしよう」

 どこか愉快そうに自分を見返すヴァンの瞳を正面から受け止めながら、カンタビレは溢れる殺気を誤魔化すように、飄々と言葉を返す。

「それじゃ、僕はこれで失礼するよ、主席総長どの」
「ふっ……退室を許可しよう、第六師団長」

 互いの肩書きを挑発的に呼び合うのを最後に、二人はそれぞれ動き出す。

 カンタビレは無言のまま部屋に背を向け、歩き出す。振り返る事はしない。
 ヴァンもまた何事も無かったかのように執務机に戻り、書類に手を伸ばす。

 執務室の扉が閉ざされる。


 二人はここに、決別した。




               * * *




 改革派の動きが活発になっている。

 ここ最近になって、教団内部でしきりに囁かれている噂だ。

 宿舎の窓から身を乗り出し、アッシュは第六師団の者達がよく利用する演習場を見下ろす。

 視線の先では模擬演習を繰り広げる軍人たちの姿があった。彼らの中心には師団長のみが羽織る事を許された黒の教団服を着込んだ男が居る。

「第六師団長、異端のカンタビレ……か」

 アッシュはつい先日、初めて顔を合わせた相手の姿を思い浮かべる。

 突然自分の本名を呼ばれた事で、あのときは動揺してしまったが、話を聞いてみれば、あまりにも簡単なことだった。つまりあいつは王都に居たことがあり、そこで自分のレプリカと知り合っていた。ただそれだけの事だった。

 そして、ヴァン自らの手で、ダアトに引き戻された相手。

「……ちっ」

 かつて自身がダアトに連れ去られた際の記憶が呼び起こされ、アッシュは軽く舌打ちを漏らす。

 熱くなりかけた思考を冷ますために、アッシュは一度頭を振って冷静さを取り戻す。

 カンタビレとの遭遇後、アッシュは教団内の知り合いに話を聞き込み、新たな第六師団長の素性を探るべく動いた。あまり詳しい話は聞けなかったが、自分がダアトから離れている間、カンタビレはヴァンの指示の下に何らかの研究に従事していたらしい。

 その際、カンタビレがバチカルを離れる切欠となった事件についても耳にした。

 ヴァンからのダアトへの誘いを断ってから数日と経たぬ内に、バチカルにとどまる理由を失ったカンタビレ。当時の状況から考えるなら、そうした事態の裏でヴァンが動いていたことは確実だろう。

 実際、アッシュのそうした考えを証明するように、あの日──自分と初めて顔を合わせ、そのままヴァンの下に走り出して行った日から、第六師団長は、以前と大きく異なる動きを取っている。

 其の最たるものとしては、一つの宣言が挙げられるだろう。

 第六師団そのものが、改革派に属することを宣言したのだ。

 この宣言によって、現在、教団内部は激しく揺れ動いている。

 これまでは導師という求心力のある存在を抱えながら、どこかまとまりを欠いていた改革派。そこに師団において最大人員数を誇る第六師団全体が改革派につく事を宣言したのだ。

 保守派に属すると言われるヴァン・グランツ直々の任命ということもあって、同じ保守派に属すると思われていた第六師団長が、突然反旗を翻す──そんな予想だにしなかった事態だけあって、教団を走り抜けた衝撃も凄まじいものがあった。

 それぞれが各自の利権や立場を守るべく動き回り、今後の動向を固唾を呑んで見守っている。
 アッシュ自身に対しても、改革派と思しき者達から何度と無く接触が図られている。

 だが、アッシュは今回は動かずに、事態の推移を見守ることを決めていた。

 最近その行動理由がわからなくなりつつあるとは言っても、ヴァン・グランツが自らの師であることに変わりは無い。アッシュは未だヴァンと袂を別つ程の気概を自分の中に見出せていなかった。

 また、最終的にヴァンとの決別を選ばざるを得ないとしても、今の段階で動くのは得策ではないとも考えていた。自分はヴァンに対してかなり近い位置に居る。今後何がしかの動きがあった場合も、そうした位置に居れば、状況がどう変わろうとも、何かと対応がしやすいという判断の下だった。

「……」

 それに、アッシュにはどうしても打ち消せない、一つの懸念が存在した。

 改革派はあまりに唐突に誕生した。

 導師が合流する以前の改革派は、単なる教団内の改革を掲げる過激な一派に過ぎなかった。それが今から一年程前に、導師が改革派の筆頭となることで、急速に組織としての体裁を見せるようになり、現在知られているような派閥ができあがったのだ。

 しかも自分の知る限り、かつての導師はヴァンと協力関係にあった。それが病気から回復して以来、まるで別人のように教団の改革に向けて精力的に動き出した今の導師イオン。

「……今回の騒動がどう治まるにしろ、第六師団長とはもう一度接触を取る必要があるだろうな」

 もし自分の推測が確かなら、改革派も所詮──……

 アッシュは瞼を閉じ、それ以上の思考を打ち切った。




               * * *




「――以上が、詠師会の決定だ」

 そこで言葉を切ると、モースは召集された相手に確認の視線を向ける。
 ダアトに常駐する詠師達を前にしながら、目の前の男は露骨に顔を歪める。

「……そういう事か」

 ぼそりと呟かれた言葉に、詠師の一人が眉を潜めながら、言葉をかける。

「何か言ったか、カンタビレ第六師団長」
「……いいえ、何でもありません」

 一切の感情が抜け落ちた表情が返される。立ち上る異様なまでの鬼気に、詠師が怯えからか僅かに腰を動かす。

「な、ならばいいが……」

 そうですか、とカンタビレは言葉に詰まる詠師から、あっさりと視線を外す。代わって向けられた先には、一人無言のまま腕を組み瞑目するヴァン・グランツの姿があった。

 そうした相手の反応に、モースは何か察するものがあった。だが、今考えるべきはそれではないと思い直し、思考を切り換える。

「カンタビレ。ではこの辞令を受けるのか否か、返答を願おう」
「…………拝命します」

 片膝を突き、片手を胸の前に添え頭を垂れる。略式の敬礼を返すカンタビレに、モースは詠師の一人に促し、正式な任命書を渡す。

「これで第六師団の者達は、各地に存在するオラクルの駐屯地に派遣されることが決まった。師団長である貴殿も今後はダアトを離れる事が多くなるだろうが、変わらぬ忠勤を期待する」
「ええ、わかっていますよ。……それじゃ、自分はこれで失礼します」

 何の感情も伺わせない言葉を返し、カンタビレは部屋から去った。

 完全に相手が消えたのを確認すると、室内にざわめきが戻る。

 第六師団の者達には、各地に点在するオラクル駐屯地への派遣が命じられた。名目としては、最近不安定になりつつある世界情勢に対応するために、駐屯地に存在するオラクル兵の増員を図る必要があり、最大人員数を誇る第六師団を切り崩して人を遣ることになった……そういうことになっている。

 しかし、これは改革派に対する分断工作に他ならなかった。

 改革派が存在すること自体は、モースとしては何も思うことはない。

 だが、カンタビレはやりすぎた。

 実際に脅威足り売る存在へと、着実に成長していった改革派に対して、普段は腰の重い保守派幹部たちも危機感を抱いた。その結果として、今回の迅速な対応が実現した。

 しかし……こうも早い対応が可能となった事態の裏には、それ以外の理由も存在する。

「やれやれ。あの者にも困りましたな」
「ええ。元々こうなる事が定められていなければ、もう少し教団内に混乱が続いたでしょう」
「まったくですな。そもそも……」

 口々に囁きあう詠師たちの言葉からわかるように、第六師団に対する対処は、彼らが改革派に合流する前から、既に確定された事項だった。

 ……すべては観測された事象のままに流れ行く。

 観測者の見出せし、流れのままに……───

 モースは一人瞳を閉じると、静かに祈りを捧げた。




               * * *




 カンタビレは師団の者達に今回の決定を伝えた後、自らの執務室に向かっていた。

 これで第六師団は教団内部における影響力を喪失した。
 改革派の成長は止まり、その勢いも大きく衰えることになるだろう。

 ある程度は予測していた事態ではあったが、それでもカンタビレは湧き上がる疑念を抑えることができなかった。

 保守派の対応は、あまりにも早すぎた。

 ヴァン・グランツならば、自分の動きを予測しているだろうとカンタビレも考えてはいた。だが、それでもこうも急激な対処が可能であるかどうかと言えば、疑問だった。

 そもそも改革派には導師イオンが存在する。未だ確固たる基盤を築けていないとはいっても、導師が代表となって存在する改革派に対して、これ程までにあからさまな行動を起こすには、それなりの時間と根回しが必要となる。

 そうした一連の対処によって生まれる僅かな時間に、保守派が手を出せなくなるまでに改革派を成長させる。その結果として、自分が師団長を更迭されたとしても、第六師団全体が合流した改革派に、教団内部において確固たる基盤を築かせる──それが、カンタビレの当初考えていた、ヴァン・グランツに対する対抗策だった。

 だが、それも今回の辞令で打ち砕かれた。

 第六師団の人間は、各地に点在するオラクル駐屯地に向けて、人員の増員という名目の元に分断され、ばらばらに振り分けられた。カンタビレ自身も、師団長から更迭こそされなかったものの、今後は各地に存在する部下に指示を下すため、中央から離れる事が多くなるだろう。

「……気に食わねぇな」

 まるで、最初からこうなる事が決められていたかのような対応だった。

 唐突に、カンタビレの歩みが止まる。

 顔を上げ先に、壁に背を預け佇む男の姿があった。

「……総長」

 ヴァン・グランツが腕を組み、静かにカンタビレを見据えていた。

「あんた、こうなることを知っていたな?」
「……ああ」

 導師を向こうに回しながら、躊躇も無しに、一つの決定に向けて動いた教団上層部。
 あらゆる要素を一考にすら値しないものへと成り下げる絶対の法。

「……僕は今回も、スコアにいいように踊らされていたってことか」
「……」

 吐き捨てるカンタビレに、ヴァンは何も応えない。

 ヴァンが自分に対して、自らの考えを打ち明けたのも、今回の動きを知っていたからだろう。今回の辞令によって、ダアトから離れる事が多くなる自分に対して、事前に協力を取り付けておく必要があったという訳だ。

 だが、それにしても、教団の動きはあまりにも具体的で、なにより其の時期が正確すぎる。

「これは……第六譜石に刻まれた事象の流れなのか?」

 ユリアの残せし預言。譜石に刻まれた未来の記述。現在公式に確認されている譜石は六個。その全てが教団によって厳重に管理され、秘匿されている。そこに記された流れに従い、教団は動いたのか。

 そうした意味を込めた問いかけに、ヴァン・グランツは曖昧な答えを返す。

「……ある意味では正解であり、同時に全くの見当外れでもあるな」
「答える気は無いってことか。……まあ、いいさ」

 せいぜい探らせてもらうとしよう。言葉には出さずに、鋭い視線を向ける。そんなカンタビレに、ヴァン・グランツは悠然と顔を向ける。

「今後の研究に関しては、追って指示を伝える。今更私に協力する事を断る理由もあるまい」
「……ああ、わかってる」

 今回の決定によって、カンタビレはヴァンとの協力関係を断ち切る事はできなくなった。

 改革派そのものが無くなった訳ではないが、改革派にこれ以上の成長が見込めなくなった今、教団内部で動く際も、彼らからの支援はさして期待できない。ヴァンの目的を探るにも、相手の懐に飛び込み、協力者として直接的に動く以外に無くなったからだ。

 沸き上がる苛立ちを言葉に込め、カンタビレは視線も鋭くヴァンを睨む。

今は・・ 利用されてやるよ、ヴァン・グランツ。……せいぜい、寝首をかかれないように気を付けるんだな」
「ふっ……好きにするがいい。存分に利用させて貰うとしよう、アダンテ・カンタビレよ」

 交錯する視線が火花を散らし、周囲の空気が其の温度を急激に下げる。

 少しの間、視線で牽制しあった後で、二人は同時に背を向ける。

 相手に一切の意識を払わぬまま、二人は別々の方向に、立ち去った。





 こうして、第六師団はダアトにおける影響力を著しく衰退させた。

 改革派もまた其の成長を止め、導師の求心力のみが改革派の存在を維持する唯一の力となった。

 保守派は教団内部における影響力を絶大なるものとし、軍事力を握るヴァン・グランツと大詠師モースらに対抗できる存在は無くなったかに見えた。

 これから一年後、導師がマルクトを訪れるその日まで───

 改革派は長い、雌伏の時を迎える事になるのだった。






               * * *





 教団の地下深く。

 刻まれた転送陣によってのみ、人の行き来を可能にする深遠の淵に、その書庫は存在した。

 膨大な数の文献が納められた書棚の一角に、台座に据え置かれた一冊の本があった。ボロボロにすり切れた本が乗る台座には、譜陣によって調整されたおそろしく精密な仕掛けが常に起動し、最高の保存状態を作り出している。

 台座を正面に立つ一人の中年の男が、床に片膝をつき、祈りを捧げている。

 静謐な書庫に、靴音が響く。

「──来ていらしたのですか、大詠師モース」

「……ヴァンか」

 ここは導師、大詠師、主席総長の位に付く三者のみが立ち入る事を許された書庫だった。だが今となっては、この場所を知る人間も二人しか存在しない。

 脇に並んだヴァンに対して、モースは祈りを捧げる姿勢のまま、口を開く。

「……正史より外れし事象の流れは、《観測者》の見出した流れに収斂しつつあるようだ」
「驚くべき事態ですね」

 空々しく答えるヴァンに、モースは祈りの手を止め、顔を上げる。向けられる苛烈なまでの視線の鋭さに、しかしヴァンは一切の動揺も浮かべぬまま正面から見返している。相手の反応を忌ま忌ましく想いながら、モースは問いかける。

「私が何も知らぬものとでも思っているのか?」

 僅かに間を置いた後で、ヴァンが口を開く。

「……失礼ながら、あなたは全てを受け入れることを選ばれたのではありませんか?」

 返された言葉に、モースは一瞬言葉に詰まる。ついでどこか疲れ切った表情で、深く息を吐く。

「そして、お前は抗うことを選択したということか」
「……私は、ここで失礼します」

 モースの言葉には答えず、ヴァンが身を翻す。
 去りゆく男に対して、モースは憐憫の視線を向ける。

「哀れだな、ヴァンデスデルカ」

 ヴァンが完全に立ち去った後、モースは書庫の中心に据えられた本に視線を移す。

「栄光を掴む者は動き出した……ならば、私はどうするべきか」

 つぶやいた後で、モースは自嘲の笑みを浮かべる。
 そんなことは改めて考えるまでもなく、決まっていた。
 ただ事象の流れを見据え、いずれ訪れる終焉の時を待つ。

「……哀れなのは、私の方か」

 自分ごとき道化にできる事など、それ以外に存在しない。

「……」

 最後にもう一度祈りを捧げると、モースもまた書庫を去った。


 無人となった禁書庫に、ただ沈黙のみが、残された。



  1. 2005/07/24(日) 00:14:19|
  2. 【家族ジャングル】  第五章
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