全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第3話 「水に浸かり、火と踊る」


 鉛色に染まった曇天から、果てることなく雪は降り注ぐ。
 白一色に染まった大地の上に立ち、俺はおもむろに顔を上げ、

「ぶっえぇっ──っくしょっんっ!!」

 盛大にクシャミをかますのだった。

「だあーっ! さ…………寒すぎる…………っ!!」

 ってか、ぶっちゃけこの寒さは有り得ねぇーっ! 寒すぎるにも程があるだろがっ! バナナで釘が打てるからどうしたっ! どんな大自然の脅威だっつーのっ!!

 って、ううっ……寒さのあまり、思考が空転してやがる。愚痴でさえも意味わからんものしか出て来ない。その上、考える気力までもが無くなってくるぜ……

「やれやれ、皆さん軟弱ですねぇ」

 一人ピンピンしているジェイドが困ったものだと、肩を竦めて言い放ちやがった。

 いや、雪国育ちのジェイドは寒さに耐性あるんだろうが、俺はこんな雪国来るのは初めてなんだ。無理言うなと怒鳴り返したくなるね。…………まあ、口を開くだけで寒くなるからしねぇがな。

「とりあえず、知事邸に向かうとしますか」
「もう何でもいいから、とっとと室内に入りてぇぜ……」

 ひっきりなしに上下する歯を噛み鳴らし、俺はぶるぶる震える身体を両腕で抱え込む。

「まったくもう……そんな格好をしていれば当たり前でしょ?」
「うぅっ……面目ねぇ……」

 いつもいつもすまねぇな、ティアさんよ。俺は目尻を押さえ、漢泣きをするのだった。

 俺の反応にティアは呆れたようにため息をつくと、何かを思い出すように視線を上向かせた。

「……確か、あなたがお父様にもらったコートがあったわね。上から羽織ってみたら?」
「おおっ! ナイスだティア、そんなもんが確かにあったよな」

 うう、サブサブとつぶやきながら、俺は荷物から取り出した真紅のコートを身にまとった。このコートを初めてマトモに着たのがこんな理由だってのが、何とも浮かばれない話だがな。

「……まあ、腹筋だしてるいつもの服装がおかしいんだけどな」
「何度注意しても、ルークはあの服装を止めようとはしませんでしたものね」
「ぶっちゃけルークの服装センスって有り得ないよね~」

 着替える俺の脇で交わされた三人のボヤキは聞こえない。俺の革新的な感性を理解しない愚民共の言葉など、聞こえない。聞こえないったら聞こえないのだ。

「そうでしょうか? 僕はカッコいいと思いますけど……」


『え?』


 とりあえず、俺とイオン以外の全員が声を上げた、とだけ言っておく。




               * * *




 知事邸への訪問は思ったよりもスムーズに進んだ。何でも前回訪れたナタリア達が言うには、ジェイドの知り合いが知事の代行をしているらしい。

 だが単なる知り合いという訳でもないらしい。その証拠に、屋敷に仕える使用人たちはジェイドの姿を目にすると、すぐに目礼を返し、それが当然のように通りすぎていく。

 疑問に思った俺が詳しい話を聞き出す前に、執務室に辿り着く。

 軽いノックの後、扉が開かれた。

 部屋のほとんどの面積を占める執務机に腰掛け、金髪の女性が手にした書類から顔を上げた。メガネ越しに見える瞳が大きく見開かれ、開かれた口が言葉を紡ぐ。

「……お兄さん?」
「久しぶりです、ネフリー」

 どこかとぼけるように、ジェイドがメガネを押し上げた。そんな相手の態度に、彼女は僅かにまなじりを下げ、苦笑を浮かべる。

「来るなら事前に連絡してくれれば、港まで迎えに行ったのに」
「すみません。なにぶん、今は非常事態ですからねぇ」

 親しげな空気の中で、会話が重ねられて行く。そんな二人の様子を見据えながら、俺も彼女がジェイドとどんな関係なのか理解した。

「はぁ……あのジェイドに妹なんて居たのか……」

 心底感心して唸る俺の反応に、ジェイドが人を食ったような笑みを浮かべる。

「心外ですねぇ。一応私も人の子ですよ? 血縁者の一人ぐらい居ますよ」
「いや、一応って……」

 やれやれと肩を竦めるジェイドに、ガイが顔を引きつらせた。

 まあ、叫んでおいてアレだが、確かにジェイドの言う通りか。

 普通なら至極当然の事実を感慨深く納得する俺を余所に、ジェイドが肝心の用件を切り出す。

「ここに来たのは他でもない。ロニール雪山の状況を聞いておきたいと思ったからです。何かわかる事はありますか?」
「セフィロトの件ね。それなら陛下から聞いているわ。確か気象観測班の報告があったはず……あった。地震の影響で、雪崩が頻発しているみたい。でもここ一週間程天候は比較的安定しているわ。山に向かうなら、今が一番ちょうど良い時期かもしれないわね」
「なるほど。さすが仕事が早いですね」

 感心したようにジェイドが頷いた後で、口を閉じた。

 しばし沈黙が続くが、一向にもう一つの件を切り出そうとしない。

 なんか変だ。どうにも珍しい事だが、ジェイドの態度に煮え切れないものを感じる。このまま黙り込んでいても話が進まないので、とりあえず俺がネフリーさんに向き直る。

「あーと、ネフリー─さん。実はもう一つ尋ねたい事があるんですが」
「はい、なんでしょうか?」
「昔、オラクル騎士団の団員だった人がこの街に住んでたと思うんですけど、その人の事についてちょっと尋ねたいんですよ」
「オラクル騎士団の団員について……ですか?」

 意外な質問だったのか、一度こちらの質問を繰り返した後で、ネフリーさんは書類の山の一つに手を伸ばす。

「住民台帳を見ればわかると思いますけど……その人の名前は?」
「ゲルダ・ネビリムって人なんですけど……」

 その名前を聞いた瞬間、ネフリーさんの表情が劇的に変化する。目が見開かれ、僅かに開かれた唇は動揺に震える。

「ネビリム先生の……ことですか」
「まあ、ご存じですの?」

 相手の反応に驚くナタリアに、ネフリーさんは自身を落ち着けようとするかのように、胸の前に手を置いて、数度深呼吸繰り返す。

「……ネビリム先生は教団から還俗された後、この街で私塾を開いていたんです」

 やや躊躇った後で、ネフリーさんは先に続く言葉を告げた。

「私も……兄も先生の教え子です」
「ええー! 大佐知ってたんじゃないですか!?」

 どうして教えてくれなかったのかと訴えるアニスに、ジェイドは軽く肩を竦めて見せた。

「すみません……ピオニー陛下はともかく、ディストと机を並べたことは私の人生の汚点ですからねぇ」

 身も蓋もない返しに、誰もが呆れたように口を閉ざす。

「しかしディストはともかく、皇帝陛下も教え子だったのか? こりゃ驚いた」
「陛下は軟禁されていたお屋敷を抜け出して、勝手に授業に参加されていたのです」
「屋敷を抜け出してねぇ……どっかで聞いたような話だな」

 ガイから向けられる視線に、俺はあさっての方向を向いて顔を逸らした。どこで聞いた話しかは、言うまでもないだろう。

 そのとき顔を逸らした先で、ネフリーさんが僅かに表情を曇らせ、ジェイドを見据えていることに気づく。どこか相手を心配するような色合いと、それ以外の感情が絡み合った複雑な視線が、ジェイドに向けられる。

 浮かんだ感情の意味を俺が理解する前に、話しがズレてきたのを感じ取ったティアが、再度ネフリーさんに問いかける。

「それで、あの、ネベリムさんの遺品などは……?」

 感情は一瞬で消え去り、ネフリーさんは冷静に答える。

「ネビリム先生に関する資料は、随分昔にマルクト軍の情報部が引き上げて行ったと聞いています」
「マルクト軍が……!? ……なぜ、先生の資料を……?」

 ジェイドが動揺を瞳に浮かべ、小さく叫ぶ。

 軍部が直接動くなんて言うのは、どう少なく見積もっても真っ当な話ではないだろう。しかも相手は触媒武器の研究者でもあるのだ。……マルクト軍が研究対象として、目を付けたってことだろうか?

「私にわかることはそれくらいです。詳しい話は、陛下に聞く以外にないでしょう」

 考え込む俺たちの気を取りなすように、ネフリーさんが話をまとめた。それを受けて、ジェイドも動揺を振り払うかのように、首を左右に降る。

「先帝時代の研究には、未だ正確に把握できていないような暗部が多数残っています。そうした現状を考えると……確かに、陛下に頼る以外になさそうですね。やれやれ、厄介なことだ」

「暗部ねぇ……いったい、どんなことやらせてたんだ?」
「戦時下というのは、どのような狂気も容認されてしまう場所ですからね」

 知らない方が良いでしょう、とジェイドはガイにやんわりと否定を返した。

 その後も幾つか雪山に関する注意事項を受け、そろそろ退室する流れになった。

「不慣れな雪山に向かうのです。出発にも準備が必要でしょう。ホテルの部屋をお取りしておきますので、いつでもお立ち寄り下さい」
「助かります」
「それではまた後で、ネフリー」

 ジェイドを先頭に、俺たちは順番に部屋から外に出る。

 最後尾の俺が部屋を出ようとしたところで、ネフリー─さんが小声で囁きかける。

「……すみませんが、お話がありますので、後ほどお一人でいらして下さい」

 へっ、一人で?

 正直、よくわからない誘いだった。

 どういう意味か尋ね返そうとしたところで、相手の顔に浮かぶ真剣な表情に気づく。

 ……何か理由があるってことだろうか?

 思い出すのは、触媒武器に研究者、ネビリムの話が出たとき見せたネフリーさんの反応だ。

 結局、俺は声に出さず、ネフリーさんに静かに頷き返していた。俺の同意に緊張を緩め、待っています、と最後に小声で付け足した。

 こうして、俺はよく意図のわからない約束を交わし、部屋を出る。ネフリーさんとの遣り取りで、少し皆に続くのが遅れたが、特に誰からも不審に思われることもないまま、俺たちは知事邸から外に出た。

 押し寄せる冷気が肌を撫でる中、ジェイドが真っ先に今後の予定を立てる。

「では、早速準備に取りかかりましょう。とりあえず、このリストにあるものを、手分けして揃えて下さい」

 差し出された紙切れには、雪山で必要そうな物資が書き出されていた。

「さすがに抜かりがありませんわね」
「何と言うか、こういう点は用意周到だよな」
「さすがですね、大佐♪」
「いえいえ、そんなに褒めないで下さい」

 どこか惚けた遣り取りをした後で、俺たちは広場でそれぞれ割り振られたものを揃えに、別れて行った。

 ……さて、行きますか。

 皆が去ったのを確認すると、俺はひとり知事邸に戻る。

 お待ちしておりました、と知事邸の扉が内側から開かれた。

 執事らしき人に案内されながら、いったい何の話しだろうかと考えながら、俺は執務室に再び足を踏み入れた。俺を招待したネフリーさんが、どこか恐縮したように頭を下げる。

「このような手間をおかけして、すみません。どうぞ、おかけになって下さい」

 ネフリーさんは俺の姿を認めると、執務机の脇に設置されたソファーを促し、自身も対面に腰を掛ける。

 俺は肝心の用件が何かわからなことに困惑を感じながらも、とりあえず腰を落ち着ける。

「それで、話しって……?」
「……あなたがレプリカだと聞いてから、どうしても兄のことを話して置かなければ、と思っていたんです」
「レプリカだと聞いて……ですか?」

 俺がレプリカだって事と、ジェイドの話しがどう繋がるんだろな?

「よく話しの筋が掴めませんが、いったいどんな話しを俺に……?」
「兄が何故、フォミクリーの技術を生み出したのか、です」

 ──フォミクリーの開発者、ジェイド・バルフォア博士。

 僅かに身を硬くする俺の前で、ネフリーさんは天井を仰ぎ、遠くを見据える。

「今でも覚えています。私が大切にしていた人形が壊れたとき、兄はそれを複製してくれたんです」
「人形……」

 あのジェイドにしては随分と似合わないことをする。最初に浮かんだのは、そんな感想だった。同時に、告げられた事実に僅かな引っ掛かりを覚える。

「……人形一つ複製する為に、フォミクリーなんて技術をわざわざ開発したんですか?」

 割に合わないような気がする。そんなことをするくらいなら、同じ人形を買い直した方が早いだろう。

 だが、事実は俺の予想を超えていた。

 いいえ、とネフリーさんはその顔に僅かに畏怖を浮かべながら、言葉を続ける。

「兄は壊れた人形を確認すると、その場で、壊れる前の人形のデータを抜き出して、同じものを《復元》したのです。兄はそのとき、九歳でした」
「し、信じられねぇ……」

 ジェイドの頭が良いのはこれまでの旅路でも思い知っていたが、あいつそこまでの天才だったのか。純粋な驚きを感じる俺の反応に、しかしネフリーさんは違うものを見たようだ。

「そうですよね。技術もですけど、普通なら同じ人形を買う。兄は複製を作った……その発想が普通じゃないと思いました」

 僅かに俯けられた顔に蔭が落ちる。俺は少し間を置いた後で、相手の言葉を繰り返す。

「普通じゃない……か」
「……今でこそ優しげにしていますが、子供の頃の兄は悪魔でしたわ。大人でも難しい譜術を使いこなし、害のない魔物たちまでも、残虐に殺して楽しんでいた……兄には生き物の死が理解できなかったんです」

 相手の顔に浮かぶのは……畏怖の感情だった。確かに肉親としての情を感じる一方で、彼女がジェイドにどんな感情を抱いているのか、他人である俺にも理解できた。

「そして、そんな兄を変えたのはネビリム先生です。先生は、第七音素を使える治癒士でした。兄は第七音素が使えないので、先生を尊敬していました。そして……悲劇は起こった」
「悲劇?」
「兄は第七音素を使おうとして、誤って制御不能の譜術を発動させたんです。兄の術はネビリム様を害し、家を焼いてしまいました」

 彼女の瞳に、焔に揺らぐ家が映し出される。

 白銀の世界。燃え盛る一軒の家屋。倒れ伏す女性にすがり付く子供と、冷静に観察する子供。

「……そして、事故の直後、今にも息絶えそうな先生を見て、兄は考えたのです」

 フォミクリーという技術の開発。天才的な頭脳。死を理解できない兄。

 導き出される推測は、一つしかなかった。

「まさか……」
「ええ。今ならまだ間に合う。レプリカが作れる。そうすればネビリム様は助かる。そう考え、兄はネビリム様の情報を抜き、レプリカを作製したのです。でも……誕生したレプリカは、ただの化け物でした」

 告げられた事実の重さに、俺は僅かに躊躇いながら問いかける。

「本物のネビリムさんは?」
「亡くなりました。その後、兄は才能を買われ、軍の名家であるカーティス家へ養子に迎えられました。たぶん、兄はより整った環境で、先生を生き返させるための勉強がしたかったんだと思います」

 思い出すのはセントビナーの城門前で、ディストの吐き捨てた言葉。

 ───私が何をしようが、あなたには関係がないでしょう。

 ───ネビリム先生を諦めた……あなたには。

 生体フォミクリーの使用は、現在では禁忌とされている。第一音機関研究所でそう耳にした事がある。他の誰でもなく、開発者にあたるバルフォア博士がそれを定めたと。

「でも今は……生体レプリカを作るのをジェイドは止めた」
「ええ。ピオニー様のおかげです。恐れ多いことですが、ピオニー様はあんな兄を、親友だと言ってくださっています」

 僅かに表情を緩めた後で、どこか躊躇うようにネフリーさんは続ける。

「でも、本当のところ……兄は今でも、ネビリム先生を復活させたいと思っているような気がするんです」

「……そんな事は無いって、俺は思いますよ」

「そう……ですね。私の杞憂かもしれない。それでも私は……あなたが兄の抑止力になってくれたら、と思っているんです」

 俺がジェイドの抑止力になる? 俺程度にそんな事ができるとは到底思えないんだがな。少し考え込んでいるうちに、彼女は時計に視線を送る。

「……少し長くなってしまいましたね」

 彼女は何かを振り切るように、小さく首を振る。

「話を聞いて下さって、本当に──ありがとうございました」

 俺の顔を正面から見据え、彼女は感謝の言葉を最後に告げるのだった。




               * * *




 知事邸から外に出た所で、まるで待ち構えていたかのように佇むジェイドの姿があった。

 向こうも俺の姿に気づき、その顔に苦笑が浮かぶ。

「ネフリー─から、話しを聞きましたね」
「……ワリィ、何か、俺だけに話したいみたいだったからな」

 俺は話を持ちかけられたことを言い出せなかった事実に後ろめたさ感じる。だがジェイドはそんな俺を特に咎めるでもなく、僅かに顔を逸らす。

「一応言っておきますが、私はもう先生の復活は望んでいませんよ」

 空を見上げたまま、遠くを見据え、ジェイドは言葉を続ける。

「私は……先生に許しを請いたいんです。自分が楽になるために」

 語られる言葉から、普段はまるで読み取れないジェイドの感情が、露わになって行く。

「そのために、随分と酷い事もしてきました。しかし、レプリカに過去の記憶は無い。結局どうしたところで、私の害した先生は、許してくれようがない。私はね、一生過去の罪に苛まれて生きるんですよ」

 どこか冗談めかした仕種で、ジェイドは肩を竦めて見せた。

 どこまでも深い後悔。

 面に出される仕種とは対照的に、言葉に込められた想いが伝わってくる。

「………罪って、ジェイドがネビリムさんを……殺しちまったことか?」

「そうですね……それもあります。ですが、すべての大本にあるのは、人が死ぬ事なんて大した事ではないと思っていた過去の自分、なのかもしれません」

 赤い瞳が細められた。過去を過去として認識しながら、ジェイドは未だ自らの犯した罪を見据え、決して忘れるなと自らに言い聞かせている。

「後悔に区切りはない……か」

 かつてのアクゼリュス崩落の折、錯乱したように叫ぶ俺に向けて、ジェイドが告げた言葉が蘇る。

「そうですね。あなたが一番よくわかっているでしょうが、過ちを隠すための言い訳などに力を入れてしまうと、人はどんどんそちらに流されてしまう」

 どう言い訳した所で、罪を犯した事実は何も変わらないというのに、誰もがそれを探してしまう。

「言葉にすれば単純な事ですが、結局の所、受け入れなければならない事は、きちんと受け入れなければならないのでしょうね」

 何度も言い聞かせたことをそらんじるかのように口にすると、ジェイドは顔を上向かせ、空を見上げた。向けられた瞳に映るものは、過ぎ去った日々の記憶だろうか。

 俺もジェイドにならって、降り止まぬ雪空に視線を移し、告げられた言葉に想いを馳せる。

「……すげぇ、難しい事だけどな」
「……ええ。一番簡単でありながら、同時に一番難しいことですね」

 深々と降り注ぐ粉雪が、風に吹かれ、ゆっくりと虚空を舞った。




               * * *




 シャリシャリと踏みしめた先が音を立て、雪の上に軌跡を残す。

 時折吹き抜ける冷たい風が、女の泣き叫ぶ声のように聞こえる。

 ロニール雪山は一年中絶えることなく雪が降り注ぐ場所だ。降り積もった雪も相当なものがあるんだろう。下手な街道以上に凝り固まった雪の大地の上を、俺たちは進む。

 ケテルブルクでの準備はかなり早い段階で整った。その後は皆が揃うまでの間、街を見学していたりしたのだが、暇を持て余した俺たちはとりあえずカジノとやらに向かった。そこで何があったかは……まあ、押して知るべし。

 ともあれ、俺たちは街を発ち、パッセージリングのあるロニール雪山を進む。

 セフィロトへ続く扉の位置もわかっている。これはイオンが六神将にさらわれて、各地にあるダアト式封呪を解除させられていた際、扉のある場所を記憶していたからだ。

 俺たちはイオンの案内の下、最短距離で雪山を突き進み、セフィロトの扉を潜る。

 円を描くような通路をひたすら進み、設置されたリフトを降りたところで、パッセージリングに到達する。

「さて、ルーク。早速すべてのセフィロトを、アブソーブとラジエイトの二つのゲートに連結させて下さい」
「ん、了解」

 いつものように超振動を発生させて、俺は残るセフィロトをゲートに連結させる。

 これまでひたすら続けてきた作業だ。もはや自分の超振動の制御にも、特に不安は抱かない。だが、これがゲートを除けば最後ということもあって、俺は慎重に作業に挑む。

 パッセージリングに浮かぶ円に超振動が干渉し、すべてのセフィロトがゲートに連結された。

「……ふぅ。終わったぜ」

 額に浮かぶ汗を拭って、俺は皆を振り返る。

 ──激しい振動が、セフィロトを襲う。

『なっ!?』

 俺たちは訳もわからぬまま、その場に足を踏みしめ、振動に耐える。

 振動そのものは直ぐに収まったが、操作直後に起きた事態だけに、激しい動揺が俺を貫く。

「……まさか、俺がしくじったのか?」

 俺の疑問には答えず、ジェイドが制御盤を慎重に確認する。

「これは……やってくれますね、ヴァン謡将」

 厳しい表情で面を上げるジェイドに、皆が不安に揺らぐ瞳を向ける。

「……どういうことだ?」
「アブソーブゲートのセフィロトから、記憶粒子が逆流しています。連結した全セフィロトの力を利用して、地殻を活性化させているのです」
「兄さんが……。でも、どうして……? 記憶粒子を逆転させたら、兄さんのいるアブソーブゲートのセフィロトツリーも逆転して、ゲートのあるツフト諸島ごと崩落するわ」
「いえ、今は私たちによって、各地のセフィロトの力がアブソーブゲートに流入しています。その余剰を使って、セフィロトを逆流させているのでしょう」

 一旦言葉を切った後で、ジェイドは最悪の予測を告げる。

「落ちるなら──アブソーブゲート以外の大陸だ」

 言葉を失う俺たちの中で、アニスが何かに気づいてか、蒼白になった顔で声を上げる。

「ねぇ! 地殻はタルタロスで振動を中和しているでしょ? 活性化なんてしたら……」
「……タルタロスが壊れますね」
「冗談じゃねぇぜっ……!」

 タルタロスが壊れたら、地殻の振動が復活する。そうなったら、俺たちがこれまでしてきた事は全て無駄に終わる。降下した先で、大地は地殻に飲まれ消えるだろう。

 ここに来て、こんな思い切った手を打って来るとはな。ヴァンの思い切りの良さに舌を巻く。……いや、或いは端からこうするつもりだったからこそ、奴は俺たちの行動にさして注意を払わなかったって事なのかもしれないけどな。

 いずれにしろ、アッシュの言葉じゃないが、これでヴァンの誘いに乗る以外になくなった。

「……アブソーブゲートで待つ、か」

 セフィロトから立ち上る音素の光が天上に行き着き、瞬き消えた。




               * * *




 もはや一瞬といえども時間が惜しい。俺たちはセフィロトを駆け戻り、外に飛び出す。

 頬に吹きつける冷気に一瞬息を止めた後で、雪原に足を一歩踏み出す。

 ──殺気が、背中を駆け抜ける。

 本能に任せるまま、その場を飛び退くと同時、飛来した銃弾が雪を弾く。

 弾丸の放たれた方向に視線を向ける。そこにはこちらの動きを牽制するように、硬い表情のまま譜銃を構えるリグレットの姿があった。

 彼女以外にも、六神将が二人存在する。

 銃を構えるリグレットの前方に槍を構えたラルゴが、そのさらに後方に不気味な人形を抱える少女──アリエッタの姿もあった。今回は魔物を連れてきては居ないようだ。

 雪原に布陣する六神将を前に、俺たちも陣形を整えながら、それぞれ武器を構える。

「……教官」
「ティア、最後の機会だ。私達の下に来なさい」

 手を差し出すリグレットに、ティアは僅かな迷いも見せず、毅然と否定を返す。

「兄の理念は、やはり私には理解できません。兄を止める事ができない自分も歯痒いけど……兄を止めようともしないあなたも……軽蔑します」
「……ならば、もはや私も容赦はすまい。シンクを退けた今、お前達は閣下の敵となり得る唯一の存在だ。見逃すことはできない」

 翼の如き形状をした譜銃が蒼く染まり上がる中、リグレットが冷徹な光を瞳に宿す。

「……そういうことだ。お姫さまはお城で大人しくしいればよかったものを、な」

 ラルゴの挑発に、ナタリアが視線を吊り上げる。

「私を侮辱しないで! 私には父の代りに、全てを見届ける義務があるのです!」
「……父、か。……相容れぬのであれば、力で粉砕するまでだな」

 ラルゴが真紅の槍を肩に担ぎ上げ、闘気を全身から吹き上げる。

「イオンさま……邪魔、しないで……」

 人形越しに、アリエッタが泣きそうな顔で訴える。

「どうして……どうして、イオン様が総長の邪魔をするの? 以前のイオンさまはそうじゃなかったのに……」

 たとえ真実を知らない故の言葉と言っても、あまりに残酷な言葉だった。イオンが苦しげに顔を上げ、アリエッタと視線を合わせる。

「アリエッタ、僕は……」
「イオンさま!」

 先に続く言葉を、アニスが強引に押し止める。

「アリエッタなんかにお話しする必要なんてないですよ!」

 一方的に捲くし立てながら、小声で囁く。知らなくてもいいこともある。そうアニスの口は小さく動いた。

 身を寄せ合い密かに言葉を交わす二人を前に、アリエッタがもう我慢ならないと声を張り上げる。

「アニスは黙ってて! 今はもう、導師守護役でもないのにっ! どうして、アニスなの!! どうして、アリエッタじゃないの!!」

 アリエッタの叫びに、アニスは唇を引き結んで答えない。以前なら罵り返して当然の遣り取りもなりを潜め、今は叩きつけられる言葉に顔を俯け、ひたすら耐える。

「……どちらにせよ同じことだろう。導師以外の者たちに、ここで死ぬ以外の道はないのだからな」

 ラルゴが僅かに顔を逸らし、首に掛けたペンダントを手に握る。

「その通りだ。閣下に仇なす者は──ここで殲滅する!」

 リグレットが宣告すると言葉に、六神将が動く。

「塵も残さぬ程、焼き尽くしてやろう!」

 ラルゴが突貫する。逆巻く火焔が槍の先端に収束、巨大な切っ先が形成され、俺に向けて降り下ろされる。

「冗談っ──!」

 こんな馬鹿力を正面から受けてたまるかよ!

 降り下ろされる切っ先をかいくぐり、俺は前方に踏み込む。前髪を掠め通り、地面を焔が穿つ。放たれる熱波を側に感じながら、俺は最小限の動きで回避する。攻撃がかわされた事実にラルゴが舌打ちを漏らし──ふと、僅かに視線を後方に流す。

「ルーク!」

 警告に身体が無意識のまま反応、ラルゴの見据える方向とは反対側に身体を動かす。

 飛来した無数の氷の弾丸が大地を穿つ。吹きつける凍気に、ラルゴの放った火焔の名残は一瞬で凍り付き、結晶となって砕け散った。

「雹雨に射抜かれ、散りなさいっ!」

 後方のリグレットが圧倒的な速度をもって次々と銃撃を放つ。氷雨の如く圧倒的な量の散弾が降り注ぐ中、俺はとっさに引き寄せた刀身に音素を収束。火焔をまとわせた斬撃をもって、降り注ぐ弾丸に対処する。

 ……くっ……こりゃ……切り、ねぇぞっ!

 氷の銃弾一発一発の威力はそれ程でも無く、俺でも防ぐことが可能だったが、一度に放たれる弾丸の量が尋常ではない。おそらく一発毎の威力を犠牲にする代わりに、氷の弾丸を形成する速度を上げているのだろう。

 荒れ狂う暴雪風ブリザードのごとき氷の銃弾は、怒濤の勢いで次々と押し寄せる。

 今は辛うじて防ぐ事に成功しているが、このままでは捌ききれなくなるのも時間の問題だった。なら避ければいいと思うかもしれないが、一度足を止めて受けに回ってしまった以上、そう簡単には行かない。機を見てこの場から動こうにも、俺を狙い打つ氷弾の勢いは一向に衰える様子を見せない。

「なら俺が……──っ!?」

 視界の端で、リグレットに斬りかかろうとしたガイが突然動きを止める。金属同士が噛み合わされる高音に混じって、ラルゴの声が届く。

「この先は通さん。この凍てついた地では、俺も全力を出すという訳には行かないからな。その分、壁としての役目は果たさせて貰おうか」
「くっ……邪魔をするなっ!」
「無理な相談だな」

 目まぐるしい勢いで刀身が翻り、ガイの斬撃が放たれる。だがラルゴは攻めに回ること止め、ただひたすら相手を拘束する事に意識を傾け、攻撃を受け流す。時折ガイの斬撃が相手の身体を掠めるが、それも相手の全身を覆う陽炎の如き焔に弾き返され、届かない。

 そして、敵の追撃は止まらない。一人詠唱を続けていたアリエッタが、俺を睨み据える。

「行きます! 魔狼の咆哮よ───ブラッディ・ハウリング!」

 死に物狂いで銃弾を弾く俺の足下に、譜陣が展開される。具現化された闇の牙が、俺を噛み砕かんと口を開く。って、これを受けるのはさすがにまずいっ! ちっ……ここはある程度の負傷を受けるのは仕方ないと割り切るしかねぇか。

 俺は一撃を受ける覚悟を決めて、その場から飛び退いた。

 背後で闇の牙が虚空を噛み砕く音が響き、回避に成功したことを伝える。しかし譜術の回避を代償に、体勢を崩した俺に向けて、リグレットの放った銃弾が無慈悲にも降り注ぐ。

 くっ……耐えられるか? 迫り来る銃弾が俺を射抜くかと思われた──そのときだ。

「させません! 怯まぬ魂への賛美──」

 ナタリアの両腕から生み出された白き焔が矢弦を伝って、鏃の先端に収束する。引き絞られた弦が限界を向かえ、ここに焔をまといし矢は放たれる。

《──ファランクス!》

 烈火の閃光が戦場を駆け抜ける。一撃が空間を駆け抜けた後、一瞬遅れで、リグレットの放った氷の散弾は悉く燃やし尽くされ、露となって虚空に消えた。

 ナタリアの援護によって作り出された隙を見逃さず、俺も一息に敵から間合いを離す。

 不発に終わった譜術にアリエッタが悔しそうに顔を歪め、リグレットが獲物を逃したことに僅かに眉を上げた。

 全ては一瞬の攻防だった。

 ラルゴが前衛で壁となって、獲物を分断。分断された相手に、リグレットが後方から銃弾を狙い撃つ事で動きを拘束し、致命的な隙が出来た所でアリエッタが譜術を放つ。

 まさに嵌まれば必中の布陣。あのまま抜け出せなければ、確実に殺られていた。

 背中を伝う汗が、いやに冷たく感じられる。

 その後も六神将の厄介な戦術を警戒するあまり、俺達前衛は積極的な行動に出られないまま戦局は進んだ。結果として、純粋な力に勝るラルゴの猛攻を前に、俺たちは防戦一方に回るしかなかった。

 どうもこれまでの相手の動きを見る限り、雪山ということもあってか、ラルゴは触媒武器から引き出す焔の力をセーブしているようだ。また、リグレットもタメの時間を必要とするような強力無比な一撃は、未だ放って来ていない。

 何ともお寒い話だが、相手にまだまだ余裕があるって言うのに、俺たちは押される一方だ。それでも今の所は、俺たちも辛うじて相手の攻勢をしのぐことができている。

 だが、それも全ては今の所は、という脆い前提の上に立っているに過ぎない。いつ相手が全力を出してもおかしくないのだ。このまま行けば、確実に押し切られるだろう。

 ───ルーク、聞こえますか───

 幾度目かの攻防の後、耳元で囁かれるようにして、ジェイドの声がいやにはっきりと耳に届いた。一瞬幻聴かと疑いを持つが、確かめるようにジェイドに視線を向けると、静かに頷き返してきた。

 ───マーキングの応用で、鼓膜に直接振動を送り届け、声として認識させています。声は出さず、聞いて下さい───

 頷き返すと同時に、ジェイドの説明が始まる。

 ───こののままでは、押し切られるのも時間の問題です。そこで私は直接戦闘に参加するよりも、戦況を見据え、皆に指示を出すことに専念します。不可解に思えるものもあるでしょうが、これからは極力、私の出す指示に従って、動いてください───

 この行き詰まった状況を打開できるって言うんだ。なら、俺たちに否もない。

 ジェイドに指示された通り、俺たちは一旦後退して、陣形を整える。

 中心にジェイド、左右にナタリアとティア、前には俺、ガイ、アニスが並び立ち、柔軟な対処が可能な体勢に移行する。

「……陣形を変えたか」

 一斉に動いた俺たちを前に、リグレットが僅かに眉根を寄せた。

「ふん……幾ら小細工を弄しようが、無駄だっ!!」

 立ち上る闘気が光を放つ。ラルゴが自らに定めていた枷を僅かに緩め、槍から引きずり出した豪炎を全身にまとわせる。

 ───ルーク、右後方に移動、その後に反転して下さい───

 何をと思う間もなく、俺はジェイドの指示に従い動く。

「───火竜槍っ!!」

 迫り来る熱波が俺たちの肌を焼く。炎槍は轟音と共に突き出された。

 だが──

「何っ!?」

 槍の穂先は俺の身体を掠めもせずに、見当違いの方向を射抜く。攻撃が放たれるよりも先に身体を動かし、安全圏に逃れていた俺を見据え、ラルゴが驚愕に声を漏らす。

 相手は攻撃を繰り出した直後の硬直を見せ、まさに格好の的となった。しかし、俺はそんな相手に反撃するでもなく──ジェイドに指示に従い、そのまま相手に背を向け走り出す。

「なっ!? ──馬鹿にするなぁっ!!」

 挑発的な行動に、ラルゴが頭に血を登らせて吼える。引き上げられた槍が真紅に染まり上がり、膨大な量の焔が穂先の一点に収束する。

 そして、俺に攻撃を放つことに意識を取られ、全身にまとう焔の勢いを衰えさせたラルゴの背中で、拳が唸りを上げる。

 ───今です、アニス───

 ラルゴの背後に回り込んでいたアニスの譜業人形から、音素を集束された拳が放たれた。紫雷の閃光が荒れ狂い、ものの見事にラルゴの身体は吹き飛んだ。

「……ぐっ! ……おのれ、小癪なマネを……っ!!」

 リグレットの立ち位置まで飛ばされたラルゴが、槍を地面に突き立て怒りの声を上げた。意識的に触媒武器の力を押さえ込んでいた影響か、譜業人形による拳の一撃は確実にラルゴに届いたようだ。

 ……まあ、それでもまるでダメージを受けてる様子が見えないんだから、泣けてくる。本当に化け物が過ぎる相手だ。

 ───ガイは後衛、アリエッタに気配を殺して接近。ルーク達は彼の援護をお願いします───

 了解と声には出さず応じて、俺は正面のラルゴ、後方のリグレット、アリエッタ、全員の位置関係を把握。全員の動きを止め、ガイが接近する隙を作り出すべく行動に移る。

 雪原を駆ける。フォン・スロットを解放する。取り込んだ音素を刀身に音素を収束させる。

「貫け──閃光っ!!」

 刀身に収束された音素が膨大な光を放ち、一本の槍を形成、目標に降り下ろされる。

《──翔破!》

 振り降ろした一撃は戦場の中心、無人の雪原地帯・・・・・・・ を穿つ。

《────裂光閃!!》

 荒れ狂う衝撃波に大量の雪が舞い上がり、視界を覆い隠した。

 ラルゴとリグレットが舌打ちを漏らし、背中合わせに周囲を警戒する。

「え……?」

 突然、視界を奪われたアリエッタが一人、戸惑うような声を上げると同時。

 彼女の背後に降り立つ影は、優しく終わりを告げた。

「──すまないな」
「きゃっ!」

 アリエッタの背後に回り込んだガイの柄頭の一打が、アリエッタの意識を刈り取った。

「……やるな。だが、まだ甘い!」

 肩幅に両足を開き、リグレットが銃身に膨大な量の音素を収束させる。周囲を包む凍気がより一層激しさを増し、凍結した空気中の水分がダイアモンドダストの輝きを放つ。

「させない! 堅固たる守り手の調べ──」

 ──クロァ──リョ──ズェ──トゥエ──リョ──

「凍り尽くせ───」

 歌い上げられる譜歌に混じって、リグレットは無慈悲に宣告する。

「─────ブリジット・ソロゥ」

 凍気の弾丸が放たれた。掠め通る地面に氷柱が軌跡となって残り、通りすぎた後の大気が凍り尽く。何人にも防ぐことができない無形の弾丸は一直線に後衛に向けて突き進み───

 ──レィ──ネゥ──リョ──ズェ──

 間一髪でティアの譜歌が完成する。

 障壁にぶち当たった無形の弾丸は、内に秘めた凍気を周囲にまき散らす。絶対零度の空間が世界を白に染め上げ、障壁の輪郭を沿うようにして、無数の氷の柱が生み出された。刃の如き氷柱の先端はビキビキと音を立てながら成長し、障壁を破ろうと牙を伸ばす。

 だが、それでも譜歌による障壁は破れない。

 ───ルーク、ガイ、アニス。一旦後方に下がって下さい───

 ジェイドの指示に従い、俺たちも深追いは避けて、突出しすぎた分の間合いを戻す。

「ええいっ! ならば全力で打ち倒すのみだっ!!」

 もはや埒が開かぬと、ラルゴが力を抑えることを放棄した。冗談じみた量の音素が槍から引きずり出される。渦を巻く火焔がラルゴの全身を包み、より一層激しく燃え盛る。

「焔よっ唸れぃっ!」

 逆巻く火焔を全身にまとわせながら、紅蓮の焔に染まり上がりし槍を構え、ラルゴが突進する。一歩足を踏み出す度に、周囲を熱波が荒れ狂い、大気が悲鳴を上げる。

「待て、ラルゴ! この地形で、それ以上の力は───」

 燃え盛る焔の渦に阻まれ、リグレットの制止は届かない。圧倒的な熱量に空間は軋み、視界を水蒸気が立ち込める中、一撃は放たれた。

「烈火ぁ──衝閃っ!!」

 槍の先端に形成された灼熱の刃が、轟音を響かせながら大地を射抜く。

 手加減無しの一撃に、雪原が比喩など無しに震え上がった。

 だが、この一撃は俺たちに届かなかった。忌ま忌ましげに顔をしかめるラルゴの様子を見る限り、どうやら引き出した力を制御仕切れずに、狙いを外したようだ。その事実に安堵を覚えるよりも先に、状況は動く。

 不気味な地響き音が俺たちの耳を打つ。

 ───これは……まずい!───

「皆さん、セフィロトに退きますよっ!!」

 珍しいことに、焦燥を顔に浮かべたジェイドが肉声で叫ぶ。相手の有無を言わせぬ剣幕に、俺たちも大急ぎでセフィロトに踵を返す。

「行かせるかぁっ!!」

 俺たちに追撃をかけるべく、六神将は数歩足を踏み出したところで──その動きが止まる。

 大佐の指示の下、最初にセフィロトへと辿り着いたティアとナタリアが、六神将に向けてそれぞれナイフと矢を投げ放っていた。

「くっ……!!」「ちぃっ……!」

 直撃したところで奏器を操る六神将にとっては、まるで問題にならない程度の威力しかない攻撃だったが、リグレットとラルゴはその場に足を止め、反射的に飛来した一撃を弾く。

 この動作で、二人の追撃は一瞬の停滞を余儀なくされる。

 そして──この一瞬が命運を分けた。

 最後尾の俺がセフィロトに駆け込むと同時───


 押し寄せる雪崩が、全てを飲み込んだ。




               * * * 




「……間一髪だったな」

 かつての戦場を見下ろし、俺たちは目の前の光景に息を飲む。

 既にセフィロトへ続く扉は完全に雪の下に埋もれ、垣間見ることさえできそうにない。雪崩の行き着く先には、底の見えない断崖が暗い穴を覗かせている。

 あの後、辛くも雪崩から逃れた俺たちは、セフィロト内部から地上へ続く通路を探すはめになった。本来なら封呪で閉ざされた入り口以外に、外に通じる場所はないはずだったが、今回は少々事情が異なっていた。

 ロニール雪山のセフィロトは長年の地殻変動に掻き乱され、地上まで突き出した通路も、それなりの数存在したのだ。故に、俺達はセフィロト内部を歩き回り、何とかセフィロトから外に続く通路を見つけ出すことができた。

 わざわざこの場所まで確認に戻ったのは、相手の奇襲を警戒しての事だったが、この分なら確かめるまでもなかったかもしれない。

「みんな……死んじゃったのかな」
「あれだけの質量に飲まれたのです。さすがの六神将も、脱出は絶望的でしょうね」

 敵対していたとはいっても、俺たちの中には深い関わりをもった人間が何人も居る。

 特にイオンの落ち込みようは傍目にも酷いものがあった。結局、アリエッタに真実を打ち明けられなかったという事実が、相当応えているのだろう。

 降り積もる雪が、残酷な優しさもって、全てを覆い隠す。

 雪原を見据えていると、谷間に僅かに差し込んだ光が、落下物に反射して視界に届く。

 ん? 何か落っこちてるのか?

 怪訝に思いながら落下物に近づき、手を伸ばす。拾い上げた手に載るのは、平凡な造りをしたロケットタイプのペンダントだった。雪崩の衝撃でフレームが歪んだのか、中を見ることはできそうにない。

 ……いったい誰の持ち物だったんだろうな。

 ペンダントを眺めていると、不意にそんな疑問が頭を過る。だが、わかったところで、持ち主は今頃雪崩の下だ。

「ルーク、そろそろ行くぞ」
「……ああ、わかった」

 とりあえずペンダントをポケットに突っ込み、そのまま皆の後を追う。

 吹きつける風が悲鳴のような音を立てる。俺は足を動かしながら、僅かに顔を上向かせる。

 視線の先には、間断なく音素を吹き上げる最大セフィロトの一つ、決戦の地──アブソーブゲートがあった。

 かつての師との対決を前に、俺は胸元を押さえ、拳を僅かに握った。

 胸に沸き上がる複雑な感情を抑えるように、俺は一旦瞼を閉じて、空に視線を移す。

 天上から降り注ぐ雪は、一向に止む気配を見せない。

 尾を引く雲の隙間から僅かに覗く光が、弱々しく、地上を照らしていた。



  1. 2005/06/28(火) 01:33:15|
  2. 【家族ジャングル】  第六章
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