全手動軽文量産機

──A.L.M──

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第4話 「果てに降る光」 ─前編─



 すべては終わっていた。


 倒れ伏す赤毛の脇腹から流れ出た赤いものが、地面に広がる。血に濡れた長剣を片手に、詠師服の男は笑う。僅かに離れた位置に、呆然と立ち尽くす男女が五人。燕尾服の刀は腰に繋がれたまま動かず、弓矢を番えるべき王女の手は動揺に震える。人形を抱く教団の少女は目を見開き、長髪の軍人はただ唇を噛む。

 そして、彼女は手を伸ばす。

 倒れ伏す彼の名を呼びかけようと、口を開く。

 詠師服の男が、杖を掲げ上げた。


 ───光の柱が天から降り注ぐ。


 呼びかけは届かなかった。

 誰もが光の柱に射抜かれ、地に伏せる。


 このとき確かに、すべては終わっていた。


 例外は、一つだけ。







             ─────決戦前夜─────







 ────出撃には、もうしばらくの時間が必要です。

 ロニール雪山から戻った俺たちに、ノエルが申し訳なさそうに告げた。

 何でもアルビオールの浮力機関が凍りついて 復旧にはどう少なく見積もっても一晩かかるらしい。ノエルが機体の調整をしている間、俺たちは明日の準備をすることになった。

 だが解散する途中で、イオンの体力に限界が来た。疲労で今にも倒れそうになっているイオンを連れて、俺とアニスは知事邸に向かう。しかし玄関前まで来たところで、イオンが何事か囁くと、アニスが憮然とした顔になって、私はここで待機すると一方的に告げてきた。

 俺は困惑しつつ、とりあえず執事さんに案内されるまま邸宅に足を踏み入れ、客室の一つにエッチラオッチラとイオンを運び込む。持ち上げた身体を寝台の上に寝かしつけ、あんまりにも軽い体重の手応えに、ため息混じりに寝台の主を見やる。

「やっぱり、無理してたんだな」
「すみません……能力はオリジナルと変わらないのですが、体力が劣化していて……」
「……すまん。答えなくてもいいから、今は無理しないで寝てろよ」
「いいえ、言わせてください。おそらく、僕は明日の決戦について行くことはできないでしょうから」

 苦しげな顔を上げ、イオンが上体を起こす。

「僕は導師という地位にありました。しかし、知らされていないことが、あまりにも多すぎる。おそらく、今回のヴァンの行動にも、教団に秘匿されてきた〝何か〟が影響しているはずです」
「何か……」
「そうです。そしておそらく、ヴァンと協力して〝僕達〟を生み出したモースもまた、その何かを知っているはず。だから僕は、全てが終わったそのときには、教団に戻り、すべてを明らかにしたい。……こんなことをあなたに頼むのは、筋違いだということもわかっています。ですが、お願いします」

 俺を見上げるイオンの瞳に、強い意志の光が宿る。

「僕に協力してください、ルーク」
「わかった。俺に任せろ」

 あまりに早い返答に、イオンの瞳が困惑したように揺れる。

「頼みはそれだけか? なら、早く身体休めとけよ。ここで倒れたら意味ないだろ?」
「そ、そのルーク、そんなに早く決めてしまってもいいのですか? 僕の申し出を受けると言うことは……」
「俺にもわかってるって。話がそんなに単純じゃないことぐらいはさ」

 俺は苦笑を浮かべた。イオンが何を危惧しているかぐらいは、俺にもわかる。

 長年教団が秘匿してきたものを明らかにしたいとイオンは言っているのだ。それは確実に、現行教団勢力の反感を買うだろう。一歩間違えば、教団との決定的な対立を生みかねない。

「だけどな。それぐらい、大したことじゃねぇよ」
「しかし……」
「だぁかぁら、仲間だろ? そんなこと気にするなって」

 カラカラと笑い返す俺の顔を見据え、イオンは静かに目を閉じる。

「ありがとう……ルーク」

 最後に小さくつぶやくと、ようやくイオンは寝台に身体を横たえた。そして、少しも間を空けない内に、深い眠りに落ちる。

 あまりに小さい身体だった。

 この小さい身体に、教団の導師として、導師のレプリカとして、いったいどれほどの重責を背負い、苦悩をため込んでいたんだろうな。ここ最近になるまで、自分の在り方なんてものについて、大して悩んだこともなかったような俺には、まるで想像がつかなかった。

「……約束するよ。明日、すべての決着を付ける。だから、イオンは安心して待っててくれよ」

 眠りに落ちた相手に誓いを交わし、俺はイオンに背を向けた。




               * * *




 知事邸を出たところで、所在無さげに佇むアニスの姿があった。路地の隅で不気味な人形を胸に抱いて、何も映らない瞳で空を見上げている。俺とイオンが話すのに、わざわざ席を空けてくれたってことだろうか?

「話は終わったぜ、アニス」
「……なんだ、ルークか」

 こちらを確認すると、直ぐにアニスはつまらなそうに視線を外し、再び空を見上げた。普段ならカチンと来る反応だが、どうにもアニスの様子がおかしいように見える。

「俺で悪かったな。しかし……何してんだ? 空なんか見上げてよ」
「ん、ちょっとね」
「ちょっと……ね」

 どこか気のない返事をする相手から僅かに視線を外し、俺は小さくつぶやく。

「……俺には、落ち込んでるようにしか見えないけどな」

 一瞬驚いたように目を見開くと、アニスはどこか乾いた声で笑う。

「あはは……ばれちゃいましたか」
「普段が元気すぎるぐらいにはっちゃけてるからな」
「こんなに可憐なアニスちゃんに向かって、どうしてそんな事言うかな? でも、ルークも、随分鋭くなったもんだよね~。出会った当初の間抜けっぷりが、アニスちゃん的には懐かしいですわ」
「……ほっとけ」

 しばらく当たり障りのない言葉を交わした後で、アニスがおもむろにつぶやく。

「アリエッタ、結局イオン様のこと、何も知らずに死んじゃったんだなって思ったらさ」

 少し落ち込んじゃいましたよ。アニスは笑って言った。泣きそうな顔で笑ってみせた。

 考えてみれば、イオンとアリエッタの関係は俺とナタリアの関係に似ている。唯一違う点があるとすれば、それは一つだ。

 アッシュは生きているが、オリジナルイオンは死んでいる。

 もしアッシュが死んでいる状態で、自分がレプリカである事実に気づいていたとしたら、俺はナタリアに、自分の正体を告げることができただろうか? それも、自分自身の口で。

 考えたのは一瞬だったが、どれだけ考えたところで、結論は一つしか出そうになかった。

 言える訳がない。少なくとも………俺は言えそうにない。

「……イオンのこと考えて止めたんだろ? なら、そんなに落ち込む必要はねぇと俺は思うけどな」
「そんなんじゃないよ。私はただ、真実を知った後に、アリエッタがイオン様に何を言うか知るのが、怖かった。……それだけ。私は自分が怖かったから、アリエッタの気持ちも、イオン様の決断もぜんぶ無視して、止めたんだよ」

 自嘲するように笑い、アニスは人形を抱く腕に力をこめた。小さな腕に抱かれた人形が、軋んだ音を立てた。

「……結局、俺もイオンの側だからな。アリエッタに負い目はあるけど……仕方ないとしか言えねぇよ。どう言ったところで……結局アリエッタはこっち側には居ないんだからな」

 アリエッタとアニスを明確に区別した発言に、アニスがマジマジと俺の顔を伺う。

「随分はっきりと割り切るね。……結構ルークって、悪人?」
「ま、所詮、チンピラだからな」

 おどけるように手をヒラヒラ振った後で、続ける言葉を言うべきか、言わざるべきか迷う。少し間を空けた後で、結局俺は言っておくことにする。

「まあアニスがどう思ってるにしろ……俺は感謝してんだ。
 イオンが自分自身を否定するようなこと言い出すの止めてくれて、ありがとな、アニス」

 柄にもない言葉をかけた気恥ずかしさに、俺はアニスから視線を逸らす。

 アニスはそんな俺を黙ったまま見据えていたかと思えば、突然顔をくしゃりと歪める。こちら側に走り寄ると、俺の胸を弱々しく叩く。

「……バカだよね、ルークって……ホント、バカだよ……」
「へいへい。俺はバカですよ。だから、まあ……バカの前でぐらい、お前も肩から力抜いとけよ。まだまだ、子供なんだからさ」

 力ない拳を振るいながら、アニスは小さく声を漏らす。

 俺は低い位置にある頭をポンポン撫でて、耳に届く嗚咽は聞こえないふりをした。




               * * *




 アニスと別れて街を歩いていると、ジェイドの姿が視界に入る。腕を組み、どこか懐かしそうに目を細め、雪に彩られた街並みを見据えている。

 無言のまま隣に並び、ジェイドと同じ視点に立つ。雪国であろうとも、そこで生きる人々は変わらない。誰もが日々の生活を精力的に送っている。

「ジェイドでも……故郷って懐かしいとか思うのか?」
「……まあ、懐かしいことは否定しませんよ」

 それだけではありませんけどね、と肩を竦めて見せた。

 そっか、と言葉も短く応じた後で、しばらくの間、俺たちは無言のまま街に視線を据える。

 ロニール雪山に行く前、ネフリーさんから教えられたジェイドの過去。フォミクリーを開発した経緯。そして、初の生体フォミクリー被験者……ネビリムの最後。

 ジェイドにとって、故郷は複雑な場所なんだろうな。

「……出会った当初は、あまり好感が抱けそうにないと思ったのですがね」

 おもむろに口を開いたジェイドが、そんなことを言ってきた。

「どうにもあなたは、私の知人に似ているようだ」
「ジェイドの知り合いに……?」
「ええ。ただの考えなしなのかと思えば、ときに私では及びもつかないような行動に出る。
 理詰めだけでは人は動かない。そんな当たり前の事実を、嫌と言うほど私に認識させてくれる点が、ひどく似ています」

 どこか困った相手を語るように、ジェイドは苦笑を浮かべながら、知人を評してみせた。誰のことを言っているのかは、俺にはわからなかった。だが、それでもその相手がジェイドにとって、単なる知り合いではないことは、俺にも伝わった。

「その影響でしょうか。こうして旅を続けているうちに、あなたのこともそう悪くない……そう思えてきてしまいましたよ」
「へへっ。悪くない、か。ジェイドにそんなこと言われるなんて、光栄だぜ」
「おや? いったい私はどう思われていたのやら、少し複雑な心境ですねぇ」

 少し笑いあった後で、ジェイドが突然真面目な顔になって、メガネを押し上げる。

「……知っていますよ。あなたが、今でも夜中にうなされて目を覚ますこと。あなたにとって、アクゼリュスの崩落は、まだ過去のものではないのですね」

 表情を伺わせないジェイドは、そのまま言葉を続ける。

「それに、盗賊やオラクルを切った夜は、眠れずに震えている」
「……情けねぇ、話しだけどな」

 力なく答える俺に、ジェイドはゆっくりと首を振る。

「いいえ。あなたのそういうところは、私にはない資質です。私は……どうもいまだに人の死を実感できない」

 人の死を実感できない。

 ジェイドにとっての負い目。

「あなたと旅するうちに、私も学んでいました。いろいろなことを、ね」

 微かに口元に笑みを浮かべ、ジェイドは俺に自身の思いを告げた。

「……ジェイドには、俺も感謝してるんだ」

 自然と俺の口は動き出す。普段の自分なら、絶対言えないような言葉が紡ぎ出されて行く。

「ジェイドが居なかったら、俺、いろんな事を見過ごしてただろうからな」

 ジェイドは俺が判断に迷ったとき、いつも何らかの道を示してくれた。簡単に答えだけを提示するようなことはしなかったが、それでも俺にとっては随分助けになった。

「むしろ俺の方が、教わったことは大きいぜ。ある意味……そうだな。ジェイドも俺の師匠だな」
「おやおや、私は弟子を取らないんですよ? 人に教えるのは嫌いなので」

 おどけて見せる相手に、俺も笑って肩を竦めて応じる。

「いいんだよ、勝手に盗むんだからな」
「そうですか? ふふ……まあ、好きにしてください」

 どこかとぼけた遣り取りを交わし合い、俺とジェイドは笑いあった。




               * * *




 別れ際にガイの奴はカジノに顔を出すとか言っていた。何となく話がしたいと思ってカジノまで赴いてみたはいいが、どこにもガイの姿は見えない。いったいどこにいったんだと首を傾げながら外に出ると、建物の壁際に背を押し当て、何事か考えこんでいるガイの姿があった。

 向こうも俺に気づき、視線に力が戻る。

「あー……ルークか」
「どうしたんだこんな所で? カジノやるんじゃなかったのかよ?」
「どうも、そんな気分じゃなくなってね」

 カジノの喧騒が、壁越しに微かに届く。

「ヴァンと俺さ、幼なじみだったんだよ」
「……そういや、そんな事を言ってたっけな」
「ガキの頃の俺は怖がりでな。よく姉上に、男らしくないって叱られたよ。そんなとき、いつも庇ってくれたのはヴァンだった」

 ガキの頃……つまりホドで過ごした時代の事か。

 思えばホドが、すべての始まりの地なのかもしれない。フォミクリーの実験施設があった地。超振動研究が行われていた地。そして超振動実験の被験者として……あいつが滅ぼした故郷。

 少し暗くなった思考を切り換えるべく、俺は冗談めかした口調で相槌を打つ。

「ヴァンに子供時代があったってのが、そもそも俺には想像つかねぇな」
「馬鹿言えよ。誰だって子供の頃は……お前にだってあるよ。七歳なんて、まだ子供だぜ?」
「はぁ? 何言ってんだ?」

 訳がわからんと眉を寄せる俺に、ガイは笑って告げる。

「だってお前、いま七歳だろ?」
「うっ……そういうことか」
「成人まであと十三年ある。子供時代、満喫しとけ」

 ポンポン肩を叩くガイに、俺は苦笑を浮かべるしかない。だが、このまま言われっぱなしってのも芸がない。

「なら、もうしばらくの間だけ、ガキのお守りをお願いしとくよ」

 だから子供扱いされたお返しに、ならお前も子守よろしくな、と俺はふざえた指摘を返す。

 しかし、そんな俺の言葉に、ガイは人指し指を一本立てて、気障ったらしく左右に振りつつ否定する。

「それは違うだろ。俺はファブレ公爵の使用人としてじゃなく、お前自身についてきてるんだ。いったいどうして、俺がそんな割りに合わない事してるのか、お前ならわかるだろ?」
「うっ……それ、答えなきゃ駄目か?」
「そりゃ、答えてくれたら嬉しいねぇ」

 何とも意地の悪い話だが、どうしても、俺の方から言わせたいらしい。

 まあ、仕方ないか。俺は観念したと手を上げて、ガイに呼びかける。

「明日も頼んだぜ、親友」
「当然だろ、親友」

 俺とガイは手を伸ばし合い、ぱぁん、と互いの掌を叩き合わせた。




               * * *




 白い大地に、金髪が風にそよぐ。

 雪に包まれた広場に一人立ち、ナタリアは遠くセフィロトを見据えていた。

 彼女の横に並んで、俺もセフィロトを見やる。

「……いろいろな事がありましたわね」

 しばらく眺めていると、不意にナタリアが口を開いた。

「私もあたなも、この旅に出る前と後では、何もかも違いますわね」
「そうだな……」

 旅に出る前と旅に出た後。

 本当に……いろんなことがあったよな。

 城に居た頃もそうだったが、結局、旅に出た後も俺は助けられてばかりだった。

 不意に、シェリダンでの一件が脳裏に蘇り、罪悪感が沸き起こる。

「……ごめんな。ナタリア」
「まあ、どうしましたの?」

 優しく問いかけるナタリアに、俺は少し躊躇いながら、言葉を探す。

「一度、謝ったときたかったんだ。ナタリアには随分と迷惑掛けたからな。それこそ旅出る前も、旅に出た後もさ」

 そう言葉にしながらも、俺が本当に謝りたいのは、そこではなかった。

「それに……俺のせいで、色々と悩ませちまったしな」

 結果的に盗み聞くことになってしまったアッシュとの約束。

 どう言ったところで、あいつと彼女を引き離したのには、俺の存在が大きく影響している。俺があいつの居場所を奪ったなんて事は、もう考えない。俺が俺であることは誰にも否定させないと胸を張って宣言できる。

 だがそれでも、完全に負い目が消えた訳でもなかった。

「だから、ごめんな」

 自分でも何を謝りたいのか、直接的に言葉にして伝えられないもどかしさに歯痒さを覚えながら、俺はナタリアに頭を下げた。

「ルーク……面を上げてください」

 謝罪を終えた俺が顔を上げると、そこには俺の顔を下から覗き込むように見上げるナタリアの姿があった。

「うっ……な、何だ?」

 動揺する俺を見据え、彼女はどこか悪戯めいた微笑を浮かべると、一つの推測を告げる。

「シェリダンで、アッシュとの会話……聞いていましたでしょう?」
「げっ……ば、ばれてたのか?」
「まあ、やっぱりそうでしたのね」

 思わず漏らした呻き声に、ナタリアがクスクスとおかしそうに笑う。

 どうやら実際は気づいていたのではなく、単にカマをかけてみただけのようだ。

「ひでぇな……引っかけかよ」
「あなたは後ろめたいことがあると、直ぐに動揺が顔に出ますものね」

 しばらく笑い声を漏らした後で、彼女は真剣な顔になって俺に尋ねる。

「……言ってみて、下さいません?」

 何を言うのか。それは今更問いかけるまでもなかった。話の流れからすれば、当然プロポーズの言葉だろう。

 だが、ここで俺に言わせる理由がわからなかった。俺は困惑気味に、彼女の顔を見返す。

「どうして、俺に……?」
「それで……私、いろいろなことから決別できるような気がしますの」

 静かに瞳を閉じるナタリア。それ以上何かを言う様子はない。まあ……それほど深く考える必要もないか。彼女が俺に出来ることを頼んでくれたんだ。なら、俺もそれに答えるまでだ。

 ナアリアの碧眼を正面から見返し、俺は口を開く

「……いつか俺たちが大人になったら、この国を変えよう」

 交わした記憶も無い、けれど彼女にとって何よりも神聖な言葉を口にする。

「貴族以外の人間も、貧しい思いをしないように。戦争が起こらないように。死ぬまで一緒に居て、この国を変えよう」

 雪が舞い降りる広場に、僅かな間、沈黙が降りる。

「……ありがとう」

 胸を押さえていた彼女が瞳を開き、俺の顔を見据える。

「私、あなたが誰なのかなどと、もう迷いませんわ。王家の血を引かない事実を受け入れたように、あるがまま、あなたを受け入れます」

 心の底から、彼女は自然な笑顔を見せる。強い意志に燃える瞳が、俺を映す。

「あなたも私の幼なじみですわ。一緒に生き残って、キムラスカをよい国に致しましょう」
「そうだな。俺とナタリア、それともう一人でな」

 不思議そうに無防備な顔を返す彼女に、俺は笑って先を続ける。

「当然アッシュも一緒だろ? あんなやつでも、俺の兄弟なんだ。あいつは嫌がるかもしれないけどさ。全てが終わったら、引きずってでも、俺たちの家に連れ戻してやろうぜ?」

 言い切った後で、俺は急に照れくさくなってきて、彼女に背を向けた。

「ルーク………あなたの幼なじみであること。私、誇りに思いますわ」

 背中にかかる呼び声に、片手を上げて応えた。




               * * *




 アルビオールの機体が置かれた場所まで足を運ぶと、機体に取りついて整備を続けるノエルに混じって、小動物二匹がせわしなく雪原を飛び回っているのが見えた。何とも和まされる光景だが、ノエルの邪魔になってるようなら、さすがに考えないといけないよな。

「ノエル。こいつらが邪魔になってるようなら、一緒に引き上げるが……」
「いえ、大丈夫です。重要な部分には近づかないように、気を付けてくれていますから」

 機体から律儀に顔を出して、ノエルがこちらに視線を合わせて答えてくれた。

「そっか。しかし、修理ってやっぱり大変そうだな」
「ええ。ですが、明日には絶対、間に合わせてみせます!」

 力強く応えると、ノエルは再び修理に没頭し始めた。

 しばらく見学していると、何処かで見たような頭が街中から近づいてくる。鮮烈な印象を与える赤毛に黒の教団服を羽織った男。そんな目立つ格好をした人物は、俺の知る限り一人しか居ない。

「アッシュか?」
「……能無しか」

 一瞥だけすると、そのまま俺の横を通りすぎて、修理を続けるノエルに話しかける。

「アルビオールが故障したと聞いたが、大丈夫なのか?」
「アッシュさんですか? はい。ネフリーさんにもご協力頂いたので、明日までには絶対に仕上げてみせます」

 そうか、とアッシュは頷いた後で、俺に視線を向ける。

「修理が済み次第、直ぐにアブソーブゲートに向かうんだな?」
「そうだぜ」
「………」

 何事か考え込むように、アッシュが虚空を見上げた。こいつが独自に動いているのは知っているから、今更不審に思ったりはしないが、相変わらず唐突な奴だよな。

 とりあえず、俺も気になったことを相手に尋ねて置く。

「お前、シンクにやられた腹の傷はもう大丈夫なのかよ?」
「ちっ……テメェに心配されるいわれはないな」

 あからさまに苛立たしげに舌打ちを打つ相手に、俺はため息をつく。そんな俺の反応が気に入らないのか、アッシュは忌ま忌ましそうに俺を睨む。

「なんだ、言いたい事があるならはっきり言え」
「なら、言わせて貰うけどよ。明日、お前も一緒に行かないか?」
「断る」
「……少しは考える素振りぐらい見せろよ」

 呆れ顔でつぶやく俺に、アッシュは馬鹿にしたように鼻を鳴らして見せた。

「少しは考えろ、馬鹿が。この状況でヴァンの待ち受けるアブソーブゲートに向かったら、ラジエイトゲートに向かうには絶対的に時間が足らねぇはずだ。誰かがラジエイトゲートに向かって、何らかの仕掛けを施す必要があるだろう」
「……あっ! それもそっか。そういう所は、やっぱさすがだな」

 素直に感心する俺の反応に、アッシュも満更でもなさそうに鼻を鳴らす。

「メガネに伝えておけ。二つのゲートのパッセージリングを連動させて、起動させろとな。操作が複雑になるぶん必要となる力も増すだろうが……そこは俺が何とかする」
「あ、ああ、わかった。伝えとくぜ」

 応じながら、この相手が自分に助言を掛けた事実に驚きを覚える。アッシュの奴も、最初の頃と比べれば、随分と当たりが柔らかくなったかもしれないな。

 それでも口の悪さは変わらないが、俺とアッシュの関係を考えれば仕方ないと割り切れる部分が大きかったので、さしてムカツキもしない。

 まあ……それでも当然、いい気分もしないがな。

 一人ため息をついていると、ふとアッシュの顔色が普段よりも悪いことに気づく。大丈夫か尋ねようとした瞬間、アッシュが激しく咳き込みながら体勢を崩す。脇腹を押さえる掌からは、紅いものが滲み出ていた。

「お前、腹から血が……」
「くそっ! こんな身体でなければ、俺がアブソーブゲートに向かっているものを……」

 口惜しげに言い捨てた後で、アッシュが俺を睨み据える。

「お前がヴァンを討ち損じたときは、俺が這ってでも奴を殺す! 必ず……仕留めろよ」
「……わかってるさ」

 僅かに顔を逸らして応じる俺の様子に、アッシュは一度鼻を鳴らして後で、背中を向けた。




               * * *




 そして、彼女は其処にいた。

 他の場所よりも僅かに高い位置に作られた広場。街の外に繋がる門の近くに佇み、彼女は遠くゲートのある方向を見据えている。

 雪国の中で、流れるような長髪が銀に輝く。後ろから近づく気配に気づいてか、彼女が振り返る。

「ルーク……?」
「まだ宿に戻ってなかったんだな」

 俺の姿に気づき、ティアが僅かに表情を緩めた。

「少し、風に当たっていたかったから」

 冷たい風が頬を撫でる。

 確かに、火照った頭を冷やすにはちょうどいいかもしれない。

 彼女の隣に並んで、俺も彼女と同じ方向を見据える。

「……明日、なんだよな」
「ええ。あとは……兄さんだけね」

 硬い表情に戻って、ティアは唇を引き結ぶ。そんな彼女の顔を見据え、俺は以前から気になっていたことを問いかける。

「ティア、お前さ。本当に……兄貴と戦えるのか?」

 どう言ったところで、彼女とヴァンは血の繋がった肉親だ。

 今は袂をわかってしまったが、これまで過ごした日々が、それで無かったことになる訳ではない。

 それに……ヴァンの奴も、ティアの事だけは気に掛けていた様子だったしな。

 真剣な表情で問いかける俺の視線から、僅かに顔を逸らして、彼女は小さくつぶやく。

「……本当は……」

 僅かに言いよどんだ後で、言葉を紡ぐ。

「本当は……戦いたくない。兄さんはずっと、私の親代わりだったの。外郭大地に行ってしまってからも、私のところに顔を見せてくれたわ」
「……そっか」
「兄さんが大好きだった。だから、あんな馬鹿げたこと、絶対やめさせたかったのに……」

 ティアの兄貴で、俺にとっては剣の師匠。

 かつてあんなにも近い場所に居た相手が、今はひどく遠い場所に居る。

 俯けていた面を上げて、彼女は続ける。強い意志の宿った瞳が、俺を見返す。

「でも、私の言葉は届かなかった。なら、間違った兄を討つのは妹である私の役目」

 だから、私は戦える──……そう、彼女は決意の言葉を告げた。

「……強いな。ティアは、本当に強いぜ」
「そんなことないわ……私は……」
「前に、自分は強く在ろうとしているだけだって、ティアは言ってたよな。でもさ、自分の感情の手綱をキチンと握ることの難しさは、俺も少しはわかってるつもりだよ」

 これでも感情に振り回されないように、自分では気を付けてるつもりなんだが、なかなか上手く行かない。昔から比べれば多少は成長しているかもしれないが、それでも目指すべき場所は未だ遠く、遥か彼方に在った。

「だから、ティアも少しくらいは自分を誇って良い……そう、俺なんかは思うんだけどな」
「ルーク……」

 ティアは瞳を閉じて、俺の言葉を静かに聞き届けてくれた。

「……でも、私が強く在れたとしたら、それは私だけの力じゃないわ」

 俺の顔を正面から見返し、彼女は小さく微笑んだ。

「あなたとの約束が、私を強くしたのよ」

 思わぬ返しに、俺は急激に顔が熱を持つのを感じる。そ、そう来るか。辛うじて開いた口からは、動揺まみれの言葉しか出て来ない。

「そ、そっか。それはまた、えーと、どういたしましてというか……そのだな……」
「どうしたの急に……? ……あっ!」

 口にした後で、ティアもようやく自分の発言内容に気づいてか、みるみると頬が朱に染まり上がる。

「………」
「………」

 居心地が良いのか悪いのか、それすらよく判別がつかない類の沈黙が続く中で、俺は必死に彼女へ返すべき言葉を探す。

 不意に、シェリダンの崩落後、ユリアシティで交わした誓いが思い出される。

 思えば、ティアはあの日の約束を果たしたのかもれない。

 今もこうして、前を向いて歩いているように。

 ……なら、俺も約束に恥じない行動しないとな。

 動揺が自然と収まるのを感じながら、俺はいつもの如くどこか調子の良い笑みを浮かべ、口を開く。

「ヴァンが何を目指しているのかイマイチよくわからねぇままだけどさ。明日、ヴァンの奴に会ったら、あいつの目的聞き出した上で、ぶん殴ってでも止めてやろうぜ? それで全部が終わったら、笑い話にしてやるんだ」
「相変わらず……現実を見ていない意見ね」

 いつものごとくキツイ台詞がティアから返るが、その声音はどこか優しい。

「でも……そうなったら、いいでしょうね」

 小さく微笑む彼女と視線を合わせ、俺は言葉を掛ける。

「絶対、生きて帰ろうな」
「ええ、絶対、生きて帰りましょう」

 言いながら、何故か、彼女は指を突き出す。

「……って、なんだ?」
「え……? だって、約束するのよね?」

 小首を傾げるティアの反応と、突き出された小指に、俺は何となく事態を察する。

 つまり、彼女は指切りをしようと言ってるわけだ。

 差し出された指をまじまじと見据えながら、俺は口を開く。

「……ティア、お前さ。実はナタリアとアッシュの約束とか……羨ましかったりするのか?」
「そ、そんなことないわ!」
「いや、だがよ。ここで指切りを言い出すのはさすがに……」
「だ、だから違うわ! だって違うもの!」
「……」
「ほ、本当よ! べ、別に素敵だなぁなんて、全然思ってないんだから!」

 狼狽のあまり墓穴を掘るティアに、何だかなぁと俺は頭を掻く。

 ティアは怒ったように顔を真っ赤にさせると、強引に俺の腕を取る。

「もう! 別にいいでしょ! ほら、指を伸ばして」
「あ、ああ。わかった」

 何を怒ってるのかよくわからないまま、とりあえず俺は彼女に言われるまま指を差し出した。

 こうして、俺とティアは指を伸ばし、約束を交わす。

 絶対に生きて帰ろうと──……子供染みた、指切りに誓うのだった。



  1. 2005/06/27(月) 00:08:13|
  2. 【家族ジャングル】  第六章
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